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[16/シドクラ]清明の芽



新入生代表の挨拶を任された、と家族に報告した時、父は頬を綻ばせ、弟はすごいと喜んでくれた。
母はいつもと変わらない表情で、「恥のないようになさい」と言って、クライヴは背筋を伸ばして「はい」と答えた。

中学生の間、クライヴは努めて優良な生徒であるように過ごしたと思う。
勉強は勿論のこと、生徒会役員としても精力的に役割をこなし、三年生の時には生徒会長に任命された。
部活動は時間が取れそうになかったので入ることは叶わなかったが、生徒会として色々な所に顔を出す機会があり、其処から縁もあって、運動部には助っ人と言う形で一時的に数に入れて貰うことがあった。
お陰で各部で何が求められているのか、何が悩みとなっているかを直に聞くことが出来たのは、クライヴにとって知見が拡がる縁となった。
生徒会役員であるから、と言うのもあったが、教師の手伝いをすることも多く、大人からの信頼も少なからず得ることが出来ていた。
クライヴにとって、それらは自然的にやっていた事でもあるが、そうあれと望まれている自分を知っていたからでもある。

由緒代々続く、ロズフィールド家の嫡男に生まれた者として、相応しい人間であれ。
それが物心がつく頃から耳にしていた言葉で、特に母はその点において厳しい目を向けていた。
体の弱い弟が生まれると、母の情は其方に傾向し、クライヴのことはそれ以前よりも構わなくなったが、放逐されている訳でもない。
また、遡れば、父もクライヴ同様に家を継ぐ者として、背筋を律して生きて来たと聞く。
そんな両親を見て育ったクライヴであるから、自身も彼らの顔に泥を塗ることのないよう、立派な人間になろうと努力するのは、当然の帰結であったのだ。

まだ生地の固い感触がする制服に身を包み、春休みの間に考えた、挨拶文をしたためた原稿用紙を、真新しい鞄に入れて家を出る。
入学式で行われる挨拶の際の段取りを確かめる為、クライヴは他の新入生よりも少し早い時間に学校へ到着した。
歴史の長い学校とあってか、門扉は少し古めかしく重々しい黒鉄の様相をしており、さながら城門のようである。
在校生は既に教室で授業が始まっているようで、校舎の窓が所々開け放たれていた。
初めて見る校舎やグラウンドの景色を、クライヴは落ち着きなく見回しながら、新入生入り口として案内板が立てられた玄関へと向かう。

玄関前には、数人の大人───教師と思しき人が立っている。
若年からベテランと分かる人が混じって話をしていたが、その内の一人がクライヴを見付け、


「お。新入生か?」


無精な髭を生やした男性がそう言ったのが聞こえて、クライヴはその場で背筋を伸ばして頭を下げた。
それから小走りで玄関前へと近付くと、教師たちは、クライヴを見付けた男に「じゃあよろしく」と言って散って行く。

残った男性教師は、玄関奥へとクライヴを促しながら、改めて確認に言った。


「新入生代表だな?念の為、名前を頼む」
「クライヴ・ロズフィールドです。よろしくお願いします」


もう一度、クライヴはぺこりと頭を下げる。
きちんと腰を曲げて、綺麗な角度で挨拶をするクライヴに、教師はおう、と手を挙げた。


「俺はシドルファス・テラモーン。担当科目は化学だ。ま、よろしくな」
「はい」


自己紹介と共に、テラモーンの右手が差し出される。
握手だと気付いて、クライヴもすぐにそれに応じた。
節のある手がしっかりとクライヴの手を握った瞬間、ふわりとクライヴの鼻腔に独特の苦みの匂いが届く。

嗅ぎ慣れない匂いのそれに、一体なんの匂いだろう、と頭の隅に思いつつ、クライヴは「こっちだ」と歩き出したテラモーンの後に続いた。


「現場に行く前に、クラス表を見て置いた方が良いだろう」


そう言ったテラモーンが向かったのは、生徒用の昇降口だ。
この学校では、昇降口は複数あり、生徒数が多いこともあって、学年ごとに使い分けられていると言う。
クライヴが案内され、今クラス表が張り出されている場所が、新一年生の利用する昇降口だそうだ。
新入生は今日に限っては玄関口から入るが、明日からはこの昇降口を利用することになる。

四枚の大きな模造紙に印刷されたクラス表に、ずらりと生徒の名が順に綴られている。
クライヴはざっとそれを見渡して、自分のクラスを確認した。
「確認できました」と言うと、テラモーンは頷いて、今度は入学式の会場となる講堂へと向かう。

校舎の一階には教職員室の他、校長室や保健室、事務室が並んでおり、教室は二階から上にあるようで、人の気配は少なかった。
あと一時間もすれば始まる入学式の為、教師が右へ左へと忙しくしているが、それ位のものだ。

校舎から伸びる渡り廊下を辿って、辿り着いた講堂は、厳粛な雰囲気に包まれていた。
まだ誰も座っていない沢山に椅子の間で、数人の教師が、何かを確かめるように会話をしている。
クライヴはそれを横目に見ながら、時折教師たちの視線が此方に向くのを感じつつ、テラモーンに続いてステージの壇上へと上がった。

ステージの中央には、マイクスピーカーを備えた教壇が置かれている。


「挨拶は其処でやって貰うことになってる。原稿は代表者が持参することになったと聞いてるが───」
「はい」


クライヴは肩に下げた鞄の口を開け、クリアファイルに挟んだ原稿用紙を取り出す。
中学校の卒業式後、新入生代表の選出の連絡を受けてから、母校の教員に添削を協力して貰い、書き上げたものだ。
テラモーンに内容を見せる必要があるかと尋ねてみると、彼は顎に手を当てて考える仕草をして、


「まあ確認する必要はないんだが……リハーサルするついでに、ちょっと聞かせて貰おうか。練習もした方が、ぶっつけよりは緊張しなくて済むだろう」
「リハーサル、ですか」
「式の流れも確認して置いた方が、いつ出番が来るかって肩肘張らんで良い。取り合えず、あっちの一番前にでも座って、其処からだ」


テラモーンがステージ前に並ぶ椅子を指差したので、クライヴは壇上から下りた。
無難に一番前の端に座ると、テラモーンは懐から取り出したプリントを開いて、


「あーと……新入生が入場したら、校長の挨拶があって。諸々やって───新入生代表は、来賓の紹介の後になる」
「はい」
「“新入生代表挨拶”で名前を呼ばれたら、席を立ってステージに上がれば良い」
「分かりました」


クライヴの返事に、テラモーンは「じゃあ始めるぞ」と言った。
プログラムを読み上げるアナウンスに則って、クライヴの名が呼ばれる。
すっくと立ち上がる瞬間、俄かに緊張の鼓動が跳ねるのを、クライヴは努めて平静を保つようにと心がけた。




リハーサルを行ったのは、クライヴにとって幸いであった。
本番は独特の緊張感があり、沢山の眼が此方を見ていると言う事実が、クライヴの息を詰まらせる。
ステージを下りて自分の席に戻った時には、どっと疲れがやって来て、クライヴには珍しく、椅子の背凭れに深く埋まったくらいである。
それでも、リハーサルの時にテラモーンはささやかにアドバイスしてくれたし、お陰で本番はスムーズな流れで出番を終えることが出来た。

晴れの入学式が無事に終わると、新入生は教員に先導されて、自分のクラスの教室へと戻る。
教室では早速めいめいと交流が始まっており、座った席に近い所同士で自己紹介をしたり、中学以前からの付き合いであろう面々がグループを形成していた。
クライヴはと言うと、代表挨拶を無事に終えたと言う安堵で、しばし自分の席で休んでいた。
しばらくするとクラス担当の教師がやってきて、明日以降の授業日程や、校内の案内図や諸注意事項の説明等が行われる。

頒布物等が行き渡ると、新入生としての一日は終わり、生徒は教室外で待っていた保護者とともに帰宅することになる。
クライヴもその流れに則って、家路につこうと今日限りの出入口となる、校舎の玄関へ向かっていると、


「クライヴ・ロズフィールド」


名前を呼ばれて振り返ると、数時間前に見た顔が其処にあった。
クライヴは今日の大役を終えて休息モードに入ってしまった頭をどうにか動かして、その人物の名前を思い出す。


