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[8親子]ゴールは大好きな腕の中

  • 2024/08/08 21:20
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



運動の全般に苦手意識があるスコールにとって、運動会と言うのは憂鬱なものだった。

去年、スコールは生まれて初めて、運動会と言うものに参加した。
通っている幼稚園で開催されたそれは、当時のスコールにとっては、まだ楽しめたものだったと言えるだろう。
一番年下のクラスにいたスコールがその時にやったのは、音楽に合わせてダンスをすることだった。
楽しい音楽に合わせて、両手を上に伸ばしたり、足を曲げたり、ぴょこぴょこと手足を動かしてくるくると回ったり。
皆と合わせて踊ることは、どうにも中々振付が覚えられないスコールには大変な努力が必要だったが、それでもやり遂げたし、終わった後には、見に来てくれた父と母に沢山褒められた。
平日に行われた運動会であるから、大好きな兄と姉は学校があって直接見ることは叶わず、代わりに父ラグナが撮った動画で、自宅で上映会をした。
可愛い弟が元気に踊っているシーンを見て、兄と姉も、よく頑張ったね、すごいね、とスコールの頭を撫でる。
そう言う思い出があったから、その時のスコールは、運動会が楽しかった、と思う事が出来た。

それから年齢が一つ上がり、今年もまた運動会の時期がやって来た。
今年は去年と違い、駆けっこと親子競技がスコールのクラスのプログラムだ。
三人一列に並んで、先生の「よーい、どん!」に合わせて走り、ゴールにあるテープを一番最初に通り抜けた人が一位。
と、やる事は毎日の勉強でしっかりと教わり、皆で反復学習のように練習したけれど、どうにもスコールは、その練習でも上手く走ることが出来なかった。

元々スコールにとって、運動と言うのは苦手なもので、楽しんで挑めるものでもない。
どんなに一所懸命に走っても、いつも周りの子供たちから置いて行かれてしまうし、跳び箱も跳べなかった。
実の所、そう言った子はスコールだけではないのだけれど、とかく自分が上手くできない現実に打ちひしがれるスコールにとっては、「ぼくだけできない」と言う感覚だ。
悲しいのと、悔しいのと、どうして良いか判らないのとで、迎えに来た母の前でわんわん泣いた。
家に帰っても泣きじゃくるので、兄と姉も心配したものだ。

そして、かけっこができない、と泣く弟に、兄と姉が一肌脱いだ。
スコールが少しでも上手に走れるように、平日の夕方、休日の午後には弟を公園に連れて行って、一緒に走る練習をする。
さっきより速く走れた、上手に出来てる、と繰り返し褒めて貰って、転ばない走り方も教えて貰った。
転ぶことだって、遅いことだって、決して悪いことじゃないよ、とも教わりながら。
その甲斐あって、幼稚園での駆けっこの練習も、段々と最後まで転ばずに走れるようになってきた。
これなら大丈夫、と根気良く褒めてくれる兄と、もっとこうしたら良いんじゃない、と色々提案してくれる姉に励まされて、スコールは当分の間、運動会の為に努力する日々が続いた。

兄姉のお陰で、以前よりも少しだけ、楽しみな気分で運動会当日を迎えたスコール。
しかし、あれだけ練習したとは言っても、やはり走る足は簡単に早くはならないし、苦手意識もなくなった訳でもない。
朝になってこれまで忘れていた筈の不安が湧き上がり、こわい、いきたくない、と泣き出したスコールを、母は苦心しながら幼稚園へと連れて行ったのだった。

幼稚園に到着してみると、其処は普段とは全く雰囲気が変わっていて、皆がグラウンドで過ごしている。
規律とはまだまだ程遠い年齢の園児たちは、あちこちに気を散らせながら、先生たちに誘導されて、昨日までなかった筈の入場ゲートへ。
スコールも母に宥められて、「あんなに頑張ったんだから大丈夫よ」「スコールが走ってる所、見たいな」と促されて、なんとかゲートへと向かったのであった。

それからは開会式があって、プログラムの順番通りに、子供たちが走ったり、踊ったり、飛んだり跳ねたり。
運動会を見に集まった保護者達の前で、小さな天使たちが毎日の努力の成果を見せる。
去年はスコールが見せた踊りのプログラムは、一つ年下の子供たちが披露して、その可愛らしさに見守る大人は頬を綻ばせる。
スコールの母レインもまた、うちの子もあんな感じだったなあ、と面映ゆい気持ちを抱いていた。

