[クラスコ前提サイスコ]蓮蕾
年下の恋人と逢う機会は、減る以前に、そもそも少なかったと言って良い。
片や社会人一年目、片や高校三年生ともなれば、無理もないことだろう。
クラウドは本格的に始まった大人としての社会生活に慣れるのに精一杯で、恋人───スコールは大学受験が目の前に迫っている。
スコールはその為の進学塾にも通っており、毎日とまでは言わずとも、平日休日関係なく授業は組まれ、それに参加していた。
そんなスコールが偶に時間が出来ると、その時クラウドは研修やら勉強会やら、断り辛い飲みの誘いと重なっていて、精々夜に電話で短い遣り取りが出来る程度。
メールと言う便利な機能があるお陰で、相手の反応時間を気にせずメッセージを送れる───とは言うものの、やはり夜中に着信を鳴らせるのは少々気が引けて、此方はあまり使っていない。
お互いに筆まめと言う訳でもなかったし、ただでさえ口下手なのがメールになると尚更になってしまい、二人の遣り取りのメールを見たザックスやティーダは、「お前、素っ気なさすぎない?」「これ業務連絡っスか?」と言ってくれた。
だからお互いのタイミングを気にしつつ、メールは電話をする為に時間が取れるか、と言う確認をする程度にしか使っていない。
顔が見れないのは同じでも、声が聞こえれば、そのトーンで少なからず相手の言葉に込められた気持ちが汲み取れるから、クラウドはそれでも十分嬉しかった。
だが、スコールにとってはどうだったのだろう。
後になってそんな事が頭を過ぎり、きっともっと早くその可能性を考えるべきだったのだと思う。
スコールは、クラウドが社会人として揉まれている事を、よく判っていた。
毎月の終わり頃、彼が通う塾の翌月休みが判って、その日程をスケジュール表に入れ、スクリーンショットを添えてメールを送り、休日に空いているかと訊ねて来る。
デートと言うものがしたい訳ではなくとも、逢える距離にいる筈なのに、全く逢えない恋人に、精一杯にそのメッセージを送っていた。
しかし、平日のクラウドは勿論仕事があり、スコールの放課後時間に暇を合わせる事は難しい。
会社内の雰囲気から、新人社員は有給休暇を申請し難い空気があったのも、聊か痛手であった。
クラウドの偶の休みと、スコールの塾休みと、上手く重なるのは隔月で一回程度。
今月も休みを合わせられそうにない、と詫びる台詞を、一体何度口にしたか。
その度にスコールは、「仕方ないから」と言ったが、電話越しのその声が、確かに寂しそうにしていたことは、クラウドも忘れていなかった。
余りに休みを取れないから、クラウドは仕事終わりにスコールに連絡を取ってみた事もある。
時刻は既に夜の十時が近くなっており、高校生とは言え未成年を外へと誘い出すのは抵抗もあったが、スコールは直ぐに「行く」と返事をした。
同居している父親の目を盗むように、買い出しに行ってくると言い訳をして、マンションの最寄の公園に来てくれた。
バイクの後部座席に彼を乗せ、ごくごく短い夜のデートも楽しんだ。
父への言い訳もあるから、当然ながらあまり時間は取れず、ほんの一時間程度でお別れだ。
それでも、クラウドにとっては至福であり、社会人生活に疲れた心を癒してくれる、大切な一時であった事は本当だ。
いつであったか、逢える時間が作れない事を、すまない、と詫びた事もある。
それに対し、スコールは首を横に振っている。
時間が作れないのは自分も同じ事で、クラウドだけの責任ではない。
社会人になったクラウドよりも、まだ学生である自分の方が自由が利くのだから、自分の方がクラウドに合わせる、とも。
受験を前にした高校生であるスコールだ。
進学塾に通っていなくても、刻一刻と迫る受験に対し、準備に追われて遊ぶ暇などないだろう。
それでもスコールは、「俺がクラウドに合わせるから」と言った。
寂しがり屋の彼に、無理をさせているとは思ったが、スコールがそう言ってくれるのはクラウドにとって幸いでもあった。
────一度だけ、彼を抱いた。
蒸し暑い夜、クラウドの休みの日と、スコールの塾の休みと、父親の不在の夜が重なった。
こんな事もうないかも知れないから、とクラウドの家に泊まりに来たスコール。
