[カイスコ]スタイリングはお気に召すまま
カインが他人の手で長い髪を遊ばれるのは、実の所、初めてではない。
主には親友とその恋人に、「ちょっと触らせて」と言う始まりから、「こんなに長いのなら色々な髪型が出来そうね」と言う話になり、無邪気な淑女の手で色々と飾られる機会があった。
無骨な男を飾り付けるくらいなら、自身の髪に髪飾りを挿す方がよほど有意義であろうに、何が楽しかったのやら。
親友の方はと言うと、明らかにカインの胸中は判っているだろうに、恋人の好きなように任せて、カインが花やら蝶の髪留めやらで盛られていくのを眺めていた。
そしてカインの飾りつけが終わると、淑女は次に親友の方を飾りつけしたがり、その時になって親友はようやく慌てる訳だが、カインにしてみれば良い気味である。
結局、妙齢の淑女を差し置いて、無骨な男二人の髪が華やかに彩られた。
男二人はなんとも言えない顔をするしかなかったが、淑女は大層満足したようだったので、まあ良いか、と失笑するしかなかったのは、良い思い出───なのかも知れない。
そんな事を考えている間にも、カインの髪は慣れた手付きで結わえられていく。
平時、大した手入れもしていない金色の髪を梳いているのは、ユウナの櫛だ。
木製の少し古びた櫛は、彼女が元の世界で親しんでいた私物らしく、此方の世界ではモーグリショップに偶々並んでいたのを見付けて買い戻したのだとか。
その櫛を手にカインの髪を整えているのは、ティファだった。
敵を前にすれば、握り締めたその拳で相手を粉砕せんばかりのパワーを持つ手は、今は随分と優しい手付きを見せている。
料理を得意としていることもあり、戦闘スタイルとは裏腹に家庭的な側面を持つティファである。
人の髪の手入れもお手の物なのか、存外と細い指は、丁寧に金糸の絡まりを解き、櫛を通して艶やかな髪を整えている。
親友とは違い、癖のないカインの髪の毛は、満遍なく梳き終えると真っ直ぐに背中に落ちる。
ティファが持っていた櫛を、傍らでじっと見守っていたユウナに返した。
だが、髪を梳き終わっても、カインはまだこの場から離れることは出来ない。
寧ろ女性陣の本気はこれからだ、と言うことを、カインは遠い経験則で知っていた。
「毛が細いからかな。すごく綺麗に整ったね」
「良いなあ。私、すぐに絡まって、寝癖とかついちゃうんです」
「ユウナの髪は柔らかいものね。カインのはもうちょっと、固い感じがする。でも細いから、こう、するっと滑るのね」
ティファの手がカインの髪を一房掬う。
毛先を緩く持ち上げて行くと、硬質な髪の毛の束は、ティファの指から逃げるように梳き落ちた。
「これだから兜をそのまま被っても絡まらないのかしら」
「……さあな」
感心したように言うティファに、カインは溜息交じりに言った。
自分の髪質など知ったこともないが、確かに、兜を脱ぐ時に引っかかりが少ないのは助かっている。
そうでなければ、長い髪など邪魔にしかならないから、適当に切って捨てていただろう。
……過去にそうしようとした時には、随分と必死な顔で反対してきた二人がいたことは、カインと他当事者だけが知る出来事であった。
ティファとユウナは、一頻り髪を眺めた後、よし、と意気込んだ表情を浮かべる。
「じゃあ、どんな髪型にしようかな」
「三つ編みはどうですか?この長さなら出来そうだし、カインさん、似合うと思うんです」
ユウナの無邪気な提案に、カインは眉間の皺を深くするが、背中側に立っている女性二人は気付かない。
ティファが「良いわね」と言うものだから、話は決まった。
「輪ゴムかリボンが欲しいかな」
「髪留めに出来るものですね。私、取って来ます」
「私の部屋にもあると思うわ。机の引き出しにあるから、開けて良いよ」
「はい」
ユウナは弾んだ足取りでリビングダイニングを出て行った。
それと入れ違いになって、一人の少年が、ユウナの開けた扉の隙間からするりと部屋に入ってきた。
濃茶色の短い髪に、モノクロで整えた衣服。
額に特徴的な傷のある、蒼灰色の瞳を持った、細身の少年───スコールだ。
スコールはユウナが駆けていくのを見送る形か目で追った後、首を傾げながらダイニングに入り、其処にあるものを見て目を丸くした。
鎧を脱いで布服に身を包んだカインが、ダイニングテーブルの椅子の一脚に座り、ティファに髪を結わせているのだ。
何とも奇妙な光景に鉢合わせてしまった彼の気持ちを、カインはなんとなく察する。
変な所に来た、そして、長居をしたらきっと面倒に巻き込まれる……と、そんな所だろう。
