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Category: FF

[サイスコ]待ち侘びている言葉ひとつ 1

  • 2024/12/22 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF




「誕生日おめでとう、サイファー」


その言葉を一番最初にくれるのは、いつだって母だった。

血の繋がらない息子を、そんなこととは関係なく、一心に愛情を注いでくれる母イデア。
その無心の愛とも呼べるものは、最近のサイファーにとってなんともむず痒くてくすぐったいものだが、さりとて悪いものと思う事もない。
ただ少しばかり、サイファーが物事に対して素直になれない程度に、大人になりつつあるだけのことだ。
同じように、父親についても、「狸親父」と顰めた口で言いながら、母と同じように“息子”と接していることは知っている。

朝一番に、続いて朝食の席で、両親から今日と言う日を祝って貰う。
それは幼い頃から変わらず続く、サイファーの誕生日の合図のようなものだった。

腹を満たして、登校の準備をしていると、幼馴染のスコールが玄関先にやって来た。
普段はすました顔をして寝汚く、サイファーが迎えに行ってやるまでベッドの中にいると言うのに、珍しいこともあるものだ。
つまりは、とサイファーがその理由を想像し、大方外れてはいないだろうと思うと、少しばかり顔が緩む。
が、その顔を見せれば、彼は確実に顔を顰めてヘソを曲げるので、サイファーは努めていつも通りの顔で玄関を潜った。

物心がつく頃にはよく一緒に遊んでいた幼馴染だが、かと言って、二人の間で会話が弾むことも多くはない。
スコールは元々口数が少なく、幼い頃は引っ込み思案もあって、サイファーが彼を引っ張り回していることが多く、彼もそんなサイファーにおろおろとしながらついて来るばかりであった。
最近はスコールが妙に生意気になって来て、サイファーのやる事に後ろでちくりと刺してくることが増えている。
お陰で喧嘩も絶えないが、妙なもので、隣に彼がいないとサイファーは落ち着かないのだ。
そしてスコールの方も、サイファーの近くにいるのが当たり前になっていて、あれだけ口喧嘩をしたのにと周囲に呆れられる位に、一緒にいる時間が多い。
登校時間も同じことで、向かう方角が同じだと言うだけで、二人とも黙々と足を動かしていることの方が多かった。

そんな二人であるが、今日は少しばかり空気が違う。
サイファーはいつも通り(のつもり)だが、その一方後ろをついて行く形で歩くスコールは、なんとも言えない張りつめた空気を醸し出している。
その理由を、サイファーはとっくの昔に理解していて、後ろに彼がいるのを良い事に、口端を上げて笑っていた。


(さっさと言やあ良いのによ)


悶々としているスコールが、何を考えているのか、何をしようとしているのか、サイファーは手に取るように判る。
判るなら、彼がそれをしやすいように誘導してやれば良い、と他人は思うかも知れないが、それではいけない。
下手にサイファーの方からアクションを取ると、スコールが一所懸命に用意した出鼻を挫くことになる。
傍目にクールぶるようになっても、中身は昔と変わらず、存外と意固地な所があるスコールに、それは逆効果になってしまうのだ。

だからこれが彼にとっては最善、とサイファーは知らぬ顔をして前を歩く。
こうしている事が、スコール自身に自分で動くタイミングを与え易いのである。

しかし、登校時間と言うのは、いつまでも二人きりで歩いていられる訳ではない。
目的地が近付くに連れ、同じ学び舎で過ごす生徒たちの顔も集まるようになり、おはよう、おはよー、と言う挨拶の声も聞こえてくる。
サイファーとスコールにも、それぞれのクラスメイトから投げかけられる声があって、サイファーは片手を上げて、スコールはちらと視線をやるだけで───今はその余裕すらもないかも知れない───返事をする。

そろそろ切り出さないと学校に着くぞ、とサイファーが後ろの気配に胸中だけで急かして見た所に、


「サイファー!誕生日おめでとうだもんよ!」


無邪気な友人の声がかかって、サイファーは「おう、ありがとよ」と返した。
その背中に、萎れるように俯く幼馴染の気配を感じて、やれやれとこっそり肩を竦めるのだった。



今日がサイファーの誕生日だと言うことは、校門前で雷神が気持ちの良い祝いの言葉をくれたお陰で、あっと言う間に広まった。
教室に着けば、周囲からはサイファーを祝う言葉が投げられ、些細なプレゼントにガムや飴を貰う。
幼馴染のキスティスとアーヴァインからは、サイファーが毎月購読している雑誌や、髪型のセットに使っている御用達の整髪剤などが贈られた。
そして休憩時間になると、一学年下───スコールと同じだ───の幼馴染であるセルフィがやって来て、無邪気に懐きながら、プレゼントにと近所で有名な洋菓子店のビュッフェチケットをくれた。

風紀委員として、学校ではそこそこ名が知れているサイファーである
普段は余計なものが入っていない鞄の中は、幼馴染や友人たちからのプレゼントいっぱいになっている。
朝と同じく、これもまたくすぐったいことだが、悪い気はしない。

しかし、此処にまだ足りないものがある、とサイファーは感じている。
朝からチャンスを与えてやっていると言うのに、それはまだ手元にやって来ていなくて、サイファーは密かに物足りない気分を感じていた。

その内に時刻は昼休憩を迎え、サイファーは昼食の弁当を取り出して、さて何処で食べようかと席を立つ。
其処へ雷神がやって来て、


「サイファー!一緒に昼飯、食うもんよ」
「良いぜ。屋上で良いか?」
「ああ。風神を呼んで来るから、先に行ってて欲しいもんよ」


違うクラスにいる相方を呼びに行く雷神を見送って、サイファーも教室を出ようとした。
と、戸口の前に立っていたアーヴァインが、


「サイファー、スコールが来てるよ」


聞こえた名前に、来た、とサイファーは思った。

やはり努めていつものように、特別なことなど何もないと言う顔をして、サイファーは教室の出入口へ向かう。
其処には、相も変わらず所か、普段よりも三割増しに眉間に皺を寄せた、誰よりよく知る幼馴染の姿があった。
目当ての人物を呼んで、役目は果たしたとばかりにアーヴァインが「じゃあね」と手を振ってその場を離れれば、後は主役の二人だけ。


「おう、どうした」
「……いや……」


何事も変わらない、毎日の日常としてサイファーが声をかければ、スコールは俯いた。
蒼灰色の瞳がうろうろと足元を見つめて彷徨う様子は、子供の頃に何度も見た、何かを言おう言おうとして迷っている時の仕草だ。
あの頃よりは背も伸びて、一歳違いの年齢差もそれ程大きく感じなくなっても、こう言う所はいつまで経っても変わらない。

多分、此方から切り口を与えた方が話は早いのだろうが、重ね重ね、それは存外と悪手でもあるとサイファーは学習している。
スコールとサイファーの教室は、階段を挟んで校舎で丁度対極線の位置にある為、遠いと言えば遠いのだ。
同じ校舎内なので然程の距離ではないのだが、気軽に隣教室へ遊びに行こう、と言うものでもない。
増してや基本的に腰が重いスコールだから、廊下を歩いて階段を上り、他クラスの、それも他学年の教室に行くと言うのは、中々のことなのである。
加えて今日と言う日にまつわる事を思えば、スコールがそれなりの決意と決心を抱えてきたことは想像に難くなく、“そうまでして此処まで来た”と言うプレッシャーまで抱えている訳で、此処をサイファーが迂闊に挫く真似をしてはいけない。
面倒くさい奴、とサイファーは常々思うのだが、それも飲み込んでスコールの出方を彼のペースに合わせて待つくらいには、絆されているのであった。

スコールは何度か口を開き、閉じ、と繰り返している。
声が出そうで出ない、と言う様子の彼に付き合うことは、幼い頃から積んできた経験のお陰で慣れている。
腹が減ったなと思うこともあるものの、スコールがこれから差し出そうとしているものに期待があるのも確かで、サイファーは広い心でこの沈黙を守っていた。

