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[ウォルスコ]閉じた世界に温もりを

  • 2025/01/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



歪の中で発生した空間の揺らぎに引っ張られて、スコールとウォーリアは見知らぬ場所に飛ばされてしまった。

何処かの深い密林と思しき其処は、果たして神々の闘争の世界その地なのかも判らない。
重い暗雲に覆われた空の下、鬱蒼とした樹木に覆われた其処は、見知らぬ植物や動物が群生していた。
蔓状の植物や、シダ植物に似たものが多いことを思うと、風景としては亜熱帯ジャングルに似ている。
こういう場所には、食虫植物の巨大バージョン(人肉も襲う類だ)だったり、有毒の蛇や虫がいるもので、足元に這う生き物さえも注意の対象となる。
人の大きさよりも体高のある蜘蛛を見付けた二人は、此処を下手に動き回るのは危険だと判断した。
とにかく、なんでも良いから歪を見付けて、此処を離れた方が良い───と思いはすれど、肝心の歪は中々見付からなかった。

茂る草木を掻き分けながら歩き回る内に、重い空に覆われた天は、あっと言う間に暗くなった。
夜行性の動物が徘徊を始める前に、せめて安全地帯を見付けたい。
そう切に思った二人の前に、一軒の山小屋が現れた。
渡りに船と言うには聊か警戒が立つ二人だったが、暗闇の中、ジャングルを歩く方が良いかと問われれば、出来れば御免被りたい。
山小屋の周囲と、その中に不穏なものがないことだけは確認して、二人は朽ちかけた建物の中へと入った。

長い間放置されていると思しき小屋の中は、恐らくは倉庫のような使われ方をしていたのだろう、壊れた農具らしきものがいくつも転がっていた。
床は辛うじて板張りされているが、足を乗せると何処もぎしぎしと音が鳴る。
壁際は湿気の侵食を受けて、板木が腐りかけている程で、天井屋根に穴がないのが幸いと言えた。
炉や竈に出来そうなものはなく、暖を取ろうにも、朽ちたこの家で火など起こせば、火の粉ひとつで燃え上がりそうだったので辞めた。
暗くなってから気温が低くなっていて、暖は欲しかったが、焼け出されては元も子もない。
雨風の直撃を凌げるだけマシだと思おう、とスコールとウォーリアの意見は一致した。

手荷物にあった携帯食で簡素な食事を済ませた後は、直ぐに休むことにした。
歪での戦闘から、こんな場所へ飛ばされて、歩き詰めで疲れている。
建物の中ではあるが、念の為に見張りがいた方が良いとなって、一人ずつ眠る。

「君が先に休むと良い」とウォーリアが言ったのを、以前のスコールならば口の中で反発の三つや四つはあったのだろうが、今はそれもなくなって久しい。
二人の関係が“仲間”と言う枠組みに収まらなくなった頃から、スコールのウォーリアに対する態度は、分かりやすく軟化していた。
それでも時に渋面が出てしまうのは、節々にあるウォーリアからの子供扱いめいた言葉と、同時に感じられる、「君を大事にしたい」と言うあけすけな気持ちが見えるからだ。
要するに思春期の複雑な心境と言うものだが、それはウォーリアには関係のない話である。
今回については、疲れていたことも含めて、先に見張りを引き受けると言うウォーリアの言葉は純粋に有難かった。

山小屋の中は隙間風が酷かったので、スコールはなるべく体の熱を逃がさないよう、丸くなって眠った。
疲労感のお陰か、睡魔は程なくやってきて、スコールは夢も見ないほど深く眠る。

それから、二時間程度は経っただろうか。
寝入りから当分は深く落ちていたスコールだったが、睡眠の波が浅瀬に上がってきた頃に、がたがたと煩い音が耳についた。
重みのある瞼をどうにか開けると、視界は暗く、朝はまだ当分先だと悟る。
そんな時分に睡眠を邪魔してくれたのは、この小さな空間を保ってくれる、建物そのものが鳴らす音だ。


(……風……強くなったのか……)


山小屋には、明り取りの為か、小さな跳ね板窓がついている。
しかし冷えた空気を取り込むばかりの其処は、閉じたままにしていた。
それがばたんばたんと勝手に開け閉めを繰り返しているものだから、煩いことこの上ない。

スコールは眉間に皺を寄せながら、もぞもぞと内側に閉じこもるように縮こまった。
肩口に引っかかるものを摘まんで、本能的に手繰り寄せる。
小さな世界の、そのまた小さな空間の中は、薄らとだが熱が籠って温かく感じられた。


(……ん?)


温かい、とは。
そんなものに身に覚えがないことを思い出して、スコールは片眉を潜めた。

暗がりの中を見詰めていると、徐々に暗闇に対して目が慣れて来る。
物置然とした山小屋の中の様子が微かに伺える程度になってから、何かを掴んでいる手元を見ると、少し埃っぽくなった布があった。
生成りに近い黄色の布は、毛布とするには少しごわついていて、手触りの良さよりも頑丈さが感じられる。
自分の持ち物ではないそれに、スコールは眠気のある目を擦りながら、寝転んだままでそろりと首を巡らせてみた。

横向きになっていたスコールの背中側に、唯一の同行者────ウォーリアが座っていた。
ウォーリアは着込んでいた筈の鎧を外し、その下に着ていた黒のインナー姿になっている。
細いがしっかりとした体躯がシルエットからも読み取れるその肩口から、無造作に伸ばされた銀糸がきらきらと光って見えた。

ウォーリアはじっと何処かを見詰めている。
何を見ているのかとスコールが首を伸ばして彼の視線の先を辿ってみると、山小屋の内と外を繋ぐ戸口があった。
物言わぬ戸口を見つめるウォーリアの瞳は、何処か冴えて冷たく、剣を握っている時に似ている。


「……ウォル……?」


どうした、とスコールが問う代わりに名前を呼ぶと、アイスブルーの瞳が此方を見た。
ちらと一瞬見遣るだけの視線だったが、その目が「静かに」と言っているように見えて、スコールは口を噤む。

それから数分。
ウォーリアはゆっくりと瞼を一度伏せた後、ふう、と一つ息を吐いてから、スコールへと視線を移した。


「起こしてしまったか」
「……いや」


起きたのはごく自然なことだった。
強いて言うなら、家鳴りが煩いのが原因で、ウォーリアが何かしたと言う訳ではない。
緩く首を横に振って否定したスコールに、ウォーリアはそうか、とだけ言った。

スコールがのろりと起き上がると、体を包んでいたマントが滑り落ちて、冷気が体に刺さってくる。
ぶるりと肩が震えたスコールだったが、寒さをあからさまにするのもプライドが擡げて、唇を噛んで堪えた。
手元のマントを、何食わぬ顔でウォーリアへと突き出し、


「……返す」
「いや、君が使うと良い。眠っている間、微かに震えていた。寒かったのだろう」
「……もう平気だ」


返す、とスコールはもう一度マントを突き出したが、ウォーリアは柔い瞳で此方を見ている。
受け取る気がないのが読み取れて、スコールの唇が尖った。

持ち主ががんとして受け取ろうとしないので、スコールは渋々顔でマントを手繰り寄せる。
使えと言うなら仕方がない、と言う表情で、マントでまた体を包みつつ、


「……外を気にしてたみたいだけど、何かあったのか」


山小屋のひとつしかない戸口をじっと睨んでいたウォーリア。
スコールが眠っている間に、ひょっとして何か、誰かやってきた気配でもしたのかと尋ねてみると、


「少し前に、獣が山小屋の周りをうろついていたのだ。狼のような、魔物かまでは判らなかったが……それが扉の前に屯していた」


腹を空かせた獣か魔物が、山小屋を取り囲んでいたのだと、ウォーリアは言う。
餌を求め、山小屋の中にその匂いを感じ取ったか、獣たちは扉を仕切りに引っ掻いていた。
しかし、朽ちかけの小屋ではあるものの、作りはそれなりにしっかりとしていたのか、幸いにも獣が障壁を突破できるほどに脆くはなっていなかったらしい。
その上、外は強風に加えて雨も降り出していた。


