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Category: FF

[ウォルスコ]腕の中の猫

  • 2023/01/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



各地に点在する歪の見回りは、秩序の陣営にとって、聊か面倒ではあるが欠かせないものだった。
歪の中で発生すると思われるイミテーションは、ともすれば大群となって秩序の聖域を襲いに来る可能性も否めない為、危機回避の常套手段の一つとして、定期的に行う必要がある。
また、イミテーションが増加し続けると、その歪は混沌の領域の影響も濃く受けるようで、混沌の戦士の領域になり得る。
混沌の戦士はこうした歪を利用し、歪を中間地点とした移動を行う事が出来る為、下手をすれば秩序の陣営の懐に簡単に足を運ぶ事も可能となるのだ。
ウォーリアが日課のように、秩序の聖域を中心とした広範囲を見回りを当てているのは、こうした理由もある。

平時であれば、ウォーリアの見回りは、彼自身の都合と裁量で行われている。
混沌の大陸への遠征が入れば別の者が行くが、そうでなければ、誰も言わずとも彼の仕事となっていた。
だが、秩序の聖域の周辺と一言では言うが、その範囲は非常に広い。
混沌の力の影響が強いのは、方角で言えば海の向こうにある北の大陸側であり、また其処と唯一陸続きになっている東部の陸棚が両者の境界線となっているが、それ以下の南部側も大陸と呼んで十分な大きさを持っていた。
この為、他の戦士達も、折々の予定との擦り合わせをしながら、向かった先で赤い紋章の歪を見付ければ、その解放を率先して行っていた。

歪の中は、混沌の力に侵食されてから長い時間が経ったもの程、安定性を喪っている事が多い。
そう言う場所では、空間の不安定さに影響されてか、出入口が一つではない事もあった。
全く異なる地点にある歪が、中に入ってみると同じ空間として繋がっていたり、中を散策している最中に見付けた孔から出てみると、見知らぬ場所に迷い出たり。
出入口が安定してくれていれば、秩序の面々もテレポストーン代わりに使う事も出来たかも知れないが、それはそれで、混沌の戦士の奇襲攻撃にも利用されそうで、一長一短か。
そんな話も出る事はあるが、結局の所、歪は何処もある程度は不安定だと言う事に変わりはなく、火山の火口の真上や、海の真ん中に放り出されるかも知れないと言う恐ろしさもある訳で、秩序の面々としては、余程の緊急時でもなければこれを移動手段と使う事は推奨されない。

ウォーリアが今日の見回りで入った赤い歪も、この類だった。
いつから出現していたのか、それとも何処か別の出入口が混沌の支配側にあって、それが此処まで拡がって来たのか────理由は不明だが、何であれ見付けた以上は放っておく訳にはいかない。
入ってみれば予想通り、イミテーションが蔓延っていたのだが、其処にいたのは人形だけではなかった。

ウォーリアが歪に入った時、其処は既に戦闘の痕跡があった。
砕かれた水晶の破片と、倒れた石柱の残骸が入り交じる向こうに、まだ闘いの音が聞こえていた。
独特の焦げる音と、火薬を炸裂させる音が短い間隔で何度も響く。
他にない独自の構造を持った武器にのみ発されるそれに、ウォーリアがイミテーションと戦っているのが誰なのかを直ぐに理解した。
同時に、今朝、彼と共に出立した筈のメンバーがいない事にも気付き、ウォーリアは直ぐに音の方向へと向かう。

スコールは、四体のイミテーションに囲まれていた。
イミテーションの動きが遠目にも洗練されている事から、上級種か、何らかの変異種である事が見て取れる。
入れ替わり立ち代わりに襲い掛かるそれらを往なす剣捌きは確かなものだが、あれら以外にも相手取っていたのだろう、スコールの剣筋には微かに疲れが出ている。
数の不利にある上、持久戦に持ち込まれているようで、スコール一人では打開策を練るのも難しいだろう。

ウォーリアは剣を構え、強く地面を蹴った。
一足に肉薄した新たな敵を、人形は感知するだに攻撃の姿勢を取ったが、ウォーリアの方が早かった。
魔人の姿をしたその体を袈裟懸けにすれば、イミテーションはノイズのような声を鳴らしながら砕け散る。
それによってスコールも乱入者に気付き、


「────任せる!」
「ああ」


ウォーリアの参戦によって、ターゲットを切り替えたのは、幻想と皇帝。
ならばとスコールは二対をウォーリアに預け、距離を取っていた妖魔に向かって突進した。

幻想の猛攻は此方の手を封じんとする程の乱打であったが、ウォーリアの重鎧は十分に対抗を発揮した。
鎧を通しても響いて来る重みのある一撃は痛いものだが、決定的な有効打としては届かず、ウォーリアは防御を捨てた幻想に容赦のない一撃を叩き込む。
その隙に罠を張り巡らせた皇帝であったが、ウォーリアはそれらを敢えて起爆させる事で、周辺に散らばっていた瓦礫を粉塵にした。
イミテーションの一部は探知能力に優れたものがあるが、それでも多くは視覚情報らしきものを頼りにしている。
舞い上がる粉塵によって視界を遮られ、文字通り人形のように立ち尽くす皇帝は、本物よりもいやに楽に制する事が出来るものであった。

二対のイミテーションを倒し、晴れて行く粉塵の向こうに目を配らせると、スコールが片膝をついていた。
ガンブレードを支えに、肩で息を荒げている彼の下へと向かう。


「スコール、無事か」
「……ああ」


疲れ切った様子で、スコールは辛うじて返事を寄越した。

中々喘鳴の落ち着かないスコールを横目に、ウォーリアは改めて周囲を見渡す。
残存勢力の気配はなく、砕かれ転がる石柱の残骸の他は、それらよりも小さく細かく砕け散った人形の破片がきらきらと光っているだけ。
その宝石のような光が、空間のあちこちに散らばっているのを見て、元は相当の数が蔓延っていたのだと判る。

そんな場所に、この青年は、一人で。
幾らなんでも無謀が過ぎる戦い方に、ウォーリアの整った眉間に皺が寄せられる。


「……君は、一人で此処に?今朝はバッツとジタンが一緒にいたと思ったが」
「………、」


ウォーリアが尋ねると、スコールは一つ大きく息を吐く。
答える為の呼吸を整えると、汗の滲む顔を上げ、


「……空間が歪んだ拍子に、逸れた」
「成程」


一人でいたのは故意ではなく、事故。
スコールはウォーリアを睨むように見つめて、険の抜けない表情でそう言った。

ならば軍勢を相手に孤独の戦いを続けていたのも仕方がない。
寧ろ、そんな状態で、ウォーリアが乱入するまで無事に戦い続けていた事に称賛と労いを送るべきだろう。
ガンブレードを杖替わりにして体を起こすスコールは、誰が見ても判る程に疲労困憊している。
一撃が重い上に攻撃スパンの早い幻想や、罠を張り巡らせて接近を厭う皇帝、遠距離から中距離で魔法を撃って来る妖魔────近距離と手数を持ち場とするスコールにとっては、相性の悪い相手ばかりだ。
他に何を模したイミテーションがいたのかはウォーリアには判らないが、よく斃れずに持ったものだ。
そして、スコールが何処からこの歪に入ったのかは知らないが、ウォーリアが入ったものと空間が繋がったのは、不幸中の幸いと言える。

げほ、と咳を零しながら、スコールはガンブレードを杖替わりにして立ち上がる。
が、戦闘を終えて緊張の糸が切れたのか、その躰はふらふらと揺れて、今にも頽れそうに見えた。


「スコール。無理をしない方が良い。疲れているのだろう」
「……だからって、こんな場所に長居するものじゃないだろ」


諫めるウォーリアに、スコールは真っ当に反論した。
此処は暗闇の雲の領域ともなる、『闇の世界』だ。
安定した足場があるかと思ったら、突然空間が変容して、全体の形が変わってしまう事も多い。
イミテーションを全て倒したからと言って、ゆっくりと腰を下ろして休息できる場所ではないのも確かだった。

ともかく出ない事には、とスコールは出口を探して歩き出すが、やはりその背中は重い疲労が滲んでいる。
その上、ウォーリアの鼻孔に、火薬の匂いに混じって血のそれが含まれていた。


