サイト更新には乗らない短いSS置き場

Entry

Category: FF

[フリスコ]花と向き合うあなたの

  • 2026/02/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



てん、てん、てん、と。
グラウンドの方から転がって来たボールが、小さな段差を越えて、花壇の中に入ったのを見た。
サッカー部員が蹴ったそれは、直ぐにその部員が駆けて来て、あーあーと言いながら回収していく。
後には、ボールが通った痕跡だけが残された。

教室へと向かう為にその足を進めると、花壇の傍へと辿り着く。
其処には、整然と花が並んでいたものだったが、今はその一画に不自然な空間が出来ている。
つい今し方、ボールが通って行った場所だ。
並ぶ花々が真っ直ぐにその背筋を伸ばしている中、ボールに押し通られてしまった其処だけ、花がひしゃげたように背筋を折っている。

それは、悪気があってそんな風になってしまった訳ではない。
ボールを蹴ったサッカー部員が、此処をゴールとして狙ったこともないし、コートから離れてしまったそれが結果的にそこに転がり込んでしまっただけ。
ボールを回収する為に花壇に入った足跡は、並ぶ花々をきちんと避けているから、踏み潰したなんてこともない。

誰が悪い訳でもない、と思う。
けれど、なんとなく、そのままにしておく気になれなくて、スコールは花壇の前で膝を折った。


(……少し茎が折れてる)


猫背になってしまった白い花。
何と言う品種だったか、少し難しい名前をしていたから、はっきりとは思い出せない。
同種の花が隣近所に植わっていて、其方は皆きちんと頭を上げて、咲き誇った花弁を差し出している。
きっと、折れてしまったこの花もそうだったのだろう。

そっと茎に触れると、折れた部分に微かに固い繊維の感触があった。
この茎に軸でも添えて支えにしてやったら、少しはマシになるだろうか。
そんな事をしても、体に入ってしまったダメージが消えるものかは判らなかったが、なんとなく、そうした方が良いだろうか、とスコールは思っていた。

───と、其処にふっと影が差し込む。
手許が見え難くなって、寄せた眉根で顔を上げると、一人の青年がスコールの横に立っていた。


「あ」
(……しまった)


赤い瞳に、銀色の髪。
早朝、この花壇の傍を通り過ぎる時、よく見かけていた青年が立っている。

青年は学校内ではそれなりに有名で、名前を確か、フリオニールと言った。
学年はスコールよりひとつ上で、運動部に所属しているようだが、どうやらあちこちを掛け持ちしているらしく、目撃例は一所に留まらない。
そんな彼だが、朝は部活練習の類には参加せず、専らこの花壇まわりで見かけるばかりであった。

フリオニールの手には、緑色のプラスチック製の如雨露がある。
毎朝のように行っている、花壇の水遣りに来たのだろう。
そこで、いつも此処を通過するだけのスコールが、花壇の花───茎の折れた花に触れているのを見付けた。

フリオニールの視線が真っ直ぐに此方を見ている。
スコールは、フリオニールの紅玉のような瞳が、自身の手元……折れた花に向けられている気がしてならなかった。


(……俺じゃない)


この花を折ったのは俺じゃない。
スコールはそう思った。
見詰める瞳に責められているような気がしたからだ。
けれど、それを口にするのは言い訳か、言い逃れをしているようにも思えて、咄嗟に声が出ない。

フリオニールはしばらくスコールを見つめていたが、ああ、と再起動がかかったように動き出す。
持っていた如雨露を花壇の脇に置くと、スコールの傍に来て、背中を曲げてその手許を覗き込んだ。
茎の折れた花を支えるように添えられるスコールの手───その逡巡か迷いを悟ったように、フリオニールは頬を緩める。


「折れてたのか。ボールでも突っ込んだかな」
「……ああ。そうだ」


フリオニールの方から原因を言い当ててくれたので、スコールは内心、ほっとした。
謂れのない罪を責められるのではないか、と思っていた不安が杞憂で済んだからだ。

フリオニールは膝を折り、「ちょっと良いか」と言って手を伸ばしてきた。
スコールは、花を預けてくれと言う意図を読んで、茎に触れていた指をそっと離す。
またくてんと首を下げてしまう花を、フリオニールの皸のある指が柔く摘まんだ。


「……うん、まだ大丈夫そうだ」


フリオニールはそう言うと、すっくと立ちあがった。
踵を返したフリオニールは、駆け足で何処かへ行ってしまう。
おい、とスコールはその背中を見送った。

フリオニールが戻ってきたのはそれから五分としない内で、その手には小箱が抱えられている。
スコールの隣へまたしゃがむと、彼は小箱の中から、プラスチックの細い軸とテープを取り出した。


「ちょっとその花、支えておいてくれるか?」
「あ、ああ」


フリオニールに言われて、スコールはもう一度、花に手を伸ばした。
頭を下げてしまう花をそっと持ち上げて、折れた茎が無理なく真っ直ぐに伸びるように調整する。
フリオニールはその横に軸を挿すと、細身の養生テープを数巻き切り取り、軸と茎を寄り添わせて、テープを括りつけて固定した。
茎の中ほど、折れた場所から少し上、そして(がく)の下。
そのあたりをきつくない程度にテープで結び付けると、


「これでよし。もう手を離して大丈夫だよ」
「……ん」


言われてスコールがそっと手を離すと、花はきちんと頭を上げていた。
隣に並んだ花よりは少し疲れたように頭の角度は低いが、真下を向いていた状態よりもずっと良い。
少なくとも、この整然と並んだ花の中で、ひとつ悲しみに暮れたように項垂れていることはなくなった。

フリオニールは小箱を片付けると、花壇の脇に置いて、如雨露を持つ。
重みのある如雨露の中で、ちゃぷん、とたっぷり入った水が音を立てた。

傾けた如雨露のシャワー口から、露水が雨を降らせていく。
乾いていた花壇の地面が濃い茶色に変わって行って、水をかぶった花々がきらきらと雫を光らせた。
その様子を、スコールは何処かぼんやりとした心地で見つめていると、赤い瞳が此方を映す。


「えっと───お前、スコールだよな?」
「……そう、だが」


何故、自分の名前が知られている。
スコールの眉間に、怪訝に皺が寄せられる。

フリオニールは花に水の食事を与えながら、その理由を告げた。


「ティーダから聞いてたんだ。仲の良い友達だって」
「……友達……」
「ちょっと無口だけど、良い奴だって。その通りだなと思ってさ」
「……」


クラスメイトであるティーダが、この青年に、自分の話をしていた。
知らない所で交わされる自分の噂話めいたものを、スコールは総じて好んでいない。
が、かと言って友人の口を完全に塞ぐのも難しいことである。
ティーダについては、彼の性格上、余程でなければ身内を悪しようには言わないから、スコールは閉口することにしていた。

フリオニールは花壇全体に水遣りを終えると、如雨露はまた脇に置いて、園芸鋏を手にした。
それを使って、花壇に並ぶ植物たちをよくよく検分しながら、余分な葉や低木の枝を切り落として行く。
その傍ら、フリオニールは口も動かしていた。


「朝、この辺で時々見るとは思ってたんだ。部活の朝練にしてはちょっと遅いし……クラスの何か係とか?」
「……配布物の準備をしている」
「ああ、成程。あれ、皆が来る前にやって置かなきゃいけないんだよな」
「そうだ」
「俺も一年の頃にやったな。園芸部に入って、朝の活動をするようになったから、途中から他の係に替えて貰ったけど」


ぱちん、ぱちん、と鋏の音を立てながらフリオニールは言う。
その中に、スコールは初めて聞く情報を見付けた。


「……園芸部?あんた、運動部じゃないのか」


てっきり、とスコールが言うと、フリオニールは苦笑しながら此方を見た。


「はは、よく言われるよ。あちこち助っ人に来てくれって頼まれるからな。困ってるし、頼まれたんだし、断っちゃ悪いかなって思ってる間に、な」
「……」
「運動部の皆からは、よく勿体ないって言われたけど。顧問からも入ってくれって言われたことあったし。でも、俺はこっちが性に合ってるからなぁ」


こっち、と言ってフリオニールの手は、グリーンカーテンにした蔓花に触れる。

綻びつつある蕾をじっと見つめる赤い瞳は、柔く温かい。
蕾がいつ花開くか、どんな形で色で姿を見せてくれるのか、その目は静かに楽しみにしていた。
それから枝葉を剪定し、今咲いている花々がしっかりと光合成が出来るように、見た目も整えていく。
その横顔は真剣そのもので、彼が真摯にこの花畑に植わった住人たちと向き合っていることが見て取れた。

