[フリスコ]ハードドリンク・エクスタシス
大学に進んだフリオニールが、それまで過ごしてきた義理の親の下を出て、一人暮らしを始めた。
高校進学の時からその計画はあったそうだが、義理の親やその子供たち───フリオニールにとっては兄妹のような存在だ───から、卒業まではうちにいて欲しい、と願われたので、先延ばしにしていたそうだ。
替わりに高校生の内にアルバイトをして資金を貯め、しっかりと準備をして、高校卒業、大学入学と共に祝いの門出となった。
スコールはその前から、一足先に一人暮らしを始めている。
愛故に過保護な父親の「寂しいじゃんよう」と言う反対を押し切って、彼は高校入学を期に家を出た。
とは言え、場所はそれ程遠くはなく、公共交通を使って行こうと思えば行ける距離である。
それでも一人きりの生活と言うのは、それまで庇護の下にいた少年にとって中々大変なもので、最初の内は気を張り過ぎて無自覚に目を回していた。
そうして学校内で体調を崩し、意地とプライドで誰を頼る事も出来ずにいた所を、一学年上に在籍していたフリオニールが偶々発見して声をかけたのが、二人の初めての出会いであった。
それから約二年間、二人は同じ学年こそ違えど、同じ学び舎で過ごすことになる。
スコールが一人暮らしだったので、フリオニールはよく彼の元へ訪れ、真面目に見えて案外と物臭な所がある少年の一面に驚きつつ、持ち前の甲斐甲斐しさを発揮した。
食に碌な興味がなかったスコールへ、その大切さを説きながら、料理男子の真価を発揮する。
これにスコールがすっかり胃袋を掴まれて、週の半分はフリオニールが家に来て、二日か三日分の料理を作り置きするようになった。
世話になるばかりでは良くないと、スコールも一念発起して調理のいろはを学び直し、レシピつきなら少々凝ったものも作れるようになって行く。
次第にフリオニールがスコールの家に泊まる事も増え、その間に二人の距離は徐々に縮まり、フリオニールが卒業する頃には、晴れて両想いとなったのであった。
フリオニールが大学に進み、一人暮らしになった事で、今度はスコールがフリオニールの自宅に来るようにもなった。
まだまだ物が少なかった狭い部屋の中に、ぽつぽつとスコールの私物も増えて行く。
食器は当然のように二人分が誂えられ、洗面所回りも勿論、寝間着もわざわざ持って来るのは面倒だろうと、フリオニールがスコールの分を用意した。
ちなみに寝間着が用意されるまでは、スコールはフリオニールの高校時代の運動着などを借りている。
それはそれで(こっそりと)スコールにとって嬉しいことだったので、寝間着が別に用意された事には少々微妙な反応も出てしまったのだが、それがあると言う事は「いつでも泊まりに来て良い」と言う事でもある。
両想いとなった間柄で、それが嬉しくない訳もなく、スコールは面映ゆい表情を浮かべていたのだった。
そんな新しい生活がスタートしてから、約一ヵ月が経つ。
フリオニールは大学の入学式で勧誘されたサークルに参加し、その新人歓迎会が催された。
飲み食いするだけだし、一年生はタダだから、と言われ、折角先輩たちが企画してくれたのならと頷く。
二次会も予定されているようだが、そちらは辞退させて貰う事にする。
そして、家に来ていたら待たせてしまって可哀想だと、スコールに飲み会参加の旨を伝え、今日の所は自宅でゆっくりしてくれ、と伝えた。
それを受けたスコールは、フリオニールに逢えない寂しさを感じつつも、返事の文面上はいつものように、分かった、と言うシンプルな返事だけを送った。
そして飲み会の当日夜、スコールは自宅で明日の朝食の下拵えをしていた。
明日は学校が休みだから、朝食もサボって寝倒していても良かったのだが、三年生に進級してからずっと土日をその調子で過ごしている。
元々怠け癖があるのは否定しないが、流石に少し引き締めた方が良い、と思ったのだ。
いつものように恋人に会いに行く訳でもなかったから、暇潰しも兼ねて、少々凝った料理の下準備に精を出していたのである。
────と、そんな所へ、玄関のチャイムが鳴った。
マンション一階の玄関エントランスと繋がっているインターフォンモニターを点けてみると、其処には見慣れない人物が映っている。
茶髪に褐色の瞳、人懐こそうな顔が「ここでいいのかなあ」と呟いているのが聞こえた。