まだ幼さを残す横顔を赤く染め、目を合わせる事も出来ない程に意識していたスコールに、クラウドの年上としての矜持と理性は呆気なく崩れた。
クラウドも初めての事であったものだから、スコールにかなりの負担を強いたのは間違いないと思うのだが、それでもスコールは嬉しそうに笑っていた。
夜通し繋がって、熱を交わし合って、何度も何度もキスをして、この熱の記憶さえあればもう大丈夫だと、そう思う位に濃厚な夜。
そんな時間が取れたのはあの一度切りで、また逢えない時間が続くようになったのだが、それでも一度でも彼を抱いた感触は忘れられなくて、スコールもそうなら良いと思った。
思っていた─────
クラウドの仕事が午後から休みになったのは、会社からの指示によるものだった。
新人とは言え有給休暇はきちんと設けられており、その消化が必要になったからである。
署内の休みを取る事に対する、聊か古い無言の圧力的なものがなければ、もっと気軽に取れるのに、と思っているのはクラウドだけではあるまい。
とは言え、急な休みが嬉しくない訳ではなかったので、クラウドはさっさと退勤した。
一旦自宅へと帰ったクラウドは、私服に着替えると、早速街に繰り出した。
しばらく行けていなかったゲームセンターに入り、知らぬ間にアップデートが繰り返されていたゲームの感触を確かめる。
一頻り満足した後は、ふと見付けたUFOキャッチャーに手を出した。
プライズ系は余り遊ばないクラウドだったが、景品に恋人が贔屓にしているアクセサリーブランドの品があったのが目を引いた。
チャレンジ一回の値段が少々高い、高額商品狙いを売りにしたものだ。
デザインはスコールが気に入りそうなものだが、余りゲームセンターで遊ばない───来ても友人たちが遊んでいるのを見ているか、興味があるのは昔から馴染のあるカードゲーム位だ───のできっと持っていないだろう。
もし持っていたら、お揃い、と言うことにして、自分が持っていても良い。
そんな気持ちで数回のチャレンジの後、無事に景品を手に入れる事に成功した。
次の自分の休みと、スコールの暇な時間とが合致するとは限らない。
だからクラウドは、放課後の一時を利用しようと、その足でスコールの通う学校へと向かった。
自分が大学生の頃は、こうして彼を迎えに行き、バイクの後部座席に乗せて家や塾の近くまで送り届けたものである。
久しぶりにそんな時間が取れるかも知れないと、少し浮足立つ気持ちで、クラウドはバイクを走らせた。
大型バイクを学校の近くに停めるのは目立つから止めろ、とスコールに言われている。
少々不便ではあったが、クラウドはいつも近くのスーパーの一角を借り、スコールを迎えた後は、少し買い物をして去るようにしていた。
この行為も久しぶりだ、とバイクの荷物入れに恋人の分のヘルメットが入ったままになっているのを確認する。
ゲームセンターで確保したアクセサリーは、背に回した小さなバッグに入れている。
逢ってすぐに渡すか、それとも少し焦らすか、なんてことを考えながら、校門へと向かった。
(久しぶりだな、この道も)
ほんの一年前までは、週に何度も歩いた道だ。
それが随分と久しぶりの光景に感じられて、この一年弱の目まぐるしさを再認識する。
その間、碌々恋人の顔が見れなかった事も再確認して、忙しさに紛れるように隠れていた寂しさが蘇る。
久しぶりに迎えに行くに当たって、スコールに連絡はしていない。
授業が終わる時間から考えると、クラウドの来訪は聊か遅いものであったが、スコールは去年から生徒会に所属しており、今期は生徒会長に選出されたと言う。
色々と準備やら確認やらが増えて、去年にも増して帰れる時間が遅くなったそうだ。
それならこの時間からでも恐らく間に合うだろう、と予測して、またサプライズ的な目的もあって、クラウドは彼を迎えに行く旨を秘密にしていた。
広いグラウンドを囲むフェンスを横目に進み、角を曲がると、裏門がある。
スコールの家の方角へ向かうには其処が一番の近道だから、スコールはいつも此処を使っていた。
正門に比べると利用者も少ないようで、人目が多い事を嫌うスコールを迎えに行くには丁度良い。
その裏門に、二人の少年が立っている。
