[ラグスコ]誰の為の空白
新年を迎えたエスタの街は、何処も彼処も賑やかだった。
最先端の技術が、都市の隅々まで行き渡っている此処では、車のエンジン音を始めとした騒音の類と言うのも少ない。
ショッピングモールでも、レジカウンターには人がおらず、電子パネル越しの買い物が可能となっている為、飲食店の類でさえ、人の顔を見ないで購入することが可能だ。
その所為か、他国ならば人で溢れかえるような商店街でも、何処となく人の気配は少なく感じられるのが常であった。
娯楽の部類で言っても、機械、とりわけ電子機器の分野が幅広く発達している為、コンピューターゲームも普及しており、国内でオンライン系の遊戯コンテンツも充実している。
イントラネットが一般家庭の端から端まで行き届いているとあれば、その気になれば、人は一歩と外に出ることなく、あらゆる恩恵を享受することが出来るのだろう。
そんな科学都市エスタではあるが、それでも年始となると人出は多くなっていた。
嘗ての魔女の支配から脱却して以来、英雄ラグナを大統領と据えた治世のもと、エスタは十七年間の鎖国と言う事実と共に、平和な時間を過ごしていた。
まだ記憶に新しい、宇宙へと打ち出した魔女アデルの再臨を恐れながらも、国としての新たな基盤は、その間に着実に築かれていたと言って良い。
そんな風に過ごした時間があったからこそ、一年が終わり、新たに始まると言う日の喜びは、一入あるものだったのかも知れない。
だからか、年始のエスタと言うのは、一年の内で最も盛り上がると言っても良いかも知れない。
新年を迎えた祝祭の宴に、ショッピングモールでは大売り出しのセールが始まり、飲食店もこの日を祝う為の限定メニューが企画される。
この辺りは、他国でも規模の違いこそあれ同じものだが、国全体が沸き立つと言うのはエスタくらいではないだろうか。
更にエスタでは、最新のゲーム機器で遊べるゲームタイトルが続々と放出され、テレビも特別番組が全チャンネルで目白押しになる。
その特別番組の中でも、多くの人々が注目するのが、年を開けたその日の昼に放送される、大統領演説だと言うから、スコールは少し驚いた。
バラム生まれ───正確には違うのだが、そのあたりのことはおいて置いて───バラム育ちのスコールにとって、大統領と言う存在そのものが、少し理解の外にある。
海を隔てた隣国ガルバディアが大統領制の国なので、政治的な仕組みについては授業である程度学びはしたが、スコール自身は直にその影響の中で過ごしたことがないのだ。
何せ、バラムは特別な支配層を持たない小さな島国で、しいて言うならば、ドールに近い議会政治に当たるのかも知れないが、その程度だ。
大統領が年の初めに何を言うのか、そんなにも注目されるものなのか、と始めは首を傾げていた。
しかし、思い返せば、大統領と言うのは、人々が暮らす国を牽引する頭なのだ。
その頭は何をしようとしているのか、何処を見ているのかと言うのは、其処で暮らす人々にとって、生活に密接して重要なことなのだろう。
ガルバディアの大統領であった、故ビンザー・デリングも、その演説の場には万の人が詰めかけていた。
国がどうなろうとしているのか、どんな頭の下で自分たちが過ごさねばならないのか、と言うのは、決して軽んじてはならない。
それ程重要な、注目される場面であるからこそ、スコールたちSeeDも護衛任務としてその場に介する事になったのだ。
年始の大統領演説から、その後に続くニューイヤーパーティに、スコールは他十名のSeeDを連れて参列した。
無論、大統領の護衛を基本とし、及びに会場の現場警備の任務としてだ。
打ち合わせと現場の確認の為、年末からエスタに入ったスコールたちは、当然そのまま年明けを迎えている。
それを愚痴る者もいたとは思うが、スコールにとっては、任務の時期がいつであろうと、どうでも良いことだ。
年末か年始か、どちらかくらいゆっくりしたかった、と言う気持ちは判らないでもないが、文句を言って仕事がなくなる訳でもない。
増してやスコールの場合、指名されての派遣だった上、現場指揮まで任されていたので、拒否を示しても後退できる人員がいないのだから、どうしようもなかった。
長い鎖国を解いたエスタの、初めての一年の始まりは、概ね問題なく終わった。
国民が注目していた大統領の演説は、事前にキロスを始めとした執政官が作ったテキストを頼りに恙なく終わり、中継が切られる直前にラグナが足を攣っていた。
それから数時間の後、復帰したラグナは、エスタの各市長の陳情を直に聞く集会へ。
一晩が開けたら、今度は他国に向けた声明発信を行う。
