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Category: FF

[絆]内緒のプレゼント・ルーレット

  • 2023/12/25 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



クリスマスと言えば、スコールとティーダにとって、毎年楽しみにしているものだった。
一番はサンタクロースが来てくれる事で、毎年欠かさずやって来てくれるそれに、嘗ては「いない」と思っていたティーダも、今やすっかり当たり前にその存在を信じている。
その影で、兄と姉と、今はザナルカンドで過ごすティーダの父親が、いそいそと忙しく準備に駆け回っている事を、弟達はまだ知らない。

彼等が一番の楽しみにしているのは確かにサンタクロースだが、それ以外にも、彼等の心を引き寄せるものは多い。
例えば、街を歩いていれば必ず目に付く、華やかで楽しそうな飾り付けの数々。
店先に植えられた木々や、小さなプランターにも飾りが施され、夜になるとチカチカち光る電飾も少なくない。
平時のバラムは海辺の穏やかな街に過ぎないが、この時期ばかりは判り易く浮かれてくれた。
街で一等背の高いバラムホテルにある街頭テレビにも、度々クリスマスの時期を報せるニュースが流れ、限定アイテムの販促にも余念がなかった。
バラムガーデンは一足先に冬休みに入るのだが、その前から売店や食堂は華やかに飾られる。
街に住んでいるスコール達は噂にしか聞いていないが、なんでもクリスマス当日には、限定メニューとしてケーキも食べられるらしい。
実家が遠いとか、長期休暇でも家に帰るのが難しい学生達にとっては、ガーデンからのささやかな贈り物と言う訳だ。

そう、ケーキ。
まだまだ甘いものの誘惑が恋しい子供達にとっては、ケーキも楽しみの一つだ。
スコールにとって、それは元々、孤児院にいた頃からの習慣で、クリスマスには決まってママ先生ことイデア・クレイマーがケーキを手作りしていた。
市販のケーキよりもシンプルな作りをしたそれが、実は店売りのものよりも美味しいのだと知っているのは、それを食べたことがある子供達だけの思い出だ。
ティーダはママ先生のクリスマスケーキを食べた事はないが、レオンの下で一緒に暮らすようになってから、折々に彼女が兄弟一家の様子を見に来てくれるお陰で、彼女の手作り菓子にすっかり舌が肥えている。
ママ先生のお菓子作りの腕には定評があって、子供達にとってそれを食べる機会は、幾らあっても足りない位に楽しみなものだった。

其処で、スコールは思い立ったのだ。
今年のクリスマスには、ママ先生に教えて貰って、自分たちでケーキを用意しよう、と。

孤児院がその役割をバラムガーデンへと移すまで、ママ先生は毎年、ケーキを作っていた。
時には十人前後にもなる子供達を満足させ、且つ好き嫌いが激しかったり、時にはアレルギーを持っている場合もある子供達に平等に食べさせてやるには、当時は手作りしてやるのが一番だったのだ。
レオンはその手伝いをしていたこともあるお陰か、菓子作りにも多少なりと知識がある。
とは言え、バラムガーデンを開き、レオンと妹弟が其処から巣立ってからは、流石に手作り菓子に精を出す暇はなくなってしまった。
バラムの街にケーキ屋もあるし、兄弟三人───今では四人───がケーキを食べるのに、ホール一つはやはり大きい。
よく食べるティーダが平らげてくれる事もあるが、ケーキのみで腹を膨らませるのは、やはり如何なものかと言うのが、保護者的立場の考えである。
時間と手間の問題と、勿体無いと言う気持ちも重なって、今では一人一ピースのケーキを買うのが無難となっていた。
それは自然なことであるし、兄がアルバイトの帰りにわざわざ足を延ばし、四人分のケーキを買って来てくれるのも嬉しい。
一人一つ、四種類のうちから、どれにしようかなと迷いながら選ぶのも、楽しいものであった。

ケーキは、クリスマスには欠かせないものだ。
そう言うものだと、スコールは積み重ねた経験から思っている。
そして最近のスコールとティーダは、兄姉が毎年のように色々な準備をしてくれる年中行事と言うものに、自分たちも“準備をする側”として参加する楽しさを見出していた。
其処で、以前バレンタインの時にも頼ったママ先生にお願いして、自分たちでクリスマスケーキを作りたい、と思ったのだ。

その話を、冬休みに入る前、学園長室で彼女に打ち明けた。
「お願いします!」と二人揃ってぺこりと頭を下げる子供達に、イデアは「良いですよ」と笑って言ってくれた。
それからは作るもののレシピを決めて、クリスマスの当日に作りましょう、と言うママ先生に、スコール達はやる気いっぱいで手を叩きあったのだった。

────それから一週間が過ぎ、約束通りのクリスマス当日、バラムの街の海沿いにある兄弟の自宅にママ先生はやって来た。
弟達がケーキを作るんだと聞いていたエルオーネは、玄関を開けて、第二の育ての母を屋内へと招く。


「いらっしゃい、ママ先生。スコール達、丁度今、準備してる所だよ」
「お邪魔します。ふふ、やる気があって何よりね」


イデアは外行きのコートを脱ぐと、持っていた荷物の中から、エプロンを取り出した。
黒を基調にしたエプロンを早速締める彼女の下へ、二階からぱたぱたと足音が二つ下りて来る。


「お姉ちゃん、準備できたよ。あっ、ママ先生!」
「ママ先生ー!」


子供用のエプロンを身に着けたスコールとティーダは、イデアの姿を見付けると、ぱあっと喜び一杯の表情を見せた。
イデアは抱き着いて来るティーダを受け止め、じゃれる彼の頭を撫でながら、姉にエプロンの結び目を確かめて貰っているスコールを見る。


「準備万端ね、スコール、ティーダ」
「うん!」
「ケーキ作るからね!」
「じゃあ、早速キッチンにお邪魔しましょう」


イデアに促されて、スコールとティーダはこっちこっちとキッチンに駆けていく。

キッチンには、小麦粉、バター、砂糖、ベーキングパウダー、卵、牛乳と、今日のレシピに必要なものがしっかりと揃えられていた。
器材もボウルが複数に、泡だて器、計量カップ、計り、そして紙製の型が並べてある。
デコレーションに必要なフルーツや生クリームは、冷蔵庫の中に入ってるよ、とエルオーネが言った。

バレンタインの時にもやったことだし、スコールもティーダも、日々兄姉のお手伝いをしている。
それはきちんと彼等の身についていて、材料を量るのも、レシピの順に入れては混ぜてと言う手順も、随分と慣れたものだった。
イデアは子供達の成長を感じられるそれが嬉しくて、後ろで少し心配そうにそわそわと見守るエルオーネを見遣り、にこりと笑って見せる。
大丈夫よ、と言葉なく告げる育ての母の表情に、姉は眉尻を下げつつホッとした表情を浮かべ、


「スコール、ティーダ。私、洗濯物を畳んで来るから、ケーキ作り、頑張ってね」
「うん!」
「任せて!」
「ママ先生を困らせちゃ駄目よ」
「はーい!」


ケーキ作りへの情熱か、返事をする二人の声は弾んでいた。

エルオーネが風呂場に干している洗濯物を片付けに行って、キッチンにはイデアとスコールとティーダの三人。
剤長を全て入れた生地のもとを、二人の子供は交代しながら混ぜている。
それも十分に終わると、ティーダがオーブンレンジの余熱をセットし、スコールがボウルを持って、生地を型へと流し込んだ。
余熱が終わったレンジに、生地を整えた型を置き、二人で一緒にスイッチを押す。
ぶぅん、と動き始めたオーブンの庫内を、二人はまじまじと見つめていたが、イデアは効率の為にと二人を呼んだ。


