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Category: FF

[セシスコ]人差し指の理由

  • 2024/04/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



元の世界でも、使うものが限られていた武器であるから、「見せてくれ」とねだられるのは、それほど珍しいことではなかったと思う。
それに応えてやるかどうかは、その時の気分次第と、相手を信用できるかどうかと言うこと。
一瞬とは言え、愛用の武器を他人の手に預けることになる訳だから、万が一にもそれで不意を突いてくるような相手には渡す訳には行かない。
信頼性として其処が担保できる相手であったとしても、その人物が不慮の事故でもしたら────例えば安易にトリガーを引くとか、振り回してその辺にぶつけるだとか、そんな事があったら目も当てられないのだ。
ガンブレードはその特異な構造の複雑性と、銃と同様に火薬を籠めた弾丸が装填されているものだから、雑に扱えば誤作動を起こしてしまう、繊細な代物なのだ。
元の世界では、その複雑さと繊細さ故に敬遠され勝ちな武器だが、敢えてそれを扱いこなすことにスコールは拘った。
と同時に、それの扱いは慎重にすべきであると、誰よりも理解している。
だからこそ、「見せてくれ」と言われた時、気軽に「ああ良いぞ」とは言えないものなのだ。

神々の闘争の世界で、スコールの武器について、「見せてほしい」と最初に言ったのは、当然ながらバッツとジタンの二人だ。
もとより彼らが一番距離が近くなっていたのもあり、他のメンバーとは長らく距離を取った位置を保っていたスコールに、そうやって踏み込んでくるのは、彼らくらいのものだった。
その頃には、二人の性格と言うものをスコールも把握していたから、返すか刃で切りかかられることはないと判ってはいたが、かと言って簡単に見せる気にもなれなかった。
何せバッツとジタンの二人は、良くも悪くも明るく奔放であったし、ジョークと言うものを好む。
ちょっとした冗談、そうでなくとも好奇心で、軽く振るった拍子にその辺りにぶつけてしまう、と言う事故も想像が容易かった。
だからスコールはそのおねだりを無視していたのだが、結局は飽きずにねだり続ける彼らに抵抗を諦めた。
余計な所を触るなと、諸注意を強く強く言い聞かせた上で、二人の手に預けたのが、この世界で武器を他人の手に渡した最初の出来事だろう。

その後、武器となれば興味が尽きないフリオニールからもねだられた。
こちらはフリオニールの性格を考えて、諸注意を済ませた上で貸している。
元々フリオニールとは、砥石や油の融通をすることもあり、一緒に武器のメンテナンスをしている事もあった。
ガンブレードが特殊な構造をしていることも、スコールがその扱いを粗雑にするのを嫌うことも判っていたから、「フリオニールなら大丈夫だろう」と思ったのだ。
この扱いの差に、先の二人からは文句も出たが、どうせそれもじゃれつく理由の一つに過ぎないので、大して気にしてはいない。

それからしばらくすると、クラウドがやって来た。
彼とは元の世界こそ異なるものの、文明や機械技術の発展レベルが近しいことは知っていた。
世界に普遍的に普及している武器の一つとして、銃器の類も珍しくはなかったし、大型駆動の機械兵器や、電子技術も含めて作られた、大型の大砲もあるのだとか。
そんな彼でも、ガンブレードは初めて見るものだったらしい。
あるものと言ったら、銃歩兵が接近戦の時に使う、銃先に刃を取り付けるもので、それも結局は、銃が使えない環境下での応急武器に過ぎない。
あくまで“剣”として使うものに、弾倉など取り付けることはない、と彼は言った。

またしばらくすると、そろそろ来そうだなと思っていた所に、ルーネスがやって来た。
知識欲の好奇心か、彼はとにかく、他にない形と構造を持ったガンブレードが気になって仕方がなかったようだが、見たいとねだるまでに随分と悩んでいたらしい。
他の面々が折々にガンブレードについてねだっているのを見て、今なら、と思って来たのだとか。
爛々と輝く好奇心の目は、スコールには聊か眩しくて眉根が寄ったが、この頃にはスコールの方も、仲間たちと過ごすことに慣れていた。
定型文のように、取り扱いに関する注意を告げた後、ガンブレードをその手に持たせている。
ルーネスは一頻り眺めた後、馴染みがないのであろう、銃機構部に関する特性や役割について、あれこれと質問して来た。
そして満足すると、「ありがとう」と丁寧な手付きで、持ち主の手に返している。

他人の武器に興味を持つメンバーは、こんなものだろう────と思っていた所へ現れたのが、セシルだった。

紆余曲折の果て、近しい間柄になったのは最近のことではあるが、とは言え彼が武器に興味を持つような性格だったとは思わなくて、スコールは少し驚いた。
が、見せて貰っても良いかな、と言ったセシルに、スコールは断る理由が見付からない。
まず性格として、セシルが他人の武器をぞんざいに扱う訳もなかったし、フリオニールにねだられた時と同様、メンテナンスをしている場に居合わせる事もあったから、その構造の繊細さも判っている。
銃については、馴染みがないと言うので、諸注意事項は必要と判断したが、スコールにとってもそれは慣れたものになりつつあった。

そして今、スコールの愛剣は、セシルの手に委ねられている。


「綺麗な刃だね。まっすぐで厚みにムラもない。良い造りだ」


秩序の聖域の裏側、普段は人気も多くはなく、偶に特訓などで人一人が素振りなどを行う場所で、セシルはしげしげと剣を眺めている。
その眼には、歪みのない銀色に反射する、自分の顔が映っていた。


「こんなに綺麗な剣は、僕の世界には珍しいな。余程腕の良い鍛冶師じゃないと」
「……そう言うものか」
「スコールの世界では、この位のものが普通に出回ってるものなのかい?」
「……いや、其処まで普遍的でもない。質の悪いものだって幾らでもある。少し打ち合っただけで折れるような粗悪品もあるだろうな。安価で質の悪い大量生産品も珍しくない」


ガンブレードは使い手が限られるものだが、かといって需要がまるでない訳でもなかった。
軍の訓練で使っている所もあったし、使い手は少なくとも、武器のカテゴライズとしてはコアな人気があったから、頻度は高くないものの、武器のアップグレード品やパーツは流通していた。
スコールの愛剣も、元は凡庸な代物だったが、使用パーツを厳選・洗練するにつれてカスタマイズが重ねられ、現在の質に仕上がったものだ。
その過程には、安物のパーツで試して失敗した例もあり、やはり金額は質にも影響するのだとひしひしと感じたこともあった。

セシルは歪みのない刀身をじいっと見つめ、うん、と何かに満足したように頷いた。
それから右手元の柄を見て、それを両手で握って構えてみる。
スコールが素振りをしている時の見様見真似のそれは、形だけは綺麗なものだったが、


「なんだか不思議な感じだな。普通に構えると切っ先の位置も違うし」
「剣の角度が違うんだ。それから、人差し指を伸ばしてトリガーに当てる」
「ええと────」
「あんた、銃は持ったことはないんだったか」
「全く知らない訳ではないと思うけど、扱ったことはないな」


精々、見たことがある、という程度だろうか。
セシルの言葉から、スコールはそう察して、普段自分が武器を持っている時の手の形を作って見せる。


「俺の場合は、大体この形になる」
「ふむ。これは今やってみても大丈夫?」
「安全装置をかけてある。指をあてるだけなら問題ない。不安なら良い」
「いや、やってみよう。こんな機会はそうないだろうしね」


慎重でありながらも、好奇心はあるのだろうか、セシルは言われた通りにスコールの手の形を真似してみる。
その手でガンブレードを握り直し、トリガーに人差し指をかけるセシルだったが、


「これは指が引き攣りそうだな」
「まあ……そうなる事もあるかもな」


セシルの言葉に、そういう事もあったかも知れない、とスコールはぼんやりと思った。
もう愛剣が手に馴染んで久しいので、スコールの手はすっかりそれを握る型を覚えたし、引き金を引く時に撃鉄の抵抗感を重く感じる事も滅多にない。
だが、使い始めた頃は、セシルが言うようなこともあったのだ────恐らく、ではあるけれど。


「何も常にその状態でいる訳じゃない。戦況に応じて必要な握りにして、威力が必要な時には引き金を引く。それから、弾の数も限られるから、無駄遣いも出来ない」
「中々難しい武器だな」
「あんたも似たようなものじゃないか。武器に魔力を込めながら振るうだろう」
「確かに魔力を込める時には、集中する必要があるけれど、握りをその時に合わせて都度持ち替えたりはしないよ。少なくとも、僕はね」


セシルの言葉に、そういうものなのか、とスコールは眉根を寄せる。
“疑似魔法”しか扱ったことのないスコールには、上手く想像は出来そうになかった。
戦いながら、動きながら魔法の発動に集中を割くよりは、引き金を引けば発動する構造になっているガンブレードの方が、易いものに思う。


