[ウォルスコ]ぜんぶ貴方のものだから
腹の上に乗り跨っている少年に、どうしたものだろう、とウォーリアは悩んでいた。
見下ろす瞳は至極真剣そのもので、心なしか怒っているようにも見える。
何か、彼の気に障ることをしただろうか。
思い出そうと試みるが、生憎と自分は朴念仁と言うやつらしく、悉く知らない間に少年───スコールの地雷を踏んでしまうことがある。
彼も彼で、それをすぐには言い出せない所があって、積もり積もって爆発するのが常であった。
その時、彼は大抵、判り難い形でそれを発露してくれるのである。
それでもスコールからすれば、精一杯に折り合いをつけようとした末のことだ。
やっぱりどうしても我慢できなかった、と追い詰められての行動だから、傍目にそれが突飛なものでも、彼は痛いくらいに真剣なのだ。
じっと見下ろす蒼の睨みを見つめ返しながら、ウォーリアはしばらくの間、考えを巡らせていた。
結局それは解答らしい解答を見付けることは出来ず、それを正直に伝えることしか出来ない。
「すまない、スコール。私は君に、また何かしてしまったのだろうか」
「……」
物事を隠し誤魔化すと言うことを、ウォーリアは知らない。
スコールも恋人のそんな性格をよく判っている。
スコールは悔しそうに歯噛みして、両手を置いたウォーリアの胸に、ぐっと圧をかけてくる。
それは押しつぶされない程度の重みではあるが、スコールが苛立っていることは如実に伝わった。
「……あんたが」
「……」
「……あんたが、何もしないから」
紡がれるスコールの声は、喉が閊えたように苦しそうだ。
精一杯に言葉を探して、伝えようとしてくれている。
「……半年だぞ」
「……」
「あんたと、付き合うようになって。あんたと、恋人になって」
「……ああ」
───半年前に、スコールから「好きだ」と告白された。
始め、ウォーリアはそれを、幼い頃からずっと続いている、身近にいる年上の存在への憧敬だろうと思った。
実際、スコールは子供の頃からウォーリアのことを「ウォル兄ちゃん」と言って懐いていたし、いつでもその後ろを追い駆けていた。
中学生になるとスコールが全寮制の学校に入った為、少し疎遠になったが、高校生になるとまた縁が出来た。
教師を目指すウォーリアが、スコールの通う学校に教育実習生として赴任したのである。
赴任直後は、離れていた時間の所為か、スコールの態度は少し他所他所しかった。
だが後から聞けば、中学生の頃にウォーリアへの恋心を自覚して、まさかの場所で再会したものだったから、まともに顔が見れなかったらしい。
結局、実習期間は碌に会話もないまま終わり、その後にようやく改めて交流することができた。
それからまた、紆余曲折を経て、スコールが自身の気持ちをウォーリアに打ち明けている。
その際、幼年期の延長のことだと思ったウォーリアと、スコールの間で擦れ違いが多々あった。
話せば長くなるものだから、別の話にするとして───最後はスコールの気持ちが本物であると理解したウォーリアが、彼を受け入れることとなる。
───二人がそう言う間柄になって、半年。
スコールが高校三年生になる頃には、二人の間はより親密になっていた。
週末になると、ウォーリアの一人暮らしのマンションに、スコールが泊まりに来る程だ。
今夜もまた、スコールはいつも通りにウォーリアの家に泊まりに来ていた……と言う訳だが、
「すまない、スコール。まだ私には、君が求めていることが判らない」
「………」
今日までの経緯は、何ひとつ忘れてはいない。
だが、スコールが訴えていることは、思い出を回想することではないだろう。
眉尻を下げて、もう一度訪ねるウォーリアに、スコールはぐぐぐと歯を噛んで、
「……あんた……」
「……」
「……なんで、何も……してくれないんだ」
背一杯に悔しいものを堪える顔で、スコールは言った。
「毎週、一緒に寝てるんだぞ」
「ああ」
「毎週だ」
「そうだな」
「……なのに全然、手を出さない」
言って、スコールの顔に判り易く朱が燈る。
手を出す───とはつまり、性的なことを言っているのだと、流石にウォーリアも理解する。
それが判るくらいには、共寝の度に、スコールがそれを醸し出していることには気付いていた。
甘えること自体を苦手としている少年が、寝入り端、恐々と身を寄せてくる様子。
シャンプーの香りの残る眦に口付けると、もっと、と強請るように頬を寄せる。
そうして隙間がないほど体を寄せ合えば、お互いの鼓動が伝わり合って、少年が緊張しているのが伺えた。
スコールは明らかに、期待して待っている。
だがウォーリアは、それを宥めにあやす日々であった。
「……なんでだ」
「スコール。君はまだ学生だ」
「でもあんたと付き合ってる。あんたが良いって言った。あんたもそれを受け取った」
違うのか、と泣き出しそうな瞳が見つめる。
ウォーリアはなんと答えたものか考えた。
ここで気持ちを、それを伝える言葉を違えてはいけない。
「……君が求めていることは、とても負担がかかることだ。君に無理をさせたくない」
それはウォーリアの本心だ。
愛し愛する行為と言うのは、その言葉だけは聞こえが良いが、実際は心身に強い負担を強いる。
それを乗り越えた先に辿り着けるから、愛し合っていると感じ合うことが出来るのだと言うが、だからと言ってスコールに無体をして良い理由にはならない。