「テラモーン先生」


今日一日の流れを説明し、アドバイスをくれた人の名だ。
間違えないようにと頭の中で再三確認してから名を呼ぶと、テラモーンは苦笑するように口端を上げて、


「シドで良い。その方が短くて簡単だしな」
「えっと……はい。シド先生」


目上の人間を、下の名前、それも略称で呼ぶことにクライヴは少々抵抗が過ったが、当人からそう呼んで良いと言うのだ。
当人なりの生徒への配慮かも知れない、ならばそれを無碍に断るのも良くないだろうと、クライヴは慣れない感覚を堪えて呼んでみる。
するとテラモーン───シドは満足げに目尻を和らげた。


「代表のお勤めご苦労さん。上手くやれたじゃないか」
「そうですか?ちょっと、詰まった所があって……もう少し綺麗に読めたら良かったんですけど」


シドの言葉はクライヴにとって有難いものだったが、とは言え、クライヴは少々心残りな部分があった。
挨拶の全文のうち、僅かな所ではあるが、読み詰まってしまった所があったのだ。

しかしシドは、「そうかねぇ」と言って頭を掻く仕草をして、


「聞いてる分には、何も問題なかったと思うぞ。俺が今までに聞いた挨拶の中じゃ、一番だ」
「ありがとうございます」


そう褒めちぎられても、クライヴはなんと返して良いかよく判らない。
けれども、折角の言葉を否定するのも悪い。
シドがそう言ってくれるのなら、その言葉は素直に受け取ろうと、クライヴは感謝を述べた。
それを受けたシドがなんとも言えない笑みが浮かべるのを見て、クライヴはことんと首を傾げる。

───さて、とシドが気を取り直すように言った。


「新入生はもう帰るもんだと思うが、お前さんとこの親御さんはどうした?外にいるのか?」


多くの生徒の保護者は、入学式後のホームルームの間に、教室の外に迎えに集まっていたが、中には玄関外のグラウンドで待っていた者もいる。
玄関口までクライヴが一人で来たと言うことは、とシドはそう思っていたようだが、クライヴは小さく首を横に振った。


「自分の両親は、今日は来ていません。うちは小さい弟がいるもので、目を離す訳にいかなくて」
「両親の両方ともか?」


クライヴの言葉に、シドが微かに眉根を潜める。

息子の高校入学式、それも新入生代表の挨拶を任されたとなれば、門出の晴れ舞台だ。
当人は勿論、保護者にとっても緊張も一入に迎えるものだろう、と言うシドの想像は外れてはいないのだろう。
一般的に言えば、母親だけでもその姿を見届けようと列席する事が多いに違いない。

ただ、クライヴの環境が、そうした普通の感覚とは聊か異なることを、彼は知らないのだ。


「弟は体が弱くて、今朝も熱を出していたんです。母はそれで付きっ切りで。父は、仕事が忙しくて」
「……」
「父は、最初は来てくれる予定ではあったんですが……緊急のことだったので、仕方なく」


こう言ったことは、クライヴにとって珍しくはない。
入学式、参観日、運動会───保護者の列席が希望される場に、両親の姿はない。
父はクライヴが生まれた時から仕事に忙殺され、それでも時間を捻出しようとしてはくれるが、如何せん、どうにもならない事は多かった。
弟ジョシュアの体調も、日々分からないもので、毎日の薬が手放せないし、急に熱を出すことも少なくない。
母は弟に強く愛情を注いでいるから、彼に何かあれば、付きっ切りになるのは常のことだ。
寂しくないのかと問われれば、そんな気持ちが全くないとは言えなかったが、我儘を言っても彼らを困らせてしまう。
それで両親が冷えた空気になれば、ジョシュアもそれを感じ取り、歯痒い表情をさせることになる。
それはクライヴの望むことではない。

クライヴの言葉を聞いて、シドはなんとも言えない表情を浮かべている。
じっと見つめるヘイゼルの瞳は、物言いたげであったが、其処に何の言葉があるのか、クライヴには読み取れない。
なんとなく、心配されているような気配だけは感じられて、クライヴは努めて笑顔を浮かべて言った。


「両親には、見て貰えなかったけど。シド先生のお陰で、代表の挨拶をやり切ることが出来ました。ありがとうございました」


朝にそうしたように、クライヴは腰を曲げて深く頭を下げて感謝を述べる。

今朝、一人で家を出る時にも、父からは参列ができないことに、「すまない」と詫びを貰った。
新入生代表の挨拶に選ばれて、それをやり遂げる姿を、見て欲しかった───入念に準備をしている間、そう思っていたことは否めないが、こればかりは仕方がない。
クライヴは密かな我儘を押し殺して、せめてきちんと役目を果たせたと言う報告が出来るように努めよう、と気持ちを切り替えた。
結局、肝心な場面でクライヴは読み閊えてしまったが、シドからは問題はなかったと言って貰えた。
今日はこれを糧に、両親への報告をしようと思っている。

自分なりに十分と思うまで感謝に頭を下げて、ようやくクライヴは顔を上げた。
と、そのタイミングで、ぽん、とクライヴの頭に何かが乗せられる。
そのまま、頭の上のもの───どうやら人の手だ───は、くしゃくしゃとクライヴの髪を掻き撫ぜた。


「うあ、」
「成程な。お前さん、一人で随分、頑張ってた訳だ」
「あ、あの。別に、そんな、」


当惑するクライヴに構わず、存外と大きな手は、遠慮なしにクライヴの髪を乱していた。
今朝、綺麗に撫でつけて整えた髪が、無造作なハネを作って行く。

ようやくクライヴが自由になった時、黒髪は奔放な遊びをあちこちに残していた。
きっちりと上から下まで乱すことなく着込んだ制服姿なのに、髪の毛だけが元気になっている。
アンバランスなその状態で、目を丸くしたまま固まっている少年に、シドはにっと笑いかけ、


「お疲れさん。今日は胸張って帰りな。お前は十分、よくやったよ」
「え……あ」


さっきまでクライヴの頭にあった手が、トン、とクライヴの胸を突く。
その感触と同時に、シドの言葉がすとんと身の内に落ちていく感触があった。


「じゃあ、気を付けて帰れよ。一人なんだから、尚更な」
「は、い」


ひらりと手を挙げて別れの挨拶とするシドに、クライヴはぽかんとした顔のまま、辛うじて返事をする。
踵を返して廊下を向こうへと去って行く背中を、少年はじっと見つめながら、自分の頭に手を遣った。





新生活が始まっていますね、と言う時期なので、15歳クライヴと若シドで学パロをやってみた。
多分シドは三十路前後。授業が分かりやすい、生徒とよく話をしてくれて相談ごとにも乗ってくれる、と言うことで人気が高い先生。
15歳クライヴは優等生タイプだろうと思っています。そんなクライヴに、周りは良くも悪くも信頼をしていて、「彼なら一人でも大丈夫だろう」って言う距離感。クライヴ自身もそうあろうとしている。
なので周りから、余程でなければ無理に回りが手を出さなくても良いだろう、ってなっているクライヴに、普通の子供と同じように褒めたり注意したりするシドがいたら良いな─って思いました。

後にクライヴも教師になって、シドの元教え子として同じ学校で教鞭取ることになったら良いじゃんって言う妄想。

[カイスコ]スタイリングはお気に召すまま

  • 2025/04/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



カインが他人の手で長い髪を遊ばれるのは、実の所、初めてではない。
主には親友とその恋人に、「ちょっと触らせて」と言う始まりから、「こんなに長いのなら色々な髪型が出来そうね」と言う話になり、無邪気な淑女の手で色々と飾られる機会があった。
無骨な男を飾り付けるくらいなら、自身の髪に髪飾りを挿す方がよほど有意義であろうに、何が楽しかったのやら。
親友の方はと言うと、明らかにカインの胸中は判っているだろうに、恋人の好きなように任せて、カインが花やら蝶の髪留めやらで盛られていくのを眺めていた。
そしてカインの飾りつけが終わると、淑女は次に親友の方を飾りつけしたがり、その時になって親友はようやく慌てる訳だが、カインにしてみれば良い気味である。
結局、妙齢の淑女を差し置いて、無骨な男二人の髪が華やかに彩られた。
男二人はなんとも言えない顔をするしかなかったが、淑女は大層満足したようだったので、まあ良いか、と失笑するしかなかったのは、良い思い出───なのかも知れない。