驚きか混乱か、戸口で固まっているスコールに、ティファが髪を触りながら気付き、
「あ、スコール。どうしたの?」
「……いや……その……水を、貰いに来た」
いつも通りの顔で用向きを尋ねるティファに、スコールはぎくしゃくとしながら、なんとか答える。
「お水ね。ちょっと待ってね」
「……自分でするから問題ない」
「そう?うん、良いか、スコールならつまみ食いもしないもの」
ダイニングの奥にあるキッチンには、ティファが夕飯の為に仕込んだ鍋が鎮座している。
食べ盛りの中には、これを無邪気につまみ食いして行く悪童もいるのだが、スコールはその点は心配いらない方だ。
どうぞ、とキッチンへの進入を咎めないティファに、スコールはそそくさとした足で目的の元へと逃げ込んでいった。
廊下へのドアが開いて、ユウナが戻ってきた。
喜色一杯の表情を浮かべた彼女の腕には、ある限りを持って来たのだろう、様々な色や模様のヘアアクセサリーが抱えられている。
「選び切れなくて、皆持ってきちゃいました」
「良いね。じゃあユウナ、カインに似合いそうなものを選んで」
「……男に似合うものなぞないだろう」
女性二人の無邪気なやり取りに、カインは言わずにいられなかったが、ユウナは「そんなことないですよ!」と目を輝かせる。
「カインさん、リボンが似合うと思うんです。金髪だから、こっちはちょっと抑え目の色にして……」
「この紺に銀のラインが入っているのが良いんじゃないかな。ラインが細いから、派手にはならないし」
「良いですね。華やかだけど落ち着いた色合いです。あと、結び目にはこれを合わせて───」
三つ編みに組んだカインの髪に、ティファが選んだ紺のリボンが結ばれる。
綺麗な蝶結びにされたリボンの結び目に、ユウナが小さな緑色のストーンを宛がった。
こっちかな、こっちが良いかな、と数種の石を比べて悩むユウナだが、カインにはそれらの石の違いと言うものが判らない。
魔力を帯びている様子もないから、本当に髪を飾る為だけのアイテムなのだろう。
きゃっきゃと楽しそうな女性陣は、まだまだ飽きてくれそうにない。
カインはそれにされるがままに任せつつ、いつになったら終わるだろうかと、ひっそり溜息を吐いていた。
と、じんわりとした視線を感じて、カインは目だけでその方向を見遣る。
キッチンの戸口を背にした位置に、相変わらず神妙な面持ちをしたスコールが立っていた。
蒼灰色の瞳は、女性陣の玩具になっている竜騎士に対して、少々哀れみの空気を混じらせている。
長引きそうな女性陣の戯れに付き合わされる格好のカインに、同情めいたものを抱きつつも、触れはするまいと遠巻きに済ませようとしているのが判った。
判ったので、カインも彼の存在には触れてやるまいとしていたのだが、
「あ、スコールさん」
「!」
ユウナのオッドアイがばっちりとスコールを映して、嬉しそうな声が名を呼ぶ。
呼ばれた当人は、しまった、とばかりに肩を竦ませていたが、幸いと言うべきか、ユウナはそれに気付いた様子はなく、とたとたとスコールの下へ駆け寄った。
「カインさんの髪を触らせて貰っていたんです。スコールさんもどうですか?」
「い、や……良い。結構だ」
楽しい気持ちからか、いつになく溌剌と話しかけて来るユウナに、スコールは半身を引きつつ辞退を述べる。
そんなスコールに、ユウナは至極残念そうに眉尻を下げていたが、ふと、
「そう言えば……スコールさん、前髪、邪魔じゃないですか?」
「……いや、別に……」
ユウナの言葉に、スコールは眉間に皺を寄せつつ半歩下がる。
嫌な予感を感じた、と言う彼の勘は、決して外れてはいまい。
だが、それならユウナとティファが此処にいる間は、キッチンに隠れている方が無難だったに違いない。
ユウナの言葉を聞いてか、ティファが「そうよね」と言った。
「スコールの髪、目元にかかって来てるもの。目に刺さったりするんじゃないかな?」
言いながら、ティファはカインの三つ編みを結ったリボンに、ユウナが選んでいた石を飾り付ける。
結んだリボンの紐に挟み入れて固定した薄緑色の石が、照明の光を反射させて柔く閃いた。
これで良し、とカインの出来に納得したティファは、すぐさまテーブルに置いていた髪留めのひとつを取って、スコールの下へ。
「スコール、ちょっと前髪を上げるね」
「な、おい、待て」
「留めるだけよ、大丈夫。変な事しないから」
小さな子供を宥めるように言うティファの手には、銀色のシンプルなヘアピン。
ティファはスコールの前髪を横に流し、ピンを通して固定させた。
