[絆]岬に吹く風
父の日……だったのですが、あんまり関係なくなった(;´Д`)
レオン17歳、エルオーネ13歳。
バラムの岬に、小さな花畑が一つ、ある。
ぞれはずっと昔から其処にあるのだけれど、知っている人はごくごく僅かであった。
小さな花畑一つを見る為に、わざわざバラムから歩いて来るには少々遠く、かと言って車を出すような距離かと言われると、それ程でもない。
少し運動しようか、と思って散歩がてら遠出する分には丁度良い────かも知れないが、ただ散歩をするだけなら、バラムの街の中で十分だ。
途中で魔物に遭うかも知れない危険性を思うと、散歩には不向きである。
それがバグやケダチクと言った、凶暴性や危険度で言えば最弱ランクであるとは言え、魔物は魔物だし、あれらは肉食であるから、警戒するに越した事はない。
……こうした理由から、バラムの岬にわざわざ赴く者が少ない為、小さな花畑の存在も、ごく限られた人の中でのみ知られる事になったのだ。
エルオーネと二人、この数年ですっかり通い慣れた道を歩く。
実際の所、道らしい道はなかったのだが、二人の足取りは迷いなく、真っ直ぐと進んでいる。
「ジェクトさんがね。お土産持って行くなら、お酒にしろって言ってたの」
「それは…悪くはないだろうが、あの人に酒はちょっとな」
エルオーネの言葉に、レオンが苦笑して言えば、そうだよね、と彼女も笑う。
「弱かったんだよね、凄く」
「ああ」
「私もちょっと覚えてる」
くすくすと笑う少年と少女の声が、風に流されて、空に溶ける。
バラムの島の空は遠くまで晴れ渡り、抜けるような青色が広がっていた。
今日は日曜日なので、ガーデンの授業はない。
こんな時、必ず兄と姉の後ろをついて周る弟は、今日は豪快な男の下で、彼の息子と一緒に面倒を見て貰っている。
その所為か、なんとなく片手がスカスカとしているような気がするが、それも今だけの話だ。
岬の先端へと進む緩やかな坂道を上り切れば、其処には小さな黄色の花畑があった。
それは直ぐに終わってしまうような、本当に小さな花畑なのだが、レオンとエルオーネはこの花畑が好きだった。
幼い日、生まれ故郷で毎日のように世話をしていた、母の花畑とよく似ているから。
「一輪だけ、」
「……ああ」
レオンが頷くと、エルオーネは花畑の傍で膝を折り、先並んだ花々を見詰めた。
その中から一輪、綺麗に花弁を開かせた一輪を手に取り、ポケットに入れていたソーイングセットのハサミを取り出して、ちょきん、と茎を切る。
栄養を断たれた花は、きっと幾分もしない内に萎れてしまうだろうが、手折ってしまうよりは保つだろう。
そして枯れた花は、やがて虫達の栄養になり、自然に帰って命を巡り続ける。
エルオーネは花を両手で優しく包むように持つと、レオンを振り返った。
栗色の瞳が柔らかな光と、少しの寂しさを抱いているのを見詰めながら、レオンが歩き出す。
二人が向かう岬の先端には、小さな小さな、墓がある。
其処にはレオンとスコールの母であり、エルオーネにとって第二の母であるレインが眠っている。
彼女が逝去したのは、今から9年前の夏─────…スコールが生まれて間もない頃の事だ。
レオンもエルオーネも、二人の身柄を引き取ってくれたクレイマー夫妻も、そして当時、レオン達と同じように孤児院で暮らしていた子供達も、彼女の死にとても悲しんでいた。
レオンとエルオーネと、クレイマー夫妻だけでひっそりと葬式を済ませると、彼女の遺骨は、この岬へと埋められた。
此処なら子供達のいるバラムの街の全てが見える、バラムガーデンも見える、彼女が好きだった花もある。
