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Category: FF
「ほらよ」
そう言って、放るように差し出されたものを、スコールはよく見ないで受け取った。
受け取ってしまってから、それが思っていたもの───書類の類の感触ではない事に気付いて、顔を上げる。
そうして手の中にあるものが、可愛らしくラッピングされた、小さな長方形のプレゼントボックスであると知った。
スコールはしばし手の中のものを見詰めた後、デスク越しに自分を見下ろしている男を見た。
これはなんだ、と目で問うスコールに、男───サイファーはいつもと同じ顔で答える。
「ホワイトデーだからな」
「ああ……は?」
サイファーの言葉に、成程と思った後で、スコールは我に返った。
カレンダーを見れば、確かに今日は3月14日のホワイトデーである。
しかし、この一年の締め括りのこの時期、年度末に押し寄せるあれこれで忙殺されていたスコールにとって、今日と言う日はただ多忙なだけの一日でしかなかった。
ついでに言うと、先月の今日も全く同じ話で、スコールはガーデンや街がどんなに色鮮やかに飾られても、全く知る由はなかった。
一日を殆ど執務室で缶詰になっていれば、さもありなんと言う話である。
其処に突き出されたこのプレゼントボックスは、今日と言う日を理解すればその由来は判ったが、しかしスコールにはもう一つ眉根を寄せねばならない事がある。
「……なんであんたが俺に渡すんだ」
「恋人だからな。可愛い恋人に贈り物するのは、別に今日じゃなくたって良いが、理由もあるんだし、贈らない手はないだろ?」
「そうじゃなくて。俺、あんたに何も渡してないだろ」
ホワイトデーと言えば、一般的にはその前哨にバレンタインデーがあって、その日に何かを貰った者が、お返しを用意する日ではなかったか。
自分が知らない間にその要項に変化でもあったか、何かと流行に疎いので置いてけぼりにされているのかと思ったスコールだったが、それなら流行に聡い女性陣から何か聞けそうなものだが、何もない。
恐らく、多分、例年通りのことなのだろうと思うのだが、それなら尚更、スコールはサイファーにこれを渡される意味が判らなかった。
先月も今と同じく仕事三昧だったスコールだ。
今日と言う日の前哨でもある、バレンタインデーも変わらず、その日が"そう"だとすら気付かないまま過ごしていた。
それは指揮官補佐を務める立場となったサイファーも同様なのだが、根からロマンチストな彼は、もう少し周りが見えている。
色気づく周囲の様相は勿論、自分でも暦をしっかり確認して、準備根回しは忘れない。
そして当日、サイファーはしっかりと、スコールにバレンタインのプレゼントと言うものを贈ってくれた。
と言う前日譚を踏まえると、ホワイトデーに贈り物を用意すべきはスコールの方だ。
サイファーはそれを待つ側であると言うのに、どうして彼がスコールへの贈り物を用意しているのか。
納得のいかない顔で見上げるスコールに、サイファーは肩を竦める。
「お前が年中行事をちゃんと覚えてるかなんて、ハナから期待してねえよ」
「……」
「実際、バカみたいに忙しいしな。缶詰になってるお前が、こう言う事を準備できるとも思ってねえし。先ず忘れてるだろうしよ」
「……」
やれやれと、両腕を上げる仕草をするサイファーに、スコールはぐうの音も出ない。
忙しいから仕方がないだろう、と言えなくもなかったが、きっと暇でもスコールは今日の事を忘れている。
バレンタインのように、ガーデンの売店や食堂にもそれを意識させる飾りつけがあれば、まだ思い出せる可能性はあるが、ホワイトデーは一ヵ月前と違って案外地味なものだ。
サイファーが何か突いて来なければ、きっと思い出す事もないだろう。
かくして今日はお陰で思い出した訳だが、しかしスコールは、じゃあ有り難く貰おうと言う気分にもなれなかった。
何せ、先月もスコールはサイファーからプレゼントを貰っているのだ。
本来、返しをする筈の今日に、また新たなものを貰っていると言うのは、どうなのだろう。
「……サイファー、これ」
「いらないってのは聞かないからな」
受け取れない、とスコールがプレゼントボックスを返そうとして、サイファーは先にそれを遮った。
中途半端に浮かせたスコールの腕が行き場を失くして彷徨い、蒼の瞳が所在無さげにプレゼントボックスを見る。
サイファーはそんなスコールの頭を見下ろしながら言った。
「俺が勝手に用意して、勝手にお前に渡してるだけだ。一々気にすんな」
「……でも」
「先月のだって、別にお返しなんて期待してねえしな。お前がガーデンにいない事だってあり得た訳だし」
「まあ……」
「直で渡せただけ十分だ」
そう告げるサイファーの声は、確かに満足そうだった。
スコールの頭を、くしゃり、と大きな手が撫でる。
辞めろとスコールが頭を振ると、手のひらは直ぐに逃げた。
────サイファーの言うことは確かで、先月にしろ今日にしろ、スコールがガーデンにいたのは幸運な事だった。
任務があれば優先されるは当然それだし、スコールがガーデンにいても、サイファーが出ていると言うことも少なくない。
二人揃って色気のない戦場に駆り出され、泥まみれになっている事もあると思えば、本当に今日は運が良い。
でも、それでも、とスコールは思うのだ。
スコール自身が年中行事に疎い性格とは言え、一応、サイファーとは紆余曲折の末、恋人同士と言う間柄に収まった。
サイファーがロマンチストである事はスコールもよく知っているし、それならクリスマスにしろバレンタインにしろ、サイファーにとっては特別なものにしたいのではないかと思う。
思ってはいるが、意識も行動もそれについて行かないので、こうして何も準備できない事も多い。
それでも、一応ホワイトデーの前にはバレンタインと言う日があったし、その時にプレゼントを渡されているのだから、返すもの位は準備しているべきでは、と考えずにはいられない。
複雑な胸中のまま、乱れた髪をスコールが手櫛で直していると、サイファーが「まあ、そうだな」と付け足すように口を開く。
「どうしても気が引けるってんなら、キスの一つでもしてくれよ」
「……はあ?」
「良いだろ、偶にはお前からして貰っても」
それで貸し借りなしだと言うサイファーに、スコールの眉間の皺が深くなる。
スコールのその反応も、サイファーには予想通りのもので、冗談だとまた付け足そうとした時だった。
「……良いんだな、それで」
呟くなり、スコールは椅子から腰を上げて、デスクを周り込んでサイファーの隣へ。
僅かに足りない身長差を背伸びで埋めて、サイファーの頬へと引き結んだ唇を押し付けた。
それはほんの一瞬、一秒にも満たない時間の事だったが、触れた感触をサイファーに伝えるには十分。
思いも寄らなかった恋人の行動に、サイファーが呆けた顔で立ち尽くすのを、スコールは見ていなかった。
背伸びを終えると、元来たルートを早回しのように回り込んで、デスクに着く。
