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2017年08月08日
同居生活を始めて以来、先に目が覚めるのは、大抵サイファーの方だった。
スコールは任務の言葉が絡めばスイッチが入り、自分で意識した時間に自動で目覚める機能が付くが、平時はその機能は完全にオフになっている。
この為、平時のスコールと言うのは非常に寝汚く、寝起きも悪い。
それでも、ガーデン寮で一人暮らし同然の生活をしていた間は、朝食の準備をする事があったのだが、サイファーと同居を始めてからは、専ら寝起きの良いサイファーが担うようになった為、起こされるまでベッドの住人になっている事が多い。
他にも、別の理由で起きたくても起きられない時もあるので、朝の準備と言うものは基本的にサイファーが引き受けるようになっていた。
今日のスコールは、目覚める事は目覚めたが、起きる気力がなかった。
腰が痛い、喉が痛い、と不満を呈するスコールを宥めて、サイファーは着替えを済ませて、キッチンへと向かった。
昨夜は少々張り切ってしまったので、サイファーも少々腰に痛みが残る気がするのだが、それでもスコールよりは遥かにマシである。
ふあ、と欠伸を漏らしながら、サイファーはパンをトースターに入れ、昨日の夕飯にスコールが作り置きしていたスープの鍋を冷蔵庫から取り出す。
鍋を火にかけて温めながら、その隣にフライパンを出して、真空保存されたベーコンのパックを開け、油は引かずにフライパンに乗せる。
焦げ付かせない程度に火力を調整し、放置しないように気を付けながら、レタスを千切ってサラダを作った。
ふつふつと鍋の中身が沸騰して来た所で、サイファーは鍋の火を止めた。
流し台のラックから二人分の食器を出していると、ぺたぺたと裸足の足音が聞こえる。
「おう、起きれたのか」
「……一応」
サイファーが振り返ると、腰を僅かに庇う仕草を見せながら、スコールがキッチンの入り口に立っていた。
起きれたんなら何よりだ、とサイファーは言ったが、直後にスコールの格好を見て眉根を寄せる。
「おい、それ俺のパンツじゃねえか」
「落ちてたから借りた」
「お前な」
「……ずり落ちそうだ。あんた、太ったんじゃないか」
「お前が細っこいだけだ」
スコールは部屋着にしている大きめのシャツと、サイファーのトランクスと言う井出達だった。
ズボンは面倒だったのか履いておらず、毛の薄い足が剥き出しになっている。
昨夜、その足に軽く噛み付いてやった時、酷く恥ずかしがって暴れていた癖に、今はその足首に噛み痕が残っている事も気にしていない。
嫌がる基準がいまいち謎だよな、と思いつつ、サイファーは火の通ったベーコンをフライパンから上げた。
「風呂場から自分の服取ってこい。もう乾いてるだろ」
「……ん」
昨日の夜、風呂に入っている間に洗濯機は回した。
それが終わると、脱水の終わった洗濯物は風呂場に干され、換気扇を回すのが毎日の通例である。
換気扇は一晩回り続けているので、余程厚みのある生地でなければ、服は大方乾いている筈だ。
スコールはのろのろとした足取りで風呂場へと向かって行った。
足元がまだ覚束無いのを見るに、腰の痛みは当然として、睡魔もまだ残っているのかも知れない。
ついでに顔洗え、と言うと、スコールは振り返らないままひらひらと片手だけを振って、脱衣所兼洗面所へと消えた。
トーストに良い焼き色が付き、スープをスープ皿に移して、朝食の用意は整った。
その頃にはスコールも服の回収を終えて戻ってきており、着替えを済ませて食卓テーブルについていた。
「ほれ、飯だ」
「ん」
「お前、寝癖ついてんぞ」
「……後で直す」
不自然に跳ねた横髪を指摘してやれば、スコールは眉根を寄せて答え、イチゴジャムに手を伸ばす。
ジャムを塗ったトーストを、スコールは大きく口を開けて齧る。
サイファーもベーコンにフォークを指して、口の中へと持って行った。
「食い終わったら買い物行くけどよ。お前も行くか」
「…何の買い物だ?」
「俺のガンブレ、ジャンクショップに預けてるんだよ。それの引き取りと、本屋と。後は適当にブラついて」
「昼飯、外か?」
「ああ。冷蔵庫の中身が少ねえから。んで、帰りに食糧まとめ買いして帰る」