エスタは未だ、他国から“未知の国”“嘗ての魔女支配の国”のイメージを持たれているから、これを払拭する為のアピールだ。
長らく全世界を覆っていた電波通信障害は、アデルの完全消滅によって終結した。
お陰で、ドールの電波塔を始め、エスタが提供した技術も駆使しての長距離通信が復活し、エスタは現在、これを利用して他国に対する各種のPR活動を行っている。
この為にエスタの大統領関係者は、エスタのテレビ局をひとつ、まるごと貸し切る形を取った為、ラグナはその日一日、このテレビ局で過ごした。
護衛であるスコールたちSeeDも此処に同行し、ラグナの顔を必要とする放送が全て終了するまで、缶詰で警護任務に臨んでいた。
そして明くる、年を明けての三日目────ようやくスコールたちの任務は終了となった。
一月三日のその日は、エスタ大統領ラグナ・レウァールの誕生日である。
これを理由に、彼の政務の類は全て止めて、丸一日を休養して貰うのが、執政官たちからの精一杯のプレゼントらしい。
ラグナが休日と言うことで、公の場に出る必要もなく、その場面での護衛が仕事であるSeeDもお役御免と言うことだ。
SeeDたちは朝一番にエアステーションで解散の号令を聞いてから、確保済みの飛空艇チケットを片手に、いそいそと帰路へと向かうっていった。
そんな中、スコールはひとり、エスタに残っている。
SeeDの皆の姿が見えなくなるまで、エアステーションのロビーでぼんやりと時間を潰した後、ようやく腰を上げる。
ガンブレードケースと少ない荷物を片手に向かうのは、ステーション外の駐車場だった。
広大な駐車場で、各所に目印に立てられている番号の看板を頼りに行くと、
「おーい、スコール!こっちこっち」
通りの良い声に、聞こえた方へと首を巡らせれば、並ぶ車から手を振っている男がいる。
右手に持っているガンブレードケースを持ち直し、其方へ向かった。
スコールを迎えたのは、時のエスタ大統領ラグナ・レウァール本人だ。
いや、今日はすっかり仕事を取り上げているから、ただのラグナ・レウァールだろうか。
と言った所で、彼の肩書までも消える訳ではないので、スコールは呆れた表情で溜息を漏らす。
「あんた、国のトップがひとりでウロウロするなよ」
「大丈夫、大丈夫。今日は俺、休みだし」
「……」
暢気すぎる───いや、この国の治安が安定している証拠なのか。
腑に落ちないものを感じながら、スコールはそう言う事にしておこうと思った。
ラグナは寄り掛かっていたメタリックブルーの車の助手席を開ける。
此処に乗れ、と言うのを言葉なく感じ取りつつ、スコールはまずは後部座席を開けさせて貰う。
シートの上にガンブレードケースと荷物を下ろしてから、助手席へと乗り込むと、すぐにドアが閉じた。
シートベルトをしている間に、ラグナが運転席に乗り込んで、カードキーで車のエンジンを入れる。
車が音もなく滑り出し、凹凸のないつるりとした道路へ出た。
少しずつ速度を上げて行く車の、振動の代わりの浮遊感に、スコールはまだ慣れていない。
もっと言うと、運転席にラグナがいて、自分が助手席にいると言うのも、任務ならばあってはならない構図であるので、非常に落ち着かない気分だ。
しかし、ハンドルを握るラグナはと言うと、
「へへ。嬉しいなあ」
「……なんだよ、急に」
すっかり緩んだ顔で言ったラグナに、スコールは眉根を寄せる。
窓に頬杖をついて、鏡越しにラグナを見たスコールに、ラグナもちらと視線を寄越して、
「ダメ元で言ってみるもんだなと思ってさ」
「……別に、あんたに言われたからじゃない」
「でも休み取ってくれただろ」
「元々休みだった。年末年始に任務が入った代わりに、キスティスが入れたんだ。俺だけじゃない、今回の任務に派遣した奴には全員だ」
特別なことじゃない、と言うスコールに、でもさ、とラグナは言った。
「帰っても良かったんだろ?バラムにさ」
「………」
唇を尖らせ、眉間の皺を三割増しに浮かせるスコールに、ラグナの唇が益々笑みを深める。
そう、帰っても良かったのだ。
年を跨いでの任務を終えて、バラムへ、或いは実家へと帰る他のSeeDたちと同じように。
キスティスが手間だったであろうに、派遣の時期を考えて、SeeDそれぞれの帰路先に合わせて用意すると言ったチケットを、スコールは断っている。
だから帰り様がないのだと言えばそうなのだが、では何故、断ったのか。
チケットがあったら帰らなきゃいけなくなるから、なんてことを、スコールが口に出来る訳もない。
況してや、最初から今日と言う日、帰る気がなかっただなんて言える程、スコールと言う人間は素直に出来てはいなかった。
年を開けて三日目が、ラグナの誕生日だと言うことを、スコールは一月前に知った。