「スコール、ティーダ。スポンジケーキが焼ける間に、フルーツと生クリームの準備をしましょう」
「フルーツ!」
「生クリーム!」


ぱっと明るい顔で振り返る二人。

駆け足で冷蔵庫に向かう二人がその蓋を開けると、まだ背の伸び切らない二人でも届く場所に、フルーツの缶詰と生クリームのパックが置いてあった。
まずはフルーツを取り出し、缶切りを使って封を開け、新しいボウルに中身を出す。
蜜柑、黄桃、パイナップル、種を抜いたさくらんぼ。
これだけあればケーキのデコレーションには十分だが、しかし、クリスマスのケーキと言えばやはり───とイデアが思っていると、


「あっ、いちご。野菜室に入れてるって言ってた」
「あら。じゃあ、それも使いましょうね」


スコールが思い出してくれたお陰で、忘れてはいけないものも見付かった。
ティーダが野菜室から出して来たいちごのパックは、小粒だが色艶が良く、今日作るケーキのサイズにも丁度良いだろう。

いちごを丁寧に洗い、切り分け、缶詰のシロップ漬けになっていたフルーツは水切りする。
カットされたフルーツの余分な水分を取る為、一つ一つをペーパータオルに並べていく。
その傍ら、イデアは今日と言う日を楽しみにしていたであろう子供達に、毎年の定番になりつつある質問を投げかけてみた。


「今年は二人に、サンタクロースさんは来たのかしら」
「サンタさん!来たよ、ねっ」
「ね!」


明るく嬉しそうに言ったティーダに、スコールも丸い頬を赤く燈らせて頷く。


「何を貰ったの?」
「あのね、オレね、ブリッツボールの本!選手がいっぱい載ってるやつ」
「僕はね、新しい鞄貰ったんだよ。沢山ポケットがついてるから、沢山入れられるの」
「色んな選手の色んなことが書いてあるんだ。あのね、父さんも載ってるんだ!」
「前のより大きいからね、教科書とか、お道具箱とか、全部入るよ。それでお弁当も入れられるんだ」


ティーダはブリッツボールの選手名鑑、スコールはこれまで使っているものより、一回り大きな鞄。
その特徴、持ってみて嬉しかった所を口々に説明する二人は、きらきらと眩しい笑顔だ。
これだけ喜んでくれるなら、兄も姉も、今年は帰られそうにないと言うティーダの父も、、きっと嬉しいことだろう。

オーブンレンジが焼き上がりの音を鳴らして、イデアはスポンジケーキの生地を取り出した。
潰れないように軽くガスを抜いて、粗熱が取れるまで冷ましておく。
その間に、今度は生クリームの準備をする。

氷水の張ったボウルの上に、一回り小さなボウルへ入れた生クリームをセットする。
泡立て器で一所懸命に混ぜる二人を見守っていると、


「あとね、あのね。お兄ちゃんとお姉ちゃんにも、サンタさん来たんだよ」
「それは嬉しいことね」
「うん」


スコールの言葉に、イデアがにこりと微笑むと、無邪気な子供はにっこりと笑う。
その隣で、混ざって行く生クリームを見つめていたティーダが、得意げな顔をして言った。


「でもね、ママ先生。レオンとエル姉のサンタさんは、オレ達なんだよ」
「あら。そうだったの」


秘密を自慢そうに明かしてくれるティーダに、スコールもつられたように「えへへ」と笑う。
この秘密は知ってしまって良かったのだろうか、と判っていつつも、イデアは苦笑する。
打ち明けてくれたのは子供達の方なので、きっと自分が知る分には大丈夫だと思われたのだろう。


「お兄ちゃんとお姉ちゃんは、もう大人だから、サンタさんは来てくれないんだって」
「でも、レオンもエル姉も、いつも一杯頑張ってるじゃん」
「だから二人にはね、僕たちがプレゼントを用意してあげて。サンタさんには、僕たちのプレゼントを持ってきて貰った時に、お兄ちゃんたちにこのプレゼントを渡して下さいって手紙を書いておいたの」


言いながら二人は、リビングの向こうで洗濯物を畳んでいる筈の姉を気にしてか、声を潜めて「内緒だよ」と言った。
イデアは優しい子供達の行いに、自然と頬を緩めながら、二人の頭を優しく撫でる。


「頑張ったのね。サンタさんは、レオンとエルの所にプレゼントを持って行ってくれた?」
「うん。起きたらね、二人の枕元に置いてあったんだって」
「二人のプレゼントは何だったの?」
「えっとねー。エル姉にはね、ブローチを作ったんだ。レオンにはブレスレット!」
「僕はね、お姉ちゃんに指輪を作ってあげたの。お兄ちゃんは、首飾り!」


どうやら、小さなサンタクロースは、手作りのプレゼントを兄姉に贈ったらしい。
そう言えば、とイデアが今日のエルオーネの様相をよくよく思い出すと、彼女の左手の指と胸元には、きらきらと綺麗なビーズが光っていた。
彼女の為に一所懸命にそれを作ったサンタクロースに、つけてつけて、とおねだりされたのだろう。
今はアルバイトに行っているレオンも、今日は首飾りとブレスレットを身に着けて行ったに違いない。

生クリームは中々固まらなかったが、仕上げにイデアが泡立て器を握ると、あっという間に搾れる固さまで変化した。
その様子を目の前で見ていた子供達は、おおお、とまるで魔法を見るように目を輝かせる。
粗熱が取れたスポンジを横から二枚に切って、生クリームとカットフルーツでサンドし、更に上にもデコレーションを施す。
盛るのが大好きな子供達の自由な発想で、いちごはふんだんに飾られて、雪の中の小さないちご畑が出来上がった。
これはカットするのが大変そう、とイデアはこっそりと思ったが、潰さないようになんとかするしかないだろう。

子供達の奮闘が終わった後は、ケーキは崩れないようにと冷蔵庫に仕舞われた。
入れ替わって今度はエルオーネがキッチンに立ち、夕飯の準備に取り掛かる。
今日はいつもより豪勢にしたいと言うので、イデアもそれを手伝うことにした。
弟たちは、冬休みに入って渡された課題に取り組みながら、キッチンから漂う美味しそうな匂いと、冷蔵庫で出番を待つケーキに思いを馳せる。
イデアに上手ねと褒められたクリスマスケーキを兄が見たら、どんなに驚いてくれることだろう。
今朝、小さなサンタクロースが来たことを、少し照れ臭そうに喜んでいた兄の顔を思い出しては、スコールとティーダの胸は高鳴っていた。



短い夕方の時間が過ぎ、レオンが家に帰って来て、イデアも交えての賑やかな夕食。
そしてお待ちかねの手作りケーキが登場し、思っていた以上にしっかりとした出来栄えに驚く兄の胸と腕には、イデアが思った通り、ビーズのアクセサリーがきらりと光っていたのだった。



クリスマスと言うことで、ネタ粒では久しぶりの絆シリーズで。
多分そろそろ10歳くらいなので、日々のお手伝いもすっかり身についてる弟たちです。
レオンとエルが頑張ってるお陰で、まだまだサンタクロースを信じています。
その傍ら、お返しがしたいとか、自分たちも楽しみに待つだけじゃなくて、色々準備をしてみたいと言う気持ちも強くなっているので、頼れる人にお願いしながら色んな事に挑戦しているようです。
そうして本人達には露知らず、兄姉弟みんなでプレゼント交換をしたのでした。

レオンはそろそろ卒業が視野に入る年齢なので、この次の年には、SEEDになっている頃だなぁ。
家族と過ごした毎年のクリスマスを始めとした行事ごとは、レオンやエルオーネにとって、弟達の成長を感じられる日だったのだと思います。

