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2013年08月
クーラーの風がほどよく当たる場所で昼寝をしていたら、何かが風を遮った。
部屋の温度は適温まで下がっているので、風が当たらないからと言って、一気に熱くなる事はない。
とは言え、心地良く感じていた風が途絶えたのは、少々不満が沸かないでもない。
────が、それを気にしていられたのは、ほんの数秒。
かぷ、と耳を噛まれて、レオンは目を開けた。
ぼんやりと眠気の残る視界に、細い身体と、ゆらゆらと揺れる黒の尻尾が見えた。
何処か楽しそうに、と言うよりも、興奮気味にぐるぐると円を描きながら揺れる尻尾。
何とはなしにそれを眺めていると、もう一度、かぷ、と頭の上の耳を噛まれる。
「…どうした、スコール」
一緒に住んでいる、もう一匹の猫の名前を呼んでやる。
すると、レオンの頭の上────耳元に埋められていたスコールの頭が離れたのが判った。
身体の上に覆い被さっていたスコールが退いてくれたので、レオンは起き上がった。
眠気で少しくらくらとする頭を振って、睡魔の名残を追い払って、ついでに目を擦る。
そんな事をしていると、傍らの気配が動いて、レオンの頬をぺろりと舐めた。
「スコール?」
「……ん」
名を呼ぶと、ごくごく短い返事があった。
自分と同じ青灰色の瞳が、近い距離でぼんやりとした光を湛えて見詰めて来る。
なんとなく誘われた気分になって、レオンが顔を寄せると、スコールも同じように顔を寄せて来た。
瞼の上をぺろりと舐めると、スコールはくすぐったそうに目を細め、ゆらり、尻尾を揺らす。
すり、とスコールが身体を寄せ、小さな舌がぺろりとレオンの頬を舐めた。
何度も、何度も、怪我をしている訳でもないのに、繰り返し、まるで甘えたがる仔猫のように。
「なんだ。今日は随分、甘えん坊だな」
「……悪いのか」
ちょっとした意地悪心で言った言葉に、思いも寄らない返事が返って来て、レオンはぱちりと目を瞬かせた。
てっきり、誰が甘えてなんか、と言うとばかり思っていたのに。
何かあったのだろうか、と一瞬考えたレオンだったが、今日は二人とも、ずっとリビングで何事もなく過ごしていた。
若しもスコールに何かあったのなら、同じ空間で過ごしていたレオンが気付かない訳がない。
いつもと様子の違うスコールの顔をじっと見詰めていると、またスコールが身を寄せて来た。
すり、と頬を寄せて、ぺろりとレオンの頬を舐めるスコール。
それだけで十分、甘えん坊だな、とレオンに思わせる行動だったが、スコールは止まらなかった。
スコールはレオンの両肩を捉まえて、膝立ちになり、レオンの頭の上の耳に鼻先を埋めた。
くんくん、と匂いを嗅いだ後で、かぷ、と三度目の甘噛み。
ぴくん、とレオンの耳が動くと、今度は労わるように耳の毛並を撫でられる。
「…スコール、くすぐったいぞ」
「……駄目か」
「いいや。でも、本当にどうしたんだ?」
「……なんとなく」
特に深い理由はない、とスコールは言った。
スコールの身体が下がって来て、青灰色の瞳が真っ直ぐに交じり合った。
レオンの指がスコールの後ろ髪をくすぐると、スコールはふるふるっと体を小さく震わせる。
その反応を見て、ああ、とレオンは合点が行った。
「スコール。お前、発情してるのか」
レオンが言うと、スコールは真っ直ぐにレオンの顔を見詰め返した。
平静とした表情の傍ら、白い頬が判り易く紅潮するのを見て、レオンはくつくつと笑う。
「此処にメスはいないぞ?」
「……レオンがいる」
「俺はメスじゃない」
「………」
拗ねたように眉根を寄せるスコールの表情に、レオンは益々笑みを深める。
そんなレオンを見て、スコールはずい、と顔を近付け、
「メスになんか興味ない」
「ああ、知っている」
「…レオンしか、興味ない」
「それも知っている」
真っ直ぐ、心をぶつけるように告げられる言葉に、レオンは表情を変えずに頷いた。
その反応が益々スコールには不満だったのだろう。
むぅ、と子供のように唇を尖らせて、スコールは掴んでいたレオンの肩を押した。
とすっ、とフローリングの床の上に倒される。
その上にスコールが馬乗りになって、レオンの喉元に顔を寄せ、────カリッ、と小さく刺さる痛み。
「────……っ」
生き物の急所である喉に食い付かれて、反射的にレオンの体が強張る。
けれども、直ぐに労わるように舌が撫でて、レオンはくすりと小さく笑った。
首に顔を埋めるスコールの頭を、くしゃりと撫でる。
するともう一度、ぺろりと首を舐められる。
それから、ちゅう、と吸い付かれたのが判って、レオンは意趣返しのようにスコールの耳の根本をくすぐった。
「……レオン、」
名前を呼ぶ声は、甘えん坊の仔猫を思わせるけれど、それと懸け離れた熱も孕んでいる。
レオンは体の力を抜いた。
それを感じ取ったのか、スコールの尻尾が心なしか嬉しそうに跳ねて揺れる。
頭の上の耳がぴくぴくと動いて、ごろごろと喉が鳴ったのが聞こえたような気がした。
メスなんか、興味ない。
レオンしか興味ない。
そう言われた時、無性に嬉しくて、揺れそうになる尻尾を隠すのが大変だった。
リクで頂きました、猫耳猫しっぽなスコレオ(多分)!