「雨が降り出した頃に、獣は去ったようだ」
「……まあ、これだけ降ってれば、大抵の生き物は引き籠るだろうな」


煩い跳ね板窓の向こうでは、ざあざあと大きな雨粒が降りしきり、開け閉めを繰り返す窓口の隙間から雨粒が入り込んでくる。
もしもこの建物の中に逃げ込んでいなければ、この大雨の中、濡れ鼠で凍える羽目になったかも知れない。
その悪天候ぶりを見て、色んな意味でこの山小屋が見付かって良かった、とスコールは思った。

冷え切った空気がスコールの頬を撫でて、マントの中で肩がぶるりと震えた。
布一枚のあるなしで肌に感じる寒さは大分違うが、とは言え、こんな環境では快適とは程遠い。
せめて火が起こせたらと思うが、やはり火気はこの建物には危ないだろう。
他に何かないか、とスコールは視線を巡らせるが、柄の折れた鍬や、蔓で編んだロープなんてものは、燃料以外に使い道もなかった。
その手の手段が使えないとなれば、いよいよ熱を求める手段はない。

────其処まで考えてから、いや、とスコールは顔を上げた。


(……熱は……ある)


蒼灰色の視線の先には、一人の男がいる。
スコールは其処に行く事に、じんわりとした羞恥心を感じたが、さりとて熱の誘惑には抗えなかった。

肩を包むマントをずるずると引き摺りながら、スコールはウォーリアへと身を寄せる。
気配を感じてか、此方を見たウォーリアと目を合わせる前に、スコールは彼の胸へと飛び込むように体を突っ込んだ。
反射的だったのだろう、かかる重みを支えるように、スコールの肩にしっかりとした手が添えられた。


「スコール?」
「……」


どうした、と名を呼ぶ男に、スコールは返事をしなかった。
出来なかった、と言うのが正しい。
厚みのある胸板に鼻面を押し付けながら、自分が酷く子供っぽいことをしていることを自覚する。
自覚すると無性に恥ずかしさがこみあげて、すぐ間近にある筈の透明な瞳を見る事が出来なかった。

もぞもぞ、もぞもぞと身動ぎして、落ち着きの良い体勢を探す。
胸元でそんなことをされて鬱陶しいだろうに、ウォーリアは何も言わずに、スコールの好きにさせていた。
仲間に対する寛容さとはまた違う、“恋人”にのみ許される甘さを良いことに、スコールはウォーリアの体にぴったりと身を寄せて、猫のように丸まった。

一頻り体勢を試した後、スコールはウォーリアの腕の檻に収まる形で落ち着いた。
ふう、と一息吐いたスコールは、密着した熱量の高い体の感触に安堵する。


「大丈夫か、スコール」
「……ん」


ウォーリアは、見張りの邪魔になるだとか、見張りの交代を、と言ったことは言わなかった。
外はいよいよ雨煙が強くなり、雨音は時折、ごおおお、と重い音がするほどになっている。
こんな状態では、水棲の魔物だって獲物が取れないから棲み処で大人しくする他ないだろう。
獣を警戒しなくて良いなら、見張りの為に起きている必要もない────ウォーリアもそう思っているのか、彼は腕の中の恋人を抱き締めながら、双眸を柔く緩めていた。

その視線を旋毛のあたりに感じながら、スコールはふと、包まっているマントのことを思い出す。
このマントはそもそもウォーリアの持ち物であるから、こんな状態になっても自分が独り占めしていると言うのはどうなのか、と思った。
今更と言えば今更だが、引っかかってしまうと、スコールはそのままの状態ではいられなかった。

スコールは檻の中で自分の腕を動かして、体を包んでいたマントを解く。
広げたそれをウォーリアの背中へと回し開いて、彼の背中を外気から隠した。

スコールの意図を感じ取ったか、ウォーリアは微かに眉尻を下げて、


「私より、君が使うと良いと言っただろう」
「俺はあんたが布団だから良いんだ」


そう返したスコールに、ウォーリアの唇が苦笑するように薄く弧を映す。
心なしか、スコールの身体を包む腕に、優しく力が籠ったように感じられた。

スコールが少し頭を傾けて、ウォーリアの胸板に耳元を押し付ければ、ゆっくりとした鼓動が聞こえてくる。
規則正しいリズムのそれは、褥の中で聞いていると、スコールの安心を誘う。
此処は安全な場所だと、そう思う事が出来るのか、スコールを緩やかな眠りに誘うスイッチのようだった。

ついさっきまで眠っていたスコールだが、こうして恋人の暖に包まれていると、またうつらうつらと意識が揺蕩う。
そんなスコールの様子に気付いて、ウォーリアは背中にかけられたマントを寄せて、二人分の体を布地で包んだ。
本来一人分であるマントを無理に使っていることもあって、二人の体は縮こまるように、より密着し合っている。


「……ウォル……」
「ああ、眠ると良い」
「……あんたも、寝ろ」
「そうだな。君が眠ってから」


スコールは頬に、皮の厚い固い手が触れるのを感じた。
それが首筋までゆっくりと辿って行く感触があって、途端に閨の熱を思い出し、体が鼓動を逸らせていく。
こんな状況で、ウォーリアにそんな意図はないのだろうが、スコールにとっては条件反射のようなものだった。
とくとくと早くなる心臓が、すぐ其処ににいる男に伝わってくれるなと願う。

外の雨は、豪雨から大雨と言える程度になっていた。
風は止んだ様子はないが、風向きが変わったのか、跳ね板窓は静かになっている。
これならもう一度眠るくらいは出来そうだ、とスコールは思った。

スコールが少し頭を動かすと、ウォーリアの首筋に額が擦り付けられる。
あやすように頭を撫でられるのを感じながら、スコールは視界に映った細い銀糸を見つめていた。
暗闇の中にひらひらと光る銀色に、夢の中でも逢えることを願いながら、目を閉じた。




1月8日と言う事で。
ボロい山小屋で二人きりで過ごしている二人が見たいなとか思いまして。
ひょっとしたらこの後、もっと温まることをしたとかしてないとか。

[ラグスコ]誰の為の空白

  • 2025/01/03 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



新年を迎えたエスタの街は、何処も彼処も賑やかだった。

最先端の技術が、都市の隅々まで行き渡っている此処では、車のエンジン音を始めとした騒音の類と言うのも少ない。
ショッピングモールでも、レジカウンターには人がおらず、電子パネル越しの買い物が可能となっている為、飲食店の類でさえ、人の顔を見ないで購入することが可能だ。
その所為か、他国ならば人で溢れかえるような商店街でも、何処となく人の気配は少なく感じられるのが常であった。
娯楽の部類で言っても、機械、とりわけ電子機器の分野が幅広く発達している為、コンピューターゲームも普及しており、国内でオンライン系の遊戯コンテンツも充実している。
イントラネットが一般家庭の端から端まで行き届いているとあれば、その気になれば、人は一歩と外に出ることなく、あらゆる恩恵を享受することが出来るのだろう。

そんな科学都市エスタではあるが、それでも年始となると人出は多くなっていた。
嘗ての魔女の支配から脱却して以来、英雄ラグナを大統領と据えた治世のもと、エスタは十七年間の鎖国と言う事実と共に、平和な時間を過ごしていた。
まだ記憶に新しい、宇宙へと打ち出した魔女アデルの再臨を恐れながらも、国としての新たな基盤は、その間に着実に築かれていたと言って良い。
そんな風に過ごした時間があったからこそ、一年が終わり、新たに始まると言う日の喜びは、一入あるものだったのかも知れない。

だからか、年始のエスタと言うのは、一年の内で最も盛り上がると言っても良いかも知れない。
新年を迎えた祝祭の宴に、ショッピングモールでは大売り出しのセールが始まり、飲食店もこの日を祝う為の限定メニューが企画される。
この辺りは、他国でも規模の違いこそあれ同じものだが、国全体が沸き立つと言うのはエスタくらいではないだろうか。
更にエスタでは、最新のゲーム機器で遊べるゲームタイトルが続々と放出され、テレビも特別番組が全チャンネルで目白押しになる。

