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[ジタスコ]いつもの君へ

  • 2024/09/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



情けねえなあ、と零さずにいられないジタンを、スコールは黙って聞いている。
返事がないので無視をしているとも取れるが、それはそれでジタンは構わなかった。
この呟きは完全に独り言であって、誰に向けられたものでもなく、強いて言うなら己の詰めの甘さに対する戒めだ。
それに丁寧に返事をされてもジタンとて眉尻を下げてしまうから、今ばかりは黙々と歩くスコールの無反応が丁度良い。

ジタンの左足には、赤く黒ずんだ血が浮いていた。
綺麗に開いたズボンの穴、穿たれた足、其処から出て来る血は、応急処置をして間に合わせの布で止血してある。
それだけの傷を負っているのだから、歩かない方が良い、と判断したスコールの言う事は正しい。
下より帰投に向かう所であったし、さっさと帰って魔法が得意な者に治癒魔法をかけて貰おう、と言うのも、ジタン一人であっても考えたに違いない。
ただ、一人であればその状態で、仕方なく自力で歩いて帰る所だったが、今日の所は同行者がいるのだ。
スコールが「俺が背負って行く」と言ってくれたのは、有難い話だった。

傷の原因は、この世界では当たり前にある事で、戦闘によるものだ。
だが、もっと突き詰めて言うと、イミテーションとの戦闘の最中、まさかの魔物の乱入があった事が直接の要因であった。

ジタンとスコール、それぞれ自分と同じ顔をした人形を相手取っていた所へ、腹を空かせた狼───シルバオの群れが現れ、イミテーションの首に飛び掛かり噛みついたのを見た時は、ジタンもぞっとした。
シルバリオがイミテーションを餌と狙っていたかの正確な所はさて置くとして、一歩間違えば、自分がその牙に喰いつかれていたかも知れないのだ。
運良く盾になってくれた形となったイミテーションに、この時ばかりは感謝したが、石で出来た人形は流石に魔物も喰えないらしい。
粉々に砕けたイミテーションをさっさと諦め、すぐさまターゲットが此方に切り替わったので、ジタンは急ぎ離脱する為にスコールを呼んだ。
スコールの方も同様の状況になっていたようで、彼は直ぐにジタンの呼ぶ声に意図を察し、二人は即座に逃げ出した。
だが、足に自信のあるジタンも含め、二足の人間が、四足で獲物を追う獣に勝てる訳もなく、取り囲まれる事となる。
無論、大人しく餌になってやる訳にはいかないので応戦したが、その最中、スコールに噛みつこうとした一匹から、ジタンがそれを庇ったことで、隙が出来た。
僅かに足が止まったジタンに、すぐさま別の一匹が噛みついたのだ。
右足に深々と突き立てられた牙は、ジタン自身が直ぐにそのシルバリオの首を切り裂いた為、持って行かれる所まではいかなかった。
その後の奮戦により、ようやくシルバリオ達は、餌が思い通りに手に入りそうにないことを悟り、忌々し気に散っていき、生存競争は一先ずジタン達が勝ちを収めるに至った。

なんとか諦めて貰えたことは良かったが、ジタンの足の傷は塞がらない。
寧ろ動き回った所為で益々出血が酷くなり、スコールが辛うじて使う事が出来る魔法の力では、傷を塞ぐことも出来ない。
持ち合わせのポーションが応急処置とするのが精一杯で、後は負担をかけないようにするしかなかった。
まだ秩序の聖域は遠いと言うのに、なんとも厄介な状態になったと、溜息も出ようと言うものだろう。

血の匂いを振り撒く状態で一所に留まり続けるのは危険だ。
急ぎ聖域に戻るべき、と言うスコールの言葉は最もで、しかしこの足では歩も遅々とするだろう。
空の太陽は既に西側に傾き、赤みを強めているから、この状態で歩いていては夜になる。
そうなれば、諦めて行った狼の群れが再び集まってくるのも想像に易い。
早急に秩序の聖域へと帰還する為、スコールの背を借りる事は、効率として他にない手段であった。

────と、それは判っているのだが、一定間隔に揺れる背に追われて、ジタンは渋い顔をせずにはいられない。


(あーあ。格好つかねえなあ、ホント)


茂る木々の向こうで、赤と夜色が混じりつつあるのを見上げながら、ジタンは何度目かそう思った。

仲間を庇った事に後悔はない。
あの時、スコールは目の前に迫っている敵に応戦している最中だったから、どう動いても、背に飛びついて来たそれへの反応は難しかっただろう。
下手に其方に力を割けば、目の前の牙が噛みついていたから、何処かを犠牲にせざるを得なかった。
そんな所にジタンが飛び込んだのは、条件反射のようなものだ。
仲間がやられそうになっているのなら、放っておくことは出来ない───ただそれだけのこと。

