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Category: FF

[ラグスコ]熱の静寂と

  • 2023/08/08 21:10
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



寄りによって、こんな時でなくても良いだろう、と自分の体調管理の甘さに辟易する。
それを口に出した時、聞く者がいれば、無理もないことだと宥めてくれる者もいただろう。

昨晩、スコールは夜のエスタに到着し、ラグナが待っているであろう彼の私宅へと向かった。
デリングシティとはまた別の様相で、眠らぬ街のごとくあちこちに灯りの燈った街は、いつの間にかすっかり歩き慣れた道である。
その途中、突然の俄雨に見舞われて、事前の天気予報でも全く聞いていなかったそれに、スコールは運悪くずぶ濡れになってしまったのだ。
場所はショッピングモールも過ぎた閑静な住宅街で、エスタ特有の創りをした建物ばかりだったから、雨宿りに借りれそうな軒先もない。
スコールと似たような条件で雨に降られた人々が、それぞれの家へと逃げるように走る中、スコールもまだまだ距離があったラグナの家へと急いだのだった。

一番激しい雨の中を過ごす羽目になったので、家に着いてからはラグナが直ぐに風呂を用意してくれた。
どうせ遅い時間でもあったし、夕食を食べれば程無く借りる事になったであろうバスルームを、一足早く貰って休む。
客用ではいつまでも遠慮するだろうと思ってか、いつの間にかラグナが用意し、スコール自身も使い慣れた寝間着を着て、遅い夕食にありつく。
それからは久しぶりの熱の夜だ。
スコールはたっぷりと貪られ、自身もラグナを何度も求め、心地良い疲労感の中で眠りに就いた。

そして、翌日、スコールは熱を出していたのだ。
高熱と言う程ではないのだが、微熱と言うには聊か高く、それを見たラグナは「今日はお休みだな」と苦笑した。
昨晩の熱の交換の後、ちゃんと風呂入れてやれば良かったなあ、とラグナは言ったが、どっちにしろ───とスコールは思う。
大方の原因は昨日の雨の所為だと思ったし、そう考えると、夜を大人しく寝ていても、スコールは風邪を引いていただろう。
スコールにとって悔しいのは、雨に降られたからと、簡単に体調を崩してしまった自分の体のことだ。
土砂降りの中で作戦を実行する事だって珍しくないのに、こんな事で、と思ってしまう。
それをぽろりと口に出すと、


「きっと疲れてたんだよ、お前。いつも仕事頑張ってるもんな。今日はちゃんと休めって、神様のお告げみたいなもんだよ」


そう言ってラグナは、スコールの汗ばんだ額に張り付く前髪を撫で上げた。

休めというなら、熱なんて起こさないで、この休日の間に某か事件が起きないでくれれば良い。
それで十分に休めるものなんだから、発熱なんて本当に余計なことなのだ。
ラグナにも気を遣わせてしまっているし、エスタでしか手に入らないものを買いに行く予定だってあったのに、何もかもが台無しだった。

しかし、歯噛みをした所で熱が下がってくれる訳もなく、仕方なくスコールはベッドの住人と化している。
その傍らでは、公休を合わせてくれていたラグナが、甲斐甲斐しく世話を焼いていた。


「朝飯は食えたし、薬も飲んだ。夜の間に熱が出て来てたんだろな、汗掻いてたし、着替えとくか?」
「……まだ良い。それより、水が欲しい」
「分かった、ちょっと取って来る」


ラグナはぽんとスコールの頭を撫でて、部屋を出て行った。

一人になった寝室で、スコールはぼんやりと天井を見上げる。
こうやって、静かな場所でただただ横になっていると言うのは、随分久しぶりのような気がした。

眠る時以外で、こんな風に過ごしていたのは、一体いつ振りだろうか────と考えて、三ヵ月ほど前に任務で怪我をした後、ガーデンへと帰投する前に病院に行った時だと思い出す。
思いの他傷が深かった事と、同行していたアーヴァインが「この際だから君はしっかり休んでから帰りなよ」と入院措置を取らせた。
スコールが診断を待っている間に、有能な友人はしっかりキスティスに連絡を回しており、他の幼馴染の面々からも、「帰ってきたらまた仕事漬けになるだろうから、そっちで休め」と言われてしまった。
誰か止めろよ、指揮官だぞ、と等と自分でも大して有り難くも思っていない、一応は重要な役職である筈なのだが、多数決に身分は関係ない。
スコールは三日間を病院のベッドを過ごしてから、バラムガーデンへと帰ることになった。

その出来事から今日までは、相も変わらず忙しい日々である。
ガーデンでは書類の確認に追われる傍ら、任務も回ってくるし、スケジュールは黒塗りだ。
今日明日の休暇もようやっと取れたと言うもので、ラグナと通信越しでない会話が出来るのも、随分と久しぶりだった。
らしくもないが、楽しみにしていた、とも言える位には待ち遠しい休暇だったのに、そんな時に熱を出してしまうなんて、馬鹿な奴だと自嘲も浮かぶ。

部屋のドアが開く音がして、ラグナが戻って来た。
手にはミネラルウォーターの入ったペットボトルと、氷入りのグラスが一つ。
ラグナは、ベッド横のサイドチェストにそれらを置くと、早速グラスに水を入れて、スコールに差し出した。
スコールは重みのある体をゆっくり起こして、ラグナの手からグラスを受け取る。


「ん………」


元々ペットボトルも冷蔵庫に入っていたのだろう、ツンと冷たくて、喉の通りが心地良い。
すっかりグラスを空にして、スコールはそれをラグナへと返した。


「まだいるか?」
「いや、十分だ」
「そっか。他に何か欲しいものとかは?」
「……今は……別に。特には、ない」


布団を手繰りながら、またベッドに横になるスコール。
ラグナは、そっか、と言って、布団の上からスコールの腹をぽんぽんと軽く叩いていた。


「昼飯は、食べれそうか?」
「……今の所は。吐き気もないし」
「じゃあ準備しよう。消化の良いものが良いよなぁ」
「…負担はない方が楽だ」
「うーん、俺、病人食はよく分からないからな。ちょっとキロスにでも聞いてみるよ」


またラグナはくしゃりとスコールの頭を撫でて、席を立った。
部屋を出て行くラグナは、私室に繋いである通信機を使いに行くのだろう。
ラグナが休みであっても、執政官であるキロスやウォードを始めとした誰かは、必ず大統領官邸に一人二人はいる筈だから、相談できる相手はいる筈だ。

また部屋に一人きりになって、スコールは幾何学模様を施された天井を見上げた。
ふう、と漏れた吐息は、溜息にも似ている。
なんとなく、ついさっき、ラグナに撫でられた腹にくすぐったさが残っている気がして、無意識に右手が其処に重なった。


(……静かだな……)


ラグナの私邸と言う訳だから、此処は大統領が住まう為に、目立たないながら最新のセキュリティが施されている。
外から中の様子が見えないように、視覚効果を歪ませる機構が使われていたり、窓も一つ一つに防犯センサーが配置されている。
家の中は、スコールが軽く眺める限りでは、普通の一般家屋と変わりないようだったが、これもきっと、目立たない場所に何か仕込んであるに違いない。
個人のプライバシーとして、寝室に監視カメラがない事は信じたい────でなければ昨夜のように睦言などしていられない筈だ。
頼むから其処だけは、自分と同じ常識の範疇でいて欲しいと思う。

そして家の外と言うのも、庭をぐるりと囲む塀を境にして、侵入防止の策が巡らされている。
ラグナはエスタの人々にとって英雄だが、それを疎み、排斥を狙う者がいない訳ではないのだ。
そんな環境で一人暮らしをしている訳だから、ラグナ自身がどんなに楽観的なことを言って見せても、彼の存在失くして今のエスタはないと思う人々は、固い守りを準備するものであった。

