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[けものびと]きれいきれい

  • 2025/05/27 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



朝からくしゃみが止まらない。
風邪でもひいたのかとラグナは思ったが、その割には体は頗る元気である。
よくある寒気だとか、節々の痛みだとか、喉が痛むとか、そう言ったことはない。
ただただくしゃみが止まらなくて、鼻から水気が出て儘ならない。

花粉症にでもなったのだろうか。
しかし、ラグナは昔からその手のことには無縁で、昨年もこの時期にこういった症状に見舞われてはいなかった。

とは言っても、加齢であるとか、体のバイオリズムだかメカニズムの変化だかで、ある時突然それに罹るようになった、と言う話もなくはない。
或いは、環境の変化が理由である場合もあるのだとか。
住居を移しただとか、新しい職場になったとか、そう言うものも体の影響は少なからずあるもので、そう言った所から免疫力の増減も起こり得る。
昨年までは季節ごとに広大なサバンナや、生い茂るジャングル地帯を巡っていたから、そう言った場所に赴くと言う意味でも、防疫意識は高かった。
それが現在では専ら都市部の真ん中で、人間にとって全く快適な環境で過ごしているから、気の緩みも含めて、何某かに罹り易くなっている所は、あるかも知れない。

これは良くないぞ、とラグナは独り言ちた。
体調と言うのはその日その時の環境と状態でも変わるものだが、気の緩みと言うものは良くない。
以前は一人で気儘に過ごし、休日に二日酔いにでもなれば一日死に体であっても然して問題はなかったが、今はそうではないのだ。
面倒を見ている二人の仔ライオンを思えばこそ、ラグナはより体調には気を付けなければならない。
小さな子供であることはいざ知らず、彼らはヒトのようでヒトではない、獣人の子供なのだから。
加えて言えば、彼らは生態研究が広く進んではいない、希少な“ライオン”モデルである。
本来ならば広大なサバンナの弱肉強食の世界で生き、その幼さ故に、傷なり病なりで命を落としていた可能性もある彼らは、大都会の真ん中で暮らすにあたっても、判らないことが多い。
生態研究の一例と言う特例中の特例をもぎ取ったラグナは、彼らと共に暮らす生活を守る為にも、より一層の用心を払わなくてはならないのだ。

以前、ラグナが一日、風邪をひいて寝込んでしまったことがある。
人間が持ってしまった病原体と言うものが、その類に耐性があるかも判らない二人の為、ラグナは友人たちの手を借りて、一日自分を隔離した。
しかし仔ライオン達は、根気良く続けた学習の甲斐あって人を傷つけることはしないものの、基本的にラグナにのみ懐いている。
家ではいつも一緒に過ごしている筈のラグナが、一枚ドアを挟んだ寝所に閉じこもったことで、随分と不安になったのか、どうにかしてラグナの下に行こうとしていた。
それの制止を任せた旧友たちが随分と奮闘してくれたお陰で、ラグナは一日じっくり休んで風邪を治すことが出来たが、ああしたことはそう何度も起こって良いものではない。
幼い二人を思った以上に不安にさせてしまったことは勿論、忙しい旧友たちに無理を言って援けて貰ったこともあって、ラグナはあれ以来、体調管理にはより気を付けるようになった。

しかし、それでもバイオリズムと言うのは思う通りにはならない。
今日一日で数えて五回目になるくしゃみをして、ラグナはそんなことを思う。


「うーん、どうしたもんかな」


ずぴ、と鼻を啜りながら、ラグナは眉根を下げて呟いた。

病院に行った方が良いだろうかと思うが、それにしては体に目立った異変と言うものがないのだ。
熱を測ってみると平均体温が表示され、喉は乾燥感はあるがイガイガのような違和感はない。
病院に行くとなると、ラグナは家を空けることになる。
同居している獣人の子供たちは、ラグナの不在にもすっかり慣れて、大人しく留守番をしていることは十分に可能だった。
しかし、この状態で病院に行った所で、大した意味もなさそうで、ラグナはどうしたものかと悩んでいた。

ソファに座って、鼻を啜って唸るラグナの足元に、とんっと押しつけられるようにくっついてくる体重がある。
足元を見遣れば、ラグナの膝元に捕まるように後ろ脚で立っている獣人の子供───レオンがいる。


「がぁう」
「うん。どした、レオン。スコールも一緒か」


ラグナは、レオンの頭をわしわしと撫でながら、その後ろをついて来ている弟ライオン───スコールを見る。
嬉しそうに目を細めるレオンを満足するまであやしてから、スコールに「おいで」と右手のひらを見せてやれば、スコールはとことこと近付いて来た。
手のひらに頭を押し付けて来るスコールに、ラグナは優しくその頭頂部を撫でてやる。

