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[16/シドクラ]巡りに乗せて



どうだ、と言ってシドが見せて来たのは、彼お気に入りの銘柄のワインだった。

気軽に飲むならビールだが、一人嗜むのならワインが良い、と彼は言う。
確かに、飲み屋で皆と一緒に賑やかに過ごす時はビールを注文しているが、部屋で考え事をしている時だったり、寝酒に一杯飲むのならば、持ち込んでいるワインを愛飲していた。
だからシドがワインを人に勧める時と言うのは案外と限られている、らしい。
“らしい”と言うのは、存外とクライヴがシドにワインを勧められる機会があるからで、そんなに珍しいことなのか、と言う感覚があるからだ。
ガブにしてみれば、「シドがワインを勧めるなんて、そいつのことが気に入ったって言ってるようなものなんだぜ」だとか。

とは言え、シドの中でも色々とランク付けはあるのだろう。
ワインセラーに収められている酒の中でも、自分用、来客用、特に重要な賓客用と、その時々で彼が出してくるものは適宜変わる。
クライヴの場合は、同居していると言う関係故か、少しばかり特殊で、シドの自分用のワインを時々貰うことがあった。
後は、何某か景品だとか、貰い物だとか、余り名を聞いたことのないワインを手に入れた時の試飲感覚で、シドと一緒に瓶を開ける作業に加わらせて貰う。

クライヴ自身はと言うと、それ程酒に拘りはない。
そもそもが飲食の類にあまり執着がなかったので、シドと同居するまでは、ワインなんて赤ワインと白ワインがあることくらいしか覚えていなかった。
遠い昔、家族が寝静まったダイニングで、父がワインを飲んでいたこともあったが、クライヴにとってワインに関する思い出と言えばそれだけだ。
その頃、分かり易く優等生らしい生活をしていたクライヴであるから、父のワインを飲みたいなどと強請ったこともない。
成人してからは、折々に飲み会に出席する事も増えて、それなりに酒の味を覚えはしたが、それだけのことだ。
今でこそクライヴは幾つかの酒の銘柄を覚えているが、その切っ掛けを与えたのは、専ら周囲の言があっての話で、彼の中での酒の区分は、大雑把に“美味いか否か”と言った具合だった。

それでも、シドが勧めてくれるなら、それは良い酒だと言う事は知っている。
そして、拘りがないとは言っても、美味い酒と言うのはやはり味わえれば嬉しいものであった。

どうだ、と誘ってきたシドの手には、既にワイングラスがふたつある。
断ることを考えていないと言うか、断らせる気がないと言うか。
そんな同居人兼職場の上司に片眉を寄せて笑いつつ、クライヴは「良いな」と言った。


「初めて見るラベルだ。何処のワインなんだ?」
「まあそこそこの有名処だよ」
「あんたがそう言うと怖いんだよな」


クライヴがワインに詳しくないこともあってか、シドは余りそれの詳細を語らない。
しかし、安価なものならそう言うし、貰い物で一切の詳細が知れないのならそれも言う。
だが、値段が上がって来ると、今度は言わなくなる傾向があった。
宅飲みに付き合わせるクライヴが遠慮するのを嫌ってか、構えて飲むのが好きではないのか、そんな所だろうか。
だから、すっかり飲み明かした後で、クライヴが気まぐれにラベルの記載を頼りに調べてみると、結構な金額のものだと発覚することも儘あった。
本当は上客に出す為のものだったんじゃないか、とクライヴが言うと、シドは「良いんだよ」とからからと笑うばかりだ。

結局の所はシドが購入、或いは誰かから貰ったとかの代物であるから、それをいつ開けようと、それはシドの自由だ。
相手も勿論シドが選んでの事だから、クライヴが畏まった所で、大した意味もないのだろう。
ただ、高いものと言うのはやはり、それなりに分かった上できちんと楽しみたい、とクライヴは思う事もあった。

テーブルに置かれたグラスに、とくとくと注がれる白ワイン。
甘い香りがほんのりと漂うのを感じ取りながら、クライヴはパントリーを覗く。


「摘まみでも。何かあったか」
「冷蔵庫の中に用意してある。出してくれ」


シドの指示を受けて、クライヴは冷蔵庫を開けた。
棚の一番下に、スライスされたチーズとパストラミが並べられた皿を見付ける。
夕飯の時にでも作っておいたのか、準備の良いことだ。

摘まみの乗った皿をテーブルに持って行くと、シドはもう席に着いていた。
向かい合う席にクライヴが座り、それぞれグラスを手に取って、軽く当て合う。


「今日もお疲れ様」
「ああ。お前さんもな」


乾杯の代わりの労いは、今日も今日とて忙しかったことへ。
特段、何か事件があった訳ではないが、シドは社長業であちこちに顔出ししていたし、クライヴも営業として足を棒にしていた。
それを無事に終えての一杯と言うのは、やはり、身に染みるものがある。

