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2013年08月08日
モデル出身で現在俳優として売出し中の同僚が、多忙の身であるにも関わらず、家族サービスを欠かさない事は、同事務所の先輩後輩にもよく知られた話であった。
なんでも彼は、年の離れた弟がいるらしく、彼の事をとても可愛がっているらしい。
幼少期から多忙であった父と、早くに亡くした母に代わって、彼が手ずから育てた弟だと言う。
そんな弟も今年で17歳となり、殊更に庇護の手が必要な歳ではなくなったのだが、面倒を見る事が習慣化しているのか、まだまだ弟を放っておく事が出来ないようだ。
そんなレオンが仕事の合間に電話をかける相手と言ったら、弟しかいない。
レオン同様、モデル出身で現在俳優業に足をかけ始めたクラウドは、それよよくよく知っていた。
何せ彼が弟の様子を気にするのは、クラウドが彼と出逢った頃から変わらない事なのだ。
今日もレオンは、撮影と撮影の合間で、携帯電話を手に取る。
電話とメールの着信履歴をそれぞれ確認した後、レオンはメール機能を立ち上げた。
慣れた様子で手早く返信メールを打つレオンに、クラウドはじりじりと背後から近付いて、
「いつもの奴か、レオン」
「判っているなら、覗き込むな」
背後から、レオンの肩口に顎を乗せて覗き込んでくる後輩を、レオンはじろりと睨み付けた。
プライバシー保護のカバーフィルムのお陰で、クラウドからレオンの携帯画面を見る事は出来ない。
それでも、勝手に携帯電話を覗き込まれるのは気分の良いものではない。
レオンは打ち終えていたメールを送信すると、携帯電話をポケットに入れようとした。
しかし、それを横から伸びた手が攫う。
「クラウド!」
「……おい。また新しい写真になってないか、待ち受け画面」
メール送信完了の画面が消えて、待ち受け画面に戻った液晶には、一人の少年が映し出されている。
レオンと同じ青灰色の瞳に、首下までの短いショートの濃茶色の髪と、彼とよく似た面差し。
いつの間にかクラウドもすっかり見慣れてしまった少年の名は、スコールと言う。
面差しがそっくりだと言う事を見れば判るように、彼はレオンの正真正銘の弟だ。
液晶画面に映る少年の姿は、クラウドが見る度、変わっている。
クラウドがレオンと出逢ったばかりの頃、スコールはまだ10歳になったばかりだった。
その頃からレオンの携帯の待ち受け画面は、必ずスコールの画像と決まっており、日に日に変わる弟の成長を具に映し出していた。
丸かった顔の輪郭がシャープになり、円らで子供らしかった瞳が、兄とよく似た眼差しになる、その変化を全て、レオンの携帯電話は記録している。
その変化に加え、子供の頃は真っ直ぐにカメラを見上げていた弟が、成長と共に撮られる事を嫌がるようにカメラから目を背ける事も増えていた。
今日のレオンの待ち受け画面は、寝起きで寝癖を跳ねさせ、眠たげに目を擦る弟の姿だった。
着ているサイズの合わないシャツの衿口が肩に落ちて、猫手で目を擦るスコールの姿は、まるで仔猫を思わせる。
「相変わらず、寝起きは弱いんだな」
「返せ」
レオンの手が携帯電話を取り返そうと伸びて来る。
クラウドはそれを避けて、画像フォルダを開いてみた。
画面一面に弟の画像のサムネイルが表示されたのを見て、クラウドは胡乱に目を細める。
「あんた、本当にブラコンだな……いや知ってたけど」
「煩い。返せ!」
素早く伸ばされたレオンの手が、今度こそ携帯電話を取り返す。
全く、と眉尻を吊り上げて、レオンは携帯電話の開かれたウィンドウを全て閉じる。
また取られては敵わないと考えて、レオンは携帯電話をジャケットの内ポケットに入れた。
「毎日毎日、弟の写真撮って。飽きないのか?」
「そんな事は、俺の勝手だろう」
「いい加減、撮るような事って言うか、撮って残しておくような変化もないと思うが」
子供の頃ならともかく、スコールも今年で17歳───著しい変化も、もうそろそろ落ち着いた事だろう。
中学生に上がる頃に一気に伸びた身長も、近年は一年に1cm伸びるか否かだと言う。
