[ロクスコ]ただ一つの色に
職業柄、目は利く方だ。
手に入れた宝物の審美が必要な事も多いし、情報源である人の本質を見抜く事も求められる。
それは異世界へと召喚されてからも変わらなかった。
足元に落ちている石ころが実は魔力を帯びた鉱石であるとか、目の前にいる人物が敵か味方か、どう言う性格でどんな戦略を取るのか。
そう言う物を見分ける力を、ロックはトレジャーハンターとして培った経験から持っていた。
神の意思で以て、所属する陣営があっちへこっちへと変わる世界。
神のみぞ、と言うよりも、神さえも知らないのではないかと思う事もある、闘争の意思とかいうものに振り回される生活も、段々と慣れて来た。
この世界で結ばれた恋人とも、敵になったり味方になったり、本当にこの世界は気まぐれだ。
敵同士になると愚痴も零したくなる───彼方は案外と切り替えが早いようで、向き合った時には容赦のない一撃をくれる───のだが、今回は運良く同陣営の配属になった。
前回は別れ別れにされたので、その分も取り戻したい気持ちで、ロックは恋人───スコールとよく時間を共にしている。
同じ時間を共有するとは言え、元の世界の形がどうやらかなり違うとあってか、二人の会話は余り長くは続かない。
スコールが元々寡黙な性質で、話しかけられても最低限の返事があれば良い方、と言うのもある。
ロックも最初は間が持たない沈黙に居た堪れない事も多かったが、恋人になる程に深い仲になれば、もう慣れたものだった。
また、スコールの沈黙と言うのは、彼の声が音になっていないだけで、目の中は案外とお喋りなのだ。
だからロックが話しかければ、眼が返事や反応をくれる。
興味がないなら視線は手元の愛剣に落とされたままだが、琴線に触れれば此方を見る。
蒼の瞳は存外と正直者で、興味のあるものを真っ直ぐに見詰めるのだ。
今、スコールのその瞳は、ロックの手元に散らばった鉱石に向けられている。
色も形も統一性なくバラバラのそれは、世界の探索のついでにと拾い集められたものだ。
この異世界では、召喚された戦士達を相手に商売をしているモーグリがいて、そのショップで買い物をする為に、金であったり物であったりが必要になる。
鉱石の類は、換金にも物々交換にも使われるから、各々で気が向いた時にでも、と採取が行われていた。
鉱石はどれでも良いと言う訳ではなく、一定の質か或いは量が必要で、それと等価のギル及び商品と交換する事が出来る。
この為、宝石類を鑑定する目を持つロックやジタン、バッツ、セシルと言った面々は重宝されていた。
「ん~……」
ルビー系を彷彿とさせる赤い鉱石を取り、空に透かして見るロック。
角度を変えながら光の反射具合を確かめ、目を凝らして石の中を観察する。
少し混じりけがあるように見えるが、質としては良い方に入るだろう。
ロックはその石を良質なグループへと加えた。
黙々と作業を続けるロックの隣では、スコールが座ってその様子を観察している。
時折、ロックが仕分けを済ませた石を手に取って、薄明るい太陽に透かして見ていた。
それが自分の真似をする幼子のようで、ロックの口元に笑みを誘う。
「お前も鑑定してみるか?」
「……」
ロックが声をかけると、蒼の瞳が此方へと向く。
引き結ばれた唇の中で、恐らく色々と考えているのだろうしばしの間の後、スコールは首を横に振った。
「あんたがしてるのに、俺がやる意味がない」
「目を磨く練習にはなるぞ。俺やジタン達がいない時、自分で出来れば手間も省ける」
「……良い。俺には必要ないものだ」
スコールのその返答に、まあそうかもな、とロックも思う。
スコールは自身を傭兵と称する。
ロックの世界では、傭兵もそれなりの審美眼が必要である事や、報酬として渡される宝石類を換金する事で生活を賄う者もいるから、損をしない為にそこそこに目を鍛える者もいるが、スコールの世界では物々交換は殆ど存在しないそうだ。
金が世界を十分に巡る位にあると言うことや、その価値が統一され信用されているからだろう。
だからスコールの世界では、鉱石類は加工されるものとして、宝石はその輝きを装飾品として用いられるのが主であると言う。
装飾品については、所謂“贋物”も多く出回っており、天然物の宝石よりも遥かに人目に触れる機会が多く、更にはその質も本物と見劣りしない程にそっくりに作る事が出来るとか。
