[フリスコ]その鳥籠は幻想
スコールがアルバイトを始めた時には、少し驚いた。
高校生にして一人暮らしをしている彼は、フリオニールでも知っている、少し豪華なタワーマンションに住んでいる。
其処は彼が一人暮らしをするに辺り、良くも悪くも過保護気味な父親が、「ちゃんとしたセキュリティのある場所に住むのなら」と言う理由をクリアする為に選んだ場所だ。
高校生が住むには贅沢過ぎる物件だから、家賃は父親が出している。
それも父親からの条件だったそうで、スコールは渋々にその物件を選んだと言う。
本当はもっと安い所で、せめて家賃の半分くらい自分のアルバイトで稼いで払える場所が良かったのに、と言うスコールに、全くもって彼の望み通りの安アパートで暮らしているフリオニールは、眉尻を下げて笑うしかない。
こうして高校生になって間もなく、一人暮らしをスタートさせたスコールだが、アルバイトについてはまだ手を付けていなかった。
それは未成年であるが故に親の許しが必要だから、と言うのもあるけれど、一番は彼の通う学校が、特別な理由がない限り生徒のアルバイトを禁止しているからだ。
特別な理由とは、家庭環境に因る金銭的な問題の為、と言うのが凡その所で、幸いと言うべきだろう、スコールにそれは当て嵌まらなかった。
授業時間も七時間目まで組まれており、一般的に高校生が出来るアルバイトの時間を確保するのが先ず難しい。
これじゃあ諦めるしかない、と不満そうな顔で呟いていたのを、フリオニールは知っている。
────そんなスコールがアルバイトを始めたなんて、一体どうして、と思うのは当然だ。
それはフリオニールだけでなく、彼と同じ学校に通っているティーダも同じだった。
先ず生活背景からして必要ない話だし、学生の本文は学業だと言う学校の方針にも、不満を訴えつつも納得はしていた。
ティーダから話を聞いた時には、何かの間違いじゃないかとフリオニールは思っていたのだが、深夜のコンビニで偶然彼が働いている所に出くわした。
高校生が深夜のアルバイトのレジ打ちなんて、色々と駄目だろう、とはお思うが、バレなければ良い、と考える大人はいる。
その大人が先ず駄目な訳だが、一年前にはフリオニールも同様の手段で居酒屋のアルバイトを遅くまでやらせて貰っていたので、これについては咎め辛い気持ちがある。
だが、フリオニールは孤児であり、高校生になった時点で養護施設を出て、金銭的支援の手を持っていなかったから、と言う理由があった(勿論、それでも本来は許されないのだが)。
だが、スコールにそう言った理由がないのは明らかで、強いて言うなら「父親に知られたくない事情」が出来たからではないか、と推察される。
そして、フリオニールやティーダのその想像は当たっていた。
スコールには、大学生の恋人がいる。
どう言う経緯で知り合ったのかはフリオニールの知る由ではなかったが、“深い仲”にまで行っているとティーダから聞いた。
ただ、その話をした時、ティーダがなんとも苦い表情を浮かべていたのが気になった。
『別にさぁ、スコールの交流関係に口出せる立場じゃないんだけどさ。あいつは辞めた方が良いと思うんスよ。悪い奴じゃないとは思うんだけどさ、でも…でもなぁ……』
スコールがいない場所で、ティーダはそう愚痴を零していた。
基本的に人懐こく、性善説を前提にしている所のあるティーダが、そんな事を言うのは珍しい。
かなりやんわりとした言い方ではあったが、彼がスコールとその恋人の仲を良く思っていないのは確かだった。
フリオニールは、スコールの恋人に逢った事はない。
ティーダが彼から聞いた話を股聞きにして、パーソナルな部分は幾つか知っている。
フリオニールより年上の大学三年生であること、スコールと知り合ったのは図書館で、よく同じ本を借りるので話が合い、彼の方から交流の切っ掛けを作った───と、この程度だ。
同級生のティーダとすら、中々自分から交流を持とうとしなかったスコールである。
図書館で偶々逢っていただけの人物と、まさか恋人同士になる程、深い仲になるなんて、誰が考えられただろう。
アプローチがあったのは間違いなく相手の方だろうから、スコールがそれに嫌悪を覚えなかったと言うことは、スコールの方も案外満更ではなかったと言うことだろうか。
前述の通り、フリオニールはスコールの恋人の顔も知らないので、其処は想像するしかない。