レオンや父の身長を思うと、もう少し伸びる可能性はあるが、それも直に打ち止めではないだろうか。
クラウドはそう思うのだが、どうやら、レオンにとってはそうではないらしい。
「変化なら、毎日あるさ。よく見ていれば判る」
「……俺にはさっきの画像の何が違うのか、さっぱり判らなかった」
「よく見ていないからだ」
「じゃあ、見せてくれ。ちゃんと見るから」
堂々と頼んでみると、レオンから何処となく冷たい目が向けられた。
なんだその眼は、と思いつつ真っ直ぐに身返していると、レオンは一つ溜息を吐いて、渋々と言う表情で携帯電話を取り出す。
「余計な所を触るなよ」
画像フォルダを開いて、他の所を見るな、と釘を刺してから、レオンは携帯電話をクラウドに差し出した。
頷いて受け取ったクラウドは、早速並べられたサムネイル欄を見て、眩暈を覚える。
サムネイルにはタイトルが表示されているのだが、デフォルトの設定のまま変えていないのだろう、撮影日時と思われる数字がタイトルになっている。
その数字を追ってみると、ほぼ毎日、新しい画像が撮影されているようだった。
寝起きのスコール、勉強をしているスコール、パンを食べているスコール、歯磨きをしているスコール……もしもこれを撮影したのが実の兄でなかったら、ストーカー認定を受けても可笑しくはないのではないか。
いや、兄が撮影したとしても、普通は有り得ないような画像の数だが。
サムネイルだけで腹一杯になった気分のクラウドだが、ちゃんと見るって言ったし、と気を取り直し、先頭にある画像を一つ開く。
それは今の待ち受け画面になっているスコールの画像で、寝惚け眼でカメラを見て、少し首を傾げている。
クラウドはじっとそれを見詰めた後、サムネイル欄に戻って、リストをスクロールさせる。
何処まで行っても弟だけを映している画像の中から、二週間前の日時を記録した画像を開く。
友達が遊びに来た時の画像なのか、これは珍しく、弟以外の少年達が一緒に映っていた。
ピースサインをしている金髪の少年と、浅黒い肌の少年がきょとんとした貌でカメラを見ており、スコールは眉間に皺を寄せて、捕まえるように肩を組んでいる金髪の少年を睨んでいる。
次にクラウドは、一気にリストをスコールさせ、二ヶ月前の画像を探し出した。
映っているスコールは、テーブルに教科書やノートを開いたまま、うとうとと半目になっている。
うたた寝している所をこっそり撮ったのだろう。
その次の画像は、風呂上がりだろう、濡れた髪をタオルで拭いているスコールが映っており、カメラに気付いてか、赤い顔で画面を睨んで何か言おうとしている。
他にも数枚の画像を閲覧したクラウドだったが、レオンが言うような、“毎日の変化”と言うものはよく判らなかった。
伸びていた襟足がさっぱりした事や、服が違うとか、そうした“変化”はあるが、レオンが言う“変化”は恐らくそういう事ではないだろう。
「……駄目だ。やっぱり判らない」
ギブアップ、と携帯電話を返すと、レオンは不満げな表情で携帯電話を受け取る。
「なんで判らないんだ」
「なんだ、その不思議でしょうがないって顔は」
「毎日ちゃんと違うだろう」
「………判らない」
仮に、レオンの言う“弟の毎日の変化”が、表情や仕草のようなものであるとして。
それでもやはり、クラウドには画像のスコールが何が違うのか、判らない。
何せスコールは、お世辞にも愛想が良い性格ではないので、表情のバリエーションも少なかった。
それよりもクラウドは、ほぼ毎日、何某かの弟の写真を撮っているレオンの行動の方が不思議でならない。
兄弟ってこんなものなんだろうか、と一人っ子故の疑問を考えるクラウドだが、いや絶対違う、と思い直す。
そんなクラウドの心境に気付く事なく、レオンは言った。
「笑った時の目とか、返事をする時の振り返った時の顔とか。怒る時も、その時その時でいつも違う」
「……うん。まあ、そう…か?」
「同じ瞬間なんか、二度とないんだ。寝ている時だって、嬉しそうだったり、楽しそうだったり、な」
「………」
