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Category: FF

[レオスコ]ウェイクアップ・キス

  • 2023/08/08 21:05
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



目覚まし時計の鳴る音で、いつもの通りに目が覚める。

揺蕩う微睡の中で過ごすのは、心地の良い事ではあるけれど、朝からやらなくてはいけない事はごまんとあるのだ。
まずはこの居心地の良いベッドから抜け出して、洗面所に行って顔を洗って、朝食の準備をする。
昨日の夕飯に弟が作った汁物が残っているので、それを温め、炊飯器は予約された時間にもう焚き上がっている筈だから良いとして、あとはおかずだ。
健康の為にも二品くらいは用意しておいた方が良いと思うから、そのメニューを急いで考えなくてはいけない。
とは言っても、朝食のおかずはルーティンなものとも化していて、幾つかのパターンから今日はどれにしようかと言う程度だ。
魚が冷蔵庫にあったから、あれを消費してしまうなら、今のうちのような気がするが、此方は晩で良いかも知れない。

そんな事を考えながらも、レオンの体は中々ベッドから出ようとはしない。
翌日が休みだからと、久しぶりに熱を交わし合えば、若いレオンと、まだ性に幼い面のあるスコールが盛り上がらない筈もなく、夏の短い夜をまるごと使ってしまった。
無心に甘えて来る弟をあやすのはとても楽しくて、柄にもなく夢中になった自覚もあった。
それを伝えれば、思春期真っ盛りで気難しいきらいのあるスコールは、顔を真っ赤にして怒って見せるのだろうが、レオンにしてみればそんな表情も愛おしいものだ。
────等と、睡魔と現実の間でふらふらとしながら、自分の腕を枕にして寝ている弟を見て、緩やかな時間は過ぎて行くのである。

レオンの休日と言うのは貴重なものだ。
真面目な気質が奏してか、若いうちに色々と経験を積ませて貰う事が出来、会社の社長である父にもそれが認めて貰えたお陰で、それなりの地位にいる。
比例して仕事の量も多く、休日に飛び込みの案件が入って来る事もあり、ただでさえ少ない休みが引っ繰り返されると言うのも、珍しくはなかった。
一応、休みを優先したい日と言うのは守っているつもりだが、その為に前倒し、後ろ倒しもよくあるので、仕事量の緩和には余り役立っていないのかも知れない。

そして弟のスコールも、多忙な日々を送っている。
彼は学生であるが、日々を勉強に家事にと過ごしており、部活の類にこそ属してはいないものの、自由な時間と言うのは少なかった。
家事はレオンも出来ればやりたい、と思っているのだが、家にいる時間がスコールの方が取れるので、掃除や洗濯は勿論、買い物も彼が済ませている事が多い。
真面目な彼は、やるならば徹底的に、と言う意識も強いから、何事にも肩の力が入る所がある。
その結果、やる事が全て終わった時には、すっかり疲れ、泥のように深く眠るのであった。

そんな二人の生活にあって、明日はカレンダーも休日、レオンも有給休暇となっている。
だから昨夜は、明日のことを考えなくて良い、とついつい熱くなってしまった訳だ。
熱の名残は気怠い朝を運んできて、レオンはこの温い感覚の微睡と、腕の中で眠る少年が手放し難くて、いつまでもベッドの住人を延長している。


(────とは言え、流石にそろそろ起きないとな……)


形ばかりの目覚めの合図にと、セットしたアラームを止めて、幾十分。
空き腹が限界を訴える感覚を覚えて、レオンはようやく、ベッドから出る決意をした。

眠る弟の頭の下から、起こさないようにそうっと腕を抜く。
スコールは頼りにしていた温もりがなくなって、むぅ、と小さくむずかって丸くなった。
そんな彼の頭を柔く撫でてから、このままだとまた十数分と過ごしてしまうと、自分を律して体を起こした。
ぎしり、とベッドのスプリングの音がして、スコールが「んん……」と眉根を寄せて瞼を震わせた。


「う……」
「すまん、起こしたか」


薄く瞼を持ち上げたスコールに、レオンは眉尻を下げて詫びる。
スコールは子猫のように目を擦りながら、ぼんやりとした目で、上肢を起こした兄を見た。


「……レオン……」
「おはよう、スコール」
「……はよ……」


眠気真っ盛りのお陰で、スコールは素直に挨拶を返してくれる。
レオンはスコールの頭を撫でて、ようやくベッドを降りた。

顔を洗いに行く前に、先に服を着なくてはと、レオンはクローゼットを開ける。
兄弟二人分を綺麗に分割して使っている其処から、ラフに過ごせるものを選んだ。
スコールはベッドの上に座り、眠そうに欠伸を漏らしている。


「ふぁ………」
「眠いのなら、まだもう少し寝ていても良いぞ。休みなんだから」
「……あんたは……起きるのか」
「朝飯を作らないといけないからな。オムレツで良いか?」
「……なんでも……」


食に強いこだわりがないスコールは、逆に嫌いなものも殆どない。
しかしまだまだ成長途中、育ち盛りの弟の為にも、栄養はきちんと摂らせておかなくては。
簡単でもバランスの良い食事を食べれるように、レオンは頭の中で献立を考える。

着換えを済ませ、洗面所で顔を洗い、レオンはキッチンに立った。
米が焚けていることを確認し、冷蔵庫に鍋ごと入れていたスープを取り出してコンロにかけ、もう一つのコンロにフライパンを置く。
脂を引いて熱したら、その間に用意しておいたマヨネーズ入りの溶き卵を入れて、手慣れた仕草で形を作って行く。
綺麗な山形になったオムレツを皿に移して、同じものをもう一つ。
それから、サラダもなければと、冷蔵庫からレタスと胡瓜、トマトを取り出す。
千切ったレタスを水洗いし、瑞々しいそれを皿に乗せ、千切りにした胡瓜と、半月切りにしたトマトを添えた。
程好く冷めたオムレツにケチャップソースをかけ、温まったスープをマグに注いでいると、


「レオン……」


呼ぶ声に振り返れば、キッチンの横にスコールが立っていた。
寝癖のついた髪をそのままに、まだ眠い目を擦っているスコールの格好を見て、レオンは眉尻を下げる。


「ちゃんと着替えて来い。風邪を引くぞ」
「……寒くないから平気だ」


レオンの言葉に、そう返したスコールは、シャツ一枚しか着ていない。
薄身の体躯には合わないサイズのそれは、誰がどう見ても、昨夜脱ぎ捨てたレオンのものだ。
真っ白の裾からはすらりと長い脚が晒され、太腿に薄らと赤い華が咲いている。
それを咲かせたのは他でもないレオンだが、白い肌の内腿にちらちらと覗くのは、中々に目の毒だ。
だからいつも、きちんと服を着るように言い聞かせているのだが、真面目に見えて実は面倒臭がりな弟は、甘えもあって大概兄の言う事を聞いてくれなかったりする。

やれやれ、と眉尻を下げるレオンの元に、スコールがのそのそと近付く。
あとは米を装うだけだと、しゃもじを水に晒したレオンの背中に、とす、とくっつく体温があった。
言わずもがな、正体はスコールだ。


「飯ならすぐだぞ。もう出来てる」
「……ん……」
「動き難いだろう」
「……んん……」


すり、と背中に頬を寄せる猫に、レオンはどうしたものかなと眉尻を下げる。

昨晩、あれだけ睦み合ったのに────いや、だからと言うべきだろうか。
普段はしっかり者になりたがり、兄に対して臆面もなく甘えるなど、と照れ臭さもあって滅多に甘えて来ないスコールだが、本質的には寂しがり屋なのだ。
レオンはしばらく仕事が忙しく、スコールもつい一昨日まで定期試験があったから、どちらも熱の交換は控えた日々が続いていた。
昨夜はそれから久しぶりに解放された上、翌日の事も心配しなくて良かったから、頭が真っ白になるまで溶け合った。
その心地良さは、朝になってもスコールの中にあるらしく、今日は一段と甘えたがりだ。
そう言う事を考えると、背中のくっつき虫を我慢させるのも気が引けるし、レオンとてスコールの事は骨の髄まで甘やかしたいと思っている。