[サイスコ]AM0:00のその時に

  • 2023/12/22 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



何度目の熱の交わりになるか、もう数えることもバカバカしくなる。
若い体でその解放感と心地良さを覚えてしまえば、忘れてしまうことなど出来なくて、まるで盛りのついた犬猫のように求めてしまう。
任務を終えて帰った日は尚更で、相手が不在であれば仕方がないと自己処理するしかないが、いるのであれば必然的に足が向いた。

日が落ちるのも早いこの時期、夕刻など一時程度しかないから、船がバラム島に着いた時には、もうとっぷりと夜は更けていた。
諸々の確認を終えて、同行したSeeD達に解散を言い渡すと、彼等は足早に港を離れて行った。
トラビア大陸で味わう寒波に比べればマシだと言っても、港は海風が皮膚に痛い。
レンタカー屋まで歩いて行くのも面倒で、もう帰るのは明日で良いかと、スコールはホテルで一泊明かそうと決めた。
愛剣を納めたケースをいやに重く感じる位には、疲労があったのは確かだ。

そんな折に、ホテルの前でばったりと逢った。
対の傷を抱いた金髪のその男も、自分と殆ど同じタイミングで、バラムステーションに帰って来た所らしい。
ガルバディア大陸西部のウィルバーン丘陵で魔物退治に勤しんでいた彼は、大陸横断鉄道に長いこと揺られて、存外と疲れた顔をしていた。
ホテルに来たのも、街からガーデンへの帰路が面倒臭かった、と言うスコールと全く同じもの。

宿で見知った顔と出くわしたなら、金銭的な所に重きを置いて、二人部屋を取るのは然程不自然ではないだろう。
それを提案したのはサイファーの方で、スコールも別に構わないと言った。
────それを認めた理由については、億尾にも出したつもりはなかったが、きっとサイファーは判っていた。
判っていたし、きっとスコールと同じだったから、彼もそんな提案をして来たのだ。
本当にゆっくり眠って朝を迎えたいなら、こんな事を言い出す事もないだろうから。

そうして渡されたキー番号の部屋に入って、すぐにベッドに縺れ込んだ。
お互いに厄介な魔物を相手に戦って、終わって直ぐに帰路の足へと移ったから、体の熱を持て余している。
とにかく発散しないと碌に眠れる気がしなかったし、何より、燻るものが目の前の存在を求めていた。
窓の向こうの寒さも、そこから滑り込んで来る冷気も、何もかもを忘れるように、汗だくになって絡み合う。
動物の方がもっと慎み深いかも知れない。
だとすれば此処にいるのはケダモノ二匹か、とそんな取り止めのない思考は、繋がり合った瞬間に綺麗に熔けて消えて行った。

自分と対の傷のある額に、粒の雫が伝い流れていくのを見ていた。
おもむろに手を伸ばして其処に触れ、しっかりした掘りのある作りをした目元を辿り、頬へと滑らせる。
翠色の宝石が微かに笑ったのが判った。
頬から滑る手は首へと周り、もう片方の腕も同じように回してやると、背中に触れていた腕に抱き寄せられる。
支えられながら、ベッドに沈めていた上体を久しぶりに起こし、深く深く口付けた。


「ん……、ふ、んん……」


絡み合う舌が音を立てて、耳の奥で響いている。
その度に繋がった場所が熱を滲ませて、其処に入ったままのものを締め付けていた。
足元がシーツを滑り、逃げを打ったつもりもないが、捕まえようとするように腰を押し付けられるものだから、深くなる繋がりに喉奥で喘ぐ。

たっぷりと唾液を交換し合って、ようやく唇を離した。
が、今度は相手の方からやって来て、下唇を食むように吸われる。


「んん……っ!」


ぢゅ、と啜られるのが判って、ひくっと肩が震えた。
濡らした其処を次はゆっくりと舌が舐めて行き、ああ、とあえかな声が漏れる。

ようやっと唇の戯れが終わって、持ち上げていたスコールの頭がベッドに落ちた。
背中を支えていた腕が解け、きしりとスプリングが小さく音を立てる。


「っは……はぁ……あ……」
「……えらく熱烈じゃねえか」


足りなくなった酸素を補給しているスコールに、覆い被さる男が楽しそうに言った。
スコールが薄く目を開ければ、まだケダモノの情欲を宿した翠が其処にある。

ふう、とようやく呼吸を整えてスコールは言った。


「……にじゅうに……」
「ん?」
「……に、なったから……」


熱に浮かされて拙い舌遣いのスコールの言葉に、サイファーは少しばかり眉根を寄せる。
それから数秒、間を置いてから、ああ、と理解した。


「22日、ね」


12月22日、それが今日の日付。
二つ並んだベッドの間に置かれた、ラジオ付きのデジタル時計は、つい今しがたその日を迎えた事を示している。
それを認識して、サイファーもスコールの行動の理由を察した。


「プレゼントか」
「……さあ」
「もっとくれよ」
「……やだ」


視線を外して素っ気ない反応をするスコールに、サイファーがくつくつと笑う。
態度ばかりは冷たくても、見下ろす其処にある顔は、分かり易く赤らんでいる。
その赤らみの理由が、自分の行動なのか、今もまだ共有している熱なのかは曖昧であったが、サイファーにしてみればどちらでも良いことだ。

繋がっている場所をぐっと押し付けてやると、びくっと細身の躰が跳ねた。
紅い目元がじろりと睨むが、サイファーは構わずに、スコールの目尻にキスをする。


「良いだろ、折角の俺の誕生日だ。サービスしろよ」
「もうした」
「足りねえ」
「っ……擦るな、バカ……!」


もうこれ以上につけるサービスなんてあるものか、とスコールはサイファーに言った。
体も熱も繋げ合って、口付けだって今晩だけで何回したか判らない。
その癖、夜はまだまだ長くて、中にあるものが一向に大人しくならないことも判っているから、これ以上なんてしたら体が持たない。
何より、自分らしくもないことをした自覚があるものだから、同じ事を何度もしろと言われても、土台無理な話なのだ。

サイファーだってそんな事は判っているのに───判っているから、まだ足りない、と彼は言う。


「普段は俺が山ほどしてやってるだろ」
「別にしろって言ってない……」
「嬉しい癖に」


サイファーの言葉に、スコールは首を横に振る。
どうやっても素直になれない恋人に、サイファーは悪戯心が膨らんだ。


「恋人の誕生日に、一番に祝ってくれるなんて、嬉しいもんだぜ」
「じゃあもう十分だろ」
「ヤってる間、ずっと時計気にしてたのか?」
「別に」
「そうでなきゃ、こんなタイミングで出来る訳ねえだろ」
「……偶々目に入っただけだ」
「でも意識してたんだろ」
「……してない」


どうやっても口では認めたくないスコールに、サイファーは軽く腰を揺すった。
中にあるものがスコールの柔らかく濡れた所を弄って、ビクンッと判り易く跳ねる。


「知ってるか。キスしながら中擦ると、お前良い顔するんだぜ」
「このっ」


悪い顔をして耳元で囁いたサイファーに、スコールの右手が出る。
が、サイファーにしてみれば判り切っていた事だし、何より、この状態でスコールが本気の一撃を出せる訳もない。

難無く手首を捕まえて、ベッドシーツに押し付けながら、覆い被さって唇を重ねる。
繋がっている所の角度が変わって、くぐもった悲鳴が短く零れた。
咥内で戦慄いていた舌を捉えて、ちゅる、と音を立てて啜ると、中の肉が切なげに締め付けて来る。
滾るものがどくどくと集まって来るのを感じながら、サイファーはスコールの咥内をたっぷりと味わった。


