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Category: FF
一時、恋人同士の時間を持ちたくて、スコールを連れて秩序の聖域を離れた。
何をしたいと言う訳でもなかったし、そう言うものは夜に集約されていた所もあり、それが不満と言う事もなかったのだが、それはそれ、だ。
聖域には他の仲間の気配もある事から、恥ずかしがり屋の恋人は、どうしてもスキンシップの類に積極的ではない。
元々がそう言う性格である事は判っているつもりだが、それでも時々、スコールの方から接触を求めて欲しいな、と些細な我儘を持つ事はあった。
だからスコールを連れ出した訳だが────秩序の女神の恩恵が届く範囲から一歩でも離れれば、其処は何処であろうと戦場だ。
徘徊するイミテーションや魔物に襲われるのは日常の一部で、それらは此方の都合など鑑みてはくれない。
静かな湖畔の袂で、少し緊張した面持ちのスコールから、不慣れながらも精一杯のキスが貰えそうな所だったのに、茂みの奥から匂った魔法の気配に、甘い空気は吹き飛んだ。
現れたのはイミテーションの群れだ。
練度は高くないが、どれもが通当てを得意とする魔法タイプのものであったのが、二人にとっては厄介なこと。
魔女を司令塔に、少女、妖魔、道化と言う配置に、近接パワータイプであるクラウドとスコールは聊か不利である。
先ずは魔法に癖があって、本人とよく似た軌道の読み辛い道化を集中して叩き、破壊する。
次に少女と妖魔を分断し、彼女らの懐に潜り込み、魔法使いが得意とする遠距離の攻撃を殺した。
僅かな時間差で二体は破壊され、最後に残った魔女を追う。
他の三体に比べれば精巧な造りをした魔女のイミテーションは、己の有利な立ち位置と言う者を正確に把握しているようで、決してクラウド達と距離を縮めようとはしない。
追えば追っただけ逃げる魔女に、痺れを切らしたのはスコールだった。
「一気に詰める」
「無理をするなよ」
ガンブレードを構え直し、リボルバーに弾を込めると、スコールの全身から闘氣の圧が溢れ出す。
狙いを定めた一歩を踏み出した直後、スコールは爆発的に加速した。
力の流れを刃の切っ先に集約し、発生する氣の流れに乗って、一気に魔女との距離を詰める。
魔女は抵抗に矢の雨をスコールに向かって放った。
スコールの氣の圧力を切り裂いて、黒曜の矢が彼の躰を掠めるように貫いて行くが、スコールの進軍は止まらない。
あと一歩と言う距離で、スコールは次の踏み込み、そこからもう一段階加速する。
ゴウッ、と真空を切り裂いて迫った刃に、魔女は後退姿勢を取りながらもう一度詠唱を始めるが、遅い。
耳障りな断末魔と共に、人形は粉々に砕け散った。
スコールの走った軌跡の刻まれた後を追う格好で、クラウドも走る。
人形の末路である破片が、光の粒子を纏って塵も残さず消えた頃、クラウドは少年の下へと到着した。
「他に敵はいないようだ。終わったな」
「ああ」
ふう、とスコールがようやくの一息。
その足元が僅かに揺れて覚束ないのを見て、クラウドは眉根を寄せた。
「怪我をしたか」
「……別に」
「隠すな。ちゃんと見せてみろ」
「大したものじゃない」
「お前のそれは信用ならないからな」
もう一度、見せてみろ、とクラウドが促す。
するとスコールは、判り易く眉間に深い皺を寄せたが、じっと見つめる魔晄の瞳に敗けて、ズボンの裾を捲り上げた。
スコールの足は、矢が突き刺さった痕がくっきりと残り、出血している。
大漁出血、と言う程に大きなものではないが、このまま歩くのは辛いだろう。
「ポーションもないしな……ケアルは?」
「戦闘で魔力は使い切った。……応急処置だけ済ませる」
「俺がやろう。ちょっと座れ」
必要ない、自分でする、と言われる前に、クラウドはスコールに楽にするようにと言った。
案の定、スコールは「自分で」と言おうとしたのだろう、口が中途半端に開いたが、クラウドが応急処置用の包帯を用意するのを見て、大人しく腰を落とした。
地面に座り、ズボンを膝下まで捲り上げるスコール。
遠出のつもりなら水筒位は用意して出たのだが、今回は直に戻るつもりであったから、使える道具は然程ない。
スコールが持っていた布地で足を濡らす血を拭いたら、包帯で手早く周りを覆う。
後は早めに聖域に帰って、魔法で治療するのが良いだろう。
その為にも、とクラウドは、スコールの躰をひょいと抱いて立ち上がった。
「な……!ちょっ、おい!」
「ん?」
急な浮遊感に驚いて声を上げるスコールに、クラウドはけろりとした声で返事をした。
どうかしたか、と平然とした顔で訊ねる男に、スコールは赤い顔で近い距離にあるクラウドの顔を睨む。
「下ろせ!歩ける!」
「歩けはするだろうが、それだと悪化するだろう」
「問題ない!」
「まだ出血も止まってないんだ。安静にしておけ」
そう言って、クラウドは歩き出した。
出来るだけスコールの足を揺らさないように───と思っているのだが、抱えられている本人が暴れるものだからどうしようもない。
「あまり騒ぐな。落とすとまた怪我をするぞ」
「あんたが下ろせば良い話だ!」
「それじゃ傷が悪化する」
「平気────っ……!」
平気だ、と言おうとしたスコールの声が途中で途切れる。
足を引き攣ったように強張らせ、顔を顰めるスコールに、言わない事じゃないとクラウドは溜息を一つ。
「意地を張るからだ」
「……意地なんて張ってない」
「ああ、そうだな」
意地っ張りで負けず嫌いの少年は、図星である程それを認めたがらない。
クラウドが流す形で返してやれば、今度は拗ねた顔で唇を尖らせた。
抱えたスコールを出来るだけ揺らさないように、しかしのんびりとする訳にも行かないので、クラウドは急ぐ歩調で帰路を進む。
スコールは時折眉根を寄せ、痛みを堪える仕草を見せており、やはり歩かせなくて正解だったとクラウドは思った。
クラウドとしては、欠片でも自分に魔法の才があれば、もう少し痛みをなくしてやる事が出来たのにとも思うが、ないもの強請りをしても仕方がない。
ちょっとしたデートの気分で出掛けるにしても、ポーション位は用意しておくべきだったな、とそれは反省した。
聖域の気配が近付いてきた頃、おい、とスコールが声をかけた。
「なんだ?」
「……着く前に下ろせ」
その言葉にクラウドが足を止めて腕の中の少年を見れば、薄らと赤い顔が此方を睨んでいる。
恥ずかしがり屋の彼の事だ、このまま帰って誰かに目撃されたくないのだろう。
そんなスコールに、クラウドは俄かに悪戯心が擽られた。
「別に俺は疲れていないぞ」
「あんたの事を気にしてるんじゃない」
「怪我人を運ぶのは普通の事だ。恥ずかしがる事でもない」
「じゃあせめてこの運び方を止めろ」
「怪我人や病人の運搬には適した手法だと思うが」
クラウドはスコールの背中と膝裏に腕を通し、横抱きにしている。
これだと両手が使えなくなる為、戦場と言う環境には適していないと言えるだろう。
スコールは意識があるので、背負えば自分でクラウドに掴まる事も出来るし、クラウドも武器を持つ手が空くので其方の方が無難だ。
しかし横抱きにしていると、運んでいる人物の顔が確認し易い為、負傷者の容態を確かめながら運ぶことが出来るので、クラウドの言うことは事実である。
しかし、この体勢はクラウドやスコールの世界では、俗に“お姫様抱っこ”と言われる奴で、女性がロマンスを求めて憧れるスタイルでもある。
女性は抱える男性の腕に体をすっかり預け、男性は人一人をその腕のみで抱えなくてはならないので、腕だけでなく体幹にも十分な筋肉を求められる。
この時、女性がドレスでも着ていれば、それはそれは映える絵になるのだが、現実は中々難しかったりする。
それを平然とやってのけるクラウドの筋肉は伊達ではない───が、抱えられているスコールは男だ。
背に感じる腕の逞しさは力強く、頼り甲斐があるのだろうが、それにときめく心をスコールは持ち合わせていない。
「とにかく下ろせ。出血も止まったし、もう歩く」
