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[スコール&クライヴ]過ぎたる日々が見た色は



その日、スコールは、何処からともなくか細い猫の鳴き声を聞いた。
皆が元気に遊ぶ声が響く庭で、どうしてスコールにだけその声が聞こえたのかは判らない。
みー、みー、と酷く悲しそうな声は、他の誰も知らないまま、スコールの耳だけに届いたのだ。

どうしても気になったスコールは、皆がめいめい元気に遊んでいる輪を抜けて、声のする方へ行ってみた。
孤児院園舎の裏庭に来ると、さっきよりも声が近くなって、きょろきょろと首を巡らせる。
とことこ歩きながら辺りを見回し続けていると、小さな畑の傍に佇む木の上から、その声が聞こえて来た。
見上げれば、一本の木の上で、一匹の黒猫が小さく蹲っている。
黒猫はスコールと目を合わせると、みー、みー、と泣いた。

下りられなくなったんだ、とスコールも直ぐに理解した。
何が理由か判らないが、黒猫は一匹で木の上に行って、そのまま下り方が判らなくなった。
だから、誰か助けて、誰か下ろして、とずっと鳴いて呼んでいたのだ。

スコールは少し戸惑った。
決して運動神経が良くはない自覚があったから、誰か、木登りが出来る人を呼んだ方が良いと思ったのだ。
しかし、スコールがその場を離れようとすると、子猫はみぃい、みぃい、と声を大きくする。
置いて行かないで、と訴える黒々とした円らな眼に、スコールは悩んだ末に、意を決した。
ぼくがのぼってたすけなきゃ、と。

木の幹を直接上るのは難しかったが、幸い、傍には金網フェンスがあった。
スコールはそれに手足を引っ掛けて、うんうん頑張りながら、体を上へと持ち上げて行く。
フェンスの上まで辿り着くと、すぐ其処にしっかりとした木の枝があった。
其方に捕まり直して、フェンスを踏みながらよいせと身体を上げることに成功し、其処から更にもう一つ、二つと枝を上り渡る。
其処まで行って、ようやくスコールは黒猫のいる場所まで辿り着いた。


「もう大丈夫だよ。おいで」


枝に掴まりながら、黒猫の傍までゆっくり近づく。
幹に近い位置まで来て、そうっとスコールが手を伸ばすと、黒猫は大人しく撫でさせてくれた。
くりくりとした目がスコールを見上げ、みぃ、と嬉しそうに鳴いた。

懐に潜り込んできた子猫を抱え、よし、とスコールは達成感を感じていた。
助けて、と自分を呼んだ子猫を、自分で助けることが出来たのだ。
良かった、あとは降りるだけ───と思って地面を見て、スコールは初めて、自分がとても高い場所にいる事を知った。

瞬間、スコールの身体は凍り付く。
落果の恐怖と言うものは、生まれて間もない赤子でも、本能的に持っていると言われている。
当然、スコールもそれを持ち得ているから、高い場所と言うのは、好んで上ることはしなかった。
黒猫を助ける為に鼓舞した気持ちで一所懸命に上ってきたが、こんなにも高い場所だったなんて、幼い子供は知らなかったのだ。


(これ───落ちたら、ぼく、どうなっちゃうの……?)


思った瞬間、遠い遠い地面が、更に遠く遠くに見えて、スコールははしっと枝にしがみついて掴まった。
背中が急激に冷たくなって、体がかたかたと震え出す。

こうなってしまっては、スコールは最早、動けなかった。
とにもかくにも下りなくちゃ、と下を見れば、地面があんなにも遠い。
木を登っている時は、黒猫がいる上ばかりを見ていたから、足元がこんなに離れていたなんて、ちっとも気付かなかったのだ。
そして、下りる時にどうすれば良いのかも、幼い子供は全く考える余裕を持っていなかった。

どうしよう、どうすればいいんだろう、と考えている間に、時間はどんどん過ぎていく。
庭で元気に遊んでいた子供たちの声が聞こえなくなり、休憩時間が終わったことを知った。
きっと皆、おやつを食べて、午後のお勉強の時間の準備をしている。
スコールが帰って来ない事に、ママ先生やシド先生は、気が付いてくれるだろうか。
気が付いてくれたとして、探してくれたとして、こんな高い場所に上ってしまったスコールのことを、見つけ出してくれるのだろうか。
考える程、このまま一生、この木にしがみついて待ち過ごさなくてはいけないんじゃないかと思えてきて、絶望感が幼い心を塗り潰していく。

