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Category: FF

[8親子]夏色シロップ

  • 2025/08/08 21:20
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



赤、黄、緑、青の甘い液体。
其処に並べて、白くとろりとしたコンデンスミルクのチューブ。
それらを綺麗に並べる姉の隣で、小さな子供がきらきらと目を輝かせている。
ペンギンを模した手回しのついた機械がキッチンの天板に置かれると、その瞳はより一層輝きを増した。

冷凍庫の製氷室が開けられて、二日前から入れていた、シリコン製の丸い製氷皿が取り出される。
水を零さない為の蓋を開ければ、透明な氷がぴったりと詰まっていた。
直径8㎝になるかならないか、高さは5㎝程で、普通は中々使い所のないサイズの氷だ。
しかし、これは今日この日の為に用意されたもの。

ラグナはシリコンの皮を捲るようにして、氷を取り出した。


「よーし。かき氷作るぞー!」
「つくるぞー!」
「わぁーい!」


腕を振り上げて号令のように宣言するラグナに、エルオーネが続き、スコールが喜びの声を上げた。
両手を上げてきゃらきゃらと嬉しそうに笑う妹弟に、レオンとレインがくすりと笑う。

ラグナがかき氷機の蓋を開けて、氷を其処に納めた。
大きな氷だが、削り機の氷入れにはぴったりのサイズになっている。
蓋を元に戻し、其処についている手回しの取っ手を数回回すと、ぐっと固い物に当たる感触が返ってきた。
これで良し、とラグナは透明なガラス皿を下に置き、


「回すぞ~」
「待って。見たい見たい」
「ぼくも!」


早速氷を削り始めたラグナの下へ、キッチン台の向こう側にいた子供たちが駆けて来る。
あの大きな塊の氷が、どうやって、どんな風に出て来るのか、近くで見たいのだ。

エルオーネとスコールは、ラグナを挟んでキッチンに取りつき、丸々とした瞳でかき氷機を見詰める。
期待に満ちた視線をひしひしと感じながら、ラグナは改めて手回しのハンドルを握った。
硬くて強いものに刃が引っ掛かる反動を感じながら、ぐっと手首に力を込めて、ハンドルを動かしていく。

ガリ、ガリ、ガリ、と氷の削れる音が鳴ること、数回。
わくわくと見つめる子供たちの前で、きらりと光るものが削氷機の下から零れ始めた。


「出て来た!」
「きたぁ!」


興奮した様子の姉の声に、大人しい弟もまた声が弾む。
ガリガリ、ガリガリと氷は更に削れて行き、きらきらとした氷片が皿の上に落ちて行く。

クーラーが効いた室内とは言え、やはり氷にとっては形状を保っていられない温度である。
ガラス皿に落ちた最初の氷片は、常温の中ですぐに溶け始めてしまう。
その上にまた氷が落ち、更に氷が落ち、重なって行く様子を、子供たちは感嘆の眼差しで見つめている。
いつしかそれは容器の上に小さな山を作る程になり、天井の照明の光を反射させ、きらきらと輝いていた。

待ちきれない様子の子供たちに、まずはこの位で、とラグナは小山になった氷の山を二人に見せる。


「どうだぁ。かき氷だぞ!」
「かき氷だ!」
「かき氷ー!」


削氷機の下から出して見れば、それはより一層眩く光る。
それを見たエルオーネとスコールは、ぴょんぴょんと跳ねながら喜んだ。


ラグナは氷の乗った皿をエルオーネに持たせる。


「冷たい!」
「あっちで先に皆で食べてな」
「うん。行こ、スコール」
「うん!お兄ちゃんにも見せてあげなきゃ」


姉に促されて、スコールはとてとてとダイニングにいる兄の下へ。
エルオーネは手にした冷たいガラス皿を落とさないよう、慎重にその後を追った。

ダイニングでは、レオンとレインの手で、今日のおやつタイムの準備が整えられている。
食事の時にはいつも使っているランチョンマットがそれぞれの席に据えられ、氷を食べた子供たちが過度に冷えてしまわないよう、温かいお茶も飲めるようにポットの湯を沸かした。
そして先に冷蔵庫から出していた、かき氷の代表的なフレーバーシロップも、さっきエルオーネが並べた通りに置いてある。

スコールは兄の下へ駆け寄って、氷の耀きに負けず劣らずきらきらと光る眼でレオンを見上げた。


「お兄ちゃん、かき氷!」
「ああ。ほら、最初の味はどれにする?」
「私、いちごが良い!」


レオンの問いに、エルオーネがかき氷をテーブルに置きながら言った。
それをレインが指折りに数え、


「いちごが一票。スコールとレオンは?」
「俺はなんでも。二人が食べたいやつで良いよ」
「ぼくもいちごがいい」
「じゃあいちごね」


希望が採用されて、エルオーネとスコールは手を合わせて喜んだ。

レインがフレーバーシロップの蓋を開け、氷片の小山にトクトクとかけて行く。
真っ白だった氷の山が、鮮やかな色に染められていくのを、二対の丸い瞳が夢中になって見詰めている。
二人はそわそわと落ち着きなく、レオンがさり気無く椅子に座るようにと促してやれば、いそいそと定位置に収まった。

シロップをかけられた氷の小山は、頂点が少し落ち窪んでいる。
其処を通り抜けていった蜜が、ガラス皿の底にも色を作っていた。


「こんなものかしらね。はい、どうぞ」
「やったぁ!」


レインは、二人並んで座ったエルオーネとスコールの真ん中に、かき氷を置いた。
二人は手を合わせて喜び、それぞれのお気に入り専用のデザートスプーンを握って、早速一口。

あーん、と大きく開けた口で、ぱくりと氷を食べてみれば、つんと冷たい感触と甘い味が幼い口いっぱいに広がった。


「つめたぁい!」
「ひゃ~ってする!」


小さな小さな氷片は、子供たちの温度の高い舌の上で、あっと言う間に溶けていく。
シロップの甘い味が水気と混じって咥内に染みて行き、二人はふくふくと丸い頬を興奮に赤らませながら、冷たい氷菓の味を楽しんだ。

キッチンでは、まだガリガリと氷を削る音が続いている。
レオンが其方を覗いてみると、父が一所懸命に削った氷が皿の上でこんもりと山を作っていた。
先に子供たちに持って行かせたかき氷よりも、二回りは山のサイズが違う。

氷を手回し機で削ると言うのは、中々に重労働なものである。
額に薄らと汗を掻いているラグナを見て、レオンは言った。


「父さん、替わろうか」
「うん?いやいや、だいじょーぶだいじょーぶ。お前もほら、楽しみな」


レオンの申し出に、ラグナはにっかりと笑って言った。
キッチンの天板に置いていた山盛りのかき氷をレオンに差し出し、先に食べてな、と言う。
譲ってはくれなさそうな父の様子に、レオンは眉尻を下げつつ、厚意に甘えてかき氷を受け取った。

テーブルに座ったレオンの前に、レインがフレーバーを並べて見せる。


「レオンはどれ?」
「えーと……じゃあ、ソーダで。自分でかけるよ」
「そうね。はい、どうぞ」


母が取ったシロップを受け取って、レオンは蓋を開けた。
氷の山を外周から回るように、くるりくるりと回し掛けすれば、かき氷は綺麗な薄青色のグラデーションに彩られた。


「お兄ちゃん、青だ」
「ソーダ味!」


兄が選んだフレーバーの味に、良いなあ、と二対の瞳が羨ましそうに見つめる。
そんな二人の手元のかき氷は、元々少な目に盛ったのもあって、すっかり空になっていた。

レインはシロップの水溜まりが薄らと残ったばかりのガラス皿を回収しつつ、


「二人はまだ食べる?」
「食べる!」
「あっ、ぼく、かき氷作るのやりたい!」


かき氷の甘い心地良さが気に入ったエルオーネ。
対してスコールは、今日を待ち遠しくさせていた、もう一つの楽しみを思い出して、椅子を下りた。

とたとたとキッチンに駆けていったスコールは、三つ目のかき氷を作っている父の下へ。
ラグナは、削る氷が大分小さくなっているのを確認している所だった。
新しい氷を出そうかな、と削氷機から手を離した所で、腰にくっつくようにして息子が抱き着く。


「お父さん、お父さん」
「お。どした、スコール」
「ぼくもかき氷作りたい!」
「おっと。そうだったな。ちょっとまってな、新しい氷出すから。そうだ、このかき氷、お姉ちゃんに持って行ってやってくれよ」


ラグナはキッチンに置いていた山盛りのかき氷をスコールに渡した。
沢山の氷片で冷やされたガラス皿に触れて、スコールは「つめたぁい!」とはしゃぐように笑う。
落とさないようにな、と念を押されたスコールは、しっかりと頷いて、そろそろとした足取りでかき氷を運んで行った。

ラグナは製氷室を開けて、シリコントレーに入った氷をもう一つ取り出す。
削氷機の中に入っていた氷と入れ替えて、蓋をしっかりとセットし直し、手回しを数回回して氷を固定。
下準備を終えた所で、運搬係を終えた末っ子が戻ってきた。

まだ小さなスコールがキッチンで何かをする時の為に、パントリーの隅に置いていた折り畳みの踏み台を用意する。
それに上ったスコールは、丁度目の前に鎮座するペンギンの顔を見て、わくわくとした表情を浮かべた。
父がやっていたように、蓋の上についているハンドルをぎゅっと握り、


「んん……!」
「氷って固いからな。しっかり力入れるんだぞ」
「うん……!」


スコールは頬を膨らませながら目いっぱいに力んで、ハンドルを回そうと試みた。
入れ替えたばかりの氷は冷たく、固く、幼い力に試練を課すかのように、びくともしない。
んんん、と唸りながらなんとかハンドルを回そうとするスコールを、兄と姉がテーブルの方から首を伸ばして覗いていた。

まだまだ幼いスコールだから、力の入れ方だとか、手首や腕の使い方なんてものは、理屈では判らない。
とにかく出来る限りに全身に力を入れて、ハンドルを持つ手を動かそうとしている。
そんなスコールのハンドルを握る手許に、父の手が添えられて、


「よい……せっ!」
「んぅ!」


父の力添えを受けて、ぐっ、とハンドルが少し動く。
ガリッ、と言う音が聞こえて、スコールはもっと、と頑張った。

ラグナはかき氷機が余分な力で動かないように押さえつつ、スコールの手助けをする。
ガリ、ガリ、ガリ、と段階的な音を立てて、ハンドルが回り、氷が削れる。
やがて常温の中で溶けた氷は、納めた容器の中で薄らと水膜に乗って、滑りやすくなった。
一度スムーズに回り始めると、あとはガリガリ、ガリガリと不規則ながら回り始める。


