[ラグスコ]その瞳に染められて
案外と判り易い所があるのは、まだ青いが故、だろうか。
それとも、本質的に爪の甘い所があるのか。
何れにせよ、そう言った所が愛らしいと思ってしまう位に、密かに嵌っている自覚はある。
「お前がいてくれると安心するよ」
そう言ったラグナの手の中で、ロックアイスの揺れるグラスが小さな音を鳴らしている。
炭酸水で割られた薄い琥珀色の液体は、今日のドール市長との会談で、今年は特に出来が良いからと贈られたものだった。
てっきり気心の知れた友人たちと楽しむとばかり思っていたが、今日のラグナは手酌酒で嗜んでいる。
この賑やか好きな男でも、静かに飲みたいと思う事でもあるのか、と少し意外に思っていた。
会談に合わせた大統領警護の依頼にスコールが派遣されるのは、最早決まった事になりつつあった。
エスタから警護の依頼が寄せられると、スコールのスケジュールは強制的に空きが作られ、其処に警護任務が入れられる。
報酬額が群を抜いて良い事もあって、ガーデン側はエスタからの依頼は上客物として扱っている。
指揮官であり、現在のガーデンにとって最主力とも言えるスコールを惜しげもなく派遣するのは、得意先をこれからも捕まえ続ける為、と言う意味もあった。
今日の予定が一段落しているので、ラグナはすっかり休憩モードになっている。
だからこその晩酌である訳だが、其処にスコールも添えられているのはどういう訳だか。
終日警護がスコールの仕事であるから、傍に控えている事は好都合だが、一人で飲みたいのなら、自分も部屋の外に出せば良いだろうに、ラグナはそうしない。
追い出す所か、ラグナはちらりとスコールの顔を見ては酒を傾け、まるでスコールを肴に楽しんでいるかのようにも見える────自惚れだとスコールも判っているが。
それより、先のラグナの台詞だ。
スコールがいると安心する、と言う言葉は、額面通りに受け取れば、警護任務の為にこの場にいる者としては、有り難く受け取るべきものだろう。
スコールはそう考えた。
「……ご贔屓にどうも」
「あっ、本気にしてないな?」
「別に」
そう言うつもりはなかったが、聊か反応に困ったのはある。
ラグナのこの手の台詞は初めての事ではないのだが、その都度、スコールはどう返事をして良いか考えてしまう。
これがラグナ以外の依頼主から向けられたものなら、スコールもいつも通りの無表情で、社交辞令を返せば済む話なのだが、それだとラグナは今の通り「信じてねえだろ~?」と言って食い下がって来る。
そうじゃないけど、と返すと、じゃあもっと嬉しい顔してくれよ、なんて言われるので、スコールは益々窮する羽目になってしまう。
恐らくは、大した意味などないのだろうな、とスコールは思う。
一人酒を楽しんでいる割に、お喋り好きのラグナだから、アルコールが気分よく回って来た事も加えて、話し相手が欲しくなったのだ。
それなら自分じゃなくて友人二人を呼べば良いだろうに、何故かラグナはそうしない。
(……別に、良いけど)
ラグナがどうしてか友人たちを呼び寄せない事に、スコールは密に喜びを感じている。
彼等が此処に戻ってくれば、スコールはのんびりとソファに座ってなどいられない。
好みの酒の味にしようと、こうしてこうして、と酒に炭酸を入れたり氷を加えたりと遊んでいるラグナを観察している暇も奪われる。
警護中とは思えないような気の抜き方だと自覚はしていたが、こんな時でもなければ、スコールはラグナの顔をじっと見ている暇はないのだ。
マドラーで液体をくるくると混ぜているラグナ。
それをスコールがじっと見ていると、視線に気づいたラグナが顔を上げ、
「お前も飲む?」
「……勤務中だ」