セルフィ経由であったそれを、何気なく本人に確かめてみれば、その通りだと返ってきた。
その時に、ラグナの方から、ちょっとしたおねだりがあったのだ。
「誕生日に、出来る事なら、一緒に過ごしたいな」────と。
スケジュールの自由などあってないようなスコールにとって、確約が出来ない話は約束できない、と言う返事が精々だ。
だからその時は、期待なんて持つな、と言う話をして終わったのだが、年始の任務の内容が入って来てから、少々事情が変わってきた。
任務は年を跨ぎながら、予定通りなら二日に終わり、三日目には休みが取られている。
一泊二日、明日の昼にエスタを出発するだけの猶予が与えられた。
つまりは、ラグナのおねだりに応えられる時間が出来てしまったのだ。
それでも、選択肢はスコールの意思に預けられており、スコールはぎりぎりまでこの事を伝えなかった。
休みが入れられたとは言え、自分の立場では実際がどうなるかは直前まで判らなかった、と言うのもある。
しかしそれ以上に、「一緒にいられる」なんて伝えてしまったら、自分がそうなることを、そうすることを望んでいるのをラグナに伝えるようで、考えるだけで顔が沸騰しそうだった。
結局、スコールが今日のことを伝えたのは、年末にエスタ入りをした時のこと。
諸々の打ち合わせを終えて、ラグナとほんの一瞬、私的な会話を交わした隙の話だった。
その時点でも、緊急任務が入ればどうなるか判らない、と言うことは伝えたが、結果として、その心配は杞憂に終わっている。
滑りゆく景色を睨みながら、スコールの目元が胡乱に据わっている。
ラグナは気難しい年頃の少年の横顔に、こっそりと喉を揺らして笑いながら、ゆるゆるとハンドルを操作する。
「嬉しいよ。お前と一緒に過ごせるんだから」
「……」
「まあ、そうは言っても、何処に出掛けるって訳でもないと思うんだけど」
言いながらラグナがハンドルを切ると、車は幹線道路から下りて、住宅街へと入って行く。
いつの間にかスコールにとって見慣れた景色の行く先は、ラグナがエスタ大統領になってから用意された、彼の完全プライベートな私宅だろう。
「この時期だから、あちこち見て回っても良いんだけど。ショッピングモールも賑やかだし。でもお前、人が多い所は好きじゃないだろ?」
ラグナの言うことは確かだ。
しかし、とスコールは今日に限っては思う。
「別に、あんたの好きにしたら良いだろ。今日はあんたの……誕生日なんだから」
どうにもその単語そのものが擽ったい感じがして、スコールの声は微かに引っ掛かったが、それでも出すことは出来た。
出してしまえば、自分が何の為にエスタに留まったのかをありありと実感させられて、妙に耳の裏側が熱くなって来る。
そんなスコールを、ラグナはちらと横目に見て、赤らんだ耳元を見てくつりと笑う。
「じゃあやっぱり、家にいよう。外に出るの、勿体ないもんな」
「……」
ラグナの言葉に、スコールの目がじとりとラグナを見た。
賑やかしごとが好きな男が、新年を祝う空気もまだ冷めやらぬ中、家の中で過ごしている方が良いと言うのが判らない。
誕生日であると言う理由も含め、ラグナの好きな所に連れ回されると思っていた節もあっただけに、スコールは聊か拍子抜けした気分があった。
そんなスコールの胸中を知ってか知らずか、ラグナは横目に見る目を柔く細めて、言った。
「お前がいてくれるんだもん。家なら、遠慮なく二人っきりになれるだろ」
誕生日と言う唯一無二の日に、それを理由に帰る足を止めたスコール。
ねだられたから、頼まれたから、それも勿論、スコールの行動の理由にはあるのだろうが、それよりも最も深い部分を、ラグナは正確に理解している。
角をひとつふたつと曲がった先に、立派なセキュリティを備えたシャッター付きの門扉が見えて来る。
ラグナはその手前で一旦停止すると、ダッシュボードの上に置いていたリモコンで、シャッターを上げた。
するすると静かに車が門を潜り、車が完全に敷地内に入って止まり、またリモコンでシャッターが閉められる。
ラグナは運転席のドアにある車内操作のボタンで助手席のドアを開けると、胸ポケットに入れていた、玄関の鍵をスコールに差し出す。
「先、入っといてな」
車をガレージに置かなきゃいけないから、と言うラグナの手から、鍵が零れる。
スコールは反射的にそれを受け取って、その瞬間、今日と言う日に自分が此処から出る事は出来ないのだと言うことを、悟ったのだった。
ラグナ誕生日おめでとう!と言うことで。
スコール、丸一日かけてお祝いするくらいの時間が空けてあるんですってよ。どんな誕生日を過ごすんでしょうね。のんびりした後、しっぽりすると良いんじゃないかな!