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Category: FF

[バツスコ♀]無自覚テンプテーション

  • 2023/08/08 21:30
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



夏休みとなれば、敏腕アルバイターのバッツは稼ぎ時である。
だから以前は丸ごとをアルバイトに費やしていたのだが、今年のバッツは違った。
スケジュールをアルバイトで黒塗りにしたのは、夏休みの前半だけで、後半はその半分ほどを空けている。
何故なら、この世で誰よりも愛しくて仕方がない恋人が出来たからだ。
彼女との逢瀬の時間を作る為、アルバイトの日取りは例年よりもぐっと減らしつつ、その間に必要となる資金を一気に稼ぐ為に、掛け持ちで夏休み前半を消費する事にした。

それじゃ前半は恋人を放ったらかしにするではないか、と言われそうだが、これもちゃんと相手には了解済みの事だ。
そもそも、恋人は高校生で、直に受験を控えている事もあり、更には父子二人暮らしと言う環境なので、家事全般も引き受けている為、大学二年生のバッツよりも遥かに忙しい日々を送っている。
夏休みは課題も多く出ると言うので、彼女は前半の内にそれを片付けてしまいたいらしい。
真面目だなあ、とよく夏休み終盤の数日で怒涛の片付けに追われるバッツは思ったのだが、手堅い計画は良いことだ。
況してや、「終わらせておけば、後は気兼ねしないで、あんたに逢えると思うから」なんて言われたら、邪魔をするような真似は言えない。
それならばと寂しさを誤魔化す気持ちもあって、がっつりと夏休み後半に向けた軍資金を貯めようと思ったのだ。

かくして始まった夏休みは、恋人に会えない寂しさはあるものの、後の楽しみを糧に充実している。
繁忙期とあって飲食店類は何処も繁盛しており、この時期ならばと臨時のスタッフにも良い金額の給料を出してくれる所が多い。
これならちょっと遠出も出来そうだよなぁ、とあれこれと夢を膨らませながら、バッツは仕事に精を出していた。

今日は大学の友人であるセシルからの誘いで、その兄が経営している喫茶店を手伝っていた。

中性的にも見える弟に比べ、中々に厳めしい顔をしている兄であるが、二人が営むその喫茶店は、静かで洒落た店だと評判が良かった。
普段は昼は兄一人、夕方以降は授業が終わったセシルも加わって回しているそうだが、世が夏休みとなれば来店客も増えるもので、ランチタイムにウェイターを任せられる人が欲しいと頼まれた。
賄いも出すよ、と言われればバッツが飛び付かない訳もなく、喜んで雇って貰ったのであった。

ほぼ毎日、一週間の昼を其処で過ごし、兄手製の賄いにも舌鼓を打った。
オムライスが美味しくて、恋人にも食べさせてやりたいなあ、と思ったほどだ。
夏休みの後半、彼女の時間が空いてデートが出来たら、連れて来ても良いなあ、とプランの一つに組み込んで置く。
そんな日々を送りながら、今日も今日とて賑やかなランチタイムにフロアを忙しく動き回り、ようやく一息つけるかと言う所で、出入口のベルが新たな来店客を報せた。


「いらっしゃいませー……って、ありゃ?」


来店客を迎える挨拶と共にバッツが其方を見ると、見覚えのある少女が立っていた。
少女はきょろきょろと辺りを見回した後、ウェイターとして客を迎えに出るバッツを見て、ほうと安心したように息を吐く。

来訪した少女は、首の後ろに少し背中にかかる位置まで濃茶色の髪を伸ばしている。
同じ長さにした横髪の隙間には、小さなピアスを嵌めた耳が見えていた。
目元に少しかかる長い前髪の隙間からは、宝石のように蒼い瞳が埋め込まれ、それが言葉以上にお喋りであることをバッツはよく知っている。
服装は、夏の盛りとあってか、トップスは薄手のカーディガンを羽織りつつ、ボトムはホットパンツと言う、彼女にしては開放的な衣装。
すらりと伸びた脚の眩しさに思わず目を奪われそうになりながら、バッツはスコールの前に立った。


「スコールじゃん。どうして此処に?」
「……あんたのアルバイト、此処だって。ティーダが言ってたから」
「会いに来てくれた?」
「……別に。どういう店なのかと思っただけだ」


ぷい、とそっぽを向いたスコールに、バッツはくすくすと笑う。

スコールは、バッツの愛しい愛しい恋人だ。
そしてティーダと言うのは、スコールの幼馴染で、バッツは彼女を通して知り合いになった少年。
更に言うと、ティーダはセシルとも知り合いらしく、恐らくそう言う情報網で、バッツがこの夏休みにセシルの店でアルバイトをする事が、スコールの元まで伝わったのだろう。

取り敢えず、店に来てくれたのなら、客である。
バッツは店内を見回して、窓辺の小さなテーブル席が空いているのを見付けた。


「此処しか空いてないけど、良いかな」
「何処でも良い。あんたの邪魔にならなければ」
「邪魔になんてなんないって」


来てくれて嬉しい、とバッツが言うと、スコールの頬が微かに赤くなる。

椅子を引くと、スコールが其処に座った。
テーブルの端に立てていたメニュー表を取り、開いて見せる。


「なんか食べる?飲み物も結構色々あるぞ」
「飲み物と……何か軽いものがあったら食べたい」
「トーストセットが人気があるぞ。コーヒーか紅茶ならセット内、ジュースはちょっと追加な」
「じゃあ、それ。コーヒーで」
「畏まりましたっと」


バッツはズボンの尻ポケットに入れていたメモに注文の品を走り書きした。
お冷持ってくるよ、と言って席を離れ、カウンター向こうの厨房へ向かう。


「トーストセット、コーヒーで」
「ああ」
「バッツ、お冷入れておいたよ。持って行くだろう?」
「サンキュー、セシル」


厨房を預かっているセシルの兄───ゴルベーザは、直ぐに注文品の準備に取り掛かる。
その傍ら、ミネラルウォーターと氷の入ったグラスを、セシルが差し出してくれた。
バッツがそれを受け取ると、セシルはこそりと声を潜め、


「あの子が例の恋人かい?」
「うん。セシルは会うの初めてだったな」
「会いに来てくれるなんて、可愛い子だね」


セシルの言葉に、「だろ?」とバッツも嬉しくなる。
店の詳細を伝えていた訳でもないから、まさか会いに来てくれるなんて思ってもいなかった。
サプライズはおれの方が得意だと思ってたんだけど、等と言いつつ、ついつい頬が緩むのが抑えられない。
そのまま蕩けた顔になりそうなバッツに、セシルはくつくつと笑って、


「客足も落ち着いてきたし、少しゆっくりして良いよ。トーストセットは僕が持って行くから」
「良いのか?ありがとな」


友人の厚意に、バッツは遠慮なく甘えることにした。
グラスを片手にいそいそとテーブルへと向かう。

スコールは、初めて来た店だからか、少し落ち着かない様子で辺りを見回している。
そんな彼女の前に「お待たせしました」とグラスを置き、テーブルを挟んで反対側の席に座る。
当たり前のように腰を落ち着けたバッツに、スコールはぱちりと目を丸くした後、じろりと睨む表情を浮かべた。


「…なんで座ってるんだ、あんた。仕事中だろう」
「そうだけど、今忙しくないからさ。セシルからゆっくりして良いって言って貰ったし」


セシルってあいつな、とバッツはスコールのずっと後ろで、カウンターに立っている友人を示す。
スコールが身を捻って振り返り、此方を見ていたセシルを見付けて、ぺこりと小さく頭を下げた。
藤色の瞳が和やかそうに細められ、形の良い唇が「ごゆっくり」と言ったのが見えると、スコールは恥ずかしそうに頬を赤らめて、体の向きを戻した。

冷を口に運ぶスコールの額からは、じんわりと汗が滲んでいる。
涼しい屋内に入って尚も汗が止まらない様子から、外は今日も相当暑いなとバッツは悟った。
そんな中にインドア派のスコールが外出するのも珍しい事だ。
本当に、わざわざ来てくれたんだなあ、と、気紛れであっても彼女のその行動が嬉しくて、バッツはついつい頬が緩む。