だからこの家の敷地に入って良い人間と言うのは、極力、限られていることになる。
家主本人と、古くから信頼を置いている旧知の友人が二人と、スコール。
後は、スコールが知っている範囲では、デリバリーサービスや宅配くらいのものだった。
必然的に人の気配が少ないので、よく喋るラグナが傍にいないと、この家の中は随分と静かになってしまう。
元々が静かな住宅街であるから、外から感じる人の往来と言うのも少なかった。


(……よく眠れる、気はする……けど……)


静寂はスコールの好む所だ。

物心がついた時からバラムガーデンの寮暮らしである筈だから、人の気配と言うのは当たり前に近くにあった。
SeeD資格を取得するまでは、共有部屋で過ごしていたので、隣の物音が煩かった時期もある。
ハメを外して遊ぶ生徒達が、共有空間で夜までお喋りしていて、鬱陶しさに眠れなかった事も。
そう言う時は、耳栓をしたり、頭まで布団を被ったりして、出来るだけ自分の世界に閉じこ籠ったものだ。
今は一人部屋なのでそれ程でもないのだが、部屋の向こうは廊下だから、時間を問わず人の気配を感じることは多い。
歩きながらの私語を禁じるガルバディアガーデンと違い、比較的開けた校風でもあるから、人のお喋りの声と言うのは、何処にいても聞こえるものだった。

だから、こう言う時の静けさと言うのは、意外と貴重なのだ。
こんな時こそ、のんびりと本を読み耽ったり、お気に入りのアクセサリーを磨いたりするのに丁度良い。
────実際の所は、仕事に追われて一時を味わうも何もないのだが、それは一旦置いておこう。
更には、生憎、今日は発熱の所為でそうする訳にもいかないもので、ただただ天井を見上げているしか出来ない。
それでも、体を休めるのなら、この静寂が一番心地が良いものだ。

……そう思っているのに、何処か落ち着かないものを感じている。


(……眠くならない……)


昨日の夜にエネルギーを消耗しているから、熱の怠さと、薬の効果もあって、眠ってしまっても良い筈だ。
寧ろその方が余計な体力を使わなくて済むし、体も自己回復に集中する事が出来るだろう。
そうでなくとも、任務で必要であれば、最低限でも休息が取れるように、意識の切り替えスイッチはある。
それをカチリとオンにしてしまえば、仮眠程度は取れる───筈なのだが、どうにもスコールは眠れる気がしなかった。


(………)


寝転がっている気にもなれなくて、スコールは起き上がった。
手持無沙汰の気持ちで辺りを見回し、サイドチェストの水を見付ける。
飲んだばかりで、喉が渇いている訳でもなかったが、他に出来ることもないと、ペットボトルに手を伸ばした。

部屋のドアが開いて、ラグナが戻って来たのはその時だ。


「お。また水飲むか?」
「……ああ。少しだけ」


本当は必要性を感じてはいなかったが、そうとは知られないように、スコールは答えた。
ラグナは直ぐに椅子に戻って来て、ペットボトルの水をグラスへと移す。
半分ほど注いだそれを指し出され、スコールは受け取ると、ちびちびと口に含むように飲んだ。

結露の浮いたグラスが手から滑らないように気を付けていると、徐に伸びて来たラグナの手が、スコールの額に当てられる。
ラグナは、ふーむ、と神妙な顔付で、自分とスコールの体温の差を確認し、


「ちょっと上がってるか?」
「……別に、大して変わりないと思うけど」
「そんなら良いけどなぁ。水飲んだら、ちゃんと寝るんだぞ」
「………」


言い聞かせるラグナの言葉に、スコールは何とも言えなかった。
心持ち唇が尖るスコールを、ラグナは「ん?」と首を傾げて見ている。


(寝れない、なんて……言った所で……)


困らせるだけだ、とスコールは思って、水の最後の一口を飲み干した。
大した時間稼ぎにもならない暇潰しも終わって、ラグナが布団を被せ直そうとするので、大人しく横になる。

どうにか意識のスイッチを切り替えよう。
そう思う事にして、スコールは枕に後頭部を預けて、目を閉じる。
薬の副作用も効いてくれれば、時間はかかっても、眠る事は出来る筈だ────と、思った時、


「お休み、スコール」


ふ、と眦に柔らかいものが触れた気がした。
今のは、と確かめる為に目を開けようとしたが、触れた感触が残る所を、慣れた匂いのする指先がそっと撫でる。
まだ明るい外から採光を貰う窓から隠すように、何か優しくて大きなものが目元を覆った。

ぽん、ぽん、と腹を一定のリズムで叩かれているのが判る。
その持ち主の正体は考えるまでもない、此処には自分の他には、ラグナしかいないのだから。
まるで小さな子供をあやし寝かしつけているような行動に、子供じゃないと言いたい気持ちは強かったが、目元を覆う掌がそれを柔く阻んでいる気がした。
ならばその手を振り払えば済む話なのだが、どうにもスコールはそんなつもりになれない。

腹を叩く手は、いつまでこうしているのだろう、とスコールに緩やかな疑問を浮かばせる。
それでも不思議なもので、目元や腹がじんわりと温かくなるにつれ、瞼がとろりと重くなっていく。
腹の奥に感じる温もりが無性にくすぐったくて、眠い頭でゆるゆると右手を持ち上げて其処へ重ねると、一度ラグナの手の動きがぴたと止まった。
それからすぐに、ラグナはスコールの手を握り、体温がゆっくりと溶け合って行く。



いつもお喋りが病まない男は、一言も喋らない。
それでも感じる、たった一つの気配が心地良くて、いつの間にかスコールは眠っていたのだった。


風邪っぴきでちょっと気持ちが弱っていたスコールと、世話焼いて甘やかしてるラグナの図。
スコールは無意識に寂しいやだここにいて欲しいって顔をしていたんだと思います。
勿論ラグナはずっと一緒にいるつもり(ご飯とかは作らないといけないけど)で、今日一日はスコールの傍にいるんでしょうね。

[レオスコ]ウェイクアップ・キス

  • 2023/08/08 21:05
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



目覚まし時計の鳴る音で、いつもの通りに目が覚める。

揺蕩う微睡の中で過ごすのは、心地の良い事ではあるけれど、朝からやらなくてはいけない事はごまんとあるのだ。
まずはこの居心地の良いベッドから抜け出して、洗面所に行って顔を洗って、朝食の準備をする。
昨日の夕飯に弟が作った汁物が残っているので、それを温め、炊飯器は予約された時間にもう焚き上がっている筈だから良いとして、あとはおかずだ。
健康の為にも二品くらいは用意しておいた方が良いと思うから、そのメニューを急いで考えなくてはいけない。
とは言っても、朝食のおかずはルーティンなものとも化していて、幾つかのパターンから今日はどれにしようかと言う程度だ。
魚が冷蔵庫にあったから、あれを消費してしまうなら、今のうちのような気がするが、此方は晩で良いかも知れない。

そんな事を考えながらも、レオンの体は中々ベッドから出ようとはしない。
翌日が休みだからと、久しぶりに熱を交わし合えば、若いレオンと、まだ性に幼い面のあるスコールが盛り上がらない筈もなく、夏の短い夜をまるごと使ってしまった。
無心に甘えて来る弟をあやすのはとても楽しくて、柄にもなく夢中になった自覚もあった。
それを伝えれば、思春期真っ盛りで気難しいきらいのあるスコールは、顔を真っ赤にして怒って見せるのだろうが、レオンにしてみればそんな表情も愛おしいものだ。
────等と、睡魔と現実の間でふらふらとしながら、自分の腕を枕にして寝ている弟を見て、緩やかな時間は過ぎて行くのである。

