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2014年03月14日

[絆]ちびっこたちのホワイトデー

  • 2014/03/14 21:44
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絆シリーズでホワイトデー。
ちびっ子たち頑張る。
[ひみつのやくそく]から続いています。

はじめてのおかえし
  ┗はじめてのじゅんび 1


いつも見守ってるつもりでいても、いつの間にか成長している部分ってあるものです。
こんなこと出来るようになったんだ、とか、そんな事考えるようになったんだ、とか。
子供の成長って、周りが思っていたり感じていたりするよりも、実はずっと早いんだなぁ。

こうしてお返しして、お返しのお返しして、お返しのお返しのお返し……と言う形で続いて行くんだと思います。
仲良し兄弟。

[絆]はじめてのじゅんび 2

  • 2014/03/14 21:13
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スコールのチョコレートが全て溶け終わり、それから程無くして、ティーダのチョコレートも溶け切った。
ゴムベラで掬うと、とろーん、と真っ直ぐボウルに落ちて行くチョコレートを見詰める子供達を横目に、イデアは買い揃えて置いたチョコレート用の小さなカップを用意する。


「スコール、ティーダ、チョコレートを持ってこっちにいらっしゃい。落とさないようにね」
「はい」
「はーい」


二人はボウルを鍋から上げて、調理台の反対側に立っていたイデアの下へ。
スコールが布巾で濡れたボウルの底を拭くと、ティーダも同じく綺麗に拭いて、台に置く。

イデアは、二人にスプーンを差し出して、


「溶けたチョコレートを、このカップに移します」
「はぁい」
「少しずつね。冷めたらチョコレートは固まってしまうけど、また温めれば溶けるから、焦らなくて大丈夫よ」
「よーしっ」


イデアが一つ、二つとチョコレートを移して見せると、子供達はそれを真似て作業を続ける。

イデアが用意したチョコカップは、一口サイズの小さなもの。
細かい作業が苦手な所為か、ティーダは度々チョコレートを零したり溢れさせていたが、根気強くボウルの中身がなくなるまで作業を続けた。
スコールの方は慎重すぎる程で、あまりにゆっくり作業をするので、途中でチョコレートが固まってしまった。
どうしよう、と困った顔をするスコールを宥め、イデアはチョコレートをもう一度温めて溶かし、またスコールに委ねる。

20枚用意していたチョコカップは、全部で15枚を使った所で、溶かしたチョコレートはなくなった。
チョコレートは、始めに移したものは固まり始めているが、最後に移したものはまだ温かく溶けたままだ。
イデアはチョコカップをバットに移し並べ、冷蔵庫へと運んだ。
子供達がついて来る気配を感じつつ、バットを冷蔵庫の中に納め、蓋を締める。


「これで冷えて固まったら、完成よ」
「おいしく出来る?」
「ちゃんと固まる?」
「ええ、大丈夫。後で一つずつ、味見してみましょうね」
「はーい!」


チョコレートが固まったら、ラッピング袋に入れて、プレゼント用に整えるのだ。
その前にイデア達は、菓子作りに使った調理器具を綺麗に洗い、チョコレートが冷えて固まるまで小休止する事にする。

温かなホットミルクティーを飲みながら、スコールとティーダはちらちらと冷蔵庫を見遣る。
冷蔵庫の中なら、チョコレートは程無く固まってくれるだろう。
よく菓子を作っているイデアは、それを知っていたが、もう少し子供達との時間を楽しみたくて、淹れた紅茶を飲み終わるまでは、二人には辛抱して貰おう。

ミルクティーを飲んでいたスコールが、くんくん、と自分の手に鼻を近付ける。


「僕の手、チョコのにおいする」
「オレの手もするよ、チョコのにおい」


甘い匂いのついた自分の手を、スコールとティーダはくんくんと嗅いでいる。


「なんかおいしそう」
「スコールの手、どんな味するの?」
「僕、食べ物じゃないよ」
「判んないぞ。今だったら食べれるかも!」
「やぁー!」


食べちゃダメ、とスコールが逃げ出し、ティーダが追い駆ける。
二人は大きな調理台の並ぶ教室の中で、あっちへこっちへ動き回り、スコールは机の陰に身を隠して縮こまり、ティーダは彼に見えないように机を大回りしながら、足音を忍ばせてスコールを追い詰める。