でも、このままでは、折角作ったオムレツと、温め直したスープが冷めてしまう。
レオンは腰に回されたスコールの手を握りつつ、肩に額を押し付けている弟を見る。


「ほら、朝飯だ、スコール。顔を洗って来い」
「……」


スコールの眼がちらと覗いて、レオンをじいっと見詰める。
このままでいたい、と訴えるブルーグレイに、どうにも兄は弱いのだ。
やれやれ、と眉尻を下げて笑みを零しつつ、レオンは後ろへと振り返る。

向き合う格好になって、レオンはスコールの顎に指を引っ掛けた。
くん、と軽く促してやれば、素直な貌がレオンを見上げ、熱の名残を宿した蒼と蒼が交差する。

ゆっくりと顔を近付ける間、スコールはじっとレオンの顔を見ていた。
唇を重ね合い、そっと下唇を食んでやると、スコールが薄く隙間を開く。
招くその合図に誘われるまま、舌を入れ、差し出されるものを絡め取って唾液を交換してやった。


「ん、む……ふ、ぅ……」
「ん……っふ……」
「あむ、ぅ……、んんぅ……」


角度を変えながら深くなる口付けに、スコールはレオンの首へと腕を回した。
スコールの足が気持ち背伸びをして、レオンにより深く貪って貰おうと、貌の距離を近付けようとする。
レオンはそんなスコールの背中を拾うように抱き支え、昨夜も堪能した弟の甘い咥内をたっぷりと味わった。

レオンの顔を近い距離で見詰めるスコールの瞳が、とろりと溶けて行く。
酸素不足も相俟って、ふわふわとした意識に足元が覚束なくなる頃、レオンはスコールの唇を解放した。


「ほら、此処までだ。顔を洗って来い」
「……う……」


抱いていた背中をそっと離せば、スコールは支える力を失って、ふらふらと蹈鞴を踏んだ。
まだぼんやりとしているスコールの肩を押して、方向転換させる。
ぽんと背中を叩いてやると、素直な子供は言われるままにキッチンを出て行った。

さて、とレオンは改めて朝食をテーブルへと運ぶ。
米も装って、主食、副食と揃い、デザート用のヨーグルトを冷蔵庫から出した。
カトラリーも一緒に並べて、食後のコーヒーの為に電気ケトルのスイッチを入れた所で、ぺたぺたと足音が戻ってくる。
気持ち程度に髪型を整えたスコールが、今更のように恥ずかしそうに顔を赤らめながら、ダイニングへとやって来た。


「おはよう、スコール」
「……おはよう……」


顔を洗って、頭が少しは目覚めたようで、スコールは自分が何をしていたか遅蒔きに理解したのだろう。
微笑みかけるレオンの顔も見れないと、視線を彷徨わせながら、いそいそと自分の席へ座った。
レオンもその向かい側に座り、手を合わせて「いただきます」と言ってから、朝食に手を付ける。
スコールも兄に倣い、昔からの習慣の通りに手を合わせてから、箸を取ったのだった。



寝惚け気味だと甘えたがりなスコール。
レオンもそんなスコールが可愛いので、しっかり甘やかす。
顔を洗ってようやくちゃんと目が覚めたスコールが、自分の行動への恥ずかしさでレオンの顔が見れなくなりながら一緒に朝ご飯を食べるまでがセットです。

[スコリノ]秘密のメモリアル・デイ

  • 2023/08/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



記念日などと言うものを、スコールが意識する訳もない事を、リノアはよく判っていた。

彼のスケジュールは基本的に任務に関することで埋まっているし、それのお陰で平日も休日もあったものではない。
朝から晩まで指揮官用に誂えられたデスクに座りっぱなしである事も多く、不在であれば危険度の高い任務か、要人警護の類に赴いている。
お陰でリノアが偶にバラムガーデンにやって来ても、余り会える機会はない。
事前に予約を取った所で、某かの出来事が横入りしてきて、「悪い」と言葉を貰うのが精一杯である事も多かった。

そんな毎日を送っているスコールだから、日付の感覚やその確認と言うのは、自分のスケジュールを思い出す為のものでしかない。
夏に訪れる彼自身の誕生日だって、スコールはすっかり忘れて過ごすのだ。
覚えていたとて、その日が魔物退治だの護衛だのと、いつもと変わらない任務内容で潰されているに違いない。
加えて、元々の人付き合いの消極さの所為か、人とのコミュニケーションツールの類には酷く疎かった。
誰それの何々の日、等と言うものが、彼の頭に擦り込まれるには、まだしばらくの時間がかかるだろう。
最近ようやく、リノアを始めとし、幼馴染の面々の誕生日を、言われて思い出す程度には意識できるようになっただけでも、大した成長と言える。

個々人の記念日なんてものは、市販のカレンダー表には、当然ながら記されていない。
ただの気持ちの問題だと言えばそうだし、それも気にする人、気にしない人と様々あるものだ。
記念日を大事にしたい、と言う人は、、誕生日に嬉しい思いをしたとか、記念日を祝ってくれる人がいただとか、そう言う経験の積み重ねがあったのだろう。
少なくとも、リノアはそうだった。
けれどスコールの場合、彼の幼い頃の記憶と言うのは霞がかっている事が多い上に、今でもはっきりと思い出せるのは、姉がいなくなった淋しさの日々ばかり。
誕生日くらいは、楽しかったのかも知れない、お姉ちゃんエルオーネがいた頃は───と呟いたのが、彼の幼い思い出の全て。
祝って貰った喜びよりも、二度とそれが与えられない辛さの方が強かったから、彼はそう言うものを遠ざけるようになった。
幼い日の突然の離別は、それ程彼にとって大きな出来事だったのだ。

だからリノアは、“記念日”について、あまりスコールの前であれこれと言ったことはない。
恋人の誕生日だと知って、何も準備してなかった、と気まずそうに視線を逸らしたその様子だけで、リノアは満足している。
お祝いしてくれようと思ったんだ、とそれを感じられるだけで、リノアは幸せだったのだ。
あの誰にも興味がないと言う顔をしていたスコールが、そんな風に、自分のことを気にかけてくれるようになったなんて、こんなに嬉しい事はないのだから。



スコールは今日中には帰ってくる筈だから、と言われて、リノアは指揮官室にある来客用のソファで寛いでいた。
来訪した時、出迎えてくれたキスティスは、遅い昼食を採りに食堂へ行った。
お茶はどうかと誘われもしたが、リノアはバラムの街で昼食を食べたばかりだったし、まだ胃の中が膨らんでいる感覚があったので辞退した。

スコールは三日前から、ドールで要人警護の任務に出ていると言う。
任務の為の契約期間は、今日の正午に切れるとのことで、時間的にはもう彼は自由の身だ。
あとは海路でバラム島まで帰ってくるだけだから、任務完了のすぐ後に船に乗れていれば、直に到着する筈。
出先で何かのんびりしようと言う気が滅多にないスコールの事だから、例え遅くなるとしても、空に夕焼け色が見える頃には顔を見れる筈だと、リノアは読んでいた。

待っているだけでは手持無沙汰で、途中で一度、リノアは図書室に赴いた。
前に読んでいる途中で棚に戻した本を見付ける事が出来たので、持ち出し許可を貰って借りて行く。
六章から成るその小説は、既に四章まで終わっているから、今日明日があれば読み切れるだろう。
直ぐに指揮官室へと戻ると、まだ其処は無人だったので、リノアはソファへと戻って本を開いた。

驚天動地な物語を読み進めている内に、ゆっくりと時間は過ぎてゆく。
のめり込む勢いのままに第五章を読み終わり、このまま最後まで読み切ろうか、明日の楽しみにしようかと思っていた所で、指揮官室のドアが開く。