と、その表情は正面に座るスコールにもしっかりと見えていて、


「……何笑ってるんだ」
「いや、へへへ。何でもないよ」
「………」


スコールは訝しげに眉根を寄せたが、言及して来る事はなかった。
セシルが焼き立てのトーストセットを運んで来たからだ。

黄金の焼き色に、熔けたバターをたっぷりと染み込ませたトーストは、シンプルながらこの店の鉄板メニューである。
頂きます、ときちんと食膳の挨拶をしてから、スコールは火傷しないように指先でトーストを摘まむ。
小さな口で、はくり、と耳の部分を噛んで、もぐもぐとよく噛んでいる内に、蒼の瞳が驚いたように見開かれる。
それからは黙々と食べ進めるスコールに、これは気に入ってくれたな、とバッツは確信した。

スコールが食事をしている間、バッツは久しぶりに見た恋人の私服姿を眺める。
普段のスコールは、シャツやスキニーパンツ等を好んで着用する為、肌の露出が少ない。
それが今日は、シンプルながらに爽やかさを感じさせる白の薄手のカーディガンの下には、オフショルダーのトップス。
首回りがすっきりとしているので、いつも身に着けているシルバーのネックレスが、きらりとさり気無く持ち主の魅力を引き立てる。
ボトムはデニムのホットパンツと、足元はストリングサンダルで、やはりいつになく開放的だ。
────それが、「恋人にサプライズで会いに行くなら、可愛い格好していかなきゃ」と彼女を押した親友のコーディネートだと言う事を、バッツは知らない。


(こう言う格好も可愛いなあ。似合ってる)


物珍しさも合わさりながら、バッツは新鮮な気持ちで愛しい少女を見つめていた。
同時に、ふと、この魅力的な少女が一人で街を歩いていたのだと気付き、俄かに不安が浮かんで来る。


(こんなに可愛いんだもんな。ナンパされたりしてないよな?変な奴等に目をつけられたりとか)


スコールが魅力的な女性であることは、バッツにとって揺るがない事実だ。
そんなスコールが、普段のクールな装いとは全く違う服を着て、一人で街を歩いて来たなんて、余りにも危険ではないだろうか。
この辺りは治安の良い地区ではあるが、そんな場所でも不埒な輩はいるものだ。

途端にバッツはそわそわとしてきて、正面に座っているスコールにもその様子は見えていた。


「……何してるんだ、あんた。仕事が気になるなら、戻れば良いだろ」
「んぁ、いや、そう言う訳じゃないんだけど……」


呆れた表情を浮かべるスコールに、バッツは苦笑いを浮かべる。


「なあ、スコール。この後って、なんか予定あるの?」
「別に……一服しに来てみただけだし、食べ終わったら帰る」
「一人で?」
「当たり前だろ」


一人で来てるんだから、と言うスコールに、だよなあ、とバッツは頬杖をつく。
バッツはうーんと小さく唸り、


「じゃあ、特に用事もないならさ。おれの仕事が終わるまで、此処で待っててくれる?」


ねだる調子でそう言うと、スコールは眉根を寄せてバッツを見る。
いきなり何を言い出すのかと、意図が汲み取れずにいる様子の少女に、バッツは「だってスコール、すごい可愛いから」と言い掛けて、寸での所で飲み込んだ。
それを口にすればこそ、恥ずかしがり屋の彼女は、真っ赤になって今すぐ帰ると言い出すに違いない。


「えーと、まあ、おれもこのバイト終わったあとは暇だからさ」
「夕方のバイトがあるんじゃないのか」
「今日はない。夜は入ってるけど、それまで空いてるんだ。だから、家までお見送りでもさせてくれたら嬉しいな~って」


詰まる所、バッツは今のスコールに、一人で街を歩かせたくないのだ。
この店から彼女の家までは、電車も乗り継がなくてはならない筈だし、その間に彼女に何かあったらと思うと、バッツは気が気でならない。
愛しい彼女を護る為にも、本音は胸にしまっておいて、バッツはさり気無くスコールを送らせては貰えないかと提案した。

バッツの提案はスコールにとっては唐突なもので、どうして急にそんな事を言い出すのだろう、と言う表情を浮かべている。
しかし、両手に包んだコーヒーカップを見下ろすスコールの頬には、微かに朱色が滲んでいる。


「まあ……別に、やる事もないし。別に良いけど」
「ほんとか?」
「でも、あんたの仕事って何時までなんだ。店の邪魔をするのは良くないし、待つなら外で適当に待ってる」
「いや。いやいや、大丈夫だって、此処にいても。だよな、セシル!」


それでは意味がないのだと、バッツは助けを求めるように友人を呼んだ。
遠い席なので話の詳細は聞こえていなかったようで、セシルがことんと首を傾げる。
バッツは急ぎ足にカウンターへ近付いて、


「おれの勤務が終わるまで、スコールに此処にいて貰っても良いかな。送りたいんだ」
「ああ、成程。ふふ、心配してる訳だ」


バッツの申し出の理由を、此方は聡いもので、しっかり汲み取ってくれた。
頼むよ、と懇願するバッツに、セシルはやれやれと肩を竦める。


「良いよ、大丈夫。あと一時間くらいだしね」
「サンキュー、セシル。持つべきものは友達だ」
「調子が良いね。じゃあ、帰る時間までに、洗い物は頼むよ」
「うん」


セシルの言葉に頷いて、バッツはスコールのいるテーブルへと戻った。

スコールは、自分の所為で店に迷惑をかけていないかと、怪訝な表情を浮かべている。
バッツはそんなスコールに、にっかりと笑いかけた。


「大丈夫だってさ。だから此処にいてくれよ、スコール」
「……」
「外は暑いだろ?熱中症にでもなったら大変だしさ」
「……」
「な?」


お願い、と両手を合わせて見せれば、スコールは右へ左へと視線を彷徨わせた。
やがてその瞳は、もう半分程度しか残っていないコーヒーカップへと向けられて、


「……俺は、別に、どっちでも。あんたと一緒にいられるのは……嬉しい、し……」


そう言ったスコールの声は、終わりの方ほど、小さくなって行った。
じわじわと浮かんでいた頬の朱色も濃くなり、首元まで赤くなっているのがよく判る。

変なことを言った、とスコールは真っ赤な顔を俯かせた。
しかし、赤らんだ肌は幾らも隠せはしないし、テーブルの下では、彼女の長い足が忙しく身動ぎしているのが、時折サンダルの爪先がバッツの足先に当たる事で判ってしまった。
バッツは今すぐ目の前の恋人を抱き締めたかったが、流石に人前である。

バッツはテーブルから身を乗り出して、スコールの赤らんだ額にかかる前髪を上げて、其処に触れるだけのキスをした。
彼女がその感触の正体に気付いて顔を上げる前に、席を立って仕事に戻る。



カウンターに向かう足が浮かれている事には気付いていたが、どうしたって抑える事は難しかった。



『バツスコ』のリクと共に、通常スコとにょたスコと迷われていたので、今回は女体化で書かせて頂きました。

このスコールはツンデレするけどバッツの事が凄く好きなんだと思います。
バッツはそんなスコールの気持ちをしっかり理解しているので、スコールが可愛くて仕方がない。
守りたいし独占したいから、一人にするとか気が気じゃないんでしょうね。

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  • 2023/08/08 21:25
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



改めてデートなどと言われると、何をすれば良いのか、フリオニールは全く判らなかった。

フリオニールがスコールと恋人同士と言う関係になってから、早三ヵ月。
お互いに学業が忙しい上に、一人暮らしのアルバイターと、父子二人暮らしで家事の一切を引き受けている身であるから、存外と一緒に過ごす時間を自由には出来なかった。
一番ゆっくりと時間を共有できるのは、学校が終わった放課後の帰路くらいのものだ。
それもフリオニールはアルバイトで、スコールは教員に呼ばれて雑用を手伝わされることも多いので、回数も多くはない。
よくそんなので平気だなぁ、と言ったのはジタンだったか。
フリオニールとて平気な訳ではなく、もっとスコールと話が出来たら良いのにとは思うのだが、お互いにやらねばならない事を投げ出して私事を優先できない性格なものだから、仕方がないと諦め混じりと言うのが本音であった。

