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2025年03月08日

[オニスコ]無意識の扉

  • 2025/03/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



秩序の聖域から半日ほど行った谷合に、小さな温泉があった。
グルグ火山の裾野に近い場所にある其処には、マグマの熱により地下から湧き出る間欠泉があり、その湯が近くの川へと流れ込んでいる。
間欠泉の場所からやや川下へと行くと、別の川が合流しており、沸騰湯と水が交じり合って程好い温度に冷まされる。
その湯が流れ込む小さな泉が、温泉として、付近に生息している動物たちの溜まり場を形成していた。

秩序の戦士たちにとっては、少々遠いが、ちょっとした息抜きに利用できる代物だ。
風呂は彼らの拠点である屋敷にもあり、日々の疲労を癒すに十分役に立っているが、天然の露天風呂と言うのはまた格別であった。
また、どうもこの温泉に入ると、傷の治りが良くなっている。
成分として正しい反応なのか、神々の闘争の世界と言う特殊性が何某かの恩恵を作っているのかは判らないが、此処に入っている間に、真新しい傷がすっかり跡形もなく消えると言うのは事実だった。
混沌の戦士やイミテーションとの戦いに明け暮れる戦士たちにとって、うってつけの保養地なのだ。

谷合の付近に歪はなく、イミテーションも確認されたことはない。
野生の動物や魔物はいるが、温泉に浸かっている間は、まるで暗黙の了解のように大人しかった。
とは言え、全くの無防備で行って良いと言うほど、この世界は甘くはない。
特に混沌の戦士は、こういった場所にこそ姦計を謀って来るのが想像に難くなかったし、湯舟に全身を浸かりたいなら裸になる訳で、この状態で襲われると支障は尽きない。
念の為に、行くのならば最低でも二人連れで、と言う安全策が、秩序の戦士たちの間で決定した。

今回、ルーネスがその温泉に行こうと思ったのは、右足の傷の治りがどうにも思わしくなかったからだ。
傷そのものの深さで言えば大したことはないのだが、走ると痛みがある。
小柄であるが故に、素早さを生かした戦術を取るルーネスにとって、足元の具合が悪いのは良くない。
じっとしていれば時間をかけて治るとは思うが、戦闘はいつ何処で始まるか判らないのだ。
出来るだけ早く治したい、と言う気持ちから、件の温泉に行ってみることにした。

それで、一緒に行ってくれない、と声をかけたのが、スコールだった。
何故スコールだったのかと言えば、仲間たちの予定の中で、偶々手を空いていたのが彼だった、と言う簡単なことだ。
そしてスコールの方も、「俺も行こうと思っていた」と言った。
どうやらスコールも背中に新しい傷があるとかで、然程の痛みはないが、治るものなら早く治しておきたい、と言うことらしい。
これで同伴者は決まった。

片道半日のルートなので、朝に出て、着く頃には昼だ。
湯気が立ち込める場所まで来た時には、太陽は南天高くに登っていた。
ルーネスたちは拠点から持って来た缶詰で小腹を満たして、早速温泉に入ることにする。


「僕が先でも良い?」
「ああ」


兜を外しながら言ったルーネスに、スコールは頷いた。

この温泉の近くで争いごとが起こった事はなかったが、万が一の可能性はいつも尽きない。
二人で行って、二人とも無防備な格好になっては、何の為の二人行動か判らない。
これがバッツやティーダなら、「大丈夫だって」「なんとかなるっスよ!」と湯舟を共にする楽しみを優先させるが、今日のルーネスの同行者はスコールだ。
傭兵らしく安全確保は気を抜いてはいけないことだと、先の見張り役をすんなりと引き受けた。

ティーダなら豪快に服を脱いで温泉に飛び込みでいくが、ルーネスはそうする気にはなれない。
スコールが見張り役にと座った岩の傍に、もう一回り大きな岩がある。
其処に隠れるように身を寄せて、ルーネスは鎧具足を全て外した。

湯気を立ち昇らせている水面の温度を手指で確認し、まず傷のない足から入る。
足元を安定させてから、右足を湯に浸すと、流石に滲みる痛みがあった。


「う~……っ」


それを数秒、歯を噛んで堪えて、落ち着いてから右足も水底に下ろす。
じくじくとした痛みに反射的に眉根が寄ったが、これさえ我慢すれば、後はきっと大丈夫だ。

血の巡りによる傷回りの違和感を乗り越えて、ルーネスはやっと落ち着くことが出来た。
少し熱めの湯に全身を着けると、日々の疲労で強張った躰の筋肉が解れて行く。
ほう、と一つ息を吐いて、ルーネスは両手で掬った湯で顔を洗った。