だが、どうもその恋人と付き合うようになった頃から、スコールの様子が可笑しい。
ティーダからそれを聞いて、フリオニールも彼の事が心配になった。
しかし、大学生になったフリオニールは、日中のスコールの様子と言うのが判らないし、自分のアルバイトもあって中々彼と接触の機会が持てない。
なけなしの時間を捻出して、彼がアルバイトに入っている深夜のコンビニに、なんでもない買い物をしに行って様子を伺う位しか出来なかった。
────が、そうしている間に、「スコールが学校で倒れた」とティーダから連絡があった。
ここしばらく、スコールは体調を悪くしていて、それでも学校を休む事はせず、更にはアルバイトの日数も増やしていると言う。
昏倒の原因は間違いなく寝不足にあると言う。
真面目な気質と成績優秀で知られたスコールであったが、ここしばらく、成績の低下傾向もあるらしい。
進学校にいる生徒が、授業についていけなくなったり、そうでなくとも某かのストレスによって、突然バイオリズムを崩したように成績不振になると言うのは、彼の学校ではそれほど珍しくはないとか。
担任教師も、スコールが今回それに当たってしまったのだと判断したか、当分は休む事に専念するようにと促す程度で済んだようだが、ティーダは他に原因があると言う。
その“原因”について詳しく聞く為に、フリオニールはスコールを自宅へと呼んだ。
他人のテリトリーに入る事に、スコールは強い拒否感を持っている。
だから最初は、フリオニールがスコールの家に行こうかと思ったのだが、ティーダから「それ、今は止めた方が良いっス」と言われた。
では何処か店でも、と思ったが、話す内容を考えると、赤の他人であろうと人目がある場所は憚られた。
結局、スコールに断られる事も想像しつつ、此方に来てくれないかと頼んだ所、思いの外直ぐにスコールは頷いた。
約束の当日、フリオニールはアルバイトを終えると、真っ直ぐに最寄りの駅までスコールを迎えに行った。
住所を知らない訳ではないから、迎えは要らないと言われたが、どうしても心配だったのだ。
ティーダから聞いている話が事実であれば、其処まで来ても、スコールがUターンしてしまう可能性がある。
そうならない、そうさせない為にも、フリオニールはスコールを早い内に捕まえなくてはいけなかった。
その判断は正しかったようで、スコールは駅の改札前で、携帯電話を手に佇んでいた。
夏には不似合いな厚手に長袖の服で、このまま改札を通るか、ホームに戻るか逡巡していた様子のスコールに声をかけると、彼はようやく、改札を潜った。
眼の下に消えなくなった隈を作って、何処かぼんやりとした表情で後をついて来るスコールに、呼び出したのは正解だったのだと悟る。
スコールが暮らしているタワーマンションとは、月とスッポンと言われても仕様がない、築50年は経とうかと言う建物が、フリオニールの暮らすアパートだ。
数年置きに改修が行われているので、築年数の割には綺麗に管理されている方だが、作りの古さはどうしようもない。
部屋の中は、一人で過ごしていても少し手狭に感じる位の坪数しかないから、来客が来れば尚更だった。
その真ん中に食事用にと設置したローテーブルと、安い座椅子が2つ。
其処にスコールを座らせて、フリオニールは熱い炎天を歩いて来た彼の為に、冷たい麦茶を淹れた。
氷を浮かせたそのグラスが、効きの遅いクーラーでゆっくりと冷やされる間に、カラリと小さな音を立てる。
スコールは、抱えた膝に口元を埋めて、じっとグラスが汗を掻く様子を見詰めていた。
じっとりと熱気と湿気で背中に汗が流れる中で、フリオニールは重く感じる唇を開く。
「……スコール」
「……」
名前を呼ぶと、スコールはゆっくりと顔を上げる。
単純に遊ぶ為に呼ばれたのではない事は、スコールも感じ取っていたのだろう。
気まずそうに蒼の瞳が彷徨い、それでも真面目さからか、おずおずとその目はフリオニールを見た。
「今、人と一緒に暮らしてるって聞いたけど、本当か?」
「………」
フリオニールの問いに、スコールの肩が小さく揺れた。
ジジジ、とアパートの庭の木に止まったセミが煩い羽音を鳴らす中、スコールは俯いて、小さく頷く。
「それは、ラグナさんは知ってるのか?」
「………」
ラグナは、スコールの父親だ。