平日はそれで仕方がないとして、休日はどうなのだと聞かれると、あまり変わりはない。
苦学生なフリオニールにとって、アルバイトは日々の生活と勉強の為には欠かせないし、雇用主もそんな彼の内情を知っているから、規則を破らない程度に仕事日を多めに入れてくれている。
週に一度は休みを貰ってはいるものの、それ以外では閉店時間まで詰めているのが常だ。
その所為なのか、ただのアルバイトなのに、フロアのチーフリーダーよりも店の事に詳しくなってしまった。
お陰で助かってるよ、と給料を少しばかり上乗せしてくれるのは有り難いもので、フリオニールは恩返しの気持ちも込めて、出られる日にはなるべく応えようと思っている。

スコールの方はと言うと、フリオニールに比べれば時間の自由は利く方だった。
だからと時間に余裕があるとは言い難く、家事を熟して、勉強をして、更に将来に向けた資格試験の勉強もしているので、これが中々時間を占領してくれる。
フリオニールには聞いた事もないような、専門的な国家資格を取得するつもりらしく、毎年実施されるその試験の合格者は、全体の10%を切ると言う難関だ。
まだ高校生のスコールは、認定試験を受ける事は出来ないが、今からでも学んで置かなければ足りない、と言う程だとか。
目の前の日々を生きる事で精一杯のフリオニールには、とても出来ない事だ。
だから彼もとても忙しい身な訳で、フリオニールはそんなスコールを邪魔したくないと思っている。

お互いがお互いの事情を知っている上で、迷惑はかけたくない、と一歩を踏み込む事を躊躇するのが、フリオニールとスコールだった。
それで当人たちは良いと思っているのだが、周りの方がそれを黙って見ていられなかった。
そう広くはない交流関係の中から、じれったい、と言い出した面々が、フリオニールの知らぬ間に、あれよあれよとお膳立てをしてくれたのだ。
よく気の回る友人達のお陰で、スコールの方のスケジュールもいつの間にやら押さえられ、二人のデート日が決まったのであった。

そして日々は恙なく回り、デートの日がやって来る。
フリオニールは、不格好にならない程度を意識した私服で、待ち合わせの駅前広場に来ていた。
人の往来の多い真ん中で、賑々しさに少し落ち着かない気分になりながら、待ち人を探して辺りを見回す。


(スコールの事だから、10分前には来ると思うけど。そろそろかな)


時刻は、午前10時前。
生真面目な性格のあるスコールだから、予定された時刻よりも早くに来るのは想像に難くない。
もしも遅れるような事があれば、必ず何か連絡がある筈だ。

なんとなくそわそわとした気持ちが沸いて来て、フリオニールの踵がコツコツと地面を鳴らす。
緊張しているのだろうか、と自問して、そうだな、と納得した。


(こんなの、初めてだ。何を話せば、何をすれば良いのかも、よく判らないし)


二人が恋仲になってから、放課後以外で一緒に過ごすのは、これが初めての事だ。
そんな機会が訪れるとも思っていなかった所があるから、少しの戸惑いもある。
けれども、きっと自分では中々用意しようともしなかっただろう貴重な時間だから、出来れば大事にしたいと思う。

ただ、どうすれば大事にした事になるのか、これから来るであろうスコールに楽しい思いをさせる事が出来るのかが判らない。
場所は都心の真ん中、若者の街と呼ばれる区域だから、何処で何をするにも選択肢は多い筈だ。
しかし、元よりそう言うものに特別惹かれる性質でもなければ、興味を持って情報を追う事もしないので、何処に何の店があるのかも知らなかった。
スコールが楽しんでくれたら、とは思うものの、では何をすれば良いかと言う、具体的な所は全く浮かばないのだ。
昨日のうちにもう少し調べておけば良かったな、と遅蒔きに反省する。

そんな事を考えている所に、背にした街路樹の向こうから、聞き慣れた声。


「フリオニール」
「ああ、スコール。おはよう」
「……ん」


待ち侘びていた恋人の到着に、フリオニールの頬は自然と綻んだ。
高い位置へと上り行く太陽の光を受けて笑むフリオニールに、スコールは小さく頷いて隣に並ぶ。


「遅くなった」
「そんな事ないだろ。時間より早いし」
「あんたは俺より早く来てる。もっと早く来れば良かった」
「俺は、やる事がなかったからさ。この辺りもあまり来た事がなかったから、迷って待ち合わせに遅れでもしたら悪いなと思って」


待たせたことを詫びるスコールを宥めながら、実の所は、家でじっと時間を待っているのが落ち着かなかっただけなのだ。
初めてのデートと言う事実に、どうにも心臓が跳ねるから、誤魔化すような気持ちで家を出た。
道中もずっと心は落ち着かなくて、何をしよう、何処に行こうと考えていたのだが、結局、今の今まで何もスケジュールは固まっていない。

ええと、とフリオニールは頬を掻きながら、久しぶりに目にした私服姿のスコールを見る。
学校の制服は、上から下までいつもきっちりと着こなすスコールだが、私服はもう少しラフだった。
羽織った薄手のジャケットの前は開けており、首元には銀色のリングを通したネックレスが光っている。
ダメージジーンズなんて穿くんだな、と学校での真面目な印象とはまた違う服装に、なんでも着こなすよなあ、とフリオニールは思った。

頭のてっぺんから爪先まで、しげしげと眺めていたフリオニールに、スコールはことりと首を傾げる。
その眉間に皺が寄って、「なんだよ」と言う気持ちが目に出ているのを見付け、フリオニールははっと我に返った。


「す、すまない。スコールの私服ってあまり見ないから、ちょっと、新鮮で」
「……」


フリオニールの言葉に、スコールは自分の格好を見た。
眉間の皺が一層深くなり、心持ち拗ねたように唇が尖り、


「……おかしいか」
「いや、全然。よく似合ってる」


スコールの小さな呟きに、フリオニールは首を横に振った。
真っ直ぐに正直な感想を伝えれば、スコールの白い頬に朱色が上って、それを隠すように視線が逸らされる。

横を向いたスコールの耳には、小さなピアスが光っている。
学校では校則がある為に身に着けていないが、其処に小さな穴が開いている事は、フリオニールも知っていた。
触れると柔い耳朶を飾る銀が、スコールの耳の赤みをより強調しているように見えた。
それを見ていると、なんとなくフリオニールも照れのようなものが沸いて来て、熱を感じる頬を誤魔化すように指で掻く。

────さて、いつまでも待ち合わせ場所に留まっていても仕方がない。
折角だから何処かに出掛けるのが良いとは思うが、フリオニールには何も当てがなかった。


「なあ、スコールは何処か行きたい所とかあるか?」
「……行きたい所?」


訊ねるフリオニールに、スコールが鸚鵡返しにして首を傾げる。


「その、何処に行こうかって色々考えはしたんだけど、俺、この辺りのことはよく知らないから、何があるのかも判らなくて。スコールに何かやりたい事があるなら、それをしようかなと思って」
「……俺もこの辺りのことはあまり知らない」
「そうなのか。ティーダやジタンと、よく一緒に遊びに来てるのかと」
「来るのは来るけど。何がしたいとか、何処に何があるとかは、いつもあいつらに任せてたから」


スコールの返答に、成程、とフリオニールは思った。

この地域は若者向けの店が沢山集まっているから、ティーダやジタンのように、賑やかし事が好きな友人達は、頻繁に足を運んでいる。
テレビや雑誌で紹介された人気の店や、流行のアンテナショップ等、彼等の好奇心を擽るものは多いに違いない。
スコールもよくそれに連れ出されているのだが、彼自身はあまりそう言った事には興味がないから、あくまで友人の付き合いと言う感覚なのだ。
だから行った店の細かな詳細などは覚えていないのだろう。

となると、どうしようか。
腕を組んでうーんと考え込むフリオニールを、スコールが見詰めていると、ふと携帯電話のマナーモードが震える音が聞こえた。
スコールはジャケットのポケットに手を当てるが、其処にある携帯電話は静かにしている。
となると、この音の発信源は、


「フリオ。携帯が鳴ってる」
「本当だ。ティーダからメール?」


なんだろう、とフリオニールが通知欄からメールを開くと、『デートプランその①!』と言うタイトルがあった。
面食らった気持ちで、赤い瞳をぱちりと瞬かせるフリオニールに、スコールが訝しむ表情を浮かべる。


(……オススメの情報、なのか?)


