[ティスコ]君が僕の力になる
くつくつと煮立った鍋の中身は、いつもの事を思えばかなり豪華だった。
別段、質素倹約をモットーとしているだとか、贅沢は敵だとか言うつもりはないが、しかしスコールが作る鍋と言うのは、基本的に野菜が多いものである。
そうしないと同居人が肉ばかりを食べるのだから、ちゃんとバランス良く食べさせるには、やはり食卓に出るものから調整をかけるのが一番確実だった。
けれど、今日ばかりはそれも忘れて良いだろう。
いつものスーパーで今日の夕飯を作る材料を吟味しながら、スコールは豚バラ肉の大きなパックを二つ買った。
普段は小パックを一つと、つみれ団子を選ぶ所だが、今日は豚のみ。
牛肉をたっぷり入れたすき焼きと言う手もあったが、それは流石に豪華の極みだと思うので、もっと別の機会が良い。
最高の手札を使うなら、彼だって最高の時が良いだろう。
それを確実に食べられる日がある事を自分は願っているし、彼もその為に日々を努力しているのだから。
夕方の走り込みに行ってくると言うティーダを見送って、スコールは直ぐに夕飯の準備に取り掛かった。
出汁を取っている間に白菜と葱を刻み、大根と人参をかつら剥きにして、椎茸は半分に切る。
大盤振る舞いするとは決めても、野菜はしっかり食べさせなくてはと思うので、まずはそれをたっぷりと入れて火が通るのを待った。
山盛りだった野菜がしんなりと柔らかくなって、先ずは豚肉一パックを全て投入。
野菜の上をすっかり埋め尽くす肉に、多かっただろうかと一瞬思ったが、どうせ杞憂に終わるだろうと推測する。
食卓に備えた卓上コンロに鍋を移動させた所で、玄関のドアが開く音が聞こえた。
「ただいまー!」
「お帰り」
元気の良い声を聞きながら、スコールは食器の準備を済ませて行く。
其処へ同居人────ティーダがやって来て、食卓に置かれた今日の夕飯に気付いた。
「やった、鍋!」
「寒くなって来たからな」
「助かる~。さっきも走りながら大分寒くなって来たなーって思ってたとこでさ。温まるのが良いよな、鍋は」
言いながらティーダは洗面所へ向かう。
その背中にスコールが「風呂は?」と聞くと、「飯食ってから!」と言う返事。
食い気があって何よりだと、スコールはティーダの茶碗に米を山盛りに装ってやった。
ティーダがそわそわとしながらリビングダイニングに戻って来て、いつもの位置へと座る。
スコールが鍋の蓋を開けると、たっぷり野菜の上にたっぷり並んだ肉を見て、おおおお、と人懐こい目がきらきらと輝いた。
「豚肉いっぱい!今日は豪華っスね!」
「あんたが無事に予選を突破したからな」
「お祝い?やりぃ!」
「ポン酢とゴマだれ、どっちが良い」
「ゴマ!」
先日、ティーダの所属する水球部が、全国大会の予選を突破した。
トーナメント形式で争われた予選は、強豪校が犇めくグループへと配され、エースと名高いティーダを擁するチームでも、敗退の可能性が最後まで否めなかった。
その通りに危ういシーンはありつつも、ティーダが粘り強くボールに食らいつき、その姿を見たチームメイト達も奮起した。
その甲斐あって、チームは無事に予選大会を一位で通過し、全国大会への切符を手に入れたのである。
今日の夕飯は、スコールなりにそれを祝したものなのだ。
ティーダ希望のゴマだれドレッシングをテーブルに置いて、スコールはティーダと向かい合う席へ座る。
待ち侘びて堪らなかったティーダは、早速両手を合わせて「頂きまーす!」と弾んだ声で言った。
倣ってスコールも形ばかりに手を合わせて、先ずは白菜を取る。
ティーダはと言うと、スコールが予想していた通り、程好く火の通った肉をひょいひょいと浚っていた。
「野菜もちゃんと食べろよ」
「判ってる判ってる。これ食ったら次は食べる!」
スコールが日々の栄養管理の為、食事作りに気を遣っている事を、ティーダもよく知っている。
それでもついつい、いつもよりも沢山入った鍋の肉の誘惑に負けてしまう。
やれやれ、とスコールは一つ溜息を吐いたが、食事が体を作る為に大事である事も、その為に何を食べていくべきかと言う事も、ティーダは理解していた。
まだ口煩く言うタイミングじゃない、と始まったばかりの鍋パーティに説教は引っ込めて、自身も豚肉へと箸を伸ばした。
今日は午後に体育の授業があり、ティーダはその後、クラブチームに顔を出して練習をしている。
それから帰って休憩した後、日課の走り込みに行ったので、ティーダの胃袋は空っぽだ。
まるで吸い込まれるように消えていく肉に、自分で食べつつ、ティーダは段々とそれを惜しむ表情を浮かべていた。
「あー、肉がなくなっちゃう……」
寂しい、と眉をハの字にするティーダに、スコールは食事の手を続けながら、
「もう一パックある」
「マジっスか!」
「それで最後だからな。後はない」
「じゅーぶんっスよ!」
「出して来る。そのまま食べてろ」
「サンキュー!」
言いながらティーダは、豚肉と一緒に白菜を取っている。
スコールは冷蔵庫で待機させていた豚肉を取り出し、食べやすい大きさに切った。
適当に取り出した皿に、先ずは全体の半分を乗せて食卓へ戻り、鍋に入れる。
蓋をして少し待てば、直ぐに火が通って、ティーダが早速箸を伸ばした。
「こんな豪華な飯食えるんだから、本選も頑張らないとな」
「気合が入ったなら何よりだ」
