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Category: FF

[フリスコ]ヘリオトロープ

  • 2025/02/24 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF

オフ本『ペルシカ』、Web小説『ヴィオラ』のその後





温室と言うものを、フリオニールはバラム国に来て初めて知った。
其処には屋外とは違う環境が整えられ、気温や湿度が人工的に管理され、その整えた環境に適した植物が植えられている。
元々は薬草等の研究・生育の為に造られた施設だったが、転じて地域ごとに異なる花々の研究にも用いられるようになり、そうして育てた植物を、更に様々な人々の知見を集め広める為に、一般公開さた棟もあった。
バラムは一年を通して温暖な気候を保ちつつも、海が近い関係で、潮の影響を受ける所も多い。
その影響を可能な限り避け、季節が変わっても可能な限り変わらない環境を作り出すことで、本来この地域では育たない植物も育てる事が出来るのだ。

毎日のようにスコールと一緒に中庭の花の世話をしていた甲斐あってか、フリオニールはその温室に入る許可を貰った。
それも、一般公開しているものではない、城抱えの植物学者が日々の研究に使っている所だ。
入る為の諸注意は厳重に説明して貰い、少し緊張した面持ちで其処に臨むことになったフリオニールだったが、入った瞬間にその緊張は吹き飛んだ。
故郷である砂漠の国では勿論の事、バラム国の城庭園でも見た事がないような植物の数々が、其処には並んでいたのだ。
これは、あれは、あの花は、と目を輝かせたフリオニールに、案内役を任されていた学者は、まるではしゃぐ子供を見守る保護者のような顔で、懇切丁寧に解説をしてくれた。

その温室には、環境変化に過敏な植物も少なくない為、出入り出来る者は限られていると言う。
そんな所に入らせて貰ったと言うのは、故郷で細々と隠れるように植物を育てていた経歴を持つフリオニールにとって、それはそれは破格の経験であった。
温室と言うものがどんな風に作られ、維持されているのかも教えて貰ったし、植物にとって育つ為の環境が如何に大切かと言うのも、改めて習う事になった。


「────いい経験だったよ」


そう言ったフリオニールの隣には、スコールがいる。
場所はバラムの城の一角、中庭を上から眺められる周り廊下の真ん中だ。
其処は日中は殆ど影のない場所で、夏になると聊か暑いのだが、風通しが良い事もあって、フリオニールは気に入っていた。
此処からなら、バラムの人々が自慢にしている庭園も一望できるから、折に暇な時間が出来ると、ふらりと此処に立ち寄る位には常連になっている。

そんなフリオニールの隣に立っているスコールも、此処から見える景色は嫌いではないらしい。
彼の幼少期を良く知るバッツ曰く、此処は、彼が故郷で見ていた景色と少し似ているのだそうだ。
ようやく子供の頃の郷愁に浸れるくらいになったんだ、と言ったバッツの横顔は、少し肩の荷が下りたような、安心した表情にも見えていた。
それにスコールが気付いている事は、恐らく、ないのだけれど。

胸の高さにある壁に寄り掛かり、庭を眺めるフリオニールに、スコールは言った。


「あんたは、こっちに来てから植物のことばかりだな」
「はは、そうかもな」
「お気楽な。あんた一応、王弟殿下で親善大使だろう。もっと色々見る所があるんじゃないか」


スコールの言葉には、少しばかりの棘が混じっている。
立場を忘れるなよ、と釘を差されているのを感じつつ、フリオニールも苦笑して、


「うん、そうだな。街の方もまた行かないと。鍛冶屋を見せて貰う段取りになってるんだ。色んなものを打ってる所を見せて貰おうと思って」
「鍛冶屋……あんたの所の方が、そう言う技術は上だと思うが」
「いや、どうかな。うちは兵の武器防具に使う為の技術はあるけど、金物とか、そっちは此処の方が出来が良い気がする。炉の形も違うから、見てると色々違いがあって面白い」


土地が変われば品も変わり、其処で培われ求められる技術も違う。
フリオニールはそれを、砂漠の国の王弟として、親善大使に出されてから知った。
肌身で感じるその違いは、見る度に、この大陸が様々な文化で形作られている事を実感する。

そう語るフリオニールの横顔を、スコールはじっと見つめ、


「……そんなに、違うか」
「ああ。俺は俺の故郷にあるものしか見てないからな、やっぱり其処との違いは大きいよ」


フリオニールは生まれてこの方、ほんの数カ月前まで、故郷の砂漠の地から出た事はなかった。
野盗の征伐や、遺跡の研究を目的とした学者団体の護衛をして城街を出た事は何度となくあるが、広い砂漠の向こうの景色は、とんと遠い世界の話だったのだ。
紆余曲折の末にこうして外の世界を見ることが出来て、その経緯については色々と思う所はあるものの、フリオニール個人の感想で言えば、結果として良い経験に巡り合えたと思っている。


「もっと色々なものを見なくちゃな。此処は居心地がいいし、皆優しくて温かいけど、俺は俺のやる事もしないと」
「……」
「あの砂漠に帰るまでに、出来るだけ、沢山のことを学ぼうと思うんだ」


フリオニールは、砂漠の国の王の義弟に当たる。
長年、国を治めて来た父から、フリオニールの義兄にあたる長男にその王位が継がれたのは、ほんの数カ月前の事。
一気に国政の方針転換を行った砂漠の国は、遅れた国際交流への道をようやく拓き、現国王の指示の元、周辺諸国に親善を目的とした大使を送っている。
フリオニールもその役割を持った一人で、これまで軍事国家として突き進んできた砂漠の国と、永久中立国として大陸諸国の調停役を担ってきたバラム国に、今後の友和を願う姿勢を示す形として差し出された使者と言う立場にあった。
砂漠と言う地形上、孤立的でもあったことから、砂漠の国は独特の価値観と、聊か閉鎖的な文化が根付いている。
フリオニールはそんな中にあって、若い世代からの支持が多いことから、時代の変化の先駆けを学び持ち帰る為に、当分の間、バラム国に駐在することになったのだ。

だから、それがいつになるかは具体的に示してはいないものの、フリオニールはいつかは故郷に帰らなくてはならない。
バラムの国で学んだ経験、技術、価値観────そう言うものを用いて、砂漠の国をより繁栄させながら、諸外国と渡り合って行く為に。
砂漠の地で生きる人々を、これからも絶やさず守っていく為に。

フリオニールの言葉に、スコールが微かに俯く。
壁に当てていた手が、緩く握り締められている事に、フリオニールは気付いていなかった。


「まあ、でも────そんなに直ぐに帰る事にはならないとは思うし。俺は出来るだけ長く、バラム国(ここ) にいたいな。スコールともまた会えたからさ」


そう言ってフリオニールは、隣に立っている少年を見て笑った。
蒼灰色の瞳は、虚を突かれたようにまん丸になって、ぱちりと瞬きをして見せている。

砂漠の国の王子と言う立場にあったフリオニールと、その砂漠の国の王が滅ぼした亡国の忘れ形見スコール。
それが、元々のフリオニールとスコールが持っていた立場であり、これによって二人は出逢った。
奪われた家族の復讐に生きていたスコールは、最後にはそれを果たし、フリオニールの前から姿を消した。
が、何の因果か巡り合わせか、フリオニールがバラム国に向けての親善大使として遣わされた事で、亡国以来、バラムの国に囲われて過ごしているスコールと、思いがけず再会する事になったのだ。
その瞬間はスコールにとって、果たした復讐の因果が自分にも巡って来たのだと思ったものだったが、フリオニールにそのつもりは全くなく、こうして穏やかな語らいをする間柄になっている。

