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[ティスコ]君が僕の力になる

  • 2023/10/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



くつくつと煮立った鍋の中身は、いつもの事を思えばかなり豪華だった。

別段、質素倹約をモットーとしているだとか、贅沢は敵だとか言うつもりはないが、しかしスコールが作る鍋と言うのは、基本的に野菜が多いものである。
そうしないと同居人が肉ばかりを食べるのだから、ちゃんとバランス良く食べさせるには、やはり食卓に出るものから調整をかけるのが一番確実だった。

けれど、今日ばかりはそれも忘れて良いだろう。
いつものスーパーで今日の夕飯を作る材料を吟味しながら、スコールは豚バラ肉の大きなパックを二つ買った。
普段は小パックを一つと、つみれ団子を選ぶ所だが、今日は豚のみ。
牛肉をたっぷり入れたすき焼きと言う手もあったが、それは流石に豪華の極みだと思うので、もっと別の機会が良い。
最高の手札を使うなら、彼だって最高の時が良いだろう。
それを確実に食べられる日がある事を自分は願っているし、彼もその為に日々を努力しているのだから。

夕方の走り込みに行ってくると言うティーダを見送って、スコールは直ぐに夕飯の準備に取り掛かった。
出汁を取っている間に白菜と葱を刻み、大根と人参をかつら剥きにして、椎茸は半分に切る。
大盤振る舞いするとは決めても、野菜はしっかり食べさせなくてはと思うので、まずはそれをたっぷりと入れて火が通るのを待った。
山盛りだった野菜がしんなりと柔らかくなって、先ずは豚肉一パックを全て投入。
野菜の上をすっかり埋め尽くす肉に、多かっただろうかと一瞬思ったが、どうせ杞憂に終わるだろうと推測する。

食卓に備えた卓上コンロに鍋を移動させた所で、玄関のドアが開く音が聞こえた。


「ただいまー!」
「お帰り」


元気の良い声を聞きながら、スコールは食器の準備を済ませて行く。
其処へ同居人────ティーダがやって来て、食卓に置かれた今日の夕飯に気付いた。


「やった、鍋!」
「寒くなって来たからな」
「助かる~。さっきも走りながら大分寒くなって来たなーって思ってたとこでさ。温まるのが良いよな、鍋は」


言いながらティーダは洗面所へ向かう。
その背中にスコールが「風呂は?」と聞くと、「飯食ってから!」と言う返事。
食い気があって何よりだと、スコールはティーダの茶碗に米を山盛りに装ってやった。

ティーダがそわそわとしながらリビングダイニングに戻って来て、いつもの位置へと座る。
スコールが鍋の蓋を開けると、たっぷり野菜の上にたっぷり並んだ肉を見て、おおおお、と人懐こい目がきらきらと輝いた。


「豚肉いっぱい!今日は豪華っスね!」
「あんたが無事に予選を突破したからな」
「お祝い?やりぃ!」
「ポン酢とゴマだれ、どっちが良い」
「ゴマ!」


先日、ティーダの所属する水球部が、全国大会の予選を突破した。
トーナメント形式で争われた予選は、強豪校が犇めくグループへと配され、エースと名高いティーダを擁するチームでも、敗退の可能性が最後まで否めなかった。
その通りに危ういシーンはありつつも、ティーダが粘り強くボールに食らいつき、その姿を見たチームメイト達も奮起した。
その甲斐あって、チームは無事に予選大会を一位で通過し、全国大会への切符を手に入れたのである。
今日の夕飯は、スコールなりにそれを祝したものなのだ。

ティーダ希望のゴマだれドレッシングをテーブルに置いて、スコールはティーダと向かい合う席へ座る。
待ち侘びて堪らなかったティーダは、早速両手を合わせて「頂きまーす!」と弾んだ声で言った。
倣ってスコールも形ばかりに手を合わせて、先ずは白菜を取る。
ティーダはと言うと、スコールが予想していた通り、程好く火の通った肉をひょいひょいと浚っていた。


「野菜もちゃんと食べろよ」
「判ってる判ってる。これ食ったら次は食べる!」


スコールが日々の栄養管理の為、食事作りに気を遣っている事を、ティーダもよく知っている。
それでもついつい、いつもよりも沢山入った鍋の肉の誘惑に負けてしまう。
やれやれ、とスコールは一つ溜息を吐いたが、食事が体を作る為に大事である事も、その為に何を食べていくべきかと言う事も、ティーダは理解していた。
まだ口煩く言うタイミングじゃない、と始まったばかりの鍋パーティに説教は引っ込めて、自身も豚肉へと箸を伸ばした。

今日は午後に体育の授業があり、ティーダはその後、クラブチームに顔を出して練習をしている。
それから帰って休憩した後、日課の走り込みに行ったので、ティーダの胃袋は空っぽだ。
まるで吸い込まれるように消えていく肉に、自分で食べつつ、ティーダは段々とそれを惜しむ表情を浮かべていた。


「あー、肉がなくなっちゃう……」


寂しい、と眉をハの字にするティーダに、スコールは食事の手を続けながら、


「もう一パックある」
「マジっスか!」
「それで最後だからな。後はない」
「じゅーぶんっスよ!」
「出して来る。そのまま食べてろ」
「サンキュー!」


言いながらティーダは、豚肉と一緒に白菜を取っている。

スコールは冷蔵庫で待機させていた豚肉を取り出し、食べやすい大きさに切った。
適当に取り出した皿に、先ずは全体の半分を乗せて食卓へ戻り、鍋に入れる。
蓋をして少し待てば、直ぐに火が通って、ティーダが早速箸を伸ばした。


「こんな豪華な飯食えるんだから、本選も頑張らないとな」
「気合が入ったなら何よりだ」
「なあ、優勝したら今度は何作ってくれるんだ?」
「気が早すぎるだろ。まだ日程も出てないのに」
「日程なんか判らなくても、練習はするし。楽しみがあった方が燃えるし」


そう言って期待に満ちた目で見詰めるティーダに、どうせなら黙って準備してやりたかったんだけど、とスコールはこっそりと思いつつ、


「……すき焼きは考えてある」
「やった!」
「優勝したら、だからな。途中で落ちたら知らない」
「判ってるって。俺は絶対優勝するからな!」


そう言って拳を握るティーダは、目標を口にする事で、自分を奮い立たせているのだろう。
直向きなその様子に、スコールは眩しさに目を細めながら、傍目には「頑張ってくれ」と素っ気なく言った。

追加からの追加の肉が鍋に入る頃には、流石にティーダの胃袋も満たされてきて、食べるペースがゆっくりになる。
取り皿に移すものも野菜が中心になり、そろそろお開きと考えても良さそうだ。
鍋の中は粗方食べ尽くされていて、野菜を足した所で明日の夕飯には足るまいと、何かリメイクするか、汁物として明日のメニューに組み込むか、と考えていた時だった。


「予選は無事に抜けたし。練習も日々快調。へへ、スコールのお陰っスね」


そう言って笑いかけるティーダを見て、スコールは何とも言えない表情が浮かぶ。
ティーダの言葉は嬉しくない訳ではないのだが、予選も練習も、ティーダ自身が努力して実をつけたことだ。
彼と一緒に戦う訳でもないのに、自分のお陰と言われても、スコールは腑に落ちないものがあった。


「試合も練習も、あんた自身の力だろう。俺は何もしてない」
「いつも応援してくれるじゃん」
「……それだけだろ。大体、試合だって俺は見ているだけだし」


ティーダが試合の時、スコールは出来るだけ現地に応援に行くようにしている。
そうしてくれと言われた訳ではなかったが、ティーダが頑張っているのなら、その姿を少しでも多く見ておきたかった。
子供の頃から一緒に過ごしてきた幼馴染であり、今は恋人と言う関係もあって、ティーダの努力は一つでも多く報われて欲しいと思う。
そんな願いに似た気持ちもあって、何も出来ないけどせめて────と、なんとか時間を作っては、ティーダの試合を見に行った。