プレゼントボックスを渡されるまで睨んでいた書類に、ペンでサインを書き込んで行く。
再起動が終わったサイファーがデスクを見れば、紙を睨んでいるスコールの小さな頭頂部があるのみ。
決して顔を上げるまいと言う堅い意思が感じられる傍ら、濃茶色の髪の隙間から、先端まで赤くなった耳が覗いている。
その耳を見ている内に、この素直でない、恥ずかしがり屋の恋人が、何をしたのかようやく理解して、口端が勝手に緩む。
スコールが顔を上げればきっと真っ赤になって怒るであろう顔をしている自覚があって、サイファーは右手で口元を隠した。
顔を見られる前に退散しようと、サイファーは踵を返す。
カリカリとペンの走る音を背中に聞きながら、自分用のデスクにサイファーが腰を下ろそうとした所で、食堂に出ていたキスティスが帰って来た。
執務室のドアが開く音を聞いて、スコールが慌てた様子でデスク上に置いたままにしていたプレゼントボックスを掴み、デスクの引き出しへと隠す。
そんな事をしても、赤くなった耳が元に戻らない限りは、目敏いキスティスに間違いなく突っ込まれるのだが。
案の定、赤い顔を見付かったスコールは、キスティスから「良い事でもあったの?」と訊かれていた。
スコールの返答は「何も」であったが、キスティスの眼は補佐官の片割れへと向いている。
無論サイファーは沈黙を守ったが、キャッツアイの向こうで緑の眼が何もかも───サイファーの頬に残った感触を除いて───見抜いている事を、サイファーは判っていた。
行事ごとを欠かさないサイファーと、そう言うものにてんで鈍くて遅れて思い出すスコール。
そんなサイファーに影響されて、段々とスコールも忘れないようになって来て、ちゃんと用意し始めるんだと思います。
罰ゲームだと思っていた、と言われた時には少々ショックはあったが、無理もない事だとも思う。
若しも立場が逆だったとしたら、自分だってきっと何かの冗談だと思ったし、そうでなければ、事情と言うのか、某かの詮無い理由があっての行動と思うに違いない。
同性同士の恋愛が可笑しいだなんて、今時そんな考え方はナンセンスだとは思うが、生物学的本能だとか、自身の性的趣向がどちらに向いているかとか、一般的に言われている恋愛が異性愛を基本として指している事だとか───ともかく、まだまだ余り普通ではない、と言うのが正直な印象であった。
そう言う所にまさか自分が踏み込む事になるなんて、思ってもみなかった、と言うのも無理はあるまい。
ルーネス自身もそうだったのだから。
ルーネスがエスカレーター式の学園に入ったのは、6歳の時。
親がいないルーネスは養護施設で育てられており、次の春には小学校に入ると言う時期に、職員がその話を持ってきた。
その学園の学園長は、元々ルーネスのような孤児を育てていた人で、そう言った子供たちにもっと学びの機会が得られるようにと、学園を立ち上げる事にしたと言う。
学園は中々評判が良いようで、在籍者は年々増えているのだが、その生徒の半分ほどはルーネスと同じ孤児だと言う。
養護施設にも色々とあって、きちんと中が正しく整えられている所もあれば、行政から出る補助金だけが目当てで中身は最悪、と言う悪質な所もあるのが現状。
他にも、所謂“毒親”に縛られて何処にも行けない子供たちのシェルターにもなれるように、可能な限り間口を広げているのだそうだ。
ルーネスが籍を置いていた施設は、特段悪い所がある訳ではなかったが、経営が辛い状態であった事もあって、その時分から近々閉鎖されるかも知れない、と言う噂が子供たちの間ですら流れていた。
職員がルーネスに学園への入学を促したのは、施設を失えば行き場も失くしてしまう子供たちに、次の居場所を提案する為だったのかも知れない。
かくしてルーネスは学園へと入り、其処で存分に勉学に励んだ。
頭の中に知識を詰め込むのは嫌いではなかったし、学園の図書室には沢山の書籍があり、どれでも手に取る事が出来たのが嬉しかった。
朝から晩まで本を読み漁っている内に、対象年齢が高校生になるものも普通に読めるようになったし、成績も常に上位トップが取れるようになった。
お陰で逆に日々の授業に退屈を感じるようになって来たが、それでも、悪くはない日々であった。
初等部の頃、ルーネスは本の虫で、あまり人とのコミュニケーションを取らなかった。
教師は始めこそそんなルーネスに色々とコミュニケーションの大切さを説いていたが、ルーネスとて将来的なことも含め、それをないがしろにしているつもりはない。
ただ、人と話すよりも、沢山の文献と向き合っている方が、ルーネスにとって楽しかっただけだ。
その内に教師もルーネスのそう言った気質が浸透したようで、ルーネスが本を読んでいると、形式的に声をかけて来るだけになった。
他の生徒も同じようなもので、元々外遊びに積極的ではないルーネスを遊びに誘う者は減って行く。
ルーネスがそれを気にした事はない。
本を読む以上に楽しい事もなかったし、同級生とはどうにも会話の調子が合わない気がして、長々と話をする気になれなかった。
中等部に入ると、ルーネスは生徒会に入った。
この学園の生徒会は中々活動的で、中等部と高等部が混合で成り立っている。
ルーネスが生徒会に入ったばかりの時は、中等部の三年生がいたのだが、一年経って彼等が高等部への編入となると、ジタンと言う名の生徒を除き、脱会してしまった。
元々高等部生の人数が多く、これ以上は必要ないのではと言う話もあったので、それは仕方がない事だ。
だが、お陰で現生徒会の中等部生はルーネス一人になってしまった。
中々に濃い面子が揃っていると噂されている所為なのか、年中行事が多い学園にあって教員から色々と頼まれごとが回って来るのを嫌ってか、中等部生はあまり生徒会活動に積極的ではない。
教員からの評価だとか、まだまだそれを具体的に考えるには早いと思う生徒も少なくはなく、その結果、新たに生徒会に入る中等部生が出て来ないと言う環境になっている。
お陰でルーネスは一人ぼっちの中等部の生徒会員なのだが、それに不自由や虚しさを感じる事はない。
一年目はともかく、二年目となった今、ルーネスはこの生徒会を気に入っていた。
来年になったら、現生徒会の三年生が学園を卒業する為、否応なく編成が替わるのが少し寂しく感じる位には、今の環境が心地良い。
それでも、今年を含めてあと二年は、ルーネスが生徒会を離れる事はないだろう。
誰より好きな愛しい人と、一時の甘い時間を過ごす為に。
今日の生徒会会議を終えて、ルーネスはホワイトボードに書き綴られたメモを、その横に落書きされた鳥の絵ごと綺麗に消した。
そのルーネスの後ろで、会議机に座って厚みのある紙束を黙々と捲っているのはスコールだ。
数分前まではその隣に現生徒会長のウォーリアと、副会長のバッツが座っていたのだが、彼等は教員に呼ばれて職員室へ行った。
その時、スコールが「あとは俺がやっておく」と言い、二人に鞄を持って行くように促していたので、彼らが今日の生徒会室に戻って来る事はないだろう。