「待て、スコール。怪我をしているな」
「……大したものじゃない」
「出血している。治療をしてから────」
「悠長なことが出来る場所じゃない。後で良い」


ともかく歪からの脱出が優先だと言うスコールの言葉は正しい。
だが、無理をしていると判る歩き方をしている仲間を放って置く訳にはいかない。

ウォーリアは足早にスコールへと近付くと、まずその腕を掴んだ。
疲労で意識も散漫としていたからか、スコールは鎧の音を鳴らしながら近付いたウォーリアにも気付いていなかった様子で、目を丸くして振り向いた。
掴んだ故に判ってしまう、細くも感じられる腕には、碌な力も入っていない。
それを強く引き寄せて、案の定がくんと体勢を崩したスコールの背を、ウォーリアの腕が受け止める。
重力に従って倒れ込もうとする背中を掬い上げながら、逆の腕をスコールの膝裏に引っ掛けて持ち上げれば、存外と軽い体重が両腕にずしりと乗った。


「は……!?」


引っ繰り返った声が上がったが、ウォーリアは気にしなかった。

抱えた人物の体勢が安定するよう、腕の位置を調整しながら、つい先程走った道を逆に向かう。
あれからまだ時間も経っていないし、空間の変容も起こっていないので、ウォーリアが侵入に使った出入口も同じ場所にあるだろう。
傷のあるスコールの体に障らないように気を付けながら、その治療を急ぐ為、ウォーリアの足は自然と早くなる。

が、抱えられた人物がもがいていては、やはりその速度も落ちると言うもの。


「じっとしていてくれ、スコール。落としては怪我をする」
「じゃなくて、下ろせ!自分で歩く!」
「疲れているのだろう。無理をするな」
「してない!良いから下ろせ!」


握った拳でウォーリアの肩を叩き、訴えるスコール。
しかし、重い鎧をまとったウォーリアの肩を幾ら殴った所で、金属の固さが手袋越しにじんと響いて来るだけだ。
抱えられた足元は、ばたつかせれば少しは効果があるだろうが、其処には真新しい傷があった。
正にウォーリアが感じ取った匂いの元であるそれは、何処でどう負ったものかは最早判らないが、それなりに深さがある。
横にいるのがウォーリアだと言う事もあって、弱味を見せまいと意地で歩行しようとしたが、実の所、十分に痛みが出ているのだ。
歩かなくて良かった、とでも言いたげに傷がじんじんと無遠慮な痛みを訴えるものだから、スコールはそれに耐えるに意識を持っていかれてしまう。


「……っ」
「直ぐに外に出る」


傷の痛みに顔を顰めるスコールに、ウォーリアは宥めるように言った。
スコールは「……くそ、」と忌々しげに呟いた後、ようやくウォーリアに寄り掛かるように体の力を抜いた。

思った通りの場所にあった出入口から歪を脱出する。
清廉な青い紋章を浮かばせる歪を背に、ウォーリアは手近な木の根元にスコールを下ろした。
匂いの元と思われるズボンの裾を捲り上げると、足に裂傷と火傷がある。
痛みに耐えて脂汗を滲ませているスコールに、ウォーリアはケアルをかけた。
魔力に長けた者程、効果が望めるものではないが、応急処置程度には効くだろう。

その甲斐あってか、痛みに歪んでいたスコールの表情は、僅かずつ鎮静されて行く。
強く寄せられ皺を浮かせていた眉間も緩み、蒼の瞳が微かにほうっと安堵した色を滲ませた。
しかし、見た目よりも傷が深いのか、負ってから戦闘が終わるまで強引に酷使した所為か、出血はまだ止まらない。
ウォーリアは背に垂れるマントを破り、包帯替わりに傷を覆う。


「簡易だが、一先ずはこれで」
「……十分、だ」


疲れた様子で、スコールは小さく答えた。
はあ、と枝に覆われた空を見上げるスコールの体は、疲労によって見るからに重い。
しばらくは、自力で立ち上がる事も出来ないだろう。

ならば、とウォーリアはもう一度、スコールの体を抱き上げる。
うわ、と言う声にやはり構わず、落とさないように、また出来るだけ揺れを軽減させられるようにと腕の位置を調整していると、


「おい……」
「なんだ?」
「………いや、良い」


何か言いたげな表情のまま、スコールは溜息を吐いて、口を噤んだ。
ウォーリアが首を傾げると、「……何でもない」と念を押すように言う。
眉間にはウォーリアが見慣れたものより深い皺が浮かんでいたが、スコールはそれきり黙ってしまった。

常よりも早い歩調で秩序の聖域へと向かうウォーリア。
その腕の中で、スコールは漏れる溜息を堪えながら、諦めた顔で目的地への到着が一分一秒でも早い事を祈る。
願わくば、誰かにこの状態を見られる事のないように、とも思いながら。




1月8日と言う事で。
ウォル&スコ時代のウォルスコの温度差も良いなと思って。
お姫様抱っこされてハァ!?ってなるスコールと、特に意識している訳ではなく傷に障らないように安定させるならこれだと躊躇なくそれを行うWoLが見たい人生。

WoLにとっては幸いな事に、帰った所でちょうどジタンとバッツもいて合流するんだと思います。
そんでスコールが色々冗談でからかわれてる内に、意外と居心地良かったとか思ってたことに気付いたりする流れが好き。

[ラグスコ]君と迎える今日と言う日に

  • 2023/01/03 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



一国の首席たる大統領と言う地位に就いてから、休みが取れたとて、その身が全くの自由になると言う事は滅多にない。

エスタは長い鎖国の中にあり、その中でラグナは現状に置いて善政と呼ばれる評価を貰ってはいるが、反発勢力が皆無という訳ではなかった。
特に、クーデターが成功した直後から数年の間は、魔女アデルを心棒する残存勢力も多く、後続の懸念を断つ為に、厳しい決断をした事もある。
それが英雄として持ち上げられ、大統領と言うポストに就くに至ってしまった、自分自身の責任の形でもあった。
憂いを払ったとてラグナが自由になる事はなく、国の舵取りのあれこれだとか、やっと声を上げられるようになったエスタの国の人々の訴え等々、とかくラグナは数多に手を引かれていた。
中には、アデル様を返してくれ、と純な瞳で訴える者もいたりして、頭を悩ませたものである。
そして、そう言う人々が、ラグナの命を狙って行動を起こす事も、決して珍しくはなかったのだ。

十年以上の歳月が経って、魔女アデルの存在を求めるものは、表沙汰にはなくなった。
これはあと数十年は仕方のない話で、齢を重ねたもの程、新たな環境や異質な風には拒否反応を示すものだ。
それでも、流石に時代の移り変わりという空気は避けられず、またアデルと言う存在を強く忌避する人々がクーデターを勝ち取ったと言う事実が強く根を張るに連れ、それに対する反対勢力は意気消沈せざるを得なかったのである。
また、ラグナと言う人物が、クーデターの主要人物として英雄視された事、粗はあれども、少なくとも恐慌的な政治を良しとしなかった事もあり、多くのエスタ国民は彼に友好的だ。
お陰でラグナは、国内ならば護衛もつけずにふらりと出歩く、と言う事が可能な位に、ラフな過ごし方を許されていた。

とは言え、である。
一国の大統領、況してや英雄を、本当に一人で街に放逐できる筈もない。
エスタの街には、主要な施設や幹線道路を始めとして、至る所に警備兵が常駐している。
コンピューター制御を要した監視カメラも随所に設置され、犯罪に対する抑止力も整備されている他、私服警官、雑踏に紛れ込んでいる変装したSP等も勿論いる。
ラグナと言う存在が、もし某かの犯罪に巻き込まれたら、それは嘗てのクーデターが今度はラグナに牙を剥いて来たと言う事になる。
其処には嘗て魔女を心棒した人々の存在がある事は無視できず、世代一つが交代する時間をかけて、ようやく安定にも慣れて来た国の在り方が、再び激動に翻弄されることになるだろう。
エスタ国民の多くは、そんな時代が来ることを望んではいない。
彼の人物が、エスタにとって、現実的にも精神的にも大きな支柱となっているからこそ、彼は護られなくてはならない。
故にラグナは、一人でいるようでいて、決して一人になる事は叶わないのだ。
結果として、ラグナが“ラグナ”として一個人でいられる場所と言うのは、その日一日の職務を全て終え、私邸となった自宅で過ごす、ごくごく僅かな時間のみと言う具合だった。

そして、時代の変化は再びやって来た。

アデルを宇宙に追放し、鎖国をしてから17年────エスタの国にまた“魔女”がやって来た。
一人は自らその身を封印する為に、もう一人は意識のないまま、そうと知らずに運ばれてきた。
偶然か必然か、数えきれない程の要因が幾つも重なって、あの忌まわしい“魔女戦争”は、エスタを巻き込んで大きく動き出した。
結果的には、エスタに新たな“魔女”を連れて来た少年少女達の奮闘により、魔女は屠られ、新たな”魔女戦争の英雄”が誕生する。
そして戦後処理と言える様々な世界情勢の中、エスタは開国する事となった。