「んしょ、んしょ、んっしょ……!」
「出て来た、出て来た。良いぞぉ、スコール」


父に励まされながら、スコールは氷を削って行く。
削氷機の下から零れ出してきた氷片が、設置したガラス皿の上にぱらぱらと落ちて行き、しばらくすると小山を作る程の量になった。
その頃には氷も随分と削り易くなり、ハンドルを回す度に、山が大きくなって行く。

父子で二人で作ったかき氷が、綺麗な山を形成するまでに至って、スコールはやっとハンドルから手を離した。


「はふ、はふ……ふあぁ。かき氷作るのって、大変なんだね」
「はは、そうだな。スコールはよく頑張ったな」


全身に力を入れて踏ん張っていたスコール。
力んだ名残に赤らめた頬をつんつんとつつきながら、ラグナはその努力を褒め称えた。

ラグナは氷の山の形を軽く整えて、冷たいガラス皿をスコールに渡す。


「ほら、向こうで食べな。スコールが自分で作ったかき氷だ!」


少し疲れた様子のスコールだったが、自分で作ったかき氷を目にすると、またその瞳が輝く。
それは他のかき氷と、氷こそ新しく取り出しはしたものの、成分に違う所がある訳でもない。
けれど、自分で削り出した、自分が作ったかき氷だと思うと、誇らしいものに思えたのだった。

スコールはかき氷を受け取って、とたとたとダイニングへ。
いつもの席にかき氷を置いて椅子に座ると、母が「どれにする?」とシロップを見せた。


「んと、うんと……いちご、レモン、いちご、むぅ」
「二つでもいいよ、スコール。ほら、私も二つかけたの!」


そう言ったエルオーネのかき氷を見ると、黄色と緑色が半分ずつかかっている。
レモンとメロンを選び切れなかったエルオーネは、レインに頼んで両方とも味わうことにしたのだ。
それを見たスコールの目が、そんなことも出来るんだ、と驚きに見開いた。

期待に満ちた目が、早速母を見ておねだりする。


「お母さん、お母さん。んっとね、ぼくね、いちごとレモンが良い」
「仕方ないわねぇ」
「あと、あとね。ミルクもかけたい」


冷たいかき氷に、甘いコンデンスミルクをたっぷりかける。
それはスコールが夏祭の屋台でかき氷を食べる時の、最高の組み合わせだった。

赤と黄のシロップが、代わる代わるにかけられて、右と左で半分ずつ。
綺麗なコントラストを作り出したその上に、レインはコンデンスミルクをかけてくれた。
とろんとした乳白色の液体が、くるくると山の外周を巡るように降り注いで、氷片の上をゆっくりと伝い落ちて行く。
その姿を目にしたスコールは、まろい頬をぱぁっと明るく火照らせた。


「いただきます!」
「はい、どうぞ。レオンとエルは、ミルクは良いの?」
「俺は大丈夫」
「私はかける!」


最近、甘いものがそれほど得意でなくなってきたレオンに比べると、エルオーネはまだまだ甘味に目がない。
ちょうだい、と手を挙げてミルクをねだるエルオーネに、レインは末子にしたように、半分に減ったかき氷にミルクをくるくると回しかけてやった。

冷たく甘い夏の氷菓を満喫する子供たち。
それを見詰めて柔く目を細めていたレインの下へも、かき氷はやってきた。


「ほら、レインの分」
「ありがとう」


ラグナが差し出したかき氷を受け取って、レインはレモンシロップを手に取った。

そしてラグナも、空いている席に座って、自分のかき氷にソーダのシロップをかける。
家族全員分のかき氷を作った父を、レオンが労う。


「父さん、疲れただろ。お茶は俺が淹れるよ」
「おう、サンキュな」


レオンのかき氷は、もう殆ど氷が解けて、シロップばかりが残っていた。
皿の底に残っているそれを、レオンは口元に持って行って飲み干す。
空になった皿を持ってキッチンに向かう兄を、スコールがあっと呼び止めた。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん」
「ん?」
「ぼくが作ったかき氷、ちょっとだけあげる。はい、あーん」


そう言ってスコールは、かき氷からスプーン一口分を取って、兄へと差し出した。
氷は赤と黄が半分に混じり、コンデンスミルクもかかっていて、一番贅沢な部分だ。
それをあげる、と言ってくれる弟に、レオンは笑みを零して口元を寄せた。


「あーん」
「えへへ。美味しい」
「ああ。冷たくて美味しいよ」


頭を撫でてくれる兄に、スコールは誇らしげに笑う。
それを見たエルオーネが、良いなあ、と言ったのがスコールの耳に届き、


「お姉ちゃんにもあげる。あーん」
「あーん。ふふっ、美味しい。スコールにも私のかき氷あげるね」


あーん、とエルオーネが差し出したスプーンに、スコールはぱくんと喰いついた。
雛鳥のように嬉しそうに氷を食む弟に、エルオーネも満足げな表情を浮かべる。

子供たちが食べるかき氷は、時間と共に溶けて行き、最後には冷えたシロップが残る。
ふたつの味をかけたエルオーネとスコールのシロップは、それぞれの色が交じり合った色になっていた。
更にミルクもかけたので、これも溶け込んだシロップは甘くて子供たちに多幸感を誘う。
二人は最後の一滴までしっかり飲み干して、今日のおやつの時間を満喫した。

そして最後に、レオンがポットの湯で淹れてくれたお茶が振る舞われる。


「スコール、エル。冷たいものを食べたから、今度は温かくしよう」
「はぁい」
「お腹の中、ちょっとひんやりしてる」
「うん。そのままにしてると後でお腹を壊すかも知れないからな」


釘を差す兄の言葉に頷いて、二人はマグカップに入ったお茶を飲む。
舌で感じる温度差に、ふぅふぅと息をかけて冷ましながら、冷えた身体を温め直した。

ラグナは早々にかき氷を食べ終えて、余ったシロップに手を伸ばす。
まだまだ半分以上残っているそれを眺め、


「かき氷はまた作っても良いけど、これ、使い切れないよなぁ」
「炭酸で割るとか、アイスにかけるとか。かき氷じゃなくても使い道はあるから、なんとかなると思うわ」


決して高い代物でもないが、余って捨てるのも勿体ない。
なんとかこの夏の間に出来るだけ消費して見よう、と言うレインに、エルオーネが反応した。


「シロップ、アイスにかけて良いの?」
「そうね。アイスを作る時に混ぜても良いだろうし……」
「お母さんのアイス、ぼく、好き」
「私も!」


末っ子と娘のきらきらとした期待の眼差しに、しょうがないなあ、とレインは眉尻を下げて笑うのだった。




皆で一緒にかき氷パーティ。
家で作って食べると、なんとなく夏祭り等で食べる時とは違う特別感がありますね。
手回しのかき氷機って中々難しい(氷の形状にもよるかも知れない)記憶があるのですが、スムーズに回ってくれれば結構楽しかった気がする。

かき氷シロップって、一番小さいサイズのボトルでも大概余ってしまうものですね。何度もやるには、意外とかき氷って根気とエネルギーがいるものだと思う。主には大人のエネルギーが。

[ラグレオ]ひずみの面翳

  • 2025/08/08 21:15
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF

レオン in FF8




エスタの国民としての住民登録の類もなく、外国からの訪問者として入国記録もない。
そんな人間が確認された。

エスタが長年監視し続けていた魔女アデル、そして遠い未来からやって来た魔女アルティミシアとの戦いを終えて後、エスタは閉ざしていた国の門戸を解放した。
エスタが抱えざるを得ず、長年の電波障害の原因であったアデルと言う存在が遂に取り除かれた事、バラムガーデンと言う“英雄”を擁する独立機関との連携協力の締結により、鎖国と言う手段を維持する意味も随分と薄れた。
そもそもエスタの鎖国と言うのは、大陸の地形の問題と、前大統領であった魔女アデルの排斥的な国際体制の下地があった上に、宇宙に打ち上げたアデルの膨大な魔力が要因と見做される電波障害によって、諸外国との通信手段が一切断たれたことによる、結果的な鎖国政策と言う一面が大きい。
自国内で自給自足も含めた生活様式が成り立ち、突出した科学技術によるインフラ設備も自前で賄うことが出来ているが、鎖国と言う体制であったが故に、自国にそもそもないものはどうにもならない、と言う所も否めなかった。
ラグナによって十七年の独裁政治でありながら、比較的善政であると評価される程度には安定した国ではあるものの、閉鎖された世界と言うのは、いずれ頭打ちし、以降は緩やかに衰退していくものだ。
内側の懸念として最も大きかった魔女アデルと言う存在が消却された今、其処に生きる人間の営みを守る方法として、十七年ぶりの国際社会への復帰と言う選択肢は、避けられるものではなかった。

こうした方針により、現在のエスタ・エアステーションは相当の忙しさに見舞われている。
現状として、一般外国人のエスタへの入国手段は飛空艇に限られており、開国後に運航を始めたそれからは、毎日幾らかの外国人がやって来る。
その目的は観光であることが多いが、中にはビジネスであったり、国際的な働きかけの為にやって来る要人もいる。
それらを迎えると同時に、エスタ国民の中にも、若い世代を始めとして外国に興味を持つものはあり此方の出国手続きや、また様々な輸入・輸出物の出入りを含めた保安検査も必要だった。
ラグナ政権=鎖国となって十七年、それ以前でもアデルの強硬的な国際社会体制により、孤立していたエスタである。
世代が一回りどころか、二つ三つは回る程の時間を、国際社会から弾かれた環境で過ごしていたのだ。
他国との付き合い方は勿論、それが付随するにつれ必要となる管理体制諸々も、ノウハウが足りない。
大統領官邸では毎日執政官が駆けまわり、彼らの決めた方針をエスタ・エアステーションへと通達し、現場環境が大急ぎで整えられ、其処に立つ人間も選出される。
だが、形だけ整えれば後は上手く行く、なんてこともなく、現場は常に『初めてのこと』が起こり、職員は目を回す日々である。

そんな中に、エアステーションのロビーの一画───他国からの来訪者がセキュリティゲートを抜け、『Welcome!』の電飾掲示板が客人を迎える其処に、その人物は立っていた。

いつから其処にいたのか、何処をどうやって通り抜けて来たのか。
監視カメラに映り込み、其処で呆然と立ち尽くしていた青年は、監視員の目からは特段怪しい所はなかった。
いつまでも其処に立ち尽くして動かない人間と言うのは、最近のエアステーション内ではよく見る光景だ。
外国人は大抵、エスタ国の独自に発展した景色を見て、目を丸くして口を半開きにさせる。
だからカメラに映り込んだ青年を、誰も怪しいとは思わなかったのだ。
ほぼ外国人向けにと設置された案内所もすぐ近くにあったが、其処にいる職員も含めて、そんなものだと思っていた。