他の生徒会役員も、アルバイトの予定だったり、部活だったりと忙しくしていて、皆ルーネス達よりも先に部屋を後にした。
お陰で空間は静かなもので、窓の向こうからはグラウンドで部活に励む生徒達の声だけが聞こえている。
ホワイトボードを綺麗に掃除した後、ルーネスは教室の端に置いていた生徒会日誌を取りに行った。
パラパラとページを捲りながら会議机の一角を借り、会議中内容をメモ書きしていたノートを参考に、今日の会議記録を綴る。
最後に総括を書いて、これで終わり、とルーネスが日誌を閉じると同時に、
「……ふう」
静かな教室に零れた吐息は、スコールのものだ。
ルーネスが顔を上げると、凝った首を解すように項を摩っているスコールの姿がある。
「終わったの?」
「ああ」
「お疲れ様」
労うルーネスに、蒼の瞳が此方を見る。
言葉jはなかったが、柔らかな光が「お前も」と言っているのをルーネスは聞いた。
カアン、とグラウンドの方から高い音が響く。
野球部だろうか、と思った所で、今度はホイッスルの音が鳴った。
外部活は随分と活気があるな、と思いつつ、ルーネスがなんとなく窓の向こうを見ていると、スコールも同じように外へと目を遣る。
この学園は高台に建っており、お陰で校舎の上部からの眺めが良い。
広いグラウンドの向こうに、遠くまで広がる街を見下ろすことが出来るので、昼休憩になると屋上で弁当を食べる生徒も多かった。
多少賑やかにした所で気にする隣近所と言うものものないから、吹奏楽部の生徒がグラウンドや中庭で個人練習している景色も儘見られる。
ちなみに、学園の生徒が使っている寮は、同じこの高台の中腹にあった。
お陰で登校ルートは須らく坂道だし、スーパー等の日常生活の買い物は下山して街に行かなければいけないので、その点は少々不便なのだが、本数は少ないもののルートバスも走るようになったので、福利厚生は充実している方ではないだろうか。
ルーネスとスコールは、何をするでもなく、しばらくの間じっとしていた。
窓の向こうに何か変わったものが見える訳でもなかったが、なんとなく、そうしていたのだ。
先にそれを辞めたのはルーネスで、帰らなくちゃ、と視線を戻す。
そうして、窓の向こうをじっと見つめる青年の、きれいな横顔に心を奪われた。
(……やっぱり、綺麗だなあ)
少し憂いの色を帯びた蒼の瞳が、夕焼けの光を受けて、仄明るく揺れている。
その瞬間を見る度に、ルーネスの心は掻き乱され、筆舌に尽くし難い衝動に駆られるのだ。
───それが恋だと知った時、自分が何を思ったのか、ルーネスはあまり覚えていない。
ルーネスが席を立ち、その足が何かに操られるように、するすると歩く。
行き付いたのは、まだ席に座ったままのスコールの傍らだった。
立ち尽くす少年の気配に気付いて、スコールが窓を見ていた頭を巡らせれば、じっと見下ろす緑色が其処にあった。
「どうした、ルーネス」
名前を呼ぶ薄い唇を、ルーネスはじっと見つめた。
ルーネスの右手が、体の横に垂れたまま、握って開いてを繰り返す。
体の奥から湧き上がって来る衝動に、身を任せれば良いのかどうか、ルーネスにはまだ判らない。
ほんの一年前に生まれて初めて飼うことになったそれは、まだ人生経験の少ないルーネスにとって、いつも持て余してしまうものだった。
じっと見つめ見下ろすルーネスに焦れて、スコールがことんと頭を傾けた。
スコールは背が高くて、成績も優秀で、教師陣から是非次期の生徒会長に、と言われている程の人だ。
生徒達からもそれは同じ事でであったが、あまり言葉数がなく、常に眉間に皺を寄せて不機嫌に見える所為か、取っ付きにくい印象を与える事が多かった。
けれど、懐に入る事を赦した人物の前では、こんな風に幼い仕草も見せてくれる。
ルーネスは、それを自分が赦されている事が嬉しかった。
「……あのさ、スコール」
「なんだ」
「……キスしても良い?」
問うルーネスに、スコールの瞳が僅かに見開かれる。
虚を突かれた、と言う表情の後で、白い頬が微かに赤く染まるのをルーネスは見逃さない。
スコールは見上げていた視線を逸らして、
「……好きにして良い」
素っ気なくも聞こえる言葉で、それでもそう返してくれた。
それがルーネスはまた嬉しくて、ドキドキと跳ねる心臓を精一杯に隠しながら、ほんの少し身を屈めて、赤らんだ頬にキスをする。
一回、二回とルーネスはキスをした。
スコールは少し逃げるように肩を竦め、頭を逃がすように首を傾けたが、席を立つ事はしない。
立ってしまえば、身長差のあるルーネスでは、どうしたって自分の顔にキスが出来ないと判っていて、じっと座っていてくれるのだ。
最後にルーネスは、目を閉じて、そうっとスコールの唇に、自分のそれを重ね合わせた。
触れ合うだけのキスでも、ルーネスにとっては毎回心臓が破裂しそうな程に緊張する。
スコールがそれをどんな気持ちで受け止めてくれているのかは、まだ目を開けてキスが出来ないルーネスには判らない。
いつか確認出来たら良い、それまでどうかこの関係が消えてしまわないようにと願っている。
唇を離して、ほう、と言う吐息がルーネスの唇を擽った。
ルーネスがそろそろと目を開けると、柔らかく優しい熱を帯びた蒼の瞳が直ぐそこにあった。
「……スコール」
「……なんだ」
「…好きだよ」
「………知ってる」
何度も聞いた、と言うスコールに、何度だって言いたい、とルーネスは言う。
それはルーネスがこの関係を続けていく事への自信がまだ足りないからでもあったし、ルーネスが本気でスコールの事が好きである事を、スコール自身が当初信じてくれていなかったと言う経緯の所為もあった。
だが、スコールがルーネスの気持ちを信じていなかったと言うのは、もう昔の話だ。
「……お前が冗談で俺にこんな事をするなんて、もう思ってない」
「告白だって冗談なんかでしないよ」
「それは───仕方がないだろう。誰にバカなことを焚きつけられたのかと思う位は」
ばつが悪そうに目を逸らすスコールの言葉に、まあね、とルーネスも苦笑する。
ルーネスは少しの間、視線を逃がすスコールの横顔を見詰めていた。
綺麗なその顔を、ルーネスは幾らでも見ていて飽きない自信があったが、そろそろこの教室は閉めないといけない時間帯だ。
「……帰ろっか」
「ああ」
「一緒に帰って良いよね?」
「……ああ」
もう少し一緒にいたくて、甘えるようにねだって見れば、優しい年上の恋人は静かに頷いたのだった。
3月8日と言うことで。
毎度のことながら実にキラキラしい生徒会である。眩しい。
この二人は皆に自分達の関係を明かしてはいないけど、目敏い面々には悟られてるんじゃないかと思う。本人達が打ち明けない限りはそっと見守っておこう、のスタンス。
皇帝の居城であるパンデモニウム城は、迷路のような作りになっている。
その上、あちこちにトラップが仕掛けられているのが常であった。
生き物のような壁が突然消えたり現れたり、床や天井が針のように突き出して来たりと言った物理的なものは勿論、不可視の魔力を施した魔法トラップもある。
魔法トラップに関しては、魔力探知に優れた者がいれば、ある程度の回避は可能だが、それも全てではない。