しかし、いつまでも教室の出入口を占領している訳にもいかなかった。


「ねえ、ちょっと邪魔よ」


気の強い女子生徒が、戸口前を占領しているサイファーに言った。
これは自分の立ち位置が悪かったな、とサイファーは大人しく一歩前に出て道を譲る。


「悪いな」
「気を付けてね」


物怖じしない女子生徒に続いて、彼女と一緒に昼食に行くのだろう、数人の女子グループが教室を出て行く。
ぞろぞろと廊下を占拠するように広がって歩く少女たちに、あれも大概邪魔だよな、とサイファーは思いつつ、ちらと隣に立っている少年を見る。


「……」
「…………」


スコールは、判り易く顔を顰め、教室を出て行った女子グループを睨んでいる。
それは傍目に八つ当たりめいていたが、スコール一人に限った視点で言えば、完全にタイミングを外された気分なのだろう。
折角唇のすぐ出口まで出かかっていた言葉が、喉の奥に引っ込んでしまったのだ。


「スコール」
「……なんでもない。邪魔した」
「ああ?おい、コラ!」


スコールは振り切るように、くるっと踵を返して、サイファーに背を向けた。
そのまま足早に廊下の雑踏の向こうへ行ってしまう幼馴染に、サイファーが苛立ち混じりの声を上げたのは、無理もない。

一体何の為に此処まで来たのか。
スコールは、決意を固めて動き出すまでは長いのに、心を折るのが早過ぎるのだ。
立ち去る前に、一秒で終わる言の葉すらも諦めて、「やっぱりやらなきゃ良かった」と此処までの自分の努力も全否定してしまう癖もある。
一番肝心な目的に手をかけてもいないのに、失敗したような気分になっては、自分の行動そのものがまるごと間違っているような気持ちになって、一人で蹲ってしまう。

折角待ってやったのに、とサイファーの顔が顰められる。
此処にキスティスがいれば、後を追えば良いだろうと言われそうだが、サイファーは傍目にはともかく、努めて冷静を残していた。
今この気分のままにあれを追ったら、間違いなくややこしくなる。
変な所で意固地なスコールは、こうなると藪の中にいるようなものだから、下手につつくと噛みついて来るのだ。
判っているからサイファーは、意識して長く息を吐き、米神の引き攣りを解くように努めた。


「……ったく、面倒な……」


どうして自分が彼のペースに合わせてやらねばならないのか。
長い付き合いの中で何度となく浮かぶ自問は、記憶に深い蒼灰色がぐすぐすと泣いている様子を思い出させて、結局こっちが折れるしかないんだと諦めに至るのであった。




[ヴァンスコ]ランチボックスの秘密

  • 2024/12/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



それは、週に一度と決まっていた。
そうしろ、とスコールが言った訳でも、そうしよう、とヴァンが言った訳でもなかったけれど、いつの間にかそう定着していた。
スコールの方は専ら受動しているばかりであったから、結果的には、ヴァンが決めたことになるのだろう。

週に一度、二人の弁当を交換する。
ただそれだけの事だから、傍目にはなんでそんなことをしているんだ、と言われるかも知れない。
けれども、この些細なやり取りが特別なのだと言うことは、二人だけが知っていれば良かった。

高校生になる以前から、弁当と言うものは作り慣れていた。
スコールは父子家庭で、ヴァンは年の離れた兄弟で二人暮らしと言う環境だったから、お互い、それぞれの流れで家事を行うようになった。
スコールは仕事に行く父親の為、ヴァンも同じく仕事に行く兄の為、最初は真っ白な米とふりかけ、焦げた卵焼きとプチトマトと言う献立。
まるで示し合わせたように、卵が焦げたことまで一致しなくても良かっただろうに、そう言う所まで似ていたことがおかしかったけれど、それが言葉数の決して多くはない二人のシンパシーを呼んだのは確かだ。
思い返せば絶対に不味かっただろうし、ひょっとしたら味付けに見よう見まねで加えた塩は砂糖だったかも知れない、と思ったりもするが、父は、兄は、その弁当をすっかり空にして帰ってきた。
それが幼心に嬉しくて、くすぐったくて、何より「ありがとう」と頭を撫でてくれたことが堪らなくて、二人は弁当作りを仕事にするようになったのだ。

高校生になり、自分の為に弁当を用意するようになる頃には、慣れた家事のひとつになっていた。
幼い日、一所懸命にフライ返しを使ってぐちゃぐちゃにひっくりかえした卵焼きも、もう焦がすこともない。
おかずの半分は昨晩の夕食の残り物だし、それがなければ、弁当用の冷凍食品も使えば良い。
スコールは凝り性を発揮し始めて、インターネットやテレビで見付けたレシピを試したり、その為にマニアックなスパイスやらを集めるようになった。
ヴァンはそれ程料理にハマっている訳ではないから、どちらかと言えば手軽さを売りにしたものと、冷めて美味しいと評判のレシピを探している。
そうしてそれぞれの事情と性格で彩られた弁当は、家族には大変好評であるのだが、本人たちにとっては特別わくわくするようなものでもない。
中身は自分で詰めたものだから、弁当箱を取り出す時、今日のお昼はなんだろなと楽しみになることもないのであった。

弁当にしろ、家での食事にしろ、自分で作った料理と言うのは、日常に食べるものであるが、なんとなく、じんわりと、飽きのようなものもある。
塩、砂糖、コショウを始めとした調味料は勿論、使う具材も、自分で選んで調理している訳だから、特別驚きが得られるような料理は早々できないものだ。
新しいレシピを手に入れた時は、上手く行くか、味付けはどんな風になったのかと少しばかり楽しみもあるが、経験がものを言うのか、大体は予想が立てられる。
ほぼ毎日をそれと付き合っているものだから、「たまには人が作ったものが食べたい」と思う日もあるのだ。

だから、一週間に一回、二人は弁当を交換する。
何故、毎日ではなくこの頻度なのかと言うと、「その方が特別な感じがするだろ」とヴァンは言う。
確かに、回数が多くなればなるほど、それは当たり前のものになり、それに伴う感情も平坦になって行くものだろう。
スコールは習慣化してしまえば結局は同じことじゃないかと思ったが、それでも、毎日のことと一週間に一回とでは、確かになんとなく、赴きは違うのかも知れない。
普段よりも茶色が濃い具材に飾られた、友人の弁当箱を見て、スコールはそんなことを考えていた。

屋上は、其処に行くまでの階段を上るのが面倒くさいからか、昼食の穴場スポットだ。
其処を使うのが自分たちだけと言う訳ではなかったが、食堂や中庭よりは静かで、ゆっくりと落ち着いて食べられる。
箸で摘まんだチキンを口に運べば、甘辛の味付けがとろみと一緒に咥内に拡がる。
そんなスコールの前では、ヴァンが牛肉に包んだ味付け卵をぱくり。


「んむ。んんんんん」
「飲み込んでから喋れ」


半分に切った卵を、ほぼそのまま口の中にいれたヴァン。
目を輝かせているのは良いとして、そのまま喋ろうとするな、とスコールは呆れた。

むぐむぐむぐごっくん、とヴァンは喉を動かしてから、


「美味いな、この卵。味沁みてる。なあ、これ何?人参の干物?」
「キャロットラペ」
「へー。むぐ、ん、んん。さっぱりしてる。良いな」


ヴァンは箸をあっちへこっちへ遊ばせて、スコールが作ったおかずを平らげて行く。


「なあ、このレシピ教えて」
「どれだ」
「この豚肉の」
「肉にソース絡めて焼いただけ」
「ソース売ってるやつ?」
「……作ったな」
「じゃあそれ教えて」


また食べたい、と言うヴァンに、スコールはポケットから携帯電話を取り出した。
インターネットブラウザを立ち上げ、ブックマークに登録して置いたレシピページを開いて、アドレスをコピーする。
メッセージアプリからヴァンへとアドレスを送れば、ヴァンのポケットで携帯電話が振動する音がした。


「ありがと」
「……ん」
「後で俺が見付けたレシピも送るな」
「……ああ」


なんとなく、料理に凝り性を見出すようになったスコールだが、とは言え毎日のこととなれば面倒になる日もある。
そんな時は、ヴァンから教えて貰った、工程が少なく済む簡単調理の類が非常に役に立っていた。