「そっか。でも、酒じゃなくても、何か飲む位は良いだろ」
ラグナは席を立つと、細長いグラスを一つと、冷蔵庫に入っていたペットボトルを持ってきた。
ドールの街でよく見るラベルのついたそれの中身は、炭酸入りの果汁ジュースだ。
ピッカーで砕いた氷をグラスに入れ、ジュースを注いで、ラグナはそれをスコールの前に置く。
「どーぞ」
「……どうも」
付き返す訳にもいかなくて、スコールはグラスを手に取った。
一口、舐める程度にその味を貰って、テーブルにグラスを戻す。
その間にラグナは、自分のグラスを空にしていた。
「はー、確かに美味いなあ。明日、何本か買って帰ろうかな。皆へのお土産に」
「税関に引っ掛からない程度にしておけよ」
「判ってる、判ってる。スコールも何かお土産とか買っていくか?」
「観光に来てるんじゃないんだ。俺は良い」
「そう言うなよ。いつもお仕事頑張って貰ってるし、お前のお陰で今回も無事に会談は終わったし。そのお礼って事で何か買わせてくれよ」
そんな事は、報酬額に少々色でもつけてくれれば良い、とスコールは思うのだが、それとこれはラグナにとって別らしい。
報酬額の事は吝かではないようで、本当に色をつけて寄越してくれる事もあるが、其方はSeeDの胴元的存在である“バラムガーデンへ”渡されるものなので、ラグナの狙いとは違うとか。
ラグナは“スコールへ”感謝の気持ちを贈りたいのだと、以前にも言っていた。
「明日、何か欲しいものが見付かったら、なんでも遠慮なく言えよ」
「……見付かったらな」
素っ気なく返してやれば、ラグナはよしよし、と満足気にスコールの髪を撫でる。
その手を振り払う事をしなくなったのは、いつからだろうか。
余りに何度も撫でられて、振り払っても懲りないものだから、面倒になって好きにさせている内に、すっかり慣れてしまった。
絆されているような気もしていたが、今ではその手が酷く心地良い。
ラグナは次の酒を造りながら、あーあ、と残念そうな声を漏らした。
「明日にはお前とお別れかあ」
「……大袈裟だな。三週間後の予定でまた大統領警護の任務が入っていたと思うんだが」
「ああ、うん。それはそうなんだけどさ。三週間後じゃん、結構長いこと寂しいなーって思っちゃって」
寂しい、と言うラグナの言葉に、微かにスコールの肩が揺れる。
ラグナがそんな風に感じる事に、密かな喜びを感じている自分に、スコールはグラスを口に運んでその表情を誤魔化した。
「もういっその事さ、お前をうちの専属とかに出来ないかなって話してるんだよ」
「……ヘッドハンティングでもする気か?」
「出来るんならしちゃいたいかな。それが出来れば、お前はずっと一緒にいれくれる訳だし」
「…ガーデンと交渉するんだな」
「やっぱりそうだよな。うーん、お前、指揮官だもんなぁ。指揮官権限で辞めます!宣言とか出来たら、フリーになれる?」
「……さぁ。どうだか」
それが出来ればスコールはさっさと指揮官職を放り出してやりたい所なのだが、生憎、現状のガーデンの状況がそれを許してくれない。
少なくとも後釜に出来る者が現れるか、スコールがガーデンにいられる正式期間である卒業が目に見えて来るまでは、このまま指揮官職を手放す事は出来そうにない。
学園長が隠居みたいな格好をしていないで、表に出てくれればスコールは自由になれるのではないかと思うが、サイファー曰く“狸ジジィ”はそのつもりがないらしい。
もう若い人の時代ですよ、なんて行燈な顔で言ったのを思い出して、スコールの表情は苦いものを噛んだ。
ラグナは酒の味見をして、うーん、と唸る。
炭酸水を少しずつ足してはマドラーで掻き回しながら、スコールの方を見て言った。