いやらしい策謀を巡らせる皇帝らしくとでも言うのか、二重に三重にと張り巡らされたトラップは、其処で戦い慣れた者であっても中々に面倒な代物であった。
パンデモニウム城の複雑さは、混沌の大陸に近いほど、その深度を増す。
やはり、混沌の力が強く作用する事で、中の精密性も高くなるのだろうか。
秩序の戦士達は、タイミングを見ては誰かが混沌の大陸に渡り、大陸内部の探索調査を行っている。
混沌の大陸は相手側の陣地の真っ只中であったが、大陸の調査は不可欠だった。
一人で行くのは流石にリスクが高い為、出来る限り、二人以上の班を組んで調査に向かう方針が立てられている。
今回はフリオニールとスコールがその役目を担うことになった。
魔力の探知に長けた者が一人欲しい所ではあったが、ティナもルーネスも昨日の戦闘で魔力を多く消費しており、その回復が追い付いていない。
その為、今回の調査は深くは踏み込まず、既に調査済みの所の確認を主として、また異常があれば直ぐに報告に戻れる場所まで、と決まった。
そんな道中で見つけた赤い歪に入った二人を、パンデモニウム城が迎え入れる。
見通しが悪く、一所に留まって様子を見るにも不向きな場所に、スコールが舌打ちをしたが、愚痴を言っていても空間の様相は変わらない。
まだ此方に気付かず、二人は彷徨うように歩き回っているイミテーションに奇襲をかけた。
幸いにも練度の高いイミテーションの姿はなく、程無く全ての人形を片付ける事が出来たのだが────
「フリオニール!」
「!」
出口へ向かおうと踵を返したフリオニールの背を、スコールが強く押した。
前へ数歩、蹈鞴を踏んだフリオニールが振り返ると、青い靄に覆われたスコールの姿がある。
「スコール!」
「……っ」
助けに走ろうとするフリオニールを、スコールの蒼が睨む。
来るな、と制するスコールの声を読み取って、フリオニールは二の足を止めた。
スコールはまとわりつく靄を、腕と頭を振って払い除けた。
靄が完全になくなるのを確かめてから、フリオニールが駆け寄る。
目元に手を当て、ふらりと足元をよろめかせたスコールを、フリオニールの腕が支えた。
「スコール、大丈夫か?」
「ああ……」
「すまない、トラップがあったんだな。毒…ではなさそうだけど」
「……コンフュかスリプルだと思う。少し眩暈がするような…」
そう言ってスコールは、戦闘が終わった後で良かった、と呟く。
どうやらスコールは精神感応系の魔力耐性が低いらしく、かかってしまうと進行が早く、抜けも遅い。
もし戦闘中にこのトラップを食らっていたら、意識が揺らいで応戦どころではなかっただろう。
とは言え、戦闘後でも決して安心できない環境である事は変わらない。
庇われた形となったフリオニールは、自分の代わりにトラップを食らったスコールに、すまなかったな、と詫びてエスナを唱えた。
「俺の魔法じゃ大して効果はないかも知れないけど」
「……十分だ」
フリオニールの手から魔法の光が消えると、スコールはしっかりと両の足で立つ。
行こう、と促すフリオニールにスコールは頷いて、今度こそ二人は歪の出口へと向かった。
パンデモニウム城の歪を出てからは、其処を中心にして調査を続けた。
赤い魔紋の歪は件の一つだけ、後はまだ清浄な青を灯している。
鬱蒼とした森を抜け、広大な砂漠が広がる場所まで来た所で、空は夜闇に覆われていた。
砂漠には視界を遮るものが少なく、イミテーションに見付かり易い上、風除けもないし、冷えも酷い。
砂漠に出るのは明日にしよう、と言ったフリオニールに、スコールも同意した。
スコールが焚火を作っている間に、フリオニールは一度森に戻って、夕飯にする魔獣を仕留めた。
野営地に戻ると、焚火の傍でスコールがうつらうつらとしている。
今日は歪内の戦闘は一度だけだったが、聖域を出立してから此処まで、丸一日歩き通しだ。
疲れているのも無理はないと、フリオニールはスコールを休ませて、魔獣を捌いて簡単な肉のスープを作った。
それが食事の形になる頃には、スコールも揺らせていた頭をしゃんと戻していた───ように見えたのだが、
「………」
半分になったスープの入った器を持って、スコールはぼんやりとしている。
焚火を挟んで向かい合う位置にいたフリオニールは、空になった器を持って、茫洋と揺れる蒼を見詰めていた。
「……スコール?」
「……」
呼ぶとスコールは顔を上げた。
一拍を置いて、ゆっくりと。
青の瞳がフリオニールを捉えるが、どうにもその光が弱い気がして、フリオニールはええと、と少し迷った後、
「…大丈夫か?これ、口に合わなかったかな」
「……問題ない」
答えて、スコールはようやく食事の続きを始めた。
食べ進めると言うことは不味かったと言う訳ではないのだろう、多分。
フリオニールは、黙々と口を動かしているスコールの貌を注意深く観察して、半ば希望混じりにそう思うことにした。
スコールはフリオニールやティーダ程に健啖家ではない。
元々食に対しての執着もそれ程強くはないようで、必要なエネルギーが確保できれば十分、と言った風だった。
それでも食事のスピードは遅くはなく、会話に参加せずに黙々と食べ進めている事もあってか、メンバーの中で一番に席を立つ事も少なくない。
……が、今日のスコールの食事は、随分とゆっくりだ。
いつもの倍の時間はかかって、スコールは食事を終えた。
食器類を片付けた後は、賑やか組でもいれば他愛のない会話が始まるのだが、今日は二人きりである。
静かな夜は久しぶりだな、と思いながら、フリオニールは焚火の向こうの少年を眺めていたのだが、
「………」
(……なんだか、眠そうだな……)
スコールの長い睫毛が、半分ほど降りている。
焚火が揺れると、眩しそうにゆっくりと瞬きをして、次に持ち上げられるまでに間が空いた。
時折頭が落ちて行き、それに気付いたかごそごそと身動ぎして姿勢を戻すが、まだゆっくりと落ちて行くのを繰り返していた。
「……スコール?」
「……なんだ」
名前を呼ぶと、一拍置いて返事があった。
ブルーグレイの瞳には今こそ光が灯っているが、数秒の間を置くと、またほわりと柔らかくなる。
「ええと……その。眠いのなら先に寝ていていいぞ。見張りは俺がするから」
「……別に、眠くはない」
「そう、か……?」
否定するスコールの言葉に、フリオニールは眉根を寄せる。
焚火越しにまじまじと顔を見るフリオニールだが、その印象はやはり眠そう、と言うもの。
誰がどう見ても、今のスコールは、眠気を我慢しているようにしか映らないだろう。
フリオニールからの疑惑の視線を誤魔化すように、スコールは傍らに置いていた薪を焚火に放った。
からん、と薪が転がって、火がゆらると揺れると、猫のようにスコールの双眸が細められる。
そのまま目を閉じ続けていたら、程無くて寝てしまいそうな、それ位にフリオニールから見た今のスコールの様子は無防備なものだった。
フリオニールの脳裏に、数時間前の歪で起きた事が蘇る。
(スリプルのトラップだった、とか?)