ちなみに、レオンも当然スコール以外に興味ないよ。
ぶつけるように合わさった唇。
がち、と硬い音がしたと同時に、二人は口元を抑えて蹲った。
「っ……!」
「痛……」
折角の雰囲気が、ぶち壊しだ。
口元を押さえながら、スコールは思った。
何度も何度も飲み込んだ言葉を、ようやく音にして、驚く事に受け取って貰う事が出来た。
その時はそれだけで幸せの絶頂に来たような気がしたけれど、日が経つほどに、今度は逆に不安になった。
受け取って貰えたのは、自分が年下だからで、彼が殊更に年下に甘いからで、特にスコールに対しては寛容の言葉を通り越している程に甘いからで。
本当は、自分を傷付けない為に頷いてくれただけなのではないかと思い始めたら、止まらなかった。
誰にも伝えなかったその不安を、彼が一人気付いてくれた時でさえ、スコールの不安は増すばかりだった。
レオンは何もかも、スコールを先回りする。
スコール自身が気付かない、自分自身の事でさえも、彼は気付いてくれる。
それは若しかしたら、とても幸せな事かも知れないけれど、スコールにはただただ怖かった。
ひょっとしたら、スコールが傷付かない為に、スコールが求める言葉を先に考えて、先回りして用意しているんじゃないか────そう思えてならない。
レオンはいつもスコールを子供扱いしているから、スコールの告白も本気だと思っていないのかも知れない。
そう思ったら、不安だった心が、一気に別の方向へと働き始めた。
子供じゃない、嘘じゃない、本気なんだ。
けれど、きっとそれを口に出して伝えても、レオンは判ってくれないだろう。
聡いようで何処か鈍い彼に、自分の気持ちを理解して貰う為には、行動するしかない。
それもスコールは相当なハードルだったのだが、妙に目敏いジタンやバッツのお陰で、聖域に二人きりで残されて、後は頑張れと背中を叩かれた事で、思い切る事を決めた。
………その結果が、キスをしようとして勢い余って歯をぶつけると言う、非常に情けないもの。
「スコール、大丈夫か?」
痛みが引いたのか、いつもの表情に戻ったレオンが、スコールに言った。
スコールはじんじんとした余韻が残るのを隠して、小さく頷く。
「そうか。なら良かった」
「………」
ちっとも良くない。
男として、これ以上ない程に情けない醜態を晒したスコールは、そう思った。
正直な話、キスなんて生まれてから一度もした事がないから、やり方なんて判らない。
物心ついてからの17年間、誰かを好きになった事もないスコールだから、無理もない事だ。
それでも、経験云々はともかく、知識だのイメージだのと言うものはあるから、なんとなく、こうすれば良いんだろうとは思っていた。
向き合って、ゆっくりと顔を近付けて、そっと唇を合わせて─────と、考えていたつもりだったのに、彼が余りにも無防備に目の前に座った瞬間、考えていた事が何もかも吹き飛んだ。
それでも、やらなければ、と一種の使命感に駆られて口付けようとして、……勢い余ってしまった、と言う具合だ。
唇を噛んで、赤い顔で俯くスコールに、レオンが柔らかく微笑みかけている。
慰めるように、レオンの手がスコールの頭を撫でていた。
そうした子供扱いが、またスコールのプライドを刺激する。
「……っレオン!」
「ん?」
頭を跳ね起こして、スコールはレオンの名を呼んだ。
彼は驚く事なく、なんだ?と訊ねて返す。
スコールの目の前にある、柔らかくて優しい、青灰色の瞳。
其処に自分だけが映り込んでいる事が、どうしようもなく嬉しくて堪らない。
けれど同時に、もっと見て、自分だけを見て、と貪欲な感情が生まれるのも確かだった。
スコールはレオンの肩を押して、ベッドの上に押し倒した。
レオンからの抵抗はなく、それはきっと、スコールが今からしようとしている事を、本気に捉えていないからだろう。
(悔しい)
寛容されていると言う事が、赦されていると言う事が。
嬉しいのに悔しくて、悔しいのに嬉しくて。
そんな気持ちをぶつけるように、スコールは己の唇で、レオンの唇を塞ぐ。
一瞬、レオンの身体が驚いたように強張ったのを感じて、スコールの心は俄かに喜んだ。
(俺は、子供じゃない。あんたが思ってるような、子供じゃないんだ)
確かに、初めて抱いた感情に、酷く戸惑ったけれど。
