[絆]いつかの未来に泳ぐ空
孤児院の頃に使っていたものが残っていたのは、幸いだった。
物置で眠るそれを見付けて、レオンは真っ先にクレイマー夫妻に連絡を取った。
良かったら譲ってほしいと言ったら、二人はいつもと同じように「ええ、どうぞ」とにこやかな返事。
その後、レオンは埃を被っていたそれを手洗濯して綺麗にし、来たる日まできちんと収納して保存した。
そして、5月5日─────レオンの家の傍には、空の大海を泳ぐ大きな魚達の姿があった。
「すごーい!おっきい!」
「でっかーい!」
庭の空を泳ぐ魚を見付けて、スコールとティーダが目を輝かせる。
元気なティーダは勿論、滅多に大きな声を出さないスコールも、今日ばかりは空に響かんばかりの大声を上げていた。
レオン達の家の横には、十メートル程の高さのポールが建てられており、それを中心に魚が空を泳いでいる。
魚は体のあちこちに継ぎ接ぎの痕のようなものがあったが、そんなものは、魚の大きさに夢中になっている弟達には些細な事だ。
大きい、凄い、格好良い!と無邪気にはしゃぐ弟達の姿に、レオンの口元も綻んだ。
ぱたぱたとティーダが駆け寄ってきて、レオンの手を引っ張る。
見下ろせば、きらきらと輝く青がレオンを見上げていて、
「レオン、これ何?でっかい魚!」
「鯉のぼりって言うんだ。ザナルカンドでは見なかったか?」
問い返してみると、ティーダはこっくり頷いて、また魚の下へ駆けて行った。
其処にはスコールがいて、ぽかんと口を開けて空を見上げている。
キィ、と家のドアが開く音がして、朝食の準備をしていたエルオーネが顔を出す。
「レオン、スコール、ティーダ。朝ご飯、食べないの?」
「ああ、直ぐに行く……と、言いたいが、まだ落ち着きそうにないな」
言ってレオンが弟達を見れば、倣ってエルオーネも同じ方向を見た。
二人の小さな弟は、空の魚を指差して、まだはしゃいでいる。
いつもなら目覚めて直ぐに腹を空かせるティーダも、今日はそれ所ではないらしい。
そんな二人に小さく笑い、エルオーネも空を見上げる。
「まだ残ってたんだね、これ」
「物置の奥の方にあったんだ。多分、処分し忘れだったんだと思うが、丁度良かった」
「うん。スコールもティーダも楽しそう」
空を見上げていた二人が、ぱっと身を翻して、二人の下に駆け寄って来る。
エルオーネがしゃがんで目線を合わせると、スコールが彼女に抱き着いた。
ティーダもレオンの腰に突進し、レオンは金色の髪をくしゃくしゃと撫でる。
エルオーネに抱き着いたスコールが、くいくいと彼女の服袖を引っ張った。
「ね、ね、お姉ちゃん。これ凄いね」
「うん?」
「これ!」
これ、とスコールが指差したのは、空を泳ぐ魚達。
いつも大人しいスコールの興奮した様子に、エルオーネはくすくすと笑った。
「うん、凄いね」
「ね!一緒なの、凄いね」
「……一緒?」
予想していなかったスコールの言葉に、レオンが反芻して首を傾げる。
エルオーネも首を傾げるが、スコールはにこにこと嬉しそうに笑っているばかりだ。
そんな弟に代わって、ティーダがレオンの手を引き、空を泳ぐ魚達を指差した。
「あれ、一番おっきいの、レオン!」
「俺?」
「で、二番目の赤いの、エル姉ちゃん!」
「私?」
レオンとエルオーネが空を見上げれば、悠然と泳ぐ大きな真鯉。
その下には、赤い緋鯉が身を翻して空を昇り、またその下には、それぞれ黒と赤の小さな鯉が二匹。
そんでね、とスコールとティーダが声を揃えて、続けた。
「ちっちゃいのが、」
「オレとスコール!」
─────見付けた鯉のぼりのセットが、真鯉と緋鯉、小さな鯉二匹だけではなかった。
この鯉のぼりは、きっとクレイマー夫妻の手作りであったのだろう。
レオンが物置で鯉のぼりを見付けた時には、きっと孤児院にいた子供達の人数分であったのだろう、他にも小さな鯉が何匹かいたのだが、今現在空で泳いでいる子鯉以外は、汚れや破損が酷く、縫い直すのも難しかった為に諦めざるを得なかった。
だから残った鯉のぼりが、真鯉と緋鯉、二匹の子鯉となったのは、全くの偶然の事。
けれども、その偶然が、弟達のこんなに楽しそうな笑顔を見せてくれたのなら、……レオンは不意の喜びに零れる笑みを隠せない。
傍らのエルオーネも、くすくすと楽しそうに笑って、スコールの頭を撫でている。
「────さあ、スコール、ティーダ。朝ご飯にしよう」
「お腹いっぱい食べて、あんな風に大きくならなきゃなね」
空を昇る鯉のように、潮風の中を泳ぐ彼らのように。
弟達が何処までも泳いでいける未来を、願う。
弟達の為ならなんでもやるお兄ちゃん。裁縫だってお手の物。
鯉のぼり見てはしゃいでる子供達って可愛い。
最近は大きな鯉のぼりが空を泳ぐ事も減ってしまいましたが、見かけるとやっぱり「おおっ」って思います。