だからレオンは、母の墓を、この岬にして欲しいとクレイマー夫妻に頼んだのだ。
小さな墓には、母の名前が印字で刻まれている。
その名前の直ぐ下に、手彫りで刻まれた文字があった。
「……やっぱり、二輪の方が良かったかな」
「そうか?」
「だって、二人一緒の方がおじさんは喜びそうだもん」
「でも、母さんが怒るかも知れないぞ」
「ふふ…それもそうだね。じゃあ、これ」
はい、とまるで其処にいる人に話しかけるように、エルオーネは花を差し出した。
ふわりと柔らかな風が吹いて、エルオーネの頬を撫でる。
ただそれだけの事なのだけれど、レオンとエルオーネは、その風がとても優しいものに感じられた。
レオンは、墓の傍らに添えてある、空のビンを手に取った。
持って来ていた水筒の蓋を開けて、軽く水洗いすると、新しい水をなみなみと注ぐ。
エルオーネが花を其処に活けて、レオンはビンを元の位置に戻した。
「今日のお花は、おじさんの分だよ」
「出来るだけ、直ぐに枯らさないようにしてくれ」
レオンの言葉に、エルオーネがくすくすと笑う。
「大丈夫だよ、おじさんなら」
「だと良いんだが。サボテンに水をやり過ぎて枯らせていた人だからな」
「そんな事してたの?」
益々笑いが止まらなくなって、エルオーネは腹を抱えてその場にしゃがみこんでしまった。
丁度、箸が転がるだけで可笑しい年頃である。
笑いのツボにはまってしまったエルオーネに、レオンも伝染したようにくつくつと笑い出した。
そのままいつまでも笑っていられそうな二人だったが、岬の向こうから強い海風が吹いて、二人の頬を叩く。
先の優しい風とは違う強さに、二人は思わず目を閉じて、─────風が止んだ後、目を合わせて眉尻を下げた。
「早く帰りなさいって?」
「みたいだな」
此処でいつまでも笑っていたら、二人の帰りを待っている弟達を待ち惚けさせてしまう。
いつも一緒にいる筈の兄と姉がいない事に、弟はきっとそわそわとしているだろうし、父の帰りにこっそりと喜んでいた預かり子も、そろそろおやつの時間!と腹を空かせている頃だ。
二人はもう一度、小さな墓に向き合った。
刻まれた名を、其処に眠る大切な人の顔は、記憶の中でとても鮮やかに残っている。
「────いつか、スコールも連れて来てあげなくちゃね」
其処に眠る人達の顔を、小さな弟は知らない。
母の顔は写真が一枚残されているけれど、恐らく、それが“母”だと言う実感が湧かないのだろう。
リビングの窓辺に飾られた写真立を見ては、ことんと首を傾げて、不思議そうな顔で眺めている事がままあった。
写真すら残されていない父の事など以ての外で、最近ようやく、ティーダとジェクトを見て“父”がどんなものであるのか意識し始めている位のものだ。
この墓に眠っているのは、母だけだ。
父は戦争に行ったまま、帰って来なかった。
それでも、こうして二人の名が並んで刻まれているのを見ると、“二人”は今も一緒にいるのだと思える。
例えそれが、単なる自分達への慰めであるとしても、やはり、父と母には二人で一緒にいて欲しい。
二人一緒に、今も自分達を、まだ幼い弟を、見守ってくれているのだと。
──────ふわり、風が吹く。
それは、この岬にいる時にだけ吹く、優しくて温かい風。
「帰ろう、エル」
「うん」
岬に背を向ければ、その背を押すようにまた優しい風が吹いて、二人の足下の花を揺らす。
この風は、きっとバラムの街まで届くだろう。
二人が愛した、子供達の世界まで。
いつか二人揃ってお墓参りさせようと思ってて、折角なので父の日に。
他に母の日、二人の誕生日、レインの命日に行ってます。
嵐の日の翌日は、レオンがガーデン帰りに見に行ったり、時間の空いた休みの日には掃除(草むしりとか)してます。