グリーンカーテンを一頻り整えると、フリオニールは花壇から一歩離れた。
遠目に全体像を見渡してから、「よし」と納得した様子で頷く。


「大分良い感じになってきたな。でも、うーん……この辺りが花の色付きが良くないなぁ……」


植え替えした方が良いだろうか、とフリオニールはぶつぶつと呟いている。
スコールはその丸まった背中をしばらく見つめていたが、


(……このまま見ていてもしょうがないな。邪魔にもなる)


フリオニールは、部活をしているのだ。
グラウンドでボールを追い駆けている少年たちと同じように、真剣に花と向き合っている。
それを、ただ見ているだけとは言え、何をするでもない置物が眺めていると言うのは、存外と鬱陶しいものだろう───少なくとも、スコールならそう思う。

第一、スコールもそろそろ教室に行って、配布物の準備にかからなくてはならない。
足を止める一因となった花も、フリオニールの介添えによって、もう頭を上げている。
これ以上、スコールが此処に立ち止まっている理由はなかった。

特段の知り合いでもないのだから、挨拶なんてものもいらないか。
そう思ってスコールが校舎へと向きを変えようとした時、


「あ。ちょっと───待ってくれ」
「……?」


かけられた声に、スコールは眉根を寄せて振り返る。

フリオニールは、ええと、と花壇をぐるりと眺めた後、中に入って、幾つかの花を切った。
薄水色に大輪と言って良いサイズの花が一輪、それを引き立たせるように小花を数本。
それらを養生テープの余りで簡単に括りまとめて、スコールの前へやってくる。


「これ、持って行ってくれ」
「は?」
「教室にでも飾ってくれたら良いから」


そう言ってフリオニールは、「な?」と促すように笑顔を浮かべる。
よく日焼けした精悍な顔立ちが、切れ長の鋭い眦の形とは裏腹に、人懐こく映った。

呆然と立ち尽くすスコールに、フリオニールは反応を待つように其処に佇んでいる。
蒼灰色が視線を少し下へと傾ければ、目の前の青年が作ったささやかな花束。
これを受け取ってどうしろと、とスコールは心中混乱極まったが、しかし、見つめる青年の表情を見ると、突き返すと何やら罪悪感が生まれそうだった。

半ば、他に選択肢がない、と言う心地で、スコールは恐る恐るに花を受け取り、


「……なんで、こんな……」
「ん?」


当惑がそのまま声に漏れて、訊き留めたフリオニールが首を傾げる。
要領が得ない、と言う様子のそれに、スコールはしばし迷ったが、仕方なく吐露することにした。


「あんたが毎日、大事にしてる花だろ。それをこんな簡単に切って───よく判らない奴に渡す、意味が判らない」


花壇の世話をしているフリオニールを、スコールは時々、見た事があった。
と言うことは、フリオニールの方も、自分の後ろを通り過ぎていくスコールを認識してはいたのだろう。
ついでに、共通の友人として、ティーダの名前も挙がった。
だが、結局はそれだけのことで、自分たちはつい十分前まで、お互いの顔をきちんと確認したことすらなかったのだ。

それなのに、何故、今スコールの手には、フリオニールの作った花束があるのか。
フリオニールがどうしてこんなことをするに至ったのかが、スコールには全く理由が読めない。

そんなスコールの胸中を、フリオニールは事も無げに笑って言う。


「大事にしてくれそうだったからさ」
「……大事に?」
「うん。折れた花を見付けて、ほっとけないって気にしてくれたんだから。そんな優しい奴なら、こういう花も、大事にしてくれるだろうなと思って」


だから、と言うフリオニールに、スコールは益々迷う。

だから、何だと言うのだろう。
結局、肝心な所が酷く抽象的なままで、はっきりとしていない。

それでも、フリオニールの瞳と言葉が、何処までも真っ直ぐに自分に向けられていることは理解できてしまった。


「……そ、うか……」
「うん。まあ、こうやって切ったから、花はその内、萎れていくけどさ。この花なんかは今が一番綺麗なんだ」
「………」
「花なんて、咲いたら次は枯れていくものだ。その変化は寂しく見えることもあるだろうけど、それまで精一杯、咲いてるからさ。見ていてやってくれたら嬉しい」


ひとつ大きな花弁のものを指差すフリオニール。
確かに、薄水色から白へのグラデーションを宿した花は、今が一番見頃なのだろう。
そんなものを、こうやって知り合ったばかりの人間に迷いなく差し出す所に、彼の人格と言うべきか───人の好さのようなものが滲んでいる気がした。


「ああ、これ以上引き留めちゃ悪いな。ごめん」
「……いや」
「じゃあな!」


ひらりと右手を軽く上げて、フリオニールは踵を返した。
小走りに花壇へと戻った彼は、如雨露を持って他の花壇の世話へ向かうらしい。
スコールはぼうとその後姿を見送っていたが、はっと我に戻ると、自身も教室へと向かう為に歩き出した。

腕に抱えた花を、どうしよう、と歩きながら考える。
勢いに受け取ってしまったこれの処遇は、どうするのが一番良いのだろうか。


(……取り合えず、花瓶があるのか、確認しないといけないよな……?)


自分のクラスの教室に、そんなものがあっただろうか。
ないなら、担任教師に確認か、用具員に相談か。

いつかは必ず枯れるであろう、薄水色の花。
せめてそれが褪せてしまうまでは、見守るのも悪くはない、のかも知れない。





2月8日と言うことでフリスコ!

昨年の88の日にリクエストから書いた、『モブから見たフリスコ』[花の名前を君が教えてくれたんだ]の二人、その始まりみたいなのが浮かんだので。
最初はこんな感じで、朝のほんの数分の遣り取りが続くようになって、段々距離が近くなって行ったんだと思います。

[ウォルスコ]世界と隠れて

  • 2026/01/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



旅行と言う言葉に特に心が躍るような性格ではないが、それでも、温泉と言うものに悪いものは思わない。
それが誰の目も気にせず、のんびりと堪能できるような環境が揃えられている所なら、寧ろ喜ばしい。
だが、それを得る為の努力をする所まで、スコールは意欲的ではなかった。

そもそも学生であるが故、金銭的な自由に限りがあるし、そうなると遠出と言うのも知れている。
電車に乗れば何処まででも行ける、なんて思える程、スコールは世の中に夢を見てはいなかった。
第一、電車と言うのは走るルートが決まっていて、其処から逸れた場所に行きたいのなら、何かしら手段を用意しなくてはならない。
駅から歩いていける範囲に目的のものがあるのなら良いが、存外、それが叶えられる場所と言うのは、大都会の真ん中で全ての施設が集約されているような場所くらいだ。

自身の財布事情に無理のない範囲で、行って堪能して戻って来れる小旅行などと言うのは、計画する段階で存外と面倒くさいのだ。
元が旅好きの性分であるなら、それを加味して計画する楽しさもあるのかも知れないが、生憎とスコールには無縁の話だ。
そんな手間暇をかけてわざわざ出掛けるくらいなら、家で静かに読書をしている方が良い。
スコールはそう言う考え方の人間だ。

しかし、それらの問題を一挙に解決してくれる手段があって、降って沸いた幸運で切符が渡されるのなら、一考の余地はある。

恋人であるウォーリアの自宅で過ごす、ある日のこと。
「君はあまり好むものではないかも知れないが」と前置きをした上で、ウォーリアはとある温泉旅館の宿泊チケットを見せた。
なんでも、近所の商店街の新年恒例の福引で当てたと言う。
宿泊と飲食をペアで無料にしてくれる、然程大きくはない商店街の福引にしては、中々に好待遇だ。
往復の徒は自分で確保しなくてはならないが、ウォーリアは通勤用に車を持っている。
場所は都心から少々離れており、公共交通もない場所だったが、車を出すならその問題は解決だ。
使える日付の期限だけが気になる所で、スコールの予定が合わねば諦めるしかなかったが、幸いにもそれは冬休みの終わりにギリギリで間に合ったのだった。