自分よりも年上の男に焦がれて、それは憧れと同じものだと言われたら、否定するだけの言葉も浮かばないけれど。
それでもこの気持ちは、子供が抱くような、ただの純粋な感情ではないと判る。
……とは思いつつ、唇を触れ合わせたまま、スコールは固まった。
これからどうすれば、と戸惑っていると、ベッドの上で投げ出されていたレオンの手が持ち上がる。
やめろと言われても、絶対に離さない、と強い力でレオンの肩を抑えていると、スコールの予想に反して、レオンの腕はスコールの背中へと回された。
「ん……」
「……っ!?」
ちゅく、と何かが咥内に滑り込んで来たのを感じて、スコールは目を見開いた。
生温いそれの正体を本能的に感じ取り、反射的に離れようとするが、背中に回された腕がそれを阻む。
「ん、んっ…!!」
「……っふ……」
「ん……っ!」
レオンの舌が、スコールのそれと絡められ、ちゅく、ちゅく、と音を鳴らす。
歯列をなぞられ、ぞくぞくとしたものがスコールの背中を上る。
しばらくの間スコールの咥内を愛撫していたそれは、やがてスコールの舌を誘うように撫で始めた。
スコールは、直ぐ近くで青灰色の瞳が何処か楽しそうにしているのを見て、我に返る。
こんな時まで子供扱いか、と一気に頭が沸騰して、畜生、と思った。
誘うように舌を撫でるそれを捕まえようと試みる。
しかし、レオンの舌はさっさと引っ込んでしまい、唇も離れてしまった。
「っは……!」
「大丈夫か?」
問う声に、スコールは眦を吊り上げて、レオンを睨む。
けれども、レオンは相変わらず、柔らかな笑みを浮かべてスコールを見て、
「キスの仕方は、これで判ったか?」
────その“大人の余裕”を如実に表わす表情が、スコールには憎らしくて堪らない。
いつだって一歩も二歩も先を行って、背伸びをするスコールを愛しげに見詰めている。
此処までおいで、と言うように、両手を広げて、待っている。
もう一度、スコールはレオンの唇を塞いだ。
今度は自分から、レオンの咥内に舌を入れて、彼のそれを絡め取る。
夢中で、一所懸命、目の前の男を貪って。
本当は、余裕の表情の裏側で、彼がずっとずっと待ち侘びていた事は、少年の知る由もない。
スコレオスコ!と言うかもう寧ろ百合だこれ。
頑張ってこっち向かせようとするスコールと、余裕な振りして内心ドキドキしてるレオンさん(言わないと判らない)。
夕飯を終え、今日の内に済ませて置かなければならない課題や仕事を片付けて、交代でのんびりと風呂に入った後は、もう眠るだけ。
寝室にはベッドが二つ、どちらも綺麗にノリの効いたシーツが被せられている。
それぞれのベッドヘッドには、参考書やプログラム構築に関する分厚い書物、プリントや書類ファイルが詰まれている。
そして、二つのベッドの真ん中に置かれたサイドテーブルには、二人の共通の趣味である、シルバーアクセサリーの雑誌やカタログがあった。
隙間に挟まれているトリプル・トライアドを特集したカードゲーム雑誌は、スコールのものだ。
先に寝室に入ったのは、スコールの方だった。
レオンは風呂上りに、会社からのメールのチェックの為、リビングでパソコンを立ち上げていた。
受信メールの確認と返信、作成した書類データを今一度確認し、パソコンの電源を落とす。
やっと休める、と一度背を伸ばしてから、レオンはリビングの電気を消し、寝室のドアを開ける。
寝室の電気は消えており、レオンはドア傍で目が慣れるのを待った。
暗闇の部屋の中で、僅かに影の形が見えるようになった頃、レオンは自分のベッドを見て、ぱちりと瞬き一つ。
「スコール」
誰もいない筈のベッドに、丸くなった布の塊が一つ。
ミノムシ宜しくと言った形のそれに、同居人の名を呼んでみると、びくっと布の塊が動いた。
もう一つのベッドは、シーツが綺麗に整えられたまま、無人。
此方は同居人のベッドの方で、その証拠に、ベッドヘッドには分厚い参考書があった。
其処まで確認せずとも、左はレオン、右はスコールと決まっているので、スコールが自分のベッドではないと判っていて、レオンのベッドに潜り込んでいたのは確かだろう。
寝惚けていたのならともかく。
呼んだ瞬間の反応の後、布のミノムシはまたじっと静かになった。