「無理をするな」
「してない。もう、あんた、しつこい!」
スコールは腕を振り回して、クラウドの腕から逃げようとする。
しかし、この抱き方は、古くは花嫁を攫う為の手法として使われた、等と言う話もあり、抱えられた者が其処から抜け出す事が難しい。
何せ腹に力を入れようにも腹部が折り畳まれた状態で、膝は曲げられ、踏ん張りも利かないのだ。
由来については真偽の判らない事だが、スコールが幾ら暴れた所で、簡単に逃げられる訳もないのは確かだった。
クラウドの肩を掴んで腕を突っ張ったり、顎を押してみたりと奮闘するスコールだが、クラウドはけろりとしていた。
寧ろ、何処か微笑ましそうに魔晄の双眸が細められ、それに気付いたスコールが益々悔しくなる。
「くそ……」
「着いたら下ろすさ。それまで良い子にしていろ」
「子供扱いするな」
苦い表情で、最後の抵抗のように、スコールはクラウドのアシンメトリーに伸ばしたもみあげを引っ張る。
いたた、とクラウドが顔を顰めれば、ようやく幼い留飲が下がったようだ。
クラウドに全く下ろす気がない事、これ以上抵抗しても自分が疲れるだけだと悟ったか、スコールは一つ息を吐いて、体の力を抜いた。
クラウドの腕に感じる重力感が少しばかり増したが、気になる程でもない。
暴れてくれたお陰で楽なポジションから少しずれてしまった体勢を、クラウドは抱え直して整えてから、歩く足を再開させた。
規則正しい歩調のリズムに揺られながら、スコールはクラウドの肩に頭を乗せる。
歩かなくて良い事が楽であるのは事実だし、それなら利用させて貰おう、とようやく切り替えたのだろう。
肩を擽る柔らかい髪の感触を感じながら、クラウドは進む。
「痛みはどうだ?」
「……マシにはなった」
「次はちゃんとポーションを持って行った方が良いな」
「……ああ」
「まあ、俺はまた“これ”でも構わないが」
クラウドの言葉に、じろりと蒼が睨む。
絶対に御免だ、と言う音のない声を聞きながら、クラウドは傷のある額にキスをした。
真っ赤になって下ろせと再び叫び出したスコールを往なしつつ、やっぱりこの抱え方が正解だな、と思うのであった。
7月8日と言うことで、いちゃいちゃクラスコ。
戦闘中はどっちもそのスイッチが入ってるから、無茶するのもまあ仕方がない位の心構えだけど、終わったら甘やかしたいし大事にしたいクラウドでした。
誰かと熱を共有したのは、随分と久しぶりの事だったように思う。
ただ欲を発散するだけなら、それを生業にしている者を買った事もあるけれど、それとこの熱は別物だ。
触れ合う肌の存在すらも邪魔に感じてしまう程、蕩け合う心地良さに身を委ねる事が出来たのは、もう何年の昔の話───だった。
愛しい人を喪ったのはロックにとって深い根を張り、故に彼は“守ること”に固執する。
馴染みの付き合いとなったエドガーから、「気持ちは判らんでもないがね」と少し苦い笑みを向けられる位には、ロックの根は重く昏い所に食い込んでいる。
ロック自身も少なからずその自覚はあったが、だが、だからと言って、嘗て自身の自惚れや油断から、全てを捧げても良いと思った人を喪った事は、忘れ難いものだったのだ。
だから、誰かと深く繋がる事もしなかった。
職業柄もあって、人との繋がりや縁を作る事に抵抗はなかったし、だからこそロックはパイプ役として役に立つ事が出来た。
秘宝を求めて培った情報網が、帝国との戦いに役立ったのは、その帝国の攻撃に因って命を落とす事になった恋人への贖いをしているような気持にもなれた。
───そんなものを彼女が望んでいた訳でもないのだろうけれど、軛に繋がれ続けていた男にとって、それが生へのエネルギーになっていた事も確かである。
けれど、結局の所、それはそれ、と言うものだ。
パイプ役も、それを通じて得た人との縁も、ロックにとっては“役に立つもの”であったけれど、其処に特別な感情があった訳ではない。
けれど今、褥に組み敷いて繋がり合う少年との邂逅が、ロックのそんな垣根を越えさせた。
「あ……んん……っ!」
「……っ!」
ピアスが光るロックの耳元を擽る、甘い吐息。
平時の低く落ち着いた声色とは全く違う、判り易く上擦った声を聞きながら、ロックは少年───スコールの中へと自身の熱を吐き出した。
スコールはロックの熱を余す所なく受け止めながら、「あ、あぁ……!」と背中を仰け反らせている。
本能的な反応か、逃げを打つように捩られる細い腰を抱き寄せれば、薄い腹がビクッと跳ねた。
連動するように締まる中の感触が心地良くて、ロックは汗を滲ませながら、歯を噛んで競り上がる衝動が終わるのを待った。
はあ、はあ、と二人分の熱の籠った呼吸が繰り返され、灯りを消した暗い部屋の中で反響する。
絶頂の余韻か、ヒクヒクと震えて已まない中の感触が心地良くて、ロックはこのままでいたいと思う。
しかし、四肢を強張らせている少年の負担を考えると、流石にそれはと思い直し、ロックはゆっくりと体を起こして、スコールを開放した。
「あ……う……」
擦れる感覚にか、スコールが悩ましい声を零す。
抱いていた腰を掴む腕の力を緩めると、またスコールが身を捩った。
白い足が何度もシーツの波を蹴って、長い睫毛を抱いた瞼が、何かに耐えるように強く瞑られる。
それから幾何かして、濡れた唇から、ほう……と吐息が零れた後で、ようやくスコールが目を開けた。
「っは……はぁ……」
「……大丈夫か?」
「………」
ロックが声をかけると、蒼の瞳がゆぅるりと此方を見た。
いつも凛として、聊か尖った印象すらも与えるブルーグレイが、今は蕩けて柔らかい。
眦に滲む雫を、そっと指先で拭ってやると、スコールは猫のように両目を細めた。
動く気力もないであろうスコールの躰を抱き起こすと、スコールはそのままロックに寄り掛かって来た。
火照った肌に滲んだ汗が、降れる肌の温度を奪っているのか、触れ合う躰が僅かに冷たく感じられる。
さっきはあんなに熱かったのに、と思っていると、スコールの頬がロックの肩に寄せられた。
「……つかれた……」
「はは、そうだろうな」
「……こんなに、疲れるなんて……」
知らなかった、と呟くスコールの声は、少し掠れている。
良く喘いでたもんなぁ、と思いつつ、ロックはふと気になる事を思い切って訊ねてみた。
「なあ、スコール」
「……なんだ」
「ひょっとしてお前ってさ、こう言うの、初めてだったか?」
それは、触れ合う直前という段階になって、ロックが違和感に気付いた事だった。
こう言った事も考えられる間柄になってから、それなりの時間が経って、ようやく今日と言う日が来た。
男であれば、やはり好いた者への情欲と言うものが沸いて来る。
相手が男であってもそう言うものが沸くのかと、それはロックも初めての経験ではあったが、単純な性欲処理の目的ではなく、心から全て交わりたいと思っていたのは本当だ。
とは言え相手はどうかと、伺うように何度かに渡って確かめて、スコールも同じ気持ちである事を確認してから、ロックは彼を抱く決意をした。
そして今晩に至った訳だが、正にそれを始めようと言う所で、ロックはスコールが酷く緊張した面持ちをしている事に気付いた。
相手は同性であるし、抱かれる側となれば無理もないだろうと、出来るだけ優しく努めようと思ったロックであったが、どうやらスコールの緊張の下は、それ以前の問題であったように感じられた。
例えば、キスをする時に息を止めていたり、耳に触れると酷く驚いた顔をしたり。
胸に触れれば困惑した表情を浮かべたのだが、蕾に触れると可愛い声が出て、顔を真っ赤にして口を塞いだりもして。
固く閉じている秘部に受け入れて貰う為、解さなくてはと指を入れると、引き攣った声が出た。
其処で経験するのが初めてなら仕方のない事で、それなら傷付けないようにロックはこれ以上ない程、丁寧に宥めてやったのだが、それが彼の新たな扉を開いたらしい。
次第にスコールの躰は熱を帯び、快感を拾うようになり、それがまた快感の呼び水になったのか、いつしか彼は何処に触れても艶のある声を上げるようになった。