────そう言う訳で、スコールは今、ウォーリアが運転する車の助手席に乗っている。

山間を抜ける道路はうねうねとよく蛇行する。
景色は何処まで行っても山の緑、時々川、そして晴れた青空だ。
退屈と言えば退屈な光景だが、都会の喧しい環境で育ったスコールにしてみると、静かで心地良い。

ハンドルを握る恋人とは、それほど会話をしないのは常だ。
元々スコールは口が回る質ではないし、ウォーリアも寡黙である。
この沈黙に、何処かしらぎこちないものを感じていたのも、もう随分と昔の話になる。
今は、黙って静かに過ごしていられるのが気が楽で良い、と思っている。

山の中腹辺りから、続く道の勾配が緩やかになって行き、やがては視界が開けた。
雑木林の一画を切り開いた駐車場の先に、年季の入った趣のある建物が建っている。
時代劇で見るような、大きな土塀に囲まれた木造の建物。
多くはない荷物をそれぞれ持って、門扉の方へと向かって見ると、中居と思しき女性が「ようこそいらっしゃいました」と深々と頭を下げた。

中居に案内されて建物の中へと入ると、足元は毛足の短い絨毯が敷かれており、足音を吸収する。
フロントでウォーリアが宿泊の手続きをしている間、スコールはきょろきょろと辺りを見回していた。


(……随分、古い建物だ)


建物全体から漂う、何百年と続いて来た老舗の風格。
内装の折々に現代風の改修工事の痕跡はあるものの、建物の旧さが齎す空気は壊していない。
人の気配が其処此処にあるので、宿泊客は他にもいるのだろうが、気配は何処か遠かった。
これなら静かに過ごせそうだ、とスコールは胸を撫で下ろす。

手続きを終えたウォーリアに声を掛けられ、スコールはその後を追う。


「部屋は離れになるそうだ」
「……そうか」
「食事は運んでもらえるし、温泉も客室風呂がある。購買は本館の此処にしかないそうだ。必要なものがあるのなら、今のうちに見ておいた方が良いかと思うが、どうだろう」
「別に、大丈夫だろ。買うものなんて、精々土産くらいだ。帰りで良い」
「判った」


前を行く中居に案内されて、二人はフロント奥の戸口から外へ出た。
枯山水で整えられた中庭を通り過ぎると、その向こうの戸口から更に外へ。
小さな石垣に挟まれた小径を進むと、離れ離れに並んだ幾棟かの建物のうち、平屋作りの四つ目の所に案内された。


「此方がお客様のお部屋になります」
「ありがとう」


中居が玄関の戸を開け、どうぞ、と促す。
ウォーリアの謝辞を聞いて、スコールは小さく会釈だけをして、中に入った。

建物の中は、古式ゆかしい純和風の内装になっていた。
足下は畳で、微かに弾力のようなクッション性があると言うことは、今時風の素材のものではなく、本物の藺草を使った本畳なのだろうか。
元々は座布団で過ごすことが前提だったのだろうが、時代に合わせてか、部屋の中央の座卓には座椅子が添えられ、部屋の隅には背の低い椅子もある。

居間の奥にある襖を開けてみると、此方も畳敷きの広い部屋があった。
入って来た方向と反対の位置には障子戸があり、開けてみると、窓とその向こうには山が織りなす自然の景色が続いていた。
調度品の類が殆ど置いていないと言うことは───と床の間の横の襖を覗くと、其処は押し入れで、綺麗に畳まれた布団が収められている。
大方、此処が寝室になるのだろう。

スコールが探索をしている間に、ウォーリアは居間に腰を落ち着けていた。
戻って来たスコールを見て、その整った面に、微かに柔いものが浮かぶ。


「ゆっくりと過ごせそうか?」
「……悪くない」


スコールにとって、それが痛く好ましいと言う意味であることを、ウォーリアは理解している。
ならば良かった、とアイスブルーの瞳に、安堵に似たものが滲んだ。


「旅館の離れなんて初めて来た。風呂も温泉で、此処に引いてあるんだろう」
「そう言っていた。本館に大浴場があるそうだが、離れも各個で源泉が引いてある。室内風呂もあるが、露天も備えられている」
「贅沢だ。相当高いんじゃないのか」
「値段については、私は何とも。何せ貰ったようなものだから」
「ちょっとチケット見せてくれ」


今更ではあったが、スコールはウォーリアが持っている筈のチケットの詳細が気になった。
フロントで受付の時に提出したそれは、半券になっている。
残った部分に、この旅館の名前と外観の写真があるので、それを元に携帯で検索をかけてみた。


「……やっぱり。創業200年だぞ」


この国に古い温泉宿地と言うのは数多く、開いて長い宿も少なくないとは言うが、そうも長く続く宿と言うのはやはり限られる。
そして、大抵こうした所は、それなりに値の張るものであった。
そんな所にタダで泊まれるチケットなんて、商店街の福引としては随分と大盤振る舞いしたものだ。

途端にスコールは、なんだか酷く落ち着かない気分になった。
彼としては、ちょっと辺鄙な所にある温泉宿に出掛ける、程度の感覚だったのだ。
思いもがけず、贅沢な機会に恵まれてしまったことを自覚し、そわつく気持ちが湧き上がる。

しかし、スコールの前にいる恋人はと言えば、何処か満足そうな顔をしている。


「それだけ長く続いている旅館なら、色々と行き届いているのだろう。君と此処に来られて良かった」
「……そう、か……」
「離れならば周囲に人の気配も少ない。静かに過ごすことが出来るだろう」
「……まあ、そうだな」


ウォーリアは、何処までもスコールを満足させることを第一に考えているらしい。
都会から遠く離れた山の中にある温泉は、騒がしい事を嫌う少年にとって、良い保養になると考えていたのかも知れない。

実際、周囲はとても静かで、物音を立てているのは此処にいる二人だけだ。
あとは空調の音と、周囲を囲む山森で過ごしている野鳥の鳴き声くらいのもの。
離れの建物も、各棟が全く独立した距離を持っているお陰で、他の客の気配は全く感じられなかった。


(……それって、つまり……)


ふ、とスコールに、この環境を俯瞰図で見る感覚が浮かぶ。

山奥と言って差し支えない場所に構えられた、旅館の離れ。
隣室などと言うものは、壁向こうどころか、外空間の数十メートル先にあるくらいで、例えば其処に行くまでの道を誰かが歩いていたとしても、大して聞こえては来ないだろう。
昼日中の時分でさえこうも静かなのだから、夜ともなれば尚更だ。
夕食の時間になれば、中居が食事を運んで来るとは思うが、それも一時の事である。
まるで世界から切り離されたような場所だ。

そんな場所に、今日明日と、スコールは過ごすのだ───恋人と二人きりで。


「……!!」


ぶわ、とスコールの全身の血が沸騰した。
唐突に赤くなったと自覚のある顔を、ウォーリアの目が捉えて、ことりと首を傾げる。


「スコール?どうかしたのか」
「い、や……なん、でもない……っ」


心配そうに声をかけるウォーリアに、スコールは分かりやすく顔を反らしながら、なんとか言った。

しかし、言葉でそうは言っていても、思春期の少年の頭の中は目まぐるしい。
ウォーリアとは良い仲であるからして、この状況がスコールにとって、意識せざるを得ない環境なのは無理もなかった。
どくどくと早鐘を打つ心臓を、黙るように叱るものの、脳裏に浮かぶ情景がそれを受け付けなかった。
寧ろ、頭からそれを追い出そうとすればする程、反ってイメージは鮮明になってしまう。

座卓の向こうに座っていたウォーリアが、すくりと立ち上がるのを見て、は、とスコールは我に帰る。


(何を考えているんだ、俺は。ウォルは別に、そう言うつもりで此処に来たんじゃないだろう)


見た目からして堅物なウォーリアだ。
性格についても、真面目一辺倒に加えて、妙な所で朴念仁であった。
お陰でスコールは色々と振り回されることもあったし、頑なな彼の態度に耐えかねて、幼い子供のような我儘で彼を困らせた事もある。
それ位に擦れ違いが少なくなかった経験から、この温泉地への誘いについても、決して邪なものが彼の内にないことは、スコールの想像に難くなかった。

と、ぐるぐると頭を巡らせていると、すとん、と隣に座る気配。
見れば、勿論のこと、恋人の端正に整った顔が、すぐ其処にあった。


「────!」


どうやっても意識することを辞められない内に、至近距離で見てしまった恋人の顔。
彼はただ隣に座っているだけだが、それでも今のスコールにとって、その貌そのものが大層な刺激となるものであった。