「はあ……」
「スコール!」


疲れを滲ませた溜息が聞こえて、リノアはそれを吹き飛ばさんばかりの明るい声で、この部屋の主の名を呼んだ。
呼ばれた方は、きょとんと蒼灰色の瞳を丸くして、ソファから立ち上がるリノアを見、


「……リノア?」


なんでいるんだ、と言う表情が向けられているが、リノアは構わず駆け寄る。
両腕を大きく広げ、突進宜しく抱き着けば、嗅ぎ慣れた火薬と鉄の匂いがする。
到底甘やかな匂いとは程遠いが、ああスコールの匂いだ、とリノアは胸一杯にそれを吸い込んだ。


「おかえりなさい、スコール!」
「……ああ、ただいま」


抱き着いて来た恋人を受け止めた格好のまま、スコールが小さな声で返事をした。
そんな些細なことがリノアはどうしようもなく嬉しい。

シルエットの割に、案外としっかりとしている胸板にぐりぐりと頬ずりをする。
何してるんだよ、と呆れた声がしたが、スコールはリノアの好きにさせてくれていた。
それに甘えて、リノアはスコールの存在を一頻り堪能してから、ハグから彼を開放する。


「お疲れ様。大変だった?」
「別に。いつも通りだ」
「そっかそっか」


答えるスコールは疲れた様子こそあるものの、血の匂いや、それを覆い隠すような薬の匂いも纏わせていない。
それを、危ないことにはならなかったんだ、とリノアは思う事にしている。
傭兵、況してその集団を束ねる者であるスコールの任務には、相応の危険が付きまとうもの。
そう言う生き方をしている人だと理解はしているつもりだが、好いた人には怪我なく戻って来て欲しいと思うのが、待つ身の願いと言うものだ。

スコールは持っていたガンブレードケースをデスクの横に置くと、どさ、と椅子に身を沈める。
いつになく体が重そうに見えるのは、任務終了から直ぐに帰還する為、船に揺られた所為か。
何か疲れに効くようなものが用意できないかな、とリノアは手持ちの荷物を思い出してみるが、特に変わったものを持って来ている訳でもない。
うーん、と考えた後、


「スコール」
「……ん」
「肩揉んであげよっか?」
「……なんだよ、急に」
「疲れてるみたいだったから。私、結構上手いと思うよ」


スコールに向かって両掌を見せ、握り開きと揉む仕草をして見せるリノア。
そんな彼女に、精一杯の労いの気持ちを、スコールも掬い取ったのか、くつりと小さく笑って、


「いや、良い。其処まで疲れてる訳でもないし」
「そうは見えないんだけどなぁ」
「先方が少し図々しくて面倒だっただけだ。体の方は大して動いていないし」


スコールはそう答えたが、それこそ彼が気疲れする相手だったのだろう、とリノアには直ぐに判った。
クライアントの言う事には、他に優先事項があるとか、余程の事でなければ、従順であるのがスコールだ。
ただし頭の中は案外そうでもない事の方が多く、業腹を鉄面皮で隠している事も珍しくない。
表に出してはならない事を考えつつ、クライアントの意に沿うように動かねばならないと言うのは、中々疲れるものだ。

やっぱり揉んであげようかなぁ、と断られたが勝手にしてみようかと思っていた時。


「リノア」
「はい」


名前を呼ばれたので、なんでしょう、と返事をした。
するとスコールは、トレードマークの黒のジャケットのポケットに手を入れて、小さな箱を取り出す。


「これ、あんたに」
「え?」


突然のことに、リノアはぱちりと目を丸くした。

スコールは、その手の中に納まるくらいの、小さなサイズの箱を持っていた。
黒の手袋を嵌めているので、それと真逆の白い箱は、なんだかきらきらと上品に輝いているように見える。
よくよく見ると、それは綺麗な化粧箱で、白地にプラチナ風のラメが散りばめられていた。
蓋の隅にデザイン的な書体で印字されたロゴが見えて、ドールで名うてのアクセサリーブランドのものであると悟る。
其処は安価なものから高級品まで幅広く取り扱っているものだが、こんなに丁寧な化粧箱で封がされていると言う事は、それなりの値段がするに違いない。
そんなものをどうして急に、とぽかんとするリノアに、スコールは明後日の方向を向きながら、


「ドールで見つけた。あんたに、似合いそうだと思って。……それだけだ」


それだけだ、とスコールはもう一度、小さな声で繰り返した。
まるで自分に言い聞かせるように紡ぐ声は、一度目はともかく、二度目は相手に聞かせる音量ではない。
同じタイミングで、髪の隙間に覗く、水色のピアスをした耳朶が赤くなっているのが見えて、リノアまで伝染したように頬が熱くなる。


「えっ。あっ、えっと。えーとえっと」
「………」
「あっ、うん。あり、ありがと!」
「……ん」


沸騰したように顔に熱が籠るのを感じながら、リノアはどもりながら気持ちを伝える。
スコールはやはり別な方向を向いたまま、小さく頷いてくれた。

スコールの手から化粧箱を受け取り、リノアはそうっと蓋を開けた。
差し込む天井からの光を受けて、きら、と柔く輝く白透明の石が姿を見せる。
小さな涙雫の形をしたピアスは、身につければさり気無く、持ち主の耳元で閃いて見せるのだろう。

ピアスをじっと見つめる傍ら、こそりと贈り主を覗いてみると、スコールはいつの間にか体ごとリノアに対して横を向けていた。
ただ微かに見える赤らんだ頬だとか、噤まれた唇が面映ゆそうにしているのを見て、リノアは胸の奥がくすぐったくて仕方がない。
スコールは恐らく、自分らしくもない事をしたと、変に冷静になった頭で、今更の羞恥を抱えているに違いない。
そんな照れていると判る恋人の様子が可愛らしくもあったし、リノアは彼がこの石を見付けた時に、自分のことを思い出してくれたと言うのが嬉しかった。


(私のこと、離れててもちゃんと覚えててくれてるんだ。ちゃんと、思い出してくれるんだ)


G.F.の恩恵を借りて生きるスコールたちSeeDにとって、記憶の侵食は免れない事だと、リノアは知っている。
それ故に彼が幼い頃のことを上手く思い出せない事も、あの戦いの直後、帰るべき場所を忘れてしまったスコールが、一人時の狭間を彷徨い歩く事になったのも、紛れもない事実だ。
力を激しく行使すれば、直近の出来事さえも思い出せなくなるかも知れないリスクを抱いて、スコールは常に戦っている。

恋人の誕生日の事も、当日に仲間達から聞くまで思い出さなかった彼が、滅多に面と向かって逢えないリノアのことを、思い出してくれた。
街の中でふらりと見付けたアクセサリーに、「似合いそうだ」と言う理由で買って来てくれるなんて。
余りに嬉しくて頬が酷く緩んでしまいそうで、リノアはその前にいそいそとスコールの背後へ周り、


「スコール、やっぱり肩揉んであげる」
「良いよ、別に……」
「良いから良いから。ほら、前向いて」


面倒というより、恥ずかしさがまだ勝っているらしいスコールを、リノアは肩を押して正面を向かせる。
自分はしっかりその後ろに立って、疲れで強張り気味のスコールの肩に両手を置いた。
にぎにぎと両手で肩を揉み始めると、スコールは諦めたように体の力を抜く。

リノアは肩揉みマッサージをしながら、ちらとデスクの端のカレンダーを見た。
今日の日付は、特に何がある訳でもない、いつも通りの平日だ。
それでもリノアは、今日と言う日を覚えておこうと思った。
誰も知らない、スコールも知らない、これは自分だけの特別記念日として。



リノアは記念日を都度作っていそうだな、と。
スコールと共有できれば嬉しいけれど、中々それは難しいので、自分の中で「今日は〇〇記念日(サラダ記念日感覚)」と作っていても良いなと。
それが段々「スコールが〇〇してくれた記念日」「一緒に出掛けた記念日」って言う感じになったら可愛いなあと思いました。
スコールはてんでそう言うのは鈍いけど、ロマンティストな奴も近くにいるので、段々と意識が育って行くんじゃないかと思う。