それだけだ、とスコールは思う。
けれども、ティーダにしてみれば、“それだけ”の事がとても大きい。


「好きな人が見に来てんだもん。格好悪いとこ見せられないから、気合が入るよ」
「……大袈裟だ」


真っ直ぐに目を見て言われて、スコールは頬が熱くなる。
どうしてこうも臆面もなく、こんな台詞を言う事が出来るのか、幼馴染ながらにスコールは判らない。
その直向きな素直さが、ティーダの誰より良い所だと言う事は、深く知りながら。

赤らむ顔を見られたくなくて、スコールは「片付ける」と言って席を立った。
そそくさと逃げるその耳が、後ろから見ても判る程に赤くなっている事を、スコールは気付いていない。

スコールが洗い物をしている間に、ティーダが鍋の残りをガラス製のタッパーに移す。
大きめのタッパーではあるが、其処に納まる程度にしか残り物がないのなら、明日はこれを汁物にして出すのが手っ取り早いだろう。
ティーダは中身が零れないようにラップを挟んで蓋をして、冷蔵庫の中へと仕舞と、洗い物に無理やり意識を集中させているスコールの下へとやって来て、


「スコール」
「!」


ぎゅう、と後ろから抱き着かれて、スコールは危うく茶碗を取り落としそうになった。
後ろにその気配があるのは判っていたのに────いや、判っていたから、意識していたからそんな大仰な反応をしてしまったのだ。
等と言う事はやはり知られたくなくて、意識して眉間に皺を寄せながら、じろりと肩から覗き込んで来る恋人を睨む。


「危ないだろ」
「ごめん。へへ、鍋美味かったっス。ありがと、スコール」
「……別に」


いつもの夕食だと、わざわざ感謝される謂れもないと言うスコール。
しかしティーダは、ぎゅう、とスコールの腹を抱きながら、


「スコールがいるから頑張れるんだよ。本当に」
「………」


普段の快活とした声ではなく、染み込んで来るような静かな声に、スコールも口を噤む。
首筋に当たる呼吸の気配が、どうにもくすぐったくて堪らなかった。

洗い物が全て片付いても、ティーダは抱き着いたまま離れない。
鍋で温まった所為だと思うが、じんわりと躰の奥が火照っていて、スコールは落ち着かない気分だった。
頬を掠める髪の毛の感触もあって、そうっと其方に首を傾けてみれば、上目に此方を見ているマリンブルーに見付かった。
それがより近付いて来る気配に、仕様がない奴、と赦す格好を取りながら受け入れる。

キスは触れるだけの柔いものから始まって、段々と吸い付きながら深みを増していく。
明日は平日なのに────と思いながらも、スコールは触れる手を突き放す術を持っていないのだった。



10月8日と言う事で、現パロで幼馴染で同居で恋人なティスコ。

このスコールはティーダの大事な試合の前には、トンカツとかカツ丼とか作ってると思う。
出来る限り試合を見に来てくれるので、ティーダも気合が入る。ゴールしたらスコールに手を振ったりする。
同居しているのでティーダは家ではいっぱいいちゃいちゃしたいし、スコールはそれが恥ずかしいけど、結局のところ嫌ではないんだと思う。

[ジタスコ]この小さな屋根の下

  • 2023/09/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



外で降り出した雨に気付いた時には、通り雨だろうと思っていた。
昨日の天気予報でも、今日は晴れ空が続くと言っていたし、実際、振り出すほんの数分前まで、真っ青な空がよく見えていたのだ。
長雨など誰も予想も考えもしておらず、放課後、帰る頃にはもうこの雨は止んでいるものだとばかり。

だが、天気予報と言うのは刻一刻と変わるものだ。
特に季節の変わり目ともなると、何かにつけて大気は不安定になり易く、不意の悪天候がやってくる事もある。
実際に、インターネットなどで公開されている雨雲レーダーを終始眺めていれば、ばらばらと斑な雨雲がランダムに浮かんでは消えていく様子を確認できるだろう。
だが、航空関係の仕事をしているだとか、海なり山なり、天気に左右されることの多い仕事をしている者ならともかく、平地の都会の真ん中で暮らしている学生が、そんな事を逐一確かめる訳もない。
皆が昨日の天気予報、若しくは今朝のそれを見て、今日の空模様の予定を思う位だろう。

だから俗にゲリラと呼ばれる急な豪雨がやって来ても、何ら誰の責任と言うものでもないのだ。
天気予報士に文句を言えども、彼等とて完璧な未来が予測できる訳ではないし、そもそも「大気が不安定な状態が続いています」とは言っているのだから、彼等はきちんと仕事を熟している。
単にそれを見る者が、自分が確認した時から現在に至るまでの変化を見ていないだけなのだ。
とは言え、誰も彼もが情報を常に最新版に更新できる筈もないので、“自分が見ていた天気予報”の情報から外れた空を見ると、溜息なり愚痴なりと出て来るものであった。

予報になかった今日の雨は、午後の授業が始まった頃に降り出した。
急速に空が暗くなって行くのが見えて、嫌だなあ、と誰かが呟く位には、青空からの急転直下振りは大きかった。
それでも、午後の体育の授業が屋内に切り替わる位で、さっさと通り過ぎるだろうと思っていた者は少なくない。
そうすれば、放課後の寄り道なり、部活なりと、楽しむ事は出来るだろうと。

しかしこれもまた予想を外れて、雨は長々と降り続けた。
一番の大粒の土砂降りだったのが、振り始めてほんの数分のみであったのは幸いだが、その後も空は分厚い暗雲に覆われたまま。
少しずつ雨の勢いは失われてはいるものの、まだ十分に“雨降り”と言って良い具合だった。
多くの生徒は晴れ空の天気予報を信じていたから、どうやって帰ろう、と頭を悩ませている。

そんな中、ジタンは悠々としたものだ。
鞄の中に入れっぱなしにして忘れていた折り畳み傘は、こんな時にこそ役に立つ。
それがある事を、授業の隙間の休憩時間に改めて確認しておいたので、残る一時間の授業は心穏やかに過ごすことが出来た。
本音を言えば、綺麗さっぱり雨が止んでくれる方が良いのだが、どうも雨雲はこの街の上空に留まったまま動くつもりがないらしい。
放課後を迎えても相変わらず淀んだ空は続き、グラウンドは水を含んでぬかるみを増やしていた。

今日の最後の授業が終わり、ホームルームもそこそこに、生徒たちは帰路に就くべく昇降口へ向かう。
その間、廊下のあちこちでは、友人同士で傘の貸し借りを求める声があった。
ジタンのように折り畳み傘を常備している者もいれば、置き傘があると言う者、仕方がないから濡れて返る者など様々である。
中には、学校から家が近い者の家に転がり込んで、其処で傘を借りるだとか、最寄のコンビニでビニール傘を買うだとか、皆色々と手段を考えているようだ。

ジタンはと言うと、今日は本屋に寄って漫画雑誌を買う予定だったのを、どうしようかと考えている。
当初の予定通りに動いても構わないのだが、雨の中を行くのが聊か面倒臭い。
別に冊数限定の特装版が欲しい訳ではなかったし、雑誌のように次号が出ると置き場が更新される訳でもないし、明日以降、天気が安定した時に行っても構わなかった。
そうするか、と言う所まで至った所で、昇降口に到着し、ジタンは上履きをスニーカーへと履き替える。

思い思いのスタイルで雨の家路に向かう少年少女達を尻目に、ジタンは鞄から折り畳み傘を取り出した。
早速それを開こうとした所で、ふと、あと一歩で外と言う軒の下に立っている人物を見付ける。
濃茶色の髪に、すらりとしたシルエットは、恨めしいものを見るように曇天の空を睨んでいた。


「スコールじゃん。どうしたよ」


一つ上の学年に在籍する青年───スコールの名を呼ぶと、気怠げな蒼灰色が此方を見た。
スコールは其処にいるのが見知った後輩であると気付き、はあ、と溜息を吐いて視線を空へと戻す。
言うのも面倒、見れば判るだろうと言う仕草に、ジタンは唇を苦笑に緩めつつ、彼の傍へと行ってみる。