奇妙な巡り合わせではあるが、フリオニールはこの偶然に感謝していた。
砂漠の向こうに消えるスコールたちを、遠く遠く見送った時に、諦めていた何もかもを、もう一度やり直すチャンスがやって来たのだ。
なんとも都合の良い話ではあったが、お陰でこうして、密かな想いを捨てることなく過ごしている。
だからこそ、足早に故郷に帰りはするまいと、フリオニール自身は願っていた。

スコールは、フリオニールをじっと見つめて動かない。
そんな彼を見返して、フリオニールはそうだ、と手を打った。


「スコール、折角だから、鍛冶屋に行く時に一緒に行かないか?」
「……え?」
「ついでに街をぐるっと見て回ろうと思ってるんだ。どうだ?」
「あ───あ、ああ……それは、え、と……」


唐突に誘われたことに、スコールはまたぽかんとした顔を浮かべていた。
迷っている、と言うよりは、今言われた事を頭の中で再確認している様子だ。


「街はまだ、教えて貰った店に案内して貰った位でさ。でも今度は、行先はあまり決めずに歩いてみようかと。その時、街にあるものとか、スコールのお気に入りの店でもあったら教えてくれると嬉しい。ほら、前に俺が皆を案内したみたいに」
「そ、それは────その……いや、俺は、」


スコールはしばらく言い淀んだあと、気まずそうにまた俯いて、


「……城の外のことは、よく、判らないんだ。あまり出ないから」
「あ───そうか、スコールは此処での立場があるもんな。すまない、無神経だった」
「いや、そんな事はない。単に俺が出る気がないだけだったし」


謝るフリオニールに、スコールは首を横に振った。
そして、だから、と言って、


「あんたと一緒に街に行っても、案内できるものなんかないんだ。だから、一緒に行っても、あんたが詰まらないだけだと思う」


元々、スコールはこのバラムの国の人間ではない。
十年以上前に失われた、大陸南部の山間にあった、歴史の長かった小国の生まれだ。
砂漠の国との戦争によって、その国も形を亡くして久しく、それから長い間、スコールは悲しみと復讐に心を囚われていた。
他の何も目に入らない程、幼い心にその傷を焼き付けた彼が、同じ年頃の少年少女のように、異国の平和な街並みに目を輝かせたことはないのだろう。

だから何も知らないんだ、と俯くスコールに、フリオニールは彼の傷の深さを知る。
話に聞いてはいたが、十年以上も復讐の誓いに生きていたのだから、それは相当なものである事は判っていた。
判っていたが、こうして日々に会話をする都度に、目的を果たして尚───彼らはそれも覚悟の上だったのだろうけれど───、消えない過去を持っているのだと感じる事があった。

フリオニールに、彼の過去は拭えない。
彼から愛しいものを奪った男の血を引いているフリオニールの存在そのものが、それを違えようのない事実にしていた。
……それでもフリオニールは、この透明で澄んだ蒼灰色の宝石に、惹かれることを止められない。

気まずい表情で俯いたままのスコールに、フリオニールは言った。


「それじゃあ、やっぱり一緒に行こう、スコール」
「……は?あんた、俺の話聞いてたか?」


顔を上げて、詰まらないって言っただろう、と眉根を寄せるスコールに、フリオニールは意識して笑顔を作る。


「知らないなら、今から知ればいいんだ。丁度良いよ、俺も知らない事だらけだから」
「案内なんて出来ない」
「なくても平気さ。帰り道だけちゃんと覚えておこう。あ、でも、二人でって言う訳にはいかないか。一応、俺もスコールも立場があるし……」


フリオニールは腕に覚えがあるが、それでも、親善大使と言う立場がある。
それ故に護衛として、幼い頃から一緒に育ったガイもバラム国に来ているし、スコールも幼年の頃から面倒見役を請け負ってきたバッツがいる。
せめて彼らには声をかけておかないと、と言うフリオニールの傍らで、スコールはごくごく小さな声で呟いた。


「……俺たちだけで行く気だったのか、あんた」
「駄目だよな、やっぱり」
「まあ……万が一があったら、首が飛ぶのはバッツとガイだろうし」
「それは良くない。明日、ガイに話しておこう。バッツにはスコールが伝えてくれるか?」
「と言うか、俺はまだ、あんたと行くとも言ってないんだが」
「あ」
「……良いさ、別に。あんたがそのつもりでいてくれるなら」


そう言ってスコールは、フリオニールの顔を真っ直ぐに見て、


「あんたが見てるものを見に行くんなら、案外、楽しいことがあるかも知れないな」


蒼灰色が見詰めているのは、深紅色の瞳。
其処に映っている世界はどんなものだろうと、微かに浮かぶ笑みの色に、フリオニールは鼓動が一度跳ねるのを感じていた。





フリスコ本『ペルシカ』のその後のその後。Webにて公開しているオフ本後の話[ヴィオラ]の後日の様子です。
色々自覚済みの二人ですが、日常での距離感はそんなに変わらず色んな話をしています。バッツとジタンが気を利かせているので、二人きりで話すことも多い模様。
とは言え街デートとなると保護者役のバッツは放っておけないので、多分二人きりでは無理ですが、それはそれでフリオニールはよろしくな!ってなる。スコールの方が二人きりになる可能性について意識している節がありますねコレは。

[フリスコ]熱の続きに溺れていたい

  • 2025/02/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF

※R15





滑る布の感触と、触れ擦れあう肌の感触と。
種類の違う心地良さの中で、段々と後者の感覚だけが鋭敏になって行き、次第に其処に、濡れた吐息や水音が混じって行く。
絡めあった足がもどかしげに腿を擦るのが、どちらの身動ぎの所為なのかは判らなかった。
皮膚一枚すら邪魔に思う程に、体を密着させ合っているのだから、無理もない。

は、は、と耳元にかかる吐息が、フリオニールの熱を更に煽る。
スコールの中に収められた熱の塊が、より一層大きく膨らんで、彼の中を染めようと懸命だった。
攻め立てられているスコールの意識は途切れ途切れになっていて、開きっぱなしの口端から、飲み込むことを忘れた唾液が零れている。
それを掬うようにフリオニールの舌が辿り、唇が重なり合えば、お互いのすべてを貪ろうとして、何度も何度もキスをする。

スコールの身体の中で、どくんどくんと脈を打つものがあって、フリオニールが息を詰めた。
う、と眉根を寄せて歯を噛んだ後、フリオニールは愛おしい恋人の中に、己の熱を注ぎ込む。
熱い迸りが内臓まで染めて行く感触に、スコールは首筋を反らしながら絶頂した。

白い喉を戦慄かせながら、スコールは熱の余韻に溺れている。
震えるその喉をぼんやりと見つめていたフリオニールは、白魚の腹に似たその首筋に歯を立てた。
噛みつくほどに顎に力を入れてはいないが、鍛えるには難しい喉仏に犬歯が当たると、ヒクッ、とスコールの身体が竦む。
それと連動して、フリオニールを受け入れたままの場所がきゅうと締まった。


「っは……は……はぁ……っ!」
「あ……ん、ぁ……っ!」


まだ肩で弾む息を零しながら、喉元を喰らうフリオニールに、スコールの背筋にぞくぞくとしたものが走る。
充足感と飢餓感が同時に訪れて、スコールは堪らず銀色の髪に腕を寄せた。
頭を抱き込むように甘えるスコールの仕草に、フリオニールの赤い瞳が薄らと笑みを浮かべる。


「スコール……」
「あ……っ、フリ、オ……」


名前を呼び合い、キスをする。
スコールの下唇が吸われ、肉厚の舌が其処を辿り、薄く開いた隙間に入り込む。
フリオニールの手がスコールの後頭部に添えられて、逃がしたくないと言わんばかりに柔い力で押さえ付ければ、スコールは逆らわずに応えた。
口の中でぴちゃぴちゃと水音が鳴り、スコールは溺れるような感覚に陥りながら、うっとりとした表情を浮かべる。