クラウドに対して背を向けている濃茶色の髪の少年────それが恋人であるスコールだ。
それと向かい合い、スコールを見下ろしている金髪の体格の良い少年も、クラウドの知る人物である。
スコールの幼い頃からの幼馴染で、何かと衝突を繰り返している、サイファー・アルマシーだった。
スコールとサイファーは、寄ると触ると剣呑になるのが常で、クラウドも、いつも静かなスコールが、サイファーに対してだけは随分と饒舌に皮肉を言い合うのを見ている。
今日もそんな調子なのかと、少年達の微笑ましくもある光景を見ていると、
「─────……!」
サイファーの頭の位置が僅かに降りて、見上げる格好になっているスコールの頭と重なった。
スコールの重力に従っていた手が持ち上がり、サイファーの服の端を握る。
スコールとサイファーは、物心がつく以前から、その付き合いが続いているらしい。
その為か、根本的に人見知りが激しく、人嫌いの気すらあるようなスコールが、サイファーに対してだけは距離感が近い。
言い合いをする時には、胸倉を掴み合う事だってあったし、額を擦り合うような距離で睨み合う。
とだけ聞くと物騒な仲だが、付き合いが長いだけあって、遠慮をしない仲でもあった。
だが、遠慮をしないと言っても、今のは余りにも近過ぎる。
第一、犬猿の仲とも吹聴されるような間柄の幼馴染に、そんなにも顔を近付けて、何をしていたのか。
言い合いをしている訳でもなく、二人のまとう雰囲気も決して刺々しくはない。
況してや、サイファーの服の端を握るスコールの手が、意味深な気配までも漂わせている。
立ち尽くすクラウドに気付いたのは、サイファーだった。
二人の近付き過ぎていた顔が離れて、僅かに低い位置にあるスコールの顔を見る翠の瞳が、見た事がない程に甘くて柔らかい。
その瞬間、ぞっとしたものがクラウドの背中に走った。
そして、翠の甘い瞳がクラウドを見付けて、すぅと冷たく細められる。
「……サイファー?」
スコールが幼馴染の名前を呼んだ。
それに返事をしないサイファーに、スコールは首を傾げた後、彼が“何か”を見ている事に気付いて振り返る。
深い海の底に似た、蒼灰色の瞳に、恋人である筈の男の顔が映った。
その瞬間、スコールの顔は可哀想な位に蒼褪めて、色の薄い唇が震える。
“見られてしまった”と如実に語るその表情が、彼が今佇んでいる場所を明確に表していた。
「……!」
「スコール!」
弾かれたように、スコールは走り出した。
クラウドから逃げるべく、サイファーの傍らを過ぎて、その向こうへと。
咄嗟のスコールの行動に、クラウドの復帰は早かったが、しかし。
半ば反射的に恋人を追って走り出したクラウドだが、強い力に腕を掴まれ、否応なく足を止める事になる。
「っ離せ!」
「あぁ?」
悔しいながら、自分よりも頭一つ分は上にある年下の少年を、クラウドは睨み付けた。
それに対し、サイファーはクラウド以上に剣呑な光を宿した目を向ける。
「誰が行かせるかよ」
「離せ」
「行ってどうする気だ?」
「お前には関係のない事だろう」
「生憎、関係ねぇのはお前の方なんだよ。見ただろ?」
つい数瞬前の光景を指すサイファーの言葉に、クラウドの眼の中が熱くなる。
射殺さんばかりに睨むクラウドだが、サイファーは「ふん」と鼻で笑うようにあしらう。
「手前こそ、どの面下げてあいつを追う気だ?今の今まで、ほったらかしにしてた癖に」
「そんなつもりはない。確かに逢える時間は少なかったが、それは───」
「ハイハイ、仕事で忙しかったから、だろ。オトナは大体それなんだよ」
サイファーは心底呆れたと言う表情でそう言った。
その声には、揶揄や嘲笑よりも、軽蔑に似た音が混じっている。
「そんなのだから、あいつはいつまでも良い子ちゃんだったんだ」
「何の事だ」
「……はっ。判ってねえのかよ、なんであいつがいつも聞き分け良くしてたのか。お前らオトナが、我慢させるようにしたんだろうが」
サイファーの言葉は、クラウドだけに吐き出されたものではなかった。
しかし、含まれる棘は明確にクラウドにも向けられており、哂う表情には憎々しささえ浮かんでいる。
「あの泣き虫が、ほったらかしにされて寂しくない訳があるか。それなのに、今さえ我慢すれば良いって、あいつに刷り込ませたんじゃねえか。たまに飴やってれば、あいつは良い子の優等生でいるから」
