[クラスコ]重ねた日々は誰の為
二ヶ月前、アルバイトを始めるからしばらく逢えない、と言われた。
その時思ったのは、逢えなくなる事への寂しさよりも、あの過保護な父がよくアルバイトを許したものだ、と言う驚きだ。
クラウドの恋人であるスコールは、現役の高校生である。
学業が本分と言われる学生の鑑ではないが、彼の一日は殆ど勉強に費やされている事が多い。
こう言う言い方をすると、ガリ勉のような印象になるが、彼の勉強スタイルは非常に効率よく行われている為、自分で設定した一日のノルマをクリアすれば、残りの時間は学生らしくゲームや友人との遊びの時間に使っている。
そんな彼の父親は、息子に非常に甘く、その溺愛ぶりは近所でも評判であった。
勉強に関しては何も心配していないようだが、息子自身の事を非常に気にかけており、中学三年生まで門限が五時であった程だ。
高校生に上がって当分の間は、六時に延ばされたそうだが、今時の学生では碌に遊ぶ時間も作れないようなもので、高校に上がってスコールの交友関係が広がった事───クラウドとも恋人関係になった事───もあり、現在は八時まで延長されている。
そんな父親であるから、スコールがアルバイトをしたいと言っても、中々許しては貰えなかった。
元より、スコールの小遣いは非常に潤沢な数字で渡されており、スコールもそれを無駄遣いするような遊び方はしないので、遊ぶ金欲しさにアルバイトを申し出た事はない。
スコールとしては、余りに過保護な父への反発心もあり、自分の可能性を試してみたいと言う思春期特有の一種向う見ずな心の働きもあり、アルバイトをしてみたい、と言ったのだ。
その都度、父は息子の帰りが遅くなる事を仕切りに心配して反対していたのだが、高校二年生の春を過ぎて、ようやく許可が下りた……と言うよりも、許可をもぎ取ったとのこと。
アルバイトを始めると、途端に自由な時間が減る事は、苦学生だったクラウドもよく知っている。
現在は社会人であるクラウドも、金はあるが時間がない、と言う環境だ。
其処に来て、割と時間の自由の利く筈だった恋人がアルバイトを始めるとなると、必然的に逢瀬のタイミングは減る。
一応、クラウドの仕事の時間と、スコールのアルバイトの時間を擦り合わせ、逢える時間を作ってはいるが、アルバイトを始めた時期が時期であった事もあり、更にテスト期間まで重なって、週に一度でも逢えれば良い方、と言う状況になってしまった。
そうなる事はクラウドも直ぐに予想が出来たので、スコールがアルバイトを始める事には苦い表情を浮かべてしまったが、それも直ぐに飲み込んだ。
以前から過保護な父にアルバイトの件で衝突していた事を聞いていたクラウドは、スコールが念願叶った事を挫く気にはなれなかった。
スコールがアルバイトを始めたのは、5月の終わり。
クラスメイトのヴァンの紹介で、週に四回、駅前の大きな本屋で働き始め、要領の良い彼は直ぐに仕事を覚えた。
客対応はどうしても苦手なので、声をかけられると仏頂面が出てしまうが、頼まれた本を探したり、リストアップしたりと言う作業は早い。
二週間もする頃には、客対応の主な部分は人懐こいヴァンが引き受け、彼が苦手としていた本の整理や在庫の確認をメインに行うようになった。
そうしてスコールがアルバイトを始めてから二ヶ月────世間は夏休みへと突入した。
休みを謳歌する子供や学生とは裏腹に、そんな有難いものとは縁のない大人であるクラウドだが、恋人の休みが増えるとなれば、やはり気持ちも上を向く。
学生を夜の街に連れ出すのは気が引ける為、激減していた逢瀬の時間が増やせると思ったのだ。
しかし、クラウドの期待に反し、スコールと逢える時間が増える事はなかった。
休み前は、学校生活から放課後にアルバイト、と言うサイクルだったスコールの生活サイクルが、午前中は勉強、午後半日をアルバイト、と言うサイクルに変わったからだ。
おまけに週四日だったアルバイトの時間を、週五日に増やしている。
一週間の内、残りの二日にクラウドの休みが重なれば良かったのだが、クラウドの運が悪いのか、これも悉く当てが外れたのであった。