丹念にスコールの咥内を味わい尽くして、ようやくフリオニールの唇が離れた。
後頭部に添えられたフリオニールの指が、スコールの後れ毛を愛でるようにすりすりと摩っている。
それが猫をあやしているように心地良くて、スコールは緩やかな気怠さの中、その感触に身を任せていた。

スコールの身体がすっかり弛緩しているのを確認して、フリオニールはゆっくりと腰を引く。
中にあったものが擦れて行くのを感じて、スコールは甘やかな声を漏らした。


「ん、あ……っ、あ……っ」
「は……ふ、……ん……っ!」


名残を逃がしたくなくて、スコールがきゅうっとフリオニールを締め付ける。
存外と甘えたがりな恋人の我儘に、フリオニールの熱はまた頭を持ち上げようとするが、もう随分と遅い時間になっている。
今日はもうそろそろ休まないと、明日に響いてしまうからと、フリオニールは理性を総動員して、スコールの中から自身を抜いた。


「あう……んっ、出て、る……」


どろりとしたものが内側から溢れ出すのを感じて、スコールは腰を捩った。
折角フリオニールがくれたのに、と下腹部に力を入れて、それを逃すまいと試みる。
栓をしていてくれたままが良かった、と見下ろす男を見つめる蒼灰色の瞳は、判り易く熱に蕩けていた。

フリオニールはそんなスコールの頬をゆったりと撫でて、目尻にキスをする。


「体、大丈夫か?」
「……ん……」


労わる言葉に、スコールは小さく頷く。
その声が掠れ気味であることに気付いたフリオニールは、「水でも持ってこようか」と言った。
しかしスコールはゆるゆると首を横に振り、フリオニールをベッドから逃がしたくないとばかりに、厚みのある体に腕を回す。

半端に身を起こしていたフリオニールの体に、ぴったりと身を寄せているスコール。
一番熱の高い瞬間を越えて、段々と汗が熱を吸収していくフリオニールの体が、冷えて夢から覚めないように、スコールは自身の中でまだ燻ぶっているものを分け与えていた。
しかしフリオニールから見ると、スコールが寒さを嫌って甘えてきたように見える。
フリオニールは毛布を手繰り寄せながら、スコールの身体を覆うように抱いて、温かな布地の中に包まった。


「寒い?」
「……別に」
「そっか」


寒くないなら良かった、とフリオニールは笑う。

フリオニールの笑顔は柔らかく、純朴で人の好い青年であることがよく判る。
スコールもそんなフリオニールの笑顔が好きだ。
しかし、まぐわっている時の彼は、まるで獲物を前に血を滾らせた獣のようで、スコールはいつも骨まで喰い尽くされそうだと思う。
腰を掴む手や、良質で引き締まった筋肉に覆われた重みのある体が、獲物を逃がさないとばかりに身体をベッドに縫い付ける感触に、スコールは得も言われぬ興奮を覚える。
それは、戦う時に敵に見せる精悍な顔とも違い、手に入れた獲物の全てを独占せんと言う、自己中心的な欲を露わにされていることへの喜びであった。

そして熱の交わりが終われば、またフリオニールは穏やかな表情で笑いかけてくれる。
スコールがこの温度差に戸惑っていたのは、二人の関係が今のものになって間もない頃のことだ。
今ではスイッチの切り替えのような表情の変化にも慣れ、フリオニールの目を見て、今が熱の最中かそうでないかと言うのが判る。

判るので、今日のスコールはまだ少しばかり不満だった。


「フリオ……」
「あ、こら」


スコールの手がするりと下半身に下りて行くのを感じて、フリオニールが咎める声を出す。
際どい所をくすぐるスコールの手に、フリオニールは顔を赤らめながら、


「明日、探索に行くって言ってただろ」
「……出るのは昼だから、良い」
「駄目だ、体に響くぞ」


やんわりとした声でスコールを宥めながら、フリオニールは寝に入るようにと促した。
下半身を悪戯しているスコールの手を取って、こっちに、と自分の首へと回す。
スコールは素直にそれに従いながら、フリオニールの下半身に、自分自身を押し当てた。


「ん……」
「うあ」
「……あんたもまだ……」


お互いに触れ合うシンボルが、まだ硬さを持っていることに気付いて、スコールはくすりと笑う。
フリオニールは顔を赤くして、恥ずかしそうに顔を背けた。


「そんなに密着されたら……仕方ないだろ……」
「……じゃあ、此処から先も、仕方ないだろ?」


生理反応だと言うフリオニールに、スコールは笑みを浮かべて誘うが、


「それとこれとは別だよ。ほら、もう遅いから……」


寝なさい、とまるで兄か保護者のように言うフリオニール。
スコールはむぅと唇を尖らせて、押し付けた下肢をゆっくりと揺らした。
触れ合ったままの場所で、主張しているお互いの熱がゆるゆると擦り合って、フリオニールが息を詰まらせる。


「っ……スコー、ル……っ」
「は……あ、ふ……っ、ん……っ!」


熱の余韻はまだ二人の体に十分に残っていて、煽れば簡単に火が付いてしまう。
休まないといけないのに、とフリオニールは眉根を寄せていたが、恋人が与える刺激は、若い性を再び擡げさせるのに大した時間もいらなかった。
すっかり起立した感触を、スコールは密着させた下腹部から感じて、うっそりと笑みを浮かべる。


「なあ、フリオニール。もう一回」
「うぅ……」
「あんたもこれじゃ寝れないだろ」


揶揄うように言ったスコールを、紅い瞳が恨めし気に見る。
スコールはそんなフリオニールの口端にキスをしながら、


「一人で済ませたりするなよ。俺も勃ってるんだから」
「いや、うん、それは……判ってる」
「じゃあ、ほら」


スコールはもう一度、ゆるりと腰を揺らした。
お互いの熱が、また擦り合って、蜜に濡れたままの其処が濡れた感触を与え合う。

フリオニールは苦い表情を浮かべていたが、彼の手はゆっくりと、スコールの体を辿って下りて行く。
引き締まった細い腰を、無骨な剣胼胝のある手が撫でて、小ぶりな肉がついた臀部を撫でた。
やがてフリオニールの手は、ついさっきまで熱を咥え込んでいたスコールの秘部に触れる。


「……っ……」


はあっ、とスコールの唇から、期待の吐息が漏れた。
それがフリオニールの耳朶をくすぐって、雄のスイッチを入れる。

フリオニールはスコールの身体をしかりと捕まえて、毛布の中へと引っ張り込んだ。
毛布が小山のテントを作った閉鎖空間の中に閉じ込められるスコール。
その上にフリオニールの体が馬乗りに覆いかぶさり、まるで外の世界全てからスコールを隠そうとしているようだ。
其処で暗闇の中でぎらつく紅に見詰められ、スコールはどうしようもなく興奮するのを自覚する。


「……一回だけだぞ、スコール」
「ああ。判ってる」


釘を差すフリオニールに、スコールは笑みを浮かべて言った。
何処か悔しそうな顔をした青年が、噛みつくようにキスをするのを、スコールは嬉しそうに受け止める。

結局の所、一回は一回ではあったのだが、それはとても長い“一回”だった。
そう仕向けたのか、そうなってしまったのか、経緯は曖昧だ。
何せ、もっともっと交わりたいと思っていたのはどちらも同じ事だったから、フリオニールもどうせ“一回”ならばと開き直ったのは確かだった。

恋人がそうならば、スコールにとっては嬉しいことばかりだから、不満も何もない。
敢えて言うなら───フリオニールが満足しきるまで、中に貰うのをお預けされることが、焦らされているようでもどかしかった、と言う点だろう。
それでも最後に、今夜一番に濃くて沢山の熱を貰ったから、スコールは十分に満足して意識を飛ばしたのだった。





