[ティナスコ]リーディング・ライフ
6月8日にティナスコ書けなかったので、滑り込みリベンジ!
図書館でレポートに必要な資料を探していたら、高い本棚の一番上に置かれていた。
ティナはきょろきょろと辺りを見回し、踏台になるものを探したが、見当たらない。
少し歩き回れば踏台は見付かるだろうが、この図書館に置いてある踏台は、婦女子が持って移動させるには易しくない、重い木製のものになっている。
古い図書館だから無理もないのかも知れないが、小さな子供が使う事もあるのだから、最近よく見るプラスチックの軽いものも備えて置いてくれても良いのに、と思う事もしばしばだ。
ティナは結局、踏台を探す事を諦めて、背伸びをする事にした。
目線の高さの棚に指を引っ掛け、精一杯足元の爪先を伸ばし、上に伸ばした右手も爪先までピンと張る。
そうすると、辛うじて一番上の棚に指先が届いたのだが、目当ての本を取るには足りない。
ティナはしばしの間、うんしょ、よいしょ、と小さな声で自分を奮い立たせながら、目当ての本に向かって手を伸ばしていた。
しかし、そうまで頑張っても、本は相変わらず棚の一番上に鎮座したまま、動かない。
やっぱり踏台を探して来よう、と諦めて手を引っ込めた────その時だった。
すっ、とティナの隣に影が落ちて、長い手が本棚の上に伸びた。
その手は、ティナが頑張っても頑張っても届かなかった本に届き、ひょい、と取り上げる。
ティナはその様子をぽかんとして見上げていたのだが、
「……これで良いのか」
低く耳に心地の良い声と共に、欲しかった本が差し出される。
ぱちり、と瞬き一つをして顔を上げると、同じ学校に通っている後輩が立っていた。
ダークチョコレートのような濃茶色の髪、深く澄んだ蒼灰色の瞳。
ティナが書記として所属している生徒会で、次の生徒会長にと推されている、スコール・レオンハートだった。
「…あ…ありが、とう」
「………」
ややどぎまぎとしながら謝意を述べて本を受け取ると、スコールは何も言わず、くるりと踵を返した。
長い脚の広い歩幅でティナから離れた彼は、二列向こうの本棚で足を止め、分厚い本を取り出している。
ティナは確保していた席に戻ると、本を開いた。
必要な記述をノートに書き出していると、ティナから二席空けた所の椅子が引かれる。
何となく其方を伺ったティナは、思わず「あ」と言いそうになって、慌てて手で口を塞いだ。
席に座ったのはスコールで、彼は分厚い本を三冊と辞書をテーブルに置いた。
其処にシンプルな鞄から取り出したノートを広げ、本と辞書を交互に見ながら、黙々と筆記作業に没頭する。
その横顔は、硬い表情と優等生然とした冷たい雰囲気が漂い、近付き難さを感じさせる。
ティナが学校で彼を見かける時も似たようなもので、年下なのに遥かに大人びた佇まいをしている彼に、ティナはひっそりと苦手意識を持っていた。
しかし、今のティナには、その苦手意識は働いていない。
彼女の脳裏には、つい先程、手元の本を取ってくれた彼の顔が浮かんでいた。
(……お話したの、初めて、よね)
会話と言う程の遣り取りはなかった。
だが、今までは生徒会室で顔を合わせても、事務的な挨拶位しか交わしていない。
会議の他、「お先に失礼します」「また来週」等と言った言葉以外で、彼の言葉を聞いたのは、きっとこれが初めてだ。
なんだか妙に胸の奥がとくとくと逸っている気がして、ティナはいけない、と小さく頭を振った。
今はレポートの為に必要な資料を揃えて、明々後日の提出に備えなければいけないのだ。
慌てて本とノートに視線を戻すティナの隣では、相変わらずスコールが黙々とノートを取り続けている。
あの集中力を見習って、自分もやるべき事を済ませなければ、先輩として示しがつかない。
……そんな事を思う程、彼と接点がある訳ではないのだが、自分を奮い立たせる為にも、ティナは自分自身に言い聞かせ続けた。
本の内容を書き出した後、次の本を探して、またノートに書き抜いて行く。
そんな作業を一時間、二時間と続けながら、時折、勉強とは関係のない本を探して息抜きをする。
そうして新しい本を探す合間に、ティナの視線はつい、と近い席に座る彼を探した。