レオンは零れかける笑みを堪えて、自分のベッドへ上る。
ぎしり、とスプリングが音を鳴らした。
「お前のベッドは、あっちだろう?」
「……」
布の端を持ち上げれば、俯せになったスコールがいる。
返事はなかったが、眠っている訳ではないだろう、とレオンは確信している。
スコールが包まっていたシーツを奪うのは、思いの外簡単だった。
少しは抵抗されるのかと思ったのだが、それも布の端を摘むように握っていただけで、軽く引っ張ってやるだけで解けた。
しかし、スコールは相変わらず俯せになったまま、動かない。
顔を上げないので、レオンにはスコールの表情は判らないが、彼は全身で「こっちで寝る」と訴えている。
そんなスコールに、レオンはくすりと笑みを漏らし、
「仕方ないな。俺はあっちで寝るか」
そう言って、ベッドを下りて隣へと移動しようとする。
しかし、ぎし、とスプリングが鳴ったと同時に、くい、と何かがレオンのシャツの背中を引っ張った。
何がシャツを引っ張っているのか、確かめるまでもない。
想像通りの反応に、レオンはくつくつと笑う。
それが聞こえたのだろう、抗議するようにシャツを握る手がぐいぐいと引っ張った。
堪え切れない笑い声を漏らしていると、もぞ、と背中でスコールが動いた。
笑うレオンの背中がぐいっと引っ張られて、レオンはベッドに倒れ込む。
沈んだ身体に何かが覆い被さって来て、ぎゅう、とレオンの頭を捉まえて抱き締める。
「スコール、苦しいだろう」
「あんたが悪い」
「ああ、悪かった。でも、お前も素直にならないからだろ?」
首に回されたスコールの腕には、大して力が入っておらず、レオンはきっと簡単に振り解けるだろう。
しかし、それでは勿体ない。
レオンは首の腕をそのままに、間近にあるスコールの髪を撫でてやる。
スコールの腕が緩むと、レオンは起き上がり、スコールへと体を向き直らせた。
真っ直ぐに向き合ってみると、スコールはレオンから目を逸らす。
そんな彼の腕を掴んで抱き寄せて、一緒にベッドへ倒れ込めば、おずおずと背中に細い腕が回される。
────ちゅ、と耳元にキスをする。
暗闇に慣れたレオンの目に、真っ赤になった白い耳や頬、首が見えて、レオンはくつくつと笑う。
「可愛いな、お前は」
「……かわいくない」
「可愛いよ」
ずりずりと位置をずらして、レオンの胸に顔を埋める少年の頭を撫でる。
ふるふると、否定するようにスコールは首を横に振ったが、レオンは撤回しなかった。
そうして否定する所も、レオンには可愛く思えて仕方がない。
レオンが心地の良い温もりを抱き締めてじっとしていると、腕の中でスコールがもぞもぞと身動ぎする。
息苦しくなったかな、と思ったレオンだったが、────ちゅ、と首下を微かに吸われる感覚に、微かに肩が震えた。
「……スコール」
「………」
名を呼べば、ぎゅう、と顔を隠すようにレオンの胸に顔を埋めるスコール。
背中に回された腕が、見るなと言わんばかりに爪を立てていた。
きっとレオンの首下には、ほんの僅かに浮き上がる、赤い花があるのだろう。
スコールからこんな事をしてくれるのは、本当に珍しい。
なんの気紛れかな、と思いつつ、レオンは背中を丸めて、スコールの頭に顔を近付け、
「スコール、顔を上げろ」
言うと、スコールはしばらくの沈黙の後、そろそろと顔を上げた。
額にかかる前髪を持ち上げて、キスを落とす。
もう少しスコールの顔が上げられると、目尻に、頬に、少しずつ位置を変えて、キスの雨を降らせる。
スコールはレオンの唇が触れる度、恥ずかしそうにしていたが、その内、身を委ねるように、体の力を抜いた。
リンゴのように赤くなったスコールの頬に手を添えて、そっと持ち上げる。
素直に従い、顔を上げたスコールの唇を、レオンは己のそれで塞いだ。
「…ん……」
「……ぅ、ん……」
背中から離れたスコールの手が、レオンの首へと回される。
緩やかに、甘えるように。
舌を絡めて互いの味を確認し合うように堪能して、ゆっくりと離す。
はぁっ、とどちらともなく熱の篭った呼吸が漏れる。
熱の篭った蒼灰色の瞳が、同じ色の瞳を見詰め、
「……レ、オ……」
名を呼ぼうとするスコールの声を、レオンは塞いだ。
首に回されたスコールの腕に、仄かに力が篭ったのが判る。
