[ウォルスコ]アンチ・ホームワーク
夏休みの課題なんていうものは、とにかく量があるのが面倒くさい、とスコールは思っている。
教科の担任の傾向によって多少の差はあるものの、夏休みが短く見積もっても八月いっぱいと言う暦で確保されていると、それ相応に課題が出される。
大量のプリントだったり、問題ドリルであったり、何々に関するレポートを何文字分だとか何ページ分だとか。
夏休み前にどっさりと持たされたそれを、生徒たちは嘆きながら仕方なく持ち帰り、夏休みの敵として、時には一気に倒したり、計画的に挑んだり、だらだらと放っておいて末日に死に物狂いに齧りついたりする。
スコールはと言うと、基本的には計画的に済ませる性質だった。
そうして置いた方が後が閊えなくて済むし、頭の隅にある焦燥感に追われなくて良い。
父子二人暮らしをしている為、家事を引き受けている事もあるので、勉強だけに時間を割く訳にはいかないから、尚更こう言ったものは事前に計画を整えて挑むのが効率的だと考えていた。
とは言っても、毎日がそう計画的に進むと決まっている訳でもない。
友人に遊びに行こうと言われると、多少はその気になってしまう位には、スコールも今時の若者らしいものであった。
そうすると、毎日決まった時間に始めている課題への取り組みも、後ろに流してしまう事もあり、遊び疲れてサボってしまう事もある。
一応、そう言った計算も入れて大枠を組んでいるから、長く見積もって夏休みの半分までには終わるようにと考えていた。
実際、スコールのその計算は正しく、八月の半ばを迎える頃には、持ち帰った課題は全て終わっていた────筈だった。
登校に使うスクールバッグの中に、埋もれたプリントを見付けたのは、二日前のこと。
その次の日───つまり昨日───は登校日になっており、その準備をするために薄い鞄の中身を確認していたら、三枚、少し折れた状態でそれは入っていた。
プリントは渡された時に全てクリアファイルに入れていた筈なのに、何の拍子に零れ出たのだろうか。
恐らくは、一学期最後の日、大量の課題を出されて重くなった荷物を取り出した時、これらだけがファイルから零れて、取り残されていたのだろう。
たかが三枚のプリント。
それを幼馴染のティーダが聞けば、「三枚くらいすぐじゃないっスか。いいなあ」等と言ってくれただろう。
未だに大量に残っている課題と頭を抱えながら格闘している彼の心情を慮れば、そんな台詞が出て来るのも無理はないと思うが、しかしされど三枚である。
スコールにしてみれば、とっくに終わらせていたつもりだったのだ。
だから、担任教師であり、恋人であるウォーリアが家に行っても良いかと聞いた時、浮いた気持ちも隠さずに「良い」と言う返事を直ぐに送った。
それなのに、こんなタイミングで、と言うのがスコールの紛れもない本音であった。
そんな訳で、スコールはウォーリアが見守る下、課題のプリントを広げている。
折角来てくれた恋人に申し訳ないと言う気持ちはあるものの、そもそも、「きちんと全ての課題が終わるまでは会わない」と言う約束だったのだ。
だからプリントを見付けた時点で、やっぱりまだ駄目だ、と言ったのだが、ウォーリアが「君に会いたい」と言うので結局会う事にした。
スコールとて、約一カ月ぶりの逢瀬の約束であったから、楽しみにしていたのも事実。
気持ちを隠すと言うことを知らない恋人に、「会いたい」と言われて、拒否など出来る筈もなかった。
プリントと戦うスコールを見守っているウォーリアは、恋人であり、担任教師である。
そう考えると教師に見晴られているも同然なのだが、スコールはそうは考えていなかった。
偶にちらと見遣ると、其処には柔い瞳で此方を見つめるアイスブルーの瞳があって、これは“生徒”に向ける目ではないと言う事が判る。
何処か微笑ましそうに、愛おしそうに見つめる瞳に、スコールは首の後ろがむずむずとするのを感じながら、それを振り払うようにしてプリントの解答欄を埋めて行った。
(あと少し……)
細々とした問題で埋め尽くされているプリントは、存外と消化に時間がかかる。
