[絆]イタズラとお菓子を
一度目は、全く知らなかったから、少しばかりがっかりさせてしまった。
二度目は、判っていたから、少しばかり意地悪をしてやった。
三度目ともなると、お互いに判るようになってきたので、大分開き直った形になった。
知らず定着しつつある、この日の為に揃えたお菓子をポケットに入れて、レオンは家路に着く。
いつもなら夜10時を過ぎれば寝る準備を始める弟達だが、今日だけはきっと、ぱっちりと目を覚ましたまま、兄の帰りを待っている筈だ。
レオンのそんな予想に違わず、角を曲がって見付けた家には、リビングの明かりが煌々としている。
ポケットの中の感触を確かめて、レオンは玄関のドアノブを握った。
さて、今年はどう来るか、そんな期待を抱きつつ、ドアを開ける。
「ただいま」
「お兄ちゃん、お帰り!とりっくおあとりーと!」
「お帰り、レオン!トリックオアトリートー!」
帰宅を迎える挨拶もそこそこに、可愛い弟達は早速今日の決まり文句を元気よく告げた。
思った通りとレオンは笑いながら、ポケットに入れていた飴玉や、バイト先の店長から貰った焼き菓子の詰め合わせを差し出す。
「ほら、これだ」
「やったー!」
「お姉ちゃん、お菓子貰ったー!」
万歳して喜ぶ二人に渡していると、キッチンからエルオーネが現れる。
兄を囲んで賑やかな弟達の頭を撫でて、エルオーネは「お帰り」と微笑んだ。
レオンもいつものように「ただいま」と言って、もう一つ、飴玉と焼き菓子の詰め合わせを取り出す。
「エルの分はこれ」
「ありがとう。店長さんに今度お礼言わなくちゃ」
「俺から言ってあるから、気にしなくて良いぞ」
菓子を受け取った後、エルオーネはレオンに座るように促した。
レオンはジャケットをハンガーにかけて、窓辺の食卓テーブルに落ち付く。
スコールとティーダは、ソファに座って早速焼き菓子の袋を開けていた。
二年前、ティーダに因って齎された、ザナルカンドで行われていると言う、ハロウィーンと言う風習は、兄妹弟の間ですっかり定着した。
行事が行われるようになった由来を、レオンはよく知らなかったし、ザナルカンドに住んでいたティーダも余り覚えていない。
それでも、弟達がこの時季に合わせた仮装をした姿は可愛らしかったし、お菓子を貰えると無邪気に喜ぶ姿を見れば、レオンが参加しない訳がない。
お菓子が用意できない大人は、子供達によってイタズラをされるらしいのだが、今の所、レオンにその経験はなかった。
一年目は偶然お菓子を持っていて、二年目はちゃんと準備していた。
勿論、幼い弟達の分だけではなく、妹のものも揃えていたので、彼女からのイタズラも回避している。
レオンとしては、弟達よりも彼女のイタズラの方が怖いのだが、弟達はそんな事は知らず、今年も無邪気にハロウィーンを満喫していた。
一年目と二年目は、それぞれシーツのオバケとカボチャ少年になっていたスコールとティーダだが、今年は黒く尖った帽子を被っている。
エルオーネも同じ帽子を被っており、黒マントをつけて、今年は皆揃って魔法使いに扮したようだ。
その姿をのんびりと眺めていたレオンは、遅い夕飯を持って来てくれたエルオーネに言った。
「今年は、オバケになりきったりはしなかったんだな」
今までのスコールとティーダは、オバケになりきってレオンを驚かせようとしていた。
レオンがハロウィーンと言う行事を知らなかった為、あっさりと言い当ててしまい、弟達は拍子抜けしたようだった。
その件を反省し、二年目のレオンは、判らない振りをして、少し意地の悪い事を言ってやった。
「いないのなら、二人のお菓子は俺が食べてしまおうか」と言ったら、二人は大慌てして、自ら正体を明かした。
素直な弟達が可愛くて、レオンは笑うのを堪えるのに苦労したものだ。
今年も二人がコスプレするのは判っていたから、今年は何をしてくれるだろうかと思っていたのだが、今年の二人は最初から顔を出している。
シーツのオバケや、カボチャ少年のように、怪物に成りきるつもりはないらしい。
