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[バツスコ]その夜、初めて獣を見た

  • 2023/05/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



顔もそうだが、普段の振る舞いからして、バッツが年上だなどとは、スコールは思ってもいなかった。
あれ位に落ち着きのない同級生と言うのは珍しくなかったと思うし、それを指して『子供っぽい』と形容するのも判る。
はっきり言って、年下か、上に見積もって同級生と呼べる年齢が妥当だろう。
それよりもっと年上に、同様に落ち着きのない人間がいることを知っていたような気もするが、元の世界の記憶が判然としないので、あまりよくは思い出せない。

だから、バッツが二十歳を数えていると知った時には、思わず呆然としたものだ。
一緒に話を聞いていたジタンが「ウソだろ!?」と声を大きくしたのは、スコールの分も代弁していたと言って良い。
その反応を見たバッツが、「そんなにガキっぽいかぁ?」と唇を尖らせたのが、益々持って彼を子供じみた言動に見せていたのだが、そんな事は当人はお構いなしである。

しかし、彼は存外と大人びてもいた。
知識の広さは、幼少期より父と二人で生粋の旅人をしていた事から培われ、故に野性的な勘も含め、経験値の高さを物語るものになっている。
飄々とした、時に無邪気にも見える行動を取る傍ら、それにはきちんとした理が秘められており、可惜に無駄な行動と言うのも滅多にしない。
平時の子供じみた言動が目立つ所為か、或いはそれを隠れ蓑にしているのか、価値観が妙に達観している所もある。
けろりとした顔で、案外と酷な話もするものだから、そんな彼とよく一緒に行動しているジタンとスコールは、時々認識がバグを起こすような感覚に陥ることもあった。
そのどれもが“バッツ・クラウザー”と言う人間を創り出していることを思うと、確かに彼は、年齢以上の経験を積んでいるのだと思わざるを得ない。

それは、こんな所でもスコールに事実を突きつけて来た。
こんな────初めての閨の夜でも。

初めて重ねた唇は、乾燥してカサついていて、少しちくちくとスコールの唇に刺さった。
痛いと言うほどではないのだが、くすぐったさに似たようなものがあって、少し落ち着かない。
それでもようやくそれを重ね合える程になれたのだと思うと、俄かに胸の奥の鼓動が速くなって、スコールはそれを隠すのに必死になっていた。
だから気付かなかったのだ。
閉じた瞼の向こうで、熱を灯した獣が、舌なめずりをするように、唇を重ねていたことに。


「ん……う……?!」


離れない唇に、呼吸が苦しさを感じて来た頃だった。
ぬる、としたものがスコールの唇に触れて、隙間から中に入って来た。
思いもよらなかった感触が襲って来た事に、スコールは思わず目を瞠ったが、逃げようとした躰はいつの間にか背中に回されていた腕で閉じ込められていた。


「んぁ、バ、んむっ!」


咄嗟に首を振って離れ、ストップを唱えようするよりも早く、唇は追って来た。
離れたばかりの唇がまた重ねられ、一度目とは角度を変えて、侵入者が深くに入って来る。
生暖かくて艶めかしい感触が舌の上をそぞり撫でたのを感じて、ぞくぞくとしたものがスコールの首の後ろを走った。

スコールはバッツの両肩を掴んで押したが、その肩はびくりともしなかった。
後頭部にバッツの手が回り、ぐっと引き寄せるように押し付けられて、二人の唇はより深く交じり合う。
戸惑うスコールを他所に、侵入者は悠々と震える舌に絡み付き、耳の奥でぴちゃぴちゃと音を鳴らし始めた。

バッツは丹念に丁寧に、スコールの舌をねぶった。
たっぷりと分泌された二人の唾液が、スコールの咥内で混じり合い、舌が濡れそぼって行く。
塗したそれをバッツがまた丁寧に塗り広げていくものだから、スコールは艶めかしい肉が舌をなぞって行く度に、ビクッ、ビクッ、と肩が震えてしまう。
段々と舌の根が痺れるような感覚まで沸いて来て、これにどうして良いか判らなくなる。
連続で訪れる初めての感覚で、思考も停止してしまったスコールは、貪る男にされるがままになっていた。


「ん、ん……ふ、むぅ……っ!」
「んん……んれ、ぢゅぅ……っ!」
「っ………!」


絡み取られた舌を啜られて、スコールの舌の根が勝手に戦慄いた。
喉の奥でトクトクと言う脈が鳴って、何かが体の奥から競り上がって来るような気がする。

スコールは目一杯の力で、バッツの体を圧し退けた。
吸われていた唇が、ちゅぱ、と糸を引きながらようやく離れる。
はあ、はあ、と息苦しさに喘ぐ肺に酸素を送りながら顔を上げれば、バッツはきょとんとした顔で此方を見ていた。


「スコール、どした?なんか嫌だった?」
「………っ!!」


ずい、と顔を近付けて来るバッツ。
その厚みのある唇が、てらりと唾液で濡れているのを見て、スコールの腹の奥が何か鳴き声のようなものを上げる。
混乱したスコールにはそれが何なのか、理由も何も判らなかったが、とにかく何かが危険だと本能が叫んでいた。


「い、や……とか、言う問題じゃ、なくて……!」
「嫌ではなかった?」
「だから……!」


嫌だとか嫌じゃないとか、スコールの頭の中にあるのは、そんな単純な問題ではない。
ともすればまた奪われそうな唇を、庇うように片手で隠しながら、スコールは上体を後ろへ逃がす。
離れたがっていると判るであろうスコールの仕草であったが、バッツは此処に来てそれは嫌だとでも言うように、しっかりとスコールの背中を抱いて捕まえていた。

胸の内の鼓動が、キスを始める前の比ではない程、速くなっている。
ふ、ふぅ、と鼻で呼吸することをようやく思い出したスコールの顔は、沸騰したように紅い。
バッツはそんなスコールの頬を、殊更優しく手のひらで撫でた。


「スコール、あんまりこう言うのした事ない?」
「……っ」


バッツの言葉に、スコールの朱色が濃くなる。
あからさまに顔を反らしてしまえば、それがバッツにとっては答えだった。

分かり易く初心な反応してしまっているスコールを、バッツは「そっかそっか」と言いながらあやすように撫でている。
スコールの眦に柔らかいものが触れて、それがキスだと気付いた瞬間、スコールはいつの間にか密着していたバッツの体を強引に引っぺがした。
腕一本を限界まで伸ばした程度であるが、距離が出来たのが寂しいのか、バッツは不満そうに唇を尖らせている。
が、スコールの反応に何かを察したか、また近付いて来ることはせず、じっと恋人の反応を待った。

ややもして、ようやくスコールは声を出すことに成功する。


「あ、んた、は……っ」
「うん」
「……こう言う……経験、が……」


あるのか、と問おうとして、急に怖くなって声が小さくなる。
だが、そこまで聞けばバッツも十分に汲み取れたらしく、


「うん、まあ。ずっと旅してたからな、艶街なんかの世話にもなった事はあるし」


それはつまり、スコールの世界で言う、繁華街の類だろうか。
そして、そう言う場所には、水商売と括られる職業の者もいるだろうし、またそれを目当てにする人々が集まる場所でもある訳で。


「……あんたは、そう言うの、いつから……」
「いつ?歳か?えーと、んー……十四か、十五くらいの時にはもう行ってたかなあ。あんまりよく覚えてないけど」
「じゅう………」


異世界によって常識の感覚に齟齬があるのは、よくある話だった。
世界の文明レベルの発達規模や、国と言う形の在り様、法整備の影響が何処まで範囲を持っているかによっても様々である。

飲酒喫煙など分かり易いもので、スコール、ティーダ、クラウドなどは成人年齢が定められている事もあって、かなり厳格な基準が(国ごとの差はあれど)決まっているものだった。
しかしフリオニールは未成年の飲酒喫煙に余り問題を抱く事はないらしく、特に喫煙は、戦に荒れた兵士の一種の精神安定剤として、案外と安い趣向品として認識している節がある。
セシルは、十五の頃には既に一兵卒として、酒や色事は通過儀礼のようなものだったらしい。
ジタンはある程度の基準は国ごとにあったらしいが、彼自身が盗賊団と言う環境にあったので、酒盛りは普通にあったし、彼も飲むのは好きだと言う。

