[スコレオ]我儘とプライド
年下なんだから、と言われると、事実だけにぐうの音も出なくなる。
少し高い位置にある顔を見上げ、微笑んで頭を撫でる男に、立場が逆ならもっと───と何度も考えた。
が、対人スキルと言う点に置いて、赤点同然の自分を鑑みるに、年齢が違っただけで変わる関係ではないように思う。
それでも、せめて対等な関係であれば、と思う事は、一度や二度ではない。
一人で行動するのは良くない、と言うウォーリア・オブ・ライトに反発するように、増えて行くスコールの単独行動にストップをかけたのは、レオンだ。
と言っても、スコールに散策に行くのを止めろと言った訳ではない。
聖域を出る時だけでも、二人で一緒に出発すれば、ウォーリアへの言い訳は立つだろうと提案したのだ。
お互いに単騎戦闘を主軸としているので、出先で別行動を取っても問題はない。
最低限の決まりとして、歪には一人で飛び込まない事、何かあればお互いの位置が直ぐに確認できる手段を確保した上で、レオンはスコール単独での散策を許した。
勿論、お互いに喋る事も少なく、作業に入ると集中するので、一緒に収集するのも悪くない。
ジタンやバッツのような強引さのない、スコールの意思を尊重する彼の姿勢は、年若い者ばかりの秩序の戦士達の中にあって、正しく年輩の配慮と言う奴であった。
お陰でスコールは、無理なく一人の時間を確保する事が出来るようになり、終始賑やかな面々に囲まれるストレスを軽減する事が出来た。
良いことだ。
良いことなのだが────反比例するように、彼の大人な対応を見るにつれ、自分が我儘を振り翳している子供のように思えて、悔しくなる。
スコールは、元の世界では傭兵でありながら学生であった。
正しく言えば、傭兵を育成する学校機関に籍を置いている、結局の所、庇護される立場を抜け切れない“学生”だと言う事だ。
スコールが記憶している世界の常識では、学生はまだ子供である。
国によって微妙な差異があった気もするが、少なくとも、スコールがいた環境では、教育機関に席を置いている立場、或いは二十歳を数えない者は大人として扱われてはいない。
何処かの国では、年齢の点で法令上許されていない、自動車免許や他特殊技能を有していたと思うので、そう言う意味では特殊な法律下にいたと思う。
そう言った点を差し引いても、やはりスコールは、年齢的にも立場的にも、庇護される対称であった事は変わらない。
神々の闘争の世界には、常識と言うものはない。
召喚された仲間達と話をすれば、スコールが思っている『成人は二十歳以上』と言う考えも、当て嵌まらない者は少なくなかった。
例えばフリオニールは「狩りが出来るようになれば」、ルーネスの場合は「十五歳以上は大人」と言う考えがある。
スコールと文明レベルが近いクラウドとティーダは、環境により扱いに差はあっても、「成人は二十歳」と思っている。
バッツやジタンは、自分の事が自分で判断、決断が出来るようになれば、大人であろうと子供であろうと一人前、と言っていた。
そしてレオンはと言うと、大人と呼べるのは二十歳以上で、以下はまだまだ子供扱いされる。
レオンの環境では、大人だ子供だとはっきりと区別されている訳ではなく、有用される能力さえあれば年齢に関係なく仕事が割り振られるらしい。
事情があって、区別している余裕がないからだ、と彼は少し苦い表情で言っていた。
表情と言葉の意味が気になったが、苦味の中に聞かないでくれと言う意図があった事、スコールにそうした深い場所に踏み込む勇気がなかった為に、詳しい事は判らない。
ただ、“事情”さえなければ、子供は子供として庇護されるものだと言った。
きっと自分は、レオンにとって“庇護すべき子供”なのだろう。