まずは一口、とシドもクライヴも軽くグラスに口をつける。
淡色の液体はするりと優しい口当たりで、すっきりとした味わいの中に、ほんのりと甘味が感じられた。
美味いな、とクライヴが呟くと、シドの口角が分かり易く上がる。
飲み易さにつられて早々にグラスを空ければ、シドが直ぐに二杯目を注いでくれた。


「随分、機嫌が良いじゃないか」
「そうだな」


クライヴの言葉に、シドはグラスを傾けながら小さく笑う。
普段から気前良く振る舞うことはあるが、こう積極的に酒を勧めてくれるのは珍しい。
大抵は、お互いに自由なペースで飲んでいるから、合判している席であっても、それぞれ手酌で楽しんでいる事が多かった。

二杯目をそれ程間を置かずに飲み開けると、またシドがワインを手に取って、クライヴに差し出して見せる。
どうだ、と言う無言の問いかけに、クライヴはグラスを差し出して答えた。
やはり今日は特別に気前が良い。

クライヴは三杯目のワインに口をつけながら、冗談気分で言った。


「あんた、俺を酔わせたいのか?」


酒を注ぐペースは、クライヴのそれをみだりに乱すつもりはないようだが、シドの目は逐次、クライヴの手元のグラスに向けられている。
飲め飲めと無茶な絡みをする訳ではないが、クライヴのグラスを空かさないように意識しているのが伺えた。
気配りの細やかさはシドの染み付いた癖のようなものだが、それは職場であるとか、仕事付き合いの会食の席ならばともかくとして、自宅で同居人相手にまで発揮する必要のないものだ。
それが今日は随分とまめまめしく自分の世話を焼いてくれる上、美味い酒まで飲ませてくれるものだから、なんだかつられるようにして、クライヴも少しばかり気分が浮ついて来る。

そんな気持ちから言ったクライヴの言葉に、シドは「さてね」とまた口角を上げる。


「お前が本当に酔ってくれるんなら、それもありだろうけどな」


蟒蛇(うわばみ) だからなあ、とシドは付け足して言った。
クライヴはチーズを齧りながら、


「俺だって全く酔わない訳じゃない」
「そうかね。何処でどれだけ飲んでも、ケロッとしてるだろう。ガブみたいにフラフラになった事あるか?」
「どうだったかな。昔はあったかも知れない。覚えていないけど」
「忘れたって訳でもなさそうだがな」


シドの言葉に、クライヴは肩を竦めて返しつつ、


「確かに、余り酔ったことはないけど。この酒は美味いから、若しかしたら酔うかも知れない」
「上等な酒なら酔えるって?贅沢者め」
「やっぱり高いんだな?」
「さあな」


皮肉るように揶揄うシドの言葉に、クライヴがずっと気になっている点を突いてやれば、また躱される。

シドの表情は柔らかく、酒が入っていることもあるだろうが、分かり易く上機嫌であった。
相応の年輪が刻まれた顔が、ほんのりと赤みを浮かせて、グラスを持つ手もゆらゆらと液体を揺らして楽しそうにしている。
彼もそれなりにアルコールには強い筈だが、ひょっとしたら酔い始めているのかも知れない。
シドが酔うと言う事は、そこそこ度数が高いのかも知れないが、相変わらず、クライヴの意識はくっきりさっぱりとしたものであった。
だが、意識の酩酊はなくとも、クライヴも常よりも自分の機嫌が良くなっている自覚はあった。

シドのグラスが空いたので、クライヴは腕を伸ばして、ワインを手に取る。
察したシドがグラスを差し出し、とくとくと二杯目の酒精が注がれた。


「シド。この酒、今日で全部飲むつもりか?」
「なんだ、惜しいか?」
「まあ、少し。気軽に手に入るものでもなさそうだし」
「お前が気に入ったのなら、また手に入れるさ。そうだな、一年後くらいに」
「そんなに手の入り難いのか」
「伝手はあるから、どうにかなる。だが、そうしょっちゅう飲めるんじゃ、有難みも減るだろう」
「随分勿体ぶるじゃないか。でも、確かにそうだな。偶に飲むから沁みるものか」


美味い酒への名残はありつつも、その美味さのスパイスには、確かに希少性も関係するか。
そして、飲める時には、美味い内にそれをたっぷりと堪能するのが良いのだろう。

これを再び楽しめるのは、一年後。
そんなつもりでグラスを傾けると、喉に通って行くとろりとした液体が、酷く恋しいものに感じられる。
ボトルの中身はもう半分まで減っていて、今晩中に空になってしまうのは間違いなく、それは酷く惜しいのだが、また次回があると思えば喉が閊えることもなかった。

機嫌良くグラスを明かしてい恋人を、シドは終始、口元を緩めた顔で眺めている。
これなら、少々手間をかけてでも、用意した甲斐があると言うものだ。
そして今から一年後、今日と言う日がまた迎えられるようにと、今から算段を巡らせるのであった。




大分遅刻ですが、FF16発売から一周年を迎えられたと言う事で、シドクラでお祝いに飲んで貰いました。
この後は二人とも良い感じに気分良くなって、しっぽりしてたら良いと思います。

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