そして、感じれば感じるほどに、彼は困惑しては縋るものを求めてロックを呼び、繋がった時には既に前後不覚になっていた程。
それだけ感じていたのは、彼自身の躰が、触れられる事に対してまるで耐性を持っていないと言うのもあるのだろうが、それ以上に、快感と言うものに対して無防備であったからだ。
ロックが触れる度、体に湧き上がる感覚や衝動を往なす術と言うものを、スコールは全く知らなかったのだ。
行為の途中からそれに気付いたロックであったが、最中に問うのも無粋な気がして、それ以上に自身の昂ぶりにも浚われて、確認する事を後回しにしていたのだが、
「……悪いか」
ようやく訊ねたロックに対し、スコールは顔を上げずにそれだけ答えた。
詰まりは、ロックの問う通りだと言う訳で、ロックはやっぱりなぁと思いつつ、
「意外……」
「はあ?」
ぽつりと小さく零れたロックの呟きは、腕に抱かれた恋人にしっかり聞こえていた。
赤らんだままの顔を上げ、眉尻を吊り上げて睨むスコールに、ロックは迂闊な自分の口を抓りつつ、
「いや、悪い、そうだったな。お前の世界じゃ、お前はまだ大人じゃないんだっけ」
「……」
「俺の世界じゃ、お前くらいの歳には、もう経験してる奴が多かったから。お前も綺麗な顔してるから、モテるんだろうなと思ってたしな」
世界が違えば、その背景も違い、情勢は勿論、常識も変わる。
ロックはそれをこの闘争の世界に召喚されて知った。
ロックにとって、自立していればその年齢を問わずに───最も、10歳そこらであれば話は違うが───成人と見て良いと思っている。
しかし、スコールの世界では、20歳未満はまだ法の下に保護される立場であり、故に大人ではない制限も多いとのこと。
性的経験の類については、少なくとも“公的には”それを許される年齢には届いていないらしい。
それでも、大抵は個人個人で階段を上る例も少なくないそうだが、スコールは人の輪から離れて過ごしていたから、そう言った付き合いもなかったのだろう。
そう考えると、スコールの“初めて”が今日であったのは、当然と言えば当然と言えた。
想像が足りなかったと、自分の一言が聊か軽率であったことを詫びるロックを、スコールはしばらく睨んでいたが、やがて溜息を一つ吐くと、またロックの肩に額を乗せた。
甘える仕草で許してくれることを伝える恋人に、ロックも詫びの気持ちを込めて、濃茶色の髪を撫でる。
「そっか、初めてか」
「……何回も言うな」
「悪い悪い。ちょっと嬉しかったから」
そう言ってまだ火照りの引かない背中を抱き締めれば、ゆるゆるとロックの背中にも腕が回る。
疲れの所為だろう、抱くと言う程その腕に力は入らなかったが、肩に添えられた手が柔く甘えてくれているのが判った。
(───こんなの、久しぶりだな)
思いを通じ合った人と、こうして熱を交えて、終わった後もこんなにも甘くて緩やかな時間を過ごす。
随分と奥に置き去りにしたような感覚に、感慨深ささえも湧いて、同時に嘗ての喪った人への罪悪感も少し。
少しだけなのか、と存外と自分は薄情なのかとも思ったが、腕に抱いた少年の体温は心地良くて、知ってしまったらもう手放す事は出来ない。
どうか彼女に、自分は駄目でも、少年のことは許して欲しくて、ロックは記憶の中で静かに笑う彼女へと目を閉じる。
一つ、二つと呼吸して、ゆっくりと瞼を持ち上げれば、頬を掠める濃茶の糸が見えた。
柔らかい猫っ毛をしたそれを指の隙間に通しながら梳いて、後れ毛のある項に指が触れると、ピクッとスコールが身動ぎする。
「……やめろ」
「嫌か?」
「…くすぐったいんだ」
拒否するように言いながら、スコールはロックの手を振り払うことはしなかった。
それを良い事に、ロックはもう一度、スコールの項に指を滑らせる。
「んっ……」
ぴくん、とスコールの肩が震えて、小さく声が漏れる。
感じているのだと判るその反応に、やっぱり敏感だな、とロックは思った。
(初めてだったのに、あんなに感じてたもんな)
「……う…ロ、ック……」
(何処触っても感じてて───)
「触るなって、んん……っ!」
つ、つぅ、と指を滑らせ、項から背中へ。
窪みのある背筋をそのラインにそってなぞって行けば、スコールの躰は逃げようと仰け反った。
撓り沿った背中を抱きながら、ロックがスコールの首に吸い付けば、ひゅっとスコールの喉が息を詰まらせる。
そのまま二人の躰はベッドへと落ちて、ロックは腕に抱いた少年に再び覆い被さった。
「や、ロック……っ!」
「悪い。もう一回したい」
「あ……っ!」
ロックの手は更に下りて、小ぶりな尻を撫で、秘めた場所を目指す。
そこに触れてみれば判り易くヒクついたのが伝わって、スコールの顔が益々赤くなった。
抵抗するように白い足がシーツを蹴っていたのは、初めの内だけ。
あやすように首筋にキスをして、少しずつ位置を変えて上って行き、唇を重ねた時には、もうスコールは嫌がらなかった。
寧ろ求めるようにロックの首に腕を絡め、拙いながらに口付けに応えようとしてくれる。
普段は大人びた顔をしている癖に、初めての快感に蕩け切った少年の顔は、とても甘くて媚毒のように雄を惹きつける。
性に疎いこの躰が、これからどんな風に乱れるようになって行くのか、想像するだけで酷く興奮と高揚が滾るのを、ロックは感じていた。
6月8日と言うことで、ロクスコ。
Ⅵではロックが一番好きなので、昔からやたらと彼の設定資料の類を漁っていたのですが、結構濃い人生送ってますよね。それで25歳というのがまたね。
生粋のトレジャーハンターであり、リターナーの一員として一人帝国支配域に潜入したり、世界の崩壊後も秘宝を求めて一人フェニックスの洞窟まで行っていた彼ですので、ゲーム中ではコメディリリーフも努めますが(船酔いとか)、結構旅慣れてる上にやり手なんだろうなと思ってます。
となるとアレコレの経験もそこそこあるだろうし、そんなロックにしてみたら、箱庭育ちの17歳は初々しいもんだろうなぁと言う妄想。
バッツの世界にも傭兵と言う職業はある。
普段は旅人のように根無し草だが、金で雇われると、一時の雇用主の命令に従う関係を作り、その期間が終わればまた根無し草に戻る。
必要とするのは王族や貴族と言うよりも、商人が旅や仕入れの道中に魔物や盗賊に襲われないよう、護衛を求めることも多かった。
バッツは旅人であるが、路銀を稼ぐ為に、その真似事をした事もある。
その身を種に仕事を貰う訳であるから、中々に良い収入が得られる事もあるのだが、ケチな雇用主に適当な文句をつけられて、碌に報酬が支払われないトラブルも少なくなかった。
だから旅人や傭兵と言うのは、嫌が応にも、ある程度の人を見る目という物を養われる。
さもなければ、自分の働きに見合っていない、と言う理由で、雇用主である相手に圧をかけて報酬額を修正させる、と言う手段を使う必要がある。
その他にも、独自のコミュニティや情報網を持ち、誰それの仕事は美味い、誰それはやめておけ、と言う話にも耳を欹てていた。
そうしなければ、ハイリスクノーリターンの仕事ばかりになるから、それが嫌なら自分を守る為にも眼を磨け、と言うことだ。
だから、と言うのもあるのだろう、バッツが知っている“傭兵”と言うのは、見た目も判り易い無頼漢である事が多い。
よく栄え、法を守る事に敬虔な街でもなければ、海賊や盗賊ですら、堂々と酒場で飲めるのが罷り通っていたのが、バッツの世界と言うものであった。
金さえ落としてくれれば、その金の出所が何だって良い、と言った風潮が当たり前に存在していたのも大きいだろう。
故に、賊の類が街で悪さをした時に捕まえられるようにと、守り石のような目的で、強面の男を用心棒とする目的で、“傭兵”を雇っていた店も多かった。
勿論、見目の良い傭兵───そう言うのは大抵、元々は何処かの騎士として仕え、某かの理由で退役した者だった───と言うのもいたが、それはそれで、体には歴戦の記憶が刻まれていたものだ。