「んむ、ぁ……は、んぁ……っ!」


スコールの自由な片手は、抗議にサイファーの肩を叩いていたが、長い口付けに段々とその意欲も失う。
薄く開いた瞼の隙間に覗く蒼灰色は、さっきまで浮かべていた羞恥心も忘れて、とろりと飴のように溶けている。
此処も舐めたら甘そうだなと、サイファーはこっそりと思いながら、絡めた舌を外へと誘いながら、ゆっくりと恋人の呼吸を解放した。

はあっ、と熱の籠った吐息が零れ、二人の唇を細い銀糸が繋ぐ。
それが切れてしまうかと思った時、サイファーの頬に白い手が添えられ、またスコールから口付けが贈られた。


「ん、ちゅ、んぷ……」
「ふ……ん、ん……っ」
「うんっ……!ん、は……サ、イファー……っ」


呼吸の為に一時離れれば、耳心地の良い声が男の名を呼ぶ。
呼ばれた男は嬉しそうに口元を弧に歪ませて、それに応えるように、何度目かの熱の交わりに没頭して行く。

そう言えば、祝いの言葉がなかったなと二人それぞれに気付くのは、昼も過ぎてのことであった。



12月22日ということで、サイファー誕生日おめでとう!
しっぽりいちゃいちゃしながら祝いの日を迎えて貰いました。
完全に二人揃って朝帰りコースでしょうね。一緒に泊まっちゃってるんだから。

[ヴァンスコ]レインカーテンに隠れて

  • 2023/12/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



神々の闘争の世界と言うのは何処も不安定であるが、各地域によって、その度合いは多少なりと違いがあった。
混沌の神の牙城がある北の大陸は、全体的にその力の影響が強い所為か、常に曇天に覆われ、不規則には嵐を起こす事もある。
それに比べれば、まだ秩序の女神の影響が強い範囲である南の大陸は、地域ごとの気候がある程度決まっていた。
エルフ雪原はその名の通り、雪が降り続けて万年白雪に覆われ、メルモンド湿原は終始雨が降っている。
煌々と晴れた日と言うのは滅多に見ないが、とは言え、秩序の聖域に程近い場所では、束の間に陽光を見ることもあった。
この辺りは、多くの戦士達が常識的に考える天候───気象学を思うとその理も無視して来るが───を望むことも出来た。

とは言え、そもそもが天候と言うのは、人智の及ぶ所ではないと言うのは変わらない。
神々の力が世界の在り様にそのまま影響を与えることもあり、混沌の神の勢力が優位にある今、安定的な天候は強く期待しない方が良い。
科学的な知識である程度の天候の変異が予想できるスコールやライトニング、旅の知恵として肌身でもそれを予測する事が可能なバッツでも、天気予報の精度はよく言って五割の率である。
混沌の戦士の中には、膨大な魔力を暴走させれば、天候さえも乱すことが出来る程の力を有するものがいるとなれば、尚更、理屈に則った予測には限界があった。

だから秩序の戦士達は、少々遠出を考える時には、相応の準備を整えていく。
簡単なものでは、装備品として外套を用意し、急な冷え込みや雨や、場合によっては砂塵からも身を守る為に使える。
厚手のものなら、少々重いが、防具の一つとしても有用だ。
嵩張ることは確かだが、少人数での行動であれば、テントを持って行くよりも荷物が少なく済む。

だが、それを頼りにしていても、降り頻る雨の鬱陶しさと言うのはどうにもならない。
視界がなくなる程の土砂降りに見舞われたとなれば、直に濡れるよりはマシだとは言え、雨合羽にした外套は湿って重くなり、濡れたその布地に体の体温が奪われていく。
せめて水の含みの限界が来る前に、雨宿りできる場所を見付けなくてはと、ヴァンとスコールは急ぎ足に走った。
その甲斐あってか、岸壁の隙間に小さな洞窟を見付けて、滑り込む事に成功する。


「は~、良かった。雨宿りだ」
「ああ……」


すっかり重くなった外套のフードを外し、濡れた髪から湿気を逃がそうと、がしがしと頭を掻くヴァン。
その隣でスコールも、もう合羽としても限界であろう外套を脱いでいた。


「買い物に来ただけだったのに、散々だったなぁ」
「……そうだな」


ヴァンの台詞は独り言気味ではあったが、スコールも同意見と言うように返事を寄越す。

今日のヴァンは、秩序の聖域から少々離れた場所にある、モーグリショップに行っていた。
まるで人目憚るような場所に店を構えるそのショップは、往復すると一日から二日の時間を要する。
面倒な場所にあるのは確かだが、他のものに比べると少々ラインナップが変わっており、時には希少な素材や召喚石まで並ぶ事があった。
其処で交換した素材は、また別のモーグリショップで別の素材と交換する事も出来る。
だから秩序の戦士達は、不定期なことではあるが、このモーグリショップを折々に覗いて、各自が必要になる道具の為、交換用のアイテムを用立てることがあるのだ。
ヴァンもそのつもりでやって来たのだが、偶然、其処でスコールと合流した。
そう言えば朝から昨日から看なかったな、と思ったが、彼の単独行動と言うのは珍しものでもないので、ヴァンは深く気にしなかった。

必要なものを揃えて、ヴァンはそのまま帰ることにし、其処にスコールの足並みも揃った。
特に何か会話が必要な二人ではかったが、足が揃っているなら、ヴァンは気を置くこともなく雑談を振る。
スコールからの反応は多くはないが、時折、呆れたような、面倒臭そうな返事が帰って来るので、ヴァンはそれで十分であった。

そうして平和と言えば平和な帰路だったのだが、その途中で土砂降りに見舞われたのだ。
もう少し進めていれば、秩序の聖域へと辿り着けるテレポストーンがあったのだが、この雨の中を強行して行ける距離でもない。
視界の悪さも、この闘争の世界では命とりとなるもので、せめて雨煙が収まるまでは束の間の屋根の下にいるのが無難な策と言えた。

濡れた布と言うのは冷たく、触れる体温を奪うばかりだから、二人とも合羽替わりの外套は脱いだ。
適当に出っ張った岩に引っ掻けて、雨が止むまでに少しでも乾いてくれることを祈る。
しかし、小さな洞穴の中はじっとりと湿り、とてもではないが、水気が抜けてくれる気がしない。
降り頻る雨ですっかり気温も落ちたようで、ひんやりとした空気が、二人の少年の濡れた躰から、じわじわと熱量を奪っていく。


「う~……」
「……」
「焚火でも起こせたら良いんだけどなぁ」


元より薄着のヴァンは、剥き出しの二の腕を摩りながら呟いた。

隣をちらりと見遣れば、ふかふかとしたファーがあって、温かそう、とヴァンは思う。
スコールも決して厚着は言えない格好ではあるが、ファー付きの長袖のジャケットがあるだけ、ヴァンよりもマシだろう。
腹を出している訳でもないし、肌が空気に触れている場所は、少ない方だった。


「……良いなあ、それ」
「……何が」
「上着。暖かそう」
「これも濡れてる。大して暖かくはない」
「でも俺より暖かそうだぞ」
「……それはあんたの格好の所為だろう」


全くスコールの言う通りであった。
ヴァンもいつものベストだけでなく、もっと布の多い服を着ていれば、こうも凍える事はなかっただろう。


「大体、あんたは雪原に行く時だって同じような格好をしてるじゃないか。雨くらいで……」
「戦うかも知れないなら、動き易い方が良いだろ。でも、今はそうじゃないじゃんか」
「……まあな」
「じっとしてなきゃいけないなら、もっと着るよ。じゃなきゃ寒いばっかりだ」