結局は、青年の方から、エスタに向けて動いて来た。

当該人物は、自らの足で傍にあった案内所にやって来ると、少し思案する仕草をした後、「此処は、何と言う場所なんですか」と尋ねた。
問われた職員は、最初は“エアステーション”と言う場所の役割について質問されたのだと思った。
エアステーションと言う施設がエスタにしかないことは勿論、それが国の玄関として機能しているのは、他に例がない。
また、国民にとってエアステーションと言うのは、どう利用される場所なのか、と取材感覚に訊ねて来る者は少なくなかったのだ。
よって、この質問に対し、職員は「エスタ・エアステーション。この国の空の玄関口みたいなものですよ」と答えている。

しかし青年は困った顔をして、「そう言うことではなく……」と自分の質問意図について説明した。
どうやら彼は、この場所が何という街なのかを聞きたかったらしい。
それを聞いた職員は、普通の国は、必ずしも国土ひとつに対して街ひとつと言う訳ではないのだということを思い出した。
つまり青年は、“エスタ国の何と言う街なのか”───例とすれば“ガルバディア国のデリングシティ”と言った風な回答が欲しかったのだと読み取る。
だがエスタ国にはエスタと言う巨大な街がひとつあるだけだ。
これは、インフラ設備の整った場所でなければ人々の生活が難しい為、一極集中した状態で、中央側から次第に外側へ広がるようにして街が拡大していった為である。
だからエスタ大陸には、街らしい街と言うのはエスタ市街のみで、国民のほぼ十割が其処で沢山の区画の中で過ごしているのだと説明した。

だが、これもまた、青年の質問意図とは違う回答であったらしい。
青年は、止むに止まれない顔をして、形式的な謝辞を述べた後、溜息を吐いてその場を離れた。
それから彼はロビーの片隅のベンチに座り、随分と長い時間、其処で過ごした。
その時になって、案内所の職員は、外国からの旅行者にしては随分と荷物がない、と言うことにようやく気付いたのである。

職員の連絡を受け、監視員が出向してきたのは、それから何時間も後の話だ。
なんとも暢気、とも言えるが、何せ昨今のエアステーション内は、沢山の人で溢れている。
異国からの来訪者や、外に行った人が帰ってくるのを迎え待つ人の姿も多く、ロビーで一時間や二時間程度の人待ちは珍しくなかった。
とは言え、身なりがエスタ国民のそれとは異なることと、その割には手荷物らしきものがない、と言うのが、不審と言えば不審に見えたのだ。
青年はただただ座って何かを考えこむように黙している様子だったが、その傍らで何を仕掛けようとしているのかは判らない。
外国からの訪問者を迎えると言うことは、時として、スパイや危険禁止物の密輸を始めとした危険因子も迎え入れることになるのだと言うことは、職員たちも十分に理解していた。
それでも動き出すまでに随分と悠長な時間が要ったことは、やはり、こうした事態に対する職員のノウハウや経験値が未だ浅いことが原因と言えるだろう。

そして、保安検査の為に声をかけられた青年は、特に抵抗することもなく、その手順に応じた。
と言うよりも、彼自身、それ以外にやれることがなかった、と言うのが正しいのだろう。
何せこの青年は、この現代ならば凡その国で発行されるであろう身分証の類を持っていないだけではなく、自分自身のことも、碌に知り得ていなかったのだから。

────こうした経緯の末、扱い兼ねたエアステーション職員から、なんとかしてください、と泣きまじりのヘルプ要請が大統領官邸へと飛んできたのであった。

ラグナを後部座席に乗せて、大統領専用車は走る。
官邸からエアステーションまでは、三十分と少しと言った程度で到着する。
その間にラグナは、エアステーションから寄越された報告について、印刷紙面から改めて再確認をしていた。


「エスタの国民住基に登録された顔、指紋からのマッチングはなし。医療機関等に記録されてる可能性のあるDNA鑑定については、本人了承の上で採取済み、結果はまあ……早くても明日まではかかるかなあ」
「住基リストと医療機関のカルテデータは連携させてはいるが、その住基リストに当たらないとなるとな」


ラグナの呟きに、助手席に乗っていたキロスが言った。
其処さえあれば話は早かったのだが、とキロスは言うが、そうであれば、そもそもエアステーションが泣きついては来ないだろう。


「となりゃあ外国人……旅行者ってとこなんだろうけど、セキュリティゲートを通過した記録もないって?」
「そうらしい。今、保安職員が今日一日の記録を総ざらいしているそうだが、───監視員によれば、彼はある時間から突然、ロビーの中に現れたように見える、とか」
「なんだそりゃ。瞬間移動でもして来たのか?えーと、魔法であるよな、そう言うの」
「テレポだな。だが、魔力探知システムは作動しなかった。テレポによる転移の後には、時空の歪みが視覚的にも残るから、それで移動してきたのなら、監視カメラにはその様子が映るとは思うのだが……」
「っつったってカメラも死角がゼロって訳じゃないだろ?」
「ああ、残念ながらね。だが、彼はカメラで映る画角の真ん中に立っていたそうだ。有り得るとすれば、監視室の録画の記録マークが切り替わったその瞬間に現れた、と言うことになる」
「んん~……」


エアステーションの監視カメラは、開国の方針を決めた時から、増設させてある。
安全管理の為にそれは必要な措置であり、国からも補助を出して、諸々の設備も含めて整えた。
監視記録はファイル保存され、一定期間は保存が義務付けられている。
この映像記録を保存する際、一瞬だけカメラはブラックアウトしてしまう───この問題は現在解決に向けて技術者が苦心している───のだが、保存動作が始まる時間の長さはランダムに設定されている為、その瞬間を狙うと言うのはあまり現実的ではない。
加えて、ブラックアウトもほんの僅かな瞬間である為、転移魔法の残滓が消え切るほどの暇はない。
そして、保存動作が始まるカメラがあっても、別の角度から同様のポイントを撮影記録しているカメラがある為、どのカメラでも記録がない、全くの空白の時間と言うのはほぼ作られないのだ。
他にも監視の穴が全くないとは言えないが、可能な限り、それは潰している筈だ。

車の中で首を捻ってみるラグナであるが、キロスと、運転席にいるウォードも含め、何もかもが判然としない。
官邸で話を聞いた際にも同様で、故にこそわざわざ大統領自らが当該人物の確認を取ってみよう、となった訳だが、其処に不安や危険があるのもまた事実。
ラグナ自身もそれは判っていることだったが、改めて、キロスは其処に釘を差しておくことにした。


「どうも記憶喪失か何かのようで、自分が何処から来たのかも判らないと、本人は証言している。だが、これが本当かどうかは怪しい所だ。ラグナ、十分用心してくれよ」
「判ってる、判ってる。だから先ずはお前らから逢うんだろ?」
「ああ。その上で、面会するのは、件の人物に危険性がないと判断した場合のみ、だ」


キロスの言葉に、了解、とラグナは短く言った。

エアステーションのVIP用のルートを通り、専用駐車スペースへと車を止めると、すぐに保安職員がやって来た。
連絡役を任されて走って来たのであろう若い職員は、助かった、と言う表情を浮かべていた。


「ご足労ありがとうございます、大統領閣下」
「うん。例の奴は、今は何処にいるんだ?」
「検査室に監視員付で待機させています」
「本人の様子は?」
「現在の所では、此方の要請に抵抗することなく応じています。身体検査を行いましたが、武器類の所持はありません。と言うか、その、本当に何も持っていないものですから……」
「ああ、うんうん。財布とかカードとか、そう言うのもないんだってな」


ラグナが確認も兼ねて言えば、そうなんです、と職員は項垂れた。

身体検査は、服を脱いで調べることまで行ったそうだが、本当に何ひとつ出て来なかったと言う。
あとに可能性があるとすれば、体内に何かを隠して持ち込むと言うパターンだが、X線等にも何も映っていなかった。
何かが見付かるなら、これだ、と言えるものが浮かぶものだが、何もないので途方に暮れるばかりだ。

此方です、と案内されたのは、職員のみが入ることが出来るバックヤードの、更に奥。
行き詰った場所にある、不審者を一時隔離する為の小さな部屋に、件の人物はいると言う。


「では、大統領閣下は一旦此処でお待ちを。私が見て来ます」


公人として、ラグナの部下と言う振る舞いで、キロスが言った。
ウォードはラグナの近衛として残る。

キロスが部屋に入った後、職員はラグナたちを隣室へと案内した。
其処は隔離部屋と隣接し、マジックミラーが備えられ、隔離された人物の様子を密かに確認することが出来る。
ミラーの反射率の為に薄暗い状態の其処から、ラグナは隣室を覗いた。

ミラー越しの部屋には、一脚の椅子に座っている青年がいる。
その横顔を見て、ラグナは目を瞠った。


(……スコール?)


濃茶色の髪に、蒼灰色の瞳。
そして、額に走る斜めの傷。

これらの特徴は、ラグナが『愛と友情、勇気の大作戦』を契機に出会った、“彼”が持つものだ。
髪と瞳の色は、ラグナが遠い日に失った大切な忘れ形見を思い起こさせる───それと、全く同じ色をしていた。
それが存外と稀有であることをラグナは知る由もないが、しかし、額の傷に関しては確かに滅多に見るものではないだろう。
鏡の向こうにいるのは、確かに“彼”を連想させた。

しかし。


(いや、でも、なんか……随分、大人なカンジ……?)