息を詰まらせて顔を赤くするスコールだったが、ことはそれだけで終わらなかった。
知らず膝の上で握っていたスコールの手に、ウォーリアの手が重ねられる。
しっかりとした節のある、大人の手のひらの感触に、初心な心臓が飛び出さんばかりに跳ねる。


「……ウォ、ル?」
「ああ」


微かに震える舌で名前を呼べば、柔く緩んだ瞳が至近距離で優しく笑んで、返事をする。

───これは、良いのだろうか。
期待しても、良いのだろうか。
其処から先も望んでも良いのだろうか。

誰に問えば良いか判らないものを、スコールは音にすることは出来ない。
ただ、ゆっくりと近くなって行く瞳を見詰める内に、意を決するようにスコールは口を噤んだ。





1月8日と言うことで、ウォルスコ!
なんだか温泉でしっぽりして欲しいなと思ったので。
温泉らしいシーンは全くないですが、この後ゆっくり過ごしたり、スコールが意識しすぎたりするんだと思う。
でもウォルの方も全くその気がない訳ではない、と良いなぁ。折角の二人きりなので。

[ラグスコ]共に過ごす時間の価値に

  • 2026/01/03 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



一国の大統領、それもクーデターを成功させた経緯を持つともなれば、それは民にとって英雄だ。
当人曰くは、あれよあれよと祀り上げられたと言うものだが、やるだけやって無責任に離れることも、舞い込んできた権力で横暴を振るう事もなく、粛々とエスタの再建と安定に労を費やした。
存外と真面目と言うか、義理堅いと言うか───何にせよ、お陰で科学大国エスタは平和だ。
長らくエスタが人知れず戦い続けた魔女アデルも屠られ、その連なりから未来から来た魔女も斃された。
そして17年ぶりに鎖国体制が解かれ、ほぼ一世代ぶりに、エスタは国際社会へと復帰することとなった。

長い鎖国の間、ラグナは決して強権を振りかざすことなく、民に寄り添っていたと言われている。
その言葉には、表裏含めて各所から思惑も入り混じることであろうが、ともかく、彼の築いた道は概ね善政と言って良いのだろう。
鎖国していた故に、その間の詳細と言うのはスコールの知る由ではない。
それでも、エスタの執政官に限らず、街の人々も、現大統領に対しての印象は好意的なものが多かった。
他に対抗馬となる者が出て来ない、或いは、それを必要としないくらいに、“ラグナ・レウァール大統領”と言う存在は、エスタの人々にとって慕うに値するものなのだ。

そんなラグナの誕生日ともなれば、国を挙げての祭事にでもなりそうなものだが、実の所、当日のエスタと言うのは日常と然程変わりない。
ニューイヤーを越えて間もない内に訪れるその日を知っているのは、ラグナの旧知の人間と、クーデターの際にその中核を成した人物くらいのものらしい。

ラグナの公的プロフィールと言うのは、ごくごく簡素なものしか公表されていない。
エスタ国内のインターネットから大統領官邸のホームページにアクセスすれば、顔写真と共に、大統領に至るまでの経緯が簡潔にまとめられている。
後は、年齢と血液型が添えられている程度で、誕生日などのパーソナルな所は伏せられていた。
ラグナが敢えて言わないのか、周囲が意図して伏せているのかは、これもまたスコールの知る所ではなかった。




諸外国との例に漏れず、一年の始まりとなれば、大統領と言う立場を持つ者もそれなりに忙しい。
エスタ国民と、諸外国と、それぞれに向けたスピーチが衛星電波を使った生放送で行われ、広いエスタの街の各所から訪れた地区代表とも面会を行う。
一年の最初の太陽が顔を出し切る前に始まったラグナの政務は、太陽が二回沈むまで間断なく続いた。
大統領官邸は沢山の執政官が右へ左へと駆け回り、ラグナも次はこっちへ、次はあっちへ、と移動が続く。
その傍らには、エスタのニューイヤーセレモニーに際して警備の派遣を請け負った、スコールを始めとしたSeeDの面々の姿もあった。

二日間の怒涛のスケジュールを終えて、ラグナの政務が終わる。
それに合わせて、彼の身辺警護を請け負っていたSeeDも、任務終了となった。
大統領官邸の中が、セレモニーの跡片付けと、明日以降の準備をしているのを横目に、SeeDは解散する。
年始から任務に就いたSeeD達は、この解散を持って休息が宛がわれ、余程の緊急任務でも発生しない限りは、帰省するもエスタで遊楽するも自由だ。
それは指揮官であるスコールも同様で、立場上、バラムガーデンとの通信を行う端末は手放せないものの、短いながら休暇を与えられたのだった。

そんな訳で、スコールはエスタ国内の閑静な住宅街に据えられた、ラグナの私邸に来ている。
昨日、政務が終わったラグナから「明日休みになるんなら、うちで過ごさないか?」と誘われて、疲れもあってエアステーションに向かう気もせず、甘える形で泊まる事にしたのだ。
寝て起きたら帰ろう、と言うつもりもあったが────


「お、起きたな。朝飯できてるぞ~」


朝起きてみると、ラグナが朝食を作ってスコールの起床を待っていた。

ミルクから温かな湯気が立ち上っているのを見たスコールは、ラグナの促す声に誘われる形で、食卓の席に着く。
皿の上には目玉焼きとソーセージ、サラダとパンが並べられ、その横にシリアルヨーグルトが添えられている。
年始からの仕事となる為、年明け前にエスタに入国し、そのまま警備の打ち合わせと準備に入ったスコールだから、こうした食事らしい食事が並んだのを見るのは、三日ぶりになる。
それをじっと見つめていると、向かい合って座ったラグナが先に「いただきまーす」と言ってパンを千切った。


「うん、美味い」
「……頂きます」


もぐもぐとパンを食べるラグナを見て、スコールもようやくフォークを手に取った。
瑞々しいレタスの葉を口に運べば、しゃきしゃきと良い歯応えがする。

スコールは暖かいミルクを口に運んで、体内が温もるのを感じながら、ああ、と気付く。


(……別に、急いで帰らなくても良いのか……)


休みは今日を含めて二日分。
エスタからバラムまでは遠いが、エスタ開国後に運航が始まった飛空艇が、エスタとF.H.を繋いでいる。
そしてF.H.からはバラム行の船が定期便として運航開始した為、半日弱の時間があれば、バラムに帰ることが出来るのだ。

とは言え、任務もないのにエスタにいても、スコールにはやる事がない。
暇な時間に観光でも、とアクティブになるのも、彼の性格上、少々腰の重いことであった。

やっぱり昼くらいには帰るか───と、そう考えていた時。


「な、スコール。今日ってヒマか?」


ソーセージを齧りながら言ったラグナに、スコールは「まあ……」と答える。


「何か連絡でもない限りは、特には何も」
「何処か行く予定があるとかは」
「特にない」
「じゃあ、今日一日は空いてるんだな」


ラグナの言葉に、スコールは頷く。
するとラグナは、「じゃあさ」と言って、


「今日は一日、俺に付き合って貰って良いか?今日は俺、一日まるっと休みだからさ」
「……休みなのか」
「うん。俺、今日が誕生日だから。毎年この日は、キロスたちが休めるように調整してくれてるんだ」


食後のコーヒーを淹れようと席を立ちながら、ラグナは言った。
その中に、初めて聞く事実を聞いて、スコールは微かに目を瞠る。


「誕生日?あんたの?」
「ああ」


元々、エスタに来る以前から、既知の三人の間で、誰かの誕生日を祝うのは通例になっていたと言う。
軍属の頃なら、休暇を取り、街に飲みに繰り出すのが主だった。
エスタに来てからも、街の治安が落ち着いた頃からそうしていたが、ラグナの立場もあり、加齢もあり、外に出かける機会は減っていった。
代わりに誰かの自宅で祝杯するのが定着しているのだが、今年はラグナ以外の休みを取ることが出来なかった。
エスタが開国したことで、各機関に様々な調整と人員が必要になり、大統領側近の位置にいるキロスとウォードも、この手に加わる必要があったのだ。
ラグナの休みだけは、大統領官邸勤めの執政官には判っていた事だから確保できたと言う。
旧友たち曰く、「この休みを誕生祝と思ってくれ」とのこと。
だからラグナは、今日一日は───スコール同様、火急の報せでもない限り───のんびりと過ごすことが出来るのだ。