[クラレオ]この傷に意味はない

  • 2023/07/08 21:05
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



偶にはこんなミスもするものなのだと、何処か他人事のように思った。

少々頑強なハートレスがいたのを、油断は愚か慢心していたつもりもないのだが、それの一撃を回避し切れなかった。
左足の脛からどくどくと流れる血に、案外と深いなと、これもまた他人事のように考える。
さっさと止血をして、闇の力を使って適当に安全な場所に移動するのが良いのだが、如何せん疲れている。
この傷を負った後から、またわらわらとハートレスが集まり、それらを一掃するまでバスターソードを振るい続けていたのだから無理もない。
そうしてやっと掃除が終わったら、アドレナリンの放出で麻痺していた痛覚が戻って来て、立っていることも出来ずに座り込んだと言う訳だ。

ずきずきとした痛みは中々に重く、失血死こそしないだろうが、当分は療養しないと足が動かなくなるだろう。
闇の力を行使し、様々な世界を渡り歩いて、それなりに年月を数えるが、こんな負傷をしたのは初めてかも知れない。
持った力のお陰か体は普通よりも頑丈だったから、自己治癒力の高さもあり、後を引くような大怪我を負う事はなかったのだ。

場所は街から北にある、ハートレス蠢く谷の道の途中。
レオンに言われて、夕飯代に仕事くらいしろとのことで、いつものようにハートレス退治を引き受けた。
最近の街の中は、クレイモアの普及が拡がりつつあるお陰で比較的平穏なのだが、其処から少しでも離れると、心なきものはまだ幾分も減っていない。
谷の中を彷徨っているだけならまだ良いが、個体に縄張りがあるのか、やはり人の心と言うものにあれらは誘われる習性もあるのだろう、じわじわと居住区域に近付いて来るものもあるのだ。
放っておけば当然人々の脅威となる為、一定ラインを越える前に、レオン達はそれらを駆逐して街の安全を保つようにしている。
それを今日はクラウドが任されたという訳だ。

ハートレスは、幾ら斃した所で、幾らでも沸いて来る。
永遠に続くいたちごっこは面倒極まりないものではあったが、クラウドとて故郷と言うものに少なからずも愛着はあるのだ。
嘗て失われたこの地を、幼馴染達が懸命に守り、再び興そうとしているのだから、その手伝いくらいはしても良い。
心身を捧げるような殊勝な心はないが、片手間にやれる事をやる程度なら、厭と言う程でもなかった。
だからレオンが言う夕飯代も、いつものように軽い一言で受けたのだが、


(……流石にこれは良くないな)


止まる様子のない出血に、クラウドは眉根を寄せる。
失血死はしないだろうが、早くなんとかした方が良い。
しかしポーションは持ってこなかったしと、思えばそれが慢心だったのだろうと、用意の浅さを今になって反省する。

どうしたものかと、翻って開き直ったように凪いだ頭で考えていると、ざり、と土を踏む音が聞こえた。
ハートレスだと面倒だな、と音のした方向に目を向けると、ガンブレードを肩に乗せた男───レオンの姿があった。
レオンはゆっくりとクラウドの方へと歩きながら、辺りを警戒して首を巡らせている。
そしてクラウドのいる場所から数メートルと言う位置まで来て、言った。


「駆除は済んだようだな。ご苦労だった」
「ああ」
「それで、その足はどうした」


労う言葉を述べた後、投げ出されたクラウドの足を見て問うレオン。
クラウドは、助かりはしたが聊か情けない気分にもなって、溜息を吐きながら答える。


「一発食らった」
「らしくもない」
「そんな日もあるんだ。治してくれ」


レオンなら出来るだろうと、クラウドは未だ出血している足を指して言った。
今度はレオンが一つ溜息を吐いて、クラウドの傍で片膝を着き、右手を傷のある場所へと翳す。
柔い光がレオンの手から生み出され、ゆっくりとクラウドの傷を包み込み、裂けた筋肉や皮膚を修復していく。
程無く傷はなくなり、赤黒く染まった足元と地面だけが、怪我の痕として残った。


「助かった。ついでに肩を貸せ、立てない」
「全く……もう少しまともな感謝を示せ」
「示しているだろう。助かったと言ったじゃないか」
「普通は“ありがとう”だ。まあ、お前に言われても仕様がないか」


言いながらレオンは、ガンブレードを腰に納め、クラウドに肩を貸しながら立ち上がる。
レオンの肩に持ち上げられる形で、ようやくクラウドも立つことが出来た。

魔法で傷の修復は行えたが、魔法は表面的な傷を治しているだけで、本当に損傷が一切なくなっている訳ではない。
傷付いた神経が治るには、時間をかけて自然治癒を待つしかなかった。
しかし、こんな場所で悠長にいつまでも座っていては、いずれまた沸いて来るハートレスの餌食になってしまう。
クラウドを喪うのはレオンとしても痛手な訳で、愚痴を零しつつも、彼はクラウドを担いで街まで戻ってくれるに違いない。

治癒したばかりの足を引き摺るクラウドの為にか、レオンの歩はゆっくりとしたものだ。
何だかんだと面倒見の良い奴だと、ちゃっかりとそれに甘えて気儘をさせていることを棚に上げつつ思っていると、


「……その足だと、明日明後日は動かない方が良さそうだな」
「ああ。動けない事はないだろうが、戦闘はしたくない」


クラウドが負傷したのは右足だ。
何をするにも、踏み込む力として使っているから、その負担は軽くない。
だから負傷した後、激しく動き回った所為で傷が拡がり、出血が酷くなったのだ。
見えない部分の損傷具合を想像しても、今日の明日で負荷の高い運動はするべきではない。

はあ、とレオンがまた溜息を吐いた。
色々と予定を組んでいたのに、と呟く彼の頭の中では、今日も今日とて故郷再建の為のあれこれが巡っている事だろう。
相変わらず忙しい男であるから、自分の手では回り切れない所───主にはハートレス退治と、幾つかの力仕事───の為にクラウドを頼りにしていたに違いない。
しかし、先の傷の深さを目にしている事もあり、無理をさせる訳にもいかない、とは思ってくれたようだ。


「明日、エアリスに診せる。俺の家に呼ぶから、お前は其処で大人しくしていろ」
「別に自分で行っても良いが。どうせあの魔法使いの家にいるんだろう」
「怪我人は動くな。俺の魔法は、ただの応急処置なんだ。下手なことをして悪化させるのは止めろ」


レオンの言う事は最もだ。
今でさえ、立てないと言ってレオンの肩を借りている訳だから、きちんとした診断が出来るまで、負担をかけるような真似は避けるべきだ。

休ませてくれるのなら、真面な寝床が欲しいクラウドにとっては、願ったり叶ったりだ。
家にいて良いと言われているのだし、クラウドがレオンに対して遠慮する必要もない。
じゃあ大人しくしていよう、とクラウドは思った。

それにしても、怪我をしたからとは言え、随分と優しい。
クラウド自身にしても珍しい位に出血していたと言うのもあるだろうが、随分と甲斐甲斐しく許してくれるものだ。
そんな事を思って、ちらとクラウドが傍らにある横顔を見遣ると、微かに陰のある男の表情が見えた。
蒼の瞳は基本的には進む先を見ており、周囲を警戒して首を巡らせるのだが、その隙間に、ふと足元に視線を遣る瞬間がある。
見ているのは引き摺り気味のクラウドの足だ。
心配しているのかと、存外と年下には過保護な男にそんな事を考えたクラウドだが、レオンがその過保護ぶりをクラウドに向ける事は先ず無い。
さほど年齢が離れていないからか、同性だからかは判らないが、レオンは仲間内の中では珍しく、クラウドだけは扱いが雑なのだ。
それは信用、信頼の証でもあるのだが、そんな男がこうも甲斐甲斐しくしてくれるという事に、ただ傷を慮っての事とは思えない。