イデアは、元気の良い子供達を眺めながら、三日前の事を思い出していた。
スコールとティーダは、木曜日の昼休憩の時間に学園長室を訪ね、イデアに「お菓子の作り方を教えて!」と言った。
なんでも、先月のバレンタインデーの時、兄と姉が作ってくれたチョコレートケーキのお返しがしたいのだと言う。
もう直ぐホワイトデーなので、その日に合せて渡せるように、先に作って起きたかったらしい。
しかし、まだまだ自分達だけでお菓子作りなど出来ないし、かと言って内緒でお返しを準備したい彼等は、兄姉を頼るのも嫌がった。
内緒で作るとなると、家でお菓子作りをする事も難しい。
其処で二人は、いつも兄や姉と同じく、いつも美味しいお菓子を作ってくれるイデアの事を思い出し、頼りに来たのである。

彼等が自分を頼ってくれた事、思い出してくれた事を、イデアは嬉しく思っていた。
それと同時に、いつまでも幼く思えていた小さな子供達が、誰かの為に何かをしたい、と思う程に成長していてくれた事が、とても嬉しかった。

イデアは空になったティーカップをソーサーに戻すと、腰を上げた。
冷蔵庫に向かうイデアを、追い駆けっこをしていたスコールとティーダも気付き、後を追う。


「できた?」
「もうできた?」


わくわくとした声で訊ねて来る子供達に笑い掛け、イデアは冷蔵庫を開ける。
チョコレートの匂いがふわりと漂うのを感じながら、バットを取り出せば、綺麗に艶を浮かべたチョコレートカップが出てきた。


「さあ、出来ましたよ。皆で味見をしてみましょう」
「オレ、これにする」
「僕、こっち」


スコールとティーダが選び、チョコレートを包んでいるカップを剥ぐ。
イデアも一つ選んで、スコール達と一緒に、一口サイズのチョコレートを口の中に入れた。

ころん、と口の中で転がせば、とろりと溶ける甘い甘いチョコレート。


「あまーい!」
「おいひぃ」


上手に出来た事が嬉しいのか、味見でも甘いお菓子にありつたのが嬉しいのか。
恐らくその両方だろう、スコールとティーダは嬉しそうに口の中でチョコレートを転がす。

他人からしてみれば、市販のチョコレートを溶かして固め直しただけの、普通のチョコレートだ。
しかし、小さな子供達が、初めて自分達で大好きな人達の為に頑張って作ったお菓子である。
子供達にとっても、彼等の母親であるイデアにとっても、このチョコレートは特別なものだった。


「うん、美味しく出来たわね。じゃあ、これを綺麗に包みましょう」


イデアに褒められ、スコールとティーダは照れるように頬を赤らめながら、調理台へ戻る。
用意して置いたラッピング用の袋を広げ、スコールとティーダの手で、チョコレートはプレゼント用に包装されて行く。


「出来上がったら、渡す日まで、私が預かっておくわね」
「うん」
「レオンとエル姉にバレない所にちゃんと隠してよ」
「ええ、勿論。びっくりさせるんですものね」
「うん!」
「じゃあ、私とシドの部屋に隠しておくから、渡す時には取りにいらっしゃい」
「シド先生とママ先生のお部屋?」


確かめるスコールの言葉に、イデアは頷く。
判った、とスコールとティーダも頷いて、包装の手を再開させる。

味見で3個食べたので、残っていたチョコレートは12個。
スコールとティーダは、一つの袋につき、3個ずつチョコレートを入れていた。
そうして出来上がるプレゼントは、全部で4つ────兄と姉にそれぞれ一つずつあげるのだろうな、とイデアは思っていた。

が、全てのプレゼントを作り終えると、スコールとティーダはそれぞれ一つを持って、イデアに差し出す。


「ママ先生。これ、ママ先生のぶん」
「え?」
「作るの、手伝ってくれたお礼!」


目を丸くしたイデアに、スコールとティーダはきらきらと眩しい笑顔を浮かべて見せる。

思いも寄らなかった子供達の言葉に、イデアはしばし呆然としていたが、やがて口元が笑みに緩む。
伸ばした手は、差し出されたプレゼントを素通りして、その両手で子供達を抱き締めた。
子供達は少しの間きょとんとしていたが、頭を撫でる母の温もりを感じて、笑い合う。