彼は分厚い本をとっかえひっかえ開き、辞書と見比べる作業を繰り返し、数時間に渡って一度も───ティナが偶々見ていなかっただけかも知れないが───席を立たずに作業に集中していた。
昼食後に図書館に入ってから、六時間と言う短くはない時間、ティナは資料集めに精を出した。
其処まで粘ればもう良いだろう、とティナはノートを閉じて、椅子に座ったまま背筋を伸ばす。
うーん、と小さく唸るティナの傍らで、彼女と同じく勉強時間を終えたのだろうスコールが、テーブルに広げていた本を棚に戻すべく席を立つ。
ティナも背筋の塊が多少解れたのを確かめて、持ち出していた本を持って立ち上がった。
資料に使った本を元の棚に戻した後、ティナは一般書のコーナーに向かい、休憩中に読んでいた本を探した。
続きが気になる所で読むのを止めたので、借りて帰ろうと思ったのだ。
ハードカバーに文字のみと言うシンプルな背表紙を見付け、あった、と手を伸ばし、
「あっ」
「……」
ティナの指が触れるよりも早く、自分のものではない指が、背表紙を捉える。
それを見て思わず声を上げたティナを、蒼灰色の瞳が振り返った────スコールだ。
スコールは自分を見詰めるティナを見て、動かなくなった。
数秒の間を置いてから、スコールはティナの視線が自分の手元に向かっている事に気付く。
「………」
「あ、あの…えっと……」
本とティナを交互に見るスコール。
ティナは、そんなスコールを見て、自分が声を上げた所為で彼を困らせている、と思った。
どうしよう、困らせた、とティナがおろおろと視線を彷徨わせていると、スコールは手にしていた本を取り出して、ティナの前に差し出した。
「あ……え…?」
「……違ったのか?」
「えっ」
見ていたのはこれじゃないのか、と問うスコールに、ティナは慌てて首を横に振る。
するとスコールは、無言で本を差し出したまま動かなくなった。
スコールの言わんとする所が判らず、ティナがまたおろおろと視線を彷徨わせていると、
「…読みたいんだろ。あんたが持って行けば良い」
「え……で、でも、」
「俺は、もう何回も読んだから。借りるのは、また今度で良い」
そう言って、スコールは本を差し出し続けている。
ティナは、おずおずと両手で本を受け取った。
スコールは空になった手を下ろし、くるりと踵を返して、広い歩幅で本棚の向こうへ消えてしまう。
良かったのかな、と思いつつ、好意を無碍にする訳にも行かないだろうと、ティナは受付に向かって貸出手続きを済ませた。
玄関口まで来ると、じっとりとした湿気が肌にまとわりつくのが判った。
ガラス扉の外を見ると、しとしとと雨が降っている。
ティナは玄関を出ると、鞄の中に入れっぱなしにしていた折り畳み傘を取り出して、広げようとした────其処で、玄関横の柱横に立ち尽くしている少年を見付ける。
「……スコール?」
ティナが恐る恐る声をかけると、思った通り、蒼が振り返る。
スコールは自分を見上げるティナを見て、一瞬驚いたように目を瞠った後、溜息を吐いて雨が降りしきる軒外を見た。
土砂降りと言う程でもないが、雨粒はそこそこ大きいようで、無視して走って行くのは厳しそうだ。
「……失敗だ」
どうやら、傘を持っていないらしい。
無理もあるまい、天気予報では今日は雨が降るなんて言わなかったし、昼も快晴だった。
図書館は大きな窓を設けているが、二人が座っていたのは図書館の中央に集められた読書スペースだったから、外の天候の変化に気付けなかったのだ。
空は一面の曇天で、雨はしばらく止みそうにない。
時刻が六時を過ぎている事もあり、季節柄、日が長い方であるとは言え、陽光が遮られれば暗くなるのも早い。
雨が止むのを待っていたら───そもそも止む見込みがあるのか───、夜になってしまうかも知れない。
「……遅くなると煩いんだよな……」
スコールの小さな呟きに、ティナはことんと首を傾げた後、そう言えば、と思い出す。
生徒会の会議の前後だったか、誰かが「スコールの父親は心配性」だと言っていた。
何やら、色々な事情があって、幼い頃に碌に一緒に過ごす事が出来なかった反動で、十七歳になった息子を今も溺愛しているらしい。
スコールはそんな父親に辟易しているようだが、幼少の頃の事は仕方がないと半ば諦めている事、父なりに責任を感じての今の過保護振りも仕方がないと思っているのか、出来るだけ父に心配をかけないように気を配っているようだった。