“彼”は確かに大人びているが、年齢で言えばまだ少年の域を脱出してはいない筈。
髪は短く、すっきりと切りそろえられていた筈で、背中にかかる程の長さはなかった。
短いジャケットの袖から覗く腕は、鍛錬を重ねた日々の長さを表すように、しっかりとした筋肉がある。
頤は既に幼さから離れ、十分に“大人”と言って良いラインを作っている。

戸惑いにラグナが傍らの友人を見上げると、ウォードも首を捻っていた。
そんなウォードに、ラグナは小声で確認してみる。


「スコールがなんか変装してうちに来る、なんて話あったか?」
「……」


ウォードは首を横に振った。
外に漏らせない任務でもあれば判らないが───とウォードの目が呟くが、そうであったとしても、あの細身の少年が、ほんの数週間見ない内にこうも立派な体躯になるのは無理だろう。

鏡の向こうでは、キロスと青年が会話をしている。
キロスの視線はじっと青年に向けられており、彼も当惑している様子が感じ取れた。
キロスもまた、ラグナやウォードと同じ気持ちなのだろう。

いくつかの会話の後、キロスは熟考する仕草をして、部屋を出た。
直ぐにラグナたちの部屋のドアが開き、眉根を寄せたキロスと目が合う。


「どうよ」
「……事前報告の通り、としか言いようがないな。安全とも危険とも判断がつかない」
「……スコールにしちゃ、アレだよな」
「君の言わんとしていることは判る。此方としてもそれは同感だ。その点に関しては、後でそれとなくバラムガーデンに連絡を取ってみるとしよう。すげなくされなければ良いが」


潜めた声で話し合いながら、ラグナたちは改めて鏡の向こうを見る。

再び監視員と二人きりになった青年は、なんとも言い難い表情で其処に座っていた。
何処となく、当てが外れた、と言った残念そうな表情で、青年は溜息を吐いている。
考え込むように傷のある額に手を当てて俯く様子は、時折“彼”が見せるものとよく似ていた。

まるで、“彼”の数年後の姿を見ているかのようだ。
そんな風にも感じる程、鏡の向こうにいる青年のパーツは、“彼”を彷彿とさせる。
しかし、纏う雰囲気は───少々草臥れた様子もあってか───幾らか柔らかいと言うべきか、少なくとも、“彼”が持つ特有の刺々しさは感じられない。
“彼”もラグナに対し、最近は幾らか丸い所を見せてくれるようになったが、あの青年はもっと、言葉を選ばずに言えば、人間的に丸くなっている、と評するのが良いか。
“彼”が此処に辿り着くには、まだまだ時間と経験が必要と言えるだろう、そんな年季すらも感じさせる。

───青年の印象についてはともかくも、直面の問題は彼をどうするか、だ。
ラグナはふぅむと腕を組んで考えた後、


「……取り合えず、一回直で逢ってみっか」
「………」


ラグナがそう言うと、左右隣からじぃっと視線が突き刺さる。
旧友たちが言わんとしていることを、ラグナも理解していた。


「判ってるよ、危ないかも知れないってんだろ?」
「理解してくれていて良かった。何せ出自不明、入国経路不明だからな。安全上の問題として、直の接触は歓迎は出来ないよ」
「でもよう、どんな人間なのかは話してみないと判らないだろ」
「私が先程、話をしたよ」
「俺はまだ話してねえぞ」


暗に側近として、反対表明を掲げるキロスと、それに同調して頷くウォード。
ラグナもそんな反応が返ってくるのは、予想していたことである。


「一人で逢わせろとは言わないって。皆で行けば良いだろ?」
「人数の問題ではないが……まあ、どうせ逢わないと納得しないだろうな」
「……」
「じゃあ決まり!」


やれやれ、とキロスが溜息を吐きつつ、まあ大方の予想通りだ、と言って保安職員に声をかける。

大統領と側近の遣り取りを見ていた若者は、当然に戸惑っていたが、キロスがどうにか宥めた。
大統領からの直の要請として、上の上まで急ぎ話を通し、更に専用に書類まで残すように手続きも踏んだ上で、ラグナの要望は通ることとなる。
其処までしないと、万が一があった時、全ての責任がこの現場にいる保安職員の若者一人に振り被ってしまう。
それはきちんと配慮しておかなくてはいけない。
お陰で今日のエアステーションは、例にないことばかりが立て続けに起こって、職員は失神寸前に違いない。

必要なことを整えている内に、時間は過ぎていった。
ラグナがようやく隔離用の部屋に入る算段が取れた時には、来訪してから一時間半が経っている。
その間、件の中心人物は、文句の表情もひとつと零さず、ただただ椅子に座り過ごしていた。
今はそうしているしか出来ないのだと、理屈からして重々に理解している、と言う態度であった。


「それでは、行こうか。ウォード、頼んだぞ」
「……」


キロスに促され、ウォードが頷いて扉のノブを握る。
体躯の大きなウォードなら、その身一つで、唯一の出入口であるドアを塞ぐことが出来るのだ。
もしもこの中にいる人物が爆弾の類を持っていたとしても、彼が肉の盾となって、大統領であるラグナを守ることが出来る。

ギ、と重い音を鳴らして、ドアが開かれた。
椅子に座っていた青年が顔を上げ、見上げる程に大きな体躯の男を見て、微かに眉根を寄せる。
僅かに警戒の気配があったが、彼はそれでも、堪えるように椅子に座して動かない。
理性的な人間だ、とラグナは思った。

そしてウォードの影からラグナが顔を出した、その瞬間。


「……え……?」


蒼灰色の瞳が零れんばかりに見開かれ、じっとラグナの顔を見つめる。
まるで幽霊でも見たかのような表情に、ラグナがことんと首を傾げていると、蒼の眦にじわりと大粒の雫が浮かぶ。


「え?おい?」
「……あ……?」


そのまま、はらはらと雫を幾つも零し始めた青年に、今度はラグナが目を丸くする番だった。

それまで、ただ静かに陶然と過ごしていた青年の目尻から溢れ出す雫。
自らのそれに気付いていなかった青年は、ラグナの焦る様子を見て、ようやく自分の頬に伝うものに指をやった。
「……あれ?」と落ち着きのある風貌とは裏腹に、途端に幼い表情が零れ出る。

これには流石にラグナだけでなく、ウォードも、先に青年と話したキロスも戸惑い、言葉を失うしかなかった。
現場に居合わせてしまった保安職員の若者と、部屋の隅で青年の監視に従事していた監視員から見ても、何が起きたのか判らない。

青年は何度か目元を拭って、それでも止まらない雫をそのままに、顔を上げる。
ブルーグレイが今一度ラグナを見て、それがきっと、青年の限界だった。


「……あ……あ……!」



崩れ落ちるように膝を追った青年は、押し殺すように呻くように、泣いていた。
その胸の奥で、古い古い傷が悲鳴のように疼いていた事を悟る者は、いない。





KHのレオンをFF8のラグナに会わせてみたいな、と思いまして。
そもそもKHでラグナがどうなっているのか、登場もないので何もかも私の捏造でしかありませんが、当サイトではレオン(スコール)を闇の侵食から逃がす為に身を犠牲にした、と言う設定になってる節があります。
そんなレオンが、別れた当時よりも年齢を重ねているか、もしかしたらその頃の年齢のラグナと逢ったら、色んな感情の引き金が理性を無視して雪崩を起こしそう。

拙宅のレオンは、ラグナに対して拗らせたファザコンからかなり執着心が強くなっているので、元気に歳重ねてるラグナを見たら大変なことになりそうで。とても見たい。

[ラグスコ]消えない熱のあやし方

  • 2025/08/08 21:10
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



休暇と言った所で、一日分があるかないかと言う時間だ。
行って帰っての時間を思えば、何処に行く余裕がある訳でもない。

それでも、奇跡的にその時間が重なったのだ。
だからスコールは、休暇前夜───その日の分の仕事が終わってすぐに、エスタに行く為に出発した。
ガーデンからバラムへ、大陸横断鉄道でF.Hの最寄り駅まで揺られ、其処から発着するエスタ行の飛空艇に乗る。
朝ぼらけの時間に列車を降り、次に飛空艇に揺られるのは中々に疲れたが、お陰で昼にはエスタに到着することが出来た。
飛空艇の中で転寝した目のままでエスタ・エアステーションのロビーへ出ると、ウォードが迎えに来ていて、彼が運転する車の中でまた眠りながら、大統領の私邸へと運ばれた。

車の中で横になって寝ていたものだから、髪には寝癖がついていた。
そうと気付かないままに私邸に入って、待っていたラグナは眉尻を下げながら「無理させちまったなあ」と言って、スコールの髪を手櫛で梳いた。
それでようやく、寝癖がついていることに気付いて、みっともない恥ずかしさで顔から火が出る。
そんなスコールにラグナは笑みを深めながら、先ずはゆっくり休んでおいで、とスコールを彼専用に誂えた部屋へと促した。

向かう道中を殆ど寝て過ごしたとは言え、体は縦のままだった。
疲れが碌に取れていない、寧ろ長時間移動で反って疲労感が増したのは確かで、スコールは部屋のベッドに入ると直ぐに寝落ちた。
昼日中の時間であるから、二時間程度で目が覚めて、ラグナが用意してくれていた遅い昼食を摂った。
まだ少し眠い目をしながらサンドイッチを食べるスコールを、ラグナはコーヒーを飲みながら眺めていた。

後は、何をしていた訳でもなく、何をしようと探すこともない。
リビングでエスタのテレビ番組が流れる傍ら、ラグナはあれこれと色々な話をした。
それは近況報告でもあるのだが、最近こんな話を聞いた、こんな本を読んだ、こんな店がオープンした、と言う程度のものだ。
スコールは相槌も曖昧に聞いているばかりで、時折、ラグナの方から投げかけられた質問に端的に答えた。
それだけのことでも、もう当分の間、そうした時間すら持てなかったのだ。
なんでも良いから同じ空間にいたくて、鈍行列車に揺られたスコールの苦労の甲斐は、あった。

そして夜になれば、より一層濃密な時間を過ごす。
若い体は覚えたばかりの熱の愉悦に夢中になり、ラグナも年甲斐ないなと苦笑しながら、その味に誘われる。
少し乾燥気味の手が自分の肌を滑る度に、スコールは殺し切れない声を漏らした。
触れる都度に反応を見せる少年の姿に、ラグナも隠し切れない興奮を昂らせていく。
胎内で交じり合う熱の感触に、スコールは何度となく気をやった。
戦慄く体をラグナは強く抱きしめて、汗ばんだ肌をまた愛撫して、何度も何度も、彼を愛した。

時間に余裕がない事もあって、急くように交じり合って、意識が続いている限りそれを繰り返した。
そうしていつしか限界を迎え、スコールが意識を飛ばした所で、愛くるしい時間が終わりとなる。

────それからスコールが目を覚ましたのは、夜と朝の間の頃合いだった。


(……だるい……)


疲労感の残る体が重い。
けれども、その気怠さは決して不快なものではなかった。

隣でスコールに腕枕をしながら寝ていたラグナは、かーかーと健やかな寝息を立てている。
裸身の体は、あれだけ汗を掻いたのに、すっきりとしていたから、きっと整えてくれたのだろう。
けれど、秘部にはまだ彼を迎え入れていた時の感覚が残っていて、スコールはもぞりと腿を擦り合わせて身動ぎする。

熱の感覚を不意にでも思い出すと、体が反応を示してしまう。
しかし、あと数時間もすれば、スコールは任務に行かなくてはならない。
この慌ただしさの中、何が何でもとラグナの下に向かったのは、今なら時間が取れると踏んだからだ。
次の任務はエスタ大陸での魔物の生態調査の護衛だったから、此処からなら遅れることもないだろう。
それに出向く時間制限いっぱいまで、スコールはラグナを感じていたかったのだ。