力の入り難いクラウドの足が、時折、かく、と膝を折る。
不意にかかる重みにレオンは眉根を寄せたが、横顔から滲むのは、重いとか面倒だとか言うものではない。
見覚えのある感情がその眦に香る気がして、ああ、とクラウドは納得した。


(後悔している訳か。俺に怪我をさせたことを)


レオンの横顔は、遠く故郷が失われたあの日を、悔恨している時のものに似ている。
幼馴染の怪我一つに、それ程大袈裟な猛省などしていまいが、似た気配があるように見えた。

仕事を任せた所為で怪我をさせた、一人で行かせた所為で無理をさせた────それを頼んだのは自分だ、と。
そんな所かと思うが、何を今更、とクラウドは独り言ちる。
一宿一飯の代金の代わりに、ハートレス退治を引き受けるのも、クラウドにとってはいつもの事だ。
実際、タダで飯も寝床も借りるというのは、後々が恐ろしいものだから、これは等価交換であるとクラウドは割り切っている。
怪我など別に今日が初めての事ではないし、仮にこれをレオンの所為としても、迎えに来て応急処置を施し、肩を貸してくれているのだから、詫びは十二分だろう。


(────なんて言った所で、こいつの事だ。口では判ったように返事をしても、頭の中は割り切っていないだろうな)


クラウドはレオンの性格をよく知っている。
良く言えば真面目、悪く言えば融通が利き難い所がある。
融通については、育った環境や年齢を経てそれなりに柔軟さを身に着けているのだが、こと自分の心中のことについては頑固であった。
そう言う真面目な人間だから、街の人々からは信頼されているのだろうが、偶には責任転嫁と言う言葉に身を任せても良いだろうとクラウドは思う。

やれやれ、とクラウドはこっそりと息を吐く。
それは傍らの幼馴染の頑固さへの諦めと呆れによるものだったが、相手はそうは受け取らなかったらしい。
レオンは一度歩く足を止めて、肩を担ぐクラウドの姿勢を直させると、


「もう少しゆっくり歩いた方が良いか」
「いや。今まで通りで良い。此処はさっさと抜けた方が良いだろう」
「……そうだな」


意識が罪悪感に傾いている所為か、普段の三倍増しはありそうな気遣いが、クラウドはどうにも擽ったい。
しかし、分かり易く自分に甘いその様子は、少しばかりクラウドの悪戯と欲望心を刺激していた。


「レオン」
「なんだ」
「腹が減った。帰ったら何か食いたい」
「暢気だな。何もないから、作らないといけない」
「構わない。結構出血したからな、血が作れるものが良い。肉だな」
「お前は普段からそればかりだろう」


クラウドの言葉に呆れながらも、仕方がない、とレオンは呟いた。
どうやら用意してくれるらしい。


「あとは、そうだな。久しぶりに甘いものが食べたい」
「そんな贅沢品がうちにあると思うか」
「今日じゃなくて良い。明日なら調達できるだろう?果物でもなんでも」
「……判った判った。探して置いてやる」


保証はしないぞと釘を刺しつつも、我儘を叶える努力はしてくれるようだ。
面倒を増やすなよ、と愚痴るレオンに、それなら無理だときっぱり言えば良いものを、と真面目な性格の所為でそう言う嘘が下手な幼馴染に、クラウドの口元は緩む。


「それから、そうだな───」
「まだあるのか」


もう十分だろう、とレオンがじとりとクラウドを睨む。
クラウドはそれを気にせず、一番の我儘を口にした。


「今日はあんたが上で頑張ってくれると嬉しいな。足も痛いし、その方があんたも下手な心配をせずに楽しめるだろう。どうだ?」


耳元で囁くように言うと、レオンはしばし固まった。
一分もそれはなかっただろうが、此処までの会話のテンポからすると、急激にブレーキがかかる。
しばらくしてから「……は?」と此方を見た蒼灰色に、クラウドは判り易く目を細めてやった。

クラウドの肩を担ぎ、その体重を持ち支える為に添えられていたレオンの手が、ぱっと解かれる。
完全に支えを当てにしていたクラウドは、それを唐突に失ってぐしゃりと地面に落ち伏した。
レオンはそんなクラウドを無視して、すたすたと足早に歩いて行ってしまう。


「そんな事を宣う元気があるなら、後は一人で帰れるな」
「待て。おい、レオン。冗談だ」
「冗談を言う元気もあるようだな。俺は先に行ってる、さっさと来いよ」


脇目も一切降らずに遠退いて行く背中。
調子に乗り過ぎたのは明らかだが、反面クラウドは、レオンがいつも通りの対応になった事にひっそりと安堵した。
そして彼の性格をよく知るからこそ、数分となく、彼は戻って来てくれるだろうと言う事も知っている。

────思った通り、しばらくその場で転がっていると、レオンは溜息を吐きながら戻って来た。
それだから調子に乗ってしまうのだと、改めて肩を貸す彼に甘えつつ、クラウドは夜を楽しみにするのであった。



7月8日と言う事でクラレオ。
うちのレオンはクラウドに対して基本は塩対応で、クラウドもそれで良いと思っていますが、なんだかんだでレオンはクラウドに甘い所があるし、クラウドはちゃっかりそれに便乗する。
よく考えると、レオンがクラウドに塩なのはその態度だけで、根は面倒見が良いので放っておけないのかも知れない。

[クラスコ]心地の良い場所

  • 2023/07/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



風邪など、一体何年ぶりだろうか。
秩序の聖域の、戦士達の拠点となる屋敷の中、自分の部屋でクラウドは天井を見つめながら思った。
開けたカーテンの向こうから差し込む光は、いつものように薄曇りではあるが、それでも室内を明るくするには十分だ。
そんな昼間のうちから、何をするでもなく自室に籠ると言うのは、ひょっとしてこの世界で目覚めてから、初めての事ではないだろうか。

傷を負った為に療養すると言うのは、儘あることだった。
魔法は傷を癒す事は出来るが、消費したスタミナであったり、流れた血を生成して補う事は出来ない。
だから大怪我と呼べるレベルの傷を負った際は、治療の後、きちんと休む時間というものが必要だった。
そうすることで、表面的な所からは判らない、身体の内部の損傷を修復させるようにしているのだ。
だから大人しく寝ているしかないと言うのは、この闘争の世界では、然程珍しいことではない。
怪我ではなくとも、なんらか遅効性の罠や魔法で、毒系を初めとした搦め手を受けることもあるから、此方も同様に、安全の為に様子を見ようと、数日の待機が余儀なくされる事もある。

しかし、今日のクラウドがベッドで大人しくしているのは、闘いや警戒とは全く別のものが理由だ。
どうにも昨日の晩から調子が優れない気がして、夕飯が常の半分程度しか食べれなかった。
健啖家の部類に入るので、半分と言ってもそれなりの量を食べてはいるのだが、体が常と違う状態であったのは確か。
胃もたれのような、どうにもスムーズに食べ物が腹に入らないような、それに加えて妙に背中の方が痛い気がして、あまりのんびりと過ごす気になれなかった。
不調は長引かせたくないもので、バッツに相談して滋養になる薬を一つ煎じて貰い、それを飲んで早めに寝床に入っている。

そして朝になって、熱が出ていたのだ。
今日はティーダに誘われ、フリオニールやセシルと共に、素材熱めに行く話をしていたのだが、これは無理だと判断した。
熱があるから辞めておく、と言ったクラウドを、三人は随分と心配してくれたが、言っても症状は熱だけなのだ。
休んでいれば治るから、とクラウドは三人を送り出し、後は部屋に戻って一日養生する事に決めた。

それから半日が経っており、中々暇なものだと、物言わぬ天井を見つめて思う。


(動き回る訳にも行かないから、寝ているしかないんだよな。これが存外……)


退屈だと、それが今のクラウドの胸中だ。
熱は極端に高くはないと思うのだが、体温計でもあれば、38度はあるのではと言う感覚がする。
一人で動けない事もないが、起き上がるのは体が面倒臭がるし、かと言って寝続けるのもそろそろ飽きている。
元の世界であれば、こう言う時は本なりゲームなりと、何かしら暇潰しが欲しいものであった。