連続させていた集中力が途切れ始めたのを感じて、スコールは顔を上げた。
「はー……」
零れた吐息は、こんな面倒なプリントを用意した教師への苛立ちと、これを鞄に置き去りにしていた自分への呆れ。
ついで、恋人が来るんだから明日でも良いか、とはなれなかった、己の半端な真面目さへの諦め。
本当は、黙っていても良かったのだ。
課題がまだ残っていた、なんて正直に言わないで、今日は恋人との時間に耽れば良いと、悪魔の声も囁いた。
そのまま放置する訳でもなし、次の日にまとめて終わらせれば、夏休みの課題としては問題なくクリアになる。
けれど、そうすると、「課題が終わるまで合わない」と言う約束を、完全に破ったことになる。
(だって……ウォルに嘘は吐きたくない……)
ウォーリアは誠実だ。
それは傍から見て、そんなことまで、と言いたくなるような所まで、真っ直ぐに。
そんな彼に相応しくありたいと思うから、スコールも彼に嘘を吐きたくなかった。
最後に待ってましたと陣取っていた、面倒な式から答えまできっちりと埋めて、スコールの集中力は限界に至った。
からん、とシャーペンが指から零れ落ちた直後、スコールは埋め終わったばかりのプリントの上に頭を落とす。
「終わった……」
蚊の鳴く声で零したスコールの一言は、じっと待っていた恋人に届いたらしい。
そのまま突っ伏していたスコールの髪を、ふわりと優しい手が撫でた。
「お疲れ様、スコール」
「……ん」
労う声は耳に心地が良い。
ずっと聞いていたいし、ずっと聞きたいと思っていた。
それにようやく心を寄せて良いと判って、スコールはほうっと息を吐く。
疲れて重くなった頭をのろりと起こして、スコールは傍らにやって来た恋人を見た。
仕立ての良いワイシャツは今日も真っ白で、学校で見ている姿と違うのは、ネクタイをしていないと言う事くらいか。
それだけで、学校にいる時と違って、随分と優しい雰囲気になるものだ────それを知っているのが自分だけであることを、スコールは気付いていなかったが。
ウォーリアの形の良い手が、スコールの頬をそっと撫でる。
「もう触れても良いだろう、スコール」
「……ああ。と言うか、もう触ってるだろ、あんた」
許可を取る順番が違う、と言うスコールに、ウォーリアは苦笑する。
「すまない。我慢していたものだから」
「あんたが我慢?」
何を、と問えば、ウォーリアはゆったりとスコールの頬を撫でながら、
「君がやるべき事が終わるまでは、邪魔をしないようにと決めていた」
「……」
「とは言っても、課題が終わっていないのに、会いたいなどと我儘を言ってしまったから、無意味だったかも知れないな」
「……それは、別に。あんたは静かだったし、邪魔なんてしてない」
「それなら良いのだが」
言いながらウォーリアは、スコールの古傷のある額にキスをした。
このくすぐったい感触も、夏休みが始まって以来のものだ。
久々だからか、どうにもむず痒いものを感じるスコールだったが、かと言って振り払おう等とも思わない。
寧ろ求めて已まないものでもあったから、スコールはすっかり体の力を抜いて、恋人がくれる甘い感触に浸っていた。
……が、ふとした不安が脳裏をよぎり、
「ちょっと、確かめる。他に何か残ってないか」
「君の事だ、もう大丈夫だろう」
「そう思ってたのに残ってたんだ」
スコールはウォーリアの手をやんわりと押し返して、腰を上げた。
勉強机の横に置いていた鞄を開き、中に入っていたものを全て出して、一つ一つ入念に確認する。
更に机の引き出しも、上から順に全部開けて、教科書やノートの間、終わらせてまとめておいたプリントも確かめた。
絶対ないよな、本当にないな、と再三の確認まで始めるスコール。
念には念を入れてチェックして、ようやく、本当に終わった、と思うことが出来た。
「終わってる。多分」
「ああ、そうだろう。もう心配はないな」
「ん」
頷くスコールに、ウォーリアも唇を緩める。
そして、両腕を開いて見せるウォーリアの下へ、スコールはすっぽりと収まり戻った。