エスタが開国してから数ヵ月の間に、国内外問わずに様々な変化が起きている。
閉鎖的な環境が長く続いていた為、異国との付き合い方と言うものも、忘れてしまった世代は少なくない。
老兵も出しゃばろうにも、17年と言う歳月は、光速のように情報が駆け抜ける現代において、置いてけぼりされるのも致し方のないものであった。
出来る事から始めようと動き出す人々も少なくはなかったが、その多くは若い世代で、異国との向き合い方と言うものを全く知らない者も多い。
また、エスタは“月の涙”の影響も色濃い為、其方の対応もしなくてはならなかった。
幸いなのは、”魔女戦争の英雄”擁するバラムガーデンと友好的なパイプが出来ていること、その繋がりもあって、F.H.の人々も協力姿勢を見せてくれている事だろうか。
エスタはそれらを足掛かりに、ようやく国際社会への復帰を試みている段階であった。

そんな訳だから、ラグナは多忙な毎日を送っている。
これまで国内の事に注力する仕事が多く、それらを上手く捌ける分野へ割り振るのも、流石に近年は慣れて来ていた。
しかし、エスタを開国に舵を切った事により、国際的な首脳会議であったり、他国の駐在官を迎える為の準備であったり、これまでとは類の違う仕事が一気に増えている。
ラグナ自身の顔を必要とする場面も多くなり、ラグナは毎日のように足が攣りそうだった。
年の瀬ともなれば、国内外の様々な年中行事にも呼ばれ、スケジュールの調整を担当している執政官が目を回していた程である。
例年ならば、多忙を乗り切った後の年末年始は、比較的ゆっくりとした時間が取れるものだったのだが、それも今回は難しいと言われていた。
こればっかりは仕方がないと、いつの間にか身についてしまった諦念に身を任せ、どうにかこうにか乗り切った────その後。


「……って訳でさ。もうてんてこまいだったんだよ」
『……そうか。……何処も似たようなものなんだな』


モニター越しの、約一週間ぶりに見る顔。
ラグナの近況報告と言う名の愚痴を、面倒臭そうに聞いた後、画面の向こうの少年───スコールは溜息交じりにそう呟いた。

最近ラグナは、こうしてスコールと通信を繋いでいる。
ラグナに負けず劣らず、彼も祀り上げられた立場によって多忙な身だから、頻度はそれ程多くはない。
二人ともに、ラグナは私邸に、スコールはバラムガーデンの寮に戻っている時でなければ、通信を繋ぐことも出来ないからだ。
繋ぐだけなら、スコールがラグナロクに乗っている時でも可能ではあるのだが、その時の彼は大抵、仕事をする為に出向いている。
スコール自身のスイッチも其方に切り替わっている為、ラグナが“スコール”と純粋に話をしたいのなら、彼が仕事用のスイッチをオフにしている時でなくてはならなかった。

通信だろうと、直に会っていようと、スコールの口数は少ない。
だからいつもラグナが一方的に喋っているのだが、最近はそれに対するスコールの相槌も増えているように思う。
こうして話をする事に、スコールが慣れてくれているのなら、ラグナにとって嬉しいものだった。

しかし、今日も直に日付が変わろうとしている。
ラグナはもっと話をしていたかったが、明日もまた任務だと言う少年から、休む時間を削るのは良くない。


「そろそろお前は休まなきゃな。明日は、えーと……何処に行くんだっけ」
『カシュクバール砂漠』
「大変だなあ。無理するんじゃないぞ」


ラグナの言葉に、スコールは「別に……」と言ってモニターから視線を逸らしている。
頬がほんのり赤いので、労いや心配の言葉に対して、どう返せば良いか判らないのだろう。
そう言うコミュニケーションに不慣れな所も、ラグナには初々しい可愛らしさに見えるのだから、すっかりこの少年の事が気に入っているのだと自覚する。

画面越しの会話でなければ、頭を撫でたり、頬に触れたり出来るのに。
そんな事を考えているラグナに、スコールが話題を逸らすように言った。


『あんたは……休みなんだろ。良かったな』
「うん。まだやる事は色々あるんだけど」
『……誕生祝なんだから、受け取って置けば良いだろう』


スコールの言葉に、うん、とラグナは頷いた。

年が明けて直ぐにやってくるラグナの誕生日と言うのは、今のエスタ国にとって、特別なものだった。
魔女アデルを追放した英雄であり、国民の心を離さない現職の大統領は、嘗てのクーデターからずっと英雄視されている。
そんなラグナに、誕生日くらいはゆっくり休んで欲しいと言う思いの表れか、いつしかこの日は公休が宛がわれるようになった。

年始なんて国内だけの催事でも幾らでもあると言うのに、良いのかなあ、と頭を掻いたのはいつの話だったか。
特に今年は、開国と言う大きな変化があった事もあり、休んでいる暇などないと言う程に忙しかった。
年始も早々にスケジュールが黒く塗り潰されていたし、その予定の多くは外交が絡んでいて、誕生日と言えどのんびりとは過ごせる事はあるまい────と思っていたら、執政官たちは四苦八苦してこの日だけはと予定を空けてくれていた。
気の良い旧友達からも、「遠慮せず休みたまえ」との言葉を貰っている。
皆忙しくしてんのになぁ、と思う事はあるものの、この休みが彼等からの労いであり、祝いの代わりである事も判っている。
厚意を受け取らないのも悪い、という気持ちもありつつ、ラグナは明日一杯の休日を満喫する事になる。

しかし、休みだからと自由が利く訳でもないのも、また事実だった。


「折角の休みだから、お前の所に行けたらなって思ったりもしてたんだけど」
『……仕事だ』
「うん。まあ、そうでなくても、お前は忙しいだろうし。俺が一人でバラムに行く訳にもいかないんだろうしなぁ」
『当たり前だろう。あんた、自分の立場をもう少し自覚しろ』


スコールにしてみれば、国内でも大統領が明らかなSPの類を連れずに一人でふらふらと出歩いている事自体が、可笑しい状況だと言うだろう。
例え鎖国し、長い善政で支持されているとは言え、彼の存在を不満に思う者がいない訳ではないのだ。

その上、今年のエスタは、開国して初めて迎える年始である。
入国の為の足が限られている為、まだまだ全体数では一握り程度ではあるが、それでも異邦人の来訪も始まっている。
長い鎖国を過ごしてきた為に、異邦人との遣り取りやトラブルへのノウハウがない今、一国の首席が供もつけずに一人で出歩くなど冗談でも辞めて欲しい。
況してや、プライベートであろうと、一人で国外にふらりと出向くなんて、スコールにとっては問題外の話だろう。

────と、傭兵であるスコールにとっては、厳しい態度に出るのは当然なのだが、その反面、まだまだ青い所のある少年は、存外と気を許した人間に対して甘いところもあって。


『……俺が、……休めてたら、まだ……』


そっちに行く位は、出来たかも知れないのに。

そう呟いたスコールは、赤い顔を通信画面から逸らしている。
言う事ではないと自分自身思っていたのだろう、それでもラグナが会いたがるから、ぽつりと零してしまう言葉。
受け取ったラグナの頬が、分かり易く緩んでしまうのも、無理のないことだった。

しかし、明日のスコールは任務があり、ラグナも現状のエスタから迂闊に外に出る訳にはいかない。


「今年はさ、もう仕方ないし。俺も正直、皆に言われるまで忘れてたし」
『………』
「そんな感じだから、気にしないでくれよ」


そもそも、スコールがラグナの誕生日を知ったは、ほんの一週間前のこと。
次に逢えるのはいつだろうと、双方の予定の確認をしていた時、年明け直ぐのラグナの休みが、誕生日だから、と言う理由を話した時だった。
そんな直近のタイミングで、スコールがラグナの誕生日を祝う為にスケジュールを空ける等、土台無理な話なのだ。

知らなかったのだから、今年はどうしたって仕方がない。
明日のスコールは任務があるし、そうでなくとも、今晩の内にエスタに来ると言うのも無理だ。
同じく、ラグナがバラムの地に向かうのも難しいもので、仮にそれをしようとするなら、スコールを護衛任務につけると言う方法が必要になるだろう。
そうなるとスコールは仕事になるし、ラグナも大統領として接しなくてはならなくなる。
今画面越しに向き合って交わすような会話は、出来なくなってしまうだろう。