バッツは、記憶の回復が芳しくない節がある為、彼の世界についてはよく判っていない。
しかし、旅路で得たと言う薬学のレベルや、電子機器については見慣れなていない事から、フリオニールやセシルと同程度ではないかと思われる。
そう考えると、彼が───スコールの世界を基準とするなら───随分と早いうちに、諸々の経験をしていたと言うのは決して可笑しな話ではないのだが、


(……なんか……なんか、ショックだ……)


恋人が、その手の経験をしていると言う事については、致し方がないと思えなくもない。
元々が違う世界の人間であるし、こんな世界で出会うなんて予想だにしていないことだ。
誰かに恋して、誰かと手を繋いで、それ以上のことをしていても、仕方がない。
そう思える程度には、スコールも物分かりの良いつもりであった。

だが、それ以上に、自分が想像していたよりも遥かに、バッツが“大人”であった事がショックを誘う。
それはスコールの中で、何処かバッツを、自分より子供じみた人物だと思っていた所が大きいだろう。
折々に彼が経験豊富な戦士である事は実感していたが、こんな所でも先の先を行っていたと言う事が、思春期の初心な少年には中々の衝撃だったのだ。


(だって、十五って。SeeD試験を受ける為の筆記試験が出来るのが、その歳だった筈だ。バッツはそれより前に……こういう経験をしてたってことだろ)
「スコール?おーい」
(ずっと早く、こういう……おと、な……の……する、ことを……)


だから、バッツはあんなキスを知っていたのか。
あんなにも、首の後ろがぞくぞくとして、頭の中がふわついてしまうようなキスを。
沢山経験して、それを覚えて、実践して────

一体誰からそれを教わったのか、と言う疑問は、考えると恐ろしいので、頭から無理やり捨てた。
それでも、バッツが今のキス以上のことを知っていると言うのは、間違いないのだろう。
スコールが聞いた事もないような事を、ひょっとしたら、幾つも。

考えむように黙り込んだまま、動かなくなったスコールに、バッツは頭を掻いて彼が戻ってくるのを待った。
しかし、蒼くなったり赤くなったりを繰り返し、中々帰って来ない様子の恋人に、元々それ程忍耐力のないバッツが、こんな状況でいつまでものんびりとしていられる訳もなく。


「スコール」
「!」


耳元で名前を呼ぶと、びくっ、とスコールの肩が跳ねた。
怖がってるなあ、と口に出せば先ず否定するであろう事を思いながら、緊張した面持ちを浮かべているスコールの顔を見る。


「スコールはさ。初めてだった?」
「な、にが……」
「キス」
「……それ、は……わから、ない……」


バッツの問いに、スコールの答えは覚束ない。
直ぐに否定が出て来なかったと言うことは、若しかしたらあるのかも知れない、とは思うのだろう。
けれども、


「じゃあ、さっきみたいなキスは?」
「………っ!」


バッツがもう一度尋ねてみると、スコールは数瞬沈黙した後、耳の先まで真っ赤になった。
つい今しがた、バッツの唇で贈られたキスは、彼には想像もしていなかった程に濃厚なもの。
それを思い出しただけで、背中にぞくぞくとしたものが走ってしまう位、未知のものだったのだ。
そして当然、これからの事も、初心な彼が蕾のままである事をよくよく知らしめている。

言葉にせずとも、目が表情が物語るスコールに、バッツの唇が濡れる。
細めた褐色の双眸が、また獣じみた熱を宿している事に、そこに囚われた少年は気付いていない。


「スコール、綺麗な顔してるし、モテるだろうし。一杯経験あると思ってた」
「勝手にそんな……!」
「うん、ごめんごめん。おれが勝手に勘違いしてたんだ。へへ、おれが初めてなんだって思ったら、ちょっと安心したな」


言いながらバッツの手が、あやすようにスコールの頬を撫でる。
宥められて堪るか、とスコールはそんな恋人を睨んだが、バッツの笑みは消えない。
寧ろ、真正面から見てしまった褐色の瞳に宿るもので、射抜かれたスコールの方が動けなくなった。

近付いたバッツの唇が、スコールの唇と重なる。
またあれをされるのか、と俄かに強張ったスコールであったが、バッツは触れた唇は直ぐに解放された。
あれ、と肩透かしを食らったような気持ちで瞬きをしている間に、柔く圧されたスコールの肩がベッドに落ちる。
きしり、とベッドの軋む音がして、スコールはいつの間にか覆い被さる男を見上げる格好になっていた。


「焦っちゃダメだな。ゆっくりやろう、スコール」


そう言ったバッツの表情は、穏やかにあることを努めていたが、瞳の奥には明らかに興奮と情欲が灯っている。
あのキス以上のものが降って来る────それが即ちどういう意味なのか、スコールが正しく理解するのは、もうしばらく先のことだった。



5月8日でバツスコの日。
と言う事で、経験豊富なバッツ×全くの未体験スコールが見たくなった。

スコールってずっと人を避けてるあの性格だから、恋愛経験もないだろうし、相手が必要になる諸々のことも全くしたことないだろうなと。
うちのスコールはどの設定でも大体そんな感じな訳ですが、そんなスコールがバッツに色々教え込まれたりするのは大変好きです。
そして時々、色々知ってるバッツに対してもやもやしたり、それも考えられなくなる位に色々されたりすると良いと思います。

[セシスコ]不確かなものより確実な

  • 2023/04/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



「あんた、慣れてるよな」


そう言ったスコールに、セシルはぽかんと目を丸くしていた。

唐突と言えば唐突であったスコールの言葉が、なんとなく、彼が何を指してそう言ったのかは読み取れた。
と言うのも、時間は深夜も更けた頃、場所はセシルの部屋のベッドであったからだ。
更に付け加えれば、ついさっきまで二人は濃密な時間を共有していて、体にはまだその熱の名残が宿っている。
もう一回なんて言ったら怒るかな、なんてセシルが思っていた所に出て来た台詞だったから、間違いなく、それが閨の過ごし様を指していると言う事は、余程に鈍い人間でも読み取ることが出来ただろう。

とは言え、どうしてスコールがそんな事を言い出したのかは、まだ想像し難いものだった。
何処か拗ねたように唇を尖らせているスコールに、セシルはええと、と頬を掻き、


「それは───セックスのことで良いんだよね?」
「他にないだろ」


スコールは時々、溜め込んだ後に最後の部分だけを零す癖がある。
それで誤解が生じることも多いので、セシルは念の為に確認を取ったが、スコールはむっとした表情でぶっきら棒に肯定した。
怒ったような表情になったのは、「わざわざ言わなくても判るだろ」と言う、少々子供めいた自分勝手な期待から来るものだろう。
それを裏切ったのは申し訳ないと思うが、かと言って、下手な誤解を作りたくもなかったから、こう言った確認は許して欲しい。

それはともかく、スコールがそんな事を言い出した理由だ。
セシルは一考してみたが、幾ら恋人の言葉と言えど、ヒントもなしに解に辿り着くのは難しい。
スコールが自分の心中と言うものについて、明確な説明を得意に思っていないことは分かっていたが、やはりこれも改めて問いかけてみる他ないだろう。


「どうしてそう思ったの?」
「……」


回りくどい訊ね方をしても、スコールのヘソを曲げてしまうだけだ。
直球に聞いてみると、スコールは思った通り、口にするのは嫌と言う表情を浮かべた。
しかしセシルが柔い笑みを浮かべて見詰めていると、存外とお喋りなブルーグレイを右へ左へと逃がした後、はあ、と溜息を吐いて、


「……あんたとすると、すぐに変になる」
「気持ち良くなるってこと?」
「………」


じろ、とスコールが此方を睨んだ。
剣呑な目つきに反して、耳の先まで赤くなっているのを見れば、それが正解であると判る。
それは良かったとこっそりと思いつつ、セシルは先を促した。