レオンの休日と言うのは貴重なものだ。
真面目な気質が奏してか、若いうちに色々と経験を積ませて貰う事が出来、会社の社長である父にもそれが認めて貰えたお陰で、それなりの地位にいる。
比例して仕事の量も多く、休日に飛び込みの案件が入って来る事もあり、ただでさえ少ない休みが引っ繰り返されると言うのも、珍しくはなかった。
一応、休みを優先したい日と言うのは守っているつもりだが、その為に前倒し、後ろ倒しもよくあるので、仕事量の緩和には余り役立っていないのかも知れない。

そして弟のスコールも、多忙な日々を送っている。
彼は学生であるが、日々を勉強に家事にと過ごしており、部活の類にこそ属してはいないものの、自由な時間と言うのは少なかった。
家事はレオンも出来ればやりたい、と思っているのだが、家にいる時間がスコールの方が取れるので、掃除や洗濯は勿論、買い物も彼が済ませている事が多い。
真面目な彼は、やるならば徹底的に、と言う意識も強いから、何事にも肩の力が入る所がある。
その結果、やる事が全て終わった時には、すっかり疲れ、泥のように深く眠るのであった。

そんな二人の生活にあって、明日はカレンダーも休日、レオンも有給休暇となっている。
だから昨夜は、明日のことを考えなくて良い、とついつい熱くなってしまった訳だ。
熱の名残は気怠い朝を運んできて、レオンはこの温い感覚の微睡と、腕の中で眠る少年が手放し難くて、いつまでもベッドの住人を延長している。


(────とは言え、流石にそろそろ起きないとな……)


形ばかりの目覚めの合図にと、セットしたアラームを止めて、幾十分。
空き腹が限界を訴える感覚を覚えて、レオンはようやく、ベッドから出る決意をした。

眠る弟の頭の下から、起こさないようにそうっと腕を抜く。
スコールは頼りにしていた温もりがなくなって、むぅ、と小さくむずかって丸くなった。
そんな彼の頭を柔く撫でてから、このままだとまた十数分と過ごしてしまうと、自分を律して体を起こした。
ぎしり、とベッドのスプリングの音がして、スコールが「んん……」と眉根を寄せて瞼を震わせた。


「う……」
「すまん、起こしたか」


薄く瞼を持ち上げたスコールに、レオンは眉尻を下げて詫びる。
スコールは子猫のように目を擦りながら、ぼんやりとした目で、上肢を起こした兄を見た。


「……レオン……」
「おはよう、スコール」
「……はよ……」


眠気真っ盛りのお陰で、スコールは素直に挨拶を返してくれる。
レオンはスコールの頭を撫でて、ようやくベッドを降りた。

顔を洗いに行く前に、先に服を着なくてはと、レオンはクローゼットを開ける。
兄弟二人分を綺麗に分割して使っている其処から、ラフに過ごせるものを選んだ。
スコールはベッドの上に座り、眠そうに欠伸を漏らしている。


「ふぁ………」
「眠いのなら、まだもう少し寝ていても良いぞ。休みなんだから」
「……あんたは……起きるのか」
「朝飯を作らないといけないからな。オムレツで良いか?」
「……なんでも……」


食に強いこだわりがないスコールは、逆に嫌いなものも殆どない。
しかしまだまだ成長途中、育ち盛りの弟の為にも、栄養はきちんと摂らせておかなくては。
簡単でもバランスの良い食事を食べれるように、レオンは頭の中で献立を考える。

着換えを済ませ、洗面所で顔を洗い、レオンはキッチンに立った。
米が焚けていることを確認し、冷蔵庫に鍋ごと入れていたスープを取り出してコンロにかけ、もう一つのコンロにフライパンを置く。
脂を引いて熱したら、その間に用意しておいたマヨネーズ入りの溶き卵を入れて、手慣れた仕草で形を作って行く。
綺麗な山形になったオムレツを皿に移して、同じものをもう一つ。
それから、サラダもなければと、冷蔵庫からレタスと胡瓜、トマトを取り出す。
千切ったレタスを水洗いし、瑞々しいそれを皿に乗せ、千切りにした胡瓜と、半月切りにしたトマトを添えた。
程好く冷めたオムレツにケチャップソースをかけ、温まったスープをマグに注いでいると、


「レオン……」


呼ぶ声に振り返れば、キッチンの横にスコールが立っていた。
寝癖のついた髪をそのままに、まだ眠い目を擦っているスコールの格好を見て、レオンは眉尻を下げる。


「ちゃんと着替えて来い。風邪を引くぞ」
「……寒くないから平気だ」


レオンの言葉に、そう返したスコールは、シャツ一枚しか着ていない。
薄身の体躯には合わないサイズのそれは、誰がどう見ても、昨夜脱ぎ捨てたレオンのものだ。
真っ白の裾からはすらりと長い脚が晒され、太腿に薄らと赤い華が咲いている。
それを咲かせたのは他でもないレオンだが、白い肌の内腿にちらちらと覗くのは、中々に目の毒だ。
だからいつも、きちんと服を着るように言い聞かせているのだが、真面目に見えて実は面倒臭がりな弟は、甘えもあって大概兄の言う事を聞いてくれなかったりする。

やれやれ、と眉尻を下げるレオンの元に、スコールがのそのそと近付く。
あとは米を装うだけだと、しゃもじを水に晒したレオンの背中に、とす、とくっつく体温があった。
言わずもがな、正体はスコールだ。


「飯ならすぐだぞ。もう出来てる」
「……ん……」
「動き難いだろう」
「……んん……」


すり、と背中に頬を寄せる猫に、レオンはどうしたものかなと眉尻を下げる。

昨晩、あれだけ睦み合ったのに────いや、だからと言うべきだろうか。
普段はしっかり者になりたがり、兄に対して臆面もなく甘えるなど、と照れ臭さもあって滅多に甘えて来ないスコールだが、本質的には寂しがり屋なのだ。
レオンはしばらく仕事が忙しく、スコールもつい一昨日まで定期試験があったから、どちらも熱の交換は控えた日々が続いていた。
昨夜はそれから久しぶりに解放された上、翌日の事も心配しなくて良かったから、頭が真っ白になるまで溶け合った。
その心地良さは、朝になってもスコールの中にあるらしく、今日は一段と甘えたがりだ。
そう言う事を考えると、背中のくっつき虫を我慢させるのも気が引けるし、レオンとてスコールの事は骨の髄まで甘やかしたいと思っている。

でも、このままでは、折角作ったオムレツと、温め直したスープが冷めてしまう。
レオンは腰に回されたスコールの手を握りつつ、肩に額を押し付けている弟を見る。


「ほら、朝飯だ、スコール。顔を洗って来い」
「……」


スコールの眼がちらと覗いて、レオンをじいっと見詰める。
このままでいたい、と訴えるブルーグレイに、どうにも兄は弱いのだ。
やれやれ、と眉尻を下げて笑みを零しつつ、レオンは後ろへと振り返る。

向き合う格好になって、レオンはスコールの顎に指を引っ掛けた。
くん、と軽く促してやれば、素直な貌がレオンを見上げ、熱の名残を宿した蒼と蒼が交差する。

ゆっくりと顔を近付ける間、スコールはじっとレオンの顔を見ていた。
唇を重ね合い、そっと下唇を食んでやると、スコールが薄く隙間を開く。
招くその合図に誘われるまま、舌を入れ、差し出されるものを絡め取って唾液を交換してやった。


「ん、む……ふ、ぅ……」
「ん……っふ……」
「あむ、ぅ……、んんぅ……」


角度を変えながら深くなる口付けに、スコールはレオンの首へと腕を回した。
スコールの足が気持ち背伸びをして、レオンにより深く貪って貰おうと、貌の距離を近付けようとする。
レオンはそんなスコールの背中を拾うように抱き支え、昨夜も堪能した弟の甘い咥内をたっぷりと味わった。

レオンの顔を近い距離で見詰めるスコールの瞳が、とろりと溶けて行く。
酸素不足も相俟って、ふわふわとした意識に足元が覚束なくなる頃、レオンはスコールの唇を解放した。