(……詰まるようなことがなければ、だけど)


戦闘中、引き金を引いた瞬間に、普段と違う感触をした時の、嫌な感覚と言ったら。
そんな事が起きないように、愛剣のメンテナンスは細かく行っているものだが、誤作動と言うのはいつ何時起こるか判らない。
勿論、それが起こっても冷静に戦い続ける訓練をしてはいるつもりだが、やはり一拍の焦りと言うのは生じてしまうものであった。

そんなことを考えているスコールの傍らで、セシルは剣の握りを何度も確認している。
人差し指が数回、伸ばして戻してを繰り返し、トリガーに指を当てては離して、


「うん。成程。面白い武器だな」
「……そうか」
「僕には扱えそうにないけどね。感覚が違うのがよく判ったよ」


そう言ってセシルは、ガンブレードの切っ先を下ろした。
ありがとう、と返される剣を受け取り、スコールは握り手の感触を確かめながら、一回、二回と剣を振る。
普段のそれと遜色がないことを確認して、スコールは愛剣を光の粒子へと戻した。

これでセシルからの用事も済んだだろうと、スコールは屋敷内に戻ろうと踵を返そうとしたが、


「道理で、ね」
「……?」


聞こえた呟きに、スコールがその主を見遣れば、セシルはくすくすと笑っている。
何かに納得し、楽しそうな表情に、スコールの眉間の皺が二割増しに寄せられた。
それに気付いたセシルが、じっと睨むように見つめる少年を見て、柔い笑みを浮かべて言う。


「スコール。右手の人差し指の力、他の指より強いだろう」
「……そうかもな」


セシルの指摘に、思い当たる節はある、とスコールは頷いた。
其処はガンブレードのトリガーを引く場所で、戦闘の為に頻繁に使うから、指の形も癖がついている。
挙げれば他にもなんらかの癖がついた指はあるだろうが、最も酷使しているのは其処だと言って良いだろう。
トリガーは決して軽いものではないから、引く際にはそれなりの抵抗力が返ってくるものだし、それを突破する為に強く引くことを繰り返していれば、自然と指の筋肉も鍛えられている。

セシルは自分の右手をひらりと翳すと、その手で引き金を引く仕草をして見せる。
彼の手は、中性的な容貌とは裏腹に、固い骨と厚みのある筋肉に覆われて、戦士らしく骨張っている。
その人差し指がぴんと真っすぐ伸びて、スコールに曲げる様子を見せながら、


「背中で君を感じる時に、“此処”のが特に伝わってきてね」
「……は?」
「手全体もそれなりに強く感じるけど、やっぱり、此処が一番残る気がするんだ」


急に何を言い出すのか、何を言っているのか。
セシルの言わんとしていることの意図が読めず、スコールは眉根を更に寄せて首を傾げる。
しかしセシルは、それ以上を詳しく言うつもりもないようで、いつもの柔い笑みを深めるばかり。

スコールは立ち尽くして、セシルの言葉を頭の中で反芻させる。
背中、人差し指、残る────何が。
自分の指が、セシルの背中に、何かを残すなんて────と、其処まで考えてから、まだ遠くはない薄闇の中で見た情景が、それまでの思考を塗りつぶすように脳裏に蘇る。


「……────!」


自分の指が、セシルの背中に当たっている、そんな瞬間は一つしかない。

訝しげな表情から一転、沸騰したように真っ赤になったスコールに、セシルはまた満足げに笑う。
見開いた眼に、限界まで羞恥心を浮かばせる少年へ、セシルは翳していた手をそのまま頬へと運ばせた。



赤らんだ頬に滑る人差し指の感触に、言葉を失う恋人を、セシルは愛おしげに撫でるのだった。



4月8日と言うことでセシスコ!

オペオム終了日、記念に最後にガチャを回したら、スコールとセシルがやって来たので、武器関連でセシスコが話をしてるのとか書きたいなと。世界はディシディア013ですが。
セシルの世界は大砲はあったし、飛空艇もあるし、月の文明もあるので、銃火器類と無縁ではないと思うのですが、セシル自身がその手で銃を持ったことはないだろうなと。
触り慣れない感触にふんふんとしつつ、スコールの癖の理由の一つを知って満足感に浸ってると良いな。

[クラスコ]ビギナーズ・ブラッド

  • 2024/03/12 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF

013世界で7Rカードゲームネタ




元の世界の事については、ほぼ覚えていると言って良い。
これは秩序の戦士達の中にあって、少々珍しいことだった。
多くは元の世界のこと、更には自分自身のことも曖昧だと言うのが、半分以上の仲間達に見られる状態だ。
そんな中でクラウドは、元の世界で自分自身が辿った旅路と言うものを、───少なくとも、自分自身の足で歩いて目で見た範囲では───明確に思い出すことが出来る。

とは言え、細々としたことについて、多少なり霞がかかる部分もなくはない。
それは普通の記憶、思い出としても無理のない、脳処理の為に行われる情報淘汰の結果なのだろう。
だから例えば、本屋で見付けた定期購読している雑誌の特集ページが何だったとか、どこそこの商店街で擦れ違った誰それだとか、そんなことは重要な情報ではないから、必然的に抜け落ちて行くのだ。

恐らくは、そう言う類だったのだろうと思う。
ある日、食糧や回復薬などと言った備蓄を雑多に押し込んだ倉庫で、クラウドは“それ”を見付けた。
こんなものがあっただろうか、誰かが何処かで拾って来たのだろうかと思ったが、恐らくは、また何処かの世界から勝手に迷い込んだのだろう。
見れば賑やか組あたりが真っ先に飛び付きそうな代物なのに、こんな場所に押し込められているのだ。
見付けたのが他の仲間であれば、この倉庫に収められる可能性もなくはないが、その場合、そもそも持ち帰られたりはしないだろう。
見た目通り、中々に嵩張る代物だから、道行の邪魔になる、と言うのが冷静な面々の判断に違いない。

それを思えば、これが倉庫に迷い出でたと言うのは、ある意味で幸運だったのかも知れない。
そうでなければ、きっと忘れ去られて朽ちていくのみであっただろう。
だったら、この港運に肖って、一度くらいは日の目に出してやろうか、とクラウドは思った。

とは言え、これはどうやって遊ぶものだったか。
幸いにも、組み立てられたセットの中に、取扱説明書とルールブックが入っていた。
先ずはこれを読み込んで、支障のない程度の説明が出来るようになってから、皆の前に披露目させるとしよう。
そう思って、クラウドはいそいそと、その遊戯アイテムを自分の部屋へと運び込んだのだった。




倉庫で見付けたボードゲームは、それから三日余りで、秩序の戦士達の前に公開された。
『クイーンズ・ブラッド』の名を持つそのゲームは、1on1の対戦型のボードゲーム。
三つのレーンをカードを使って陣地を取り合い、レーンごとにポイントを競い合うと言うもの。
稼いだポイントは、最終的にはレーンごとの勝利した所が集計され、より多くの合計ポイントを稼いだ方が勝利する。
主にはその遊び方がメインとなっているが、中には特定のカードのみを使い、指定された条件を果たすことで勝利とする、脳トレーニングのようなパズル式のゲーム方法もあった。

新たな遊戯の導入に、若い戦士達は、思った通りに飛び付いた。
まずは好奇心が旺盛なバッツとティーダが、続いて賑やかし事なら歓迎しない手はないとジタンが。
ボードには立体的なオブジェもあり、こちらはティナやセシルの関心を引いたようだ。
ボードは一つしかないから、先ずはクラウドが手本に、相手はウォーリアを指名する。
先ずはお互いの手札が完全に見える状態にして、これはこう、ここはこれ、このマスが特殊効果があって……と一つ一つ紐解いて行く。

ゲームと言えば、秩序の戦士達の間では、色々と交わされている。
トランプやチェスと言った、何処の世界にも普遍的に存在しているもの以外でも、スコールの『トリプル・トライアド』や、ジタンの『クアッドミスト』はよく見るものだ。
その時々の気分でそれぞれ息抜きに遊んでいるが、『クイーンズ・ブラッド』も此処に参加することになるかどうか。
それはこのゲームがどれ程の仲間の心を掴む事が出来るかに寄るが、何はともあれ、遊びたい盛りも多い秩序の陣営である。
遊びに関して、選べる選択肢が増えることを、嫌と言う者がいる筈もない。

新ゲームのお披露目会は、概ね好評だった。
ゲームをするのが得意な面々は、あっという間に基礎のルールを覚え、クラウドが手伝わなくても賑やかに遊んでくれる程。
反対に、フリオニールやウォーリアの対戦はなんとも牧歌的で、それぞれセコンドとしてスコールやセシルが着いている状態で、繰り返しチュートリアルが行われているような雰囲気があった。
ティナは可愛さのあるカードを使いたがるので、それでいてどうやって勝てるようにするか、ルーネスが頭を捻って戦略を組む練習をしている。
お陰で、秩序の戦士達にとって今日一日は、良い余暇となったようだ。