2月8日と言う事でフリスコ!
なんかとてもやらしい二人が見たくなったので、ずっとやらしくいちゃいちゃさせてみた。
スコールは羞恥心が飛んだ後なら、遠慮なくお誘いおねだりしてくれると思う。
フリオニールはスコールが大事なので無理させたくないと言うか、自分が本気になるとブレーキが壊れるのを多少自覚しているので、出来れば自制できるレベルで止めておきたい。でも恋人が自分でそれを突破して来るのでどうしようもない。

[ウォルスコ]閉じた世界に温もりを

  • 2025/01/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



歪の中で発生した空間の揺らぎに引っ張られて、スコールとウォーリアは見知らぬ場所に飛ばされてしまった。

何処かの深い密林と思しき其処は、果たして神々の闘争の世界その地なのかも判らない。
重い暗雲に覆われた空の下、鬱蒼とした樹木に覆われた其処は、見知らぬ植物や動物が群生していた。
蔓状の植物や、シダ植物に似たものが多いことを思うと、風景としては亜熱帯ジャングルに似ている。
こういう場所には、食虫植物の巨大バージョン(人肉も襲う類だ)だったり、有毒の蛇や虫がいるもので、足元に這う生き物さえも注意の対象となる。
人の大きさよりも体高のある蜘蛛を見付けた二人は、此処を下手に動き回るのは危険だと判断した。
とにかく、なんでも良いから歪を見付けて、此処を離れた方が良い───と思いはすれど、肝心の歪は中々見付からなかった。

茂る草木を掻き分けながら歩き回る内に、重い空に覆われた天は、あっと言う間に暗くなった。
夜行性の動物が徘徊を始める前に、せめて安全地帯を見付けたい。
そう切に思った二人の前に、一軒の山小屋が現れた。
渡りに船と言うには聊か警戒が立つ二人だったが、暗闇の中、ジャングルを歩く方が良いかと問われれば、出来れば御免被りたい。
山小屋の周囲と、その中に不穏なものがないことだけは確認して、二人は朽ちかけた建物の中へと入った。

長い間放置されていると思しき小屋の中は、恐らくは倉庫のような使われ方をしていたのだろう、壊れた農具らしきものがいくつも転がっていた。
床は辛うじて板張りされているが、足を乗せると何処もぎしぎしと音が鳴る。
壁際は湿気の侵食を受けて、板木が腐りかけている程で、天井屋根に穴がないのが幸いと言えた。
炉や竈に出来そうなものはなく、暖を取ろうにも、朽ちたこの家で火など起こせば、火の粉ひとつで燃え上がりそうだったので辞めた。
暗くなってから気温が低くなっていて、暖は欲しかったが、焼け出されては元も子もない。
雨風の直撃を凌げるだけマシだと思おう、とスコールとウォーリアの意見は一致した。

手荷物にあった携帯食で簡素な食事を済ませた後は、直ぐに休むことにした。
歪での戦闘から、こんな場所へ飛ばされて、歩き詰めで疲れている。
建物の中ではあるが、念の為に見張りがいた方が良いとなって、一人ずつ眠る。

「君が先に休むと良い」とウォーリアが言ったのを、以前のスコールならば口の中で反発の三つや四つはあったのだろうが、今はそれもなくなって久しい。
二人の関係が“仲間”と言う枠組みに収まらなくなった頃から、スコールのウォーリアに対する態度は、分かりやすく軟化していた。
それでも時に渋面が出てしまうのは、節々にあるウォーリアからの子供扱いめいた言葉と、同時に感じられる、「君を大事にしたい」と言うあけすけな気持ちが見えるからだ。
要するに思春期の複雑な心境と言うものだが、それはウォーリアには関係のない話である。
今回については、疲れていたことも含めて、先に見張りを引き受けると言うウォーリアの言葉は純粋に有難かった。

山小屋の中は隙間風が酷かったので、スコールはなるべく体の熱を逃がさないよう、丸くなって眠った。
疲労感のお陰か、睡魔は程なくやってきて、スコールは夢も見ないほど深く眠る。

それから、二時間程度は経っただろうか。
寝入りから当分は深く落ちていたスコールだったが、睡眠の波が浅瀬に上がってきた頃に、がたがたと煩い音が耳についた。
重みのある瞼をどうにか開けると、視界は暗く、朝はまだ当分先だと悟る。
そんな時分に睡眠を邪魔してくれたのは、この小さな空間を保ってくれる、建物そのものが鳴らす音だ。


(……風……強くなったのか……)


山小屋には、明り取りの為か、小さな跳ね板窓がついている。
しかし冷えた空気を取り込むばかりの其処は、閉じたままにしていた。
それがばたんばたんと勝手に開け閉めを繰り返しているものだから、煩いことこの上ない。

スコールは眉間に皺を寄せながら、もぞもぞと内側に閉じこもるように縮こまった。
肩口に引っかかるものを摘まんで、本能的に手繰り寄せる。
小さな世界の、そのまた小さな空間の中は、薄らとだが熱が籠って温かく感じられた。


(……ん?)


温かい、とは。
そんなものに身に覚えがないことを思い出して、スコールは片眉を潜めた。

暗がりの中を見詰めていると、徐々に暗闇に対して目が慣れて来る。
物置然とした山小屋の中の様子が微かに伺える程度になってから、何かを掴んでいる手元を見ると、少し埃っぽくなった布があった。
生成りに近い黄色の布は、毛布とするには少しごわついていて、手触りの良さよりも頑丈さが感じられる。
自分の持ち物ではないそれに、スコールは眠気のある目を擦りながら、寝転んだままでそろりと首を巡らせてみた。

横向きになっていたスコールの背中側に、唯一の同行者────ウォーリアが座っていた。
ウォーリアは着込んでいた筈の鎧を外し、その下に着ていた黒のインナー姿になっている。
細いがしっかりとした体躯がシルエットからも読み取れるその肩口から、無造作に伸ばされた銀糸がきらきらと光って見えた。

ウォーリアはじっと何処かを見詰めている。
何を見ているのかとスコールが首を伸ばして彼の視線の先を辿ってみると、山小屋の内と外を繋ぐ戸口があった。
物言わぬ戸口を見つめるウォーリアの瞳は、何処か冴えて冷たく、剣を握っている時に似ている。


「……ウォル……?」


どうした、とスコールが問う代わりに名前を呼ぶと、アイスブルーの瞳が此方を見た。
ちらと一瞬見遣るだけの視線だったが、その目が「静かに」と言っているように見えて、スコールは口を噤む。

それから数分。
ウォーリアはゆっくりと瞼を一度伏せた後、ふう、と一つ息を吐いてから、スコールへと視線を移した。


「起こしてしまったか」
「……いや」


起きたのはごく自然なことだった。
強いて言うなら、家鳴りが煩いのが原因で、ウォーリアが何かしたと言う訳ではない。
緩く首を横に振って否定したスコールに、ウォーリアはそうか、とだけ言った。

スコールがのろりと起き上がると、体を包んでいたマントが滑り落ちて、冷気が体に刺さってくる。
ぶるりと肩が震えたスコールだったが、寒さをあからさまにするのもプライドが擡げて、唇を噛んで堪えた。
手元のマントを、何食わぬ顔でウォーリアへと突き出し、


