[サイスコ]君はいつでも言葉が足りない
サイファー誕生日おめでとう!
エスタでの魔物討伐の仕事を終えて、一週間ぶりにバラムガーデンへと帰還したサイファーは、苛々とした足取りで指揮官室へと向かっていた。
その眉間には、バラムガーデンのSeeDが誇る指揮官にも負けず劣らずの皺が刻まれ、それを見た生徒達は、触らぬ神に祟りなしとそそくさと道を開ける。
元より、魔女戦争で魔女の尖兵としてガルバディアを指揮したサイファーを厭う生徒は少なくなく、彼に遠慮なく声をかけられる人間などごくごく限られた者のみであったが、そうした人々も今日ばかりは近付き難さを感じていた。
実際、彼の帰還を喜んで出迎えに言った筈の風神と雷神も、カードリーダーを通る以前から厳めしい顔をした彼に声をかけるのを躊躇った程だ。
風神と雷神の出迎えには、僅かに頬を緩めたサイファーだったが、報告書の提出に行くからと別れた後は、また顰め面に戻った。
それから、元学園長室を改修して作られた指揮官室に辿り着くまで、それは解かれる事はなく─────
「─────クソッたれ!おいスコール!」
渋面を般若の形相に変え、サイファーは怒声と共に指揮官室の扉を蹴り開けた。
その部屋の専用デスクに、常に張り付いて紙面と睨み合っている幼馴染兼恋人に一言文句を言ってやる為に。
しかし、サイファーを出迎えたのは青灰色の瞳ではなく、自分とよく似た碧色のみだった。
「あら、お帰りなさい、サイファー。遅かったわね」
「……ちっ、センセーだけかよ……っつか、遅かったとはなんだ。これでも朝一の便で帰って来たんだぞ、俺は。我儘指揮官の命令のお陰で!」
室内には、指揮官であるスコールのものと、補佐官を任命されたサイファーとキスティスの為のデスクがある。
キスティスは自分のデスクについて、書類の山の整理をしていた。
ちなみに、いつも彼女と同じ程度に紙に埋もれているスコールのデスクは、その持ち主の不在に合わせたように何も置かれていない。
サイファーは、ずかずかと彼女に近付いて、書類に埋められたデスクに拳を叩きつける。
整えられていた紙束がはらはらと舞い飛ぶのを見て、キエスティスは溜息を吐いた。
「折角整頓したって言うのに。またやり直しじゃない。貴方、やっておいてくれるの?」
「……センセー。俺ぁ今、最高に機嫌が悪いんだ。我儘指揮官様は何処にいる?言わねえとあんたでも何をするか判らねえぜ」
「相変わらず物騒ね」
腰に差したままのガンブレードの柄に手を当て、凄むサイファーだったが、キスティスからの反応は淡白なものであった。
ゼルやアーヴァインではないのだから、そんなものだろうとはサイファーも予想していたが、此処までけろりとした反応をされると、些か癪に障る。
苛立ちがピークであるから、尚の事。
ぎりぎりと歯を噛んで睨むサイファーに、キスティスは「…冗談よ」と言って、かけていた眼鏡を外した。
「スコールなら寮よ」
「重役出勤かよ。人にさっさと帰って来いって命令しておいて、暢気なもんだな」
サイファーは、昨日までエスタで月の涙により発生した魔物群の討伐任務に出ていた。
月から落ちて来た魔物たちは、いつの間にかエスタの地のあちこちに根付いている種も少なくないらしく、これによってエスタ周辺の魔物の生態系にも異変が及んでいるものもあった。
以前は単体行動でのみその姿が確認されていた魔物が、群れを率いた行動を取るようになったり、放浪する筈の魔物が巣を作っていたり。
今回、サイファーの任務は、エスタ大陸東部の魔女記念館近辺で確認された、クァールの巣と、群れを成して人を襲うエルノーイルの駆逐だった。
サイファーの他にも数名のSeeDがこれに同行していたが、サイファーはそれらを戦力として数えてはいなかった。
SeeD達は専ら情報処理諸々に宛がわせ、サイファーは単独で魔物の駆除を遂行しており、事は順調に片付けられていった─────が、本来ならこの任務は、明日の午後までに終えれば良いスケジュールであった。