キッチンでコーヒー豆を挽いているラグナを見ながら、聞いてない、とスコールは思った。
それも当然なことで、二人の間で誕生日なんてものが話題になった事はない。
だからスコールもラグナも、お互いの誕生日と言うものを知らないのは無理もないことなのだが、


「………」


湧いて出て来た事実に、スコールは片眉を潜めた。
空になった皿の横に頬杖をついて、顰めた表情を浮かべているスコールに、両手にコーヒーカップを持ったラグナが気付く。


「どした?」
「いや……」


別に、と言いかけて、スコールは口を噤む。
そんなスコールの前に、煎れたてのコーヒーが置かれた。

スコールは香ばしい豆の薫りを漂わせるそれを見詰めながら、向かい側に座り直しているラグナに言った。


「……知らなかった」
「はは、そうだろうな。俺も言ってなかったし」
「……何も用意してない」
「用意?あー、誕生日プレゼントか。良いよ、そんな。お前、そう言う暇も早々ないだろうしさ」
「……」
「昨日一昨日の仕事でお前がこっちに来てたから、こうして顔合わせてられるけど、そうじゃなかったら顔見ることも出来なかったんだろうし」


ラグナの言うことは尤もだ。
エスタがバラムガーデンに警備の依頼を出し、その依頼にスコールの派遣が叶ったのも、偶々と言えばそうだ。
今日がラグナの誕生日であることを知っていたとしても、スコールに別の任務が入っていれば其方に行っただろうし、何もなければバラムで普通の年越し三日目を過ごしていたに違いない。
スコールは年末も任務であちこち行ったし、ラグナは政務の外遊で中々腰を落ち着けられない。
スコールがラグナへの誕生日プレゼントなんてものを用意する暇など、簡単に取る事も出来ない。


「お前はお仕事でこっちに来てくれたとこだけどさ。こうやって休みが取れたから、うちに泊まってくれたし。朝からお前の顔が見れたからさ、いいプレゼントだよ」


コーヒーを傾けながら言うラグナに、スコールはそれなら良いのだろうか、と微かに首を傾ける。
祝いをされる本人が、これで良いと言うのなら、そうなのかも知れない。
しかし、どうにも納得の行かない気分で、スコールは眉間の皺を深めたまま、コーヒーに口をつけた。

まるで渋いものを飲んでいるような顔をしているスコールに、ラグナがくつりと笑う。


「ま、そんな訳でさ。今日一日、俺がのんびり過ごすのに、お前も付き合ってくれたら嬉しいなって思ってさ」
「……そんな事で良いのか」
「そんなって事はないよ。こういうことって中々出来ないもんだろ?俺たちは」


ラグナの言う通り、彼もスコールも、忙しい日々を送っている。
たった一日の休みを取るのも難しいのだから、二人揃っての休みが重なる事など滅多にない。
仮に運良く休みが重なったとしても、エスタとバラムガーデンと言う、物理的距離で大きく隔たれた環境なのだ。
モニター越しに十分も話をすれば長い方、と言うことを思えば、直にこうして相対する時間に恵まれたのは、ラグナにとって十分誕生日プレゼントに等しいものだった。

しかしスコールの方はと言えば、どうにも腑に落ちないものがある。

知らなかったから何も用意することが出来なかった、と言うのは最早仕方のないことだが、かと言って、ただ此処にいるだけで十分とするのも聊か収まりが悪い。
それは単純にスコールの気持ちの問題だったのだが、誕生日と言えば特別な日なのだと言うことは、霞んだ記憶の向こうの経験が齎す感覚なのだろうか。
もう少し何か───と言う気持ちが萎れなくて、スコールの眉間の皺が解けなかった。


「………」
「イヤか?」


黙したままのスコールに、ラグナが眉尻を下げて苦笑して言う。
スコールは小さく首を横に振った。


「……そうは言ってない」
「そっか。じゃあ良かった。あ、でも本当に無理はしなくて良いんだぜ。別に俺に四六時中くっついてなくても大丈夫だし。お前も休みなんだからさ、好きに過ごせば良いぞ」
「それも、別に……」


好きにと言われても、特段、やりたいことがある訳でも───そう言いかけてから、スコールは一度口を噤む。
半端に途切れた台詞に、ラグナはスコールが考え事をしていることに気付いた。
手許のコーヒーカップをのんびりと傾け、スコールがもう一度口を開くのを待つこと、しばし。


「……あんた、街に出るのは良いのか?出ない方が良いのか」


ラグナは大統領としてエスタの人々に顔を知られている。
多くの国民からも慕われているから、誕生日なんて日に外出したら、出先であっと言う間に囲まれそうだ。
それが嫌なら外には出ない方が良いだろう、とスコールは思ったのだが、


「どっちでも良いぞ。何処か行くか?」
「……少し買い物がしたい。良いのがあるか判らないけど」
「じゃあショッピングモールだな。そうだ、ついでに昼飯も食って帰ろう。こう言う時だけの限定メニューを出してる店ってのもあるらしいんだ。行った事はないんだけどさ」


ラグナの言葉に、行った事がないのか、とスコールは意外な気持ちで呟いた。
それを聞き留めたラグナからは、今までは友人たちとうちで飲んでたから、と言う。

ラグナたちが異国の地で初めて年を越した時は、まだクーデターの予後が不安定だった。
年明けは勿論のこと、直ぐに迎えるラグナの誕生日も、堂々と祝える程の余裕もない。
様々な処理に追われる中、ほんの一瞬、貰った酒を注ぎ合って飲んだ。
その時の何とも言えない───けれども決して悪くない───一時が、その後も暗黙の了解のように続き、以来、三人の誕生日は旧友たちだけで静かに過ごすのが定着したのだと言う。

年に三回、それぞれの誕生日に行われるそんな時間は、居心地の良いものだった。
けれども、どうしてもそれに執着せねばならない程、三人ともこだわりを持っている訳ではない。
それぞれがそれぞれに、新しい過ごし方を迎える日が来れば、おのずとその日の過ごし方と言うのは変わっていくのだろう、と誰もが思っていた。
今年が丁度、その節目になったのだ。

食器を全て片付けると、早速、ショッピングモールへと出掛けることにした。
上着を羽織って玄関を出ると、冷たい空気が二人の頬を撫でる。


「じゃ、行くか。お前は買い物がしたいんだよな。何を買うんだ?」


ラグナの無邪気な問いに、スコールはしばし考えた後、「……さあな」と肩を竦める。
何が買いたいか───否、何を買えば良いのか、なんてことは、スコールにはまだ判らない。
目の前にいる、今日と言う日の主役が喜ぶようなものが何かなんて、予想もできないのだ。

取り合えず、何か見付かれば良いんだが、と思うスコールの横顔を、翠の瞳は柔い光を持って見つめていた。





1月3日、ラグナ誕生日おめでとう!と言うことで。

キロスとウォードが、ラグナの誕生日は休める時間は確保して、スコールが仕事明けで休みになると言う話をキャッチして、気を回したんだと思います。
ラグナは誕生日の朝をスコールと一緒に迎えて、嫌がられなかったら一日一緒にいれたら良いなーと言う気持ち。
プレゼントもスコールが無理に探す必要はないと思ってるんだけど、何かしなきゃ、と思ってるスコールの様子が可愛いなあと思っています。

[サイスコ]荷台に揺られて

  • 2025/12/22 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



サイファーにとっての任務と言うのは、半強制的なものである。
と言うのも、先達ての魔女戦争の経緯から、“戦犯”の肩書がついて回っているのだから仕方がない。

本来ならば投獄どころか処刑されても当然な所を、未成年であることを理由に、スコールを始めとした幼馴染の面々の尽力により、“更生期間”としての執行猶予をもぎ取った。
バラムガーデンは二十歳まで在籍することが可能で、サイファーも其処に籍を置いたまま───と言うより、学園長であるシドがその除籍に判を押していない───である。
そして何より、“魔女戦争の英雄”を擁した、“魔女戦争終結の立役者”たるバラムガーデンの意向を、周辺諸国も無視は出来なかった為、こうした措置となった。
このことについて、身内に甘いと思われるだろう、とサイファーは顔を顰めているのだが、とは言え、最終的には彼自身もその意向に従わざるを得なかった。
連れ戻される直前、最終的な意思決定として、スコールと派手にやりあった末、遺憾ながら先に膝をついたと言うことも加味して。