みぃ、みぃ、と黒猫がまた鳴き始めた。
助けてくれると思ったのに、助けに来た子供がちっとも動かなくなってしまったのだから無理もない。
黒猫が鳴く度に、この子の為にも下りなくちゃ、と思うのに、ちょっとでも枝が揺れるのが怖い。

じわじわと、スコールの視界が水に溺れて歪んでいく。
遠い地面もよく判らない形になって、スコールは喉と鼻がつんと痛くなるのを感じていた。
声を上げたら、誰かが飛んできてくれるだろうか。
ママ先生とか、シド先生とか、お姉ちゃんとか────そう思って、出ない声を頑張って出そうと、精一杯の努力をしていた時だった。


「君、大丈夫か?」


聞こえた声が、自分に向けられたものだと、最初は気付かなかった。
「君だ。其処の、木の上の───」とまで言われて、ようやく、自分が誰かに見つけられたことを理解する。

スコールが涙でぐにゃぐにゃになった目できょろきょろきょろと見回すと、フェンスの向こうの道に、一人の少年が立っている。
綺麗に撫でつけられた黒髪に、スコールの瞳とはもう少し明瞭な青色の目。
きちんと着つけられた襟のある服が、この近くにある高等学校の制服だと言うことは、幼子の知らない話である。

少年は、木の枝にしがみ掴まっているスコールを見つめ、


「下りられなくなったのか?」
「……ふぇ……」


少年の言葉に、スコールははっきりと自分の状態を自覚する。
我慢の限界を超えた涙が、大きくて丸い目から、ぼろぼろと零れ始める。


「ひっ、ひっく……ねこ……ねこが……」
「猫……ああ、成程。その子を助けようとして」
「えっ、えく、えっく……でも、でも……お、おりかた、わかんな……うえ……」
「うん、分かった。ええと、此処は───確か大人の人がいる筈だな」
「うえ、えう、えうぅ……ふえぇえ……!」
「すぐに誰か呼んで来るから、もう少しだけ頑張って───」
「うえぇぇえん!」


その場を離れようとする少年を見て、スコールは遂に大きな声を上げて泣き出した。
それを見た少年は、ああ、と眉尻を下げて、二人を隔てるフェンスを見上げ、


「……仕方がないか。大丈夫だ、直ぐに行く」
「えっ、ふえっ、うえええん!まませんせえぇぇ……!」
「そのままじっとしているんだぞ。俺が行くまで、動かないで」
「ひっ、ひっく、ひっく、うぇええ、うぇえええん……!」


泣きじゃくるスコールの声に混じって、黒猫までもが、みぃい、みぃい、と鳴き始める。

少年は手に持っていた鞄を地面に置いて、フェンスに両手をかけた。
がしゃ、とフェンスが重みに音を鳴らす中、少年はあっという間にフェンスを上り、伸びた木の枝に手をかけた。
スコールは其処から枝をひとつふたつ、体ごと持ち上げて登ったが、スコールよりもずっと背が高い少年は、枝に乗るのは危険だと判断した。
フェンスの細い足場に乗ったまま、少年は枝には手で捕まって、じりじりと位置を動かす。

程なく少年は、スコールが捕まっている枝の袂に辿り着いた。
少年の腕がスコールの前に伸ばされて、捕まれ、と彼は言う。


「俺の手を握るんだ」
「ふっ、ふえ、うえええ……やあ……おちるのやだぁあ……!」
「大丈夫、落ちないよ。俺がちゃんと捕まえてる」


その言葉の通り、少年はスコールの蹲る背中に腕を回している。
スコールの肩に触れるその手は、しっかりと温かかった。
ひっく、と涙に濡れた目で見上げるスコールに、少年は努めて優しく笑いかける。

枝に掴まるスコールの手に、少年の手が重なった。
スコールがそろり、そうっと、枝に掴まる手を解いて、少年の手を握る。
よし、大丈夫、と励ます少年の声を聞きながら、スコールはとにかくゆっくりと、恐怖と精一杯に戦いながら、少年の体に身を寄せた。

スコールの重みをしっかりと腕に抱えた少年の肩に、黒猫が乗り移る。
少年は黒猫を捕まえると、スコールにそれを預けた。


「しっかり抱いてるんだぞ」
「……うん」
「行くぞ。せえ、のっ」


子猫をスコールがしっかりと抱き占めるのを見てから、少年は勢いの合図をつけて、フェンスから飛び降りた。

フェンスの際まで伸びていた枝葉を、制服の端に引っ掛けながら、少年は地面へと着地する。
縋る小さな子供を着地の衝撃から庇った反動で、少年は着地の直後に姿勢を崩して、尻餅をついた。
いたた、と軽く打った臀部を摩りながら、少年はしがみつくスコールを見て、その身体に目立った怪我の類がない事を確かめる。


