[レオスコ]抱き締めて、確かめて、
────どうしたのだろう。
ぎゅ、と互いの顔すら見えない程、近く強く抱き締められて、スコールは胸中で首を傾げる。
そんなスコールに気付く事なく、向き合う青年はスコールを抱き締め、細い肩口に顔を埋めていた。
「……レオン?」
スコールはそっと、出来るだけ驚かせないように、小さな声で青年の名を呼んだ。
しかし、青年───レオンからの返事はない。
いつもなら、名を呼べば直ぐに応えてくれるのに、どうしたのだろう。
朝から単独の散策に向かった彼は、帰って来るなり、待機組として聖域に残っていたスコールを捕まえると、スコールと共に自分の部屋へと引っ込んだ。
ただいま、と言う一言さえも発さないまま、彼はスコールを抱き締めたまま、動かなくなった。
帰った時の挨拶も、手を掴む前の優しい笑顔も、抱き締める前に頭を撫でる手も、何もない。
突然に二人きりになって、抱き締められて、……こんな事は初めてで、スコールはただただ戸惑うしかなかった。
「……レオン」
「………」
もう一度名を呼んでみると、ぎゅ、と抱き締める腕に力が篭った。
スコールは、レオンが何処か息苦しげにしているように思えた。
いつも凛と伸ばされた大きな背中が、今日は縮こまるように丸められている。
その背中に、そっと腕を回してみると、微かにレオンの背中が震えている事が判った。
まるで何かに怯えているみたいだ、と思ってから、スコールは震える背中を宥めるように、添えた手でぽんぽんとレオンの背中を柔らかく叩いてみる。
びく、とレオンの肩が一瞬跳ねたのが判って、間違えたか、と思ったが、抱き締める手が離れる事はなかったので、また同じようにレオンの背中を叩く。
いつもレオンがしてくれているように、柔らかく、優しく。
「ん……」
レオンがむずがるように、小さな音を漏らして、スコールの肩口に額を押し当てる。
肩まで伸びたダークブラウンの髪が、スコールの首や頬をくすぐった。
「レオン、」
何かあったのか、と聞こうとして、スコールは出来なかった。
抱き締める腕が力を込めたのを感じて、聞くな、聞かないでくれ、と言っているように思えたのだ。
レオンはあまり自分の事を語らない。
スコールと同じように、元の世界の記憶が曖昧らしいから、無理もない事かも知れない。
けれど時折、スコールよりもスコールを知っているような言動を見せる事があった。
だが、その事を「どうして」と訊ねても、レオンは曖昧にぼかして答えるばかりで、ジタンやバッツを持ってしても、彼は必要以上に自分の事は話す事はしなかった。
だからスコールは、毎日のように彼と同じ時間を過ごしているのに、彼の事を殆ど知らなかった。
スコールがレオンに何かを聞こうとしても、彼は決して答えない。
隠しているのか、彼自身が言葉に出したくないのか、スコールには判らなかった。
不公平だ、と思わないでもないのだが、スコールはそれを強く言える性質ではないし、レオンも普段はそれをスコールに意識させる事がない。
────けれど、今この時だけは、彼が何も話してくれない事に、スコールは居心地の悪さを覚えずにはいられなかった。
「……ん……」
「…っ……?」
レオンが身動ぎをして、スコールの首筋でちくり、と小さな痛みが走る。
何、とスコールが微かに眉根を寄せた後、同じ場所に柔らかなものが押し当てられた。
キス、だと気付いた瞬間、スコールの顔に朱色が走る。
「っレオン!」
レオンのジャケットの背中を掴んで、抱き締める彼を引っ張り剥がそうともがく。
しかし、スコールよりも上背がある上、確りとした体躯をしているレオンに、スコールが力で敵う筈もない。
畜生、と苦々しく思っていると、小さく震えていた筈のレオンの背中の代わりに、彼の肩がくつくつと揺れている事に気付く。
「レオン!あんた、人が折角……!」
「心配してやってるのに?」