遊戯の時間に盛り上がった一日が終わると、クラウドはゲーム盤一式を自室へと運び戻した。
皆がいつでも遊べるようにリビングに置いていても良かったが、一応、これはクラウドの世界から迷い込んで来たと思われるゲームだ。
なんとなくプライドのような、矜持のようなものが働いて、出来るだけこのゲームに慣れておきたい。
ボードと一緒に見付けたカードを使って、どんなデッキが組めるかと言うことも、もう少ししっかりと読み込んでおきたかった。

デスクにゲーム盤を置き、其処でカードを捲りながら黙々と戦略について考えていた時、───コンコン、とノックの音。
それに我に返ったクラウドは、部屋の時計を見て、思った以上に時間が経っていたことに気付く。
こんな時間にやって来る人物と言えば、といそいそとした気分で部屋のドアを開ければ、思った通り。


「……邪魔して良いか」
「ああ」


其処に立っていたのはスコールだった。
寝る前の夜着で、すっかりラフなスタイルでやって来た恋人に、クラウドの口元は自然と緩んだ。

部屋に招き入れたスコールは、いつものようにベッドへと座ったが、ふとその目が普段と違う場所へと向けられる。
何かと雑多な物が置かれている傾向のあるクラウドの部屋は、デスク回りもそうなのだが、今日は其処に目立つものが置かれていた。
立体的に汲み上げられた城が、まるでその庭を見下ろすように聳える、『クイーンズ・ブラッド』のゲーム盤。
其処に中途半端な状態でカードが置かれているのを見て、スコールは微かに眉根を寄せる。


「……本当に邪魔をしたみたいだな」
「いや。そんなに真剣に詰めていた訳でもないし、気にするな」


言いながらクラウドは、スコールが来たならもう良いか、とボードに出していたカードを回収する。
ゲームは好きだし、時には何においても優先したいと思うほどに熱中するものに出逢う事もあるが、恋人が来たならどれも後回しで良い。

────と、思ったのだが、カードを片付けている間、じっと突き刺さる視線の感触があった。
ちらと横目にその出所を伺えば、蒼灰色の瞳が、存外と爛々と輝いている。
そう言えば、彼の世界にもあるという、『トリプル・トライアド』なるカードのコレクターになる程に、カードゲームは好きなのだと思い出した。

ふむ、とクラウドは手元のカードの山を見た後、視線をベッドの方へと移し、


「やるか?」
「……!」


短く訊ねてみると、スコールははっとした顔で目を瞠る。
自分がゲーム盤をまじまじと見ていたことに気付かれていたと、その顔は分かりやすく恥ずかしそうに赤くなったが、


「……やる」


そう言ってくれるならと、自分から発信することがどうにも苦手なスコールは、これを機とばかりに乗った。
存外と判り易い恋人に、可愛いものだなと思いつつ、クラウドはゲーム一式をベッドへ移す。

ゲームに使用できるカードは、初心者用のブースターパックと思われるものが一揃いしている。
この世界で見つけられる、それぞれの世界にのみあるというゲームは、大抵、それを切っ掛けにしたように、モーグリショップでパックが売られるようになったり、ふとある時に見付けて持ち帰ったり、と言うことが多かった。
と言うことは、この『クイーンズ・ブラッド』のカードも、また段々と増えて行くのかも知れない。
そうなればカードデッキの作り方も増え、高度な心理戦も始まって、複雑な戦略性を備えたバトルが行われる事だろう。

しかし、今は皆、初めてこのゲームに触れた所だ。
クラウドは手に持っていたカードの山札を、スコールに差し出した。


「お前からデッキを作って良いぞ」
「……良いのか」
「俺は一応、経験者みたいだからな」


そう言ったクラウドに、スコールはそれならと山札を受け取る。
じっくりと吟味しながらデッキの構築を考えているスコールを眺めながら、クラウドはこっそりと眉尻を下げた。


(実の所、本当に経験があるのか、いまいち微妙なんだよな。ルールはなんとなく判るが)


この『クイーンズ・ブラッド』なるカードゲームを見付けた時、クラウドは見たことがあるような、ないような、と言うぼんやりとした感覚しかなかった。
ルールブックを読んで行けば、案外とすいすいとその内容を理解できたが、触れるカードについては、どうも初めて触ったような感覚が否めない。
元の世界の出来事についても、一通り覚えている筈だが、果たしてその旅の道程に、こんなアイテムはあっただろうか。
世界的に有名なテーマパークも行ったが、あそこにこんなゲームはあったか、果たして。

そんな疑問は尽きないものの、ゲーム盤を引っ繰り返して裏面を見ると、其処にはこのボードを製作・販売したと思われる会社の名前が印字されていた。
文字からロゴから販売社名から、他にまごう事なき印字であったので、やはりこれはクラウドの世界にあるものだと言うことは確信している。
仲間達もそれは同じだったようで、ボード盤をくまなく観察したバッツがそのロゴを見付け、「これがあるって事は、クラウドの世界にあるヤツなんだな」と言っていた。
決定的な証拠と言っても良いものだから、クラウドもそれを否定することはなかった。
ただ、自分が思い出せる記憶の中に、このボードゲームに関することがほとんど見当たらないだけだ。

だが、カードを一通り確認したり、デッキを組んだりとしていると、なんとなく手が頭が、これを“知っている”と言うのだ。
このタイミングでこれは早い、此処に置いたら上書きされる、このカードを有効に使う手立ては、と言った、経験者でなくては浮かばないことが自然と考えられるのだ。


(まあ、ゲームに詳しい奴だと、似たようなゲームから経験と勘で読めたりもするんだろうが。俺は別に其処まで詳しくは……)


ゲームは好きだし、のめり込む所がある事は否定しないが、クラウドは叩き上げの性質だ。
自分は生憎、凡人で、天啓を得られるような人間ではないことは、悲しいかな自覚しているのだった。

と、クラウドが取り止めのない思考に囚われている間に、スコールはデッキの構築を終えていた。


「俺はこれで良い。後はあんたのか」
「ああ、少し待っていろ。直ぐ終わる」


スターターパックであっただろうカードの山札の中身は、もう半分ほど。
組めるデッキの形には既に限りがあり、必要な数は残した状態で、いらないものだけを抜けば良い。

程無くデッキを作り終えて、クラウドは手元のそれを混ぜながら、自分のデッキを確認しているスコールに声をかける。


「始めようか、スコール」
「……ん」
「先手、良いぞ」
「じゃあ」


遠慮なく、とスコールはデッキから取った手札を見て、先ずは様子見と一枚を場に出した。
続いてクラウドも、無難なものを一枚と続く。

二手目が回ったスコールが、新たに引いた手札を見て、早速熟考に入った。
初心者とは言え、戦略型のカードゲームとなれば、『トリプル・トライアド』で慣らした腕のあるスコールだ。
迂闊な悪手は出来るだけ避けたい、と言う心理か、慎重な手付きは彼の性格をよく表しているように見える。

そんなスコールに、クラウドはちょっとした悪戯心が沸いた。


「なあ、スコール」
「……なんだ」


声をかければ、気もそぞろな返事。
すっかりカード勝負に気を捉われている少年に、クラウドは可愛いものだなと思いつつ、


「折角だから、賭けをしないか」
「しない」
「早いな」
「経験者相手にそんな事したら、鴨にされるだけだ」
「大丈夫だ。俺も初心者みたいなものだから」
「嘘だな。このゲームはあんたの世界にある奴だろ」
「それはそうだが、やり込んでる訳じゃない。世界的に流行しているようなゲームでも、遊んだことがないって言う人間は、世に一人二人はいるものだろう」
「………で、あんたがその一人だって?」


信用できない、と言い切るスコールは、クラウドの気質をよく判っている。
確かにゲームは好きだし、やれるものはやり込みたい、と言う所があるのも否定しまい。

だが、此処で引き下がっては、やはり面白くない。


「必要なら、ハンデも良いぞ。パワーダウンや消滅系のカードは使わない、とか。レベル3のカードは封印とか」
「………」


クラウドの言葉に、スコールの片眉がくっと釣り上がった。
眉間の皺が三割増しになって、強気な蒼灰色がじろりとクラウドを睨む。


「ハンデなんかいらない」
「そうか?」
「………」


じとぉ、と睨む瞳は、判り易く不満を露わにしている。
プライドが高いというか、慎重に見えて案外と熱くなりやすいとか、負けず嫌いとか────途端に幼さが露呈する年下の恋人に、クラウドの唇が緩む。
それを侮りと受け取ったのだろう、スコールは益々ムキになった表情を浮かべていた。