こんな雨に見舞われて、冷たい洞窟に逃げ込む予定なんてなかったのだ。
だからヴァンはいつも通りの格好で出て来たし、余分な荷物も持っていない。
これは不運な事故であった。

むず、とヴァンの鼻の奥がくすぐったくなって、くしゃみが出た。


「うー、寒い。まだ止まないかな。早く帰って温まりたい」
「……同感だ」
「焚火……うーん、燃えるものがないか」
「……そうだな」


辺りを見渡してみた所で、洞穴は岩土ばかりで覆われていて、燃料に出来るものがない。
服端でも破って使ったら、とも思ったが、土砂降りの所為で二人の服も、荷物を入れる為の布袋も、すっかり水分を含んでいる。
この湿りようでは、直にマッチの火を近付けても、暖まるだけの熱を起こす事は難しいだろう。

探した所で、何もないことを再確認するばかりで、ヴァンは仕方なく火起こしの希望を諦めた。
代わりに直ぐ其処にある、自分以外の唯一の熱を求めて、身を寄せる。
暖かそうに見えていた、ジャケットのファーに顔を寄せて、それを羽織る少年の背中に密着すると、存外とひやりとした冷気がヴァンの肌身に伝わった。


「……おい」
「つめたいな」
「濡れてるって言っただろう」


背中にぴったりと密着して来たヴァンに、スコールは呆れた口調で言った。

持ち主が言った通り、スコールの黒のジャケットは、全体的に湿気にやられている。
一見するとふかふかとしていた首回りのファーも、触ってみると毛先が重く、束になってくっつきあっていた。
こんなものを着ているのと、冷えた空気に肌を晒すのと、果たしてどちらがマシだろうか。


「脱いじゃえよ、スコール。風邪ひくぞ、こんなの着てたら」
「脱いだら寒いだろ。ないより良い」
「あっても意味ないよ、こんなの。首とか冷たい」


ヴァンはそう言いながら、スコールの首筋に唇を近付けた。
ファーの毛がまとわりつくように縋っている其処に舌を這わせれば、ひくん、とスコールの肩が跳ねる。


「おい、こんな所で」
「暖まるなら一番手っ取り早いよ」
「………」


だからって、と言いたげに蒼灰色が背後のおんぶお化けを睨む。
しかし、後ろから肩口に手を回して、黒いジャケットを剥がすように引っ張ると、案外と抵抗はなかった。

ジャケットの下のスコールの白いシャツは、少し湿った気配はあるものの、ジャケットや外套に比べれば冷たくはなかった。
これがあるから、スコールは湿ったジャケットも着たままで良かったのだろう。
布一枚を奪った代わりに、ヴァンがぴったりとその背中に身を寄せると、基礎体温の高い体から、じわじわと熱量が分け与えられていく。



雨はまだ止む気配はなく、まとわりつく冷えた空気を厭うように、二人は其処にある唯一の熱へと没頭して行った。



12月8日と言うことでヴァンスコ。
自然な事のように始めようとするヴァンと、流されているようで実の所受け入れているし、実際寒いので暖まる為にすることに抵抗はないって言うスコールでした。

ヴァンスコ、二人きりの時に独特の雰囲気と言うか、インモラルな空気があると私が楽しい。

[プリスコ]それは心を映す瞳

  • 2023/11/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



神々の闘争の世界で生活するに置いて、食料の類は、多くをモーグリショップに頼っている。

戦士達は作物を自力で育てている暇もない訳だから、店売りのそれらは非常に有り難いものであった。
時には歪の中で見つけた、何処とも知れない民家や田畑から、頂けるものを攫わせて貰う事もあるが、此方は運が絡むし、食べれる状態が保たれているかも分からないものが多いので、見た目に問題ないと明らかに分かるものだけに留まっている。
生肉は、罠にかけた動物であったり、まだ可食の受け入れられる魔物であったりを狩って有効活用しているから、此処については戦士達の自足で成り立っていた。
店売りを宛てにしなくてはならないのは調味料の類で、砂糖や塩と言った代表的なものを主に、何処かの世界の何処かの国にしかないスパイス等は、運が良ければ購入できると言った具合だ。
酒は店でも売っているタイミングが限られ、時には猿酒を誰かが見つけて回収してくる事もあるが、いずれにせよ希少な趣向品と言えた。

様々な世界が入り交じり、歪を通してもそれらを入手する事も出来る為、食材の種類だけで言えば、かなり豊富なものだろう。
本来ならば自然の気候や、世界の各地域の環境に依存しているものが、この闘争の世界では聊か無秩序に手に入るのだ。
世界によって共通する食べ物もあれば、特別に珍しいものもあり、台所を預かるティファや、好奇心旺盛なバッツは、馴染のない食材もひっくるめて、腕の見せ所とばかりに楽しんでいる節もあった。

しかし、自然環境では勿論のこと、モーグリショップでも手に入らない物もある。
スコールやラグナ、ライトニングの世界では当たり前にあった、加工品や総菜と呼べる類である。
ジャムやバター、スプレッドは、瓶詰にされて売られているし、オイル漬けの缶詰もあるのだが、それ程種類は多くないし、凝った味付けがそれに成されている訳でもない。
あくまで携帯と保存の手段として有用、と言うのが、この世界における立ち位置と言えた。
満足感まで得られる携帯食とするには、聊か物足りないものと言えるだろう。
調理から味付けまですっかり完成された状態を差す総菜類は、それを作りパッキングするような生産ラインもないからか、見かけられる事もない。
販売形態に保冷場所がある訳でもないので、売った所で戦士達がそれを見付けるより早く痛んで行くものも多いことを思えば、商品棚にそれがないのも無理はないだろう。
それと同様にか、温めればすぐに食べられると言う冷凍食品と言うのも、まず見る事はなかった。

モーグリショップで売られている食糧・調味料の類が、どうやって保存されているのか、戦士達は知らない。
理屈を真正直に捏ねていても説明がつかない事は、この継ぎ接ぎの世界ではよくある事だった。
店を開いているモーグリ達も、理詰めの説明を求められても大概応えられる訳もなく、「とにかく問題はないと思うクポ!」と押し返すしかない。
スコールとしては、どう言う形で保存されていたのかは重要なファクターであるとは思うのだが、結局の所、これまでモーグリショップで購入した食料品で目立った問題は起きていない。
第一、何かを理由にモーグリショップの利用を忌避した所で、今度は食糧の自給自足率の問題に直面する訳で、此方の方が解決の糸口を捕まえる方が難しい。
この世界特有の、目に見えない力が何かしら影響しているらしいと言う事と、あとはモーグリ達の商魂を信ずる他ない訳だ。

モーグリショップに食料を低温を保って貯蔵する為の機能具が存在するのかは分からないが、秩序の戦士達の拠点である屋敷には、冷蔵庫がある。
台所は機械技術の発展したメンバーが見慣れた設備が整っているのは、真に幸いな事だった。
購入した食材で、冷蔵して置いた方が良いものも少なくはないし、作り置きした料理も保存して置ける。
そうして低温保存したものも、電子レンジがあるお陰で、手軽に一人分を温めて食べる事も出来るから、遠征から帰って来た者へ急ぎの食事も提供する事が出来た。
電子機器を上手く扱える人間は限られるものの、道具のあるなしは、生活水準の差として大きい。
台所は自分の持ち場、と言い切るティファや、家事に抵抗のない者でも、疲れていれば休みたい時はあるものだし、そう言った面々がいない時でも、簡単な作業で真っ当な食事にありつけるのは、この上なく有り難い事であった。