その特別番組の中でも、多くの人々が注目するのが、年を開けたその日の昼に放送される、大統領演説だと言うから、スコールは少し驚いた。

バラム生まれ───正確には違うのだが、そのあたりのことはおいて置いて───バラム育ちのスコールにとって、大統領と言う存在そのものが、少し理解の外にある。
海を隔てた隣国ガルバディアが大統領制の国なので、政治的な仕組みについては授業である程度学びはしたが、スコール自身は直にその影響の中で過ごしたことがないのだ。
何せ、バラムは特別な支配層を持たない小さな島国で、しいて言うならば、ドールに近い議会政治に当たるのかも知れないが、その程度だ。
大統領が年の初めに何を言うのか、そんなにも注目されるものなのか、と始めは首を傾げていた。

しかし、思い返せば、大統領と言うのは、人々が暮らす国を牽引する頭なのだ。
その頭は何をしようとしているのか、何処を見ているのかと言うのは、其処で暮らす人々にとって、生活に密接して重要なことなのだろう。
ガルバディアの大統領であった、故ビンザー・デリングも、その演説の場には万の人が詰めかけていた。
国がどうなろうとしているのか、どんな頭の下で自分たちが過ごさねばならないのか、と言うのは、決して軽んじてはならない。
それ程重要な、注目される場面であるからこそ、スコールたちSeeDも護衛任務としてその場に介する事になったのだ。

年始の大統領演説から、その後に続くニューイヤーパーティに、スコールは他十名のSeeDを連れて参列した。
無論、大統領の護衛を基本とし、及びに会場の現場警備の任務としてだ。
打ち合わせと現場の確認の為、年末からエスタに入ったスコールたちは、当然そのまま年明けを迎えている。
それを愚痴る者もいたとは思うが、スコールにとっては、任務の時期がいつであろうと、どうでも良いことだ。
年末か年始か、どちらかくらいゆっくりしたかった、と言う気持ちは判らないでもないが、文句を言って仕事がなくなる訳でもない。
増してやスコールの場合、指名されての派遣だった上、現場指揮まで任されていたので、拒否を示しても後退できる人員がいないのだから、どうしようもなかった。

長い鎖国を解いたエスタの、初めての一年の始まりは、概ね問題なく終わった。
国民が注目していた大統領の演説は、事前にキロスを始めとした執政官が作ったテキストを頼りに恙なく終わり、中継が切られる直前にラグナが足を攣っていた。
それから数時間の後、復帰したラグナは、エスタの各市長の陳情を直に聞く集会へ。
一晩が開けたら、今度は他国に向けた声明発信を行う。
エスタは未だ、他国から“未知の国”“嘗ての魔女支配の国”のイメージを持たれているから、これを払拭する為のアピールだ。
長らく全世界を覆っていた電波通信障害は、アデルの完全消滅によって終結した。
お陰で、ドールの電波塔を始め、エスタが提供した技術も駆使しての長距離通信が復活し、エスタは現在、これを利用して他国に対する各種のPR活動を行っている。
この為にエスタの大統領関係者は、エスタのテレビ局をひとつ、まるごと貸し切る形を取った為、ラグナはその日一日、このテレビ局で過ごした。
護衛であるスコールたちSeeDも此処に同行し、ラグナの顔を必要とする放送が全て終了するまで、缶詰で警護任務に臨んでいた。

そして明くる、年を明けての三日目────ようやくスコールたちの任務は終了となった。

一月三日のその日は、エスタ大統領ラグナ・レウァールの誕生日である。
これを理由に、彼の政務の類は全て止めて、丸一日を休養して貰うのが、執政官たちからの精一杯のプレゼントらしい。
ラグナが休日と言うことで、公の場に出る必要もなく、その場面での護衛が仕事であるSeeDもお役御免と言うことだ。
SeeDたちは朝一番にエアステーションで解散の号令を聞いてから、確保済みの飛空艇チケットを片手に、いそいそと帰路へと向かうっていった。

そんな中、スコールはひとり、エスタに残っている。

SeeDの皆の姿が見えなくなるまで、エアステーションのロビーでぼんやりと時間を潰した後、ようやく腰を上げる。
ガンブレードケースと少ない荷物を片手に向かうのは、ステーション外の駐車場だった。
広大な駐車場で、各所に目印に立てられている番号の看板を頼りに行くと、


「おーい、スコール!こっちこっち」


通りの良い声に、聞こえた方へと首を巡らせれば、並ぶ車から手を振っている男がいる。
右手に持っているガンブレードケースを持ち直し、其方へ向かった。

スコールを迎えたのは、時のエスタ大統領ラグナ・レウァール本人だ。
いや、今日はすっかり仕事を取り上げているから、ただのラグナ・レウァールだろうか。
と言った所で、彼の肩書までも消える訳ではないので、スコールは呆れた表情で溜息を漏らす。


「あんた、国のトップがひとりでウロウロするなよ」
「大丈夫、大丈夫。今日は俺、休みだし」
「……」


暢気すぎる───いや、この国の治安が安定している証拠なのか。
腑に落ちないものを感じながら、スコールはそう言う事にしておこうと思った。

ラグナは寄り掛かっていたメタリックブルーの車の助手席を開ける。
此処に乗れ、と言うのを言葉なく感じ取りつつ、スコールはまずは後部座席を開けさせて貰う。
シートの上にガンブレードケースと荷物を下ろしてから、助手席へと乗り込むと、すぐにドアが閉じた。
シートベルトをしている間に、ラグナが運転席に乗り込んで、カードキーで車のエンジンを入れる。

車が音もなく滑り出し、凹凸のないつるりとした道路へ出た。
少しずつ速度を上げて行く車の、振動の代わりの浮遊感に、スコールはまだ慣れていない。
もっと言うと、運転席にラグナがいて、自分が助手席にいると言うのも、任務ならばあってはならない構図であるので、非常に落ち着かない気分だ。

しかし、ハンドルを握るラグナはと言うと、


「へへ。嬉しいなあ」
「……なんだよ、急に」


すっかり緩んだ顔で言ったラグナに、スコールは眉根を寄せる。
窓に頬杖をついて、鏡越しにラグナを見たスコールに、ラグナもちらと視線を寄越して、


「ダメ元で言ってみるもんだなと思ってさ」
「……別に、あんたに言われたからじゃない」
「でも休み取ってくれただろ」
「元々休みだった。年末年始に任務が入った代わりに、キスティスが入れたんだ。俺だけじゃない、今回の任務に派遣した奴には全員だ」


特別なことじゃない、と言うスコールに、でもさ、とラグナは言った。


「帰っても良かったんだろ?バラムにさ」
「………」


唇を尖らせ、眉間の皺を三割増しに浮かせるスコールに、ラグナの唇が益々笑みを深める。

そう、帰っても良かったのだ。
年を跨いでの任務を終えて、バラムへ、或いは実家へと帰る他のSeeDたちと同じように。
キスティスが手間だったであろうに、派遣の時期を考えて、SeeDそれぞれの帰路先に合わせて用意すると言ったチケットを、スコールは断っている。
だから帰り様がないのだと言えばそうなのだが、では何故、断ったのか。
チケットがあったら帰らなきゃいけなくなるから、なんてことを、スコールが口に出来る訳もない。
況してや、最初から今日と言う日、帰る気がなかっただなんて言える程、スコールと言う人間は素直に出来てはいなかった。

