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2017年08月

[バツスコ]銀に込めた願い

  • 2017/08/08 20:35
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昔から妙に運は良い方で、縁日の出店でクジを引けば、少なくとも三等は当たっていた。
スーパーの出口で月に一度行われるクジ引き大会でも、ハズレクジを引いた事はなく、三等四等、時には一等やら特賞まで当たっていた。
余りに引きが良いものだから、ジタンから「実は裏で何か貰ってんじゃねえの」と言われた程だ(勿論、冗談ではあるが)。
残念賞のティッシュや菓子が欲しくて回す時もあるのだが、そんな時にこそ上位の当たりを引いてしまい、嬉しいやら悲しいやら、バッツ自身は複雑な気持ちになる事もあったりする。

そのクジ運を使って、映画のチケットを手に入れた。
駅前の大きな映画館で上映される、毎日のようにテレビCMも放映されている、流行りのファンタジー映画だ。
露骨なラブロマンスとかでなくて良かった、と思うのは、バッツがその手のものを苦手としているのもあるが、それ以上に、誘った人物がこのジャンルに全くと言って良い程興味がなさそうだったからだ。
愛だの恋だの浮ついたものを嫌う───とまでは言わないが、避ける傾向のある想い人を映画に誘うなら、そんなものはスパイス程度に振り掛けてある位のものが良い。
お陰で、映画でもどう、と誘った時には、いつもの渋い貌が浮かんだが、チケットに書かれたタイトルを見ると、彼は頬を赤らめて頷いた。
それもこれも、チケットに描かれた今回の映画のキーマンである、ライオンのお陰だ。

チケットに描かれた時間指定に則り、夕方に映画館前で待ち合わせをした。
待っている間に小腹が空いて、先に夕飯にしても良かったかな、と思ったが、時刻は五時前で、食事をするには少々早い。
上映前にポップコーンでも買おうか、と割高になるものと判っていながら、しかし映画館の醍醐味と言えばそうである訳で、と考えていると、


「……悪い、遅れた」
「いやいや。時間ピッタリだって」


反対側の横断歩道から駆けて来た少年────スコール。
彼がバッツが恋慕を寄せる人物であるが、彼自身はまだそれを知らない。

ビルの外にいても暑いばかりなので、早速二人で中に入る。
高層ビルを複合施設として利用している為、映画館はエレベーターに乗って上層まで行かねばならない。
休日になると、映画館に向かう客と、下層フロアで買い物をする客とで混雑してしまう為、映画館へは専用のエレベーターが設けられていた。
そのエレベーターは、映画の上映時間と前後するタイミングで乗ると非常に混むのだが、今は丁度上映の真っ最中である為か、利用する人の数は疎らだ。
今の内に、と言うバッツにスコールも頷いて、エレベーターに乗り込む。

映画館のロビーは広々としており、ポップコーンやジュースを売っている館内購買の他にも、ロビーに向かい合わせてファーストフード店も併設されている。
空き腹を思い出し、ちょっと何か食べて行けるかな、と思ったバッツだったが、上映までの時間を考えると微妙な所だった。
やっぱりポップコーンだな、と改めて時間との都合を思い直し、


「スコール、ポップコーン買わないか?おれ、腹減っちゃって」
「……俺は、別に……」


要らない、と言うスコールに、そっか、とだけ言って、バッツは購買へ向かった。

塩味のポップコーンをSサイズで買って、コーラをMサイズで買った。
自分の分だけと言うのも味気ない気がしたので、スコールの為にアイスコーヒーを注文する。
スコールはホットのコーヒーの方を好んで飲んでいるが、映画を見ている内に冷めてしまう事を考えると、アイスコーヒーの方が無難かなと思ったのだ。

紙トレイに乗せられた飲み物と、山盛りのポップコーンを零さないように気を付けながら、購買を離れる。
きょろきょろと辺りを見回し、スコールを探すと、彼はグッズ売り場に立っていた。


「スコール、お待たせ」
「あ……ああ」
「何か見てた?」
「……いや」


バッツの問に、スコールは僅かに間を置いてから、首を横に振った。
それでも存外とお喋りな蒼灰色の瞳は、吊るされたストラップへと向けられている。

スコールが見ていたのは、これから見る映画のグッズで、チケットにも描かれていたライオンがシンボルマークとなって彫刻されている。
ゴールド、シルバー、ブロンズと並んだ配色の中で、スコールが熱烈に見詰めているには、シルバーのものだ。
元々シルバーアクセサリーが好きな上に、ライオンの意匠となれば、スコールが食いつかない筈がない。


「買う?」
「……え?」


パッツの言葉に、スコールは目を丸くして振り返った。


「い、いや……」
「格好良いよな、このストラップ」
「あ……」
「これキラキラしてるの良いな」


バッツはゴールドのストラップに手を伸ばして、しげしげと眺める。
値段は普通に売っているストラップに比べると割高だが、映画グッズとしてはこんなものだろう。

眺める程に、ライオンの意匠はしっかりと作り込まれているのが判る。
金属特融の重みを感じないので、アルミか何かを箔や彩色しているのだろうが、材質なんて気にしていたら気楽に買える値段でなくなるのだから仕方がない。
その代わり、意匠が丁寧に細かい所まで作られている事を思えば、チープな映画グッズとしては上等な類だろう。
スコールもそれに関心しつつ、好きなライオン、シルバーとあって、買おうか買うまいか迷っていたに違いない。

スコールは人一倍人目を気にする性格で、他者から自分がどう見られているかと言う事に敏感だ。
幼い頃からそうだったのだが、最近は思春期特有の背伸びや虚栄心も相俟って、一層複雑化している所がある。
好きなものを好きと素直に言えない事や、流行りには興味がなくとも、周りがそれ一色になっていると気になって来るし、かと言って周りに流されるのも良しとは出来ない。
映画グッズのストラップなんて子供っぽい事、と思って、気になるけれど買う事に抵抗を覚えているのも、バッツは簡単に想像できた。

そんなスコールに対して、バッツは余り人目と言うものを気にしない。
自分の欲求を我慢する事も少ないし、自分の気持ちに正直に生きるのが、バッツであった。


「よし、おれこれにしよっと。スコール、ちょっとこれ持っといてくれ」
「あ、ああ…?」
「スコールはやっぱシルバーだよな」
「ああ……!ちょっと待て、あんた、」


スコールにトレイを押し付けるように渡して、バッツはゴールドとシルバーのストラップを手に、レジへと向かう。
慌ててスコールが追いかけて来た時には、ストラップは既にレジカウンターに置かれていた。


「おい、バッツ」
「ん?」
「別に俺は欲しいなんて」
「いらない?」
「…いや……」


真っ直ぐに目を見て問うバッツに、スコールは口籠る。
其処で、いらない、とはっきり言えない所が、素直だよな、とバッツはくすりと笑った。

それぞれ袋詰めされるストラップの中身が、どちらがどちらのものであるかを忘れないように注意して、支払いを済ませる。
バッツは手渡された袋の一つを上着の胸ポケットに入れて、もう一つをスコールに差し出した。
スコールの手に預けていたトレイを片手で受け取ると、スコールは空になった手で、おずおずとストラップ入りの袋を受け取る。