「なあ、優勝したら今度は何作ってくれるんだ?」
「気が早すぎるだろ。まだ日程も出てないのに」
「日程なんか判らなくても、練習はするし。楽しみがあった方が燃えるし」
そう言って期待に満ちた目で見詰めるティーダに、どうせなら黙って準備してやりたかったんだけど、とスコールはこっそりと思いつつ、
「……すき焼きは考えてある」
「やった!」
「優勝したら、だからな。途中で落ちたら知らない」
「判ってるって。俺は絶対優勝するからな!」
そう言って拳を握るティーダは、目標を口にする事で、自分を奮い立たせているのだろう。
直向きなその様子に、スコールは眩しさに目を細めながら、傍目には「頑張ってくれ」と素っ気なく言った。
追加からの追加の肉が鍋に入る頃には、流石にティーダの胃袋も満たされてきて、食べるペースがゆっくりになる。
取り皿に移すものも野菜が中心になり、そろそろお開きと考えても良さそうだ。
鍋の中は粗方食べ尽くされていて、野菜を足した所で明日の夕飯には足るまいと、何かリメイクするか、汁物として明日のメニューに組み込むか、と考えていた時だった。
「予選は無事に抜けたし。練習も日々快調。へへ、スコールのお陰っスね」
そう言って笑いかけるティーダを見て、スコールは何とも言えない表情が浮かぶ。
ティーダの言葉は嬉しくない訳ではないのだが、予選も練習も、ティーダ自身が努力して実をつけたことだ。
彼と一緒に戦う訳でもないのに、自分のお陰と言われても、スコールは腑に落ちないものがあった。
「試合も練習も、あんた自身の力だろう。俺は何もしてない」
「いつも応援してくれるじゃん」
「……それだけだろ。大体、試合だって俺は見ているだけだし」
ティーダが試合の時、スコールは出来るだけ現地に応援に行くようにしている。
そうしてくれと言われた訳ではなかったが、ティーダが頑張っているのなら、その姿を少しでも多く見ておきたかった。
子供の頃から一緒に過ごしてきた幼馴染であり、今は恋人と言う関係もあって、ティーダの努力は一つでも多く報われて欲しいと思う。
そんな願いに似た気持ちもあって、何も出来ないけどせめて────と、なんとか時間を作っては、ティーダの試合を見に行った。
それだけだ、とスコールは思う。
けれども、ティーダにしてみれば、“それだけ”の事がとても大きい。
「好きな人が見に来てんだもん。格好悪いとこ見せられないから、気合が入るよ」
「……大袈裟だ」
真っ直ぐに目を見て言われて、スコールは頬が熱くなる。
どうしてこうも臆面もなく、こんな台詞を言う事が出来るのか、幼馴染ながらにスコールは判らない。
その直向きな素直さが、ティーダの誰より良い所だと言う事は、深く知りながら。
赤らむ顔を見られたくなくて、スコールは「片付ける」と言って席を立った。
そそくさと逃げるその耳が、後ろから見ても判る程に赤くなっている事を、スコールは気付いていない。
スコールが洗い物をしている間に、ティーダが鍋の残りをガラス製のタッパーに移す。
大きめのタッパーではあるが、其処に納まる程度にしか残り物がないのなら、明日はこれを汁物にして出すのが手っ取り早いだろう。
ティーダは中身が零れないようにラップを挟んで蓋をして、冷蔵庫の中へと仕舞と、洗い物に無理やり意識を集中させているスコールの下へとやって来て、
「スコール」
「!」
ぎゅう、と後ろから抱き着かれて、スコールは危うく茶碗を取り落としそうになった。
後ろにその気配があるのは判っていたのに────いや、判っていたから、意識していたからそんな大仰な反応をしてしまったのだ。
等と言う事はやはり知られたくなくて、意識して眉間に皺を寄せながら、じろりと肩から覗き込んで来る恋人を睨む。
「危ないだろ」
「ごめん。へへ、鍋美味かったっス。ありがと、スコール」
「……別に」
いつもの夕食だと、わざわざ感謝される謂れもないと言うスコール。
しかしティーダは、ぎゅう、とスコールの腹を抱きながら、
「スコールがいるから頑張れるんだよ。本当に」
「………」
普段の快活とした声ではなく、染み込んで来るような静かな声に、スコールも口を噤む。
首筋に当たる呼吸の気配が、どうにもくすぐったくて堪らなかった。
洗い物が全て片付いても、ティーダは抱き着いたまま離れない。
鍋で温まった所為だと思うが、じんわりと躰の奥が火照っていて、スコールは落ち着かない気分だった。
頬を掠める髪の毛の感触もあって、そうっと其方に首を傾けてみれば、上目に此方を見ているマリンブルーに見付かった。
それがより近付いて来る気配に、仕様がない奴、と赦す格好を取りながら受け入れる。
キスは触れるだけの柔いものから始まって、段々と吸い付きながら深みを増していく。
明日は平日なのに────と思いながらも、スコールは触れる手を突き放す術を持っていないのだった。
10月8日と言う事で、現パロで幼馴染で同居で恋人なティスコ。
このスコールはティーダの大事な試合の前には、トンカツとかカツ丼とか作ってると思う。
出来る限り試合を見に来てくれるので、ティーダも気合が入る。ゴールしたらスコールに手を振ったりする。
同居しているのでティーダは家ではいっぱいいちゃいちゃしたいし、スコールはそれが恥ずかしいけど、結局のところ嫌ではないんだと思う。