「……返す」
「いや、君が使うと良い。眠っている間、微かに震えていた。寒かったのだろう」
「……もう平気だ」


返す、とスコールはもう一度マントを突き出したが、ウォーリアは柔い瞳で此方を見ている。
受け取る気がないのが読み取れて、スコールの唇が尖った。

持ち主ががんとして受け取ろうとしないので、スコールは渋々顔でマントを手繰り寄せる。
使えと言うなら仕方がない、と言う表情で、マントでまた体を包みつつ、


「……外を気にしてたみたいだけど、何かあったのか」


山小屋のひとつしかない戸口をじっと睨んでいたウォーリア。
スコールが眠っている間に、ひょっとして何か、誰かやってきた気配でもしたのかと尋ねてみると、


「少し前に、獣が山小屋の周りをうろついていたのだ。狼のような、魔物かまでは判らなかったが……それが扉の前に屯していた」


腹を空かせた獣か魔物が、山小屋を取り囲んでいたのだと、ウォーリアは言う。
餌を求め、山小屋の中にその匂いを感じ取ったか、獣たちは扉を仕切りに引っ掻いていた。
しかし、朽ちかけの小屋ではあるものの、作りはそれなりにしっかりとしていたのか、幸いにも獣が障壁を突破できるほどに脆くはなっていなかったらしい。
その上、外は強風に加えて雨も降り出していた。


「雨が降り出した頃に、獣は去ったようだ」
「……まあ、これだけ降ってれば、大抵の生き物は引き籠るだろうな」


煩い跳ね板窓の向こうでは、ざあざあと大きな雨粒が降りしきり、開け閉めを繰り返す窓口の隙間から雨粒が入り込んでくる。
もしもこの建物の中に逃げ込んでいなければ、この大雨の中、濡れ鼠で凍える羽目になったかも知れない。
その悪天候ぶりを見て、色んな意味でこの山小屋が見付かって良かった、とスコールは思った。

冷え切った空気がスコールの頬を撫でて、マントの中で肩がぶるりと震えた。
布一枚のあるなしで肌に感じる寒さは大分違うが、とは言え、こんな環境では快適とは程遠い。
せめて火が起こせたらと思うが、やはり火気はこの建物には危ないだろう。
他に何かないか、とスコールは視線を巡らせるが、柄の折れた鍬や、蔓で編んだロープなんてものは、燃料以外に使い道もなかった。
その手の手段が使えないとなれば、いよいよ熱を求める手段はない。

────其処まで考えてから、いや、とスコールは顔を上げた。


(……熱は……ある)


蒼灰色の視線の先には、一人の男がいる。
スコールは其処に行く事に、じんわりとした羞恥心を感じたが、さりとて熱の誘惑には抗えなかった。

肩を包むマントをずるずると引き摺りながら、スコールはウォーリアへと身を寄せる。
気配を感じてか、此方を見たウォーリアと目を合わせる前に、スコールは彼の胸へと飛び込むように体を突っ込んだ。
反射的だったのだろう、かかる重みを支えるように、スコールの肩にしっかりとした手が添えられた。


「スコール?」
「……」


どうした、と名を呼ぶ男に、スコールは返事をしなかった。
出来なかった、と言うのが正しい。
厚みのある胸板に鼻面を押し付けながら、自分が酷く子供っぽいことをしていることを自覚する。
自覚すると無性に恥ずかしさがこみあげて、すぐ間近にある筈の透明な瞳を見る事が出来なかった。

もぞもぞ、もぞもぞと身動ぎして、落ち着きの良い体勢を探す。
胸元でそんなことをされて鬱陶しいだろうに、ウォーリアは何も言わずに、スコールの好きにさせていた。
仲間に対する寛容さとはまた違う、“恋人”にのみ許される甘さを良いことに、スコールはウォーリアの体にぴったりと身を寄せて、猫のように丸まった。

一頻り体勢を試した後、スコールはウォーリアの腕の檻に収まる形で落ち着いた。
ふう、と一息吐いたスコールは、密着した熱量の高い体の感触に安堵する。


「大丈夫か、スコール」
「……ん」


ウォーリアは、見張りの邪魔になるだとか、見張りの交代を、と言ったことは言わなかった。
外はいよいよ雨煙が強くなり、雨音は時折、ごおおお、と重い音がするほどになっている。
こんな状態では、水棲の魔物だって獲物が取れないから棲み処で大人しくする他ないだろう。
獣を警戒しなくて良いなら、見張りの為に起きている必要もない────ウォーリアもそう思っているのか、彼は腕の中の恋人を抱き締めながら、双眸を柔く緩めていた。

その視線を旋毛のあたりに感じながら、スコールはふと、包まっているマントのことを思い出す。
このマントはそもそもウォーリアの持ち物であるから、こんな状態になっても自分が独り占めしていると言うのはどうなのか、と思った。
今更と言えば今更だが、引っかかってしまうと、スコールはそのままの状態ではいられなかった。

スコールは檻の中で自分の腕を動かして、体を包んでいたマントを解く。
広げたそれをウォーリアの背中へと回し開いて、彼の背中を外気から隠した。

スコールの意図を感じ取ったか、ウォーリアは微かに眉尻を下げて、


「私より、君が使うと良いと言っただろう」
「俺はあんたが布団だから良いんだ」


そう返したスコールに、ウォーリアの唇が苦笑するように薄く弧を映す。
心なしか、スコールの身体を包む腕に、優しく力が籠ったように感じられた。

スコールが少し頭を傾けて、ウォーリアの胸板に耳元を押し付ければ、ゆっくりとした鼓動が聞こえてくる。
規則正しいリズムのそれは、褥の中で聞いていると、スコールの安心を誘う。
此処は安全な場所だと、そう思う事が出来るのか、スコールを緩やかな眠りに誘うスイッチのようだった。

ついさっきまで眠っていたスコールだが、こうして恋人の暖に包まれていると、またうつらうつらと意識が揺蕩う。
そんなスコールの様子に気付いて、ウォーリアは背中にかけられたマントを寄せて、二人分の体を布地で包んだ。
本来一人分であるマントを無理に使っていることもあって、二人の体は縮こまるように、より密着し合っている。


「……ウォル……」
「ああ、眠ると良い」
「……あんたも、寝ろ」
「そうだな。君が眠ってから」


スコールは頬に、皮の厚い固い手が触れるのを感じた。
それが首筋までゆっくりと辿って行く感触があって、途端に閨の熱を思い出し、体が鼓動を逸らせていく。
こんな状況で、ウォーリアにそんな意図はないのだろうが、スコールにとっては条件反射のようなものだった。
とくとくと早くなる心臓が、すぐ其処ににいる男に伝わってくれるなと願う。

外の雨は、豪雨から大雨と言える程度になっていた。
風は止んだ様子はないが、風向きが変わったのか、跳ね板窓は静かになっている。
これならもう一度眠るくらいは出来そうだ、とスコールは思った。

スコールが少し頭を動かすと、ウォーリアの首筋に額が擦り付けられる。
あやすように頭を撫でられるのを感じながら、スコールは視界に映った細い銀糸を見つめていた。
暗闇の中にひらひらと光る銀色に、夢の中でも逢えることを願いながら、目を閉じた。




1月8日と言う事で。
ボロい山小屋で二人きりで過ごしている二人が見たいなとか思いまして。
ひょっとしたらこの後、もっと温まることをしたとかしてないとか。

[ラグスコ]誰の為の空白

  • 2025/01/03 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



新年を迎えたエスタの街は、何処も彼処も賑やかだった。

最先端の技術が、都市の隅々まで行き渡っている此処では、車のエンジン音を始めとした騒音の類と言うのも少ない。
ショッピングモールでも、レジカウンターには人がおらず、電子パネル越しの買い物が可能となっている為、飲食店の類でさえ、人の顔を見ないで購入することが可能だ。
その所為か、他国ならば人で溢れかえるような商店街でも、何処となく人の気配は少なく感じられるのが常であった。
娯楽の部類で言っても、機械、とりわけ電子機器の分野が幅広く発達している為、コンピューターゲームも普及しており、国内でオンライン系の遊戯コンテンツも充実している。
イントラネットが一般家庭の端から端まで行き届いているとあれば、その気になれば、人は一歩と外に出ることなく、あらゆる恩恵を享受することが出来るのだろう。

