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[バツスコ]ヒア・ベイビィ

  • 2021/08/08 22:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF


スコールが通う学校は、都心の中心からは少し離れた場所にある。
場所は街中を環状型に周る電車から乗り換え、海岸方面へと少し走り、浜辺の見える駅から徒歩で十分ほど。
夏になると陽が強くならない内にと、波間でマリンスポーツに勤しむ若者達が増え、朝の通学電車は平均以上の込み具合になってしまう。
夏休みになると家族連れが遊泳やキャンプにもやって来るので、この時期の午前と夕方は乗車率が高くなる。
それを嫌ってバイク通学を希望する者や、中には家族に駅付近まで送って貰うという手段を講じる者もいたりするのだが、スコールはどちらもしなかった。
本音を言えば人が沢山いる電車は避けたいのだが、父親に頼るのは少々抵抗があったし、そもそも彼は仕事で忙しくてあまり家にいない。
バイクは免許を持っていないし、取るには父親の許可と金銭的援助が必要だし、過保護に定評のある父親とその交渉をするのも面倒だった。
そんな訳で、スコールは暑い日も寒い日も、電車で通う事にしている。

世間が夏休みになっても、スコールは週に三度、学校に通っている。
夏期講習の受講をしているからだ。
苦手科目と意識しているものからピックアップして受講する事にしたら、一週間の半分を持っていかれてしまった。
どうせ家にいても勉強以外にする事もないから、それは別に構わないつもりでいたのだが、毎日の往復の徒だけがスコールにとって辛くて仕方がない。

近年の全国的な傾向として、夏は異常な程に暑い。
猛暑どころか、酷暑と呼んだ方が適切な温度が、ほぼ毎日のように続く訳だから、もう昔のような感覚で「子供は外で元気に遊ぶもの」なんて言う常識は通じない。
スコールの通う学校は、歴史が古く、校舎は増築を繰り返して大きくなって行ったそうだが、元々の建物はやはり年代物になっているようで、建築基準にある耐久性だとか通気性だとか、そう言ったものが前時代で止まっていた。
全校舎内に空調の取り付け工事が終わったのは去年の冬のことで、今年になって生徒たちはようやっとその恩恵に与る事を許された。
今度は耐震工事が急がれるとか教員たちの間で話題になっているようだが、其処までするなら、いっそ校舎を丸ごと新しくした方が良いんじゃないか、とスコールは思う。
が、全国から入学して来る生徒がやって来る事もあり、規模の大きな高校となっている今、それだけの生徒を変わらず収容する為の校舎を新築すると言うのは、並大抵の話ではないのだろう。
その程度の事はスコールにも判るから、改築を繰り返していくしかないのも、やむを得ない事なのだ。

去年の夏、馬鹿のように暑い環境の中で過ごしたスコールは、今年に入って空調の効いた教室で過ごせる事を極楽のように感じていた。
何せ去年までは、ニュースで報じられるような、『生徒が授業中に熱中症で倒れた』と言うものが全く他人事ではなかったのだ。
だが、もうじっとしながら珠のような汗を流したり、それすら出なくなって倒れそうになる事もないし、その所為で授業内容が頭から飛ぶ事もない。
夏休み中の夏期講習でも、その恩恵は如何なく発揮され、去年までまるで人気のなかった科目も、涼しい場所で過ごせるのならと受講を希望する生徒が増えたらしい。
また、図書室やカフェテリア、更に曜日は限定されるがプールなどが生徒向けに解放されている事もあり、それらを目当てに夏休みでも学校に向かう生徒は少なくないそうだ。

───だが、校舎内がどんなに快適に整えられても、外はそうはいかない。
外は日に日に暑くなり、都会の真ん中などはヒートアイランド現象も相俟って、何処に行っても熱気が籠っている。
スコールの通う学校は海岸近くにあるから、それに比べればマシと言えるのかも知れないが、とは言え空から燦々と降り注ぐ太陽の強烈さは変わらない。
だから夏期講習を受ける生徒達の多くは、一度登校すると、日差しが一番きつくなる日中の帰宅は避け、陽が傾き影が多くなる時間帯まで、校舎内で暇を潰している事が多い。