レオン17歳、エルオーネ13歳。
バラムの岬に、小さな花畑が一つ、ある。
ぞれはずっと昔から其処にあるのだけれど、知っている人はごくごく僅かであった。
小さな花畑一つを見る為に、わざわざバラムから歩いて来るには少々遠く、かと言って車を出すような距離かと言われると、それ程でもない。
少し運動しようか、と思って散歩がてら遠出する分には丁度良い────かも知れないが、ただ散歩をするだけなら、バラムの街の中で十分だ。
途中で魔物に遭うかも知れない危険性を思うと、散歩には不向きである。
それがバグやケダチクと言った、凶暴性や危険度で言えば最弱ランクであるとは言え、魔物は魔物だし、あれらは肉食であるから、警戒するに越した事はない。
……こうした理由から、バラムの岬にわざわざ赴く者が少ない為、小さな花畑の存在も、ごく限られた人の中でのみ知られる事になったのだ。
エルオーネと二人、この数年ですっかり通い慣れた道を歩く。
実際の所、道らしい道はなかったのだが、二人の足取りは迷いなく、真っ直ぐと進んでいる。
「ジェクトさんがね。お土産持って行くなら、お酒にしろって言ってたの」
「それは…悪くはないだろうが、あの人に酒はちょっとな」
エルオーネの言葉に、レオンが苦笑して言えば、そうだよね、と彼女も笑う。
「弱かったんだよね、凄く」
「ああ」
「私もちょっと覚えてる」
くすくすと笑う少年と少女の声が、風に流されて、空に溶ける。
バラムの島の空は遠くまで晴れ渡り、抜けるような青色が広がっていた。
今日は日曜日なので、ガーデンの授業はない。
こんな時、必ず兄と姉の後ろをついて周る弟は、今日は豪快な男の下で、彼の息子と一緒に面倒を見て貰っている。
その所為か、なんとなく片手がスカスカとしているような気がするが、それも今だけの話だ。
岬の先端へと進む緩やかな坂道を上り切れば、其処には小さな黄色の花畑があった。
それは直ぐに終わってしまうような、本当に小さな花畑なのだが、レオンとエルオーネはこの花畑が好きだった。
幼い日、生まれ故郷で毎日のように世話をしていた、母の花畑とよく似ているから。
「一輪だけ、」
「……ああ」
レオンが頷くと、エルオーネは花畑の傍で膝を折り、先並んだ花々を見詰めた。
その中から一輪、綺麗に花弁を開かせた一輪を手に取り、ポケットに入れていたソーイングセットのハサミを取り出して、ちょきん、と茎を切る。
栄養を断たれた花は、きっと幾分もしない内に萎れてしまうだろうが、手折ってしまうよりは保つだろう。
そして枯れた花は、やがて虫達の栄養になり、自然に帰って命を巡り続ける。
エルオーネは花を両手で優しく包むように持つと、レオンを振り返った。
栗色の瞳が柔らかな光と、少しの寂しさを抱いているのを見詰めながら、レオンが歩き出す。
二人が向かう岬の先端には、小さな小さな、墓がある。
其処にはレオンとスコールの母であり、エルオーネにとって第二の母であるレインが眠っている。
彼女が逝去したのは、今から9年前の夏─────…スコールが生まれて間もない頃の事だ。
レオンもエルオーネも、二人の身柄を引き取ってくれたクレイマー夫妻も、そして当時、レオン達と同じように孤児院で暮らしていた子供達も、彼女の死にとても悲しんでいた。
レオンとエルオーネと、クレイマー夫妻だけでひっそりと葬式を済ませると、彼女の遺骨は、この岬へと埋められた。
此処なら子供達のいるバラムの街の全てが見える、バラムガーデンも見える、彼女が好きだった花もある。
だからレオンは、母の墓を、この岬にして欲しいとクレイマー夫妻に頼んだのだ。