────そんな調子で、逢えそうで逢えない日々を過ごして、ようやく時間が取れた時の喜びと言ったら。
メールで「明日、あんたの家に行って良いか」と言う文章を受け取った時は、思わずガッツポーズをした程だ。
喜びのあまり、迎えに行こうか、と返信すると、「自分で行くから良い」と返された。
久しぶりに恋人をバイクに乗せて一緒に走りたかったのだが、そんな事はまたの機会でも十分だ。
待ってる、とメールを送ると、「二時頃に行く」と返事が着いた。
それから約十二時間、クラウドはそわそわとした気持ちで一人過ごしていた。
今日が仕事休みで本当に良かった、と心から思う。
(前にスコールが家に来たのは……二ヶ月前か。バイトを始める前だな)
元々、スコールがクラウドの家に来る事は少ない。
逢瀬の時間が基本的に彼の放課後に限定される事もあり、デートと言ったら、スコールを学校から家まで送り届ける時が殆どであった。
それも彼の友人に先約があったりするので、毎回クラウドを優先させる訳ではない。
クラウドは一物の寂しさはあったが、学生時代は自分も通った道であったし、今でもザックスに誘われて遊びに行く事はある。
友人関係は大事にするべきものだから、クラウドも───気持ちがないと言えば嘘であるが───独占欲は引っ込めていた。
クラウドの休みが土日と被れば、一日を共に過ごす事もあるが、その時はクラウドのバイクでツーリングしたり、街をぶらぶらと歩いたり、と言う具合だ。
スコールの家には過保護な父がいて、クラウドも彼の眼が気になるし、スコールはスコールで思春期特有のもので過干渉な父が鬱陶しく思えるらしい。
休日デートの後にクラウドの家に呼ぶ事も出来るが、やはり相手は学生だから、迂闊に外泊させる訳にも行かず。
そんな二人のデート生活を聞いたザックスは、「健全だなあ」と苦笑いしていたものだった。
それでも、ごく偶にではあるが、スコールがクラウドの家に泊まる事もある。
その日は決まって父が仕事で出張している時で、彼が家に一人で残っている時だった。
周りの目を気にしなくて良いので、スコールも遠慮なくクラウドの家に来れるのだろう。
(週一で掃除をして置いて良かった。汚い所にスコールを入れる訳にも行かないし)
スコールが家に来るようになってから、クラウドは出来るだけ部屋を綺麗に保っている。
毎日掃除をする程ではないが、ゴミを溜め込む事も減ったし、布団も定期的に日干ししていた。
早朝の内に、今日の分のゴミを捨て、少し掃除機をかければ、十分だ。
午前中の内にそれをさくさくと済ませた当たり、自分は浮かれているのだろうな、とクラウドは自己分析する。
現金な自分に呆れつつも、久しぶりに恋人と逢うのだから、これ位張り切るのは当然だろうとも思う。
クラウドはキッチン上の棚を開けて、ココアの粉を取り出した。
大人びた風貌の所為か、よく逆だと勘違いされるが、スコールは甘いものが好きだ。
このココアパウダーは、スコールの為にクラウドが常備するようになったものだった。
外は今日も暑いから、来たら直ぐに入れてやろうと、キッチン台にそれを出した所で、玄関の呼び鈴が鳴る。
「───よく来たな、スコール」
「……ん」
濃茶色の髪と蒼灰色の瞳。
薄手の長袖のシャツと、タイトなデニムジーンズと言うスタイルに、シンプルな黒の鞄を肩にかけて、久しぶりに来訪した恋人に、クラウドは頬が緩むのを抑えられなかった。
入るように促すと、きちんと「お邪魔します…」と言って、スコールが玄関を上がる。
「暑かっただろう。ココア飲むか?」
「……飲む」
シャツの隙間から覗くスコールの白い肌は、真っ赤になって汗の粒を浮かせている。
子供の頃から殆ど日焼けが出来ず、長時間日に当たると炎症を起こしてしまうので、後で冷やしたタオルを渡した方が良いだろう。
スコールがクーラーの効いているリビングに入った後、クラウドは早速ココアパウダーの袋を開けた。
グラスに粉を入れ、ポットから少量の湯で粉を溶かし切った後、牛乳を入れる。