二人分の重みを受け止めたスプリングが、抗議するように音を鳴らす。
けれど、それはレオンにも、スコールにも聞こえない。
聞こえるのは、感じるのは、お互いの声と体温だけで十分だったから。
88の日でツイッターより頂いたリク。
『寝る前にベッドでじゃれあう(意味深)レオスコ』でした。
いちゃいちゃレオスコヾ(*´∀`*)ノ
モデル出身で現在俳優として売出し中の同僚が、多忙の身であるにも関わらず、家族サービスを欠かさない事は、同事務所の先輩後輩にもよく知られた話であった。
なんでも彼は、年の離れた弟がいるらしく、彼の事をとても可愛がっているらしい。
幼少期から多忙であった父と、早くに亡くした母に代わって、彼が手ずから育てた弟だと言う。
そんな弟も今年で17歳となり、殊更に庇護の手が必要な歳ではなくなったのだが、面倒を見る事が習慣化しているのか、まだまだ弟を放っておく事が出来ないようだ。
そんなレオンが仕事の合間に電話をかける相手と言ったら、弟しかいない。
レオン同様、モデル出身で現在俳優業に足をかけ始めたクラウドは、それよよくよく知っていた。
何せ彼が弟の様子を気にするのは、クラウドが彼と出逢った頃から変わらない事なのだ。
今日もレオンは、撮影と撮影の合間で、携帯電話を手に取る。
電話とメールの着信履歴をそれぞれ確認した後、レオンはメール機能を立ち上げた。
慣れた様子で手早く返信メールを打つレオンに、クラウドはじりじりと背後から近付いて、
「いつもの奴か、レオン」
「判っているなら、覗き込むな」
背後から、レオンの肩口に顎を乗せて覗き込んでくる後輩を、レオンはじろりと睨み付けた。
プライバシー保護のカバーフィルムのお陰で、クラウドからレオンの携帯画面を見る事は出来ない。
それでも、勝手に携帯電話を覗き込まれるのは気分の良いものではない。
レオンは打ち終えていたメールを送信すると、携帯電話をポケットに入れようとした。
しかし、それを横から伸びた手が攫う。
「クラウド!」
「……おい。また新しい写真になってないか、待ち受け画面」
メール送信完了の画面が消えて、待ち受け画面に戻った液晶には、一人の少年が映し出されている。
レオンと同じ青灰色の瞳に、首下までの短いショートの濃茶色の髪と、彼とよく似た面差し。
いつの間にかクラウドもすっかり見慣れてしまった少年の名は、スコールと言う。
面差しがそっくりだと言う事を見れば判るように、彼はレオンの正真正銘の弟だ。
液晶画面に映る少年の姿は、クラウドが見る度、変わっている。
クラウドがレオンと出逢ったばかりの頃、スコールはまだ10歳になったばかりだった。
その頃からレオンの携帯の待ち受け画面は、必ずスコールの画像と決まっており、日に日に変わる弟の成長を具に映し出していた。
丸かった顔の輪郭がシャープになり、円らで子供らしかった瞳が、兄とよく似た眼差しになる、その変化を全て、レオンの携帯電話は記録している。
その変化に加え、子供の頃は真っ直ぐにカメラを見上げていた弟が、成長と共に撮られる事を嫌がるようにカメラから目を背ける事も増えていた。
今日のレオンの待ち受け画面は、寝起きで寝癖を跳ねさせ、眠たげに目を擦る弟の姿だった。
着ているサイズの合わないシャツの衿口が肩に落ちて、猫手で目を擦るスコールの姿は、まるで仔猫を思わせる。
「相変わらず、寝起きは弱いんだな」
「返せ」
レオンの手が携帯電話を取り返そうと伸びて来る。
クラウドはそれを避けて、画像フォルダを開いてみた。
画面一面に弟の画像のサムネイルが表示されたのを見て、クラウドは胡乱に目を細める。
「あんた、本当にブラコンだな……いや知ってたけど」
「煩い。返せ!」
素早く伸ばされたレオンの手が、今度こそ携帯電話を取り返す。
全く、と眉尻を吊り上げて、レオンは携帯電話の開かれたウィンドウを全て閉じる。
また取られては敵わないと考えて、レオンは携帯電話をジャケットの内ポケットに入れた。
「毎日毎日、弟の写真撮って。飽きないのか?」
「そんな事は、俺の勝手だろう」
「いい加減、撮るような事って言うか、撮って残しておくような変化もないと思うが」
子供の頃ならともかく、スコールも今年で17歳───著しい変化も、もうそろそろ落ち着いた事だろう。