────今はこれが最良なのだと言うラグナに、スコールは眉間に皺を寄せて俯く。
判っているけれど、何処か納得がいかない様子の少年に、とラグナは緩く眦を緩め、


「でも、そうだな、こうやってお前に知って貰えた事は良かったな。これで来年の誕生日は、一緒に過ごせるかも知れないもんな」


今こうして知れたのなら、次の時には何か準備が出来るかも知れない。
その時は、一緒に過ごせたりしたら嬉しいなあ、と欲と冗談を交えて言うと、画面の向こうの少年の瞳が、一瞬判り易く輝いて、


『……そんなの、期待するな』


直ぐにそのお喋りな瞳を隠すように俯いて言ったスコールに、ラグナは思わず吹き出しそうになるのを寸での所で堪えた。

沈着冷静な顔をして見せる少年は、実の所、まだまだ若くて未熟な部分も多い。
ふとした瞬間に感情を晒す瞳の色や、白い頬を赤らめるのが判り易くて、ラグナは存外と彼のそう言う表情を見るのが好きだった。
好きだからよくよく見ていると、其処に何より彼の本音が滲み出ている事がよく判る。


「へへ。来年は楽しみにしてっからな、スコール」
『今するなって言ったばかりだろう』


素っ気ない反応も、“次”を期待している事を気付かれまいとしている、恥ずかしがり屋のポーズだ。
判ってしまうから、ラグナはどうしても顔がにやついてしまう。

────と、モニターの端に映っている時刻が、遂に日付が変わった事を示す。
スコールもその事に気付いたようで、蒼の瞳が彷徨うように揺れた後、やはり目線は画面から大きく逸らされたまま、


『……ラグナ』
「ん?」
『……おめでとう』


蚊の鳴くような小さな声を、マイクは辛うじて拾ってくれた。
ああ録音しとけば良かった、今から巻き戻しで出来るかな、なんて思いつつ、ラグナは胸の奥の温もりを自覚する。

同じ言葉を、これまで何度、沢山の人から貰っただろう。
エスタの地に根を下ろしてからは勿論、それ以前も、幸いにも気の良い人々に恵まれていたから、祝いの言葉はあちこちで貰ったように思う。
けれど、それらのどんな言葉よりも、今目の前の少年から貰った不器用な音が、こんなにも心地良くて愛おしい。
出来ることなら、画面の向こうに今すぐ行って、彼を抱きしめてその温もりを感じたい。

判り易く顔が赤らんでいるスコールを見ている内に、なんだかラグナも照れ臭くなって来た。
それを鼻頭を掻いて誤魔化して、自然と頬が緩んでしまう。


「今年一番のお祝い、貰っちまったなぁ」
『………大袈裟だ』
「そんな事ねえって。お前の顔見て迎える誕生日なんて、こんなに嬉しいもん、今まで一度だってなかったよ」


異国の地で長く過ごし、今日と言う日も幾つも過ごしてきたけれど、こんなにも今日と言う日を喜ばしく感じた事はない。
あわよくば、来年は直にその言葉を貰える事を祈りながら、ラグナは画面の向こうの少年の顔を見つめるのだった。




1月3日でラグナ誕生日おめでとう!
画面越しの「おめでとう」と、そんな今日にこれまでにない特別感を感じるラグナが浮かんだので。

エスタ国民にとっては、クーデターの英雄であり、現大統領の誕生日なので特別な催しなんかも多そうだけど、ラグナ自身はそう言うのもには特に頓着なさそうと言うか。
自分を頼る人、慕う人への義理や、責任からの義務はあるけど、愛着的なものは別と言うか。そんな頭の隅で案外ドライだったりしても好きです。
そんなラグナが、スコールからの「おめでとう」が無性に嬉しくて嬉しくて仕方ないとかあっても良いなって。贔屓目欲目。

[けものびと]ぎんいろせかいにとびだして

  • 2022/12/25 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



幼いとは言え、弱肉強食のサバンナで生きていた訳だから、レオンにしろスコールにしろ、警戒心は強い。
ふと後ろを振り向けば天敵が、空を見れば猛禽類が、水を飲もうと水場に行けば鰐がいる。
そんな場所で、腹を碌に満たせない状態とは言え、彼等は二人きりで生きて来た。
故に彼等の警戒心と言うものは、命を守る為に最低限かつ最大限に活用されなければならなかったのだ。

しかし、そうは言っても、彼等はまだまだ幼い。
それは動物としては勿論、ヒトの特徴を持った生き物としても、言えることだった。
普通の動物は、多くは一年もすれば成獣となり、群れの一員として役割を持つか、種によっては独り立ちとされる時期だが、獣人である彼等の身体的幼年期は聊か長い。
それ故に獣人の種の多くは繁栄が難しく元々の個体数の少なさも相俟って、ヒトと同等の知能の有しながらも、減少の一途を辿り続けている。
その幼年の時期は、種類によって差はありつつも、少なくとも五年前後は親の庇護が必要となると言われていた。
レオンもスコールも、ラグナに保護されてからは勿論、身体の特徴から分析しても、まだその年齢を脱していない。
外見年齢をヒトに換算すればまだ幼児と呼べる程度で、名実ともに、親元で無邪気に遊んでいて可笑しくない時期だった。

ラグナに保護され、引き取られてから、彼等はすくすくと成長している。
レオンはラグナに助けて貰ったと言う事を理解しているのか、比較的懐くのも早く、環境に馴染む適応力もあったのだが、スコールは少し時間がかかった。
しかし、練施設で世話になっている職員のバッツと、”猿”モデルの獣人であるジタンと言う友人を得たことで、徐々にラグナに対しても心を開いた。
その他にも、ラグナが契約したマンションに住んでいる、二人の“犬”モデルと暮らしている男とも知り合いになり、歳の近い友人も出来た。
栄養の高い食事と、綺麗な飲み水を与えられ、敵に襲われることのない毎日を暮らしているお陰で、彼等の毛艶も良くなった。
生まれ故郷であろうサバンナから離れた事による戸惑いは、初めの頃を除き、余り見せる事はない。
どちらかと言えば、子供らしく好奇心も強く、幼い故の怖いもの知らずもあって、初めて見るものには小さくない興味を持つことが多かった。

”ライオン”モデルが人の手で保護され、人間社会の街中で生活していた前例はない。

そもそもが獣人が希少である事に加え、その保護と言うのも必要とされる形は様々で、多くは元来の生活環境から引き離すべきではないとして、野生環境からセンターへと連れられ管理される個体は稀なのだ。
犬や猫なら、モデル原種が人間と親しい生活をしている例も多いとして、必要に応じて保護・管理される事もあるし、中には訓練を受けて文字通りパートナーとして職を持つものもいるが、何せ彼等は“ライオン”だ。
モデルの獣人は確認されてはいても、野生の彼等は原種の動物と同様の性質・生態であるから、下手に人間が近付いて無事で済む保証はない。
故にその個体が確認されても、保護機関がするべき仕事は、個体数の確認と、彼等の野生における生態調査が主な役割であった。

そんな中、レオンとスコールが保護されたのは、ラグナの全く私的な感情が発端ではあったが、結果として獣人保護機関としても有益の可能性ありと判断されたのが理由であった。
元より希少な“ライオン”モデルである事、そしてこう言った猛獣の獣人は、その生態データもあまり出揃っていない。
研究しようにも彼等を綿密に調べる事が難しく、成長による身体特徴の変化に関する情報と言うのも、少なかったのだ。
この為、機関としては、今後の獣人保護の活動にも活かせるものがあるかも知れない、と言う思惑により、二人の獣人をラグナに預けることを許可した。
無論、某か事件が起これば全ての責任はラグナが負う事、追って二人も殺処分される事が誓約された上で、ラグナは彼等の保護者となったのである。

二人との共同生活は、存外とラグナを楽しませていた。
子供を育てたことなどなかったが、ひょっとしてこう言う気持ちなんだろうか、と思う事も多い。
レオンが自分に懐き、撫でることを喜んだり、スコールがいつの間にか足元で丸まっていたり、寒い夜には二人揃ってラグナの寝床に潜り込んで来たり。
彼等の為に担う大変な事も多いけれど、温かな寝床でふくふくと丸まっている彼等を見ていると、幸せだな、と思う。
この幸せが、もっとずっと、永く続きますように────と。



ある朝、目を覚ますと、外が随分と静かだった。
毎日毎秒のように走る車の音も聞こえず、まだ夜中なのかと思う位にしんとしている。
部屋の空気のキンと冷えた空気もあって、布団から出るのを渋っていると、ふと、昨晩一緒に寝た筈の温もりが足りない事に気付く。
暑くて抜け出したかなあ、と思いつつ、その行方を捜して半身を起こすと、彼等は直ぐに見つかった。