お互いの弁当を交換するようになってから、こうして情報交換の機会も増えている。
自分では知らない料理、調理方法を知る機会に恵まれるのも、ありがたいことだ。
スコールは普段、自分の興味のある範囲やジャンルしか調べないから、ちょっとした小技だとか、調味料の意外な使い道と言うのは、手軽便利を求めて流離うヴァンの方が詳しかったりする。
そしてヴァンの方は、見た目の彩に凝った料理や、馴染みのない外国料理などはアンテナが立たない節らしく、スコールが見付ける料理のレシピが見目新しく映るらしい。
それぞれが違う知識を持ち寄りつつ、有益なやり取りが出来るので、お互いに得をしている。

それにしても───とスコールは手元のヴァンの手作り弁当を見る。
週に一回、必ずこうして顔を合わせて交換し合うので、よくよく見ているおかず群に、


「ヴァン。あんた、野菜ももう少し入れた方が良いんじゃないか」


見渡す限りの茶色畑になっている弁当箱に、スコールは説教くさくなるとは自覚しながらも、いつか言わねばと思っていた。

自分が食べるだけの弁当なら、ヴァンが好きにすれば良い。
スコールと弁当を交換する前提であるとしても、スコール自身は日々の生活で自分の栄養バランスを整えているつもりだから、一日くらい、こういうスタミナだけを追求したような食事があっても良いと思っている。
自分で作る分には、どうしても緑を装っておかないと気が済まないので、逆にこういった献立は出来ないのだ。
そう言う違いもあって、スコール自身もこの弁当を食べることには、なんら抵抗はない。

ないのだが、とスコールはヴァンの唯一の家族の存在を思わずにはいられない。


「あんたの兄も食べるんだろう、この弁当」
「うん。別のメニュー作る余裕なんてないからな」
「……こうも肉ばっかりだと、栄養が偏るぞ」


ヴァンが味の濃いものが好きなのも、野菜よりも肉の方を食べたいのも、好きにすれば良い。
だが、ヴァンの兄レックスも、これと同じ弁当を毎日食べているのだとしたら、ちょっとそれはどうなんだ、とスコールは思わずにはいられなかった。

スコールも、自分の為だけでなく、父親の弁当も用意する。
その際、それぞれにおかずを用意するのも面倒なので、同じものを詰め込むのも判る。
けれども、こうも肉メニューだけに特化させた料理ばかりを食べていたら、若いとは言え遠からず体に支障が出るのではないか。
父親が既に四十半ばとなって、脂っこいものは胃凭れするだとか、健康診断の結果にも恐々としていることを聞いているスコールは、やはり健康の為には野菜類も必要不可欠なのだと知っている。


「家でちゃんと野菜も食べてるなら良いかも知れないが……」
「ああ、食べてるぞ。野菜もちゃんと入れてるよ。それにも入ってるだろ?」


そう言ってヴァンが指差した先には、ブロッコリーがふたつ。
入ってはいるが、とスコールは眉根を寄せる。


「あんたの弁当のサイズに対して、野菜がこれだけって言うのはどうなんだ」
「だってスコール、普段から野菜は結構食べてるし。それより肉が少ないなーっていつも思うんだ」


ヴァンの手元にあるスコールの弁当は、友のそれとは反対に、彩り豊かである。
緑黄色野菜は毎日抜かりなく収めており、家での食事でも、サラダ類はほぼ必ず出すように努めていた。
そもそもが食事に淡泊な所がある事も手伝って、子供の頃から量をそれ程食べれないから、代わりに栄養バランスに振ったと言う経緯もある。

そんなスコールから見ると、同じ弁当を食べているであろう兄の為にも、ヴァンの弁当メニューは少し直した方が良いのでは、と思ったのだが、


「うちは朝と晩と、休みの日は昼も、サラダとかスープとか、野菜は摂ってるんだ。元々兄さんが家事を全部やってくれてた頃から、そう言う感じだったし。弁当は、兄さんは昼を食べたらあとは帰るまで間食とかも出来ないから、しっかり腹が膨れる方が良いと思って────そしたら、こんな感じになった」
「……そうか」


レックスが何の仕事をしているのか、スコールはよく知らない。
だが、午後が忙しくなることはよくあるそうで、それならスタミナが一番大事だと、ヴァンなりの思いやりの結果なのだろう。
栄養バランスなんてものは、トータルして採算が合えば良い訳だし、それなら昼は茶色一色でも良いのかも知れない。

あと、とヴァンは更に続ける。


「今日は弁当交換の日じゃん。だからスコールにも、肉いっぱい食べさせようと思ってさ。もっと肉つけた方が良いよ、スコールは」


ヴァンの言葉に、スコールの眉間に分かりやすく皺が寄った。

子供の頃から、チビでガリだと、よく幼馴染の男に揶揄われていた。
確かに背の順で並ぶと、長らく一番前か二番目だったし、体つきも細く、父にも心配されていた事がある。
単に成長線が緩やかなスタートだったと言えばそうなのだが、今は背が伸びたものの、件の幼馴染に比べるとまだ足りないし、厚みも薄い。
これを育てるには動物性タンパク質が大事だと言うことも、理屈では判っているのだが、如何せん胃袋もそう簡単には大きくならないのであった。

眉間に皺を寄せたまま、不機嫌に唇を尖らせるスコール。
ヴァンはそれを気にせず、スコールの弁当箱をすっかり空にして、ずりずりと尻を擦りながら隣にやってくる。
その手が躊躇なく伸びてきて、ぺたりとスコールの腹に当てられた。


「もうちょっとこの辺、丸い方が体に良いよ」
「……うるさい。俺の勝手だろう、放っとけ」


箸を持つ手とは逆の手で、スコールはヴァンの手を払った。
が、ヴァンは構わず、ぺたぺたとスコールの腹や腰回りを触りに来る。

ヴァンはヴァンなりに、自分の作ったものを食べる人のことを想って、弁当を作っているのだ。
それは、スコールが少なからず、父の健康を気に留めながら日々のメニューを選んでいるのと同じこと。
そしてスコールもまた、今日の弁当をヴァンが食べることは意識していたから、日頃に目にしているヴァンの弁当とのバランスを考えて、今日の弁当を拵えている。
野菜を多めに盛りつつも、よく食べる育ちざかりなヴァンが午後に腹を空かさないよう、腹持ちの良いものも入れた。
やっていることの方針は真逆であるが、根にある思いはお互いに同じであることは違わないだろう。
この弁当を食べる人が、少しでも健やかであるように、と。

はあ、とスコールは溜息を吐いて、友人の好きにさせることにした。
腹回りを撫でるようなヴァンの手は引っかかるが、マイペースな彼に何を言っても暖簾に腕押しだ。
それより自分の食事を終わらせよう、とあと三分の一になった肉のおかずに取り掛かった。


「腹は食べたら育つよ。俺も昔はヒョロヒョロだったらしいけど、今はそうでもないし」
「……そうだな」
「兄さんが腹いっぱい食わせてくれたからな」
「良かったな」
「うん。だから今度は、俺がスコールを育ててやるよ」
「……勝手にしてくれ」


諦念混じりにスコールがそう言えば、ヴァンも「うん、勝手にする」と言った。
そのままヴァンの腕がスコールの腹に巻き付いて、ついでに肩口に顎が乗せられる。

肩の重みにスコールが視線をやれば、鶸色の目と近い距離でぶつかる。
目が合ったと理解してか、ヴァンの瞳が人懐こい光を宿して、スコールを見つめ返した。


「俺さあ」
「……なんだ」
「俺、スコールの作った弁当好きだよ。色キレイだし、俺が作らないものも入ってるし」
「……」
「俺が嫌いなものは、入れないようにしてくれてるみたいだし」
「…あんただって入れてないだろ。なんだよ、いきなり」
「んー、なんとなく。言っとこうと思っただけだよ」