「……俺は、あんたが初めてだ」
「そうみたいだね。ちょっと嬉しかったよ」
「……そういう事は別に聞いてない。それで、初めてって言うのは……きついものなんだろう、普通は」


また顔の赤みを深め、苦々しく視線を逸らしつつ、スコールは言った。
その言葉に、セシルはううんと考えつつも、一般的にはそう言われていると頷く。
これは男同士のことであることは勿論、男女の場合であっても、そう変わりはあるまい。

スコールは顔を埋めた枕を抱きかかえるように捕まえながら、ちらと隣の恋人を見遣り、


「あんたとする時、全然苦しくない訳じゃない」
「そうだね。見ていて、そうなんだろうなとは思うよ」
「……でも、大体それは最初の方だけだ」


その言葉に、それは努力の甲斐があったな、とセシルは思う。

スコールは彼の世界で言えばまだ学びの下にいる段階で、異性交流と言うのもそう広くはなかったという。
彼の性格からして、そうなのだろうなとはセシルも想像していたが、しかし若者が多く集まる場と言うのは、良かれ悪しかれ奔放にもなるものだ。
セシルも一兵卒としてタコ部屋で過ごしていた頃は似たような環境だったし、風紀を乱し易い者が一人や二人もいただろう。
スコールの場合、そう言った人間にも滅多に近付かない性質だったから、それらとは一線を隔していたようだが。
お陰でスコールは、この世界で初めて、セシルの手によって開花された。
それを彼自身がどう思っているかはまだ判らないが、こうして閨を共にするのを厭われていない事を思うと、セシルもついつい嬉しく思ってしまう。

と、そんな訳で、ベッドの中のことについて、スコールは全くの未経験であった。
性教育と言うのは、青少年の健全な成育の範囲で教えられてはいたそうだが、無論、実践の経験はない。
教わっていた範囲ですら知り得なかった、同性同士の性交と言うものをするに辺り、必然的にリードはセシルが持つことになった。
それは年齢であったり、経験であったりと、色々と理由があるものだが、そうなるのが無難である事だけは間違いではなかっただろう。
組み敷かれる側になる方が、少なからず負担が大きくなることは判っていたが、かと言ってスコールも、下手なことをしてセシルを傷付けたり、次を忌避するようになるのも嫌だった。
何より、セシルがスコールを抱きたいと思ったのが、二人のポジションの決め手となった。

そうして既に片手では足りない夜を共に過ごして、スコールは思ったのだ。
セシルは、“こう言う事”に慣れている────と。


「……初めてあんたとした時も、そんなにきつくはなかった」
「時間をかけたからね。君は、焦らすなって怒ったけど」
「……言ってない、そんなこと」
「ふふ、そう言う事にして置こうか」


笑みを浮かべるセシルに、スコールは枕に口元を埋めて舌打ちした。
全く悔しさを隠せない少年の横顔に、本当に素直だなあとセシルは頬を緩めている。

スコール曰く。
セシルとのセックスは、初めてした時のことも含めて、辛いのは精々最初の方だけだと言う。
恥ずかしさやどうにも慣れない異物感に歯を噛んでいる時間はあるものの、次第にそれも判らなくなるのだとか。
セシルが触れている場所から、彼を感じる場所から、段々と力が抜けて行くと、いつの間にか頭の中はその心地良さだけで一杯になっている。
其処まで行ってしまえば、もう苦痛らしい苦痛を感じることもなく、ただただ熱に翻弄されるだけ。
後になって腰が痛いとか、少し無茶な体勢をした所為で背中が軋むとかはあるけれど、傷になるような事は先ずなかった。
それだけセシルが丁寧にスコールの体を慣らし、十分に解れた上で挿入していると言う事だ。

だからスコールも、セシルと行為をする事に、抵抗する気持ちも徐々になくなってきている。
この間もしたのに───と言う理性の抵抗はあれど、忌避する程に嫌悪を覚えた事もなかった。

───そんなスコールの話を聞いたセシルは、恥ずかしそうに赤らんでいる恋人の頬に触れながら微笑む。


「君が辛い思いをしていないのなら良かったよ」
「……まあ、それは、……感謝はしている」


視線を反らしながら言ったスコールに、セシルは面映ゆいものを感じて、眦にキスをする。
スコールは目尻に触れる和らい感触に目を細めつつ、


「ただ、それはそれで」
「うん?」
「……あんたはやっぱり、慣れてるんだな。こう言う事に」


蒼の瞳が、また拗ねたようにセシルを見る。


「………した事があるみたいだ。男との」


睨むような、探るような、そんな顔が其処にはあった。
自分が知らない何処かで、今の自分と同じ立場にいる人間がいたのではないかと、疑うような。
それでいて、そうであって欲しくないと、此処は自分だけの場所なのだと信じたがっている瞳。
本当に、感情が全て瞳に出て来るのだと、セシルは眉尻を下げて苦笑する。

スコールに触れていた手が滑り、まだ赤みの引かない耳に触れる。
くすぐったさにか、スコールが逃げるように頭を揺らしたが、セシルは指先で耳朶を摘まんでやった。
ぴく、と震えるスコールの肩に唇を寄せ、小さな花を咲かせてやる。


「まあ、一応、立場もあったから、そう言うことがなかったとは言えないだろうな」
「……こう言う事をする立場ってなんだよ」
「男所帯の軍属だと言えば、君も少しは判るんじゃないかな。あんまり褒めれるものでもないけどね」
「……」


彼も、セシルと形は違えど、兵隊として生きるべく学びを積む場所にいると言う。
であればと俗な話を匂わせると、少なからず理解が及んだのか、スコールは納得と不満の間の表情を浮かべる。


「まあ、僕も自分の世界のことがはっきり思い出せない所があるから……正確な事は言えないけど。でも、そうだな。こうして抱いて、可愛いと思うのは、スコールだけだって言うのは、本当だよ」
「……証拠もない話だ」


スコールはふいと視線を逸らして言った。
振られたなあ、とセシルは思ったが、スコールの頬が赤くなっているのを見付けて、くすりと笑みを漏らし、


「じゃあ、証拠を見せてあげようか」
「は?────ちょ、待っ、」


耳朶に触れていた手を、その向こうに回しながら、顔を近付ける。
中性的な印象を持たせる顔が近付いて来るのを見て、スコールが焦った表情を浮かべて止めようとするが、聞く訳もない。
後頭部をしっかりと捕まえ、指先で顎を持ち上げ、上向いた唇を塞いでやれば、蒼灰色の瞳が零れんばかりに開かれた。

熱の名残を持つ咥内を、たっぷりと愛でて濡らしてやる。
耳の奥で鳴っているであろう音を、何度も何度も聞かせてやれば、細身の肩がぴくぴくと震えるのが判った。



4月8日なのでセシスコ!
この後はお楽しみになるのだと思います。

中世西洋ファンタジーな世界観のセシルなら、20歳で十分色んな経験をしてるんだろうなあと言う夢。
現代感の強いスコールから見たら、セシルや他ファンタジー強めな世界の成人は経験豊富だろうな~悔しさこみで拗ねそうだな~って言う話。

[オニスコ]向上の道

  • 2023/03/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



世の中にはどうにもならない事も多いが、そうだと思っているものでも、案外とどうにかなってしまう事もある。
それは理に逆らっているようで、きちんとそれも理の中に組まれているものであった。
だから、どんなに理解不能なことでも、通じた時には相応の組み立てが成されているものだ。
それを解析して行けば、理は新たな理として定着する。

どうにもならない事の第一は、年齢であるとルーネスは思う。
時間の流れと言うのは画一的なものであり、誰であろうと何であろうと、一秒は一秒だ。
どんなに早く動いているようでも、スロウがかかったように動きが鈍間でも、世界を取り巻く時間は決して早回しにも遅回しにもならない。
異世界で時間を操る術を持った魔女ですら、世界の時代を行き来する力を持っていても、己自身に流れる時間は動き続けていたのだ。
世界の時間は誰一人としてその枠組みから外れるようには、出来ていない。

