[ラグスコ]君は此処にいる
SeeD服のジャケットを脱ぎ、彼にしては珍しくタンクトップ一枚と言う格好で戻って来たスコールを見て、ラグナは飛び跳ねるようにソファを立った。
駆け寄るラグナの泣き出しそうな表情に、スコールの眉間に谷が出来る。
どうしてあんたがそんな顔────と言外に問うスコールであったが、ラグナがそれに気付く余裕はなく、彼は駆け寄ってくるなりスコールをぎゅうっと抱き締めた。
「ちょ……おい!」
「良かった……」
人目がないとは言え、こんな所で何を、と言おうとしたスコールだったが、言葉は鼓膜に届いた呟きに掻き消された。
目を丸くして、しがみ付くように抱き締める男を見遣れば、ラグナはスコールの左肩に顔を埋めて、小さくはない体を震わせている。
そんなラグナにスコールは困惑した表情を浮かべ、傍観しているキロス達に眼を向ける。
と、その視線をどう受け取ったのか、彼等は如何にも心得ましたと言う表情で、部屋を出て行ってしまった。
抱き締められたスコールの右肩には、真新しい包帯が巻かれていた。
その下には、深い切り傷があり、ほんの数十分前に負ったものである。
傷を負わせたのは、今回のガルバディアとの首脳会談に乱入して来たテロリストで、スコールはラグナを庇って凶刃を受けた。
それは“エスタ大統領警護”と言う任務を請けたスコールにとって、当然の行動であり、自身の仕事を全うしたに過ぎない。
しかし、それでもラグナにしてみれば、大切な一人息子であり、何物にも代えられない恋人が、自分の代わりに傷付いたと言う事になる。
テロリストが要人殺害に使用する武器には、単純な殺傷能力の他、毒や薬が仕込まれている事も珍しくない。
だからラグナは、傷の手当に行ったスコールが戻って来るまで、生きた心地がしなかった。
ラグナは一頻りスコールを抱き締めた後、ぺたぺたと細身の体をあちこち触り始めた。
包帯の捲かれた肩には触らず、代わりに腕や掌、指先まで触る。
指と指の付け根をくすぐられて、ピクッ、とスコールの手が逃げるように震えるのを見て、感覚が其処に生きているのだと知って安堵した。
「……ラグナ」
「ん?」
「…もう良いだろ。離せ」
眉間にこれでもかと言わんばかりの深い皺を刻んで、スコールは言った。
魔女戦争後、少しずつ人嫌いを克服しつつあるスコールだが、接触嫌悪も同然だった触れ合いについては、まだまだ不慣れだ。
そんな彼にしてみれば、無事を確かめる為とは言え、体中を触られるのは堪えられない。
悪い、と言ってラグナはスコールから離れた。
スコールはラグナの髪の感触が残る左肩に触れて、むず痒そうに指先で擦る。
「毎回毎回、大袈裟だ。これ位、大した傷じゃない」
「そうは言ってもさぁ。無理だよ、心配するなってのは」
「俺はそんなに弱くない」
「……うん。そうだな」
不機嫌なスコールの言葉に、ラグナは苦く笑った。
自分の人生の半分も未だ数えない少年が、英雄と呼ばれるに相応しい実力の持ち主である事を、ラグナはよく知っている。
嘗て自分達が果たさねばならなかった尻拭いを、彼等に任せてしまった事も、忘れていない。
全ての目的を果たして戻って来た少年少女達の中に、彼の姿がなかった時の絶望と後悔は、きっと一生かかっても忘れる事は出来ないだろう。
遠い日に知らず自分が犯した罪を、償う事も、謝る事も、何も出来ないままで別たれてしまったと思った。
結局、彼は仲間の想いによって無事に戻って来る事が出来たけれど、あの時の不安と焦燥は、明るいラグナの中にはっきりと暗い影を残した。
傭兵『SeeD』と言う職業、雇われた者と雇った者の立場、依頼により確立されたそれぞれの役割───何に置いても、スコールがラグナの代わりに傷を負うのは、致し方のない事だった。
それでも、やはり大切な存在を傷付けたくない、これ以上失いたくないと言う想いから、ラグナは彼を心配するのを止められない。
「ケアルで処置も済ませたから、もう殆ど傷もない」
「でも包帯巻いてるだろ?」
「念の為だ」
けろりとした顔で言うスコールに、ラグナは眉尻を下げて「そっか」と笑った。
スコールはジャケットに袖を通さず、肩に乗せて羽織るに留めた。
任務中は殆どSeeD服を崩さずに着ているスコールだが、傷を治したばかりの今は、流石に窮屈なのだろう。
インナーを晒して、ラフな格好で過ごすスコールに、ラグナは珍しいものを見た気分だった。
「……」
「……なんだ」
いつもタイトな黒衣か、かっちりとしたSeed服に身を包んでいるスコール。