一日の予定を話すサイファーに、スコールは水の入ったグラスを片手に、ふむ、と考える。
昨日まではお互いに任務があったので、命を削る現場にいた。
それを終えての昨夜であったので、それもあって今朝のスコールが疲れていた事もある。
だから今日は何もせずに家で寝て過ごしたいと言うのがスコールの本音であったが、外を見れば澄み渡った空がある。
どちらかと言えば出不精な気質であるスコールでさえ、少し出掛けてみても良いか、と思う程の気持ちの良い晴れ空であった。
「……昼飯もないなら、そうだな。行く」
「おう」
デートだな、とサイファーが言うと、出掛けるだけだろ、とスコールは言った。
二人で出掛けるんだからデートだ、と言うサイファーに、スコールはふぅんと興味のない様子で返すと、スープに手を伸ばした。
少し遅めになった朝食を終えると、片付けはスコールが担当した。
食事をするとそこそこ目が覚めるようなので、朝食作りをサイファーに任せる代わりに、片付けは彼が引き受ける事になったのだ。
スコールが食器を洗っている間に、サイファーが洗濯物を取り込んで畳んでいく。
自分の物とスコールの物をきっちりと分けつつ、店売りの商品のように綺麗に畳まれて行く服に、几帳面だよなとスコールは思う。
スコールもお気に入りの服は皺にならないように気を付けるが、それ以外は適当に済ませてしまうのが常だ。
サイファーは意外と主夫に向いているのかも知れない、と時々思う。
それぞれの仕事が終わると、着替えて出掛ける支度をした。
「最初はジャンクショップ?」
「ああ」
「……邪魔にならないか?」
「時間指定で取りに行くって言っちまったんだよ」
「…じゃあ、回収したら一回家に戻るか」
面倒だけど、と呟けば、それで頼むわ、とサイファーが言った。
家を出てから大きな道に出て、しばらく真っ直ぐ進んだ後、路地を一本中に入る。
夏本番になって眩く輝く太陽に、スコールはやっぱり家にいれば良かったかも、と早々に後悔していた。
しかし、隣を歩く男は、何処か楽しそうだ。
小さな看板を掲げただけの目立たないジャンクショップは、二人暮らしを始めてから、行き付けになった場所だった。
恰幅の良い男が経営している所で、今時珍しいガンブレード使いであるスコールとサイファーの事を痛く気に入り、ガンブレードの調整料金も安く割り引いてくれている。
傭兵として武器の修理調整は欠かせないので、頻繁に修繕に出さなければならないスコール達にとっては、有難い事である。
サイファーがジャンクショップに愛剣を預けたのは、昨日、仕事から帰って直ぐの事である。
時間にしてあれから12時間と経っていないのだが、傭兵と言う職業への理解も強い店なので、獲物がなくちゃ心許ないだろうと、優先して整えてくれた。
だから指定された時間に回収しなければならなかったのだが、修理の腕や値段を考えれば、その程度の手間は気にならない。
サイファーはケースに入ったガンブレードを受け取ると、一旦家へと帰り、愛剣を自室へと置いて、改めて二人は散策へと出掛けた。
「本屋か。何か気になるものでもあったのか?」
「“魔女の騎士”の復刊版の発売が今日なんだよ」
「……復刊版なんて。あんた、確か原本持ってるだろう。古本屋で見付けてバカみたいにはしゃいでたじゃないか」
「バカみたいは余計だ。それはそれ、これはこれだよ」
新しい本には新しい注釈がついていたり、解説がついていたりするから、確認しないと。
そう言うサイファーの隣を歩きながら、スコールはいまいち判らない、と思う。
紆余曲折の中で、それぞれ本物の“魔女の騎士”になったスコールとサイファー。
“魔女の騎士”と言うものが、単純に聞こえの良い称号だけの、格好良いものではないと言う事は、その身で実感した。
にも拘わらず、サイファーは相変わらず“魔女の騎士”に憧れている。
彼が憧れているのは、物語の中で描かれた“悲壮な宿命を辿った魔女を護る騎士”であって、現実のそれとは別物────と言う事らしいが、それでもスコールには、彼が“魔女の騎士”に憧れる事に共感は出来ない。
スコールがそう思うのは、魔女戦争の英雄として祭り上げられてしまっている事もあるが、それ以上に、
(……これの所為だと思うんだよな)