さて、そうして遂にやって来るのが、スコールの出番だ。
グラウンドの真ん中に、石灰の白線で引かれた真っ直ぐのレーンが三本、此処を駆け抜けるのがスコールの今日の課題であった。
やる事はいつも通り、今日の為に幼稚園のお勉強の時間に繰り返していたことと変わらない。
違うのは、周りには沢山の大人の人がいて、いつもチャイムをお知らせするスピーカーからは、賑やかな音楽が流れている。
それがスコールにとって落ち着かなくて、楽しげな音楽も、反って耳に入っていなかった。


(ドキドキする)


胸の中で、小さな心臓がいっぱいに動いている。
緊張と不安を表すそれに、どうにもスコールはじっとしていられなくて、そわそわと辺りを見回していた。


(おかあさん……)


安心できる人を探して、くりくりとした目が忙しなく動く。
グラウンドには、我が子の活躍を見届けようと、沢山の大人が集まって、子供たちの活躍の場を囲んでいる。
その何処かにスコールの母もいる筈なのだが、混乱気味のスコールは、中々をそれを見付けることが出来なかった。
それが余計にスコールの不安心を刺激してしまい、


「んぅ~……」


じわあ、と蒼灰色の丸い瞳に、透明な雫が浮かび上がる。
スコールがそれをごしごしと拭っていると、前に座っていた子供たちが立ち上がって、先生に誘導されてレーンの方へ。
待機列の一番前になったことに気付いて、スコールの心臓がまた跳ねた。

気持ちの整理なんて幾らも付かないまま、スコールの順番がやって来る。
スタート地点へ誘導されるのを、スコールはいやいやと言いたかったが、頭の中は葛藤でいっぱいで、それもする暇がなかった。
毎日のように、兄と姉に手を引かれて、近所の公園で練習した日々を思い出す。
母も「見たいな」と言っていたし、今日の為にあんなに頑張って来たのだ。
それに応えたい気持ちと、うまくできなかったらどうしよう、と言う気持ちがぐるぐると混ざって、スコールはスタートの合図も聞こえそうにない位に、不安な表情を浮かべていた。

────と、そんなスコールの耳に、聞き覚えのある声が届く。


「スコール~!」
「スコール、がんばれー!」
「スコールー!」


音の違う三人分の声は、沢山の人や音楽の音で溢れているグラウンドで、驚くほどクリアに幼子の耳に届いていた。
はっと顔を上げてきょろきょろと辺りを見回せば、真っ直ぐに伸びたレーンの向こう、観覧席に大好きな人たちの顔がある。

母レイン、父ラグナ、兄レオンに、姉エルオーネ。
一緒に幼稚園に来た母だけではなく、他の皆も来てくれていた事に、スコールの顔がぱあっと晴れやかになる。
それまでの不安な気持ちは何処へやらと、ぴょこぴょこと跳ねるスコールに、その喜びと安心が如実に表れて、レインとラグナはくすくすと笑った。
レオンとエルオーネはと言えば、弟が自分たちに気付いた事を悟り、手を振っている。

がんばれ、がんばれ、と両手を振って応援する姉の姿に、スコールの心から勇気が溢れ出してきた。


(そうだ、がんばらなくっちゃ。今日までいっぱい、がんばったんだもん)


一緒に練習してくれた、兄と姉が見に来ている。
楽しみにしてるよ、と言っていた、父と母が見てくれている。
スコールはぎゅっと両手を握って、頑張ろう、と決意した。

そして、レーンの隣に立つ先生が、スタートの合図に右手を高く掲げて、


「よーい……どん!」


その手が振り下ろされた瞬間、スコールは目いっぱい早く駆け出した。

────元々、運動が苦手なスコールだ。
年齢のことは当然ながら、体の動かし方と言うものがどうにも判らなくて、外遊び自体が得意ではない。
両手をぎゅっと握り、腕を大きく振って、丸い頬をぷくぷくにしながら、一所懸命に走る。
目を瞑った状態で走ってしまう癖もあって、それは危ないから、目を開けて走ろうな、と教えられていたのだけれど、すっかりそんな事は忘れていた。
とにかく走って、頑張らなくちゃ、頑張らなくちゃ、と小さな子供の頭の中はそれで一杯だ。