そう言うイメージが根強いバッツにとって、自身を“傭兵”と称したスコールは、不思議なものだった。
綺麗な顔をしていても、額に走る大きな傷があるので、そりゃあ傭兵なんだから傷の一つや二つあるよな、とは思う。
体にも傷は残っているし、特に肩を貫かれたのであろう、大きな裂傷痕を見た時には驚いた。
よく無事で、肩が今も問題なく動かせるなあ、と思ったものだ。
だが、そう言うものよりも何よりも、バッツが不思議に思ってしまうのは、スコールのシルエットの細さだった。
一見すると戦場に立つには頼り無くも見える線の細さであるが、脱いでみると意外とちゃんとした筋肉に覆われている。
ただそれが盛り上がるように頑健ではないだけで、彼は無駄なく引き締まった体躯をしているのだ。
だから彼の体が、遠目に見た以上によく鍛えられているものだと言うのは判るのだが、反面、未発達な青さも残っているのも事実。
そんな躰で戦場で残って行けるのか、と疑問を呈したくなったのは、きっとバッツだけではないだろう。
だが、スコールの世界では、彼のような人間でも十分に“傭兵”になれるらしい。
と言うのも、戦場の有り方と言うものが、バッツやセシルが想像するものとは大きく異なっているのが大きな理由として挙げられる。
体を鍛える事で得られるフィジカルの強さに依存しない、銃火器類や機械が発達しているスコールの世界では、剣の類は寧ろ衰退していく傾向があるらしい。
単体が切迫しての白兵戦は極力避けられ、敵が接近する前に銃や魔法で応戦するか、大型駆動の兵器を利用して圧をかけるのが主流であるそうだ。
そんな世界にあって、身一つで大型駆動の機械すらも制圧する、一騎当千の力を持つのが、スコールが自身を称する際に用いる、“SeeD”と言う傭兵なのだと言う。
傭兵と一口で言う中に、わざわざ”SeeD”と言う独自の呼称がつけられると言うことは、やはり特殊なものなのか。
バッツが訊ねてみると、スコールは「そうだな」と頷いた。
スコールが言うには、SeeDは“ジャンクション”と言う能力を使う技術を備えており、魔法力を装備品のように自身に接続する事で、身体能力の大幅な向上が可能であると言う。
これにより、並の人間では到達できないスピードで動いたり、細腕とは思えない腕力を発揮したりする事が出来るのだ。
そんなに便利ならどうしてSeeD以外が使わないのか、とバッツが訊ねると、スコールは「色々と理由がある」と言った。
そもそもの素養の問題であったり、適正であったり、接続する理屈は出来ていてもその運用に関してはまだまだ未解明な部分が多かったり。
スコール自身が余りその事に詳しくないのは、「俺は使い方を習っただけだから」とのこと。
正体不明の部分が多い事に、不安はないのかと訊ねたら、スコールは「……別に」と言った。
是とも否とも取れない反応は、本当に気にしていないのか、それとも、と思ったが、バッツにはまだ判らない。
何れにせよ、そう言う技術を使ってでも、強力な傭兵と言う存在が必要にされる位には、スコールの世界も殺伐とした所があると言うことだろう。
────と、暇潰しの雑談になんとなくで投げかけた質問に、意外と丁寧に答えてくれたスコールに軽い感謝を述べつつ、バッツはふと思った。
「傭兵って事はさ、スコールはお金で雇われる事もあるんだよな」
「ああ」
「やっぱりそれって、魔物退治がメインな感じ?」
訊ねるバッツに、スコールは開いていた本から僅かに視線を上げた。
思い出す為にか僅かに間を置いてから、いや、と答える。
「そう言う依頼も多いが、それに限った事はない。要人警護とか、催事の警備とか。緊急の類なら、敵対国やテロリストへの即時応戦や捕縛、と言うのもある」
「そんなに色々やるのか。専門でコレをやる、って言うのはないのか?」
「人材によってはそうする事もあるが、来る依頼は特に制限は設けてなかった筈だ」
「依頼が来るってことは、スコールが自分から選びに行くとかじゃないのか。胴元がいる感じ?」
「……まあ、そうだな。フリーランスなら、個人経営の事務所を構えて、依頼が来るのを待っているのもいるだろうし、斡旋所みたいな所に登録する奴もいる筈だ。依頼を迎えに行くタイプの奴は、傭兵稼業を始めたばかりの奴じゃないか。俺達SeeDはガーデンに属しているから、依頼が寄せられるのはそっちだ。そこからSeeD個人に仕事が割り振られる」
へえ、とバッツの感心した声。
「そのガーデンってとこが仕事のアレコレを管理してるんだな」
「ああ。ガーデンはSeeDにとって、マネジメントをする役割も持っていた。同時に、商品であるSeeDとして人材を育成する場所でもある」
「そんな大掛かりな事までしてるって事は、相当しっかりした胴元なんだろうな」
「……どうだか」
バッツの言葉に、スコールが溜息を吐く。
何処か鬱々とした空気を漂わせる表情に、おや、と思ったバッツであったが、なんとなくスコールからこれ以上の事は言いたくない、と言う空気が滲んでいるのは感じ取れた。
それより、バッツにとって大事なのは、
「って事は、スコールを雇いたかったら、そのガーデンってトコに依頼を出せば良いんだな」
「…そう言う事だが…あんた、俺を雇いたいのか」
意気揚々としたバッツの声に、ひょっとして、と訊ねるスコール。
そんなスコールに、バッツは勿論と頷いた。
「お金を出せばスコールを雇えるんだ。雇えたら、その期間はスコールはおれと一緒にいてくれるだろ?」
「そんな目的で依頼を寄越すな」
「良いじゃん、良いじゃん。で、そう言うのは可能?」
「……要人警護の類なら。だが、その分依頼料は高いぞ」
「マジ?幾らくらい?」
「……あんたと俺の世界で貨幣価値の基準が同じか判らない」
食い付くように顔を近付けて訊いて来るバッツに、スコールはその距離の近さに眉根を寄せながら答えた。
この世界に集められた十人の仲間達の中で、常識的と呼ばれる範囲の意識の差は大きい。
機械技術が当たり前にある世界、魔法技術が多様な世界、それらが入り混じった世界と、文明背景の違いも大きく、これが個々人の価値観に大きな違いを生んでいる。
金銭価値と言うのも総じて幅があり、ポーション一つが20ギル、と言う者もいれば、300ギル、と言う者もいた。
十倍以上の値の違いの理由は、アイテムやそれを作る素材が豊富なのか、技術の発展により少ない素材で大量生産が可能になったのか、そもそも1ギルに対する価値が違うのか、様々だ。
そんな中、スコールとバッツの世界と言うのも様々な違いが多いので、これを同基準にして説明するのは難しい、とスコールは思う。
スコールの指摘はもっともで、確かに、とバッツも納得する。
「じゃあ、この世界で言ったら幾ら位?モーグリショップに持ってったら結構良い値になるものってあるだろ。その辺で価値が合いそうな感じの奴で」
「………」
バッツの提案に、スコールは眉間に深い皺を寄せて俯く。
沈黙したまま、じっと考え込んでいる様子のスコールを、バッツはわくわくとした気分で待った。
───この世界に存在しているものなら、確かに価値観を共有できるから判り易いだろう。
だが、この世界の貨幣価値もまた独特なものなので、それに照らし合わせるとどうなるか、スコールにもはっきりとは判らない。
其処まで気にしていてはキリがないので、単純に数字が一致するものでいいか、とスコールは切り替えた。
しかしSeeDへの依頼料と言うのは、ある程度の基準を設けてはいるものの、後は依頼内容と派遣する人員を以て変動するものであった。
例えば、某国の首脳クラスの警護依頼と、小さな町の有力者の警護依頼とでは、天と地の差がある。
其処に求められる派遣人数の規模によっても、数字は変わって来るので、一概に「この値段で」と言い切るのは難しい。
況してや、“旅人”なんて職業をしている人間の警護なんて、スコールは聞いた事がなかった。
何処かのお偉方の子息を対象に、お忍び旅の警護なら有った気もするが、バッツにそれは当て嵌まるまい。