「そう言うものは、写真に切り取って残したからって、どうなるものもないけど。何より、俺が覚えているから、こんな事をしなくても忘れるつもりはないけど。残して置けば、後で見た時、この時何があったのかって直ぐに思い出す事が出来るだろう?」
一瞬一瞬、全てが違う、弟の顔、表情、仕草。
兄の真似をしたり、真似ではないけれど似て来たり、また違う一面を見せてくれたり。
その全てがレオンにとっては愛しくて堪らない。
時には、もう一度あの貌を見せてくれないだろうか、と思う時もあるけれど、見せてくれる貌は必ず似て非なる別の貌で、その貌が再びレオンを夢中にさせる。
だから、二度と見れない弟の貌を一つ一つ記録に残して、眺めて、記憶を呼び覚ますのだ。
────語るレオンの表情は、とても柔らかい。
クラウドは、レオンが撮影など仕事の時には決して見せない、演技の時にも作った事のない貌をしている事に気付いていた。
この貌は弟の為だけに、意識せずに浮かべられる、云わばレオンの本心が零れ落ちている時の貌だ。
其処には、何よりも大切な家族を想う、彼の無心の愛情が本物である事を伺わせる。
そんな顔をして言われれば、クラウドもこれ以上は何も言えない。
そうか、とだけ返すと、ああ、とレオンからもごく短い返事。
手の中の携帯電話を見詰めるレオンは、今は何を思い出しているのだろう。
クラウドには判らなかったが、兄弟それぞれの生活の中で離れる時間が増えている今、携帯電話に保存された沢山の弟の表情は、今のレオンにとって何物にも代えられない心の拠り所なのだろう。
きっと明日には、また新しい弟の表情が保存されているに違いない。
思春期に入って、撮影される事を嫌がるようになった弟だけれど、レオンにはその嫌がる表情さえ、愛しいものなのだ。
レオンとクラウドを呼ぶ声がかかる。
レオンは携帯電話をジャケットの内ポケットに入れて、現場へと歩き出した。
その後ろをクラウドが追う。
「まあ、あんたのブラコンは今に始まった話じゃないが……一つ聞いていいか?」
「なんだ?」
声を潜めた隣の男に、レオンが訊ね返す。
クラウドは辺りのスタッフを確認すると、顔を近付け更に声を潜め、
「今待ち受けの奴、他にも幾つか。寝起きとかの寝惚けてるスコールの画像、あれパンツ履いてないんじゃ」
「忘れろ」
絶対零度に地を這う低い声音で言われ、クラウドは黙る。
すたすたと遠退いて行く先輩の背中を眺め、まあ、今更驚かないけど、と小さく呟いた。
モデル出身俳優なレオンさんと、後輩クラウド。
さり気無く惚気るイケメンなのになんか残念なレオンさんネタを頂いたので、勝手に書いてしまった。
そして余計な所はしっかり見ているクラウド。こいつもイケメンなのに中々残念。
もしもし、父さん?レオンだけど。聞こえてる?
ああ、良かった。母さんは?うん。
いや、用事って程の事はないんだ。
ただ、スコールが父さんと母さんがいないって淋しがってて。うん。
今日は父さんと母さんはお出かけするって言っておいたんだけど、昼寝から起きたら忘れてて。
俺とエルで宥めたんだけど、ちょっと。無理みたいなんだ。寝起きだし。
晩ご飯までには帰って来るよって言ったんだけど、やだやだって聞かないんだ。
父さんと母さんの声を聞いたら落ち着くと思うから、ちょっと、良いかな。うん。
スコール、おいで。電話、父さんと。母さんも一緒だ。
もしもし、お父さん?お母さん?スコールです。
おでかけ、いつ終わるの?かえってくるの、何時?
6時っていつ?みじかいのが6?やだやだ、もっと早くかえってきて。
あのね、おっきしたらね、お父さんとお母かあさんがね、いないの。
お兄ちゃんにゆったらね、今日はお父さんとお母さん、おでかけだよって。
ねえ、僕もお父さんとお母さんとおでかけ、行きたい。
どこにいるの?僕も行く。お父さんとお母さんのとこ、行く。
スコール、それは無理だよ。
おじさんとレイン、車でお出かけしてるもの。
やだやだ、お父さんとお母さんのとこ行く。
お兄ちゃんとお姉ちゃんもいっしょ。いっしょにお父さんとお母さんのとこ行くの。
……なあに?お母さん?
