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2015年07月07日

[レオン&子スコ]ほしくずの橋

  • 2015/07/07 22:30
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昨夜の内から降り出した雨は、夜が明けても止んでいなかった。
元より、この時期に雨は珍しいものではなく、寧ろ仕様のない事と言える。
二日前に晴れ間が覗いていたのは偶然の話で、基本的には雨か、良くても曇りが続くのが常であった。

窓の右上に吊るされたてるてる坊主が、少し所在なさげに頭を垂れている。
満面の笑みを浮かべた顔が、反って見る者の侘しさを助長させるように見えた。
背中の方では、テレビが今日の天気予報を教えている。
案の定、聞こえる言葉は「雨は降り続く模様です」と言うもので、晴れマークがついているのは、遠くの地方だった。
雨雲はすっぽりと街を覆い尽くし、風もないので、何処かへ旅立とうと言う気もなさそうだ。


「雨……」


レオンの膝の上で、窓の向こうを見詰めていたスコールが、つまらなそうに呟いた。

小さな手には、昨日レオンが職場で分けて貰った笹の葉がある。
長さ30センチ程度の小さな笹には、短冊が二つ吊るされていた。

ぎゅう、とスコールの両手が笹を握る。
俯いた幼い弟の顔は、レオンの位置から見ることは出来ず、旋毛頭しか見えない。
けれども、彼がどんな顔をしているのかは、手に取るように判った。
寂しそうに泣きそうに、それでも頭の良い子だから、天気ばかりは仕様のない事だと判っていて、泣かないように必死に堪えているに違いない。
いじらしいその姿に、レオンは口元を緩め、


「大丈夫だよ、スコール」
「……?」


兄の言葉に、スコールはきょとんとして顔を上げた。
前髪が開いて、露わになった額に唇を落とし、同じ場所を優しく撫でてやる。


「晴れないのは残念だけど、お願いごとはちゃんと叶うよ」
「……ほんと?」


雨が降ったら、雲が逃げなかったら、天の川が見れない。
晴れなかったら、天の川を渡って逢う筈の恋人たちが逢えない。
恋人たちが逢えなかったら、笹の葉に吊るした短冊のお願い事は叶わない。

────そんな話を、スコールは保育園で聞いたらしく、お陰で今日と言う日に晴れて欲しいと色々な事を頑張った。
窓の上のてるてる坊主は勿論、保育園の女の子から聞いたおまじないや、風を起こして雲を退かせようと、空に向かってふーっふーっと息を吹きかけていたりもした。
しかし残念ながら、幼子の努力の甲斐はなく、空は見事な雨曇り。
だから余計に、スコールは泣きたくて堪らないのだ。

生憎、レオンに天気をどうにかする事は出来ない。
それでも、雨空のように曇ってしまった弟の貌を、晴れさせてやりたかった。

「此処から見る俺達にとっては、今日はずっと雨だけど、あの雲の向こうには、ちゃんと天の川があるんだ」
「……天の川、あるの?オリヒメ様とホコボシ様、ちゃんと会えるの?」


不安げに確かめる弟に、レオンは頷いた。


「雲の向こうは、ずっと晴れてる。お星様もお月様もちゃんとある。だから、大丈夫だよ」
「でも、でも。天の川、雨のせいで一杯になったりしない?雨のせいで、お星様の橋がなくなっちゃって、渡れなくなったりしない?」


スコールの言葉に、レオンはくすくすと笑った。
氾濫と言う単語をスコールが知っているかは定かではないが、絵本やアニメで見たのだろう、大雨が降ると川にかけられた橋が沈んだり流されたり、渡れなくなってしまう所を想像しているようだった。

笹の葉を握り、縋る瞳で兄を見上げる弟に、レオンは笑顔で頷いた。


「大丈夫。お星様の橋は凄いんだ。雨が降って川の水が増えても、流されないし、壊れない。なくなっちゃったりしないんだ」
「そうなの?でも、雨が降ったら、お星様はなくなっちゃうでしょ?」
「お星様はなくならないよ。雨や雲より、もっと高い所に移動して、天の川を渡れるようにしてくれるんだ。ほら、うちの近くにもあるだろう?高い所に上って、道路を渡る橋。あれと同じ感じだな」


レオンの言葉に、スコールは家の近くに立っている、大きな道路の橋───歩道橋を思い出した。
車両の通行が多い場所に設置されたそれが、スコールは好きだった。
歩道橋に上ると、いつもと違う視点の街が見え、冬の日暮れに兄と一緒に渡る時は、街の光が星の様に其処此処に溢れ返っているのを見る事が出来る。

あの歩道橋が、天の川にも。
更にスコールは、きらきらと綺麗な星くずを集めて作られた橋が、普通の橋から大きな欄干橋に生まれ変わるのを想像していた。
テレビで見た、海の上を遠く伸びる、大きな大きな橋だ。
大きな分だけ使われる星も増え、きらきらとより一層と眩しい光を放つ、星の橋が出来上がる。

雲の向こうの星よりも、きらきらと輝き始めたスコールの瞳を見て、レオンはほっと安堵する。
もう一度空に向けられたスコールの貌は、もう泣きそうな気配はなかった。


「じゃあ、オリヒメ様とヒコボシ様、会えるんだね」
「ああ」
「お願いごとも叶うんだ」
「うん」
「えへへ」


嬉しそうに、スコールは握った笹の葉を揺らす。
ぱたぱたと足が弾むように跳ねるのが、レオンには愛らしくて堪らない。
ぎゅうっとその小さな体を抱き締めてやれば、きゃぁ、と嬉しそうな声が上がった。

楽しそうに笑う弟の頬にキスをすると、スコールはきょとんと瞬きをして、また笑う。
お返し、とレオンの頬に柔らかい感触が触れて、レオンは抱き締める腕に力を籠めた。





七夕でレオンお兄ちゃんと子スコ。
まだまだ梅雨真っ盛りで、星が見えなくてしょんぼりする子スコが浮かんだので。

織姫と彦星が逢えないとお願い事も叶わない、と言う話は、一つ年上のロマンチストな子から聞いたんだと思います。

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