「雨だな~」
「……」
「傘ないクチ?」
「……」


じと、と蒼い瞳がまたジタンを見た。

真面目な気質である事、余計な荷物を増やしたがらないスコールだから、必要もないのに折り畳み傘を鞄に常備することはあるまい。
生徒の中には学校に置き傘を備えて───放置とも言うか───いる者もいるが、スコールはそれもしていない。
こんな急な雨の日に、労を凌ぐ手段は持っていないのだ。

スコールが見ているのは、ジタンの手に握られた、開きかけの折り畳み傘だ。
ジタンは、傘があって良いよな、と言う声を聴いた気がした。


「まあ仕方ないよな。天気予報じゃ晴れるって言ってたし」
「……」
「こんなにいつまでも降るとは思わなかったし」
「……」


誰もが口々にしていたことを言ってみれば、スコールは益々うんざりとした表情を浮かべる。

二人の脇を、男子生徒が鞄を軒替わりにして走って行った。
鞄なんてもので降り頻る雨から幾らも体を守れる訳もなく、男子生徒はあっという間に全身を濡らして、止まらず肛門に向かって駆ける。
家が近いのか、とにかく急いで帰らなければならないのかは判らないが、彼は覚悟を決めて、この雨空に挑んだようだ。
降り頻る雨がいつ晴れるとも知れないと思えば、あれ位に思い切り良く生きた方が良いのかも知れない。

だが、スコールの足は軒下から根が張ったように動かず、彼は雨の中に飛び出していく気はないようだ。
焦るような用事もないなら、のんびりと雨が上がるのを待つのも、選択肢の一つだろう。
問題は、何度天気予報を見ても、向こう数時間はこの雨が止んでくれる様子がないと言うことだ。
そんな空を見つめるスコールの表情からは、急いで帰る必要もないが、いつまでも此処で佇み待ち続けるのも面倒と言う内心がありありと表れていた。

ふむ、とジタンは手元の雨具を見て、


「折角だし、入ってくかい?」


傘を軽く掲げて示してやると、スコールの目がぱちりと瞬きを一つ。
じっと物言いたげにしながらも噤まれた唇の奥では、色々な言葉が零れているのだろうが、ジタンは敢えて気にせずに、折り畳み傘を開いた。


「サイズはこんなもんだけど、二人ならギリギリ入れるだろ」
「……いや、俺は……」
「止むかも判りゃしないし、逆に激しくなるかも知れないし。これ位の雨になってる内に、帰った方が良いと思うぜ」
「………」
「途中でコンビニ寄る?傘買うんならその方が良いよな」


スコールの家は、ジタンの家とは途中で反対方向に別れる事になる。
その時、雨がもう少し弱まってくれていたら、傘もいらないかも知れないが、それは皮算用だ。
帰宅まで無事に過ごしたいと思うのであれば、道中にあるコンビニによって、適当な雨具を調達するのが良いだろう。
それまで束の間、ジタンの傘下を借りれば良い。

スコールはしばらく考える様子を見せていたが、ジタンはそれを、開いた傘を肩に乗せてのんびりと待った。
一人でその場を離れようとはしないジタンに、スコールの方が根負けした様子で、溜息を一つ。


「……邪魔する」
「あいよ、いらっしゃい」


ジタンは腕を少し上に伸ばして、スコールの頭に傘が当たらないように補った。
と、その傘を持つ手に、スコールの手が重ねられ、


「俺が持つ」
「いや、良いよ。オレが」
「……俺の方が身長が高い」
「そーだな、悔しい事にな。やれやれ、仕方ないからお願いするよ」


確かに、ジタンよりもスコールが傘を持った方が、その軒下は快適だろう───主にはスコールが。
あと10cm伸びてくれたら、と思うジタンであったが、兄クジャが自分とほぼ変わらない身長(彼の方が少し高いが)であると思うと、打ち止めなのかも知れない。
いや、まだ伸びしろはある筈だと自分に言い聞かせつつ、スコールの手に傘の持ち手を預けた。

ぬかるむ地面を踏みながら、グラウンドを真っ直ぐに正門へと向かう。


「本屋行こうかと思ってたけど、もう面倒臭いんだよな」
「……俺も」
「あ、なんか買いたいものあったか?どうする、行く?」
「…いや、良い。それよりコンビニで傘を買う」
「無難だな。オレはついでに何か食い物でお買おうかな」
「買い食いは校則で禁止だぞ」
「誰も守っちゃいないって、そんなの。お前だって時々コーヒー買って行ってるじゃん」
「飲むのは帰ってからだから、買い食いには当たらない」
「いやどうだろ、そんな理屈あるかね」


スコールが何処まで本気で言っているにせよ、確かに買い食いの制限はあれど、実際にはそれは形骸化された校則であった。
放課後にコンビニに寄ったり、ファーストフードを食べたり、大通りの出店屋台に誘われる生徒は少なくない。
今時の学生と言うのは忙しくて、学校が終わったら、家にも帰らず直ぐ塾だ習い事だと向かう事も多かった。
そうして夕飯も遅くなってしまう事も珍しくない訳で、このタイミングで軽く腹拵えをしておかなければ、習い事にも身が入らない。
教員たちもそれは理解しているので、精々が「迷惑かけるんじゃないぞ」と釘を刺しておく程度だ。

校門を抜けて間もなく、生徒達が寄り道の定番にしているコンビニが見えて来る。
傘を持たずに学校を飛び出した生徒の殆どは、まず此処を目指し、雨具の調達を狙っていたのだろう。
一人、また一人と制服姿の少年少女が現れては、購入したばかりの傘を開いて、改めて家路に着いて行く様子を見る事が出来た。

二人はコンビニの入り口脇の軒下へ入り、ジタンは傘を閉じた。
どうせまた直ぐに使うのだがとは思いつつ、濡れた傘をそのままに持つ訳にも行かないので、仕方なくきちんと閉じてカバーに入れて置く。
湿ったそれを鞄の中に入れる気にはならなかったので、ジタンはそれを手に持ったまま、店内へと入った。

雨に濡れた若者達が転がり込んで来る所為だろう、店の中はじっとりと湿気が多い。
長居は無用だなと、ジタンは商品棚から袋菓子、レジ横のホットスナックから肉まんを頼んで、支払いを済ませた。
その後ろに並んでいたスコールは、予定通りにビニール傘と、いつもの缶コーヒーを買っている。

と、


(────あ)


鞄から財布を取り出しているスコールの肩を見て、ジタンは其処が水染みに濡れている事に気付いた。

折り畳み傘は、どうしてもサイズとしては小さいもので、一人用と言って良い。
其処に二人で収まっていたのだから、肩が食み出てしまうのは仕方がない。
しかし、ジタンの体は、足元の水溜り跳ねを除けば濡れた所はなく、傘を持っていたスコールの肩だけが不自然に濡れているのは、つまり。

なんとなく悔しい気持ちが立って、ジタンは鞄の中を探った。
其処へ支払いを終えたスコールが戻って来て、


「何してるんだ、あんた」
「ん。いや、ちょっとな。取り敢えず、店出るか」


大して広くもないコンビニの一角を占拠していては、買い物客の邪魔になる。
ジタンが促すと、スコールは素直にその後ろをついて、店の外へと出た。

スコールが購入したばかりの傘を開き、ジタンも折り畳み傘をもう一度開き直した。
一人一つ分の傘の下で、ようやく遠慮もしなくて良いと、スコールがほうっと息を吐き、


「助かった」


その言葉は、此処に来るまで束の間の軒下を貸してくれた友人への感謝のものだろう。
律儀なそれに、ジタンは真面目な奴だなと思いつつ、


「スコール、ちょっと屈んでくれ」
「……?」


ジタンの言葉に、スコールは訝しむ表情を浮かべながらも、背中を丸めて見せる。
身長差で少し遠かったスコールの肩が目線の高さに来て、改めて近くで確認すると、其処はぐっしょりと濡れている。
ジタンは鞄から取り出したハンカチタオルで、スコールのその肩を拭いてやった。


「折角傘持ってたのに、濡れてるじゃねーか」
「……傘、小さいんだから仕方がないだろう」
「だからってお前が濡れる事ないだろ」
「あんたの傘を借りたんだ。あんたを濡らす方が、気が悪い」
「ま、気持ちは判んなくもないけどさ。首んとこまで濡れてんじゃん、殆ど背中出てたんじゃないか?」