だからルーネスがどんなに願っても、逆立ちしても、彼はこの世界に召喚された者達の中で、最年少と言う場から動けない。
新たな戦士が呼ばれれば判らない話だが、自分以下の年齢が戦士として召喚されるのもどうかとは思う。
ルーネス自身の記憶がはっきりとしないので定かではないが、秩序の戦士達で年齢がはっきりしている者や、体格の仕上がり具合などから見ても、自分が数え十五になるかならないかと言うのは否定できなかった。
となれば、それ以下となると、いよいよ幼い。
悔しいながら、多くの者がルーネスを“幼い”と形容する中で、自分以下の年齢の戦士が召喚されたら、幾らそれが女神の采配と言えど、ルーネスも彼女の真意を疑う事もあっただろう。
異世界それぞれに基準は違えど、少なくとも半数は元服と見られる年齢に接していると思われるルーネスは、秩序戦士達にとってはギリギリの許容ラインだったと言える。
故に、それ以下の幼い戦士の参入は、決して歓迎されるものではあるまい。

その他、戦士達の力ではどうにもならない事と言えば、それぞれの世界に依存する力の作用だ。
分かり易いのが、各個人が持つ魔力やそれを操る素養の差である。
セシルの世界では、魔法はそれぞれの道に応じた才能と素養、そして努力があって実るものであるが、やはり強いのは生まれ持っての才能であったと言う。
だから黒魔法と白魔法を同時に究められる者は先ず殆どおらず、いればその人は賢者と呼ばれる程の力を有することになる。
フリオニールの場合、魔法の素養は少なくとも多くの人間が持っているが、それを得る為の手習いのような方法がなかった為、書を手に入れて鍛錬に望めばこそ得られる力であった。
そう言った理屈であったから、修練を積めば研ぎ澄ませることも出来るが、フリオニール自身がそもそも魔法を不得手としているようなので、あまり頼ることはない。
反対にヒトが魔法を使う事自体が難しく、道具に頼らざるを得ないのがクラウドだ。
彼の場合、魔法は専ら”マテリア”と呼ばれる魔石に集約されており、無手で魔法を扱うのはまず無理だとのこと。
ティーダも魔法を使うことは出来ず、元の世界でもこれは同様で、魔法は使えるべき人のみが扱えるものだったそうだ。

ルーネスの場合はと言うと、元の世界のことがよく思い出せないので、はっきりとはしない。
ただ、どちらかと言えばフリオニールやセシルの世界に近かったような気はする。
感覚的なものだから一概に言えるものではないが、“特別なもの”であると同時に、“ありふれているもの”でもあったように思うのだ。
だからなのか、ルーネスの勤勉さも含め、学び研ぎ澄ませようとすればする程、ルーネスの力には伸びしろがあるように皆が評価した。

年齢と言うアドバンテージは、どう頑張っても引っ繰り返せない。
ルーネスはそれをきちんと受け止めていた。
故にこそ、経験不足を補えるように、知識とそれに伴う経験値を誰よりも多く積もうと心掛けている。

その為、ルーネスは暇さえあれば、屋敷内にある書庫に籠る。
書庫には異世界のどこと問わずに様々な書籍が並べられており、時にそれがぽこりと増えていたりする。
自分の世界の本は勿論、異なる世界の書物に触れる機会など、こんな世界に喚ばれていなければ先ず有り得なかっただろう。
貴重な経験をさせてくれる事には感謝をしつつ、ルーネスは毎日のように某か本を開いていた。

そんな彼の下に、一人の青年───スコールが現れ、こう言ったのだ。
「魔法を教えてくれないか」……と。



三冊の本を広げた机を、挟み合う形が向き合って、早一時間。
いつの間にか定着したこの並びで、ルーネスはスコールを相手に魔法の理屈について講師をしていた。

内容はその時々によって違い、議題は基本的にスコールの方から出してくれる。
今日はこれについて教えて欲しい、と言うスコールの申し出に合わせ、ルーネスは書棚からその回答に使えそうな本を探す。
使う本は大抵、ルーネスが微かな記憶で見覚えのあるものにしていた。
魔法に関する本と言うのは、大体それが出版された本の理に則って記述されているから、ルーネスにとってもその理解度はやはりバラつきがあるのだ。
よくよく分かるのは自分の世界のものと思しきものなので、先ずはそれを取っ掛かりにし、解決できない疑問があれば裾野を広げて本を探すようにしている。
こうした時間を過ごすことで、ルーネスにとっても、齎された議題について、様々なアプローチから考え直す機会も得ることが出来ていた。

師事を依頼して来たスコールは、講習中の態度も真面目なものだった。
基本は黙々と本を読み、疑問点があればそれをルーネスに尋ね、解決の如何に関わらず何かを得心したような表情を浮かべてくれる。
無駄話をしないので、ルーネスにとっては非常に心地の良い生徒と言えるだろう。

その傍ら、ルーネスはどうしても解けない疑問があった。
聞いて良いものかと考えあぐねて、今日と言う日まで過ごしているのだが、折角ならすっきりさせてしまいたい。
そんな気持ちで、今日の勉強分は終えたと本を閉じたスコールに声をかけた。


「ねえ。どうしてスコールは、僕に魔法を教わりに来たの?」


直球に訊ねてみれば、蒼の瞳がちらと此方を見る。
結構お喋りなんだよ、とジタンが言っていた瞳だが、ルーネスはまだその奥底の言葉と言うのは聞こえない。
ただ、視線を寄越してくれたと言う事は、少なくとも話をする、或いは聞く気があると言う事だ。

質問を投げかけた時、スコールはしばらくの間、黙ったままでいることが多い。
これに不機嫌にさせたか、聞かれたくないことを聞いたかと思っていたルーネスだが、どうやらそうでもないらしいと最近分かった。
スコールは自分に向けられた質問に対し、どう答えて何を言葉にするべきか、それを考える時間が必要なのだ。
喋るのが面倒なのか、言葉数を多くするのが嫌なのか、色々と削ぎ落すことに意識が向くのが彼の癖らしい。

今回も数秒の沈黙の後で、スコールは答えをくれた。


「あんたが一番分かり易い」
「そう?セシルとか、フリオニールとかでも良い気がするけど」


秩序の戦士達の間で、それぞれの優劣と言うものはないが、それはそれとして、各個人の得意分野と言うものはある。
また、何かを他人に教えると言うのも一種の才能で、物事を分かり易く噛み砕いたり、相手の立場や状況にたって思考の仕方を変えると言うのは、そう誰もが出来ることではなかった。
生憎ながらルーネスはその点については自信がない。
と言うのも、自惚れでなく、ルーネスはそれなりに物事への理解が早い方であるから、言ってしまえば“理解ができない人向けの説明”と言うのが難しいのだ。
一を聞いて十を知る人間にとって、一と二と三と順序立てて説明するのは、反って簡単すぎて分解のしようがない為、簡単に言えないものになってしまうのである。

その辺りの分解と組み立て直しが上手いのがセシルで、相手の立場で一緒に考えてくれるのがフリオニールだ。
良くも悪くも素直だが物覚えの悪いティーダに、根気よく付き合っている所からも、それは伺える。

しかし、スコールは緩く首を横に振り、


「セシルも魔法に関しては理詰めの説明は難しいらしい。お前に聞いた方が良いと言われた」
「そうなの?じゃあフリオニールは?」
「フリオニールも魔法は得意じゃないし、そもそも座学が苦手だと言っていた。こう言う事には向かないだろう」


こう言う事、とスコールが示したのは、机に広げた書籍たち。
確かに、フリオニールがこう言う本を開いているのは見たことがない、と思う。


「あとは……他にも、バッツとか、ティナとか」
「バッツは感覚が強すぎる。ティナも魔法に関しては似たような所があるようで、説明には向かない」
「まあ、そう言われると、そうだね」