スコールの手札から選ばれたカードが、場に出され、彼の陣地予定地が増えた。
守勢ではなく、積極的に陣地を増やすことを選んだ彼を、クラウドは変わらぬ表情で見詰める。


「で、賭けは?」
「……好きにしろ」


賭けの内容については確かめることもせず、スコールはそう言った。
内容がどうなるにせよ、自分が負けなければ良いのだと考えているに違いない。
確かにそれはそうだが、と思いつつ、クラウドも次のカードを選んだ。

ハンデは必要ないと言ったし、とクラウドは新たな手札に回って来た一枚を見て、緩みかける唇を堪える。
これもまた油断してはいけないと自戒しつつも、頭の隅では、さて何をして貰おうか───と今夜の楽しみに気が散っているのであった。





7リバースで追加されたカードゲームで遊んでるクラスコが見たいなと思って。
負けても基本デメリットがない(たまに微量なお金を取られる、デッキ選びからやり直しが効く)、勝てば確実に景品カードが貰えるので、優しいな……と思いながら、行く先々でまず真っ先にバウターを探しています。

初心者相手に全力で行くのはどうなんですかクラウドさんと思いつつ、相手がハンデいらないって言ったんだから良いよねって。
そんな調子で勝った後、スコールにトリプル・トライアドのガチデッキでこてんぱんにされて欲しい。

宅のクラウドは『ディシディアのクラウド』であるイメージが強いので、7リバースを混ぜるのどうしようかなーと思ったんですが、ディシディアだし都合良くしていくか!!の精神。
なんか新たな記憶が交ざった感じになった。これはこれでクラウドの精神状態の今後が不安ある。

[オニスコ]背を伸ばしても理想は遠く

  • 2024/03/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF

オペラオムニア3部9章後





“あの人”の意思と力で、世界が新たに造られて、いつの間にか随分と経つ。
その間に、散り散りになっていた仲間も、多くは合流することが出来た。
だが、一部の仲間はまだ何処にいるのか判然とはせず、また一部は、合流できたにも関わらず、なんらかの理由によって袂を分かっている。

光の羅針盤を唯一の指標に、その光針が指し示す先を辿る旅。
元々そうではあったが、新たな世界と言うのはまた途方もなく広く、飛空艇を使っても、回り切れると思えない程だ。
走る空は何処か不安定で、気象を読むことに長けた者から見ると、理屈を無視した出来事も多いらしい。
舵を切る手は慎重に、風を読む目は三つ四つ先まで見越して、そう言った知識を持つ者達が日々綿密な話し合いをして、向かうべき方向を決めている。

オニオンナイトも、“リーダー”としてよくその場に同席する。
本来ならば、この役目は自分など重いと思っているが、皆の意識が自分を“リーダー”として認識しているのだから、引き受けねばならない。
それは重責でもあったが、旧世界が書き換えられる直前、確かに“あの人”から託されたのだと言うことを覚えている。
他の誰も覚えていない中、自分とプリッシュだけがその書き換えを免れているなら、だからこそやるべき役目がある筈だと思った。
可能な限り、仲間達の懸念や想いを聞いて、その中で「今回はどうするべきか」を考える。
それが今のオニオンナイトの役目だ。

────そうして、長らく離れていた仲間達をまた再び、飛空艇へと迎え入れる事に成功した。
スコールとノクティスをリーダー役として、ヤ・シュトラやサンクレッドたちが下支えとしてまとまっていたそのグループは、久しぶりの飛空艇の乗艇に随分と安堵していた。
大きな傷のある都市で、記憶と時間を操る魔女との戦いを繰り広げていた彼等は、ようやっと一息つける場所に戻れたのだ。
彼の街で再会に至ったと言うノクティスの婚約者ルナフレーナも共に迎え、次の目的地を目指し、束の間の休息となった。

新たな理の世界となってから、“意思の力”の影響はより強くなっているようで、様々なことに干渉が起こる。
戦う為の力となることは勿論のこと、生活におけるちょっとした出来事にも、それは現れた。
至極些細なことで言えば、飛空艇の内部がじわじわと拡張されているような所があって、仲間が戻る、或いは新たに加わる都度、彼等の過ごす部屋が増えるのだ。
気付けば外観以上に内部は広くなり、質量保存の法則を無視しているのが感じられるが、有り難い影響であるのは確か。
元は敵対していた間柄の者も此処にはいる訳で、そうでなくとも相性の悪い者であったり、あそこはセットにすると厄介が起きるから離して置いた方が無難だとか、色々な理由で寝床は別々にしておく必要もあるので、部屋は多いに越したことはないのだ。

そう言った物理法則を無視した出来事も、この世界で長く過ごしていれば、必然的に慣れるもの。
初めてこの世界の飛空艇に乗ることになったルナフレーナに、ノクティスを始めとした、同じ世界から来た面々が説明をしているのを横目に見ながら、オニオンナイトは飛空艇内にいつの間にか出来ていた書庫へと向かっていた。
その書庫もまた変わったもので、飛空艇に乗る人が増える都度に、その人々の世界に存在していたのであろう本の出現が確認できている。
各世界のあらましにも触れることが出来る機会は貴重で、学者肌の人物はよく其処に籠って、様々な本を読んでいた。
オニオンナイトも、その一人である。

大所帯で旅をしているから、飛空艇の各場所、何処に行っても人の気配は絶えない。
オニオンナイトが書庫に入ると、ポロムとユウナ、ストラゴス、シャントットがいた。
この辺りは、よく本の虫として見かける人々で、シャントットに至っては彼女の席の回りに山のように本が積まれている。
オニオンナイトは仲間達の邪魔をしないように、足元の音に気を配りながら、並ぶ書架をぐるりと眺めてみた。

────と、


「リーダー」


そうやって呼ばれる事に、未だに慣れはしないが、それが今の自分を指している言葉だとは身に馴染んだ。
聞こえた声に振り返ってみると、濃茶の髪に蒼灰色の瞳、眉間に走る斜め傷───スコールだ。


「やあ。もう調子は大丈夫なの?」
「ああ」


オニオンナイトの言葉に、スコールは短く答えた。

スコールは先達ての魔女との戦いの後、飛空艇に乗り込んでから、しばらく念入りの休息を取っていた。
彼の仲間のは、この世界に召喚された者の殆どが、記憶に欠落がある状態で、尚且つ時代のズレもあったらしく、スコールは相当に気を回していたらしい。
同じ世界から来たリノアとアーヴァインは記憶を持っていたらしいが、アーヴァインは魔女との戦いが激化する直前、その記憶を奪われた。
それぞれの意思と思惑が複雑に交じり合う中、全ての記憶を持っていたスコールとリノアは、メンバーの支柱として奮闘していたと言う。
既に記憶を取り戻していたサンクレッド達が助言をしてくれてはいたものの、半ば追い詰められた心理状態でいた事も否めず、長らく緊張状態が続いていた反動か、飛空艇に乗ってから一気に疲れが出たらしい。
この為、昨日一日、スコールは限られた人以外とは会うことなく、自分に宛がわれた寝床に籠っていたそうだ。
それがこうして書庫にやって来たと言う事は、疲労も概ね落ち着いたと言う事だろう。

仲間が無事であったこと、そしてこうやってゆっくりと話が出来るようになったことは、オニオンナイトとしても喜ばしいものだ。
オニオンナイトは、スコールの手に小綺麗な本が一冊あることに気付き、


「スコールも読書?」
「……ああ。書庫があるって聞いたからな。俺の知っているものもあるかと思って、少し見に来たついでに」
「そう。読みたい本は見付かった?」
「一応。何度も読んだ奴だから、今更ではあるが」


そう言いながら、スコールは読書スペースへと移動する。
オニオンナイトはその背を眺めながら、スコールが何度も読むような本ってなんだろう、と思った。
彼はあまり自分のことについて、引いては自分の世界のことについても、必要最低限しか話すことはなかったから、彼の興味を引く事象と言うのはあまり他者に知られていない。
今度、スコールの世界にある本について聞いてみようか、と考えつつ、オニオンナイトは傍の棚から適当に目に付いた本を取る。
スコールと並んで座ると、彼はちらと此方を見遣ったが、それだけだった。

書庫は静かなもので、定期的にページを捲る複数の音と、本棚を行き来する足音の他は、パロムとユウナの密やかな話声が漏れ聞こえるくらい。
一枚扉の向こうでは、今日も賑やかな面々が行き来しているのだろうが、此処は隔離されたように穏やかだ。

そんな静寂の中で、ふ、とオニオンナイトは呟いた。


「……やっぱりスコールにとっても、僕がリーダーなんだね」


前後もない唐突な呟きだったが、思うとやはり零さずにはいられなかった。
もう何度も確かめた現実であるとは判っていても。

ページを捲ろうとしていたスコールの手が止まり、蒼灰色の瞳が伺うように此方を見る。
それから視線は本へと戻されたが、小さな唇が微かに引き絞られて、言葉を探しているようだった。
喋ることは決して得意ではない彼が、彼なりに何かを言おうとしている時の仕草なのだと、教えてくれたのはリノアだ。
だからそう言う顔を見付けた時は、じっくり待ってみて欲しい、とも。