レオンとスコールは、ベッドの横のサイドチェストに上っていた。
傍には窓があり、カーテンも引いたままなのだが、二人はそこに頭を突っ込んでいる。
下半身だけカーテンの下から伸びている二人の尻尾が、ぷん、ぷん、と興奮したように揺れているのを見て、ラグナはのそりと起き上がった。


「レオン、スコール。どした?」


名前を呼びながらカーテンを捲ると、呼ぶ声が聞こえたからだろう、レオンが此方を見ていた。
ふんふんと鼻を鳴らすその頭を撫でてやり、隣を見れば、スコールがじいっと窓の向こうを見詰めている。
蒼灰色の瞳が心なしかきらきらと輝いているように見えて、何か変わったものでもあるかと外を見て、知る。


「おお、積もったもんだなぁ」


其処には、一面の銀世界が広がっていた。

昨日は丸一日が冷え込み、雪もちらちらと降っていたのは見たが、どうやら夜の間に本格的に降ったらしい。
窓の前を横切る木の枝には白い小山が乗り、その向こうの塀や家屋の屋根も白いものが層を作っていた。
これだけ積もっているなら、地面も覆われているだろうし、成程、車の音もしない筈だ。
都心で暮らす人の足である車は勿論、恐らくは電車のダイヤも見合わせが発生しているだろう。
どうしても仕事に向かわなくてはならない人以外は、大人しく家の中で、時が過ぎるのを待つしかない訳だ。

ラグナはどうりで寒い筈だとしみじみ呟きながら、カーテンを大きく開けた。
取り敢えずは朝食を用意しなくてはとベッドを離れると、レオンがそれを追って来る。
一拍遅れて、スコールも兄について来る形で、サイドチェストを降りた。

二人の食事を用意してから、ラグナは電子レンジでインスタントの味噌汁を作る。
簡単に拵えた朝食で腹を温めながらテレビをつけると、都心のほぼ全体が雪に覆われたと言っていた。
それに加えて、「ホワイトクリスマスですね」なんて言う文句も出て来たのを見て、ああ、とラグナは思い出す。


(そうか、今日クリスマスだっけ。どうりで街が賑やかだった筈だなぁ)


昨晩、帰り道に立ち寄ったスーパーは、随分と華やかだった。
きらきらとした飾りは勿論、並ぶ食材も、日々見慣れたものよりも豪華なものが並んでいた。
その理由をラグナは深く考えず、美味そうなものあるな、と軽い気持ちで幾つか頂戴したのだが、そう言う意図があったとは。
最近、保護機関への報告用の書類作りなり何なりと忙しく、季節感と言うものをすっかり失念していたようだ。

食後のコーヒーを傾けながら、ラグナは足元で毛繕いをしている仔ライオンたちを見る。
顔を洗っているスコールの背中を、レオンが念入りに丁寧に舐めていた。


(クリスマスツリーでも準備したら、それっぽくはなりそうだけど。今はまだ、オモチャになっちまうだろうなあ)


季節の風物詩となるものがあれば、いつもと変わり映えのないこの部屋でも、少しはクリスマスらしくなるだろう。
しかし、レオンもスコールもまだまだ幼く、本能に忠実な年頃だ。
見慣れないものは警戒しつつも興味を持つだろうが、色々と事故も考えられるし、思い付きで準備するのは少々危ない気がする。
来年の今頃には、彼等ももう少し落ち着くだろうかと、まだまだ読めないその成長を思いつつ、ふとラグナは今朝の二人の様子を思い出した。


「そういやお前達、雪見たのって初めてだよなぁ」
「ぐぅ?」
「となりゃあ、そうだな。一回くらいは、ナマで体験してみっか」


ラグナが言うと、レオンが顔を上げ、ことんと首を傾げる。
それを毛繕いの終わりと思ったか、今度はスコールがレオンの首元に顔を寄せ、ぺろぺろと喉を舐め始めた。
心地が良いのか嬉しいのか、レオンは目を細め、ごろごろと喉を鳴らす。

ラグナは手早く食器の片付けを済ませると、クローゼットを開けた。
其処には主にはラグナの衣服が納められているが、一角を占拠している小さな組み立て式チェストには、レオンとスコールの為の服が入っている。
獣人である彼等には滅多に無用のものではあるのだが、真冬の寒い時期など、もし外に連れて行くならあった方が良い、という助言を貰ってから、折々に買い揃えていたのだ。
服に慣れる為の訓練と言うのもして来たし、その際には中々苦労もしたが、その甲斐あって、今では外出する時に上着を羽織るくらいはしてくれるようになった。

今日は昨日にも増して寒いだろうから、二人に着せる服は厚手のものを選んだ。
名前を呼ぶとレオンが直ぐにやってきて、その後をいつものようにスコールが追ってくる。


「ぐぁう」
「よしよし、良い子だな。じゃ、今からこの服着て、ちょっと外行ってみようぜ」
「ぎゃうぅ」
「今日はすっげぇ寒いからな。ほい、ばんざーい」


ラグナが促すと、レオンがすっくと後ろ足で立った。
尻尾で体勢のバランスを取りながら、前足を頭の上に伸ばすレオンに、ラグナは上から被せるようにシャツを着せる。
頭を出したレオンがぶるぶると鬣を震わせている間に、ラグナはスコールにも服を着せた。

シャツに上着に、帽子に襟巻。
頭の上にある耳を圧迫しないようにと、バッツが手ずから編んでくれた耳カバーつき帽子のシルエットが可愛らしい。
そうやって着込んでいる上半身だけを見ると、ヒトの子供と同じだなあ、と思いつつ、ラグナは二人を抱き上げた。

ラグナが暮らしているマンションの下には、小さな公園がある。
家の中だけでは運動量が足りないであろうレオンとスコールの為、ラグナは人のいない時間を選んで、よく此処で彼等を遊ばせていた。
その見慣れた筈の公園も、今日は一面の雪景色だ。
普段と違う景色である事に驚いているのか、ラグナの腕の中で、二人の仔ライオンはそわそわと落ち着くなく辺りを見回している。

ラグナは恐らく此処なら大丈夫だろうと、敷地の堺であるフェンスを背にして、その場にしゃがんだ。


「ほら、これが雪だぞ~」


二人の足が地面につくように、ゆっくりと降ろしてやる。
と、ちょんっと足先が付いた瞬間、スコールがぶわっと毛を逆立たせてラグナの腕にしがみ付いた。


「おっとと。びっくりしちまったか?」
「ぎゃぅう!」
「大丈夫、大丈夫。お、レオンは行くか?」


レオンは脚を地面に下ろしたまま、動かない。
上半身を掬い支えていた腕をラグナがそうっと放すと、レオンはすとんと雪の上に立った。

ふんふん、ふんふんと鼻を鳴らしながら、レオンは足元の匂いを嗅いでいる。
雪って何か匂いがするんだろうか、とラグナがその様子を見詰めていると、レオンはずぽっと鼻先を雪の中に突っ込んだ。
顔面を雪に押し付けたかと思うと、レオンは直ぐに頭を上げ、ぶるぶると頭を振って鼻先に着いた雪を払う。


「がう!」
「どうだ?冷たい?」
「がうぅ!」
「そっか、面白いか」


ラグナの声に反応しているのか、初めての感触に興奮しているのか、レオンは高い鳴き声を上げながら、四つ足で雪の上を飛び跳ねる。
たしっ、たしっ、と踏む度に真っ新な雪の上に、レオンの足跡がついている。
その内に興奮が更に増したか、レオンは雪山に全身で襲い掛かると、ブルドーザーのように小さな体でざくざくと掘りながら進み始めた。

そんな兄の様子を、スコールはラグナに抱えられてじっと見詰めている。
ひくひくと鼻の頭が震え、ラグナの足に揺れる尻尾が当たって、彼も段々とこの真っ白な世界に興味が沸いて来たらしい。


「お前も行くか?スコール」


そう言ってラグナがもう一度、そうっとスコールの足を地面に下ろしてやると、スコールは冷たい感触にかピクッと足を引っ込める仕草を見せるが、今度は着地に成功した。
足元の冷たい感触と、まとわりつく雪の感触が不思議なのか、スコールはしきりに自分の足元を気にしている。
鼻先についた雪に、ぷしゅっ、とくしゃみを漏らすのが、ラグナの笑いを誘った。