ありがとう、と笑って受け取ったチョコレート。

嬉しそうに笑う愛しい子供達を見て、彼等の母親になれて良かったと、イデアは思った。





いつだってその成長を見守っているつもりだけれど、いつの間にか育っている事もある。
その育っている部分に気付いた時の喜びと言ったら。

お兄ちゃんとお姉ちゃんには、珍しく二人で「遊びに行ってくる!」って言って、内緒でガーデンに来たそうです。
で、この時のお返しに、ママ先生はケーキを作って、チョコを取りに来た二人にお返ししたのです。

[絆]はじめてのじゅんび 1

  • 2014/03/14 21:07
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とある日曜日の午後───バラムガーデンの家庭科用の調理室にて、イデア・クレイマーはとある子供達の到着を待っていた。

班グループになって、複数人数での調理実習が行えるように、調理室には10人程度で囲める大きさの、コンロやシンク付の調理台が並べられている。
イデアはその一角を借り、机の上にボウルやゴムベラ、鍋を揃え、その横にギフト用に使われるラッピングセットが置いてある。
そして教室の隅の冷蔵庫の中には、授業で使用される各種調味料の他、家庭科部が部費で買った食材が収められているのだが、今日は其処にイデアが用意した食材も入っている。

イデアは普段、バラムガーデンの三階フロアにある学園長室で過ごしており、子供達の為に用意する手作り菓子の材料や調理器具の類も、其方に揃えられている。
水回りやコンロも全て整っているので、イデアがプライベートで行う料理の為に、ガーデンの施設を借りる事は先ずない。
が、今日はいつもと少々事情が異なる為、此処を借りる事にしたのだ。
色々と汚しては面倒なものが誂られている学園長室と違い、此処なら掃除も簡単だし、作業スペースも広いので、複数人が余裕を持って作業する事が出来るだろう。

これで準備は万端、後は約束した時間が来るのを待つのみ────だったのだが、その時間よりも随分と早いタイミングで、件の子供達はイデアの下へ現れた。


「ママ先生、こんにちは!」
「こんにちはー!」


挨拶は人と人とを繋ぐ基本、決して欠かさない事。
育ての母の躾をしっかり守って、子供達───スコールとティーダは、扉を開けると同時に、元気の良い声で挨拶をした。

ふんわりとした濃茶色と、太陽を思わせる眩い蜜色に目を細め、イデアも挨拶を返す。


「こんにちは、スコール、ティーダ」
「ママ先生!」
「せんせー!」


膝を折って目線の高さを合わせるイデアに、スコールとティーダが駆け寄る。
ぎゅうっと抱き着いて来た二人を受け止め、イデアは愛しい子供達の頭を撫でた。

じゃれる子供達を一頻りあやして、イデアは子供達から手を離す。


「さあ、始めましょうか」
「はい!」
「うん!」


イデアの言葉に、スコールとティーダは力強く頷いた。

スコールとティーダは、背負っていた鞄を下ろすと、エプロンを取り出して身に付けた。
背中の紐はまだ自分で上手く結べないようで、それぞれ交代で結んでいる。
イデアもいつも使っている黒のエプロンを身に着けて、教室隅の冷蔵庫へ向かった。

イデアが冷蔵庫から取り出したのは、まだ封を切っていない四枚の板チョコ。
何処ででも売っている、ガーデンの購買にも置かれている普通のチョコレートである。


「スコールとティーダは、お料理の授業はした事があるのかしら」
「やった!」
「カレー、作ったんだよ」


二人の言葉に、そう、とイデアは笑みを浮かべる。


「じゃあ、包丁も使った事があるわね」
「うん」
「人参とじゃがいも、切ったんだ」
「上手に切れた?」


イデアの質問に、スコールとティーダは揃って頷いた。

それなら、料理中にやっては行けない事や、火を使っている時の注意点も聞いているだろう。
料理中の兄や姉にじゃれ付くのもいけないと覚えているし、近頃は兄や姉の料理の手伝いを申し出る事もあると言う。
とは言え、何かと過保護な長兄の事、あまり危ない事や、慣れない事はさせていないのは想像に難くない。