「ほら、此処までだ。顔を洗って来い」
「……う……」


抱いていた背中をそっと離せば、スコールは支える力を失って、ふらふらと蹈鞴を踏んだ。
まだぼんやりとしているスコールの肩を押して、方向転換させる。
ぽんと背中を叩いてやると、素直な子供は言われるままにキッチンを出て行った。

さて、とレオンは改めて朝食をテーブルへと運ぶ。
米も装って、主食、副食と揃い、デザート用のヨーグルトを冷蔵庫から出した。
カトラリーも一緒に並べて、食後のコーヒーの為に電気ケトルのスイッチを入れた所で、ぺたぺたと足音が戻ってくる。
気持ち程度に髪型を整えたスコールが、今更のように恥ずかしそうに顔を赤らめながら、ダイニングへとやって来た。


「おはよう、スコール」
「……おはよう……」


顔を洗って、頭が少しは目覚めたようで、スコールは自分が何をしていたか遅蒔きに理解したのだろう。
微笑みかけるレオンの顔も見れないと、視線を彷徨わせながら、いそいそと自分の席へ座った。
レオンもその向かい側に座り、手を合わせて「いただきます」と言ってから、朝食に手を付ける。
スコールも兄に倣い、昔からの習慣の通りに手を合わせてから、箸を取ったのだった。



寝惚け気味だと甘えたがりなスコール。
レオンもそんなスコールが可愛いので、しっかり甘やかす。
顔を洗ってようやくちゃんと目が覚めたスコールが、自分の行動への恥ずかしさでレオンの顔が見れなくなりながら一緒に朝ご飯を食べるまでがセットです。

[スコリノ]秘密のメモリアル・デイ

  • 2023/08/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



記念日などと言うものを、スコールが意識する訳もない事を、リノアはよく判っていた。

彼のスケジュールは基本的に任務に関することで埋まっているし、それのお陰で平日も休日もあったものではない。
朝から晩まで指揮官用に誂えられたデスクに座りっぱなしである事も多く、不在であれば危険度の高い任務か、要人警護の類に赴いている。
お陰でリノアが偶にバラムガーデンにやって来ても、余り会える機会はない。
事前に予約を取った所で、某かの出来事が横入りしてきて、「悪い」と言葉を貰うのが精一杯である事も多かった。

そんな毎日を送っているスコールだから、日付の感覚やその確認と言うのは、自分のスケジュールを思い出す為のものでしかない。
夏に訪れる彼自身の誕生日だって、スコールはすっかり忘れて過ごすのだ。
覚えていたとて、その日が魔物退治だの護衛だのと、いつもと変わらない任務内容で潰されているに違いない。
加えて、元々の人付き合いの消極さの所為か、人とのコミュニケーションツールの類には酷く疎かった。
誰それの何々の日、等と言うものが、彼の頭に擦り込まれるには、まだしばらくの時間がかかるだろう。
最近ようやく、リノアを始めとし、幼馴染の面々の誕生日を、言われて思い出す程度には意識できるようになっただけでも、大した成長と言える。

個々人の記念日なんてものは、市販のカレンダー表には、当然ながら記されていない。
ただの気持ちの問題だと言えばそうだし、それも気にする人、気にしない人と様々あるものだ。
記念日を大事にしたい、と言う人は、、誕生日に嬉しい思いをしたとか、記念日を祝ってくれる人がいただとか、そう言う経験の積み重ねがあったのだろう。
少なくとも、リノアはそうだった。
けれどスコールの場合、彼の幼い頃の記憶と言うのは霞がかっている事が多い上に、今でもはっきりと思い出せるのは、姉がいなくなった淋しさの日々ばかり。
誕生日くらいは、楽しかったのかも知れない、お姉ちゃんエルオーネがいた頃は───と呟いたのが、彼の幼い思い出の全て。
祝って貰った喜びよりも、二度とそれが与えられない辛さの方が強かったから、彼はそう言うものを遠ざけるようになった。
幼い日の突然の離別は、それ程彼にとって大きな出来事だったのだ。

だからリノアは、“記念日”について、あまりスコールの前であれこれと言ったことはない。
恋人の誕生日だと知って、何も準備してなかった、と気まずそうに視線を逸らしたその様子だけで、リノアは満足している。
お祝いしてくれようと思ったんだ、とそれを感じられるだけで、リノアは幸せだったのだ。
あの誰にも興味がないと言う顔をしていたスコールが、そんな風に、自分のことを気にかけてくれるようになったなんて、こんなに嬉しい事はないのだから。



スコールは今日中には帰ってくる筈だから、と言われて、リノアは指揮官室にある来客用のソファで寛いでいた。
来訪した時、出迎えてくれたキスティスは、遅い昼食を採りに食堂へ行った。
お茶はどうかと誘われもしたが、リノアはバラムの街で昼食を食べたばかりだったし、まだ胃の中が膨らんでいる感覚があったので辞退した。

スコールは三日前から、ドールで要人警護の任務に出ていると言う。
任務の為の契約期間は、今日の正午に切れるとのことで、時間的にはもう彼は自由の身だ。
あとは海路でバラム島まで帰ってくるだけだから、任務完了のすぐ後に船に乗れていれば、直に到着する筈。
出先で何かのんびりしようと言う気が滅多にないスコールの事だから、例え遅くなるとしても、空に夕焼け色が見える頃には顔を見れる筈だと、リノアは読んでいた。

待っているだけでは手持無沙汰で、途中で一度、リノアは図書室に赴いた。
前に読んでいる途中で棚に戻した本を見付ける事が出来たので、持ち出し許可を貰って借りて行く。
六章から成るその小説は、既に四章まで終わっているから、今日明日があれば読み切れるだろう。
直ぐに指揮官室へと戻ると、まだ其処は無人だったので、リノアはソファへと戻って本を開いた。

驚天動地な物語を読み進めている内に、ゆっくりと時間は過ぎてゆく。
のめり込む勢いのままに第五章を読み終わり、このまま最後まで読み切ろうか、明日の楽しみにしようかと思っていた所で、指揮官室のドアが開く。


「はあ……」
「スコール!」


疲れを滲ませた溜息が聞こえて、リノアはそれを吹き飛ばさんばかりの明るい声で、この部屋の主の名を呼んだ。
呼ばれた方は、きょとんと蒼灰色の瞳を丸くして、ソファから立ち上がるリノアを見、


「……リノア?」


なんでいるんだ、と言う表情が向けられているが、リノアは構わず駆け寄る。
両腕を大きく広げ、突進宜しく抱き着けば、嗅ぎ慣れた火薬と鉄の匂いがする。
到底甘やかな匂いとは程遠いが、ああスコールの匂いだ、とリノアは胸一杯にそれを吸い込んだ。


「おかえりなさい、スコール!」
「……ああ、ただいま」


抱き着いて来た恋人を受け止めた格好のまま、スコールが小さな声で返事をした。
そんな些細なことがリノアはどうしようもなく嬉しい。

シルエットの割に、案外としっかりとしている胸板にぐりぐりと頬ずりをする。
何してるんだよ、と呆れた声がしたが、スコールはリノアの好きにさせてくれていた。
それに甘えて、リノアはスコールの存在を一頻り堪能してから、ハグから彼を開放する。


「お疲れ様。大変だった?」
「別に。いつも通りだ」
「そっかそっか」


答えるスコールは疲れた様子こそあるものの、血の匂いや、それを覆い隠すような薬の匂いも纏わせていない。
それを、危ないことにはならなかったんだ、とリノアは思う事にしている。
傭兵、況してその集団を束ねる者であるスコールの任務には、相応の危険が付きまとうもの。
そう言う生き方をしている人だと理解はしているつもりだが、好いた人には怪我なく戻って来て欲しいと思うのが、待つ身の願いと言うものだ。