中学生に上がる頃に一気に伸びた身長も、近年は一年に1cm伸びるか否かだと言う。
レオンや父の身長を思うと、もう少し伸びる可能性はあるが、それも直に打ち止めではないだろうか。
クラウドはそう思うのだが、どうやら、レオンにとってはそうではないらしい。
「変化なら、毎日あるさ。よく見ていれば判る」
「……俺にはさっきの画像の何が違うのか、さっぱり判らなかった」
「よく見ていないからだ」
「じゃあ、見せてくれ。ちゃんと見るから」
堂々と頼んでみると、レオンから何処となく冷たい目が向けられた。
なんだその眼は、と思いつつ真っ直ぐに身返していると、レオンは一つ溜息を吐いて、渋々と言う表情で携帯電話を取り出す。
「余計な所を触るなよ」
画像フォルダを開いて、他の所を見るな、と釘を刺してから、レオンは携帯電話をクラウドに差し出した。
頷いて受け取ったクラウドは、早速並べられたサムネイル欄を見て、眩暈を覚える。
サムネイルにはタイトルが表示されているのだが、デフォルトの設定のまま変えていないのだろう、撮影日時と思われる数字がタイトルになっている。
その数字を追ってみると、ほぼ毎日、新しい画像が撮影されているようだった。
寝起きのスコール、勉強をしているスコール、パンを食べているスコール、歯磨きをしているスコール……もしもこれを撮影したのが実の兄でなかったら、ストーカー認定を受けても可笑しくはないのではないか。
いや、兄が撮影したとしても、普通は有り得ないような画像の数だが。
サムネイルだけで腹一杯になった気分のクラウドだが、ちゃんと見るって言ったし、と気を取り直し、先頭にある画像を一つ開く。
それは今の待ち受け画面になっているスコールの画像で、寝惚け眼でカメラを見て、少し首を傾げている。
クラウドはじっとそれを見詰めた後、サムネイル欄に戻って、リストをスクロールさせる。
何処まで行っても弟だけを映している画像の中から、二週間前の日時を記録した画像を開く。
友達が遊びに来た時の画像なのか、これは珍しく、弟以外の少年達が一緒に映っていた。
ピースサインをしている金髪の少年と、浅黒い肌の少年がきょとんとした貌でカメラを見ており、スコールは眉間に皺を寄せて、捕まえるように肩を組んでいる金髪の少年を睨んでいる。
次にクラウドは、一気にリストをスコールさせ、二ヶ月前の画像を探し出した。
映っているスコールは、テーブルに教科書やノートを開いたまま、うとうとと半目になっている。
うたた寝している所をこっそり撮ったのだろう。
その次の画像は、風呂上がりだろう、濡れた髪をタオルで拭いているスコールが映っており、カメラに気付いてか、赤い顔で画面を睨んで何か言おうとしている。
他にも数枚の画像を閲覧したクラウドだったが、レオンが言うような、“毎日の変化”と言うものはよく判らなかった。
伸びていた襟足がさっぱりした事や、服が違うとか、そうした“変化”はあるが、レオンが言う“変化”は恐らくそういう事ではないだろう。
「……駄目だ。やっぱり判らない」
ギブアップ、と携帯電話を返すと、レオンは不満げな表情で携帯電話を受け取る。
「なんで判らないんだ」
「なんだ、その不思議でしょうがないって顔は」
「毎日ちゃんと違うだろう」
「………判らない」
仮に、レオンの言う“弟の毎日の変化”が、表情や仕草のようなものであるとして。
それでもやはり、クラウドには画像のスコールが何が違うのか、判らない。
何せスコールは、お世辞にも愛想が良い性格ではないので、表情のバリエーションも少なかった。
それよりもクラウドは、ほぼ毎日、何某かの弟の写真を撮っているレオンの行動の方が不思議でならない。
兄弟ってこんなものなんだろうか、と一人っ子故の疑問を考えるクラウドだが、いや絶対違う、と思い直す。
そんなクラウドの心境に気付く事なく、レオンは言った。
「笑った時の目とか、返事をする時の振り返った時の顔とか。怒る時も、その時その時でいつも違う」
「……うん。まあ、そう…か?」
「同じ瞬間なんか、二度とないんだ。寝ている時だって、嬉しそうだったり、楽しそうだったり、な」
「………」
「そう言うものは、写真に切り取って残したからって、どうなるものもないけど。何より、俺が覚えているから、こんな事をしなくても忘れるつもりはないけど。残して置けば、後で見た時、この時何があったのかって直ぐに思い出す事が出来るだろう?」