イデアは板チョコをまな板の上に置いて、自分を挟んでまな板を覗き込んでいる子供達を見た。


「先ずは、チョコレートを細かく砕きましょう」
「砕くの?バラバラにする?」
「ええ」
「はーい」


チョコレートの封を切った二人は、イデアの手元を見ながら、作業を真似する。

板チョコは3×5のマスのブロックになっているので、継ぎ目で力を入れれば簡単に割れた。
そのまま手でぽきり、ぽきりとブロックを割って行く。
本当は細かく刻んだ方が溶けるのも早く、ダマになる事もないのだが、固いチョコレートを包丁で切るのは骨であるし、子供達に任せるには、まだまだ危なっかしい気がした。
手で砕くだけでもチョコレートはそれなりに細かく出来るし、ゆっくりじっくりと溶かせば、失敗する事もないだろう。

出来るだけ細かくしようと思ってか、スコールとティーダは一所懸命、指先に力を入れてチョコレートを砕いている。
そろそろ手作業では無理だろうと言う大きさになっても、うんうん頑張る二人を見て、イデアはくすりと笑った。


「もう良いですよ、二人とも。さ、チョコをこのボウルに入れて」
「はーい」
「溶けたチョコ、手についちゃった」


二つ並んだボウルをそれぞれ一つずつ使い、チョコレートを移して行く。
その途中で、ティーダが指先についたチョコをぺろりと舐める。
お行儀が悪いですよ、とイデアが言葉だけで叱ってやると、ティーダは舐めた手を背中に隠して、エプロンでごしごしと拭いた。

イデアは鍋に水を入れ、コンロに置いて、火をつける。


「こうやって、お水を沸かせて……」
「チョコ、どうするの?」
「入れるの?」
「お湯の中に入れちゃうと、固まらなくなってしまうのよ」


じゃあどうするの?と揃って訊ねる子供達。
イデアは、湯が沸騰した所でコンロの火を止め、チョコレートを入れたボウルを手に取って、鍋の上にそれを置く。
ボウルの大きさは鍋の大きさとぴったりで、鍋はボウルで蓋をする形になった。


「こうすれば、チョコレートに直接お湯を入れないで、溶かす事が出来るの」
「なんか、レオンとエル姉がやってるの、見た事ある気がする」


ティーダの言葉に、スコールが僕も見た、と頷く。
レオンとエルオーネは、弟達に菓子を手作りしているので、スコール達がその作業工程を見た事もあるだろう。

ボウルが温まり、熱を伝えて、チョコレートを溶かして行く。
イデアはゴムベラでゆっくりとチョコレートを掻き混ぜ、万遍なく溶けるように促す。
バラバラだった小さなチョコレートの塊が、とろりとした液状になって行くのを見ながら、イデアはスコールにゴムベラを持つように促した。


「さあ、スコール。やってご覧なさい。ボウルとお鍋は熱くなっていますから、火傷しないようにミトンを付けて」
「はい、ママ先生」


イデアに言われ、スコールは調理台の横に吊るされていた調理用ミトンを手に取る。
まだ幼いスコールには大きなミトンで、両手に着けるとゴムベラが持てなくなってしまうので、ボウルを支える左手だけに着用する事にした。

スコールはミトンのつけた左手でボウルを持ち、ゴムベラでぐるぐるとチョコレートを混ぜる。
バラバラだったチョコレートは、溶けた分を接着剤にしてくっつきあい、凸凹の塊になって行く。
それがまた溶けて行き、とろりとして行くのを、スコールは楽しそうに見詰めながらゴムベラを動かしていた。
そんなスコールの傍らで、やる事がないティーダが羨ましそうに見詰めている。

イデアはもう一つ鍋を出して、水を入れる。


「ティーダ、こっちはあなたの分よ」
「!」


イデアの声を聞いて、ティーダがぱっと破顔した。

調理台には、一つにつき二つのコンロが設置されているので、スコールとティーダが同時進行で作業する事が出来る。
イデアは先と同じように、沸騰した湯の上にボウルを被せ、新しいゴムベラでゆっくりと混ぜて行く。
一番下のチョコレートが溶け始めたのを確かめて、イデアはゴムベラをティーダに譲った。