本屋でサイファーが見付けた復刻版の“魔女の騎士”の本を見て、スコールは眉根を寄せる。
本の表紙に載っているのは、映画版“魔女の騎士”の主演を務めた男────ラグナ・レウァールだ。
当時のフィルム映像の一部分を切り取り、コラージュして作られたのであろう表紙に載ったラグナは、最近スコールが逢った時に見たものに比べ、随分と若い。
きりりと引き締めた表情を浮かべ、隣の男と同じ───意図して真似ているのはサイファーの方だが───形でガンブレードを構えている男に、本人の平時を知っている所為か、無理をしているな、と思う。
スコールのそんな胸中は知らず、サイファーは見付けた本を早速レジへと持って行く。
レジが終わるまでの間、スコールはふらふらと本屋の中を歩いてみたが、気になる物は特に見付からなかった。
今月の月刊武器は既に買っているし、カードゲーマー向けの雑誌も、購入済み。
サイファーがレジを済ませて戻って来ると、そのまま店を後にした。
時計を見ると、昼前と言う時間。
朝食が少し遅かった事を思うと、食事にするには早いような気がしたが、あまりのんびりとしていると、いざ食べようと思った時には満席で何処にも入れない、と言う事にも成りかねない。
軽く食べられる所を探そうと言うと、サイファーが良い店があると言って案内し始めた。
サイファーに連れて来られたのは、小ぢんまりとしレストランだ。
個人で経営されているのだろう、席数は勿論、メニューの数も多くはない。
正午になって人が増えるとしても、大通りの店にあるような混雑はなさそうだ。
その静けさがスコールは気に入った。
「こんな店、あったんだな」
「ヘタレが見付けて来た」
「アーヴァインが?」
「セルフィとのデートコースでも探してたんだろ」
「……誘ってから探せよ」
「全くだ」
サイファーがメニュー表を開き、スコールへと見せる。
受け取って眺めてみると、ランチメニューはサンドウィッチが主だった。
これも物によっては多いんだよな、写真をチェックしながら、量が少なそうなホットドックとサラダを選ぶ。
サイファーはプレートセットを一つ頼み、食後のコーヒーは二人分注文した。
昼を迎えて、外の気温は一層上がりつつある。
窓から見える景色が、薄らと陽炎を滲ませているのを見て、早目に店に入って良かったとスコールは思う。
「───で、この後はどうする?」
「どうって……」
「用事って用事は済ませたからな。後は考えてなかった」
サイファーの言葉に、そう言えば適当にブラつく、としか言っていなかった、とスコールは思い出す。
「お前、何処か行きたい所あるか?」
「……俺は別に」
元々、外出する事に積極性もないスコールである。
特別気になるもの───カードであるとか、シルバーアクセサリーであるとか───がなければ、特に行きたい場所もない。
サイファーの用事について来たのも、単なる気紛れであった。
しかし、出不精のスコールが折角一緒に来たのだから、サイファーはもう少しデートを楽しみたかった。
「映画館でも行くか?」
「…何か見たいものでもあったのか?」
「いや、別に。なんか気になるものがあったら見てみようぜ」
「……」
映画館なんて、スコールは滅多に行かない。
それこそ、テレビCMで見たものをサイファーが気にして、引き摺られて行く位のものだ。
けれど、この暑い中を無作為に歩き回る事を考えると、映画館に行くのは悪くない。
映画館なら空調も聞いているし、座って流れるムービーを見ていれば良い。
肌に合わない映像なら、最悪、眠ってしまえば良いのだ、ともスコールは思っていた。
「……じゃあ、行く」
「決まりだな」
スコールの反応に、サイファーは満足そうに笑う。
運ばれて来たホットドッグを食べながら、スコールは此処数日で見た覚えのある映画のCMを思い出していた。
しかし、普段からその手の物に全く興味がないから、記憶も虚ろで、大したものは思い出せそうにない。
それを口にすると、行ってからのお楽しみで良いじゃねえか、とサイファーは言った。
────結局、スコールは映画館でスクリーンを眺めている内に眠ってしまうのだが、寄り掛かって眠る恋人の姿に、サイファーは存外と満足した休日を送るのであった。
『サイスコで何気ない日常の一コマ』のリクエストを頂きました。