「怪我は───一先ずは、ないみたいだな。良かった」


少年の手が、ぽんぽん、とスコールの頭を撫でる。
ママ先生やシド先生、大好きな姉と同じ、優しいその手のひらの感触に、スコールは安心したと同時に、大きな声を上げて泣き出したのだった。





スコールが通う高校に、新しい教師が赴任した。
夏休みが開けて間もなく、急遽退職する事が決まった、スコールのクラスの担任教師に変わってやって来たのだ。

クラス担任の退職と、それによる交代の旨については、それが決まった時から生徒に通達されている。
クラス担任はそれなりに生徒から支持が厚かったので、残念に思う生徒は少なくなかったが、スコールにはどうでも良い事だった。
そして存外、生徒たちも、担任教諭が変わったからと言って、前の人をいつまでも惜しむ事もない。
新たな教員が生徒たちにとって余程に折り合いが悪いタイプでもない限り、彼らは新しい教員にも程なく懐いていた。

そしてクラス担任が変わってから、そろそろ一ヵ月が経とうとしている。
休み明けテストの返却も終わり、新しいクラス担任についても、生徒の多くが馴染んでいた。
着任から一週間のうちに、彼は好奇心旺盛な生徒たちに囲まれて、あれやこれやと質問されたり、校内を案内されて回っていた。
其処から出回った噂によれば、彼は随分前にこの学校を卒業したとかで、どうやらスコールたちにとっては大先輩にあたるらしい。
在校中は生徒会長を務めた経験もあると言うから、校長室にある各期の卒業アルバムでも探ったら、写真の一枚くらいは残っているかもしれない、とか。
そんな話で生徒たちが盛り上がる位だから、件の新担任は、生徒たちの間ではそれなりに好評価な印象で通っていた。

だが、スコールはどうにも彼が苦手だった。
何がどう、と言われるとよく判らないが、なんとなく目を合わせるのが嫌だ。
そう思うのは、妙に彼と視線が合う瞬間があるからだろう。


(……見られている気がする)


スコールは、件の教員に対して、そんな風に感じていた。

クラス担任であるから、朝のホームルームを筆頭に、毎日顔を合わせる時間がある。
そしてその都度、ぱちりと真っ直ぐ、透明な青を捉える瞬間に見舞われるのだ。
こんな話をすると、サイファーあたりから「自意識過剰な奴だな」と鼻で笑われるのだが、スコールは間違いないと思っている。
何せ、ホームルーム然り、休憩時間の廊下であったり、彼の担当授業の時だったりと、ふとした時に視線を感じて顔を上げると、ばっちりと目が合うのだ。
その都度、彼は少し気まずげに視線を彷徨わせる仕草があるので、スコールは彼が自分を見ていることを確信した。

だからと言って、教師に向かって「不愉快なので見ないで下さい」とは言わないスコールである。
教師と揉めると言うのは大体面倒な事だし、何より、今の所は見られているだけなのだ。
それが視線の類に敏感なスコールにとっては不快を誘うが、では直接的な実害があるのかと言われれば、ない。
どちらかと言えば、面と向かって会話をする機会すらないので、遠巻きに見られている感覚があるだけなのだ。
これで「見るな」と言ったとしても、スコール自身、言いがかりの印象を出ないことは感じていた。

そんな訳で、最近のスコールは、休憩時間はぎりぎりまで教室から離れることにしている。
人気の少ない学校の校舎裏に逃げ込んで、遅刻だけはしないように努めていた。


(教師に目を付けられると、どんな厄介を押し付けられるか判らない。このまま距離は置いていよう)


そう思いながら、スコールは校舎裏で一人のんびりと過ごしていた。

校舎裏は野良猫たちが溜まり場にしていて、毎日何匹かの猫が日向で丸くなって微睡んでいる。
いつから彼らが此処にいるのかは判らないが、大体は人慣れした個体だ。
スコールは、時折そんな猫たちがじゃれて来るのをあしらいながら、午後の予鈴が始まるのを待っていた。
昼食を平らげて膨れた腹が、木漏れ日の心地良さと相俟って、気だるげな睡魔を誘う。
それに欠伸を漏らしていれば、連鎖するように傍らの猫たちも欠伸をして、もう寝てしまえと抗いがたい誘いをしているようだった。

とは言え、スコールに授業をさぼるつもりはない。
予鈴を聞き逃すことのないように、念を入れて携帯電話のアラーム機能を決まった時間にセットする。
制服のブレザーの胸ポケットにそれを仕舞って置けば、万一、寝落ちたとしても起きれる筈だ。