スコールは持っていたガンブレードケースをデスクの横に置くと、どさ、と椅子に身を沈める。
いつになく体が重そうに見えるのは、任務終了から直ぐに帰還する為、船に揺られた所為か。
何か疲れに効くようなものが用意できないかな、とリノアは手持ちの荷物を思い出してみるが、特に変わったものを持って来ている訳でもない。
うーん、と考えた後、


「スコール」
「……ん」
「肩揉んであげよっか?」
「……なんだよ、急に」
「疲れてるみたいだったから。私、結構上手いと思うよ」


スコールに向かって両掌を見せ、握り開きと揉む仕草をして見せるリノア。
そんな彼女に、精一杯の労いの気持ちを、スコールも掬い取ったのか、くつりと小さく笑って、


「いや、良い。其処まで疲れてる訳でもないし」
「そうは見えないんだけどなぁ」
「先方が少し図々しくて面倒だっただけだ。体の方は大して動いていないし」


スコールはそう答えたが、それこそ彼が気疲れする相手だったのだろう、とリノアには直ぐに判った。
クライアントの言う事には、他に優先事項があるとか、余程の事でなければ、従順であるのがスコールだ。
ただし頭の中は案外そうでもない事の方が多く、業腹を鉄面皮で隠している事も珍しくない。
表に出してはならない事を考えつつ、クライアントの意に沿うように動かねばならないと言うのは、中々疲れるものだ。

やっぱり揉んであげようかなぁ、と断られたが勝手にしてみようかと思っていた時。


「リノア」
「はい」


名前を呼ばれたので、なんでしょう、と返事をした。
するとスコールは、トレードマークの黒のジャケットのポケットに手を入れて、小さな箱を取り出す。


「これ、あんたに」
「え?」


突然のことに、リノアはぱちりと目を丸くした。

スコールは、その手の中に納まるくらいの、小さなサイズの箱を持っていた。
黒の手袋を嵌めているので、それと真逆の白い箱は、なんだかきらきらと上品に輝いているように見える。
よくよく見ると、それは綺麗な化粧箱で、白地にプラチナ風のラメが散りばめられていた。
蓋の隅にデザイン的な書体で印字されたロゴが見えて、ドールで名うてのアクセサリーブランドのものであると悟る。
其処は安価なものから高級品まで幅広く取り扱っているものだが、こんなに丁寧な化粧箱で封がされていると言う事は、それなりの値段がするに違いない。
そんなものをどうして急に、とぽかんとするリノアに、スコールは明後日の方向を向きながら、


「ドールで見つけた。あんたに、似合いそうだと思って。……それだけだ」


それだけだ、とスコールはもう一度、小さな声で繰り返した。
まるで自分に言い聞かせるように紡ぐ声は、一度目はともかく、二度目は相手に聞かせる音量ではない。
同じタイミングで、髪の隙間に覗く、水色のピアスをした耳朶が赤くなっているのが見えて、リノアまで伝染したように頬が熱くなる。


「えっ。あっ、えっと。えーとえっと」
「………」
「あっ、うん。あり、ありがと!」
「……ん」


沸騰したように顔に熱が籠るのを感じながら、リノアはどもりながら気持ちを伝える。
スコールはやはり別な方向を向いたまま、小さく頷いてくれた。

スコールの手から化粧箱を受け取り、リノアはそうっと蓋を開けた。
差し込む天井からの光を受けて、きら、と柔く輝く白透明の石が姿を見せる。
小さな涙雫の形をしたピアスは、身につければさり気無く、持ち主の耳元で閃いて見せるのだろう。

ピアスをじっと見つめる傍ら、こそりと贈り主を覗いてみると、スコールはいつの間にか体ごとリノアに対して横を向けていた。
ただ微かに見える赤らんだ頬だとか、噤まれた唇が面映ゆそうにしているのを見て、リノアは胸の奥がくすぐったくて仕方がない。
スコールは恐らく、自分らしくもない事をしたと、変に冷静になった頭で、今更の羞恥を抱えているに違いない。
そんな照れていると判る恋人の様子が可愛らしくもあったし、リノアは彼がこの石を見付けた時に、自分のことを思い出してくれたと言うのが嬉しかった。


(私のこと、離れててもちゃんと覚えててくれてるんだ。ちゃんと、思い出してくれるんだ)


G.F.の恩恵を借りて生きるスコールたちSeeDにとって、記憶の侵食は免れない事だと、リノアは知っている。
それ故に彼が幼い頃のことを上手く思い出せない事も、あの戦いの直後、帰るべき場所を忘れてしまったスコールが、一人時の狭間を彷徨い歩く事になったのも、紛れもない事実だ。
力を激しく行使すれば、直近の出来事さえも思い出せなくなるかも知れないリスクを抱いて、スコールは常に戦っている。

恋人の誕生日の事も、当日に仲間達から聞くまで思い出さなかった彼が、滅多に面と向かって逢えないリノアのことを、思い出してくれた。
街の中でふらりと見付けたアクセサリーに、「似合いそうだ」と言う理由で買って来てくれるなんて。
余りに嬉しくて頬が酷く緩んでしまいそうで、リノアはその前にいそいそとスコールの背後へ周り、


「スコール、やっぱり肩揉んであげる」
「良いよ、別に……」
「良いから良いから。ほら、前向いて」


面倒というより、恥ずかしさがまだ勝っているらしいスコールを、リノアは肩を押して正面を向かせる。
自分はしっかりその後ろに立って、疲れで強張り気味のスコールの肩に両手を置いた。
にぎにぎと両手で肩を揉み始めると、スコールは諦めたように体の力を抜く。

リノアは肩揉みマッサージをしながら、ちらとデスクの端のカレンダーを見た。
今日の日付は、特に何がある訳でもない、いつも通りの平日だ。
それでもリノアは、今日と言う日を覚えておこうと思った。
誰も知らない、スコールも知らない、これは自分だけの特別記念日として。



リノアは記念日を都度作っていそうだな、と。
スコールと共有できれば嬉しいけれど、中々それは難しいので、自分の中で「今日は〇〇記念日(サラダ記念日感覚)」と作っていても良いなと。
それが段々「スコールが〇〇してくれた記念日」「一緒に出掛けた記念日」って言う感じになったら可愛いなあと思いました。
スコールはてんでそう言うのは鈍いけど、ロマンティストな奴も近くにいるので、段々と意識が育って行くんじゃないかと思う。

[クラレオ]この傷に意味はない

  • 2023/07/08 21:05
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



偶にはこんなミスもするものなのだと、何処か他人事のように思った。

少々頑強なハートレスがいたのを、油断は愚か慢心していたつもりもないのだが、それの一撃を回避し切れなかった。
左足の脛からどくどくと流れる血に、案外と深いなと、これもまた他人事のように考える。
さっさと止血をして、闇の力を使って適当に安全な場所に移動するのが良いのだが、如何せん疲れている。
この傷を負った後から、またわらわらとハートレスが集まり、それらを一掃するまでバスターソードを振るい続けていたのだから無理もない。
そうしてやっと掃除が終わったら、アドレナリンの放出で麻痺していた痛覚が戻って来て、立っていることも出来ずに座り込んだと言う訳だ。

ずきずきとした痛みは中々に重く、失血死こそしないだろうが、当分は療養しないと足が動かなくなるだろう。
闇の力を行使し、様々な世界を渡り歩いて、それなりに年月を数えるが、こんな負傷をしたのは初めてかも知れない。
持った力のお陰か体は普通よりも頑丈だったから、自己治癒力の高さもあり、後を引くような大怪我を負う事はなかったのだ。

場所は街から北にある、ハートレス蠢く谷の道の途中。
レオンに言われて、夕飯代に仕事くらいしろとのことで、いつものようにハートレス退治を引き受けた。
最近の街の中は、クレイモアの普及が拡がりつつあるお陰で比較的平穏なのだが、其処から少しでも離れると、心なきものはまだ幾分も減っていない。
谷の中を彷徨っているだけならまだ良いが、個体に縄張りがあるのか、やはり人の心と言うものにあれらは誘われる習性もあるのだろう、じわじわと居住区域に近付いて来るものもあるのだ。
放っておけば当然人々の脅威となる為、一定ラインを越える前に、レオン達はそれらを駆逐して街の安全を保つようにしている。
それを今日はクラウドが任されたという訳だ。