バッツは幅広い知識を持っているので、旅の知識や薬学は中々理論立てて説明してくれるのだが、武術や魔法のことになると、どうも野生じみた勘が強い。
こうしたらこうなるだろ、と実践で見せてくれるのは有り難いが、時には他人から見て無茶なことも平然としてくれるから、あれは生粋の天才肌だとスコールは言う。
そう言う人間に、体の使い方や、個人によっても違う感覚の差を、平均的な文章に並べ直して説明してくれと言うのは、中々に難しいものがあった。

そして、秩序の戦士達の中で、魔法に最も長けていると言えばティナだ。
しかし彼女自身、何がどうして自分が魔法を使っているのかと言うのは、よく分かっていないらしい。
彼女の場合、バッツのような天才肌と言うよりも、持って生まれたものを当たり前に使っていると言う、”どうして生き物は呼吸をするのか”と言う疑問に近い所があるようだ。

残った他のメンバーは、魔法を主体としない戦い方をしており、そもそも魔法の素養も低い者が多い。
ウォーリア・オブ・ライトは少しそこから定義を外すことになるだろうが、彼相手に魔法の講義を頼めるかと言うと、流石にルーネスも首を捻った。


(消去法で考えても、僕しか残らないか)


スコールの選択を、ルーネスもはっきりと理解した。
魔法の素養を持ちながらも、その使用を本能的な所に頼らず、尚且つ日々の研鑽努力に厭いのない人物。
ついでに付け加えるならば、書庫にある本の多くを種類問わずに把握しており、内容についてもそれなりに頭に入っている者。
必然的に、選択はルーネス一人に絞られていく訳だ。

スコールにしてみれば、選ぶべくして選んだ人選だったのだろう。
そう思うと、例え消去法でも、そこに選択肢として残してくれただけで、ルーネスは少し嬉しかった。


(スコールに頼られたと思えば、やっぱり少しは、ね)


口元に浮かびそうになる笑みを、ルーネスは本を読むふりをして隠す。

ルーネスから見て、スコールはとても優秀な戦士であった。
自身の獲物から、持ち場とする距離感を保ちつつ、様々な手を使って戦術を組み立てることに長けている。
年齢を聞けば、ティーダと同い年であると言うから驚いたが、沈着冷静な佇まいや、かと思えば突き抜けることを躊躇わない胆力など、流石は傭兵と称されると納得する。
全体的に年若い秩序の戦士達の中でも、どちらかと言えば年下に区分けされるスコールだが、その中でも戦場に対する意識は抜きんでていた。
そんな彼から、一時でも師事を仰ぐ者として選ばれたのなら、少々自惚れに頬を緩めても許されるだろう。

閉じた本を山にして、スコールが本棚にそれを返しに行く。
それを横目にふと窓の外を見れば、いつの間にか濃い夕焼け色の陽が差し込んでいた。
間もなく日が落ちて夕飯になるだろう頃合いに、ルーネスも本を閉じて席を立った。


「そう言えば昨日、スコールの世界で使われてる魔法の本を読んでみたんだけど」


言いながら彼の後ろを通り過ぎ、隣の書架に本を戻す。
スコールは腕に抱えている本を一つ一つ、元遭った場所に戻しながら、


「初級向けの教科書か」
「面白いね。魔法があそこまで細かく分析されているなんて。あれで初心者向けってことみたいだけど、あれは誰でも読めるものなの?」
「ああ。俺がいたガーデンでは、授業の教材として生徒全員に配られる」
「スコールの世界の魔法は、僕らが使うようなものとも違うみたいだし。もう少し読んでみようかな」
「書いてあるのは初歩の初歩だった筈だ。あんたが今更知るような事もないと思うが」
「魔法が科学的に分析されているものなんて、僕には初めて見るものだよ。この理屈が理解できれば、自分の魔法の成り立ちだって、もっと細かく分かるかもしれない。分かれば、何か応用が出来るかも」


知識に貴賤なし────それが異世界のものであっても、ルーネスはそう思う。
取り込めるものは何でも取り込み、良いところを抽出すれば、更に力は磨かれる筈だ。
その為にも、この書架で見つかる本と言うのは、どれも捨てるものはない。

ルーネスの言葉に、スコールが小さく呟いた。


「研究熱心だな」
「スコールほどじゃないよ。僕の所に、こうやって勉強しに来るなんてさ」


感心したと呟くスコールに、ルーネスも真っ直ぐその言葉を返した。

勉強と一口で言っても、先ずそれに手を付けるまでが中々ハードルがあるものだ。
加えて教鞭を求めるのなら、頼む相手が必要になる訳だが、それが年下と言うのはやはり自身の矜持が疼くものではないだろうか。
少なくともルーネスは、そう言うプライドが疼いてしまう。
それが自分の幼い面であると判っていても、保ちたい面子と言うものは、簡単には剥がせないものだ。

それを越えて「教えて欲しい」と頼みに来たスコールだ。
今だけのこととは言え、彼にものを教える立場を与る者として、向上心を忘れる訳には行かないだろう。


「それに、スコールの世界の魔法のことが分かれば、スコールの魔法の扱い方の感覚って言うのも、少しは判るかも知れないしね。魔法の使い方を教えるなら、その辺のこともちゃんと理解しておかないと」


スコールが扱う魔法は、“疑似魔法”だ。
科学的に分析された魔法の方程式を、科学的に組み立てて、“本物の魔法”に似せて使用されるもの。
その独自の成り立ちが分かれば、ルーネスが扱う魔法と、スコールの使う“疑似魔法”の違いも判るかも知れない。
ルーネスがそれを理解できれば、より一層、スコールが教鞭を求めるものにも近付くことが出来るだろう。

取り敢えずはあの初心者向けの本を読み込んでおこう。
今後の方針を固めるように呟くルーネスに、スコールの目元が微かに和らぎ、


「やっぱり、あんたに頼んで正解だった」
「え?何か言った?」
「いや」


なんでもない、と言ったスコールの口元が、いつもの真一文字よりも緩い。
下から見上げる目線であることで、ルーネスにはそれが一等見付け易かった。

見上げるルーネスを、オレンジ色の陽光を灯した、蒼の瞳が見詰めて、



「じゃあ次も宜しくな。ルーネス先生」



────冗談めかして言ったその単語が、思いの外少年の心に突き刺さる事を、彼は知らない。



2023/03/08

3月8日と言う事で、オニスコ。
赤い実はじけたその瞬間みたい。

基本的にルーネスが一番年下なので、ルーネスから教えを乞う事はあっても、誰かに教える立場になることは中々ないだろうなと。
そんな年下少年が、優秀と判っている人から不意打ちに「先生」って言われたら嬉しいんじゃないかなあ。
そしてドキッとして恋まで落ちてくれると楽しい。私が。

[レオ&子スコ]プラリネ・ソング

  • 2023/02/14 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



いつもより早くに仕事を終えることが出来たので、これなら弟を待たせなくて済むと、誰かに捕まる前にレオンはいそいそと会社を後にした。
エレベーターに乗った時、「レオンさんはー?」と言う声が聞こえたような気がしたが、敢えて無視して閉じるボタンを押す。
何かと仕事が多い所為で、毎日のように保育園に遅くまで弟を預けているのだ。
寂しがり屋の弟を安心させる為にも、本当はいつも早く帰りたいレオンとしては、偶にはこんな行動も許して欲しいと思う。
口に出して言えば、友人達は「それは家族が優先だろう。弟も小さいんだから」と言ってくれるだろうが、仕事の内容はそうは言ってくれないのが辛い所だ。
だから幸いにも解放が早かった今日ばかりは、いそいそと会社を出るのであった。

電車に乗って弟を預けている保育園の最寄り駅へ。
賑わいのある駅前通りを真っ直ぐに通り抜けようとした所で、駅構内に見慣れないものが幾つか並んでいる事に気付いた。
愛らしい看板をそれぞれ掲げ、沢山の人が集まっている其処には、『バレンタインフェア』と銘打たれている。
そう言えばそんな時期だった、と遅蒔きにカレンダーの日付を思い出し、集まる人々の盛況ぶりに凄いものだなと思う。

