サイト更新には乗らない短いSS置き場

Entry

Category: FF

[8親子]キープアウトの理由は秘密

  • 2024/01/03 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



コーヒーブレイクをしようとキッチンに行ったら、末っ子と娘に「入っちゃだめ!」と怒られてしまった。
だめだめ、入らないで、見ないで、とぐいぐいと押し出す力に、おやおやと思いながら後ろ足を数歩。
その時、キッチンの奥からは、ほんのりと甘い香りが漂っていた。

仕方がないので自室に戻り、休憩のつもりで途中にしていたパソコンの前に座り直す。
しかしどうにも集中できなくて、なんでも良いから摘まみたいなあ、と思っていると、ノックが聞こえた。
寂しがり屋の末っ子がいつでも入って来れるように、部屋のドアは滅多に鍵をかけていない。
今日も相変わらず鍵は開けたままだったから、「開いてるよー」と返事をすると、ドアを開けたのは長男だった。


「コーヒー、持って来たよ。俺が淹れたから、味はちょっと判らないけど」
「お。ありがとう、レオン」


気の利く息子の手には、コーヒーとクッキーを乗せたトレイがある。
パソコンの置いてあるテーブルの端にそれを置いて貰って、早速コーヒーに口をつけた。
普段、妻が淹れてくれるコーヒーに比べると、それは少しばかり苦味が強かったが、


「うん、美味いよ。レオンは何でも上手に出来るなぁ」


褒めちぎる父の言葉に、思春期なレオンは少しばかり恥ずかしそうに眉尻を下げて苦笑する。
ラグナはそんな息子の顔も気にはせず、淹れたてのコーヒーの香りと味を楽しんでいた。


「さっきキッチンに皆いたみたいだけど、何かしてるのか?」
「ああ───まあ、うん。色々と」


雑談の気持ちで言ったラグナに対し、レオンの返事は少しばかり拙い。
なんでも判り易く、はっきりと返事をしてくれるしっかり者の長男にしては珍しい反応だ。

レオンは閉じた部屋のドアを見遣って、ふむ、と口元に指を宛てている。
何かを考えている時の仕草だと、ラグナは彼の考え事が住むのを、クッキーを齧りながらのんびりと待つ。
クッキーは妻が子供たちの為に、週に一度は焼いてくれるもので、練り込まれたアーモンドの風味が美味しい。
残り二枚をさっさと食べてしまうのは勿体無いなと、コーヒーの当てにのんびり食べようと思う。


「……父さん」
「ん?」
「今日の仕事は忙しいか?」
「其処まででもないよ。どした、なんか用事ある?何処か行きたいなら、車は出せるよ」


年始のこの時期、いつも子供たちが遊びに行くような遊戯施設は、大抵、休みの看板を掲げている。
昨今は早い内に店が開くことも多いものだが、もう後一日くらいはしないと、平常の運営体制には戻らないだろう。
だからこそのんびりと休める人もいるものの、元気のあり余った子供たちにとっては、家で過ごすことに飽きてしまうのも儘あること。
ちょっと離れた場所にある運動公園なら、時期に限らず遊べるし、ラグナの気分転換も兼ねて、ちょっとドライブに出掛けるのも良いだろう。

と、ラグナは思ったのだが、レオンは緩く首を横に振った。


いや、そう言う訳じゃないんだ。ただ、その───」


レオンは少し言い難そうに言い淀み、言葉を探して視線を彷徨わせる。
が、結局は遠回しな言い方に意味はないと思い、一番判り易く言った。


「悪いけど、今日はキッチンとリビングには来ないで欲しいんだ。俺達が入って良いって言うまで」
「んん?」


息子の申し出に、ラグナはことんと首を傾げた。

レウァール家にとって、キッチンは一家の生活の中心である母レインの城である。
其処に在るのは、設備も道具も、レインがこだわって選んだものばかりだから、物によってはお触り禁止のアイテムもあったりする。
とは言え、基本的に躾の良い子供たち────母の手伝いに慣れたレオンは勿論、追ってそれを援けるエルオーネ、兄姉の真似事が楽しい年頃のスコールと、彼等が台所ものものを勝手にあれこれと触ることは先ずない。
そしてラグナはと言うと、台所には妻お気に入りの茶器が多くあることを知っているから、コーヒーを自分で淹れる時以外に、其処に入ることはなかった。

反対にリビングはと言うと、一家の憩いの場所として、其処にはいつも人の気配が絶えなかった。
子供達は既にそれぞれの部屋があるのだが、自分の部屋で勉強に集中することがあるレオンは別にして、エルオーネはまだまだ見守る目がないと宿題に手を付けない事が多い為、リビングで勉強道具を拡げていることが多い。
スコールは寂しがり屋で、一人で過ごすことが苦手だから、必ず誰かがいるであろうリビングにいた。
そしてラグナも、持ち帰った仕事に集中すると言う時を除けば、リビングで子供達と一緒にテレビを見たり、ゲームをしたり。

キッチンはともかく、リビングに入らないでくれと言うのは、中々珍しいお願いだ。


「入らないでくれって言うなら、そりゃあ構わないけど。なんで?」
「なんでと言われると、俺からはちょっと……」


純な疑問を訊ねてみれば、レオンはまた眉尻を下げて言い淀む。
弱り切った表情を浮かべる長男であったが、その表情は困ってはいるものの、切羽詰まっている程でもない。
ただ少しばかり、言い難い、或いはあまり言いたくない、と言う雰囲気が滲んでいる。

ラグナが首を傾げていると、コンコン、とドアをノックする音がした。
ラグナが「はーい」と返事をすると、ドアノブがカチャッと回って、開いた隙間からくりくりとした蒼灰色がそぉっと覗き込んで来た。


「おっ、スコール。どした?」
「……」


顔半分を覗かせる末っ子は、もじもじとした様子で此方を見ている。
円らな瞳が忙しなく動いて、どうやら父と兄とを交互に見ているようだった。
物言いたげなその様子に、ラグナは何度目か首を傾げていたが、兄の方は弟の視線の意味を察したらしく、


「ああ、すぐ戻るよ」
「うん」


兄の言葉を聞いて、末っ子はほっとした表情を浮かべる。
スコールはきょとんとしている父の顔を見ると、ひらひらと手を振って、ぱたんとドアを閉めた。

ぱたぱたと小さな足音が聞こえなくなってから、さて、とレオンが軽く伸びをする。


「じゃあ、俺も戻るよ」
「戻るって、キッチン?」
「ああ」
「何してるんだ?さっきも皆いた気がするけど」


どうやら今日のラグナはキッチンに立ち入り禁止令が出ているようだが、ついさっき、コーヒーを求めて入った時には、其処には家族皆が揃っていた。
キッチンの主であるレインは勿論、ラグナを其処から追い出したエルオーネとスコール、そして今こうして向き合っているレオンも。
皆がいるのに自分は入っちゃ駄目なんて、となんとなく寂しくなって拗ねた顔を作る父に、レオンはまた困ったように眉尻を下げて苦笑を浮かべる。


「何と言われても。秘密だから言えないんだ」
「秘密?」
「ああ。秘密」


そう言って肩を竦めるレオンの眼は、秘密があると明かす事で、これ以上の質問は勘弁して欲しい、と訴えている。


「キッチンが終わったら、次はリビングなんだ」
「次?」
「全部終わったら、ちゃんと呼ぶよ」
「うーん」
「順調なら夕方には終わると思う」
「夕方……」
「晩ご飯は作らないといけないし。だから多分、それまでだと思うんだ」