やはり、折り畳み傘では二人を庇うのは限界だったと言うことだろう。
とは言え、こうも背中が濡れている所を見るに、スコールが持っていた傘は、彼自身よりもジタンを庇う為に構えられていたことが判るもの。

ジタンはハンカチでスコールの首の後ろをしっかりと拭いてやった。
意外と柔らかい毛質なんだなと思いつつ、大方の水分を吸い取ってやった所で、手を放す。


「こんなもんか」
「……ああ、悪い」
「どうせなら詫びじゃなくて感謝が聞きたいトコだな」
「………」


ウィンクをして見せるジタンに、スコールは相変わらず胡乱げな視線を向ける。
心持ち尖った小さな唇が、やはり色々と物言いたげにはしていたが、それが音になる事は滅多にない。
いつものスコールの表情と言えばそうなので、ジタンは深くは気にせず、タオルハンカチをズボンのポケットに突っ込んだ。

スコールは拭かれた感触が残っているのか、首の後ろを気にして手を遣っている。
その眦が、不快に歪んでいる訳ではない事だけを確認して、ジタンは「行こうぜ」と言った。

傘の下が自分専用の空間となって、歩き易さは勿論のこと、密着によるじっとりとした湿り気からも解放されて、快適度が増した。
いつも通りに傘を持っていれば、背中や肩、脇に抱えた鞄が濡れる事もない。
折り畳み傘でさえそうなのだから、普通のビニール傘を使っているスコールは言わずもがなだろう。

────でも、とジタンは思う。


(なんとなく、あのまんまでも、あんまり悪くはなかったな)


小さな折り畳み傘の下に、二人で寄り添うように収まっていた一時。
結局スコールの肩や背中は濡れているし、歩調を合わせて歩いていたので、ジタンも歩き難さはあった。
それでも不思議と嫌な感覚はなく、傘の中でだけ完成されたような緩やかな空気感に、また同じような言があっても良いかも知れない、等と思っていた。



こんな事もあるのなら、不意の雨も悪くはないかも知れない。
またの機会に備えて、折り畳み傘もまた、鞄の底に仕舞われる事になるのだろう。



9月8日と言うことでジタスコ!

なんとも不安定な天気が続いているので、二人で相合傘して貰ってみた。
身長が足りないことがなんとも悔しいジタンと、軒を借りているのは自分なので、密かに遠慮していたスコール。
でもジタンはジタンで、自分が濡れる位なんともないと思っているので、スコールに遠慮すんなよと思っている。
ちゃんとハンカチを持っているのは紳士の嗜み。
拭かれている間、スコールも大人しくしていたので、結構気を許しているんだと思います。

[クラレオ]貰えるのなら余さずに

  • 2023/08/11 21:05
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



自分の誕生日が来ると言う事は、ユフィが何かにつけて言っていたので、覚えていた。
それから遠からず内に、レオンの誕生日もやってくるので、どちらがとは言わないが、ついでのようなものだ。
またその理由に託けて、少々豪華な夕飯にありつきたい、と言うのが末っ子分の楽しみなのだろう。
祝われる事については特に感慨がある訳でもなかったが、美味い飯が食えるのは此方としても喜ばしい。
寝床から追い出される心配もまずないと思うので、仲間の気遣いは有り難く頂戴する事にしている。

その傍ら、誕生日プレゼントに何が良いかと聞かれた訳だが、すぐに浮かぶほどに物欲はない。
細々としたもので言えば、武器を手入れする為の磨き布だとか砥石だとか、邪魔にならないサイズの水筒でもあれば出先で楽だとか、そろそろ穴が開きそうな靴下の新調だとかはある。
あるが、わざわざそれをプレゼントにしてくれと言うと、何故か「甲斐がない!」と抗議されるのであった。
靴下はともかく、水筒くらいは許されても良いのではないかと思うが、取り敢えず消耗品の類は脇に退けておいて、思い浮かぶものを幾つか伝えておいた。

そして今日と言う誕生日当日を迎えると、再建委員会の活動の場所でもあり、憩いの場でもある魔法使いの家では、細やかながら誕生日パーティが催された。
レオンとエアリスが作った手料理に加え、ユフィはしっかりと、クラウドのプレゼントにと、リクエストに則ったものを用意して来た。
おめでとう、と無邪気な笑顔と共に渡されたのは、丈夫な革張りの鞄だ。
大きさはポーチと呼んでも良いサイズだが、革も馴染んで柔らかくなれば、良い使い心地になるだろう。
小さいからこそ、持ち歩くのに邪魔にならない、と言うのもクラウドには有り難かった。
長年使い続けてボロボロになった鞄とはおさらばし、これからは此方を使わせて貰うとしよう。

シドが「これが俺からだ」とプレゼントに出して来たのは、年季の入ったワインだ。
いつもビールの男が珍しい、と思いつつ受け取って、のんびり出来る時に開ける事にした。
今日は鱈腹食べているので、既に腹が重い。
飲む時にはレオンに摘まみもねだってやろうと勝手に決めつつ、クラウドはそれなりに心地の良い誕生日と言うものを味わったのだった。

楽しい時間は存外とあっと言う間に過ぎて行き、夜も更けた。
クラウドは故郷にいる時は気儘な日々を過ごしているが、幼馴染たちはそうではない。
明日も街の再建の為に忙しなくしている彼等は、そろそろお開きと言う空気になると、手慣れたもので誰となく片付けを始める。
ユフィはもう少し楽しんでいたい様子だったが、彼女も明日はパトロールがあるのだとか。
誕生日プレゼントは渡したし、美味い夕飯も食べれたのだから、十分満足はしている───とのこと。

そしてクラウドは、片付けの場からは一足先に抜けさせて貰った。
レオン、エアリス、ユフィがいれば、片付けの手は十分足りているし、そもそもクラウドは台所などは接近禁止令が出されている。
生活力がないのは自覚しているので、帰って良いと言うのなら、有り難くそうさせて貰う事にした。

クラウドの寝床は、今日もレオンの家である。
どうせ使うんだろうから、ちゃんと玄関から入れと放られた鍵を使って、言われた通りに正規ルートで中に入る。
膨れた腹を改めて自覚して、胃袋の張り具合を手で撫でて確かめながら、ソファに転がった。
ビールも数本、空けているので、ほろ酔い程度はあるかも知れない。
しかしシャワー位は浴びてから寝たいな、とうとうととしていた頃に、閉めずにいた玄関のドアが開く音がした。


「ふう……」


零れた吐息の声に、クラウドが首を傾ければ、家主の帰宅だ。
クラウドがのっそりと起き上がった所で、パチリと部屋の電気が点けられる。
そうして家主───レオンはソファを陣取っているクラウドを見て、やっぱりいたなと言う表情を浮かべた。
特段、気にするものでもないので、見ただけで彼は何も言わない。

レオンはキッチンに向かうと、グラスを一つ取り出して、水を注いだ。
乾いた喉を潤して、濡れた口元を手の甲で拭う。
クラウドがなんとなくそれを見ていると、


「クラウド」
「ん」


呼ばれると思っていなかったので少々驚いたが、返事をした。
レオンは口をつけたグラスを簡単に水洗いしながら、


「何か欲しいものでもあるか」
「……なんだ。あんたも何かくれるのか」


今日はクラウドの誕生日だし、問うてくると言うことはそうなのだろう、とクラウドは思いつつ、糠喜びの可能性も否めないので、確認に訊ね返してみた。
レオンはそれに対して、まあな、と言いつつ、グラスを水切り台に伏せる。

それからソファへと近付いて来たレオンは、いつも着ているジャケットのポケットを探る。
其処から小さな紙袋を取り出すと、クラウドの顔の前へと差し出した。


「これは?」
「エアリスからだ」
「つまり彼女からのプレゼント、と」
「そうだな」


肯定を受けて、クラウドはそれを受け取った。

袋は可愛らしい柄が描かれているが、店のロゴのようなものは見当たらない。
封は色付きのマスキングテープで閉じられ、緑色のマジックで四葉のマークが手描きされていた。
口を開けて、左手を皿にして袋を逆様にしてみると、小さなシルバーのピンブローチがころりと現れる。
先端に象られたモチーフは、狼のようであったが、もう少しまろやかな犬にも見える。
多分手作りだな、と思いつつ、器用なものだとクラウドは感心した。