あの時は、スコールの意識が飛ぶ程の効能はなかったようなので、フリオニールのエスナでも十分治療が出来たように思えた。
しかし、遅効性とでも言うのか、エスナで一時的に効果が軽減されていたのか、どちらにせよ時間が経って再びトラップの効能がスコールに効き始めた可能性は否定し切れない。
フリオニールはぐるりと周囲を見回して、安全を確認した後、スコールに言った。
「スコール。見張りは俺がやるから、今日はもう休んだらどうだ?」
「……」
休息を促すフリオニールを、蒼の瞳がまたゆっくりと向き合った。
相変わらず遅い瞬きを繰り返しながら、スコールはしばしの間の後、ふるふると首を横に振る。
「…まだ良い」
「無理しなくて良いんだぞ」
「…別に無理はしていない」
「そうは見えないんだが」
「……あんたの方こそ、先に寝れば良い。見張りは俺がする」
言い返すようなスコールの口調であったが、フリオニールは眉尻を下げるしかない。
何せ、口ではそう言っていても、スコールの顔が眠そうなのだ。
意地を張っているのか、それとも自分が眠いことまで認識できない程に眠いのか。
自己への状態の認識がズレていると言うのは、まあまあ良くないよな、と思いつつ、フリオニールは腰を上げた。
フリオニールはスコールの隣へ移動すると、すとん、と腰を下ろす。
スコールはその様子を、猫が飼い主の動きを観察するように、じっと目で追っていた。
そして隣に落ち着いたフリオニールを見て、不思議そうな顔をしている。
「……フリオニール?」
どうした、と訊ねるスコールに、フリオニールはマントを拡げると、スコールの背中を覆って、その肩に腕を回した。
「何……」
「ちょっと寒いなと思って。俺が寝るまで、暖になってくれると有り難いな」
「……」
へら、と笑って言ったフリオニールを、蒼瞳が丸くなって見詰めている。
眉間の皺が減って幼く見えるその顔を、フリオニールがじっと見詰め返していると、
「……」
スコールは俯いて、すり、とフリオニールの肩に頭を摺り寄せた。
鎧の感触の所為だろう、「……かたい」と小さく呟いたのが聞こえる。
こればっかりはとフリオニールが苦笑していると、スコールはより熱を求めるように、体ごとフリオニールに寄り掛かって来た。
フリオニールは何を言う事もなくそれを受け止め、より体温を感じやすいようにと、スコールの肩を抱き寄せる。
ぱち、ぱち、と焚火が小さな音を鳴らす。
それがこの静寂の中で仄かに耳に心地良くて、スコールの瞼がゆっくりと下りて行く。
程無く、すぅ、すぅ、と寝息が聞こえてくるようになって、フリオニールはマントの中で眠る少年を見て、小さく唇を緩ませたのだった。
2月8日と言うことでフリスコ!
ねむねむしてるスコールを寝かしつけるフリオニールが見たいなって。
このままスコールが一頻り寝て起きるまで、フリオニールはスコールとくっついたまま過ごしてると思います。
スコールは寝惚けてたようなもんだったから、目が覚めた時にぴったり密着してる状態に驚くんだと思う。
一週間前から、天気予報は迫る寒波の気配を報じていた。
近年稀に見る程の大寒波であり、その前哨のように短時間で積雪が観測された地域もある。
ウォーリアが恋人と共に過ごす都心部でも、その波は例外なく押し寄せており、寒風吹きすさぶ日々が続いていた。
そこに更に追い打ちを喰らわすかのように、今日明日と重ねて更に気温が冷え込むと言う。
寒がりな年下の恋人は、その天気予報を見て、勘弁してくれ、と項垂れていた。
こうした予報は見事に的中し、今朝ウォーリアが出勤の電車に乗った時には、雪花が街にチラついていた。
同じ電車に乗り合わせた部活始めの学生達が、勘弁してくれよ、と愚痴っていたのが耳に残っている。
空は分厚い雲に覆われ、陽の恩恵など望む事すら烏滸がましいと言わんばかりの冷たいコンクリートジャングルは、其処に暮らす人々全てに試練を齎す。
ウォーリアは余り温寒に神経を尖らせる性質ではないが、そんなウォーリアでも今朝の冷え込みは応えた。
幸い、仕事は屋内の業務であるから、暖房が効いている所にいればどうと言うことはないのだが、昼食にビル外の店に行くのも腰が重くなる程だ。
仕事の合間に、誰かが言っていた事だが、今日は全く気温が上がらないとのこと。
寧ろ日が落ちる時間になれば、更に気温は落ち込み、ひょっとしたら明日には積雪が確認されるかも知れない。
電車が動くか怪しいぞ、と言う言葉に、一同は明日分の仕事を前倒しにする事になった。
もしかしたら明後日も、と言い出したのは誰だったか。
だが、都市部の交通網と言うものは、一度麻痺してしまうと、波及する影響が大きいだけに、復旧も遅れてしまう可能性は否めない。
出来るだけ業務に余裕を持たせて置こう、と言う上司の言葉に、ウォーリアも最もだと思った。
────そのお陰で、退社が予定から大幅に遅れてしまったのは、少々計算ミスだった。
帰宅が遅れそうだと言うことは、それが見えた時に恋人に連絡を済ませたのだが、定時から二時間が過ぎてようやくの解放だ。
帰宅ラッシュの満員電車を避けれたのは幸いだが、いつも夕飯を作って待ってくれている恋人には、悪い事をしてしまったと思う。
天気予報の言う通り、朝よりも更に寒くなった街を急ぐ足で通り抜け、気持ち人が少ない電車に乗り込んだ。
人の熱が少ない所為か、電車の中は暖房が就いているのに妙に寒く感じられる。
最寄り駅に着いたら、駅外の自動販売機かコンビニで、ホットの缶コーヒーでも買おうか。
普段、ウォーリアの帰路は真っ直ぐなものなのだが、今日はそんな事を考える位に、冷え込みが強烈だったのだ。
それでも、帰れば恋人が温かなシチューを作って待ってくれていると思うと、やはり真っ直ぐに変えるべきだ、とも思った。
そんな事を考えながら、ウォーリアは駅の改札を潜り、冷気の滑り込む出入口の傍に佇む少年を見て、目を丸くする。
「スコール?」
思わずその名を口にすれば、人気の少ない駅構内の中では存外と響いたようで、恋人───スコールが顔を上げる。
いつも黒を基調にした服を着ている少年は、今日もいつも通り、黒ずくめだった。
だが、その様相が平時とは少々、いや随分と異なっている。
彼が気に入っているファー付きのジャケットを筆頭に、彼の細身の体躯を強調するような、スタイリッシュな服装を好むスコールだが、今日は随分と丸っこい。
寒さが本格化し、外で過ごす時間が長い日に限って袖を通される厚手のダウンジャケットと、その襟元にはマフラーが巻かれている。
マフラーの上からダウンを着ているのは、襟元や首の隙間から入って来る冷気への対策だろう。
ダウンのポケットに入れていた手には、厚手の手袋。