久しぶりに感じる恋人の体温は、しっかりと均整取れた筋肉がついている所為か、夏に甘えるには少々暑い。
冷房が効いているとは言っても、人肌は聊か鬱陶しくなるものだったが、それでも久しぶりの体温と匂いなのだ。
スコールは課題を頑張ったご褒美だと、一人自分を褒める為、ウォーリアの胸元に顔を寄せる。
そんな判り易い甘えを見せるスコールを、ウォーリアの腕がやんわりと閉じ込めて、
「スコール。君にこうして触れたかった」
「……なんだ、急に」
耳元で囁かれたウォーリアの言葉に、スコールは俄かに顔が熱くなる。
また急に心臓に悪いことを言い出した、と思いながら、表面的にはいつものように素っ気ない反応をした。
ウォーリアは、そんなスコールの耳元にそっと指を滑らせながら続ける。
「学生の本文は勉強だから、教師である私がそれを邪魔してはいけないと思っている」
「……」
「だが、会えばこうして君に触れたくなってしまう。さっきも随分と我慢していた。いや、元より私は限界だったのだろう。まだ会えない、と言った君に、こうして会いに来ているのだから」
耳の後ろのくすぐったさに、スコールは目を細める。
学校ではまず一切、生徒に触れる素振りも見せないウォーリアだが、彼は存外と触れることを好む。
そんなウォーリアにとって、決めた約束があったからとは言え、会えない───触れられない日々と言うのは、スコールが思うよりも辛かった、のかも知れない。
「我儘を言ってすまない、スコール」
「……別に。そんな大層なものでもないだろ、あんたの我儘とかいうのは」
「それならば良いのだが。こんな事なら、課題はもっと少なくても良かったな」
「あんたの課題だけ減ったって、一杯出す奴がいるのは変わらないから、同じだろ」
ウォーリアの言葉に、スコールは仕様のない事だと諦念混じりに言った。
確かに夏休みの課題が多いのは辟易だし、減らしてくれるのなら有難いものだが、学校の教員全員がその意識を共有してくれる訳でもあるまい。
あの大量のプリントは、ウォーリアの思いとは関係なく、どうせ渡されるものだったに違いない。
柔く細めて見つめるアイスブルーを見上げて、スコールもそうっと手を伸ばす。
長く細い銀色の糸の隙間に指を入れて、梳き上げるように頭の後ろへと持って行った。
触れるだけのキスをして、それだけでふわふわと心地良くなるのを感じて、スコールの双眸が子猫のように細められる。
ウォーリアから齎されるキスが、スコールの口端を何度も啄んだ。
触れられなかった分を取り戻すように繰り返される行為に、スコールは苦笑するように眉尻を下げ、
「……あんた、来年、大丈夫か。もう一回夏休みあるんだぞ」
今のスコールは高校二年生。
だから来年も夏休みはあるし、更に受験が目の前に迫っているので、若しかしたら今回よりも会える時間は減るかも知れない。
こんなに触れ合いたがるのに、来年はもっと制限がかかるとなったら、この男は持つのだろうか。
スコールも出来るだけウォーリアと会いたいし、時間を捻出しようとは思うけれど────
スコールの言葉に、ウォーリアの眉間に谷が浮かび、
「……どうだろうな。来年はより、君の邪魔をすべきではないとは思うのだが」
「じゃあ、今の内に堪え性を鍛えろよ。あんたの夏休みの宿題だ」
「では、その課題をクリアするまで、私は君に逢えないのだろうか」
終える気がしない、と呟くウォーリアの言葉に、だったらやっぱり、夏休みの課題なんてなくて良いな、と思うスコールなのだった。
『現パロウォルスコで「夏休みの宿題」がテーマ』のリクを頂きました。
夏休みの宿題に一喜一憂してる二人です。
終わったのでこれで遠慮なくイチャイチャできるけど、こんな調子で来年どうするよ(主にWoLの我慢について)って思うスコール。WoLが自分の事が大好きで仕方ないのが伝わるので、悪い気はしていない。
このWoLは自分が教師であること、大人であることで自戒をかけているようですが、その辺がなくなったらどうなるんだろうと言う興味。多分年上の大人の戒めは捨てないんですが、教師と生徒と言う関係がなくなったら、スコールに対してかなり甘くなると思う。