一瞬一瞬、全てが違う、弟の顔、表情、仕草。
兄の真似をしたり、真似ではないけれど似て来たり、また違う一面を見せてくれたり。
その全てがレオンにとっては愛しくて堪らない。
時には、もう一度あの貌を見せてくれないだろうか、と思う時もあるけれど、見せてくれる貌は必ず似て非なる別の貌で、その貌が再びレオンを夢中にさせる。
だから、二度と見れない弟の貌を一つ一つ記録に残して、眺めて、記憶を呼び覚ますのだ。
────語るレオンの表情は、とても柔らかい。
クラウドは、レオンが撮影など仕事の時には決して見せない、演技の時にも作った事のない貌をしている事に気付いていた。
この貌は弟の為だけに、意識せずに浮かべられる、云わばレオンの本心が零れ落ちている時の貌だ。
其処には、何よりも大切な家族を想う、彼の無心の愛情が本物である事を伺わせる。
そんな顔をして言われれば、クラウドもこれ以上は何も言えない。
そうか、とだけ返すと、ああ、とレオンからもごく短い返事。
手の中の携帯電話を見詰めるレオンは、今は何を思い出しているのだろう。
クラウドには判らなかったが、兄弟それぞれの生活の中で離れる時間が増えている今、携帯電話に保存された沢山の弟の表情は、今のレオンにとって何物にも代えられない心の拠り所なのだろう。
きっと明日には、また新しい弟の表情が保存されているに違いない。
思春期に入って、撮影される事を嫌がるようになった弟だけれど、レオンにはその嫌がる表情さえ、愛しいものなのだ。
レオンとクラウドを呼ぶ声がかかる。
レオンは携帯電話をジャケットの内ポケットに入れて、現場へと歩き出した。
その後ろをクラウドが追う。
「まあ、あんたのブラコンは今に始まった話じゃないが……一つ聞いていいか?」
「なんだ?」
声を潜めた隣の男に、レオンが訊ね返す。
クラウドは辺りのスタッフを確認すると、顔を近付け更に声を潜め、
「今待ち受けの奴、他にも幾つか。寝起きとかの寝惚けてるスコールの画像、あれパンツ履いてないんじゃ」
「忘れろ」
絶対零度に地を這う低い声音で言われ、クラウドは黙る。
すたすたと遠退いて行く先輩の背中を眺め、まあ、今更驚かないけど、と小さく呟いた。
モデル出身俳優なレオンさんと、後輩クラウド。
さり気無く惚気るイケメンなのになんか残念なレオンさんネタを頂いたので、勝手に書いてしまった。
そして余計な所はしっかり見ているクラウド。こいつもイケメンなのに中々残念。
もしもし、父さん?レオンだけど。聞こえてる?
ああ、良かった。母さんは?うん。
いや、用事って程の事はないんだ。
ただ、スコールが父さんと母さんがいないって淋しがってて。うん。
今日は父さんと母さんはお出かけするって言っておいたんだけど、昼寝から起きたら忘れてて。
俺とエルで宥めたんだけど、ちょっと。無理みたいなんだ。寝起きだし。
晩ご飯までには帰って来るよって言ったんだけど、やだやだって聞かないんだ。
父さんと母さんの声を聞いたら落ち着くと思うから、ちょっと、良いかな。うん。
スコール、おいで。電話、父さんと。母さんも一緒だ。
もしもし、お父さん?お母さん?スコールです。
おでかけ、いつ終わるの?かえってくるの、何時?
6時っていつ?みじかいのが6?やだやだ、もっと早くかえってきて。
あのね、おっきしたらね、お父さんとお母かあさんがね、いないの。
お兄ちゃんにゆったらね、今日はお父さんとお母さん、おでかけだよって。
ねえ、僕もお父さんとお母さんとおでかけ、行きたい。
どこにいるの?僕も行く。お父さんとお母さんのとこ、行く。
スコール、それは無理だよ。
おじさんとレイン、車でお出かけしてるもの。
やだやだ、お父さんとお母さんのとこ行く。
お兄ちゃんとお姉ちゃんもいっしょ。いっしょにお父さんとお母さんのとこ行くの。
……なあに?お母さん?
…うん、さみしい。お父さんとお母さん、いないの、やだ。
お兄ちゃん、やさしいよ。お姉ちゃんも、やさしいよ。だっこしてくれるよ。はぐはぐしてくれるよ。
でも、お父さんとお母さんもいっしょがいい。みんないっしょがいいの。
…うん。…うん。ほんと?やくそく?