スコールがそれをしなかったのは、校内に苦手としている教員がいるのを見付けたからだ。
何故かスコールに執心らしいその教員は、スコールを見付けると妙に馴れ馴れしく接触して来るので、そうなる前に逃亡して来たのである。
お陰でうだる暑さの中をのろのろと最寄り駅に向かって歩いているのだが、スコールは早々にそれを悔いていた。


(暑い……)


あのまま校内にいて教員に絡まれるのは嫌だったが、このフライパンの上のような暑さも辟易する。
今朝、家を出る時に持ってきた水筒の中身は、既に殆ど空になってしまっている。
最寄り駅には自動販売機があるから、其処で補給が出来れば良いのだが、こうも暑い日々の中では、そう言った給水ポイントは早々に売り切れになっている事が多かった。
この辺りは遊泳に来る家族連れも多いから、水から茶からジュースから、とにかく冷たいものはどれでも需要が高く、補給されてもあっと言う間になくなってしまうのだ。


(……駅からもう少し行けば、コンビニがある……)


早く電車に乗りたい気持ちはあるが、それより飲料水の補給を優先したい。
進む道を延ばすのは億劫であったが、街中に戻るまでに暑さで意識を飛ばすよりはマシか。

だが、飲料水の補給よりも、本音としては、


(……冷たいもの…欲しい……)


もうただの氷でも良いから欲しい。
体の芯まで暑さに侵食されて、スコールはそんな気持ちになっていた。
水と一緒にアイスも買おう、と普段はあまり見ていないコンビニアイスの何を買うか考えていると、


「ありゃ、スコール?」
「……?」


後ろから聞こえた呼ぶ声に、スコールはのろりと振り返った。

今スコールが歩いて来た道を背景に、Tシャツにハーフパンツ、サンダルと言う井出達の茶髪の青年───バッツが立っている。
手にはよく売っているカップアイスを持ち、肘には水滴を浮かせた白いビニール袋。
元々が元気印のような血色の良い肌をしているのが、こんがりと良い色に焼けていて、夏の風貌が一層似合う雰囲気になっていた。

バッツは嬉しそうにスコールの下へと駆け寄って来る。


「こんな所で逢うなんて偶然だな!制服って事は……あ、夏期講習だっけ?」
「……ああ」


猛暑酷暑の中でも、バッツの声は相変わらず快活だ。
元気な奴だな、と羨ましいような呆れるような気持ちで、スコールはバッツの台詞に頷いた。


「大変だなあ、学生は」
「……あんたも学生だろう」
「そうだけど、受験とかはもう終わってるからさぁ。高校の時も、おれはそう言うのあんまりやらなかったし。お陰で三年の時に焦ったけど」


あはは、と笑いながら言うバッツに、スコールは暢気で良いなと思う。
それだけ気楽に構えられたら、自分もこんな暑さの中、学校に通わなくて済んだのだろうか。
そんな事を考えるが、バッツのこの磊落さはどうやってもスコールには真似の出来ないものだ。
ないものを羨み妬んでも仕様のない話で、スコールは溜息だけを吐いて思考を振り払って訊ね返す。


「あんたの方は、なんで此処に?」
「おれはバイト。知り合いがこの近くに海の家出してるから、手伝いでさ。いつもは昼から夕方までやってるんだけど、今日は朝から。で、さっき終わったとこなんだ」
「……ふうん」
「いつもは仕事の後に海で遊んでから帰るんだけど。朝からずっといたし、今日は帰ろうと思ってさ」


経緯を話すバッツに、成程、よく日焼けしている訳だとスコールは思った。
元々アクティビティの類には目がないバッツだが、彼はこの夏をよくよく楽しんでいるようだ。
お陰で結構焼けちゃって、と言うバッツが服の袖を捲れば、袖の部分がくっきりと残っている。

そう言えばゼルやティーダも良く焼けている、とスコールは同級生を思い出して考える。
彼等の場合、海で過ごすからと言うよりも、部活に精を出しているからだろうが、そんなにも焼ける程炎天下で過ごしていられるのがスコールには信じられない。