メッセージ欄には、昼食に使えそうなファストフード店や、ランチ営業のある店の情報が連ねられている。
飲食が出来る場所の他にも、最新機器を導入した体験型アトラクションが遊べる場所や、デートスポットに最適と言う川沿いの広場などが綴られていた。
添付されたアドレスを開けば、マップアプリで店の位置情報が表示されるのを見て、フリオニールは友人が「参考にするっスよ!」と親指を立てているのを聞いた気がした。
更に続け様に着信が鳴り、今度はジタンから、大まかな時間割りまで添えて、今日一日の過ごし方が提案されている。

気が利くと言うか、何と言うか────タイミングの良さに、フリオニールは眉尻を下げつつ感心する。
その様子をずっと見つめていたスコールに、フリオニールは携帯電話の液晶画面を見せた。


「ティーダとジタンから、これが来たんだけど」
「……」
「何処か行ってみるか?スコール」


友人たちの情報は有り難いと思いつつも、あくまでフリオニールはスコールの希望を優先したかった。
この提案の中から、スコールの琴線に触れたものがあれば、其処に行くのも良い。
もっと違う場所が良いなら、それも全く構わなかった。

が、スコールはメール画面をじいっと睨み、眉間に深い皺を刻んでいる。
あまり好きな所はないのかな、とフリオニールが思っていると、スコールはきょろきょろと辺りを見回した。
どうしたのかと見ていると、スコールは突然にがしっとフリオニールの手を掴んで、人混みの多い方へと歩き出す。


「スコール?」
「お節介なんだ、あいつら」


手を引かれながら名を呼べば、スコールは苦々しそうに呟いて、


「どっちもタイミングが良すぎるだろう。絶対何処かで見てるんだ」
「そうなのか?」
「二人一緒にあんたにメールを寄越してくるなんて、そうに決まってる」


スコールにとって、それはほぼ確定したことらしい。
彼の言葉に、フリオニールも確かにと納得していた。

スクランブル交差点の人混みの真ん中に入って、信号が変わるのを待つ。
此処は四方八方から人が行き交う場所だから、紛れてしまうのなら此処が一番だろう。


「あいつらを撒く」


見られているのは嫌だ、とスコールの目がありありと語っている。
何せ、今日は久しぶりどころか初めての、恋人と二人きりのデートの日なのだ。
今日の日取りを押さえてくれた友人達の気遣いと、邪魔をする気はないが心配だと言う心遣いは少なからず感謝はするが、見られていると悟って平静としていられる度胸をスコールは持ち合わせていない。
どうせならもっと上手くやれと思いつつ、信号が切り替わって直ぐに、スコールはフリオニールの手を引いて歩き出した。

フリオニールはスコールについて歩きながら、ちらりと後ろを振り返ってみる。
待ち合わせにしていた広場の方に、如何にもなサングラスと、帽子を被った金髪の少年が二人。
しっかりとそれと目を合わせると、誤魔化すようにささっと視線が外されて、逆に確信させて貰った。

サングラスをしていた方───ジタンがそうっと此方を伺ったのが見えたので、フリオニールは詫びと感謝の気持ちで眉尻を下げて笑った。
それを見たジタンが、サングラスを外してひらりと手を上げてくれたから、これでもう大丈夫だろうと理解する。
空気を読む事に長けた二人の友人は、後のことはもう判ってくれている筈だ。

信号を渡り切って、スコールは一つ息を吐きつつも、まだ警戒するように辺りを見回している。
そんなスコールの手を、フリオニールは強く握りし返した。
はっとした表情で此方を見上げたスコールに、フリオニールは柔い笑みを浮かべ、


「大丈夫だ、スコール。行こう」


そう言って、今度はフリオニールがスコールの手を引く。
しっかりと握られた自分の右手を見て、スコールの顔が赤くなったことを、フリオニールは知らない。



『フリスコ』のリクエストを頂きました。

どっちもデート慣れしてなさそうだなと思ったので、見守られている二人です。
でも見守られていると分かって堂々過ごせる訳もないので、友人達に感謝はあるけど、恥ずかしいので逃げたいスコールと、それに応えるフリオニールでした。
ジタンとティーダの如何にもな変装(と言う程でもない)は、割と見付かること前提なのではないだろうか。
大丈夫だと思ったら引き上げるつもりはあったんだと思います。友人たちの事は心配しつつも理解しているので。

[8親子]なないろ夏模様

  • 2023/08/08 21:20
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



最近のスコールは、“なんでも自分でやりたい期”だ。
兄や姉がやっている事は勿論、母や父がやっている事も、真似してみたい。
例えば、換気の為の窓の開け閉めだったり、玄関口の施錠だったり、遊んだものを片付けする時も、自分でそれをやりたがる。
元々が怖がりで余り積極的な性格ではないのだが、今はそれを飛び越えて、好奇心と、ちょっとした自立的自我が芽生えているのかも知れない。

今日のスコールは、母レインが庭の花壇に水やりをしているのを見て、「ぼくもやりたい」と言った。
レインはそんなスコールに、シャワーノズルを取り付けたホースを渡した。
母が丹精込めて育て整えた花壇は、リビングの窓から毎日見ることが出来る。
手入れをしている所も、リビングからよく見ているスコールだから、彼は心得たように、花壇全体に満遍なく水を与えている。


「お花さん、お水ですよー」


舌足らずに言いながら、スコールは両手で握ったシャワーノズルを、右へ左へとゆっくり動かす。
さらさらと降り注ぐ雨が、夏の暑さに辟易していた草花の葉を濡らし、陽の光を受けてきらきらと輝いていた。
レインはそんな末っ子の様子を都度確認しながら、花壇の端に根を張った雑草を抜いて行く。

スコールはホースと花壇の段差に足を取られないように気を付けながら、少しずつ横に移動していく。
低木の下に添えて植えられた草にも、スコールはきちんと水を遣る。
地植えなのでそれ程丹念な水遣りが必要と言う訳ではないが、今夏の熱さは地面の中まで熱される程の気温が続いているから、草木の根元にはしっかりと水を与えねば。

みんみんみん、と低木の幹に取り付いた蝉が、騒がしく羽根を震わせている。
夏だなあ、とレインが滲む汗を拭っていると、


「あ、ちょうちょ!お母さん、ちょうちょいる!」


見て見て、と呼ぶ声にレインが顔を上げれば、花壇の奥を指差しているスコールがいる。
其処には白い蝶がひらひらと羽根を躍らせ、蜜を探して花から花へと遊んでいた。
レインはくすりと唇を緩め、見て、と何度も訴える息子に、うん、と頷く。


「きっとご飯を探しているのね。ちょうちょさんを濡らさないように気を付けてあげてね、スコール」
「うん!ちょうちょさん、ご飯いっぱい食べていってね。お花にお水あげるから、気を付けてね」


飛び回る蝶に話しかけながら、スコールはシャワーを花に向ける。
花の上を渡り飛ぶ蝶を濡らしてしまわないように、低くしゃがんで腕を伸ばし、シャワーノズルを花の根元近くに寄せている。
緑色の葉に水滴を散らしながら、花の根元はたっぷりと潤った。

レインが花壇半分の草取りを終えた所で、玄関の方からきゃらきゃらと元気な声が聞こえて来た。
見れば、リビングで夏休みの課題をしていた二人の子供が、監督役をしていた父ラグナと共に此方へやって来る所だった。


「スコールー!」
「あっ、お姉ちゃん!」


早速弟を構いに行く姉に、スコールがぱあっと嬉しそうな表情を浮かべる。

駆け寄ったエルオーネに、何してるの、と聞かれたスコールは、お花にお水あげてるの、と答える。
そんなエルオーネを追って二人の下に合流する兄レオンは、日に焼けて赤くなったスコールの頬を労わるように撫でた。


「ほっぺが真っ赤だぞ、スコール。暑いだろう」
「平気だよ、ぼく」
「そうか。でも少しお茶を飲もうな、おいで」
「お花のお水、まだ全部あげてないよ」
「じゃあ私がやっといてあげる!」
「やあ、ぼくがやるの」


ホースを引き取ろうとしたエルオーネに、スコールは剥れた表情を浮かべて、ホースを遠ざける。
最近のスコールはこんな事が多くて、エルオーネは困った顔で兄を見上げた。
レオンは苦笑しつつ、屈んでスコールと目線を合わせ、