だからサイファーもそのつもりで行動しており、巣や群れの位置の確認、魔物の数の把握などを順当にこなし、今後の予定を立ててていたのだが、一昨日になって、一通のメールがその予定をすべてご破算にした。
メールはSeeD指揮官であるスコールからのもので、『今日、或いは明日中に任務を終えて即時帰還せよ』と言うものであった。
三日分のスケジュールを一気に短縮させた上、片道数時間はかかる任務地から、即日で帰って来いとは無茶な話だ。
ラグナロクがあれば話は別だが、現在この機はスコールがエスタ大統領から譲り受けたものと鳴っており、所持はバラムガーデンが預かっているものの、動かすにはスコールの許可がいる。
その上、現在はセルフィがトラビアへの足として使用した為、手元にない。
サイファーは直ぐに通信を繋いで「無茶言うな!」と怒鳴り付けたが、スコールからの反応は一貫して「良いから帰れ」と言うものだった。
ちなみに即日期間を命令されたのはサイファーだけで、他のSeeDはエスタで二日間の休暇を許されている。
─────そんな無茶な命令を見事に遂行して帰って来たが為の、サイファーの超絶不機嫌である。
恋人の我儘と言うものは、赦してやるのが男の役目(相手も男なのだが)とは思うが、極稀に見せてくれる可愛らしい我儘ならともかく、こんな無茶はサイファーとて寛容出来るものではない。
それでも律儀に任務を完了させたのは、それ位こなせなければ、スコールは自分の文句など聞かないだろうと思ったからだ。
そして疲労でガタガタの体を引き摺り、ようやっと帰還し、さあ積もり積もった苛立ちを全部ぶつけてやろうと思ったら、本人不在とは。
サイファーは昇華できない苛立ちの度合いを示すように、ゴツゴツと床を蹴った。
キスティスはそんなサイファーを横目に見て、散らばった書類を集めて整え、
「いつも朝から晩まで書類と仲良しやってるあいつが、今日に限って重役出勤。俺への嫌がらせか?これは」
「さあ、どうかしら」
キスティスからの返事は素っ気ない。
補佐官として、仕事中は殆どスコールと一緒にいる筈のキスティスである。
自らを“スコール研究家”と称するキスティスが、スコールの唐突な我儘の理由に気付いていない筈がないのだが、彼女はそれをサイファーに説明するつもりはないらしい。
サイファーは舌打ちすると、手の中で握り潰していた報告書をデスクに投げた。
足早に指揮官室を出て行くサイファーに、キスティスは行ってらっしゃい、と投げかけて、
「てっきり、途中で思い出して帰って来ると思ってたけど。まぁ、スコールもこの前まで忘れてたみたいだし、お互い様ね」
静かになった指揮官室で零れた言葉を、彼は知らない。
再び、ずんずんとガーデンの廊下を歩くサイファーを、また生徒達はそそくさと避けて歩く。
今のサイファーには、そんな生徒達の反応さえも苛立ちの材料になる。
が、彼らに何の罪もないのは判っているので、只管口を引き結んだまま、サイファーは早足で進む。
数日振りに戻った寮内は、静かなものだった。
人の気配も殆ど感じられないので、生徒の殆どは寮外にいるのだろう。
カツカツと足音が嫌に響くのを聞きながら、サイファーは目当ての人物の部屋まで来ると、暗記しているパスワードを押して扉のロックを解除した。
「おい、スコール!てめぇ、我儘も大概に─────」
指揮官室を蹴り明けた時と同じ音量で、サイファーは怒声を上げた。
しかし、それは最後まで紡がれる事なく、半端な所で途切れる。
珍しくも重役出勤らしい恋人がいる筈の部屋は、がらんと無人になっていた。
ベッドには布団がダマになっているので、使った様子はあるが、他は全く使われた形跡がない。
基本的に寝て起きるだけ(たまに読書をしたり、ガンブレードやカードを弄ってはいるようだが)の自室なので、生活感が感じられないのは今更だが、平時、暇があればごろごろと惰性に過ごしているベッドにすら彼の姿がないのには、サイファーも頭を掻くしかない。