これがエアリスからの、クラウドへの誕生日プレゼント。
恐らくは先に帰ったクラウドに渡るようにと、エアリスが共に片付けに残っていたレオンに預けたのだ。
そして、恐らくはこれを手渡されたから、レオンは思い出したのだろう───自分はこれと言って、プレゼントを用意していないことを。


「自分だけ何も用意してないのが気が引けたのか?」
「まあ……多少はな。エアリスは夕飯も作ったのに、それも用意しているし」
「別に強制のものでもないだろう。何かくれる気があるなら、遠慮なく貰うが」


基本的にクラウドに対しては、他の面々に比べると、聊か雑にもしてくれるレオンである。
誕生日プレゼントなんて自分が用意しなくても良いだろう、と思っていたのも想像できるが、仲間が皆一様に用意しているのを見て、聊か気が咎めたのかも知れない。
それなら、その気が失われない内に、多少の我儘を聞いて貰うのも悪くない。

とは言え、ユフィに質問された時と同様に、欲しいものなど直ぐには浮かばないものであった。
況してや今日は、鞄に酒にアクセサリーにと、他の仲間達からも良いものを貰っている。
ただでさえ物欲らしい物欲と言うのも少ないから、両手に溢れそうなこの状態で、改めて欲しいものを言えと言われても、少々手に余る所があった。

腕を組んで考え始めたクラウドに、レオンは一つ息を吐いて、


「まあ、ゆっくり考えろ。別に今日じゃなくても良い」


レオンとて、今から言われた所で、今日中に用意できるものもない。
要望に応える気があるとだけ伝えておけば、今夜の所は十分であると考えていた。

風呂を入れて来る、とバスルームへと向かうレオン。
それにおざなりな返事をしながら、クラウドはじっくりと熟考に入ってみた。


(消耗品の類を言うのは、確かに勿体無い。レオンから俺にこう言う事をしてやるって言うのは、貴重な機会だからな)


言えばレオンは「安上がりだな」と言って用意してくれるのだろう。
気軽に済むのでそれも悪くはないのだが、やはり聊か勿体無いとは思う。
来年、同じ事をレオンが言ってくれるのかは判らないことを思えば、少々欲の強いことを此処で言っておいた方がお得な気がした。

となれば、やはり、普段はまず叶えられないであろう事が良い。
言えばレオンは顔を顰める事も多いだろうが、今日はクラウドの誕生日だと言う免罪符がある。

バスルームから戻って来たレオンが、風呂に入る準備をしようとジャケットを脱いだ。
その背中に近付いて、じとりと密着してやると、鬱陶しそうな内心を隠さない顔が振り返る。
ぐり、と腰を押し付けてやれば、既に昂っている気配が伝わり、益々レオンの眉根に皺が寄った。


「それがお前の欲しいものか?」


レオンの言葉に、クラウドの口角がにんまりと上がる。


「察しが良くて助かる」
「……はあ……」


余りに露骨で即物的にねだられるプレゼント内容に、レオンは判り易く呆れの溜息を洩らした。
そんな相手に構わず、クラウドの手はシャツ一枚になったレオンの上肢を這い回る。

胡乱な目で此方を見ている蒼を見つめ返しながら、顔を近付ける。
唇を重ねれば、舐るクラウドの愛撫にレオンはされるがままになって、その内に噤んでいた唇も解放した。
隙間から舌を捻じ込み、レオンのそれと絡めてやれば、ちゅぷ、と唾液が混じり合う音が鳴る。


「ん……、ふ、ぅ……」


少し息苦しそうな吐息を零しながら、ブルーグレイの双眸は緩やかに細められた。
呆れの中に、これで済むなら安上がりだ、と言う声が聞こえて来る。
安上がりで終わるかどうかは、クラウドの気分次第だろうが、ともあれ何も準備しなくて良いと言うのは、レオンにとっては楽な話だ。

シャツの下に手を入れて、しっかりと割れた腹を弄る。
臍の当たりを指の腹で少し押してやると、んん、と喉奥でくぐもった声が聞こえた。

丹念に咥内の味を堪能して、ゆっくりと唇を離す。


「……っは……」


熱の燈った蒼灰色の中に、獣の欲を隠さない碧眼が映り込んでいる。
それを具に見た上で、レオンは面倒臭そうに、


「風呂」
「後で良い」


入れている最中なのだから、それを済ませるまで待て、と。
レオンはそう言ったが、クラウドは既に火が付いている。
確かに水や発電にかかる電気は勿体無いものだが、此処からのんびりと入浴が終わるまで待っていられる訳もない。

レオンは物言いたげな表情を浮かべていたが、結局は諦めたように体の力を抜いた。
仕方がない、誕生日だし、と言う胸中を読み取りながら、クラウドはレオンの服を脱がせていく。


「立ったままは面倒なんだが」
「じゃあ、ソファで」


ベッドよりもソファの方が近いから、其方を指定した。
立位にされるよりはマシだと思ってか、レオンはそれで良いと頷く。

レオンがソファへと横たわり、クラウドが覆い被さる。
既に胸の上までたくしあげていたレオンのシャツを、すっかり脱がせて、適当に放った。
それなりに逞しく育っている胸に顔を寄せれば、じっとりとした汗の匂いがする。
舌を這わせると、ぴくりとレオンの肩が震えて、ソファーの端を握る手に微かに力が籠ったのが判った。

クラウドのしたいようにさせてやろう、と言う気持ちの表れか、レオンからは特に抵抗らしいものはない。
部屋の電気も点いたままで、煌々とした視界の中、委ねながらも捨てきれない羞恥で、レオンの顔が赤らんでいるのがよく見えた。


(さて────どんな風にして行こうか)


する事がはっきりとしているからか、レオンはすっかり油断している。
しかし、クラウドが欲しいプレゼントの真髄は、此処から先にあった。
普段は到底許されないか、意識を半分失くした頃でなければ応じてくれない事を、今から頼んでみるのも良い。
その時、レオンがどんな顔を見せてくれるのか、クラウドは期待と興奮に熱を膨らませるのだった。



クラウド誕生日おめでとう!のクラレオ。
誕生日だから何をお願いしても良いらしいよ?と言う事で。

色々頼んで、冗談じゃないって言われるけど、誕生日だから結局は応えてくれるであろうレオンです。
でもあまりに調子に乗ると、しばらく肉体労働でコキ使われるんじゃないかと思います。

[クラスコ]素直になれない精一杯の

  • 2023/08/11 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



二十歳も越えているのに、誕生日を祝ってくれるなんて、気の良い仲間達に恵まれたものだと思う。

何の話の流れから始まったかは最早覚えてはいなかったが、誰それがいつ生まれたかと言う話をした事があった。
暦の数え方もはっきりとしない世界もあるからか、春頃だとか、寒い時期だったとか、その時期になると祝いの席が設けられたとか言う者もいる。
クラウドの場合は、世界で共通したカレンダーがあったし、一年間の月日数もほぼほぼ決まっていた。
何か科学的な根拠に基づき、その日数が一日二日程度の増減はあっても、概ね一年は365日である。
だから一年に一度やってくる個人の誕生日と言うのは、生まれ育った環境による記録の有無はあれど、多くがはっきりと判っていた。
スコールやティーダもこれと同じで、自分が生まれたとされる日が何月何日なのか、はっきりと言える。

その時に、8月11日がクラウドの誕生日である事が皆に知れた。

話自体はそれで終わりではあったのだが、モーグリショップでカレンダーが見付かったのを切っ掛けに、この時の話が蘇る事になる。
カレンダーの購入は、日付感覚を明確にする為のものだった。
何日前に何処で何を見付けた、と言う報告をする際、昨日一昨日以上の日数が経過してからの報告となった際、月日がはっきり判った方が良い。
あくまで事務的な目的で以て購入したアイテムだったのだが、それを見付けたティーダが、「皆の誕生日もメモしておこう」と言い出したのだ。
カレンダーを購入した日が、正確に何月何日なのかは判らなかったから、今日が暦通りの月日に値するかは知らない。
それでも、捲ったカレンダーがその日を指したなら、その日だと思って過ごせば楽しくもなるだろう────と。