にかりと笑うヴァンに、確かに言葉に他意はないのだろう。
彼は思ったことを思ったままに口に出しているだけなのだから。


「来週も楽しみにしてるな」
「……ああ」


素直な友人の言葉に、スコールはいつもそれだけの返事しかしない。
それでもヴァンは特に不満げにする事もなく、じゃれる猫のようにスコールの肩に寄り掛かっている。

週に一度のこんな些細なイベントでも、繰り返しているのは何故なのか。
特に伝えた訳でもないのに、相手の好きなもの、嫌いなものを、なんとなく把握する位には続いている理由は、何故か。
言葉にしないスコールの胸中を、ヴァンは確かに読み取っていた。





12月8日と言う事で、ヴァンスコ!
学パロお弁当交換してる二人がなんとなく浮かんだので、やらせてみた。

父子家庭と兄弟家庭と言うことで、唯一の身内の健康には、それなりに気を遣ってそうな二人。
お互いそんなに深くは踏み込まないようで、なんとなく許してる・許されてることは空気で感じ取ってそうなのが良いなと思っている。

[シャンスコ]予習復習

  • 2024/11/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF

講義再会申し込みの続き





以前の闘争の時、秩序の戦士たちが過ごす拠点となった屋敷には、それ程大きくはない書庫があった。
大きくはないとは言っても、其処にある蔵書の種類はそれなりのもので、子供が読み耽るような可愛らしい絵本から、ある世界のとある研究で指折りの人物が書いた論文の何某だとかまで、幅広い。
無秩序とも言って良い本の種類は、どうやらこの世界に召喚された戦士たちの元の世界から、無作為に選ばれて出現するからなのだろう。
製本技術も世界の文明レベルによって様々で、職人が手ずから紙を織って作り出し、分厚い革に覆われて丁寧な装飾が施された本もあれば、機械仕立ての大量生産の雑誌まで、本棚の中身は多種多様であった。

新たな神々によって召喚された、新たな闘争の世界にも、それぞれの陣営の拠点がある。
拠点を中心に生活をするのは、大半が秩序の女神に呼ばれた戦士だ。
以前の闘争での生活然り、他者と空間を共有して過ごすことに抵抗のない者が、殆ど其方に偏っているからだろう。
混沌の神に呼ばれた者の中では、ゴルベーザとジェクトの他は、クジャが気紛れにいる他、ヴェインが情報の共有の為に姿を見せることはあった。
後は誰も気紛れなものだから、以前と違って陣営の鞍替えが存外と容易な事もあり、誰がどちらの陣営に属しているのか判らない事も儘ある。

戦士たちが生活の中心とするだけあってか、塔の中の設備は中々充実している。
各個人の部屋が設けられているのは勿論として、調理場であったり、ダイニングに使える大きなテーブルのある広い部屋だったり。
風呂は大きなものもある他、個室にもシャワールームが備えられている。
食料品の他、細々とした消費物は、住み込みのように塔にいるモーグリがショップを開いているので、概ね此処で賄うことが出来た。
余程にマニアックなものでもなければ、大抵のものは揃うので、生活するには申し分のない環境と言えるだろう。

その塔の中にも、書庫と言うものはある。
いつからそれがこの空間に現れたのか、シャントットも正確な所は知らないが、あれば存外と使う人間は少なくない。
暇潰しを求めてやって来る者の他、ルーネスは様々な知識の吸収を求めて頻繁に足を運ぶし、ヤ・シュトラなどは最初にこの書庫に入った時は三日ほど出て来なかった位だ。
何せ様々な世界の、様々な本が一堂に会しているのだから、学者肌気質の者には興味の宝庫なのだ。
蔵書も何処からともなく新たなタイトルが現れて増えて行くから、本好きには夢のような環境かも知れない。

シャントットもこの書庫によく足を運ぶ者の一人だ。
以前の闘争に身を置いていた頃は、屋敷には必要な時以外は戻らず、離島の洞穴の中で自分の城を構えて研究に没頭していた。
その時から、拠点にある書庫はよくよく利用しており、此処で見付けた有用な本や、自身の世界から呼び出されたものと思しきタイトルのものは、一通り浚って持ち帰ることもしていた。
元の世界から現れた本は勿論、他の世界の本と言うのも、魔導や魔法に関わるものには目を通した。
異世界それぞれに違う発展をし、研究の内容によっても違う記述を見られると言うのは、中々に稀有な機会である。
中には判り易く子供向けのものもあったが、ああ言うものは、学びの入り口とする為に、複雑なものを極力単純化して親しみ易く作られているものが多い。
異世界の魔法技術、研究について触れるには、これも馬鹿に出来るものではないと、シャントットは目についたその手の本は須らく目を通している。

この新たな闘争の世界で、シャントットはまだ、自身の城と言えるような研究環境を持ってはいない。
以前の世界も、秩序の神と混沌の神のパワーバランスの歪みにより、不安定な所があったが、この世界はもっと安定性がない。
戦士たちの拠点である塔の周辺は、神の庇護のお陰か、魔物も少なく過ごせるが、距離が開けば魔物は勿論、イミテーションも現れた。
魔物もイミテーションも、シャントットにとっては大した問題ではないが、万が一、地割れでも隆起でもなんでも、地形が一夜で大きく変わるような転変に巻き込まれでもしたら目も当てられない。
まだこの世界のあらましも曖昧な内は、安定した安全圏を取った方が無難、と判断したのだ。

だからシャントットは当分の間、この塔の書庫を生活の中心としている。
以前とはまた違う世界から紛れ込んだ本もあり、新たな研究の種があるのは悪くない。

さて、今日は何処から手を付けようか、と目星の本棚の所へやって来た所で、


「あら」
「……」


本棚の前に立っている先客を見て、シャントットは少しばかり目を丸くした。

濃茶色の髪に、蒼灰色の瞳、その中央の眉間に刻まれた斜め傷────スコール・レオンハート。
以前の闘争の折、シャントットに魔法の指導を求めてきた、ある意味で“生徒”と呼べる少年がいた。

スコールの手には、シャントットが見覚えのある本がある。
立ち読み宜しく、其処でページを捲っていたのだろうスコールは、聊か気まずそうな表情で視線を彷徨わせた。
そんなスコールの様子に構わず、シャントットは本棚の横に取り付けられている、棚梯子へと向かう。


「ひょっとしてお勉強中だったかしら?」
「……そんな所だ」


ぱたん、とスコールは本を閉じて、棚へ戻した。
指はそのまま隣の背表紙に触れ、軽く傾けたそれを持って取り出す。

シャントットは車輪のついた棚梯子をスコールの横へと持って行き、ひょいとその上に昇った。
梯子の一番上まで登れば、本棚の一番上を労なく眺めることが出来、ついでにスコールの旋毛も見ることが出来た。

この本棚には、シャントットの世界から紛れ込んだものと思しき本がまとめられている。
幾つかはシャントットが書いた論文を元に書かれたものもあった。
どれもシャントットは一度は目を通したものであり、その内容がどんなものだったかも、凡そ頭に入っていた。
それをスコールも判っているのだろう、彼は何度か本を取っては戻し、取っては戻しと繰り返しながら、


「あんたに魔法の授業をして貰う話をしただろう」
「ええ、忘れてはいませんわよ。今日まで大した機会もなかったけれど」


シャントットとスコールは、過去の何度目かの戦いの折、ちょっとした交流の仲を作っていた。
魔法のエキスパートと言える実力を持ち、魔法に関する研究者であったシャントットを、スコールが己の扱える魔力の底上げ方法について相談したのが始まりだ。
スコールにとっては駄目で元々の話のつもりだったが、シャントットはそれを良しと受け取った。
スコールの世界で魔法と言うのは“疑似魔法”であり、その環境も、形態も、他の世界と類を見ない特殊なものであった事から、シャントットの研究心が疼いたと言おうか。
魔法の素養を決して多くは持たないながら、科学的に形態が解明されたとした世界で、その習いを持って魔法の扱いを得ているスコール。
その形をまた更にシャントットが解明すれば、技術そのものの流用は出来なくとも、魔法研究の更なる発展が見込めるかも知れない。
そうした興味から始まった二人の関係は、ちょっとした持ちつ持たれつもありつつ、両者それなりに有意義な時間を齎していた。