スコールも、この便利な機械たちに、大いに助けられている。
サバイバル訓練の経験があるお陰で、野山での手ずからの火起こしや、そう言った場所でも簡易な調理をする方法は知っているが、やはり面倒なことだ。
ライターのような着火道具を持っている人間が、藁を使った原始的な火起こしをわざわざしたがる訳もなく、一つ一つの作業が楽に終わるに越したことはない。
電気製品の類が日常生活に密着していたスコールにとっては、竈よりもガスコンロの方が遥かに使い慣れた道具であった。
もっと言えば、コンロよりも電子レンジの方が、使用頻度としては馴染がある。
何を基準にこの世界に機械技術が紛れ込んでいるのかは判らないが、ともあれ、あって良かったとつくづく思う位に、この文明の利器はスコールにとって生活必需品だと言えた。

十名を越える秩序の戦士達の食事を用意するのは、中々の重労働だ。
だからティファはよく大きな寸胴鍋を使って、この人数でも数日分は持つようにと、たっぷりと作り置きを用意してくれる事がある。
それでも健啖家が多いので、予定より早く減って行くのは珍しくないのだが、こう言うものがあると助かる。
その他、直ぐに使えるようにと、適度な大きさに切った葉物であったり、皮剥きを済ませた芋類が、丁寧にパッキングされて冷蔵・冷凍庫に入れられているのは、元の世界で食事提供もする店を切り盛りしていたと言う、ティファの知恵と手腕のお陰だ。
それを形にする為に、スコールを始めとした、調理に覚えのある者が駆り出され、生産工場よろしく作業に明かした事も付け加えておく。

待機番として当番が回って来たスコールは、重ねて受け持つことになる夕食当番の為、キッチンに立っていた。
先日、セシルとフリオニールが狩って来た魔物の肉は、筋繊維が多くて硬い部分もあるのだが、長時間じっくりと煮込むと柔らかく蕩けてくれる。
処理が面倒なのでスコールはあまり使わないのだが、余り長く置いておいても痛んでしまう。
今日のメインに使える食材をこれとして、肉入りスープを作ることにした。
下茹でを済ませた肉を新しい鍋に入れて、冷蔵庫から袋に入った大量の野菜を取り出し、大きめに刻んでそれを投入する。


(どうせ時間がかかるから、この間に何か他に作るか)


肉が食べやすい柔らかさになるまでは、時間をかけねばならない。
今日のスコールは、比較的、そう言った作業を厭うつもりがなかった。
秩序の戦士にとっては幸運な事に、今日の聖域は静かで平穏なものだったから、夕飯の準備は暇潰しの一環となっていたのである。

副食に使えるものは、ティファの作り置きが冷蔵庫の中に積んである。
あれがあるなら、メインの食卓に並べるものはもう必要ないだろうが、デザート程度は作っても良いかも知れない。
他にやる事もないし、取り敢えず使って良さそうなものはあるだろうか、と冷蔵庫の蓋を開けた時、


「ただいまー!誰かいるかぁ?」


元気の良い声がキッチンに入って来て、その無邪気さにスコールの眉間に分かり易く皺が寄る。
喧しいのが帰って来た、と渋い顔になる自覚はあったが、その顔で振り返っても、相手はけろりとした顔で、


「おっ、スコールだ。ただいま!」
「……ああ」


褐色肌に紫髪の少女────プリッシュの帰還の挨拶に、スコールは溜息交じりに端的に返事をした。

と、少女が両腕一杯に抱えているものを見て、また眉間の皺が深くなる。
プリッシュはそんなスコールの視線が捉えているものに気付き、腕に抱えていたものを「ほら」と見せつけて来た。


「すごいだろ。歪の中で見つけたんだ!」


そう言ってプリッシュが誇らしげに掲げるのは、瑞々しく黒光りする葡萄の山だ。
適当に持ち合わせていたのであろう、布地を大きな皿代わりにして、まるで葡萄農園から帰って来たかのよう。
ぷっくりと実を膨らませ、色付きからしてブルームもある事から、野生ではなく人の手が入っていること、採集されてから大した時間も経っていない事が判る。


「歪の中なんて、またいつ行けるか判らないし。採れるだけ採って来た!」
「……そうか」


プリッシュがキッチンの上に布ごと葡萄を置く。
小山になっていたそれが崩れて、房から零れた実がコロコロと転がった。
プリッシュはそれを一つ摘まんで、ぱくりと口の中へと放り込む。


「美味いんだ、コレ。お前も食えよ」
「俺は良い────」
「ほらほら、口開けろって」
(人の話を聞けよ)


美味しいものを共有したいと言う、全き善意的な気持ちで、プリッシュはスコールに葡萄を一粒差し出した。
口元にずいずいと持って来られるそれに、スコールはいらりと眉間に皺を寄せたが、見上げる少女の瞳は爛々と明るい。
どうにも毒気が抜かれるものだから、結局スコールは彼女の希望通りするしかない。

が、流石に持ち帰って直ぐの果物を、そのまま口に入れる気にはなれなかった。
スコールは口元を守るように手を入れて、プリッシュの手から実を受け取る。
シンクで軽く水に晒してから食べてみると、皮は少々厚みがあったものの、噛めばぶつりと破れて、瑞々しい果肉の味が溶け出て来た。


「美味いだろ?な?な?」
「……そうだな。悪くはない」
「だろ~!」


同意が得られて、プリッシュは痛く満足そうだった。
よくもここまで邪気がないな、とスコールは半分は呆れつつ、ひっそりと感心する。

さて、問題は持ち帰られた葡萄が大量にあると言う事だ。
秩序の戦士が全員揃った食卓でも、これだけを食べる訳ではないから、流石に一日二日では消費し切れまい。
取り敢えず半分くらいはきちんと保存できる状態にしなくてはと、先ずは今晩分だけを除いて袋詰めでもしておこうかと思っていると、


「なあなあ、スコール。これで何か美味いもの作れないか?」


きらきらと期待に満ちた目のプリッシュに、スコールは胡乱に目を細めた。


「……例えば?」
「例えば?えーと、うーんと、そうだなぁ。お菓子とか、甘いやつとか」
「…そっちの料理は詳しくない。他の誰かに頼め」


スコールにとって料理は、必要知識の一つとして、授業で履修したに過ぎない。
生活においても、元の世界の環境では、必ずしも必要なものではなかった。
最低限、生きる知恵として持っている越した事はなかったが、趣味趣向の類に枝葉を伸ばす程、興味も造詣も深くはない。
まともにそれらが欲しいと言うなら、それの知識のある人間が作った方が、ずっと良質なものを食べることが出来るだろう。

と、スコールは思うのだが、プリッシュは分かり易く唇を尖らせた。


「スコールが作ったのが食いたいんだよ。お前、なんでも作れるだろ」
「レシピと道具、素材が一通りあればの話だ」
「じゃあ大丈夫だろ。ティファやユウナやジタンがよく作ってるし。何が必要なのか、オレには判んないけど」


他人のものとは言え前例がある訳だから、道具は揃っている筈だとプリッシュは言う。

確かに、述べられたメンバーは折々にそれぞれが得意としているレシピでデザート類を作っているから、キッチンをくまなく探せば、道具は何かしら揃うだろう。
素材については、冷蔵庫から食糧庫まで、此方も探せば───タイミングによっては全てとは言わないだろうが───概ね見付かるに違いない。
後は、スコールが手を付けられるレシピについてだが、これについて当人は今の所、『葡萄を使ったもの』に思い当たる節がなかった。


「……レシピがない」
「探してもない?」
「それは────」


小首を傾げながら覗き込んで来るプリッシュに、スコールは返す言葉に窮した。
ない、と言ってしまうのは簡単ではあるが、本心として『探す所を探せばある』と言うのも事実。
期待に満ちた瞳にまじまじと覗き込まれて、スコールは眉間に目一杯の皺を寄せながら唇を噤んだ。