そんな弟の下に、レオンが駆け寄って来た。
被せた筈の耳つき帽子が取れ、濃茶色の鬣が露わになった上、すっかり雪塗れになっている。


「レオン、帽子どこやったんだ?」
「がう?」
「えーと……あ、あったあった」
「ぐぅ、がうぅ。ぎゃぅう」
「ぐるぅ……」


ラグナが雪の上に忘れられた帽子を回収している間に、レオンはスコールにじゃれ始めている。
緊張している様子の弟を宥めるように、レオンはスコールの頬をしきりに舐めていた。
スコールはその感触に目を細めつつ、尻尾をゆらゆらと揺らす。

レオンに改めて帽子を被せると、レオンは弟を促す仕草をしながら、再び雪の中へ。
スコールもそれを追って、レオンが作った雪道に入り、きょろきょろと辺りを見回しながら兄の後ろをついて行く。
そしてラグナも、楽しそうに雪遊びを始めた子供たちを追いながら、


「は~、さっみぃ!」


白い息を吐きながら出て来た台詞は、この乾いた寒空によく響いた。
けれども、その赤らんだ顔は誰が見ても楽しそうで、彼の心は、まるで雪解けの春のように温かい。

サバンナ生まれの仔ライオンが、都会の真ん中で、雪遊びをしている。
サバンナでも稀に雪が降る事はあると言うが、こんなにも積雪になる事は、そう滅多にあることではないだろう。
彼等を保護する事がなればまず見る事のなかったであろう光景は、無邪気な二人の様子もあって、なんとも不思議で愛らしいものだ。

一つ大きな小山になっている雪の上に、レオンが駆け上って行く。
追ってスコールもその天辺に着くと、二人揃ってきょろきょろと辺りを見回して、二対の蒼がラグナを捉えた。
強い後ろ足が山の頂点を蹴って、ラグナへと跳びかかる。


「うぉおっ」


小さいとはいえ、体の造りはそれなりに頑丈な“ライオン”である。
その二人分の体重が一緒に覆い被さって来て、ラグナは全身でそれを受け止めながら、雪の上に倒れ込んだ。
パウダースノーとまではいかずとも、乾燥した空気のお陰か、雪が柔らかかったのが幸いだった。

二人の仔ライオンを腹に乗せ、ラグナは重い雲に覆われた空を見て笑う。
そんなラグナの顔を、レオンとスコールがぺろぺろと舐めて、ざらついた舌の感触にラグナは眉尻を上げながら起き上がった。


「ふう。あーあ、二人ともすっかり雪まみれだな」
「がう」
「ぐぅー」
「楽しかったか、そっかそっか」


二人の喉元を擽ってやれば、ぐるぐると嬉しそうな音が鳴る。

このままいつまでも遊ばせてやりたい気持ちもあったが、二人の足を触ってみると、肉球が冷たくなっている。
靴の訓練はまだしていない筈だが、こう言う事もあると思えば、準備はしても良いのだろうか。
夏だって地面は熱くなるもんなと思いつつ、ラグナは二人を抱いて立ち上がる。


「一杯遊んだし、今日は此処までにすっか。あんまり寒いとこにいると、風邪ひいちゃうかも知れないしな」
「がぁう」
「クリスマスに風邪ひいちゃ大変だ。うちに帰って、温かいミルク飲もうぜ」
「ぐぅ、がうぅ」
「そんで、今日の晩飯は豪華だからな、楽しみにしてろよ~」


両腕で包み込むように二人の体を抱いて、公園を後にする。

公園のあちこちに残った遊びの跡は、またちらつき始めた雪によって、きっと覆われてしまうのだろう。
それでも、初めての雪で遊んだ経験が、子ども達の忘れられない思い出になれば良いと思った。
そして来年には、きらきらと輝く木の下で、笑う兄弟が見れたら良いなと願いながら。




メリークリスマス!で久しぶりにけものびとが書きたくなったので。
あまりクリスマスと関係ない中身のような気がするけど。

サバンナにも雪が降ることはあるし、10年に1度あるかないかの積雪もあるんだそうで。
でもレオンとスコールは雪を見た事はなかったし、勿論触った事もなかったから、朝から「ナニアレ?」って言う感じ。
雪の中で遊ぶ動物の動画を色々見回りましたが、取り敢えず、かわいい。

[サイスコ]この夜を越えない内に

  • 2022/12/22 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



サイファーがバラムの港に帰った時、時刻は日付を越えようとしていた。
砂埃に火薬の塵にと、魔物だらけの戦場から帰還したと如何にもそれらしい風体の彼を、寒々しい港の風が迎える。
同じ任務に就いていたSeeD達は、揚陸艇から降りるなり、寒い寒いと悲鳴を上げた。
トラビアの寒波に比べれば遥かにマシとは言っても、揚陸艇の中でそれぞれ暖を取りながら一段落していたのだ。
其処からの冬風は、幾ら温暖気候のバラムのものとは言え堪えない訳もない。
サイファーは最低限の点呼確認等を済ませると、さっさと解散を言い渡した。
SeeD達もこれ幸いと足早に港を離れ、各自の家路を急ぎ出す。

と、その中で一番に港を出ようとしていた少年が、


「あっ、指揮官……!」


思わず出たのであろうその声は、自分達以外に人のいない港に、思いの外よく響いた。

眉根を寄せてサイファーが声の方向を見れば、黒衣のコートを着た人物が立っている。
いつもの服装とは違う冬の装いでありつつも、首元のファーや、足元まで黒ずくめに整えている等、見慣れた印象とはそう変わらない。
コートなんて持ってたのか、とサイファーが思いつつ、足は其方へと向く。
何せ港からの出口は、黒衣の人物が立っている場所にあるのだから。

黒衣の人物────スコールは、敬礼する部下達に、街の方を指差していた。
近付きながら聞き耳を立てていると、複数台のレンタカーの手続きを済ませてあるから、分乗して行け、とのこと。
自腹を切ってタクシーを使うか歩いて帰るかと言う予定だった寮生は、それを聞いて嬉しそうに駆けて行った。

最後に港から出て来たサイファーに、海の底に似た色をした瞳が向けられる。


「……遅い」
「俺の所為じゃねえよ」


憎々しげな開口一番の文句に、サイファーは少し乱れた金髪を手櫛で掻き上げて言い返した。

今回の任務は、トラビア雪原で大量繁殖した複数種の魔物退治だった。
その半分が夜行性の性質を持っていた為、巣穴の特定や個体数の確認等、どうしても手間がかかってしまい、中にはコロニーと呼べる程に規模の大きな群れを形成しているものもあった。
場所が内陸部のビッケ雪原であった事も手伝い、寒波への備えも含め、安全確保しつつ確実に仕留める手段を整えるにも時間がかかる。
そんな環境で、誰一人大きな負傷者を出す事なく、往復五日で帰って来たのだから、優秀と褒められて良い筈だ。
それでも遅いと言うのなら、そう評される原因は、人間ではなく、自然の脅威に因るものとしか言いようがない。

ふう、と吐き出すスコールの口元から、白い息が零れて行く。
港湾入り口の傍に建っている外灯に、寒さの所為であろう、赤らんだ頬が映し出されている。
いつから突っ立ってたんだか、と思いつつ、サイファーは持っていたガンブレードケースを肩に担ぎ、スコールの前で仁王立ちになって、僅かに低い位置にある蒼灰色を見下ろす。


「こんな夜更けに、指揮官様自らお出迎えしてくれるとはね。光栄ってもんだ」
「あんたは一応、監視付きだからな。帰り道に逃げ出さないとも限らないだろう」
「そういやそうだったな。見張り無の生活が長くて忘れてたぜ」


”魔女戦争”の経緯により、サイファーには”戦犯”の肩書がついて回っている。
二十歳の卒業までにSeeD資格の取得と、任務として社会奉仕を行う事で、更生を図ると言う名目の下、バラムガーデンにその身を拘束されている。
平時はスコールを始めとした、“魔女戦争の英雄”の立役者となった幼馴染のメンバーが監視役として就いており、ガーデン内では基本的に単独行動を許されていない。

───筈なのだが、存外とその拘束具合は緩く、こうしてサイファーを班リーダーとして任務に出される事も儘あった。
サイファーがガーデンを離れている時などは、同行するSeeD達がその監視役を担うことになるのだが、サイファーはその視線を特に気に留める事はなかった。
仮に闇討ちでもしよう者がいるなら、剣の錆にする自信はあったし、その気になれば全員の眼を欺いて姿を晦ます事も訳はない。
スコール達もそれを判っていて任務に従事している訳だから、他のSeeD達の監視なんてものは、自分達が忙しくてサイファーを放逐せざるを得ない時の、体の良いこじつけのようなものであった。
始めは警戒あり、恐怖ありと、遠くから伺っていた他のSeeDたちも、内心の本音は各自あるが、バラムガーデン属するSeeDの最高権限を持つ”指揮官”の命令なら仕方ない、と外面くらいは取り繕うようになっている。