かくして、十名分の誕生日が、カレンダーには記された。
月日がはっきりとしない者の方が多いから、暑い日、寒い日と言う区切りと、月と四季と併せて、この辺が妥当だろうと決めた者もいる。
1月が寒いのか温かいのか、そもそも四季がはっきりとある世界と土地なのかも相談されたが、そこまで擦り合わせていてはキリがない。
結局、言い出しっぺのティーダの感覚に沿う事になり、1月は歳の瀬で寒い日だった、と言うのが基準になった。
後は冬、春、夏、秋と三ヵ月ごとに季節の巡りに照らし合わせて、各自の誕生日、或いは誕生月が決定した。

こうして迎えた、カレンダー上の8月11日に、クラウドの誕生日パーティが開かれたのだ。
クラウド好みの味付けの料理が痛く贅沢に並び、モーグリショップで見付けて来たのだろう、この世界では中々希少な酒も複数揃っている。
賑やかしことが好きな面々は、歌だの芸だのと出し物も用意してくれた。
なんとも賑々しい誕生祝は、思い返しても随分と久しぶりのものではないだろうか。
どうにもくすぐったい気持ちもありながら、わいわいと楽しそうに、「おめでとう」と声をかけてくれる仲間達の姿が眩しくて、クラウドは遠慮なくその心地良さに浸らせて貰った。

この日の為にアクロバットを改めて練習したと言うティーダと、それを教えつつ益々自身の腕にも磨きをかけたジタンが、揃って妙技を披露する。
バッツが書庫で見つけたマジックショーの本を頼りに、見事にカードを予知したのも驚いた。
魔法など見慣れたこの世界だが、種も仕掛けも魔力もなく、と謳うバッツの器用さには、相変わらず感心させられる。
他の面々からもそれぞれに誕生日プレゼントが贈られて、もうクラウドの両手は喜びの証で一杯だ。
こうも祝って貰ったならば、自分が誰かを祝う時には、同じ位に───それ以上に祝わねばなるまい。
そんな事を思いながら、楽しい夜は更けて行った。

夕食の時間から賑々しく過ごしたお陰で、日付が変わる頃には、ぽつぽつと落ちる姿もあった。
祝いの席の仕込みの為、早くに起きたフリオニールやルーネス、ワインを飲んで心地良くなったティナが、まず部屋へと帰った。
酒盛りをしていた成人組は長く起きていたが、その内酔いが回ってか、バッツが寝落ちた。
この辺りから、酒を飲んでいない若者組が、食べ明かした食器や、出し物に使ったアイテム等を片付け始める。
こうなれば、良い酔いの中にいた成人組も、そろそろお開きだなと言う空気を感じていた。


「今夜は此処までだね」
「ああ。バッツは私が部屋に運ぼう」
「じゃあこの辺の片付けは僕が。クラウドはゆっくりしていなよ」
「すまないな。ありがとう」


床に転がってかーかーと寝息を立てているバッツを、ウォーリアがひょいと担ぎ上げる。
全く起きる気配のないバッツは、恐らくこのまま、明日の朝まで熟睡しているのだろう。
セシルは四人分のグラスをまとめて持って、キッチンへと持って行く。

クラウドは今日の主役であるので、準備は勿論、片付けの手も免除されている。
名残惜しくはあったが、片付けをしている仲間達の邪魔をするのも良くないし、一足先に部屋に戻らせて貰おうか。
そう思っていると、両手にマジックグッズを持ったジタンと目が合って、


「おう、今日の王様。パーティは楽しめたか?」
「ああ、存分に。いい歳をしてとは思ったが、偶にはこんな日も悪くはないな」
「だろ?次の誕生日パーティが楽しみだぜ。確かスコールの誕生日が直ぐだったよな」
「二週間後……もないか。その日は俺も何か準備させて貰おう」
「十日程度なんてあっという間だからな。次は何をしてやろうかな~」


うきうきと楽しそうに尻尾を揺らしながら、ジタンは片付けの手を再開させる。

見ているだけの主役は、祭りの後にはもう用済みだ。
アルコールが回って心なしか力の緩い体を、よっこらせと持ち上げて席を立つ。
皆から貰ったプレゼントを両手に抱え、テーブルを拭いているティーダに「後は宜しく」と声をかければ、「ッス!おやすみ!」と元気の良い声が帰って来た。
彼もまた、今日と言う日を楽しんでくれたのなら、クラウドも祝われ甲斐があったと言うものだ。

リビングを出て、部屋へと戻るべく静かな廊下を進む。
意識は酩酊する程ではなかったが、このまま寝床に潜り込めば、すんなりと眠れそうな気もした。
ただもう少し、この楽しかった日の余韻は味わっていたいな、と思っていると、


「……クラウド」


呼ぶ声が後ろから聞こえて、振り返ってみると、スコールが立っていた。
彼は確か、キッチンで洗い物をしていたのではなかっただろうか。
そうは思ったが、誕生日の最後に恋人の顔を見れたのは嬉しくて、自然とクラウドの頬は緩む。


「皿洗いは終わったのか」
「……いや。ティーダが替わるってしつこかった」


そう言ったスコールの唇は、拗ねたように尖っている。
頬が微かに赤いのを見て、これはティーダの気遣いだな、とクラウドも悟る。
祝いの席は仲間で揃って過ごしたから、あとの残り僅かな時間ではあるけれど、今度は恋人同士二人きりで過ごさせてやろう、と言う計らいに違いない。

むず痒いものを感じるクラウドだったが、嬉しいものでもあった。
部屋へと向かう足を再開させれば、スコールもその後をついて来る。
顔を見られまいとしてか、隣には並ぼうとしないスコールに、クラウドは階段を登りながら言った。


「俺の部屋に来ないか」
「……別に、良いけど」


ストレートに誘ってみると、僅かな間の後、そんな返事があった。

ちらと後ろを見遣ってみれば、スコールは手摺を持つ自分の手を見ながら、頬を赤らめている。
酒を飲んでもいないのに赤みがあるのは、この後のことを想像しているからだろうか。
クラウドとしては、別段、そのつもりで言った訳ではなかったのだけれど───ただもう少し、二人きりの時間を堪能していたかったのだ───、そう期待してくれるならと現金な気持ちに口角が上がる。

自室のドアを開けて、後ろをついて来ていた少年を見る。
スコールはクラウドの顔を見ないまま、するりと部屋の中へと入って行った。
自分も入ってドアを閉め、取り敢えず両手を塞いでいるプレゼントボックスを部屋の隅にある机に置く。
これを今すぐ開けても良かったが、立ち尽くすスコールの存在が何よりクラウドの気を引いていた。


「スコール」
「……」


名前を呼ぶと、そろり、と蒼灰色が此方を見た。
落ち着かない様子で佇んでいるその手を取り、ベッドへと誘う。
誘導先がなんとも露骨に思えなくもなかったが、どうせこの部屋にある椅子は一脚のみだ。
二人で腰を落ち着けるなら、結局はベッドに行く事になっただろう。

並んで座り、傷の奔る額にキスをすると、スコールは羞恥心からかぎゅうと瞼を閉じている。
いつまでも初心な所が消えない年下の恋人に、クラウドはくつりと笑みを浮かべて、瞼の上に唇を落とす。


「……今日は良い誕生日だった」


クラウドがぽつりと呟くと、ゆっくりとスコールが目を開ける。
距離の近さにか、蒼の瞳は直ぐに分かり易く逸らされたが、抱いた肩が逃げる事はなかった。


「お前の誕生日には、ちゃんとお返しをしないとな」
「……別に良い。祝う必要もないし、今日みたいに騒がしいのもなくて良い」
「そう言う訳にいかないだろう。俺ばかり貰ってるんじゃ悪い。第一、皆が無視してくれると思うか?」
「あいつらは託けて騒ぎたいだけだろ」