惜しむらくは、その所為で自分が負傷したと言う事だ。


(もっと上手くやりようがあったとは思うんだよな。多分だけど。怪我するにしたって、こうもザックリやられるとは)


自分を守ることを疎かにしたつもりはないが、しかし、実際に負傷したことは事実である。
あの時、もう少し武器を低く構えていればとか、動ける余力の計算をしていればとか、今になって振り返る事は幾つもあった。
だが結局の所、「スコールが危ない」と思った時点で、ジタンの体は動いていたのだ。
お陰でスコールを庇うことは出来たが、代わりに自分が深手を負っていては、なんとも格好がつかない話だ。

それに、とジタンはいつもよりも随分と近い距離の濃茶色を見て、


(気にしてそうなんだよなあ。オレが庇ったことも、怪我したことも)


ジタンを背負い、黙々と歩くスコール。
長い足をさっさっと動かして、一直線に秩序の聖域へと向かう彼は、歩き出してから一言も喋っていない。
スコールの無言と言うのは常のことであるから、ジタンもそれに気まずいものを感じてはいないのだが、これでて彼が繊細な気質であることはよく知っているのだ。
プライドの高さもあるが、それ以上に、案外と仲間の事を大事にしてくれるから、自分の所為でジタンが負傷したことを気に病んでいるのは想像に難くなかった。


(オレを負ぶって行くって言ったのも、責任感じてるからっての、ありそうだし)


傷の深さからして、早く帰った方が良いことは確かだ。
その為に、ジタンが自力で歩くより、スコールが足になってくれた方が良いのも。
ただ、ジタンがそれを頼むよりも先に、スコールが有無を言わさぬ顔で「俺が背負って行く」と言ったものだから、ジタンは感じ取ったのだ。
責任を背負わせてしまっているな、と。


(有難いもんだけど。あんな顔してなくても良いのになぁ)


ジタンの脳裏に浮かぶのは、傷を見下ろしていたスコールの顔だ。
眉間に深い皺を寄せて、怒っているようにも、泣き出しそうにも見えたそれは、彼の正直な気持ちを表していたのだろう。
庇われた自分への怒り、無茶をしてまで自分を庇ったジタンへの呆れと、自分の所為でジタンに傷を負わせたと言うショック。
綯交ぜになったであろうそれを、スコールは言葉として吐き出すことはしないまま、ジタンを背負って歩き出した。
以降、スコールは一言も口を利いていない。

スコールの早足で、背負われたジタンには規則的な揺れが伝わる。
急いで帰ろうとしているのは良いのだが、この歩き方は大丈夫なんだろうか、とジタンは思っていた。
常は冷静沈着に見えて、実は頭の中で忙しくしていて、意外と視野が狭くなりがちなのがスコールだ。
後頭部から滲む固い空気と言い、今もきっと彼の頭の中はぐるぐるとしている事だろう。

どうにか、とジタンは思っていた。
この硬質的なスコールの醸し出す空気を、どうにかしてやりたい、と。


(まあ、こうしちまったのは、オレっちゃオレなんだけど)


自分の行動───スコールを庇い、負傷したこと───が原因であることは判っている。
もう少し自分が上手く立ち回っていれば、とも思う。
とは言え、やってしまった事は巻き戻しの効かないことだから、ジタンは既に気持ちを切り替えていた。

今は、目の前にいる仲間の顔を、いつものただの顰め面に戻してやりたい。
その為にはさてどうしたものかと、揺られる背でぼんやりと考えていると、


(……そういや、こういう距離感は初めてだな)


ふと、スコールを頭の後ろから見る、と言うこの構図が、稀有な体験である事に気付いた。
二人の身長差も当然、普段はジタンがスコールを見上げるのが専らで、彼の後頭部をジタンが見ると言うのはまず出来ないことだ。
秩序の聖域にいれば、スコールが座っていて、ジタンが立っていれば見る事は出来るだろうが、それでもスコールの真後ろと言うのはあまり立ったことがない。
少なくとも、ジタンが意識してそう言う位置を取ったことはない筈だ。

そう思うと、俄かに物珍しい気分が湧いて来る。
折々にバッツが急な年上風を吹かせて撫でくる濃茶の髪は、いつもきちんとセットされているが、間近で見るとふわふわと猫っ毛のように見えた。
その一束を指で摘まんでみると、頭皮が引っ張られる感触が伝わったか、ぴくっと軽く頭が揺れたのが判った。