「……」
「多分そっちがシルバーの方だよ。間違ってたら後で交換しよう」
「……」


スコールはじっと袋を見詰めて、良いんだろうか、と言う表情を浮かべている。
バッツはそれに気付いていたが、構わずにっかりと笑った。
それを見て、突き返した所でバッツが受け取らない事を悟ったのだろう、スコールは小さな声で「……ありがとう」と言って、袋を鞄の中に入れた。

時計を見ると上映十分前となっており、入場が始まっていた。
バッツはスコールにチケットの一枚を渡し、受付へと向かう。
切られたチケットの版権をトレイの上に置いたまま、バッツは指定のスクリーンへと進んで行った。

やはり流行りの新作映画とあってか、一番大きなホールのスクリーンを使うらしい。
バッツ達の他にも続々と客が集まっており、並んだ椅子の前列はあっと言う間に埋まって行った。


「何処にする?」
「……ゆっくり出来る所が良い」
「んじゃ真ん中辺りに行こっか」


近過ぎると画面の全体が見えないし、後ろ過ぎれば人影が視界にチラつく。
画面全域が無理なく見える位置が良いな、と思ったバッツだったが、考える事は他の皆も同じようだ。
前列と同じく、中央部分もさっさと埋まってしまい、バッツは真ん中列から少し後ろに座る事にした。
スコールは選択は完全にバッツに委ねているようで、何も言わずに後をついていき、バッツの隣に腰を下ろす。


「ほい。これ、スコールのコーヒーな」
「……ん」
「ミルクも貰って来た」
「…ああ」


スコールはコーヒーを好んで飲むが、其処にはやや大人への背伸びがある。
人前で飲む時にはブラックを飲んでいるが、その実、まだコーヒーの苦味を苦手としている所があった。
それを知っているのは、彼の家族の他には、バッツのみである。

バッツがポップコーンを齧る傍ら、スコールはプラスチックカップの蓋を開けて、フレッシュミルクを流し入れた。
蓋を閉じて軽く揺らして撹拌し、ストローから一口飲む。
好みの味になったのか、ほっと息を吐くのが聞こえた。

客入りの時間が終わるまでは、まだ僅かながら時間がある。
パンフレットでも買っとけば良かったかな、と考えるバッツの傍らで、スコールが鞄を開けていた。
ちらりとバッツが其方を見遣れば、ストラップの入った袋を見詰めている。
控えた光量の間接照明の下、本人の自覚以上にお喋りな蒼灰色の瞳が、嬉しそうに輝いている。


(可愛いよなあ)


大人びた顔をしていても、落ち着いた表情を作っていても、彼はまだ17歳の少年だ。
見た目とのギャップもあってか、折々に見られる年齢相応の表情や仕草が、幼さを助長させる。

スコールがこのストラップを使ってくれるのかについて、バッツは余り期待していない。
中々凝ったストラップではあるが、スコールがこの手のものを使う所を見た事がないのだ。
元々流行り物に興味がある性格でもないし、可惜に持っていても煩わしく感じるらしく、好んで買ったアクセサリー以外をに身に着ける事はない。

けれども、身に着けないからと言って、直ぐに捨ててしまうような事はあるまい。
飽きるまででも良い、その内記憶に埋もれてしまうでも良い、少なくともそれまでは手許に持っていてくれる筈だ。
それでバッツは満足している。

館内に上映を報せるアナウンスが流れ、電気がぽつりぽつりと落ちて行く。
スコールが大事そうに袋を鞄に入れ直すのを横目に見て、バッツは緩む口元を気付かれないように引き締めた。



────後日、スコールのクラスメイトが、彼のスクールバッグに光る銀色の獅子を見付ける事を、バッツは知らない。





『バッツ→スコールなバツスコ』のリクエストを頂きました。

バッツ→スコールで、実はスコールの方もバッツが好きで、両片思い。
ジタンとかティーダとかから、早く言えば良いのにって言われてる。

[レオスコ]熱を伝えて

  • 2017/08/08 20:30
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演技力には対して自信はないけれど、電話越しなら多少は相手も騙されてくれる。
普段は真面目に仕事をしていた事も功を奏して、ゆっくりと休んでくれと言われて、ほっとした。
ついでに溜まっている有給も消費しろと言われたので、遠慮なく使わせて貰う事にする。
元々、こんな時の為に使わずに残していたようなものだから、気兼ねする必要もない。

携帯電話の通話を切って、ズボンのポケットに押し込みながら、火にかけていた小さな土鍋の蓋を開ける。
ほこほこと温かな湯気が立ち上るのを確かめて、レオンはコンロの火を消した。
水分を多く含んで柔らかくなった白米の真ん中に、赤い梅干しが一つ。
味見をしてみると、梅干しの仄かな塩気の他は、米の控え目な味が残るのみ。
今の所はこれくらいで良いだろうと、トレイに鍋敷きを敷いて、その上に土鍋と匙を置いた。

トレイを持ってキッチンを出て、リビングを通り過ぎる。
寝室のドアを背中で開けれると、一つだけ置かれたベッドの上で、蹲っている少年がいる。


「スコール、粥が出来たぞ」
「……ん……」


もぞ、と少年が身動ぎして、被っていた布団の端を持ち挙げる。
頬を赤らめ、心持ちぼんやりとした蒼灰色が、レオンを見付けた。

ゆっくりと起き上がる少年────スコールは見るからに体が重そうだった。
それも無理のない話である。
彼は昨夜から熱を出し、深夜にはピークを迎えて、眠っている事も難しい程の高熱に魘されていた。
レオンの夜通しの看病の甲斐あって、明け方から熱は下がり始めたが、それでもまだ38度と言う熱に苛まれている。

レオンはサイドボードにトレイを置いて、起き上がったスコールが楽に座っていられるように、枕をベッドヘッドに立てかけた。
柔かな背凭れにスコールが体重を預けて、汗の滲んだ額を拭う。


「大丈夫か?」
「……なんとか。夜より大分楽になったから…」
「良かった。飯は食えそうか?」
「……多分」
「無理に全部は食べなくても良いからな」


昨夜の意識朦朧としたスコールの姿を思い出し、きちんと会話が出来る位に意識が明瞭としている弟の姿に安堵しつつ、レオンは土鍋の蓋を開ける。
まだまだ熱の残る粥と梅干しを、匙を使って軽く解す。
一口分を掬い取って、ふー、ふー、と息を吹きかけて軽く冷ましてから、レオンは粥をスコールへと差し出した。


「ほら、スコール」
「え……」


レオンが差し出したのは、匙の柄ではなく、先の方。
つまり、口を開けろとレオンは言っているのだと悟って、スコールの顔が赤くなった。


「い、良い。自分で食べるから」
「そう言うな。こんな時にしか甘やかしてやれないんだ。付き合ってくれ」


世話を焼きたいんだと言うレオンに、スコールは赤い顔を俯けた。
蒼の瞳が恥ずかしそうに右往左往した後、見詰める兄の視線に耐え切れなくなって、そろそろと口を開ける。

小さな口が開いたのを見て、レオンは其処に匙を運んだ。
はく、と匙の先をスコールが咥えたのを確認してから、レオンは匙を引く。
温かく柔らかい米は、顎をそれ程動かさずともほろほろと形が崩していき、とろみと一緒に飲み込む事が出来た。