何をしている、とレオンは決して言わなかった。
なんとなく、そう言う風に妹や弟と約束しているのだろうな、とラグナは感じ取る。
まだまだ幼い二人に比べると、よくよく周りを見て気遣いの出来る兄だから、“何か”を楽しんでいる妹弟の邪魔をしたくはないのだろう。
その為に、少々仲間外れにする事を許して欲しい、と妻とよく似たお喋りな瞳は言った。

皆が一所に集まっているのに、自分は其処に行ってはいけない、というのはラグナにとってなんとも寂しいものだが、“何か”を精一杯に隠そうとしている子供達の気持ちを無碍には出来ない。
何より、今ばかりは仲間外れになってはいるが、母も傍にいるようだし、彼等のことだ。
決して悪いことを企むようなことはしないと信じているから、ラグナもまあ良いか、と思うことにした。


「行っても大丈夫になったら、呼んでくれるんだよな」
「ああ」
「判った。じゃあそれまで、此処でお仕事頑張ってるよ」
「ありがとう。コーヒーのお代わり、あった方が良いか?」
「いや、大丈夫。そんなに長くやるつもりもなかったからさ」


仕事は締め切りがあるからと手を付けたが、幸いにも、明日明後日までに仕上げなければならない程に急いではいない。
今日の内に出来ることも限られていたものだし、それだけ済ませて置けば良い。
後は、夕方までどうやって時間を潰すか、そんな平和な悩みが追加されただけだ。

父の言葉に、レオンは「そうか」と言って、今度こそ部屋を出ていく。
ドアを開けると、中々帰って来ない彼に焦れたのか、兄の名を呼ぶ妹弟の声が聞こえた。


「レオン、早く。生クリームが溶けちゃう」
「お兄ちゃん、お母さんがチョコペンのチョコ、準備できたって」
「悪い、今戻るよ」


レオンが返事をすると、スコールとエルオーネの「早くね」と言う声があった。

恐らくは、その声もラグナは聞かない方が良かったのだろう。
しかし高くてよく通る子供達の声は、部屋の奥にいたラグナの耳にもしっかり届いてしまっていた。


(生クリームと、チョコ)


子供達にとっては、大好きなおやつだ。
レインはよくそれらを使って、見た目も華やかなデザート作り、子供達の目と舌を虜にしている。
とは言え、おやつを楽しむ為に皆がキッチンに集まると言うのもないだろう。
それなら子供達はリビングにいるだろうし、ラグナだけ仲間外れにされる事もない筈。

何してるんだろうなあ、とラグナがパソコンに向き直ろうとして、その前に目に入ったのは、壁掛けのカレンダーだ。
三日前に新しくなった月別カレンダーの、今日を差す日付が、まるでラグナを導くように目に留まる。

ぱち、ぱち、ぱち、とまるでパズルのピースが嵌るように、ラグナの頭の中で、情報が一つの形を成していく。


「─────あ」


思わず零れた声は、ドアを目る間際の息子の耳に届いたらしい。
振り返ったラグナが見たのは、人差し指を口元に宛て、小さく笑う息子の顔だった。

静かな部屋に一人残されて、ラグナは頬が判り易く緩むのを堪ええられない。
きっと気付かない方が、思い出さない方が良かったのだろうと思うが、判ってしまったものは仕方がなかった。
ならばせめて、何も思い出していない事にして、次に子供達が呼びに来るのを待つとしよう。
そして子供達が一所懸命に準備してくれたものを見て、目一杯に驚いて喜んでやろうと心に決めた。



レオンが淹れてくれた少し苦いコーヒーを飲みながら、頭が冴えてしまったのはこれの所為なのかな、と笑った。




ラグナ誕生日おめでとう、と言うことでうちの8親子ファミリーで。

ラグナが自室で仕事に勤しんでいる間に、皆でケーキとおめでとうパーティの準備をしている訳です。
その真っ最中にラグナがキッチンにやって来たので、ケーキを焼いてた子供達が大慌てして、「入っちゃダメ!」になったんですね。
なんだかんだで察しちゃったラグナですが、どんなことをしてくれるのか、どんなケーキを頑張って作ってくれているのかは知らないので、楽しみに待ってる。

[絆]内緒のプレゼント・ルーレット

  • 2023/12/25 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



クリスマスと言えば、スコールとティーダにとって、毎年楽しみにしているものだった。
一番はサンタクロースが来てくれる事で、毎年欠かさずやって来てくれるそれに、嘗ては「いない」と思っていたティーダも、今やすっかり当たり前にその存在を信じている。
その影で、兄と姉と、今はザナルカンドで過ごすティーダの父親が、いそいそと忙しく準備に駆け回っている事を、弟達はまだ知らない。

彼等が一番の楽しみにしているのは確かにサンタクロースだが、それ以外にも、彼等の心を引き寄せるものは多い。
例えば、街を歩いていれば必ず目に付く、華やかで楽しそうな飾り付けの数々。
店先に植えられた木々や、小さなプランターにも飾りが施され、夜になるとチカチカち光る電飾も少なくない。
平時のバラムは海辺の穏やかな街に過ぎないが、この時期ばかりは判り易く浮かれてくれた。
街で一等背の高いバラムホテルにある街頭テレビにも、度々クリスマスの時期を報せるニュースが流れ、限定アイテムの販促にも余念がなかった。
バラムガーデンは一足先に冬休みに入るのだが、その前から売店や食堂は華やかに飾られる。
街に住んでいるスコール達は噂にしか聞いていないが、なんでもクリスマス当日には、限定メニューとしてケーキも食べられるらしい。
実家が遠いとか、長期休暇でも家に帰るのが難しい学生達にとっては、ガーデンからのささやかな贈り物と言う訳だ。

そう、ケーキ。
まだまだ甘いものの誘惑が恋しい子供達にとっては、ケーキも楽しみの一つだ。
スコールにとって、それは元々、孤児院にいた頃からの習慣で、クリスマスには決まってママ先生ことイデア・クレイマーがケーキを手作りしていた。
市販のケーキよりもシンプルな作りをしたそれが、実は店売りのものよりも美味しいのだと知っているのは、それを食べたことがある子供達だけの思い出だ。
ティーダはママ先生のクリスマスケーキを食べた事はないが、レオンの下で一緒に暮らすようになってから、折々に彼女が兄弟一家の様子を見に来てくれるお陰で、彼女の手作り菓子にすっかり舌が肥えている。
ママ先生のお菓子作りの腕には定評があって、子供達にとってそれを食べる機会は、幾らあっても足りない位に楽しみなものだった。

其処で、スコールは思い立ったのだ。
今年のクリスマスには、ママ先生に教えて貰って、自分たちでケーキを用意しよう、と。

孤児院がその役割をバラムガーデンへと移すまで、ママ先生は毎年、ケーキを作っていた。
時には十人前後にもなる子供達を満足させ、且つ好き嫌いが激しかったり、時にはアレルギーを持っている場合もある子供達に平等に食べさせてやるには、当時は手作りしてやるのが一番だったのだ。
レオンはその手伝いをしていたこともあるお陰か、菓子作りにも多少なりと知識がある。
とは言え、バラムガーデンを開き、レオンと妹弟が其処から巣立ってからは、流石に手作り菓子に精を出す暇はなくなってしまった。
バラムの街にケーキ屋もあるし、兄弟三人───今では四人───がケーキを食べるのに、ホール一つはやはり大きい。
よく食べるティーダが平らげてくれる事もあるが、ケーキのみで腹を膨らませるのは、やはり如何なものかと言うのが、保護者的立場の考えである。
時間と手間の問題と、勿体無いと言う気持ちも重なって、今では一人一ピースのケーキを買うのが無難となっていた。
それは自然なことであるし、兄がアルバイトの帰りにわざわざ足を延ばし、四人分のケーキを買って来てくれるのも嬉しい。
一人一つ、四種類のうちから、どれにしようかなと迷いながら選ぶのも、楽しいものであった。

