[フリスコ♀]目を合わせればそれだけで
裏小説[その匂いに閉じ込めて]の設定。
フリオニールが高校三年生、スコールが二年生(約一年前)の頃の話です。
昼休み、弁当を囲みながら、「スコールと付き合う事になったんだ」とフリオニールは言った。
まだ少し実感が少ないこともあって、少々口籠りに噛んでしまったが、告白はちゃんと囲む友人たちの耳に届いたらしい。
ぽかんと目を丸くするティーダと、その向かい側で「おお」と驚いた顔をするヴァンと、卵焼きを食べようとした口をぱかりと開けたまま停止したジタン。
いつもの面子が揃った此処で言うのが一番だと、フリオニールは思っていた。
それから数秒の間を置いてから、ぱちぱちぱち、と拍手が重なる。
「やっとかぁ~!」
「良かったっスね、フリオ!」
「やっぱりスコールもフリオが好きだったんだなー」
肩の荷が下りたと言わんばかりのジタンに続き、ティーダの祝福と、ヴァンのしみじみとした声。
ティーダがフリオニールの肩を組んで、良かった良かったとまるで我が事のように喜ぶ姿に、フリオニールは照れくささも混じりつつも、この報告が出来て良かったと思った。
フリオニールには、現在、一つ年下の恋人がいる。
その少女はティーダやヴァンと同い年で、クラスは違うものの、ティーダと幼馴染と言う関係があって、よく一緒に過ごしている。
フリオニールが彼女と知り合ったのもそれが縁となっての事で、一年前にティーダを介して出逢って依頼、折々に顔を合わせる機会に恵まれ、次第にフリオニールは彼女に惹かれるようになった。
その恋心を自覚したのは、この半年ほどの事で、其処に至るまでにティーダ達には随分と協力をして貰った。
何せフリオニールは色恋沙汰など経験もなかったし、スコールの方は少々人嫌いの気もあって、友人たちはどうなる事やらと終始はらはらと見守ってくれていたらしい。
恋愛マスターのジタン曰く、フリオニールからスコールへの矢印と言うのは、随分前から判るものであったそうな。
ただし、それは周囲から見ての話で、根本的に人付き合いを得意としていないスコールは、全くそんな気配を読み取ってはいなかった。
ヴァン曰く、「いつからかは判らないけど、スコールもフリオニールを好きな顔で見てた」とは言うが、何せ彼女も色恋沙汰は初めての経験であったらしい。
それをティーダが色々と気を回し、自覚症状のない彼女の混乱を宥めたり、彼女も彼女で、あちらの友人に相談したりと言う経緯の末、フリオニールの好意を受け止める決意をした。
お陰でフリオニールはスコールと晴れて恋仲と呼ばれる関係になった訳だ。
だからその一連の気苦労への感謝も込めて、ちゃんと彼らには報告せねば、と思うに至ったのである。
フリオニールは弁当のサンドイッチを齧りながら、改めて友人たちに礼を言う。
「色々気を使わせて悪かったな。ありがとう、皆」
「良いって良いって。こんな最高の結果になったんだから、骨折った甲斐もあったってもんだよ」
気の良いジタンの言葉に、ティーダとヴァンも同感だと頷く。
それを見回しながら、全く得難い友人たちに恵まれたな、とフリオニールは思った。
「これで安心して、枕を高くして寝れるってもんっスよ」
「其処まで心配させてたのか」
「だってどっちも大事な友達っスよ。二人とも、お互いが好き~って顔してるし。なのにフリオニールは中々言わないし、スコールはぐるぐるしてるし。リノアにも相談されて、俺大分頑張ったんスから」
「それは、ああ、うん……悪かったな。今度お詫びにジュース奢るよ」
「アイスが良い!暑いから」
「はは、判った。じゃあ帰りにコンビニでな」
ちゃっかり希望を出すティーダに、フリオニールが笑いながら頷く。
が、それを見たヴァンが、
「フリオ、良いのか?放課後って」
「ん?」
「一緒に帰ったりするんだろ?スコールと」
ヴァンのその言葉に、フリオニールはぱちりと瞬きをする。
代わりに成程と反応したのは、ジタンだった。
「そうだな、確かにそうだ。折角恋人がいるってのに、野郎を優先する必要はないよな」
「あー、うん、ま、そっか。スコールと一緒に帰るよな」
「え……いや、そう決まってる訳でも……恋人同士って、そう言うものなのか?」