年を開けて三日目が、ラグナの誕生日だと言うことを、スコールは一月前に知った。
セルフィ経由であったそれを、何気なく本人に確かめてみれば、その通りだと返ってきた。
その時に、ラグナの方から、ちょっとしたおねだりがあったのだ。
「誕生日に、出来る事なら、一緒に過ごしたいな」────と。
スケジュールの自由などあってないようなスコールにとって、確約が出来ない話は約束できない、と言う返事が精々だ。
だからその時は、期待なんて持つな、と言う話をして終わったのだが、年始の任務の内容が入って来てから、少々事情が変わってきた。
任務は年を跨ぎながら、予定通りなら二日に終わり、三日目には休みが取られている。
一泊二日、明日の昼にエスタを出発するだけの猶予が与えられた。
つまりは、ラグナのおねだりに応えられる時間が出来てしまったのだ。

それでも、選択肢はスコールの意思に預けられており、スコールはぎりぎりまでこの事を伝えなかった。
休みが入れられたとは言え、自分の立場では実際がどうなるかは直前まで判らなかった、と言うのもある。
しかしそれ以上に、「一緒にいられる」なんて伝えてしまったら、自分がそうなることを、そうすることを望んでいるのをラグナに伝えるようで、考えるだけで顔が沸騰しそうだった。

結局、スコールが今日のことを伝えたのは、年末にエスタ入りをした時のこと。
諸々の打ち合わせを終えて、ラグナとほんの一瞬、私的な会話を交わした隙の話だった。
その時点でも、緊急任務が入ればどうなるか判らない、と言うことは伝えたが、結果として、その心配は杞憂に終わっている。

滑りゆく景色を睨みながら、スコールの目元が胡乱に据わっている。
ラグナは気難しい年頃の少年の横顔に、こっそりと喉を揺らして笑いながら、ゆるゆるとハンドルを操作する。


「嬉しいよ。お前と一緒に過ごせるんだから」
「……」
「まあ、そうは言っても、何処に出掛けるって訳でもないと思うんだけど」


言いながらラグナがハンドルを切ると、車は幹線道路から下りて、住宅街へと入って行く。
いつの間にかスコールにとって見慣れた景色の行く先は、ラグナがエスタ大統領になってから用意された、彼の完全プライベートな私宅だろう。


「この時期だから、あちこち見て回っても良いんだけど。ショッピングモールも賑やかだし。でもお前、人が多い所は好きじゃないだろ?」


ラグナの言うことは確かだ。
しかし、とスコールは今日に限っては思う。


「別に、あんたの好きにしたら良いだろ。今日はあんたの……誕生日なんだから」


どうにもその単語そのものが擽ったい感じがして、スコールの声は微かに引っ掛かったが、それでも出すことは出来た。
出してしまえば、自分が何の為にエスタに留まったのかをありありと実感させられて、妙に耳の裏側が熱くなって来る。

そんなスコールを、ラグナはちらと横目に見て、赤らんだ耳元を見てくつりと笑う。


「じゃあやっぱり、家にいよう。外に出るの、勿体ないもんな」
「……」


ラグナの言葉に、スコールの目がじとりとラグナを見た。
賑やかしごとが好きな男が、新年を祝う空気もまだ冷めやらぬ中、家の中で過ごしている方が良いと言うのが判らない。
誕生日であると言う理由も含め、ラグナの好きな所に連れ回されると思っていた節もあっただけに、スコールは聊か拍子抜けした気分があった。

そんなスコールの胸中を知ってか知らずか、ラグナは横目に見る目を柔く細めて、言った。


「お前がいてくれるんだもん。家なら、遠慮なく二人っきりになれるだろ」


誕生日と言う唯一無二の日に、それを理由に帰る足を止めたスコール。
ねだられたから、頼まれたから、それも勿論、スコールの行動の理由にはあるのだろうが、それよりも最も深い部分を、ラグナは正確に理解している。

角をひとつふたつと曲がった先に、立派なセキュリティを備えたシャッター付きの門扉が見えて来る。
ラグナはその手前で一旦停止すると、ダッシュボードの上に置いていたリモコンで、シャッターを上げた。
するすると静かに車が門を潜り、車が完全に敷地内に入って止まり、またリモコンでシャッターが閉められる。
ラグナは運転席のドアにある車内操作のボタンで助手席のドアを開けると、胸ポケットに入れていた、玄関の鍵をスコールに差し出す。


「先、入っといてな」


車をガレージに置かなきゃいけないから、と言うラグナの手から、鍵が零れる。
スコールは反射的にそれを受け取って、その瞬間、今日と言う日に自分が此処から出る事は出来ないのだと言うことを、悟ったのだった。






ラグナ誕生日おめでとう!と言うことで。
スコール、丸一日かけてお祝いするくらいの時間が空けてあるんですってよ。どんな誕生日を過ごすんでしょうね。のんびりした後、しっぽりすると良いんじゃないかな!

[サイスコ]待ち侘びている言葉ひとつ 2

  • 2024/12/22 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



一日の授業を全て終えると、校庭の頭上を覆う空には、もう夕焼け色が混じっていた。
冬ともなれば日が暮れるのが早いもので、夏ならまだまだ昼間だと思う頃合いでも、一日が終わったような気分になる。
気温の低下も著しいこともあり、放課後の自由を謳歌するより、温かい所で一服したいと、誰もの帰る足は速くなっていた。
それでも家に帰るのは早過ぎると、何処かのコンビニなりファミレスなりに屯して、飲み物片手にお喋りに時間を費やす生徒と言うのも、あちこちにいる。

サイファーは、クラスメイトから「誕生日だし、奢ってやるよ」と誘われたが、惜しみながらそれを丁重に断った。
祝って貰うのは、相手が誰であれ悪い気はしなかったが、それについて行けば、いよいよ今日一日の足りないパーツが埋まらないまま終わってしまうだろう。
開き直れるのならそれでも良かったのだろうが、事が自分一人で済む話ではないから、確実に尾を引くのが予想できる。
そう言う訳で、クラスメイトたちからの誕生祝はまた別日に改めて貰うことにした。

教室を出たサイファーが向かうのは、階段を下りて、自分の教室とは反対側にある教室だ。
二年生のクラスが使っているその教室からは、生徒たちが順々に出て行き、残っている数はもう幾らもなかった。
そんな教室の一番端の後ろの席で、ホームルームが終わったことも気付いていないのか、机に突っ伏して蹲っている影がひとつ。

サイファーは勝手知ったるばかりに教室へと入り、生徒たちもその姿を見付けると、触れないように遠回りしながらいそいそと教室を後にした。
そうして残されたのは、鞄ひとつを肩に担いだサイファーと、まだ突っ伏したままのチョコレート色───スコールひとり。


「おい」
「……!」


声をかければ、一拍の間を置いてから、はっとスコールが跳ね起きた。
きょろきょろと辺りを見回す彼は、やはり思った通り、ホームルームの終了に気付いていなかったらしい。
思考が己の内に閉じこもると、周りを一切見失うのは、幼い頃からの彼の癖だった。

やれやれ、とサイファーは呆れた気分で溜息を吐きながら、机の横にかけられていたスコールの鞄を取って、持ち主の頭に押し付ける。


「帰るぞ」
「……」


物言いたげな視線がサイファーを睨んだが、気にしなかった。
さっさと踵を返したサイファーの後ろで、がたがたとようやくの帰宅の準備を急ぐ音がする。
ほどなく席を立つ音もして、サイファーを追う足音が教室の外へと出た。

人の気配がまだ絶えない校舎を出て、グラウンドの端を運動部の邪魔にならないように横切り、校門を通り過ぎる。
その間、スコールはずっと、サイファーの一歩後ろをついて歩き、まるでその陰に隠れているようだった。
単にお互いに顔を見なくていいように、スコールが半ば無意識にその位置を取っているのだろうと、サイファーは思っている。
……そんな場所にいるから、余計にタイミングを切り出すまでに時間がかかるのだろうとサイファーは思っているのだが、その傍ら、これが並んでいても結局は同じだっただろうなとも思った。