ケーキは、クリスマスには欠かせないものだ。
そう言うものだと、スコールは積み重ねた経験から思っている。
そして最近のスコールとティーダは、兄姉が毎年のように色々な準備をしてくれる年中行事と言うものに、自分たちも“準備をする側”として参加する楽しさを見出していた。
其処で、以前バレンタインの時にも頼ったママ先生にお願いして、自分たちでクリスマスケーキを作りたい、と思ったのだ。

その話を、冬休みに入る前、学園長室で彼女に打ち明けた。
「お願いします!」と二人揃ってぺこりと頭を下げる子供達に、イデアは「良いですよ」と笑って言ってくれた。
それからは作るもののレシピを決めて、クリスマスの当日に作りましょう、と言うママ先生に、スコール達はやる気いっぱいで手を叩きあったのだった。

────それから一週間が過ぎ、約束通りのクリスマス当日、バラムの街の海沿いにある兄弟の自宅にママ先生はやって来た。
弟達がケーキを作るんだと聞いていたエルオーネは、玄関を開けて、第二の育ての母を屋内へと招く。


「いらっしゃい、ママ先生。スコール達、丁度今、準備してる所だよ」
「お邪魔します。ふふ、やる気があって何よりね」


イデアは外行きのコートを脱ぐと、持っていた荷物の中から、エプロンを取り出した。
黒を基調にしたエプロンを早速締める彼女の下へ、二階からぱたぱたと足音が二つ下りて来る。


「お姉ちゃん、準備できたよ。あっ、ママ先生!」
「ママ先生ー!」


子供用のエプロンを身に着けたスコールとティーダは、イデアの姿を見付けると、ぱあっと喜び一杯の表情を見せた。
イデアは抱き着いて来るティーダを受け止め、じゃれる彼の頭を撫でながら、姉にエプロンの結び目を確かめて貰っているスコールを見る。


「準備万端ね、スコール、ティーダ」
「うん!」
「ケーキ作るからね!」
「じゃあ、早速キッチンにお邪魔しましょう」


イデアに促されて、スコールとティーダはこっちこっちとキッチンに駆けていく。

キッチンには、小麦粉、バター、砂糖、ベーキングパウダー、卵、牛乳と、今日のレシピに必要なものがしっかりと揃えられていた。
器材もボウルが複数に、泡だて器、計量カップ、計り、そして紙製の型が並べてある。
デコレーションに必要なフルーツや生クリームは、冷蔵庫の中に入ってるよ、とエルオーネが言った。

バレンタインの時にもやったことだし、スコールもティーダも、日々兄姉のお手伝いをしている。
それはきちんと彼等の身についていて、材料を量るのも、レシピの順に入れては混ぜてと言う手順も、随分と慣れたものだった。
イデアは子供達の成長を感じられるそれが嬉しくて、後ろで少し心配そうにそわそわと見守るエルオーネを見遣り、にこりと笑って見せる。
大丈夫よ、と言葉なく告げる育ての母の表情に、姉は眉尻を下げつつホッとした表情を浮かべ、


「スコール、ティーダ。私、洗濯物を畳んで来るから、ケーキ作り、頑張ってね」
「うん!」
「任せて!」
「ママ先生を困らせちゃ駄目よ」
「はーい!」


ケーキ作りへの情熱か、返事をする二人の声は弾んでいた。

エルオーネが風呂場に干している洗濯物を片付けに行って、キッチンにはイデアとスコールとティーダの三人。
剤長を全て入れた生地のもとを、二人の子供は交代しながら混ぜている。
それも十分に終わると、ティーダがオーブンレンジの余熱をセットし、スコールがボウルを持って、生地を型へと流し込んだ。
余熱が終わったレンジに、生地を整えた型を置き、二人で一緒にスイッチを押す。
ぶぅん、と動き始めたオーブンの庫内を、二人はまじまじと見つめていたが、イデアは効率の為にと二人を呼んだ。


「スコール、ティーダ。スポンジケーキが焼ける間に、フルーツと生クリームの準備をしましょう」
「フルーツ!」
「生クリーム!」


ぱっと明るい顔で振り返る二人。

駆け足で冷蔵庫に向かう二人がその蓋を開けると、まだ背の伸び切らない二人でも届く場所に、フルーツの缶詰と生クリームのパックが置いてあった。
まずはフルーツを取り出し、缶切りを使って封を開け、新しいボウルに中身を出す。
蜜柑、黄桃、パイナップル、種を抜いたさくらんぼ。
これだけあればケーキのデコレーションには十分だが、しかし、クリスマスのケーキと言えばやはり───とイデアが思っていると、


「あっ、いちご。野菜室に入れてるって言ってた」
「あら。じゃあ、それも使いましょうね」


スコールが思い出してくれたお陰で、忘れてはいけないものも見付かった。
ティーダが野菜室から出して来たいちごのパックは、小粒だが色艶が良く、今日作るケーキのサイズにも丁度良いだろう。

いちごを丁寧に洗い、切り分け、缶詰のシロップ漬けになっていたフルーツは水切りする。
カットされたフルーツの余分な水分を取る為、一つ一つをペーパータオルに並べていく。
その傍ら、イデアは今日と言う日を楽しみにしていたであろう子供達に、毎年の定番になりつつある質問を投げかけてみた。


「今年は二人に、サンタクロースさんは来たのかしら」
「サンタさん!来たよ、ねっ」
「ね!」


明るく嬉しそうに言ったティーダに、スコールも丸い頬を赤く燈らせて頷く。


「何を貰ったの?」
「あのね、オレね、ブリッツボールの本!選手がいっぱい載ってるやつ」
「僕はね、新しい鞄貰ったんだよ。沢山ポケットがついてるから、沢山入れられるの」
「色んな選手の色んなことが書いてあるんだ。あのね、父さんも載ってるんだ!」
「前のより大きいからね、教科書とか、お道具箱とか、全部入るよ。それでお弁当も入れられるんだ」


ティーダはブリッツボールの選手名鑑、スコールはこれまで使っているものより、一回り大きな鞄。
その特徴、持ってみて嬉しかった所を口々に説明する二人は、きらきらと眩しい笑顔だ。
これだけ喜んでくれるなら、兄も姉も、今年は帰られそうにないと言うティーダの父も、、きっと嬉しいことだろう。

オーブンレンジが焼き上がりの音を鳴らして、イデアはスポンジケーキの生地を取り出した。
潰れないように軽くガスを抜いて、粗熱が取れるまで冷ましておく。
その間に、今度は生クリームの準備をする。

氷水の張ったボウルの上に、一回り小さなボウルへ入れた生クリームをセットする。
泡立て器で一所懸命に混ぜる二人を見守っていると、


「あとね、あのね。お兄ちゃんとお姉ちゃんにも、サンタさん来たんだよ」
「それは嬉しいことね」
「うん」


スコールの言葉に、イデアがにこりと微笑むと、無邪気な子供はにっこりと笑う。
その隣で、混ざって行く生クリームを見つめていたティーダが、得意げな顔をして言った。


「でもね、ママ先生。レオンとエル姉のサンタさんは、オレ達なんだよ」
「あら。そうだったの」


秘密を自慢そうに明かしてくれるティーダに、スコールもつられたように「えへへ」と笑う。
この秘密は知ってしまって良かったのだろうか、と判っていつつも、イデアは苦笑する。
打ち明けてくれたのは子供達の方なので、きっと自分が知る分には大丈夫だと思われたのだろう。