ラグナが撫でる手を離すと、スコールがぶるぶると頭を振る仕草を見せる。
そんな弟を宥めるように、レオンがスコールの毛繕いを始めた。
兄に毛繕いされるのはスコールも心地が良いようで、くすぐったそうに目を細め、身を委ねるようにその場に伏せる。

仲の良い兄弟の様子に、ラグナの頬が緩む。
────と、そこでまた、


「は…へ……へっくしゅ!」


堪えようとして出来なかった、中々にボリュームの大きなくしゃみに、レオンとスコールが目を見開いてラグナを見る。
蒼色の瞳が丸々と大きく瞠って此方を見つめていることに気付いて、ラグナは鼻を啜りながら謝った。


「ごめんごめん、びっくりさせたな。ただのくしゃみなんだけど……」


じいい、と二対の瞳はラグナを見詰めて離さない。
耳をピンと立たせている子供たちを、ラグナはぽんぽんと撫でてあやした。


「はあ……やっぱり、一応病院行ってみるかなあ。ずーっと鼻がムズムズしてるもんなあ」


花粉症とて、侮るのは良くない。
鼻詰まりから始まって、頭痛だとか、喉の痛みだとか、他の症状まで及ぶことはあるのだ。
何にせよ用心するに越したことはない。

と、思ったラグナの視界に、ふわふわとしたものが飛んでいるのが目についた。
薄く細く絡んだそれは、よくよく目を凝らして見ると、視界のあちらこちらで舞うように浮いている。
其処からまた更に目を凝らすと、床の其処此処にそれらは落ちていて、空調の微量な風を受けるとまたふわふわと浮かんで落ちてを繰り返していた。

一度そういうものがあると気付いたからだろうか。
ラグナが今座っているソファのカバーにも、似たようなものが付着している。
それをおもむろに伸ばした手で一つまみし、鼻先近くまで持ってきて、まじまじと見つめているところへ、


「───っぷし!」
「お」


足元で聞こえたのは、レオンのくしゃみだった。
見れば、レオンはぶるぶると体ごと頭を震わせていたのだが、そこからふわふわとしたものが飛んでいる。
するとその隣で毛繕いに身を委ねていたスコールも、寝転んだ格好のまま、「ぷしゅん!」とくしゃみをした。

ああ、成程、とラグナは納得した。
ラグナのくしゃみと鼻水の原因も、恐らくこれだろう。
成程、時期を考えれば、多くの動物にはこういった現象が起きる時期であった。

────換毛期だ。




家庭でよく飼育される犬猫は勿論として、皮膚を毛で覆われた動物の多くには、換毛期が存在する。
冬から春、夏へ、或いは秋から冬へと気温の変化が大きくなる頃に、来る環境に合わせるて、毛が抜け替わるのだ。
毛は自然に抜け落ちてしまうものも多いが、毛同士が絡まって溜まりのように体に付着していることも少なくない。
それはペットならばブラッシングやトリミングで綺麗に取られ、野生動物ならば、木や地面に体を擦り付けて取り払うと言った行動で賄うものもいる。

サバンナで暮らすライオンにも、換毛期はある。
オスの鬣を除けば長い毛が少ないので目立たないが、人間の新陳代謝による抜け毛があるように、彼らも体毛の生え代わりは起きている。
そして、それは動物の特徴を色濃く残す、獣人も同様であった。

ラグナはまずブラシを持ってきて、二人の背中を撫でてみた。
二人が互いをこまめに毛繕いしているので、ブラッシングアイテムとして頻繁に使う必要はなかったのだが、コミュニケーションツールとして使っていることが多かった。
ブラシで撫でられるのは二人も気に入っているようで、大人しく身を委ねてくれる。
それで少しばかり丹念に体を撫でていると、中々の体毛を梳き取ることが出来た。
これを放置しているのは、毛繕いで出る抜け毛の量にも影響するので、なんとかした方が良さそうだ。

毎日丹念にブラッシングを施せば、彼らの毛並みもいずれ綺麗になるだろう。
しかし、冬の名残の体毛は案外とふわふわとしていて、梳けば梳くだけ空気中に舞い散ってしまう。
その度に、ラグナは勿論、レオンもスコールもくしゃみが止まらなくなってしまって、段々とブラッシングどころではなくなっていた。
これは“ライオン“モデルと言う獣人種でありながら、異例に室内暮らしで過ごしていると言う環境故に起きていることかも知れない。