それから少しの静寂の後、まだじいっと見詰めて来る少女に、スコールは深々と溜息を吐く。


「……書庫を探せば、何かあるかも知れない」
「ホントか!」
「かも、の話だ。置いてあるかは判らない。俺が作れるレシピかも判らないし」
「じゃあ探して来る。見付けたら作ってくれるか?」
「……作れるものだったらな」


諦めにも似た境地で、スコールがそう答えると、プリッシュは分かり易く顔を輝かせる。

山積みになっている葡萄を、冷蔵庫に入れる為にパッキングしていると、プリッシュがそれを覗き込んで来る。
スコールにとっては近過ぎる距離であるが、彼女の普段の行動を思えばいつものことだ。
一々気にするのも面倒になってきて、スコールは黙々と葡萄を包む作業に終始した。

今日の夜に生で食べる分として、二房を水洗いしてザルに置いておく。
それからスコールは、鍋にかけていた火を止めて、蓋を閉じた。


「書庫に行くぞ」
「おう!作る時はオレも手伝うからな!」
「……ああ」


うきうきと、今から楽しみでしょうがないと言う様子のプリッシュを伴って、スコールはキッチンを出た。
一緒に書庫へと向かうプリッシュの足は、スキップでもしそうな弾み具合だ。

料理が得意なメンバーなら他にもいるのに、況してや菓子類ならもっと別の人間を宛てにした方が良いだろうに、どうしてプリッシュはスコールが作るものに拘るのか。
意味不明だ、と胸中で呟くスコールであったが、ともかく、今日はスコール自身も暇なのだ。
暇潰しの理由と、存外と美味かった葡萄の味に、気紛れ程度はしても良いと言う気になっている。



夕飯を前に完成した葡萄のパイを食べたプリッシュが、「また食べたい」と言うものだから、スコールは「気が向いたらな」とだけ返したのであった。



11月8日と言う事で、プリスコ。
無邪気なもので無自覚に甘え上手なプリッシュと、なんだかんだで無碍に仕切れないスコールでした。

どうしても食べ物ネタになるのであった。
プリッシュにしてみれば、スコールが口では素っ気なくても実は付き合いが良いとか、何であれ悪いようにはしないので、信用して甘えてるんだと思います。

[ジェクレオ]秘密の祝杯

  • 2023/10/08 21:05
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



戦勝会の打ち上げともなれば、どの選手もめいめいに飲み明かすものであった。
酒好きの多いチームメンバーである事もさながら、大きなトーナメント戦で優勝を制した暁ともなれば、誰もが弾けると言うもの。
チーム関係者の誰しもがほっと胸を撫で下ろし、試合期間はコンディションの為に抑えていた酒量を、これまでの分まで取り戻すように、酒瓶が空いて行く。

ここ一番の打ち上げでは、選手は選手で、スタッフはスタッフで飲みに行くのがお決まりだった。
選手だけでも相当な大所帯であるから、それを支えるチームスタッフは倍近くの人数になる。
それが一つの店に押し寄せる訳にもいかないし、仮にそれをするなら、何日も前に大広間を課し切るような予約をしなくてはいけない。
チームの大スター選手であるジェクトがいる事から、このチームが負けるなんて有り得ない、と豪語する者も多いが、とは言え勝負とは時の運である。
何がリズムを狂わせるか判らないもので、冷静な者は最後の最後まで気を抜かなかった。
それがより一層選手たちを研ぎ澄ませ、試合終了の音が鳴るまで、彼等は力強く水を掻き続けた。
優勝カップは、その甲斐あってのものだ。
勝利の証を肴に酒を飲みたい者は、選手スタッフ問わずに多かったが、まずはやはり試合で最も体を張ってきた選手たちへの労いにと、彼等と共に打ち上げ会場へと運ばれる。
そして、全員そろっての祝賀会は改めてのものとし、まずは選手と各スタッフとそれぞれに分かれての打ち上げが始まったのであった。

気の抜けない試合が続く中、コンディションを保つ為、ジェクトは当分の間、飲酒を控えていた。
偶には休息に飲むことはあったが、それも寝る前に一杯程度。
それだけにしておけと、マネージャーであり恋人であるレオンに釘を刺されていたから、大人しくそれに従った。
酒一杯程度でどうにかなるもんか、とジェクトの本音としてはあるのだが、若い時分にそうして失敗をして、翌朝の試合で酷い動きをしていた事を引き出されては、ぐうの音も出ない。
お陰で今回の試合は、ほとんど完璧な仕事が出来たから、やはり何事にも抑制は必要なのだと思い知らされる。

しかし、今日に至ってようやくその我慢も解禁だ。
別口で飲みに行くと言うレオンからは、「だからって羽目を外しすぎるなよ」と言われたが、そう言う彼も、その注意に大した効果があるとは思っていまい。
精々、財布の紐まで緩めて、この飲み会の代金を奢るなどと言い出さないでくれ、と言った所だろうか。

チームの大黒柱であり、守護神とも言えるジェクトの下へは、次から次へとチームメイトが声を交わしにやって来た。
ビールの入ったジョッキをぶつけ合い、何度も乾杯を唱えながら、酒瓶を開けていく。
大皿でやって来た摘まみは、解放感に胃袋まで再現をなくした選手たちの手で、どんどん平らげられていく。
この酒屋の食事は元々上手いと定評だが、やはり勝利と言う名のスパイスが一番の旨味だ。
今年一番の美味い飯だと、仲間達と共に飲む喜びは、長い選手生活の中で何度となく味わったものだが、やはり心地の良いものであった。

そうして食事を主とした打ち上げが終わると、クラブに行かないかと言う話が持ち上がった。
母国であれば二次会に行くようなものだ。
若い選手が声をかけ、偶には良いなとベテランまで加わる所で、ジェクトにもお呼びがかかった。
ジェクト自身もまだ飲めるし、胃に隙間はあるが、クラブとなるとジェクトはパスだ。
若い頃には参加する事もあったし、其処で多少なりと良い思いをした事がないとは言わないが、今はそう言う気にもならない。
適当な理由をつけて退散させて貰えば、まあいつもの事、と仲間達も気分良く帰宅組へと加わるジェクトを見送った。

タクシーを捕まえるなり、バスに乗るなりと、散らばって行く帰宅組の中、ジェクトは手近にあったコンビニで缶ビールを買っていた。
先の試合で優勝を飾ったスター選手の来訪は、コンビニ店員にもしっかり見られ、サインを強請られたので応えている。
そんな事をしていたら店の奥から店長と思しき男もやって来て、優勝祝いにと言って摘まみになるものを贈られた。
断るのも悪いものだと知っているから、今日は快く受け取り、さてこれで帰ってのんびり一人酒でもしようかと思っていた時。


「ジェクト?」


名を呼ぶ耳慣れた声に振り返ると、よく知る人物────レオンが立っていた。
どうして此処に、と言う顔をしたレオンと目を合わせて、ジェクトは「よう」と摘まみの入った袋を持った手をひらりと振って挨拶する。

此方に近付いて来るレオンの顔は、ほんの少し赤い。
レオンも今日は関係者同士、選手マネージャーを勤める仲間内で、所属するチームの優勝を祝う飲み会に参加していた。
それなりに酒も飲んでいるのだろう、眦は普段よりも緩んでおり、頬もほんのりと赤い。
しかし足元は危なげなく、しっかりとしているので、酒量を弁えてセーブはしていたようだ。


