[セフィレオ]銀色と戯れ
熱の交わりの後は、心地良い気怠さの中で意識を手放す。
本当は眠る前にシャワーを浴びるなり、寝床を整え直すなりとした方が良いのだろうが、重い体はどうしてもそれを面倒臭がってしまう。
絡む腕がお互いに離れる事を嫌がっていることを言い訳にして、ゆるゆるとした疲労感の中で眠る惰性は、どうにも気持ちが良くて癖になる。
そんな事を思うようになったのは、愛しい男と肌を重ね合わせる幸福感を知ってからの事だ。
そのまま朝まで目覚めない事も多いのだが、偶に夢から目覚める事もある。
迸りを開放して、そのまま眠ってしまった訳だから、体にまとわりつく汗の不快感を遅蒔きに思い出したからであったり、喉の渇きであったり、夏であれば触れる体温の熱さだったりと、理由はそんなものだ。
今夜のレオンもそうだった。
休日とあって少し羽目を外すように、恋人である男───セフィロスと酒盛りをして、そのままベッドに雪崩れ込んだ。
どうにも理性的な部分が強い二人であるが、偶にはこんな日もあって良いだろうと、今日は少しばかり激しくなった気がする。
いつもながら、酒の力とは怖いものだと、遠くに投げた理性が呟いていたが、盛り上がっている間はそんな事は露ほども意識しなかった。
代わりに、目覚めた時に襲ってくる腰の鈍痛に、レオンはやれやれと溜息を漏らす。
(喉が渇いたな……)
腰を抱くように絡んでいる男の腕を解いて、のそのそとベッドを抜け出す。
じんじんとした痛みを訴える腰を庇いながら、レオンは寝室を出た。
都会の只中にあるアパートマンションの一室は、街灯や近隣のビルの明りで、真夜中でも電気を点けなくても良い位には明るい。
カーテンもこだわりがなかったものだから、斜光はそれ程強くはなく、それらの光を遮断できる程の能力も持っていなかった。
目覚めたばかりで、夜目に慣れた目は、煌々した電灯の光を嫌うから、これ位の明るさで丁度良いとレオンは思っている。
明るいとは言え、生活するには勿論足りない照度なのだが、お陰で裸の格好で歩き回っても抵抗が沸き難いのもあった。
冷蔵庫を開けると、庫内照明が点いて、レオンの眼をチカチカと刺激する。
開封済みだったミネラルウォーターのペットボトルを取り出して、口に運びながら、キッチンを見る。
其処には、夕餉後の酒盛りの為、摘まみを作った時の調理道具がそのまま置かれていた。
酒で良い気分になって、そのまま交わりに興じてしまったものだから、フライパンの油から何までほったらかしだ。
暗がりの中で見つけたそれを、今から綺麗に洗う気にはなれなくて、とは言えこのままは朝に面倒が増えるだけだと、レオンは電気ケトルに水を入れた。
一分と少しを待って沸いた湯を、流し台に移したフライパンに注いで、取り敢えずはこれで良しとする。
湯気を立ち昇らせるフライパンに、菜箸とフライ返しも一緒にして、レオンはようやくキッチンを出た。
冷蔵庫の中と違って、少し熱帯夜の温度をまとう外気の所為で、ペットボトルにはもう汗が浮いている。
それを手拭きのタオルで少し拭って、水を飲みながら寝室へ向かう。
すっきりと冷たい液体が喉を通り、まだ残っていた熱の燻りを緩やかに鎮静化させていくのを感じながら、レオンは寝室のドアを開けた。
「ん、」
リビングよりも明るさの足りない寝室で、それでも暗闇に慣れた目は、ベッドの上で起き上がっている人物のシルエットを的確に捕らえた。
闇の中でも映えるように閃く長い銀色を、重怠そうに垂らして、シーツの上で片膝を立てているセフィロス。
何処を見ているのかと言う具合だったその瞳が、ドアの開閉音を聞いてか、ゆっくりと此方へと向けられ、レオンを捉えると、
「……逃げたかと思ったぞ」
薄い笑みを浮かべてそんな事を宣う男に、レオンもくつりと笑う。
「今更そんな面倒な事はしない」