スコールは彼と余り積極的な連絡を取る事を良しとしていないが、同居人が出来たのなら、それはちゃんと父親にも話すべきだろうと思う。
“恋人”が出来た事を父親に話す───それも相手は同性───と言うのは、かなりハードルの高い事ではあるが、あのマンションの家賃を払っているのは父親である。
元々、スコールが健全で安心できる生活が送れる事を願っての条件であった訳だから、その信頼を守る為にも、同居人の事情を説明するのは義務ではないだろうか。
訊ねたフリオニールに、スコールは答えなかった。
俯いたまま、膝に額を埋めて顔を隠してしまうのが、事実を物語っている。
父親に恋人の事を秘密にしているのは、致し方ないとは思う。
家族のいないフリオニールにとって、秘密にする意味は想像するしかないが、ラグナの過保護さを聞き及んでいるから、その干渉を嫌うスコールが沈黙しようとするのは無理もないだろう。
そして、スコールが恋人とどういう風に過ごしているのか、またそれをラグナに伝えるべきか否か、本来ならフリオニールが口を出す事ではない事も、判っているつもりだ。
だが、フリオニールがティーダから聞いた話はそれだけではない。
「…一緒にいるのって、スコールの恋人なんだろう」
「……」
「ティーダから聞いてる」
「……」
じゃあなんで聞いたんだ、と蒼がちらりとフリオニールを見遣る。
知っていて問いばかりを投げたのは、スコールの反応から、それが本当かどうか確かめたかったからだ。
が、スコールにとっては、判り切った上で詰問されたようで棘を感じたのだろう。
蒼の瞳が睨むように此方を見ていたが、フリオニールは気圧されないようにと呼吸を整える。
「…その恋人、大学生だった筈だよな。でも、今は学校に行ってないって聞いた」
「……」
「借金を作って辞めたって」
「………」
「だからスコールがアルバイトを始めたって」
膝を抱えるスコールの腕に力が籠る。
あいつ、と小さな声で苦々しいものを吐くのが聞こえた。
恐らく、フリオニールに全ての事情を打ち明けた、ティーダに対してのものだろう。
だが、そのティーダに───何処までなのかは判らないが───事情の一端でも打ち明けたのはスコールであったから、巡り巡って来たものに違いはない。
フリオニールは、ともすれば声を荒げてしまいそうになるのを堪え、努めて平静な声で言った。
「学校で倒れたって聞いたよ。寝不足だろうって。あのコンビニのアルバイトも、随分遅い時間まで入ってるみたいだし、ちゃんと寝てるのか?」
「……寝てる」
「どれくらい?」
「………」
此処にきてようやく返事をしてくれたスコールに、フリオニールは続けて訊ねた。
また口を噤んで目線を反らす少年の様子に、つい溜息が漏れてしまう。
「俺もアルバイトで寝不足になる事はあるけど……そんなに頑張るのは駄目だ。お前の体が壊れてしまうぞ」
「……平気だ。大体、倒れたって大袈裟なんだ。ちょっと眩暈がしただけで」
「保健室に運ばれるまで目を覚まさなかったってティーダが言ってたぞ」
「だから、それが大袈裟で……」
反論した傍から看破されて、スコールの声はまた萎んで行く。
自分で言っていて、その言い分に無理があると判っているのだろう。
じっと見つめるフリオニールから逃げるように、スコールは顔を伏せる。
放っておいて欲しい、と言う気持ちが全身から滲んでいるのが判ったが、此処で彼を解放してはいけない。
「スコール。恋人が大変そうだからって、それを全部肩代わりするような事をするのは良くない。向こうは楽になるかも知れないけど……スコールにはスコールの生活があるだろ。それを犠牲にしちゃいけない」
「してない。授業は出てるし、課題も全部出してる。バイトは……平気だ。問題ないから」
「スコール!」
あくまで自分は平気だと貫こうとするスコールに、フリオニールは堪らず声を大にした。
フリオニールが激昂すると思っていなかったのか、びくりとスコールの肩が跳ねる。
それを見た瞬間、しまった、と血の上り易い自分に辟易したが、スコールの長袖の縁から覗くものを見付けて、またフリオニールの頭が熱くなる。
フリオニールはスコールの手首を掴んだ。
手まで出て来ると想像もしていなかったのだろう、何、とスコールの眼に怯えた色が灯る。
「これ、なんだ。スコール」
袖を捲り上げて露出させたスコールの腕には、鬱血の痕があった。
誰かが強く掴んだと判る手形と、それに重なるようにして、細いものが括り付けられ擦れたような痕。