ハートレスは、幾ら斃した所で、幾らでも沸いて来る。
永遠に続くいたちごっこは面倒極まりないものではあったが、クラウドとて故郷と言うものに少なからずも愛着はあるのだ。
嘗て失われたこの地を、幼馴染達が懸命に守り、再び興そうとしているのだから、その手伝いくらいはしても良い。
心身を捧げるような殊勝な心はないが、片手間にやれる事をやる程度なら、厭と言う程でもなかった。
だからレオンが言う夕飯代も、いつものように軽い一言で受けたのだが、


(……流石にこれは良くないな)


止まる様子のない出血に、クラウドは眉根を寄せる。
失血死はしないだろうが、早くなんとかした方が良い。
しかしポーションは持ってこなかったしと、思えばそれが慢心だったのだろうと、用意の浅さを今になって反省する。

どうしたものかと、翻って開き直ったように凪いだ頭で考えていると、ざり、と土を踏む音が聞こえた。
ハートレスだと面倒だな、と音のした方向に目を向けると、ガンブレードを肩に乗せた男───レオンの姿があった。
レオンはゆっくりとクラウドの方へと歩きながら、辺りを警戒して首を巡らせている。
そしてクラウドのいる場所から数メートルと言う位置まで来て、言った。


「駆除は済んだようだな。ご苦労だった」
「ああ」
「それで、その足はどうした」


労う言葉を述べた後、投げ出されたクラウドの足を見て問うレオン。
クラウドは、助かりはしたが聊か情けない気分にもなって、溜息を吐きながら答える。


「一発食らった」
「らしくもない」
「そんな日もあるんだ。治してくれ」


レオンなら出来るだろうと、クラウドは未だ出血している足を指して言った。
今度はレオンが一つ溜息を吐いて、クラウドの傍で片膝を着き、右手を傷のある場所へと翳す。
柔い光がレオンの手から生み出され、ゆっくりとクラウドの傷を包み込み、裂けた筋肉や皮膚を修復していく。
程無く傷はなくなり、赤黒く染まった足元と地面だけが、怪我の痕として残った。


「助かった。ついでに肩を貸せ、立てない」
「全く……もう少しまともな感謝を示せ」
「示しているだろう。助かったと言ったじゃないか」
「普通は“ありがとう”だ。まあ、お前に言われても仕様がないか」


言いながらレオンは、ガンブレードを腰に納め、クラウドに肩を貸しながら立ち上がる。
レオンの肩に持ち上げられる形で、ようやくクラウドも立つことが出来た。

魔法で傷の修復は行えたが、魔法は表面的な傷を治しているだけで、本当に損傷が一切なくなっている訳ではない。
傷付いた神経が治るには、時間をかけて自然治癒を待つしかなかった。
しかし、こんな場所で悠長にいつまでも座っていては、いずれまた沸いて来るハートレスの餌食になってしまう。
クラウドを喪うのはレオンとしても痛手な訳で、愚痴を零しつつも、彼はクラウドを担いで街まで戻ってくれるに違いない。

治癒したばかりの足を引き摺るクラウドの為にか、レオンの歩はゆっくりとしたものだ。
何だかんだと面倒見の良い奴だと、ちゃっかりとそれに甘えて気儘をさせていることを棚に上げつつ思っていると、


「……その足だと、明日明後日は動かない方が良さそうだな」
「ああ。動けない事はないだろうが、戦闘はしたくない」


クラウドが負傷したのは右足だ。
何をするにも、踏み込む力として使っているから、その負担は軽くない。
だから負傷した後、激しく動き回った所為で傷が拡がり、出血が酷くなったのだ。
見えない部分の損傷具合を想像しても、今日の明日で負荷の高い運動はするべきではない。

はあ、とレオンがまた溜息を吐いた。
色々と予定を組んでいたのに、と呟く彼の頭の中では、今日も今日とて故郷再建の為のあれこれが巡っている事だろう。
相変わらず忙しい男であるから、自分の手では回り切れない所───主にはハートレス退治と、幾つかの力仕事───の為にクラウドを頼りにしていたに違いない。
しかし、先の傷の深さを目にしている事もあり、無理をさせる訳にもいかない、とは思ってくれたようだ。


「明日、エアリスに診せる。俺の家に呼ぶから、お前は其処で大人しくしていろ」
「別に自分で行っても良いが。どうせあの魔法使いの家にいるんだろう」
「怪我人は動くな。俺の魔法は、ただの応急処置なんだ。下手なことをして悪化させるのは止めろ」


レオンの言う事は最もだ。
今でさえ、立てないと言ってレオンの肩を借りている訳だから、きちんとした診断が出来るまで、負担をかけるような真似は避けるべきだ。

休ませてくれるのなら、真面な寝床が欲しいクラウドにとっては、願ったり叶ったりだ。
家にいて良いと言われているのだし、クラウドがレオンに対して遠慮する必要もない。
じゃあ大人しくしていよう、とクラウドは思った。

それにしても、怪我をしたからとは言え、随分と優しい。
クラウド自身にしても珍しい位に出血していたと言うのもあるだろうが、随分と甲斐甲斐しく許してくれるものだ。
そんな事を思って、ちらとクラウドが傍らにある横顔を見遣ると、微かに陰のある男の表情が見えた。
蒼の瞳は基本的には進む先を見ており、周囲を警戒して首を巡らせるのだが、その隙間に、ふと足元に視線を遣る瞬間がある。
見ているのは引き摺り気味のクラウドの足だ。
心配しているのかと、存外と年下には過保護な男にそんな事を考えたクラウドだが、レオンがその過保護ぶりをクラウドに向ける事は先ず無い。
さほど年齢が離れていないからか、同性だからかは判らないが、レオンは仲間内の中では珍しく、クラウドだけは扱いが雑なのだ。
それは信用、信頼の証でもあるのだが、そんな男がこうも甲斐甲斐しくしてくれるという事に、ただ傷を慮っての事とは思えない。

力の入り難いクラウドの足が、時折、かく、と膝を折る。
不意にかかる重みにレオンは眉根を寄せたが、横顔から滲むのは、重いとか面倒だとか言うものではない。
見覚えのある感情がその眦に香る気がして、ああ、とクラウドは納得した。


(後悔している訳か。俺に怪我をさせたことを)


レオンの横顔は、遠く故郷が失われたあの日を、悔恨している時のものに似ている。
幼馴染の怪我一つに、それ程大袈裟な猛省などしていまいが、似た気配があるように見えた。

仕事を任せた所為で怪我をさせた、一人で行かせた所為で無理をさせた────それを頼んだのは自分だ、と。
そんな所かと思うが、何を今更、とクラウドは独り言ちる。
一宿一飯の代金の代わりに、ハートレス退治を引き受けるのも、クラウドにとってはいつもの事だ。
実際、タダで飯も寝床も借りるというのは、後々が恐ろしいものだから、これは等価交換であるとクラウドは割り切っている。
怪我など別に今日が初めての事ではないし、仮にこれをレオンの所為としても、迎えに来て応急処置を施し、肩を貸してくれているのだから、詫びは十二分だろう。


(────なんて言った所で、こいつの事だ。口では判ったように返事をしても、頭の中は割り切っていないだろうな)


クラウドはレオンの性格をよく知っている。
良く言えば真面目、悪く言えば融通が利き難い所がある。
融通については、育った環境や年齢を経てそれなりに柔軟さを身に着けているのだが、こと自分の心中のことについては頑固であった。
そう言う真面目な人間だから、街の人々からは信頼されているのだろうが、偶には責任転嫁と言う言葉に身を任せても良いだろうとクラウドは思う。