だから彼はスコールに対して甘く、我を通そうとする様子も、我儘を寛容するように許すのだ。
その寛容に甘えるように、今の関係を構築した自分が、今更になって現在の関係性に不満を呈すと言うのは、それこそ子供の我儘じみているのは判っているつもりだった。
けれど、それでも、だからこそ────これは“子供の我儘”ではないのだと、はっきりと認識させたかった。
探索中、足に傷を負ったレオンを手近な木の下で休ませて、直ぐ近くにあった川辺で手拭いを濡らした。
余分な水気を絞り切り、彼の下に戻った時には、レオンは手早く応急処置の準備をしていた。
自分で済ませてしまおうとする彼の手から傷薬を奪い、なるべく傷を痛めないように気を付けて、手早く処置を済ませる。
「悪いな」
一つ一つの手順が終わる度、レオンはそう言った。
別に、といつもの短い言葉を投げて、スコールは傷を保護する為の包帯を巻く。
「しばらくすれば、歩けるようにはなると思うんだが」
「……ああ。魔法まで使う必要はないだろうな」
包帯の下には、魔物の爪痕が残っている。
麻痺毒を有した爪は、引っ掛けるだけで十分効果があり、スコール同様、遠距離が得意ではない為に走り回る事になるレオンには痛手であった。
強い毒ではない為、時間を置けば効果は薄らいで行くが、それまでは休息しなければならない。
その間、スコールに面倒を書けてしまう事を、レオンは随分と気にしているようだった。
歩けるようになっても、戦闘が可能になる程回復するかも判らないので、それも彼にとっては気掛かりだろう。
「エスナとか言う魔法が、俺にも使えたら良かったな」
「…俺だって持ってない。そう言うのは、言い出したらキリがないだろ」
「……そうだな」
レオンもスコールも、有している魔法は攻撃するものばかりだ。
スコールはケアルが使えるが、効力は微々たるもので、応急処置程度にしか使えない。
お互い、自分の世界ではそれが普通だったので、深く気に留めた事はなかったが、違う世界から召喚されてきた仲間達の下にいると、あんな力があれば、と思う事は少なくなかった。
叶わない願いをいつまでも言っていても仕方がない、とスコールは思考を切り替えた。
撒き終えた包帯の端を裂いて、固い結びにして固定する。
レオンが動けるようになるまでは、スコールも動く事は出来ない。
スコールはレオンの傍に腰を下ろして、周囲をぐるりと見渡した。
片や見通しの悪い森、片や開けた川と言う中で、今の所、魔物やイミテーション、カオスの戦士の気配はない。
散策も一通り済ませた後なので、このままレオンの麻痺が消えるまで何事もなければ、そのまま帰路にしても良いだろう────と、思う傍ら、
(……今なら)
さらさらと川のせせらぎと、緩やかな風に吹かれて揺れる木々の微かなざわめき。
それ以外に何もない、賑々しい仲間達の声も聞こえないと言うのは、非常に珍しい。
聖域にいると、必ず誰かしらの気配があって、他者の気配を人一倍気にするスコールは、よくよくタイミングを見極めなければレオンと触れ合う事が出来なかった。
レオンは「いつでも良いぞ」と言うが、スコールの方が“いつでも”とは行かない。
……そんな自分の余裕のなさに、また悔しくなったりもするのだが、それはそれとして。
「レオ、ン」
いつものように名前を呼ぼうとして、変な所で詰まった。
そんなスコールに気付いたのだろう、レオンは小さく笑みを浮かべて、「なんだ?」と首を傾けた。
空から落ちる木洩れ日が、レオンの顔にひらひらと影を落とす。
不規則に揺れる光が、レオンの宝石のような蒼の中で揺れていた。
その光に誘われて、スコールはゆっくりと、レオンの唇に己のそれを押し当てる。
「ん……」
スコールからのキスを、レオンはすんなりと受け入れた。
緩く開いたレオンの唇の隙間に、スコールは滑り込もうとして、はっと気付いて止める。