≫2

[絆]はじめてのおかえし

  • 2014/03/14 20:58
  • Posted by


自分達の授業が終わると、いつも真っ先に姉の教室の前に来ていた筈の弟達が、何処にもいない。
可笑しいな、と思いつつ、エルオーネは一先ず弟達の教室へと向かった。
しかし、其処にいた弟達のクラスメイトは、彼等は既に帰った───教室を出て行った───と言う。
なんでも、授業終りのホームルームが終わるなり、一目散に帰って行ったとの事だが、これにエルオーネは益々可笑しいな、と思った。

エルオーネは、初等部の教室群を彼等のクラスに近い所から順に覗いて、弟達の姿を探す。
グラウンドや中庭で遊んでいるのかも知れない、と思って足を運んでみたが、それらしい影は見当たらなかった。
携帯電話を持たせて置けば良かったかな、と思いつつ、目撃証言を探してみると、何人かの生徒が、初等部の子供二人が揃ってエレベーターで上階に上って行ったのを見たと言う。
教室のあるフロアから更に上となると、あるのは教員室と学園長室だけだ。
ママ先生の所かも、と思い至って、エルオーネも学園長室へと向かうと、エレベーターを降りた所で、二人の子供が学園長室の前に立っていた。

イデア・クレイマーが手を振り、それに手を振り返している二人を見て、ほっと安堵の息を吐く。
心配した事を叱る事はしなかったが、二人の口の端には、チョコレートの食べカスがついていて、これだけはずるいなぁ、と丸い頬を軽く引っ張ってやった。

それが、今日の夕方の事。


「大変だったな」


放課後のアルバイトを終え、帰宅して遅い夕食を食べていたレオンは、愚痴混じりに話す妹に、眉尻を下げてそう言った。
エルオーネは本当だよ、と呟いて、両頬杖を突いて顔を剥れさせる。


「何処に行ったんだろうって心配してたのに、ママ先生の所でチョコレートケーキ食べてたんだって。私も食べたかったのに」


イデアが作るチョコレートケーキは、絶品物である。
子供が好む甘いチョコレートケーキなのだが、チョコクリームはふんわりと柔らかく、所々に細かく砕いたチョコチップが混ぜ込んである。
スポンジ生地はコーヒーを混ぜてあるので、ほんのり苦味が感じられるが、生クリームが甘く作られているので丁度良い。
頭には季節ごとの美味しいフルーツが乗っていて、今日は苺が乗っていたとの事。
今日スコールとティーダが食べたのはカットされたケーキだったが、孤児院にいた頃はその月々の誕生日ケーキも兼ねられていたので、ホワイトチョコのメッセージプレートが添えられている事もあった。

甘くて美味しい、でもほんの少し大人の香りもする、イデアが作ったチョコレートケーキ。
スコール達だけでずるい、と呟くエルオーネに、レオンはくつくつと笑う。


「食いしん坊だな、エルは」
「……そんなのじゃないもん。ただスコール達ばっかりずるいって思ってるだけ」


唇を尖らせるエルオーネに、レオンは益々笑う。
意地っ張りな妹の様子がツボに嵌ったのか、声を張り上げて笑う程ではないが、彼は長い間笑っていた。

余りにも兄がいつまでも笑うので、エルオーネは益々むっつりとした顔になって、今日の夕飯のメインだった厚手のハムステーキが乗ったプレート皿を取り上げた。


「おい、エル」
「レオンが笑うのが悪いの」
「悪かった。返してくれ、結構腹が減ってるんだ」


降参宣言をするレオンに、エルオーネは取り上げた皿を元の位置に戻す。
が、レオンはそれに手を付ける前に、テーブルを立った。


「忘れる訳に行かないから、今の内に渡して置こう。ママ先生から預かってるものがあるんだ」
「ママ先生から?」


キッチンに向かうレオンを、エルオーネは目で追った。

何だろう、と首を傾げている間に、レオンは小さな持ち手付きの箱を持ち出してくる。
それは、夕飯の前にエルオーネが冷蔵庫を開けた時から入っていたものだった。
妹弟から送れて帰って来たレオンが手にしていたものだったので、レオンのものなら断りなく触るまいとしていたものだ。