普段なら、それでレオンは直ぐに其処を通り過ぎてしまうのだが、普段よりも少々時間の余裕が赦されていることもあって、何とはなしに足が止まった。
遠目に眺めていると、看板に見覚えのあるブランドの名前が綴られている。
テレビで芸能人が美味しい美味しいと絶賛していたチョコレートブランドが、このフェアに合わせて沢山の新作を出しているのだ。
限定品のリッチなものから、特別パッケージ仕様のリーズナブルなものまで、多種多様なチョコレートは、見ているだけでも楽しくなるものだろう。
だからなのか、ぐるりと見渡してみるだけでも、女性客は勿論のこと、男性客の姿もちらほらと見付けられた。


(昔はこう言うものは女性のイベントと言うか───女性が男性に対して贈るって言うものとして言われていたが、最近はそれに限ったものでもないようだしな)


本命、義理、友チョコと配る対象によって細分化されるように呼び名が増えた昨今。
同性同士で日頃の労いや感謝に贈ることもあれば、完全に自分個人で楽しむことを目的に、ご褒美の為に、と買い求める人も多いと言う。
チョコレートのパッケージも多種多様で、男性が購入することを意識した意匠を施すものも少なくない。
アニメや漫画とコラボしたキャラクター型のチョコレートや、プリントチョコレートもあったりして、ブランド毎の違いも含めて、広い購買層に向けた展開が行われていた。

そんな中、レオンの目が留まったのは、動物の形をしたチョコレートだった。
猫や犬と言った馴染の深いものだけでなく、動物園でしか見ないような、ライオンやゴリラの立体チョコレートまで売っている。
ショーケースの中で展示されているそれに、精巧なものだなと感心しつつ、頭に浮かぶのは溺愛する弟の顔。


(ライオンは、見た時に喜びそうだが……)


弟であるスコールは、“百獣の王”に並々ならぬ憧れを持っている。
動物園に行った時には、ライオンの展示スペースの前にいつまでもいられる位に、心を奪われて已まないのだ。
そんなスコールにライオン型の立体チョコレートは、中々良いリアクションをしてくれそうだが、反面、「たべたくない」と言い出しそうでもあった。
勿体無い精神なのか、大事にしたいと思うからなのか、そう言うものほどしまい込んでしまう性格なのだ。
それ自体は悪いこととは言わないが、食べ物に関しては、やはり食べて喜んで貰えるのが良い。
泣きながらライオンのチョコレートをを食べる弟を想像して、幼い今の内は他の方が良いな、とレオンは苦笑した。

レオンはもう少しショーケースを見回った後、パッケージに可愛らしい猫が描かれたチョコレートを買った。
中身はシンプルにココアコーティングされた、丸型の一口サイズのチョコレート。
一つ一つが箔に包まれているので、数日に分けて少しずつ食べるのも良いだろう。

チョコレートボックスを鞄の中に入れて、さて、とレオンは速足でその場を離れたのだった。



いつも遅くなり勝ちな兄が早く迎えに来たものだから、スコールは嬉しそうに教室から飛び出してきた。
今日は何で早いの、と嬉々一杯の顔で尋ねて来るスコールに、お仕事が早く終わったんだと言えば、また嬉しそうに抱き着いて来る。
そんな弟の愛らしさに唇を緩めつつ、やっぱりもっと残業は減らすべきだな、とレオンは思うのだった。

帰り道の途中で買い物を済ませて、自宅に帰ると直ぐに夕飯の準備を始める。
今日は冬の最中にしては珍しく少し気温が高かったので、スコールも珍しく外遊びをしたらしい。
砂場でお山を作ったんだよと言うスコールに、上手に出来たかと訊ねてみれば、スコールは自信一杯の顔で頷いた。
いつになく外遊びをしたからか、昼寝が終わったころから、ずっとお腹が空いてるの、とスコールは言った。
普段は小食気味なスコールだが、今日はおかずの量を少し増やして置いても良いかも知れない。
レオンの読みは当たっていて、スコールは普段より多くなったおかずを、綺麗に平らげることが出来た。

レオンが食後の片付けをしている間、スコールはテレビを見ている。
チャンネルはいつも子供向けの番組専用のものに合わせていて、今はアニメが放映されていた。
夢中でそれを見詰めているスコールの様子をこまめに確認しつつ、レオンは家事を済ませて行く。

朝、家を出る前に干して置いた洗濯物を片付けて、ふうと一息。
そこでレオンは、仕事用の鞄の中に入れたままにしていたものの存在を思い出した。
鞄から取り出したそれをダイニングテーブルに置いて、


「スコール」
「!」


名前を呼ぶと、アニメに夢中になっていたスコールが、はっと此方を向く。
なあになあにと駆け寄って来るスコールを受け止めて、レオンはダイニングテーブルに促した。

もう夕飯は終わったのに、なんだろう、と言う表情で、スコールはいつもの自分の席に登る。
と、綺麗に片付けられた筈のテーブルの上に、小さな四角い箱が一つ。
木々の緑の中で、日向ぼっこをするように丸くなっている猫の絵が描かれているそれに、スコールは興味津々な目を向ける。

レオンはスコールの隣に座って、箱を手元に寄せた。


「スコールはいつも良い子にしてるからな。今日は特別だ」
「なーに?」


レオンの言葉に、少なくとも此処にあるものが、何かご褒美のようなものだと感じ取ったスコールは、期待一杯の目で兄を見る。

レオンは箱の端を留めている小さな丸シールを剥がして、蓋を開けた。
中に入っているのは、金色の箔に綺麗に包められた丸いもの。
まだ正体が判らない様子のスコールに、レオンは一つ取り出して、


「チョコレートだ。好きだろう?」
「好き!でもいいの?もう晩ご飯食べちゃったよ」


おやつは三時に、夕飯の後にはおやつは食べない。
きちんと日々のメリハリをつける為に、レオンが昔からスコールに言い聞かせていたことだった。
それを解禁するのは、兄弟それぞれの誕生日であったり、夜更しをして良い日としている年末と言った限られた時のみ。
今日は別になんでもない日、とスコールは思っており、レオンも一応、そのつもりはあるのだが、


「今日はバレンタインって言う日だからな」
「ばれんたいん!」
「大好きな人に、大好きだよって言う気持ちを込めて、チョコレートをプレゼントする日」
「お兄ちゃん、ぼくのこと好き?」
「ああ。大好きだよ」


レオンの説明を聞いて、直ぐに確かめようとするスコールに、レオンはくすりと笑って言った。
毎日のように伝えていることでも、改めて聞けると嬉しいようで、スコールは丸い頬を赤くして「えへへ」と嬉しそうに笑う。


「だから今日は特別。でも、食べたらちゃんと歯磨きをすること。良いな?」
「うん。僕、ちゃんと毎日ハミガキしてるよ」


兄の言葉に、弟はしっかりと頷いた。
美味しいものを美味しく食べたいのなら、歯磨きはとても大切なことだと言う教えは、しっかりスコールに根付いている。

レオンはチョコレートを一つ取り出して、それを包んでいる金箔を綺麗に取った。
ココアパウダーでコーティングを施されたチョコレートを、スコールはしげしげと見つめている。
普段、スーパーで売っているチョコレートしか見たことがないスコールには、初めて出会う代物だ。
レオンは摘まんだそれのサイズを確認して、これならスコールも一口で行けるだろうと見る。


「ほら、あーん」
「あーん」


ぱか、と雛鳥のように口を開けるスコール。
小さな口を精一杯に開いた其処に、レオンはチョコレートをころんと入れてやった。
スコールは貰ったそれをうっかり落としてしまわないように、両手で口元を覆って、ころころと頬袋を膨らませる。

レオンも一つ取り出して、ぽいと口の中に入れた。
一噛みすると、柔らかなチョコレートが半分に割れ、舌の上で転がしているだけでとろりと溶けて行く。
甘いものはそれ程得意ではないレオンだったが、美味いな、としつこくない味わいを堪能しつつ、隣を見てみると、