悪戯を警戒しているのか、じわりと警戒的な空気が滲むのを感じつつ、ジタンは指に絡めた毛先を遊ぶ。
毛先がふわふわと指の隙間から零れ落ちるのを見ながら、ちゃんと手入れされているな、と思う。
そう言えば、植物系の魔物の体液なんて頭から浴びた日には、念入りにシャンプーで洗っているのを見た事があった。

それから、次にジタンの目についたのは、スコールの耳に光る石だ。
ジタンの世界では、宝石と言うのは魔力を帯びているものも多く、何某かのお守りや願いを込めて身に着けられるものも多かった。
しかし、スコールの世界では、願掛けこそ物によってはあるものの、大抵は単なる宝石───或いはそれを模したもの───であるらしい。
スコールの耳に常に取り付けられているそれは、彼の首飾りの獅子と違って特別な名はないようだが、毎日見に着けていることからしても、彼お気に入りのマストアイテムなのだろう。


(シンプルな石ひとつ。小洒落てるって程でもないのが、こいつらしいな。あー、でも首飾りは凝ってるし、刺さる趣味は割と両極端なのかね)


思いながらジタンは、ふとした悪戯心が湧くのを自覚していた。
こんな時にとは思いつつ、こんな時でもないと、ジタンがこの位置からスコールをのんびりと眺めることもないだろう。

おもむろに伸ばしたジタンの手が、あと少しでスコールの耳に触れる。
と言う所で、気配に敏感な青年が、じとりとこちらを振り返り睨んだ。


「ありゃ。バレた?」
「………」


歯を見せて笑ってやれば、蒼灰色が胡乱に睨む。
髪をつついていた時から、背後がうごうごとしている事は感じ取っていたのだろう。
いよいよ悪戯が始まりそうな空気を、背中で察したのかも知れない。

ジタンは「まだ何もしてません」と両手をパーにして見せた。
ひらひらと空の手のひらを揺らすジタンに、スコールは眉間に皺を寄せつつ、


「……元気そうだな。聖域も近いし、あとは自力で良いか」
「いやいや。痛いです。もうちょっとお願いします」


足を止めたスコールの言葉に、ジタンはしかっと彼の首にしがみついて言った。
まだ下ろさないで下さい、と言うジタンに、スコールはやれやれと溜息を吐く。

スコールは物言いたげな表情をしていたが、結局は口を噤んで前へと向き直った。
歩を再開させるスコールの後頭部からは、呆れたような空気が滲んでいたが、つい少し前までジタンが感じていた、硬質的な雰囲気は散っている。
ジタンは、そんなスコールの頭をわしっと捕まえて、わっしゃわっしゃと掻き回した。


「!?」
「よーしよし。優しいなー、スコールは」
「なっ……なんだ、いきなり!動物みたいに」


掻き撫ぜるジタンの手を、スコールは頭を振るって追い払う。
何故唐突にこんなことをと振り返るスコールに、ジタンはにかりと笑って、


「いや、ちょっと嬉しかったから。あと可愛いもんだなって思って」
「は?」
「お前が優しい奴で感動してるってこと」
「……意味不明だ」


訳が判らない、と顔を顰めるスコールに、ジタンはくつくつと笑う。
馬鹿にされているのかと蒼灰色が不機嫌な空気を滲ませるが、ジタンは濃茶の髪をぽんぽんと叩いて宥めた。
そう言うつもりではないと、ジタンの言外の主張を感じ取ったのか、或いはまた呆れたのか、スコールはまた溜息ひとつを吐いて前を向く。

ずっと早足で進んでいたスコールの歩調は、僅かに緩やかなものになっていた。
ジタンの足に巻かれた布は、もう随分と赤で染まっており、出血も止まり切った訳ではないだろう。
早く帰投することをスコールは相変わらず目指しているようだが、切羽詰まった空気はなくなっていた。
ジタンはそんなスコールの肩に捕まりつつ、


「なー、スコール」
「……なんだ」
「オレ、お前の優しいとこ好きだぜ」
「……そうか」


ごくごく短いスコールの返しは、他にどう返せば良いのか判らなかった結果だろう。
そう言う不器用な所も含めて、ジタンは彼と言う人間を気に入っていた。





9月8日と言う事で。
ジタンにスコールの頭をわっしゃわしゃして欲しいなと思ったので。

スコールが自分の油断に責任を感じているのを、ジタンは気にしないでくれれば良いと思ったし、スコールはジタンがいつもの空気で接するので、無自覚だけどほっとしたんです。

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