…うん、さみしい。お父さんとお母さん、いないの、やだ。
お兄ちゃん、やさしいよ。お姉ちゃんも、やさしいよ。だっこしてくれるよ。はぐはぐしてくれるよ。
でも、お父さんとお母さんもいっしょがいい。みんないっしょがいいの。
…うん。…うん。ほんと?やくそく?
うん、わかった。いい子してる。だからお母さんも、お父さんも、早くかえってきてね。
お姉ちゃん、お母さんがかわってって。
もしもし、エルオーネです。電話替わりました。
うん、大丈夫。スコール、落ち付いたみたい。
うん、私は平気だよ。…うそ、ちょっとだけ寂しかった。でも大丈夫。
来週の土曜日と日曜日?うん、何にも予定はないよ。
遊園地?皆で?あ、それでスコールが嬉しそうなんだ。
私は平気、レオンも…うん、多分。後で聞いてみて。
私達より、おじさんとレインは大丈夫?お店とか、仕事とか。…うん、うん。判った。
あ、待って。ラグナおじさんとお話したい。良い?
違うよ、もう子供じゃないんだから、甘えん坊じゃないよ。本当だってば。
もしもし、ラグナおじさん?うん、エルです。
大丈夫、スコール、もう泣いてないよ。おじさんとレインの声を聞いて、落ち付いたみたい。
それで、あのね。ラグナおじさんがお仕事に着て行ってる服なんだけどね。穴が開いてたの。靴下も。
靴下はね、スコールの服を作った時の端切れがあるんだけど、スーツって縫ったらダメ?
スーツはね、ズボンの、お尻のポケット。そう、おじさんがいつもお財布入れてる所。
笑い事じゃないよ。この間、お財布落として、キロスおじさん達に迷惑かけちゃったでしょ。
あ、レイン?……うん。うん。判った、ミシンの所に置いておけばいい?うん。
じゃあ、レインもおじさんも気を付けてね。うん、楽しんでね。
レオン、レインが替わってって。
もしもし、レオンです。
うん、スコールは落ち付いた。今、折り紙してる。
うん、聞こえてたよ。来週の土日。俺も何もないよ。大丈夫、行けると思う。
ありがとう、俺とエルじゃスコールが泣き止んでくれなかったから。
だから、段々エルも泣きそうになってて。二人とも泣かれたら、ちょっと大変だったな。
いや、俺は泣かないよ。…うん。大丈夫。俺より、今父さんの方が泣きそうみたいだけど。
ああ、父さん?なんでそんなに泣いてるんだ。
え?嬉しい?何が?……スコールが皆一緒がいいって言ったのが嬉しい?
うん、そうだな。俺も、来週の遊園地、楽しみだよ。
絶叫系はスコールは無理だよ、身長も足りないし。きっと怖がって乗らないぞ。膝の上は無理だって。
…ビデオカメラを持って行くのは良いけど、父さん、足下気を付けてくれよ。
そうだ、晩ご飯、何がいい?皆で作ろうってエルが言ってたんだけど。
カレー?うん、ルーはある。夏野菜にしようか。うん。判った。じゃあ、カレー作って待ってる。
うん、戸締りはちゃんとしてる。何かあったら、ちゃんとキロスさんとウォードさんに連絡する。
じゃあ、父さんと母さんも気を付けて。うん。ゆっくりして。
じゃあ、────あ、ちょっと待って。スコールが話したがってる。
もしもし、スコールです。
うん、だいじょうぶ。元気してる。今ね、おりがみしてた。
ばんごはんね、僕もお手伝いするの。カレーなの?うん、がんばる。
あのね、あのね、お父さん、お母さん。僕ね、いい子してるよ。がんばるよ。
だからね、お父さん、お母さん、早くかえって来てね。ごはん、いっしょに食べようね。
うん。ばいばい。
ばいばい、レイン、ラグナおじさん。
晩ご飯、楽しみにしててね。
もしもし。うん。ごめん、急に。うん。
じゃあ、気を付けて。楽しんで来て。じゃあ、うん。
なあに、ラグナ。そんなに泣く事ないじゃない。
だってよう、スコールが皆一緒がいいって。嬉しくってさあ。
エルもレオンもしっかりしてて。もう、我慢できなくって。
ああ、今日も皆で来れば良かったなあ。
ふふ、そうね。でも、今日はレインとエルが折角気を遣ってくれたから。
来週は皆で遊園地だし、今日は、ね。
うん、うん、そうだな。二人っきりなんて久しぶりだもんな。