そんな事を考えている間にも、カインの髪は慣れた手付きで結わえられていく。

平時、大した手入れもしていない金色の髪を梳いているのは、ユウナの櫛だ。
木製の少し古びた櫛は、彼女が元の世界で親しんでいた私物らしく、此方の世界ではモーグリショップに偶々並んでいたのを見付けて買い戻したのだとか。
その櫛を手にカインの髪を整えているのは、ティファだった。
敵を前にすれば、握り締めたその拳で相手を粉砕せんばかりのパワーを持つ手は、今は随分と優しい手付きを見せている。
料理を得意としていることもあり、戦闘スタイルとは裏腹に家庭的な側面を持つティファである。
人の髪の手入れもお手の物なのか、存外と細い指は、丁寧に金糸の絡まりを解き、櫛を通して艶やかな髪を整えている。

親友とは違い、癖のないカインの髪の毛は、満遍なく梳き終えると真っ直ぐに背中に落ちる。
ティファが持っていた櫛を、傍らでじっと見守っていたユウナに返した。
だが、髪を梳き終わっても、カインはまだこの場から離れることは出来ない。
寧ろ女性陣の本気はこれからだ、と言うことを、カインは遠い経験則で知っていた。


「毛が細いからかな。すごく綺麗に整ったね」
「良いなあ。私、すぐに絡まって、寝癖とかついちゃうんです」
「ユウナの髪は柔らかいものね。カインのはもうちょっと、固い感じがする。でも細いから、こう、するっと滑るのね」


ティファの手がカインの髪を一房掬う。
毛先を緩く持ち上げて行くと、硬質な髪の毛の束は、ティファの指から逃げるように梳き落ちた。


「これだから兜をそのまま被っても絡まらないのかしら」
「……さあな」


感心したように言うティファに、カインは溜息交じりに言った。

自分の髪質など知ったこともないが、確かに、兜を脱ぐ時に引っかかりが少ないのは助かっている。
そうでなければ、長い髪など邪魔にしかならないから、適当に切って捨てていただろう。
……過去にそうしようとした時には、随分と必死な顔で反対してきた二人がいたことは、カインと他当事者だけが知る出来事であった。

ティファとユウナは、一頻り髪を眺めた後、よし、と意気込んだ表情を浮かべる。


「じゃあ、どんな髪型にしようかな」
「三つ編みはどうですか?この長さなら出来そうだし、カインさん、似合うと思うんです」


ユウナの無邪気な提案に、カインは眉間の皺を深くするが、背中側に立っている女性二人は気付かない。
ティファが「良いわね」と言うものだから、話は決まった。


「輪ゴムかリボンが欲しいかな」
「髪留めに出来るものですね。私、取って来ます」
「私の部屋にもあると思うわ。机の引き出しにあるから、開けて良いよ」
「はい」


ユウナは弾んだ足取りでリビングダイニングを出て行った。
それと入れ違いになって、一人の少年が、ユウナの開けた扉の隙間からするりと部屋に入ってきた。

濃茶色の短い髪に、モノクロで整えた衣服。
額に特徴的な傷のある、蒼灰色の瞳を持った、細身の少年───スコールだ。

スコールはユウナが駆けていくのを見送る形か目で追った後、首を傾げながらダイニングに入り、其処にあるものを見て目を丸くした。
鎧を脱いで布服に身を包んだカインが、ダイニングテーブルの椅子の一脚に座り、ティファに髪を結わせているのだ。
何とも奇妙な光景に鉢合わせてしまった彼の気持ちを、カインはなんとなく察する。
変な所に来た、そして、長居をしたらきっと面倒に巻き込まれる……と、そんな所だろう。

驚きか混乱か、戸口で固まっているスコールに、ティファが髪を触りながら気付き、


「あ、スコール。どうしたの?」
「……いや……その……水を、貰いに来た」


いつも通りの顔で用向きを尋ねるティファに、スコールはぎくしゃくとしながら、なんとか答える。


「お水ね。ちょっと待ってね」
「……自分でするから問題ない」
「そう?うん、良いか、スコールならつまみ食いもしないもの」


ダイニングの奥にあるキッチンには、ティファが夕飯の為に仕込んだ鍋が鎮座している。
食べ盛りの中には、これを無邪気につまみ食いして行く悪童もいるのだが、スコールはその点は心配いらない方だ。
どうぞ、とキッチンへの進入を咎めないティファに、スコールはそそくさとした足で目的の元へと逃げ込んでいった。

廊下へのドアが開いて、ユウナが戻ってきた。
喜色一杯の表情を浮かべた彼女の腕には、ある限りを持って来たのだろう、様々な色や模様のヘアアクセサリーが抱えられている。


「選び切れなくて、皆持ってきちゃいました」
「良いね。じゃあユウナ、カインに似合いそうなものを選んで」
「……男に似合うものなぞないだろう」


女性二人の無邪気なやり取りに、カインは言わずにいられなかったが、ユウナは「そんなことないですよ!」と目を輝かせる。


「カインさん、リボンが似合うと思うんです。金髪だから、こっちはちょっと抑え目の色にして……」
「この紺に銀のラインが入っているのが良いんじゃないかな。ラインが細いから、派手にはならないし」
「良いですね。華やかだけど落ち着いた色合いです。あと、結び目にはこれを合わせて───」


三つ編みに組んだカインの髪に、ティファが選んだ紺のリボンが結ばれる。
綺麗な蝶結びにされたリボンの結び目に、ユウナが小さな緑色のストーンを宛がった。
こっちかな、こっちが良いかな、と数種の石を比べて悩むユウナだが、カインにはそれらの石の違いと言うものが判らない。
魔力を帯びている様子もないから、本当に髪を飾る為だけのアイテムなのだろう。

きゃっきゃと楽しそうな女性陣は、まだまだ飽きてくれそうにない。
カインはそれにされるがままに任せつつ、いつになったら終わるだろうかと、ひっそり溜息を吐いていた。

と、じんわりとした視線を感じて、カインは目だけでその方向を見遣る。
キッチンの戸口を背にした位置に、相変わらず神妙な面持ちをしたスコールが立っていた。
蒼灰色の瞳は、女性陣の玩具になっている竜騎士に対して、少々哀れみの空気を混じらせている。
長引きそうな女性陣の戯れに付き合わされる格好のカインに、同情めいたものを抱きつつも、触れはするまいと遠巻きに済ませようとしているのが判った。

判ったので、カインも彼の存在には触れてやるまいとしていたのだが、


「あ、スコールさん」
「!」


ユウナのオッドアイがばっちりとスコールを映して、嬉しそうな声が名を呼ぶ。
呼ばれた当人は、しまった、とばかりに肩を竦ませていたが、幸いと言うべきか、ユウナはそれに気付いた様子はなく、とたとたとスコールの下へ駆け寄った。


「カインさんの髪を触らせて貰っていたんです。スコールさんもどうですか?」
「い、や……良い。結構だ」


楽しい気持ちからか、いつになく溌剌と話しかけて来るユウナに、スコールは半身を引きつつ辞退を述べる。
そんなスコールに、ユウナは至極残念そうに眉尻を下げていたが、ふと、


「そう言えば……スコールさん、前髪、邪魔じゃないですか?」
「……いや、別に……」


ユウナの言葉に、スコールは眉間に皺を寄せつつ半歩下がる。
嫌な予感を感じた、と言う彼の勘は、決して外れてはいまい。
だが、それならユウナとティファが此処にいる間は、キッチンに隠れている方が無難だったに違いない。

ユウナの言葉を聞いてか、ティファが「そうよね」と言った。


「スコールの髪、目元にかかって来てるもの。目に刺さったりするんじゃないかな?」


言いながら、ティファはカインの三つ編みを結ったリボンに、ユウナが選んでいた石を飾り付ける。
結んだリボンの紐に挟み入れて固定した薄緑色の石が、照明の光を反射させて柔く閃いた。

これで良し、とカインの出来に納得したティファは、すぐさまテーブルに置いていた髪留めのひとつを取って、スコールの下へ。


「スコール、ちょっと前髪を上げるね」
「な、おい、待て」
「留めるだけよ、大丈夫。変な事しないから」


小さな子供を宥めるように言うティファの手には、銀色のシンプルなヘアピン。

ティファはスコールの前髪を横に流し、ピンを通して固定させた。
柔らかな濃茶色の前髪は、いつもスコールの目元に薄くカーテンを作っていたが、それがなくなると蒼灰色の稀有な色味がくっきりと主張する。
額の傷も隠されなくなり、額が広く見えるようになったからか、雰囲気や輪郭の割に、幼い顔立ちが其処にあった。