そんなスコールの様子を、バッツはじいっと覗き込むように見つめ、


「大丈夫か?スコール」
「……何が」
「顔が真っ赤だし、汗だくだからさ。水とかちゃんと飲んでるか?」


スコールが極端な暑さにも寒さにも弱い事を、バッツはよく知っている。
だと言うのに、太陽に焼かれる海岸をのろのろと歩いているのは、堪える筈だと彼も解るのだ。


「……水は飲んでる。もうなくなりそうだけど」
「まあこの暑さだもんなー。おれも家から持ってきた水は飲み切っちゃってさ。帰る前に近くのコンビニ寄ってアイス買っちゃった」


水も買ったんだけど、とバッツは言うが、やはり体はもっと内部から冷やしてくれるものを求めていたのだろう。
冷凍庫の中でおれを呼んだんだよ、と言うバッツの幻聴話も、今ばかりはスコールも笑う気にはならない。

それよりも。
スコールの視線は、バッツが自分を呼んだと言うカップアイスに釘付けになっていた。
よく見る円形のカップアイスは、ティーダやヴァン、ゼルが学校帰りによく買っている商品だ。
定期的に期間限定と言って新フレーバーを出すので、彼等が味見だと言っては購入し、美味いだの微妙だのと好きに品評しているのを、スコールはよく見ていた。
見ているばかりで、普段は特に欲しいと思う事はないのだが、今だけは違う。


「バッツ、それ……」
「ん?ああ」


隣の芝はなんとやら、人が食べているとなんとなくそれが欲しくなって来る。
そんな気持ちでスコールは、バッツにアイスの商品名を訪ねようとしたのだが、バッツはその前にプラスチックのスプーンでさくりとアイスを掬い、


「食べるか?」
「いや、」
「ほら、あーん」


そう言うつもりじゃない、とスコールが言うよりも早く、バッツは朗らかな笑みを浮かべてアイスを差し出す。
思いも寄らなかった事にスコールは固まりながら、蒼の瞳は差し出された乳白色に釘付けになった。

冷凍庫の中でよく冷やされていた筈のそれは、今は持ち主の体温と、環境が齎す熱の所為で、うっすらと溶けている。
カップの中では縁に蕩けた液体が浮いており、もたもたとしている間にもっと溶けてしまうだろう。
しかし溶けてはいてもそれはまだまだ冷たくて、スコールが持っている水筒の中身より、遥かに低い温度を保っている。
給水ポイントとなるコンビニまでが遠く感じていたスコールにとって、朗らかな恋人が差し出したその涼は、何よりも強い誘惑を持っていた。

とは言え、こう言った行為────恋人同士の戯れにある『あーん』とか言うものは、スコールの苦手分野である。
そんな事をするなら手っ取り早くスプーンごと貸せ、と言うのがスコールの応答であった。
だからバッツもそれは予想していて、


「なーんちゃっ」


て、とバッツが最後の一文字を言うよりも、僅かに早く。
ぱく、と首を僅かに落とすように伸ばして、スコールはアイスに食い付いた。

これに驚いたのはバッツである。
何せ、恋人となってからこの方、スコールがこの手の戯れに応じてくれた事はなかったのだ。
元々が人とのコミュニケーションと言うものに不慣れで、恋人同士のじゃれ合いなど、慣れる以前の問題だったスコールは、バッツが仕掛けるスキンシップをいつも恥ずかしがって嫌がる。
それでも大分慣れてはくれたのだが、狙ったようなアクションを取ると、彼自身も互いの関係性を強く意識してしまうようで、反って動揺してしまうのであった。

そんな年下の恋人の、思いも寄らなかった行動に固まるバッツを他所に、スコールは咥内にひんやりと染みる感触を堪能する。
生温くなった水で誤魔化していた喉の渇きが、冷たい乳液で潤っていく。


「……つめたい」
「……お。おう。うん」
「もっと」
「ああ、うん」


言葉少なに言ったスコールに、バッツは従うようにアイスをスプーンで掬った。
匙を差し出してやれば、またスコールがぱくりとスプーンの先を食む。
小さなスプーンで掬った一口は、簡単に口の中で溶けて消えて行き、スコールはまた「もっと」と強請る。