「お兄ちゃんとお姉ちゃんは、もう大人だから、サンタさんは来てくれないんだって」
「でも、レオンもエル姉も、いつも一杯頑張ってるじゃん」
「だから二人にはね、僕たちがプレゼントを用意してあげて。サンタさんには、僕たちのプレゼントを持ってきて貰った時に、お兄ちゃんたちにこのプレゼントを渡して下さいって手紙を書いておいたの」


言いながら二人は、リビングの向こうで洗濯物を畳んでいる筈の姉を気にしてか、声を潜めて「内緒だよ」と言った。
イデアは優しい子供達の行いに、自然と頬を緩めながら、二人の頭を優しく撫でる。


「頑張ったのね。サンタさんは、レオンとエルの所にプレゼントを持って行ってくれた?」
「うん。起きたらね、二人の枕元に置いてあったんだって」
「二人のプレゼントは何だったの?」
「えっとねー。エル姉にはね、ブローチを作ったんだ。レオンにはブレスレット!」
「僕はね、お姉ちゃんに指輪を作ってあげたの。お兄ちゃんは、首飾り!」


どうやら、小さなサンタクロースは、手作りのプレゼントを兄姉に贈ったらしい。
そう言えば、とイデアが今日のエルオーネの様相をよくよく思い出すと、彼女の左手の指と胸元には、きらきらと綺麗なビーズが光っていた。
彼女の為に一所懸命にそれを作ったサンタクロースに、つけてつけて、とおねだりされたのだろう。
今はアルバイトに行っているレオンも、今日は首飾りとブレスレットを身に着けて行ったに違いない。

生クリームは中々固まらなかったが、仕上げにイデアが泡立て器を握ると、あっという間に搾れる固さまで変化した。
その様子を目の前で見ていた子供達は、おおお、とまるで魔法を見るように目を輝かせる。
粗熱が取れたスポンジを横から二枚に切って、生クリームとカットフルーツでサンドし、更に上にもデコレーションを施す。
盛るのが大好きな子供達の自由な発想で、いちごはふんだんに飾られて、雪の中の小さないちご畑が出来上がった。
これはカットするのが大変そう、とイデアはこっそりと思ったが、潰さないようになんとかするしかないだろう。

子供達の奮闘が終わった後は、ケーキは崩れないようにと冷蔵庫に仕舞われた。
入れ替わって今度はエルオーネがキッチンに立ち、夕飯の準備に取り掛かる。
今日はいつもより豪勢にしたいと言うので、イデアもそれを手伝うことにした。
弟たちは、冬休みに入って渡された課題に取り組みながら、キッチンから漂う美味しそうな匂いと、冷蔵庫で出番を待つケーキに思いを馳せる。
イデアに上手ねと褒められたクリスマスケーキを兄が見たら、どんなに驚いてくれることだろう。
今朝、小さなサンタクロースが来たことを、少し照れ臭そうに喜んでいた兄の顔を思い出しては、スコールとティーダの胸は高鳴っていた。



短い夕方の時間が過ぎ、レオンが家に帰って来て、イデアも交えての賑やかな夕食。
そしてお待ちかねの手作りケーキが登場し、思っていた以上にしっかりとした出来栄えに驚く兄の胸と腕には、イデアが思った通り、ビーズのアクセサリーがきらりと光っていたのだった。



クリスマスと言うことで、ネタ粒では久しぶりの絆シリーズで。
多分そろそろ10歳くらいなので、日々のお手伝いもすっかり身についてる弟たちです。
レオンとエルが頑張ってるお陰で、まだまだサンタクロースを信じています。
その傍ら、お返しがしたいとか、自分たちも楽しみに待つだけじゃなくて、色々準備をしてみたいと言う気持ちも強くなっているので、頼れる人にお願いしながら色んな事に挑戦しているようです。
そうして本人達には露知らず、兄姉弟みんなでプレゼント交換をしたのでした。

レオンはそろそろ卒業が視野に入る年齢なので、この次の年には、SEEDになっている頃だなぁ。
家族と過ごした毎年のクリスマスを始めとした行事ごとは、レオンやエルオーネにとって、弟達の成長を感じられる日だったのだと思います。

[サイスコ]AM0:00のその時に

  • 2023/12/22 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



何度目の熱の交わりになるか、もう数えることもバカバカしくなる。
若い体でその解放感と心地良さを覚えてしまえば、忘れてしまうことなど出来なくて、まるで盛りのついた犬猫のように求めてしまう。
任務を終えて帰った日は尚更で、相手が不在であれば仕方がないと自己処理するしかないが、いるのであれば必然的に足が向いた。

日が落ちるのも早いこの時期、夕刻など一時程度しかないから、船がバラム島に着いた時には、もうとっぷりと夜は更けていた。
諸々の確認を終えて、同行したSeeD達に解散を言い渡すと、彼等は足早に港を離れて行った。
トラビア大陸で味わう寒波に比べればマシだと言っても、港は海風が皮膚に痛い。
レンタカー屋まで歩いて行くのも面倒で、もう帰るのは明日で良いかと、スコールはホテルで一泊明かそうと決めた。
愛剣を納めたケースをいやに重く感じる位には、疲労があったのは確かだ。

そんな折に、ホテルの前でばったりと逢った。
対の傷を抱いた金髪のその男も、自分と殆ど同じタイミングで、バラムステーションに帰って来た所らしい。
ガルバディア大陸西部のウィルバーン丘陵で魔物退治に勤しんでいた彼は、大陸横断鉄道に長いこと揺られて、存外と疲れた顔をしていた。
ホテルに来たのも、街からガーデンへの帰路が面倒臭かった、と言うスコールと全く同じもの。

宿で見知った顔と出くわしたなら、金銭的な所に重きを置いて、二人部屋を取るのは然程不自然ではないだろう。
それを提案したのはサイファーの方で、スコールも別に構わないと言った。
────それを認めた理由については、億尾にも出したつもりはなかったが、きっとサイファーは判っていた。
判っていたし、きっとスコールと同じだったから、彼もそんな提案をして来たのだ。
本当にゆっくり眠って朝を迎えたいなら、こんな事を言い出す事もないだろうから。

そうして渡されたキー番号の部屋に入って、すぐにベッドに縺れ込んだ。
お互いに厄介な魔物を相手に戦って、終わって直ぐに帰路の足へと移ったから、体の熱を持て余している。
とにかく発散しないと碌に眠れる気がしなかったし、何より、燻るものが目の前の存在を求めていた。
窓の向こうの寒さも、そこから滑り込んで来る冷気も、何もかもを忘れるように、汗だくになって絡み合う。
動物の方がもっと慎み深いかも知れない。
だとすれば此処にいるのはケダモノ二匹か、とそんな取り止めのない思考は、繋がり合った瞬間に綺麗に熔けて消えて行った。

自分と対の傷のある額に、粒の雫が伝い流れていくのを見ていた。
おもむろに手を伸ばして其処に触れ、しっかりした掘りのある作りをした目元を辿り、頬へと滑らせる。
翠色の宝石が微かに笑ったのが判った。
頬から滑る手は首へと周り、もう片方の腕も同じように回してやると、背中に触れていた腕に抱き寄せられる。
支えられながら、ベッドに沈めていた上体を久しぶりに起こし、深く深く口付けた。