スコールの目元がすっきりと確認できるようになって、よし、とティファが満足げに頷く。


「うん。スコールは髪が茶色だから、白とか黄色みたいなのが良いかなとも思ってたんだけど。こういうシンプルなのも良いね」
「似合ってます、スコールさん」
「スコールの前髪、いつも気になっていたのよね。目に入ったりしそうだなって。そのヘアピン、似合ってるからあげるね。好きに使って」
「……」


楽しそうなティファとユウナに、スコールの唇は真一文字に紡がれている。
蒼の瞳が言いたいことが幾らもありそうだったが、辛辣な物言いが時折見られるスコールでも、この状況で女性を相手にそれを吐く事は憚られるようだ。
それが正しい、と長らく椅子に座って人形に徹していたカインは思う。

ただいま、と言う声が廊下の方から聞こえて来た。
探索か哨戒に言っていた者が帰ってきたのだろう。
何やら誰かいないかと呼ぶ声があって、逼迫した声ではないものの、どうも手がいるらしい様子に、ティファとユウナが仲間たちを迎えに行った。
残ったのは、無言で立ち尽くす少年と、ようやく動くことを許されたカインのみ。


「やれやれ。何故女と言うのは、他人の髪を触りたがるんだかな」
「……」
「お前は運が良かったぞ、スコール。それひとつで済んだんだから」
「……」


カインの言葉に、スコールから言葉の反応はなかった。
代わりに、じろりと蒼の瞳が睨んでくる。
しかし、自分以上に髪を遊ばれたカインの様相を見てか、スコールは呆れか諦めを混じらせた深い溜息を漏らすのみであった。

スコールの左手が髪に留められたヘアピンに触れる。
好きに使えと言ったって、と尖らせた唇がありありと胸中を語っていた。


「……どうしろって言うんだ、こんなもの。似合いもしないのに」
「そうか。案外、お前に合っているように見えるがな」
「……あんたの方こそ、よく似合ってる」


カインの言葉に、スコールはじとりと湿った目で睨みながら言い返す。
わかり易い皮肉の遣り取りに、カインは肩を竦めた。

スコールは剥れた表情のまま、手探りでヘアピンを外そうと格闘している。
結局、髪の毛を滑らせる形でやや強引に外すと、傷んだ髪の生え際を指で摩って宥めた。
はあ、と何度目かの溜息を零しながら、スコールは前髪をいつも通りの形に手櫛で直す。
そうすると、さっきまではっきりと晒されていた蒼灰色の宝玉が、途端に隠れるように前髪の奥に引っ込んでしまう。

カインは徐に手を伸ばして、スコールの前髪を指で寄せた。
突然のことにスコールはぱちりと目を丸くして、額を滑るカインの指にされるがままになる。


「何、」


スコールは鬱陶しそうにカインの手を払おうとするが、カインは意に介さなかった。

額の傷が露わになり、長い睫毛を携えて、困惑の様子を滲ませる蒼灰色が訝しそうにカインを見上げる。
そうしてカインは、海の底のように深い蒼の瞳が、存外と丸く幼い形をしていることを知った。

だからどう、と言う訳でもない。
だが、なんとなくカインは満足した気分になって、スコールの前髪を抑えていた手を離す。
柔らかな髪は多少の癖がついたが、直ぐに元の形に戻って、またスコールの目色に翳を落として隠した。

帰還した仲間たちが、腹を空かせてダイニングへとやって来る。
夜には早いが、それでも構わないだろうとティファがキッチンへ向かったので、今日は少し早い夕食になりそうだ。
手伝える者が手を挙げてティファの下へ行く傍ら、その手の事に疎い面々は、邪魔をしないようにダイニングで食卓が整うのを待つ。
その間に他の仲間たちも揃ってくるだろうから、リビングダイニングの静寂は、もうとんと帰っては来るまい。

バッツとジタンが、立ち尽くしたスコールを見付けて声をかける。
どうしたよ、と尋ねる声に、スコールは当惑した表情のまま、「……別に何も」とだけ答えたのだった。





4月8日と言うことでカイスコ。
金髪を色々いじられているカインの所に居合わせてしまったスコール、が浮かんだもので。
012のタイミングだとスコールは随分ツンツンしている頃なので、あまりカインとは話をしなさそう。
なのでお互いそんなによく知らないんだけど、どっちも人との距離感がややバグってる所ありそうで(カインの方が大人なので平時は適当な距離取ってそう)、一瞬急に近かったみたいな時があったら良いなと。

[オニスコ]無意識の扉

  • 2025/03/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



秩序の聖域から半日ほど行った谷合に、小さな温泉があった。
グルグ火山の裾野に近い場所にある其処には、マグマの熱により地下から湧き出る間欠泉があり、その湯が近くの川へと流れ込んでいる。
間欠泉の場所からやや川下へと行くと、別の川が合流しており、沸騰湯と水が交じり合って程好い温度に冷まされる。
その湯が流れ込む小さな泉が、温泉として、付近に生息している動物たちの溜まり場を形成していた。

秩序の戦士たちにとっては、少々遠いが、ちょっとした息抜きに利用できる代物だ。
風呂は彼らの拠点である屋敷にもあり、日々の疲労を癒すに十分役に立っているが、天然の露天風呂と言うのはまた格別であった。
また、どうもこの温泉に入ると、傷の治りが良くなっている。
成分として正しい反応なのか、神々の闘争の世界と言う特殊性が何某かの恩恵を作っているのかは判らないが、此処に入っている間に、真新しい傷がすっかり跡形もなく消えると言うのは事実だった。
混沌の戦士やイミテーションとの戦いに明け暮れる戦士たちにとって、うってつけの保養地なのだ。

谷合の付近に歪はなく、イミテーションも確認されたことはない。
野生の動物や魔物はいるが、温泉に浸かっている間は、まるで暗黙の了解のように大人しかった。
とは言え、全くの無防備で行って良いと言うほど、この世界は甘くはない。
特に混沌の戦士は、こういった場所にこそ姦計を謀って来るのが想像に難くなかったし、湯舟に全身を浸かりたいなら裸になる訳で、この状態で襲われると支障は尽きない。
念の為に、行くのならば最低でも二人連れで、と言う安全策が、秩序の戦士たちの間で決定した。

今回、ルーネスがその温泉に行こうと思ったのは、右足の傷の治りがどうにも思わしくなかったからだ。
傷そのものの深さで言えば大したことはないのだが、走ると痛みがある。
小柄であるが故に、素早さを生かした戦術を取るルーネスにとって、足元の具合が悪いのは良くない。
じっとしていれば時間をかけて治るとは思うが、戦闘はいつ何処で始まるか判らないのだ。
出来るだけ早く治したい、と言う気持ちから、件の温泉に行ってみることにした。

それで、一緒に行ってくれない、と声をかけたのが、スコールだった。
何故スコールだったのかと言えば、仲間たちの予定の中で、偶々手を空いていたのが彼だった、と言う簡単なことだ。
そしてスコールの方も、「俺も行こうと思っていた」と言った。
どうやらスコールも背中に新しい傷があるとかで、然程の痛みはないが、治るものなら早く治しておきたい、と言うことらしい。
これで同伴者は決まった。

片道半日のルートなので、朝に出て、着く頃には昼だ。
湯気が立ち込める場所まで来た時には、太陽は南天高くに登っていた。
ルーネスたちは拠点から持って来た缶詰で小腹を満たして、早速温泉に入ることにする。


「僕が先でも良い?」
「ああ」


兜を外しながら言ったルーネスに、スコールは頷いた。

この温泉の近くで争いごとが起こった事はなかったが、万が一の可能性はいつも尽きない。
二人で行って、二人とも無防備な格好になっては、何の為の二人行動か判らない。
これがバッツやティーダなら、「大丈夫だって」「なんとかなるっスよ!」と湯舟を共にする楽しみを優先させるが、今日のルーネスの同行者はスコールだ。
傭兵らしく安全確保は気を抜いてはいけないことだと、先の見張り役をすんなりと引き受けた。