彼の求めるものと可能な限り照らし合わせるなら、遺跡や洞窟を調査する団体の警護と言う辺りになりそうだが、団体規模が大きければ派遣人数が増えるが、バッツ一人であれば……と言う所まで考えて、
(……いや)
ふ、と。
スコールの心に、ささやかな悪戯心のようなものが芽吹いたのは、その時だ。
ちらりと蒼の瞳がバッツを見れば、褐色の目がきらきらと輝いている。
そんなに自分を雇いたいのか、物好きな、と思いつつ、
「あんたが雇いたいのは、俺なんだな?」
「うん」
「指名するならその分、値段は上がるぞ」
「そうなのか。でも良いや、スコールが良い」
ガーデンやSeeDのシステムと言うものを、バッツは余り理解していない。
胴元のいる傭兵団、と言う雰囲気は判ったが、その中がどういった組織運営が成されているかはさっぱりだったし、此処でもやはり世界の違いと言うものが壁を作るだろう。
だが、そんな事はバッツにとっては大した問題ではない。
バッツはとにかく、“スコール”を雇いたいのだから、他の人員に来られても意味がない。
それなら、とスコールは続けた。
「あんたがこの間、モーグリショップで買うのを迷っていた武器があるだろう」
「ああ、うん。インフェルノソードだったかな」
「あれの十倍」
「えっ」
「それで一日だ」
先日、バッツがモーグリショップで見つけた、一本の剣。
素材も質も良く、華美にならない程度に飾られつつ、柄に埋められた魔法石も中々に良いものだった。
当然、値段もそれなりに張るもので、悩んだ末に、懐の侘びしさを理由に諦めていたそれを引き合いに出せば、バッツは判り易く目を丸くした。
その上に更に値段を吊り上げてやれば、えええ、と声を大きくする。
「そんなに?スコール、そんなに高いの?」
「一応。それなりの立場にいるからな」
そう言って口元に微かな弧を浮かべるスコールに、バッツはごくりと唾を飲む。
「ええ~、おれ幾ら持ってたかなあ……」
「本気で出す気なのか」
「だってそれだけ持ってればスコールと一緒にいられる訳だし。それに、おれが出せなくても、他の誰かが出せば、スコールは行く訳だろ?」
「依頼ならな」
「じゃあその前におれがスコールを雇わないと」
真剣に頭の中で算盤を弾き、貯金と相談しているバッツに、スコールの喉がくつくつと笑う。
楽しそうなスコールのその様子に、ひょっとして吹っ掛けられたかと思ったバッツだったが、しかし時折聞くスコールの話───彼が“指揮官”、即ち組織の中核を担う立場にいること───を思い出すと、強ち嘘ではないようにも思えて来る。
第一、傭兵と言うのは、貰える金額でどの依頼を受ける決める事が出来るのだ。
ガーデンと言う胴元がどのように仕事をスコール達に割り振るかは判らないが、依頼料が物を言うのも確かだろう。
それなら、スコールを確実に射止める為には、十分な蓄えが必要だ。
うんうんと真剣な顔で唸るバッツ。
あれを売ってこれを売って、とよく拾い集める素材の値段から計算を続けて行くバッツに、スコールは手元に開いていた本を閉じて、小さな声で言った。
「極稀な話でもあるんだが、依頼主の背景や、報酬の内容によっては、特別価格も考えない事もない」
「ホントか?」
ぱっと振り返って食い付いて来たバッツに、スコールがにんまりと笑う。
彼にしては珍しい、判り易く悪い笑みであったが、バッツはそれを気にしなかった。
それより、スコールを格安で確保できるなら、其方の方が大事だ。
「先ずは依頼内容の変更。派遣対象の指名を止めるか変更すれば、金額は変わる」
「それはナシ!来て貰うのはスコールじゃなきゃ」
「それなら、報酬の交渉だな。金額が足りないのなら、その分何かを上乗せする事だ。移動費や飲食に関わる費用の負担や、あんたが俺を雇う事による、俺のメリットの提示」
「うーん、難しいなあ。金は出すだけで精一杯だし。あ、飯ならおれが作ってやるよ。スコールの好きなもの、毎日三食、夜食付き!どう?」
「魅力がない訳じゃないが、報酬金額が足りないのは変わらないな」
「スコールは高いんだなぁ。でもスコールだもんなぁ。うーん、じゃあ他には……」
首を捻って、スコールを雇う権利を得るべく、真剣に考えるバッツ。
昼寝付きとか、と言ったりもしてみるが、護衛が昼寝をしてるってどうなんだ、と言われれば尤もである。
恐らく此処でスコールが有用と思う事───例えば地方豪族や貴族とのコネクションであるとか、ちょっと表には流せないものを手に入れられるルートを示す事が出来れば、有効な交渉手段になるのだろう。
しかし、バッツの世界ではそれが通っても、違う世界で生きるスコールにそれは有用になるものだろうか。
せめてこの世界で同等になるものを示さなければ、恐らくスコールの言う“足りない報酬への代替え案”にはならないだろう。
おれって案外何も持ってないんだなあ、と、自由である事が信条であるからこその不利を、こんな所で痛感しているバッツであったが、
「あんたが思いつかないなら、俺の方から報酬を指定しても良いか」
「ああ、良いぞ。スコールが欲しいものって事だろ?」
「……まあ、そうかもな」
バッツの言葉に、スコールは一瞬口籠りつつも、これを否定はしなかった。
それさえあればスコールが、と高揚した気分で待つバッツであったが、自分が特別に持っていると言う物は少ない。
スコールが欲しいもので、自分が持っているものがあれば良いんだけど、と思っていると、本を手放したスコールの指が、つい、とバッツの顔へと向いて、
「あんただ」
「へ?」
「護衛の報酬に、あんた自身を寄越せ。それで特別価格にしてやる」
真っ直ぐ向けられる指先と、薄く笑みを湛えた蒼の瞳。
滅多にお目に掛かれない、何処か楽しそうな色を抱いた瞳の輝きに、バッツは吸い込まれるように見入っていた。
余りに見入っていたものだから、バッツは自分が間の抜けた顔をしている事に気付いていなかった。
半開きになった口の下唇を、スコールの指がつんと触れる。
バッツがはっと我に返った時には、その手は既に退いていて、スコールは組んだ膝に頬杖をついて此方を見ている。
「俺を一日雇用する毎に、あんたの一日を報酬に貰う」
「えーっと。それ、例えばおれが一週間、スコールを雇ったら、」
「雇用期間が終わった後の一週間、あんたは俺のものだ」
「じゃあおれが一生分の報酬をあげるって言ったら?」
「……さあ?」
どうするかな、と嘯きながら、スコールの表情は判り易く楽しそうだった。
58の日と言うことで。
ビジネスの話をしているようでただいちゃついているだけです。
バッツの世界はまんま中世ファンタジー的な世界なんで、騎士や城仕えの兵だけでなく、傭兵もそこそこいるんだろうなあと思ってます。
ギルド的なものもありそうだけど、それよりは個人で稼いでるその日暮らしとか。
そう言うものに比べると、スコールの世界ではガーデンの仕組み然り、組合とか幇助団体とか、組織的な仕組みが現代と近い所もありそうな。SeeD取得を得ないまま卒業(放校?)した元生徒が、どういう経緯か、とある人から報酬を貰いながら小さな村に滞在している例もあるし。
そんな職業への印象・感覚の差もありつつ、なんとかスコールを個人的に雇って独占したいバッツが浮かんだのでした。
スコールを雇う金額について、吹っ掛けたのか正当な金額か。
どっちにしろスコールはお高い、と言う話。
KH2の時間軸。
ラグナとレオン(スコール)は親子で故郷を喪うまでは一緒にいた、と言う設定。
百害あって一利なし、とよく言われている代物だ。
それでも、何故か愛用する人は多くて、幼い頃はそれが不思議だった。
子供は絶対にダメだと、その近くで大人が吸うのも決して好ましく思われている物ではないのに、手放せないと言う人間は少なくない。
育て親となった男もそう言うタイプで、苛々とするととかく煙で室内を真っ白にしていた。
一時───親役を引き受けてから当分の間───は煙の代わりに飴を入れたり、棒切れを噛んだりとしていたのをよく見たが、それでも結局、彼は“それ”を手放す事は出来なかった。