そんな科学都市エスタではあるが、それでも年始となると人出は多くなっていた。
嘗ての魔女の支配から脱却して以来、英雄ラグナを大統領と据えた治世のもと、エスタは十七年間の鎖国と言う事実と共に、平和な時間を過ごしていた。
まだ記憶に新しい、宇宙へと打ち出した魔女アデルの再臨を恐れながらも、国としての新たな基盤は、その間に着実に築かれていたと言って良い。
そんな風に過ごした時間があったからこそ、一年が終わり、新たに始まると言う日の喜びは、一入あるものだったのかも知れない。

だからか、年始のエスタと言うのは、一年の内で最も盛り上がると言っても良いかも知れない。
新年を迎えた祝祭の宴に、ショッピングモールでは大売り出しのセールが始まり、飲食店もこの日を祝う為の限定メニューが企画される。
この辺りは、他国でも規模の違いこそあれ同じものだが、国全体が沸き立つと言うのはエスタくらいではないだろうか。
更にエスタでは、最新のゲーム機器で遊べるゲームタイトルが続々と放出され、テレビも特別番組が全チャンネルで目白押しになる。

その特別番組の中でも、多くの人々が注目するのが、年を開けたその日の昼に放送される、大統領演説だと言うから、スコールは少し驚いた。

バラム生まれ───正確には違うのだが、そのあたりのことはおいて置いて───バラム育ちのスコールにとって、大統領と言う存在そのものが、少し理解の外にある。
海を隔てた隣国ガルバディアが大統領制の国なので、政治的な仕組みについては授業である程度学びはしたが、スコール自身は直にその影響の中で過ごしたことがないのだ。
何せ、バラムは特別な支配層を持たない小さな島国で、しいて言うならば、ドールに近い議会政治に当たるのかも知れないが、その程度だ。
大統領が年の初めに何を言うのか、そんなにも注目されるものなのか、と始めは首を傾げていた。

しかし、思い返せば、大統領と言うのは、人々が暮らす国を牽引する頭なのだ。
その頭は何をしようとしているのか、何処を見ているのかと言うのは、其処で暮らす人々にとって、生活に密接して重要なことなのだろう。
ガルバディアの大統領であった、故ビンザー・デリングも、その演説の場には万の人が詰めかけていた。
国がどうなろうとしているのか、どんな頭の下で自分たちが過ごさねばならないのか、と言うのは、決して軽んじてはならない。
それ程重要な、注目される場面であるからこそ、スコールたちSeeDも護衛任務としてその場に介する事になったのだ。

年始の大統領演説から、その後に続くニューイヤーパーティに、スコールは他十名のSeeDを連れて参列した。
無論、大統領の護衛を基本とし、及びに会場の現場警備の任務としてだ。
打ち合わせと現場の確認の為、年末からエスタに入ったスコールたちは、当然そのまま年明けを迎えている。
それを愚痴る者もいたとは思うが、スコールにとっては、任務の時期がいつであろうと、どうでも良いことだ。
年末か年始か、どちらかくらいゆっくりしたかった、と言う気持ちは判らないでもないが、文句を言って仕事がなくなる訳でもない。
増してやスコールの場合、指名されての派遣だった上、現場指揮まで任されていたので、拒否を示しても後退できる人員がいないのだから、どうしようもなかった。

長い鎖国を解いたエスタの、初めての一年の始まりは、概ね問題なく終わった。
国民が注目していた大統領の演説は、事前にキロスを始めとした執政官が作ったテキストを頼りに恙なく終わり、中継が切られる直前にラグナが足を攣っていた。
それから数時間の後、復帰したラグナは、エスタの各市長の陳情を直に聞く集会へ。
一晩が開けたら、今度は他国に向けた声明発信を行う。
エスタは未だ、他国から“未知の国”“嘗ての魔女支配の国”のイメージを持たれているから、これを払拭する為のアピールだ。
長らく全世界を覆っていた電波通信障害は、アデルの完全消滅によって終結した。
お陰で、ドールの電波塔を始め、エスタが提供した技術も駆使しての長距離通信が復活し、エスタは現在、これを利用して他国に対する各種のPR活動を行っている。
この為にエスタの大統領関係者は、エスタのテレビ局をひとつ、まるごと貸し切る形を取った為、ラグナはその日一日、このテレビ局で過ごした。
護衛であるスコールたちSeeDも此処に同行し、ラグナの顔を必要とする放送が全て終了するまで、缶詰で警護任務に臨んでいた。

そして明くる、年を明けての三日目────ようやくスコールたちの任務は終了となった。

一月三日のその日は、エスタ大統領ラグナ・レウァールの誕生日である。
これを理由に、彼の政務の類は全て止めて、丸一日を休養して貰うのが、執政官たちからの精一杯のプレゼントらしい。
ラグナが休日と言うことで、公の場に出る必要もなく、その場面での護衛が仕事であるSeeDもお役御免と言うことだ。
SeeDたちは朝一番にエアステーションで解散の号令を聞いてから、確保済みの飛空艇チケットを片手に、いそいそと帰路へと向かうっていった。

そんな中、スコールはひとり、エスタに残っている。

SeeDの皆の姿が見えなくなるまで、エアステーションのロビーでぼんやりと時間を潰した後、ようやく腰を上げる。
ガンブレードケースと少ない荷物を片手に向かうのは、ステーション外の駐車場だった。
広大な駐車場で、各所に目印に立てられている番号の看板を頼りに行くと、


「おーい、スコール!こっちこっち」


通りの良い声に、聞こえた方へと首を巡らせれば、並ぶ車から手を振っている男がいる。
右手に持っているガンブレードケースを持ち直し、其方へ向かった。

スコールを迎えたのは、時のエスタ大統領ラグナ・レウァール本人だ。
いや、今日はすっかり仕事を取り上げているから、ただのラグナ・レウァールだろうか。
と言った所で、彼の肩書までも消える訳ではないので、スコールは呆れた表情で溜息を漏らす。


「あんた、国のトップがひとりでウロウロするなよ」
「大丈夫、大丈夫。今日は俺、休みだし」
「……」


暢気すぎる───いや、この国の治安が安定している証拠なのか。
腑に落ちないものを感じながら、スコールはそう言う事にしておこうと思った。

ラグナは寄り掛かっていたメタリックブルーの車の助手席を開ける。
此処に乗れ、と言うのを言葉なく感じ取りつつ、スコールはまずは後部座席を開けさせて貰う。
シートの上にガンブレードケースと荷物を下ろしてから、助手席へと乗り込むと、すぐにドアが閉じた。
シートベルトをしている間に、ラグナが運転席に乗り込んで、カードキーで車のエンジンを入れる。

車が音もなく滑り出し、凹凸のないつるりとした道路へ出た。
少しずつ速度を上げて行く車の、振動の代わりの浮遊感に、スコールはまだ慣れていない。
もっと言うと、運転席にラグナがいて、自分が助手席にいると言うのも、任務ならばあってはならない構図であるので、非常に落ち着かない気分だ。

しかし、ハンドルを握るラグナはと言うと、


「へへ。嬉しいなあ」
「……なんだよ、急に」


すっかり緩んだ顔で言ったラグナに、スコールは眉根を寄せる。
窓に頬杖をついて、鏡越しにラグナを見たスコールに、ラグナもちらと視線を寄越して、


「ダメ元で言ってみるもんだなと思ってさ」
「……別に、あんたに言われたからじゃない」
「でも休み取ってくれただろ」
「元々休みだった。年末年始に任務が入った代わりに、キスティスが入れたんだ。俺だけじゃない、今回の任務に派遣した奴には全員だ」