「スコールがお茶を飲んだ後で、またお花にも水をあげよう。エルオーネも一緒にな」
「…ぼく、お茶、いい……」
「ダメよ、スコール。またくらくらしてご飯が食べられなくなっちゃうよ」


スコールは素直で、いつも兄姉の後ろをついて来るのが常だった。
だから家族が促す事を拒否することは滅多になかったのだが、最近はこうやって、ちょっとした我儘を言うことが増えている。
それをレオンは宥めつつ、エルオーネは叱りつつ、まだまだ無茶の効かない子供が体調を悪くしないように、誘導する事に苦心していた。

むう、と拗ねた顔をしているスコールだったが、父ラグナがホースの元栓に近付いて、


「おーい、水止めるぞ~」
「ぼくがやる!」


ラグナの声に、スコールははっとなって声を上げた。
持っていたホースを兄に渡して、小さなコンパスをぱたぱたと動かして父の下へ。
僕が、僕が、と言うスコールに、ラグナは笑顔を浮かべて、ホースに繋いだ蛇口の栓を譲った。

レオンの手に握られていたシャワーノズルから水が止まる。
ありがとな、とラグナに頭を撫でられて、スコールは嬉しそうに笑った。

レインは雑草を抜く手を止めて、子供たちと一緒にリビングと繋がる吐き出し窓へ向かう。
窓辺の内側には、琥珀色の液体と氷の入ったグラスが五つ。
窓を開けてそれを運び出す間に、三人の子供は、末っ子を真ん中に挟んで、窓辺のウッドデッキをベンチに座った。
一つストローの入ったグラスがスコールのものだと差し出せば、スコールは両手でそれを持って、早速ちゅうっと吸い込む。


「つめたぁい」
「お茶おいしいね。飲んで良かったでしょ?」
「うん」


いい、いらない、と言っていたことなどすっかり忘れて、スコールはストローを食む。
兄と姉が勉強をしている間、母と一緒に外にいたので、体内の水分は汗ですっかり減っていた。
それをきちんと補給すれば、体も程好く冷気が回り、小さな体の健康も守られる。

三人並んで水分補給をする子供たちを眺めながら、レインとラグナもグラスに口をつけた。
末っ子と一緒に庭にいたレインには、よく冷えた水分が染み渡るように美味く感じる。
首にかけていたタオルで滲む汗を拭きながら、レインは「あっちいな~」と何処か楽しそうに言う夫に訊ねた。


「二人の宿題はどう?」
「ああ、順調だよ。二人とも頭良いからなぁ、俺が教える必要もない位」


夏休みに入ってから、レオンとエルオーネは、一日の決まった時間に宿題を熟している。
まだ夏休みの始まりと言うこともあり、やる気もあるお陰か、今の所は予定に沿って消化されているようだ。
判からない所があれば父に教えて貰う、と言う助け舟は用意されているものの、元々真面目で成績優秀なレオンと、弟の見本になろうと奮闘しているエルオーネである。
時折苦手な設問に手は止まる事があっても、投げ出す事もなく、決まった時間になるまでは勉強に向き合う癖は出来ていた。

子供たちの水分補給が終わり、スコールが花の水遣りを再開すると言う。
もう勉強には飽きてしまったエルオーネも一緒だ。
花壇の縁に置いて来たシャワーノズルの下へ向かう妹弟に、レオンは蛇口の方で待機して、二人がノズルを構えるのを待ってから水を出した。


「スコール、あそこ、あそこにお水届いてないよ」
「んぅ、遠いよう」
「レオン、お水もっと出してー!」
「出してえー!」


声を揃えて訴える妹弟に、レオンはくすくすと笑いながら、水の勢いを強くする。
しゃああああ、と沢山の水滴を散らすシャワーに、きゃあ、と高い声を上げながら、二人は水遣りを続けた。

グラスを空にしたラグナが、蛇口の横に立っている長男に声をかける。


「お前も行っといで、レオン」
「うん」


水の傍で遊ぶ幼子たちは、涼しそうで楽しげだ。
レオンもその傍に行きたい気持ちはあって、父の言葉に促されて、二人の下へ向かう。
代わりにラグナが蛇口の傍に立って、子供たちの様子を見ながら、水の勢いを調節する。

花壇の水遣りが終わっても、スコールたちは中々ホースを手放さなかった。
冷たい水が齎す冷気が、この暑い夏には心地良いのだから無理もない。
そんな妹弟に、レオンはシャワーノズルの口を捻って、吹き出し口の形を変えた。
すると、それまで如雨露のように出ていた水が、小さな小さな霧飛沫になって出て来る。
それをレオンは、スコールの離れない手を重ねて握って、頭上に向かって放水を始めた。


「きゃあ、つめたーい!」
「気持ち良いー!」


降り注ぐ細かな霧飛沫は、太陽の熱で熱くなった空気を冷やしてくれる。
日差しで火照った子供たちの柔肌には、それはそれは心地良くて、二人は高い声を上げながら、霧雨の下をぐるぐると駆け回った。
その雨の真ん中にいるレオンも、心なしかほっとしたように、冷えた空気の感触を堪能している。

きらきらと輝く水のカーテンの中で楽しそうな子供達に、レインはやれやれと眉尻を下げ、


「服がびしょびしょになっちゃうわね。後で着替えさせなくちゃ」
「そうだなぁ。三人は俺が引き受けるから、レインも着替えた方が良いんじゃないか。汗びっしょびしょだろ?」
「そうね。もう、草取りをしているだけなのに、汗が止まらないんだもの」
「お疲れさん。お茶、まだいるか?」
「ううん、大丈夫。後は皆とおやつの時にね」


レインの言葉に、そっか、とラグナは言って、蛇口を捻る。
水の勢いが更に強くなって、子供たちの頭上を覆うように霧雨が降り注いだ。


「きゃー!」
「冷たいー!」
「あははは!」


すっかりはしゃいだ声をあげる幼子に、両親の口元も緩む。
昨年買って存分に遊んだビニールプールを出してこようかな、と水に親しむ子供達を見て思っていると、


「あっ、虹!」
「お兄ちゃん、虹ー!」
「ああ、よく見えるな」
「おとうさーん、おかあさーん!」
「見て見て、虹があるのー!」


頭上で輝く太陽が齎す光が、散りばめられた水滴の中で幾重にも反射して、七色の橋がかかる。
それを見付けたスコールとエルオーネがはしゃぎ、軒下で見守る父母へと報告した。

見て見て、と指差す二人が見ているものは、同じ場所に立っている訳ではないレインとラグナからは確認できない。
二人と一緒にいるレオンもそれは理解しているだろうが、彼ははしゃぐ妹弟に水を差す事はしなかった。
それは父母も同様で、「ああ、綺麗だな」と言ったラグナに、スコール達は嬉しそうに笑うのだった。



レオン12歳、エルオーネ8歳、スコール4歳くらい。
暑い時の水遊びは楽しいもんです。

[ラグレオ]イレブンシズ・コーヒー

  • 2023/08/08 21:15
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



何度目かになる、共に迎える朝は、少しの気怠さを滲ませながらも、心地の良いものだ。

普段は決まった時間には自然と目が覚めると言う青年───レオンは、どちらかと言えば遅くに起きるラグナの隣で、まだ夢の中にいる。
すぅ、すぅ、と規則正しく聞こえる寝息に、彼の眠りが健やかであると分かって安心した。
恐らくはあと一時間もすれば目を覚ます程度の睡眠だとは思うが、それならば尚更、起こしはすまいとラグナは静かに彼の目元にかかる前髪を撫で上げる。
んん、と小さくむずがる声が漏れるものの、直ぐにまた穏やかな寝息が聞こえ、ラグナの唇が緩む。

時計を見れば午後10時前で、朝食を取るには聊か遅いし、昼も遠くない。
食べるなら軽いもので良いなあと思いつつ、このまま食べずに惰性に過ごし、昼を迎えるのも悪くないだろう。
そもそも冷蔵庫の中身は真面だったろうかと思ったが、昨晩の残り物がある筈だと思い出した。
パンも買い置きのものがあるから、空き腹で買い出しに行く必要もないだろう。