鍛えられた傭兵と言うには、些か筋肉の盛り上がりが足りない事を、彼はコンプレックスに思っているらしく、肌身を晒す事は滅多にない。
ジャケットとタンクトップの隙間から覘く僅かな肌色に、ラグナは知らず息を詰めた。
じっと見詰める碧眼に、スコールは眉根を寄せる。
羽織ったジャケットの端を掴んで、体を隠すように半身で後ずさりするスコールは、逸らされない碧の中に滲むものを、無意識に感じ取っているようだった。
「いや。なんか、新鮮だなあと思って。そのカッコ」
「……別に可笑しいものじゃないだろ」
「SeeD服もちゃんと着てないし」
「……」
ラグナの言葉に、スコールは羽織っていたジャケットに袖を通そうとした。
しかし、その前にラグナに左肩を掴まれて、ぐっと抱き寄せられる。
「ラグ……っ」
「そのままでいろよ」
「警護任務が、」
「今日の予定はもうパーだから、気にしなくて良いの」
先の襲撃の規模や、その後の会談会場周辺の慌ただしさを鑑みて、予定していたスケジュールの大半はキャンセルされた。
今頃はキロスとウォードが、ガルバディア側と話し合って調整をしている頃だろう。
会談会場の変更、それに伴う警備配置、ホテルの確保等を考えるに、今日のラグナはもう仕事にならない。
スコールの警護任務は、ラグナのスケジュールとは関係なく継続されるものだが、ラグナは其処を深くは考えなかった。
逃げを打つスコールの背中を捕まえて、横抱きに持ち上げる。
突然の浮遊感に、反射的にラグナに捕まりながら、ちょっと待て、とスコールが叫ぶ。
「あ、あんた、まさか、」
「暴れるなよ、傷に響くだろ?」
「だったら離せ!変な事するな!」
「変な事って酷いな~」
身を捩ってラグナを振り解こうとするスコールだが、姫抱きと言うスタイルは、逃がさない為に丁度良い抱え方なのだ。
次いで、逃げようとしつつも、傷のある右肩を庇ってか、スコールはラグナを殴ってまで止めようとはしていない。
その甘さが、甘えなのか天然なのか、ラグナには判りかねるが、何れにしろ彼が本気で拒絶していない証と言えた。
じたばたと諦め悪く暴れるスコールをベッドに下ろすと、直ぐに足が飛んできた。
ラグナの肩を蹴る足を捉まえて、横に開いてやれば、スコールは真っ赤になってラグナを睨む。
そのままベッドに押し倒すと、羽織っていただけのSeeD服が無造作に広がる。
いつもは脱がしてからベッドに入るのだが、半端に脱げた服装や、散らばるように広がった衣装と言う光景は、中々に雄を煽るのだと初めて知った。
「やめ…やめろ、バカラグナ!」
「肩には触らないから。な?」
「そう言う問題じゃな─────」
尚も抗議しようとするスコールの唇を、ラグナは自分のそれで塞いだ。
鼻を抜けるくぐもった声が、しばらく続く。
もがく細い躯を抱き締めると、ビクッ、とスコールは一瞬強張ったが、次第にそれも解けて行った。
少しだけ唇を離せば、酸素を求めて小さく喘ぐ音が漏れる。
無防備になった舌を絡め取って、もう一度口付けてやると、もう抵抗はなかった。
「ん…んぅ……っ」
舌の表面をゆっくりと撫でられて、ふるりとスコールの躯が震える。
ラグナの視界の端で、包帯の白と、いつもよりも僅かに赤らんだ肌が見えた。
包帯に触れないように気を付けて、左手でスコールの頬を撫でて顎を上向かせ、角度を変えて深いキスを贈る。
スコールの閉じていた瞼が薄らと開いて、濡れた蒼灰色が覗く。
頃合いと見て唇を解放すると、スコールは熱の篭った吐息を零しながら、離れて行くラグナの顔を見上げていた。
茫洋としているスコールの頬を、猫をあやすようにそっと撫でて、ラグナは囁く。
「……一回だけ。な?」
何を、と主語を抜いた言葉でも、スコールは直ぐに理解した。
警護が、任務が、と言う思考がスコールの頭を巡る。
けれども、頬を撫でていたラグナの手が、包帯を巻いた肩にそっと触れるのを感じて、言い訳の思考は棄てた。
職務放棄と言える自分の行動の理由を、目の前の男のキスの所為にして、身を委ねる。
「……包帯、あんたが巻き直せよ」
それが此処から先を受け入れた言葉と悟って、ラグナの顔が緩む。
だらしない顔だ、と思いながら、スコールは降って来た唇をもう一度受け止めた。
スコールを信頼してるけど、もう大事なものを失くしたくなくて不安になるラグナが浮かんだので。
あと、下敷きにした羽織りジャケットが広がってる光景ってエロいなって思ったので。
一回だけって言ってるけど、多分一回だけで終わらない。