「美味いか?」
「……ん…多分……」


レオンが作ってくれたのだから、美味くない訳がない、とスコールは思うのだが、どうにも味覚の働きが鈍い。
スコールのそんな様子にも気付いて、レオンは眉尻を下げ、くしゃくしゃとスコールの頭を撫でた。

二口目もレオンが掬い、冷ましてから、スコールに差し出す。
スコールは雛鳥になったような気分で、粥を食べていた。

レオンが作った粥は、いつも食が細いスコールの為に、一般的な一人前よりもずっと少なく作っていたのだが、それでも半分程度が残った。
折角作ってくれたのに、とスコールは思うが、余り食欲が湧かないのも事実。
食べれただけでも十分だ、と言ってくれるレオンの言葉に甘えて、スコールの朝食は終わった。
買い置きしていた風邪薬も飲んで、汗で失われた水分を取り戻す為、白湯をもう一杯飲んでおく。

レオンは中身の残った鍋に蓋をして、トレイを持って立ち上がりながら言った。


「夜の間に随分と汗を掻いただろう。身体を拭いて着替えた方が良いな」
「……ん」
「蒸しタオルと着替えを取ってくるから、少し待っていろ」


レオンの言葉に頷いて、待つ間にスコールは体の熱を逃がさないよう、布団に潜り込んだ。

レオンは残った粥を土鍋から茶碗に移し、ラップをかけて冷蔵庫に入れた。
洗い物は手早く済ませて、洗面所から持ち出したタオルをポットの湯に浸してしっかりと絞る。
着替えにするシャツも、リビングのクローゼットから探し出して、寝室へと戻った。

腹が膨れて眠気が来たのか、スコールは布団の中でうとうとと舟をこいでいた。
無防備な姿に、寝かせてやりたい気持ちはあるが、昨夜から続いた高熱で、夜通し汗を掻き続けていた事を思うと、清潔を保つ為にも、着替えは済ませておかなければならない。


「スコール、着替えよう。もう少しだけ起きていられるか」
「んぅ……」


スコールは眉根を寄せて、むずがる様に布団を手繰り寄せて隠れようとする。
昨晩は決して安眠できた状態ではなく、苦しむばかりの一夜となった為、落ち着いた今になって改めて眠いのだろう。
早く休ませてやりたい気持ちを堪えつつ、レオンはスコールの身体を抱き起した。


「レオン…ねむい……」
「ああ。だから、着替えが終わるまでの辛抱だ」


終わったらゆっくり寝ていいから、と言うレオンに、スコールは拗ねた唇を見せつつ、小さく頷く。

万歳、とレオンが促すと、スコールは素直に両手を上にあげた。
幼い頃を彷彿とさせる仕草に笑みを零しつつ、レオンはシャツを持ち上げて、すぽんと脱がせてやる。
脱がせた服を畳むのは後回しにして、レオンは蒸しタオルでスコールの身体をゆっくりと拭き始めた。
服の中で籠っていた空気や、汗のベタつきがなくなり、すっきりとした感覚に洗われて行くのを感じながら、スコールは消えない眠気の中で、ゆらゆらと頭を揺らしている。

レオンはスコールの正面から抱き寄せて、自分へと寄り掛からせた。
体重を預けるスコールを受け止めたまま、スコールの背中を拭いていると、スコールが甘えるように肩口に頬を摺り寄せたのが判った。


「ん……」
「気持ち良いか?」
「……うん…」


力の入らない手が、レオンの服の端を握る。
ちょっと弱っているな、と甘える仕草を隠さないスコールに、レオンは眦を緩めた。

身体を拭き終わり、冷えない内にと着替えのシャツを広げるレオンに、スコールが小さな声で尋ねる。


「…そう言えば、レオン。仕事は……」
「ああ。休みにさせて貰った」


さらりと言ったレオンに、スコールは目を丸くして顔を上げる。
それから、気まずそうに俯いて、


「あの……俺、もう平気だから、今からでも……」
「そんなにフラフラしているのに、平気な訳がないだろう?」
「だ、大丈夫だ……後は寝てれば、その内治る……」


寄り掛からせていた身体を離し、平気だと言うスコール。
しかし、レオンはその体をもう一度抱き寄せて、まだ熱の残る細い体を慰めるように撫でる。


「良いんだ、俺が勝手に休んでるんだからな。今から仕事に言った所で、どうせ手につかないし」
「……」
「お前の傍にいたいんだよ。こんな時でもないと、一日中一緒にいるって事も出来ないからな」


平日はレオンは仕事、スコールは学校がある。
レオンが仕事を終えて帰った時には、スコールは明日に備えて眠っている事も多かった。
レオンはあまり家に仕事を持ち帰らないから、土日になれば少しは時間の空きも作れるが、それも毎回と言う訳ではない。
誰かの手伝い、或いは尻拭いで折角の休日を返上する事も少なくないし、スコールもスコールで、誰かと遊ぶ約束をしていたり、食事の準備に買い物に行ったりと、暇とは言い切れない日々である。

だから、こうして朝から家で一緒に過ごせると言うのは、滅多にない事だった。
それを思うと、体調不良でレオンの手を煩わせている後ろめたさの傍ら、兄が傍にいてくれる事を嬉しく思うのも確かであった。

赤くなるスコールの胸中を察しつつ、レオンは広げたシャツを彼に着せて、


「ほら、ズボンを脱いで。下着も替えてしまおう」
「ちょ……ま、待て。自分で脱ぐから……うあっ」


レオンの手がズボンの端を引っ張って、スコールは慌てて前を掴んで抵抗する。
が、レオンの方が一枚上手で、ゴム紐のズボンはあっさり脱げ落ちてしまった。


「レオン!」
「怒るな。判った、向こうを向いててやるから」


真っ赤になって声を荒げるスコールに、レオンは降参と両手を挙げて離れる。
背中を向ける兄を睨みつつ、スコールは上がった体温の所為でくらくらとする頭を叱咤して、自分の手で下着を履きかえた。

脱いだ服をレオンが洗面所へと持って行き、洗濯機の中に入れて、スイッチを押す。
洗濯機を回したまま、レオンはまた寝室へと戻って、ベッドの端に腰を下ろした。
きしりと小さく軋んだベッドの上で、スコールは枕元に座っている兄を見上げる。


「……仕事、本当に大丈夫なのか?」
「ああ。有給も溜まっていたしな。問題ない」
「……そうか」
「だから、今日はずっと一緒にいられる」


そう言ったレオンは、双眸を柔らかく細め、嬉しそうだった。
新しく汗が滲み始めた額を撫でる手は、スコールの体温が上がっている所為だろう、少しひんやりと冷たく感じられる。
その掌の感触が心地良くて、スコールは心臓の鼓動が落ち着いていくのが判った。

食事も終わり、薬も飲んで、着替えも済んだ。
病人であるスコールがやる事を済ませると、また体は休息を求めて、睡魔がやって来る。
意識がうつらうつらとし始めるのを感じて、スコールは目を擦った。
と、擦る手がやんわりと捕まえられて、視線を上げれば、自分と同じチョコレートブラウンの髪が頬をくすぐる。
唇に柔らかいものが触れたのを感じ、スコールは眉を潜めて、目の前の男を見詰め、