時計を見ると、出発予定の時間まで、まだ数時間がある。
此処から眠っても、二時間もすれば起きなくてはいけないから、スコールはもう寝ないことにした。
けれどもベッドの中から出る気にもならず、傍らの温もりに身を寄せて、鼓動と体温を耳に当てて目を閉じる。


(………もう少し……)


このままでいたい。
本音を言えば、ずっとずっと、このままで。
叶わないことと判っているから募る気持ちを、温もりに甘えることで誤魔化す。

と、ラグナの口元がむにゅむにゅと意味不明な音を漏らした後、


「んぁ……」
(起きた)


ぼんやりとした翠色が、薄く開いた瞼の隙間に覗いた。
横で身動ぎばかりをするから、眠りを邪魔してしまったのかも知れない。

ラグナは何度か瞬きをした後、腕の中に納まる格好でじっとしているスコールを見て、目を合わせた。


「お……起きてたのか。おはよ、スコール」
「……ん」


薄らと年輪を感じさせる皺を浮かせた目元が、嬉しそうに綻ぶ。
短い返事をするスコールの眦を、あやすようにラグナの手が撫でた。

ラグナの手のひらに撫でられるのは心地良い。
ゆったりと柔らかく、優しく、ことに愛しさを伝えるように、ゆるゆると触れる。
熱の交わりの時には、それが心地良さだけでなく、温かい快感まで与えてくれるから、スコールは知らず知らずのうちに虜になった。
もっと沢山、これを感じることが出来れば良いのに、と思うけれど、現状、それは難しいことだ。

だからスコールは、この僅かな時間が得られる瞬間があれば、それを貰いに行く。
たった一日あるかないかの休日を、此処で過ごす為だけに費やすことに、スコールは必死だった。

そんなスコールを知ってか知らずか、ラグナは殊更丁寧にスコールに触れてくれる。


「んー……ちょっと此処、傷あるな。どうしたんだ?」
「……さあ。判らない」


ラグナはスコールの項のあたりに指を滑らせながら、皮膚に引っかかる僅かな凹凸について尋ねるが、そんなものの由来などスコールが覚えている訳もなかった。
SeeDと言う傭兵として、指揮官であっても現場にも向かう事が多いスコールだ。
傷の理由なんて、訓練も含めれば幾らでもあったし、多少の引っ掻き傷のようなものなら、石片や枝葉が擦れるだけでも出来る。

気にしていられないから覚えていない、と言うスコールを、ラグナは特段、咎めることはしなかった。
その代わりに、項に触れるラグナの手付きは一層丁寧なものになり、指先がゆっくりと傷跡───スコールからは見えないので、あるらしい、としか言えないが───を辿る。


「ん……」


つい数時間前まで、抱き合っていたのだ。
意識が飛んでも、体のスイッチはまだ浅く入ったままのようで、触れる感触に敏感に反応してしまう。
くすぐったさと、何とも言えないむず痒さに身を捩ると、すぐ近くで翠が微かに笑みを浮かべたのが判った。


「気持ち良い?」
「……くす、ぐったい……」
「そっか」


じゃあ辞めよう、とはならなかった。
ラグナの指は一向に離れず、寧ろ何度も何度も、スコールの項を撫でている。

スコールの意識が、段々とラグナが触れる場所へと集中していく。
傷があるのは此処、と教えるように撫でるラグナの指先に、スコールは別の意図を感じ取っていた。
それはついさっきまで感じていた熱の交わりを想起させ、ぞくぞくとしたものがスコールの首筋から背中に向かって降りていく。


「ラ、グナ……」
「嫌か?」
「……や、じゃ……ないけど……」
「じゃあ、良いよな」
「う、んん……っ」


ラグナはスコールの首元に唇を寄せた。
喉仏の辺りを、ちゅう、と吸われる感触に、ビクッと少年の躰が跳ねる。

そう言う事をされると、この体は簡単に反応してしまう。
じんじんとした感覚が胎の奥から湧き上がってくる感覚に、スコールは身を捩って逃げを打った。
しかし、体を引こうとすればラグナが追ってきて、項をくすぐる手とは逆の腕が、スコールの背中へと回される。
存外としっかりとした腕に確保されて、スコールはラグナの愛撫を受け止めるしかなくなった。

項で遊んでいた指が、つぅ、とスコールの背中へと下りていく。
背筋を柔らかくくすぐり滑って行く指に、スコールは堪らず背中を仰け反らせた。


「や……っあ……!」
「うん」
「ラグ、ナ……っ!」


悪戯されてスコールはいやいやと首を横に振るが、突っ張る腕も大して本気の力を発揮しない。
それが初心な少年の本心を何よりも吐露していることを、大人は判っていた。

ラグナの手はスコールの背中を辿り、小ぶりな丘を滑る。
そのまま行ったら、とスコールが行き付く先を想像して、ずくんと胎内が疼く。
赤い顔で「や、だ、」と拙く訴えるスコールだったが、ラグナは彼のそんな様子すらも愛おしかった。
大事にしたいのに、何処かで苛めたくなる衝動を無自覚に煽る姿に、ラグナもむくむくと欲望が膨らむ。


「スコール」
「ん、う……っ」


首筋に触れるラグナの吐息に、ひくん、とスコールの体が震える。
皮膚に柔く歯を当てれば、スコールの唇からはあえかな声が漏れた。

清められたであろう筈の体でも、内側はまだ熱の余韻を残している。
意図して煽られれば逆らいようのない衝動が湧き上がって来て、スコールは無意識のうちに、ラグナの腰に自身の足を絡めていた。
必然的に押し付ける格好となった中心部は、若い性をしっかりと主張して、ラグナに訴える。


「もう一回、しようか。スコール」
「……っ」


明日は仕事がある。
時間にして、出発まではあと数時間。

エスタの魔物は、元々過酷な環境故に獰猛なものも多い上、“月の涙”の影響で更にその縄張り争いが激化している。
エスタの郊外市街にまで迫って来るものがある、或いは生態系の急速な変化で過度な淘汰が起き得る危惧がある為、それを人為的に調整する為にスコールは派遣される。
準備も注意も入念に行うつもりではあるが、それでも、何が起こるか判らないのが現場と言うもの。
それを思えば、きちんと休んでおかなければ、と言うのは傭兵として常識意識の範疇だ。

───それを判っているのに。
恐らくは、ラグナもそれを知っているのに。


「……スコール」
「……あ……!」
「お前が欲しいよ、スコール」


あと少ししかないんだから、とラグナは囁く。
あと少しの時間で、こうして緩やかに熱を交える時間は、どうしたって終わってしまうものだから。
その瞬間まで、お前を感じさせてくれと嘯く声に、スコールは拒否を選べない。

形だけでも突っ張って駄目だと言っていた腕が、ほろりと力を失う。
抱き寄せる力に従うままに身を寄せて、スコールはラグナの首に腕を絡めていた。


「ラグ、ナ、ぁ……っ」
「うん」
「っは……ん、ふ……っ」


名を呼ぶ少年に、大人は応じて、唇を重ねる。
ゆったりと唾液が交じり合う間、スコールは一所懸命にキスの愛撫について行った。

可愛いものだな、とラグナは細めた眼差しで、赤くなっている愛し子の顔を見つめて思う。
時間が取れそうだ、と判ってから、此方に行く、と言ってきかなかった少年は、存外と判りやすい性格だ。
当人はそうは思っていないようだが、蒼灰色の瞳は、真っ直ぐに自分への愛情を望む。
それを彼の望むままに、いや望む以上に溢れる程に与えてやれば、こうして腕の中へと閉じ込められに来てくれる。
無論、思い通りになってくれるから可愛い訳ではないけれど、こうすればこんな反応を見せてくれるだろうな、と思う通りに反応を繰れる様子はやはり愛い。

唇を離して、ラグナはスコールの下肢にゆっくりと触れた。
スコールは自ら足を広げ、ラグナを受け入れる場所を差し出す。


「ラグ、ナ……ラグナぁ……っ」
「うん。判ってる、一回だけ」
「う、あ……っは、あぁ……っ」


足の付け根を彷徨うように撫でる手に、スコールはもどかしげに身を捩る。
焦らされている気分になるのか、泣き出しそうな瞳で見つめるスコールに、ラグナはその眦にキスをしながら、


「一回だけど……一杯、感じさせてやるからな」
「……っ……!」


鼓膜をくすぐるその声に、スコールの体は一気に熱が奔り出す。
はやく、と縋る声に急かされるまま、ラグナは彼の中へと入って行った。





ラグナに愛されたくてしょうがないスコールは可愛いなあ、と思いまして。
ラグナも愛したくてしょうがなくて、スコールが甘えてくれるし、自分のものに出来てる感じがあって嬉しいんだと思います。

[レオスコ]意地と矜持

  • 2025/08/08 21:05
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



柔らかな眼差しが此方を見ていることに気付く度、どうしようもなく、悔しくなる。
それが自身の勝手で酷く個人的な見方と感情から来るものであることは、理解しているつもりだ。
だから相手にそれをぶつけるものでもない、と言うのもまた判っているのだが、零れる感情を隠すことは難しい。
そもそも、隠せていないからそれは零れているのだ。
零れてしまえば、敏い彼が気付かない訳もない。
其処でまた、突くように指摘をされないのも、何とも言えず歯痒さを誘う。

その瞳はいつもスコールを見守っている。
愛いものを柔く眺めて綻んでいるような顔は、彼が自分を愛してくれている証左でもあった。
面倒見の良さも相俟って、年下の面々には総じて優しい彼だが、自分に対しては格別に甘い。
それは欲目があるからで、それがなければ、こうも甘くはしてくれないだろう───一応、公私の別はしっかりと分けているのだから、それは判る。
故に公的な場面───話し合いであるとか───では決してスコールを贔屓することはなく、私的な場面───ひそやかな睦みあいの時であるとか───では蜂蜜のようにスコールを甘やかす。
ただ瞳だけは、その場に応じたスイッチを必要に切り替えている時を除けば、常にやさしく柔らかく、スコールを見つめていた。

それがどうにも、子供扱いをされているようで気に入らない。

自分のことを特別に見てくれている、それは悪い気はしない。
けれども、垣間見える小さな子供を見守るような眼差しは、スコールの小さくはないプライドを悪い意味で刺激するのだ。


「……その目、やめろ」


振るっていたガンブレードを下ろして、スコールは屋敷の壁に寄り掛かっているレオンを見て言った。
言われた当人は、ぱちりと瞬きひとつして、はて、と首を傾げる。

スコールはガンブレードを粒子に戻して、無手になってじっとレオンを睨んだ。
通常、素振りは規定にしている回数に届くまで続けているのだが、今日はもう完全に気が散った。
その原因である青年は、何か邪魔をしてしまったか、と思案する表情を浮かべている。
当人にその原因や自覚がないのは無理からぬことで、スコールが一方的に、彼の視線に意識を割いていただけだ。