今日も恐らく、帰宅時間を約束して、家を出て来たのだろう。
それがこの雨に見舞われて、濡れて帰るか、遅くなるのを覚悟で雨が止むのを待つか、迷っているようだ。
はた、とティナは自分の手に握られているものを思い出した。
ついでに、以前、クラスメイトのバッツから「此処がスコールの家なんだぜ」と教えて貰った住所を思い出す。
確か、此処からティナの住むアパートへの途中に、それはあった筈。
「あの……スコール。良かったら、一緒に帰らない?」
「……は?」
思いも寄らない申し出だったのだろう、ティナの言葉にスコールは目を丸くした。
ぽかんとした表情で見下ろす長身の後輩を見て、結構可愛い顔してる、とティナはこっそり思う。
「遅くなったら大変なんでしょう。私、小さいけど傘もあるし」
「……いや……」
「本、譲ってくれたお礼」
「あんなの、別に、」
「よい…しょっ」
ぽんっ、と爛漫の花が咲いて、ティナは腕を伸ばした。
長身のスコールを庇わなければならないので、いつものように傘を差すだけでは、スコールの頭に傘の骨が当たってしまう。
ティナは、可愛らしい傘を背にして此方を見下ろす少年を見上げた。
まだ呆気に取られているのか、スコールは蒼い瞳を丸くして、きょとんとした貌をしている。
図書館や、学校で見ていた、眉間の皺がないだけで、スコールが随分と幼い顔になる事を、ティナは初めて知った。
「遅くなったら、もっと雨が酷くなるかも知れないわ。行きましょう」
そう言って促すティナが歩き出すと、やや迷った素振りを見せた後、スコールも歩き出す。
図書館の玄関を離れ、石畳が敷かれた道を、数歩。
すい、と伸びて来た手が、傘を持つティナの手に重なり、
「……俺が持つ」
その申し出は、身長差だったり、自分が男でティナが女で、と言う理由もあるのだろう。
それでもティナは、ほんの一時、彼が自分と一緒に歩く事を許してくれたような気がして、嬉しかった。
多分、苦手意識はお互い様だった。
この日を切っ掛けに、お薦めの本とか話し合うようになったらいい。
図書館でレポートに必要な資料を探していたら、高い本棚の一番上に置かれていた。
ティナはきょろきょろと辺りを見回し、踏台になるものを探したが、見当たらない。
少し歩き回れば踏台は見付かるだろうが、この図書館に置いてある踏台は、婦女子が持って移動させるには易しくない、重い木製のものになっている。
古い図書館だから無理もないのかも知れないが、小さな子供が使う事もあるのだから、最近よく見るプラスチックの軽いものも備えて置いてくれても良いのに、と思う事もしばしばだ。
ティナは結局、踏台を探す事を諦めて、背伸びをする事にした。
目線の高さの棚に指を引っ掛け、精一杯足元の爪先を伸ばし、上に伸ばした右手も爪先までピンと張る。
そうすると、辛うじて一番上の棚に指先が届いたのだが、目当ての本を取るには足りない。
ティナはしばしの間、うんしょ、よいしょ、と小さな声で自分を奮い立たせながら、目当ての本に向かって手を伸ばしていた。
しかし、そうまで頑張っても、本は相変わらず棚の一番上に鎮座したまま、動かない。
やっぱり踏台を探して来よう、と諦めて手を引っ込めた────その時だった。
すっ、とティナの隣に影が落ちて、長い手が本棚の上に伸びた。
その手は、ティナが頑張っても頑張っても届かなかった本に届き、ひょい、と取り上げる。
ティナはその様子をぽかんとして見上げていたのだが、
「……これで良いのか」
低く耳に心地の良い声と共に、欲しかった本が差し出される。
ぱちり、と瞬き一つをして顔を上げると、同じ学校に通っている後輩が立っていた。
ダークチョコレートのような濃茶色の髪、深く澄んだ蒼灰色の瞳。
ティナが書記として所属している生徒会で、次の生徒会長にと推されている、スコール・レオンハートだった。
「…あ…ありが、とう」
「………」
ややどぎまぎとしながら謝意を述べて本を受け取ると、スコールは何も言わず、くるりと踵を返した。
長い脚の広い歩幅でティナから離れた彼は、二列向こうの本棚で足を止め、分厚い本を取り出している。