一番の年上であった自分が成人した頃から、とうとう我慢できなくなったか、或いはせめてこの期間まではと区切りを作っていたのかも知れない、彼は“それ”を解禁するに至る。
それでも一応はルールを作っているようで、幼い子供がいる所では吸わないように務めていた。
ついつい手が伸びてしまうのは最早癖になった仕草で、火を点けずに噛む所までは許して欲しい、とも。
そうまでして手放し難いものとは、一体どんなに心地が良いものなのだろう。
幼い頃、育て親と同じように、ふとすると煙を吹かしていた男の顔を見ては、首を傾げていたものだ。
余りに不思議で、その疑問を解消したくて、“それ”を頂戴と言った事がある。
その時、彼は酷く驚いた顔をして、一瞬怒った顔をしたけれど、直ぐにそれは引っ込めた。
うーん、うーんと悩むように唸っていたのは、きっとどうやって流そうかと考えていたのだろう。
結局の所、返って来たのは勿論「駄目」というもので、その理由も自分は判っていたけれど、じゃあどうして吸っているんだと問い返せば、また彼は困った顔で考え込んでいた。
宥められては流されて、また時を置いて、頂戴、と何度も強請った。
半分は意地になっていた所もあったし、本当に純粋に疑問だったから試してみたかったのもある。
どちらにせよ、彼が“それ”を許してくれる事は一度もなく、終いには隠れて楽しむようになった。
見付かればせがまれると判っていて、大人としてそれは許してはいけない事で、かと言って自分が手放すには中々難しいものだったから、そんなかくれんぼが始まったのだろう。
刻は過ぎて行き、あの日、「駄目」と言ったあの人と、並べる位の歳が近付いてきた。
一つの区切りとなる年齢を迎えた時、育て親からも仲間達からも隠れて、こっそりそれを試した。
一吸いで苦しくなって咽込んで、“これ”の何が良いのか全く分からなかったのも、今となっては遠い思い出になっている。
「あ!煙草吸ってる!」
聞こえた声に、思わず肩が跳ねる。
隣で同席していたシドが、遂に来たな、と苦く笑う気配があった。
たったっと軽く弾む足音が近付いてきて、レオンは唇に挟んでいた物を手に取った。
緩く煙を立ち昇らせるそれは、まだ火をつけてから間もなく、長さもある。
勿体無いと言う気持ちはあったものの、駆け寄って来る少年の事を考えると、このまま燻らせる訳にもいかないと思った。
積み上げられた石の瓦礫の天板に赤い先端を押し付けて消している間に、少年───ソラはレオンとシドの下まで到着する。
「レオンも煙草吸うんだ。知らなかった」
「まあ、偶に、な」
興味津々と言う顔で言うソラに、レオンは歯切れ悪く返した。
火の消えた煙草を足元に落として、靴の裏で踏み潰す。
そんなレオンの隣では、シドが煙を細く吐いて、「偶に、ねぇ」と呟いた。
ソラの視線がレオンとシドの足元に落ちて、其処に点々と吸い殻が落ちている事に気付く。
真新しいレオンの足元のものも含め、今日だけではないと判るその数に、
「いつも此処で吸ってんの?二人で?」
「そーだな。見晴らしもそこそこ良いし、此処なら火事の心配もねえしよ」
街はまだまだ復興が始まったばかりとあって、いつかの風光明媚な面影もないが、高台にあるだけでも気分は変わる。
少しずつ少しずつ、遠い記憶の景色を取り戻そうと、形を整えているのも感じる事が出来るのだ。
少し視線を後ろへずらせば、谷の底で蠢く影が目に付いたが、その現実から束の間に目を背ける位は許して欲しい。
そしてここは、シドの言う通り、辺りには崩れた岩やレンガの瓦礫ばかりで、火種が燃え広がるようなものがない。
だから不始末をしても安心、と言う訳ではないが、まだ人気のないエリアである事も含めて、喫煙者が人目を離れて屯するには都合の良い場所だった。
「で、お前はなんでこんな所にいる?こっちは面白いモンは何もねえぞ」
「探検!こっち側はまだちゃんと見た事なかったなって」
「元気な奴だな。見ての通り、此処らはまだまだ瓦礫だらけだ。いきなり崩れる所もあるから、戻った方が良いぜ」
「そんな危ないとこで煙草吸ってんの?」
「お陰で人がいねえからよ」
そう言ってシドは、空に向かってふぅっと煙を吐き出した。
ぽわっと広く浮いた白い煙が、風に流されて揺らめいて消える。
ソラはじいっとその様子を見上げながら、
「そんなに煙草って吸いたい?美味いモンなの?」
「俺にとってはな」
「レオンも」
「……さて……」
問いかけられて、レオンは肩を竦めて見せた。
是とも非とも言わないレオンに、シドは煙草を持つ手で口元を隠す。
物言いたげな瞳が向けられるのをレオンも判っていたが、何も言われないのを良い事に、此方も気付かない振りをした。
彩度の高い青い瞳が、じいっとレオンとシドを見ている。
二人を交互に、見比べるように眺めた後、ソラはまじまじとした顔で言った。
「なあ、シド。それ、一個ちょうだい」
「あ?」
「それ。煙草!オレも吸ってみたい」
「バーカ。お子様にや千年早ぇよ」
思わぬソラの言葉に、一度は目を丸くしたシドであったが、爛々としたソラの台詞に、その表情は直ぐに呆れたものになった。
当然と言えば当然のシドの返事は、ソラも予想していたのだろう、諦め悪く直ぐに食い下がって来た。
「なんだよー、一本くらい良いじゃん!ケチ!」
「ガキが吸うもんじゃねえって言ってんだ。これはオトナの嗜みなんだよ」
「オレだってオトナだもん!」
「こいつと頭の高さが並んでから言いな」
こいつ、と言ってシドが指差したのは、レオンだ。
一年越しの再会で身長が伸びていたソラだが、その背はレオンのそれとはまだまだ遠い。
そもそも体格に恵まれたレオンと比べられては、元が小柄なソラでは、年齢的な伸びしろを含めても、追いつけるかどうか。
それを無理だと決めつけてのシドの台詞に、ソラがぎぎぎと歯を食いしばる。
「なんだよー、バカにして!見てろよ、直ぐに追いついて、いや追い抜いてやるからな!」
「それは、楽しみだな」
「レオンまで笑う!直ぐだからな、絶対直ぐだから!そしたら煙草もちょうだい!」
「背も歳もオトナになってたらなー」
くすくすと笑うレオンと、判り易く揶揄う口調のシドに、ソラは怒ったように声を大きくする。
そのままぷりぷりと沸騰しながら背を向けて歩いて行くソラに、レオンはシドと顔を見合わせて、再三肩を竦めるのだった。
賑やかな少年が来た道を戻って行くのを、レオンはじっと見詰めていた。
所々が崩れている階段を下りて行くソラは、一度くるりと振り返ると、二人に向かってひらひらと手を振った。
レオンがそれに右手を上げて返してやると、けろりと機嫌をよくした笑顔が花開く。
踵を返して瓦礫の道を駆けて行くソラの足取りは、既に軽やかになっていた。
遠ざかる少年の背中も見えなくなった頃、じゃり、と隣で土を踏む音が鳴る。
見れば、シドが短くなった煙草を消している所だった。
「さて、俺もぼちぼち戻るか。お前はどうする?」
「俺は……」
シドにしろレオンにしろ、やる事は山積みだ。
街の復興がようやく始まったと言っても、それは本当にスタートラインに立っただけであって、物事が動くのは此処からだった。
瓦礫を撤去し、使えるものを選り分け、新しい資材を仕入れて……と仕事は絶えない。
事実を言えば、こうして微かに休息をとる時間すら惜しいのだ。
しかし、人間は常に仕事だけに邁進する事は出来ない為、僅かな時間を捻出して、呼吸を整える時間が必要になる。
シドは十分、その時間を取ったつもりのようだ。
だから戻ると言っている訳だが、レオンはまだ、胸の奥に滲む重みがあった。
「……俺は、もう少し此処にいる」
「おう。程々にしろよ」
「……ああ」
シドの差した釘の意味を、レオンは正確に理解した。
その上で曖昧に、眉尻を微かに下げて頷くレオンに、シドの手が伸びる。
加齢に伴って皺の増えた、かさついて皮膚の厚みのある手が、ぽん、とレオンの頭を撫でて離れて行った。
シドが階段を下りて行くのを見送りながら、レオンの手はジャケットの内ポケットへと伸びていた。