それじゃあ宝石発掘に精を出してる奴らは損だな、とロックは思ったのだが、意外とそうでもないらしい。
贋物では出せない輝きを求めて本物を求める富豪はいるようで、また逆に希少であるからこその価値の高騰があるそうだ。
一攫千金の博打の類ではあるが、利益が出れば相当な額が入るそうで、それを求めて発掘を生業にしている者もいる。
────いるのだが、そう言う人々の間で成り立つ宝石類の売買に、スコール自身が直接触れるような機会は早々ないので、個人的に鉱石類に興味があるなんてことでもなければ、多くの人間は天然物と人工石の区別も曖昧なようだ。
そう言った背景を考えると、確かにスコールに宝石鑑定の眼は必要ないのかも知れない。
知識は邪魔にはならないから、鑑定のコツなど知って置く事に損はないのだろうが、スコール自身はやはりそこまで興味が持てないようだ。
鉱石と魔石、宝石をグループ分けする程度が判れば十分、とスコールは思っている。
スコールのその価値観を、ロックは無理もないなと思いつつ、
「眺めてると案外面白いものもあるけどな」
「……」
「ほら、これとか」
丁度光に透かして見ていた石を、ロックはスコールに差し出した。
スコールはロックの手の中にある石をしばし見詰めた後、摘まんで空に掲げて見る。
薄く白く濁ったように見える石。
ロックの手にあった時は、そう見えていた石が、光に翳すと白が溶けたように透明になり、中に何かが内包されているのが判った。
正方柱が幾つも重なるように密集し、蒼鈍色の光が反射されている。
ほう、と見入るスコールを、ロックは次の鑑定に取った石を遊ばせながら見て言った。
「珍しいだろ。宝石の中に宝石がある。それも、中にあるのは二つ」
「……二つ?一つの石じゃないのか」
「混じり合ってるんだ。それぞれの特徴が別々に浮き出てる。表面で覆ってるのは多分クォーツだけど、中はフローライトと、いや───うーん、顕微鏡でもあればはっきり判るんだけどな。でも希少なのは確かだぞ」
スコールの手にある鉱石のサイズは、1cmにも満たないものだ。
これで内包された石の種類まで正確に鑑定するには、それなりの機材が必要になる。
しかし、この世界でそんな代物を望める筈もなく、貴重なものであると判れば十分でもあった。
ロックの解説に、ふぅん、とスコールの反応は鈍い。
しかし、瞳はじっと宝石を見詰めており、希少価値からか、彼の興味を惹いたのは確かだろう。
夢中になると眉間の皺が緩んで、幼い輪郭が滲むスコールの横顔に、ロックはくすりと笑みを浮かべて、鑑定作業に戻る。
「お」
手にしていた石をまた光に掲げて見て、ロックの眼が輝いた。
「見ろよ、スコール」
「……?」
呼んでロックがスコールに見せたのは、濃い蒼色を持った石だった。
ロックの手の中で、僅かに角度を変える度、蒼に青に藍にと僅かに色味が変化する。
ちかちかと目の中で反射するその光に、スコールは眩しさを感じて目を擦った。
「…その石がどうかしたのか」
「お前の瞳と同じ色だ」
「は?」
「綺麗な蒼色だよ」
そう言ってロックは、蒼の石を良質にも悪質にも属さない群へと分けた。
これは個人的にロックが気に入った石を、他と混ぜてしまわない為のグループだ。
基本的に鉱石にも宝石にも、特別に思い入れを作らない───何せ鉱石はその類を問わず飯の種であったので、価値が高くとも売る事に抵抗はないのだ───ロックだが、この石だけは別にしようと思った。
誰より愛しい恋人と同じ色をした石なのだから。
バッツにでも頼めば、アクセサリーにでも仕込んで貰えるだろうか。
あいつは器用だよなあ、と思いながら、ロックはまた鑑定作業へと戻った。
ロックがまた集中作業に戻ったので、スコールは再び暇を持て余す。
視線はロックの手元から、その横顔へと向かう。
バッツやティーダ程ではないが、ロックも中々表情が豊かで、朗らかである印象が多い。
その顔が今は真剣そのもので、小さな石の小さな傷も見逃すまいと睨んでいるのが、スコールには少々新鮮な光景だった。
普段の何処か余裕さえ醸し出す朗らかな表情とは違い、じっと一点を睨んでいる横顔に、スコールの胸の奥がゆっくりと鼓動を速めていく。
しかし、ただ見詰めているだけと言うのは、存外と体感時間を長引かせる。
眺めているだけと言うのも段々と退屈になって来て、スコールの眼は他に何かないかと彷徨い、ロックが特別に分けた蒼い宝石へと向けられた。
(……俺、あんな色なのか?)