そんな風に息を詰まらせて走っていたものだから、


「あっ」


前のめりになった体がバランスを崩して、重い頭の位置が下がる。


「スコール!」
「ころんじゃう!」


見守る兄と姉が声を上げた時には、スコールはもう地面に滑り転んでいた。

乾いた地面が砂埃を上げて、小さな体を受け止める。
どてっと体の全面を地面にぶつけたショックで、スコールの頭は真っ白になった。
何が起きたのか自分でも判らなくて、倒れ込んだままぽかんとしていると、「スコールくん!」と先生が駆け寄ってくる。
声を掛けられながら体を起こされて、スコールはぱち、ぱち、と両目を瞬かせ、額や腕や足から滲む、じんじんとした痛みに意識が持って行かれる。


(いたい。あつい。こわい)


擦りむいた所が痛い。
目の奥が熱い。
沢山の音が溢れて怖い。

ぼろ、と大きな瞳か粒の涙が零れ落ちて、ふえ、とスコールの喉が泣き出そうとした直前、


「スコールー!」


一際大きな声が、スコールの耳に届く。
真っ直ぐに前をていたスコールの目に、大きな声で名前を呼ぶ父の姿が映った。


「がんばれぇー!もうちょっとだぞ!あと少しでゴールだ!」
「スコール!がんばってー!」
「スコール!大丈夫だ、走れる!」


繰り返される家族からの声援に、スコールの視界は一気に拓けた。

毎日練習していたのだ。
兄と姉に教わりながら、その日出来るようになったことを父に報告して、自分が出来ることを確かめて。
母にも「見たいな」と言われたから、母はスコールが出来ることを信じている。
それに応えたくて、スコールは今日と言う日まで頑張ってきた。

スコールはひっく、ひっくと喉をしゃくりあげながら、ふらふらと立ち上がる。
先生がスコールの運動服についてしまった土埃を払い、「大丈夫?お休みする?」と声をかけてくれたが、スコールは首を横に振る。


(さいごまで、がんばる)


一緒に走り出した子供たちは、もうゴールしていた。
残っているのはスコールだけで、それは悔しかったけれど、それならせめて、最後まで走りたい。
皆のお陰でちゃんと最後まで走れるようになったんだと、見せたかった。

スコールは再び走り出した。
擦りむいた足が痛くて、それを庇いながら走るものだから、なんとも不器用な走り方だ。
見守る家族ははらはらとして仕方がなかったが、走るスコールはそんなことを気にしている間もない。
ゴールの向こう側で応援している、大好きな家族に向かって、スコールはちゃんと目を開けて走り抜けた。

ゴールの線を越えて、先生が「よく頑張りました!」と迎えてくれる。
ゴールした子供たちが待つ待機スペースへ手を引かれながら、スコールは家族の方を見た。


「スコール!すごいぞー!」


父ラグナが大きく手を振っている。
その傍らで、兄はほうっと胸を撫で下ろし、姉はぴょんぴょんと跳ねて喜んでいた。
そして母レインも、頑張り抜いた末っ子に安堵しながら、泣かずに走り切ったその成長に目を細める。

スコールの後に続く子供たちが全員走り終わって、退場ゲートを潜って行く。
今日一番の頑張りを終えた子供たちは、それぞれ待っていた保護者に迎えられていった。
スコールも同じように、待っていた家族の下へと駆け寄って、


「スコール~!すごい!ゴールできたぁ!」


そう言って抱き締める姉に、スコールもぎゅうっと抱き着く。
すごいすごい、と繰り返す姉と、よく頑張ったな、と土のついた頬を撫でる兄に、スコールは精一杯に頑張って良かった、と思った。





末っ子の運動会を皆で応援。
両親が来るのは勿論のこと、お兄ちゃんとお姉ちゃんは学校をお休みしています。毎日頑張っていた弟の成果はなんとしても見届けたかった。勉強は帰ったら自習で頑張る約束。

後々、スコールは運動神経を伸ばしていくので、こんな姿は見れなくなっていく訳で。
子スコの頃にしかないであろう、こういう場面を書くのはとても楽しい。

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