「さて、どうだかな。お前は時々、突飛な事を仕出かしてくれる」
「あんたに言われたくはないな」
社内で考えが読めないと言われる代表者に、そんな事を言われるとは。
中々の不本意だと言ってやると、セフィロスからは「お前の自覚が足りんだけだ」と返される。
この場に共通の友人たちがいれば、口を揃えて「どっちもどっち」と言ったのだろうが、当人たちにはやはりそんな自覚はないのであった。
レオンがペットボトルを手にベッド前まで戻ると、セフィロスの腕がレオンの腕を捕まえた。
引き寄せる力に逆らわらずにレオンが倒れ込めば、しっかりとした胸板に飛び込む形で拾われる。
「最初にセックスをした時、夜中に逃げ出したのはお前だっただろう?」
「酔った勢いでやったんだぞ。逃げたくもなるだろう」
「それは不誠実と言うものじゃないか」
「相手が女ならそうだっただろうな。流石にそれなら俺も責任を考えるさ、逃げはしない。でも、あんただぞ?責任云々より、恐怖が勝とうってものだろう」
触れそうな程に近い距離で交わされる会話は、戯れだ。
どういう経緯だったか、酒の所為であった事だけは確かで、未だにレオンは詳細をはっきりと思い出せはしないのだが、二日酔いの気配と一緒に腰の鈍痛で目覚めた時の混乱と言ったら。
更には横に寝ているのが、異性の同僚や上司と言うならまだしも、同性の同僚だなんて、何の事故かと思うだろう。
確かに悪しからず思っている相手ではあったが、そんな関係になるなんて微塵も想像していなかった訳で、悪戯好きの友人たちが連盟を組んでドッキリを仕掛けたのではないかと思った程だ。
しかし、変に冷静さを取り戻したレオンは、二人揃って裸であること、自分の躰に残る違和感、更には中に残っていたものを自分で確認してしまって、現実から逃げられなくなった。
その末に、相手役となってしまったであろうセフィロスが寝ている間に、いてもたってもいられなくなって、夜半の内から事の場となったのであろう彼の自宅から逃亡すると言う行動に至っている。
アルコールの作用で前後の記憶が曖昧になっていたレオンに対し、セフィロスの方はしっかりと理性を残した上で事に至ったようであった為、目覚めた時にレオンが逃亡していた事は、聊かショックだったらしい。
とは言え、酒の力を借りた事への策略的な後ろめたさは皆無ではなかったようで、後からそれに関しての弁明は貰っている。
その弁明をするまでの間に、レオンとセフィロス───と言うよりはレオンの方が───当分ぎくしゃくとしていたのだが、結局は後輩たち曰く「収まる所に収まった」と言う事になる。
今となっては笑い話になってしまったが、ようやく手に入れられたと思った青年に逃げられてしまったものだから、セフィロスも狼狽はしたと言う。
以来、折々でセフィロスはその出来事を持ち出して、レオンを揶揄ってくる。
初めの頃はそんなセフィロスにレオンも詫びたものであったが、何度も繰り返されるのと、どうやら口で言う程セフィロスが尾を引いていない事も解ったので、言い返す事も辞さないようになった。
それがレオンの遠慮を取り払ったように思えて、セフィロスはまた気に入っている。
「大体、酔った勢いを利用してって言う方が、不誠実じゃないか?」
「話はお前が酔い潰れる前からしていたぞ」
「覚えていないな。証拠を出してくれ」
「録音でもしていれば良かったか。ああ、確かにそれはあるかも知れんな。あの時、お前から誘ったのだと証明にもなる」
「人が覚えてないのを良い事に、デタラメを言うなよ」
「さて、デタラメと言う証拠もあるまい?」
「そう言う事を言うから、あんたの言う事に信用が置けないんだ」
呆れたように言うレオンに、セフィロスはにんまりと口角を上げて見せる。
やれやれとレオンが溜息を吐いてやれば、銀糸の男は満足そうに笑いながら、蒼の眦に唇を当てた。
「お前が逃げたかと肝が冷えたものだから、体も冷えたな。暖になれ」