学校からサイファーの家までは徒歩で十五分程度、スコールの家はその少し手前にある。
だからタイムリミットはそれ程遠くはなく、此処に着くまでが最後のチャンスだ。
学生たちは皆何処かで遊んで帰りたいのか、住宅街の帰り道は、家に近付くほどに人の気配も少なくなり、背中のくっつき虫が行動を起こすには、良い塩梅になっている。
人前だから駄目なのだと言うスコールの気質を、サイファーはよくよく理解していた。

しかし、出来るだけ遅いスピードで歩くサイファーのなけなしの努力も空しく、赤い屋根の家が見えて来る。
スコールがその門扉を越えてしまえば、もうそれまで。
彼の閉じた言葉はもう出て来ることはないだろう、とサイファーも半分諦めの境地に達しつつあった。


(言いたいことがあるならさっさと言えってんだ。昔から)


こうまで背中の貝が頑なだと、サイファーも意地が出て来る。
絶対に俺の方から促してなどやるものか、と。
そうなると尚更ややこしく拗れることは積年の経験で判っているが、其処で自らが柔く折れてやることが出来ない位には、サイファーもまだまだ大人ではなかった。

サイファーの足が、スコールの自宅の門扉前を通り過ぎる。
足を止めてやるべきか否か、サイファーは考えていたが、結局止まらなかった。
その後ろで、スコールは門扉に手をかけて、


「……サイ、ファー」


数時間ぶりに聞いた声は、微かに掠れていた。
喉が詰まっているのを、精一杯に声帯を開いて紡がれた呼ぶ声に、サイファーの足が止まる。

なんだよ、と言う返事の代わりに肩越しに振り返れば、俯いているスコールがいた。
長い前髪で目元が見えないが、きゅうと引き結ばれた唇が、彼の胸中を具に語っている。
今、今やらなければ、もうチャンスはない───と、鞄のベルトを握る手が小さく震えていた。

それでも、言葉を扱うことに慣れないその唇は、簡単には動かない。


「……」
「……なんか用か」
「……その……」


此処で、なんでもない、等と言ったら、もうサイファーは待たなかった。
そうかよ、と言って自分の家へと向かう足を再開させただろう。
その気配を感じているのか、スコールは必死にはくはくと唇を動かして、癖のように出て来そうになる言葉を押し殺す。

スコールはぐっと唇を引き結んで、喉を詰まらせるものを無理やり飲み込んでから、は、と息を吐いた。
それからゆっくりと上げた顔は、向かい合う形になった夕日の所為だろうか、仄かに紅潮して熱を帯びたように見える。


「……誕生日……おめでとう……」
「………」
「……一応、言っては、置こうと……思って……」


声は段々と尻すぼみになって行き、スコールはまた俯いた。
言ってしまった、とまるで後悔でもしているような雰囲気が滲んでいるが、でも言った、と成し遂げた風に肩の力が緩んでいる。

サイファーはと言えば。


(やっとかよ)


その一言を聞く為だけに、半日も待った。
呆れと疲れが混じる中に、少しだけ、ほんの少しだけ、くすぐったさが浮かぶのだから、自分もどうしようもない。

それからまた一拍を置いて、まだ門扉を潜らない様子のスコールに、サイファーはにやりと口端を上げた。
此処まで殊勝に付き合ってやったのだから、少しくらい意地悪をしてやったって良いだろう。
サイファーは立ち尽くすスコールの前まで戻って、俯くその顔を覗き込んでやった。


「それだけか?」
「……は?」
「折角の俺の誕生日だぜ。プレゼントが言葉だけってことはないだろ?」


揶揄う顔で言ったサイファーに、スコールは条件反射に眉間の皺を深くする。
しかし、ないならないではっきり言うだろうに、スコールはそうしなかった。
むぐむぐと唇が苦いものを噛み潰すように噤んだ後、判り易い溜息を吐いて、スクールバッグの口を開ける。

取り出したのは、手のひらサイズに収まる小さな正方形の箱。
シックな黒の包装紙に覆われたそれを、スコールは剥れた顔で、ずいっとサイファーの鼻先に突き付けた。


「やる」
「お前な。もうちょっと雰囲気ってあるだろうが」
「知るか」


揶揄われたものだから、案の定、スコールはヘソを曲げたようだ。
さっさと受け取れと言わんばかりの顔をしているスコールに、サイファーは喉でくつくつと笑いながら、差し出されたものを手に取った。


「なんだ?これ」
「……CrossSwordのリング」
「へえ。お前にしちゃ気が利いてる」


最近、サイファーが贔屓にしているアクセサリーブランドの指輪。
シルバーアクセサリーと言えば、スコールも贔屓にしているブランドがあるが、それは選ばず、ちゃんとサイファーの好みに合わせたようだ。

気分が良くなって、サイファーはスコールの髪をぐしゃぐしゃと掻き撫ぜた。
突然のことにスコールは目を丸くしたが、我に返ると「やめろ!」と撫でる手を振り払う。
強気な蒼灰色がじろりと睨んでくるのを見て、サイファーの笑みは益々深くなった。


「こんなに良いもの用意してたんなら、もっと早く祝ってくれよ」
「……煩い。タイミングがなかったんだ」


拗ねた顔で言うスコールに、タイミングなら山ほど作ってやっただろう、とサイファーは思う。
だが、スコールが此処で行こうと言うタイミングになって、他所から割り込む声が多かったのも確か。
運が悪いと言うべきか、スコールにしてみれば、悉くタイミングを外された上、蓄積する程にマイナス思考に転がって行く性質もあって、最後の最後まで決心が出来なかったのだ。
ついでに、学校と言う、他人の目が溢れた所でプレゼントなんて渡せない、と言う性格も、スコールの行動を此処まで遅らせる要因だったのは、想像に難くない。

スコールはこれでようやく全ての肩の荷が下りたか、「じゃあな」と言って門扉に手をかけた。
耳が赤いのは、夕日の所為だけではないだろう。
それが判っているから、サイファーはスコールの肩を掴んで、その米神にキスをした。


「……!?」
「プレゼントありがとよ。じゃあな」


目を見開いてスコールが振り返った時には、サイファーはもう離れていた。
プレゼントを持った手を翳すように上げて、別れの挨拶と共に帰路へ向かう背中に、「バカ!」と言う声が飛んだ。





サイファー誕生日おめでとう!

朝からずっと「おめでとう」とプレゼントを渡すタイミングを探していたけど、延々外して最後の最後にようやく渡したスコールが浮かんだので。
サイファーも察しているから、スコールが行動しやすいようにタイミングを作っていたけど、中々思うように行かなくて焦れていました。
この二人、傍目にあんまり甘々してるように見えないけど、二人だけの秘密で付き合ってるんだと思います。

[サイスコ]待ち侘びている言葉ひとつ 1

  • 2024/12/22 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF




「誕生日おめでとう、サイファー」


その言葉を一番最初にくれるのは、いつだって母だった。

血の繋がらない息子を、そんなこととは関係なく、一心に愛情を注いでくれる母イデア。
その無心の愛とも呼べるものは、最近のサイファーにとってなんともむず痒くてくすぐったいものだが、さりとて悪いものと思う事もない。
ただ少しばかり、サイファーが物事に対して素直になれない程度に、大人になりつつあるだけのことだ。
同じように、父親についても、「狸親父」と顰めた口で言いながら、母と同じように“息子”と接していることは知っている。

朝一番に、続いて朝食の席で、両親から今日と言う日を祝って貰う。
それは幼い頃から変わらず続く、サイファーの誕生日の合図のようなものだった。

腹を満たして、登校の準備をしていると、幼馴染のスコールが玄関先にやって来た。
普段はすました顔をして寝汚く、サイファーが迎えに行ってやるまでベッドの中にいると言うのに、珍しいこともあるものだ。
つまりは、とサイファーがその理由を想像し、大方外れてはいないだろうと思うと、少しばかり顔が緩む。
が、その顔を見せれば、彼は確実に顔を顰めてヘソを曲げるので、サイファーは努めていつも通りの顔で玄関を潜った。