ティーダなら豪快に服を脱いで温泉に飛び込みでいくが、ルーネスはそうする気にはなれない。
スコールが見張り役にと座った岩の傍に、もう一回り大きな岩がある。
其処に隠れるように身を寄せて、ルーネスは鎧具足を全て外した。

湯気を立ち昇らせている水面の温度を手指で確認し、まず傷のない足から入る。
足元を安定させてから、右足を湯に浸すと、流石に滲みる痛みがあった。


「う~……っ」


それを数秒、歯を噛んで堪えて、落ち着いてから右足も水底に下ろす。
じくじくとした痛みに反射的に眉根が寄ったが、これさえ我慢すれば、後はきっと大丈夫だ。

血の巡りによる傷回りの違和感を乗り越えて、ルーネスはやっと落ち着くことが出来た。
少し熱めの湯に全身を着けると、日々の疲労で強張った躰の筋肉が解れて行く。
ほう、と一つ息を吐いて、ルーネスは両手で掬った湯で顔を洗った。


「はあ……」
「落ち着いたか」


緩めた吐息を零したルーネスの後ろから声がかけられる。
肩越しに振り返ると、湯煙の向こうに、岩に腰掛けてガンブレードを膝に置いたスコールが見えた。


「傷の具合は」
「ちょっと滲みるけど、大丈夫。ごめんよ、しばらく待たせると思う」
「問題ない」


この温泉の効能は確かなものだが、瞬時にその効果が現れる訳ではない。
指先の切り傷でも、五分程度は入っていないと、目で見て分かるまでに癒えは発揮されなかった。

ルーネスの足の傷は、深くはないが、少々幅広の痕がある。
それの全てを消そうと思ったら、長湯をしなくてはなるまいが、別に其処まで急いで治そうとは思っていない。
今日の所は痛みの緩和と、少しばかり傷の色が薄くなってくれれば、上々だ。

ルーネスはじんわりとした熱が傷の辺りに現われているのを感じつつ、けれども其処に痛みらしい感覚はないのを確かめながら、湯煙の向こうを見て言った。


「スコールは背中だったよね。大きい傷なの?」
「見た目だけは。深くはない。ファイアを掠めたものだから、軽く火傷になっているらしい」


背中は自分で見えないから、これは治療の為にそれを診たバッツの言だとのこと。
ケアルで治しても良いのだが、魔法を使うとなれば使用者のエネルギーを消費させてしまうから、無作為には頼れない。
だから回復魔法と言うのは、緊急に治癒した方が良い、と言う場合と、強い毒を持つ攻撃を喰らった時に、それを除去する為に利用すると言うのが主な手段となっている。
バッツ曰く、今回のスコールの傷は、それ程の緊急性はない、とか。

とは言え、この世界では、傷と言うのは早めに治ってくれた方が良い。
その為に頼れるものがあるなら、一度くらいは与っておこうと思っていた所へ、ルーネスから同伴の誘いがあったので、丁度良かったのだ。

同行者がスコールだったお陰で、ルーネスはのんびりと湯舟を楽しむことが出来た。
これが賑やか組なら、泳ぐだの水の掛け合いだの、とかく騒がしくなったことだろう。
そう言った雰囲気も決して悪いものではないし、巻き込まれた時には眉尻を吊り上げるルーネスだが、結局は後からそう嫌な気持ちになるものでもない。
だが、それはそれとして、やはり穏やかに過ごす一時と言うのは恋しいのだ。
無口勝ちで淡々としているスコールの性格は、こんな時は有難かった。

十分は浸かっただろうか。
ルーネスが足の状態を検分してみると、傷跡は薄らと残っている程度になり、立って足を踏ん張ってみても痛みはない。
駆け回るとなれば負荷のかかり方も違うから、また痛みは出るかも知れないが、今日の所はこんなもので良いだろう。


「上がるよ、スコール」
「判った」


ルーネスの報告に、スコールからは短い返事のみがあった。

湯舟を上がったルーネスは、持ってきていた絹布で手早く体を拭き、装備を身に着ける。
血の巡りが良くなって火照った身体に鎧の感触は少々冷たかったが、その内に熱が移っていくだろう。


「───見張りありがとう、スコール。交代しよう」
「ああ」


ルーネスがスコールに声をかけると、スコールは手にしていたガンブレードを仕舞った。
湯舟の方へと向かうスコールの背を見送って、ルーネスは彼が座っていた場所に腰かける。

入浴の準備をするスコールの気配を背中に感じながら、ルーネスは辺りを見回した。
温泉の周りは疎らに木があり、地面は少し背の高い草が生えている。
木々の隙間の向こうに、鹿か何かの陰があったが、それは此方を伺うようにうろうろとして、近付こうとはしていなかった。
湯舟に入りたい野生動物なのかも知れない。
此方を警戒している様子を、一応の注視をしながら、ルーネスは見張り役の仕事を淡々と熟していた。

ざぷり、と水の中に入る音が聞こえる。


「ん……」


小さく唸る声がルーネスの耳に届いた。
背中の火傷と言っていたか、とルーネスは湯舟の方を見る。
泉を囲む岩の隙間から、微かにスコールのものと思しき影が見えた。


「痛むの?」


声をかけてみると、スコールは僅かに間をおいてから、


「……多少。まあ、今だけだろう」
「そうだね。傷に水が当たるから、どうしたって最初は滲みるし」


不可思議な癒しの力を持つ泉と言っても、やはり最初に感じるのは、傷口に水気が触れる違和感だった。
だから最初はどうしても顰め面で我慢する時間がある。
其処から数拍してから、じわじわと癒しの効果が現れてくれるのだ。

スコールの傷の具合がどれ程なのかは知らないが、ルーネス同様、しばしの入浴時間は必要だろう。
その間に何か起きないと良いな、とルーネスは湯舟の方を見た。
それは、泉を挟んだ向こう岸の方から何か悪いものが来ないかと、真っ当に警戒しての行動だった。
湯煙の立ち込める場所だから、生憎と湯舟の向こうはすんなりと見通す程にはなくて、少々目を凝らしたり、首を伸ばしたりとしていると、───ざば、と水の中にいた人が立ちあがる。

恐らくは、もう少し深い場所に移動しようとしたのだろう。
ひょっとしたら、背中の傷と言うのが、肩に近い位置まであったのかも知れない。

薄靄のように視界を覆う湯煙の向こうに、水の滴る肢体があった。
その身体がタイトな見た目に反して、しっかりと引き締まった筋肉がついている事は知っているが、秩序の戦士に関わらず、この世界に召喚された者の半分は頑健なシルエットをしている。
色白ではないが、ティーダのように健康的な日焼けをしてはいないので、どちらかと言えば白い方だろうか。
それが温泉の熱で温まり、血の巡りが良くなったお陰か、ほんのりと火照っている。

引き締まった細い腰骨に、水の艶が撫でるように滑って行くのを、ルーネスは見た。
小さな水の粒が、太陽の光をきらきらと反射させながら、桜に色付いた皮膚の上を辿り、下肢へ。
瞬間、どくん、としたものがルーネスの胸の奥で跳ねる。


「……!!」


途端に、ぶわ、とルーネスの顔が熱くなった。
頭が揺さぶられたように仰け反って、ルーネスは訳も判らないうちに、腰かけていた岩の後ろにひっくり返った。

どしゃっ、と言う音が聞こえたのだろう、ばしゃっと水の音が響き、


「ルーネス!?どうした」


見張りをしていた者が倒れ込んだ訳だから、すわ敵襲かと思うのは当然だろう。
ルーネスは慌てて起き上った。


「だ、大丈夫!ちょっと滑っただけ」
「……そう、か」


ごめん、と詫びながらルーネスは湯舟の方を見た。
そうして、人の動きによる空気の流れか、僅かに晴れた薄靄の向こうに、佇む青年を見付ける。

背中を見た時と同じく、火照った肌色が佇んでいる。
蒼灰色は剣呑を帯びて、周囲をくまなく警戒していたが、その傍ら、立ち尽くす肢体は無防備に肌を晒していた。
湯浴みをしていたのだからそう言う格好なのは当たり前だ。
だが今のルーネスに、それは随分と致命的な衝撃を混乱を与えていた。


「…………!!!」


喉の奥から上がりそうになった、言葉にならない声を、寸での所で押し留める。
ルーネスはさっきまで座っていた場所に座り直して、岩風呂からはっきりと背を向けた。
うっかり其方を見てしまうことのないように。