白と茶色がすっかり混じってから、氷を入れて、マドラーで一掻き。
それから風呂場に行って、適当にタオルを捉まえ、水に浸してしっかりと搾った。
グラスとタオルを手にリビングに入ると、スコールはクーラーの冷風が当たる場所に座り込んでいる。
「スコール。ほら、タオル」
「……ありがとう」
「ココアも置いておくぞ」
タオルを手渡し、ローテーブルにココアのグラスを置く。
スコールは冷たいタオルに顔を押し付けて、噴き出す汗を抑えてから、赤くなった首や腕を冷やした。
少し清々しい顔になった所で、クラウドがタオルを受け取り、スコールはココアに手を伸ばす。
桜色の唇がグラスに触れ、カラン、と氷が音を鳴らした。
「ん……冷たい」
「俺も少し貰って良いか」
「ああ」
差し出されたグラスを受け取ったクラウドだったが、口は付けない。
ずい、と更に近付いて来たクラウドに、スコールがきょとんと目を丸くして、反射的に頭を逃がす。
クラウドは素早くスコールの後頭部に手を添えて、逃げ道を塞いで、唇をスコールのそれに押し当てた。
「んぅ……っ!?」
予想していなかったのだろう、スコールが零れんばかりに目を瞠った。
ばたばたと逃げようとするスコールだったが、クラウドの手は離れない。
クラウドはグラスをテーブルに置いて、空いた手でスコールの腰を抱き寄せた。
外を歩いて来た所為だろう、スコールの体は記憶にあるものよりも随分と熱い。
タオルで冷やしても、まだまだ内側の熱が冷めていないようだった。
それを宥めるように、逆に煽るように、クラウドの手がスコールの赤らんだ頬を撫でる。
ぞくりとしたものがスコールの背を走って、細い肩が震えたのが判った。
甘いココアの味を残す唇をじっくりと堪能して、クラウドはゆっくりとスコールを解放した。
はあっ、とスコールの濡れた唇から、艶を孕んだ呼吸が零れ、クラウドの体に血が集まる。
そんなクラウドを、蒼灰色がじろりと睨んだ。
「あんた、いきなりするの止めろ…っ!」
「…すまん。久しぶりだったから、つい、な」
夏の気温の所為だけではない火照りを、手で隠しながら睨むスコール。
恥ずかしがり屋な年下の恋人に、クラウドは愛しさを感じながら、悪かった、と詫びた。
スコールは拗ねた顔でココアを取って、ごくごくと飲んで行く。
赤くなった顔を誤魔化そうとしているのだろうが、単純な体温の上昇とは違う赤みは、中々引いてくれない。
いつもは少しずつ飲んで行くココアを、あっと言う間に半分まで消費するスコールを見て、少しがっつき過ぎたか、とクラウドは改めて反省した。
それから、いつもの確認事項について思い出す。
「それで、今日は何時までいられるんだ?」
来た傍から帰りの話は野暮とは思うが、クラウドはいつも忘れず聞くようにしていた。
家事が全く出来ない父に代わり、スコールも夕飯の準備をしなくてはならないので、そこそこの時間には家の近所までバイクで送るようにしているのだ。
が、スコールはグラスから口を放すと、クラウドを見ないまま、
「……今日は、帰らなくて良い」
スコールのその言葉を聞いて、今度はクラウドが目を瞠る。
帰らなくて良いと言う事は、クラウドの家に泊まると言う事。
クラウドは、赤い顔を隠すように目を逸らすスコールの横顔を、まじまじと見つめた。
「良いのか?ラグナは───」
「……出張。明後日まで帰らない」
「アルバイトも……」
「…昨日で終わった」
スコールの答えに、「終わった?」とクラウドは鸚鵡返しをした。
夏休みの真っ最中となれば、学生も今の内に稼いで置きたい所ではないだろうか。
店も殆どが書入れ時だし、本屋も夏休み中に色々なフェアを企画したり、特別編集の新刊や雑誌が発行されるので、人手は欲しい筈。
スコールのような有能なアルバイトなら、店側も是非続けて欲しい、と言いそうだ。
スコールも父の反対を押し切ってようやく漕ぎ着けたものであったし、職場の愚痴もあまり聞かなかった───逢える時間が少なかったのもあるが───ので、案外と水が合っていたのだろうと思っていただけに、すっぱりと「終わった」と言うスコールにクラウドは驚いた。