張り合う事もなくのんびりと過ごしてる二人を。
スコールはちょっとお疲れです。昨日がアレだったので。それも含めてサイファーは満足してる。
「……暑い」
出迎えたウォーリアを見たスコールの第一声は、その三文字だった。
そのままぐらりと傾いた体を反射的に受け止めて、晒された項が驚くほど真っ赤になっている事に目を瞠る。
気温が真夏日を越えて猛暑日へ、若しかしたら酷暑まで到達するかも知れないと、天気予報で言っていた。
それを見てから、迎えに行こう、とウォーリアは言ったのだが、スコールが要らないと言った。
彼が一人暮らしをしている家から、ウォーリアの住むアパートまでは、徒歩で十分もかからない。
道中には路なりに木があるし、日陰を通りながら行けば大した事はない、何よりどうせあんたの家に行くんだから迎えなんて手間になるだけだろう、とスコールが言ったのだが、それに根負けした自分を、ウォーリアは遅蒔きに後悔した。
普段、スコールは外で過ごす事がなく、その所為か、肌も白い。
元々日焼けする性質ではない事もあり、痩せ型の体躯も相俟って、華奢に見える事もあった。
それでも、運動神経も良いし、スポーツマンには及ばないでも、平均的な体力筋力はある。
だから、きっと大丈夫だろう、とウォーリアは彼が家に来るまで大人しく待っていたのだが、コンクリートジャングルが齎す熱は、数字で見る以上に人体に負荷を齎す。
「スコール、大丈夫か?」
「……ん……」
呼びかけるウォーリアに、スコールは小さな声で返事をした。
しかし、それは問いかけへの返事と言うよりも、声が聞こえたので反応した、と言う程度だ。
ウォーリアはスコールを抱き上げると、リビングへと運び、ソファの上に寝かせた。
リビングは空調のお陰で快適な温度となっており、スコールは火照った肌に触れるひんやりとした涼風に、ほっと安堵の息を吐く。
ウォーリアは冷蔵庫を開け、冷やしていた麦茶を取り出した。
水出しの麦茶をグラスに注ぎ、氷を二つ入れてリビングへと運ぶ。
汗の滲む額に手を当て、ぼんやりとしているスコールに見えるように差し出すと、スコールはちらりとそれお見遣って、ゆっくりと起き上がる。
「……悪い…」
「構わない。ゆっくり飲むと良い」
「……ん」
グラスを傾け、こく、こく、と少しずつの麦茶を喉に通して行くスコール。
肌の赤味は中々消えないが、蒼の瞳には明瞭な意識が戻って来ているのが判って、ウォーリアは胸を撫で下ろした。
「すまない、スコール。やはり迎えに行くべきだった」
「…別に、そんなの要らないって言っただろう」
詫びるウォーリアに、スコールは眉根を寄せて言った。
中身を半分まで減らしたグラスの中で、小さくなった氷がカランと音を立てる。
「だが、私が車を出していれば、こんなにも辛い思いはしなかっただろう」
「……それは、まあ……そうだけど」
「すまない」
「……だからって、あんたが謝るものでもないだろ…」
断って歩いて行くと言ったのは自分だ、とスコールは言って、もう一口麦茶を飲む。
確かに、ウォーリアが迎えに来てくれていれば、炎天下を歩く事はなく、コンクリートジャングルの熱に焼かれる事はなかった。
しかし、彼の申し出を断った時点で、あとは自分の責任だとスコールは思う。
鉄板の如く熱くなった地面と、ビルの窓ガラスから乱反射して落ちて来る陽光熱、更に無風状態により滞留するばかりの熱された空気。
それらを侮った自分が悪いのだ、とスコールは思うのだが、
「いや、私が気付くべきだったのだ」
「……あんたな……」
あくまでも自分に責があるのだと言うウォーリアに、スコールは呆れるしかない。
甘過ぎる、と呟いて、反論したい気持ちに駆られつつも、じっと見詰めるアイスブルーの瞳に後悔の念が強く滲んでいるのを見て、閉口した。
こう言う時は、ウォーリアが納得できるように好きにさせるのが良いと、短くない付き合いで学んでいる。
スコールがじっと静かに冷茶を飲んでいると、ウォーリアがおもむろに立ち上がる。
「冷やしたタオルを持って来よう。肌も冷やした方が良い」
「……ああ。ありがとう」
炎天を歩いて来たお陰で、スコールの肌はすっかり焼けて赤くなっている。
家の中に入った今でも、ヒリヒリとした感覚は続いていた。