うん、わかった。いい子してる。だからお母さんも、お父さんも、早くかえってきてね。
お姉ちゃん、お母さんがかわってって。
もしもし、エルオーネです。電話替わりました。
うん、大丈夫。スコール、落ち付いたみたい。
うん、私は平気だよ。…うそ、ちょっとだけ寂しかった。でも大丈夫。
来週の土曜日と日曜日?うん、何にも予定はないよ。
遊園地?皆で?あ、それでスコールが嬉しそうなんだ。
私は平気、レオンも…うん、多分。後で聞いてみて。
私達より、おじさんとレインは大丈夫?お店とか、仕事とか。…うん、うん。判った。
あ、待って。ラグナおじさんとお話したい。良い?
違うよ、もう子供じゃないんだから、甘えん坊じゃないよ。本当だってば。
もしもし、ラグナおじさん?うん、エルです。
大丈夫、スコール、もう泣いてないよ。おじさんとレインの声を聞いて、落ち付いたみたい。
それで、あのね。ラグナおじさんがお仕事に着て行ってる服なんだけどね。穴が開いてたの。靴下も。
靴下はね、スコールの服を作った時の端切れがあるんだけど、スーツって縫ったらダメ?
スーツはね、ズボンの、お尻のポケット。そう、おじさんがいつもお財布入れてる所。
笑い事じゃないよ。この間、お財布落として、キロスおじさん達に迷惑かけちゃったでしょ。
あ、レイン?……うん。うん。判った、ミシンの所に置いておけばいい?うん。
じゃあ、レインもおじさんも気を付けてね。うん、楽しんでね。
レオン、レインが替わってって。
もしもし、レオンです。
うん、スコールは落ち付いた。今、折り紙してる。
うん、聞こえてたよ。来週の土日。俺も何もないよ。大丈夫、行けると思う。
ありがとう、俺とエルじゃスコールが泣き止んでくれなかったから。
だから、段々エルも泣きそうになってて。二人とも泣かれたら、ちょっと大変だったな。
いや、俺は泣かないよ。…うん。大丈夫。俺より、今父さんの方が泣きそうみたいだけど。
ああ、父さん?なんでそんなに泣いてるんだ。
え?嬉しい?何が?……スコールが皆一緒がいいって言ったのが嬉しい?
うん、そうだな。俺も、来週の遊園地、楽しみだよ。
絶叫系はスコールは無理だよ、身長も足りないし。きっと怖がって乗らないぞ。膝の上は無理だって。
…ビデオカメラを持って行くのは良いけど、父さん、足下気を付けてくれよ。
そうだ、晩ご飯、何がいい?皆で作ろうってエルが言ってたんだけど。
カレー?うん、ルーはある。夏野菜にしようか。うん。判った。じゃあ、カレー作って待ってる。
うん、戸締りはちゃんとしてる。何かあったら、ちゃんとキロスさんとウォードさんに連絡する。
じゃあ、父さんと母さんも気を付けて。うん。ゆっくりして。
じゃあ、────あ、ちょっと待って。スコールが話したがってる。
もしもし、スコールです。
うん、だいじょうぶ。元気してる。今ね、おりがみしてた。
ばんごはんね、僕もお手伝いするの。カレーなの?うん、がんばる。
あのね、あのね、お父さん、お母さん。僕ね、いい子してるよ。がんばるよ。
だからね、お父さん、お母さん、早くかえって来てね。ごはん、いっしょに食べようね。
うん。ばいばい。
ばいばい、レイン、ラグナおじさん。
晩ご飯、楽しみにしててね。
もしもし。うん。ごめん、急に。うん。
じゃあ、気を付けて。楽しんで来て。じゃあ、うん。
なあに、ラグナ。そんなに泣く事ないじゃない。
だってよう、スコールが皆一緒がいいって。嬉しくってさあ。
エルもレオンもしっかりしてて。もう、我慢できなくって。
ああ、今日も皆で来れば良かったなあ。
ふふ、そうね。でも、今日はレインとエルが折角気を遣ってくれたから。
来週は皆で遊園地だし、今日は、ね。
うん、うん、そうだな。二人っきりなんて久しぶりだもんな。
あっ、ほら、レイン。此処で写真撮ろう。えーっと、そうだな、こっち…いや、こっちだな。
一杯撮って帰って、皆に見せてやろうな。
そうね。それで、来週はもっと沢山、撮らなくちゃね。
8親子でレイン生存を書きたかったので。
皆ひっつきもっつきで仲良しです。幸せいっぱいな親子楽しかった。