ティナは確保していた席に戻ると、本を開いた。
必要な記述をノートに書き出していると、ティナから二席空けた所の椅子が引かれる。
何となく其方を伺ったティナは、思わず「あ」と言いそうになって、慌てて手で口を塞いだ。
席に座ったのはスコールで、彼は分厚い本を三冊と辞書をテーブルに置いた。
其処にシンプルな鞄から取り出したノートを広げ、本と辞書を交互に見ながら、黙々と筆記作業に没頭する。
その横顔は、硬い表情と優等生然とした冷たい雰囲気が漂い、近付き難さを感じさせる。
ティナが学校で彼を見かける時も似たようなもので、年下なのに遥かに大人びた佇まいをしている彼に、ティナはひっそりと苦手意識を持っていた。
しかし、今のティナには、その苦手意識は働いていない。
彼女の脳裏には、つい先程、手元の本を取ってくれた彼の顔が浮かんでいた。
(……お話したの、初めて、よね)
会話と言う程の遣り取りはなかった。
だが、今までは生徒会室で顔を合わせても、事務的な挨拶位しか交わしていない。
会議の他、「お先に失礼します」「また来週」等と言った言葉以外で、彼の言葉を聞いたのは、きっとこれが初めてだ。
なんだか妙に胸の奥がとくとくと逸っている気がして、ティナはいけない、と小さく頭を振った。
今はレポートの為に必要な資料を揃えて、明々後日の提出に備えなければいけないのだ。
慌てて本とノートに視線を戻すティナの隣では、相変わらずスコールが黙々とノートを取り続けている。
あの集中力を見習って、自分もやるべき事を済ませなければ、先輩として示しがつかない。
……そんな事を思う程、彼と接点がある訳ではないのだが、自分を奮い立たせる為にも、ティナは自分自身に言い聞かせ続けた。
本の内容を書き出した後、次の本を探して、またノートに書き抜いて行く。
そんな作業を一時間、二時間と続けながら、時折、勉強とは関係のない本を探して息抜きをする。
そうして新しい本を探す合間に、ティナの視線はつい、と近い席に座る彼を探した。
彼は分厚い本をとっかえひっかえ開き、辞書と見比べる作業を繰り返し、数時間に渡って一度も───ティナが偶々見ていなかっただけかも知れないが───席を立たずに作業に集中していた。
昼食後に図書館に入ってから、六時間と言う短くはない時間、ティナは資料集めに精を出した。
其処まで粘ればもう良いだろう、とティナはノートを閉じて、椅子に座ったまま背筋を伸ばす。
うーん、と小さく唸るティナの傍らで、彼女と同じく勉強時間を終えたのだろうスコールが、テーブルに広げていた本を棚に戻すべく席を立つ。
ティナも背筋の塊が多少解れたのを確かめて、持ち出していた本を持って立ち上がった。
資料に使った本を元の棚に戻した後、ティナは一般書のコーナーに向かい、休憩中に読んでいた本を探した。
続きが気になる所で読むのを止めたので、借りて帰ろうと思ったのだ。
ハードカバーに文字のみと言うシンプルな背表紙を見付け、あった、と手を伸ばし、
「あっ」
「……」
ティナの指が触れるよりも早く、自分のものではない指が、背表紙を捉える。
それを見て思わず声を上げたティナを、蒼灰色の瞳が振り返った────スコールだ。
スコールは自分を見詰めるティナを見て、動かなくなった。
数秒の間を置いてから、スコールはティナの視線が自分の手元に向かっている事に気付く。
「………」
「あ、あの…えっと……」
本とティナを交互に見るスコール。
ティナは、そんなスコールを見て、自分が声を上げた所為で彼を困らせている、と思った。
どうしよう、困らせた、とティナがおろおろと視線を彷徨わせていると、スコールは手にしていた本を取り出して、ティナの前に差し出した。
「あ……え…?」
「……違ったのか?」
「えっ」
見ていたのはこれじゃないのか、と問うスコールに、ティナは慌てて首を横に振る。
するとスコールは、無言で本を差し出したまま動かなくなった。
スコールの言わんとする所が判らず、ティナがまたおろおろと視線を彷徨わせていると、
「…読みたいんだろ。あんたが持って行けば良い」
「え……で、でも、」
「俺は、もう何回も読んだから。借りるのは、また今度で良い」
そう言って、スコールは本を差し出し続けている。