「ん……、ふ、んん……」


絡み合う舌が音を立てて、耳の奥で響いている。
その度に繋がった場所が熱を滲ませて、其処に入ったままのものを締め付けていた。
足元がシーツを滑り、逃げを打ったつもりもないが、捕まえようとするように腰を押し付けられるものだから、深くなる繋がりに喉奥で喘ぐ。

たっぷりと唾液を交換し合って、ようやく唇を離した。
が、今度は相手の方からやって来て、下唇を食むように吸われる。


「んん……っ!」


ぢゅ、と啜られるのが判って、ひくっと肩が震えた。
濡らした其処を次はゆっくりと舌が舐めて行き、ああ、とあえかな声が漏れる。

ようやっと唇の戯れが終わって、持ち上げていたスコールの頭がベッドに落ちた。
背中を支えていた腕が解け、きしりとスプリングが小さく音を立てる。


「っは……はぁ……あ……」
「……えらく熱烈じゃねえか」


足りなくなった酸素を補給しているスコールに、覆い被さる男が楽しそうに言った。
スコールが薄く目を開ければ、まだケダモノの情欲を宿した翠が其処にある。

ふう、とようやく呼吸を整えてスコールは言った。


「……にじゅうに……」
「ん?」
「……に、なったから……」


熱に浮かされて拙い舌遣いのスコールの言葉に、サイファーは少しばかり眉根を寄せる。
それから数秒、間を置いてから、ああ、と理解した。


「22日、ね」


12月22日、それが今日の日付。
二つ並んだベッドの間に置かれた、ラジオ付きのデジタル時計は、つい今しがたその日を迎えた事を示している。
それを認識して、サイファーもスコールの行動の理由を察した。


「プレゼントか」
「……さあ」
「もっとくれよ」
「……やだ」


視線を外して素っ気ない反応をするスコールに、サイファーがくつくつと笑う。
態度ばかりは冷たくても、見下ろす其処にある顔は、分かり易く赤らんでいる。
その赤らみの理由が、自分の行動なのか、今もまだ共有している熱なのかは曖昧であったが、サイファーにしてみればどちらでも良いことだ。

繋がっている場所をぐっと押し付けてやると、びくっと細身の躰が跳ねた。
紅い目元がじろりと睨むが、サイファーは構わずに、スコールの目尻にキスをする。


「良いだろ、折角の俺の誕生日だ。サービスしろよ」
「もうした」
「足りねえ」
「っ……擦るな、バカ……!」


もうこれ以上につけるサービスなんてあるものか、とスコールはサイファーに言った。
体も熱も繋げ合って、口付けだって今晩だけで何回したか判らない。
その癖、夜はまだまだ長くて、中にあるものが一向に大人しくならないことも判っているから、これ以上なんてしたら体が持たない。
何より、自分らしくもないことをした自覚があるものだから、同じ事を何度もしろと言われても、土台無理な話なのだ。

サイファーだってそんな事は判っているのに───判っているから、まだ足りない、と彼は言う。


「普段は俺が山ほどしてやってるだろ」
「別にしろって言ってない……」
「嬉しい癖に」


サイファーの言葉に、スコールは首を横に振る。
どうやっても素直になれない恋人に、サイファーは悪戯心が膨らんだ。


「恋人の誕生日に、一番に祝ってくれるなんて、嬉しいもんだぜ」
「じゃあもう十分だろ」
「ヤってる間、ずっと時計気にしてたのか?」
「別に」
「そうでなきゃ、こんなタイミングで出来る訳ねえだろ」
「……偶々目に入っただけだ」
「でも意識してたんだろ」
「……してない」


どうやっても口では認めたくないスコールに、サイファーは軽く腰を揺すった。
中にあるものがスコールの柔らかく濡れた所を弄って、ビクンッと判り易く跳ねる。


「知ってるか。キスしながら中擦ると、お前良い顔するんだぜ」
「このっ」


悪い顔をして耳元で囁いたサイファーに、スコールの右手が出る。
が、サイファーにしてみれば判り切っていた事だし、何より、この状態でスコールが本気の一撃を出せる訳もない。

難無く手首を捕まえて、ベッドシーツに押し付けながら、覆い被さって唇を重ねる。
繋がっている所の角度が変わって、くぐもった悲鳴が短く零れた。
咥内で戦慄いていた舌を捉えて、ちゅる、と音を立てて啜ると、中の肉が切なげに締め付けて来る。
滾るものがどくどくと集まって来るのを感じながら、サイファーはスコールの咥内をたっぷりと味わった。


「んむ、ぁ……は、んぁ……っ!」


スコールの自由な片手は、抗議にサイファーの肩を叩いていたが、長い口付けに段々とその意欲も失う。
薄く開いた瞼の隙間に覗く蒼灰色は、さっきまで浮かべていた羞恥心も忘れて、とろりと飴のように溶けている。
此処も舐めたら甘そうだなと、サイファーはこっそりと思いながら、絡めた舌を外へと誘いながら、ゆっくりと恋人の呼吸を解放した。

はあっ、と熱の籠った吐息が零れ、二人の唇を細い銀糸が繋ぐ。
それが切れてしまうかと思った時、サイファーの頬に白い手が添えられ、またスコールから口付けが贈られた。


「ん、ちゅ、んぷ……」
「ふ……ん、ん……っ」
「うんっ……!ん、は……サ、イファー……っ」


呼吸の為に一時離れれば、耳心地の良い声が男の名を呼ぶ。
呼ばれた男は嬉しそうに口元を弧に歪ませて、それに応えるように、何度目かの熱の交わりに没頭して行く。

そう言えば、祝いの言葉がなかったなと二人それぞれに気付くのは、昼も過ぎてのことであった。



12月22日ということで、サイファー誕生日おめでとう!
しっぽりいちゃいちゃしながら祝いの日を迎えて貰いました。
完全に二人揃って朝帰りコースでしょうね。一緒に泊まっちゃってるんだから。

[ヴァンスコ]レインカーテンに隠れて

  • 2023/12/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



神々の闘争の世界と言うのは何処も不安定であるが、各地域によって、その度合いは多少なりと違いがあった。
混沌の神の牙城がある北の大陸は、全体的にその力の影響が強い所為か、常に曇天に覆われ、不規則には嵐を起こす事もある。
それに比べれば、まだ秩序の女神の影響が強い範囲である南の大陸は、地域ごとの気候がある程度決まっていた。
エルフ雪原はその名の通り、雪が降り続けて万年白雪に覆われ、メルモンド湿原は終始雨が降っている。
煌々と晴れた日と言うのは滅多に見ないが、とは言え、秩序の聖域に程近い場所では、束の間に陽光を見ることもあった。
この辺りは、多くの戦士達が常識的に考える天候───気象学を思うとその理も無視して来るが───を望むことも出来た。

とは言え、そもそもが天候と言うのは、人智の及ぶ所ではないと言うのは変わらない。
神々の力が世界の在り様にそのまま影響を与えることもあり、混沌の神の勢力が優位にある今、安定的な天候は強く期待しない方が良い。
科学的な知識である程度の天候の変異が予想できるスコールやライトニング、旅の知恵として肌身でもそれを予測する事が可能なバッツでも、天気予報の精度はよく言って五割の率である。
混沌の戦士の中には、膨大な魔力を暴走させれば、天候さえも乱すことが出来る程の力を有するものがいるとなれば、尚更、理屈に則った予測には限界があった。