やれやれ、とクラウドはこっそりと息を吐く。
それは傍らの幼馴染の頑固さへの諦めと呆れによるものだったが、相手はそうは受け取らなかったらしい。
レオンは一度歩く足を止めて、肩を担ぐクラウドの姿勢を直させると、


「もう少しゆっくり歩いた方が良いか」
「いや。今まで通りで良い。此処はさっさと抜けた方が良いだろう」
「……そうだな」


意識が罪悪感に傾いている所為か、普段の三倍増しはありそうな気遣いが、クラウドはどうにも擽ったい。
しかし、分かり易く自分に甘いその様子は、少しばかりクラウドの悪戯と欲望心を刺激していた。


「レオン」
「なんだ」
「腹が減った。帰ったら何か食いたい」
「暢気だな。何もないから、作らないといけない」
「構わない。結構出血したからな、血が作れるものが良い。肉だな」
「お前は普段からそればかりだろう」


クラウドの言葉に呆れながらも、仕方がない、とレオンは呟いた。
どうやら用意してくれるらしい。


「あとは、そうだな。久しぶりに甘いものが食べたい」
「そんな贅沢品がうちにあると思うか」
「今日じゃなくて良い。明日なら調達できるだろう?果物でもなんでも」
「……判った判った。探して置いてやる」


保証はしないぞと釘を刺しつつも、我儘を叶える努力はしてくれるようだ。
面倒を増やすなよ、と愚痴るレオンに、それなら無理だときっぱり言えば良いものを、と真面目な性格の所為でそう言う嘘が下手な幼馴染に、クラウドの口元は緩む。


「それから、そうだな───」
「まだあるのか」


もう十分だろう、とレオンがじとりとクラウドを睨む。
クラウドはそれを気にせず、一番の我儘を口にした。


「今日はあんたが上で頑張ってくれると嬉しいな。足も痛いし、その方があんたも下手な心配をせずに楽しめるだろう。どうだ?」


耳元で囁くように言うと、レオンはしばし固まった。
一分もそれはなかっただろうが、此処までの会話のテンポからすると、急激にブレーキがかかる。
しばらくしてから「……は?」と此方を見た蒼灰色に、クラウドは判り易く目を細めてやった。

クラウドの肩を担ぎ、その体重を持ち支える為に添えられていたレオンの手が、ぱっと解かれる。
完全に支えを当てにしていたクラウドは、それを唐突に失ってぐしゃりと地面に落ち伏した。
レオンはそんなクラウドを無視して、すたすたと足早に歩いて行ってしまう。


「そんな事を宣う元気があるなら、後は一人で帰れるな」
「待て。おい、レオン。冗談だ」
「冗談を言う元気もあるようだな。俺は先に行ってる、さっさと来いよ」


脇目も一切降らずに遠退いて行く背中。
調子に乗り過ぎたのは明らかだが、反面クラウドは、レオンがいつも通りの対応になった事にひっそりと安堵した。
そして彼の性格をよく知るからこそ、数分となく、彼は戻って来てくれるだろうと言う事も知っている。

────思った通り、しばらくその場で転がっていると、レオンは溜息を吐きながら戻って来た。
それだから調子に乗ってしまうのだと、改めて肩を貸す彼に甘えつつ、クラウドは夜を楽しみにするのであった。



7月8日と言う事でクラレオ。
うちのレオンはクラウドに対して基本は塩対応で、クラウドもそれで良いと思っていますが、なんだかんだでレオンはクラウドに甘い所があるし、クラウドはちゃっかりそれに便乗する。
よく考えると、レオンがクラウドに塩なのはその態度だけで、根は面倒見が良いので放っておけないのかも知れない。

[クラスコ]心地の良い場所

  • 2023/07/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



風邪など、一体何年ぶりだろうか。
秩序の聖域の、戦士達の拠点となる屋敷の中、自分の部屋でクラウドは天井を見つめながら思った。
開けたカーテンの向こうから差し込む光は、いつものように薄曇りではあるが、それでも室内を明るくするには十分だ。
そんな昼間のうちから、何をするでもなく自室に籠ると言うのは、ひょっとしてこの世界で目覚めてから、初めての事ではないだろうか。

傷を負った為に療養すると言うのは、儘あることだった。
魔法は傷を癒す事は出来るが、消費したスタミナであったり、流れた血を生成して補う事は出来ない。
だから大怪我と呼べるレベルの傷を負った際は、治療の後、きちんと休む時間というものが必要だった。
そうすることで、表面的な所からは判らない、身体の内部の損傷を修復させるようにしているのだ。
だから大人しく寝ているしかないと言うのは、この闘争の世界では、然程珍しいことではない。
怪我ではなくとも、なんらか遅効性の罠や魔法で、毒系を初めとした搦め手を受けることもあるから、此方も同様に、安全の為に様子を見ようと、数日の待機が余儀なくされる事もある。

しかし、今日のクラウドがベッドで大人しくしているのは、闘いや警戒とは全く別のものが理由だ。
どうにも昨日の晩から調子が優れない気がして、夕飯が常の半分程度しか食べれなかった。
健啖家の部類に入るので、半分と言ってもそれなりの量を食べてはいるのだが、体が常と違う状態であったのは確か。
胃もたれのような、どうにもスムーズに食べ物が腹に入らないような、それに加えて妙に背中の方が痛い気がして、あまりのんびりと過ごす気になれなかった。
不調は長引かせたくないもので、バッツに相談して滋養になる薬を一つ煎じて貰い、それを飲んで早めに寝床に入っている。

そして朝になって、熱が出ていたのだ。
今日はティーダに誘われ、フリオニールやセシルと共に、素材熱めに行く話をしていたのだが、これは無理だと判断した。
熱があるから辞めておく、と言ったクラウドを、三人は随分と心配してくれたが、言っても症状は熱だけなのだ。
休んでいれば治るから、とクラウドは三人を送り出し、後は部屋に戻って一日養生する事に決めた。

それから半日が経っており、中々暇なものだと、物言わぬ天井を見つめて思う。


(動き回る訳にも行かないから、寝ているしかないんだよな。これが存外……)


退屈だと、それが今のクラウドの胸中だ。
熱は極端に高くはないと思うのだが、体温計でもあれば、38度はあるのではと言う感覚がする。
一人で動けない事もないが、起き上がるのは体が面倒臭がるし、かと言って寝続けるのもそろそろ飽きている。
元の世界であれば、こう言う時は本なりゲームなりと、何かしら暇潰しが欲しいものであった。

本くらいなら構わないかなと、クラウドはむくりと起き上がる。
書庫にある本を一つ二つ拝借し、部屋に戻ってベッドの中で読む位なら、誰かに怒られる事もないだろう。
書庫に向かう足を見付かると注意されるかも知れないが、直ぐに戻るつもりで行くのだから、それ位は許して貰おう────と思っていた時だった。

コンコン、と部屋のドアがノックされて、クラウドは「開いてる」と答えた。
キ、と蝶番の鳴る音がすると、手にトレイを持ったスコールが入って来る。


「昼飯だ。食えるか」
「ああ、ありがとう。多分大丈夫だ」


置いておいてくれ、と言うクラウドに、スコールはベッド横のサイドチェストにトレイを置いた。
小さな土鍋にスプーンが添えられている所を見るに、粥かスープだろうか。
その横には、小さく折り込まれた紙が二つ並んでおり、中身はバッツが煎じた薬であることが想像できた。

スコールはベッドから降りようとしているクラウドを見て、眉根を潜める。


「起きて良いのか」
「良いと言う程でもないが、あんまり暇なものだからな。本でも取ってこようかと思っていた」
「……熱は?」
「下がっている気はしないな」


自分では体感以上のことは判らない。
そう言ったクラウドに、スコールはふうと一つ息を吐いて、クラウドの前に立った。
いつも嵌めている黒の手袋を外し、クラウドの額に手を置く。
元々スコールは体温が高い方ではないが、それにしても今日はひんやりと感じられて心地良い───詰まる所、まだクラウドの熱が幾らも下がっていないと言う事なのだが。