「……何処行きやがった、あの野郎」
本日二度目の舌打ちをして、サイファーは恋人の部屋を後にした。
まさか、バラムの街に遊びに行ってるとかじゃないだろうな。
休みとなると、出不精のスコールは何処にも行かずに部屋で常の睡眠不足を取り戻すかのように惰眠を貪るのが常であった。
それを思うと、街に繰り出すと言うのは考えられず、じゃあ訓練施設か、とサイファーは見当をつけた。
だとしたら、怒鳴りつけてやりたいのは山々だが、訓練施設の魔物を一々相手にする気にはなれなかった。
取り敢えず、一度寝たい。
この二日間のハードスケジュールの所為で、体のあちこちが悲鳴を上げているのだ。
若く、体力にも自信のあるサイファーだったが、流石に一日でクァールの巣の排除とエルノーイルの群れを駆逐するのは重労働だった。
寝てしまったら、文句も苛立ちも勝手に昇華されてしまいそうなので、今後また同じような無茶を振られない為にも、この苦労をぶつけてやりたかったのだが、悉く出鼻をくじかれた所為で、そんな気力も萎えて来た。
「ったく、これだから……」
何時まで経っても俺が苦労させられるんだ、と。
彼が覚えていないであろう、幼い頃からいつまでも変わらない手のかかる恋人に、サイファーは溜息を吐いた。
何やら、一気に増したような気がする両肩の重みを抱えつつ、サイファーは自室前に辿り着いた。
其処で違和感を感じ、ロック用の電子パネルに触れようとしてた手が止まる。
ロック時は赤く光っている筈のパネルが、青く光っている。
かけ忘れたか、と思ったサイファーだったが、確かにロックはかけて行った筈だと記憶している。
パスワードは各自の部屋で設定が可能なので、寮生であっても、サイファーの部屋に入れる者は限られる。
その限られる人物は、サイファー以外を除けば、一人しかなく。
「スコール─────」
ドアを開けて、其処にいた人物の姿に、サイファーは呼ぶ声を途中で切る。
そして、ドアの端に寄り掛かって、今日何度目かの溜息が漏れた。
スコール程ではないにしろ、趣味が少ないサイファーらしく、無駄なものの少ない部屋の中。
白が基調にされた部屋の中で、丸く蹲っている猫が一人。
いつも着ている、獅子の鬣を思わせるファーのついたジャケットはなく、黒のインナーシャツとジーンズのみ。
青灰色の瞳は瞼の裏に隠れていて、家主が戻って来たにも関わらず、開かれる様子はない。
なんで此処にいるんだ、とサイファーは胸中で呟いて、部屋に入る。
ベッドの上で蹲るスコールは、まるで寒さに耐えるかのように蹲るその姿に、布団ぐらい被れば良いものを、と思う。
遠慮をしたのか、それとも少し休むつもりで横になって、そのまま眠ってしまったのか────多分後者だろうなと思いつつ、サイファーはテーブルの上に荷物を置こうとして、其処に並べられたものを見て、動きを止めた。
ファンシーな柄で彩られたボックスと、その傍らに置かれた小さな黒の箱。
対照的なその二つから、黒の箱を手に取って、蓋を開ける。
「……は。そういう事かよ」
苛立ちが消えて、浮かんで来るのは苦笑。
命令と言う形でしか、自己の我儘を表現できない、不器用な恋人。
せめて一言言えば良いものを、それだけできっと、こんなにも怒りはしなかったのに。
ただ早く帰ってやろうと、我儘な恋人の願いを叶えてやろうと思っただろうに。
全く、可愛げがない。
けれど、そういう所がまた、放って置けない。
荷物を床に放り投げて、ベッドに蹲った恋人の傍に、音を立てないように腰を下ろす。
柔らかなダークブラウンの髪を撫でてやる。
─────テーブルの上、小さなメッセージカードの隣で銀色の指輪が光っていた。
サイファー誕生日おめでとう!
サイファーも帰還の為に頑張りましたが、実はスコールも書類全部片付けて一日開けられるように頑張りました。
基本的に物騒なのに、それでも甘々(多分)な二人。
うちのスコールが一番対等で一番我儘になれるのはサイファーかも知れない。