「あんた、飲み会はどうしたんだ?」
「十分食ったし飲んだよ。お開きして、次はクラブだってんで、俺は抜けてきた」
「行けば歓待されただろうに。優勝チームのスター選手が来た、ってな」
「そりゃ有り難ぇが、ああ言う場所は色々やらかす奴も多いからな。俺はもう懲りてるよ」
「懸命な判断だ」


過去の失敗の経験は、それなりに堪えているのだと言うジェクトに、レオンはくつくつと笑う。
これだけの事で上機嫌に笑う辺り、やはりアルコールは回っているようだと分かった。


「お前の方こそどうした?今日は祝いだからな、お前も二次会くらい誘われただろ」
「声はかけられたけど、大分飲んだからな。これ以上は危ないと思ったんだ」


頬の火照りを確かめるように、レオンは自身の頬に手を当てながら言う。
これ以上は人に迷惑をかける、と言うレオンに、こんな時でも真面目な奴だとジェクトは苦笑した。

レオンの視線が、ジェクトの右手に握られた缶ビールを見付ける。


「あんたはまだ飲むのか」
「良いだろ?まだ余裕だよ」
「摘まみまで買って」
「これは貰いモン。コンビニの店長から、優勝祝い」
「人気者だな」
「そりゃあな」


謙遜など不要と堂々と言ってやれば、レオンは肩を竦めて見せる。
普段なら、飲み会で飲んだならもう止めておけ、と言う所だが、今日ばかりは目を瞑ってくれるようだ。

お互いに飲み会が終わった者同士、足は帰る方向へと向かう。
ジェクトの日々の管理は、専らレオンが握っているもので、その仕事の延長の中で今ではレオンと同居している状態にある。
他人は知らぬ話ではあるが、故にこそ二人は、仕事の意味でも、プライベートな意味でも、“パートナー”と呼べる間柄になっている。
母国で暮らす互いの家族にも未だ秘密の仲ではあるが、誰にも踏み込まれる事のない、二人きりの生活と言うものを、二人は案外と気に入っていた。

そんな同棲と呼ぶに等しいジェクトとレオンであるが、二人で連れたって帰路を歩くのは珍しい事だ。
レオンはジェクトの専属マネージャーを仕事としている為、彼の生活管理を始めとし、移動手段の都合をつけたり、スケジュール管理もレオンの役目である。
だから家を出る時には二人揃って出発する事は多いのだが、帰りは大抵バラバラだ。
ジェクトは自分自身の調整を納得するまで続けたり、チームメイトの誘いで、自身が酒を飲む飲まないに関わらず、宴席に顔を出す事が多い。
レオンはジェクトの健康管理も仕事の内であるから、日々の食事作りもレオンが引き受けているが、それは必ずしも強制的なものでもない。
ジェクトに関する事務仕事が遅くまで続いたり、此方は此方で人との付き合いがあるもので、ジェクトに一報だけを入れて、其方を優先する事もあった。
それが普通の生活だからか、こうやって夜遅い街を二人で並んで歩く事もない。

ジェクトは飲み干した缶ビールを、道の端に設置されているトラッシュボックスに放った。
からんからんと音を立てるそれが鎮まる前に、ビニール袋から二個目の缶ビールを取り出す。


「本当によく飲むな」
「気分が良いもんでな」
「その辺で寝潰れないでくれよ」
「しねえよ、そんな事。お前も飲むか?」


ぷしゅっ、と缶ビールのタブを開けながら言うと、


「……そうだな。一口くらいは良いかも知れない」
「なんだ、珍しいな。いつもはいらねえって言うのに」


アルコールが嫌いな訳ではないが、強くはないと言う体質もあってか、自分から進んで酒を飲まないレオンである。
祝賀会の席で、どれ程かはジェクトもはっきりとは判らないが、とは言え火照る程度には飲んでいる筈だ。
それは宴の場所だから、と言う理由もあっての事で、其処から離れ、道端を歩いている時にまで飲む気になるなど滅多な事ではない。

レオンもそんな自分に自覚はあるようで、くすりと笑ってジェクトを見上げ、


「あんたじゃないが、今日は確かに気分が良い。もう少し位、飲んでも良いかと思ったんだ」


そう言った青年の顔は、頬の赤みと、蒼の宝玉を抱いた眦が仄かに緩み、随分と柔らかい。

規模の大きなトーナメント戦を熟す日々は、試合に出る選手は勿論の事、その身体の管理の一切を任されているレオンにとっても、それなりに気合と緊張が続くものだ。
一試合ごとに蓄積される選手の疲労も考えながら、次の試合へと向けた調整をし、選手のモチベーションにも気を配らなくてはならない。
レオンはジェクトの操縦方法と言うものをよくよく心得ているが、その傍ら、レオンは自分自身の管理も怠る訳にはいかなかった。
自分がミスをすれば、それはジェクトにも跳ね返ってしまうものだと判っているから、一層気を張る時間が続く。
どうにも適度に手を抜くと言うやり方が出来ないレオンにとって、最後の最後、優勝が決まるその瞬間まで、彼はジェクト以上に根を詰めていたのは間違いないだろう。
それでいて、ジェクトと過ごす日々にはそれを滅多に顔には出さず、ジェクトは試合に集中できるようにと努めていた。
今回の決勝戦の相手が、トーナメントを勝ち上がってきたライバルとも言える強豪チームであった事から、レオンの緊張が一入に高かった事は、ジェクトにも想像できる。

レオンはようやく、その緊張の日々が終わったのだ。
選手であるジェクト同様、長い戦いを終えたレオンの、久しぶりに見る穏やかな表情に、ジェクトも面映ゆさで口元が緩む。
その気持ちのままに、ジェクトはレオンの腰を抱き寄せると、いつもよりも三割増しに赤い頬に唇を押し付けた。


「おい、ジェクト……」
「なんだよ」
「酔っ払い。外だぞ」
「構わねえだろ。酔っ払いだからな」


二人が恋人同士である事は、誰にも秘密だ。
それがこんな路上で、通る人も多い場所でキスなんて、と叱るレオンであったが、その手は顔を寄せて来る男を拒まない。
やはり、お互いにそこそこの酔いが回っているのだろう。
それも心地の良いものであったから、こうして人目も憚らずに、戯れに興じているようなものだ。

しかし、戯れでことが済むなら可愛いものだが、生憎ジェクトはそうではない。
試合の為に我慢を続けていたのは、飲酒に関する事だけではないのだから。


「……ムラついていきたな」
「此処でする気はないぞ」
「判ってるよ。何処か行くか?」
「あんたとホテル?パパラッチが喜ぶネタだ」
「だよなぁ」


有名選手のジェクトであるから、今でも何処かで何かを期待している目はあるだろう。
今は気の知れたマネージャーと、酔いに感けたじゃれ合いに見えても、これ以上は流石に良くない。


「しゃあねえな、帰るまで我慢してやるよ」
「そうしてくれ」
「明日は気にしなくて良いんだよな」
「夜には優勝会見がある。それまではゆっくりしてて良い」
「そりゃあ良かった」


言いながらジェクトは、中身が半分ほど残っている缶ビールをレオンに差し出す。
レオンはそれを受け取って、こくりと一口。
濡れた唇がプルタブからゆっくりと離れ、赤い舌が唇の端を舐めるのを見て、ジェクトは久しぶりの欲が分かり易く膨らむのを自覚していた。



10月8日と言う事でジェクレオ。
相変わらず書いてる奴が楽しい、プロ水球選手×専属マネージャーなパロです。

二人揃って海外暮らしなので、秘密の関係ではあるけど、割と外でもこの程度にいちゃいちゃする事がある。なお酔っ払ってる時限定。
大事な試合が全部しっかり終わって、次の日は少しのんびり出来るとなれば、遠慮なくお楽しみするんだと思います。

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