「はあ……」
「落ち着いたか」


緩めた吐息を零したルーネスの後ろから声がかけられる。
肩越しに振り返ると、湯煙の向こうに、岩に腰掛けてガンブレードを膝に置いたスコールが見えた。


「傷の具合は」
「ちょっと滲みるけど、大丈夫。ごめんよ、しばらく待たせると思う」
「問題ない」


この温泉の効能は確かなものだが、瞬時にその効果が現れる訳ではない。
指先の切り傷でも、五分程度は入っていないと、目で見て分かるまでに癒えは発揮されなかった。

ルーネスの足の傷は、深くはないが、少々幅広の痕がある。
それの全てを消そうと思ったら、長湯をしなくてはなるまいが、別に其処まで急いで治そうとは思っていない。
今日の所は痛みの緩和と、少しばかり傷の色が薄くなってくれれば、上々だ。

ルーネスはじんわりとした熱が傷の辺りに現われているのを感じつつ、けれども其処に痛みらしい感覚はないのを確かめながら、湯煙の向こうを見て言った。


「スコールは背中だったよね。大きい傷なの?」
「見た目だけは。深くはない。ファイアを掠めたものだから、軽く火傷になっているらしい」


背中は自分で見えないから、これは治療の為にそれを診たバッツの言だとのこと。
ケアルで治しても良いのだが、魔法を使うとなれば使用者のエネルギーを消費させてしまうから、無作為には頼れない。
だから回復魔法と言うのは、緊急に治癒した方が良い、と言う場合と、強い毒を持つ攻撃を喰らった時に、それを除去する為に利用すると言うのが主な手段となっている。
バッツ曰く、今回のスコールの傷は、それ程の緊急性はない、とか。

とは言え、この世界では、傷と言うのは早めに治ってくれた方が良い。
その為に頼れるものがあるなら、一度くらいは与っておこうと思っていた所へ、ルーネスから同伴の誘いがあったので、丁度良かったのだ。

同行者がスコールだったお陰で、ルーネスはのんびりと湯舟を楽しむことが出来た。
これが賑やか組なら、泳ぐだの水の掛け合いだの、とかく騒がしくなったことだろう。
そう言った雰囲気も決して悪いものではないし、巻き込まれた時には眉尻を吊り上げるルーネスだが、結局は後からそう嫌な気持ちになるものでもない。
だが、それはそれとして、やはり穏やかに過ごす一時と言うのは恋しいのだ。
無口勝ちで淡々としているスコールの性格は、こんな時は有難かった。

十分は浸かっただろうか。
ルーネスが足の状態を検分してみると、傷跡は薄らと残っている程度になり、立って足を踏ん張ってみても痛みはない。
駆け回るとなれば負荷のかかり方も違うから、また痛みは出るかも知れないが、今日の所はこんなもので良いだろう。


「上がるよ、スコール」
「判った」


ルーネスの報告に、スコールからは短い返事のみがあった。

湯舟を上がったルーネスは、持ってきていた絹布で手早く体を拭き、装備を身に着ける。
血の巡りが良くなって火照った身体に鎧の感触は少々冷たかったが、その内に熱が移っていくだろう。


「───見張りありがとう、スコール。交代しよう」
「ああ」


ルーネスがスコールに声をかけると、スコールは手にしていたガンブレードを仕舞った。
湯舟の方へと向かうスコールの背を見送って、ルーネスは彼が座っていた場所に腰かける。

入浴の準備をするスコールの気配を背中に感じながら、ルーネスは辺りを見回した。
温泉の周りは疎らに木があり、地面は少し背の高い草が生えている。
木々の隙間の向こうに、鹿か何かの陰があったが、それは此方を伺うようにうろうろとして、近付こうとはしていなかった。
湯舟に入りたい野生動物なのかも知れない。
此方を警戒している様子を、一応の注視をしながら、ルーネスは見張り役の仕事を淡々と熟していた。

ざぷり、と水の中に入る音が聞こえる。


「ん……」


小さく唸る声がルーネスの耳に届いた。
背中の火傷と言っていたか、とルーネスは湯舟の方を見る。
泉を囲む岩の隙間から、微かにスコールのものと思しき影が見えた。


「痛むの?」


声をかけてみると、スコールは僅かに間をおいてから、


「……多少。まあ、今だけだろう」
「そうだね。傷に水が当たるから、どうしたって最初は滲みるし」


不可思議な癒しの力を持つ泉と言っても、やはり最初に感じるのは、傷口に水気が触れる違和感だった。
だから最初はどうしても顰め面で我慢する時間がある。
其処から数拍してから、じわじわと癒しの効果が現れてくれるのだ。