物心がつく頃にはよく一緒に遊んでいた幼馴染だが、かと言って、二人の間で会話が弾むことも多くはない。
スコールは元々口数が少なく、幼い頃は引っ込み思案もあって、サイファーが彼を引っ張り回していることが多く、彼もそんなサイファーにおろおろとしながらついて来るばかりであった。
最近はスコールが妙に生意気になって来て、サイファーのやる事に後ろでちくりと刺してくることが増えている。
お陰で喧嘩も絶えないが、妙なもので、隣に彼がいないとサイファーは落ち着かないのだ。
そしてスコールの方も、サイファーの近くにいるのが当たり前になっていて、あれだけ口喧嘩をしたのにと周囲に呆れられる位に、一緒にいる時間が多い。
登校時間も同じことで、向かう方角が同じだと言うだけで、二人とも黙々と足を動かしていることの方が多かった。

そんな二人であるが、今日は少しばかり空気が違う。
サイファーはいつも通り(のつもり)だが、その一方後ろをついて行く形で歩くスコールは、なんとも言えない張りつめた空気を醸し出している。
その理由を、サイファーはとっくの昔に理解していて、後ろに彼がいるのを良い事に、口端を上げて笑っていた。


(さっさと言やあ良いのによ)


悶々としているスコールが、何を考えているのか、何をしようとしているのか、サイファーは手に取るように判る。
判るなら、彼がそれをしやすいように誘導してやれば良い、と他人は思うかも知れないが、それではいけない。
下手にサイファーの方からアクションを取ると、スコールが一所懸命に用意した出鼻を挫くことになる。
傍目にクールぶるようになっても、中身は昔と変わらず、存外と意固地な所があるスコールに、それは逆効果になってしまうのだ。

だからこれが彼にとっては最善、とサイファーは知らぬ顔をして前を歩く。
こうしている事が、スコール自身に自分で動くタイミングを与え易いのである。

しかし、登校時間と言うのは、いつまでも二人きりで歩いていられる訳ではない。
目的地が近付くに連れ、同じ学び舎で過ごす生徒たちの顔も集まるようになり、おはよう、おはよー、と言う挨拶の声も聞こえてくる。
サイファーとスコールにも、それぞれのクラスメイトから投げかけられる声があって、サイファーは片手を上げて、スコールはちらと視線をやるだけで───今はその余裕すらもないかも知れない───返事をする。

そろそろ切り出さないと学校に着くぞ、とサイファーが後ろの気配に胸中だけで急かして見た所に、


「サイファー!誕生日おめでとうだもんよ!」


無邪気な友人の声がかかって、サイファーは「おう、ありがとよ」と返した。
その背中に、萎れるように俯く幼馴染の気配を感じて、やれやれとこっそり肩を竦めるのだった。



今日がサイファーの誕生日だと言うことは、校門前で雷神が気持ちの良い祝いの言葉をくれたお陰で、あっと言う間に広まった。
教室に着けば、周囲からはサイファーを祝う言葉が投げられ、些細なプレゼントにガムや飴を貰う。
幼馴染のキスティスとアーヴァインからは、サイファーが毎月購読している雑誌や、髪型のセットに使っている御用達の整髪剤などが贈られた。
そして休憩時間になると、一学年下───スコールと同じだ───の幼馴染であるセルフィがやって来て、無邪気に懐きながら、プレゼントにと近所で有名な洋菓子店のビュッフェチケットをくれた。

風紀委員として、学校ではそこそこ名が知れているサイファーである
普段は余計なものが入っていない鞄の中は、幼馴染や友人たちからのプレゼントいっぱいになっている。
朝と同じく、これもまたくすぐったいことだが、悪い気はしない。

しかし、此処にまだ足りないものがある、とサイファーは感じている。
朝からチャンスを与えてやっていると言うのに、それはまだ手元にやって来ていなくて、サイファーは密かに物足りない気分を感じていた。

その内に時刻は昼休憩を迎え、サイファーは昼食の弁当を取り出して、さて何処で食べようかと席を立つ。
其処へ雷神がやって来て、


「サイファー!一緒に昼飯、食うもんよ」
「良いぜ。屋上で良いか?」
「ああ。風神を呼んで来るから、先に行ってて欲しいもんよ」


違うクラスにいる相方を呼びに行く雷神を見送って、サイファーも教室を出ようとした。
と、戸口の前に立っていたアーヴァインが、


「サイファー、スコールが来てるよ」


聞こえた名前に、来た、とサイファーは思った。

やはり努めていつものように、特別なことなど何もないと言う顔をして、サイファーは教室の出入口へ向かう。
其処には、相も変わらず所か、普段よりも三割増しに眉間に皺を寄せた、誰よりよく知る幼馴染の姿があった。
目当ての人物を呼んで、役目は果たしたとばかりにアーヴァインが「じゃあね」と手を振ってその場を離れれば、後は主役の二人だけ。


「おう、どうした」
「……いや……」


何事も変わらない、毎日の日常としてサイファーが声をかければ、スコールは俯いた。
蒼灰色の瞳がうろうろと足元を見つめて彷徨う様子は、子供の頃に何度も見た、何かを言おう言おうとして迷っている時の仕草だ。
あの頃よりは背も伸びて、一歳違いの年齢差もそれ程大きく感じなくなっても、こう言う所はいつまで経っても変わらない。

多分、此方から切り口を与えた方が話は早いのだろうが、重ね重ね、それは存外と悪手でもあるとサイファーは学習している。
スコールとサイファーの教室は、階段を挟んで校舎で丁度対極線の位置にある為、遠いと言えば遠いのだ。
同じ校舎内なので然程の距離ではないのだが、気軽に隣教室へ遊びに行こう、と言うものでもない。
増してや基本的に腰が重いスコールだから、廊下を歩いて階段を上り、他クラスの、それも他学年の教室に行くと言うのは、中々のことなのである。
加えて今日と言う日にまつわる事を思えば、スコールがそれなりの決意と決心を抱えてきたことは想像に難くなく、“そうまでして此処まで来た”と言うプレッシャーまで抱えている訳で、此処をサイファーが迂闊に挫く真似をしてはいけない。
面倒くさい奴、とサイファーは常々思うのだが、それも飲み込んでスコールの出方を彼のペースに合わせて待つくらいには、絆されているのであった。

スコールは何度か口を開き、閉じ、と繰り返している。
声が出そうで出ない、と言う様子の彼に付き合うことは、幼い頃から積んできた経験のお陰で慣れている。
腹が減ったなと思うこともあるものの、スコールがこれから差し出そうとしているものに期待があるのも確かで、サイファーは広い心でこの沈黙を守っていた。

しかし、いつまでも教室の出入口を占領している訳にもいかなかった。


「ねえ、ちょっと邪魔よ」


気の強い女子生徒が、戸口前を占領しているサイファーに言った。
これは自分の立ち位置が悪かったな、とサイファーは大人しく一歩前に出て道を譲る。


「悪いな」
「気を付けてね」


物怖じしない女子生徒に続いて、彼女と一緒に昼食に行くのだろう、数人の女子グループが教室を出て行く。
ぞろぞろと廊下を占拠するように広がって歩く少女たちに、あれも大概邪魔だよな、とサイファーは思いつつ、ちらと隣に立っている少年を見る。


「……」
「…………」


スコールは、判り易く顔を顰め、教室を出て行った女子グループを睨んでいる。
それは傍目に八つ当たりめいていたが、スコール一人に限った視点で言えば、完全にタイミングを外された気分なのだろう。
折角唇のすぐ出口まで出かかっていた言葉が、喉の奥に引っ込んでしまったのだ。


「スコール」
「……なんでもない。邪魔した」
「ああ?おい、コラ!」


スコールは振り切るように、くるっと踵を返して、サイファーに背を向けた。
そのまま足早に廊下の雑踏の向こうへ行ってしまう幼馴染に、サイファーが苛立ち混じりの声を上げたのは、無理もない。