ぱっと離れてしまったスコールに、レオンはきょとんと目を丸くした。
「スコール?どうかしたか?」
「………」
じとっと睨むスコールに、レオンは首を傾げるばかり。
どうしたんだ、と訊ねるレオンは、至極不思議そうな顔をしている。
しかしスコールは、その表情が演じられたものではないか、と言う疑念が拭えない。
基本的にレオンと言う人間は、何に置いても察しが良い。
敵意や悪意はいざ知らず、仲間の誰かが「言いたいのに言えない」雰囲気を察すると、先回りして流れを作ってやる事も出来る。
特にスコールに関する事になると、本人以上に聡い所があった。
そんなレオンが、スコールの行動に対し、何がしたいのだろう、と疑問を抱くと言うのが、スコールは想像出来ない。
(……悔しい)
今、レオンはスコールを受け入れる体勢だった。
スコールが行動を起こす前から、その入り口を作っていて、踏み込む事が苦手なスコールの一歩を押したのだ。
それは彼がスコールを愛してくれている証左でもあるから、決して厭う事ではないのだけれど、いつも先回りされていると思うと、少しばかり矜持が疼く。
自分とよく似た、けれど全く同じではないであろう蒼色を見つめて、スコールは奥歯を噛んだ。
目の前の人物は、自分の事を何でも感じ取れるのに、自分は幾らも相手の事が判らない。
重ねた経験、年齢の所為かも知れない。
だとすれば、スコールが幾ら経験を重ねた所で、彼に追い付く事は出来ない。
(判ってる。そんなの、俺が勝手に思ってる事だ。レオンが悪い訳じゃない)
動かない少年を心配して、レオンの手が優しくスコールの頭を撫でる。
怪我でもしたのか、と訊ねる大人の男に、スコールは小さく首を横に振った。
それでもレオンは、不安そうな顔をして、スコールの顔を覗きこむ。
名を呼ぼうとしたか、それとも何かを言おうとしたのか、レオンの唇が僅かに開いた瞬間、スコールはぶつけるように唇を重ねた。
虚を突かれた蒼が瞠られるのも構わず、無防備な咥内に舌を侵入させる。
「んっ……!」
先程とは僅かに違う男の反応に、スコールはこっそりと満足する。
悪戯が成功した気分だった。
そんな気分に気付いてから、それではやはり子供ではないかと思う。
けれども、不意打ちを食らって呆然としているレオンの貌を見て、知らず頬が緩む。
少しの間、レオンは固まっていたが、現状を理解するのは早かった。
口付けあったままで、くしゃ、とレオンの手がスコールの髪を撫でる。
「ん…ん……」
「ん、う……っ」
スコールの愛撫を、レオンは甘受していた。
少年の与えるキスは、まだまだ拙く、レオンが与えたものを真似ているものが殆どだ。
勢いよくぶつけなければ踏み込む事も出来ない、そんな幼いキス。
頭を撫でるレオンに応えるように、スコールはレオンの背中に腕を回した。
少しだけ唇を離して、もう一度キスをする。
深くなる口付けを与え受け止めながら、二人は身を寄せ合った。
(俺がしてる、筈なのに)
キスしているのに、されているようで。
抱き締めているのに、抱き締められているようで。
やっぱりまだ悔しい、と思いながら、スコールは唇を離した。
レオンは自由になった呼吸で、ゆっくりと不足した酸素を吸いこんだ後で、膝上に乗っている少年に微笑む。
可愛いな、と言う声が音なく聞こえた気がして、スコールは悔しさをぶつけるように、レオンの鼻先を甘く噛んでやった。
『スコレオでほのぼのイチャイチャ』のリクを頂きました。
リードしたくて頑張るスコールと、大人の余裕な(振りをしている)レオンでした。
実はこのレオンは、先回りする事で余裕を保った顔をしてるので、不意打ち喰らうとちょっと崩れる。
そんなレオンに気付かないので、スコールは一所懸命。その青さが愛おしい。