その肩に担がれている銀髪の青年を見付け、スコールは直ぐにインターフォンの通信をオンにする。
「はい」
『あ、繋がった。スコールって人の家、ここであってますか』
「……はい。どちら様ですか」
『どうも。バッツって言います。えーっと、フリオニールって奴のこと知ってるかな』
「……知っています」
『良かった。おれ、フリオニールと同じサークルで、まあ先輩みたいなものなんだけど。今日、飲み会があって、まあその、ちょっとミスっちゃってフリオニールに酒飲ませちゃったみたいで────』
言いながら青年───バッツは、よいしょ、と肩を貸すフリオーニールの重みを直している。
銀髪が力なくかくんと揺れるのを見て、スコールは溜息を吐いた。
「……すぐ降ります」
『ありがと。フリオ~、迎えに来てくれるってさ』
バッツの声のあと、「う~ん……」とぐずるような声が聞こえた。
スコールはもう一つ溜息を吐いて、モニターの通信を切る。
エレベーターで直ぐにロビーに降りると、エントランスにモニターから見た顔が直ぐに見つかった。
バッツと名乗った人懐こい顔をした青年に、ぐでんと寄り掛かって支えられている銀髪の青年───フリオニール。
内側からの操作で玄関の二重鍵を開け、お邪魔しますと入って来た青年の肩から、スコールはフリオニールを受け取った。
「重……っ」
「大丈夫か?良ければおれ、上まで運んでも良いけど」
「……いや、大丈夫です。ありがとうございました」
「そっか。無理するなよ。フリオー、ごめんなぁ」
バッツはフリオニールの頭をわしわしと撫でて詫びた。
それから「じゃあな」と気の良い挨拶と共に、エントランスホールを出て行く。
自分よりも上背のある恋人の重みに、スコールは再三の溜息を洩らしつつ、エレベーターへと戻る。
小さな箱の中に入って、自宅のあるフロアのボタンを押して直ぐ、扉は閉まった。
と、上り始めたエレベーターの浮遊感に違和感を覚えたのか、肩に乗せた銀糸の尻尾がむずがるように揺れ、
「……んん……」
「……起きたのか」
頭がゆっくりと持ち上がるのを見て、スコールは言った。
その声がもう一つフリオニールを覚醒に導いたようで、赤い瞳がぼんやりとスコールを見る。
「……スコール?」
「あんた、なんで自分の家じゃなくて、俺の家に来てるんだ。全く」
「ん……」
フリオニールが二次会に参加するつもりがないと言うのは、スコールも聞いていた。
そもそも、年齢的にはまだ飲酒は堂々と出来ないものであるし、バッツもミスをしたと言っていたので、フリオニールがこの状態になったのは不可抗力なのだろう。
それは良いとして、帰る場所として恐らくバッツに伝えた筈の住所を、自宅ではなく此方に指定したのはどういう訳なのか。
酔っ払いって訳が分からないな、と苦い表情を浮かべるスコール。
飲んだことは事故とは言え、この行動の動機くらいは確かめさせて貰っても良いだろう。
ついでに、突然来たことについて、説教を含めて一つ二つ位は文句を言っても許される筈だと、明日の朝に何から言おうかと考えるスコールを、フリオニールはじっと見つめ、
「……スコール」
「なんだよ」
名前を呼ばれたので、不機嫌ながらも返事をしてやれば、垂れていたフリオニールの手が徐に持ち上がり、スコールの頬に触れた。
フリオニールの顔は、アルコールの所為だろう、火照ったように赤らんでいるのに、指先が冷たい。
それが猫を宥めるように肌の上を滑るが、スコールは「誤魔化されないからな」と寄り掛かる青年の顔を睨み、
「会いたかった。……ん」
「…………!!?」
愛しさを全て詰め込んだような声の後、厚みのある唇が、スコールの色の薄いそれと重なった。
思わぬことに目を瞠るスコールを、フリオニールはじいと見つめて視線を離そうとしない。
熱と一緒に、甘く溶けるような匂いを纏させた吐息が、スコールの咥内から入って来る。
匂いは鼻孔の方まで抜けていって、スコールは一瞬、頭の芯がくらりと揺れるのを感じた。
それがアルコールの齎す効能で、自身が極端にその性質に弱いことを示していたが、まだ一滴とそれに触れたことのないスコールには判らない。
揺れた頭が意識を取り戻そうと悶えている間に、無防備になった唇の隙間から、厚みと弾力のあるものが侵入して来る。
ぬるりと艶めかしい感触がスコールの舌を捉え、ちゅぷ、ちゅく、と唾液の音を交えながらしゃぶった。