「……伝染る……」
「構わない」


伝染ったら、今度はお前に看病して貰うから。
そう言ってもう一度重なる唇に、それならもう一日一緒にいられるかな、とスコールは思った。





『サラリーマンレオン×学生スコールで、風邪ひきスコールを看病するレオン』のリクエストを頂きました。

スコールが体調不良になったら、迷わず仕事を休んで看病するのがうちのレオン。
どうせ仕事に行っても、気になって仕方がないんだろうな。

[サイスコ]一方通行不可

  • 2017/08/08 20:25
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好き、と言う感情が、よく判らない。

誰かを好きと思う事と、犬や猫を好きと思う事の違いは、なんとなく判る。
判るが、それを理性的に理屈で説明しろと言われると、非常に面倒臭い事になる。
それでもカテゴリで区別すれば全く違う箱に入れられるのは、判る。

判るが、判らない。
スコールにとって、誰かを“好き”と思う事は、そう言う事だった。

何かと強く繋がりを持つことで、その対象に傾倒し依存して行く事を、スコールは良しとしない。
他者がそうであるならば、自分に火の粉さえかからなければ好きにすれば良いと思うが、自分自身がそうした傾向を持つ事を、彼は決して許す事が出来なかった。
それは、埋もれてしまった記憶の中で、幼い時分に自分が姉に対して強く依存していた事と、それでいて彼女を失った事によるショックが大きかった所為に他ならない。
自分が泣き虫で何も出来ないから、姉は自分の事が嫌いになっていなくなったのだと、だから弱い自分から脱却する為にも、“自分一人の力で生きて行ける”───“何者にも頼る必要のない強い自分”を求めた。
だから、誰かに依存する事を少なからず含む、他者を“好き”と思う感情を、彼は自身の中に有する許容を持つことが出来なかったのだ。
その内に年齢を重ね、記憶は埋もれ、感情のみが残り、そこから枝を生やした極端な排他意識ばかりが値を増やして行いき、今に至る。

だと言うのに、突然、好きだったんだと言われても、困るのだ。
それを終生のライバルである筈の男から言われたら、尚更。

その言葉を聞いて以来、スコールはサイファーから逃げている。
彼を避ける事は、挑まれた勝負から逃げているようで業腹であったが、逢う度に何処か熱の籠った瞳で見られているような気がして、どうすれば良いのか判らず、踵を返してしまう。
その都度、逃げるな、と声を大きくされて、逃げるんじゃない、忙しいんだと言い返した。
実際スコールが忙しいのも確かであり、サイファーばかりを相手にしていられない事も事実。
だが、いつまでもそんな言い訳が通じる相手ではない事は、判っていた。

サイファーは短気に見えて存外と気が長い所がある。
他者の都合によって自分が待たされるのは嫌いだが、待つと決めれば腰を据える事が出来た。
今回は、スコールが自分を避ける原因に、自分の行動がある事は判っていたのだろう。
そしてスコールが混乱して逃げ回る事も、概ね予想していたに違いない。
だからスコールが向き合う事を避け、忙しさに感けて自分を無視する事も、当面は許容していたのだ───当面は。

しかし、そろそろ限界が来たのだろう。
魔女戦争後、指揮官用の執務室として誂えられた部屋の隅で、サイファーはスコールを追い詰めていた。


「そろそろ返事聞かせてくれても良いんじゃねえか?」
「……任務に関する質問なら、さっき答えただろ」


そうじゃねえよ、とサイファーは眉間の皺を深くして言った。
だろうな、とスコールは胸中で返す。

スコールは、壁とサイファーの躯に挟まれ、身動きが出来なくなっていた。
体を押し退けようとした腕は、その前に両手首とも捕まえられてしまい、壁に縫い付けられている。
腹を蹴ってみたが、びくともしなかったのが実に腹立たしい。
純粋な力勝負となると、この男に適わない事実も、また悔しかった。
力にアルテマをジャンクションしようか、と少々物騒な事を考える。

傍目に見て、この状況はどういう理由の末に成り立った物に見えるのだろう。
指揮官を壁際に追い詰め、拘束している、指揮官補佐代理。
その指揮官補佐代理は、魔女戦争の折にはスコールと繰り返し対決しており、命を削り合った相手である。
幼馴染の面々から見れば、それはそれで今は今、と言う認識であるのだが、サイファーの事をよく知らない───傍若無人の風紀委員であるとか、魔女の尖兵であるとか───者から見れば、非常に不穏な光景に見えるに違いない。
其処から妙な噂話でも立てられたら、折角シドやイデアが苦心してもぎ取った“更生期間”が無駄になってしまう。

その辺りの事は判っているのだろうな、とスコールが無言で睨んでいると、サイファーがずいっと顔を近付けて来た。
鼻先が触れそうな程の距離に、スコールは思わず頭を後ろへ持って行くが、直ぐに壁に当たって行き止まる。


「おい、近い。暑苦しい」
「ご挨拶だな。こうでもしないと、お前、こっち見ねえだろ」
「…こんな事してまで、あんたを見なきゃいけない理由がない」
「ない事ねえだろ」


判っているだろう、と翡翠の瞳が言外に告げている。
それを読み取ってしまう自分が面倒で、スコールは知らない振りをした。

視線を執務机の方へ向けて、溜まっている書類を気にしていると、


「おいコラ。無視すんな」
「……」
「キスするぞ」
「は!?」


思いも寄らぬサイファーの言葉に、スコールは思わず大きな声を上げた。
となれば、「聞こえてんじゃねえか」としたり顔をされて、くそ、と反応してしまった自分に毒吐く。
こう言う時は、何もかも聞こえない見えない振りをして流すのが得策だったと言うのに。


「まあ、無視してるつもりなら、それでも良いけどな。キスするから」
「するな!離せ!ふざけるのもいい加減にしろ!」
「ふざけて野郎にキスなんかするかよ」
「嫌がらせにしそうだ、あんたは」
「馬鹿。キスってのはロマンティックなもんなんだぜ。それで嫌がらせなんざ、それこそふざけてんだろ」


至極真面目な顔で、キスの特別性を語るサイファーに、だったら尚更嫌だ、とスコールは思う。

サイファーにとってキスが特別なものなら、それをする相手、したいと思う相手は、当然特別なものになる。
粗暴な見た目や言動に反して、ロマンチストな彼だから、その重要性は一入と言うものだろう。
同時に、サイファーがそれを“したい”と思う相手がどういう意味を持つのかも、判ると言うもの。

スコールは腕に力を入れ、身体を捩って、拘束する手に抵抗を示す。
歯を噛んで鬼気迫る表情を浮かべるスコールを、サイファーは捕まえる手の力は一切緩めないまま、じっと見詰めていた。


「お前な。そんなに嫌か」
「当たり前だ。誰があんたなんかとキスしたいと思うんだ」


剣を向け、命を殺ぎ合い、こいつにだけは負けたくないと思う事はあっても、口付け合いたいなんて思う訳がない。
スコールはきっぱりとそう言ったが、


「だったら、本気で抵抗すりゃ良いだろ」
「してる。あんたがバカ力なだけで────」
「ほーお?」


ずい、とまたサイファーが顔を近付けてくる。
鼻先どころか、唇が触れ合いそうな程の距離で、お互いの呼吸が微かに唇の縁をくすぐった。
スコールは、触れていないと思っているのは自分だけで、実は既に重なっているのではないか、とそんな錯覚を感じる程に距離が近い。