フリオニールが此処で弁当を囲んでいる友人たちと一緒に帰る、それはいつもの事だ。
フリオニールはそのつもりだったのだが、恋人と言う存在を得ると、友人との付き合いというのも変わるものなのだろうか。
首を捻るフリオニールに、ティーダとジタンは顔を見合わせ、
「恋人と一緒に放課後デートだぜ。定番だよな」
「定番かは俺は判んないけど。でも一緒に帰った方が嬉しいもんじゃないかな。だって好きな人と一緒にいられるんだし」
「そうそう。好きな人と一緒にいられる時間を過ごして、別れ際にちょっと寂しくなって、明日またねって約束したりさ。そう言うの、大事にした方が良いぜ」
「そりゃあフリオと一緒に帰れなくなるのは寂しいけどさー。恋人って大事な人じゃん。大事な人と一緒にいられる時間は大事にしないと。フリオ、俺たちより先に卒業しちゃうしさ」
ティーダの言葉に、あ、とフリオニールは気付く。
フリオニールとスコールの間には、一学年分の歳の差がある。
現在、三年生であるフリオニールは、受験シーズンの真っ最中で、それが終われば間もなく卒業を迎えるだろう。
フリオニールが恋人となったスコールと同じ学び舎で過ごせる時間は、あと半年も残っていないのだ。
勿論、卒業したからとこの関係が終わりになる訳でも、そんな刹那のものにするつもりもないが、毎日のように当たり前に顔を合わせる距離でいられるのは、今だけなのだ。
だからさ、と気の良い友人たちは言う。
「フリオは、これからはスコールと一緒に帰るのが良いっスよ」
「勿論、スコールの都合とか、友達と一緒に帰りたいって日もあるだろうから、絶対毎日って訳でもないけどな。でも優先順位は今までと変えた方が良いぞ」
「学校だとスコールって生徒会役員で忙しいしなぁ。帰る時くらいだろ、フリオニールとゆっくり話が出来るのって」
「ってことで、俺のアイスとかはまた別の機会で良いからさ」
「今日はスコールと一緒に帰れよ。で、ちょっとくらい手繋げよ?」
「な、急にそんなこと……!」
揶揄い混じりに発破を駆けに来たジタンの言葉に、フリオニールの顔が赤くなる。
恋人同士になったんだから自然なことだろ、とジタンが堂々と言うものだから、その手の話に全く疎いフリオニールは、反論できるものなのかも判らなかった。
フリオニールが赤くなったり、それを宥めたり揶揄ったりと友人たちがしている間に、昼食は空になった。
ティーダとジタンは部活へ、ヴァンは自分の教室に戻ると言うのを見送って、フリオニールはさてどうしようかと考える。
調理部に所属しているフリオニールは、その活動は基本的に決まった曜日の放課後にあるので、それまでは全く縛られるものがないのだ。
時折、ティーダを始めとした運動部に助っ人や練習の付き合いを頼まれる事はあるが、今日はそれもない。
暇潰しに図書室にでも行こうか、とその方向へ廊下を歩いていると、ふと、窓から見える景色に目が行った。
この学校には二つの校舎が並び、それぞれのフロアが渡り廊下で繋がれている。
フリオニールが今いるのは、生徒たちの多くが一日の殆どを費やす教室棟で、もう一方の校舎には、技術室や化学室、音楽室、視聴覚室と言ったものが揃えられていた。
昼食が終わると、其方の教室へと移動する生徒の姿も多く、また、その流れの中に、風通しの良い渡り廊下をたまり場としている者も少なくない。
その渡り廊下に、フリオニールが見慣れた少女の姿があった。
濃茶色の髪を肩のあたりまで伸ばし、すらりとしたシルエットで、制服を崩さずにきっちりと来ている女子生徒───スコールだ。
その向かい側で身振り手振りに話している黒髪の少女は、スコールの親友である、リノアだろう。
(……楽しそうだな)
下に見える渡り廊下を、遠く窓から覗き込んで見つめて、フリオニールはくすりと笑んだ。
スコールはフリオニールに背を向ける形で、渡り廊下の桟に寄り掛かっており、彼女の顔を見る事は出来ない。
しかし、向かい合っているリノアが終始笑顔であるし、会話も弾んでいる───と言っても、恐らくスコールは相槌くらいなのだろうが───ようなので、きっと楽しい話をしているのだろう。