特別なことじゃない、と言うスコールに、でもさ、とラグナは言った。


「帰っても良かったんだろ?バラムにさ」
「………」


唇を尖らせ、眉間の皺を三割増しに浮かせるスコールに、ラグナの唇が益々笑みを深める。

そう、帰っても良かったのだ。
年を跨いでの任務を終えて、バラムへ、或いは実家へと帰る他のSeeDたちと同じように。
キスティスが手間だったであろうに、派遣の時期を考えて、SeeDそれぞれの帰路先に合わせて用意すると言ったチケットを、スコールは断っている。
だから帰り様がないのだと言えばそうなのだが、では何故、断ったのか。
チケットがあったら帰らなきゃいけなくなるから、なんてことを、スコールが口に出来る訳もない。
況してや、最初から今日と言う日、帰る気がなかっただなんて言える程、スコールと言う人間は素直に出来てはいなかった。

年を開けて三日目が、ラグナの誕生日だと言うことを、スコールは一月前に知った。
セルフィ経由であったそれを、何気なく本人に確かめてみれば、その通りだと返ってきた。
その時に、ラグナの方から、ちょっとしたおねだりがあったのだ。
「誕生日に、出来る事なら、一緒に過ごしたいな」────と。
スケジュールの自由などあってないようなスコールにとって、確約が出来ない話は約束できない、と言う返事が精々だ。
だからその時は、期待なんて持つな、と言う話をして終わったのだが、年始の任務の内容が入って来てから、少々事情が変わってきた。
任務は年を跨ぎながら、予定通りなら二日に終わり、三日目には休みが取られている。
一泊二日、明日の昼にエスタを出発するだけの猶予が与えられた。
つまりは、ラグナのおねだりに応えられる時間が出来てしまったのだ。

それでも、選択肢はスコールの意思に預けられており、スコールはぎりぎりまでこの事を伝えなかった。
休みが入れられたとは言え、自分の立場では実際がどうなるかは直前まで判らなかった、と言うのもある。
しかしそれ以上に、「一緒にいられる」なんて伝えてしまったら、自分がそうなることを、そうすることを望んでいるのをラグナに伝えるようで、考えるだけで顔が沸騰しそうだった。

結局、スコールが今日のことを伝えたのは、年末にエスタ入りをした時のこと。
諸々の打ち合わせを終えて、ラグナとほんの一瞬、私的な会話を交わした隙の話だった。
その時点でも、緊急任務が入ればどうなるか判らない、と言うことは伝えたが、結果として、その心配は杞憂に終わっている。

滑りゆく景色を睨みながら、スコールの目元が胡乱に据わっている。
ラグナは気難しい年頃の少年の横顔に、こっそりと喉を揺らして笑いながら、ゆるゆるとハンドルを操作する。


「嬉しいよ。お前と一緒に過ごせるんだから」
「……」
「まあ、そうは言っても、何処に出掛けるって訳でもないと思うんだけど」


言いながらラグナがハンドルを切ると、車は幹線道路から下りて、住宅街へと入って行く。
いつの間にかスコールにとって見慣れた景色の行く先は、ラグナがエスタ大統領になってから用意された、彼の完全プライベートな私宅だろう。


「この時期だから、あちこち見て回っても良いんだけど。ショッピングモールも賑やかだし。でもお前、人が多い所は好きじゃないだろ?」


ラグナの言うことは確かだ。
しかし、とスコールは今日に限っては思う。


「別に、あんたの好きにしたら良いだろ。今日はあんたの……誕生日なんだから」


どうにもその単語そのものが擽ったい感じがして、スコールの声は微かに引っ掛かったが、それでも出すことは出来た。
出してしまえば、自分が何の為にエスタに留まったのかをありありと実感させられて、妙に耳の裏側が熱くなって来る。

そんなスコールを、ラグナはちらと横目に見て、赤らんだ耳元を見てくつりと笑う。


「じゃあやっぱり、家にいよう。外に出るの、勿体ないもんな」
「……」


ラグナの言葉に、スコールの目がじとりとラグナを見た。
賑やかしごとが好きな男が、新年を祝う空気もまだ冷めやらぬ中、家の中で過ごしている方が良いと言うのが判らない。
誕生日であると言う理由も含め、ラグナの好きな所に連れ回されると思っていた節もあっただけに、スコールは聊か拍子抜けした気分があった。

そんなスコールの胸中を知ってか知らずか、ラグナは横目に見る目を柔く細めて、言った。


「お前がいてくれるんだもん。家なら、遠慮なく二人っきりになれるだろ」


誕生日と言う唯一無二の日に、それを理由に帰る足を止めたスコール。
ねだられたから、頼まれたから、それも勿論、スコールの行動の理由にはあるのだろうが、それよりも最も深い部分を、ラグナは正確に理解している。

角をひとつふたつと曲がった先に、立派なセキュリティを備えたシャッター付きの門扉が見えて来る。
ラグナはその手前で一旦停止すると、ダッシュボードの上に置いていたリモコンで、シャッターを上げた。
するすると静かに車が門を潜り、車が完全に敷地内に入って止まり、またリモコンでシャッターが閉められる。
ラグナは運転席のドアにある車内操作のボタンで助手席のドアを開けると、胸ポケットに入れていた、玄関の鍵をスコールに差し出す。


「先、入っといてな」


車をガレージに置かなきゃいけないから、と言うラグナの手から、鍵が零れる。
スコールは反射的にそれを受け取って、その瞬間、今日と言う日に自分が此処から出る事は出来ないのだと言うことを、悟ったのだった。






ラグナ誕生日おめでとう!と言うことで。
スコール、丸一日かけてお祝いするくらいの時間が空けてあるんですってよ。どんな誕生日を過ごすんでしょうね。のんびりした後、しっぽりすると良いんじゃないかな!

[サイスコ]待ち侘びている言葉ひとつ 2

  • 2024/12/22 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



一日の授業を全て終えると、校庭の頭上を覆う空には、もう夕焼け色が混じっていた。
冬ともなれば日が暮れるのが早いもので、夏ならまだまだ昼間だと思う頃合いでも、一日が終わったような気分になる。
気温の低下も著しいこともあり、放課後の自由を謳歌するより、温かい所で一服したいと、誰もの帰る足は速くなっていた。
それでも家に帰るのは早過ぎると、何処かのコンビニなりファミレスなりに屯して、飲み物片手にお喋りに時間を費やす生徒と言うのも、あちこちにいる。

サイファーは、クラスメイトから「誕生日だし、奢ってやるよ」と誘われたが、惜しみながらそれを丁重に断った。
祝って貰うのは、相手が誰であれ悪い気はしなかったが、それについて行けば、いよいよ今日一日の足りないパーツが埋まらないまま終わってしまうだろう。
開き直れるのならそれでも良かったのだろうが、事が自分一人で済む話ではないから、確実に尾を引くのが予想できる。
そう言う訳で、クラスメイトたちからの誕生祝はまた別日に改めて貰うことにした。

教室を出たサイファーが向かうのは、階段を下りて、自分の教室とは反対側にある教室だ。
二年生のクラスが使っているその教室からは、生徒たちが順々に出て行き、残っている数はもう幾らもなかった。
そんな教室の一番端の後ろの席で、ホームルームが終わったことも気付いていないのか、机に突っ伏して蹲っている影がひとつ。

サイファーは勝手知ったるばかりに教室へと入り、生徒たちもその姿を見付けると、触れないように遠回りしながらいそいそと教室を後にした。
そうして残されたのは、鞄ひとつを肩に担いだサイファーと、まだ突っ伏したままのチョコレート色───スコールひとり。


「おい」
「……!」


声をかければ、一拍の間を置いてから、はっとスコールが跳ね起きた。
きょろきょろと辺りを見回す彼は、やはり思った通り、ホームルームの終了に気付いていなかったらしい。
思考が己の内に閉じこもると、周りを一切見失うのは、幼い頃からの彼の癖だった。