間近に迫った碧眼が、にやにやと楽しそうに笑っているのが判る。
その顔は、勝負をしている時、己の勝ちを確信してスコールを挑発して来る時に見せるものと同じだった。
それを見ると、スコールの内に秘める、対サイファーに過度に反応する負けず嫌いが疼く。


「こんなもんがお前の本気の抵抗か?」
「……何が言いたい?」
「判ってんだろ?」


含みばかりのサイファーの言葉に、スコールの眉間の皺が深くなる。

笑みを孕んでいた男の顔が、ふと消えて、強い意志を宿した瞳が、真っ直ぐにスコールを射抜く。
その瞬間、どくん、と心臓が跳ねたのをスコールは聞いた。


「教師相手みてえに、いい子ぶる必要なんかねえんだ。嫌なら嫌って言えば良い」
「……」
「それも言わねえで、だらだら逃げ回ってんのは、どう言う訳だ?」


指摘する言葉に、スコールはひっそりと奥歯を噛んだ。
蒼灰色の瞳が逸らされ、何もない床を睨むように見詰める。

────サイファーの言う事は最もだ。
相手がリノアやセルフィ、キスティスや、名前を憶えているかどうかも怪しい女子生徒ならいざ知らず、スコールが何某かの答えと、それを適切に表現する事が出来る言葉を探すまで、ずるずると引き伸ばしていても可笑しくない。
仮に相手が教師や目上の人間なら、面倒を嫌い、角を立てない方法を探して、早い内に決着を着けようとするだろう。
こういう事は、変に返事を引き伸ばし、期待を持たせるような期間を作る方が、反って面倒を起こすものなのだから。
しかし今回のスコールの相手はサイファーであり、話を長引かせるような必要もなければ、相手を慮って言葉を探すような期間も必要ない。
何せサイファーなのだから、切って捨てるのは簡単だ。
それでサイファーが激昂するようなら、剣の勝負にでも雪崩れ込んで、実力で黙らせる事だって出来るだろう。
遠慮も気兼ねもいらない相手だと判っているから、スコールが結論を出し、それを口にする事について、こうまで時間を必要とする事はない。

それなのにスコールがいつまでも逃げ回るのみで、明確な答えを避け続けていると言う事は、


「お前も俺に気があるんだろ」
「!?」


スコールの感情を代弁するかのようなサイファーの台詞に、スコールは目を丸くする。
バカな事を、と言いかけた唇に、サイファーのそれがやや強引に重ねられた。

蒼の瞳が零れんばかりに見開かれるのを、サイファーは至近距離で見ていた。
捕まえていた腕が、思い出したように抵抗を示す。
うーうーと唸る声も無視して、サイファーはスコールが静かになるまで、キスを続けた。

段々と酸素不足で抗う力を失うスコールに、サイファーはこっそりと笑みに目を細める。
ゆっくりと唇を開放すれば、はあっ、と不足した酸素を思い切り吸い込みながら、スコールはずるずるとその場に座り込む。


「ほら見ろ」
「……何が…」
「嫌じゃなかったんだろ」
「………」


サイファーの言葉に、スコールはまた眼を逸らす。
触れた感触の消えない唇に手の甲を当てて、スコールはぎりぎりと歯を噛んだ。

噛みつこうと思えば噛みつけた。
振り払おうと思えば出来た。
拘束する腕の力は強かったけれど、ジャンクションをすれば意外と簡単に逃げられたのだと言う事を、スコールはわかっている。

スコールの腕を掴んでいた手が離れ、くしゃくしゃと濃茶色の髪が掻き回すように撫でられる。
蹲って立てた膝に顔を伏せるスコールは、隠しきれない耳まで赤くなっていた。



何が理由で、そんなにも自分の気持ちを否定しようとしていたのかは判らない。
戸惑いと、混乱と、記憶の淵に埋もれた怯える感情と、どれが一番大きかったのかも判らない。
こんな感情が、いつから自分の中にあったのかも、何も。

目の前の男は、いつからこんな感情を抱いていたのだろう。
聞けばあっさり答えてくれそうなのが、自分との対比になるようで、それも酷く悔しい気がした。





『サイスコで好きだと自覚してからお付き合いするまでの話』のリクエストを頂きました。

こいつが好きだなんて認めたくない!って自覚してからひたすら否定の為に逃げ回るスコールが浮かんだ。
最終的に捕まって逃げ場を失くして、否応なく認めさせられる(嫌ではない)。

[セフィレオ]重ねる、溶ける、零れ落ちる

  • 2017/08/08 20:20
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クラレオ前提のセフィレオ。




微かに浮上した意識を、更に上へと押し上げるように、差し込む光。
重い体はまだ睡眠を欲していたが、理性は目覚めなければならないと言う。

結局、理性が勝って、レオンはのろのろと瞼を開けた。
起き上がって散らばった髪を手櫛で掻きながら、閉めたカーテンの隙間を見遣る。
目を開ける前に感じていたよりも、光はそれ程強くはなく、陽光と言うには足りない外光が零れている。
伸ばした腕で一番近い位置にある窓のカーテンを開けると、曇天が空を覆っている。


「……雨か……」


光の弱さの理由を知って、レオンは納得し、興味を失った。
カーテンを摘んでいた手を離せば、腕はぱたりと落ちる。

起き上がった時にシーツが体から剥がれ落ちたので、レオンは裸身を空気に晒していた。
雨で気温が下がっているのだろう、微かに冷えた隙間風がレオンの肌を撫でる。
ふる、と冷気を嫌った躯が震えて、レオンは熱を蓄えられるものを探して寝返りを打った。

────そうして目の前にあった背中を見て、眉根を寄せる。

起き上がって見れば、その背中の向こうに広がっていた情景が見える。
脱ぎ散らかした服が床に散らばっているのを見て、溜息が漏れる。
重い体の理由も、気分にまで及ぶ気怠さも、理由は全て判っている事であったが、それを具現化させたような部屋の有様は、レオンの落ちた気分に更に追い打ちをかけるには十分であった。

部屋の惨状に助長されたように、レオンは服を着るのも面倒になっていた。
裸のまま、レオンは傍の窓にもう一度手を伸ばし、カーテンの隙間から鍵に手をかけた。
カチン、と音を立ててロックが外れ、カラカラと車輪の音を立てて、軋んだ窓が開けられる。


(……激しくはないが……止みそうには、ないな)


空から落ちる雫粒は、大きさこそないものの、復興途中の街全体を余すところなく濡らしている。
この分では、今日は復興作業など出来ないだろう。
街の人々が外を出歩く事も減るので、ハートレスによる被害を防ぐ為のパトロールも、しなくて良い。
それでも何も起こらないとは言い切れないので、寝倒している訳には行かないが、慌てて城に向かう必要がないのも確かであった。

開けた窓の桟に腕を乗せて、その上に頭を乗せる。
風はないので、降る雨が部屋の中に吹き込んでくる事はなかった。

目が覚めたのだから、朝飯を食べなければ。
そう思いながら、レオンは自分が空腹を感じていない事を自覚していた。
昨日の夜はきちんと食べたから、今は食べなくても良いか、とぼんやりと雨雲に覆われた空を見ていると、