そうして習慣にした、アラーム機能のセットをしていた時のこと。


「───と……、君は確か───」


零れた風に聞こえた声に、スコールは誰か来た、と眉間に皺を寄せた。
此処はスコールの避難所なので、あまり人が集まることは望ましくない。
面倒な奴じゃないなら良いんだが、と仕方なく振り返って、まだ更に眉間の皺が深まった。


「……ロズフィールド先生」
「ああ、やっぱり。スコールか」


一ヵ月前にやって来た、スコールのクラスの新しい担任。
クライヴ・ロズフィールドと言う名のその人物は、クラスの生徒の名前を概ね覚えたらしい。
……スコールは二年生になって半年が経った今でも、曖昧な人物がいると言うのに、生真面目な事だと思う。

クライヴは木漏れ日の下で、スコールの周りを囲うように丸くなっている猫たちを見て、目を細める。


「此処は猫の集会場だったんだな」
「……そうですね」
「逃げないな。人に慣れているのか」


クライヴが近付いて来ると、猫たちは各々顔を上げたが、すぐにまた寝る体勢に戻った。
声を荒げる訳でも、煩い足音を立てるでもないクライヴを、どうやら猫たちは危険人物ではないと判じたらしい。

人懐こい一匹が、体を伸ばして起き上ると、「な~お」と鳴きながらクライヴの足元へやって来る。
猫はクライヴの足に体を擦り付けると、その場にごろりと転がって腹を見せた。
さあ撫でろ、と言わんばかりの猫の姿に、クライヴはくすりと笑って膝を曲げ、大きな手でふわふわとした腹を撫でる。

クライヴは猫の腹を撫でながら、校舎の壁に寄り掛かっているスコールを見て、


「君は、よく此処で過ごすのか」
「……偶には」


ほぼ毎日のように入り浸っていることを、なんとなくスコールは隠した。
隣の猫が、嘘ばっかり、と言いたげに鳴き声を上げている。

猫が腹を隠さないので、クライヴはじっと猫の腹を撫でている。
青の瞳が、何処か興味深そうに猫の様子をしげしげと眺め、撫でる手付きも、これはどうか、これは、と試すように変えている。
猫は時に、それは良い、それは嫌、と言うように、体を揺らしては自分の心地良いポイントへとクライヴの手を誘導した。

一頻り猫を撫でた後、気が済んだ猫がクライヴの手からするりと滑るようにして逃げる。
たっぷり撫でて貰って満足した猫は、もう此処に用はないと、手近な木の上へとするすると上って行った。
クライヴはそんな猫の姿を見上げている。
そのままじっと動かなくなったクライヴに、いつまで此処にいるんだ、とスコールはひっそりと眉根を寄せていた。


「……ロズフィールド先生は、猫が好きなんですか」


尋ねたのは、そうだとしたら、この避難所はもう使えない、と思ったからだ。
教室から少し遠いが、それ故に人があまり来ない為、スコールにとっては丁度良い休憩場所だったのだが、他の誰かが来るならもう仕方がない。
一人の時間を好むスコールにとって、それが確約できない場所は、もう使う気にはなれなかった。

スコールの問いに、クライヴは「どうかな」と曖昧に眉尻を下げている。


「猫とはあまり馴染みがないんだ。犬なら実家にいるんだが」
「……はあ」
「猫に触ったのは随分久しぶりだな。多分、子供の頃以来だ」
「……そうですか」


クライヴの言う事に、スコールは大した興味もなく、適当な相槌で返す。
それでもクライヴにしてみれば、普段あまり会話をしない生徒との、交流の切っ掛けと捉えられたのか。
彼は木の上で尻尾を揺らす猫を見詰めたまま、話を始めた。


「木の上に登って、下りられなくなった猫と子供を見付けたことがある。俺は敷地の外から見付けたから、家の人を呼んで来ようと思ったんだが……」
(……)
「怖かったんだろうな。子供が随分泣くから、早く助けた方が良いと思って。理由を話すのは後にして、まず助けようと思って、急いで木に登ったんだ」
(……ん……?)
「どうにか助けられて良かった。その時に猫も一緒に助けたから────それ位だろうな、猫に触った事があるのは。まだ俺がこの学校にいた頃だったから、もう何年前になるか」