スコールの表情はむっつりとして、不機嫌を露わにしている。
それをレオンは特に臆することもなく見返して、


「何か気に障ったか」


自分自身に思い当たるものがないので、レオンは直球で尋ねて来た。
何かしたなら詫びよう、と言う姿勢は誠実でもあったし、寛容でもあった。
一方的に睨んでくるスコールに対し、謂れがないと攻め返しに来ない所に、レオンの懐の広さが伺える。

スコールはしばらくレオンを睨んだ後、はあ、と露骨な溜息を吐いた。


「……あんたの目、煩い」
「それは、邪魔をしたな。悪かった」
「……」


案の定、レオンは直ぐに詫びをくれる。
眉尻を下げている表情は、そうも煩くしたか、と無自覚を反省していることが伺えた。

そうじゃない、とスコールは思う。
そうも寛容でおおらかな反応が欲しかった訳ではない。
どちらかと言うと、今に限っては、真逆のものを望んでいた節がある。
しかし、それもまた、スコールが勝手に「今はこういう反応をして欲しい」と押し付けに思っていた事だから、レオンがそれに応じてくれないのは無理もない。
元より、レオンが自分に対してそう言った応対をしないことは、分り切っている事でもあった。

沈黙したまま、拗ねた表情で立ち尽くすスコールに、レオンがゆっくりと歩み寄る。
秩序の聖域全体に、結界のように薄く張る水面が、レオンが歩く度に小さな水音を立てた。
それはスコールの前まで来て止まる。


「熱心にやっているから、つい見ていた。あまり無理をするなよ、昨日戻ったばかりだろう」
「……」
「無理をすると、後で痛手が返ってくるからな。時には休息に集中することも考えると良い」
「……」
「でも、一汗掻いた方が気兼ねなく休めるのも、あるな」


若い少年の無茶を諫めるように釘を差しながら、最後はやんわりと、スコールの自由を赦す。
其処にスコールの反応らしい反応がなくても、レオンが気を悪くすることはない。

レオンの手が伸びてきて、スコールの髪をくしゃりと撫でる。
閨ではいつも心地良く髪を梳いてくれる手を、スコールは今じゃない、と頭を振って拒んだ。
スコールのその主張を察して、レオンは直ぐに手を放してくれる。


「素振り、まだ続けるか?」
「……いや」
「そうか。邪魔をして悪かったな」


再開させる気分ではなかったから、首を横に振れば、レオンはもう一つ詫びてくれた。

レオンはスコールから離れると、自身のガンブレードをその手に握って、一回、二回とそれを振る。
グリップの握り具合の感触を確かめて、レオンは両手でグリップを握った。
ガンブレードはスコールが持つリボルバーよりも、一回り程大きく見える。
手許の形も、スコールのそれと比べると、微妙に違う意匠やサイズ感があるのだが、レオンの体格で見るとしっくりと来た。

レオンはスコールよりも一回り身長が高く、体格も完成している。
年齢差があるのだから無理もないかも知れないが、スコールだって───記憶は聊か不確かだが───傭兵として幼い頃から訓練を重ねて来たのだ。
大してレオンの方は「鍛えてはいたが、進んでやるようになったのは十五を過ぎた頃だったかな」と言った。
スコールにしてみれば、レオンはずっと遅くにそのスタートを切った訳だが、それでも彼の体躯はスコールのものよりもずっと安定している。
自分が貧弱と言うつもりはないが、レオン然り、他もウォーリア・オブ・ライトやセシル、フリオニールと言った面々と比べると、全く足りない。
如何にも頼り甲斐のあるシルエットをしているレオンを見て、スコールも安心感を覚えることは少なくなかった。

だが、今日のスコールは少々ささくれだった気持ちがある。
片手の脊力で大振りのガンブレードを振り薙ぐレオンを見つめながら、スコールは何度目か、思う。


(……ずるい)


噤んだ唇の中で、そんな事を呟く。

秩序の戦士たちの中で、年上組と呼んで良い面々は、総じて年下のメンバーに対して寛容的だ。
それが大人の面子、とでも言うのだろうか。
その中でも、年齢が曖昧なウォーリアを除くと、レオンは最年長になる。
リーダー役に関しては満場一致でウォーリアに委ねられているが、メンバーのまとめ役と言う点で言うと、レオンがそれを引き受けていた。
下への配慮を欠かさず、意見があれば拾い、適当な落としどころを見付けるのが上手いのが、彼だったからだ。
それを回りが感心すれば、当人は決して得意な分野ではないと苦笑いするが、年の功として任せられることを受け止めている節がある。
皆が自分で良いと言うのなら、その仕事を引き受けて、勤めるには吝かではないのだと。
己の意思で選んだことでもないのに、わざわざ面倒を引き受けてくれることが、また仲間たちには有難く頼もしい事だった。

スコールも、その頼もしさに甘えている所はふんだんにある。
沢山の人間をまとめたり、上手く操縦したりと言うのは、スコールには向いていない。
そう言う立場に祀り上げられたことがあるような気もするが、とにかく、目の前の事に必死になって齧りつくしかなかったと思う。
レオンのように、あっちを見て、こっちを気にして、そっちを考えて、等と言う器用さはなかった。
誰かと話をする度に、どう言えば良いのか、何と言えば伝えるべきが伝わるのか、手探りのまま、藻掻いていることしか出来なかった。

……夜に触れ合う時のことを思えば、彼の寛容さと、スコールへの甘さはより一層深みを増す。
スコールが駄々を捏ねても、わがままを言っても、彼は怒る事はない。
スコールが望むように、嫌がらないように、真綿で柔らかく包み込むような愛で、スコールを愛してくれる。
────思い出すと、それだけで顔が熱くなってしまう程に。

そんなことを思いながら、レオンは屋敷の玄関の階段に腰を下ろす。
視線の先では、仮想敵を相手に立ち回るレオンの姿があった。
ガンブレードの重みと、自身の体重もあってか、レオンの動きはスコールと比べると僅かに遅い。
それでもウェイトによる安定感があり、片足一本を軸に半身を翻す時も、重心がぶれることもなかった。


(……あとどれ位やったら、あんな風になれるんだ?)


仲間たちはよく、レオンとスコールが似ていると言う。
兄弟なんじゃないか、ひょっとして双子とか、未来の姿とか、なんて空想を膨らます者もいた。
その都度、スコールは兄弟なんていない、双子もいないと言っている。
未来の姿じゃないか、と言う点については、レオンが「それはないだろう」と苦笑していた。
バッツなどは「でも傷も全然同じところにあるぞ」と言ったが、スコールがごく最近にこの傷を作ったのに対し、レオンはもっと早い時期だと言う。
レオンもスコールも、元の世界の記憶は曖昧な所は多いものの、それだけははっきりと覚えていた。
お互いの過去が既に違うのだから、レオンがスコールだ、と言うことは有り得ない。

とは言え、似ている、似ている、と何度も言われるので、スコールもほんの少しだけ彼の影を追う意識がついてきた。
レオンがあんな体格になれるのなら、遠からず自分も同じようになる事が出来るのではないか、と。


(もっと肉を食べて、腹筋と腕立ての回数を増やして。それから……プロテインでもあれば良いけど、この世界にそんなもの見た事がないんだよな)


肉体訓練のプランを頭の中で組み立ててみる。
体組織の酷使と超回復の理論を繰り返し実践すれば、少しでも近づけるだろうか。
効率の良さを考えると、高い栄養素も必要となるが、この世界ではそう言うアイテムは手に入らない。
鶏肉を大目に食べればなんとかなるだろうか、と考えてはみるが、食糧事情もその時々に因るのだ。
どうしても上げられる効率には限界がある。

観察すれば、何かもっと判る事があるだろうか。
レオンの立ち振る舞いを、例えば真似ることが出来たら、彼のように余裕を持った人間になれるだろうか。
スコールは、水膜の只中で一人特訓を続けるレオンを、じっと見つめていた。

────と、そうしてどれ程の時間が経っただろうか。
レオンの額に滲む汗が珠になり、動かし続けた体にレオンの息が上がった頃に、彼は動きを止めた。
此処までの自分の動きを振り返っているのか、息を整えながら佇むそのシルエットすら、地に両足がついた安定感がある。

呼吸が一頻り整った頃、レオンは握っていたガンブレードを粒子に替えた。
どうやら特訓は此処までらしい。
もう少し見ていたかった、と思うスコールの下に、レオンはゆっくりと近付いて来る。
その目が、見つめるスコールの瞳とぶつかって、レオンは眉尻を下げて苦笑した。


「成程な。こうも熱心に見ていられると、無視するのは難しい」
「……あ」


つい数十分前、自分がレオンにされていたことを思い出して、スコールは途端にばつの悪さを感じた。
気まずさに視線を逸らすスコールに、レオンは「良いさ」と笑う。


「見られていると、気が引き締まる。格好の悪い所を見せられないからな」
「……」
「かと言って、それに気を取られ過ぎれば、足元が疎かになる。俺もまだまだか」
「……悪かった」
「お前の所為じゃない。良い勉強になった」


玄関前の階段に座ったままのスコールの頭を、くしゃり、と大きな手が撫でる。
小さな子供をあやすことに慣れた、無理な力も入っていない、おおらかな触れ方だ。

それを感じて、また、スコールの眉間に皺が寄る。


「……」
「どうした?」


スコールの纏う雰囲気に、じんわりと苦いものが漂ったことを、レオンはしっかりと感じ取った。
そのまま彼は隣に座って来て、顔を反らしたスコールの耳元に指が触れる。
グローブを嵌めた手が、ゆっくりと拗ねた子供を宥めるように、スコールの耳元から首筋までのラインを辿った。

それにあやされたつもりはない、と思いつつ、スコールは立てた片膝に口元を押し付けるように隠しながら、


「……ずるい」
「?」


スコールの零した一言に、レオンはことんと首を傾げる。
この一言だけですべてを察しろというの言うのは、如何に敏い男と言えど、流石に無理筋であった。
スコールもそれを判っていて、敢えて投げている。

スコールは隣に座る男から顔を背けたまま、続ける。


「あんた、いつも落ち着いてるし。俺より体がしっかりしていて。ずるい」
「……そうか?」
「……俺だって、……」


俺だって、少しは。
少しはレオンのように、落ち着いていて、体もしっかりして───いるとは、言えない。
少なくとも、こうして並んで座っていて明らかな体格の差は勿論のこと、口惜しさに拗ねている精神が、レオンのように大人として確立しているとは思えない。