ボトムは見慣れたスキニージーンズではなく、少しゆとりのあるストレートパンツを穿き、腰にはストールが巻かれていた。
頭には、一ヵ月前に様子を見に来た父が買って来たと言う、耳当てとポンポンのついたニットの帽子。
父から贈られたものと言う気恥ずかしさもあり、趣味じゃない、と言っていた筈のアイテムだ。
彼らしからぬシルエットに、一瞬見間違いかと思ったウォーリアだったが、あの蒼の瞳を間違える事は絶対にない。
近付けば、帽子で押さえられた前髪の隙間から、寒さに宛てられて少々不機嫌になった瞳に迎えられる。
「……遅い」
「すまない」
拗ねた口調のスコールの言葉に、ウォーリアは飾らず詫びた。
それにスコールは小さく頷いた後、じっとウォーリアを見詰める。
ウォーリアはそれを見返しながら、彼を見付けた時からの疑問を口にした。
「スコール、何故君が此処に?家にいるとばかり思っていたが、何か用事でもあったのか」
「……別に、そう言う訳でもないけど……」
ウォーリアの問いに、スコールは小さな声で呟きながら、ダウンジャケットの前を開ける。
上から半分の所までジッパーを下ろして、内側に手を突っ込み、紺色の布を取り出した。
丸まっていた布を解くと、それは去年スコールと揃いで買ったウォーリアのマフラーで、スコールはそれをウォーリアの首へと引っ掻ける。
「あんたの事だから、どうせ碌な防寒しないで仕事に行ったんだろうと思ったんだ。今日はコートだけじゃ冷えるだろうから、ちゃんと防寒して学校行けって、俺に言ったのはあんたの癖に」
言いながらスコールは、ぐるぐるとウォーリアの首にマフラーを巻いて行く。
ウォーリアはそれを受け止めながら、確かに今朝、家を出る前に眠気眼で見送ってくれた彼にそんな事を言った、と思い出す。
その割に、ウォーリアは薄着であった。
スーツの上に冬用のロングコートを着てはいるものの、防寒用の装備と言ったらその程度だ。
インナーにはスコールが買って揃えたウォーム素材ではあるが、ビジネスバッグを持つ手は素手である。
何の為に買ったマフラーだ、とぼやくスコールに、確かに最もな意見だ、とウォーリアも思った。
マフラーを巻き終わったスコールは、また懐に手を入れて、ごそごそと中を探る。
「……しまった」
「どうかしたのか」
「…あんたの手袋、忘れたみたいだ」
失敗した、と呟くスコールは、心底悔しい顔をしている。
だがウォーリアは、首元を覆う温もりだけで十分だと言った。
「私はこれで十分だ。わざわざありがとう、スコール」
スコールが巻いてくれたマフラーは、彼が懐に入れてくれていた事もあり、その熱を分け与えられてとても暖かい。
その温もりは勿論のこと、基本的に寒さを嫌うスコールが、この寒空の中を迎えに来てくれたと言うことが、ウォーリアは何よりも嬉しかった。
手袋一つをスコールが忘れたことなど、ウォーリアには大した事ではない───のだが、スコールにとってはそうではなかった。
スコールはマフラーに埋めた唇を尖らせて、じぃっとウォーリアを見詰める。
その瞳がウォーリアの足の天辺から爪先までまじまじと見て、ビジネスバッグを持つ手に止まった。
「……十分な訳ないだろ」
そう言って、スコールは自分の右手の手袋を外した。
「これ、使え」
「それでは君が寒いだろう」
「あんたの今の状態の方が、見ていて寒い。良いから使え」
ずい、とウォーリアの胸元に押し付けられる、黒の手袋。
外側は合皮、内側はボアになっている手袋は、確かに身に付ければ暖かいだろう。
しかし受け取ってはスコールが、と言うウォーリアだが、蒼の瞳がじろりと剣呑を帯びた。
譲る気のない意思を其処に見て、ウォーリアは根負けした形で、スコールの右手袋を受け取る。
受け取ったので着けない訳にもいくまいと、ウォーリアは手袋に手を入れる。
今の今までスコールが使っていたものだから、其処にはしっかりと体温が残っていた。
暖かいな、と思っていると、ウォーリアの左手からビジネスバッグが取り上げられる。
「スコール?」
突然の恋人の行動に、ウォーリアが不思議に思って名を呼ぶが、スコールは答えない。
その代わりに、スコールは既になった手でウォーリアの空になった左手を掴むと、自分の手ごとダウンジャケットのポケットに突っ込んだ。
ごく狭い小さな空間の中で、スコールの手がウォーリアの手を掴んでいる。
ウォーリアがそれを認識するまで、彼はしばしの時間を要した。
その間にスコールの指がウォーリアの指と絡み合い、ポケットの中で握り締める。
「冷た……」
「すまない」
零れたスコールの言葉に、ウォーリアはポケットから手を抜こうとした。
しかしスコールの手は、握ったウォーリアの手を離そうとしない。
それ所か蒼い瞳がまたじろりとウォーリアを睨んで、
「……仕方がないから、これで行く」
「確かに私は暖かいが、君は」
「帰るぞ」
ウォーリアが言い終わる前に、スコールはポケットに入れた手をそのままに駅の外へと向かう。
引っ張られる形でウォーリアもそれを追い、隣に並んで歩き出した。
出入口に扉もない駅であるが、建物の中にいる限りは、風からは守られる。
その恩恵から一歩外に出ただけで、冷たい風がウォーリアとスコールの頬を叩いた。
もこもこに着膨れしていても寒さが身に染みるのだろう、スコールが眉根を寄せて唸る声が聞こえる。
ポケットの中で、ウォーリアの手を握るスコールの手が、寒さに堪えんと力が入るのが伝わった。
ウォーリアはその横顔を見詰めながら言った。
「スコール」
「……ん」
「君は、ずっとあそこにいたのか?」
「……知らない」
自分のことを聞かれたと言うのに、スコールの答えははっきりとしなかった。
意図的にぼかしているのは判ったが、ウォーリアはそうか、と返しただけで、それ以上は問い詰めない。
ウォーリアの隣を歩くスコールは、噴き荒む風に当てられて、鼻先が赤くなっている。
それが今から赤くなった訳ではなく、駅でウォーリアがその姿を見付けた時から色付いている事に、ウォーリアは気付いていた。
ウォーリアの仕事が終わる時間や、何時の電車で帰って来るかなど、彼には判らなかった筈だ。
一体スコールはいつからあの場所でウォーリアの帰りを待っていたのだろう。
昼日中でさえ吹雪いていた今日、陽が落ちてから一層寒くなった空の下で、彼はどんな気持ちで過ごしていたのだろう。
もう少し早く帰って来れたら良かったのに、と思うウォーリアだったが、その傍ら、
(……暖かい)
恋人の手で巻かれたマフラーと、ポケットの中で繋がる手。
彼が与えてくれる温もりが愛しくて、ウォーリアの口元は知らず緩むのであった。
1月8日と言うことでウォルスコ!