だから秩序の戦士達は、少々遠出を考える時には、相応の準備を整えていく。
簡単なものでは、装備品として外套を用意し、急な冷え込みや雨や、場合によっては砂塵からも身を守る為に使える。
厚手のものなら、少々重いが、防具の一つとしても有用だ。
嵩張ることは確かだが、少人数での行動であれば、テントを持って行くよりも荷物が少なく済む。

だが、それを頼りにしていても、降り頻る雨の鬱陶しさと言うのはどうにもならない。
視界がなくなる程の土砂降りに見舞われたとなれば、直に濡れるよりはマシだとは言え、雨合羽にした外套は湿って重くなり、濡れたその布地に体の体温が奪われていく。
せめて水の含みの限界が来る前に、雨宿りできる場所を見付けなくてはと、ヴァンとスコールは急ぎ足に走った。
その甲斐あってか、岸壁の隙間に小さな洞窟を見付けて、滑り込む事に成功する。


「は~、良かった。雨宿りだ」
「ああ……」


すっかり重くなった外套のフードを外し、濡れた髪から湿気を逃がそうと、がしがしと頭を掻くヴァン。
その隣でスコールも、もう合羽としても限界であろう外套を脱いでいた。


「買い物に来ただけだったのに、散々だったなぁ」
「……そうだな」


ヴァンの台詞は独り言気味ではあったが、スコールも同意見と言うように返事を寄越す。

今日のヴァンは、秩序の聖域から少々離れた場所にある、モーグリショップに行っていた。
まるで人目憚るような場所に店を構えるそのショップは、往復すると一日から二日の時間を要する。
面倒な場所にあるのは確かだが、他のものに比べると少々ラインナップが変わっており、時には希少な素材や召喚石まで並ぶ事があった。
其処で交換した素材は、また別のモーグリショップで別の素材と交換する事も出来る。
だから秩序の戦士達は、不定期なことではあるが、このモーグリショップを折々に覗いて、各自が必要になる道具の為、交換用のアイテムを用立てることがあるのだ。
ヴァンもそのつもりでやって来たのだが、偶然、其処でスコールと合流した。
そう言えば朝から昨日から看なかったな、と思ったが、彼の単独行動と言うのは珍しものでもないので、ヴァンは深く気にしなかった。

必要なものを揃えて、ヴァンはそのまま帰ることにし、其処にスコールの足並みも揃った。
特に何か会話が必要な二人ではかったが、足が揃っているなら、ヴァンは気を置くこともなく雑談を振る。
スコールからの反応は多くはないが、時折、呆れたような、面倒臭そうな返事が帰って来るので、ヴァンはそれで十分であった。

そうして平和と言えば平和な帰路だったのだが、その途中で土砂降りに見舞われたのだ。
もう少し進めていれば、秩序の聖域へと辿り着けるテレポストーンがあったのだが、この雨の中を強行して行ける距離でもない。
視界の悪さも、この闘争の世界では命とりとなるもので、せめて雨煙が収まるまでは束の間の屋根の下にいるのが無難な策と言えた。

濡れた布と言うのは冷たく、触れる体温を奪うばかりだから、二人とも合羽替わりの外套は脱いだ。
適当に出っ張った岩に引っ掻けて、雨が止むまでに少しでも乾いてくれることを祈る。
しかし、小さな洞穴の中はじっとりと湿り、とてもではないが、水気が抜けてくれる気がしない。
降り頻る雨ですっかり気温も落ちたようで、ひんやりとした空気が、二人の少年の濡れた躰から、じわじわと熱量を奪っていく。


「う~……」
「……」
「焚火でも起こせたら良いんだけどなぁ」


元より薄着のヴァンは、剥き出しの二の腕を摩りながら呟いた。

隣をちらりと見遣れば、ふかふかとしたファーがあって、温かそう、とヴァンは思う。
スコールも決して厚着は言えない格好ではあるが、ファー付きの長袖のジャケットがあるだけ、ヴァンよりもマシだろう。
腹を出している訳でもないし、肌が空気に触れている場所は、少ない方だった。


「……良いなあ、それ」
「……何が」
「上着。暖かそう」
「これも濡れてる。大して暖かくはない」
「でも俺より暖かそうだぞ」
「……それはあんたの格好の所為だろう」


全くスコールの言う通りであった。
ヴァンもいつものベストだけでなく、もっと布の多い服を着ていれば、こうも凍える事はなかっただろう。


「大体、あんたは雪原に行く時だって同じような格好をしてるじゃないか。雨くらいで……」
「戦うかも知れないなら、動き易い方が良いだろ。でも、今はそうじゃないじゃんか」
「……まあな」
「じっとしてなきゃいけないなら、もっと着るよ。じゃなきゃ寒いばっかりだ」


こんな雨に見舞われて、冷たい洞窟に逃げ込む予定なんてなかったのだ。
だからヴァンはいつも通りの格好で出て来たし、余分な荷物も持っていない。
これは不運な事故であった。

むず、とヴァンの鼻の奥がくすぐったくなって、くしゃみが出た。


「うー、寒い。まだ止まないかな。早く帰って温まりたい」
「……同感だ」
「焚火……うーん、燃えるものがないか」
「……そうだな」


辺りを見渡してみた所で、洞穴は岩土ばかりで覆われていて、燃料に出来るものがない。
服端でも破って使ったら、とも思ったが、土砂降りの所為で二人の服も、荷物を入れる為の布袋も、すっかり水分を含んでいる。
この湿りようでは、直にマッチの火を近付けても、暖まるだけの熱を起こす事は難しいだろう。

探した所で、何もないことを再確認するばかりで、ヴァンは仕方なく火起こしの希望を諦めた。
代わりに直ぐ其処にある、自分以外の唯一の熱を求めて、身を寄せる。
暖かそうに見えていた、ジャケットのファーに顔を寄せて、それを羽織る少年の背中に密着すると、存外とひやりとした冷気がヴァンの肌身に伝わった。


「……おい」
「つめたいな」
「濡れてるって言っただろう」


背中にぴったりと密着して来たヴァンに、スコールは呆れた口調で言った。

持ち主が言った通り、スコールの黒のジャケットは、全体的に湿気にやられている。
一見するとふかふかとしていた首回りのファーも、触ってみると毛先が重く、束になってくっつきあっていた。
こんなものを着ているのと、冷えた空気に肌を晒すのと、果たしてどちらがマシだろうか。


「脱いじゃえよ、スコール。風邪ひくぞ、こんなの着てたら」
「脱いだら寒いだろ。ないより良い」
「あっても意味ないよ、こんなの。首とか冷たい」


ヴァンはそう言いながら、スコールの首筋に唇を近付けた。
ファーの毛がまとわりつくように縋っている其処に舌を這わせれば、ひくん、とスコールの肩が跳ねる。


「おい、こんな所で」
「暖まるなら一番手っ取り早いよ」
「………」


だからって、と言いたげに蒼灰色が背後のおんぶお化けを睨む。
しかし、後ろから肩口に手を回して、黒いジャケットを剥がすように引っ張ると、案外と抵抗はなかった。

ジャケットの下のスコールの白いシャツは、少し湿った気配はあるものの、ジャケットや外套に比べれば冷たくはなかった。
これがあるから、スコールは湿ったジャケットも着たままで良かったのだろう。
布一枚を奪った代わりに、ヴァンがぴったりとその背中に身を寄せると、基礎体温の高い体から、じわじわと熱量が分け与えられていく。