日常生活で絶対にある筈のない痕跡に、問い詰めるフリオニールの声が低くなる。
スコールは瞠目し、蒼くなっていた。
不味いものを見られたと、そう語る表情に、フリオニールは歯を噛む。
「誰がやったんだ」
「フリオ、」
「こんな事されてるのに」
「違う、フリオ」
「まだ庇うのか?」
「違う!」
「違わない!」
フリオニールが断定した事を、スコールは否定した。
しかし、涙を浮かべた瞳が、それが事実であると曝している。
────スコールの恋人となった男は、春の初めに、借金を負わされた。
友人であった筈の人からさ唆されたのだと気付いた時には既に遅く、友人は雲隠れし、借金とその取り立てに来る強面だけが残った。
籍を置いていた大学にまでやって来る強面たちに追い詰められた恋人は、スコールに助けを求めた。
初めは警察に言うべきだとスコールも言っていたのだが、そんな事は取り立て屋も判っているから見張っている、捕まったら殺されると言われ、仕方がないので避難所として自宅に上げた。
セキュリティがしっかりとしているので、迂闊な事をしなければ、取り立て屋はタワーマンションの中までは入って来ない。
しかし、何処で関係を聞きつけて来たのか、取り立て屋の矛先はスコールへと向かった。
恋人本人が借金を返せないなら、スコールから回収しようと画策するようになる。
それでも知らぬ存ぜぬを貫くつもりだったスコールだが、脅しに慣れた大人達は、スコールの家族まで脅すと言い出した。
父ラグナに事の次第を話せば、彼は助けてくれるかも知れないが、そんな事で父親を頼りたくなかった。
それは下らないプライドや父への見栄ではなく、唯一無二の家族である父親に、危険な目に遭って欲しくなかったからだ。
金を払えば取り立て屋は満足するかも知れないが、味を占めた男達が次の欲求を吹っ掛けて来る可能性もある。
だが、恋人の方は、それでも良いとすら考えるようになっていた。
自分が背負ってしまった借金さえ消えるなら、形振り構わなくなっていたのだ。
頼むから助けてくれ、と縋る恋人に、スコールは情けないと思いながらも、彼が頼れるのは自分だけなのだと思うと、無碍にそれを振り払う事も出来なかった。
だが、父親を頼る事はしたくない。
それだけは、と言う気持ちで、スコールは恋人の借金を自分が返すと言う選択を取ってしまった。
スコールが寝る間も惜しみ、第一に優先していた筈の勉強も後回しにして、アルバイトを優先するようになったのは、そんな理由があった。
だが、それだけでスコールの躰に残された痕跡の理由にはならない。
再度、それをフリオニールが問い詰めれば、スコールは俯いたままで言った。
「あいつの……機嫌が…悪かっただけだ……」
「そんな事で、こんなひどい事するもんか!」
「俺が悪いんだ。あいつが嫌がる事を言ったから……それさえしなきゃ、こんなこと」
スコールの恋人は、元々、それ程気が強い人ではなく、どちらかと言えば流され易い方だったらしい。
そんな人間が借金苦になり、取り立て屋に追い回されれば、程無く追い詰められ疲れ果てるだろう。
そんな恋人を匿ってから、彼はどんどん卑屈になって行き、援ける為に匿ってくれた筈のスコールに対し、酷い束縛するようになって来たと言う。
初めは、取り立て屋に追われる恐怖から、スコールと言う縋るものを求めて、傍にいて欲しがっていた。
一人で待っているのが不安になるのは無理もないだろうと、スコールも授業が終わると直ぐに帰宅した。
お陰で少しずつ落ち着いてはきたのだが、その矢先に出掛けた恋人が掴まったのだ。
恋人は益々恐怖に支配され、ヒステリックになって行き、スコールが家にいないと鬼のように電話をしてくる。
脅しの所為でアルバイトを初めてからもそれは悪化して行き、誰の為にスコールが休む暇すらないのか忘れたのかと思う程、露骨な束縛が始まった。
ではスコールが家にいれば落ち着いているのかと言うと、そうではない。
密かな同居が始まって間もなく、不安ばかりで眠れない彼を宥めている内に、体の関係を持った。
一度垣根を越えてしまった所為か、その頻度は日に日に増えていく上に、行為の最中は物理的な束縛まで伴われるようになる。
勿論、スコールは望んでいない事は嫌がったが、拒否の言葉を口にした瞬間、彼は烈火のように喚き出すのだ。