「よく言う。おい、くすぐったいぞ」
眦から頬へ、首筋へと降りていく、セフィロスの唇。
柔らかく振れたかと思えば、軽く吸い付いたり、悪戯に舌を這わせたりと、むず痒い感触にレオンは身を捩る。
逃げを打つその腰にセフィロスの腕が回されて捕まえた。
「シャワーは……まだか」
「水を取りに行っただけだ。浴びたいなら行ってこい」
「お前も行くなら行こう」
「断る。あんた、シャワーだけで終わらせる気ないだろう」
レオンの言葉に、その胸元に押し付けられていたセフィロスの唇が、判り易く弧を作る。
やっぱり、とレオンが呆れてやれば、ちゅう、と胸の蕾に吸い付かれた。
「っん……!」
「シャワー如きで洗い落とすのは勿体ないだろう」
「うわ、」
腰を抱いていたセフィロスの腕に引っ張られて、レオンの躰が回転される。
どさ、と背中がベッドに落ちて、直ぐにその上へとセフィロスが覆い被さった。
「おい、明日も仕事だぞ」
「判っている」
「さっきもそう言って」
「ああ」
「疲れてるんだが」
「お前はいつもそう言う」
言いながら、セフィロスの手はレオンの肌を滑って行く。
恋人の言う事を全く意に介さない様子のセフィロスに、レオンは何度目かの溜息を吐く。
いつもの事と言えばそうで、それに対抗するようにあれこれ言う自分も懲りないもので、序にそうした遣り取りの末にどうなるかも最早パターンと化している。
結局の所、本気で抵抗すればセフィロスが退く事を判っていながら、別に構わないと思っているのがレオンの敗因であった。
腰を抱いていたセフィロスの手が、レオンの下肢へと降りていく。
引き締まった臀部を撫でた後、指が秘部に近付くのが判って、レオンは意識して息を吐いた。
どうせ、水を多少飲んだ程度で、この体の熱が収まり切ってくれる筈もないのだ。
迎える為に緩く脚を開いてやれば、銀糸の美丈夫が満足そうに笑う。
「日が昇る前には寝たい」
「お前次第だ」
セフィロスの言葉に、なんでそうなる、とレオンは思うが、問うても大した返事はないだろう。
「明日は会議があるんだぞ」
「午後の話だろう。影響はないさ」
「あんたが無茶してくれなければな」
「俺は最大限労わっているつもりだが?」
「俺の体の痛みがなくなってから言ってくれ」
「柔軟でもすれば良いんじゃないか」
「適当な事を」
レオンの不満げな一言に、セフィロスも自分の応答が適当であった自覚はあったようで、くつくつと笑う気配がする。
それがまたレオンにとっては、付き合う以前からある彼の余裕振りを体現するようで、聊か不満な所ではあった。
だが、そんな一時の不満は、唇に触れる指先の感触で溶ける。
顎を捉えられて固定され、下りて来る唇を静かに受け止めれば、視界に映るのは整った顔とさらさらと流れ落ちる銀糸だけ。
熱に浮かされてみる夢よりも、この光景が一番の夢のような景色かも知れない、と思う。
緩く開いた瞳が、その光景をじいと見詰めていれば、自然と碧の虹彩を宿した瞳とも交わって、
「……なんだ?」
「……いや」
何か思う事でもあるかと、問いかけたセフィロスに、レオンは緩く笑みを浮かべるのみ。
ただ幸福感を噛み締めていたなどと、どうにも恥ずかしくて言う気にならない。
しかし、無駄な事まで察しの良い男は、存外とお喋りな瞳に滲む感情に気付いて、此方も緩く笑みを浮かべた。
『セフィレオ』のリクエストを頂きました。
どっちも悪しからず思っていたのは確かだけど、恋心は自覚してなかったレオンと、自覚していたセフィロスの初々しい(?)擦れ違い事件があったらしい。
拙宅のレオンさんはパニックになるとよく逃げる(恐らくその前にしばらく硬直している)。セフィロスが先に起きてればもうちょっとスムーズにいったかも知れなかった件。
今ではそんな事は笑い話にしてからかい合う位になってるようです。