そんな関係を作った何度目かの闘争の後、シャントットは姿を消し、スコールも交流のなくなった戦士のことは忘れ、それきりとなる。
だから、二人の再会と言うのは、実に久しぶりの事だったのだ。
そして、忘れたきりと思っていた交流の日々を思い出したことで、スコールはまたシャントットに稽古をつけて貰う事は出来ないかと相談した。
シャントットの講義を「有意義だった」と言った彼に同じくして、シャントットにとっても、決して面倒なだけの時間ではなかったから、今改めて、二人は束の間の“教師と生徒”と言う間柄となっている。

が、以前に比べると頻繁に陣営の配置が換わる事や、それでなくとも世界の状態を確認する為に、まだまだ人員が割けられている所である。
スコールはその足で地道なフィールドワークを、シャントットも魔導士としての知見を用いて調べ物が後を絶たない。
お陰でしっかりとした空き時間も、都合をつける暇もなく、講義の予定については話ばかりのものとなっていた。


「まあ……今後も当分は、忙しいんだろうな。今回はあんたも俺もこっちだったが、次はどうか判らないし」
「神の気紛れなんてクソ喰らえですけど、仕方のない事ですわね」
「……だから、今の内に復習でもしておこうと思ったんだ」
「あら、真面目だこと」


言いながらスコールは、開いていた本のページをゆっくりと捲る。
熟読している、と言う訳ではないが、ページに綴られた内容を一通り黙読で確認している風だ。

スコールは本に視線を落としたままで言った。


「あんたの授業を前に受けてから、もう随分経ってるだろう。前の戦いの時に、あんたはいなかったし、俺はあんたっていう存在がいた事も忘れていた」
「以前の神々の下では、そう言う理で巡っていたようですわね。それで?」
「……多分だけど、あんたがいなくなった事で、あんたに色々教わったことも忘れていたんだ。魔法の扱いの感覚は残っていたかも知れないが、実際どうだったのかはよく判らない。だから、あんたにまた授業をして貰う前に、一通り確認して置こうと思って」


スコールの言葉に、成程、とシャントットは納得した。
道理で、スコールが延々とこの棚にある本ばかりを手に取る訳だ。

此処に在るのは、以前の闘争の頃、シャントットがスコールに教科書替わりに指定して読ませた本ばかりである。
学術書としては中級以下のものが殆どだが、先ずはシャントットの世界における“魔法”の研究技術の著述に触れさせることで、両者の魔法に関する感覚イメージの擦り合わせを計った。
結果としてそれが思う程の作用を齎したかは不明ではあるが、スコールは言われたものには一通り目を通している。

スコールは、その内の一冊を改めて手に取って、


「多分、この辺は前に教わった所だ」
「そうですわね。私もなんとなく覚えがありますわ」
「だけどこの辺りは……飛ばした?」
「ええ。本来なら順番としては応用段階を踏むのだけれど、あなたに必要なのはそういうものではなかったし」


当時のシャントットは、スコールが用いる魔法の運用方法に対して、効果的なアプローチを考えていた。
スコールの魔法は、元々少ない魔力を土台にして発動されていたから、その集約速度や、一度に扱える魔力の量を増やす、効率的な方法を探すのが良い、と思ったからだ。
複数の魔力をかけ合わせたり、極一点化させる為の応用方法は、求められるものではなかった。

あの頃、スコールはシャントットの城へと赴いて、主に其処で講義を受けていた。
だから読むようにと指定された本は、シャントットが確保していた蔵書であったものが殆どだ。
其処にあるものは須らくシャントットの持ち物であったから、下手な扱いをして不興を買うのは以ての外と、言われたもの以外は触れないように努めている。
それもあって、シャントットが指名した本が、きちんと目的に合わせて指定されていたことを、スコールは今になって理解した。

スコールは持っていた本を閉じ、本棚に戻した。
指は並ぶ背表紙をぽつぽつと辿り、特に分厚い一冊で止まる。


「後は────この辺りの本に見覚えがある」


そう言ったスコールの指先にあるものを見て、あら、とシャントットの唇が緩く弧を作る。


「確かに、それはあなたに貸した覚えがありますわね」


それは、豪奢な装丁をしてはいるものの、研究に使うには既に遺物とされたもの。
古い形態の神話を元にして研究した記録で、どちらかと言えば歴史書として扱われ、魔導や魔法を研究するには古過ぎる代物だった。
本自体が貴重な一財産として扱われていた時代のものと思えば、確かに重要なものではあったが、それ以上の価値はなかった。

しかし、スコールの持つ“疑似魔法”の理と、シャントットが研究の末に得た魔法の知識は、根本から形が違う。
何であれ試してみるべきであると考え、スコールにもその情報を共有するのが良いだろうと、シャントットにしては破格の扱いで、この本を貸し与えた事があった。

シャントットは棚梯子の上に座って、濃茶色の旋毛を見下ろしながら訊ねてみる。


「それは読み終えたんですの?」
「……どうだったか。半分は読んだ気はする」
「なら、改めて貸して差し上げますわ。じっくり読んでみなさいな」


最早自分の蔵書と言う訳ではなかったが、シャントットがそう言うと、スコールは一瞬物言いたげな表情を此方に向けつつも、「……そうする」と言って本を棚から取り出した。
態度ばかりは勤勉で従順な所も、相変わらずのようだと、シャントットはこっそりと確認する。


「前に読んだ本もあるなら、あなたの世界の本もあるのでしょうね。何か見掛けまして?」
「一番奥の左の本棚に、幾つか教科書があった。年少クラスのは前にあんたに渡したことがあったような……」
「かも知れませんわね。折角だから、私も目を通して見ますわ」


シャントットはひょいと棚梯子を下りた。

スコールが言った本棚を覗いてみると、確かに、見覚えのあるカリグラフィの背表紙がある。
ひとつ手に取って開いて見る内に、記憶の奥底から、段々と「これを知っている」と言う感覚が沸いて来る。

学年ごとか、カリキュラムごとか、教科書と思しき本は数冊が並んでいた。
その中から、魔法の扱いに関する記述が見られるものをまとめて取り出す。
書庫の奥にある読書スペースへそれを抱えて行ってみると、既にスコールが座っており、分厚い本を開いて眉間に深い皺を浮かべていた。

シャントットはスコールの隣から一席空けて、椅子に座った。
魔法研究者である自分が、子供が読むような教科書を開き、学び舎でテストに唸っているような少年が、小難しく分厚い本を開いている。
なんとも奇妙な取り合わせではあったが、今の書庫に、そんな二人の姿を見る者はいない。


(さて……それで、講義はいつが良いものかしら)


明日の予定もよく判らない世界であるから、いつ何時とスケジュールを組むのは難しい。
だが、授業終わりに飲む紅茶くらいは用意しておかないと、と思うシャントットであった。




11月8日と言う事で。

二年に一回くらいのペースで書いてるようです、このシャンスコと言い張るシリーズ。
元々スコールとシャントットの絡みは全くないのに、こうだったら私が楽しいなの精神で書いてる。

[ジェクレオ]ホリデー・ラプソディ

  • 2024/10/08 21:05
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



元々朝には弱い性質ではあるが、それが特に顕著に出る時。
それは大抵、前夜に大層熱心に交わり合った後のことで、自業自得と言えば否定できなかった。

ブラインドカーテンの隙間を潜り抜けて差し込む光は、朝にしては随分と強い。
この部屋の窓はほぼ真南に面しているので、此処に煌々とした光が入ると言うことは、時間もそろそろ昼を迎えようとしている、と言うことだ。
重い瞼を擦りながら、手探りでヘッドボードの携帯電話を探って、液晶画面を確認する。
思った通り、午前を思い切り寝倒したことを知って、寝起きの気怠さに駄々をこねる体を、半ば無理やりに起き上らせた。


「……ふあ……」


癖の付きやすい髪を手櫛で掻きながら、レオンは大きな欠伸を漏らす。
裸身の体を包んでいた柔らかいシーツがするりと滑り落ちたが、空調が丁度良く効いてくれているお陰で、不快な寒さは感じない。
拭い切れない微睡で、ぼんやりとした頭がもう一度眠りたがっていたが、空っぽの胃が何か寄越せと訴えているお陰で、ベッドから抜け出そうと言う気にはなった。