身動ぎに衣擦れの音が聞こえて、ごろん、とレオンが寝返りを打った。
縮こまるように丸くなった青年の手が、転がった拍子で、ラグナの膝に乗せられる。
偶然なのだろうが、それでも甘え下手な青年が身を寄せてくれた事が嬉しくて、ラグナはその手に自分のそれを重ねた。
ぴく、と形の良い指先が震えたので、緩く握って温めてやると、柔く握り返す感触があった。

共に良い年の大人であるから、日々は何かと忙しいものだ。
レオンは若手の中でもチームリーダーを任される事が多い為、あちこちから仕事が回って来る。
レオンは始業の時間になる前からオフィスに入り、夜の間に上がって来た案件などを総浚いしたりと、ラグナよりもよっぽど手が埋まっている事も多かった。
そしてラグナの方も、会社役員としてあちこちに顔を出さねばならない事が多く、移動の車の中で大急ぎでコンビニの握り飯を胃に突っ込んでいる。
二日前までは海外に出張していた所で、其方でもスケジュールが朝から晩まで詰められていた為、息が抜けたのは飛行機の中だった。

そんな毎日を送っている中で、ようやく取れた休みの朝だ。
昨晩、久しぶりの温もりに、存外と甘えてくれた青年を見て、ラグナも年甲斐もなく熱を上げた。
明日の事も忘れ、お陰で普段よりも回数が増えて、ラグナは今になって少々体が痛かったりする。
自分がこうなのだから、若いとは言え負担の多い役のレオンはもっと大変だろうと、ラグナは疲労を訴える腰を宥めながら、食事の準備は自分がしようと考えていた。


(これから食べるんだったら、シリアル位で済ませるのが良いよなぁ。でも果物とかも欲しいな)


あと二時間もすれば、時間としては昼食の頃合いだ。
とは言え、今日丸一日が休みであることを思えば、正午を過ぎてゆっくりとランチをしても良いだろう。
レオンの体に障りがなければ、街へと出かけて、気になっている店へ食べに行くのも悪くない。

いや、昼はどうにでもなるから構わないのだ。
それよりも、朝食と言うのは一日の活力だから、しっかり食べておかなくては。
こう言う所はレオンよりもラグナの方がしっかりと意識しており、軽くても良いから何か栄養は入れておいた方が良いと思っている。
レオンは日々の忙しさもあって、ついつい其処を後回しにし、そのまま一日何も食べない、等と言うことも珍しくはなかった。
だからラグナは、こうして一緒の朝を迎える時には、きちんと食べさせてやらねば、と思っている。

となると、そろそろベッドを抜け出し、ブランチの準備を始めるべきではあるのだが、柔衣の中からはまだ離れ難い。
その理由は他でもない、傍らですやすやと眠る青年の為だ。


(俺が動いたら多分起きちまうよなー)


眠るレオンは健やかな寝息を零しているが、時間的には既に睡眠は浅くなっている筈だ。
人の気配にも敏感なようで、ラグナが多少の身動ぎをする位ならともかく、ベッドから抜け出すと、きっと目を開けるに違いない。
平時から眠りは浅い節のあるレオンに、少しでも心地良い眠りを持たせてやりたいと思うと、ラグナは中々動き出す気になれなかった。

膝の上に乗ったままのレオンの手が、する、と動く。
そろそろ起きるかなと顔を見ると、幼年期に作って消えなかったと言う、傷のある眉間に微かに眉根が寄っている。


「うう……ん……」


カーテンの向こうから伝わる明るさが、瞼の裏まで通って来て、眩しいのだろう。
レオンは嫌がるようにむずがっていたが、その光が睡魔の名残を浚って行ってしまった。
重みのある瞼がゆっくりと持ち上がり、ぼんやりと白い波を見つめる。
それから、蒼の瞳が二回、三回と瞬きに隠れた後、レオンは隣に座っているラグナを見上げた。


「……ラグナ、さん……」
「ん。おはよう、レオン」


微かに赤みのある頬にかかる横髪をそっと指先で掬い払って、ラグナは朝の挨拶をした。
レオンは頬を擦る指先のくすぐったさに目を細めながら、「おはようございます…」と小さく返す。

ラグナの膝に乗っていたレオンの手が離れ、むくりと起き上がる。
あふ、と欠伸をしている横顔が、いつも凛としている彼を酷く幼く見せて、ラグナはくすりと笑った。
レオンは眠い目元を猫手で擦りながら、きょろりと辺りを見回して、


「時間、は……」
「そろそろ10時半だな。朝飯、食べるか?」
「………」


食べるも食べないもどちらでも、とラグナが尋ねてみると、レオンは少し考えるように頭を傾ける。
寝癖のついた長い濃茶色の髪が、裸の肩の上でさらりと落ちた。


「あまり、食べる気には、ならないかなと……」
「減ってはいる?」
「それは、まあ、なんとなくは」
「じゃあリンゴとかで良いか。切って来るよ。お前はゆっくりしてな」


ぽん、とラグナはレオンの頭を撫でて、ベッドから足を下ろした。
ようやくシーツを抜け出すと、それでレオンの体が冷えないように包み込んでやる。
過保護な事をしてくれるラグナに、レオンは少し恥ずかしそうに眉尻を下げたが、シーツに残る愛しい人の温もりは心地良くて、離れた体温の代わりを手繰り寄せた。

寝室を出てキッチンに立ったラグナは、まずは眠気覚ましにと、コーヒーを淹れる為の湯を用意する。
電気ケトルに入れた水が沸くまでの間に、冷蔵庫を開けてリンゴを一つ取り出した。
簡単に八つに切り分け、芯の部分を取ってしまえば、これで今日の朝食となる。
最初に考えたように、シリアルを用意しても構わなかったし、栄養を取るならその方が良いのも判っていたが、やはり昨晩の頑張りのお陰で、まだ少し体が重怠い。
昼はきちんと食べるつもりで、今は少々サボらせて貰う事にした。

一分もすれば湯が沸き、インスタントで作った二杯分のコーヒーが出来上がる。
その片方にシュガースティック一本分の砂糖を入れた。
トレイにそれらを乗せて寝室に戻ると、レオンはベッドからすらりとした足を下ろして、まだ眠そうに目を擦っていた。


「レオンー、飯だぞー」
「……あ。はい、有難う御座います」


声をかければ、レオンは柔く笑みを浮かべた。
隣に座って、トレイに乗せていたマグカップを一つ差し出すと、レオンは両手でそれを受け取る。

職場では専らブラックコーヒーを愛飲しているレオンだが、寝起きは少し糖分が欲しいのか、砂糖入りのものを好んでいた。
まだ熱の冷めないマグカップで両手を温めながら、ふ、ふ、と息を吹きかけるレオン。
小さな唇が縁に触れ、こく、と喉が動いた。


「は……ふぅ……」
「ほら、リンゴも」
「はい」


リンゴを乗せた皿を差し出すラグナに、レオンは爪楊枝の刺さったものを取った。
ラグナも一つ口に運び、瑞々しい果肉をしゃくしゃくと咀嚼する。


「昼はどっか食いに行くか」
「そうですね。折角の休みだし」
「気になる店とかあるか?」
「いえ、そう言うものはあまり。ラグナさんの行きたい所で良いですよ」
「うーん、そうだなぁ」


昼の予定を話し合うも、こんな時、大抵レオンは自分の希望を言わない。
そんな彼に初めは遠慮しているのかと思っていたが、どうやら忙殺されている所為で、仕事以外の世間の情報に疎いのだと理解してからは、ラグナの方が遠慮なく自分の希望を薦める事にしている。


「ああ、パンケーキ屋とかどうだ?この前テレビで見たんだけど、すげえ行列でさ。若い子たちの間で流行ってるみたいで、一回覗いてみたかったんだよな。レオン、行った事ないだろ?」
「それは、確かに入ったこともないですけど。行列なら入るのも難しいんじゃ……」
「うん、まあ、休日ならな。でも今日は平日だし、ちょっとはマシだよ。多分」


根拠も何もなかったが、そう言うものだろうとラグナは言った。
レオンは首を傾げつつも、そもそも自分に希望がある訳でもないし、ラグナが行きたいと言うならそれで十分でもあった。


「それじゃあ、其処で昼食に」
「うん」
「でも、甘いものになるのでは。食べ切れると良いんですが」
「それは大丈夫だと思うぞ。ちゃんと飯っぽい奴もあるんだ。ベーコンとか乗っててさ」
「へえ……」