「どうした」


背中にかけられた声に、レオンはちらりと瞳を動かしたが、直ぐに視線は空へと帰る。
声の主もレオンの反応を予測していたのか、咎める声はなく、代わりにするりと腰骨を撫でられる。

触れる手を好きにさせていると、きしり、とベッドの軋む音がした。
背中を大きなものに覆われ、腹に回された腕が、閉じ込めるように力を籠める。
さらりと長い銀糸がレオンの肩をくすぐりながら流れ落ちて行った。


「雨か」
「……ああ」
「それなら、今日は急く事もないな」


低く通りの良い声が、レオンの耳元で囁くように紡がれる。
その声に、ねっとりと絡み付くような何かを感じるのは、果たしてレオンの思い過ごしだろうか。

腹を抱いていた腕が、滑らかな肌を撫でるように探る。
耳朶の裏側に吐息が掛かるのを感じて、レオンは頭を振ってそれを嫌った。
すると、肌を撫でていた手が上がって来て、レオンの顎を捕らえて後ろへと振り向かせる。
抵抗が面倒で従ってやれば、よく知る色とは微妙に違う光彩を宿した瞳が間近にあって、呼吸が塞がれた。

初めの頃こそ、何も言わずとも抵抗を感じていた口付けであったが、何度も繰り返されている内に、拒否する事が面倒になった。
そうして受け入れてしまってからは、段々と抵抗感も消えて行き、今では重ねられても何も思う事はない。


「ん……」
「……ふ、」
「んんっ……!」


顎にかけられた指に力が入って、口を開けるように促された。
されるがままに唇を割れば、熱い肉の塊が滑り込んできて、レオンのそれを絡め取る。

昨夜の熱を思い起こさせんとするように、男の舌は執拗にレオンの咥内を舐る。
それを受ける事に抵抗は辞めたが、眉間の皺だけは無意識に寄るようで、レオンの表情は毎回厳しいものになった。
だが、男はそんなレオンの表情すらも愉しむような表情を浮かべて、瞬きすらせずに、嬲られるレオンの顔を至近距離で眺めている。

舌を外へと導き出しながら、口付けから解放されると、レオンははぁっと熱を孕んだ呼気を漏らした。
唾液の落ちる顎を手の甲で拭っている間に、腰を抱かれて強い力で引き寄せられる。
窓に寄り掛かっていた体が離れて、代わりに背後にいる男の胸に体を預けた。


「そう恨めしい顔を向けてくれるな」
「……」
「…また泣かせてやりたくなる」


薄い笑みを浮かべて囁く男の言葉に、レオンははっきりと顔を顰めた。
覗き込んでくる男の顔が腹立たしくて、肩にかかる長い銀糸すら鬱陶しく、レオンは手で払う仕草をして見せた。
先の言葉に対し、お断りだ、と無言で示すレオンに、男はくつくつと笑う。


「そうは言うが、お前の躯は感じ易いからな。昨日もよく泣いたのを覚えているぞ」
「……っ」


厚みのある胸を、節の長い指が這う。
それだけで躯が震えてしまう程、自分が背後の男に侵入されている事を自覚して、レオンの顔に朱が走った。

唇を噛んで悔しげに眉を顰めるレオンに、男は宥めるように赤らんだ頬を撫でて言った。


「お前の所為ではない。その体は一人では持て余すものだからな」
「……そうさせたのは、あんただろう」
「ああ、俺にも責任はある。だが、そもそも、お前にそんな想いをさせたのは────」


其処から先の男の言葉はなかった。
射殺さんばかりに睨む蒼灰色が、それ以上の言葉を禁じている。

銀糸の男は、睨むレオンの表情を見て、益々愉快そうに哂った。
独特の仄昏い光を宿した碧眼は、まるで魂の檻のようで、それに見詰められていると、心の奥底に隠したものが暴かれてしまう気がする。
だからレオンはその目を見るのが嫌いなのだが、よく似た色と長らく向き合っていない事を思うと、どうしても目が離せなくなる瞬間があった。
……それを見抜かれてしまったから、この爛れた関係は始まった。

抱き締める腕を解かせ、レオンは男の腕から抜け出した。
しかし、ベッドを下りようと背を向けた所をまた捕まえられ、シーツの波へと引き倒される。
レオンの体重を受け止めたベッドが抗議の音を上げた後、レオンの上に大きな影が覆い被さった。


「おい」
「なんだ?」
「もうしない」
「飽きたか」
「疲れてるんだ」
「激しくしたからな」


何を、と男は言わなかったが、昨夜の事を指しているのは明らかだ。
お前が泣くから、と囁く男に、レオンは触れたもの───枕を掴んで、目の前の男の顔面に叩き投げてやった。

くつくつと喉を震わせる声がする。
枕を奪われ、ベッドの下へと放り投げられて、レオンの気分はまた下がった。
開かされた足の間に男の躯が割り込めば、レオンは馬乗りになった男から逃げる事も、彼を蹴り飛ばす事も出来ない。


「しないと言ってる」
「どうせする事もないんだろう。あれも来る気配はない」
「……言うなと言った」
「誰とは言っていない」
「言ったようなものだろう」


レオンが何を言っても、目の前の男には暖簾に腕押しであった。
最初からこうなのだ。
レオンが何を思うと、何を考えようと、この男は自分のしたいようにしか行動しない。

だから本当にレオンが今の関係を否定する気があるのであれば、レオンが本気で抵抗する以外に方法はない。
ガンブレードでも魔法でも───この男に通用するのかは甚だ謎だが───使って、殺すつもりの意思でも示さない限り、男はレオンを抱く腕を離そうとはするまい。
レオン自身が、預か一片でも、この歪な温もりを求める心がある限り、二人の関係が終わる事はない。

顎に指が掛かり、見ろ、と無言で命令された。
従うつもりはなかったが、抗うのもやはり面倒で、顔を上げてやれば、唇が重ねられる。
視界の端に見えるのは、ちらちらと光る銀色ばかりで、レオンの世界は銀一色に閉じ込められていた。


(俺は、)
(俺は、いつまで、)


こんな事を続けているのか。
こんな関係を、続けていれば良いのか。

問うてみた所で、レオンが望む答えを返してくれる者は此処にはなく、目の前にいるのは、爪を失った猫を薄笑いを浮かべながら可愛がっている狂人だけ。



……帰って来ないお前が悪い。

もう長く見ていない金糸の翳に、レオンはそれだけを吐き捨てて、目を閉じた。






『セフィレオで寝取られてる感じ』のリクエストを頂きました。
クラレオを前提に。

ぼんやりと諦めの混じったレオンは、投げ槍感と危うい雰囲気がありそうで好き。

[8親子]なつのひかり

  • 2017/08/08 20:15
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子供達が夏休みに入り、母の監督の下、規則正しい生活を心がける日々。
朝はラジオ体操、朝食を終えたら勉強時間で夏休みの課題を進め、昼食を食べたら、午後はしばしの自由時間。
友達と遊びに出かけたり、母の買い物の手伝いをしたり、幼い弟の遊び相手をしたり。
夕方になると父が仕事から帰り、家族五人で夕食を囲んで、末っ子が眠い目を擦り始めた頃には、長男と長女もそろそろお休みモードになる。
寝落ちない内に順番に風呂に入って、長男と長女は一緒の部屋で、末っ子は父母と同じ布団で眠る───これが一家の一日の流れだ。

