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2026年01月08日

[ウォルスコ]世界と隠れて

  • 2026/01/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



旅行と言う言葉に特に心が躍るような性格ではないが、それでも、温泉と言うものに悪いものは思わない。
それが誰の目も気にせず、のんびりと堪能できるような環境が揃えられている所なら、寧ろ喜ばしい。
だが、それを得る為の努力をする所まで、スコールは意欲的ではなかった。

そもそも学生であるが故、金銭的な自由に限りがあるし、そうなると遠出と言うのも知れている。
電車に乗れば何処まででも行ける、なんて思える程、スコールは世の中に夢を見てはいなかった。
第一、電車と言うのは走るルートが決まっていて、其処から逸れた場所に行きたいのなら、何かしら手段を用意しなくてはならない。
駅から歩いていける範囲に目的のものがあるのなら良いが、存外、それが叶えられる場所と言うのは、大都会の真ん中で全ての施設が集約されているような場所くらいだ。

自身の財布事情に無理のない範囲で、行って堪能して戻って来れる小旅行などと言うのは、計画する段階で存外と面倒くさいのだ。
元が旅好きの性分であるなら、それを加味して計画する楽しさもあるのかも知れないが、生憎とスコールには無縁の話だ。
そんな手間暇をかけてわざわざ出掛けるくらいなら、家で静かに読書をしている方が良い。
スコールはそう言う考え方の人間だ。

しかし、それらの問題を一挙に解決してくれる手段があって、降って沸いた幸運で切符が渡されるのなら、一考の余地はある。

恋人であるウォーリアの自宅で過ごす、ある日のこと。
「君はあまり好むものではないかも知れないが」と前置きをした上で、ウォーリアはとある温泉旅館の宿泊チケットを見せた。
なんでも、近所の商店街の新年恒例の福引で当てたと言う。
宿泊と飲食をペアで無料にしてくれる、然程大きくはない商店街の福引にしては、中々に好待遇だ。
往復の徒は自分で確保しなくてはならないが、ウォーリアは通勤用に車を持っている。
場所は都心から少々離れており、公共交通もない場所だったが、車を出すならその問題は解決だ。
使える日付の期限だけが気になる所で、スコールの予定が合わねば諦めるしかなかったが、幸いにもそれは冬休みの終わりにギリギリで間に合ったのだった。

────そう言う訳で、スコールは今、ウォーリアが運転する車の助手席に乗っている。

山間を抜ける道路はうねうねとよく蛇行する。
景色は何処まで行っても山の緑、時々川、そして晴れた青空だ。
退屈と言えば退屈な光景だが、都会の喧しい環境で育ったスコールにしてみると、静かで心地良い。

ハンドルを握る恋人とは、それほど会話をしないのは常だ。
元々スコールは口が回る質ではないし、ウォーリアも寡黙である。
この沈黙に、何処かしらぎこちないものを感じていたのも、もう随分と昔の話になる。
今は、黙って静かに過ごしていられるのが気が楽で良い、と思っている。

山の中腹辺りから、続く道の勾配が緩やかになって行き、やがては視界が開けた。
雑木林の一画を切り開いた駐車場の先に、年季の入った趣のある建物が建っている。
時代劇で見るような、大きな土塀に囲まれた木造の建物。
多くはない荷物をそれぞれ持って、門扉の方へと向かって見ると、中居と思しき女性が「ようこそいらっしゃいました」と深々と頭を下げた。

中居に案内されて建物の中へと入ると、足元は毛足の短い絨毯が敷かれており、足音を吸収する。
フロントでウォーリアが宿泊の手続きをしている間、スコールはきょろきょろと辺りを見回していた。


(……随分、古い建物だ)


建物全体から漂う、何百年と続いて来た老舗の風格。
内装の折々に現代風の改修工事の痕跡はあるものの、建物の旧さが齎す空気は壊していない。
人の気配が其処此処にあるので、宿泊客は他にもいるのだろうが、気配は何処か遠かった。
これなら静かに過ごせそうだ、とスコールは胸を撫で下ろす。