それからサイファーは、バラムガーデンに在籍している間に、SeeD資格を取得するか、相応の“罪滅ぼし”をすることを義務付けられている。
この為、折々にSeeDの派遣任務に従軍することを命じられるのだ。
これにより、サイファーの行いは社会奉仕活動として扱われ、一定の───その天井が幾らなのかは知らないが───ポイントを蓄積することで、最後に更生の是非を判断される。
そう言う条件で、スコールたちはサイファーをバラムガーデンに連れ帰ることを、主にガルバディアを筆頭として諸国に認めさせたのである。

現在、サイファーは監視付きの執行猶予中である。
その割に、存外と自由な生活を許されているのは、幼馴染の面々が総じて身内に甘いきらいがあるのは勿論だが、下手な拘束をした所で無意味かつ逆効果であると判っているからだろう。
閉じ込めれば反って蹴り開ける性分であると理解しているから、「何かあったら力付くで止める」と言う手段を前提として、好きにさせている状態だ。
流石に嘗ての風紀委員活動は許されなかったが、元よりサイファーはその気質でバラムガーデンの有名人である。
鎖に繋がれた状態の今でも、多くのガーデンの生徒にとっては当たらず触らずが無難な所なので、一応、無暗な衝突は避けられている。

そう言う訳で、立場の割りに自由なガーデン生活をしているサイファーだが、任務に関してはそうではない。
社会奉仕活動としてのポイントを稼がなくてはいけないので、基本的に拒否権がなかった。
サイファーがこのポイント稼ぎに躍起になる気はないのだが、これをきちんとクリアしないと、スコール達にとってはサイファーを連れ戻した意味がない。
指揮官直々に据えた目で「命令だ」と言われれば、サイファーは従うことしか許されなのだ。


「────だからって、よりによってこんな日に任務を入れるかよ」


悪路にゴトゴトと揺れる車の中で、サイファーは毒づかずにいられなかった。
剥き出しの鉄板で設えられた簡素な腰掛から響いて来る振動の鬱陶しいこと。
慣れた感触ではあるが、せめてもう少し福利厚生を考えて欲しい、と思うのは、決してサイファーだけの願いではない。

その向かい側で、同じく此方も簡素な腰掛に座っているのは、スコールだ。
蒼灰色は、苦々しい表情を浮かべるサイファーを見る事もなく、閉じ切った後部の扉を見ている。
眉間の皺がじわじわと深くなっているので、サイファーの不機嫌の言葉はしっかり聞こえているのだろう。
逃げ場のないこの環境で始まった愚痴を聞かされなければならない事に、面倒に思っているのが表情から見て取れた。


「……」
「何が悲しくて、こんな殺風景な所に閉じ込められなきゃならねえんだ」
「……」
「“戦犯”だって、日々真面目に過ごしてるんだぜ。少しは今日って日を堪能させてくれよ」


うんざりとした表情で、サイファーは組んだ足に頬杖をついて言う。
それをスコールは、胡乱な瞳を浮かべたまま、開かない後部扉を見詰めて聞いていた。

揺れる車は、現在、ガルバディア大陸のヘスペリデス平原を横断している。
人里からも離れたこの場所は、舗装された道路の類もない為、必然、悪路を行くしかなかった。
目的はこの平原を越えた先にある、ホールグローリー岬で出現観測された、月の魔物退治である。

“月の涙”によってこの星に降り立った魔物たちは、総じて原生生物よりも狂暴でしぶとく、危険である為、各地の軍隊や防衛機構で対処に当たっているが、それが届き切らない所も多々ある。
ホールグローリー岬も、最寄りのドールからも遠い事から、縮小傾向にあるドールの国軍では対処の手を伸ばすことが難しかった。
人里から離れているのは幸運だが、放っておけば生態系が崩れかねないこと、狂暴な月の魔物から逃げた他の生物が人里に近付いて来る危険性がある為、早期の解決をと望んだドール議会から、バラムガーデンに依頼が寄越された。
月の魔物が相手となれば、SeeDとしても出せる人材には限りがある。
都合が取れたのがまずサイファーで、次にその監視役としてスコールが同行することになった。
サイファーにしてみれば、半端に名も知らないSeeDを監視に宛がわれるよりは楽なことだが、今回、彼が不機嫌になっているのは、人選に関する所ではない。


「誕生日だってのに、色気もへったくれもねえ。折角色々と計画してたってのに」


サイファーの顰め面が解かれないのは、この為だ。

聖夜も近付く12月22日────今日はサイファーの誕生日だ。
無論、個人の誕生日に任務の割り振りが考慮される訳もないのだが、正SeeDならば其処を狙って休暇申請をすることが出来る。
しかし、基本的に監視付きの更生期間と言う状態のサイファーは、任務をつけたと言われれば、行かなくてはならない。
休暇申請なんてものを出せる立場でもないので、いつなりと出動しなくてはならない訳だ。

それはサイファーも判っているのだが、判っているから、目の前の男が考慮するべきだろうと思う。
SeeDの指揮官であり、サイファーの監視役であり、恋人である、スコールが。

じっと睨むサイファーに、スコールも言わんとするものを感じ取っていた。
スコールは胡乱な目をサイファーにちらと向けると、また後部扉へ視線を戻して、はあ、と溜息を吐く。


「依頼内容からして、魔物の特徴がエルノーイルと一致した。あいつは早目に対処しないと、後が厄介だ。緊急性の高い依頼だと判断したから、あんたに振った。空いていたから」
「空けてくれてるもんだと思ってたぜ。まさか当日の朝っぱらに撤回されるとは思わなかった」
「仕方がないだろ。あんたしか暇なのがいなかったんだ」
「暇じゃねえよ。やる事は山積みだったんだ」


苦々しく言うサイファーに、スコールはまた溜息を吐く。


「俺だって本当は出る予定なんかなかった。あんたのお陰で、こんな所まで来なきゃいけない」


言いながらスコールは、この車を運転しているSeeDも、ひょっとしたら休みだったのかも知れない、と思う。
体力の浪費を避ける為、運転係として出向する羽目になったSeeDにも、少なからず同情はある。
だが、任務は任務、派遣命令が出ればSeeDはそれに従わなくてはならない。
それは指揮官であるスコールも同じで、なんなら、人手不足と人材不足を埋める為、スコールの休みなど返上されるのが常である。
だからサイファーの苛立ちも理解はできるが、それでも仕事は仕事として熟さねばならないのだ。

恨むなら依頼人か、その依頼を出す原因となった魔物を恨め。
スコールはそう言って、何度目になるか、物言わぬ後部扉を睨む。

そしてサイファーも、この場でスコールにどんな愚痴や恨み小言を零したとて、意味がないことは判っている。
判っているが、それでもサイファーは言わずにいられなかった。
今日と言う日の為、着々と用意して来た何もかもが、すっかり吹き飛んでしまったのだから、憎まれ口も出ようと言うものだ。


「この調子だと、年末なんてモンもないんだろうな」
「……」
「苦労して取った予約だったのに。良い店なんだぜ。行った事ねえけど」
「……」
「バラムホテルの傍にある、洒落たレストランだ。景色が良いんだと。まあ、海なんて幾らでも見てるけどな」


確かに、バラム島で暮らす人々にとって、海は身近にあるものだ。
それでも、毎日何気なく見ている風景でも、洗練された洒落た店の中で腰を落ち着ければ、何か違う印象があるのかも知れない。
スコールからすれば、海は海だろ、と思うものだが、ロマンチストのサイファーには違うものなのだろう。


「……また時間が空いた時に予約したら良いだろ」


止まりそうにない愚痴に飽き飽きして、スコールはそう言った。
しかしサイファーは、判ってねえ、と苦虫を潰す。


「人気のレストランだ。早々予約が取れる訳じゃねえんだよ。オマケに、今日を過ぎりゃ、後はクリスマスシーズンだ。今更取れやしねえ」
「……そんなのもあったか」


確かに、クリスマスともなれば、洒落たレストランやホテルはとっくに埋まっているだろう。
特別な日を、特別な人と過ごせるように、誰もがその席を奪い合う。
スコール自身はそうした事にまったく無頓着だったが、世の中の人間は、存外と祝祭に敏感なのである。