スコールは読書の過程で丸めていた背中をゆっくりと伸ばして、椅子の背凭れに寄り掛かった。


「……“リーダー”に関する話については、ジタンとバッツから聞いた。本当は、あんた以外の“誰か”だったらしいことも」
「……うん」
「だが、悪いが幾ら考えても、その“誰か”の顔は出て来ない」
「うん。そうなんだろうって思ってた。この新しい世界に来てからは、皆そうだから」


致し方のない話だと、オニオンナイトも分かっている。
光の羅針盤が稀に映し出す光景に見える“彼”についても、それを知っていたのはプリッシュだけだった。
何人と話をしても、その記憶の齟齬を訴えても、デッシュでさえも───“彼”がいた場所には、今はオニオンナイトがいると言う。


「別に良いんだ、それについては。皆と再会して、何度も聞いた話でもあるし、光の羅針盤を辿って皆が集まることが出来れば、きっとまた“あの人”にも逢える。そうしたら、皆も思い出してくれる筈だって信じてるから」
「……」
「ただ、なんて言うか。僕は“あの人”みたいに皆を導いていける程、強くはないし。迷って悩んで、ぐるぐるしてばかりだから、“リーダー”なんて呼ばれる器でもないと言うか」


こんな事を言っては、自分を“リーダー”として標にしてくれる仲間達に、不安を与えてしまうと思う。
何度もそれを考えて、どうして自分なのだろうと零す度、沢山の人々に励まされて背を押された。
だからこそ自分なりに頑張ろう、と思う今に至るのだけれど、


「リノアやアーヴァインから聞いたんだ。スコールは元の世界で、指揮官だったって。そんなスコールにしてみたら、僕が“リーダー”なんて頼りないだろうな……って」
「………」
「……ごめん、こんな事言って」


オニオンナイトは緩く頭を振って、其処にかかる思考の靄を払おうと試みた。
既に自分の中でどうして行くかの心積もりは決まっているのに、過ぎる思考にどうしても心が囚われてしまう。
心に渦巻くそれは、堪えようとするほどに濃くなって行くから、時折吐き出さないと悪いものが溜まる。
とは言え、こんな所でそんな話をされても困るだろうと、今回その相手にしてしまったスコールに、オニオンナイトは詫びた。

読書の邪魔をしてしまったな、とこれ以上は喋るべきはないと思ったオニオンナイトだったが、


「……確かに、よく考えると、俺が覚えている“リーダー”の言動と、今のあんたを見ると食い違いはある、かも知れない」
「え?そうなの?」
「……かも知れないって話だ。俺も……元の世界の理があるから、記憶に関しては、色々と自信を持って言えない所がある」


そう言ってから、ただ、とスコールは言った。


「“リーダー”なんて言ったって、その形は色々ある。ぶれずに自分で決められる奴もいれば、色んな奴に気を配ってから決める奴もいるだろう。どっちが良いって言えるものでもない」
「でも、頼りないのは良くないでしょ。皆を不安にさせてしまう」
「……それならあんたは、どうすれば皆を不安にさせずに済むかを考えるだろう。“リーダー”だからって、仲間の誰にも頼っちゃいけない訳じゃない」


呟くスコールの表情には、微かに苦いものが滲んでいる。
それが、彼自身が自分のことを言っていると自覚する苦さの所為だと、オニオンナイトは知らなかった。


「誰かに頼ったり、相談したり。逆に、相談されることもあるだろう。その時、一緒に考えてくれるような“リーダー”も良い筈だ」
「……相談、かあ。そんな風に頼って貰えるかな、僕は」


スコールの言う事に頭で理解は出来ても、自分がそれに値するかと言われると、自信が持てなかった。
こと此処に及んで迷いを示すのは、良くないのだろうなと思いつつも、ぐるぐると巡る思考から抜け出すのは難しい。

そんなオニオンナイトを見て、スコールは言った。


「あんたは随分、話がし易い。だからあんたは、そのままで良いんだろう」
「……そうなのかな」
「少なくとも俺は、そう思っている」


蒼灰色の瞳が、彼にしては珍しく、真っ直ぐにオニオンナイトを映していた。
普段、あまり他者と目を合わせる事がない彼が、こうして真正面から捉えてくれると言う事は、その時口にする言葉が何よりも彼の本心だと言う事を示している。
澄んだ蒼の瞳が、彼の心の在処を、何よりも雄弁に語るから。

ややもしてから、スコールは「……喋り過ぎた」と小さく零して、視線を本へと戻した。
慣れない事を言った、と言う心境から、彼の頬は微かに赤らんでいるように見える。
オニオンナイトは、不器用な彼の、不器用な労わりを感じて、知らず強張っていた背中から力が抜けるのを感じた。



リーダー、と呼んでくれた隣の彼の声を頭の隅に思い出して、そこはかとなく面映ゆさが滲んだ。




3月8日と言う事で、オニスコ!
オニスコ?と思うような所ありますが、二人で話してればオニスコだと言い張る。

オペラオムニア終わっちゃったよ……の気持ちと入り交じり、うちでは珍しくルーネスではなく“オニオンナイト”で。
オペラオムニアが終わり、約十日間で3部後半から一気に駆け抜けたのですが、突然“リーダー”の立場に置かれた彼の奮闘ぶり。
そして元々ED後の記憶持ちで、本編中よりも少し素直になって、思ったことを言葉に出す努力をしているスコールの様子。
ゲームが大所帯であることもあり、作中でこの二人が絡んでる所って少なかったなぁ~と思いつつ、『突然リーダー役に祀り上げられた』者同士として、話をしてたら嬉しいなって言う願望でした。

[フリスコ]重なる時間に溶け合って

  • 2024/02/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



週末の居酒屋なんて何処も繁盛しているもので、フリオニールがアルバイトをしている所もそうだった。
特に学年末が近付いてくると、卒業祝いだの、追い出しコンパだので、毎日のように予約の電話が鳴りやまない。
客席は少人数のテーブル席から、宴会用の広間フロアまで満員御礼で、店員はひっきりなしに呼び出しベルが鳴るので、息をつく暇もない。
悪酔いした客に絡まれては、その仲間達がすいませんすいませんと平謝りするのを苦笑いで流しながら、フリオニールはとにかく仕事に打ち込んだ。
この居酒屋には長らく世話になっているし、こうした繁忙期真っ只中には、ボーナス的に給与にも色がつく。
今のうちにたっぷりと働いて稼いでおけば、振替として後日まとまった休みが貰えるのも有り難かった。

そうして、今日も今日とて、閉店時間の後の片付けまで引き受けて、ようやくの解放。
今日は大きなサークルの集まりが三部屋も入っていて、そのフロアを行き来するだけで結構な運動量になった。
人員がこの時期の忙しさに慣れた強者が多かったのは幸いだが、とは言え誰もが疲れない訳でもない。
目を回しながらあくせくと働いた分、今月の給料には期待したい所だ。

店中のグラスは使い切られ、複数台が供えられた食洗器だけでは収まり切らなくて、その分は手洗いし、布巾を敷いたテーブルの上に並べて置く。
明日の昼には仕込みの為に、店長と調理場担当の者が来るから、その時までには乾いているだろう。
最後にガスの元栓や各種電気の状態を指差しチェックし、店の鍵を閉める。
エレベーターで一階へと降りると、警備員と擦れ違ったので軽く挨拶をした。

普段は節約の為に、電車か徒歩に頼っているが、流石に今日は疲れていた。
早く家に帰って休もう、とタクシーを捕まえて乗り込む。
自宅の最寄にある、もう閉まっているであろう業務用スーパーの名前を告げると、タクシーは直ぐに走り出した。

労働による疲労感と、解放感と、車の揺れのセットで、うとうとと舟を漕ぐ。
忙しいあまりに食べる暇もなくて、空腹感もあった。
同居人はもう寝てしまったかな、と時計を見ると、片付けに思いの外時間がかかってしまった為に、23時を過ぎている。
朝に弱い彼のことだから、睡眠時間をなるべく確保する為に、もう寝床に入っていても可笑しくはないだろう。
起こさないようにしないと、と思いながら、窓の外をぼうっと眺めている間に、見慣れたスーパーの看板が見えていた。
車の中での小休止で、重さを自覚してしまった体を今少しと奮い立たせ、自宅までの短い距離を歩く。

フリオニールが日々を暮らしているのは、キッチンつきの小さなワンルームのアパートだ。
外観は年季が入ったものだが、中は居住者が入れ替わる都度に手が入っており、外から見るよりも現代的に整えられている。
壁が薄いのが少しばかり悩みであるが、幸いにもフリオニールの部屋は角部屋だ。
音が出るもの───テレビなどの配置場所さえ気を付けて置けば、それほど隣近所と揉めることもない。