ラグナの言葉に、レオンは意外そうに声を漏らした。
パンケーキと言えば、おやつに食べるような甘いものばかりと思っていたので、意外だったのだろう。
ラグナも店のメニューがテレビに放送されるまでは、同じような印象を持っていた。
それがまたラグナの好奇心を刺激した訳だ。

昼食が決まった所で、皿のリンゴは空になり、二人ともコーヒーを飲み切った。
トレイに戻したそれを、ラグナがキッチンへと運んでいる間に、レオンも着換えを始める。

ごく少ない食器を洗い終わって、ラグナがリビングへと行くと、着換えを終えたレオンがソファに座っている。
その後ろ姿を見つめながら、慣れてくれたなあ、とラグナの口元が緩んだ。
何かと気を遣い過ぎな位によく気の付く青年であるから、どうにも他人の家と言うのは気後れする所があったらしく、座る場所にも迷っていたのはまだ記憶に新しい。
それでも、休みを重ねる度、時には仕事終わりに招き、一緒に過ごす内に、段々とその肩の強張りも解けていった。
今ではテレビ前のソファを定位置にして、ラグナが朝食の片付けを終えるのを待つ位に、リラックスするようになってくれた事が、密かに嬉しい。

レオンは、ソファ前のコーヒーテーブルに新聞を開き、じっと眺め読んでいる。
ラグナは緩む口元を自覚しながら、レオンの隣へと座った。
テーブル下にあるリモコンを取って、テレビの電源をつければ、朝の情報番組が流れている。
たしかこの番組は、昼前には終わる筈だから、暇潰しには丁度良い。


「これが終わったら出掛けるか」
「そうですね」


ラグナの言葉に、レオンは新聞から顔を上げて、傍らの男を見て頷いた。

そうして正面からはっきりと目が合って、柔く愉しそうな光を灯す蒼灰色を、じっと見つめる。
するとレオンは、段々と顔を赤くして、恥ずかしさに逃げるように視線を反らしてしまうのだ。
赤くなった耳が髪の隙間に見えて、ラグナは年齢の割りに初心な反応が抜けないこの青年を、愛しく思う。

レオン、と名前を呼ぶと、彼はそろりと此方を見た。
もう一度目線が絡まり合うのを確かめて、ラグナがゆっくりと手を延ばせば、昨夜の熱の余韻を残す頬に触れる。
少し迷うような表情を浮かべた後、心地良さに身を委ねて頬を寄せる青年を、ラグナはゆっくりと撫であやしてやるのだった。



朝のいちゃいちゃラグレオ。
ラグナといちゃつく事に大分慣れてきたレオンが書きたくなったので。

昼は流行のパンケーキ屋に行き、その後は二人でぶらぶらして、夜は帰ってまたいちゃつくんだと思います。

[ラグスコ]熱の静寂と

  • 2023/08/08 21:10
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



寄りによって、こんな時でなくても良いだろう、と自分の体調管理の甘さに辟易する。
それを口に出した時、聞く者がいれば、無理もないことだと宥めてくれる者もいただろう。

昨晩、スコールは夜のエスタに到着し、ラグナが待っているであろう彼の私宅へと向かった。
デリングシティとはまた別の様相で、眠らぬ街のごとくあちこちに灯りの燈った街は、いつの間にかすっかり歩き慣れた道である。
その途中、突然の俄雨に見舞われて、事前の天気予報でも全く聞いていなかったそれに、スコールは運悪くずぶ濡れになってしまったのだ。
場所はショッピングモールも過ぎた閑静な住宅街で、エスタ特有の創りをした建物ばかりだったから、雨宿りに借りれそうな軒先もない。
スコールと似たような条件で雨に降られた人々が、それぞれの家へと逃げるように走る中、スコールもまだまだ距離があったラグナの家へと急いだのだった。

一番激しい雨の中を過ごす羽目になったので、家に着いてからはラグナが直ぐに風呂を用意してくれた。
どうせ遅い時間でもあったし、夕食を食べれば程無く借りる事になったであろうバスルームを、一足早く貰って休む。
客用ではいつまでも遠慮するだろうと思ってか、いつの間にかラグナが用意し、スコール自身も使い慣れた寝間着を着て、遅い夕食にありつく。
それからは久しぶりの熱の夜だ。
スコールはたっぷりと貪られ、自身もラグナを何度も求め、心地良い疲労感の中で眠りに就いた。

そして、翌日、スコールは熱を出していたのだ。
高熱と言う程ではないのだが、微熱と言うには聊か高く、それを見たラグナは「今日はお休みだな」と苦笑した。
昨晩の熱の交換の後、ちゃんと風呂入れてやれば良かったなあ、とラグナは言ったが、どっちにしろ───とスコールは思う。
大方の原因は昨日の雨の所為だと思ったし、そう考えると、夜を大人しく寝ていても、スコールは風邪を引いていただろう。
スコールにとって悔しいのは、雨に降られたからと、簡単に体調を崩してしまった自分の体のことだ。
土砂降りの中で作戦を実行する事だって珍しくないのに、こんな事で、と思ってしまう。
それをぽろりと口に出すと、


「きっと疲れてたんだよ、お前。いつも仕事頑張ってるもんな。今日はちゃんと休めって、神様のお告げみたいなもんだよ」


そう言ってラグナは、スコールの汗ばんだ額に張り付く前髪を撫で上げた。

休めというなら、熱なんて起こさないで、この休日の間に某か事件が起きないでくれれば良い。
それで十分に休めるものなんだから、発熱なんて本当に余計なことなのだ。
ラグナにも気を遣わせてしまっているし、エスタでしか手に入らないものを買いに行く予定だってあったのに、何もかもが台無しだった。

しかし、歯噛みをした所で熱が下がってくれる訳もなく、仕方なくスコールはベッドの住人と化している。
その傍らでは、公休を合わせてくれていたラグナが、甲斐甲斐しく世話を焼いていた。


「朝飯は食えたし、薬も飲んだ。夜の間に熱が出て来てたんだろな、汗掻いてたし、着替えとくか?」
「……まだ良い。それより、水が欲しい」
「分かった、ちょっと取って来る」


ラグナはぽんとスコールの頭を撫でて、部屋を出て行った。

一人になった寝室で、スコールはぼんやりと天井を見上げる。
こうやって、静かな場所でただただ横になっていると言うのは、随分久しぶりのような気がした。

眠る時以外で、こんな風に過ごしていたのは、一体いつ振りだろうか────と考えて、三ヵ月ほど前に任務で怪我をした後、ガーデンへと帰投する前に病院に行った時だと思い出す。
思いの他傷が深かった事と、同行していたアーヴァインが「この際だから君はしっかり休んでから帰りなよ」と入院措置を取らせた。
スコールが診断を待っている間に、有能な友人はしっかりキスティスに連絡を回しており、他の幼馴染の面々からも、「帰ってきたらまた仕事漬けになるだろうから、そっちで休め」と言われてしまった。
誰か止めろよ、指揮官だぞ、と等と自分でも大して有り難くも思っていない、一応は重要な役職である筈なのだが、多数決に身分は関係ない。
スコールは三日間を病院のベッドを過ごしてから、バラムガーデンへと帰ることになった。

その出来事から今日までは、相も変わらず忙しい日々である。
ガーデンでは書類の確認に追われる傍ら、任務も回ってくるし、スケジュールは黒塗りだ。
今日明日の休暇もようやっと取れたと言うもので、ラグナと通信越しでない会話が出来るのも、随分と久しぶりだった。
らしくもないが、楽しみにしていた、とも言える位には待ち遠しい休暇だったのに、そんな時に熱を出してしまうなんて、馬鹿な奴だと自嘲も浮かぶ。

部屋のドアが開く音がして、ラグナが戻って来た。
手にはミネラルウォーターの入ったペットボトルと、氷入りのグラスが一つ。
ラグナは、ベッド横のサイドチェストにそれらを置くと、早速グラスに水を入れて、スコールに差し出した。
スコールは重みのある体をゆっくり起こして、ラグナの手からグラスを受け取る。