一体何の為に此処まで来たのか。
スコールは、決意を固めて動き出すまでは長いのに、心を折るのが早過ぎるのだ。
立ち去る前に、一秒で終わる言の葉すらも諦めて、「やっぱりやらなきゃ良かった」と此処までの自分の努力も全否定してしまう癖もある。
一番肝心な目的に手をかけてもいないのに、失敗したような気分になっては、自分の行動そのものがまるごと間違っているような気持ちになって、一人で蹲ってしまう。

折角待ってやったのに、とサイファーの顔が顰められる。
此処にキスティスがいれば、後を追えば良いだろうと言われそうだが、サイファーは傍目にはともかく、努めて冷静を残していた。
今この気分のままにあれを追ったら、間違いなくややこしくなる。
変な所で意固地なスコールは、こうなると藪の中にいるようなものだから、下手につつくと噛みついて来るのだ。
判っているからサイファーは、意識して長く息を吐き、米神の引き攣りを解くように努めた。


「……ったく、面倒な……」


どうして自分が彼のペースに合わせてやらねばならないのか。
長い付き合いの中で何度となく浮かぶ自問は、記憶に深い蒼灰色がぐすぐすと泣いている様子を思い出させて、結局こっちが折れるしかないんだと諦めに至るのであった。




[16/ジョシュクラ]記憶の衣に覗く淵



石の剣によって保護され、隠れ家へと運び込まれた男は、「助けてほしい」と息絶え絶えに言った。

頬に刻印のある、ザンブレク軍の兵装を身に着けたその男は、部隊が魔物に襲われた混乱の中で、本隊から逸れたことから逃げ果せて来たと言う。
深い傷を負っていたのは、魔物に襲われた時と、それから逃げる道程とで、散々な道を取った所為だろう。
崖から滑り落ちて動けなくなっていた所を、魔物討伐の任務の帰りだった石の剣が発見した。
もうあそこには戻りたくない、生きていたい、と微かな意識の中で呟いた男を、同じ人生の沼から救い出された者たちは、直ぐに隠れ家へと連れて帰ることを決めた。

その最中、男は何度も言っていたのだとか。
仲間がいる、友達がいる、ベアラーになる前から親しくしていた者が、同じ部隊に。
救われるのなら、あの泥沼から掬い上げて貰えるのなら、彼も一緒が良い、そうでないと────と涙を浮かべる。
どうやら、男は後天的にベアラーとして見付かったらしく、その時、幸か不幸か、よく一緒に遊んでいた友人も発現したことで、同時期に収容所へと連れて行かれたのだそうだ。
お陰で過酷な訓練、些末な環境の中でも、一人きりではない事が微かな希望となって、二人で生き延びて行くことが出来たと言う。
だから、此処で自分だけが救われるのは可笑しいと、魂の片割れを求めた。

ベアラー兵の扱いと言うのは、何処であれ使い捨ての駒であるから、過酷な任務ばかりだ。
狂暴な魔物と遭遇すれば、正規軍の攻撃を誘発する為の囮として、魔物の餌にならなくてはならない事も多い。
クライヴも十三年と言う月日をそんな環境の中で過ごしていたから、よくよく知っている。

ベアラーを助けることに、異議を唱えるものはない。
だから直ぐに、男からの情報を元に、現地へと向かう部隊が整えられたのだが、問題は件のベアラー兵が所属する部隊が、常にザンブレクの正規軍と共に行動していると言うことだ。
直に向かえば確実に衝突が起こる。
戦闘自体は誰もが視野に入れている話ではあったが、問題は其処に至るまで、どうやって件のベアラー兵とコンタクトを取るかだ。
クライヴたちと戦闘になれば、正規軍はまず間違いなくベアラー兵部隊を先駆けて突撃させるだろうし、下手をすれば肝心の助けるべきベアラー達を殺めてしまう可能性もある。
なんとか策を取って、件のベアラー兵と意思疎通を図るタイミングが必要だった。

────そこで、クライヴを始めとして、石の家から数人、ベアラー兵を装う作戦を取る事にした。

カローンやイサベラの伝手を借り、ザンブレクのベアラー兵が使う兵装を用意する。
クライヴ他数名はこれを身に着け、頬には膠を練り込んだ墨を使って、ベアラーの刻印を描く。
ベアラー、魔法を扱えることを悟らせない為、焼きとった筈の刻印を、偽物とは言えもう一度そこに記すことに、苦みのある表情を浮かべるものは少なくなかった。
もっとも刻印を身近に見ているとして、偽のそれを描く作業を引き受けたタルヤも、なんとも皮肉めいた作戦概要に溜息を漏らしている。

ベアラーであったこと、その為に凄惨な環境にいたことは、隠れ家に住む人々にとって、まだ遠くない記憶であることも多い。
ベアラー兵のふりをすることも、それらしく振舞うことも、進んでやりたいことではないだろう。
それを分かっているから、クライヴ自身がそれを引き取ることにした。

────懐かしいと言えば、懐かしいのかも知れない。
ベアラーとしてザンブレク軍に従事せざるを得なかった、五年前まで身に着けていた、ザンブレク軍のベアラー兵の兵装を身につけながら、クライヴはそんなことを思う。

打った鉄と鎖帷子で固められた兵装は、父から受け継いだ旅装束に比べると、随分と重さがある。
防備に優れたと言えばそうなのかも知れないが、些末な造りであることも確かで、鋭い獣の爪にズタズタにされるのもよくある事だった。
ベアラー兵の装備の支給など、大概は使い回しや下げ物だから、碌に手入れ修繕されていないので、見た目の割りに存外と脆いのである。
ブラックソーンに初めて会った時、装備を見て「酷い様だ」と顔を顰めたのも、さもありなんというものだ。

五年ぶりでも、装備の手順は意外と覚えているもので、クライヴは用意された兵装に手間取ることなく着替えを終えた。
厚みのあるグローブがごわついた感触を訴えて、少しくらいは馴染ませられないかと、右手を握り開きと繰り返す。
手首のベルトを締めれば少しはマシか、と調整を試していると、


「兄さん、入るよ」


コンコン、とノックとともに聞こえた声に、クライヴは「ああ」と答えた

部屋に入って来たのは、ジョシュアとトルガルだ。
トルガルはクライヴの下まで近付いて来ると、しばらくぶりに見る主の様相に首を傾げながら、鼻
を近付ける。
すんすんと他人の色濃い匂いがするであろう兵装の中から、確かにクライヴの匂いがあるのを確認している。

ジョシュアは普段の服装ではなく、カローンとグツから借りた、行商人を真似た格好になっている。
腰には、外に出る際には携帯している剣ではなく、丈夫な革のバッグや麻袋。
眩い蜜色の髪には、生成り色のバンダナを巻いている。

ジョシュアの青い瞳が、彼にとっては初めて見る、兄の姿を認め、


「準備は出来たみたいだね」
「ああ。……今回は留守番だぞ、トルガル」


膝元にすり寄って、匂いを移す仕草をしているトルガルに、クライヴはその頭を撫でながら言った。
トルガルはグゥゥと不満げな声を漏らすが、賢い狼は駄々をこねる事もない。
少し拗ねた様子でデスク下で丸くなるトルガルに、帰ったらおやつだな、とクライヴは思った。

そんなクライヴの横顔を、ジョシュアはじっと見つめている。
そっと伸びたジョシュアの手が、クライヴの左頬に触れた。


「ジョシュア?」
「……」


指先を掠める程度、傷むものに触れるかのような弟の指先。
どうかしたのかとクライヴが声をかけるも、ジョシュアはじっと眇めた両目でクライヴの横顔を見ている。

ジョシュアの指が、つぅ、とクライヴの頬を滑った。
クライヴは、その指が辿っているものが何なのか、はたと思い出して、眉尻を提げてジョシュアの手を取る。


「ジョシュア、墨が落ちる」
「……ああ。ごめん、つい」


咎める兄に、ジョシュアは眉根を寄せながら俯く。

クライヴの頬には、タルヤが墨で書き込んだ、ベアラーの刻印がある。
本来ならば、飛竜草の毒と混ぜたインクで入れ墨として彫り込むが、そんなことをしては二度と取れなくなってしまうし、隠れ家ではそれを除去する手段があるとはいえ、危険を伴う行為だ。
あくまで作戦に必要なだけだから、汗程度では容易く落ちないよう、脂と膠を練り込んだ、落ちにくいインクで描き塗ったに過ぎない。
とは言え皮膚の上に乗っただけのインクだから、強く擦れば落ちてしまう可能性もあるので、出来るだけ触れない方が無難なのだ。