休みだからと怠ける事無く、健康的に過ごしているお陰で、子供達は毎日元気溌溂だ。
上がる一方の気温は両親が気を付け、子供達にはこまめに水分摂取をする事と、出掛ける時には帽子を忘れないようにと徹底させる。
幼い末っ子はまだまだ自分では気を付けようがないので、家族皆で注意した。

そんな日々の中で、父ラグナの所属する会社が、慰安旅行の企画を立ち上げた。
旅行と言う程遠くへ行く訳ではないのだが、家族同伴で行くことも出来るとあって、何かと忙しくて家族サービスの計画も難しい昨今の家庭には、有難い話でもあった。
今年の旅行先は海とあり、車を持っている者は運転して言っても良いし、そうでない者にはバスも用意されると言うので、参加希望者は少なくなかった。
ラグナも例に漏れず、折角だから皆で行こう、と提案すると、長女エルは万歳で喜び、そろそろ思春期の入り口に入った長男も、日々の暑さへの辟易もあって、海と言う単語には心躍るものがあったのだろう。
幼い弟は、海と言われてもまだピンと来るものがないようだったが、兄と姉がはしゃいでいるのを見ると、なんとなく楽しい雰囲気だけは察したようで、一緒にきゃっきゃと笑っていた。
子供達が揃って行く気になっていれば、母も少々の面倒や不安はありつつも、子供達の思い出作りと思えば、悪い気もしない。

こうした経緯から、一家は久しぶりの───末っ子にとっては人生初めての、海へと繰り出す事になったのである。


「ほら!海に着いたぞぉ!」
「海ー!」


車を降りての父の言葉に、いの一番に元気な声を上げたのは、エルオーネだった。
真っ白なワンピースの裾が翻る事も気にせず、ぴょんぴょんと跳ねて、駐車場の向こうの浜辺、その向こうに広がる海原に、きらきらと栗色の瞳を輝かせている。
そんな妹に笑みを零しつつ、レオンは車のトランクに入れていた荷物を取り出している。
母はと言うと、車の中で寝ていた末っ子スコールを、チャイルドシートのベルトから外し、抱き上げていた所だった。

抱き上げられた振動で、スコールの夢は妨げられたようだ。
むぅう、とむずがる声を零しながら、小さな手が眩しい太陽の光を嫌って、こしこしと目許を擦る。


「おっ、スコール。起きたかあ」
「……んぅ……?」
「おはよう、スコール!」
「……はよぅ……?」


目覚めの挨拶をする姉に、スコールは拙い舌でオウム返しに同じ言葉を返した。

くりくりとした目を眩しそうに細め、んんぅ、とまた唸って、スコールは母に抱き着く。
起きてすぐに浴びた眩しい光を嫌う息子に、レインは小さく苦笑して、ぽんぽんと息子の背中を叩いてやった。

バタン、と音がして、車のトランクが閉められる。


「父さん、荷物全部出したぞ」
「おっ、ありがとうな」


息子が降ろしてくれた荷物は、大きな旅行用バッグが一つと、後は小さなリュックサックが一つ。
大きなバッグには家族全員分の着替えや消耗品が、リュックサックにはお菓子が詰められている。

大きなバッグをラグナが抱え、小さなリュックはエルオーネが背負う。
レオンはエルオーネと手を繋ぎ、レインはまだ眠そうな目をしているスコールを抱いて、社員の集合場所へと向かうラグナの後を追った。

父が上司からの挨拶を聞いている間に、家族は少し離れた場所で、それぞれのスペース作りに勤しむ。
レオンは早く海に行きたがるエルオーネを宥め、スコールの面倒を任せて、母と一緒にビクニックシートを広げた。
荷物やサンダルを重石替わりにして、水筒やタオルなどを出しておく。


「こんなものかな」
「そうね。エル、いらっしゃい。水着に着替えて、日焼けしないようにお薬塗らなくちゃ」
「はーい。スコール、行こう」


浜辺の砂で遊んでいた子供達を呼ぶと、エルオーネはスコールの手を引いて戻って来た。
エルオーネをレインが、スコールをレオンが担当して、水着へと着替えさせていく。
着替え終わると早速!と海へ向かおうとした娘を、母はもう少しと捕まえて、まだ柔らかいぷにぷにとした肌に、日焼け止めオイルを塗った。
さらさらとした冷たい水の感触に、きゃっきゃと子供達は楽しそうに笑う。

上司の挨拶を終えて、ようやくラグナが合流した時には、子供達の準備は整っていた。
レオンは足ふみポンプを使って、スコールが使う子供用の足入れ浮輪を膨らませている。


「ふい~、終わった終わった」
「お疲れ、父さん」
「皆準備できたよー」
「早いなあ。俺もすぐ着替えるぞぉ」
「じゃあ、その間に、皆準備体操しときなさいね」


着替え始めたラグナを横目に、母の指示を聞いて、はーい、と子供達の声が揃う。

学校で何度か水泳授業で体操見本をやった事があると、順番を覚えているレオンが手本になって、子供達は準備体操を始めた。
レオンの真似をして手足を伸ばすエルオーネを、スコールは少しの間きょとんとした顔で見ていたが、「スコールもやるんだよ」と言われると、小さな手足をぴょこぴょこと動かし始めた。
レオンが鏡向きになって、いちに、いちに、と声を揃えてカウントしながら体操する子供達。
微笑ましい光景に、レインとラグナは顔を見合わせ、唇を緩めた。


「よし、お終い」
「わーい!」
「こら、エル!一人で行ったら危ないぞ」


待ってましたと海に向かって駆け出す妹を、兄が慌てて追いかける。
スコールは、兄と姉が揃って駆け出したので、真似るようにその背中を追った。

全速力のエルオーネに、レオンは直ぐに追いつくが、スコールはすっかり置いてけぼりだ。
それでも一所懸命に追いかけようとするスコールを、ふわっと浮遊感が襲う。


「あう?」
「よしよし。スコールはパパと一緒に行こうな」


スコール用の浮輪を片手に、抱き上げる父の首に抱き着いて、スコールは後ろを見た。
ピクニックシートに残って日傘を差している母と目が合う。
此処にいるからね、と手を振る母に、スコールも手を振った。

白波が寄せる波打ち際で、エルオーネとレオンが遊んでいる。


「つめたいー!」
「滑らないように気を付けろよ」
「はーい。えいっ!」
「うわっ」


エルオーネが掬って撒いた水が、レオンの体を濡らす。
悪戯が成功した顔で逃げ出す妹を、レオンは水を蹴りながら追い駆けた。

ラグナは波打ち際で一度立ち止まって、不思議そうな顔で海を見つめているスコールを見る。


「スコールは海初めてだなあ。冷たくて気持ち良いんだぞ」
「……?」
「ちょっと下りてみっか」


膝を曲げて、ラグナはスコールを地面に下ろした。
その足元に、ざあっと音を鳴らして白波が寄せると、スコールはビクッと体を硬直させて、父にしがみついた。


「あはは、大丈夫大丈夫。怖くないって」
「…やああ!」


引いては寄せる波が、幼いスコールにはまるで生き物のように見えるのか。
形のはっきりとしない生き物が、何度も何度も手を伸ばすのを見て、スコールは泣き出す顔で父を見上げた。
助けて、と言わんばかりのお息子の様子に、ラグナは苦笑しつつ、曲げた膝の上に乗せてやる。