自分で自分の現実を突きつける形になって、スコールは益々ひねた気分になった。
レオンはそんなスコールを知ってか知らずか、相変わらず、宥めるようにスコールの皮膚に触れている。
それは閨の中で、むつみ合って甘え癖を発揮し始めたスコールを、優しく寝かしつけている時の感触に似ていた。

そう感じた瞬間、スコールは自分の感情の根底にあるものが溢れ出す。


「レオン」
「ん?」


ぐるん、と振り返って詰め寄る勢いのスコールを、レオンは変わらぬ表情で受け止める。
スコールはじっとそんなレオンを見つめながら、


「……俺は子供じゃない」
「?」
「子供扱いするな」
「どうした、突然」
「……」


目を丸くしているレオンの言葉に、スコールも一瞬冷静になる。
スコールにとっては、この数十分間、ぐるぐると頭を巡っていたことでも、傍のレオンから見れば突然の沸騰である。

益々自分の幼さを見たようで、スコールは俯いた。
レオンは首を傾げつつ、またスコールの頭を撫でようとして、止まる。
その手はレオンの顎元に行って、ふむ、とスコールの言葉の意味を考え始めたようだった。

このまま此処にいると、レオンの寛容さに甘えて、益々幼稚な言動をしてしまいそうだ。
スコールは立ち上がると、「……休む」とだけ言って、玄関の奥へと逃げ込んだ。

置いてけぼり気味に残されたレオンは、何処か自己嫌悪に気落ちした様子の少年の背中を見送る。
閉じた扉をしばらく見つめた後で、間近な距離で彼が言ったことの意味を考えていた。
やはり、唐突にぶつけられた言葉の真意は図り切れなかったが、取り合えず、額面の通りに受け取ってみる。
その上で、レオンは小さく苦笑した。


「これでも、子供扱いしているつもりはないんだが」


当人にこれを言ってやれば良いのかも知れないが、あの状態のスコールは、頭の中で色々なことを巡らせているから、外からの言葉は届き難い。
しばらく時間を置いてから、昼の頃にでも様子を見るのが良いだろうな、と思った。

その傍ら、


(まあ……俺の方が年上らしく振る舞いたいと言うのは、あるかな)


スコールを相手に、少しでも余裕を持った態度を保っていたい。
年上として、まだまだ青い匂いのする少年を、見守り愛する立場でいたい。
それはレオンの、年上としての矜持のような、いやどちらかと言えば意地のようなものだった。
転じて、そうした態度が相対的にスコールにとって“子供扱い”に感じる所はあるかも知れない。
ひょっとしたら、彼はもっと、対等な間柄でいたいのかも知れない。


(しかし、こればかりはな。俺の勝手な意地だ)


レオンは、スコールを可愛がってやりたかった。
それは恐らく、同等の間柄になれば、適わないのだろうと思う。
少なくとも、レオンがスコールを甘やかしてやりたくても、彼のプライドがそれを許さないだろう。
だから、レオンがスコールを思う存分に甘やかす為には、このバランスが必要なのだ。

レオンはスコールが望むことなら、何であろうと叶えてやるつもりだが、こればかりは譲れない。
昼には自分の態度を鑑みて、気まずい顔を浮かべて来るであろう少年を思って、さてどうやってあやそうかと考えるレオンであった。





対等な関係(でも甘えたい気持ちはある)でいたいスコールと、スコールを甘やかしたいレオン。
甘やかす為には、スコールが「こいつには甘えて良い」と思うだけの頼り甲斐と寛容さ、そして年上であると言う雰囲気が必要なのだと思います。基本的にスコールは年下っ子なので。

DFFではスキンと言う形でレオンが実装されるので、体格はスコールのままだけど、KHのレオンだと結構体がしっかりしている訳でして。この経験と人生経験の違いによる体格差と人との距離感の違いが好き、と言う話です。

[スコリノ]ただ一人の為の献身

  • 2025/08/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



デリングシティから電車に揺られ、ティンバーを経由し、バラムへ。
其処からいつものように、迎えに来てくれたゼルが運転する車に乗って、リノアはバラムガーデンへと到着した。
その道すがら、ゼルから「丁度良いとこに来てくれたよ」と言われた意味を、リノアは指揮官室に来て知ることとなる。

指揮官室に据えられた、その部屋の主とも言える指揮官当人は、不在だった。
それ自体は特に珍しい事ではないのだが、理由が普段とは違う。
任務か何かかと思っていたが、キスティスによれば、スコールは体調を崩しているのだとか。
今朝からふらふらと覚束ない様子でデスクに就いていたのだが、何をするにもぼんやりとした様子が絶えないので、確かめてみると熱があった。
当人は「平気だ」と言い張っていたが、書面の文字を追うにも認識能力が追い付いていないのが明らかで、業を煮やしたサイファーによって強制退去と相成ったと言う。

昼を回る前から、スコールは寮の自室に軟禁されているのだが、目を離すと仕事に戻ろうとするので、サイファーがお目付け役をしている。
しかし、サイファーは明日から魔物討伐の任務が入っており、危険度の観点から見て、彼を外すことは難しい。
場所がエスタ大陸の僻地である為、今日の午後にはバラムを出なくてはならなかった。
そうなると、午後以降のスコールに監視の目がなくなってしまう。
キスティスは指揮官不在の代わりを勤めなくてはならないから、指揮官室から離れられないし、ゼルもサイファーの任務に彼の監視役として同行しなくてはならない。
アーヴァインとセルフィは任務に出ており、今日の内には帰らなかった。
───其処へリノアがやって来たから、「丁度良かった」のだ。

キスティスから顛末を聞いたリノアは、相棒のアンジェロを伴って、早速ガーデンの寮へと向かった。

何度も通い過ごす内に、バラムガーデンの勝手はよく知っている。
生徒たちもリノアの姿はすっかり見慣れ、彼女がスコールと良い仲である事も、公然の秘密のように扱われていた。
特段に触れずにいてくれる環境に有難さを感じつつ、リノアは本日噂の中心人物の部屋へと到着する。

コンコン、とノックをすると、ドア越しに「開いてる」と言う声がした。
部屋主のものではなかったが、気にせずにドアを開ける。


「おハロー。スコール、お熱どう?」
「御覧の有様だよ」


リノアがいつもの挨拶をしながら声をかけてみると、やはり部屋主ではない声が返事をした。
見れば、部屋主が収まっているベッドの横で、サイファーが椅子に座って腕を組んでいる。
翠の瞳がじっとりとベッドの主を睨んでいる所からして、どうやら大分やり合った後らしい、と言うことをリノアは察した。

お邪魔します、と改めての断りをしてから、リノアはベッドへ近付いて見る。
スコールはサイファーに背を向ける形で、壁の方へと体ごと向けており、口元まで布団を被っている。
濃茶色の横髪が流れた頬が、普段よりも随分と赤くなっているのが伺えた。
アンジェロはそんなスコールを、ベッドの縁から覗き込み、すんすんと鼻を鳴らしている。

がた、と音がして、サイファーが椅子を立った。
椅子の背凭れにかけていた白のコートを取って、袖を通しながら、その足は扉へ向かう。


「ったく、面倒なことさせやがって。やっとお役御免だ」
「サイファー、看病してくれてたの。ありがとね」
「じゃねえと直ぐに這い出してきやがる。リノア、後は任せたからな。今日一日、そいつは其処から出すなよ」
「はいはーい」


リノアが到着する旨は、キスティスから連絡があったのだろう。
サイファーはやれやれと髪を掻き上げながら溜息を吐いて、部屋を後にした。

残されたリノアは、先ほどまでサイファーが座っていた椅子をベッドに寄せて、腰を下ろした。
顔が見えないかな、と首を伸ばして覗き込もうとしていると、もぞ、とスコールが身動ぎする。
眠っているのかと思っていたが、ごろりと緩慢に寝返りを打つと、気怠げな蒼灰色がリノアを捉えた。


「……リノア」
「おハロー。顔、真っ赤だねぇ」
「……大したことじゃない」
「さて、どうでしょう。ちょっとごめんね」


リノアは手を伸ばして、スコールの斜め傷の走る額に触れた。
普段は、冷たいようでほんのりと温もりを持っているスコールの肌が、当然ながら今日は随分と熱い。
分かり易い発熱症状の具合に、リノアは苦笑して、スコールの頬を擽る横髪を指で払いながら言った。


「結構高いね」
「……そんなことない。皆が大袈裟なだけだ……」
「そんなことなくないと思うな。皆スコールが心配なんだよ」


リノアが額から手を離すと、スコールは不満げに唇を尖らせた。
物言いたげな瞳がリノアをじっと見つめている。
存外とお喋りな蒼灰色に、拗ねた子供みたいだなあ、と思うリノアの印象は、強ち間違いでもない。

スコールはのっそりと起き上がると、体をベッドの端へと寄せる。


「どうしたの」
「仕事……溜まってる」
「キスティスたちがやってくれるって」
「……俺の仕事だ。指揮官のサインがいる物もある」


自分がやらなければ、とスコールはベッドから腰を上げた。
すかさずリノアはその前に回って、スコールの肩を押してベッドへと座り戻す。


「リノア」
「大丈夫、大丈夫。ね?」


名を呼ぶスコールの声には咎めるものがあったが、リノアは気に留めなかった。
今日のリノアは、仲間たちから「スコールをベッドから出さない」と言う任務を仰せつかっているのだ。
そうでなくとも、赤い顔で、立ち上がるだけでふらふらとしているスコールに、無理をさせる訳にはいかない。

ベッドに座るスコールの膝に、のし、と重みが乗った。
見れば、アンジェロがスコールの膝に顎を乗せて、じっと上目遣いに見詰めている。
円らな瞳が、駄目だよ、と言っているように見えて、スコールは眉間に皺を寄せながら、なんとも言い難い表情を浮かべた。


「ほら、アンジェロも心配してる」
「……」
「はい、風邪ひきさんはベッドに戻る!ほらほら」


リノアが肩を押してベッドに戻そうとするので、スコールは渋々顔でそれに従う。
きっとサイファーとも、同じような遣り取りをしたのだろう───もっとお互いに容赦のないテンションで。
容易に想像できてしまうその光景に、リノアはこっそりと笑みを零しつつ、ベッドに伏せたスコールの体に掛布団をかけ直した。

スコールをベッドに戻すことが出来て、よしよし、とリノアは満足顔で椅子に座った。
アンジェロも主とその恋人の様子を見て、此方も満足した様子で、ベッドの横で丸くなる。