スコールの傷の具合がどれ程なのかは知らないが、ルーネス同様、しばしの入浴時間は必要だろう。
その間に何か起きないと良いな、とルーネスは湯舟の方を見た。
それは、泉を挟んだ向こう岸の方から何か悪いものが来ないかと、真っ当に警戒しての行動だった。
湯煙の立ち込める場所だから、生憎と湯舟の向こうはすんなりと見通す程にはなくて、少々目を凝らしたり、首を伸ばしたりとしていると、───ざば、と水の中にいた人が立ちあがる。

恐らくは、もう少し深い場所に移動しようとしたのだろう。
ひょっとしたら、背中の傷と言うのが、肩に近い位置まであったのかも知れない。

薄靄のように視界を覆う湯煙の向こうに、水の滴る肢体があった。
その身体がタイトな見た目に反して、しっかりと引き締まった筋肉がついている事は知っているが、秩序の戦士に関わらず、この世界に召喚された者の半分は頑健なシルエットをしている。
色白ではないが、ティーダのように健康的な日焼けをしてはいないので、どちらかと言えば白い方だろうか。
それが温泉の熱で温まり、血の巡りが良くなったお陰か、ほんのりと火照っている。

引き締まった細い腰骨に、水の艶が撫でるように滑って行くのを、ルーネスは見た。
小さな水の粒が、太陽の光をきらきらと反射させながら、桜に色付いた皮膚の上を辿り、下肢へ。
瞬間、どくん、としたものがルーネスの胸の奥で跳ねる。


「……!!」


途端に、ぶわ、とルーネスの顔が熱くなった。
頭が揺さぶられたように仰け反って、ルーネスは訳も判らないうちに、腰かけていた岩の後ろにひっくり返った。

どしゃっ、と言う音が聞こえたのだろう、ばしゃっと水の音が響き、


「ルーネス!?どうした」


見張りをしていた者が倒れ込んだ訳だから、すわ敵襲かと思うのは当然だろう。
ルーネスは慌てて起き上った。


「だ、大丈夫!ちょっと滑っただけ」
「……そう、か」


ごめん、と詫びながらルーネスは湯舟の方を見た。
そうして、人の動きによる空気の流れか、僅かに晴れた薄靄の向こうに、佇む青年を見付ける。

背中を見た時と同じく、火照った肌色が佇んでいる。
蒼灰色は剣呑を帯びて、周囲をくまなく警戒していたが、その傍ら、立ち尽くす肢体は無防備に肌を晒していた。
湯浴みをしていたのだからそう言う格好なのは当たり前だ。
だが今のルーネスに、それは随分と致命的な衝撃を混乱を与えていた。


「…………!!!」


喉の奥から上がりそうになった、言葉にならない声を、寸での所で押し留める。
ルーネスはさっきまで座っていた場所に座り直して、岩風呂からはっきりと背を向けた。
うっかり其方を見てしまうことのないように。

しばらくしてから、スコールはもう一度、湯舟に身を浸したようだった。
其処からまた少し時間が経ってから、水を上がる気配があって、身支度を整える気配がする。
その間、ルーネスはずっと、岩に腰かけた自分の足元を見つめていた。

足音が近付いてきて、ルーネスがそろりと其方を見ると、衣服を普段通りに整えたスコールがいる。


「……も、もう良いの?」
「ああ」


早いんじゃないだろうか、自分の挙動不審の所為ではないだろうか。
そう思ったルーネスだったが、スコールは「十分入れた」と言う。
本人がそう言うのなら、況してや格好も整えてしまった後なら、もう一度どう、なんて薦めるのも可笑しいだろう。

滞在時間は、おおよそ一時間程度。
これからまた、半日をかけて秩序の聖域まで戻ることになる。
その間、ルーネスは傍らを歩く青年の方を碌に見れなかったのだが、幸いにも道中の襲撃はなく、スコールもそんな少年の様子には気付かぬままなのであった。





3月8日と言うことで、オニスコ。

スコールって思春期ですが、オニオンナイトも十分思春期な年齢だと思うんですよね。
湯煙温泉の誰も知らない(本人たちも知らない)事故みたいなもの。
無自覚に少年の性癖を歪ませる年上の受は好きです。

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