「じゃあ、卒業した後はどうだ?ガーデンに籍を置いていられるのは、えーと」
「二十歳まで」
「ふむふむ。じゃあ二十歳になったら、お前はガーデンを出れるのか?」
「……多分。ガーデンに残って教師になる奴もいるけど、でも……」
卒業後の例を出しながら、スコールは自分がそれに当て嵌まる気はしなかった。
指揮官職をしている間に、多少なり人とのコミュニケーションには慣れて来たが、やはりスコールはその手の事は相変わらず苦手にしている。
キスティスのように生徒達と上手く接する自信もないし、大体、自分が人に物を教えて指導できるような気がしない。
それよりは、よくいる卒業生(偶に放校生もいる)のように、フリーランスか何処かの軍、自警団の類に所属する方が現実味のある話に思えた。
それを言葉少なに話してやると、ラグナはふんふんと興味津々の顔で聞いて、
「やっぱり、お前が卒業する時がチャンスな訳だ」
「チャンス?」
「ああ。お前をエスタで正式に、専属契約的なものでも出来たら良いなって」
「それは、……光栄だな」
「だろ~?契約金とかは弾むからさ、先約しといてくれる?」
「他に良い話がなければ」
「じゃあ、卒業した時には宜しくな」
「まだあんたの所に行くって決まった訳じゃない」
「判ってる判ってる。でも、絶対良い契約持って行くからさ。俺が声かけるまで待っててくれよ」
朗らかに言って、ラグナはスコールの髪をぐしゃぐしゃと掻き混ぜる。
止めろ、とスコールがその手を払うも、ラグナはにっかりと笑って、益々楽しそうに笑うばかりだ。
ラグナのお陰で跳ねてしまった髪を手櫛で直しながら、スコールは呆れた溜息を零して見せる。
卒業後の話なんて、スコールにはまだまだ先の事に思えた。
何せスコールは今年で十七歳、何事もなければあと三年はバラムガーデンで過ごす事になるだろう。
短いようで長い三年の間に、世界情勢的なものが大きく変わらず、傭兵の類への需要が続いているならば、ラグナの誘いは中々魅力的なものだった。
だから卒業のタイミングで良い契約を寄越してくれれば、スコールにとっても十分に美味しい話になるだろう。
───でも、とスコールはこっそりと思う。
(……そんなのなくても、行きそう、だけど)
ラグナの誘い文句に対し、素気のない返事をしておきながら、スコールはそんな事を考えていた。
ほんの少し、丸い耳に赤みを上らせながら、グラスを口元に運ぶ少年を眺めて、ラグナの唇は笑みを浮かべる。
無表情でいるつもりの少年の様子が愛らしくて、ラグナはついつい揶揄ってみたくなる。
今はアルコールも入っているので、スコールもそのつもりで相手をしているのだろう、ラグナの話もあまり本気で受け取っている風でもない。
……本当は、卒業後なんて待たないで、今すぐにお前が欲しいのだと言ったら、彼はどんな顔をするだろう。
やはり先ずは驚いて、次に揶揄っていると怒り出すか、素っ気なく社交辞令を返してくれるか。
指揮官と言う役職を任されているとは言え、まだまだ経験不足も多い十七歳の若人は、狡さに慣れた大人が考える謀略にはまだまだ鈍い。
謀略などと言う言葉は聊か大袈裟ではあったが、絡め取られる本人に覚らせずに外堀を埋める事をそう言うのなら、少年は確かに、策謀の中に取り込まれていた。
(お前自身は隠してるつもりって言うのが、本当、可愛いよ)
いつの頃からか、蒼の瞳に滲み始めた、恋情の色。
ラグナがふと気紛れに触れる度、驚いたように目を瞠ってから、緊張するように唇が引き結ばれる。
零れ落ちそうになる心を精一杯に堪えて隠そうとする初々しさが、ラグナには酷く可愛らしい。
本心を知られるまいと一所懸命に隠しながら、お喋りな瞳から何もかもが透けて見えてしまっているのも、全て。