右手を目元に持って行ってみるが、当然、自分の眼を自分で見る事は不可能だ。
鏡があれば別だが、そんなものは荷物袋に入っていないし、此処には湖もないから自分の顔を見る事は出来ない。
結局、よく判らないまま、スコールの手は元の位置へと下りた。
それからなんとなく、スコールの眼は仕分けを終えた鉱石の群れへと向かう。
本来、鉱石は鉱脈の質に依存して採取されるものが変わる筈だが、この世界ではそれらも混ぜこぜになっている。
大体、発掘作業と関係なく、道端に落ちている石を拾うだけで、多様な質の石が発見されるのだから、理屈や常識に捕らわれて考えるほど無意味だ。
お陰で拾い集められた石は、統一性がないと印象になる程、色も形もバラバラだった。
スコールはその群れの中から、一つ、手に取ってみた。
ちらとロックがそれを見たが、特に何も言われなかったので、スコールも気にせず石を光に翳す。
指先に摘まんだそれを、角度を変えながら眺めた後は、元にあった位置へと戻した。
次はその隣に置かれていた、似た色を持つ石を取って、また光に翳す。
そしてまた元の位置に戻して、また似た色の石を取り……と繰り返すスコールに、ロックは最後の一つの鑑定を終えてから声をかけた。
「何か気になるものでもあるか?欲しいのあったら自分のにしても良いぜ。結構一杯集まったし、一つ二つくらい平気だろ」
「……いや……」
ロックの言葉に、そう言うつもりじゃなかった、とスコールは口籠る。
気にするなとロックは笑ったが、スコールは手元の石に視線を落としつつ、
「……あるんじゃないかと思って、なんとなく見てた」
「ん?何が?欲しいのあるなら探すけど」
「い、や。別に、そう言うのじゃなくて」
言葉の初めが酷く声が小さくて、ロックは聞き取れなかった。
何かを探しているらしい事は判ったので、詳細を尋ねる代わりに提案すると、スコールは首を横に振る。
「あんたと同じ色、ないかと思って」
「俺?」
「……あんたの、瞳」
首を傾げるロックに、スコールは自分の貌が映り込んだヘーゼルカラーの瞳を指す。
ぱちり、と虚を突かれた表情で瞬きをするロックから、スコールは目を逸らし、
「でも、なさそうだ」
「え。そ、そうか?割とよくある色だと思うけどな。黄褐色系の宝石は割と多いし」
ロックの言葉に、スコールは首を横に振る。
「似たような色はあるけど、違う。あんたの瞳の方が、ずっと綺麗な色をしてる」
「そ……そう、か?そんな言われる程じゃないぜ、俺のは」
「自覚がないだけだろ。確かに、眼の色だけで言ったらあんたのそれは珍しくはないのかも知れないけど……俺は、そんな綺麗な色、あんたが初めてだった。他に見た事もない」
スコールの言葉に、それはまた大袈裟だな、とロックは思う。
その傍ら、無性にむず痒くなる鼻頭を掻いた。
スコールの視線はまた一つ、手に取った宝石へと向けられている。
その白い頬がほんのりと赤いのを見付けて、今になって照れているのかと、そう思ったロックの頬も伝染したように赤くなった。
気付かれるのはなんとなく恥ずかしい気がして、ロックはそそくさと隣の恋人から視線を外す。
しかし、そうして視界に入れてしまった蒼い宝石に、また緩んでしまう口元を、考える仕種の振りをして右手で隠した。
(そんな事言ったら、お前だって────お前の方が、よっぽど)
蒼に青に藍に光る石。
石の名や、希少価値はさて置いても、確かにそれは美しかった。
だが、それを見て彷彿とさせる蒼灰色の宝石は、もっと鮮やかで綺麗な色をしている。
職業柄、そして自身の目的もあって、粗悪物も含めて多種多様な宝石を見て来た。
だから光物には眼が慣れているし、故に肥えてもいて、少し貴重なもの位なら驚く事もない。
でも、とロックは思う。
(俺だって初めて見たよ。そんな綺麗な蒼色は)
あんたの眼が綺麗だと、そう言った少年の瞳は、何より誰より美しいのだ。
だからロックは、ずっとずっと、その虜にされている。
『付き合っているロクスコで、お互い「好きだあ…」ってなっている』のリクエストを頂きました。
鉱石とスコールの眼を絡めるネタ好きで何度も書いてしまう……
特に鉱石や宝石に詳しい面子だと、その市場的価値も判っている分、よりスコールの瞳の逸材性に堕ちてるとか好きです。