いつしか其処に決まって納める習慣になった箱を取り出せば、意識しなくても自然な動きで、中身を取り出し口へと運ぶ。
同じく携帯するようになったライターで、咥えたものの先端に火を点ければ、ゆらりと白い線が上った。
すう、と目一杯に息を吸い込めば、煙で肺が充満して、ずっと滲んでいた重石が消えていくのが判る。
「……ふー……」
夕色に染まり始めた空に向かって、吸い込んだ煙を吐き切った。
細めた双眸に、白煙にくすんだオレンジ色が映る。
脳裏に浮かぶ、まだ幼い少年との遣り取り。
それが遠い記憶に押し込んだ、いつかの自分の言葉と重なって、レオンの口元が笑みに歪んだ。
もう何年前になるのだろうか。
故郷を失ったその時よりも、更に昔の事だったと思うから、十年以上は経っている。
そんなに美味しいの、と訊ねた時から、あの人は困った顔をしていたから、悪戯に興味を注ぐ事を避けようとはしていたのだろう。
幼い日の自分は、大人のそんな気持ちなど知る由もなく、ただただ興味と疑問の解消の為に、この煙を試したいと強請っていた。
当然、それは叶えられる事はなかったのだが、何度目かになったその遣り取りの後に、一つ他愛もない約束をしたのを、レオンは今でも覚えている。
『大人になったら、僕も一緒に吸っても良い?』
子供は駄目だと、何度も何度も言い聞かせられた。
それなら、子供でなくなれば良いのかと、単純にそう思ったのだ。
そうしたら、あの人はまた困ったように笑いながら、言った。
『そうだなぁ。お前と一緒に味わえるなら、きっと最高の一本になるんだろうな』
くしゃくしゃと、頭を撫でながら笑ったあの人。
時が流れるに連れて、その顔に朧な靄がかかるようになって、嫌でも記憶の風化を自覚する。
それが酷く嫌で堪らなくて、薄れる記憶を色濃く直そうとしたのが、切っ掛けだったように思う。
初めて煙草を吸った時、喉はイガイガするし、肺は異物が入ったように重くなるしで、散々だった。
これの何が良いのか、教えてくれるかも知れなかった人は何処にもいなくて、息苦しさで勝手に涙が出て止まらなくなった。
あれは間違いなく、最悪の一本だったと、レオンは思う。
それをシドに言ったら、当たり前だろう、と呆れた顔で言われた。
どうして其処で踏み止まらなかったのか、戻ろうとしなかったのかと、燻らせた煙の向こうで、何処か淋しそうな瞳が見詰めていたのを覚えている。
今でも、煙草の味を美味いと思った事は、碌にない。
それでも辞める事が出来ないのだから、中毒性と言うのは恐ろしいものだ。
苦くても、不味くても、いつも口にするそれが最悪の一本だと思っても、手放す事が出来ない。
(……だってこれは、貴方の匂いだ)
置き去りにしたくても出来ない、遠い日の記憶、思い出、そのトリガー。
紐ついてしまったそれを手放す事は、煙草そのものを辞めるよりも、レオンにとっては難しい。
酷い時には一日に何本も、シドすら顔を顰める程に煙を燻らせる時もある。
もしもあの人がそんなレオンの姿を見たら、どんな顔をするだろう。
叱るだろうか、悲しむだろうか、困ったように取り上げながら「禁煙な」なんて言うかも知れない。
自分だって吸ってた癖にと言ったなら、じゃあ一緒に禁煙しよう、と言ってくれたりするのだろうか。
そんな事を考えてしまう位には、自分が酷い有様である事を、レオンも薄らと自覚していた。
それでも、今はこの匂いが手放せない。
せめてあの日の、幼い他愛もない約束が、果たせる時が来るまでは。
『ラグナが喫煙者でその匂いを追って煙草を吸い始めたレオンさん辛い』定期。
ラグナに対して、父親以上の拗らせた感情も持ってると尚良し。
フォロワーさん方とのこの妄想楽しくて仕方がない。
ソラの前では隠しているけど、実はかなりのヘビースモーカーなレオンさんとか好きです。
それだと大体匂いで気付きそうだけど、傍に堂々と吸ってるシドがいるから、その移り香だろうと思われてたら本人のだったって言う。
最初に見た時は、酷く年若い兵士だと思った。
それは単純に年齢の話と言うだけではなく、全体から醸し出される青臭い雰囲気からだ。
容姿だけで言えば大人びているし、秩序の戦士達の中でも比較的現実主義の傾向も強く、戦場のいろはを、その過酷さのなんたるかも知っているようだった。
しかし、人伝いに話を聞けば、彼はまだ学生───カインの世界で言えば、兵卒となってまだ数年と言う年齢に当たるのだと言う。
傭兵を育成すると言う期間に身を置いていたと言うから、理屈の上での戦場の過酷さという物を、彼はよく学んでいたのだろう。
反面、根本的に現場主義かつ実力主義である戦場そのものについては、未だ経験不足は否めない。
本人もそれは理解してはいるようで、だからなのか、カインやセシルのような、正規軍隊に所属し、更に一個隊の隊長と言う立場にあった者の話については、その内容が彼自身の琴線を厭な意味で震わせるものであれ、一度は黙って聞くに耐える。
そう言う時に滲み出る、不満を隠しきれない尖った唇が、彼を青臭く、未熟を脱し切らない性質であることを匂わせていたのだ。
秩序の陣営は、一体どういう偏りになったのか、年齢層が総じて低い。
30代半ばと思しきジェクトが最年長で、その下が───到底そうは思えないのだが───本人曰く27歳のラグナと言う順になり、後は全体を平均すると20代を下るか下らないか。
そう言う括りで考えると、まだ10代である彼は、幼い部類に入る。
少なくとも、カインにとっては。
同様の年齢の者が多い秩序の陣営にあって、その身空で戦士としての理を解している彼の存在は、見方を変えれば頼もしいものではあったが、ふとした瞬間に現れる未成熟さがアキレス健にもなり得た。
カインが彼を気にしていたのは、そう言う所が始まりだったと思う。
何故か周囲に人が集まると言う星の下にありながら、彼自身は寡黙な性質で、気安く声をかけて来る仲間達に対しても言葉が少なかった。
それはどうやら、彼自身が"言葉"と言うものに対して、大なり小なりの苦手意識があるからで、故に彼は軽々しく口を開く事を躊躇うのだ。
そんな彼を見て、セシルがカインに、「少しお前と似ているかもな」と言ったのが、切っ掛けになったのかも知れない。
彼は言葉を苦手としてるが、代わりに蒼の瞳が随分とよく喋り、不満や不服、戦場に置いては高揚の様子を具に表す。
鎧のように頑なに自心を隠そうとする皮を一枚一枚剥ぎ取れば、益々その瞳は素直になり、その心の内を見る者に全て曝け出した。
きっと、彼自身は、自分のそんな一面には気付いていないのだろう。
だから青いのだと、だからこんなにも庇護欲をそそるのだと、カインはそう考えている。
ベッドに押さえ付けるように縫い留めた手を握れば、ゆるりと握り返す力がこもる。
それがカインには何とも言い難い衝動を誘い、その心の赴くままに、白い筈の火照った肌に唇を当てた。
喉元を一つ強く吸えば、細身の身体がビクリと震えて、赤い花が咲く。
そこに残るであろう痕の感触を宥めるように、カインがゆっくりと舌を這わせると、スコールは唇を強く噤んで肩を縮めていた。
繋がった場所の奥に熱を吐き出してから、どれ程の時間が経っただろう。
ほんの数分前の話であると思うのだが、熱に溺れて体内時計が狂ったようで、正確な時間経過が全く読み取れない。
かと言って時計を見るのも情緒がないようで、カインはその内、時間について考えるのを辞めた。
窓の外が暗い内は、急くような時間ではない、それさえ判っていれば十分だ。
「ん……んぅ……っ」
何度も首筋に、鎖骨にキスを落とすカインに、スコールは身を捩った。
もうやだ、と言いたげなその仕種を、カインはその背中に腕を回して抑え込む。
「カ、イン……っ」
「……なんだ」
堪らない様子で名前を呼んだスコールに、流石にこれには返事をしない訳にはいかないのだろうと、顔を上げる。
いつも兜で隠れている金色の髪が流れるように滑り、スコールを閉じ込めるように、金糸のカーテンがスコールを包む。