放っておいたつもりも、気紛れに飴をやっていたつもりも、クラウドにはない。
しかし、では今まで会う機会を作らなかったのは何故なのか、どうしてもっと傍にいなかったのかと聞かれたら、クラウドは返す言葉がなかった。
電話越しにすら「逢いたい」とは言わないスコールに対し、『きっと判ってくれる筈』と一方的な期待と我慢に甘えてはいなかったか。
サイファーはそう言っているのだ。
「一回抱いた位で、あいつが満足すると思ってんのか。安心すると思ったのか」
「そんなつもりは────」
「なくたって同じだ。中途半端に安心させて、あやすだけで済ませる位なら、手出すんじゃねえよ」
「……」
サイファーの言うことは最もだ。
どんなに聞き分けの良い振りをしていても、スコールの根幹にあるのは、自己否定も含めた不安感である。
それを解きほぐして包み込んで、温め続ける事が出来ないのなら、一時の熱など彼を余計に不安にさせるだけ。
だから、クラウドはあの日、スコールを抱いたつもりだった。
彼の一番深い所に熱を注いで、その感触を彼も覚えていてくれたら良い、と。
次の機会などあるか判らない、けれどもあるかもしれない、だからその日まではこの熱の記憶を忘れないで欲しい、と。
しかし、熱を知れば知る程、スコールはその熱が消えていく事が不安になったのだろう。
そんなスコールの気質をサイファーはよく知っていたから、クラウドがした事は“中途半端”でしかなかったのだ。
「俺ならもっと近くにいられる。あいつが欲しい時に、何度でも」
「……お前、まさか」
「あいつを放っておいた前が悪い」
少年の瞳に宿る怒りの色に、昂る熱が籠った。
クラウドの脳裏に、あの日の夜、抱く男の熱を受け止めながら、しどけなく体を捩る恋人の姿が蘇る。
あの姿を見たのかと、詰め寄る一歩を踏み出したクラウドを、サイファーは牽制するように睨んだ。
「あいつを理解できない奴が、あいつを追うんじゃねえ」
近付くなと、サイファーの眼ははっきりと言っていた。
睨む翠に滲むのは明らかな怒気で、不信感すら映っている。
サイファーは踵を返すと、彼の少年が駆けて行った方向へと歩き出した。
クラウドはその背を追い越し、サイファーよりも早く、恋人の下へと行かなくてはならない。
そうしなくてはいけないと思っているのに、クラウドの足は根が張られたように動かなかった。
恋人を追う他の男の背中をただただ見詰めて、その背が見えなくなってから、ようやく足が動く。
ふらついた体が傍のフェンスに寄り掛かって、急激に体温が下がって行くのが判った。
(スコール。俺は、そんなつもりは────)
一体いつから、彼との距離がそんなにも離れていたのだろう。
幼馴染であり、犬猿の仲と言われているサイファーとスコールが、そんな関係になっているなど、露とも思っていなかった。
ほんの数日前にもスコールと電話で話をした筈なのに、彼はそんな事はおくびも出していない。
いや、スコールは存外と隠し事が苦手だ。
平静を装えているようで、眼は正直だし、それがなくても、会話のテンポが遅れたりと、案外と露骨に動揺や迷いが表に出る。
それなのに、クラウドは今の今まで、彼の心が遠くに行ってしまっている事に気付かなかった。
胸の奥が、ずきずきと痛む。
この痛みを、スコールはずっと抱えていたのだろうか。
どうしてそれに気付いてやれなかったのか、遅すぎる後悔にクラウドは強く唇を噛んだ。
『クラスコ前提の中でスコールがサイファーにNTRれる』のリクエストを頂きました。
クラウドは出来る限りスコールを大事にしていたけど、スコールにとって逢えない時間が増えるほど不安が募った訳で、それを結局塗り替えれる位の時間の共有が出来なかった。
スコールもクラウドの事は好きだし、一緒にいたいけど迷惑かけたくないし、子供っぽいとも思われるのが嫌で、見栄を張っていたけど、実は不安でしょうがなかった。
サイファーはクラウドよりも本人よりもスコールの事をよく知っているから、スコールがちゃんと我儘を言えるようになっていたら、多分見守るつもりではあった。
そんなクラスコ前提サイスコ。楽しかったです。