レオンは箱をテーブルに乗せて、可愛らしい猫のシールの貼られていた封を切る。
開けられた箱をエルオーネが覗き込んでみると、チョコレートのショートケーキが二つ並んでいた。


「レオン、これ、」
「ああ。ママ先生の作ったケーキだよ」


レオンの言葉に、エルオーネの目がきらきらと輝いた。
そんな妹の様子に、やっぱりまだまだ子供だし、女の子なんだな、とレオンはこっそり笑みを零す。


「スコールとティーダは、ママ先生の所で食べたから、これは俺とエルの分だそうだ」
「本当?いいの?」
「ママ先生本人から、そう言って渡されたんだ。バイトの前はスコールとティーダもいたから、見せられなかったけど。二人が見たら、きっと羨ましがるだろ?」


先に食べていたから我慢しなさい、と言えば二人は大人しくなるだろうが、必死で我慢している円らな瞳の熱視線と言うのは、意外と応えるものがある。
だから、アルバイトが終わって、弟達が寝付いた後に見せようと思っていたのだ。

早速食べようと、エルオーネは皿とフォークを用意する為、席を立つ。


「レオンも食べる?」
「夕飯を食べた後にするよ」
「じゃあ、これは冷蔵庫に仕舞っておくね」


常温にしておくと、折角のイデアのケーキの美味しさが損なわれてしまう。
頼むよ、と言ったレオンに頷いて、エルオーネはケーキボックスを揺らさないように両手で持って、キッチンへと運んだ。

それにしても、どうして急にママ先生はケーキを作ってくれたのだろう。
食器棚からケーキプレートとフォークを取り出しながら、エルオーネhあ首を傾げた。
週末にイデアが兄妹の下を訪れ、持参した手作りクッキーを食べながらティータイムを楽しむ事はあるが、放課後のガーデンの学園長室でケーキが振る舞われるのは珍しい。

そんな事を考えつつ、ケーキと並べる紅茶をどれにしよう、と茶葉の並んだキッチンボードを眺めていると、


「どうした、スコール、ティーダ。もう寝たんじゃなかったのか?」
「んぅ……」
「まだ眠くないー」
「スコールは寝そうだけどな」


くすくすと笑う兄と、眠くないもん、と言う、文字通り眠気の無い声と、言葉に反して何処かぼやけている声を聞きつつ、エルオーネはリビングに顔を出す。
其処には、二階に繋がる階段の前で、目を擦っているスコールと、ぱっちりと目を開けているティーダがいた。

エルオーネは手に持っていた紅茶の缶をキッチンに置いて、キッチンから出る。


「どうしたの、二人とも。夜更かしは駄目だよ」
「うん。後でちゃんと寝る」
「でも、寝る前に、わたすもの……」


スコールはこしこしと目を擦りながら、右手に持っていた物をレオンとエルオーネに見せる。
ティーダも背中に隠していた物を差し出し、二人の前に掲げた。

弟達が持っていたのは、白と水色の水玉模様があしらわれ、口を扇の形で絞ってモールで閉じた、ラッピング袋だった。
模様の所以外は透明なので、きらきらとしたものが入っているのが見える。
光っているのは、赤や青や緑色のアルミカップで、所々に何かが零れたまま固まっているのが判った。

これは一体───とぽかんと呆ける兄と姉を見て、ティーダがにーっと笑う。
ティーダは、隣で目を擦っているスコールの脇腹を、つんつんと肘で小突いた。
ほら、早く、とティーダが小声で急かすのを聞いて、スコールはうん、と頷き、目を擦っていた手を下ろし、


「んっと……お兄ちゃん、お姉ちゃん、バレンタインデーのチョコレート、おいしかったです」
「今日は、ホワイトデーで、バレンタインデーのお返しをする、日だから、チョコレートを作りました!」
「いつも、おいしいお菓子、ありがとうございます」
「僕たちからの、お礼です!」
「「受け取って下さい!」」


きっと何度も練習したのだろう。
一言一句を間違えないように、思い出しながらゆっくりと、最後には声を揃えて二人は言った。
両手できちんと持ったチョコレートを、それぞれスコールはレオンに、ティーダはエルオーネに差し出しながら。

