[セシスコ]君だけのフリック・マジック
人が戻って来た気配を感じて、スコールはソファを立った。
10人全員が揃っても手狭さを全く感じさせない広いリビングダイニングを出ると、直ぐ正面に玄関がある。
其処には、遠征に出ていたセシル、ルーネス、ティナ、クラウドの姿があったのだが、その有様を見て、スコールは眉間に皺を寄せた。
「ああ、スコール。ただいま」
「……ん。随分酷いな」
「はは」
スコールの言葉に眉尻を下げて笑うセシルは、頭の天辺から足の爪先まで、ぐっしょりと濡れている。
白銀色の髪と鎧は水滴を滴らせ、背を覆うマントも多量の水分を含んで重そうだった。
ルーネスとティナも同様で、クラウドは特徴的な鶏冠の髪がへたっている状態だ。
雨天の多いメルモンド湿原でも、こうまで酷い有様になる事は早々ない、それ位に濡れ鼠だったのである。
くしゅん、と小さくくしゃみを漏らしたのはティナだ。
細身の二の腕を摩るティナに、スコールは急ぎ足でタオルを取りに行った。
脱衣所で大きなバスタオルを四人分用意し、風呂の状態を確認してから、玄関へと戻る。
スコールはそれぞれにタオルを渡しながら言った。
「風呂が入れる状態になっている。冷える前に入るか、着替えた方が良い」
「そうだね……ティナ、先に入りなよ」
秩序の戦士唯一の女性であるティナにそう促したのは、ルーネスだ。
しかしティナは、困ったように眉尻を下げ、
「私だけ?皆は?」
「僕たちは後で入るよ」
「でも冷えているでしょう。皆一緒に入った方が良いんじゃないかしら」
「大丈夫だよ、ティナ。僕らは丈夫だから。さ、行っておいで」
自分だけが先に温まる事、普段からも何かと優先させて貰う事への遠慮を見せるティナだが、ルーネスは勿論、セシルも譲らなかった。
柔い力でティナの背中を押せば、ティナは何度も此方を振り返りつつ、ようやく風呂場へと向かう。
ティナを見送りながら、三人はそれぞれ自分の体をタオルで拭いた。
その姿をなんとなく眺めながら、スコールは玄関の向こうを映す窓を見遣る。
其処にはいつも通りの、薄雲に覆われた空があり、雨雲の気配は感じられなかった。
ここ数時間の事を思い出しても、彼等が全身ずぶ濡れになってしまう程の土砂降りが降った気配はなかった筈だ。
窓の外を見詰めるスコールの胸中を察したか、クラウドがブーツのベルトを緩めながら言った。
「テレポストーンでこっちに戻った時にやられたんだ。直ぐに過ぎてくれるなら良かったんだが、残念ながら」
「風も吹いてなかったからね。雨宿りしても意味がない位酷かったし」
「こっちでは降らなかった?」
セシルの問いに、スコールは首を横に振った。
そう、と短く返してから、セシルは鎧を留めるベルトを外し始める。
がちゃ、がちゃ、と重い金属が外されていく傍ら、クラウドが階段へ向かって歩き出した。
「俺は先に寝る」
「お風呂は?」
「起きたら入る。お前達はティナが上がったら入ると良い」
「ちゃんと着替えるんだよ」
ずぼらな面が多々あるクラウドに、面倒臭がらないようにとセシルが釘を刺せば、クラウドはひらひらと右手を振って返事を寄越した。
スコールはその背中を見送った後、セシルとルーネスからタオルを受け取り、
「あんた達も着替えて来い」
「うん。そうするよ」
スコールの言葉に、ルーネスが頷いた。
鎧は玄関横に乾くまで置いておく事にして、身軽になった体で二人はそれぞれの部屋へと向かう。
セシル達四人が秩序の聖域に戻って来たのは、五日ぶりの事だ。
往復に約二日をかけ、三日間を混沌の大陸の探索に宛てて、ようやくの帰還。
皆大きな怪我をしている様子はなかったが、疲労があるのは当然である。
スタミナ量の為か食事量の多いクラウドは勿論、魔法を主な攻撃手段として用いる面々も中々の健啖家であった。
そんな彼等がようやく帰って来たのなら、今日の夕飯はボリュームを主としたものにした方が良いだろう。
キッチンに入ったスコールは、既に済ませていた夕飯のスープ料理の他に、もう二品ほど追加する事にした。
時間にも余裕があるし、少々凝ったものを作っても良いだろう。
冷蔵庫の中身を確認し、ブロックの肉があったので取り出した。