雨はまだ止む気配はなく、まとわりつく冷えた空気を厭うように、二人は其処にある唯一の熱へと没頭して行った。



12月8日と言うことでヴァンスコ。
自然な事のように始めようとするヴァンと、流されているようで実の所受け入れているし、実際寒いので暖まる為にすることに抵抗はないって言うスコールでした。

ヴァンスコ、二人きりの時に独特の雰囲気と言うか、インモラルな空気があると私が楽しい。

[プリスコ]それは心を映す瞳

  • 2023/11/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



神々の闘争の世界で生活するに置いて、食料の類は、多くをモーグリショップに頼っている。

戦士達は作物を自力で育てている暇もない訳だから、店売りのそれらは非常に有り難いものであった。
時には歪の中で見つけた、何処とも知れない民家や田畑から、頂けるものを攫わせて貰う事もあるが、此方は運が絡むし、食べれる状態が保たれているかも分からないものが多いので、見た目に問題ないと明らかに分かるものだけに留まっている。
生肉は、罠にかけた動物であったり、まだ可食の受け入れられる魔物であったりを狩って有効活用しているから、此処については戦士達の自足で成り立っていた。
店売りを宛てにしなくてはならないのは調味料の類で、砂糖や塩と言った代表的なものを主に、何処かの世界の何処かの国にしかないスパイス等は、運が良ければ購入できると言った具合だ。
酒は店でも売っているタイミングが限られ、時には猿酒を誰かが見つけて回収してくる事もあるが、いずれにせよ希少な趣向品と言えた。

様々な世界が入り交じり、歪を通してもそれらを入手する事も出来る為、食材の種類だけで言えば、かなり豊富なものだろう。
本来ならば自然の気候や、世界の各地域の環境に依存しているものが、この闘争の世界では聊か無秩序に手に入るのだ。
世界によって共通する食べ物もあれば、特別に珍しいものもあり、台所を預かるティファや、好奇心旺盛なバッツは、馴染のない食材もひっくるめて、腕の見せ所とばかりに楽しんでいる節もあった。

しかし、自然環境では勿論のこと、モーグリショップでも手に入らない物もある。
スコールやラグナ、ライトニングの世界では当たり前にあった、加工品や総菜と呼べる類である。
ジャムやバター、スプレッドは、瓶詰にされて売られているし、オイル漬けの缶詰もあるのだが、それ程種類は多くないし、凝った味付けがそれに成されている訳でもない。
あくまで携帯と保存の手段として有用、と言うのが、この世界における立ち位置と言えた。
満足感まで得られる携帯食とするには、聊か物足りないものと言えるだろう。
調理から味付けまですっかり完成された状態を差す総菜類は、それを作りパッキングするような生産ラインもないからか、見かけられる事もない。
販売形態に保冷場所がある訳でもないので、売った所で戦士達がそれを見付けるより早く痛んで行くものも多いことを思えば、商品棚にそれがないのも無理はないだろう。
それと同様にか、温めればすぐに食べられると言う冷凍食品と言うのも、まず見る事はなかった。

モーグリショップで売られている食糧・調味料の類が、どうやって保存されているのか、戦士達は知らない。
理屈を真正直に捏ねていても説明がつかない事は、この継ぎ接ぎの世界ではよくある事だった。
店を開いているモーグリ達も、理詰めの説明を求められても大概応えられる訳もなく、「とにかく問題はないと思うクポ!」と押し返すしかない。
スコールとしては、どう言う形で保存されていたのかは重要なファクターであるとは思うのだが、結局の所、これまでモーグリショップで購入した食料品で目立った問題は起きていない。
第一、何かを理由にモーグリショップの利用を忌避した所で、今度は食糧の自給自足率の問題に直面する訳で、此方の方が解決の糸口を捕まえる方が難しい。
この世界特有の、目に見えない力が何かしら影響しているらしいと言う事と、あとはモーグリ達の商魂を信ずる他ない訳だ。

モーグリショップに食料を低温を保って貯蔵する為の機能具が存在するのかは分からないが、秩序の戦士達の拠点である屋敷には、冷蔵庫がある。
台所は機械技術の発展したメンバーが見慣れた設備が整っているのは、真に幸いな事だった。
購入した食材で、冷蔵して置いた方が良いものも少なくはないし、作り置きした料理も保存して置ける。
そうして低温保存したものも、電子レンジがあるお陰で、手軽に一人分を温めて食べる事も出来るから、遠征から帰って来た者へ急ぎの食事も提供する事が出来た。
電子機器を上手く扱える人間は限られるものの、道具のあるなしは、生活水準の差として大きい。
台所は自分の持ち場、と言い切るティファや、家事に抵抗のない者でも、疲れていれば休みたい時はあるものだし、そう言った面々がいない時でも、簡単な作業で真っ当な食事にありつけるのは、この上なく有り難い事であった。

スコールも、この便利な機械たちに、大いに助けられている。
サバイバル訓練の経験があるお陰で、野山での手ずからの火起こしや、そう言った場所でも簡易な調理をする方法は知っているが、やはり面倒なことだ。
ライターのような着火道具を持っている人間が、藁を使った原始的な火起こしをわざわざしたがる訳もなく、一つ一つの作業が楽に終わるに越したことはない。
電気製品の類が日常生活に密着していたスコールにとっては、竈よりもガスコンロの方が遥かに使い慣れた道具であった。
もっと言えば、コンロよりも電子レンジの方が、使用頻度としては馴染がある。
何を基準にこの世界に機械技術が紛れ込んでいるのかは判らないが、ともあれ、あって良かったとつくづく思う位に、この文明の利器はスコールにとって生活必需品だと言えた。

十名を越える秩序の戦士達の食事を用意するのは、中々の重労働だ。
だからティファはよく大きな寸胴鍋を使って、この人数でも数日分は持つようにと、たっぷりと作り置きを用意してくれる事がある。
それでも健啖家が多いので、予定より早く減って行くのは珍しくないのだが、こう言うものがあると助かる。
その他、直ぐに使えるようにと、適度な大きさに切った葉物であったり、皮剥きを済ませた芋類が、丁寧にパッキングされて冷蔵・冷凍庫に入れられているのは、元の世界で食事提供もする店を切り盛りしていたと言う、ティファの知恵と手腕のお陰だ。
それを形にする為に、スコールを始めとした、調理に覚えのある者が駆り出され、生産工場よろしく作業に明かした事も付け加えておく。

待機番として当番が回って来たスコールは、重ねて受け持つことになる夕食当番の為、キッチンに立っていた。
先日、セシルとフリオニールが狩って来た魔物の肉は、筋繊維が多くて硬い部分もあるのだが、長時間じっくりと煮込むと柔らかく蕩けてくれる。
処理が面倒なのでスコールはあまり使わないのだが、余り長く置いておいても痛んでしまう。
今日のメインに使える食材をこれとして、肉入りスープを作ることにした。
下茹でを済ませた肉を新しい鍋に入れて、冷蔵庫から袋に入った大量の野菜を取り出し、大きめに刻んでそれを投入する。


(どうせ時間がかかるから、この間に何か他に作るか)


肉が食べやすい柔らかさになるまでは、時間をかけねばならない。
今日のスコールは、比較的、そう言った作業を厭うつもりがなかった。
秩序の戦士にとっては幸運な事に、今日の聖域は静かで平穏なものだったから、夕飯の準備は暇潰しの一環となっていたのである。