元々は其処で一人暮らしをしていたフリオニールだったが、現在は同居人がいる。
フリオニールよりも年下で、また高校生の彼は、紆余曲折を経てフリオニールの恋人と呼べる関係となり、つまり、同棲しているのだ。
仲睦まじいこと、と事情を知る友人達から揶揄われることもある間柄ではあるが、その実、二人がゆっくりと過ごせる時間と言うのは限られている。
フリオニールは生活の為のアルバイトがあるし、恋人は大学受験の正に真っ最中であった。
家事分担はお互いの予定と擦り合わせ、適宜こなしているので負担は減っている方だが、忙しい身なのは変わらない。
特に恋人は、テスト本番が今目の前に来ている事で、ナーバスになっている一面もあり、フリオニールはそんな彼を出来るだけ支えてやりたいと思っているのだが、如何せん、居酒屋なんてものはこの時期こそが書き入れ時だ。
生活リズムが擦れ違い気味になるのも珍しくはなく、お互いに相手が寝ている顔しか見ていない、なんて日が続く事もあった。

そんな恋人と共に過ごす自宅へと帰ってくると、窓から灯りが零れている。
明日の為に寝ているのかと思ったが、まだ勉強しているのかも知れない。
邪魔しないようにしないと、と足元の音に気を付けながら、フリオニールはどうしても響く玄関ドアの鍵を、心持ちゆっくり、静かに、開けた。

キ、と蝶番が音を鳴らし、煌々と灯りのついた部屋に迎えられる。
思った通り、その真ん中に据えられた食卓用のテーブルについて、参考書を睨んでいる恋人───スコールの姿があった。

少しばかり迷ったフリオニールだったが、眉間に深い皺を刻み、煮詰まっている様子のスコールの顔を見て、


「……ただいま」
「────あ、」


控えめな声で帰宅の挨拶を告げると、スコールは一拍遅れてから、はっと顔を上げた。
蒼灰色の瞳が、銀糸に赤い瞳の青年を捉え、微かにその眦が緩む。


「…お帰り、フリオ」
「ああ。こんなに遅くまで勉強して、大丈夫か?」
「……」


フリオニールの言葉に、スコールは本棚に置いてある針時計を見た。
それから深い溜息を吐き、手に持っていたシャーペンを転がす所を見るに、どうやら時間を忘れて勉強に取り組んでいたらしい。


「眠れなかったから、暇潰しをしていただけだ」
「そうか」
「飯、温める。風呂入ってこい」
「ああ」


遅い夕飯の用意をしてくれると言うスコールに、有り難く甘えさせて貰って、フリオニールはバスルームへ向かった。

湯舟に入っていた湯は少し冷めていたが、熱めの湯を加えれば事足りた。
冬の帰り道で冷えた体をすっかり温め直し、濡れた髪をタオルで乱雑に拭きながら風呂を出ると、食卓には温かな湯気を立ち昇らせる食事が揃っている。
チキンソテーにソースをかけ、彩りに気を使ったサラダと、根菜とつくね団子の入ったポタージュスープ。
腹を減らしているだろうと言う気遣いか、判り易く山盛りにされた米茶碗に、フリオニールはいつも唇が緩む。

頂きます、と手を合わせてから食事を始める。
その向かい側の席に、スコールもホットミルクを入れたマグカップを持って座った。


「このスープ、美味いな」
「……レシピ通りだ」
「じゃあ、また食べれるな」
「……そうだな。簡単だったし、また作っても良い」
「後で俺にも教えてくれるか?」
「アドレスを送っておく」


スコールは何にしてもきっちりと計算通りにやりたい所がある。
料理のレシピはその判り易い所で、本やインターネットで見付けたレシピを遵守していた。
フリオニールは逆に、長い一人暮らし生活で身に着いた勘で、目分量や味見を頼りにして作る。
その為にフリオニールの料理と言うのは、その時々で味にバラつきがあるのだが、スコールはそれを「どれも美味い」と喜んでくれている。

フリオニールは夕飯を平らげながら、目の前にいる恋人を見ていた。
長い睫毛を伏せ気味にして、愛用のマグカップに入った乳白色を見つめる貌は、酷く整っていると同時に、勉強疲れからか少しばかり憂いがある。
それは同居しているフリオニールにとって、見慣れているようでいて、久しぶりに見る顔であった。
と言うのも、二人の生活リズムの違いにより、此処しばらくはお互いの寝顔ばかりを見ていたからだ。
起きて動いているスコールの姿を見れる、と言う事が何とも言えず嬉しくて、赤い瞳はついつい、目の前にいる恋人へと向いてしまう。

それが視線に敏感な質のあるスコールにとっては、少々煩かったのかも知れない。


「……なんだよ、さっきから」
「え」
「じろじろ見てるだろ」


眉根を寄せて、睨むように此方を見る蒼灰色に、フリオニールはバレていたと顔を赤らめる。
友人知人から、何かと判り易い男だと言われるフリオニールであるが、確かに今のはあからさま過ぎたと反省する。


「いや、その……なんと言うか。久しぶりだな、と思って」
「……何が」
「こうやって一緒に起きてるのが。俺が帰って来た時には、スコールは大体寝ているし、俺が起きる前に学校に行くだろ」
「遅刻する気はないからな。……あんたは疲れてるんだし、起こすのも悪いし」
「うん。俺もスコールが寝てたら、起こさないようにしようと思ってる」


それは、こうした環境で同居生活をするに当たっての、自然な配慮と言うものだろう。
どちらも周りへの気遣いを無視できる性格ではなかったし、相手を慮るからこその擦れ違いだ。
それはフリオニールは勿論、スコールも理解している事だった。

でも、とフリオニールは言って、


「判っちゃいるんだけど、しばらく、寝ている顔しか見ていなかったからさ。起きてるスコールの顔が見れるのが、嬉しいと言うか、ちょっと、新鮮と言うか」


スコールが寝ている時間に帰って来て、彼を起こさないようにとひっそりと遅い夕食を終え、必要以上に物音を立てないように静かに寝床へ入る。
同じベッドで寝ているから、時により眠りが浅いスコールを少しばかり目覚めさせてしまう事はあったが、それもほんの数秒だ。
身を寄せ合っていれば、案外と温もりに甘えたがる恋人は、程無く夢の世界へ戻る。
フリオニールは、そんなスコールを腕に抱きながら眠りに就くのが習慣になっていた。
そして翌日、フリオニールが目を覚ました時には、スコールは既に登校していて、フリオニールは一人で目を覚ますのであった。

思いを遂げた恋人と同棲しているのに、なんとも味気のない、と言われれば否定も出来ないが、かと言って迷惑をかけたくもないし、相手が嫌がるようなこともしたくない。
大学受験が大変だったことはフリオニールもまだ記憶に鮮明であったし、だからこそ、スコールを応援する為にも、彼の意識に邪魔をしてはいけない。
そう思っているフリオニールだが、時折、朝の挨拶も出来てないな、と少しばかり寂しく思う気持ちは否めなかった。

そんな毎日だからこそ、今日はちょっとしたサプライズを見た気分だ。
眠れない、と言うのは明日も学校があるスコールにとって良くない事だろうが、お陰でこうして、彼と会話が出来ている。
此処しばらく、ぼんやりと空いていた胸の奥にが、充足感で埋まって行くのをフリオニールは感じていた。


「悪いな、スコールは明日も早いのにさ。勝手に浮かれてしまって」
「………」


フリオニールの言葉に、スコールはマグカップを口に運びながら、視線を斜め下へと逃がしている。
ホットミルクを口に含んだ彼の頬は、じんわりと赤くなって、


「……別に。謝るようなことじゃない」
「はは、そっか」
「……」
「でも、眠りたかったんだろ。片付けは自分でやるから、スコールは先に寝て良いよ」


言いながらフリオニールは、すっかり空になった食器を手に席を立った。

几帳面なスコールがこまめに掃除をしてくれるお陰で、キッチン周りはいつも綺麗だ。
其処で皿を洗っていると、スコールが空になったマグカップを其処に加えた。
「洗っておくよ」とフリオニールが言うと、スコールは「……頼んだ」と言ってベッドへ向かう。

生活リズムが違うものだから、相手が寝ている間に帰ってくる、家を出る、と言うのは儘ある話だ。
その癖ワンルームと言う環境なので、ベッド回りには間仕切りで遮蔽が作られ、灯りや物音での睡眠の邪魔をなるべく軽減するように工夫している。

フリオニールが食器を片付け終えて、自身も寝床へと入ると、スコールはまだ起きていた。
セミダブルのベッドは、スコールと一緒に生活をするようになった時に誂えたもので、まだまだスプリングがしっかりとしている。
其処にすっかり身を沈めると、ベッドの奥側を陣地にしていたスコールが寝返りを打った。
身を寄せて来るスコールをフリオニールが受け入れれば、甘える子猫のように、柔らかい濃茶色の髪がフリオニールの肩口を擽る。
まだ起きているのに、こう判り易く甘えて来るのは珍しいことだ。
久しぶりに話が出来たからかな、とフリオニールが思っていると、