鳴いている腹を慰めるのは勿論だが、その前にシャワーだけでも浴びたい。
昨晩は試合の後だったから、パートナーは随分と元気であったし、それを余す所なく受け止めたものだから、体中の水分が全部なくなるかと思う程に汗を掻いた。
存外と喉が渇いていないのは、ひょっとしたら、意識を飛ばした後に水を貰ったのかも知れない。
抱く時には獣のように荒々しいのに、アフターケアは欠かさない辺りに、恋人の年の甲を感じるのは、こんな時だ。
恐らく体も清潔に拭いてくれてはいるのだろうが、やはり、直に湯を浴びてすっきりさせたい気持ちまでは誤魔化せなかった。

ベッドで豪快な鼾を立てている恋人の姿に、伸び伸びとしていて何よりと思いつつ、寝室を出た。
シャワールームで熱めの湯にして頭から浴び、昨夜の熱の名残を灌ぎ落とす。
鏡で見た自分の腰回りに、大きな手形がくっきりと残っているのを見て、改めて夜の交わりが激しかったことを知った。
ゆっくりと温まった方が体の回復は早いのだろうが、如何せん、腹が減っている。
夜は長めに風呂に浸かろう、と思いつつ、レオンは烏の行水よろしくシャワールームを後にした。

ラフにTシャツと短パンのみを着て、レオンはキッチンに立つ。
手の込んだものを作る気はしなかったが、昨晩はかなりカロリーを消費したし、前に食事をしてから既に十二時間以上が経っている。
冷蔵庫から作り置きにしているものを取り出して、電子レンジで温めながら、昨晩の夕飯の残り物のスープも鍋に移してコンロにかけた。
トースターにセットしていたパンが焼けると、いつも使っているジャムを塗り、もう少しトースターにかけて表面に熱を入れ直す。
サラダボウルから食べる分だけを皿に移して、ブランチの完成だ。

寝室に戻ると、恋人────ジェクトはまだベッドの中にいた。
ぐおー、ぐおー、と漫画のような鼾を立てているジェクトに、レオンは口端を緩めつつ、声をかける。


「ジェクト、起きろ。もう昼になるぞ」
「んあ~……ぐぅう……」


耳は多少起きているのか、ジェクトは唸りながら寝返りを打つ。
またぐうぐうと寝息を立て始めるジェクトに、やれやれ、とレオンは肩を竦めた。


「ジェクト。ジェクト」
「んぐー……」
「起きないなら構わないが、飯を食わないなら晩まで抜きになるぞ」


水球のプロプレイヤーとして活躍するジェクトの体調管理・栄養管理は、専属マネージャーであるレオンの管轄である。
だから普段は、ジェクト自身の体調が明らかに思わしくないような状態でもなければ、一日の食事は必ず用意するように努めていた。
特に起きて最初に食べる食事と言うのは、活動する為のエネルギーとして大事だから、欠かすことはしない。

が、試合は昨日終わって、今日一日、ジェクトは休みである。
平時はジェクトがそうであっても、レオンはマネージャーとしての仕事があるものだが、幸運にも今日は丸っきり手が空いていた。
故にこそ、昨夜のジェクトはレオンを解放しなかったし、レオンもそれを良しと受け入れた。
今日一日だけは、お互いに普段の規律正しさから解放されて、戯れに没頭しても良いのだ。

だからジェクトもいつも以上に寝汚い。
判り切っている事だから、レオンも構わない気持ちはあったが、折角用意した食事は食べて貰いたい、と言う気持ちも少なからずあった。


「ジェクト」
「……」
「ジェクト」


何度呼び掛けても、ジェクトは起き上がる様子がない。
が、その反面、段々と鼾が静かになっているのは判り易く、その意図をレオンも察していた。
────それを汲み取った所で、さてこの男は大人しく起きてくれるだろうかと、レオンは胡乱に目を細める。

ふう、と一つ溜息を吐いて、レオンの体がベッドに乗る。
ぎし、とスプリングが小さな音を立てながら、ゆっくりと動かない恋人へと近付いた。


「ジェクト」


耳元に唇を寄せて、名前を呼ぶ。
吐息が触れたか、微かに逞しい肩が反応したように見えたが、レオンは気にしなかった。
太い眉の端に小さく小さく口付ければ、それだけのことだと言うのに、妙に耳が熱くなるのを自覚する。
十代じゃあるまいし、と妙に初心初心しい心地になる自分に呆れている所へ、ぬっと視界に陰が落ちる。

ぐいっ、と強い力がレオンの頭を捕まえた。
予想はしていたから、首に無理な負荷がかからぬように、引っ張る力に任せて前のめりになる。
少し強めにぶつかる感触と共に、唇が塞がれて、すぐにぬるりと太くて生暖かいものが咥内に侵入した。
殆ど強制的に伏せのような格好になりながら、レオンは咥内を弄られる感触に、背筋にぞくぞくとしたものを感じ取る。


「ん、ん……っふ、う……っ」


まだ昨夜の熱を忘れられない体が、勝手にぞくぞくと背筋を震わせ、燻ぶりの熱を煽ろうとする。
それに応えるつもりは、頭にはなかったが、舌をぞろりと舐められると、条件反射のように胎内が準備を始めるのが判った。


「んぐ、ん、んん……っ」
「んっ、」
「んむぅっ」


ぐるん、とレオンの視界が回って、後頭部が柔らかい枕へと落とされる。
体の上にしっかりとした重みが覆いかぶさり、身動ぎすらも許さないとばかりに、ベッドへ強く縫い付けられた。

昨夜、あれだけ熱を交わしたと言うのに、ジェクトの当たる感触は既に固い。
試合の前はストイックに自分を追い込む傍ら、熱処理もごく最低限、それもレオンが手を出せば止まらなくなってしまうから、一人で済ませて貰っていた。
つまりは溜まりに溜まった末の晩だった訳で、当人曰く「一日で全部出し切れる訳ねえだろ」とのことだ。
少しは疲れて欲しい、とレオンは思うのだが、それだけ求められるのも悪い気がしないのが毒だ。

たっぷりと咥内を貪られて、飲み込むことも忘れた唾液が、レオンの口端から零れ伝う。
呼吸がやっと解放されたと思ったら、顎に光る糸をべろりと太い舌に舐め取られた。


「っは……はあ、う、こら……」


シャツの中に潜り込んでくる、ごつごつとした手の感触。
レオンはそれを掴みながら、身を捩って逃げを打った。


「飯が出来てるって言ってるだろ」
「後でちゃんと食うよ」
「冷める」
「美味いから問題ねえって」
「俺が今腹が減ってるんだ。飯抜きにするぞ」


脅してやると、赤い瞳が此方を見た。
ふむ、と考えるようにしばしの間が空いて、両腕を拘束していた重みがようやく解ける。


「仕方ねえな。先に食うか」


ジェクトは渋々にレオンの上から退いた。
勝てない重みから解放されて、やれやれ、とレオンも起き上がる。

昨日は試合を終え、その後に激しい睦み合いをしたので、ジェクトもよく眠れたのだろう。
深めの睡眠で少々硬くなった肩や首の凝りを解しながら、彼はようやく服を着始めた。
と言っても、外に出る用事がある訳でもないからか、トランクスにゆったりとしたショートパンツを履いたのみで、上半身は裸のままだ。
それで全くだらしなくは見えないのは、現役アスリートの中でも特に見事な仕上がりの筋肉が鎧になっているお陰だろう。

レオンが抜け殻になったベッドを軽く整えている間に、ジェクトはダイニングに行っていた。
追ってレオンがようやくの食卓に着く時には、既にジェクトは食事に手を付けている。
ジャムを塗ったパンを一口齧りながら、スプーンでスープをぐるぐると掻き回していた。