柔らかな濃茶色の前髪は、いつもスコールの目元に薄くカーテンを作っていたが、それがなくなると蒼灰色の稀有な色味がくっきりと主張する。
額の傷も隠されなくなり、額が広く見えるようになったからか、雰囲気や輪郭の割に、幼い顔立ちが其処にあった。
スコールの目元がすっきりと確認できるようになって、よし、とティファが満足げに頷く。
「うん。スコールは髪が茶色だから、白とか黄色みたいなのが良いかなとも思ってたんだけど。こういうシンプルなのも良いね」
「似合ってます、スコールさん」
「スコールの前髪、いつも気になっていたのよね。目に入ったりしそうだなって。そのヘアピン、似合ってるからあげるね。好きに使って」
「……」
楽しそうなティファとユウナに、スコールの唇は真一文字に紡がれている。
蒼の瞳が言いたいことが幾らもありそうだったが、辛辣な物言いが時折見られるスコールでも、この状況で女性を相手にそれを吐く事は憚られるようだ。
それが正しい、と長らく椅子に座って人形に徹していたカインは思う。
ただいま、と言う声が廊下の方から聞こえて来た。
探索か哨戒に言っていた者が帰ってきたのだろう。
何やら誰かいないかと呼ぶ声があって、逼迫した声ではないものの、どうも手がいるらしい様子に、ティファとユウナが仲間たちを迎えに行った。
残ったのは、無言で立ち尽くす少年と、ようやく動くことを許されたカインのみ。
「やれやれ。何故女と言うのは、他人の髪を触りたがるんだかな」
「……」
「お前は運が良かったぞ、スコール。それひとつで済んだんだから」
「……」
カインの言葉に、スコールから言葉の反応はなかった。
代わりに、じろりと蒼の瞳が睨んでくる。
しかし、自分以上に髪を遊ばれたカインの様相を見てか、スコールは呆れか諦めを混じらせた深い溜息を漏らすのみであった。
スコールの左手が髪に留められたヘアピンに触れる。
好きに使えと言ったって、と尖らせた唇がありありと胸中を語っていた。
「……どうしろって言うんだ、こんなもの。似合いもしないのに」
「そうか。案外、お前に合っているように見えるがな」
「……あんたの方こそ、よく似合ってる」
カインの言葉に、スコールはじとりと湿った目で睨みながら言い返す。
わかり易い皮肉の遣り取りに、カインは肩を竦めた。
スコールは剥れた表情のまま、手探りでヘアピンを外そうと格闘している。
結局、髪の毛を滑らせる形でやや強引に外すと、傷んだ髪の生え際を指で摩って宥めた。
はあ、と何度目かの溜息を零しながら、スコールは前髪をいつも通りの形に手櫛で直す。
そうすると、さっきまではっきりと晒されていた蒼灰色の宝玉が、途端に隠れるように前髪の奥に引っ込んでしまう。
カインは徐に手を伸ばして、スコールの前髪を指で寄せた。
突然のことにスコールはぱちりと目を丸くして、額を滑るカインの指にされるがままになる。
「何、」
スコールは鬱陶しそうにカインの手を払おうとするが、カインは意に介さなかった。
額の傷が露わになり、長い睫毛を携えて、困惑の様子を滲ませる蒼灰色が訝しそうにカインを見上げる。
そうしてカインは、海の底のように深い蒼の瞳が、存外と丸く幼い形をしていることを知った。
だからどう、と言う訳でもない。
だが、なんとなくカインは満足した気分になって、スコールの前髪を抑えていた手を離す。
柔らかな髪は多少の癖がついたが、直ぐに元の形に戻って、またスコールの目色に翳を落として隠した。
帰還した仲間たちが、腹を空かせてダイニングへとやって来る。
夜には早いが、それでも構わないだろうとティファがキッチンへ向かったので、今日は少し早い夕食になりそうだ。
手伝える者が手を挙げてティファの下へ行く傍ら、その手の事に疎い面々は、邪魔をしないようにダイニングで食卓が整うのを待つ。
その間に他の仲間たちも揃ってくるだろうから、リビングダイニングの静寂は、もうとんと帰っては来るまい。
バッツとジタンが、立ち尽くしたスコールを見付けて声をかける。
どうしたよ、と尋ねる声に、スコールは当惑した表情のまま、「……別に何も」とだけ答えたのだった。
4月8日と言うことでカイスコ。
金髪を色々いじられているカインの所に居合わせてしまったスコール、が浮かんだもので。
012のタイミングだとスコールは随分ツンツンしている頃なので、あまりカインとは話をしなさそう。
なのでお互いそんなによく知らないんだけど、どっちも人との距離感がややバグってる所ありそうで(カインの方が大人なので平時は適当な距離取ってそう)、一瞬急に近かったみたいな時があったら良いなと。