そんな生活から五日ぶりに、指揮官自らの監視付きに戻る事に、やれやれとサイファーは肩を竦ませる。
まあこれも日常だと思いつつ、さっさと寒空からおさらばする為、帰る道へと向かう足を再開させた。
その後を追う形で、スコールも港湾入り口を離れる。


「レンタカーがあるんだって?」
「……ああ」
「気の利く指揮官様だ。流石に疲れたからな。ついでに運転手もしてくれるのか?」


そう遠くはない距離とは言え、疲れた体で車の運転は面倒臭い。
出迎えついでに送ってくれるのなら、サイファーも楽なのだが、まあ其処まで厚遇はしてくれないだろうと期待はしていなかった。

が、返答はそれ以前のものから寄越される。


「あんたが乗る車は、多分ないな」
「は?」


しれっとした声で言ってくれたスコールに、サイファーは隣を歩く人物に負けず劣らずの皺を眉間に寄せて声を上げる。
どう言う事だと睨んでやれば、スコールは寒そうにファーの衿前を手繰り寄せながら、


「レンタカーは3台分。今回の任務は、あんたを含めて13人」
「おい」
「俺も乗るなら14人」
「詰めりゃ問題ないだろ。っつーか、お前はどうやって来たんだよ」


帰還したSeeD達の為にレンタカーの手続きをしているのなら、自分の分も確保しているのではないのか。
そもそもレンタカーが3台、仮にそれが定員4名を前提としているなら、派遣された人数と釣り合いが取れない。
だが、スコールが自分用に用意した足が別にあるのなら、サイファー一人をそれに相乗りさせれば足りる筈だ。
そう言う計算で手続きをしていたのではないかと睨むと、スコールは眉根を寄せてサイファーを睨み返していた。


「なんだよ」
「………」


物言いたげな蒼灰色に、疲れと当てが外れた気持ちで凄んでやれば、スコールは視線を逸らす。
存外と負けず嫌いなスコールが、睨み合いでサイファーから直ぐに目を逸らす事はない。
と言う事は、やはり何か言いたい事───意図している事があるのだと、サイファーは感じ取った。

コートのファーに口元を埋めているスコールに、サイファーはずいと顔を近付けた。
疲れもあって、肩に担いだガンブレードケースが重かったが、構わず近い距離でスコールを見続ける。
こう言う耐久勝負は、案外短気なスコールに分が悪い事をサイファーはよくよく知っていた。

そして案の定、スコールは眉間に目一杯の皺を寄せて、視線は逸らしたままで言った。


「いいだろ、あんたは別に。車なんかなくても」
「歩いて帰れって?他の奴等にはお優しい癖に」
「……寝てから帰れば良いだろう。ホテルはすぐ其処だ」


ちらと見遣ったスコールの視線を追えば、バラムホテルが其処に建っている。

港と街を繋ぐ道沿いにあるのだから、確かに話としては悪くない。
これもまた自費と言うのは聊か顔を顰めたい所だが、疲れた足で、寒空の下をバラムガーデンまで歩いて帰るよりはマシだ。
料金さえ払えば、朝食だってつける事が出来るし、指揮官が此処にいてその彼から「ホテルを使えば良い」と言われたので、少々の重役出勤も多めに見ては貰える筈だ。

だが、そう言う事ではないのだろう、とサイファーは思う。


「……で?俺はそれでも構わねえが、お前はどうするんだ?」


普段はバラムガーデンの指揮官室で缶詰になっているスコールが、こんな寒い夜に、港まで。
帰還したSeeD達を、わざわざ出迎えてやる事に意味を見出す程、スコールは部下に熱烈な愛情を注ぐような人間ではない。

いつまでも視線を逸らしているスコールに焦れて、サイファーは左手でスコールの頬を覆うように掴む。
指に挟まれた頬肉が潰れて、唇が少し突き出されているのが、間抜けな顔だと思う。
しかし可愛いもんだとも思うのだから、惚れた欲目は大した色眼鏡だ。
そんな事を思いながら、逃げた視線が此方を向くように頭を動かそうとすれば、分かり易く抵抗の力が帰って来た。

夜の港で、一体何をしているんだか。
思いながらも、意地になっている様子の恋人が無性に可愛くて、サイファーは冷える手の事も忘れていたのだが、


「っしつこい!」


ばしっと下からスコールの腕が降り上げられ、顔を掴んでいたサイファーの手を払う。
ひでえの、と一つも思っていない顔で、払われた手をひらひらと遊ばせていると、スコールはまたファーに顎を埋め、


「さっさと行くぞ。チェックインの時間はとうに過ぎてるんだ。あんたが帰るのが遅い所為で」
「トラビアにいたんだぜ。予定通りに帰って来るなんて保証、ある訳ないだろ」
「……あんたの事だから、どうにかして帰って来ると思うだろ」


スコールの言葉に、サイファーは一瞬首を傾げるが、そう言えばと思い出す。
揚陸艇の中で報告用の書類を書いている時に見た日付。
それを見て、色々と予定もあったのに虚しい日になったなと、聊か残念に思っていたのをすっかり忘れていた。

すたすたと、サイファーを置いて行く勢いで歩き出したスコールに、サイファーはやれやれと肩を竦めて言った。
進む足を追って隣に並ぶと、赤らんだ頬が見える。
よくよく見れば鼻頭も紅くなっていて、いつからあの港に立っていたのかと思う。

───それ位に、今か今かと帰りを待っていてくれたのなら、少しは素直になれば良いものを。
そうすれば、サイファーだって意地の悪いことは引っ込めて、抱き締めて愛を囁くくらいのことは幾らでもしてやるし、寒さを忘れる程に交わる事だって喜んでするだろう。
最も、スコールが素直でないのは判り切った事で、サイファーがそんなスコールを愛しているのも、揺るぎのない事実である。
場所がホテルか、寮部屋かの違いがあるだけで、行き付く先もそう変わりはしなかっただろう。

バラムホテルのエントランスを潜り、サイファーはレセプションへと向かうスコールの後姿を眺めていた。
肩に担いだ愛剣を納めた箱は重く、さっさと下ろしてしまいたいが、雑な所へは置けない。
部屋に入るまでは辛抱だと、面倒臭がる筋肉を叱りながら、サイファーはちらとロビーに鎮座している古びた置時計を見た。


(まあ、間に合った、か)


日付はあと少しで変わる。
それでも、今日と言う日に間に合ったのなら、悪くない日であったと思える気がした。

受付を終えて戻って来たスコールは、その手に鍵を一つ持っている。


「ダブルか?」
「ツイン」


帰って来た言葉に、其処はダブルにしろよと言いながら、狭いベッドも悪くはないと思うのだった。




サイファー誕生日おめでとう!と言う事でサイスコ。そんな単語は一つも出ていないけども。
スコールの方から色々準備をしてくれたので、今夜はお楽しみですね。

スコール、ツインかダブルかを散々悩んだ末に、結局思い切れずにツインにした模様。
一応選択肢にはあったけど、サイファーには言わない(が、バレてる気もする)。
でも結局使うベッドは一つになるだろうから、ダブルにすれば良かったかな……って後から思うのかも知れない。

[ヴァンスコ]君と帰る道

  • 2022/12/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



すっかり人気のなくなった下駄箱で、スコールは深い溜息を吐きながら靴を履く。
冷たい空気に覆われた下駄箱の中にあった靴は、中敷きまで冷たくなっていて、靴用カイロを用意しようかと真剣に考えた。
制服のジャケットの上から着込んだダウンの前を手繰り寄せながら、校舎を後にする。

今日もまた、スコールの下校時間は予定よりも随分と遅くずれ込んだ。
生徒会に所属しているからと、体の良い雑用係にされるのは最早諦めとともに慣れたものであったが、やはり面倒である事に変わりはない。
だから時々でもきっぱり断るべきだと、幼馴染の面々からは言われているのだが、如何せんその労力が途方もなく大きく感じられるのが、スコールの良くない所であった。
そうして毎回、自分でなくても良さそうな雑用を了承するから、教職員は益々スコールを当てにするのだ。

秋の頃から鶴瓶落としの太陽は、暦が十二ともなれば更に落ちるのが早くなる。
夕暮れなどほんの一時間あろうかと言う程度で、放課後になると運動部が使うナイター用の電灯の準備が行われていた。
そんなものを使わないといけない程、世界は暗くなって行くと言うのまのに、スコールの高校の運動部は何処も精力的だ。
勉強だけでなく、運動部においても広い分野で強豪校と言われているから、チーム内の席争いは何処も激しくて、朝早くから放課後遅くまで、団体も個人も練習時間が長い。
よくあんなに出来るな、とその手のものに基本的に熱くなれないスコールは、所属する友人を応援する気持ちはありながらも、何処か冷めた気持ちで横目に見るのが精々であった。