「……!」


スコールが真ん丸な目をより大きく見開いていた。
口の中をもごもごと動かしながら、その目が兄を見る。

スコールは口の中のものを綺麗に飲み込んでから、ふわぁあ、と感嘆の声を上げた。


「なあにこれ、お兄ちゃん。やわらかくって、とけちゃった。これ本当にチョコレート?」



なあにこれ、と驚きと感動の混じった瞳に、そう言えばこの手のチョコレートは初めてだったか、と兄も気付く。
所謂トリュフと呼ばれる、中身に柔らかいチョコレートや様々なフレーバーが入っているもの。
チョコレートと言えば中までしっかり固くて甘い、それを舐めて溶かしながら食べるのが美味しいものだと思っているスコールには、衝撃の出逢いだったようだ。

まだ口の中にチョコレートの味わいが残っているのだろう、スコールはそれを確かめるように、もう空っぽの筈の口の中を転がしている。
そんなスコールに、まあ今日の所は良いか、とレオンは甘やかす方向に決めて、箱からもう一つ取り出す。


「もう一個食べるか?」
「いいの?たべたい!」


きらきらと目を輝かせるスコールに、レオンも嬉しくなって金箔を取る。
あーん、と促せば、ぱか、とスコールは口を開けて待った。

ころりとチョコレートを入れてやれば、スコールは赤い頬が落ちないように両手で包んで、幸せそうに笑う。
柔らかいフィリングを、スコールは出来るだけ長い時間味わいたくて、ころころとゆっくりと口の中で転がしている。
それを微笑ましく見つめている兄と、ぱちりと目が合ったスコールは、口の中のものを落とさないように手で口元を塞ぎながら、


「お兄ちゃんも食べる?」
「ああ、そうだな」


折角買ったのだから、もう一つ位は。
弟に残りを全部あげても良い気持ちもありつつ、そう答えると、スコールが早速手を伸ばす。
箱の中に入っていたチョコレートを一つ、小さな手で器用に金箔を剥がし、


「はい、お兄ちゃん。あーん」
「あーん」


差し出されたチョコレートを、レオンはぱくりと食べた。
これはスコールがくれたトコレート、と思うと、なんとなく甘さも一入に、喜びも膨らむのだった。



バレンタインと言う事で、久しぶりにレオンお兄ちゃんと子スコで。
スコールが一人で買い物できるようになったら、スコールからレオンへの贈り物も用意されるようになるんだと思います。

プラリネチョコが好きです。色んなフレーバー入ってるのも良いですね。
動物型のチョコとか精巧で凄いな─と思います。牛乳に浸して溶かしながら楽しむゴリラチョコのインパクトはいつも見付けると笑ってしまう。

[フリスコ]ハードドリンク・エクスタシス

  • 2023/02/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



大学に進んだフリオニールが、それまで過ごしてきた義理の親の下を出て、一人暮らしを始めた。
高校進学の時からその計画はあったそうだが、義理の親やその子供たち───フリオニールにとっては兄妹のような存在だ───から、卒業まではうちにいて欲しい、と願われたので、先延ばしにしていたそうだ。
替わりに高校生の内にアルバイトをして資金を貯め、しっかりと準備をして、高校卒業、大学入学と共に祝いの門出となった。

スコールはその前から、一足先に一人暮らしを始めている。
愛故に過保護な父親の「寂しいじゃんよう」と言う反対を押し切って、彼は高校入学を期に家を出た。
とは言え、場所はそれ程遠くはなく、公共交通を使って行こうと思えば行ける距離である。
それでも一人きりの生活と言うのは、それまで庇護の下にいた少年にとって中々大変なもので、最初の内は気を張り過ぎて無自覚に目を回していた。
そうして学校内で体調を崩し、意地とプライドで誰を頼る事も出来ずにいた所を、一学年上に在籍していたフリオニールが偶々発見して声をかけたのが、二人の初めての出会いであった。

それから約二年間、二人は同じ学年こそ違えど、同じ学び舎で過ごすことになる。
スコールが一人暮らしだったので、フリオニールはよく彼の元へ訪れ、真面目に見えて案外と物臭な所がある少年の一面に驚きつつ、持ち前の甲斐甲斐しさを発揮した。
食に碌な興味がなかったスコールへ、その大切さを説きながら、料理男子の真価を発揮する。
これにスコールがすっかり胃袋を掴まれて、週の半分はフリオニールが家に来て、二日か三日分の料理を作り置きするようになった。
世話になるばかりでは良くないと、スコールも一念発起して調理のいろはを学び直し、レシピつきなら少々凝ったものも作れるようになって行く。
次第にフリオニールがスコールの家に泊まる事も増え、その間に二人の距離は徐々に縮まり、フリオニールが卒業する頃には、晴れて両想いとなったのであった。

フリオニールが大学に進み、一人暮らしになった事で、今度はスコールがフリオニールの自宅に来るようにもなった。
まだまだ物が少なかった狭い部屋の中に、ぽつぽつとスコールの私物も増えて行く。
食器は当然のように二人分が誂えられ、洗面所回りも勿論、寝間着もわざわざ持って来るのは面倒だろうと、フリオニールがスコールの分を用意した。
ちなみに寝間着が用意されるまでは、スコールはフリオニールの高校時代の運動着などを借りている。
それはそれで(こっそりと)スコールにとって嬉しいことだったので、寝間着が別に用意された事には少々微妙な反応も出てしまったのだが、それがあると言う事は「いつでも泊まりに来て良い」と言う事でもある。
両想いとなった間柄で、それが嬉しくない訳もなく、スコールは面映ゆい表情を浮かべていたのだった。

そんな新しい生活がスタートしてから、約一ヵ月が経つ。
フリオニールは大学の入学式で勧誘されたサークルに参加し、その新人歓迎会が催された。
飲み食いするだけだし、一年生はタダだから、と言われ、折角先輩たちが企画してくれたのならと頷く。
二次会も予定されているようだが、そちらは辞退させて貰う事にする。
そして、家に来ていたら待たせてしまって可哀想だと、スコールに飲み会参加の旨を伝え、今日の所は自宅でゆっくりしてくれ、と伝えた。
それを受けたスコールは、フリオニールに逢えない寂しさを感じつつも、返事の文面上はいつものように、分かった、と言うシンプルな返事だけを送った。

そして飲み会の当日夜、スコールは自宅で明日の朝食の下拵えをしていた。
明日は学校が休みだから、朝食もサボって寝倒していても良かったのだが、三年生に進級してからずっと土日をその調子で過ごしている。
元々怠け癖があるのは否定しないが、流石に少し引き締めた方が良い、と思ったのだ。
いつものように恋人に会いに行く訳でもなかったから、暇潰しも兼ねて、少々凝った料理の下準備に精を出していたのである。

────と、そんな所へ、玄関のチャイムが鳴った。
マンション一階の玄関エントランスと繋がっているインターフォンモニターを点けてみると、其処には見慣れない人物が映っている。
茶髪に褐色の瞳、人懐こそうな顔が「ここでいいのかなあ」と呟いているのが聞こえた。
その肩に担がれている銀髪の青年を見付け、スコールは直ぐにインターフォンの通信をオンにする。


「はい」
『あ、繋がった。スコールって人の家、ここであってますか』
「……はい。どちら様ですか」
『どうも。バッツって言います。えーっと、フリオニールって奴のこと知ってるかな』
「……知っています」
『良かった。おれ、フリオニールと同じサークルで、まあ先輩みたいなものなんだけど。今日、飲み会があって、まあその、ちょっとミスっちゃってフリオニールに酒飲ませちゃったみたいで────』


言いながら青年───バッツは、よいしょ、と肩を貸すフリオーニールの重みを直している。
銀髪が力なくかくんと揺れるのを見て、スコールは溜息を吐いた。


「……すぐ降ります」
『ありがと。フリオ~、迎えに来てくれるってさ』


バッツの声のあと、「う~ん……」とぐずるような声が聞こえた。
スコールはもう一つ溜息を吐いて、モニターの通信を切る。

エレベーターで直ぐにロビーに降りると、エントランスにモニターから見た顔が直ぐに見つかった。
バッツと名乗った人懐こい顔をした青年に、ぐでんと寄り掛かって支えられている銀髪の青年───フリオニール。
内側からの操作で玄関の二重鍵を開け、お邪魔しますと入って来た青年の肩から、スコールはフリオニールを受け取った。