レオンもようやく、頂きます、と昔からの習慣の食前の挨拶をして、サラダにフォークを入れる。


「今日はどうする。全くの休みだから、羽根を伸ばすなら今の内だぞ」


今シーズンの試合はまだ残っている。
勝ち点としては既に優勝が約束されているようなもので、チームとしては消化試合があるだけとも言えるが、かと言って温い試合をする訳にはいかない。
何処かのチームが大量得点を取り、一気に後を追って来る可能性もゼロではないし、何より、腑抜けた試合をすれば、観客にそれは伝わるものだ。
此処から先もキングの活躍を見たいと思って試合会場にやって来るファンの為にも、気は抜けない。

だが、それはそれとして、今日の所は休日である。
買い物でも、昼間から飲み歩きに行くでも、レオンは全く構わないつもりだった。
明日になれば再びトレーニングと調整の日々が始まるのだから、それとのメリハリをつける意味でも、休みは存分にそれを満喫するべきだと思っている。

レオンが普段からそう言う方針でスケジュールを管理しているので、ジェクトもそう言った所は慣れている。
ジェクトは、昨日の夕飯にも食べた、香草焼きのグリルチキンを食べながら、


「そうだな────っつっても、特に何か用事がある訳でもねえし」
「まあな。何か気になるものでもあるかな……」


レオンはテーブル端に置いていたリモコンを取って、テレビの電源をつける。
適当にザッピングしていると、スポーツニュースが昨日の試合のVTRを流していた。
なんとなくそれを眺めながら、レオンは呟く。


「反省会でもしてみるか?」
「そんなもん、どうせ明日やるだろ」
「それはチームでな。今日は個人反省会だ」
「勘弁してくれ。今日は休みだよ」


店を開ける気はないんだと言うジェクトに、レオンはくすくすと笑いながらチャンネルを切り替える。
特に琴線に引っかかるものもなく、見るものもないな、とリモコンを元の位置に戻した。

食事を終えて、片付けの為にキッチンに立っていると、其処へジェクトがやって来た。
流し台でスポンジの泡を膨らませている所へ、ぐいっと腰が引かれて、彼の腕の中に閉じ込められる。


「洗い物中だ」
「判ってる判ってる。ちょっと補充だ」
「昨日あれだけ補充しただろ」
「足りねえよ」
「こら、当てるな。昼間だ、自重しろ」


戯れに押し付けられる感触に、つい数十分前に煽られた熱が反応しそうになる。
それを自分自身も含めて咎めるレオンであったが、それで目の前の野獣が大人しくなってくれる訳もなく。


「休みなんだ、良いだろ?」
「明日に響く」
「今からじっくりやれば、夜には休めるぜ。多分な」


ジェクトはそう嘯いてくれるが、レオンは「全く保証のない話だな」と言った。
しかし、此処できっぱりと断った所で、夜に寝かせて貰えなくなるだけと言うのも想像がつく。

昼間だと言うのに、と呆れも混じりに思いつつ、レオンは覆いかぶさる重みを見上げて言った。


「夕飯が作れないぞ」
「デリバリーで良いだろ」
「代金はあんた持ちで」
「そりゃ勿論」


それで済ませるなら安いものだと言うジェクトに、敢えて高級なものでも頼んでやろうかと思うレオンだったが、きっとデリバリーを頼む頃には、精も根も尽きているに違いない。
何も考えられなくなってしまう前に、先に注文して置くのもありだな、と思った。




10月8日と言うことで、ジェクレオ。
プロスポーツ選手×マネージャーの設定のやつです。
環境柄、遠慮なくいちゃつかせられるので書いてる奴がとても楽しい。

青い春なティスコと違って、こっちはしっぽりアダルトなので、すけべな方向にどっちも抵抗がないのが良い。

[ティスコ]君と繋いだ手の先は

  • 2024/10/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



試合が近くなれば、ティーダの練習も一層の熱が入り、学校の閉門時間までプールに浸かっていることは珍しくなかった。
必然的に帰りも遅くなる訳で、この期間の家事一切と言うのは、帰宅部のスコールが引き受けている。
平時は当番制で回している家事仕事を同居人に任せきりになることに、ティーダは少なからず罪悪感があるらしいが、スコールは既に割り切っている。
何よりスコールは、ティーダには自分のやりたいことに芯から打ち込んで欲しいと思っているから、そう言ったものに縁がない自分が雑事を引き受けるのは、当然の役回りだと考えていた。

水に親しむスポーツと言うと、夏を連想させることは常であるが、競技大会の開催日はそれに限ったものではない。
屋内プールのあるなしなど、地域の環境によって時期は色々と違いがあるものの、地方大会、それに出場する為の予選などは、季節問わず───時には冬にも───行われるものであった。

学校に屋内プールがあるのだから、ティーダも年がら年中、水に親しんでいる。
恐らく、数としては珍しい類であろう水球部がある上、その筋では強豪校と言われている位だから、学校側もその方面への育成には熱心な訳だ。
ティーダは入学した時から、水球界でキングと名高いジェクトの息子として知られていたし、周囲もそれ故にこの学校を選んだと思っている。
実際、それは間違いではないのだが、本当は水泳や水球と全く縁のない方へ行こうかと悩んでいたことは、幼馴染のスコールだけが知っている事だった。
結局、彼は父の背中を追うことを選び、いつか必ずそれを追い越して見せる、と日々努力を重ねている。
それを昔から見守っているから、スコールもまた、彼が夢を追う姿を隣で応援することを決めたのだ。

水の中で活動し続けると言うことは、陸上での生活が当たり前である人間にとって、かなりの重労働だ。
日々の訓練でそれに耐えられる体作りが成されているとは言え、何時間も水を掻き分けて運動した後となれば、その身体は疲れ切っている。
だから練習を終えて帰ってきたティーダは、夕飯を食べると、すぐに風呂を済ませて、ベッドに入った。
時々、風呂の中で寝落ちることもあるので、スコールは小まめに浴室の様子を確認して、万が一の事故でも起こらないようにと声掛けもしている。
そんな話を、どうやらスコールの兄伝いで聞いたジェクトは、「手間かけさせて悪いな」とスコールに詫びた。
確かに傍目から見ると、随分と甲斐甲斐しいことをしているように見えるのかも知れない。
嫌々にしている訳ではないし───時々、やっていることの手間の多さに、判っていながらの溜息は零れるが───、自分からやっている事なのだから良いんだ、とスコールは思っている。

そして、スコールのこうした細々とした気配りと、ティーダ自身の努力の甲斐あって、強豪ひしめく予選大会は無事に突破された。
此処からまた二ヵ月ほどの期間が空いて、全国大会が開催されることになる。
勝って兜の緒を締めよ、と監督からは生徒たちに告げられたそうだが、とは言っても、一先ずは張りつめた緊張を緩めることに怒る事はあるまい。
寧ろ、予選を無事に突破できた祝いと、次に向けた弾みをつける為、部に所属する生徒たちには、しばしの休息と自由が与えられることになった。

ハードな練習メニューをこなす日々を越え、全国大会への切符も手に入れて、ティーダは意気揚々としている。
その気持ちのままに、今日は遊びに行きたい、と言った彼に、スコールも付き合うことに否やは唱えなかった。
インドア気質のスコールにとって、休日であろうと外に出るのは聊か腰が重い所はあったが、ティーダと二人で出掛けると言うのも、随分久しぶりの事なのだ。
「デートしたい」と臆面もなく言った同居人兼幼馴染兼恋人に、存外と悪態も出てこないスコールであった。

かくして迎えた日曜日に、スコールとティーダは揃って街の中心地へと繰り出していた。
最先端のファッションや、テレビでもよく取り上げられる飲食店が、所狭しと並ぶ街道を、溢れるような人混みの中に紛れて進む。
日々のやり繰りで貯めた資金は、こう言った時に楽しむ為のものだ。
学生の割りに、普段は質素倹約な生活を送っている二人は、ここぞとばかりにそれを放出する事にしていた。

三日前にテレビで見たクレープ屋は、人が並んで三十分待ちだったが、折角なので並んで買った。
零れんばかりに盛られたフルーツやらクリームやら、ティーダは大きな口を開けてそれに被り付く。
その隣で、スコールは小さなプラスチックスプーンを使って、巻かれたクレープの具を摘まみながら、時々皮を齧っている。