やれやれ、とサイファーは呆れた気分で溜息を吐きながら、机の横にかけられていたスコールの鞄を取って、持ち主の頭に押し付ける。


「帰るぞ」
「……」


物言いたげな視線がサイファーを睨んだが、気にしなかった。
さっさと踵を返したサイファーの後ろで、がたがたとようやくの帰宅の準備を急ぐ音がする。
ほどなく席を立つ音もして、サイファーを追う足音が教室の外へと出た。

人の気配がまだ絶えない校舎を出て、グラウンドの端を運動部の邪魔にならないように横切り、校門を通り過ぎる。
その間、スコールはずっと、サイファーの一歩後ろをついて歩き、まるでその陰に隠れているようだった。
単にお互いに顔を見なくていいように、スコールが半ば無意識にその位置を取っているのだろうと、サイファーは思っている。
……そんな場所にいるから、余計にタイミングを切り出すまでに時間がかかるのだろうとサイファーは思っているのだが、その傍ら、これが並んでいても結局は同じだっただろうなとも思った。

学校からサイファーの家までは徒歩で十五分程度、スコールの家はその少し手前にある。
だからタイムリミットはそれ程遠くはなく、此処に着くまでが最後のチャンスだ。
学生たちは皆何処かで遊んで帰りたいのか、住宅街の帰り道は、家に近付くほどに人の気配も少なくなり、背中のくっつき虫が行動を起こすには、良い塩梅になっている。
人前だから駄目なのだと言うスコールの気質を、サイファーはよくよく理解していた。

しかし、出来るだけ遅いスピードで歩くサイファーのなけなしの努力も空しく、赤い屋根の家が見えて来る。
スコールがその門扉を越えてしまえば、もうそれまで。
彼の閉じた言葉はもう出て来ることはないだろう、とサイファーも半分諦めの境地に達しつつあった。


(言いたいことがあるならさっさと言えってんだ。昔から)


こうまで背中の貝が頑なだと、サイファーも意地が出て来る。
絶対に俺の方から促してなどやるものか、と。
そうなると尚更ややこしく拗れることは積年の経験で判っているが、其処で自らが柔く折れてやることが出来ない位には、サイファーもまだまだ大人ではなかった。

サイファーの足が、スコールの自宅の門扉前を通り過ぎる。
足を止めてやるべきか否か、サイファーは考えていたが、結局止まらなかった。
その後ろで、スコールは門扉に手をかけて、


「……サイ、ファー」


数時間ぶりに聞いた声は、微かに掠れていた。
喉が詰まっているのを、精一杯に声帯を開いて紡がれた呼ぶ声に、サイファーの足が止まる。

なんだよ、と言う返事の代わりに肩越しに振り返れば、俯いているスコールがいた。
長い前髪で目元が見えないが、きゅうと引き結ばれた唇が、彼の胸中を具に語っている。
今、今やらなければ、もうチャンスはない───と、鞄のベルトを握る手が小さく震えていた。

それでも、言葉を扱うことに慣れないその唇は、簡単には動かない。


「……」
「……なんか用か」
「……その……」


此処で、なんでもない、等と言ったら、もうサイファーは待たなかった。
そうかよ、と言って自分の家へと向かう足を再開させただろう。
その気配を感じているのか、スコールは必死にはくはくと唇を動かして、癖のように出て来そうになる言葉を押し殺す。

スコールはぐっと唇を引き結んで、喉を詰まらせるものを無理やり飲み込んでから、は、と息を吐いた。
それからゆっくりと上げた顔は、向かい合う形になった夕日の所為だろうか、仄かに紅潮して熱を帯びたように見える。


「……誕生日……おめでとう……」
「………」
「……一応、言っては、置こうと……思って……」


声は段々と尻すぼみになって行き、スコールはまた俯いた。
言ってしまった、とまるで後悔でもしているような雰囲気が滲んでいるが、でも言った、と成し遂げた風に肩の力が緩んでいる。

サイファーはと言えば。


(やっとかよ)


その一言を聞く為だけに、半日も待った。
呆れと疲れが混じる中に、少しだけ、ほんの少しだけ、くすぐったさが浮かぶのだから、自分もどうしようもない。

それからまた一拍を置いて、まだ門扉を潜らない様子のスコールに、サイファーはにやりと口端を上げた。
此処まで殊勝に付き合ってやったのだから、少しくらい意地悪をしてやったって良いだろう。
サイファーは立ち尽くすスコールの前まで戻って、俯くその顔を覗き込んでやった。


「それだけか?」
「……は?」
「折角の俺の誕生日だぜ。プレゼントが言葉だけってことはないだろ?」


揶揄う顔で言ったサイファーに、スコールは条件反射に眉間の皺を深くする。
しかし、ないならないではっきり言うだろうに、スコールはそうしなかった。
むぐむぐと唇が苦いものを噛み潰すように噤んだ後、判り易い溜息を吐いて、スクールバッグの口を開ける。

取り出したのは、手のひらサイズに収まる小さな正方形の箱。
シックな黒の包装紙に覆われたそれを、スコールは剥れた顔で、ずいっとサイファーの鼻先に突き付けた。


「やる」
「お前な。もうちょっと雰囲気ってあるだろうが」
「知るか」


揶揄われたものだから、案の定、スコールはヘソを曲げたようだ。
さっさと受け取れと言わんばかりの顔をしているスコールに、サイファーは喉でくつくつと笑いながら、差し出されたものを手に取った。


「なんだ?これ」
「……CrossSwordのリング」
「へえ。お前にしちゃ気が利いてる」


最近、サイファーが贔屓にしているアクセサリーブランドの指輪。
シルバーアクセサリーと言えば、スコールも贔屓にしているブランドがあるが、それは選ばず、ちゃんとサイファーの好みに合わせたようだ。

気分が良くなって、サイファーはスコールの髪をぐしゃぐしゃと掻き撫ぜた。
突然のことにスコールは目を丸くしたが、我に返ると「やめろ!」と撫でる手を振り払う。
強気な蒼灰色がじろりと睨んでくるのを見て、サイファーの笑みは益々深くなった。


「こんなに良いもの用意してたんなら、もっと早く祝ってくれよ」
「……煩い。タイミングがなかったんだ」


拗ねた顔で言うスコールに、タイミングなら山ほど作ってやっただろう、とサイファーは思う。
だが、スコールが此処で行こうと言うタイミングになって、他所から割り込む声が多かったのも確か。
運が悪いと言うべきか、スコールにしてみれば、悉くタイミングを外された上、蓄積する程にマイナス思考に転がって行く性質もあって、最後の最後まで決心が出来なかったのだ。
ついでに、学校と言う、他人の目が溢れた所でプレゼントなんて渡せない、と言う性格も、スコールの行動を此処まで遅らせる要因だったのは、想像に難くない。

スコールはこれでようやく全ての肩の荷が下りたか、「じゃあな」と言って門扉に手をかけた。
耳が赤いのは、夕日の所為だけではないだろう。
それが判っているから、サイファーはスコールの肩を掴んで、その米神にキスをした。


「……!?」
「プレゼントありがとよ。じゃあな」


目を見開いてスコールが振り返った時には、サイファーはもう離れていた。
プレゼントを持った手を翳すように上げて、別れの挨拶と共に帰路へ向かう背中に、「バカ!」と言う声が飛んだ。





サイファー誕生日おめでとう!

朝からずっと「おめでとう」とプレゼントを渡すタイミングを探していたけど、延々外して最後の最後にようやく渡したスコールが浮かんだので。
サイファーも察しているから、スコールが行動しやすいようにタイミングを作っていたけど、中々思うように行かなくて焦れていました。
この二人、傍目にあんまり甘々してるように見えないけど、二人だけの秘密で付き合ってるんだと思います。

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