さてどうしてやろう、と量があるだけに選択肢の多い中から、食べ易さと食べ応えのどちらを重視するかと考えていると、
「邪魔して良いかな」
声が聞こえてスコールが振り返ると、ラフな格好に着替えたセシルが立っていた。
入室の許可を求める様子に、スコールが小さく頷くと、セシルは食器棚へ向かい、グラスを一つ取り出す。
「喉が渇いちゃってね」
「水だけで良いのか」
「何かある?」
「桃」
「良いね。貰って良い?」
スコールはまた頷いて、冷蔵庫を開けた。
昨日、バッツとジタンと共に出先で見つけた桃は、新鮮で瑞々しく、仲間達にそれはそれは好評だった。
見付けた木に成っていたそのどれもが良い熟れ頃の色をしており、大きさはやや小ぶりではあったが、食べ切るには丁度良い。
サイズも考慮し、一人一つ分はあった方が嬉しいだろうと、収穫して帰ったのは正解だった。
どうせセシル以外の分も後で切るのだと、スコールは他の三人の分もカットしておくことにした。
種を取って食べやすい大きさに切っている間に、セシルはグラスに入れた水を飲んでいる。
その喉が動いているのを横目に見て、スコールはふと訊ねてみた。
「あんたは寝なくて良いのか」
「うん。クラウドは、昨日の火の番をしていたからね。それで眠かったんだと思うよ」
「……そうか」
元気ならそれで。
そんな気分で短い返しだけをして、スコールはカットを終えた桃をデザート皿に盛る。
爪楊枝を添えて一皿差し出せば、セシルは嬉しそうにそれを受け取った。
「ありがとう。……うん、甘くて美味しい」
一つ口に運んで、セシルは嬉しそうに言った。
喉を潤す甘露水が随分と気に入ったようで、もう一つ、とセシルは果肉に楊枝を刺す。
疲れた体に甘味も染み渡っているのか、黙々と食べ進めるセシルの表情は柔らかい。
そんなセシルの顔を見ながら、なんとなく、フルーツの似合う男だな、とスコールは思った。
暗黒騎士の鎧を身に纏っている時は、フルフェイスの兜を被っている所為で全く見えない事や、漆黒の鎧から漂う物々しい雰囲気もあって欠片も想像がつかないのだが、彼は非常に甘いマスクをしている。
柔らかくウェーブのかかった銀色の髪や、それと同じ色を携えた長い睫毛、柔らかな眦に高い鼻。
中世的にも見える顔立ちは、スコールの世界であれば、女性受けの良いイケメンモデルとしてスカウトされた事だろう。
女装をさせたら、化粧など必要ない位に、しっくりとまとまってしまうのではないだろうか。
声を荒げる事も滅多にない───と言うより、スコールは戦闘以外で彼のそう言う場面を一度も見た事がない位だ───ので、上品な女性に仕上げる事が出来そうだ。
そんな事を思いもするが、その実、彼の躰は戦士として上等なものに仕上がっている。
(結構いかつい体付きしてるんだよな……)
元の世界では、一個大隊をまとめ上げる隊長を務めていた程の強者だと言うから、人は見た目───顔に寄らないと言うことか。
実際、金属の塊も同然なフルアーマーを身に付けていても、その重みを感じさせない程に素早く動けるのだから、鍛え抜かれた筋肉は伊達ではない。
そう考えると、女装するに当たっては、あの体格をどうに隠さなくては、雑なコラージュにしか見えなくなりそうだ。
ラフな格好をしているセシルであるが、七分に捲った袖から伸びる腕には、筋肉の筋が浮き出ている。
剣を、槍を握る指は、今は小さく細い楊枝を優しく摘まんでいるが、力が入ると手の甲に少し骨が筋張って見えた。
服が薄手のものである為か、胸板の厚みも布越しに判る存在感があった。
年下の仲間達に向ける柔らかな表情とは正反対に、歴戦を潜り抜けて来た証左のように、その体は屈強なのだ。
だからセシルはそれ相応の体重もあって、スコールは彼に抑えつけられると、全く逃げが利かなくなる。
兵の訓練の中で、体術も当然ながら彼は心得ており、人体の急所も頭に入っているので、スコールを捕らえるのにどう言った手段が有効なのか、よく判っていた。
それをピンポイントに捉えられた上に、力と体重で以て確保されたら、スコールはもう彼にされるがままだ。
一見、お人好しにも思える柔和な眼に、雄の熱を宿して覆い被せられると、後はもう────
(……って、何を考えているんだ、俺は!)