あっ、ほら、レイン。此処で写真撮ろう。えーっと、そうだな、こっち…いや、こっちだな。
一杯撮って帰って、皆に見せてやろうな。
そうね。それで、来週はもっと沢山、撮らなくちゃね。
8親子でレイン生存を書きたかったので。
皆ひっつきもっつきで仲良しです。幸せいっぱいな親子楽しかった。
────どうしたのだろう。
ぎゅ、と互いの顔すら見えない程、近く強く抱き締められて、スコールは胸中で首を傾げる。
そんなスコールに気付く事なく、向き合う青年はスコールを抱き締め、細い肩口に顔を埋めていた。
「……レオン?」
スコールはそっと、出来るだけ驚かせないように、小さな声で青年の名を呼んだ。
しかし、青年───レオンからの返事はない。
いつもなら、名を呼べば直ぐに応えてくれるのに、どうしたのだろう。
朝から単独の散策に向かった彼は、帰って来るなり、待機組として聖域に残っていたスコールを捕まえると、スコールと共に自分の部屋へと引っ込んだ。
ただいま、と言う一言さえも発さないまま、彼はスコールを抱き締めたまま、動かなくなった。
帰った時の挨拶も、手を掴む前の優しい笑顔も、抱き締める前に頭を撫でる手も、何もない。
突然に二人きりになって、抱き締められて、……こんな事は初めてで、スコールはただただ戸惑うしかなかった。
「……レオン」
「………」
もう一度名を呼んでみると、ぎゅ、と抱き締める腕に力が篭った。
スコールは、レオンが何処か息苦しげにしているように思えた。
いつも凛と伸ばされた大きな背中が、今日は縮こまるように丸められている。
その背中に、そっと腕を回してみると、微かにレオンの背中が震えている事が判った。
まるで何かに怯えているみたいだ、と思ってから、スコールは震える背中を宥めるように、添えた手でぽんぽんとレオンの背中を柔らかく叩いてみる。
びく、とレオンの肩が一瞬跳ねたのが判って、間違えたか、と思ったが、抱き締める手が離れる事はなかったので、また同じようにレオンの背中を叩く。
いつもレオンがしてくれているように、柔らかく、優しく。
「ん……」
レオンがむずがるように、小さな音を漏らして、スコールの肩口に額を押し当てる。
肩まで伸びたダークブラウンの髪が、スコールの首や頬をくすぐった。
「レオン、」
何かあったのか、と聞こうとして、スコールは出来なかった。
抱き締める腕が力を込めたのを感じて、聞くな、聞かないでくれ、と言っているように思えたのだ。
レオンはあまり自分の事を語らない。
スコールと同じように、元の世界の記憶が曖昧らしいから、無理もない事かも知れない。
けれど時折、スコールよりもスコールを知っているような言動を見せる事があった。
だが、その事を「どうして」と訊ねても、レオンは曖昧にぼかして答えるばかりで、ジタンやバッツを持ってしても、彼は必要以上に自分の事は話す事はしなかった。
だからスコールは、毎日のように彼と同じ時間を過ごしているのに、彼の事を殆ど知らなかった。
スコールがレオンに何かを聞こうとしても、彼は決して答えない。
隠しているのか、彼自身が言葉に出したくないのか、スコールには判らなかった。
不公平だ、と思わないでもないのだが、スコールはそれを強く言える性質ではないし、レオンも普段はそれをスコールに意識させる事がない。
────けれど、今この時だけは、彼が何も話してくれない事に、スコールは居心地の悪さを覚えずにはいられなかった。
「……ん……」
「…っ……?」
レオンが身動ぎをして、スコールの首筋でちくり、と小さな痛みが走る。
何、とスコールが微かに眉根を寄せた後、同じ場所に柔らかなものが押し当てられた。
キス、だと気付いた瞬間、スコールの顔に朱色が走る。
「っレオン!」
レオンのジャケットの背中を掴んで、抱き締める彼を引っ張り剥がそうともがく。
しかし、スコールよりも上背がある上、確りとした体躯をしているレオンに、スコールが力で敵う筈もない。