副食に使えるものは、ティファの作り置きが冷蔵庫の中に積んである。
あれがあるなら、メインの食卓に並べるものはもう必要ないだろうが、デザート程度は作っても良いかも知れない。
他にやる事もないし、取り敢えず使って良さそうなものはあるだろうか、と冷蔵庫の蓋を開けた時、


「ただいまー!誰かいるかぁ?」


元気の良い声がキッチンに入って来て、その無邪気さにスコールの眉間に分かり易く皺が寄る。
喧しいのが帰って来た、と渋い顔になる自覚はあったが、その顔で振り返っても、相手はけろりとした顔で、


「おっ、スコールだ。ただいま!」
「……ああ」


褐色肌に紫髪の少女────プリッシュの帰還の挨拶に、スコールは溜息交じりに端的に返事をした。

と、少女が両腕一杯に抱えているものを見て、また眉間の皺が深くなる。
プリッシュはそんなスコールの視線が捉えているものに気付き、腕に抱えていたものを「ほら」と見せつけて来た。


「すごいだろ。歪の中で見つけたんだ!」


そう言ってプリッシュが誇らしげに掲げるのは、瑞々しく黒光りする葡萄の山だ。
適当に持ち合わせていたのであろう、布地を大きな皿代わりにして、まるで葡萄農園から帰って来たかのよう。
ぷっくりと実を膨らませ、色付きからしてブルームもある事から、野生ではなく人の手が入っていること、採集されてから大した時間も経っていない事が判る。


「歪の中なんて、またいつ行けるか判らないし。採れるだけ採って来た!」
「……そうか」


プリッシュがキッチンの上に布ごと葡萄を置く。
小山になっていたそれが崩れて、房から零れた実がコロコロと転がった。
プリッシュはそれを一つ摘まんで、ぱくりと口の中へと放り込む。


「美味いんだ、コレ。お前も食えよ」
「俺は良い────」
「ほらほら、口開けろって」
(人の話を聞けよ)


美味しいものを共有したいと言う、全き善意的な気持ちで、プリッシュはスコールに葡萄を一粒差し出した。
口元にずいずいと持って来られるそれに、スコールはいらりと眉間に皺を寄せたが、見上げる少女の瞳は爛々と明るい。
どうにも毒気が抜かれるものだから、結局スコールは彼女の希望通りするしかない。

が、流石に持ち帰って直ぐの果物を、そのまま口に入れる気にはなれなかった。
スコールは口元を守るように手を入れて、プリッシュの手から実を受け取る。
シンクで軽く水に晒してから食べてみると、皮は少々厚みがあったものの、噛めばぶつりと破れて、瑞々しい果肉の味が溶け出て来た。


「美味いだろ?な?な?」
「……そうだな。悪くはない」
「だろ~!」


同意が得られて、プリッシュは痛く満足そうだった。
よくもここまで邪気がないな、とスコールは半分は呆れつつ、ひっそりと感心する。

さて、問題は持ち帰られた葡萄が大量にあると言う事だ。
秩序の戦士が全員揃った食卓でも、これだけを食べる訳ではないから、流石に一日二日では消費し切れまい。
取り敢えず半分くらいはきちんと保存できる状態にしなくてはと、先ずは今晩分だけを除いて袋詰めでもしておこうかと思っていると、


「なあなあ、スコール。これで何か美味いもの作れないか?」


きらきらと期待に満ちた目のプリッシュに、スコールは胡乱に目を細めた。


「……例えば?」
「例えば?えーと、うーんと、そうだなぁ。お菓子とか、甘いやつとか」
「…そっちの料理は詳しくない。他の誰かに頼め」


スコールにとって料理は、必要知識の一つとして、授業で履修したに過ぎない。
生活においても、元の世界の環境では、必ずしも必要なものではなかった。
最低限、生きる知恵として持っている越した事はなかったが、趣味趣向の類に枝葉を伸ばす程、興味も造詣も深くはない。
まともにそれらが欲しいと言うなら、それの知識のある人間が作った方が、ずっと良質なものを食べることが出来るだろう。

と、スコールは思うのだが、プリッシュは分かり易く唇を尖らせた。


「スコールが作ったのが食いたいんだよ。お前、なんでも作れるだろ」
「レシピと道具、素材が一通りあればの話だ」
「じゃあ大丈夫だろ。ティファやユウナやジタンがよく作ってるし。何が必要なのか、オレには判んないけど」


他人のものとは言え前例がある訳だから、道具は揃っている筈だとプリッシュは言う。

確かに、述べられたメンバーは折々にそれぞれが得意としているレシピでデザート類を作っているから、キッチンをくまなく探せば、道具は何かしら揃うだろう。
素材については、冷蔵庫から食糧庫まで、此方も探せば───タイミングによっては全てとは言わないだろうが───概ね見付かるに違いない。
後は、スコールが手を付けられるレシピについてだが、これについて当人は今の所、『葡萄を使ったもの』に思い当たる節がなかった。


「……レシピがない」
「探してもない?」
「それは────」


小首を傾げながら覗き込んで来るプリッシュに、スコールは返す言葉に窮した。
ない、と言ってしまうのは簡単ではあるが、本心として『探す所を探せばある』と言うのも事実。
期待に満ちた瞳にまじまじと覗き込まれて、スコールは眉間に目一杯の皺を寄せながら唇を噤んだ。

それから少しの静寂の後、まだじいっと見詰めて来る少女に、スコールは深々と溜息を吐く。


「……書庫を探せば、何かあるかも知れない」
「ホントか!」
「かも、の話だ。置いてあるかは判らない。俺が作れるレシピかも判らないし」
「じゃあ探して来る。見付けたら作ってくれるか?」
「……作れるものだったらな」


諦めにも似た境地で、スコールがそう答えると、プリッシュは分かり易く顔を輝かせる。

山積みになっている葡萄を、冷蔵庫に入れる為にパッキングしていると、プリッシュがそれを覗き込んで来る。
スコールにとっては近過ぎる距離であるが、彼女の普段の行動を思えばいつものことだ。
一々気にするのも面倒になってきて、スコールは黙々と葡萄を包む作業に終始した。

今日の夜に生で食べる分として、二房を水洗いしてザルに置いておく。
それからスコールは、鍋にかけていた火を止めて、蓋を閉じた。


「書庫に行くぞ」
「おう!作る時はオレも手伝うからな!」
「……ああ」


うきうきと、今から楽しみでしょうがないと言う様子のプリッシュを伴って、スコールはキッチンを出た。
一緒に書庫へと向かうプリッシュの足は、スキップでもしそうな弾み具合だ。

料理が得意なメンバーなら他にもいるのに、況してや菓子類ならもっと別の人間を宛てにした方が良いだろうに、どうしてプリッシュはスコールが作るものに拘るのか。
意味不明だ、と胸中で呟くスコールであったが、ともかく、今日はスコール自身も暇なのだ。
暇潰しの理由と、存外と美味かった葡萄の味に、気紛れ程度はしても良いと言う気になっている。



夕飯を前に完成した葡萄のパイを食べたプリッシュが、「また食べたい」と言うものだから、スコールは「気が向いたらな」とだけ返したのであった。



11月8日と言う事で、プリスコ。
無邪気なもので無自覚に甘え上手なプリッシュと、なんだかんだで無碍に仕切れないスコールでした。

どうしても食べ物ネタになるのであった。
プリッシュにしてみれば、スコールが口では素っ気なくても実は付き合いが良いとか、何であれ悪いようにはしないので、信用して甘えてるんだと思います。

Pagination

Utility

Calendar

05 2025.06 07
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 - - - - -

Entry Search

Archive

Feed