「大丈夫だぞ、スコール。怖くない。ほら、お兄ちゃんとお姉ちゃんは楽しそうだぞ」
「……んぅ……」


ラグナのシャツをしっかりと握るスコール。
そんな息子の背中をぽんぽんと撫でて宥めつつ、ラグナは早速泳ぎ出している兄姉の姿を見せてやった。

エルオーネとレオンは、浅い場所で身を屈めて、海水の冷たさを楽しんでいる。
浮輪がいるかな、と言うレオンに、エルオーネは平気、と首を横に振った。
学校のプール授業で泳ぎも覚えたし、今はまだエルオーネの足が届く場所だから、エルオーネは自信を持っているようだ。
とは言え、突然の深みと言うのも海にはよくあるもので、レオンはエルオーネから目を離さないように気を付ける。


「見てみて、レオン。おっきな貝があるの」
「何処だ?」
「ほら!きれいな形してるの」
「本当だ。他にもあるかな」


浅瀬で水を掻きながら、エルオーネは近い水底を見詰めている。
これは、とレオンが拾った貝殻を見せると、それもきれい!とエルオーネは目を輝かせた。

ラグナはスコールを抱き上げて、兄と姉の下へと連れて行く。
下ばかりを見ていた二人だったが、水音を聞いて顔を上げた。


「父さん」
「スコール!見てみて、貝がら、キレイだよ!」


綺麗な巻貝を弟に見せるエルオーネ。
スコールはきょとんとした瞳で姉の握るものを見詰めた後、小さな手を伸ばす。
ラグナに抱かれたままのスコールは、弟程ではなくとも、まだ背が低いエルオーネまで届かない。
レオンが代わりに受け取って、スコールの目線の高さまで持ち上げた。


「食べちゃダメだぞ、スコール」
「う」
「おお~、キレイな形してるな。エルが見付けたのか」
「うん」


凄いなあ、とラグナがエルオーネの頭を撫でる。
エルオーネは照れ臭そうに顔を赤らめ、うふふ、と笑った。

スコールは小さな手に貝がらを握り、くるくると上に下にと回転させながら眺めている。
底の穴を不思議そうに見つめていると、もぞもぞと何かが動いていた。
それを見てことんと首を傾げたスコールの目の前で、ひょこり、とハサミを持った生き物が顔を出す。


「!」
「おっ、ヤドカリ」
「えっ、見せて見せて!」
「ふえ、」


ラグナが楽しそうにその生き物の正体を当て、エルオーネが興味津々に跳ねる傍ら、大きな瞳にじわあ、と雫が浮かぶ。


「ふええええええ」
「おわっ。どしたどした」
「びっくりしたのかな。エル、ヤドカリさん、海に帰すぞ」
「待って、見せて。見たい見たい」


父にしがみついて泣き出したスコールに、ラグナとレオンは苦笑する。

レオンはエルオーネに掌を出すように言って、その手にヤドカリ入りの貝を乗せた。
小さなヤドカリはうろうろとエルオーネの手の中を行ったり来たりしている。
可愛い、と笑う妹の横で、泣きじゃくる弟の対比が無性に可愛らしくて、レオンの頬が緩んだ。

一頻り眺めて満足してから、エルオーネはヤドカリを海へと帰した。
ヤドカリは波の流れに攫われつつ、いそいそと遠くへ泳いでいく。


「貝がら、キレイな形してたから、持って帰りたかったのに」
「ヤドカリさんのおうちだから、あれは駄目だな。他にもキレイな貝があるだろうから、探してみよう」
「うん。ね、スコールも探そう!」
「……んぅ……?」


誘う姉に、スコールはすんっと鼻を啜って、首を傾げた。


「そうだなあ。皆で一緒に、キレイな貝探そうか」
「スコール、海に入って大丈夫なのか?」
「それもチャレンジしてみなくちゃな。エル、スコールの浮輪、持っててくれるか?」
「はーい」


ラグナが片手に持っていた、足入れ浮輪をエルオーネの前に浮かせる。
エルオーネは浮輪が波に流されないよう、両手で持って固定する。
その背中を、転ばないようにとレオンが支えた。

ラグナはスコールを抱え直して、車の形を模した足入れ浮輪の中へと入れてやる。
スコールの右足が足入れ浮輪の布に乗って、ラグナは何度かスコールの位置を調整させた。
小さな足が上手く穴に嵌ると、スコールの体は布の支えに乗って、ぷかぷかと海に浮かぶ。


「……?…?」
「どーだぁ、スコール。冷たくて気持ちいいだろ」
「??」


ラグナが笑い掛けてみるが、スコールは状況が判っていないのだろう、不思議そうな顔できょろきょろとあたりを見回している。
そんな弟の前で、レオンがぱしゃぱしゃと水面を叩いて見せた。
きらきらと光って跳ねる水飛沫に、丸い蒼の瞳が釘付けになる。

小さな手が目一杯伸ばされて、浮輪の外側へ。
傾く体重で浮輪がひっくり返らない様に、ラグナが反対側を手で押さえつつ、スコールが浮輪から零れ落ちないように注意する。
ぱちゃん、と小さな手が水面を叩いて、跳ねた水がエルオーネの顔にかかった。


「やー、冷たい!」
「やー!」


嫌がりながらも楽しそうな姉に、スコールも楽しくなってきたようだ。
二人でぱちゃぱちゃと水面を叩いて遊び出す。

きゃっきゃとはしゃぐ妹弟の傍ら、レオンも二人が飛ばした水にかかって、笑いながら濡れた顔を拭く。
と、その視線がふと浜へと向いて、波打ち際に立っている人に気付いた。


「母さん」
「おっ、レイン!」
「あっ!」
「ふあう。あうー」


波間に立っている母を見て、エルオーネがぱちゃぱちゃと水を掻き分けていく。
スコールは離れて行くエルオーネを目で追って、一足遅れて、母が来ている事に気付いた。
大好きな母の姿にスコールは目を輝かせ、抱っこをねだって両手を伸ばす。

気持ち良いよ、一緒に遊ぼう、と娘が母の手を引く。
水着を着ていないレインは、困った顔をしながら、ワンピースの裾を少しだけ持ち上げて、白波へと足を進める。
幼い息子が、母の下へ行こうと、水の中で足を動かしていた。
ラグナはそんなスコールを抱き上げ、レオンが浮輪を持って、レインとエルオーネの下へ向かう。

抱っこを求める息子を抱いて、レインはスコールの濡れた前髪を掬い上げた。
すっきりとした視界に母を映して、スコールは嬉しそうに笑う。



いつもと違う景色の中で、いつもと変わらず笑う家族の姿に、レインは眦に熱いものがこみ上げる。


「……おかーしゃ?」


拙い舌で呼ぶ息子に、なんでもないのよと笑い掛けて、抱き締める。
触れ合う肌から、潮の匂いと、いつもと変わらない高い体温を感じた。





ラグナ、レイン、レオン、エル、スコール。
皆で海へ。

末っ子の初めての海、家族揃っての小さな旅行。
終わって子供達が眠る家路まで、全てが幸せの形。

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