しばらくしてから、スコールはもう一度、湯舟に身を浸したようだった。
其処からまた少し時間が経ってから、水を上がる気配があって、身支度を整える気配がする。
その間、ルーネスはずっと、岩に腰かけた自分の足元を見つめていた。

足音が近付いてきて、ルーネスがそろりと其方を見ると、衣服を普段通りに整えたスコールがいる。


「……も、もう良いの?」
「ああ」


早いんじゃないだろうか、自分の挙動不審の所為ではないだろうか。
そう思ったルーネスだったが、スコールは「十分入れた」と言う。
本人がそう言うのなら、況してや格好も整えてしまった後なら、もう一度どう、なんて薦めるのも可笑しいだろう。

滞在時間は、おおよそ一時間程度。
これからまた、半日をかけて秩序の聖域まで戻ることになる。
その間、ルーネスは傍らを歩く青年の方を碌に見れなかったのだが、幸いにも道中の襲撃はなく、スコールもそんな少年の様子には気付かぬままなのであった。





3月8日と言うことで、オニスコ。

スコールって思春期ですが、オニオンナイトも十分思春期な年齢だと思うんですよね。
湯煙温泉の誰も知らない(本人たちも知らない)事故みたいなもの。
無自覚に少年の性癖を歪ませる年上の受は好きです。

[フリスコ]ヘリオトロープ

  • 2025/02/24 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF

オフ本『ペルシカ』、Web小説『ヴィオラ』のその後





温室と言うものを、フリオニールはバラム国に来て初めて知った。
其処には屋外とは違う環境が整えられ、気温や湿度が人工的に管理され、その整えた環境に適した植物が植えられている。
元々は薬草等の研究・生育の為に造られた施設だったが、転じて地域ごとに異なる花々の研究にも用いられるようになり、そうして育てた植物を、更に様々な人々の知見を集め広める為に、一般公開さた棟もあった。
バラムは一年を通して温暖な気候を保ちつつも、海が近い関係で、潮の影響を受ける所も多い。
その影響を可能な限り避け、季節が変わっても可能な限り変わらない環境を作り出すことで、本来この地域では育たない植物も育てる事が出来るのだ。

毎日のようにスコールと一緒に中庭の花の世話をしていた甲斐あってか、フリオニールはその温室に入る許可を貰った。
それも、一般公開しているものではない、城抱えの植物学者が日々の研究に使っている所だ。
入る為の諸注意は厳重に説明して貰い、少し緊張した面持ちで其処に臨むことになったフリオニールだったが、入った瞬間にその緊張は吹き飛んだ。
故郷である砂漠の国では勿論の事、バラム国の城庭園でも見た事がないような植物の数々が、其処には並んでいたのだ。
これは、あれは、あの花は、と目を輝かせたフリオニールに、案内役を任されていた学者は、まるではしゃぐ子供を見守る保護者のような顔で、懇切丁寧に解説をしてくれた。

その温室には、環境変化に過敏な植物も少なくない為、出入り出来る者は限られていると言う。
そんな所に入らせて貰ったと言うのは、故郷で細々と隠れるように植物を育てていた経歴を持つフリオニールにとって、それはそれは破格の経験であった。
温室と言うものがどんな風に作られ、維持されているのかも教えて貰ったし、植物にとって育つ為の環境が如何に大切かと言うのも、改めて習う事になった。


「────いい経験だったよ」


そう言ったフリオニールの隣には、スコールがいる。
場所はバラムの城の一角、中庭を上から眺められる周り廊下の真ん中だ。
其処は日中は殆ど影のない場所で、夏になると聊か暑いのだが、風通しが良い事もあって、フリオニールは気に入っていた。
此処からなら、バラムの人々が自慢にしている庭園も一望できるから、折に暇な時間が出来ると、ふらりと此処に立ち寄る位には常連になっている。

そんなフリオニールの隣に立っているスコールも、此処から見える景色は嫌いではないらしい。
彼の幼少期を良く知るバッツ曰く、此処は、彼が故郷で見ていた景色と少し似ているのだそうだ。
ようやく子供の頃の郷愁に浸れるくらいになったんだ、と言ったバッツの横顔は、少し肩の荷が下りたような、安心した表情にも見えていた。
それにスコールが気付いている事は、恐らく、ないのだけれど。

胸の高さにある壁に寄り掛かり、庭を眺めるフリオニールに、スコールは言った。


「あんたは、こっちに来てから植物のことばかりだな」
「はは、そうかもな」
「お気楽な。あんた一応、王弟殿下で親善大使だろう。もっと色々見る所があるんじゃないか」


スコールの言葉には、少しばかりの棘が混じっている。
立場を忘れるなよ、と釘を差されているのを感じつつ、フリオニールも苦笑して、


「うん、そうだな。街の方もまた行かないと。鍛冶屋を見せて貰う段取りになってるんだ。色んなものを打ってる所を見せて貰おうと思って」
「鍛冶屋……あんたの所の方が、そう言う技術は上だと思うが」
「いや、どうかな。うちは兵の武器防具に使う為の技術はあるけど、金物とか、そっちは此処の方が出来が良い気がする。炉の形も違うから、見てると色々違いがあって面白い」


土地が変われば品も変わり、其処で培われ求められる技術も違う。
フリオニールはそれを、砂漠の国の王弟として、親善大使に出されてから知った。
肌身で感じるその違いは、見る度に、この大陸が様々な文化で形作られている事を実感する。

そう語るフリオニールの横顔を、スコールはじっと見つめ、


「……そんなに、違うか」
「ああ。俺は俺の故郷にあるものしか見てないからな、やっぱり其処との違いは大きいよ」


フリオニールは生まれてこの方、ほんの数カ月前まで、故郷の砂漠の地から出た事はなかった。
野盗の征伐や、遺跡の研究を目的とした学者団体の護衛をして城街を出た事は何度となくあるが、広い砂漠の向こうの景色は、とんと遠い世界の話だったのだ。
紆余曲折の末にこうして外の世界を見ることが出来て、その経緯については色々と思う所はあるものの、フリオニール個人の感想で言えば、結果として良い経験に巡り合えたと思っている。


「もっと色々なものを見なくちゃな。此処は居心地がいいし、皆優しくて温かいけど、俺は俺のやる事もしないと」
「……」
「あの砂漠に帰るまでに、出来るだけ、沢山のことを学ぼうと思うんだ」


フリオニールは、砂漠の国の王の義弟に当たる。
長年、国を治めて来た父から、フリオニールの義兄にあたる長男にその王位が継がれたのは、ほんの数カ月前の事。
一気に国政の方針転換を行った砂漠の国は、遅れた国際交流への道をようやく拓き、現国王の指示の元、周辺諸国に親善を目的とした大使を送っている。
フリオニールもその役割を持った一人で、これまで軍事国家として突き進んできた砂漠の国と、永久中立国として大陸諸国の調停役を担ってきたバラム国に、今後の友和を願う姿勢を示す形として差し出された使者と言う立場にあった。
砂漠と言う地形上、孤立的でもあったことから、砂漠の国は独特の価値観と、聊か閉鎖的な文化が根付いている。
フリオニールはそんな中にあって、若い世代からの支持が多いことから、時代の変化の先駆けを学び持ち帰る為に、当分の間、バラム国に駐在することになったのだ。

だから、それがいつになるかは具体的に示してはいないものの、フリオニールはいつかは故郷に帰らなくてはならない。
バラムの国で学んだ経験、技術、価値観────そう言うものを用いて、砂漠の国をより繁栄させながら、諸外国と渡り合って行く為に。
砂漠の地で生きる人々を、これからも絶やさず守っていく為に。

フリオニールの言葉に、スコールが微かに俯く。
壁に当てていた手が、緩く握り締められている事に、フリオニールは気付いていなかった。


「まあ、でも────そんなに直ぐに帰る事にはならないとは思うし。俺は出来るだけ長く、バラム国(ここ) にいたいな。スコールともまた会えたからさ」


そう言ってフリオニールは、隣に立っている少年を見て笑った。
蒼灰色の瞳は、虚を突かれたようにまん丸になって、ぱちりと瞬きをして見せている。

砂漠の国の王子と言う立場にあったフリオニールと、その砂漠の国の王が滅ぼした亡国の忘れ形見スコール。
それが、元々のフリオニールとスコールが持っていた立場であり、これによって二人は出逢った。
奪われた家族の復讐に生きていたスコールは、最後にはそれを果たし、フリオニールの前から姿を消した。
が、何の因果か巡り合わせか、フリオニールがバラム国に向けての親善大使として遣わされた事で、亡国以来、バラムの国に囲われて過ごしているスコールと、思いがけず再会する事になったのだ。
その瞬間はスコールにとって、果たした復讐の因果が自分にも巡って来たのだと思ったものだったが、フリオニールにそのつもりは全くなく、こうして穏やかな語らいをする間柄になっている。