スコールにとっては、それよりも、今日の夕飯の献立を考える方が大事だ。
次いで、直ぐ目の前に来ている学期末試験への対策も講じなくてはならない。
対策と言うのは、試験範囲に集中させる勉強だけでなく、期間中の家事をどう効率よく回すかと言う事も指す。
掃除と洗濯は多少溜め込んでも良いとして、問題は食事だ。
夕飯の片付けは父が引き受けてくれるのは幸いなのだが、準備に関しては、スコール自身が自分が請け負った方が効率が良いと判っている。
だから毎日作るにしろ、作り置きをするにしろ、その用意は全てスコールが行わなくてはならない。


(試験の日はコンビニ弁当で良いよな。面倒臭いし)


試験で疲れた後に、台所に立つ気力は残っていない。
そう言う時は楽をするのが一番だと、手が抜ける所は抜けば良いと、スコールは最近ようやく学習した。

試験期間中はそれで良いとして、目下の問題は今日の夕飯だ。
雑用に捕まった所為で妙に疲れがあって、何を食べたいのか、用意する気力があるのかすら考えるのも怪しい。
それこそ、今日はコンビニの弁当か総菜で済ませてしまおうかと思う。

スコールが通う学校は、伝統云々がよく引き合いに出される古い学校で、校内の作りも聊か古く、校門に至っては創立当時の名残が色濃く残っている。
元々は大手門のようなものが建立されていたのであろうそれは、古い写真では木製の大きな門がついていた。
朽ちたのか、某かの声があって改められたのか、今は門そのものは鉄製の両引きになっているが、門柱やそれに伴う屋根は昔の儘である。
門を出た所には道路の外灯が並んでいるが、門柱や屋根が遮蔽を作ってしまう為、日が落ちると随分と暗い。
遅くなってから帰る部活生も多いのだから、正門位は真っ当な灯りを点けてはどうか、とよく思う。

その校門の屋根の下に、佇んでいるダッフルコートを着た少年が一人。
後ろ髪に癖のある鈍色の髪は、スコールがよく知る幼馴染のものだった。


「……ヴァン」
「お。スコール、やっと来た」
「あんた、またいたのか」


名前を呼べば、少年───ヴァンは此方を見て嬉しそうに瞳を輝かせる。

ヴァンは、門扉に預けていた背を伸ばし、「遅いぞー」といつもの間延びした調子で文句を付けつつ、


「今日も先生の手伝いか?」
「……そんな所だ」
「真面目だな」
「……別に」


断るのが面倒臭いだけだと、スコールの本音をヴァンは知っている。
その傍ら、頼まれた完璧にやり遂げないと気が済まない質だと言う事も、幼馴染はよくよく理解していた。
故に中々の確率で貧乏くじを引かされるのだと言う事も。

そんな自分の事よりも、とスコールは溜息を洩らしながらヴァンを見る。
ヴァンはお気に入りのダッフルコートの前ボタンを全て留め、首元にはマフラーを巻き、それもコートの下からと言う完全防備のスタイルだ。
夏には半袖で何処ででも過ごせるヴァンは、冬の寒さには滅法弱く、秋の終わり頃から着膨れ始めていた。
冬も本番となると、帽子や耳当ても装備するので、肌が出ているのは目元だけと言うのが常になる。
今日はまだ頭部の守りが薄いが、近い内に帽子くらいは被るだろうし、中を着込んでいるのか、胴体がずんぐりむっくりになっている。
その状態でも、ヴァンの鼻頭や頬は、この冷えに対する反応ですっかり赤くなっているのを見て、スコールは毎回呆れてしまう。


「…あんた、寒いんだろう。こんな時期まで、わざわざ俺を待つな」


春でも夏でも、秋でも冬でも、ヴァンはスコールの帰りを待って、この校門へやって来る。
幼い頃からそうやって一緒に登下校していたのは確かだが、高校になって、スコールが進学校に、ヴァンが工業高校に入った事で、その道ははっきりと分かれた。

ヴァンが放課後、スコールの学校に来るのは、週の半分ほどだ。
ヴァンの家は、彼が中学生の時に両親が他界して以来、兄と二人暮らしをしている。
その為、家事当番の日は、買い物やら何やらと必要なので直ぐに帰るのだが、そうでない日の場合、ヴァンは必ずと言って良い程スコールを迎えに来ていた。

学校の位置は、スコールの高校から二人の家までの中間地点に工業高校がある。
だから登校はこれまでと同じように、同じ時間帯のバスに乗る事が出来るのだが、帰りは違う。
ヴァンの高校からは、家とは真逆の方向に走るバスに乗らなければいけないのだ。
どう考えても非効率で、どうしてわざわざ、とスコールはいつも思うのだが、


「まあ良いじゃん。俺がスコールと一緒に帰りたいんだ」


臆面もないヴァンの言葉に、それもいつもの事と判っているのに、スコールの頬が勝手に熱くなる。

────とは言え。
この時期、ヴァンがスコールを待つ正門前は、どうにも暗くていけない。
寒さの問題は勿論のこと、何か良からぬ事でも起きないとも言えないのだから、待つならもっと安全な場所にするべきだ。


「……せめてメールでも寄越せ。それで、こんな場所じゃなくて、もう少し明るい───コンビニとかあるだろ。ああいう場所で待ってれば良い」
「それじゃスコールの出迎えが出来ないだろ」
「しなくて良い。あんたが風邪でも引いたら、レックスが大変だろう。これからもっと冷えるんだから、待つなら何処か屋内にいろ」


ヴァンにとって何より大事な兄の名を出せば、ヴァンは拗ねたように眉をハの字にした。
それを言われると、しかしスコールの出迎えはしたい、と唸るように首を捻るヴァン。
そんな幼馴染に、これで少しは行動が改善されると良いが、と半ば諦めたように思っていると、


「明るいとこで待つのは判った。でも、別に寒さは平気なんだよ。まだ」
「嘘吐け。顔が赤い」
「うん、まあ、顔はそだな。でも本当だよ。今日はこれあったから」


そう言ってヴァンは、ダッフルコートの前を開け始めた。
寒いに決まっているのに何してるんだ、とスコールが顔を顰めていると、その懐からガサガサと音が鳴っている。
よいしょ、とヴァンが引っ張り出すように懐から出したのは、コンビニ袋だった。


「じゃーん」
「……なんだよ」


嬉しそうに、効果音をつけて袋を差し出すヴァンに、スコールは意味が判らないと返す。
ヴァンはしっかりと絞っていた袋の口を解き、中に入っていたものを取り出した。


「肉まん!一緒に食べようと思って買って来た」
「……そんな所に入れてたのか」
「だって普通に持ってたら冷めるだろ。スコール、いつ出て来るか判んないしさ。カイロ代わりにもなったから、全然寒くなかったんだ」


言いながらヴァンは、「ほい、スコールの」と二つ入っている肉まんの一つをスコールに差し出した。
帰ったら夕飯なのに、と思いつつ、スコールはそれを受け取る。
どうせ帰宅した所で直ぐに食事が出て来る訳ではないし、昼からもう随分と時間も経って、腹が減っているのは確かだ。
ほかほかとまだ温かい湯気を立ち昇らせる肉まんは、確かに嬉しいサプライズであった。

肉まんは少々形が潰れていたが、破れている訳でもなく、具も零れてはいない。
少し厚みのある皮を二口すれば、ジューシーな味わいが内側から染み出て来た。
校門を離れ、歩きながら肉まんを食べるスコールの隣で、ヴァンも自分の肉まんを頬張る。


「うまーい」
「……ん」
「温かいし、カイロになるし、美味いし。肉まんって良いよな」
「……そうだな」


ヴァンの他愛もない言葉に、スコールは短い相槌のみを返す。
それだけでヴァンは満足そうに、「今日さぁ……」と自分の学校生活について報告して来る。
スコールはそれも半ば聞き流しながら、次にヴァンが来るのは明後日か、と考える。

その時は、何か温かい飲み物でも奢ってやろうか───と思うのだった。




12月8日と言う事で、ヴァンスコ。

ヴァンは寒いの苦手そうだな、と言うイメージ。
スコールも極端な寒さは嫌いそうだけど、ヴァンはそれより手前で、もこもこに着膨れしてたら可愛いなと。
真冬になったら二人揃って着膨れしてると良い。

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