ティナは、おずおずと両手で本を受け取った。
スコールは空になった手を下ろし、くるりと踵を返して、広い歩幅で本棚の向こうへ消えてしまう。
良かったのかな、と思いつつ、好意を無碍にする訳にも行かないだろうと、ティナは受付に向かって貸出手続きを済ませた。
玄関口まで来ると、じっとりとした湿気が肌にまとわりつくのが判った。
ガラス扉の外を見ると、しとしとと雨が降っている。
ティナは玄関を出ると、鞄の中に入れっぱなしにしていた折り畳み傘を取り出して、広げようとした────其処で、玄関横の柱横に立ち尽くしている少年を見付ける。
「……スコール?」
ティナが恐る恐る声をかけると、思った通り、蒼が振り返る。
スコールは自分を見上げるティナを見て、一瞬驚いたように目を瞠った後、溜息を吐いて雨が降りしきる軒外を見た。
土砂降りと言う程でもないが、雨粒はそこそこ大きいようで、無視して走って行くのは厳しそうだ。
「……失敗だ」
どうやら、傘を持っていないらしい。
無理もあるまい、天気予報では今日は雨が降るなんて言わなかったし、昼も快晴だった。
図書館は大きな窓を設けているが、二人が座っていたのは図書館の中央に集められた読書スペースだったから、外の天候の変化に気付けなかったのだ。
空は一面の曇天で、雨はしばらく止みそうにない。
時刻が六時を過ぎている事もあり、季節柄、日が長い方であるとは言え、陽光が遮られれば暗くなるのも早い。
雨が止むのを待っていたら───そもそも止む見込みがあるのか───、夜になってしまうかも知れない。
「……遅くなると煩いんだよな……」
スコールの小さな呟きに、ティナはことんと首を傾げた後、そう言えば、と思い出す。
生徒会の会議の前後だったか、誰かが「スコールの父親は心配性」だと言っていた。
何やら、色々な事情があって、幼い頃に碌に一緒に過ごす事が出来なかった反動で、十七歳になった息子を今も溺愛しているらしい。
スコールはそんな父親に辟易しているようだが、幼少の頃の事は仕方がないと半ば諦めている事、父なりに責任を感じての今の過保護振りも仕方がないと思っているのか、出来るだけ父に心配をかけないように気を配っているようだった。
今日も恐らく、帰宅時間を約束して、家を出て来たのだろう。
それがこの雨に見舞われて、濡れて帰るか、遅くなるのを覚悟で雨が止むのを待つか、迷っているようだ。
はた、とティナは自分の手に握られているものを思い出した。
ついでに、以前、クラスメイトのバッツから「此処がスコールの家なんだぜ」と教えて貰った住所を思い出す。
確か、此処からティナの住むアパートへの途中に、それはあった筈。
「あの……スコール。良かったら、一緒に帰らない?」
「……は?」
思いも寄らない申し出だったのだろう、ティナの言葉にスコールは目を丸くした。
ぽかんとした表情で見下ろす長身の後輩を見て、結構可愛い顔してる、とティナはこっそり思う。
「遅くなったら大変なんでしょう。私、小さいけど傘もあるし」
「……いや……」
「本、譲ってくれたお礼」
「あんなの、別に、」
「よい…しょっ」
ぽんっ、と爛漫の花が咲いて、ティナは腕を伸ばした。
長身のスコールを庇わなければならないので、いつものように傘を差すだけでは、スコールの頭に傘の骨が当たってしまう。
ティナは、可愛らしい傘を背にして此方を見下ろす少年を見上げた。
まだ呆気に取られているのか、スコールは蒼い瞳を丸くして、きょとんとした貌をしている。
図書館や、学校で見ていた、眉間の皺がないだけで、スコールが随分と幼い顔になる事を、ティナは初めて知った。
「遅くなったら、もっと雨が酷くなるかも知れないわ。行きましょう」
そう言って促すティナが歩き出すと、やや迷った素振りを見せた後、スコールも歩き出す。
図書館の玄関を離れ、石畳が敷かれた道を、数歩。
すい、と伸びて来た手が、傘を持つティナの手に重なり、
「……俺が持つ」
その申し出は、身長差だったり、自分が男でティナが女で、と言う理由もあるのだろう。
それでもティナは、ほんの一時、彼が自分と一緒に歩く事を許してくれたような気がして、嬉しかった。
多分、苦手意識はお互い様だった。
この日を切っ掛けに、お薦めの本とか話し合うようになったらいい。