レオンとエルオーネは、少しの間、ぽかんとした表情で弟達を見詰めていた。
ホワイトデー────そう言えばそんな日もあった、とエルオーネはぼんやりと考え、それでママ先生がチョコレートケーキを作ったのか、と合点する。
スコールとティーダは、そんな兄と姉を、緊張と期待の入り交じった表情で見詰めていた。

エルオーネがレオンを見ると、レオンもエルオーネを見ていた。
段々と今の状況への理解が追い付いて、二人は顔を見合わせたまま、どちらともなく小さく噴き出す。
くすくすと漏れる笑い声に、今度は弟達がきょとんとした顔で首を傾げる。


「お兄ちゃん?どうしたの?」
「エル姉もなんで笑ってるの?」
「ふふ。なんでもない、なんでもないよ」
「ほんと?」
「ちょっとびっくりしただけだよ。ね、レオン」


エルオーネが同意を求めれば、弟達の視線が揃ってレオンへと向けられる。
レオンは笑う声を引っ込めて、席を立って弟達の下へ向かった。


「うん、そうだな。確かに驚いた。お前達が、こんなに美味しそうなチョコを作れたなんて、知らなかったからな」


くしゃくしゃと頭を撫でながら言う兄に、スコールとティーダは顔を見合わせ、嬉しそうに頬を赤らめた。
エルオーネも、二人の頭をぽんぽんと撫でて、ティーダが持っているチョコレートに目を向ける。


「本当に美味しそうなチョコだね」
「お前達だけで作ったのか?」
「ううん。ママ先生に教えて貰ったよ」
「チョコ溶かすの、オレとスコールでやったんだよ」


こうやって、ああやって、と自分達の手で作ったチョコレートの工程を離して聞かせる弟達に、レオンとエルオーネは相槌を打ちながら聞いていた。

話をしながら、スコールはレオンに、ティーダはエルオーネにチョコレートの入った袋を差し出す。
二人が袋を受け取ると、弟達は目的が見事に達成された事が嬉しいのか、くすぐったそうに笑って手を繋ぎ、その手をぶんぶんと振って見せる。
レオンはそんな二人の頭をもう一度撫でて、


「お返し、ありがとうな、二人とも」
「うん」
「美味しく食べさせて貰うね。ありがとう」
「うん!」
「さ、二人はもう寝なさい。もう11時だよ」
「はーい。おやすみなさーい」
「おやすみなさい、お兄ちゃん、お姉ちゃん」
「おやすみ、スコール、ティーダ」


兄と姉に揃って促され、スコールとティーダはほくほくとした笑顔で、二階へ向かう
きゃっきゃと可愛い声を上げながら階段を上って行く二人に、危なっかしいな、と思いつつ、兄姉の口元は笑みに緩んでいる。

二階の寝室のドアが閉まる音が聞こえた。
再び兄妹で二人きりになったリビングは、打って変わって静寂に包まれる。
その静寂に些かの寂しさを感じつつ、レオンとエルオーネは窓辺のテーブルに着いた。


「ママ先生のチョコケーキは、明日までお預けかな」
「そうだな。ああ、ママ先生に今日のお返ししないと……」
「今度、ママ先生が家に来る時に用意しよっか」
「それか、来年のバレンタインデーだな。と言うか、今までママ先生には何も渡してなかったな。盲点だった」
「そう言えばそうだよね。ママ先生へのお返しかぁ、何が良いかなあ」


うーん、と唸りつつ、エルオーネがラッピングの封を解いて、中に入っているチョコレートを一つ取り出す。
チョコカップの縁を捲って、チョコレートからカップを外すと、一口サイズのそれを口の中に入れる。
ころん、と口の中で転がしたそれが、ゆっくりと溶けて、エルオーネの口の中は甘い味で一杯になった。


「どうだ?」
「……ふふっ」


忘れかけていた夕飯の手を再開させて訊ねる兄に、エルオーネは笑って見せる。
そんな妹を見て、楽しみだな、とレオンは言った。





チビ達が頑張りました。
お兄ちゃんもお姉ちゃんも喜んでます。良かったね。

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