こうやって、窓辺からスコールの姿を見るのは、珍しいことではない。
学年が違うこともあって、三年生のフリオニールは三階に、二年生のスコールは二階に教室がある為、この角度から渡り廊下にいる彼女を見るのは、日常的な事でもあった。
(そう考えると……恋人、同士になったけど。あまり前と変わってないかも知れないな)
先のティーダ達との会話を思い出しながら、フリオニールはそんな事を思う。
恋人同士になったのなら、放課後は一緒に帰るものらしい。
絶対そうなのかは判らないが、少なくとも、ティーダやジタン、ヴァンは、そう言うものだと思っているようだった。
そう言えば、誰それが付き合うようになったという話が出ると、その当事者が昼休憩にもその相手がいる教室にやって来るとかいうイベントも見た事がある。
詰まる所、恋人同士という間柄になると、その二人はことに一緒の時間を大事にするもの───なのだろう。
とは言え、フリオニールの昼は相変わらず友人たちと一緒だった。
これは先日の告白の結果を彼らに伝えねばと言う目的もあったが、では明日からはスコールの元に行くかと言われると、よく判らない。
友人たちと一緒に摂る昼食は楽しいし、スコールも、リノアや他の幼馴染の面々との付き合いだってあるだろう。
(スコールの周りも、皆仲が良いみたいだし。それを邪魔するのは、ちょっと悪い気もするんだよな。俺の我儘にスコールを無理に付き合わせても良くないし……俺達は、これ位で良いのかも)
案外と変わらない日々で良い、事もあるかも知れない。
まだ始まって三日も経たない関係の中で、フリオニールはそう考えていた。
と、見下ろしていた先で、リノアが此方に向かって手を振った。
フリオニールの存在に気付いた彼女は、向かい合っている親友に、あっちあっち、と指を差している。
振り返ったスコールの目が、きょろ、と少し彷徨った後、窓辺から覗くフリオニールを捉えた。
ひら、とフリオニールが手を振ると、スコールはさっと顔を背けてしまう。
リノアがそれを見て何事か言っているようだったが、スコールは頑なに顔を上げなかった。
恋人に顔を背けられる形になったフリオニールはと言えば、
(ちょっと邪魔してしまったかな)
折角、親友と楽しいお喋りをしていただろうに。
放課後にでも顔を合わせることが出来たら、詫びておこう。
その時、一緒に帰っても良いかと言う事について、聞けそうなら聞いてみようか。
リノアがスコールの下から離れ、反対校舎の方へと向かう。
スコールもそれを追うように歩を踏み出したが、ふとその足が止まって、顔を上げた。
蒼灰色の瞳が、真っ直ぐにフリオニールを見付ける。
それはほんの一瞬の事だったが、確かにその瞬間、彼女の頬は柔く甘く綻んだのだ。
フリオニールが其処にいる、目が合った、うれしい────そんな気持ちを隠し切れない唇が、微かに緩んで笑みを浮かべる。
それからすぐに、スコールはリノアを追って、渡り廊下の向こうへと行ってしまった。
フリオニールはじっとその背中を見詰めた後、窓枠に寄り掛かるようにして俯き、赤くなった耳を自覚する。
(……かわ、いい……)
自分を見て笑った。
その瞬間に、フリオニールの頭は、その言葉以外を忘れていた。
紅くなった耳と、口元が勝手に緩むのが判って、フリオニールはそれを手で隠すのが精一杯だ。
頭の中は、今見たばかりの光景を延々とリフレインさせている。
そんな顔を見せてくれる恋人が、スコールが、愛しくて愛しくて仕方がない。
恋人同士になったからと、彼女との日常生活が変わるものではないと思っていた。
だが、とんでもない。
ふとした折に見付ける愛しい人の姿が、こんなにも世界を彩ってくれるなんて、フリオニールはこの時初めて知ったのだった。
『遠距離フリスコ♀のお話(付き合う前でも付き合い立てでも更に関係が深まったふたりでも○年後でも)』のリクを頂きました。
付き合い立ての二人です。随分初々しかったようで。でも好きが溢れて止まらないようです。
これでフリオニールの卒業がより近付いて来ると、一緒にいられる時間と言うのが貴重だと言う事が如実になってきて、反動で一緒にいる時間を濃いものにしたくなるんだと思います。