呆れを含んだスコールの言葉は、的を射ている。
だが、祝ってやりたい、と言う仲間達の気持ちも本物な訳だから、いざ当日になれば、きっとスコールも大人しく祝われてくれるのだろう。
クラウドもそのつもりだし、喜ばせる為には何が良いかと、今から考えている。

だが、十日後の彼の誕生日はあるものの、まずは今日だ。
暗がりの中で時計を見ると、辛うじて短針がまだ天辺まで届いていないのが見えた。


「スコール」
「……なんだ」
「日付が変わる前に、欲しいものが一つあるんだが」


良いか、と訊ねるクラウドに、スコールの顔がまた赤くなる。
首筋に右手を当ててやると、とくとくと血が流れている脈の気配があった。

首から喉へ、顎へと指を滑らせていけば、最後には淡い色の唇に辿り着く。
今日はまだ一度も触れていない其処に、指先をつと擦り宛てると、スコールはきゅうと噤んだ。
拙い抵抗にも見えるその仕種を見詰めながら、するりと何度か指を往復させてやれば、


「……好きにしたら良いだろう。今日はあんたの誕生日なんだから」


素直になれない唇は、やはり特別な日でも素直ではない。
けれども、それがスコールにとって精一杯の譲歩の言葉である事も、クラウドはよく判っている。

ゆっくりと顔を近付けて行けば、スコールも許すように目を閉じた。
唇を重ねると、祝いの席で食べていたフルーツなのか、酸味と甘みが仄かに感じられる。
が、スコールの方は「……さけくさい」と呟いたので、クラウド程心地良さはなかったらしい。
くすりと笑ってもう一度キスをすると、スコールは厭がる様子もなく、じっとクラウドの愛撫を受け入れた。


「ん……、っは……」


絡めた舌を離すと、銀糸が伝ってぷつりと切れる。
スコールの唇から、はあ、と熱のこもった吐息が漏れて、


「……クラウド」
「うん?」
「……おめでとう」


耳元で聞こえるかどうかと言う、小さな小さな声だった。
それでも一日の最後に聞いた恋人の声は、クラウドには愛しくて堪らないもので、この声が一番酔うな、と思った。



クラウド誕生日おめでとう!と言う事で。
皆から目一杯お祝いされつつ、最後はしっぽりと。気を利かせてくれる仲間達に感謝です。

[ウォルスコ]13ミリに咲く花を

  • 2023/08/08 22:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



夏祭りなんてものに行くのは久しぶりだ。

人混みなんて好きではないし、騒がしい音も出来れば遠ざけていたい。
幼い頃は無邪気に屋台の綿菓子をねだったりしたものだが、そんな年齢はとっくの昔に卒業している。
基本的に静寂に好む今のスコールにとっては、良かれ悪しかれ、盛り上がるものである祭りと言うのは、自ら近付くものではなかったのだ。
友人達に誘われ、半ば強引に連れ出される事もあったが、途中離脱も少なくない。
特に人が集まるであろうタイミングになれば、その流れで帰り道が混んでしまう前に、一足先に帰路に向かうのがパターンだった。
友人達もそれを理解しているから、宴もたけなわに其処から離れるスコールを咎めはしない。
スコールにしては付き合いよく来てくれた、一緒に夕飯替わりに何かを食べた、それで十分なのだからと。

けれど今日に限っては、祭りの終わりまで、スコールはその場にいる事になっていた。
最後のプログラムにと盛り込まれた花火を見る為だ。
それも一人ではなくて、隣には唯一無二の恋人────ウォーリアがいる訳だから、尚更、帰る理由はなかった。

二人で夏祭りに行くと決まって、それを聞いて何故か姉のエルオーネが張り切った。
彼女は昨日のうちに一度ウォーリアを家へと呼ぶと、何処にしまってあったのだか、色々な浴衣を取り出して、ウォーリアを着せ替え人形にした。
更には弟にもそれを行い、裾上げやら解れやらを直しておくからと言った。
そして今日の夕方、祭りへ向かおうとスコールを迎えに来たウォーリアも一緒にして、浴衣姿へと仕立て上げてくれたのだ。
白い浴衣のウォーリアと、紺色の浴衣のスコールと、対照的な色にして、「よく似合ってる」と満足そうに彼女は笑った。
姉に弱いスコールは勿論、恋人との間で何かと気を遣ってくれるエルオーネにそう言われ、元より彼女なりの厚意である訳だから、無碍にするなど選択肢にない。
こうしてウォーリアとスコールは、二人並んでの初めての夏祭りに出掛けたのであった。

慣れない下駄をカラコロと鳴らしながら、二人は夏祭り会場を歩いている。
この辺りで特に大きな夏祭りとあって、並ぶ出店はずらりとひしめきあいながら、あちこちで良い匂いを漂わせていた。
スコールは既に夕飯を済ませているが、ウォーリアは仕事を終えて直ぐにスコールを迎えに来たので、腹が空いている。
花火が上がるまでにも時間があったし、うどんを一つ購入して、飲食スペースが設けられていたのを見付け、其処で簡単な夕飯を済ませた。

ウォーリアの食事が済んだ後は、ふらふらと目的なく過ごす。
此処にティーダやジタンがいれば、射的やクジ引き、お化け屋敷にでも飛び込んだのだろうが、今日はスコールとウォーリアの二人きりだ。
賑々しい祭り会場を、虱潰しにでも探せば、知人の一人や二人はいそうだったが、わざわざそんな労を求める理由もない。
何よりスコールは、ウォーリアと二人きりと言うのが嬉しかった。


(煩い所は好きじゃないけど……ウォルがいるなら、少しは、良いか)


隣を歩く男をちらと見て、スコールはそんな事を考える。

スコールは決して小柄ではないが、ウォーリアの身長はそれよりも高い。
それでいて体は相応に厚みがあるので、身幅のある浴衣姿は中々見応えのあるものだった。
いつもぴんと背中を伸ばして姿勢が良いので、だらしなく見える事もなく、これで上等の羽織りでも来ていたら、何処かの呉服屋の若旦那くらいには見えるのかも知れない。
銀糸の長い髪は、普段は案外と無秩序にされているのだが、今日はエルオーネに整えられたようで、項の当たりで蒼色の紐に括られている。
肩回りがすっきりしているので、しっかりとした造りの肩がよく見えた。

普段スコールが見慣れているウォーリアと言うのは、仕事のこともあって、スーツ姿が多い。
休日に逢うにしても、カジュアルめにはなるものの、そのままフォーマルな場に出ても許されるだろうと言う位だった。
浴衣の衿合わせから覗く鎖骨なんて、まずお目にかかれるものではない。
其処をスコールが見る事が出来るのは、偶の彼の休みに家に行った時、夜の帳が降りてからのことで────


(……って、何を考えてるんだ、俺は……!)


俄かに脳裏に蘇った光景に、スコールは堪らなくなって、ぶんぶんと頭を振った。
それを見たウォーリアが、ことんと首を傾げ、


「どうした、スコール。何かあったのか」
「……いや。なんでもない、気にしなくて良い」


心配そうに見つめるアイスブルーの瞳に、スコールは居た堪れない気持ちを隠しつつ答えた。
それでもウォーリアはじっと見つめて来たが、スコールは「本当になんでもないから」と重ねるしかない。
まさか、先日泊まった時のことを思い出していたなんて、こんな場所で言える訳もなかった。

スコールはそれで話を終いにしたが、ウォーリアからは恋人の頬が随分と赤くなっているのが見えている。
気温は夏だからと片付けるにしても高く、人の数も増えて来た事もあって、熱気が増していた。