スコールは、クラウドと自分の額とにそれぞれ手を合わせて、違いを確かめた。
その結果、やはりクラウドの熱がまだ高いままである事を確信する。


「まだ熱い。本なら適当に見繕ってきてやるから、あんたは寝ていろ」
「それは有り難いが、じっとしているのも飽きているんだ」
「病人は大人しくしてろ」


ぴしゃりと言われて、ご尤も、とクラウドは肩を竦める。

食べれるだけ食べていろと言われたので、クラウドはトレイを手元に寄せた。
土鍋の蓋を開け、ほこほこと湯気を立てていたのは、野菜の出汁に浸して作った粥だった。
今日はバッツが屋敷に残っているから、彼が病人の為に用意してくれたのだろう。
熱を取りながら食べ始めたクラウドを見て、スコールは「本を取って来る」と言って部屋を出て行く。

クラウドが粥を半分ほど食べ、胃の感覚から、こんな所だなと食事を終えた頃、スコールも戻って来た。
厚みのある小説を一冊、薄い雑誌形態のものが二冊と、どちらもクラウドの世界では見ないものだったが、今は中身が何であれ読めれば十分だ。

バッツの薬を飲むと、中々に苦くて渋い味が口一杯に広がった。
良薬口に苦しと言うが、もう少しなんとかならないだろうか、と詮無い事を思う。
それを二つも飲むと言うのは中々根気がいるのだが、折角バッツが煎じてくれたのだから、無駄にする訳には行かない。
たっぷりの水を添えて飲み下し、ふう、とクラウドがようやく息を吐いたのを見て、


「……あんたが風邪を引くなんて、珍しいな」


ぽつりと言ったスコールの声が聞こえて、クラウドはベッドに戻りながら「そうだな」と頷いた。
クラウドは空になったグラスをサイドチェストに置きつつ、


「俺も、こう分かり易く熱を出したのは、随分久しぶりな気がする」
「この世界に来てから、こう言う事はなかったのか」
「覚えている限りでは、ないな。傷の所為で熱を持ったのはあったと思うが、風邪なんて、若しかしたら何年振りかも知れない」


クラウドの躰は、頑丈に出来ている。
それは生来の健康体であると言うのではなく───それも理由として皆無ではないだろうが───、クラウドの過去の出来事により、“普通”から逸脱しているのだ。
己の意志と関係なく取り込んだ因子により、表面的な頑健さも、生命が本来持ち得る自己回復力も、大幅に強化されている。
だからクラウドは、時間と共に消えるような弱い毒なら、それ程留意しない事も多く、身体を蝕むものについての抵抗力も強かった。
体に変調を齎すウィルスに対しても、その抵抗力が先んじて攻撃し、速いうちに駆逐してくれるので、そう言った免疫活動による反応が表面化する程に強くなる事も少ないのだ。

そんな訳だから、風邪など本当に久しぶりなのだ。
よくよく考えると、昨日の夜に感じた背中の痛みも、風邪症状の一つだったのだろう。
疲労の肩凝りにしては妙なと思っていたが、体の中に原因があったとは、あまりに感覚が久しぶり過ぎて気付きもしなかった。
バッツに薬を貰う時、色々と症状を聞かれて、それに合わせたものを煎じて貰ったが、今思うと、受け答えに少々ズレがあったかも知れない。
だが、先程飲んだ薬は、昨日のものともまた違うものだったから、恐らく今度こそ症状に合わせたものが煎じられたのだろう。
夜もあの薬を飲まなくて良いように、熱には早く下がって欲しいものだ。

スコールはクラウドに、書庫から持ってきた本を渡し、


「他に何か必要なものはあるのか」
「そうだな……水はまだあるし、暇潰しも手に入ったし。後は────」


取り立てて何も、と答えようとしたクラウドだったが、ふとベッド横に佇む少年を見遣る。
返事を待っているスコールは、じっと此方を見つめていたが、クラウドの視線に気付くと眉根を寄せた。
訝しむ表情にも見えるが、彼の事だから、ただの条件反射の表情だろう。
深くは気にせず、クラウドは自分が座っている隣を、ぽんぽんと叩いてやった。


「……?」
「座ってくれ。此処に」


何が言いたいのかと不思議そうな顔をしたので、クラウドは分かり易く希望を口にした。
スコールが素直に其処に座ってくれるのを見て、よしよしとクラウドも満足する。


「もう少しこっちに」
「……此処か」


ベッドに深く腰掛ける位置にと誘導すると、スコールは言われた場所に位置をずらす。
クラウドが思う十分な場所が出来たことを確認して、クラウドはベッドヘッドから背を離すと、スコールの膝の上にごろりと頭を乗せて転がった。


「……!?」
「うん。中々良いな」


膝を枕にされたスコールは、目を丸くしてクラウドを見下ろす。
クラウドはと言うと、人肌と程よい弾力のあるスコールの膝の感触の心地良さに、良いものだと目を細めた。
男であるし、戦場を駆け回る脚は少々固さも感じられるが、スコールの躰はクラウドやフリオニールのように固い筋肉に覆われているとは言い難い所がある。
少なくともクラウドには、微かに香るスコールの匂いも含めて、心地の良いものがあった。

そのままスコールの膝で落ち着き、横向きの体勢で雑誌を開いたクラウドに、「おい……」とスコールの低い声が落ちて来る。
クラウドがちらと視線の方向を見上げて見れば、眉間に深い谷を作り、心なしか赤くなったスコールの顔があった。


「何をしているんだ、あんたは」
「膝枕だ。恋人の」
「邪魔だ、退け」
「それは出来ない」


けんもほろろに言ってくれるスコールに、クラウドは全く動じなかった。
何処か楽しそうに小さな笑みを浮かべ、また横を向いて雑誌を捲るクラウドに、スコールからは中々に不機嫌なオーラが振り撒かれる。
邪魔、重い、動けない────そんな言葉が彼の視線からざくざくと刺さって来る。

だが、結局スコールは、一つ溜息を吐いただけだった。
恋人だと言う贔屓からか、病人だと言う甘さからか、いずれにせよ、クラウドの頭を膝から落とす事はしなかった。


「病人なんだから、まともにベッドに入って寝ろよ、あんた」
「ベッドの中にはいるだろう。枕も特別性だ。これなら、良い夢が見れる気がする」
「俺が動けない。暇じゃない」
「良いじゃないか、こんな時位、恋人を優先してくれ」


やる事があるのだと言うスコールに、手前勝手な我儘を投げてみると、少年はなんとも言えない表情を浮かべていた。
ほんのりと頬が赤い所から、“恋人”と言う言葉に彼が照れているのだと言う事が判る。
そして、厳しく素っ気なく見えて、実の所は甘えたがりな所があるスコールは、クラウドのこんな我儘を振り払う事はしない。
今日もまた、相手が病人であると言うことも加えて、最後にはクラウドの好きなようにさせてくれるのだ。

何度目かの溜息がスコールの口から漏れた後、彼は書庫から持ってきた小説を手に取った。
此処から動く事を諦めたスコールに、クラウドはくすりと笑みを浮かべて、穏やかな時間を堪能する事にする。



数分後、すぐそこにある恋人の温もりに、沸いた欲と悪戯心でそっと腕を伸ばしてみるが、不埒な手は容赦なく叩かれたのであった。



7月8日と言う事で、クラスコ!
珍しく体調を崩した為、それを前提に甘えたおすクラウドと、なんだかんだと無碍には出来ないスコールが浮かんだ。
でもこの流れなら行けるかなと思った先は、流石に駄目だったらしい。スコールにしてみれば病人が相手なので当たり前。
治ってから存分にいちゃいちゃすれば良いと思います。

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