興奮の所為か、中途半端に途切れたスコールの言葉を、レオンが代わりに口にした。
顔を上げた彼の目が、楽しそうに笑っているのを見て、スコールの顔に益々血が上る。
怒りに震えるスコールだったが、レオンは相変わらずスコールを抱き締めたまま放さない。
羞恥と怒りに任せて拳を振り上げようとするスコールだったが、腕は上腕ごとレオンに抱き締められた格好だった。
腕を持ち上げられない事が余計にスコールの苛立ちを煽り、くそ、と毒を吐く。
そんなスコールの表情さえ、レオンは楽しそうに見詰めている。
こうなったら何でも良いから仕返しがしたくて、スコールは背中に回した手で、レオンのダークブラウンの髪を掴んだ。
「いたた、スコール、痛い」
「あんたが悪い!」
「ああ、悪かった。別に揶揄ってた訳じゃないんだ」
ぐるぐると喉を鳴らして威嚇する猫のように睨むスコールに、レオンが謝る。
自分を抱き締めたまま、間近でくすくすと笑うレオンの貌に、スコールは唇を噛む。
悔しげに睨むスコールの姿に、レオンは一頻り笑った後、いつもの表情になって、こつん、とスコールの額に自分の額を押し当て、
「……探索の途中で、アルティミシアと戦った」
静かに告げられたその言葉に、スコールの肩が揺れる。
尖っていたスコールの目尻が微かに見開かれ、また尖る。
嫌悪にも似た感情を露わにするスコールを、レオンは抱き締め、大丈夫、と小さく囁く。
「大丈夫、別に何もなかった」
「……でもあんた、アルティミシアと戦ったって事は───」
「ああ。だから、大丈夫。何もなかったよ」
この世界に召喚された戦士達は、大なり小なり記憶を欠落させている。
欠落した記憶は、対となって召喚された混沌の戦士と戦う事で、少しずつ回復すると言われている。
しかしこれも個人によって大きく差があり、レオンやスコールの記憶の回復は、あまり芳しくないようだった。
だが、やはり戦っていれば僅かずつ元の世界の記憶を取り戻しており、スコールも始めから覚えていた事以外の記憶は、彼女と闘争を繰り返す内に思い出した事だった。
レオンとスコールは、魔法への価値観、SeeD、魔女と言う単語と言った記憶に共通点が多い。
ガンブレードと言う共通の武器を使用している事もあり、レオンがスコールを知っているような言動を取る事も多い為、同じ世界から召喚されたのだろうと言う見方が強かった。
ならばレオンも、アルティミシアと戦う事で、自身の記憶を少しずつでも取り戻している筈だ。
その蘇った記憶の中で、何か、レオンの感情の琴線を震わせるものがあったのではないか。
それがレオンを、常らしからぬ行動に駆り立てたのではないか───そう思ったスコールの言葉を、レオンは先に遮った。
「思い出した事はある。でも、大丈夫だ」
「だけど」
じゃあ、この行動はなんなんだ、と音なく問う青灰色の瞳に、レオンはそっと目を細める。
「疲れただけだよ。イミテーションを相手にするのとは、やはり話が違うからな」
それだけだ、と言って、レオンはもう一度スコールを抱き締めた。
ぎゅ、と力強く抱き締める腕に、スコールは戸惑う。
本当にそれだけだと言うなら、どうして、と。
スコールを抱き締めたまま、レオンは静かに息を吐いた。
「……温かいな」
そう呟いたレオンの声に、スコールは唇を噛んだ。
抱き締める腕に答えるように、彼の背中に手を回しても、レオンはもう震えていない。
それなのに、何故だろう。
包み込むように、閉じ込めるように。
抱き締める腕が、まるで繋ぎとめようとしているような気がして、泣きそうになって来る。
生きてるんだな、と言った彼に、その意味を問うのが、怖かった。
レオスコなのかスコレオなのか。
取り敢えず、スコールに甘えるレオンさんが書きたかったのです。
判り難い裏設定としては、レオンもⅧ世界出身でスコールの実兄で、恐らくED後にスコールに何かあったとかそう言う(アバウト)。