「何か冷たいものでも食べよう。何か飲み物か───かき氷でも良いだろうか」
「別に、それはなんでも。……でも、うん、冷たいものは欲しい気がする」


スコール自身、自分の体が半端に熱を上げている事は感じていた。
これは内側から冷やした方が良い、とスコールはウォーリアの提案に頷く。

近くあったかき氷の屋台で、いちごのかき氷を一つ注文した。
氷が削られるのを待つ間に、ふと、スコールの耳に後ろの客の声が聞こえる。


「ね、見て見て、あの銀髪の人。カッコイイ」
「イケメンってか、美人って感じ」
「声かけてみる?」


声はひそひそとしたものではあったが、スコールからは距離が近かった。
ちらと後ろを見遣ると、如何にも今風と言った浴衣を着た女子が三人、此方を見ている。
その視線が分かり易く隣に立っている男に向けられている事に、スコールは直ぐに気付いた。

店主が差し出したかき氷をウォーリアが受け取る。
移動しよう、と言われて、スコール達はかき氷屋の行列から速足に抜けた。
それを見た三人の少女のうちの一人が、「追っかける?行く?」なんて言っている。
スコールは眉根を寄せて、適当な場所を探しているウォーリアの腕を引く。


「こっちだ」
「ああ」


ウォーリアは特に疑問もなく、スコールが引く方へと足を向けた。

夏祭りの会場の真ん中から離れると、人も灯りも数が減る。
苦手な賑々しさからようやく離れる事が出来たと一息つきながら、スコールは見付けたベンチに腰を下ろした。
ウォーリアもその隣に座り、持っていたかき氷を差し出す。
スコールはそれを受け取ると、ストロースプーンで氷の小山をさくさくと挿して遊ばせた。


「……あんたも食べるか」
「そうだな。一口、頂いてみよう」


遠慮するかと思いつつ言ってみたことに、予想と違った反応があって、スコールは少し驚いた。
さくりと取った削り氷の一塊を、ウォーリアへと差し出してみる。
綺麗な顔が其処へと近付いて、ぱくりと一口に吸い込まれて行くのを、スコールはじっと見つめつつ、


(物を食べてる時でも、綺麗な顔してるんだ。こいつは)


ウォーリアの表情が大きく崩れる所を、スコールは見た事がない。
平時からあまり表情筋が動かない事も勿論だが、驚いた時でさえ、目を瞠るのが精々だ。
それも滅多にない事なので、スコールはそれを見た時、少し嬉しくなる。
あのウォルがこんな顔をしている、と言う事と、そんな彼の表情を見ているのが自分だけだと言う優越感が得られるからだ。

それだけ綺麗な顔をしているのだから、一目見て心奪われる女性がいるのも無理はない。
耳に残る、きゃらきゃらとした声の三人組を思い出して、スコールの眉間に分かり易い皺が寄った。

────ウォーリアが人目を引くのは、今に始まった話ではない。
日中ならばそれに声をかけて来るような女性はいないのだが、今日は夏祭りだ。
ウォーリアも浴衣を着ているし、普段の私服に比べると、その雰囲気はずっとラフで柔らかいものがある。
祭りの雰囲気と解放感に酔った者が、あわよくばと声をかけて来る事も、有り得ない話ではない。

これだけ整った面立ちをしているのだから、街行く女性が思わず振り返るのも当然だし、接すれば誠実な人柄であるから、誰だって心を奪われるものだろう。
スコールは幼い頃から彼の傍にいたから、それはごくごく当たり前のものとして見ていたが、恋人となった今、どうにもその事実が歯痒く感じられる事がある。
どんなに自分と言う恋人がこうして傍にいるのだとしても、傍から見れば、精々が年の離れた兄弟だ。
性別が同じである事も含めて、とても恋人と一緒にいるようには見えまい。
だから自分が傍にいようと、ウォーリアに熱を上げる女性と言うのは絶えなくて、その度にスコールは「俺がいるのに」と思ってしまうのだ。
彼の“恋人”の席は、とっくに自分のものなのに、と。

そんな事を考えてしまう自分が、いよいよ子供のように拙くて、スコールは苦い胸中を誤魔化すようにかき氷を口に運んだ。
キンと冷たい氷の感触は、好ましくもない感情を煮る胸中に、ほんの少し水を差してくれる。
このまま納まってくれと思いながら、スコールはかき氷を食べ進めて行った。


「……そろそろか」


かき氷を半分まで食べた頃、隣からそんな呟きが聞こえた。
スコールが顔を上げると、ウォーリアは遠く祭り会場の向こうの空を見上げている。
倣って視線を其方に向けると、ひゅう、と言う高い笛の音が聞こえ、────ドン、と大きな華が空に咲く。


「始まったのか」
「ああ」


ぱらぱらと火花が空で踊る音がする。
そう言えばこれを見に来たんだったと、スコールはようやく当初の目的と言うものを思い出した。

人混みから離れて見る空の華は、色とりどりに輝いて、パッと咲いて潔く散る。
瞬きの間に消えていく輝きに、沢山の人が夢中になっていた。
隣を見れば、ウォーリアもじいと空を見つめている。
その姿勢が、相変わらず背筋を伸ばして正しく、表情も普段のものと変わらないから、傍目には楽しんでいるようには見えないだろう。
けれども、ひらひらと空を彩る花火を映す瞳は、微かに柔い光を抱いている。

人がこの男に夢中になるのも当然だ。
これだけの美丈夫は、世界中の何処を探しても、他にはいないだろう。
そして、この美しい男に、唯一無二の寵愛を求める人が後を絶たないのも、無理はない。


(……でも、それはもう、埋まってる)


かき氷のカップをベンチに置いて、スコールは空を見た。
空の向こうで花火が大きく開く度に、祭りの中心からは高らかに屋号を称える声が響く。
イベントの為に立てられた櫓の周りに人が集まっているのは、あの位置からが花火がよくよく見えるからだろう。
しかしスコールは、とてもではないが、あの人混みの中に改めて入ろうとは思わない。

色を変え形を変え、閃く華に彩られる空は美しかった。
それも決して悪くはない────のだけれど、スコールはどうしても、隣にいる恋人を見てしまう。
何度目になるか、ちらり、とその横顔を伺い見ようとして、


「……!」


ぱちり、と此方を見ていたアイスブルーとぶつかって、息を飲む。
切れ長の眦がじっと自分を見ていたを知った瞬間、スコールの心臓が判り易く跳ねた。


「な、に……」


なんで見てるんだ。
何か用でもあるのか。
詰まりながらそんな事をまともな形にならずに問えば、読み取った訳ではないだろうが、ウォーリアはふと唇を緩め、


「花火も綺麗だが、やはり一番綺麗なのは君だなと思っていた」
「……な……」
「君の目が、花火の色で輝いて、とても美しい。思わず見惚れていたようだ」
「……!!」


ウォーリアの言葉には、飾るものがない。
つまり、その唇から出て来る言葉と言うのは、形そのままに彼の胸中を表しているものになる。

なんて恥ずかしい事を言ってくれるのかと、スコールの顔は首まで真っ赤になった。
顔中が熱くて、目の前にある男の顔を見ていられない。
ついさっきまで、稚拙な子供の独占欲を抱いていた事も忘れる程の、真っ直ぐなウォーリアの言葉に、スコールは言葉も失っていた。

そんなスコールの赤らんだ頬に、節張った形の良い手が添えられる。
どきりと心臓が跳ねて、スコールは口からそれが飛び出すのではないかと思った。
ゆっくりと近付いて来る綺麗な貌に、名前を呼ぶ事も出来なくなって、されるがままに重ねられる唇を受け入れる。
外で、こんな場所で、と思う気持ちはあったが、どうせ誰も見ていない、とも判っていた。
祭りに集まった人々は、その熱気の中に泳ぎ、まだまだ終わりを見せない花火に夢中になっている。



あんなにも綺麗な花火が幾つも上がったと言うのに、もうスコールの記憶からは遠い。
目の前で柔く輝く瞳だけが、彼のこの夏一番の思い出になっていた。



『夏っぽい現パロWoLスコ』のリクエストを頂きました。

夏と言えば夏祭り、夏祭りと言えばかき氷と花火、と言う王道に。
WoLは体がしっかりしつつ、体幹もしっかりしてると思うので、浴衣も似合いそうだなと。
ベタ惚れ気味のスコールなら、そんなWoLに夢中になっても良いなと思ったのでした。
そしてWoLもスコールの事が好きで堪らないので、どっちも相手に夢中になってると良いと思います。

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