畜生、と苦々しく思っていると、小さく震えていた筈のレオンの背中の代わりに、彼の肩がくつくつと揺れている事に気付く。
「レオン!あんた、人が折角……!」
「心配してやってるのに?」
興奮の所為か、中途半端に途切れたスコールの言葉を、レオンが代わりに口にした。
顔を上げた彼の目が、楽しそうに笑っているのを見て、スコールの顔に益々血が上る。
怒りに震えるスコールだったが、レオンは相変わらずスコールを抱き締めたまま放さない。
羞恥と怒りに任せて拳を振り上げようとするスコールだったが、腕は上腕ごとレオンに抱き締められた格好だった。
腕を持ち上げられない事が余計にスコールの苛立ちを煽り、くそ、と毒を吐く。
そんなスコールの表情さえ、レオンは楽しそうに見詰めている。
こうなったら何でも良いから仕返しがしたくて、スコールは背中に回した手で、レオンのダークブラウンの髪を掴んだ。
「いたた、スコール、痛い」
「あんたが悪い!」
「ああ、悪かった。別に揶揄ってた訳じゃないんだ」
ぐるぐると喉を鳴らして威嚇する猫のように睨むスコールに、レオンが謝る。
自分を抱き締めたまま、間近でくすくすと笑うレオンの貌に、スコールは唇を噛む。
悔しげに睨むスコールの姿に、レオンは一頻り笑った後、いつもの表情になって、こつん、とスコールの額に自分の額を押し当て、
「……探索の途中で、アルティミシアと戦った」
静かに告げられたその言葉に、スコールの肩が揺れる。
尖っていたスコールの目尻が微かに見開かれ、また尖る。
嫌悪にも似た感情を露わにするスコールを、レオンは抱き締め、大丈夫、と小さく囁く。
「大丈夫、別に何もなかった」
「……でもあんた、アルティミシアと戦ったって事は───」
「ああ。だから、大丈夫。何もなかったよ」
この世界に召喚された戦士達は、大なり小なり記憶を欠落させている。
欠落した記憶は、対となって召喚された混沌の戦士と戦う事で、少しずつ回復すると言われている。
しかしこれも個人によって大きく差があり、レオンやスコールの記憶の回復は、あまり芳しくないようだった。
だが、やはり戦っていれば僅かずつ元の世界の記憶を取り戻しており、スコールも始めから覚えていた事以外の記憶は、彼女と闘争を繰り返す内に思い出した事だった。
レオンとスコールは、魔法への価値観、SeeD、魔女と言う単語と言った記憶に共通点が多い。
ガンブレードと言う共通の武器を使用している事もあり、レオンがスコールを知っているような言動を取る事も多い為、同じ世界から召喚されたのだろうと言う見方が強かった。
ならばレオンも、アルティミシアと戦う事で、自身の記憶を少しずつでも取り戻している筈だ。
その蘇った記憶の中で、何か、レオンの感情の琴線を震わせるものがあったのではないか。
それがレオンを、常らしからぬ行動に駆り立てたのではないか───そう思ったスコールの言葉を、レオンは先に遮った。
「思い出した事はある。でも、大丈夫だ」
「だけど」
じゃあ、この行動はなんなんだ、と音なく問う青灰色の瞳に、レオンはそっと目を細める。
「疲れただけだよ。イミテーションを相手にするのとは、やはり話が違うからな」
それだけだ、と言って、レオンはもう一度スコールを抱き締めた。
ぎゅ、と力強く抱き締める腕に、スコールは戸惑う。
本当にそれだけだと言うなら、どうして、と。
スコールを抱き締めたまま、レオンは静かに息を吐いた。
「……温かいな」
そう呟いたレオンの声に、スコールは唇を噛んだ。
抱き締める腕に答えるように、彼の背中に手を回しても、レオンはもう震えていない。
それなのに、何故だろう。
包み込むように、閉じ込めるように。
抱き締める腕が、まるで繋ぎとめようとしているような気がして、泣きそうになって来る。
生きてるんだな、と言った彼に、その意味を問うのが、怖かった。
レオスコなのかスコレオなのか。
取り敢えず、スコールに甘えるレオンさんが書きたかったのです。
判り難い裏設定としては、レオンもⅧ世界出身でスコールの実兄で、恐らくED後にスコールに何かあったとかそう言う(アバウト)。