クライヴの頬に昔あった刻印は、この五年間のうちに、取り除いてある。
除去手術の痕が残る頬に、上塗りする形で刻印を描き込んでいるが、多少の歪みはともかく、遠目に見れば偽物とは気付かれないだろう、とガブたちは言っていた。

クライヴはグローブのサイズ調整を終えて、他にも箇所の動き具合を確認する。
元が自分用に誂えたものでもないから、多少の不自由は仕方がないと我慢するしかないだろう。
戦うのに邪魔にはならないようにと意識しながら、一通りの準備を終えた。


「……よし、これで大丈夫だろう。あとは……」


武器は普段使っているものが好ましいが、ベアラー兵があまり上等な武具を持っているのも怪しいか。
ブラックソーンかカローンの所で、適当に何か、なまくらでも良いので誂えさせて貰おうかと考えていると、


「………」


じい、と見つめる強い視線に、クライヴはちらと其方を見遣る。
思った通り、自分と同じ青色の瞳が、つぶさに此方を映していた。

噤んだ唇に指を当てて沈黙しているジョシュアだが、存外とその瞳はお喋りである。
整った眉根が微かに寄せられている所を見るに、考え事をしているのは明らかだったが、それよりも視線が何やら強い。
ひしひしと注がれる熱視線は、何かを言おうとして堪えている、と言う様子に見えた。


「───ジョシュア。何か気になることでもあるのか?」
「え?……あ、いや……」


クライヴが視線に気付いていることに、気付いていなかったのか、そんなことも考えないほどに脳内会議に没頭していたのか。
兄に声をかけられたジョシュアは、しどろもどろとした様子になったが、逆に見つめる側になったクライヴの視線に、気まずそうに俯いて言った。


「……話には、聞いていたんだけど。こうだったのかな、と思って」
「こう?」
「……その……兄さんが、ベアラーだった頃の……」


ジョシュアのその言葉に、クライヴの肩が微かに揺れる。

頬の刻印、ザンブレクのベアラー兵装────確かに、五年前の自分と同じ井出達だ。
自分でもそれは分かっていたことだが、ジョシュアの、他者の口からそれを言われて、改めて記憶の底から感覚が掘り起こされる気がした。

何もかもを喪い、ただ生きて、復讐することだけを唯一の目的にしていた、あの頃。
薄暗い場所で寝起きをし、水鏡に映る頬の刻印を見る度、どうしようもなく自分の無力に打ちひしがれていた。
死の安らぎを受け入れることがなかったのは、終ぞ、運が良かったのだと言う他ない。
訓練とは名ばかりの過酷な日々を過ごし、穴倉の中で幾つも躯が転がって行くのを横目に見ながら、ただ復讐を果たすことだけを糧に、一日一日を生き延びた。
その過程でプライドも尊厳も手放したことを、今更後悔などしてはいないが、


(……“あれ”の代償を知ったのも、この頃だったか)


生き延びる為、その手段の是非を選ぶことも、とうに意味を失くしていた。
どんな屈辱だろうと、生き延びた意味も見いだせず、目的も果たせず死ぬよりは良いと選んだ、泥水の啜り方。
そんな自分を知っている人間は、最早幾らもいないだろうが、何より誰より知っている自分自身だけは、どうやっても切り離せないものらしい。

喉の奥に競りあがる感覚を、静かに飲み下して沈殿に戻す。
意識的にそうしなくてはならない位には、この記憶は深く重く昏いものらしい、と再確認のように自覚する。

────ひた、とクライヴの頬に触れるものがあったのは、その時だ。
はたとクライヴが顔を上げれば、随分と近い距離に、弟の端正な顔がある。


「すまない、兄さん。変な事を言って」
「あ────いや。大丈夫だ、何と言うものじゃない」


ばつの悪い顔をしたジョシュアは、きっと自分の言葉の所為で、クライヴが嫌なことを思い出したと考えているのだろう。
確かにきっかけと言えばそうかも知れないが、クライヴはジョシュアに対して、はっきりと首を横に振った。

だがジョシュアは、クライヴの刻印のある頬に緩く触れながら、痛ましい表情を浮かべて見せる。


「もっと早く、兄さんを見付けられていたら……あんなにも長く、苦しませなくて済んだかも知れないのに」


懺悔に似たジョシュアの言葉に、クライヴはまた首を横に振った。


「その頃、お前は酷い状態だったんだろう。それこそが俺の責任だ。俺自身の事は、お前が気にすることじゃない」
「僕は、ただ寝ているだけしか出来なかったんだ。兄さんが辛い思いをしている間にも。見付けて、助け出して、もっと早く再会できていたら……」


ジョシュアの言葉は、独り言めいている。
既に過ぎてしまった過去の選択に、今更別の可能性を探したところで無意味だと言うことは、彼もよく分かっているだろう。
それでも考えずにはいられない程に、彼にとっては、潜まざるを得なかった二十年近い月日と言うのは、尽きない後悔に抉られずにはいられないのだ。
増してや、その頃のクライヴが、誰の手も届かない泥沼の底にいた事を思えば、尚更。

クライヴは陰の落ちたジョシュアの頬に、そうっと手を伸ばした。
厚みのある革の手袋で覆われた手で触れると、いつもの体温が直に感じられなくて、少しもどかしい。
それでも、触れる感触は伝わっていたから、今此処に弟がいると言うことが、クライヴにとっては何よりの喜びを感じさせた。


「大丈夫だ、ジョシュア。俺は今、此処にいるし、お前も一緒にいる。“あの頃”とは違う」


ザンブレク軍のベアラー兵として生きていた頃。
傷を癒す為に生きていることしか出来なかった頃。
お互いが生きていることすら知らず、憎しみと、悲しみと、後悔だけを抱えていた時間は、もう終わった。

ジョシュアは頬に触れる兄の手に、自分自身の手を重ねた。
鳴れたはずの兄の手が其処にあるのに、いつもと違う感触であることが、どうにも嫌だ。


「……兄さん。少し、これを外しても良い?」


頬に触れる、皮手袋越しの手。
普段の黒の旅装と、ガントレット越しならばさして気にならない筈なのに、今日だけはどうしても駄目だった。

見つめるジョシュアの言葉に、クライヴは頷いて、先ほど締めたばかりの手首を緩める。
グローブを外せば、ジョシュアの見慣れた、消えない小さな傷をあちこちに残した、兄の手のひらがあった。
それがもう一度、自身の頬へと触れてくれるのを確かめて、ジョシュアはほうと息を吐く。


「……ああ。うん。兄さんの体温だ」


呟くジョシュアに、クライヴの唇が緩められる。
頬に触れる体温にジョシュアが安堵する傍ら、クライヴもまた、手のひらに直に触れる弟の体温と言うものに、そこはかとない喜びと愛おしさを感じていた。

ジョシュアの手がもう一度、クライヴの頬に触れる。
両の頬を包んだその手の指先が、クライヴの左頬の刻印を擦るように滑ったが、咎める声はなかった。





鉄拳8×FF16コラボで兄さんが参戦。
これでクライヴのスキンにノーマル、2Pカラー(ノーマル服の色違い)、ベアラー兵装、DLC衣装とあった訳ですが、衣装着替えだけなので、顔は33歳で統一されていた訳ですね。
なので33歳がベアラー兵装を身に着けている訳ですが、なんかそれはそれで良いな……とか思いまして。
どうにかして着せたいのと、昔を思い出してしまう兄と、それを見てもやもやする弟が見てえな~!って思ったのでした。勢い万歳。

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