本くらいなら構わないかなと、クラウドはむくりと起き上がる。
書庫にある本を一つ二つ拝借し、部屋に戻ってベッドの中で読む位なら、誰かに怒られる事もないだろう。
書庫に向かう足を見付かると注意されるかも知れないが、直ぐに戻るつもりで行くのだから、それ位は許して貰おう────と思っていた時だった。

コンコン、と部屋のドアがノックされて、クラウドは「開いてる」と答えた。
キ、と蝶番の鳴る音がすると、手にトレイを持ったスコールが入って来る。


「昼飯だ。食えるか」
「ああ、ありがとう。多分大丈夫だ」


置いておいてくれ、と言うクラウドに、スコールはベッド横のサイドチェストにトレイを置いた。
小さな土鍋にスプーンが添えられている所を見るに、粥かスープだろうか。
その横には、小さく折り込まれた紙が二つ並んでおり、中身はバッツが煎じた薬であることが想像できた。

スコールはベッドから降りようとしているクラウドを見て、眉根を潜める。


「起きて良いのか」
「良いと言う程でもないが、あんまり暇なものだからな。本でも取ってこようかと思っていた」
「……熱は?」
「下がっている気はしないな」


自分では体感以上のことは判らない。
そう言ったクラウドに、スコールはふうと一つ息を吐いて、クラウドの前に立った。
いつも嵌めている黒の手袋を外し、クラウドの額に手を置く。
元々スコールは体温が高い方ではないが、それにしても今日はひんやりと感じられて心地良い───詰まる所、まだクラウドの熱が幾らも下がっていないと言う事なのだが。

スコールは、クラウドと自分の額とにそれぞれ手を合わせて、違いを確かめた。
その結果、やはりクラウドの熱がまだ高いままである事を確信する。


「まだ熱い。本なら適当に見繕ってきてやるから、あんたは寝ていろ」
「それは有り難いが、じっとしているのも飽きているんだ」
「病人は大人しくしてろ」


ぴしゃりと言われて、ご尤も、とクラウドは肩を竦める。

食べれるだけ食べていろと言われたので、クラウドはトレイを手元に寄せた。
土鍋の蓋を開け、ほこほこと湯気を立てていたのは、野菜の出汁に浸して作った粥だった。
今日はバッツが屋敷に残っているから、彼が病人の為に用意してくれたのだろう。
熱を取りながら食べ始めたクラウドを見て、スコールは「本を取って来る」と言って部屋を出て行く。

クラウドが粥を半分ほど食べ、胃の感覚から、こんな所だなと食事を終えた頃、スコールも戻って来た。
厚みのある小説を一冊、薄い雑誌形態のものが二冊と、どちらもクラウドの世界では見ないものだったが、今は中身が何であれ読めれば十分だ。

バッツの薬を飲むと、中々に苦くて渋い味が口一杯に広がった。
良薬口に苦しと言うが、もう少しなんとかならないだろうか、と詮無い事を思う。
それを二つも飲むと言うのは中々根気がいるのだが、折角バッツが煎じてくれたのだから、無駄にする訳には行かない。
たっぷりの水を添えて飲み下し、ふう、とクラウドがようやく息を吐いたのを見て、


「……あんたが風邪を引くなんて、珍しいな」


ぽつりと言ったスコールの声が聞こえて、クラウドはベッドに戻りながら「そうだな」と頷いた。
クラウドは空になったグラスをサイドチェストに置きつつ、


「俺も、こう分かり易く熱を出したのは、随分久しぶりな気がする」
「この世界に来てから、こう言う事はなかったのか」
「覚えている限りでは、ないな。傷の所為で熱を持ったのはあったと思うが、風邪なんて、若しかしたら何年振りかも知れない」


クラウドの躰は、頑丈に出来ている。
それは生来の健康体であると言うのではなく───それも理由として皆無ではないだろうが───、クラウドの過去の出来事により、“普通”から逸脱しているのだ。
己の意志と関係なく取り込んだ因子により、表面的な頑健さも、生命が本来持ち得る自己回復力も、大幅に強化されている。
だからクラウドは、時間と共に消えるような弱い毒なら、それ程留意しない事も多く、身体を蝕むものについての抵抗力も強かった。
体に変調を齎すウィルスに対しても、その抵抗力が先んじて攻撃し、速いうちに駆逐してくれるので、そう言った免疫活動による反応が表面化する程に強くなる事も少ないのだ。

そんな訳だから、風邪など本当に久しぶりなのだ。
よくよく考えると、昨日の夜に感じた背中の痛みも、風邪症状の一つだったのだろう。
疲労の肩凝りにしては妙なと思っていたが、体の中に原因があったとは、あまりに感覚が久しぶり過ぎて気付きもしなかった。
バッツに薬を貰う時、色々と症状を聞かれて、それに合わせたものを煎じて貰ったが、今思うと、受け答えに少々ズレがあったかも知れない。
だが、先程飲んだ薬は、昨日のものともまた違うものだったから、恐らく今度こそ症状に合わせたものが煎じられたのだろう。
夜もあの薬を飲まなくて良いように、熱には早く下がって欲しいものだ。

スコールはクラウドに、書庫から持ってきた本を渡し、


「他に何か必要なものはあるのか」
「そうだな……水はまだあるし、暇潰しも手に入ったし。後は────」


取り立てて何も、と答えようとしたクラウドだったが、ふとベッド横に佇む少年を見遣る。
返事を待っているスコールは、じっと此方を見つめていたが、クラウドの視線に気付くと眉根を寄せた。
訝しむ表情にも見えるが、彼の事だから、ただの条件反射の表情だろう。
深くは気にせず、クラウドは自分が座っている隣を、ぽんぽんと叩いてやった。


「……?」
「座ってくれ。此処に」


何が言いたいのかと不思議そうな顔をしたので、クラウドは分かり易く希望を口にした。
スコールが素直に其処に座ってくれるのを見て、よしよしとクラウドも満足する。


「もう少しこっちに」
「……此処か」


ベッドに深く腰掛ける位置にと誘導すると、スコールは言われた場所に位置をずらす。
クラウドが思う十分な場所が出来たことを確認して、クラウドはベッドヘッドから背を離すと、スコールの膝の上にごろりと頭を乗せて転がった。


「……!?」
「うん。中々良いな」


膝を枕にされたスコールは、目を丸くしてクラウドを見下ろす。
クラウドはと言うと、人肌と程よい弾力のあるスコールの膝の感触の心地良さに、良いものだと目を細めた。
男であるし、戦場を駆け回る脚は少々固さも感じられるが、スコールの躰はクラウドやフリオニールのように固い筋肉に覆われているとは言い難い所がある。
少なくともクラウドには、微かに香るスコールの匂いも含めて、心地の良いものがあった。

そのままスコールの膝で落ち着き、横向きの体勢で雑誌を開いたクラウドに、「おい……」とスコールの低い声が落ちて来る。
クラウドがちらと視線の方向を見上げて見れば、眉間に深い谷を作り、心なしか赤くなったスコールの顔があった。


「何をしているんだ、あんたは」
「膝枕だ。恋人の」
「邪魔だ、退け」
「それは出来ない」


けんもほろろに言ってくれるスコールに、クラウドは全く動じなかった。
何処か楽しそうに小さな笑みを浮かべ、また横を向いて雑誌を捲るクラウドに、スコールからは中々に不機嫌なオーラが振り撒かれる。
邪魔、重い、動けない────そんな言葉が彼の視線からざくざくと刺さって来る。

だが、結局スコールは、一つ溜息を吐いただけだった。
恋人だと言う贔屓からか、病人だと言う甘さからか、いずれにせよ、クラウドの頭を膝から落とす事はしなかった。


「病人なんだから、まともにベッドに入って寝ろよ、あんた」
「ベッドの中にはいるだろう。枕も特別性だ。これなら、良い夢が見れる気がする」
「俺が動けない。暇じゃない」
「良いじゃないか、こんな時位、恋人を優先してくれ」