───そんな訳で、ラグナは獣人専門の相談役をしているバッツと、同じく獣人と生活しているセフィロスに相談し、彼らの為のシャンプーを用意した。

手に入れたのは、猫科モデルの獣人の為のシャンプーである。
レオンとスコールは“ライオン”だが、一応、ライオンも猫科の範疇だ。
希少で野生下にあることが自然とも言える“ライオン”モデル用のアイテムなどまずないし、まだ彼らが子供であることも加味して、安全性としてもこれが妥当ではないかと提案された。
物自体が需要も限られている所為か、値段としては決して安価ではなかったが、安全を優先してのことだ。

人との生活に慣れた獣人ならば、風呂に入ったり、体を自分で洗ったりと言うことも可能らしい。
セフィロスと生活している“犬”モデルのザックスは、元々水遊びが好きという性質もあって、風呂に入るのも気に入っている。
“猿”モデルのジタンはもっと器用で、ヒト言語での意思の疎通が可能なことと同様、人間と遜色変わらないほどに道具を扱うことも出来るそうだが、これもやはり訓練次第で差が出るそうだ。
ザックスとは違う犬種モデルであるクラウドは、風呂自体があまり好きではないようだが、訓練のお陰で、大人しく浸かっていることは出来るとか。

ヒト社会の中で生活することに慣れた獣人でも、その形は色々なのだ。

ラグナはシャンプーを買った時に、一緒に大きな金ダライも購入した。
バスルームの洗い場になんとか収まったそれに湯を張り、二人を呼ぶ。


「レオン、スコール。こっちおいで」


名前を呼ぶと、二人は四つ足でラグナの下まで駆け寄ってきた。
身を寄せて来るレオンと、その後ろでじっと此方を見つめるスコールを、ラグナは柔く撫でてやる。


「初めてのことだからなあ。怖くないと良いんだけど」
「がぅ?」
「ぐぅ……?」


ラグナはまず、首を傾げているレオンを抱き上げた。
スコールはと言うと、風呂場に呼ばれたが初めてのことだからだろう、訝しむように此方を見詰めている。

腕に抱いたレオンを、まずは足元から、ゆっくりと湯舟に下ろしていく。
元々水場を怖がることのないレオンは、足元が濡れた時はぴくりと尻尾をあげて反応したが、其処から先は大人しかった。
温かい湯の感触を不思議がるように、きょろきょろと首を巡らせたり、濡れた前足を舐めてみたり。

そんなレオンの後を追って、スコールもバスルームに入ってきた。
兄が落ち着いている金ダライの周りを、うろうろ、ぐるぐると周っているスコール。
タライの縁に鼻先を近付け、ふんふんと鼻を鳴らして嗅ぎまわり、馴染みのない匂いに眉根を寄せる。

ラグナは湯で濡れた指先をスコールの顔の傍に寄せた。
見知った手のひらを見付けたスコールは、其方に鼻を寄せて、くんくんと匂いを嗅いで、ぺろりとそれを舐める。


「よしよし。怖くない、怖くない。入ってみるか?」


ラグナはスコールの視線が自分の手を追うのを確認しながら、湯舟をぱしゃぱしゃと鳴らしてみた。
しかしスコールはじっと見つめているばかりで、動かなくなってしまう。


「見てるか?」
「……」
「レオンは……落ち着いてるみたいだし。じゃ、スコールは其処で待っててな」


ラグナは濡れていない手でスコールの首元をくすぐった。
警戒心が際立っているのか、喉は鳴らず、尻尾だけがゆらりと揺れた。

さて、とラグナは手のひらで湯を掬って、レオンの背中にかけてみる。
レオンは此処が危険な場所ではないと判ったのか、湯舟の中でもぞもぞと動き始めていた。
立ってみたり、座って見たり、伏せて腹をすっかり浸して見たり。
顔が濡れるのはやはり嫌なようだが、ラグナの濡れた手が触れるのは厭わなかった。

レオンの体が濡れて、毛並みが心なしか萎んで見える。
此処でラグナは、シャンプーを取り出した。


「一応、ちょっとくらいは舐めたりしても大丈夫らしいけど……レオン、気を付けような。あとでちゃんと全部綺麗にしてやるから」
「がぁう」


ラグナの言葉に、返事をするようにレオンは鳴いた。

先ずはタライの中で泡立てたシャンプーを、レオンの背中につけていく。
レオンは泡の違和感は気にならないのか、じっと大人しく過ごしていた。
背中から後ろ脚へ、下半身を泡で覆い、優しく揉むように塗り広げ、腹は圧迫しないように気を付ける。
ラグナは額に珠粒の汗を浮かせながら、努めて優しく、丁寧に、レオンの体を洗って行った。