寒い!と言うことで寒空の下でいちゃいちゃして貰いました。あと着膨れスコールは可愛いと思います。
寒いの大嫌いだから外に出るのも億劫だったスコールだけど、家にウォーリアの防寒具が一通り残ってるのを見て溜息吐きながら出て来たんだと思います。
新たな年を迎えて間もなく訪れる大統領の誕生日を、エスタの国民は毎年欠かさず祝ってくれる。
異国からやって来て救世主となり、そのまま国の柱となる事になった男を、皆は英雄と呼び、盛大なセレモニーを行うことが恒例行事となっていた。
それが定着するようになった頃、流石に何年も続けば皆も飽きるだろうし、そもそも自分は担がれた人間なのだから、直にこの座には相応しい人間が座る事になるだろうと思い、だからそれまでは祝ってくれる人々の厚意は受け取ろうと拒否をする事なく過ごしていたのだが───まさか17年も経った今になっても、変わらず祝ってくれるとは、なんとも面映ゆいものである。
これまでは鎖国していたと言う環境もあって、セレモニーは国民だけで行われるものであった。
質素ではないがそれ程派手な訳でもなく、街のあちこちに大統領の生誕日を祝う文字が流れ、この一年間の大統領の活動足跡を集めたVTRがテレビに流れ、各区域を取りまとめる市長から挨拶が贈られ……と言った具合。
また、各区域でそれぞれに推され作られている最新の機械も、特別なロットナンバ─とサインを刻印して、誕生日プレゼントとして寄贈された。
その他、国民の間では、ショップがセールを始め、本日限りの特別メニューがレストランに並び、大統領から感謝の式辞が伝えられる。
────始まりの頃は、そんなにも大々的ではなかったと思うのだが、やはり重ねていく内に規模は大きくなって行くものである。
さて、今年であるが、今回の大統領生誕セレモニーは、これまでとは赴きが変わった。
17年ぶりに開国したエスタが迎える、初めてのラグナ大統領のバースディである。
更には宇宙に打ち上げていたアデルと言う存在そのものが遂に消滅し、本当の意味での“魔女戦争”が終わったのだと言う。
その経緯を世界に向けても発信する目的もあって、エスタは国を開いた訳だが、と言うことは、外側からもエスタを見る目が17年ぶりに集まって来ると言うことでもある。
これまで内々で過ごしていたエスタが、外との交流に向き合う流れが始まったのだ。
この為、今年のセレモニーには、初めて国外からの来賓と言うものが招かれた。
先の“魔女戦争”で先駆を切ったと言うバラムガーデンからは学園長が、嘗ての敵国として相対していたガルバディアとは今後の友好を願ってカーウェイ大佐が。
最も注目が集まったのはその二人だが、ドールやその他の国からもゲストを招いている。
来賓は大統領官邸へ訪れると、パーティ会場として整えられた大会議場に集められた。
其処でそれぞれがラグナに向けて、生誕と開国の祝いの言葉を述べ、ラグナもそれに応える形で謝辞を述べた。
その様子はエスタのテレビには勿論、改修された衛星電波を利用して全世界に向けて、生中継が行われた。
また、エスタの街には、時の国となったエスタに新年から観光にやって来た異邦人の姿もあり、エアステーション周りでエスタのテレビ局が取材を行っていたりと、これまでとは随分と変わる年になる事が、街のあちこちから醸し出されていた。
────初めての来賓を招いてのパーティは、祝辞と感謝を述べる間こそ、例年以上の厳戒態勢で厳粛な空気があったものの、それが終わると少しばかり緩んだ。
生中継が終わる前、感謝の言葉を終えたラグナが壇上から降りようとした所で、盛大に足を攣ったのが皆の笑いを誘ったのだ。
ラグナはウォードに支えられながら、「情けねぇな~」と言って顔を赤らめたが、それが飾らない人柄らしく素直に受け止められるのがラグナの最たる長所だろう。
生中継は和やかな空気に包まれて終わり、その名残がパーティにも良い形で影響を与えた。
それからは、施政者が集まった時によくある、腹の探り合いもありつつも、大きな問題は起きないまま祝宴は過ぎた。
色々と初めて尽くしとなったセレモニーで、中で働いている者にとっては大変な事であったに違いないが、平和に終わった事も含め、良かったと手を叩いて良いだろう。
パーティは最後に街の郊外で上げられた花火を見収めた所でお開きとなった。
ラグナは用意されたホテルへと向かう来賓を一人一人見送って、ようやく“大統領”としての今日の責務を終える。
「っは~、終わった終わった。何事もなくて良かったぜ」
「ああ、そうだね。君達もお疲れ様」
一日ぶりに背中を伸ばし、少々固くなった肩を回して腰を叩くラグナの横で、同調しながらキロスが官邸玄関の扉左右に立っていた二人を見る。
ラグナも一拍遅れて二人───SeeD服に身を包んだゼルとキスティスを見回して、改めて感謝を述べた。
「うん、お疲れ様。悪いな、新年早々にこんな仕事頼んじまって」
「いいえ、有難う御座います。いつもご贔屓にして頂いてますし」
「パーティも最後まで何事もなかったし。良かったですよ、ホント」
笑顔で応えるキスティスとゼルに、ラグナも笑みが零れる。
その傍ら、ラグナはどうしても頭の隅に浮かぶ顔を忘れられなかったが、それを口にするのは自分の我儘だと飲み込んだ。
リニアモーターの車が音もなく玄関前に到着し、キロスがドアを開ける。
いつの間にか補佐官としての仕草がすっかり板についた友人に苦笑しつつ、ラグナは促されるままに車に乗り込んだ。
運転席にはウォードが座っており、彼は窓の向こうにいる年若い傭兵たちに笑みを浮かべて手を振る。
キスティスとゼルは直ぐにSeeD式の敬礼をして、お疲れ様でした、と言った。
それから車にキロスが乗り込み、発進した車が門扉を潜って曲がるまで、二人が敬礼の姿勢を崩す事はなかった。
すっかり古い付き合いになった三人だけの空間で、ラグナはもう一度伸びをする。
ぱきぱき、と背中の骨が軋むのを感じて、歳だなぁヤだなぁ、等と思っていると、
「お疲れ様、ラグナ君。今年も無事に祝えて良かった」
「おう、ありがとさん。まー、でもやっぱり、恥ずかしいっつーかなんつーか。別にこんなに派手にしなくても良いのになぁ。良い年だしさ」
「だからこそ、と言う所もあるのだろうがね。皆も楽しみにしている所もあるから、今回はナシで、とはいかないだろう。特に今年は色々と変わらねばならない所もあったから」
「うーん、ま、そーだなぁ。そうなんだよなぁ。……ま、ともかく無事に終わったから、いっか」
今日一日を思い出し、頭の中で例年の光景と比べれば、違う所がよく際立つ。
その意味を考えると───と言うのは、やはり担がれたとは言え、17年間と言う時間が培った責任と言うものが、今もラグナに染み付いているからだろう。
だが、今日ばかりはもうその時間も終わりで良い筈だ。
セレモニーは終わったし、後は私邸に反って寝るだけ。
そう思うと、一日の疲れと言うものが一気に押し寄せて来て、欠伸が漏れる。
あちこちに大統領の誕生日を祝うイルミネーションが流れる中、車は何事もなく走り、ラグナがプライベートを過ごす私邸へと到着した。
セキュリティの堅いゲートを潜り、玄関に横付けされた車のドアが開いて、ラグナが下りようとすると、
「では、ラグナ。残り少ない時間だが、良い誕生日を過ごしてくれ」
旧友の言葉にラグナが振り返ると、笑みを浮かべたキロスとウォードの顔がある。
ラグナはその言葉を受け取って、へにゃっと笑い、
「おう、ありがとさん。つっても、もう寝るだけだけどな~」