手続きを終えたウォーリアに声を掛けられ、スコールはその後を追う。


「部屋は離れになるそうだ」
「……そうか」
「食事は運んでもらえるし、温泉も客室風呂がある。購買は本館の此処にしかないそうだ。必要なものがあるのなら、今のうちに見ておいた方が良いかと思うが、どうだろう」
「別に、大丈夫だろ。買うものなんて、精々土産くらいだ。帰りで良い」
「判った」


前を行く中居に案内されて、二人はフロント奥の戸口から外へ出た。
枯山水で整えられた中庭を通り過ぎると、その向こうの戸口から更に外へ。
小さな石垣に挟まれた小径を進むと、離れ離れに並んだ幾棟かの建物のうち、平屋作りの四つ目の所に案内された。


「此方がお客様のお部屋になります」
「ありがとう」


中居が玄関の戸を開け、どうぞ、と促す。
ウォーリアの謝辞を聞いて、スコールは小さく会釈だけをして、中に入った。

建物の中は、古式ゆかしい純和風の内装になっていた。
足下は畳で、微かに弾力のようなクッション性があると言うことは、今時風の素材のものではなく、本物の藺草を使った本畳なのだろうか。
元々は座布団で過ごすことが前提だったのだろうが、時代に合わせてか、部屋の中央の座卓には座椅子が添えられ、部屋の隅には背の低い椅子もある。

居間の奥にある襖を開けてみると、此方も畳敷きの広い部屋があった。
入って来た方向と反対の位置には障子戸があり、開けてみると、窓とその向こうには山が織りなす自然の景色が続いていた。
調度品の類が殆ど置いていないと言うことは───と床の間の横の襖を覗くと、其処は押し入れで、綺麗に畳まれた布団が収められている。
大方、此処が寝室になるのだろう。

スコールが探索をしている間に、ウォーリアは居間に腰を落ち着けていた。
戻って来たスコールを見て、その整った面に、微かに柔いものが浮かぶ。


「ゆっくりと過ごせそうか?」
「……悪くない」


スコールにとって、それが痛く好ましいと言う意味であることを、ウォーリアは理解している。
ならば良かった、とアイスブルーの瞳に、安堵に似たものが滲んだ。


「旅館の離れなんて初めて来た。風呂も温泉で、此処に引いてあるんだろう」
「そう言っていた。本館に大浴場があるそうだが、離れも各個で源泉が引いてある。室内風呂もあるが、露天も備えられている」
「贅沢だ。相当高いんじゃないのか」
「値段については、私は何とも。何せ貰ったようなものだから」
「ちょっとチケット見せてくれ」


今更ではあったが、スコールはウォーリアが持っている筈のチケットの詳細が気になった。
フロントで受付の時に提出したそれは、半券になっている。
残った部分に、この旅館の名前と外観の写真があるので、それを元に携帯で検索をかけてみた。


「……やっぱり。創業200年だぞ」


この国に古い温泉宿地と言うのは数多く、開いて長い宿も少なくないとは言うが、そうも長く続く宿と言うのはやはり限られる。
そして、大抵こうした所は、それなりに値の張るものであった。
そんな所にタダで泊まれるチケットなんて、商店街の福引としては随分と大盤振る舞いしたものだ。

途端にスコールは、なんだか酷く落ち着かない気分になった。
彼としては、ちょっと辺鄙な所にある温泉宿に出掛ける、程度の感覚だったのだ。
思いもがけず、贅沢な機会に恵まれてしまったことを自覚し、そわつく気持ちが湧き上がる。

しかし、スコールの前にいる恋人はと言えば、何処か満足そうな顔をしている。


「それだけ長く続いている旅館なら、色々と行き届いているのだろう。君と此処に来られて良かった」
「……そう、か……」
「離れならば周囲に人の気配も少ない。静かに過ごすことが出来るだろう」
「……まあ、そうだな」


ウォーリアは、何処までもスコールを満足させることを第一に考えているらしい。
都会から遠く離れた山の中にある温泉は、騒がしい事を嫌う少年にとって、良い保養になると考えていたのかも知れない。