そんなスコールの様子に、判ってたけどな、とサイファーは胡乱に目を細め、


「お前がそんな調子だから、俺が用意してやろうと思ったんだぜ」
「……頼んでない」
「そりゃそうだ。お前がムード作りを考える余裕なんて、ある訳ねえからな」
「……」


サイファーの言いように、それはそれで腹が立つ、とスコール思う。
反面、サイファーの言う通りであると、スコール自身も自覚していた。

唇を尖らせるスコールに、サイファーも多少は溜飲が下がって来たか、微かに口角を上げて、スコールの顔を見つめている。
スコールの方も、そんなサイファーを面倒な表情で見返して、


「……埋め合わせなら考えてやる」
「いつだ?」
「そんな事まで保証できるか」


お互いに、予定が幾らでもひっくり返る日々なのだ。
サイファーは勿論のこと、指揮官であるスコールも、休暇申請を出した所で、通るとは限らない。
通った所で、前日当日になって緊急任務が入るのも、然して珍しい話ではないのだから。

それでも、一応、スコールも考えていない訳ではないのだ。
“今日”と言う日の特別性と言うものを───その為に用意したものがあることも。


「……取り合えず、帰ったら」
「一晩はくれるのか?」
「……判ってるだろ」


それが精一杯の時間の譲歩であることを、スコールは眉間に深い皺を寄せて言った。
不機嫌な顔を作っているのに、頬が熱い気がして仕方がない。
出来るだけそれを悟られまいとした所で、目の前にいる男には、碌に効果もなかった。

サイファーは寄り掛かっていた背中を起こして、揺れる車の中で腰を上げた。
向かい合って座っていたスコールに近付いて、徐にスコールの前髪を撫で挙げる。
スコールは片目を細めながら、なんだよ、と言う表情でサイファーを見上げた。


「埋め合わせをくれるのは嬉しいけどよ。今日の分くらい、ちょっとは貰えるモンはないのか?」
「任務に出るのに、余計なものを持ってくる訳ないだろう」
「物じゃなくても、あるだろ?」


口角を上げるサイファーの言わんとしていることに、スコールは奥歯を噛んで睨む。
見下ろす翠の瞳には、赤らんだ顔をした少年が映っていた。

スコールは苦々しい表情を隠しもせず、そろりと右手を持ち上げた。
ちらと見遣る視線は、運転席の方に向けられていたが、其処は小窓があるものの、カーテンを綴じているので運転席が此方を覗くことはない。
それが開けられないように祈りながら、スコールはサイファーの頬に手を添えて、直ぐ其処にある厚みのある唇に、微かに触れるだけのキスをした。


「……誕生日」
「おう」
「……おめでとう」
「ああ」


揺れる車体の音に消え切らない程度の小さな声で囁けば、サイファーは満足そうに笑った。
スコールの額の傷に唇が落ちて、持ち上げていた前髪が戻される。

そのままサイファーは元の席に戻るかと思いきや、スコールの隣に落ち着いた。
距離の近さにスコールは眉根を寄せたが、振り払う程の理由もない。
はあ、と今日何度目かの溜息を吐いて、スコールは隣の恋人の好きにさせてやることにした。





サイファー誕生日おめでとう、と言うことでサイスコ。
何回に一回は書きたくなる、色気のない所で迎える誕生日のネタ。

車の中だし、移動中だし、運転席に人がいるしと言うことで、これ以上はお預け。
任務が終わって帰ったら、思う存分しっぽりしたら良いと思います。
任務帰りとお預けの後なので、中々お熱い夜になるんじゃないだろうか。そのままクリスマス迎えそう。

[ヴァンスコ]風の彼方へ

  • 2025/12/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



歪の中に巣食っていたイミテーションは、それ程練度の高いものではなかった。
数こそ多かったものの、連携を取る訳でもなく、個々が近い位置にいる敵を狙って散発的な攻撃を行う。
視覚情報に頼るものばかりであったこともあり、それらを一所に誘導するのは難しくなかった。
スコールが魔法連弾やフェイテッドサークルの爆発を利用して注意を引き、広いようで狭い、劇場艇プリマビスタのステージ中央へと誘う。
そしてステージ奥の高場にいるヴァンが広範囲を巻き込む風魔法を放てば、一網打尽にすることができた。

重なり散らばっていたイミテーションの破片は、それを全て倒した頃、吹き抜ける風に浚われるように消えていく。
後に残ったのは、戦いの痕跡として、壁や床が剥ぎ折れたり、焦げたりしている程度だ。
これも時間が経てば、いつの間にか元通りになっている。

敵の気配がなくなったことを確認して、スコールは構えていたガンブレードを下ろした。
高場に昇っていたヴァンが飛び降りて、スコールの下へとやって来る。


「終わったか?」
「恐らくな」


周囲を注意深く確認しながら、スコールは一応に頷いた。

この空間は、イミテーションこそ多くいたものの、空間としては安定しているようだ。
周囲を映す景色は、晴れた青空を行くかのように青く澄み、遠くには千切れた雲が通り抜けていくのが見える。
最も、景色がそう見えているからと言って、その雲のある向こう側まで飛んでいくことは出来ず、見えないデジョンウォールに阻まれて戻されてしまうものなのだが。

歪の出口は、とスコールは首を巡らせて、ステージの上手側の奥を見た。
入って来た時には、其処に侵入口があったのだが、どうやら戦っている間に其処は閉じてしまったらしい。
ヴァンも同じようにそれを見て、唇を尖らせた。


「出口、閉じちゃったのか」
「……そのようだな」
「じゃあ探さなきゃ。でも、この辺にはなさそうだよなぁ」


ヴァンはきょろきょろと辺りを見回すが、景色の中に渦のように浮かぶ歪みは見付からない。
見渡す分には決して広くはない空間だから、目を細めて凝らさねばならない程のものでもなかった。


「中かな?」


そう言ったヴァンの視線は、ステージの中央奥───高場の足下の壁に設けられた扉に向けられている。

どこかの城の一画を切り抜いたような、実寸的サイズを思えば聊か小ぶりに見える扉は、如何にも重厚そうな見た目をしている。
扉は両開きのようだが、中心はぴったりと閉じている上、人の腕ほどの太さのある木材が閂錠にされている。
木材を外せば扉を開けることが出来るだろう、とヴァンは早速その木材に手をかけたが、


「ん?」
「……」
「んん~~~っ……!」


ヴァンは閂錠に両手を添えて、うんうんとうなる。
踏ん張ったり力んだりと手を変え品を変えとしているが、木材はまるで扉の一部であるかのように動かない。

ヴァンはしばらく奮闘していたが、びくともしない閂錠に、比較的あっさりと諦めた。


「駄目だ、開かない。もともと開かない感じっぽい」
「……見た目だけのハリボテなんじゃないか。“劇場艇”らしいからな。演劇の為の背景なんだろう」
「あー、そっか。ジタンがそんなこと言ってたっけ」


スコールの言葉に、ヴァンはこの劇場艇を良く知っていると言う、ジタンの話を思い出す。

この劇場艇プリマビスタは、ジタンが身を置く盗賊団の移動拠点であると言う。
それと同時に、一団は表向きには劇団として活動していることもあり、国や街の催事の折には、劇や芸を見せる為、そのステージとして飛空艇が活用されるそうだ。
それを思うと、ハリボテであっても、扉ならば演出として人物の出入りの為の機能がありそうなものだが、此処にあるのはあくまで世界の断片だ。
壁も扉も、見た目ばかりが元の形に則っているだけ、と言うのは珍しくなかった。

しかしそうなると、探せる場所がない。
どうしたものか、と首を捻るヴァンを横目に、スコールはもう一つ、此方はもっと地味な色味の扉があるのを思い出した。


「……」
「あ。そっか、そっちもあるんだ」


ステージには、中央の扉から少し離れて下手側に、小さな黒い扉が設けられている。
背景として目立たないようにか、濃い茶色で塗り潰されているそれには、ドアノブも何もなかったが、よくよく見ると僅かに隙間が開いている。
スコールがそのドアの端をそろりと掴み、手前へと引いてみると、ドアは静かに口を開けた。