ウォーリアは洗面所から清潔なタオルを持ち出すと、キッチンの水道でしっかりと濡らした。
軽く絞って水滴が出ない程度まで水気を抜いて、リビングにいるスコールの下へ戻る。
タオルを差し出せば、スコールは「…ありがとう」と小さな声で言って、タオルを受け取り、未だ汗の止まらない顔に押し付ける。
「……つめたい」
「………」
「良いな」
タオルから顔を離したスコールは、頬の赤身が微かに抑えられていた。
そのまま腕を軽く拭き、タオルが温くならない内にと、首に宛がう。
血管の集まっている場所が冷えると、籠っていた体の熱も徐々に逃げて行くような気がする。
そのままじっとしているスコールを見詰めて、ウォーリアが努めて柔らかな声で言う。
「スコール。タオルをもう一つ、冷やしてこようか」
「いや、これで良い」
「では、麦茶を」
「それも良い。あんまり冷たいものばかり飲んだら、腹に来る」
ウォーリアの気遣いを有難くは思いつつも、少し過剰だな、とスコールは思った。
責任を感じている分、何かしなければと思っているのだろうが、スコール自身は玄関から此処まで運んで貰った上に、麦茶も貰って、それで十分だ。
スコールはグラスに申し訳程度に残っていた麦茶を口に入れた。
僅かに残っていた氷が、スコールの口の中に入って、舌の熱で直ぐに溶けて行く。
涼が喉を通って行くのを感じて、スコールは一心地ついた気持ちで、ソファの背凭れに寄り掛かった。
「もう十分だ。……心配させて悪かった」
「構わない。だが、本当にもう大丈夫なのか?」
「問題ない」
「ティーダから、一昨日、体育の授業の時に倒れたと聞いたが」
「……」
ウォーリアの口から紡がれた友人の名に、あいつ、とスコールの眉根が寄る。
確かに、一昨日の体育の授業中、スコールは日射病で気を失いかけた。
幸い、意識を飛ばす程には至らず、グラウンドの隅の木陰で休む程度で済んだが、友人達を酷く心配させた事には変わりない。
それがどうしてティーダの口からウォーリアに伝わったのかは判らないが、何にせよ、口の軽い友人を少々恨む。
妙に過保護なウォーリアに知られたら、きっと過剰に心配して面倒になるだろうから、黙っていようと思っていたのに。
休み明けにティーダには一言言わねばなるまい。
そんな事を考えるスコールの頬に、ひたり、と冷たい手が触れる。
「…まだ少し暑いな」
「……あんたの手が冷たいんだろう」
濡らしたタオルを絞った為に、ウォーリアの手は少し冷たくなっている。
やっぱり過剰な心配なんだ、と思いつつ、スコールはウォーリアの手を振り払う事はしない。
ゆっくりと、労わるように触れる手指の動きに、少し照れ臭いものを感じるけれど、冷たい感触は心地が良かった。
猫のように目を細めるスコールを、ウォーリアはじっと見詰めている。
家に迎えた時よりも、頬の赤味は落ち着いたが、日焼けの名残は未だに残っており、普段の白さと違って微かに肌が紅潮している。
「…日に焼けると、君は痛みを感じるそうだな」
「ああ。だから夏は嫌いだ」
「難儀だな。今は痛くはないのか?」
「……これのお陰で、少し落ち着いた」
これ、と言ってスコールが示したのは、首にかけた濡れタオルだ。
もう大して冷たいと思う程の温度ではないが、水分補給をしたからか、まだじわじわと滲んでいる汗を拭うのに役に立っている。
そのタオルの端から、スコールの浮き上がった鎖骨が隠れては覗く。
じわり、と何かが自分の中から滲み出て来るのを、ウォーリアは感じていた。
微かに赤い頬を撫でる指が滑り、両手でスコールの顔を包み込んで上向かせる。
きょとんとした瞳の蒼灰色がウォーリアを映した後、近付く気配を感じ取って、ウォーリアは己の手の中で、スコールの頬がまた熱を持つのを見た。
「おい、ウォル────」
名を呼ぼうとする唇を、そっと塞ぐ。
スコールはしばらくの間混乱した表情を浮かべていたが、直にそれも消え、躊躇い勝ちに伸ばされた手が、ウォーリアの服の端を握る。
ウォーリアが細腰に腕を回して抱き寄せると、その体は抵抗することなく腕の檻へと閉じ込められた。
熱を帯びた少年の姿は、情欲の時を仄かに匂わせる。
恐らくは無自覚であろう恋人に、ウォーリアはどう言って聞かせれば良いかと考えながら、深い口付けに伝わる熱に酔って行った。