「うんまぁ~!流石、テレビで紹介されただけあるっスね」
「……ん。でも量が多すぎる」
「こんなもんスよ、クレープって。甘いもの食ったら、しょっぱいもの欲しくなるな。ポテトとか欲しくない?」
「まあ……少しは」


ないかなあ、ときょろきょろと首を巡らせるティーダ。
スコールは溶け始めているアイスを舐めて、食べきれるだろうか、と減る気配のない具を見つめる。

昼食替わりの買い食いをして、腹を適当に満たした後は、映画館に入ってみた。
今ヒット中のタイトルの上映が始まる所で、チケットを買って観劇する。
アニメタイトルならばそれ程難しい内容でもないだろう、と見てみたそれは、物語が二転三転とテンポ良く進む。
スコールはそれ程刺さることはなかったが、アクションが派手だったことで、ティーダが大興奮していた。
映画など、専ら決まった曜日にテレビで放映されるものを流し見するだけだったから、全編をしっかり通して見たのは、子供の頃以来かも知れない。
偶には良いもんだな、と言うティーダに、彼が楽しそうならばと、スコールもなんとなく満足した気分になった。

あとは、本屋に寄ったり、インディーズものを多く取り揃えている音楽ショップに入ったり、仮装のような服を扱っているブティックを覗いたり。
人込みの中を歩くのはスコールには疲れるものだが、あっち行こう、次はあっち、と手を引くティーダの楽しさに引っ張られるのは、悪い気はしなかった。
こんな風に二人で出掛けること自体、久しぶりだったのだ。
真夏の太陽のようにきらきらと輝くティーダの表情を見ているだけで、スコールも伝染したように口元が緩む。

とは言え、元々が出不精な性質のスコールであるから、午後のピークを過ぎる頃には疲れている。
休憩にと入った全国チェーンのカフェで、それぞれ飲み物を注文して、今日を振り返った。


「あー、いっぱい歩いたっスね。映画見て、服買って、飯も食って」
「一週間分は歩いた」
「スコール、外出ないっスからね~」
「用もないのに出る必要もない。最近までずっと暑かったし」


今年の夏は随分と長引いて、つい一週間前まで、とても外で過ごせる気候ではなかった。
ティーダも屋内プールであったから部活が出来ていたが、他の屋外で過ごす運動部の大半は、熱中症を警戒して部活休止になったとか。
空調のある体育館で代替えした部もあるそうだが、交流試合などの予定がご破算になる事も少なくなかったと言う。
そんな状態で出掛けるなんて、買い物など生活に必要なものであっても、最低限で済ませておきたいものである。

それが今週に入って、ようやく気温が低下して来た。
夜は急に冷え込むようになったので、これはこれで体が堪えそうなのだが、とにかく夏は終わったらしい。
そうでなければ、今日こうやって二人で出掛ける事もなかっただろう。

ティーダは氷の入ったパイナップルジュースを飲みながら、さてと、と言った。


「後はどうしようか。気になってる所は大体行った気がするなぁ」
「此処から家に帰る時間を考えると……買い物もして行くから、良い時間になると思う」
「えー、もう帰るつもりなんスか?」


帰宅時間の計算しているスコールに、ティーダは気が早いなぁと眉根を寄せる。
人込みを歩いてスコールが疲れているのは理解しているが、久しぶりの二人での外出───デートなのだ。
もう少しだけこの二人きりで過ごす楽しい時間を続けたい、と言うのがティーダの本音であった。

ティーダのその気持ちは、幼馴染のスコールも、想像できない訳ではない。
彼に手を引かれ、あっちへこっちへ赴いて、ころころと表情が変わるティーダを見ているのは楽しかった。
二ヵ月後に控えている全国大会の予定を思えば、練習が再び始まるまで遠くはないし、そうなればまた二人で出掛けるなんて出来なくなるだろう。

けれど、とスコールは程よい温度に冷めたコーヒーを一口飲んで、


「つい最近までバカみたいな暑さだったから、忘れそうにもなるけど。もう秋なんだぞ。すぐ暗くなるんだから、その前には帰りたい」
「そういや、6時過ぎるとあっと言う間だもんな」


秋の夕刻は、あっと言う間に陽が落ちる。
二人が一緒に暮らしているアパートの周辺は、少々入り組んだ小道が多く、灯りが少なかった。
治安が悪いと言う訳ではないのだが、時折不穏な話も耳にするもので、やはり、暗くなってから歩くのは出来るだけ避けたい、と言うのがスコールの気持ちだ。

ティーダはジュースの底をストローでくるくると回しながら、頷いた。


「じゃあ、これ飲んだら帰ろっか。で、レンタル屋でDVDとか借りて行かない?」
「何か見たいものでもあるのか」
「今日の映画で見た奴の、本編。あれって、テレビでやった奴の続きだったみたいでさ」


折角だから本筋の方も見ようかなって、と言うティーダに、スコールも構わないと言った。

支払いを済ませて店を出ると、夕刻の人波に紛れて、駅へと向かう。
太陽はビルに向こうに隠れてしまったようで、通り一体が影を作り、気温も少しずつ下がっていた。
道に連なって軒を出している店々も、看板やポップのLEDライトが点灯し始めて、少し早めに夜の準備を始めようとしている。

道を歩く足を迎える風は、随分と涼しい。
夏の装いもそろそろ撤収だろうか、と思う気温になりつつあるが、快晴の日はまだ暑いと感じるので難しい所だ。
これなら夕飯は温かいものでも良いかも知れない、とスコールが思っていると、


「スコール」


名前を呼ばれて隣を見ると、幼馴染の顔がある。
夏の海によく似た色の瞳が、にっかりと笑いかけて、ティーダは左手を差し出した。

空の左手、それを見たスコールの眉間に皺が寄る。


「……いやだ」


ティーダが言わんとしていること、誘っていることを読み取って、スコールは苦い表情で言った。
それをすることが嫌いとは言わないが、こんなにも沢山の人がいる所でなんて、スコールにはハードルが高い。

だが、ティーダは構わず、スコールの右手を握る。


「良いじゃん。どうせ誰も見てないし」
「そう言う問題じゃなくて……」
「それに、今日はもう何回も繋いだだろ。今更だって」


ティーダのその言葉に、スコールは益々眉間の皺を深くするが、彼の言うことも最もなのだ。
今日一日、街を歩き回っている間、何回ティーダに手を握られただろう。
あっちに行こう、と思いつくままにティーダが手を引くものだから、スコールは流れのままに、その手に従った。
そうしているとティーダが楽しそうに嬉しそうにするから、嫌がる意味も、拒む理由もなかった。
半日もそんな調子で過ごしていた癖に、今になって拒否を示した所で、何の説得力もない。

耳を薄らと赤くしながら睨むスコール。
ティーダにとっては全く見慣れた顔だから、握った手は当然離される事はなく、寧ろぎゅっと強く繋がれる。


「まだ人もいっぱいしるしさ。逸れたら大変じゃん」
「携帯で連絡取れるだろ」
「でも逸れないのが一番だろ?」
「……駅まで一本道だ。逸れようがないだろ」
「万が一ってやつ」


ティーダは何が何でも、繋いだ手を離すつもりがないらしい。
判り切っていた事だが、スコールは募る気恥ずかしさに、殆ど意味のない抵抗をしていた。

結局の所、押し負けるのはスコールの方だ。
冷静に見えて短気な所のあるスコールが、何事も粘り強いティーダに勝てる訳もなく、何より、冷え始めた街の空気に対して、繋いだ手の暖かさは手放し難い。
絶えない人波の中を、行こう、と引いてくれる手は、子供の頃からスコールの大好きなものだった。

電車の中では、離すように言おう。
近付く駅にそんなことを考えているスコールだったが、それも形ばかりのやり取りで終わってしまうのであった。




10月8日と言うことで、学生の休日デートに行かせてみた。
外出の類には、用事がなければ腰が重いスコールを、ティーダが連れ回すのが常のようです。
ティーダも好きに場所を選んでるように見えて、ちゃんとスコールが興味を持ちそうだったり、本気で嫌がりそうな所には連れて行かないので、さり気のない気配りも効いています。

きゃっきゃしてる男子高校生の手繋ぎは大変良い。

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