どうして、と言いたげに見詰める碧眼に、スコールは眉根を寄せたまま答える。
「元々、昨日までって話だった」
「そうだったのか?」
「ヴァンにもそのつもりで紹介して貰った。夏休みの間、ヘルプで呼ばれる事はあるかも知れないけど、毎日仕事に入るのは昨日までだ」
言いながら、スコールはローテーブルの横に置いていた鞄を手繰り寄せた。
お気に入りのブランドロゴが入った鞄を開け、中から取り出したものを、クラウドの前に差し出す。
「……これ、」
「……?」
「……あんたに」
差し出されたのは、四角の黒い小さな箱。
銀色の無地のリボンを結び付け、シンプルな飾り付けにしたその端に、『Happy Birthday』と印字された金縁のシール。
────そう言えば、そうだった。
今日が自分の誕生日である事を、クラウドは今初めて思い出した。
毎日のようにカレンダーや携帯電話の日付を見ていたのに、全く頭から抜け落ちていたようだ。
それから、箱の隅に記されたブランドロゴが、自分のお気に入りのアクセサリーブランドである事に気付く。
その店は、他のブランドアクセサリーに比べれば比較的優しい値段であるが、それでも学生が容易く買える値段とは違う。
次いで、スコールが二ヶ月前に始めたアルバイトを「昨日で止めた」と言う情報が繋がって、つまりそれは、とクラウドの頭の中で図式が組み上がって行く。
「……スコール、」
「……早く取れ」
余計な事を聞くな、と言わんばかりに、スコールは箱を突き付けて来た。
耳まで真っ赤になった顔を、明後日の方向へ向けて。
此処まで頑張っても、最後の最後で素直になれない恋人に、クラウドの頬が緩む。
緊張か、恥ずかしさがピークになったのか、微かに震える手を握って、クラウドは小さな箱を受け取った。
「開けても良いか」
「……ん」
相変わらず此方を見ないまま、スコールは頷いた。
リボンを解いて箱の蓋を開けると、狼の牙をモチーフにしたピアスが収められている。
牙の根本には蒼色の小さな石が埋め込まれており、光に反射してきらきらと光っている。
二人でアクセサリーの雑誌を見ていた時、良いな、とクラウドが呟いたものだった。
あの時、クラウドは独り言で呟いただけだったが、スコールはそれを覚えていたのだろう。
このブランドの直営店は、クラウドの家から最寄にある駅ビルに入っている。
だからスコールは、迎えに行くと言うクラウドの申し出を断り、自分で歩いて行くと言ったのだろう。
昨日終えたばかり、そしてきっと手に入れたばかりであろうアルバイト代を手に、ショップに立ち寄ってピアスを買い、その足でクラウドの下へ来てくれたのだ。
「ありがとう、スコール。大事にする」
「………うん」
クラウドの言葉に、スコールはもう一度、小さく頷いた。
自分の顔が赤い事に自覚があるのか、彼は決して此方を見ようとはしない。
髪の隙間から赤い耳が覗いているし、首まで赤いので、結局は何もかも見られているのだが。
そんな恋人の姿も可愛らしかったが、やはりこっちを見て欲しい。
クラウドはピアスの箱に蓋をして、ローテーブルに置き、そっぽを向いているスコールの頭を撫でた。
びくっ、と大袈裟な反応を見せる少年に笑みを殺しながら、肩を抱いて振り向かせる。
スコールは振り向く事には抵抗しなかったが、クラウドの顔が見られないようで、真っ赤な顔を斜め下へと向けていた。
「スコール」
「……」
「折角だから、もう一つ欲しいものがあるんだが、良いか?」
囁く声に、スコールの顔が益々赤くなって行く。
なんで聞くんだ、と言わんばかりに蒼灰色が睨んだが、クラウドは笑みを浮かべてそれを受け止めるのみ。
スコールは右へ左へ視線を泳がせた後、ぎゅうっと目を閉じた。
恥ずかしさを精一杯堪える顔で、目を閉じて顔を上向かせるスコール。
差し出された唇に、クラウドはそっと自分の唇を重ねたのだった。
クラウド誕生日おめでとう!
スコールが自分でお金を溜めて、自分で用意したプレゼント。
それだけでもクラウドには十分嬉しいけど、更に欲張ったり。それも確信犯で。ズルい←