小さな墓には、母の名前が印字で刻まれている。
その名前の直ぐ下に、手彫りで刻まれた文字があった。
「……やっぱり、二輪の方が良かったかな」
「そうか?」
「だって、二人一緒の方がおじさんは喜びそうだもん」
「でも、母さんが怒るかも知れないぞ」
「ふふ…それもそうだね。じゃあ、これ」
はい、とまるで其処にいる人に話しかけるように、エルオーネは花を差し出した。
ふわりと柔らかな風が吹いて、エルオーネの頬を撫でる。
ただそれだけの事なのだけれど、レオンとエルオーネは、その風がとても優しいものに感じられた。
レオンは、墓の傍らに添えてある、空のビンを手に取った。
持って来ていた水筒の蓋を開けて、軽く水洗いすると、新しい水をなみなみと注ぐ。
エルオーネが花を其処に活けて、レオンはビンを元の位置に戻した。
「今日のお花は、おじさんの分だよ」
「出来るだけ、直ぐに枯らさないようにしてくれ」
レオンの言葉に、エルオーネがくすくすと笑う。
「大丈夫だよ、おじさんなら」
「だと良いんだが。サボテンに水をやり過ぎて枯らせていた人だからな」
「そんな事してたの?」
益々笑いが止まらなくなって、エルオーネは腹を抱えてその場にしゃがみこんでしまった。
丁度、箸が転がるだけで可笑しい年頃である。
笑いのツボにはまってしまったエルオーネに、レオンも伝染したようにくつくつと笑い出した。
そのままいつまでも笑っていられそうな二人だったが、岬の向こうから強い海風が吹いて、二人の頬を叩く。
先の優しい風とは違う強さに、二人は思わず目を閉じて、─────風が止んだ後、目を合わせて眉尻を下げた。
「早く帰りなさいって?」
「みたいだな」
此処でいつまでも笑っていたら、二人の帰りを待っている弟達を待ち惚けさせてしまう。
いつも一緒にいる筈の兄と姉がいない事に、弟はきっとそわそわとしているだろうし、父の帰りにこっそりと喜んでいた預かり子も、そろそろおやつの時間!と腹を空かせている頃だ。
二人はもう一度、小さな墓に向き合った。
刻まれた名を、其処に眠る大切な人の顔は、記憶の中でとても鮮やかに残っている。
「────いつか、スコールも連れて来てあげなくちゃね」
其処に眠る人達の顔を、小さな弟は知らない。
母の顔は写真が一枚残されているけれど、恐らく、それが“母”だと言う実感が湧かないのだろう。
リビングの窓辺に飾られた写真立を見ては、ことんと首を傾げて、不思議そうな顔で眺めている事がままあった。
写真すら残されていない父の事など以ての外で、最近ようやく、ティーダとジェクトを見て“父”がどんなものであるのか意識し始めている位のものだ。
この墓に眠っているのは、母だけだ。
父は戦争に行ったまま、帰って来なかった。
それでも、こうして二人の名が並んで刻まれているのを見ると、“二人”は今も一緒にいるのだと思える。
例えそれが、単なる自分達への慰めであるとしても、やはり、父と母には二人で一緒にいて欲しい。
二人一緒に、今も自分達を、まだ幼い弟を、見守ってくれているのだと。
──────ふわり、風が吹く。
それは、この岬にいる時にだけ吹く、優しくて温かい風。
「帰ろう、エル」
「うん」
岬に背を向ければ、その背を押すようにまた優しい風が吹いて、二人の足下の花を揺らす。
この風は、きっとバラムの街まで届くだろう。
二人が愛した、子供達の世界まで。
いつか二人揃ってお墓参りさせようと思ってて、折角なので父の日に。
他に母の日、二人の誕生日、レインの命日に行ってます。
嵐の日の翌日は、レオンがガーデン帰りに見に行ったり、時間の空いた休みの日には掃除(草むしりとか)してます。