奇妙な巡り合わせではあるが、フリオニールはこの偶然に感謝していた。
砂漠の向こうに消えるスコールたちを、遠く遠く見送った時に、諦めていた何もかもを、もう一度やり直すチャンスがやって来たのだ。
なんとも都合の良い話ではあったが、お陰でこうして、密かな想いを捨てることなく過ごしている。
だからこそ、足早に故郷に帰りはするまいと、フリオニール自身は願っていた。

スコールは、フリオニールをじっと見つめて動かない。
そんな彼を見返して、フリオニールはそうだ、と手を打った。


「スコール、折角だから、鍛冶屋に行く時に一緒に行かないか?」
「……え?」
「ついでに街をぐるっと見て回ろうと思ってるんだ。どうだ?」
「あ───あ、ああ……それは、え、と……」


唐突に誘われたことに、スコールはまたぽかんとした顔を浮かべていた。
迷っている、と言うよりは、今言われた事を頭の中で再確認している様子だ。


「街はまだ、教えて貰った店に案内して貰った位でさ。でも今度は、行先はあまり決めずに歩いてみようかと。その時、街にあるものとか、スコールのお気に入りの店でもあったら教えてくれると嬉しい。ほら、前に俺が皆を案内したみたいに」
「そ、それは────その……いや、俺は、」


スコールはしばらく言い淀んだあと、気まずそうにまた俯いて、


「……城の外のことは、よく、判らないんだ。あまり出ないから」
「あ───そうか、スコールは此処での立場があるもんな。すまない、無神経だった」
「いや、そんな事はない。単に俺が出る気がないだけだったし」


謝るフリオニールに、スコールは首を横に振った。
そして、だから、と言って、


「あんたと一緒に街に行っても、案内できるものなんかないんだ。だから、一緒に行っても、あんたが詰まらないだけだと思う」


元々、スコールはこのバラムの国の人間ではない。
十年以上前に失われた、大陸南部の山間にあった、歴史の長かった小国の生まれだ。
砂漠の国との戦争によって、その国も形を亡くして久しく、それから長い間、スコールは悲しみと復讐に心を囚われていた。
他の何も目に入らない程、幼い心にその傷を焼き付けた彼が、同じ年頃の少年少女のように、異国の平和な街並みに目を輝かせたことはないのだろう。

だから何も知らないんだ、と俯くスコールに、フリオニールは彼の傷の深さを知る。
話に聞いてはいたが、十年以上も復讐の誓いに生きていたのだから、それは相当なものである事は判っていた。
判っていたが、こうして日々に会話をする都度に、目的を果たして尚───彼らはそれも覚悟の上だったのだろうけれど───、消えない過去を持っているのだと感じる事があった。

フリオニールに、彼の過去は拭えない。
彼から愛しいものを奪った男の血を引いているフリオニールの存在そのものが、それを違えようのない事実にしていた。
……それでもフリオニールは、この透明で澄んだ蒼灰色の宝石に、惹かれることを止められない。

気まずい表情で俯いたままのスコールに、フリオニールは言った。


「それじゃあ、やっぱり一緒に行こう、スコール」
「……は?あんた、俺の話聞いてたか?」


顔を上げて、詰まらないって言っただろう、と眉根を寄せるスコールに、フリオニールは意識して笑顔を作る。


「知らないなら、今から知ればいいんだ。丁度良いよ、俺も知らない事だらけだから」
「案内なんて出来ない」
「なくても平気さ。帰り道だけちゃんと覚えておこう。あ、でも、二人でって言う訳にはいかないか。一応、俺もスコールも立場があるし……」


フリオニールは腕に覚えがあるが、それでも、親善大使と言う立場がある。
それ故に護衛として、幼い頃から一緒に育ったガイもバラム国に来ているし、スコールも幼年の頃から面倒見役を請け負ってきたバッツがいる。
せめて彼らには声をかけておかないと、と言うフリオニールの傍らで、スコールはごくごく小さな声で呟いた。


「……俺たちだけで行く気だったのか、あんた」
「駄目だよな、やっぱり」
「まあ……万が一があったら、首が飛ぶのはバッツとガイだろうし」
「それは良くない。明日、ガイに話しておこう。バッツにはスコールが伝えてくれるか?」
「と言うか、俺はまだ、あんたと行くとも言ってないんだが」
「あ」
「……良いさ、別に。あんたがそのつもりでいてくれるなら」


そう言ってスコールは、フリオニールの顔を真っ直ぐに見て、


「あんたが見てるものを見に行くんなら、案外、楽しいことがあるかも知れないな」


蒼灰色が見詰めているのは、深紅色の瞳。
其処に映っている世界はどんなものだろうと、微かに浮かぶ笑みの色に、フリオニールは鼓動が一度跳ねるのを感じていた。





フリスコ本『ペルシカ』のその後のその後。Webにて公開しているオフ本後の話[ヴィオラ]の後日の様子です。
色々自覚済みの二人ですが、日常での距離感はそんなに変わらず色んな話をしています。バッツとジタンが気を利かせているので、二人きりで話すことも多い模様。
とは言え街デートとなると保護者役のバッツは放っておけないので、多分二人きりでは無理ですが、それはそれでフリオニールはよろしくな!ってなる。スコールの方が二人きりになる可能性について意識している節がありますねコレは。

[フリスコ]熱の続きに溺れていたい

  • 2025/02/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF

※R15





滑る布の感触と、触れ擦れあう肌の感触と。
種類の違う心地良さの中で、段々と後者の感覚だけが鋭敏になって行き、次第に其処に、濡れた吐息や水音が混じって行く。
絡めあった足がもどかしげに腿を擦るのが、どちらの身動ぎの所為なのかは判らなかった。
皮膚一枚すら邪魔に思う程に、体を密着させ合っているのだから、無理もない。

は、は、と耳元にかかる吐息が、フリオニールの熱を更に煽る。
スコールの中に収められた熱の塊が、より一層大きく膨らんで、彼の中を染めようと懸命だった。
攻め立てられているスコールの意識は途切れ途切れになっていて、開きっぱなしの口端から、飲み込むことを忘れた唾液が零れている。
それを掬うようにフリオニールの舌が辿り、唇が重なり合えば、お互いのすべてを貪ろうとして、何度も何度もキスをする。

スコールの身体の中で、どくんどくんと脈を打つものがあって、フリオニールが息を詰めた。
う、と眉根を寄せて歯を噛んだ後、フリオニールは愛おしい恋人の中に、己の熱を注ぎ込む。
熱い迸りが内臓まで染めて行く感触に、スコールは首筋を反らしながら絶頂した。

白い喉を戦慄かせながら、スコールは熱の余韻に溺れている。
震えるその喉をぼんやりと見つめていたフリオニールは、白魚の腹に似たその首筋に歯を立てた。
噛みつくほどに顎に力を入れてはいないが、鍛えるには難しい喉仏に犬歯が当たると、ヒクッ、とスコールの身体が竦む。
それと連動して、フリオニールを受け入れたままの場所がきゅうと締まった。


「っは……は……はぁ……っ!」
「あ……ん、ぁ……っ!」


まだ肩で弾む息を零しながら、喉元を喰らうフリオニールに、スコールの背筋にぞくぞくとしたものが走る。
充足感と飢餓感が同時に訪れて、スコールは堪らず銀色の髪に腕を寄せた。
頭を抱き込むように甘えるスコールの仕草に、フリオニールの赤い瞳が薄らと笑みを浮かべる。


「スコール……」
「あ……っ、フリ、オ……」


名前を呼び合い、キスをする。
スコールの下唇が吸われ、肉厚の舌が其処を辿り、薄く開いた隙間に入り込む。
フリオニールの手がスコールの後頭部に添えられて、逃がしたくないと言わんばかりに柔い力で押さえ付ければ、スコールは逆らわずに応えた。
口の中でぴちゃぴちゃと水音が鳴り、スコールは溺れるような感覚に陥りながら、うっとりとした表情を浮かべる。