「重……っ」
「大丈夫か?良ければおれ、上まで運んでも良いけど」
「……いや、大丈夫です。ありがとうございました」
「そっか。無理するなよ。フリオー、ごめんなぁ」


バッツはフリオニールの頭をわしわしと撫でて詫びた。
それから「じゃあな」と気の良い挨拶と共に、エントランスホールを出て行く。

自分よりも上背のある恋人の重みに、スコールは再三の溜息を洩らしつつ、エレベーターへと戻る。
小さな箱の中に入って、自宅のあるフロアのボタンを押して直ぐ、扉は閉まった。
と、上り始めたエレベーターの浮遊感に違和感を覚えたのか、肩に乗せた銀糸の尻尾がむずがるように揺れ、


「……んん……」
「……起きたのか」


頭がゆっくりと持ち上がるのを見て、スコールは言った。
その声がもう一つフリオニールを覚醒に導いたようで、赤い瞳がぼんやりとスコールを見る。


「……スコール?」
「あんた、なんで自分の家じゃなくて、俺の家に来てるんだ。全く」
「ん……」


フリオニールが二次会に参加するつもりがないと言うのは、スコールも聞いていた。
そもそも、年齢的にはまだ飲酒は堂々と出来ないものであるし、バッツもミスをしたと言っていたので、フリオニールがこの状態になったのは不可抗力なのだろう。
それは良いとして、帰る場所として恐らくバッツに伝えた筈の住所を、自宅ではなく此方に指定したのはどういう訳なのか。

酔っ払いって訳が分からないな、と苦い表情を浮かべるスコール。
飲んだことは事故とは言え、この行動の動機くらいは確かめさせて貰っても良いだろう。
ついでに、突然来たことについて、説教を含めて一つ二つ位は文句を言っても許される筈だと、明日の朝に何から言おうかと考えるスコールを、フリオニールはじっと見つめ、


「……スコール」
「なんだよ」


名前を呼ばれたので、不機嫌ながらも返事をしてやれば、垂れていたフリオニールの手が徐に持ち上がり、スコールの頬に触れた。
フリオニールの顔は、アルコールの所為だろう、火照ったように赤らんでいるのに、指先が冷たい。
それが猫を宥めるように肌の上を滑るが、スコールは「誤魔化されないからな」と寄り掛かる青年の顔を睨み、


「会いたかった。……ん」
「…………!!?」


愛しさを全て詰め込んだような声の後、厚みのある唇が、スコールの色の薄いそれと重なった。
思わぬことに目を瞠るスコールを、フリオニールはじいと見つめて視線を離そうとしない。

熱と一緒に、甘く溶けるような匂いを纏させた吐息が、スコールの咥内から入って来る。
匂いは鼻孔の方まで抜けていって、スコールは一瞬、頭の芯がくらりと揺れるのを感じた。
それがアルコールの齎す効能で、自身が極端にその性質に弱いことを示していたが、まだ一滴とそれに触れたことのないスコールには判らない。
揺れた頭が意識を取り戻そうと悶えている間に、無防備になった唇の隙間から、厚みと弾力のあるものが侵入して来る。
ぬるりと艶めかしい感触がスコールの舌を捉え、ちゅぷ、ちゅく、と唾液の音を交えながらしゃぶった。


「ん、んむ……っ!ふ、んぅ……っ!?」


視界を埋め尽くす銀色と、褐色の肌と、細められた赤い瞳。
普段は人好きの印象を宿す紅玉が、まるで獲物を定めたように瞳孔を細く尖らせ、スコールを見詰めている。
咥内を舐るものに誘われて連れ出された舌に、犬歯の尖りが時折掠った。
まずい、と顔を背けて逃げようとしたスコールだったが、頬に添えられていた手が、いつの間にか顎を捉えている。
実を捩ろうとすれば、逆の手腕がスコールの体を閉じ込めるように抱き締めていて、身動ぎすら出来なかった。

舌に絡む唾液が、スコールの耳の奥で、ちゅくちゅくといやらしい音を鳴らしている。
いつも褥の中で、夢中でまぐわっている最中に聞いていたそれに、体は勝手に反応を示し、スコールは下腹部に熱が生まれるのを自覚した。
それが下半身から力を奪うまでに時間はかからず、貪られるキスに翻弄されるまま、スコールはいつの間にかフリオニールに縋るようにして体を支えていた。


「ん……っふ……はぁ……」
「ふ、は……っ」


丹念にスコールの味を堪能して、ようやくフリオニールは唇を離す。
二つの舌先の先端を、細い銀露が繋いで、ぷつんと切れた。

息を切らせるスコールを、フリオニールは恭しく見つめている。
その熱ぼったい瞳に危険を感じて、スコールはきっと眦を吊り上げる。


「っフリオ!ここを何処だと思ってるんだ」
「……ええと……」
「エレベーターだぞ。俺のマンションの」
「……うん、そうだな」


フリオニールの反応はいつになく鈍い。
普段なら、スコールがこうして声を荒げれば、直ぐに弱った顔をして、自分の行動を改めると言うのに。
そもそも、スコールに負けず劣らず初心なフリオニールであるから、こんな場所でこんな大胆なキスをするなんて、先ず有り得ないのだ。
酒の力とは恐ろしい────スコールは怒ったポーズの裏で、高鳴る鼓動を覚えながらそんな事を考えていた。

取り敢えず、エレベーターを降りなくては、この密着した状態は良くない。
スコールはなんとか抱き締めるフリオニールの腕を振り解こうとするが、その力は簡単には解けなかった。


「おい、ちょっと……」
「……スコール」
「……っ後にしろ……!」


もう一度近付いて来る精悍な顔立ちに、スコールは顔を真っ赤にして言った。
恋人に求められるのは、決して嫌な気分はしない。
けれども場所はちゃんと選んでほしいスコールとしては、こんな所で密着しているだけでも耐え難いのだ。
せめて人目を気にしなくて良い、自宅に入ってからにして欲しい。

エレベーターの上昇が止まり、ドアが開く。
幸いなことにその到着を待っていた者はおらず、スコールの一瞬冷えた肝はほうと安堵した。

しかし、フリオニールはスコールに体重を預けるように寄り掛かって来るばかり。
早く下りないといけないのに、とスコールがそれを支えながら後ろに蹈鞴を踏むと、背中が壁に当たった。
とん、とフリオニールの手がスコールの顔の横で壁を突き、スコールは壁とフリオニールの体に挟まれる格好になる。


「フリ、オ……っ」
「……ごめん。俺、待てない」
「家、すぐ其処だぞ。だからもうちょっと待、」
「……ん」
「………!」


狭い箱の中で、もう一度唇が重ねられる。
先と全く劣らない熱の滾りが込められた口付けは、既に燻り始めていたスコールの躰に決定打を与えるに十分なものだった。

降りる筈の乗客がまだ其処にいる事を忘れて、エレベーターのドアが閉まる。
上にも下にも行かない狭い空間で、スコールは意識が溶けていくのを感じていた。



翌日、何も覚えていないフリオニールに、スコールが金輪際の飲酒を禁じたのは言うまでもない。




2月8日と言うことでフリスコ!
酔っ払いフリオニールの、普段と違う攻めっぷりで、あうあうしてるスコールが見たいなと思って。

大分激しい夜になったんじゃないだろうか。噛み跡とか多そう。
とんでもない所で迫られたり、それをフリオニールが綺麗さっぱり覚えてなかったりで、翌朝のスコールの雷は不可避ですが、スコールも本音では大分ドキドキしているし結局の所嫌ではなかった訳ですな。
このフリオニールは反省しているので、今後も自分から飲む事はないけど、先輩の悪ノリだったり、スコールが成人した後とかに一緒に飲んでまたお熱い夜を過ごすことはあると思う。

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