開いた、と言って駆け寄ってきたヴァンが、ドアの奥を覗き込む。
何が起きるか判らない、と警戒しようとしていたスコールにしてみれば、随分と迂闊な行為だ。


「おい、安全確認もせずに入るな。何がいるか判らないんだぞ」
「大丈夫だよ。変な気配もないし」


咎めるスコールだが、ヴァンは楽観的であった。
実際、何事もなく細く狭い通路が伸びているのを見て、「ほら、なんともない」とヴァンは言う。

ドアの向こうからは、うぉんうぉんうぉん、と言う音が聞こえている。
スコールがドアを大きく開いてみると、外からの光が中へと差し込んで、幾つもの歯車が縦に横にと噛み合って動いているのが見えた。
おお、とヴァンが目を丸くしながら、歯車が犇めき合う壁に近付く。


「機関部かな?」
「……どうだろうな」


ステージとして開いている場所のすぐ内側に、飛空艇の心臓でもある、機関部が隣接するものだろうか。
そもそも、この歪に作られた空間が、本物と全く同じと言う訳でもないだろう。
それを考えると、今目の前に見ている機関部───らしきもの───が、“劇場艇プリマビスタ”を支えているものかも、判らないことだ。

スコールが辺りを見回すと、歯車がかみ合う隙間を滑るように、細い道が伸びている。
取り合えず、ステージに歪の出口はなかったし、こうして進める空間があるのなら、この先に出口が出来ているかも知れない。
一先ずは散策してみるしかない、とスコールは道沿いに進んでみることにした。

このプリマビスタと言う飛空艇が、実際にはどれ位の大きさを持っているのか、スコールは知らない。
ジタンが言うには、10人以上の団員が日々の生活をしつつ、移動することが出来る程度の広さはあると言うが、彼の世界とスコールの世界では生活様式と言うものも違う為、いまいち判然とはしなかった。
噛み合う歯車と、聞こえる駆動音からして、スコールが知る“飛空艇”とも、随分と造りが違う。
歯車やプロペラが幾つも噛み合い、水蒸気を噴くパイプが多く伸びているのを見ると、なんとなく、随分とアナログだな、と思った。

そしてスコールの後ろをついて歩くように進むヴァンも同じ印象を持ったようで、


「なんて言うか、随分古い感じの作りだな」
「……ジタンの世界じゃ、機械はこう言うものなんだろう」
「そっか。スコールの世界の飛空艇はどんな感じだ?これと似てる?」
「似てはいない」


ヴァンの問いに応えたスコールだが、自身は飛空艇には然程詳しくはない。
しかし、少なくともこういう作りしていなかった、と思う。

見えている光景は、壁は木材の上に鉄板が打ち付けてあるが、スコールが知っている乗り物と言うのは、基本的に耐熱や耐衝撃の他、耐腐にも優れた合金製であった筈だ。
構造の技術の根幹は恐らく似ているのだろうが、歯車も重い鉄ではなかった筈だし、何にせよ、金属類の軽量化と耐久性が、科学技術と共に発達していた。
木材や鉄材を主にした乗り物なんてものは、そのレトロさをコンセプトにして、わざわざ金をかけて作るような、鑑賞目的でもなければ用のないものだったと言えるだろう。

ヴァンは蒸気を零しているパイプをしげしげと見上げた。


「俺が知ってるのとも違うし。燃料って何なのかな」
「さあな」
「スコールの世界の飛空艇は何だった?」
「……知らない。車ならガソリンだったと思うが。蒸気機関は……そうメジャーに使われてるものじゃない」


技術としてはそれもあった筈だ、とスコールは思う。
ただ、それよりも、電気や油の方が燃料としての需要は大きかったのではないだろうか。

ヴァンは壁を走るパイプに取り付けられた計器を眺め、


「面白いな。色んな飛空艇が色んな世界にあるんだ」
「……そうらしいな」
「見てみたい。スコールも、面白い飛空艇とか、見てみたくないか?」
「別に」


何処か浮足立ったヴァンの声に、スコールはにべもなく言った。

どうやらヴァンは“飛空艇”に並々ならぬ思い入れがあるようだが、生憎とスコールにとってはそうではない。
あれば便利だろうと思うし、徒歩以外の移動手段がないこの世界で過ごしていれば、尚更その利便性は輝く。
だが、ないものねだりをしてもどうしようもないし、異世界の乗り物など、想い馳せても乗れる訳もない。
そもそも飛空艇に限らず、乗り物の類に入れ込むような執着もないので、この話題自体がスコールにとってはどうでも良いものだった。

そんなスコールの素っ気ない反応でも、ヴァンは気を悪くした様子はない。


「俺、いつか自分の飛空艇が欲しいんだ」
(飛空艇なんてもの、個人で所有できるものだったか?)
「こんなに大きくなくて良いから、すごく早く飛べて、何処まででも飛んでいけるみたいにさ」
(規模にもよるか?いや、世界の技術力がどれ位それを現実化してるか、か……?)
「いや、欲しかった、のかな?なんかそんな気がする」


ヴァンの最後の言葉は、話しかけていると言うよりも、独り言めいていた。

後を追う足音が停まった気配がして、後ろを振り返ってみると、ヴァンは歯車だらけの壁をじっと見上げている。
噛み合う歯車なんてものを見て、何が面白いのか、スコールには判らない。
しかし、壁を見つめるヴァンの瞳は、どこか楽しそうに輝いて見えた。

そうして二人が立ち止まっていたのは、それ程長い時間ではなかった。
満足したのか、ヴァンが前を向き直った所で、その姿を見つめていたスコールと目が合う。


「ん?どうした?」


首を傾げるヴァンに、スコールは「……別に」と進行方向に向き直る。
変わらぬ歩調で歩き出すと、後ろからはたったっと言う軽い足音がして、隣に並んだ。


「スコールは、飛空艇には乗った事あるのか?」
「……さあな」


訊ねるヴァンに、スコールは曖昧に言った。

乗ったことがあるような気もするし、飛空艇と言うものがどんな代物かも知ってはいるが、しかし余り身近なものではなかったような気がする。
となると、乗ったことがあると思うのは、どういう経緯のものだったのか。
スコールの元の世界の記憶と言うのは、どうにも霞がかった所が多いから、はっきりとはしなかった。

スコールの反応を、ヴァンは飛空艇に乗ったことがない、或いは思い出せない、と受け取ったのだろう。
じゃあさ、と言ってヴァンはスコールの顔を覗き込む。


「もしスコールが、俺の世界に来れたらさ。乗せてやるよ、飛空艇」
「……いきなり何だ」


この歪から出るにも苦労をするのに、元の世界に戻った時の話など、気が早過ぎる。
その上スコールには、更に異世界へと渡れと言うのか。
余りに突飛な話に眉根を寄せるスコールだが、ヴァンは無邪気な目をして、言った。


「こんな所に来たんだ。どうにかしてその内帰れるし、此処からもっと別の所に行くことだって出来るかも知れないだろ」
(元の世界に帰るその方法が判ってないから、こんな所で神の闘争なんてものに付き合わなきゃいけないんだろ。それなのに、違う世界に渡る話をするのか?)
「飛空艇があれば、ずっと遠い所とか、空の上にある島にも行けるんだ」
(空の上の島?そんなもの……いや、ないと断定するのも……)


ヴァンの言葉は何もかもが荒唐無稽に聞こえたが、それはスコールの常識で考えるからだ。
目の前の少年は、まるで当たり前のことであるかのように話しているし、ヴァンにとっては島が飛ぶのも普通のことなのかも。
それこそとんでもない世界だ、とスコールは思うのだが、この異世界にも、時折そんな世界の断片が現れることがある。
あれは次元が歪んで、本来の状態とは違う形で出現したと思っていたが、強ち、見たままが正解という場所もあるのかも知れない。


「空の上に沢山島が浮かんでるんだ。面白いぞ」
(……そうだろうな。そんな景色、見た事もない)
「俺の飛空艇で連れて行ってやるからさ」
(……あんたの?)
「あれ。俺の?やっぱり俺、持ってるのかなぁ、飛空艇」
「……俺に聞くな」


自分の発言に、自分で首を傾げるヴァンに、スコールは溜息を混じらせるのだった。





12月8日と言うことで、ヴァンスコ。
012の頃だと、スコールはツンツンしているけど、ヴァンがその空気を気にしなさそうな。
ヴァンが悪意や言葉以上の他意を持って接するタイプじゃないので、スコールはその言動にちょっと振り回されつつ、なんとなく無碍にしてない距離感。
ヴァンもなんだかんだでスコールが許してくれるのを感じているから、この距離感で接してるんだと思います。

Pagination

Utility

Calendar

07 2026.08 09
S M T W T F S
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

Entry Search

Archive

Feed