兄の体が白い泡に包まれていく様子を、スコールは目を丸くして見詰めている。
抜けた毛と泡が混じってい浮いている湯舟に鼻を寄せ、くんくんと鼻を鳴らしては、大きく首を捻る様子が、ラグナには可愛らしくもおかしかった。


「大丈夫だぞー、レオン。スコールもな。これ、気持ち良いことだからさ」
「ぐるぅ……」


ラグナはレオンの首元を泡立て擽りながら言った。
レオンは目を細めて、リラックスした様子でラグナに身を委ねている。

顔回りは、目や口、鼻に泡が流れないように、ほんの少しだけ洗った。
元々、ごく限られたタイミングで外遊びをする以外では、専ら屋内暮らしの二人である。
兄弟でよく毛繕いもしているし、今日の風呂では、体の抜け毛が粗方落ち着いてくれれば、それで良し、とラグナは思うことにした。


「───よし。そろそろ流すぞ」


体を撫で擦るラグナの手が離れると、レオンはきょとんと見上げて来た。
もう終わりなのか、と少しばかり残念そうに見える。
ラグナはレオンの喉をくすぐって、手で掬った湯でレオンの体の泡を流した。

それだけでは泡は流し切れないし、タライに張った湯もすっかり泡だらけになっていたので、普段使っている手桶で新しい湯を張った。
真っ新な湯でレオンの体を洗い流すと、すっきりとした毛並みが彼の体のラインに沿って流れているのが目に見える。

すると、────ぶるぶるぶるっ!とレオンは大きく全身を震わせた。


「うわぶっ!」


たっぷりと水分を含んだ毛が一斉に瞬いたものだから、水玉が一気に飛び散ってラグナを襲う。

一拍開ければ、ラグナは見事にびしょ濡れになっていた。
大してレオンはと言うと、湯舟に浸かったままの足元を除いて、毛並が起きて、心持ちすっきりとした表情をしている。


「がうぅ」
「おっ」


湯舟でじっとしていることに飽いたか、もう動いて良いと思ったのか。
レオンはラグナの腹にどんっと頭を押し付けて、すりすりと顔を擦り付ける。
水気が散ったとは言え、まだ十分に濡れているレオンに腹を圧されて、ラグナは苦笑するしかない。


「はあ、すっげぇ。大変なんだなあ、お前らを綺麗にするのって」


ラグナは濡れたバスルームの床に座った格好で、レオンの頭を撫でる。

ラグナは用意して置いたバスタオルを広げて、濡れたレオンの体を包み込んだ。
ふわふわとしたバスタオルに、じゃれるように噛みついて来るレオンを叱りながら、足元までしっかりと拭いてやる。
遊びたがる子供を宥めている気分だった。

本当は此処からドライヤーを使って毛の根本まで乾かしてやるのが良いらしいが、普通の家猫でもドライヤーを嫌がる個体は多いと言う。
レオンはどうか判らないが、どちらにせよ、今日は彼も随分と疲れたようで、欠伸が漏れている。
十分に体の水分を拭き取った後は、冷えないように包んでバスルームから連れ出した。

濡れた足元が床に水溜まりを作るのは、後で頑張って掃除をするとして。
その気力が残るかなと思いつつ、ラグナはレオンをソファへと下ろし、余分な毛が流れ落ちてすっきりとしたその身体を撫でた。


「うん、綺麗になった。頑張ってくれてありがとな、レオン」
「ぐるるぅ……」
「頑張ったご褒美、用意してるんだけど……うーん、眠そうだな」


頬を撫でるラグナに、レオンの喉が小さく鳴った。
それから間もなく、レオンはソファの真ん中で丸くなり、すぅ、すぅ、と寝息を立て始める。
ラグナはソファの端に丸めていたタオルケットで、レオンの体を冷えないようにと包んでやった。

ふう、とラグナは一息吐いて、後ろをついて来ていたもう一匹に振り返る。
ぱちりと目が合った蒼い宝石は、ソファで丸くなっている兄のことが気掛かりなのだろう。
そわそわとした様子のスコールに、おいで、と手を伸ばせば、のろのろと近付いてきてくれた。

ラグナがスコールを抱き上げると、スコールはソファの上にいる兄を見た。
首を伸ばして鼻先を寄せようとする彼の頭を撫でて、よいしょ、とラグナは立ち上がる。


「次はお前の番なんだけど……お前、怖がり屋だからなあ」
「ぐぁう」
「ちゃっちゃと出来るかな。上手いやり方が見付かると良いけど」


どう工夫をしたものか。
思案しながら、兄を呼ぶように喉を鳴らすスコールの背を撫でて宥めつつ、ラグナは再びバスルームへ向かった。






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