「ん………」


元々ペットボトルも冷蔵庫に入っていたのだろう、ツンと冷たくて、喉の通りが心地良い。
すっかりグラスを空にして、スコールはそれをラグナへと返した。


「まだいるか?」
「いや、十分だ」
「そっか。他に何か欲しいものとかは?」
「……今は……別に。特には、ない」


布団を手繰りながら、またベッドに横になるスコール。
ラグナは、そっか、と言って、布団の上からスコールの腹をぽんぽんと軽く叩いていた。


「昼飯は、食べれそうか?」
「……今の所は。吐き気もないし」
「じゃあ準備しよう。消化の良いものが良いよなぁ」
「…負担はない方が楽だ」
「うーん、俺、病人食はよく分からないからな。ちょっとキロスにでも聞いてみるよ」


またラグナはくしゃりとスコールの頭を撫でて、席を立った。
部屋を出て行くラグナは、私室に繋いである通信機を使いに行くのだろう。
ラグナが休みであっても、執政官であるキロスやウォードを始めとした誰かは、必ず大統領官邸に一人二人はいる筈だから、相談できる相手はいる筈だ。

また部屋に一人きりになって、スコールは幾何学模様を施された天井を見上げた。
ふう、と漏れた吐息は、溜息にも似ている。
なんとなく、ついさっき、ラグナに撫でられた腹にくすぐったさが残っている気がして、無意識に右手が其処に重なった。


(……静かだな……)


ラグナの私邸と言う訳だから、此処は大統領が住まう為に、目立たないながら最新のセキュリティが施されている。
外から中の様子が見えないように、視覚効果を歪ませる機構が使われていたり、窓も一つ一つに防犯センサーが配置されている。
家の中は、スコールが軽く眺める限りでは、普通の一般家屋と変わりないようだったが、これもきっと、目立たない場所に何か仕込んであるに違いない。
個人のプライバシーとして、寝室に監視カメラがない事は信じたい────でなければ昨夜のように睦言などしていられない筈だ。
頼むから其処だけは、自分と同じ常識の範疇でいて欲しいと思う。

そして家の外と言うのも、庭をぐるりと囲む塀を境にして、侵入防止の策が巡らされている。
ラグナはエスタの人々にとって英雄だが、それを疎み、排斥を狙う者がいない訳ではないのだ。
そんな環境で一人暮らしをしている訳だから、ラグナ自身がどんなに楽観的なことを言って見せても、彼の存在失くして今のエスタはないと思う人々は、固い守りを準備するものであった。

だからこの家の敷地に入って良い人間と言うのは、極力、限られていることになる。
家主本人と、古くから信頼を置いている旧知の友人が二人と、スコール。
後は、スコールが知っている範囲では、デリバリーサービスや宅配くらいのものだった。
必然的に人の気配が少ないので、よく喋るラグナが傍にいないと、この家の中は随分と静かになってしまう。
元々が静かな住宅街であるから、外から感じる人の往来と言うのも少なかった。


(……よく眠れる、気はする……けど……)


静寂はスコールの好む所だ。

物心がついた時からバラムガーデンの寮暮らしである筈だから、人の気配と言うのは当たり前に近くにあった。
SeeD資格を取得するまでは、共有部屋で過ごしていたので、隣の物音が煩かった時期もある。
ハメを外して遊ぶ生徒達が、共有空間で夜までお喋りしていて、鬱陶しさに眠れなかった事も。
そう言う時は、耳栓をしたり、頭まで布団を被ったりして、出来るだけ自分の世界に閉じこ籠ったものだ。
今は一人部屋なのでそれ程でもないのだが、部屋の向こうは廊下だから、時間を問わず人の気配を感じることは多い。
歩きながらの私語を禁じるガルバディアガーデンと違い、比較的開けた校風でもあるから、人のお喋りの声と言うのは、何処にいても聞こえるものだった。

だから、こう言う時の静けさと言うのは、意外と貴重なのだ。
こんな時こそ、のんびりと本を読み耽ったり、お気に入りのアクセサリーを磨いたりするのに丁度良い。
────実際の所は、仕事に追われて一時を味わうも何もないのだが、それは一旦置いておこう。
更には、生憎、今日は発熱の所為でそうする訳にもいかないもので、ただただ天井を見上げているしか出来ない。
それでも、体を休めるのなら、この静寂が一番心地が良いものだ。

……そう思っているのに、何処か落ち着かないものを感じている。


(……眠くならない……)


昨日の夜にエネルギーを消耗しているから、熱の怠さと、薬の効果もあって、眠ってしまっても良い筈だ。
寧ろその方が余計な体力を使わなくて済むし、体も自己回復に集中する事が出来るだろう。
そうでなくとも、任務で必要であれば、最低限でも休息が取れるように、意識の切り替えスイッチはある。
それをカチリとオンにしてしまえば、仮眠程度は取れる───筈なのだが、どうにもスコールは眠れる気がしなかった。


(………)


寝転がっている気にもなれなくて、スコールは起き上がった。
手持無沙汰の気持ちで辺りを見回し、サイドチェストの水を見付ける。
飲んだばかりで、喉が渇いている訳でもなかったが、他に出来ることもないと、ペットボトルに手を伸ばした。

部屋のドアが開いて、ラグナが戻って来たのはその時だ。


「お。また水飲むか?」
「……ああ。少しだけ」


本当は必要性を感じてはいなかったが、そうとは知られないように、スコールは答えた。
ラグナは直ぐに椅子に戻って来て、ペットボトルの水をグラスへと移す。
半分ほど注いだそれを指し出され、スコールは受け取ると、ちびちびと口に含むように飲んだ。

結露の浮いたグラスが手から滑らないように気を付けていると、徐に伸びて来たラグナの手が、スコールの額に当てられる。
ラグナは、ふーむ、と神妙な顔付で、自分とスコールの体温の差を確認し、


「ちょっと上がってるか?」
「……別に、大して変わりないと思うけど」
「そんなら良いけどなぁ。水飲んだら、ちゃんと寝るんだぞ」
「………」


言い聞かせるラグナの言葉に、スコールは何とも言えなかった。
心持ち唇が尖るスコールを、ラグナは「ん?」と首を傾げて見ている。


(寝れない、なんて……言った所で……)


困らせるだけだ、とスコールは思って、水の最後の一口を飲み干した。
大した時間稼ぎにもならない暇潰しも終わって、ラグナが布団を被せ直そうとするので、大人しく横になる。

どうにか意識のスイッチを切り替えよう。
そう思う事にして、スコールは枕に後頭部を預けて、目を閉じる。
薬の副作用も効いてくれれば、時間はかかっても、眠る事は出来る筈だ────と、思った時、


「お休み、スコール」


ふ、と眦に柔らかいものが触れた気がした。
今のは、と確かめる為に目を開けようとしたが、触れた感触が残る所を、慣れた匂いのする指先がそっと撫でる。
まだ明るい外から採光を貰う窓から隠すように、何か優しくて大きなものが目元を覆った。

ぽん、ぽん、と腹を一定のリズムで叩かれているのが判る。
その持ち主の正体は考えるまでもない、此処には自分の他には、ラグナしかいないのだから。
まるで小さな子供をあやし寝かしつけているような行動に、子供じゃないと言いたい気持ちは強かったが、目元を覆う掌がそれを柔く阻んでいる気がした。
ならばその手を振り払えば済む話なのだが、どうにもスコールはそんなつもりになれない。

腹を叩く手は、いつまでこうしているのだろう、とスコールに緩やかな疑問を浮かばせる。
それでも不思議なもので、目元や腹がじんわりと温かくなるにつれ、瞼がとろりと重くなっていく。
腹の奥に感じる温もりが無性にくすぐったくて、眠い頭でゆるゆると右手を持ち上げて其処へ重ねると、一度ラグナの手の動きがぴたと止まった。
それからすぐに、ラグナはスコールの手を握り、体温がゆっくりと溶け合って行く。



いつもお喋りが病まない男は、一言も喋らない。
それでも感じる、たった一つの気配が心地良くて、いつの間にかスコールは眠っていたのだった。


風邪っぴきでちょっと気持ちが弱っていたスコールと、世話焼いて甘やかしてるラグナの図。
スコールは無意識に寂しいやだここにいて欲しいって顔をしていたんだと思います。
勿論ラグナはずっと一緒にいるつもり(ご飯とかは作らないといけないけど)で、今日一日はスコールの傍にいるんでしょうね。

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