また発展途上の体が、まだ経験をしていないその心が、要らぬ恐怖と傷を負うことを、ウォーリアは良しとしなかった。
見下ろす瞳を、逸らさず真っ直ぐに見詰め返して答えたからか。
それが下手な嘘やごまかしではないことを、スコールはきちんと汲み取ってくれたようで、苦い表情が浮かぶ。
それからスコールは、勢いよく服を脱ぎ始めた。
突然の行動にウォーリアが目を丸くしている間に、スコールは裸身になっていく。
「スコール、待て」
「待たない。もう待てない」
「落ち着きなさい」
「落ち着いてる!」
言葉に反して、スコールの声は大きい。
噴き上がる感情を抑えようとはしているのだろうが、全くそれが出来ない。
それほど、スコールの気持ちは限界値に来ている。
「あんたが思ってるほど、俺は子供じゃない」
「スコール」
「あんたに全部渡したい。何をするかも判ってる」
「……しかし」
「嫌なら嫌って言え。ガキの我儘に付き合ってるつもりでいるんなら、そう言えば良い」
その方が諦められる。
言葉にならない声で、スコールが確かにそう言ったのを、ウォーリアは聞いた。
とうの昔に、スコールは腹を括っているのだ。
それをウォーリアが宥め透かして躱すものだから、悪い方向に煮詰まっているのは確かである。
故にこそ、こんな強硬じみた行動にも出たのだろう。
それでもウォーリアが応えてくれないのなら、いっそ───ともっと悪い方向に想像が傾いているのは、不安症の彼にとって、当然の帰結であった。
一世一代の決意の顔をして、泣き出しそうに瞳を揺らす少年に、ウォーリアは理解した。
ここで彼を、今一度宥める方が、きっと彼を傷付ける。
「……スコール」
「………」
裸になってウォーリアの腹に跨ったまま、スコールは俯いている。
激情が一番上まで上った後だから、反って冷静になったようで、まるで叱られるのを待つ子供だ。
そう言う所があるから、出来るだけ大事にしてやりたかったのだが。
ウォーリアは腹の重みを落とさないよう、ゆっくりと起き上がった。
俯いた少年の頬をそっと撫でると、いやいやと頭を振られる。
「スコール、こちらを見てくれ」
「……」
ウォーリアの懇願に、スコールはしばらくの間を置いてから、ゆっくりと顔を上げる。
近い距離で蒼灰色が雫を浮かべているのが見えて、ウォーリアは苦笑した。
「すまない。随分と君を不安にさせたな」
「……別に……俺が、勝手に……」
「いいや。君をそこまで追い詰めたのは、私だ」
スコールの薄らと赤らんだ頬を撫でて、その手は彼の肩の後ろへ。
そのまま背中を抱き寄せてやれば、スコールは素直に身を寄せてくれた。
裸になった彼の背中は、確かにウォーリアが想像していた程に華奢ではない。
ただ、まだ発展途上の青さがあることは変わらなかった。
ふ、とウォーリアは密かに息を吐き出して、自分の気持ちを整理する。
「スコール。君の気持ちに応えよう」
「……!」
ウォーリアの言葉に、スコールが顔を上げる。
思わずと言う表情で、信じられないものを見る顔だった。
「……なんで」
今の今まで、頑なにそれを拒否していた男である。
それが唐突に応じてくれると言うのは、それを望んでいた身であっても、戸惑うものであった。
増してやスコールは、ウォーリアが自分を受け入れてくれたことを、幼年の頃の我儘の延長だと思っているのでは、と言う不安がある。
子供の我儘を宥める為に叶えてくれると言うのなら、それはスコールにとって意味がない。
不安に涙を浮かべるスコールに、ウォーリアはゆるゆると首を横に振った。
「君が真剣であることは判っている。だから私も、それから逃げるべきではないと思った」
「……ウォ、ル……」
じわ、と蒼の雫が大きく滲む。
ウォーリアはその眦をそっと指で拭いながら、
「ただし、……今夜だけだ」
「……」
「二度目は、君が卒業してから。これは私のけじめだ」
これが精一杯の譲歩なのだと、アイスブルーの瞳が真に告げる。
スコールは、それをきちんと読み取れると、ウォーリアは信じている。
スコールは一回、二回と口を開閉させて、何か言葉を探しているようだった。
結局それはほとんど形にはならず、唇は噤まれ、考え込むように俯く。
ウォーリアはスコール自身が答えを急かさないように、濃茶の髪をそっと撫でて返事を待った。
二人きりの部屋で、静かな時間が流れて、幾許か。
スコールは、そっとウォーリアの体に身を寄せた。
「……やっぱり今日、あんたが欲しい」
「判った。出来るだけ、君が辛くないように努めよう」
「……うん」
背中に回した腕で細身の体を抱き締める。
スコールは、子猫が甘えるように、ウォーリアの肩口に頬を擦り付けた。
『現パロで、両思いなのに手を出してこないWoLに痺れを切らすスコール』のリクエストを頂きました。
スコールがなんとなくそう言うのを意識しているのは判っていたけど、スコールの為にも、まだ境界を超えてはいけないとしていたWoL。
そんな恋人に、煮詰まり煮詰まって思い切った行動に出たスコールでした。
今夜だけ、と言うことになりましたが、二度目の日が来るまでスコールが余計に悶々とするんじゃないかと思う。知ってしまったので。
その所為で別の日にまたもうひと悶着ありそうですね。