眉間の皺を深くして、じっと天井を睨むように見つめるスコール。
リノアはその頬に指の背を当てて、その熱さを改めて確認した。
何度だったのかサイファーに聞いて置けば良かったな、と思いつつ、この体温でも仕事を忘れられないスコールに、リノアは眉尻を下げて小さく笑う。


「スコールはえらいね。こんなに熱があるのに、自分の役目をしなきゃって思うんだ」
「……別に、そう言うのじゃない。溜めたらどうせ後でやらなきゃいけなくなる……」
「でも、今日はスコールの仕事は、キスティスがやっつけてくれるよ」
「……」


もう一度宥めてみるが、スコールの表情は晴れなかった。
寧ろ、より曇ったように、眉間の皺が深くなる。

リノアはその横顔を見つめ、ああ、と理解した。


「皆に迷惑かけちゃってるって、思っちゃうんだね」
「……別に……」


スコールの視線が、天井から壁へ、見つめるリノアから逃げるように逸らされる。
いつもの口癖も出てきて、図星を差されて照れているのだとリノアは理解した。

リノアはスコールの濃茶色の髪をゆっくりと指で梳いた。
発熱で頭皮まわりも汗が滲んでいるからか、いつもは柔らかめの髪が、今日は少ししっとりとしている。
ちょっと拭いてあげた方が良いかな、とリノアは椅子を立った。


「タオル持ってくるね。ちょっと待ってて」


暗に、ベッドから抜け出さないように釘を差して、リノアは洗面所に向かう。
作り付けのシンプルな洗面台の横に、几帳面に畳んで片付けられたタオルがあった。
適当に取って水に濡らし、よく絞ってから、ベッドへと持って行く。

冷たい水を含み、しっかりと絞ったタオルでスコールの頬をそっと撫でる。
蒼の瞳がぱちりと瞬きをした後、頬を撫で続ける冷えた感触に、スコールはほう……と小さく細い息を吐いた。

顔回りに滲んでいた汗を一通り拭き取ると、スコールの表情は少しリラックスして見えた。
頬の赤みは幾らも引いてはいないが、表情が和らいだのなら、楽になったのだろう。
よしよし、とリノアは濡れタオルはベッド横のサイドチェストに置いて、スコールの髪をもう一度指で梳き直した。


「ね、スコール。何か欲しいものとかない?」


リノアが尋ねると、スコールはゆっくりと此方を見た。
ブルーグレイの瞳が心なしかゆらゆらと揺れている。


「欲しいものって……別に、何も……」
「遠慮しなくて良いんだよ。今日は私、スコールの看病するのが任務だから」
「……あんたも大袈裟だな……」


リノアの言葉に、スコールは呆れた風に言った。


「悪いけど、本当に。特に、何も浮かばない……」
「そう?リンゴとか、欲しくない?」
「……」
「お昼ご飯食べた?そうだ、お薬は?」
「……」


リノアが続けて尋ねてみると、スコールはしばしの沈黙の後、小さく首を横に振った。
それじゃあ、とリノアは早速腰を上げる。


「冷蔵庫にリンゴ、ある?」
「……多分」
「お薬は?」
「……机の引き出しに、常備薬なら」
「うん。ちょっと待っててね、リンゴ剥いて来る」
「え」


おい、と呼び止める声の聞こえないまま、リノアは部屋に備え付けられているミニキッチンに向かった。

ガーデンには食堂があるから、日々の食事で寮部屋のキッチンを使う生徒は少なく、それも見越しての設計なのか、手狭な空間になっている。
それでも小さな一人用の冷蔵庫と、少々旧式の電子レンジは誂えられていた。
スコールの場合、冷蔵庫の中身は飲料水で占められている事が多いのだが、食堂まで行くのが面倒な時があるので、小腹を慰める為の冷凍食品や果物が幾つか入っている。

野菜室の蓋を開けると、バナナとリンゴが入っていた。
バナナも栄養価が高いので、病人食に良いと言うが、リノアは先ほど、自らリンゴを指定した。
頭に浮かんだのがそれだったので偶然の選択ではあるが、自分で言ったのだし、とリノアはリンゴを手に取る。
キッチンの収納を端から順に開けてみて、折よく果物ナイフを発見すると、よし、とリノアはそれを手に取った。

そして、さあやるぞ、とリンゴに果物ナイフの先を当てた所で、


「リノア」
「あっ。ダメじゃん、スコール。寝てなくちゃ」


赤い顔をしたスコールがキッチンに現れたのを見て、リノアは眉を吊り上げて見せた。

スコールの足元で、アンジェロがぐるぐるとまとわりつくように歩き回っている。
表情豊かな愛犬が、困ったような表情で飼い主を見上げた。


「スコール、リンゴはすぐ持って行くから。あっちで待ってて」
「いや、あんた、不器用だろ。リンゴは俺が自分でやるから」
「ダメ。今日のスコールはちゃんと寝てるの。大丈夫、これ位なら出来るから」


確かにリノアは少々手先が不器用だ。
それは自分自身でも、悔しいかな、理解していることである。
料理に関しても、細々としたことを気にするのが苦手で、失敗例を作ってしまう事が多いのも確かだった。
だが、スコールの為に何かできることはないかと思い、これなら出来ると思って自分で選んだのだ。
キスティスやイデアのように、丸いままのリンゴを綺麗に剥くのは難しくても、スコールが楽に食べられるように準備することは出来る───筈だ。

リノアは、先ずはスコールを回れ右させ、アンジェロと一緒にその背を押してベッドへ返した。
赤い目が心配そうにリノアを見つめるのを、頭を撫でで宥めてやる。
スコールはやはり物言いたげにしていたが、熱がある体ではやはり無理は効かないのだろう。
重い体を横たえると、それから動かなくなった。
リノアはアンジェロに「また起きてきたらすぐ教えてね」と言って、ワン、と答えた愛犬の頭を撫でた。

キッチンに戻ったリノアは、改めてリンゴと格闘した。
幼い頃、風邪を引いた時に母がしてくれたことを思い出しながら、リンゴの皮を切り剥いて行く。
その手付きはなんとも危なっかしく、ともすれば刃が指を何度か掠めたが、結果的には無事に終わった。
丸い筈のリンゴは、あちこちが凸凹と不自然に出っ張ってしまったが、とにかく、皮は剥けたのだから十分だ。
あとは串切りにして、キッチンの棚からフォークを探し出し、揃えて皿に乗せて持って行く。


「お待たせ、スコール」
「……ん」


声をかけたリノアに、スコールはのそりと起き上がった。
その目がリノアの指を見遣り、白い指先が傷ひとつないことを確認して、ほ、と胸を撫で下ろした。

リノアは椅子に座り直すと、フォークを取ってリンゴに差し、それをスコールの前へと差し出した。


「はい、スコール。あーん」
「………」


笑顔と共に言ったリノアに、スコールは分かり易く渋面を作った。
何処か冷たさも感じさせる蒼灰色が、胡乱な形でリノアを見つめ、


「……自分で食べれる」


そう言ってリンゴの皿に手を伸ばしたスコールだったが、リノアはすいっとそれを避けた。
空を切った手が彷徨って、スコールの目がゆっくりとリノアの顔へと向かう。
何をしているんだ、と言葉以上にお喋りな瞳の問いに、リノアはにこっと笑顔を見せてやる。


「今日は私がスコールの看病をするの」
「……食事くらい一人で出来る」
「良いから良いから」
「……」


何が良いんだ、とスコールの目はありありと語るが、リノアは引かなかった。
はい、と改めてフォークに差したリンゴを差し出す。

しばらく部屋には沈黙が続いていたが、それは決して長い時間ではなかった。
元よりそれ程気が長くないスコールであったし、リノアに対しては、サイファー曰く「究極に甘い」のである。
スコールは諦めに似た溜息を漏らした後、熱とは違う意味で頬を紅潮させて、緩く口を開いた。


「……あ」
「あーん」


小さく口を開けたスコールに、リノアはリンゴを持って行った。
落とさないように、行き過ぎないようにと注意しながら、スコールの口の中にリンゴを置いて行く。
しゃく、とスコールの口の中で果肉が音を立てた。

瑞々しい果肉がスコールの舌の上で解けていき、果汁が溢れ出して広がって行く。
熱で汗を掻き、水分が足りなくなっていた体は、水気と甘味、そしてほんのりとした酸味を大層喜んだ。
スコールの喉がゆっくりと上下して、喉を通過していく甘い水に、スコールの瞳が綻ぶように和らぐのが見えた。


「まだ食べる?」
「……ん」


ひとつ食べれば、もう躊躇いも何処かへ行ったらしい。
リノアが二個目のリンゴを差し出すと、スコールは直ぐに口を開けた。

雛鳥のようにリンゴを求めるスコールに、満足するまでリノアは果肉を差し出した。
切ったリンゴの半分を食べた所で、スコールが「もう良い」と言ったので、次は薬を用意する。
探し出した薬を、冷蔵庫から取ってきたペットボトルの水で飲んで、スコールは直ぐにベッドに横になった。

リノアが来るまで休む気にならなかったスコールだが、その間も体は疲弊し続けていた。
サイファーの監視のもと、大人しくはしていたものの、眠っていなかったのも響いているのかも知れない。
うとうととし始めたスコールを、リノアがベッドの袂でじっと眺めていると、


「……リノア……」
「うん?」
「………」


名を呼ぶ声に応えると、その後は続かなかった。
じっと此方を見つめる青灰色は、何処か小さな子供のようで、酷く頼りない。
ごくごく稀に垣間見えることのあるその顔に、ああ、とリノアは愛しい人が求めているものにすぐ気付いた。

リノアは、ベッドの端に覗いているスコールの手に、自分のそれを重ねた。
手の甲に被せる形で触れたが、直ぐにスコールが手のひらを返し、リノアの手を握る。
リノアもまた、その手を柔く握り返して、


「大丈夫だよ、スコール」
「……ん……」


リノアの言葉に、スコールはごくごく小さな声だけを返事にして、目を閉じた。
直ぐに聞こえ始めた寝息に、頑張り屋さんだなあ、とリノアは苦笑する。

長い睫毛を携えた目元に、前髪が被っているのを指で払いながら、リノアはその眦にそっと触れるだけのキスをした。





風邪っぴきスコールの世話をするリノアが浮かんだのでした。
不器用な子なのでリンゴの皮むきとか中々危なっかしいのでは、と思いつつ、やってやれない事はない!な子でもあるリノアなので。
スコールはリノアの前では年相応に格好をつける言動もするけど、根は愛されたがりの寂しがり屋ですから。
子供の頃にお姉ちゃんに甘えたように、弱った時にはリノアに甘えたいだろうなと。ただ子供の頃よりは素直にそれを表に出せないので、リノアの方が察してあげてる感じが良いなと思いました。

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