時計はまだ天辺には回っていない筈だが、街の半分はそろそろ眠ろうと言う頃だ。
パーティで一日中を拘束され、来賓がいる手前崩す訳には行かないと精一杯整えていた訳だから、体は勿論気持ちの方もそこそこ疲れている。
昔はこの時間から街に繰り出して飲んだりしたけどなぁ、といつか友人たちと過ごした夜更けの街を思い出しながら頭を掻いていたラグナであったが、
「寝るだけ、ね」
「……」
くすりと笑うキロスの呟きと、その後に続くウォードの視線。
黒い瞳が「それも悪くはないだろうがな」と言っているのが聞こえて、ラグナはことんと首を傾げた。
友人たちの言葉に含みのある雰囲気に、「なんだよ?」とストレートに訪ねたラグナであったが、ウォードは肩を竦めるのみ。
キロスはさっさとドアを閉めてしまい、窓の向こうで手を振る。
そのまま車は走り出し、ラグナは置き去りにされたような気分で、しばしぽかんと立ち尽くすのであった。
なんだったんだと頭を掻いたラグナだが、玄関先で呆然としていても仕方がない。
明日には雪が降るかも知れない、と天気予報で言われていた通り、寒さに芯が入って来た夜風に当たり続けるのは辛いし、さっさと風呂に入って寝てしまおうと、玄関の鍵を開ける。
キ、と蝶番が音を立てて、廊下の灯りが外へと零れる。
と同時に、扉一枚向こうにあった影がラグナの前に落ちて来て、え、とラグナは目を丸くした。
「────スコール?」
見慣れた広い廊下を背に佇む、見慣れた黒のシルエット。
白いファーのついたジャケットと、白いシャツ、首元には銀色に光る獅子のネックレス。
遠いあの日に愛した色を受け継いだ、ダークブラウンの髪と、深い深い蒼の輝石。
今日は見る事が叶わなかった筈のものが其処にあって、ラグナはまたぽかんと立ち尽くした。
どうして、の言葉すら出て来ないラグナに、スコールは聊か気まずそうに視線を逸らしながら、
「……お帰り。……あと、……おめでとう」
言ってスコールは、蚊の鳴くような小さな声で、一応言うだけ言っておこうと思って、と付け足した。
お喋りな瞳の代わりに、赤い頬と耳が、彼の胸中を具に表しているが、ラグナはそれを見ている余裕はなかった。
「え、あ。お、おう、ただいま。と、ありがとう?」
「……」
「ええと。あれ、なんでいるんだ?」
「……」
「今日は確か、別の仕事入ってるって聞いたと、思うんだけど」
判り易く戸惑うラグナの問いに、スコールは口を噤んでいる。
───今日の大統領の生誕セレモニーは、経験不足が露呈して間もないエスタの軍だけでは心許無いと、バラムガーデンを筆頭として、傭兵やセキュリティ会社に警備を依頼を出していた。
各国の要人が多く集まるとあって、それは当然の準備だろう。
バラムガーデンからはシド・クレイマーが来賓としてやって来るし、その警護も含め、出来れば其処にスコールがいてくれたら、とラグナは思っていたのだが、折悪く危険度の高い魔物の退治が入ったとかで、スコールは其方に駆り出された。
だからキスティスとゼルがやって来たのだ。
そう言ったことは決して珍しい事ではないのだが、今回に限っては、ちょっと残念だったな、と言う思いがラグナの胸に浮かんでいた。
だからスコールがどうして今日のエスタにいるのか、と訊ねるラグナの疑問はごく普通のことだ。
が、少し気難しい年頃の少年にとっては、ラグナのその困惑振りが少々穿った形に見えたようで、
「……俺が此処にいたら駄目なのか」
「いやいやいや!そう言う事じゃないけど。めっちゃくちゃ嬉しい!けど、今日は来れないって思ってたから。びっくりして」
「……」
拗ねた口調のスコールの言葉を、ラグナはぶんぶんと首を横に振って否定した。
そんなラグナを見て、スコールは小さく息を吐いてから、言った。
「……仕事は終わらせて来た」
「そ、なのか」
「……それで、セレモニーが終わるまでには間に合わないだろうけど、……今日中にはまだ、間に合うんじゃないかと思って、……来た」
そう言ったスコールは、相変わらず視線を逸らしたままだったが、前髪の隙間から蒼の瞳が覗き見えた。
恥ずかしそうに、けれど少し何処か楽しそうな色は、まるで悪戯が成功したような、普段はあまり見せない雰囲気を滲ませている。
今日と言う時間が終わるまで、あと二時間は切っているだろう。
それでも“今日”に間に合って良かったと、スコールの言葉の代わりにお喋りな瞳が言っていた。
その傍ら、ラグナがよくよく見てみると、スコールの赤らんだ頬に薄く擦れた傷の後があって、ジャケットも所々が汚れている。
魔物討伐の任務を終えて、そのままの足でエスタに来たのか。
スコールの直前の任務地が何処かをラグナが知る由はないが、それでも“間に合うかも”と疲れているだろうに足を延ばしてくれたことが、ラグナは無性に嬉しかった。
胸がぽかぽかと温かくなる感覚に、ラグナが相貌を細めていると、
「……それに、……その、……」
「ん?」
言い淀む様子で中々口が開き切らないスコールに、ラグナがことんと首を傾げる。
口を開いては閉じるを繰り返した後で、スコールはやっぱり俯き加減のまま、視線だけをラグナに寄越して、
「……官邸に行ったら、あんたはセレモニーやってて、俺がやるのは“大統領の警護”だろう。でも、此処なら、あんたは一応、“あんた”だし。俺も今日は任務で来てる訳じゃないし。……此処なら、“俺”が“あんた”を祝えるんじゃないかと、思って………」
だから敢えて、エスタに来て、いつものように大統領官邸には向かわずに、真っ直ぐに私邸に来た。
門扉と玄関のセキュリティは、キロスとウォードに先に連絡をつけたら、都合をつけてくれたから勝手に入った。
それはほんの数十分前の話なので、直にラグナが私邸に帰るからとキロスから聞いていたから、それからずっと此処で待っていたとスコールは言う。
成程確かにその通りで、廊下の隅にはスコールの荷物と思しきものが、愛用のガンブレードケースと共に置かれていた。
疲れているだろうに、わざわざ来て、こんな所で帰りを待っていてくれたのか。
そう思ったら、ラグナはもう辛抱堪らなくなって、細い体に覆い被さるように抱き締める。
「ちょ…、ラグナっ」
「すっげー嬉しい。ありがとな、スコール」
「……べ、つに……俺は……何も」
ただ来ただけ、と言うスコールに、ラグナは小さく首を横に振った。
スキンシップに不慣れな少年を、強く強く抱きしめると、少し抵抗するように身を捩るのが伝わる。
それでも離すまいと、背中に回した腕に力を込めていると、鼻先を押し付けた首筋から汗の匂いがした。
一頻り細い体を抱き締めて、取り敢えずラグナは満足した。
肩口に埋めていた顔をあげると、なんともむず痒くて仕方がないと言う顔をしたスコールと目が合う。
距離の近さもまた、スコールにとっては苦手な所なのだろうが、誕生日だからか振り払われない事に、ラグナは存分に甘える事にした。
「なあ、この誕生日プレゼント、直ぐにいなくなったりしないよな?」
「誰が誕生日プレゼントだ……」
俺は物じゃない、と小さく呟いて、スコールは一つ溜息を吐いてから、
「…帰るのは明後日。明日は何もないから、あんたの好きにしたら良い。……俺はそれに付き合うから」
そう言ったスコールの手が、離れようとしないラグナの腕に重なる。
ほんのりと赤い頬が、見詰める蒼が熱を灯している事に気付いて、ラグナはもう一度スコールを抱き締めた。
ラグナ誕生日おめでとう!
会いたいけど仕方ないかあからの駆けつけて来てくれたスコールでした。
明日はフリーらしいので、今夜からプレゼントを堪能すると良いよ。