ラグナの言葉一つ一つに、スコールの感情は判り易く動きを見せる。
褒めたり喜んだりしてみせれば、まるで愛情に飢えた子供が、スポンジに水を吸収するかのように、ラグナの言葉を受け止めて染まっていく。
その度、自分が満更でもない表情を浮かべていると、彼は気付いていないだろう。
気付かせてはいけない。
自覚していないからこそ、彼はラグナの言葉で、真っ白だったその心を染めていくのだ。
ラグナは徐に手を伸ばして、スコールの手櫛で整えられたばかりの髪に触れた。
酔っ払いの戯れと思ってか、スコールは少しだけ睨むようにラグナを見たが、それだけだ。
ピアスを嵌めた耳朶に指先を掠めさせて、その後ろにある髪の生え際に触れると、
「……何してる」
「いや、綺麗なピアスしてんなーって思ってさ」
何処のブランドかと訊ねれば、スコールは忘れたと言う。
本当か嘘かは判らなかったが、ラグナの指が触れる感覚を、スコールが強く意識しているのは明らかだ。
ピアスの為に、柔らかい耳朶を指で挟んで顔を近付けると、スコールの白い首が判り易く紅潮していた。
このままこの少年を押し倒して、青い花を貪る事は、可能だろう。
雇い主と言う立場もあって、スコールがラグナに対して強く拒否の態度を取る事は難しい。
そして何より、スコール自身、ラグナに自分が求められる事を強く欲しがっているから、ラグナが寄越せと言えばきっと彼は差し出すだろう。
(でも、それは勿体ないからな)
今此処で、ラグナがスコールの求めているものを与える事は容易い。
しかし、欲しいものが簡単に手に入ってしまうと言うのは、逆に手放す事へのハードルも下げてしまう。
こんなものか、こんな程度のことか、と夢から醒めてしまうような行為をするのは、余りにも勿体無い話ではないか。
どうせなら焦らして焦らして、ゆっくりと染め上げながら、もっとスコールが欲しがるようにしたい。
そうしてスコールが、もう我慢できないと、ラグナの前に自分からその身と心を捧げる事で、ラグナは彼に応えるのだ。
自らがはっきりと“欲しい”と言わなければ、求めるものは手に入らないのだと学習させた時こそが、この青い果実が一番美味しく熟す瞬間なのだから。
(だからスコール。お前も早くこっちにおいで)
愛しくて可哀想な少年の、耳朶の形を指先でそっとなぞる。
流石に触れ方が意図的すぎたようで、スコールは顔を真っ赤にして体を引いた。
あんた、と肩を戦慄かせる少年に、少し首を傾げて見せれば、またスコールは呆れたように溜息を吐く。
寄っている相手の行動に目くじらを立てても仕方がないと思ったのだろう。
其処でラグナが狙った通りに折れてくれるから、ラグナの笑みは深くなる。
ラグナが整えた見えない籠の中で、スコールは心地良さに慣れていく。
離れ難いと彼が強く願う程、ラグナは染まり行くその姿に悦びを感じていた。
『スコールから向けられている気持ちに気付いているラグナが、それに気付かないふりをしながら、少しずつ自分への感情が深まるようにスコールの感情をコントロールしていく』のリクエストを頂きました。
狡いラグナは大好きです。
自分への自信のなさだったり、トラウマ的に温もりを求めながら怖くなってしまう為に自分から踏み出せないスコールを、ゆっくりゆっくり囲って行こうとするのは良いですね。
その為にスコールが自分の下へやって来る選択肢も掲示しつつ、それをスコール自身が選ぶように誘導したり、着々と外堀を埋めてたりとか。
スコールも隠しているつもりで駄々洩れなのが良い。周りから見るときちんと隠せていても、ラグナを前にするとどうしてもとか。自覚してないから余計に。