ちょっと寂しいな、と思うレオンの言葉に、エルオーネがくすくすと笑う。
「そりゃあ、もうね。二人とも12歳だから」
「…そうか。まあ、そんなものだよな」
お菓子を貰える行事に飛び付かずにはいられないが、何も知らない子供と言う程幼くはない。
子によっては、思春期の入り口でもあり、小さな子供のようにはしゃぐのは難しい。
……ひょっとしたら、昨年、自分がイタズラした所為もあるかも知れない、とレオンは思った。
顔を隠してしまったら、今年も二人がいないものだと思い込んで、自分達のお菓子が減ってしまうかも。
そんな事を考えて、今年は正体を隠す事なく、魔法使いのコスプレだけで兄にお菓子をねだりに来たのかも知れない。
エルオーネが被っていた帽子とマントを脱いで、レオンの前に座る。
レオンから貰った飴を包み紙から取り出して、コロン、と口の中に入れた。
「イチゴかな。美味しい」
「良かった」
「皆同じの味?」
「いや、バラバラだ。スコールはレモンで、ティーダはオレンジ」
「好きなの用意してくれてたんだ」
「一応な。皆一緒なら平等だし、悩む事もないんだが……それじゃ詰まらないし」
どうせ用意するのなら、妹弟が一等喜んでくれるものにしたかった。
そう思ったレオンの宛ては当たったようで、ソファの上では弟達が「好きなやつ!」と頬を膨らませて笑っている。
レオンは夕飯のカボチャのスープをのんびりと食べ終えた。
片付けて来るね、とエルオーネが空になった食器をトレイに乗せてキッチンへ消える。
その頃になっても、スコールとティーダは魔法使いの格好のまま、ソファでじゃれあっていた。
時計を見ると、そろそろ午後10時を迎えようとしており、明日はきっと寝坊するだろう事が伺える。
ソファ前のローテーブルには、ティーダが貰ったお菓子を全て出していた。
ティーダはスティックのチョコ菓子を食べながら、出したお菓子を三つに分けている。
今日食べる物、明日食べる物、明後日食べる物……と計画を立てているようだが、その計画が中々まとまらない。
好きな物を先に食べるか、後に食べるか、其処からうんうん唸るティーダを、スコールは「一個ずつにすればいいのに」と言いたげな表情で見つめている。
少しの間、のんびりと弟達を眺めていたレオンだが、ふと悪戯心が沸いて、席を立った。
ゆっくりと弟達に近付いて行くと、気配に気付いたスコールが顔を上げ、ぱぁっと破顔する。
「お兄ちゃん」
「お菓子、美味しかったか?」
「うん!」
レオンの言葉に、スコールとティーダは揃って頷いた。
良かった、とレオンがスコールの頭を撫でると、スコールは日向の猫のように気持ち良さそうに目を細める。
そんな二人に、レオンはあの言葉を言った。
「スコール、ティーダ。トリック・オア・トリート?」
「えっ」
「へっ?」
まさか兄から────いや、きっと自分達がその言葉を向けられるとすら、彼等は思っていなかったのかも知れない。
周りが見えるようになり、何かあれば兄姉の力になりたいと思っていても、楽しい行事は別だ。
あれがしたい、これがしたいと思っても、その準備をするのは(勿論彼等も手伝うが)兄や姉で、幼い二人は楽しむのが仕事のようなものだった。
思いも寄らぬ兄の言葉に、スコールとティーダはきょとんと目を丸くし、顔を見合わせる。
ずり、と二人の頭からとんがり帽子がずれ落ちて、ソファの上に転がった。
揃って顔を上げた二人の目に飛び込んで来たのは、優しい笑みを浮かべた兄の顔だった。
「トリック・オア・トリート?」
「えっ。あっ。あっ」
「え、え、ちょ、ちょっと待って」
レオンがもう一度同じ台詞を言うと、ようやく理解が追い付いたらしく、二人は慌ててポケットやフードを探り始めた。
自分が何も持っていないと気付くと、ソファの上できょろきょろしたり、クッションの下を探ったり。
隠している訳ではないので、勿論其処に食べられる物などないのだが、二人は一所懸命になって、兄に渡せるお菓子を探した。
結局、何も見付けられなかった二人が行き付いたのは、ついさっき、兄から貰ったお菓子の袋。