まるで雛が餌を貰うように、スコールはバッツの手からアイスを食べる。
もっと、もっと、と何度も強請るものだから、バッツもいつの間にか、無心でそれに応じていた。
バッツの褐色の瞳には、アイスを一口、一口と味わって食べるスコールの顔が映っている。
アイスを食べようと小さな唇を開けば、赤い舌がちろりと覗き、其処に乳白色が乗って蕩けていく様子が見えて、バッツは思わず唾を飲む。
さく、さく、とアイスを掬ってスコールの口元に運ぶ動作を繰り返していると、気付いた時には中身は半分まで減っていた。


「……ふぅ」


満足したようにスコールが息を吐く。
その額には、相変わらず粒になった汗が滲んでいるが、随分とすっきりした顔つきで、瞳にも生気が戻っている。


「……助かった」
「そか?じゃあ、良かった」


スコールの一言に、バッツはへらりと笑った。
手に持ったままのスプーンをひらひらとさせているバッツを見て、スコールははたりと我に返る。


「……すまない。アイス……」
「んぁ?」
「……あんたの、なのに」


彼の手にあるアイスは、買ったのは勿論、食べていたのもバッツである。
それを夢中になって半分まで食べてしまった事に今更ながら気付いて、スコールはばつの悪い顔で俯いた。
バッツはそんなスコールに、「良いよ良いよ」と笑う。


「ただの安いコンビニアイスなんだし、そんなに気にするなって」
「……ん」
「それよりさ、スコール。駅の向こうのコンビニ、行ける?」
「…行こうと思ってた」
「じゃあ丁度良いや。アイス買いに行こう。まだ食べたいだろ?おれが奢るからさ」
「アイスは買いに行く。奢りは別に……と言うより、俺があんたに返さないと」
「まあそう言うなって」


バッツのアイスを半分とは言え食べてしまった罪悪感で、返す代わりに何か新しいアイスを、と思ったスコールだったが、バッツはけろりと笑っている。
行こう行こうと早速歩き出すバッツに、スコールもつられる形で並んで歩き出した。

バッツは手元に残ったアイスにスプーンを差し入れ、スコールの顔の前へと持って行く。
もう良いと言おうとしたスコールだったが、バッツの手は引っ込まない。
これは食べないといけない流れだ、と悟って、スコールはバッツの意に付き合う気分で足を止め、スプーンに口をつける。
もう十分だと思ったつもりでも、やはり甘くて冷たい感触は心地良い。
やっぱりこのアイスを買おう、と密かにスコールは決定した。

炎天下をいつまでも歩くのは嫌だが、かと言って急げ走れと言う気にもならないから、二人はのんびりと歩いている。
バッツがまたアイスを一掬いし、自分の口へと運べば、褐色の瞳が満足そうに細められた。
そしてスプーンを食んだ格好のまま、バッツがちらりと此方を見るので、スコールは視線だけで「何だ」と返す。
するとバッツはにぃーっと笑い、


「間接キッス」
「……!!」
「なんちゃって」
「バッツ!」


判り易く揶揄ってきた表情をして見せるバッツに、スコールは声を荒げた。
堪らず手に持っていたスクールバッグを振り上げるスコールに、バッツは笑いながら逃げていく。
この暑い中でも元気な青年に、スコールが追う気にもならずに鞄を下ろせば、直ぐに彼は戻って来た。

防波堤の向こうに広がる海岸から、寄せては返す波の音が響いていた。
夏によく似合うBGMを聞きながら、二人は長いようで短い、コンビニへの道を進むのだった。





『真夏のアイス二人分けバツスコ』のリクエストを頂きました。

夏の青春真っ盛りなバツスコはとても楽しい。
まだ付き合い始めてからあんまり経ってないんでしょうね、この二人は。バッツにしてみると、ようやくスコールがデレてくれ始めた頃。
だから冗談交じりの「あーん」だったんだけど、まさかのスコールがしてくれちゃったものだから、一回めちゃくちゃ動揺したバッツでした。

タイトル意:「はい、あーん」

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