いつの間にか頭を支配していた光景に、スコールの顔が真っ赤に沸騰した。
手に包丁を持っている事も忘れて、ぶんぶんと頭を振るスコールを、セシルがきょとんと見詰める。
「どうかしたかい?」
「……いや。なんでもない」
完全にセシルから目を逸らしたまま、スコールは平坦な声で言った。
なんでもない、なんでもない、と胸中で自分に繰り返し言い聞かせながら。
カットした桃を盛った皿に蓋を被せて冷蔵庫に入れ、使った包丁を一度洗う。
改めて夕飯の仕込みに戻ろうと、スコールがブロックの肉の処理についてもう一度考えていると、
「スコール」
「……なんだ」
呼ぶ声に返事をすると、かちゃ、と食器がシンクに置かれる音がした。
取り敢えず下味をつけておこうか、とスコールがシンク向こうの小棚に並べた調味料に手を伸ばした時、するりと細い腰にセシルの腕が絡み付いた。
思わぬ事に固まるスコールを他所に、セシルの掌がスコールの腰のラインを辿る。
大きな掌を開き、広げた五指でスコールの横腹をなぞった瞬間、ぞくぞくとしたものがスコールの背中を駆け抜けた。
褥で感じる触れ方を彷彿とさせるその動きに、スコールは思わず腕を振って背後に立っていた男を睨む。
「あんた……っ!」
「嫌だった?」
潜めた声で咎めるスコールに、セシルはにこりと笑みを浮かべて言った。
全く悪びれもしないその反応に、性質の悪いのが顔を出したとスコールは悟る。
向き合う格好になったスコールの背に、セシルの腕が回る。
抱き寄せられたスコールの肩に、セシルが口元を埋めるように寄せて来るものだから、彼の静かな呼吸が首筋に当たってくすぐったい。
そんな場所にそんな刺激を貰うのは、決まって熱を共有している時だった。
それを躰が覚えているのか、じくじくとした疼きが芯から湧き上がって来て、スコールは唇を噛む。
セシルはそんな少年を、熱と愛しさの灯った瞳で見詰めていた。
「スコール。今夜は、部屋に行っても良いかな」
「な……あ、あんた、帰って来たばっかりだろ。さっさと寝ろよ」
「それでも良いんだけど、ね。久しぶりに君の顔を見たら、やっぱり我慢できそうになくて」
背を抱いていたセシルの片手が離れ、スコールの胸に掌が重ねられる。
どく、どく、と逸る鼓動を感じ取ったセシルの唇に、笑みが浮かんだ。
バレている、とどう足掻いても隠しようもない鼓動の高鳴りに、スコールの顔が益々赤らんだ。
鼓動を聞いていた掌がするりと降りて行き、スコールの薄い腹を撫でた。
其処に収められている内臓の場所を探っているかのように、指先がすす……と腹筋の形を辿る。
やがてそれは、ひたり、と臍の僅かに下の位置で止まった。
「ここに」
「……セ、」
「入りたいんだ」
「……っ…!」
ぞくん、と一層の熱がスコールを襲う。
今、セシルが触れている場所で、何度も彼の存在を感じた。
初めこそ苦しいと思う事の方が多かったように思うが、それも既に遠い話で、今では其処で彼を感じないと物足りない。
彼が長く聖域を離れている間に、一人で寂しさを紛らわせても、其処に彼がいないと思うと余計に虚しくなるだけだった。
それ位に、何度も注がれ、何度も味を染み込ませた場所が、今すぐ欲しいと喚き出す。
腹に触れるセシルの指が離れると、あ、とスコールの唇から意味を成さない音が漏れた。
俯いていた顔をそうっと持ち上げてみれば、うっそりとした笑みを浮かべた綺麗な顔が此方を見ている。
浮かべる笑みはいつも見ているものと変わらないのに、瞳の奥から滲む熱が、スコールの躰を夜のものへと急速に目覚めさせていく。
「良いかな?スコール」
「……っあ……」
耳元で名前を呼ばれて、かかる吐息の感触に、躰が言う事を聞かなくなる。
今ここで彼を欲しがってしまいそうになるのを、スコールは辛うじて残る理性で堪えて、
「………お、れ…が……」
「ん?」
「……俺、が……行く、から……」
こんな躰にされて、彼が今夜来るのを待つなんて、出来る気がしない。
耳の端から首筋まで赤くなって、小さな声でそう言ったスコールに、セシルの指が嬉しそうにその頬を撫でたのだった。
『昼は柔和で優しいセシルの夜の男らしさを思い出して悶々としてるスコールに、夜の誘いをするセシルと、下腹部を指で辿られ耳元で囁かれて期待しちゃうスコール』のリクを頂きました。
大変美味しい指定を細かくして頂いて、でめっちゃ楽しかったです。
セシルって丁寧に触ってくれそうだし、スコールを蕩かしてくれると思ってます。
あとやっぱり世界背景と言うか時代文明的な所からして、色々経験豊富そう。
スコールを掌でコロコロしながら可愛がって欲しい。