やる事があるのだと言うスコールに、手前勝手な我儘を投げてみると、少年はなんとも言えない表情を浮かべていた。
ほんのりと頬が赤い所から、“恋人”と言う言葉に彼が照れているのだと言う事が判る。
そして、厳しく素っ気なく見えて、実の所は甘えたがりな所があるスコールは、クラウドのこんな我儘を振り払う事はしない。
今日もまた、相手が病人であると言うことも加えて、最後にはクラウドの好きなようにさせてくれるのだ。

何度目かの溜息がスコールの口から漏れた後、彼は書庫から持ってきた小説を手に取った。
此処から動く事を諦めたスコールに、クラウドはくすりと笑みを浮かべて、穏やかな時間を堪能する事にする。



数分後、すぐそこにある恋人の温もりに、沸いた欲と悪戯心でそっと腕を伸ばしてみるが、不埒な手は容赦なく叩かれたのであった。



7月8日と言う事で、クラスコ!
珍しく体調を崩した為、それを前提に甘えたおすクラウドと、なんだかんだと無碍には出来ないスコールが浮かんだ。
でもこの流れなら行けるかなと思った先は、流石に駄目だったらしい。スコールにしてみれば病人が相手なので当たり前。
治ってから存分にいちゃいちゃすれば良いと思います。

[ロクスコ]野の夜、二人

  • 2023/06/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



トレジャーハンターなんてものを生業にしていれば、僻地での旅路と言うのも、そこそこ慣れたものであった。

ロックの世界では、人の足が用意に踏み込めない場所は多くあり、そう言う場所にこそお宝が眠っている。
何百年も前に滅んだ文明の残骸であったり、共謀な魔物が住み着いた崖壁にある洞穴であったり───大抵はそう言うものだ。
嘘か真か眉唾か、其処に眠ると噂される財宝を目指して、トレジャーハンターは道ならぬ道を掻き分けて進む。
別の言い方をすれば、“冒険家”なんて言う呼び方もあり、実際、誰も言った事がない場所を目指して旅をしている訳だから、その道筋を『冒険』と称するのも遠くはないだろう。
ただ明確に線引きをするならば、“冒険家”は誰も踏み入れた事がない場所を敢えて行き、其処を踏破することを目的としているのに対し、“トレジャーハンター”はその名の通り、財宝を得ることを目的としている。
ロック自身、探し求める財宝と言う物があったから、自身は“トレジャーハンター”であると自称した。

一人で方々を駆け回るのには慣れている。
あちこちで情報収集をしていたので、それなりに顔は広く、時には同行者と共に目的地へ赴く事もあったが、基本的にロックは単身行動を好んでいた。
他者との連携行動を厭う性質ではないのだが、何せ一人の方が身軽なものだ。
口では連帯を謡いながらも、利益を求める為に他者を蹴落とす事も当たり前の、弱肉強食が常に隣にある世界だから、下手な味方は敵より厄介だったりする。
宝を見付けた瞬間、横からナイフが突き出してくる事もあるから、本当の意味で信頼が置ける人間と言うのは、財宝よりも貴重なものだった。
それを思えば、ロックがあの世界で共に旅をした仲間達と言うのは、正しく貴重な存在であったと言えるだろう。

では、神々の闘争の世界で出会った者達はどうか。
一部は利害を担保とし、一部は“神の意思”に則って契約的な間柄を下とし、様々な理由付けの中で、敵と味方の境界線を分けている。
しかし、そんな者達の中でも、また別の区分けとして、特に親しくしている間柄の者は存在していた。
そう言う者達は、神々による闘争の世界への召喚と言う経験を、過去にも得ている者ばかりだった。
彼等は彼等で絆があるから、神々の気分次第で振り分けられる天秤以外にも、目の前にいる人間が信用に値するか否かを量る手段を持っているのだろう。

ロックが闘争の世界に召喚されたのは、これが初めての事だ。
ロックが此処に来て以降、また何人か召喚されたので、いつの間にやら先達の立場に持ち上げられているが、個人的にはまだまだこの世界には慣れていない。
その意識を多少なりと育てておく為にと、ロックは時間があれば、この世界の形を見るようにと努めていた。
戦士達が闘争を繰り広げることで生まれるエネルギーによって、この闘争の世界は拡がっていくのだと言う。
その言葉を裏付けするようにか、ロックが外へと足を向ける度に、世界の何処かであらましが変わっている。
これを何処まで拡げれば、神々が言うこの闘争は決着が着くのか、召喚された戦士達は元の世界へと戻る事が出来るのか────その辺りの事もはっきりさせたくて、ロックはよく外へ向かう。
ついでに、この“神々が創った世界”にしか存在しない“お宝”はないかと、職業柄の好奇心も絡めつつ。

神々が創った世界は、毎日のように繰り広げられる、誰かと誰かの闘いをエネルギーにして、少しずつ拡張していると言う。
だからなのか、世界はどうにも不安定な場所も多く、地形の成り立ちや気候の変化が、常識的な理屈から逸脱している場所も少なくなかった。
そう言う場所は長い時間をかけて安定に変わっていくものらしいが、ロックはこの変化の過渡期こそが面白いものが見れるのではないかと思う。


(……とは言っても────)


ヒュウン、と風を斬る音を後ろから聞いて、ロックは横に飛んだ。
ロックがいた場所に突き立った矢を放ったのは、後方で弓を番えている義士だ。
水晶で作られきらきらと輝くその躰から、あれがイミテーションと呼ばれる、召喚された戦士たちを模した人形である事が判る。

短剣を構えるロックの頭上から落ちて来たのは、ティーダのイミテーションだ。
空中を水のように泳いだかと思ったら、直角の動きで刃が降って来るので、不意を打たれる危険がある。
ロックはそれを半身に捩って避けて、利き腕に握っていた短剣でイミテーションの首筋を切りさいた。
生身の人間であれば十分に致命傷になる筈だが、人形は痛みを感じない。
首の半分程度を掻き割ったものの、其処を胴体と分離させるまでには至らず、イミテーションはすかさず次の攻撃を仕掛けて来た。

重みがある筈の長刃の武器を、ティーダは腕一本で振り回す。
動きからして、多少体重を振り回され気味に見えるのだが、彼の柔軟な筋肉がその欠点を補い、且つ自由な動きをして見せる。
目の良いロックにとって、多少の厄介はあれど、それを捌く事そのものは然程苦ではないのだが、


(二対一ってのは面倒だ)


泡沫の攻撃を捌く為、ロックの足が止まる。
と、それを狙って射出される矢で、ロックは嫌でもその場を飛ばなければならない。
とすれば当然、泡沫が直ぐにそれを追って来て、ロックの意識を縛り付けようとする。


(取り敢えず、あっちの方を先に片付けたいけど)


現状のロックにとって厄介なのは、剣戟を止めない泡沫よりも、遠方から常に狙い続けている義士の存在だ。
義士はつかず離れずと言う距離を常に保ち、弓矢や手斧と言った投隔武器を使って来る。
近距離は完全に泡沫に任せ、安全圏から敵の隙を狙い、時には泡沫の補助と言った戦法に徹していた。

今のロックの位置から、義士のいる場所までは、簡単には狙えない。
とにかく距離を詰めねば当たる攻撃も当たらないのだが、その為には張り付いて離れない泡沫をどうにかしなくてはいけない。
だが、単純に足の速さで振り払うには、泡沫の初速は流石に上回るのが難しかった。

一瞬で良いから、泡沫か、或いは義士の狙いが逸れてくれれば────と思っていた時。


「弾けろッ!!」
「!」



空気を震わせる咆哮と共に、火薬の弾ける音が響いた。
焦げた硝煙の匂いが粉塵と共に散る中に、義士が痛みに喘ぐ声を漏らす。

ロックの視界の端で、頽れかけた義士が体勢を立て直すのが見えた。
舞い上がる土煙の向こうで、剣が切り結ぶ音が響く。
同時に、常に此方を狙っていた刃が減った事に気付いて、ロックはにやりと口角を上げた。