実際、周囲はとても静かで、物音を立てているのは此処にいる二人だけだ。
あとは空調の音と、周囲を囲む山森で過ごしている野鳥の鳴き声くらいのもの。
離れの建物も、各棟が全く独立した距離を持っているお陰で、他の客の気配は全く感じられなかった。


(……それって、つまり……)


ふ、とスコールに、この環境を俯瞰図で見る感覚が浮かぶ。

山奥と言って差し支えない場所に構えられた、旅館の離れ。
隣室などと言うものは、壁向こうどころか、外空間の数十メートル先にあるくらいで、例えば其処に行くまでの道を誰かが歩いていたとしても、大して聞こえては来ないだろう。
昼日中の時分でさえこうも静かなのだから、夜ともなれば尚更だ。
夕食の時間になれば、中居が食事を運んで来るとは思うが、それも一時の事である。
まるで世界から切り離されたような場所だ。

そんな場所に、今日明日と、スコールは過ごすのだ───恋人と二人きりで。


「……!!」


ぶわ、とスコールの全身の血が沸騰した。
唐突に赤くなったと自覚のある顔を、ウォーリアの目が捉えて、ことりと首を傾げる。


「スコール?どうかしたのか」
「い、や……なん、でもない……っ」


心配そうに声をかけるウォーリアに、スコールは分かりやすく顔を反らしながら、なんとか言った。

しかし、言葉でそうは言っていても、思春期の少年の頭の中は目まぐるしい。
ウォーリアとは良い仲であるからして、この状況がスコールにとって、意識せざるを得ない環境なのは無理もなかった。
どくどくと早鐘を打つ心臓を、黙るように叱るものの、脳裏に浮かぶ情景がそれを受け付けなかった。
寧ろ、頭からそれを追い出そうとすればする程、反ってイメージは鮮明になってしまう。

座卓の向こうに座っていたウォーリアが、すくりと立ち上がるのを見て、は、とスコールは我に帰る。


(何を考えているんだ、俺は。ウォルは別に、そう言うつもりで此処に来たんじゃないだろう)


見た目からして堅物なウォーリアだ。
性格についても、真面目一辺倒に加えて、妙な所で朴念仁であった。
お陰でスコールは色々と振り回されることもあったし、頑なな彼の態度に耐えかねて、幼い子供のような我儘で彼を困らせた事もある。
それ位に擦れ違いが少なくなかった経験から、この温泉地への誘いについても、決して邪なものが彼の内にないことは、スコールの想像に難くなかった。

と、ぐるぐると頭を巡らせていると、すとん、と隣に座る気配。
見れば、勿論のこと、恋人の端正に整った顔が、すぐ其処にあった。


「────!」


どうやっても意識することを辞められない内に、至近距離で見てしまった恋人の顔。
彼はただ隣に座っているだけだが、それでも今のスコールにとって、その貌そのものが大層な刺激となるものであった。

息を詰まらせて顔を赤くするスコールだったが、ことはそれだけで終わらなかった。
知らず膝の上で握っていたスコールの手に、ウォーリアの手が重ねられる。
しっかりとした節のある、大人の手のひらの感触に、初心な心臓が飛び出さんばかりに跳ねる。


「……ウォ、ル?」
「ああ」


微かに震える舌で名前を呼べば、柔く緩んだ瞳が至近距離で優しく笑んで、返事をする。

───これは、良いのだろうか。
期待しても、良いのだろうか。
其処から先も望んでも良いのだろうか。

誰に問えば良いか判らないものを、スコールは音にすることは出来ない。
ただ、ゆっくりと近くなって行く瞳を見詰める内に、意を決するようにスコールは口を噤んだ。





1月8日と言うことで、ウォルスコ!
なんだか温泉でしっぽりして欲しいなと思ったので。
温泉らしいシーンは全くないですが、この後ゆっくり過ごしたり、スコールが意識しすぎたりするんだと思う。
でもウォルの方も全くその気がない訳ではない、と良いなぁ。折角の二人きりなので。

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