レオンがアルバイトをしている喫茶店の店長が、ハロウィンの行事を聞いて持たせてくれたものだ。
二人が今持っているお菓子と言ったら、それしかない。
「ん、ん…」
「えーっと……こ、これ…」
「それは二人のお菓子だろう?」
「あう」
「そ、そーだけど、えーと、えーと」
おずおずとお菓子袋を差し出す二人に、レオンが受け取れない、と暗に言えば、二人は気まずそうに目を反らす。
このお菓子は、店長が弟達にと作ってくれたもので、レオンもそのつもりで持って帰って来た。
これをレオンに渡すのは何かが違う、と言うのは、スコールとティーダも感じている。
しかし、今からお菓子を用意しようにも、空いている店など無いだろう。
どうしよう、どうしよう、とすっかり困った顔になったスコールと、うんうん唸って渡せるものを探すティーダ。
其処へ、トレイにケーキを乗せたエルオーネがやって来た。
「二人とも、どうしたの?ケーキ、食べるよ?」
エルオーネの言葉を聞いて、悩んでいた二人が顔を上げる。
ローテーブルに、四人分のケーキが並べられた。
スライスされたロールケーキの上に、マロンクリームと、魔女やコウモリの絵が描かれた小さなクッキーでデコレーションされている。
エルオーネが今日に合せて、バラム駅前のケーキ屋で買って来たものだ。
自分達の前に置かれたケーキを見て、そうだ、と二人はレオンに言った。
「お姉ちゃん。僕のケーキ、お兄ちゃんにあげる」
「オレも。オレのケーキ、レオンにあげる!」
弟達の言葉に、エルオーネは目を丸くした。
スコールもティーダも甘い物が好きだから、そんな事を言い出すとは思ってもいなかった。
その上、二人がとても真剣な顔をしているから、尚の事エルオーネには不思議でならない。
くつくつと笑う漏れる聞こえて、エルオーネがレオンを見ると、彼は口元を押さえて笑っていた。
「レオン、二人に何か言った?」
「…ちょっとな。良いよ、スコール、ティーダ。気にしなくて良いよ」
「でも」
「お菓子あげなかったら、イタズラするんだろ?」
心なしか不安げに言うティーダを見て、エルオーネは「……成程」と納得した。
理解すると同時に、兄の悪戯心も理解して、
「スコール、ティーダ。私も、トリック・オア・トリート?」
「えっ、お姉ちゃんも?」
「え、えーと……け、ケーキ分けっこでいい?」
便乗してやれば、予想した通り、スコールとティーダは困った顔になって言った。
どうしよう……と顔を見合わせ、ヒソヒソと話し合う弟達に、レオンとエルオーネは口を押えて笑う。
スコールとティーダは、迷った末に、ケーキを二人に一つずつ渡すと言う結論に至ったらしい。
楽しみにしていたであろうケーキの皿を、おずおずと兄と姉の前に持って行く。
丸い蒼と青が、遠くなったケーキを見つめ、うるうると潤んでいたのを見て、限界だな、と兄姉は察する。
「良いよ、スコール、ティーダ。本当に」
「…でも……」
「ケーキ、皆で食べよ?イタズラもしないから」
「…ほんと?」
「ああ。ケーキは皆で食べた方が美味しいしな」
「その代わり、来年は何か用意してくれると嬉しいかな」
ちゃっかり来年の約束をするエルオーネに、レオンは苦笑する。
しかし、その方が弟達は安心したようで、
「来年、来年ね!」
「絶対準備する!」
「楽しみにしてるね」
「うん!」
「今年の分も準備するね!」
「お兄ちゃんのも!」
イタズラ回避が嬉しいのか、来年の約束が嬉しいのか。
恐らくは両方だろうと思いつつ、レオンとエルオーネは、スコールとティーダのケーキを返す。
戻って来たハロウィン仕様のロールケーキに、二人もホッとした様子で、フォークを手に取った。
四人揃ってケーキにフォークを入れて、口に運ぶ。
おいしい、と笑う弟達の姿に、レオンとエルオーネは頬を綻ばせた。
予想外の展開でびっくりしたちびっ子達。
悪戯かお菓子か、と言う前に、知らない内にイタズラされてた二人でした。
今年は三人揃ってシンプルに、とんがり帽子に黒いマントローブで、魔法使いスタイル。
来年はお兄ちゃんにも何かコスプレさせたいですね。