「……フリオ」
「ん?」


名前を呼ばれて返事をすると、暗がりの中でも見える、蒼灰色がすぐ其処にあった。
近いな、と何処か冷静にその距離を感じていると、唇に柔らかいものが重ねられる。
それがスコールの唇だと悟った時には、ぬるりとしたものがフリオニールの咥内へと滑り込んでいた。


「ん……」
「…ん、……ふ……っ」


零れる吐息は、どちらのものだったのか。
交じり合っているからよく判らなかったが、構わずにフリオニールの方からも舌を絡める。

毎日のように寝顔ばかりを見ているから、こんな熱の交わりを臨める瞬間も久しぶりだ。
そう思ったら、若い体に燈った熱はどうしようもなく走り出していた。




2月8日ということで、フリスコ。
同棲生活してる二人が見たかった。
生活時間としては擦れ違いも多いけど、フリオニールが休みを取れた日とか、スコールの休日と重なった日とか、いちゃいちゃしてるんだろうなと思います。

[ウォルスコ]過日に馳せた想いの丈に

  • 2024/01/11 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



記念日と言うものを、大事にしたがる人間がいると言うことは、知っていた。
今のスコールにとっては自分の誕生日ですらそれほど特別には思わないのだが、ことに父がそう言ったものをよくよく気にする人なのだ。
元々そう言う気質だと言うのもあるが、恐らくは、スコールが子供の時、誕生日を初めとして、様々な行事ごとを喜んでいたと言う思い出があるからだろう。
もうそんな子供じゃない、とスコールは思うのだが、誕生日プレゼントだとか、受験に合格した祝いだとか、入学祝だとか、それに必要なものを探し回る父は、存外と楽しそうで、其処に水を差すのは聊か憚られた。
幼い頃のように、無邪気に喜んで見せられない息子に、どうしてそんなにも、と思う事はある。
だが、差し出されたものを受け取った時、ほっと嬉しそうな表情を浮かべる父を見ていると、彼が飽きない間は付き合っても良い、とは思っていた。

そして子供の頃のスコールも、幼いなりに、父に喜んでほしくて、そう言った行事にあやかることもあった。
まだあの頃は素直だったと自分でも自覚があるので、お絵描きだとか、手作りの金メダルだとか、肩叩き券だとか───子供が一人で準備ができる範囲など知れているから、そう言うものばかりだったと記憶しているが、父はそれを随分と喜んだ。
息子からの贈り物を、大事にするよ、と言った彼は、その言葉通り、今でも幼いスコールが贈った手作りの品々を手元に残している。
経年劣化だって激しいだろうに、絵の具なんて変色もするのに、彼は大事に大事にしまい込んでいた。
スコールにしてみると、朧な記憶に思い出した品々は、照れ臭いのと恥ずかしいのと、あまりに稚拙なので処分してしまいたいのだが、黙って片付けてしまったら、父はきっと悲しむだろう。
だから、自分に見えない所にある分は仕方ないと割り切って、敢えて触れないようにしている。

成長するにつれ、こうした行事ごとへの関心は、スコールの中で薄れて行った。
年始にやってくる父の誕生日については、この時期に開いているケーキ屋を探して2ピースの誕生日ケーキを買い、年末までに確保して置いたプレゼントを渡しているが、それ位のことだ。
世には『某の日』と名を付けて、毎日のように色々な記念日が制定されているそうだが、ほぼほぼスコールにとっては関係のない話であった。

だが、今年からそれも少し変わった。
スコールにとって、唯一無二と言える、心を寄せる相手が出来たのだ。

父ラグナの海外での仕事が増加し、家に帰れる時間が減るにつれ、事実上の独り暮らしと言う生活になったのは、高校一年生になって間もない頃。
小さな子供ではないのだとスコールは問題のないつもりでいたのだが、どうにも過保護な所があるラグナである。
既に一ヵ月の半分も帰るのが精々と言う状態だったのを、ラグナは痛く心配し、自分が母国に不在の間、スコールの幼馴染であるウォーリアの下へと預けたいと言い出した。
判り易く子供扱いされているとスコールは反発したのだが、「だって最近って物騒だろ」と真剣に弱り切った顔で言う父親の後ろでは、正しく一人暮らしの学生を狙った窃盗事件が起きていた。
それなりにセキュリティの固い住まいではあるものの、それでも決して油断はできないのが世の常だ。
“一人にならない”と言うのは、安全を確保する上で十分に有効なことであり、未成年ならば尚のこと、大人の介添えがあることは大きな意味と、犯罪者への牽制として抑止力になる。
だからラグナは、大事な大事な一人息子を、最も信頼できる人物の下へと預けたのだ。

ウォーリアの方はと言えば、スコールよりも8つ年上で、既に社会人として働いている。
スコールは「急に転がり込むなんて迷惑だろ」と言ったが、ラグナはスコールに話す前に、既に彼と話をつけていた。
彼は迷う素振りもなく、あの真っ直ぐな眼差しで「引き受けよう」と言ったそうだ。

そうしてスコールとウォーリアの同居生活は始まった。
父が帰ってくる時は実家に戻るので、ウォーリアの居宅で過ごすのは、月の半分ほどであるが、二人の距離を縮めるには十分な時間が持てた。
元々スコールにとって、ウォーリアと言う存在は特別なのだ。
幼年の頃から、歳の離れた兄のように慕いながら、憧れに混じって無自覚の恋情があり、それが同居生活の中で急速に花開いて行った。
その生活はスコールにとって、時に息苦しく悩みの元ともなっていたが、ウォーリアがスコールの感情を全て受け止めてくれた事で、無事に昇華されることとなる。
不安症のきらいがあるスコールは、様々に過ぎる思いに自ら振り回されることも多いが、何よりもウォーリアが絶対の自信と信頼を持って、年下の恋人を包み込んでくれるのだ。
お陰で、最近はようやく、恋人と共に過ごせる時間と言うものを、スコールは受け止められるようになってきた。

だから少しだけ、特別な日と言うものを作って、意識しても良いかも知れない、と思ったのだ。
それはスコールにとって細やかな思い付きでしかなく、今後繰り返していくかも判らないものだったが、今年くらいは、と。
恋人同士と言う関係になってから、いつの間にか一年が過ぎようとしていたから、折角だから、と。


(……はしゃいでたな、俺)


人気のないリビングのソファに、項垂れるように座って、溜息と共に独り言ちた。

カレンダーの日付に、気付かれないようにと、ごくごく小さくつけた点の印。
色の薄い水色のマーカーで、近付かなければ判らないようにと描いたそれは、スコールだけが覚えていれば良いものだった。
だからそんな判り難い印にしたのだが、そんな事をするのも、今日と言う日を待ちわびるように浮かれていた自分を象徴しているように見えた。

その印がついた日から、三日が過ぎた今日、恋人宅で過ごす時間は酷く静かだ。
いる筈の家主はおらず、間借り的に同居している自分だけがいる空間は、実家で過ごす一人暮らし同然の日々と変わらない。
けれども、本来はそんな予定ではなかったのだ。
少なくとも、カレンダーの日付にマーカーのインクを乗せた時には。


(……そろそろ帰ってくる。飯を作ろう)


家主であり、恋人であるウォーリアは、三日前の朝、出張に行った。
それは急な連絡から決まったことで、病欠の同僚に代わって、席を埋めねばならない為のピンチヒッター。
彼がマーカーの印を、その意味を知らない以上は無理もなく、スコールも伝えるつもりはなかったから、優先すべき事柄で予定が上塗りされてしまうのは仕方がない。
だが、真面目な彼がそれを受け取ったことを聞いた時、スコールは自分が判り易く拗ねた顔をしていた自覚がある。
「すまない」と謝罪とともに頬に触れた手と、彼のアイスブルーの瞳に映る自分の顔の酷さに、喉まで出かかった我儘を飲み込むのが精一杯だった。

そして三日前、まさにマーカーに印がついたその日に、彼は家を空けた。
残ったスコールは、父も帰ってくる予定はないし、実家に帰った所で結局は一人であるから、束の間の一人暮らし再来だ。
たった三日、されど三日のその時間は、もうあと少しで終わるだろう。
帰って来た彼を迎える為にも、いつものように、夕飯を作っておかないと、とようやく重い腰を上げた。

スコールが来るまで、コーヒーを淹れる時くらいしか使われることがなかったと言うキッチン。
今ではすっかり生活臭のある其処で、いつものように料理の仕込みを始める。


(いつも通りの飯で良いよな、もう。どうせ大した日じゃないんだから)