丹念にスコールの咥内を味わい尽くして、ようやくフリオニールの唇が離れた。
後頭部に添えられたフリオニールの指が、スコールの後れ毛を愛でるようにすりすりと摩っている。
それが猫をあやしているように心地良くて、スコールは緩やかな気怠さの中、その感触に身を任せていた。

スコールの身体がすっかり弛緩しているのを確認して、フリオニールはゆっくりと腰を引く。
中にあったものが擦れて行くのを感じて、スコールは甘やかな声を漏らした。


「ん、あ……っ、あ……っ」
「は……ふ、……ん……っ!」


名残を逃がしたくなくて、スコールがきゅうっとフリオニールを締め付ける。
存外と甘えたがりな恋人の我儘に、フリオニールの熱はまた頭を持ち上げようとするが、もう随分と遅い時間になっている。
今日はもうそろそろ休まないと、明日に響いてしまうからと、フリオニールは理性を総動員して、スコールの中から自身を抜いた。


「あう……んっ、出て、る……」


どろりとしたものが内側から溢れ出すのを感じて、スコールは腰を捩った。
折角フリオニールがくれたのに、と下腹部に力を入れて、それを逃すまいと試みる。
栓をしていてくれたままが良かった、と見下ろす男を見つめる蒼灰色の瞳は、判り易く熱に蕩けていた。

フリオニールはそんなスコールの頬をゆったりと撫でて、目尻にキスをする。


「体、大丈夫か?」
「……ん……」


労わる言葉に、スコールは小さく頷く。
その声が掠れ気味であることに気付いたフリオニールは、「水でも持ってこようか」と言った。
しかしスコールはゆるゆると首を横に振り、フリオニールをベッドから逃がしたくないとばかりに、厚みのある体に腕を回す。

半端に身を起こしていたフリオニールの体に、ぴったりと身を寄せているスコール。
一番熱の高い瞬間を越えて、段々と汗が熱を吸収していくフリオニールの体が、冷えて夢から覚めないように、スコールは自身の中でまだ燻ぶっているものを分け与えていた。
しかしフリオニールから見ると、スコールが寒さを嫌って甘えてきたように見える。
フリオニールは毛布を手繰り寄せながら、スコールの身体を覆うように抱いて、温かな布地の中に包まった。


「寒い?」
「……別に」
「そっか」


寒くないなら良かった、とフリオニールは笑う。

フリオニールの笑顔は柔らかく、純朴で人の好い青年であることがよく判る。
スコールもそんなフリオニールの笑顔が好きだ。
しかし、まぐわっている時の彼は、まるで獲物を前に血を滾らせた獣のようで、スコールはいつも骨まで喰い尽くされそうだと思う。
腰を掴む手や、良質で引き締まった筋肉に覆われた重みのある体が、獲物を逃がさないとばかりに身体をベッドに縫い付ける感触に、スコールは得も言われぬ興奮を覚える。
それは、戦う時に敵に見せる精悍な顔とも違い、手に入れた獲物の全てを独占せんと言う、自己中心的な欲を露わにされていることへの喜びであった。

そして熱の交わりが終われば、またフリオニールは穏やかな表情で笑いかけてくれる。
スコールがこの温度差に戸惑っていたのは、二人の関係が今のものになって間もない頃のことだ。
今ではスイッチの切り替えのような表情の変化にも慣れ、フリオニールの目を見て、今が熱の最中かそうでないかと言うのが判る。

判るので、今日のスコールはまだ少しばかり不満だった。


「フリオ……」
「あ、こら」


スコールの手がするりと下半身に下りて行くのを感じて、フリオニールが咎める声を出す。
際どい所をくすぐるスコールの手に、フリオニールは顔を赤らめながら、


「明日、探索に行くって言ってただろ」
「……出るのは昼だから、良い」
「駄目だ、体に響くぞ」


やんわりとした声でスコールを宥めながら、フリオニールは寝に入るようにと促した。
下半身を悪戯しているスコールの手を取って、こっちに、と自分の首へと回す。
スコールは素直にそれに従いながら、フリオニールの下半身に、自分自身を押し当てた。


「ん……」
「うあ」
「……あんたもまだ……」


お互いに触れ合うシンボルが、まだ硬さを持っていることに気付いて、スコールはくすりと笑う。
フリオニールは顔を赤くして、恥ずかしそうに顔を背けた。


「そんなに密着されたら……仕方ないだろ……」
「……じゃあ、此処から先も、仕方ないだろ?」


生理反応だと言うフリオニールに、スコールは笑みを浮かべて誘うが、


「それとこれとは別だよ。ほら、もう遅いから……」


寝なさい、とまるで兄か保護者のように言うフリオニール。
スコールはむぅと唇を尖らせて、押し付けた下肢をゆっくりと揺らした。
触れ合ったままの場所で、主張しているお互いの熱がゆるゆると擦り合って、フリオニールが息を詰まらせる。


「っ……スコー、ル……っ」
「は……あ、ふ……っ、ん……っ!」


熱の余韻はまだ二人の体に十分に残っていて、煽れば簡単に火が付いてしまう。
休まないといけないのに、とフリオニールは眉根を寄せていたが、恋人が与える刺激は、若い性を再び擡げさせるのに大した時間もいらなかった。
すっかり起立した感触を、スコールは密着させた下腹部から感じて、うっそりと笑みを浮かべる。


「なあ、フリオニール。もう一回」
「うぅ……」
「あんたもこれじゃ寝れないだろ」


揶揄うように言ったスコールを、紅い瞳が恨めし気に見る。
スコールはそんなフリオニールの口端にキスをしながら、


「一人で済ませたりするなよ。俺も勃ってるんだから」
「いや、うん、それは……判ってる」
「じゃあ、ほら」


スコールはもう一度、ゆるりと腰を揺らした。
お互いの熱が、また擦り合って、蜜に濡れたままの其処が濡れた感触を与え合う。

フリオニールは苦い表情を浮かべていたが、彼の手はゆっくりと、スコールの体を辿って下りて行く。
引き締まった細い腰を、無骨な剣胼胝のある手が撫でて、小ぶりな肉がついた臀部を撫でた。
やがてフリオニールの手は、ついさっきまで熱を咥え込んでいたスコールの秘部に触れる。


「……っ……」


はあっ、とスコールの唇から、期待の吐息が漏れた。
それがフリオニールの耳朶をくすぐって、雄のスイッチを入れる。

フリオニールはスコールの身体をしかりと捕まえて、毛布の中へと引っ張り込んだ。
毛布が小山のテントを作った閉鎖空間の中に閉じ込められるスコール。
その上にフリオニールの体が馬乗りに覆いかぶさり、まるで外の世界全てからスコールを隠そうとしているようだ。
其処で暗闇の中でぎらつく紅に見詰められ、スコールはどうしようもなく興奮するのを自覚する。


「……一回だけだぞ、スコール」
「ああ。判ってる」


釘を差すフリオニールに、スコールは笑みを浮かべて言った。
何処か悔しそうな顔をした青年が、噛みつくようにキスをするのを、スコールは嬉しそうに受け止める。

結局の所、一回は一回ではあったのだが、それはとても長い“一回”だった。
そう仕向けたのか、そうなってしまったのか、経緯は曖昧だ。
何せ、もっともっと交わりたいと思っていたのはどちらも同じ事だったから、フリオニールもどうせ“一回”ならばと開き直ったのは確かだった。

恋人がそうならば、スコールにとっては嬉しいことばかりだから、不満も何もない。
敢えて言うなら───フリオニールが満足しきるまで、中に貰うのをお預けされることが、焦らされているようでもどかしかった、と言う点だろう。
それでも最後に、今夜一番に濃くて沢山の熱を貰ったから、スコールは十分に満足して意識を飛ばしたのだった。





2月8日と言う事でフリスコ!
なんかとてもやらしい二人が見たくなったので、ずっとやらしくいちゃいちゃさせてみた。
スコールは羞恥心が飛んだ後なら、遠慮なくお誘いおねだりしてくれると思う。
フリオニールはスコールが大事なので無理させたくないと言うか、自分が本気になるとブレーキが壊れるのを多少自覚しているので、出来れば自制できるレベルで止めておきたい。でも恋人が自分でそれを突破して来るのでどうしようもない。

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