眩しい、と余りこの男に対して思う事のない感想を抱きながら、スコールは熱の滲む吐息を零して、カインを見上げた。
「もう……疲れた」
「……ああ」
組み敷かれる側であるスコールの疲労は、カインには想像するしかない。
だが、まだ若く、カインとこう言う関係になるまで、そう言う刺激と無縁であったスコールにとって、自身を翻弄する熱の激しさはいつまでも慣れるものではなかった。
だから一回、二回とその晩の内に数を重ねれば重ねるほど、スコールの疲労は純粋な重みになってその体を襲う。
明日の予定に響かせたくないスコールにとっては、そろそろ離して欲しい、と思うのも無理はないだろう。
カインがゆっくりと体を起こし、スコールの中を支配していたものを抜いて行く。
擦れる感触にスコールが背を撓らせれば、首元にカインが咲かせたばかりの花が鮮やかに浮きあがった。
これが明日まで残っていたら、スコールは喧しい仲間二人に、自分は恐らく親友に突かれるのだろう。
その度、カインは黙して親友の揶揄を流すのだが、スコールはまだまだ過敏な頃であるようで、仲間達にその手の事を突かれることを厭う。
───ラグナやジェクトに言わせれば、「丁度そう言う年頃なんだよ」とのことだが、カインにはよく分からなかった。
何せ、カインの世界では、17歳と言えばその手の話ももう済む所まで行っている者も多く、寧ろそれを済ませれば晴れて一人前、と言われるようなことだった。
どうやらこの辺りは、各々の世界事情によって、倫理的なルールに差異がある事による、価値観や感覚のズレらしい。
そうでなくともスコールは、こうした熱の共有というものに初心な所があるようだから、悪戯に彼の動揺を誘うような事は避けるが吉、ではあるのだろう。
それでもカインは、頻繁にスコールの躰に己の痕を残す。
時に隠れて、時に覗かせるように、時には見せつけるように。
今夜、首元に残したこの赤い花も、このまま残り続ければ、早々に仲間達に見付かるに違いない。
(また拗ねるな)
噛み付いて来るスコールの顔を思い浮かべながら、カインは微かに口角を緩めた。
毛を逆立てた猫のように、真っ赤になって抗議するスコールの顔は、中々可愛らしいものである。
そう言ったら、スコールは益々拗ねてしまうのだろうが。
中に入っていたものがようやく出て行って、スコールがベッドシーツを噛んで身を捩る。
溢れ出してくるものが与える感触を嫌がるように、細い腰が右へ左へと揺れた。
「う、ん……」
「痛みはあるか」
「……んん……」
体の具合について訊ねるカインに、スコールは眉根を寄せつつも、小さく首を横に振った。
「だるいけど……多分、平気だ」
「風呂は入るか?」
「……疲れてるから良い」
面倒臭い、と言って、スコールはごろりと寝返りを打った。
カインの下から逃げた彼は、ベッドの端に放られていた枕を掴んで、それを抱えて丸くなる。
火照った躰にリネンの枕カバーのひんやりと感触が心地良いのだろう、そのままスコールは熱の胎動が収まるのを待っていた。
そうしてベッドの上で丸くなるスコールの姿は、昼間の大人びた立ち姿と違って、随分と幼い。
カインはベッド横のチェストに置いていたピッチャーとグラスを取った。
グラスに水を注ぎ、自身の口へと含んで、丸くなっているスコールの肩を掴んで引き寄せる。
何だよ、と聊か面倒臭そうな顔が此方へ向いて、カインはその薄い唇へと自分のそれを重ね合わせた。
無防備に開いていた唇の隙間から、冷たい水を流し込んでやれば、スコールは心地良さそうに目を細めて受け止める。
「ん……んく……、ふ……っ」
こく、こく、とスコールの喉が小さく音を鳴らす。
咥内に移してやったものがなくなったのを確認して、カインは唇を放した。
「ふぁ……」
零れるスコールの声には、名残惜しさが滲んでいる。
まだ意識が行為の最中のものから戻り切っていない所為か、蒼の瞳が物欲しげにカインを見上げた。
カインは水をもう一口含んで、またスコールにキスをする。
今度はスコールの方からも口付けを深め、自ら水を迎えに行った。
スコールはゆっくりと水を飲みほして行き、飲むものを飲み終わった後は、舌をカインの咥内へと入れて来た。
スコールはこう言った事に置いて受動的であるが、偶に何のスイッチが入るのか、少しだけ積極性を見せる時がある。
その時はカインは有り難く受け止めさせて貰って、彼のしたいようにさせていた。
「ん…ん……はふ……ふぁ……」
ちゅぷ、ちゅぷ、と猫がミルクを欲しがるように、スコールは何度もカインの唇を吸う。
そうして夢中になっている内に、また疲れて来たのだろう、スコールの唇はゆっくり離れて行った。
くたりと寄り掛かって来た体を受け止めて、カインはベッドへと横になる。
連れ去られるようにスコールも一緒にベッドに倒れ、はあ、とあわい吐息を零した。
「…あんたとすると、疲れる……」
「それは、悪かったな」
「……あんた、意外と激しいんだよな」
「意外と、か。お前は俺を欲の薄い男だとでも思っていたのか?」
「まあ、割と」
スコールの答えに、カインは苦笑する。
「俺も嘗てはそのつもりでいたな。そうであろうとしていた、か」
「……今は違うのか?」
「お前のお陰で」
スコールの問いに返しながら、カインは嘗ての自分を思い出す。
親友と相思相愛の中となった女性を、カインは愛していた。
だが、親友と彼女の中を引き裂きたかった訳でもないし、カインは友のことも信頼している。
彼は暗黒騎士としての自分自身に思い悩み、彼女に己は相応しくないのではとすら考えていたが、カインにしてみれば愚中の愚とも言えるような話だった。
寧ろ、なんとも贅沢な話だと、そんな事すら思っていたかも知れない。
カインにとっては、親友とその恋人が恙なく遂げてくれたならば、それ以上に望むものなどなかったし、それ以外の道を一瞬でも奪い取ろうとする事もなかったのだから。
だからカインの心は暗い深淵へと傾いて、堕ちて行ったのだろう。
それはカイン自身の未熟な心故のものでもあったし、同時に、恐らく目を逸らす事の出来ない現実であったのだ。
自分の欲しいものを全て持っているにも関わらず、己はそれに相応しい人間ではないと、自ら手を放そうとする親友に、怒りとも嫉みとも言えない感情があった。
欲しくて欲しくて溜まらないそれが、取り零されようとしているのなら、それを自分が拾っても良いだろうと。
カインは存外と、己が思っている以上に、欲深で独占欲が強いのだ。
スコールに触れていると、カインはそういった自分の性質と言うものを再認識する。
そして同時に、焦がれて焦がれて仕方のないものが、こうして時分の腕の中にいると言う心地良さを、初めて知った。
「……カイン?」
動かなくなったカインに、寝たのか、とスコールが声をかける。
まだ眠ってはいなかったので、カインはスコールと目を合わせてやった。
生まれたばかりの猫に似た、透明度の高い蒼灰色の瞳が、近い距離でじぃっとカインを見詰めている。
カインはスコールの肩を抱き寄せて、熱花の名残を残す目尻に唇を当てた。
なんだよ、と訝しむ声があったが、構わずにキスを繰り返していると、スコールはくすぐったそうに身を捩る。
逃げを打つような仕草を、カインが腕の檻に閉じ込めてやると、少年は大人しくその中に納まった。
「……もう眠い」
「ああ」
カインがじゃれたいだけなら、自分はこのまま眠りたい。
そう言うスコールに、構わないとカインが返してやれば、スコールはとろとろと目を閉じた。
程無く規則正しい寝息を立て始めたスコール。
カインはその顔に手を伸ばし、目元にかかる濃茶色の髪を退けると、露わになった額の傷にキスをした。
4月8日と言うことで、今年はカイン×スコールにしてみた。
カイスコを書くと、どっちも余り触れ合いの類をしない二人ばっかりだった気がして、する事させていちゃいちゃさせてみました。
012なのかNTなのか時間軸は謎ですが、012だとこれだけラブラブしといてカインがスコールを殴りに行くことになるので、そりゃキューソネコカミもしてくると言うもんだ。