三日前は、少しだけ張り切った食事でも用意しようかと思っていた。
特別に金をかけるようなことはないけれど、厚みのある肉を買っても良いなとか、時間がかかる煮込みものに手間暇をかけても良いなとか、そんな風に。
けれども、何もかもがご破算となり、印の日付も過ぎた今、スコールはすっかり冷静である。
寧ろ冷めてしまったと言っても過言ではなく、今改めて浮つく気にもならなくて、取り敢えず日常へ戻る為の準備をするのが精々であった。

仕事と遠方への往復で、きっと疲れて帰ってくるであろうウォーリアに、せめて温かいものを用意しておきたい。
スープ系で良いだろうか、腹の減り具合が判らないから、具は肉と野菜と織り交ぜて、出す時にどれくらい食べられるかを確認するのが良いだろう。
慣れた手で野菜を刻み、スープの出汁にしながら火を通す傍ら、挽肉にスパイスを混ぜて、一口サイズの肉団子を作っていく。
多めの油で肉団子の表面を焼いた後、スープの具に加えて、弱火でじっくりコトコトと煮込んだ。

実の所、こうしてスコールがキッチンに立つのは、二日ぶりのことだ。
一人で食べる為だけに食事を作ると言う労力をこなす気にはならなかったし、咎める者もいないから、小さなコンビニ弁当で十分だった。
朝はパン一つとインスタントのコーヒーで済ませ、昼については食べていない。
元々、自分自身が食事にこだわりがある訳ではなく、一食程度は抜いても問題ないタイプだ。
同居人が───父にしろ、恋人にしろ───心配するから、きっちり三食、食べられる程度に食べている、と言うのがスコールの食への意識である。
それに加え、恋人が向かいにいない、と言う環境での食事がどうにも落ち着かなくて、然程に食欲も沸かなかった。

でも、今日はもう日常に戻らねば。
今日の昼も食べていない、なんてことが恋人に知られたら、きっと困った顔をさせるに違いない。
彼はスコールを滅多に叱る事はなかったが、その代わり、なんと言ったら良いものか、と言った風に眉尻を下げる事があった。
傍目にはあまり表情が変わっていないように見えるそうだが、付き合いが長く、彼をよく知っているスコールにはすぐ判る。
ああ、困らせている───と悟った瞬間、スコールの心は急速に申し訳なさで萎むものであった。


(綺麗な顔してる癖に、あんな表情するから、すごく悪いことをしてるような気分になるんだよな……)


くつくつと煮込んだ鍋をくるりと掻き混ぜながら、スコールは思う。
元より自分の我儘が顔に出るのが原因であることは判っているが、あの顔であの表情はずるい、と。

メインのスープに、サラダの新しい作り置きも出来て、あとは予約時間に米が焚ければ良い。
あとは帰ってくるのを待つだけ、とキッチンの片付けも終えて、水気のある手をタオルで拭いていると、帰宅の合図に玄関の鍵が鳴る音を聞いた。


(帰って来た)


浮つく気持ちなどとうに萎えた癖に、急にそわりと足が動いた。
急ぐようにキッチンを出て、玄関へと向かえば、靴を脱いでいるスーツ姿の恋人───ウォーリアがいる。


「おかえり」
「ああ、ただいま」


普段から無精にしている銀色の髪が、今日はすこしばかり草臥れている。
疲れていると判る眦が、此方を映した一瞬、柔らかく細められたのを見て、スコールは少し嬉しくなった。

床に置かれていたウォーリアの鞄を拾って、いつものように、彼の上着も脱がせようとした時だ。


「スコール」
「なんだ」
「これを君に」


そう言ってウォーリアは、上着のポケットから小さな箱を取り出した。
シンプルな紺色で、ウォーリアの大きな手には収まるサイズのそれは、控えめで上質な光沢を帯びている。
恐らくはジュエリーボックスと思われるが、唐突に差し出された箱に、スコールはぽかんと立ち尽くした。

ウォーリアは、口を半開きにしているスコールの手を取り、そっと箱を其処に重ねる。
手のひらに触れたものの感触に、ようやくスコールがそれを握ると、ウォーリアの唇が優しく緩んだ。


「これ……なんだ?」


ぴったりと口を閉じている箱を見つめて問うスコールに、ウォーリアは三日ぶりの恋人の頬を撫でながら、


「指輪だ」
「は?」
「君が好むものとは趣が違うと思うが、良ければ受け取って欲しい」


突然の出来事に、益々目を丸くするスコールを、ウォーリアは細めた瞳でじっと見つめている。
平時、その顔の整いようも相俟って、目力の強さに他者を圧倒することが多いウォーリアだが、スコールを見つめる眼差しはいつも優しくて慈愛に溢れている。
それがスコールには、未だに気恥ずかしさを誘うものがあるのだが、今この時ばかりは、そんなことに意識を攫われる余裕もなかった。

スコールがそうっと箱の蓋を持ち上げてみると、贈り主の言葉通り、飾り気のないシンプルなシルバーの指輪が納められていた。
よくよく見ると刻印が施され、スコールとウォーリアの名がイニシャルで彫られている。
一切の曇りのない銀色の光沢は、その指輪がとても品質の良いものであることを示していた。


「……これ……」
「本当は、三日前に渡そうと思っていたのだが」
「……三日前?」
「あの日、朝か、帰った時にこれを君に渡そうと思って、鞄の中に入れたままにしていた。結局それが出来ずに、持って行ってしまっていたから、帰ったらまず先に渡さねばと思っていたのだ」


そう言えば、とスコールは朧な記憶を辿ってみる。

その日は、朝から慌ただしかった。
緊急の代理として仕事に向かわなければならないと決まったのは、前日の夜のことで、ウォーリアはものの数時間で出張に必要な物事を整えなければならなかった。
出発の時間も迫り、とにかく忘れ物がないことだけを、二人で再三に確認して、ようやく彼は家を出る。
あの時、家を出ようとする直前に、ウォーリアが何か物言いたげな顔をしていたような気がしたが、それより仕事を遅らせる方が良くないと、強引に背中を押し出した。
ウォーリアは玄関を出ると、既にマンションの下に止まっていたタクシーを見付け、急いで降りて行った。
だから、こんなものをウォーリアが持っていたなんて、スコールは全く知らなかったし、思いもしていなかった。

そう言った経緯があって、今此処に至るのだと言うウォーリアに、スコールは、


「……そう、か。いや、それよりあんた、三日前って」


突然のプレゼントが、どうして今この時に渡されたのか、それは判った。
だが、そもそも、ウォーリアが何故これを用意したのか、と言う点が不明瞭なままである。

スコールの脳裏に、カレンダーにつけていた密やかな印が浮かぶ。
けれど、その日は何か判り易いことがあった訳ではなく、ただ自分が勝手に意識をしていただけのもの。
きっと他の誰も気にしはしないと、スコールはそう思っていたのだが、


「一年前のあの日、君は私に自分の気持ちを伝えてくれた。だから今度は、私が君に伝えたいと思ったのだ。私にとってあの日はとても特別なものになったから、今度は君に、その喜びを感じてくれたらと」


ウォーリアの言葉に、スコールの瞳が徐々に大きくなって行く。
そんな彼の前では、ウォーリアが眉尻を下げ、「結局、酷く遅くなってしまったのだが…」と申し訳なさそうに呟いているが、それは殆ど聞こえなかった。

ばくばくと鳴る心臓の音が煩い。
ああ、こんな事ならちゃんとやる気を出して、あの日の本来の予定のように、もっと豪華な夕飯にすれば良かった。
浮つく気持ちが冷めていた自分に、何をやっていたのだと手のひら返しをしながら、スコールは目の前の男に抱き着いた。
スーツ越しにも分かる熱い胸板に顔を埋め、真っ赤になった顔を隠す少年を、ウォーリアはくすりと笑って、その背に腕を回す。


「スコール。私の気持ちを、受け取って貰えるだろうか」


問う声は、きっと敢えてのことではなく、真摯に聞いているのだろう。
指輪はスコールの趣味とは違うし、本来の予定からもズレているしと、ウォーリアにとってもきっと予定は滅茶苦茶になっているのだ。
それでも渡したいと、スコールに想いを伝えたいと、愚直なほどに真っ直ぐな眼差しに、スコールは胸の奥と一緒に目尻まで熱くなる。

問いの返事は、音に出来そうになかったから、無音と唇に乗せて明け渡した。




1月8日だったので。
諸事で書く時間が取れなくて完全に遅刻ですが、やっぱり書きたかったので書いた。

スコールは記念日と言うものは意識するほど意識しなくちゃいけなくなるので面倒臭い、ウォーリアは人の記念日ならば相手を尊重する気持ちで意識するけど自分個人のことには特別性を持たない。
と言う二人だった訳ですが、晴れて恋人同士になれた日のことは、思い返すとやっぱり特別だと意識するようになって、某かこっそり準備したりしてると私が楽しい。

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