「ん、んむ……っ!ふ、んぅ……っ!?」
視界を埋め尽くす銀色と、褐色の肌と、細められた赤い瞳。
普段は人好きの印象を宿す紅玉が、まるで獲物を定めたように瞳孔を細く尖らせ、スコールを見詰めている。
咥内を舐るものに誘われて連れ出された舌に、犬歯の尖りが時折掠った。
まずい、と顔を背けて逃げようとしたスコールだったが、頬に添えられていた手が、いつの間にか顎を捉えている。
実を捩ろうとすれば、逆の手腕がスコールの体を閉じ込めるように抱き締めていて、身動ぎすら出来なかった。
舌に絡む唾液が、スコールの耳の奥で、ちゅくちゅくといやらしい音を鳴らしている。
いつも褥の中で、夢中でまぐわっている最中に聞いていたそれに、体は勝手に反応を示し、スコールは下腹部に熱が生まれるのを自覚した。
それが下半身から力を奪うまでに時間はかからず、貪られるキスに翻弄されるまま、スコールはいつの間にかフリオニールに縋るようにして体を支えていた。
「ん……っふ……はぁ……」
「ふ、は……っ」
丹念にスコールの味を堪能して、ようやくフリオニールは唇を離す。
二つの舌先の先端を、細い銀露が繋いで、ぷつんと切れた。
息を切らせるスコールを、フリオニールは恭しく見つめている。
その熱ぼったい瞳に危険を感じて、スコールはきっと眦を吊り上げる。
「っフリオ!ここを何処だと思ってるんだ」
「……ええと……」
「エレベーターだぞ。俺のマンションの」
「……うん、そうだな」
フリオニールの反応はいつになく鈍い。
普段なら、スコールがこうして声を荒げれば、直ぐに弱った顔をして、自分の行動を改めると言うのに。
そもそも、スコールに負けず劣らず初心なフリオニールであるから、こんな場所でこんな大胆なキスをするなんて、先ず有り得ないのだ。
酒の力とは恐ろしい────スコールは怒ったポーズの裏で、高鳴る鼓動を覚えながらそんな事を考えていた。
取り敢えず、エレベーターを降りなくては、この密着した状態は良くない。
スコールはなんとか抱き締めるフリオニールの腕を振り解こうとするが、その力は簡単には解けなかった。
「おい、ちょっと……」
「……スコール」
「……っ後にしろ……!」
もう一度近付いて来る精悍な顔立ちに、スコールは顔を真っ赤にして言った。
恋人に求められるのは、決して嫌な気分はしない。
けれども場所はちゃんと選んでほしいスコールとしては、こんな所で密着しているだけでも耐え難いのだ。
せめて人目を気にしなくて良い、自宅に入ってからにして欲しい。
エレベーターの上昇が止まり、ドアが開く。
幸いなことにその到着を待っていた者はおらず、スコールの一瞬冷えた肝はほうと安堵した。
しかし、フリオニールはスコールに体重を預けるように寄り掛かって来るばかり。
早く下りないといけないのに、とスコールがそれを支えながら後ろに蹈鞴を踏むと、背中が壁に当たった。
とん、とフリオニールの手がスコールの顔の横で壁を突き、スコールは壁とフリオニールの体に挟まれる格好になる。
「フリ、オ……っ」
「……ごめん。俺、待てない」
「家、すぐ其処だぞ。だからもうちょっと待、」
「……ん」
「………!」
狭い箱の中で、もう一度唇が重ねられる。
先と全く劣らない熱の滾りが込められた口付けは、既に燻り始めていたスコールの躰に決定打を与えるに十分なものだった。
降りる筈の乗客がまだ其処にいる事を忘れて、エレベーターのドアが閉まる。
上にも下にも行かない狭い空間で、スコールは意識が溶けていくのを感じていた。
翌日、何も覚えていないフリオニールに、スコールが金輪際の飲酒を禁じたのは言うまでもない。
2月8日と言うことでフリスコ!
酔っ払いフリオニールの、普段と違う攻めっぷりで、あうあうしてるスコールが見たいなと思って。
大分激しい夜になったんじゃないだろうか。噛み跡とか多そう。
とんでもない所で迫られたり、それをフリオニールが綺麗さっぱり覚えてなかったりで、翌朝のスコールの雷は不可避ですが、スコールも本音では大分ドキドキしているし結局の所嫌ではなかった訳ですな。
このフリオニールは反省しているので、今後も自分から飲む事はないけど、先輩の悪ノリだったり、スコールが成人した後とかに一緒に飲んでまたお熱い夜を過ごすことはあると思う。