二体のイミテーションを無事に退治したロックは、割り込んできた人物────スコールと合流した。
助かった、と言ったロックに、スコールは相変わらず釣れない態度であったが、ロックにとっては見慣れたものだ。

スコールは、最近、この周辺でイミテーションの目撃例が多いことから、その駆逐の為にやって来たと言う。
真面目なものだとロックは思うが、彼の言うこの哨戒行動が存外と大事である事も事実。
イミテーションは不安定な世界の継ぎ目───次元の狭間───から零れるように沸いて来るもので、放置しておくと爆発的な数になってしまう可能性がある。
嘗ては秩序の戦士を、今では陣営に関係なく、この世界で過ごす戦士を無作為に襲ってくる事から、害獣駆除の一環として、定期的な排除活動が必要となっていた。

戦士達が闘争の世界で過ごす時間が長くなるにつれ、この世界も拡充されている。
秩序と混沌の戦士が拠点とする両陣営の塔からも、随分と離れることが出来るようになった。
今ロックとスコールがいるのは、秩序の塔から二日ほど歩いた場所で、ぽつぽつと次元の歪の存在が目立つようになっている。
歪は力場が安定すれば、閉じるか、或いは通過点として利用できる程度に定着するのだが、今はまだ其処まで至ってはいない。
この為、行くも帰るもその足で歩く以外には手段がなかった。

となれば、当然、野宿と言う事になる。
昨日は一人寝だったロックだが、今夜は折角合流したのだからと、スコールと共にテントを張った。


「人手があるとやる事が少なくなって楽だよ」
「……そうだな」


テントを張り終え、スコールが起こした火を使って、ロックは簡単に鍋を作った。
近くには澄んだ川もあり、適当に切った野菜と、荷物袋の中に押し込んでいたスパイスを使えば、食べられるものになるから楽なものだ。

ロックは木製のカップに鍋を容れ、ほい、とスコールに差し出した。
スコールは無言でそれを受け取り、少し熱の当たりを覚ましてから、それを口元へと運ぶ。
意外と猫舌なのだと知った時には、見た目のクールさに相反した可愛らしさを見出したような気がして、ロックはこっそりと浮かぶ笑みを、自身のカップで隠す。

胃袋が熱を取り込んで、ふう、とロックは一つ安息を吐いた。


「見張りはどっちからする?」
「……どっちでも良い」
「じゃあ俺からで」
「……ああ」


相談と言う程の遣り取りでもない会話は、ものの一つ二つで終わってしまう。
それをロックが気不味く感じていたのは随分前の事で、最近は彼との間に沈黙しかなくても気にしなくなった。
蒼の瞳が、少しぼんやりとしている様子から、多分眠いのだろうなとロックは思う。
いつかの警戒した猫のような態度を思えば、随分と懐いてくれたと、感慨深くなった。

太陽が何処かへ隠れてしまってから、徐々に気温が落ちて行き、吹く風にも冷たさが混じる。
それでも大して寒くはないと思うのは、焚火と、温かいスープと、一人ではないと言う現実からだ。
とは言え休む時にはそれなりに暖は欲しいもので、スコールは寝床にする為の毛布を広げていた。


「交代時間は?」
「いつでも良い。あんたが眠くなったら起こせ」
「はいよ」


毛布に包まり、腕を枕にしながら言うスコールに、気安くなってくれたもんだとロックは独り言ちた。
ぱちぱちと揺れる焚火を背中にして、小さく蹲る背中。
規則正しい呼吸のリズムだけが読み取れる背中は、恐らくこの環境で深く寝入る事はないのだろうが、ロックに対して気を許している事だけは判った。

かさ、と小さな音が聞こえて、その方向に視線だけをやってみると、茂みの隙間から小さな野リスが此方を見ていた。
まだ若いのか、好奇心旺盛な目がじっとロックを見つめている
と、その目は背中を丸める少年へと向いて、小さな体が地面を滑るように移動して、少年の枕元へと辿り着いた。
チ、チ、と小さく鳴る野リスの喉に、ロックはしぃ、と人差し指を立ててやる。
それが通じたかは定かでないが、野リスはことんと首を傾げた後、今度はロックの下へとやって来た。


「疲れてるみたいだから、起こしてやらないでくれよ。これやるからさ」


ロックは懐に手を入れて、クルミを二個取り出した。
二つを手の中で打ち合わせて殻を割ると、ぽろりと中身が取り出して、野リスは早速それに齧り付く。

カップに夕食の鍋の残りを入れて、ロックは場所を移動した。
眠るスコールのすぐ後ろに胡坐を掻いて、揺れる火の灯りをスコールから遠ざけてやる。
ちらとロックがスコールの顔を見遣ると、眩しそうに寄せられていた眉間の皺が、段々と解けるのが見えた。
変わりにロックが間に入ったことで、焚火の熱源が遠くなってしまったのか、もぞもぞと毛布を手繰り寄せている。

ううん、と小さく唸る声の後、スコールが寝返りを打った。
反対側を向いた体が、傍らに座っていたロックの背に当たる。


「んん……」


むずがるような声が続いて、起きてしまうかと思ったロックだったが、スコールの瞼は持ち上がらなかった。
そんなにも疲れているなんて、一体何処で何をしていたのだかと疑問も沸くが、きっとスコールはその手のことを聞かれたくはないだろう。
素っ気ないようでいで、仲間思いの彼の事だから、色々とこの世界の探索に時間を費やしていたことは相続に難くない。
とは言え、こうも眠れる程に疲れていたのなら、もう少し上手く仲間を頼れば良いのにと思ってしまう。
だが、それが出来ないから、スコールは何でも自分で片付けてしまおうとするのだろう。

ロックの背中に半身を寄せた格好で、スコールはすぅすぅと寝息を立てている。
傭兵としての訓練を受けたと言うスコールは、人が傍にいる環境では深くは眠れない。
そんな彼が、こんな風に密着した状態でも目を覚まさないと言うのは、彼がロックと言う人間を信頼しているからに他なるまい。


「……あんなに警戒してくれてたのになあ」


すやすやと眠る少年を見下ろし、一番最初に顔を合わせた時のことを思い出しながら、ロックは苦笑する。
イレギュラーの重なりで、自分自身のことさえ曖昧だった時のロックを、スコールは誰よりも強く警戒していた。
それが彼の役割であり、誰かが考えなくてはならなかったものであったから、衝突があったことも含め、致し方のないものであったと言える。
逆の立場ならロックとて警戒心は持っただろうから、誰もあの時のスコールの態度を責めることは出来まい。

だが、あれを真っ直ぐに向けられていたから、ロックは今この時間が一入に感慨深い。
毛を逆立てていた子猫の懐は、随分と温かくて心地が良くて、愛おしさまで募って来る。

クルミを食べ終えた野リスが、またスコールの枕元へとやって来た。
目元にかかる栗色の髪に鼻先を寄せる野リスを、ロックは手でその触れ合いを遮ってやる。
野リスはロックの手の甲をすんすんと嗅いだあと、其処からするすると腕を登って、ロックの肩までやってきた。

肩で遊ぶ小動物を好きにさせながら、ロックは眠るスコールの目元に触れる。
指先に触れる皮膚の凹凸の感触は、特徴的な額の傷だ。
その形をゆっくりとなぞりながら、ロックの静かな夜は過ぎて行くのだった。



6月8日と言う事で、ロクスコ。

朗読劇の時には、スコールは得体の知れないジョンに対して警戒しまくりだった訳で。
素性が分かった後は、既に一揉め二揉めした後だったので、スコールの方もロックに対して慣れたと言うか。陣営が別なら警戒はするけど、知り合いの寝首を掻くような人間でもないとは思う。
ロックはロックで、スコールの警戒心の強さは当たり前の事だったし、今も陣営が急に引っ繰り返るので当たりが厳しくなるのも仕方ないなと思いつつ、なんだかんだ自分に懐いてくれているのも感じてほっこりしてると良いなと言う。

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