クライヴの語るものは、彼のごく個人的な思い出話だ。
スコールからすれば、知りもしない人の過去など聞いた所で、どうしろと言うのだろう、と思うものだった。

しかし、今の話の中で、スコールの記憶の琴線が震えた。

それはもう随分と遠い日の出来事で、スコールがまだ十歳にもならない時のことだ。
何が原因だったか、同じ孤児院で過ごす子供たちの輪から離れて木に登り、下りられなくなって固まっていた。
どうにもならないままに過ごしていた所で、誰かが其処へやって来て、助けて貰った事がある。
後はその人に手を引かれ、わんわん泣きながらママ先生に迎えられ、泣き止むまであやして貰った後に、一人で木登りをしたことについて、こってりと絞られた。
そんな経緯でスコールは、元々苦手意識のあった木登りを、何が何でもやらない、と決めている。

結果、スコールが一番記憶として鮮やかに思い出せるのは、孤児院の母役であるママ先生に叱られたことだ。
どうして一人で木登りなんてしたのか、幼かったこともあって、既に記憶の海に埋もれて取り出せない。
だが、誰かに抱えて助けて貰ったことは、辛うじて掘り出せた。


(……まさか……)


スコールは、じっと木の上の猫を見詰めている男を見た。
しかし、幾ら考えてみても、あの日あの時、誰が自分を助けてくれたのかは、はっきりと出て来ない。
とにかく木の上から下りられなくて怖かった、そしてママ先生に叱られたのも怖かった───スコールが思い出せるのはそれが精一杯だった。

沈黙しているスコールに、クライヴは眉尻を下げて振り返る。


「すまないな、俺の昔話なんて聞いても、面白くないか」
「……」
「だが、どうしてだろうな。なんとなく、君を見ていると思い出すんだ。似たような目の色だったからなのか……」


クライヴのその言葉に、ぐ、とスコールは喉の奥を噛む。

蒼い目は、特段、珍しいものでもない筈だ。
目の前の男の目だって青いし、幼馴染の中にも、似たような色は少なくない。
だが、先のクライヴの思い出話を聞いてしまえば、彼の言う“子供”が誰を指すのか、スコールは完全に符合した。

────子供の頃の出来事なんて、今のスコールにとっては、黒歴史のようなものだ。
特に、あの日あの頃の自分は泣き虫の盛りで、なんでもないことでも、毎日のようによく泣いた。
幼馴染のサイファーなどは、今でもその頃を引き合いにだして、スコールを揶揄ってくる。
やり返してやれる位には強気になったスコールであるが、それでも幼い頃の泣き虫ぶりは、今のスコールにとって他人に知られたくない過去となっていた。

だが、どうやら幸いな事に、自分を助けてくれた嘗ての少年は、思い出話の張本人がスコールであるとは気付いていないらしい。
確か五つか六つになるかと言う時だったから、流石にスコールの顔立ちも、その頃とは変わっていた。
スコールも今の話を聞かなければ、クライヴが件の少年だったとは気付かなかっただろう。
まさか十年以上も経って、こんな形で再会していた等とは、夢にも思わぬ出来事であった。

胡乱な表情を浮かべてじっと見つめるスコールに、クライヴはことんと首を傾げる。


「どうした?何か────」
「なんでもないです」


スコールは、クライヴの言葉を遮るようにして言った。

気付いていないなら、知られていないのなら。
このまま、知らない振りをしていよう。
幼い頃の失態は、思春期真っ盛りの少年にとって、掘り返されたくない痴態に等しい。
例え記憶を共有する相手が、微笑ましそうにその出来事を語ってくれたとしても。



これまでじっと黙していた生徒の、急に食い込むようにして入った反応に、クライヴはぱちりと目を丸くしたが、スコールにとっては幸いなことに、それ以上に彼が何かを尋ねて来ることはなかったのだった。





『スコールとクライヴ、ほのぼの』のリクエストを頂きました。
弟属性のスコールと、兄属性のクライヴ。並べるのが楽しかったです。

クライヴが青年期(28歳)ならスコールとは11歳差、クライヴ壮年期(33歳)なら、スコールとは16歳差。
と言うことで、青年期クライヴなら、スコールが5歳の時にはクライヴが高校生!と言うことで、子供の頃に会ってた二人を後に再会させてみました。
でもクライヴが落ち着いているので、立ち振る舞いは壮年期かも。現パロなので、ベアラー兵時代みたいに擦れてた時代がなく済んでると言うのもある。

この場は黙して逃げたスコールですが、一応「あの時助けてくれたお兄ちゃん」なので、なんとなく避けることはしなくなると思います。
ただ「あの時助けた子供」とバレた時に何か言われやしないだろうかと思っている。バレたらクライヴは「大きくなったんだな」って言うと思う。遠戚のお兄さん??

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