落ち着かせるにはスコールが耐えるしかなく、彼が求めることを全て受け入れ、応じて、ようやく恋人は納得する。
────想像していた以上に、スコールの生活は悲惨なものになっていた。
スコールの家に行ってはいけない、と言ったティーダの言葉の意味がよく判る。
迂闊にフリオニールが踏み込んだら、癇癪を起した恋人が何を言い出すか、その所為でスコールがどんな目に遭ったか、考えるだけでフリオニールは怖気が走る。
痣の残る手首を隠すように蹲るスコールと、怒りと苛立ちを歯を食いしばるフリオニール。
そんな二人の耳に、ヴーッ、ヴーッ、と言う音が聞こえる。
スコールがびくりと体を震わせたのを見て、鳴っているのが彼の携帯電話だと判った。
「あ……」
「貸せ!」
「!」
条件反射のようにポケットに手を伸ばそうとするスコールに、フリオニールはその手を掴んで阻んだ。
そのままスコールのズボンのポケットから携帯電話を取り出すと、液晶画面にはフリオニールの知らない名前が映っている。
スコールの恋人からのもので間違いないだろう。
フリオニールは、携帯電話の電源を切った。
ぷつん、と暗くなった液晶画面を見て、スコールの顔から血の気が引く。
「あんた、何してるんだ!」
「こっちの台詞だ。出るつもりだったのか?」
「俺の勝手だろう!返せ!」
「駄目だ!」
携帯電話を取り返そうと手を伸ばすスコール。
その手から腕を逃がすフリオニールの目に、蛇のように赤い痕のあるスコールの腕が見えた。
電源の落ちた携帯電話を遠くに放り投げて、フリオニールはスコールの腕を掴む。
掴んだ手首がいやに細くて、彼の不健康さが如実に感じられた。
スコールは手首を握る手の強さにか、怯えたように硬直して、唇を震わせる。
フリオニールはそんなスコールに、ぶつけるようにキスをした。
「んぅ……っ!?」
蒼の瞳が見開かれ、パニックになって彷徨う。
じたばたと暴れる躰を、フリオニールは体重を使って押さえ付けた。
混乱して涙浮かべる蒼の眦に、自分が酷い事をしている自覚はあったが、それでもフリオニールは止まれなかった。
これで良いんだと、自分が我慢すれば良いんだと思考停止しているスコールを、これ以上地獄の中にいさせる訳にはいかない。
技術も何もある筈もない、噛み付くようなキスだった。
絡めた舌から逃げようとするスコールを追っている内に、口付けは深くなって行く。
息苦しさで次第にスコールの抵抗が弱くなって行くと、ゆっくりと抑える力を緩めて行った。
「……は…ん…、ん……っ」
「ん…む、あ……っ」
引っ張るように誘い出した舌を、ちゅう、と吸えば、スコールの喉奥から甘い音が漏れる。
唾液を引きながら解放すると、スコールの躰から力が抜けて、くたりと腕が床に落ちて、
「……なん…で……?」
どうしてキスをされたのか、まるで解っていない様子で、スコールが小さく言った。
真意を求めるように、蒼灰色の瞳がフリオニールを見上げる。
理由を口にするのは、簡単なようで難しかった。
自分さえ我慢すれば良いと、人身御供のようなスコールの言動に苛立ちもあったし、それに甘えて彼を好き勝手に扱う恋人にも怒りを覚えている。
そんな男の下にスコールを返したくなかったし、彼を苦しめるすべてのものをぶち壊したいと言う物騒な衝動も沸き上がった。
弛緩した少年の躰を抱き締めて、もう一度唇を重ねる。
言葉の代わりの熱が、そっくりそのまま、彼に伝わる事を祈った。
『ダメ彼氏に依存しているスコールを奪うフリオニール』のリクを頂きました。
懐に入れてしまうと危険度判定がガバガバになるスコール、想像し易くて大変美味しい。
このままではどっちも駄目になるとは思いつつも、相手に縋られると強く跳ね返せないんですな。それも自分しか頼れる相手がいない、となると尚更。
フリオニールは色々心配で口を出しはするけど、相手が本心から望んでの事ならそれは止めない。しかし今回のスコールの行動は、あくまで相手に合わせての事な上、疲労もあって「それで良い」と自分に言い聞かせようとしているのが判るので許せなかったのです。
このダメ彼氏、落ち着いていれば普通のちょっと気の弱い男で済んだんだと思う。しかし友人の裏切りから始まってどんどん追い詰められ、悪い本性的な部分が強化された上に表面化した模様。でもスコールはこれまでの付き合いからのバイアスもあって切り捨てられなかった、って言う感じ。