『スコールが暑いと愚痴ったら、心配されて看病されたかと思ったら、いつの間にかエロに』のリクエストを頂きました。
相手の指定がなかったので、現パロWoLで書かせて頂きました。
レオンとスコールが不特定多数の人間との関係を強要されている描写があります。
二人とも病み気味。救いなし。
始まりは、何処だったのか。
大事なものを守る為だった────ように思うのだが、選んだ事によって、守りたかったものが守れたのかと問われると、レオンに答えられなかった。
初めは、多分、守れていたのだと思う。
希望の混じった、根拠のない結論であるけれど、そう思わなければレオンは足元が崩れて行きそうだった。
その結論が覆されるようになったのは、向かった先に弟の姿を見付けた時だ。
彼の為にこの身を汚す事を受け入れたと言うのに、どうして、と目を見開くレオンに、弟は「あんたを助けたい」と言った。
弟のその心は嬉しかったけれど、同時に、何てことを、と思った。
お前をこんな場所に近付けさせない為に、この選択をしたのに、と頽れて泣くレオンを、弟はどんな気持ちで慰めていたのだろうか。
その日から、何度、代わる代わる汚されただろうか。
慣れない痛みと行為に、彼が歯を食いしばって呻いているのを何度も聞いた。
気を失った彼にそれ以上の負担を強いたくなくて、其処から先の全てを引き受け、目覚めた彼を横目に、汚い行為に耽っていた事もある。
そんな兄を、見ていられないと彼が噛み付くと、それを面白がる者もいた。
弟の前で兄を、兄の前で弟を暴く事を愉しみにすると言う、実に趣味の悪い人間に気に入られた時は、噛み千切ってやろうかと本気で考えたものだ。
そうして、二人で重く苦しい夜を何度数えたか。
癒えない疲労が蓄積されてているのだろう、弟────スコールは、昼になってもベッドから起きて来なかった。
食事を持って様子を見に行くと、ぼんやりとした瞳を向けて来て、レオンの姿を見るとぼろぼろと泣きだした。
とてもではないが食事など採れる状態ではない。
レオンは食事を脇に置いて、涙を流すスコールを抱き締め、彼のベッドで共に蹲った。
(……スコールはもう限界だ)
腕の中で、滔々と涙を流しながら縋る弟を抱き締めながら、レオンは思った。
此処しばらく、スコールは学校に行っていない。
夜の時間を長く感じるようになってから、疲労も重なり、早朝に起きる事が出来なくなった。
目覚めてからもぼんやりと過ごしており、勉強など手に着かず、家を出て学校に向かう気力もない。
スコールは、レオンが傍を離れると、不安になってその姿を探す事も増えた。
レオンの為に夜毎の恐怖を堪えているのに、その最中に意識を飛ばせば、目覚めた時にレオンが責め苦を引き受けている。
それを何度も見ている内に、スコールは、自分の知らない内にレオンが酷い目に遭っているのではないか、と思うようになっていた。
だからレオンの姿が見えないと、慌てふためき、兄の無事な姿を見るまで安心する事が出来ないのだ。
そんなスコールの姿を見て、レオンの心も限界が来ていた。
(……お前だけは、こんな目に遭わせたくなかったのに)
知らぬ間に忍び足で背後まで近付いていた、全てを失う危険性。
それを回避する為に、レオンは己を差し出した。
自分一人が耐えていれば、後は全て解決するのだと信じて。
しかし、レオンがこの選択をしてしまったが故に、スコールもこの世界へ踏み込んでしまった。
それは血を分けた兄を大切に思うが故の行動であったが、今となっては、それによって兄弟は互いに足枷を嵌め合った形になっている。
スコールの選択を、レオンは責めるつもりはない。
だが、どうして、と問い詰めたい気持ちは、いつまでも消えなかった。
スコールが何も知らない世界で、以前と変わらず笑っていてくれたら、レオンはそれで救われたのだ。
それだけ辛い思いをしても、痛みを強いられても、弟が光の世界で前を向いて歩いていてくれたら、全てを堪えて行く事が出来ると。
(……スコールだけでも、なんとか……)
今のスコールを、レオンは見ていられなかった。
どうにか彼だけでも元の生活に戻してやりたいと思う。
なんとか方法を探そうとするレオンだが、彼も昨夜、それ以前から続く疲労を抱えており、思考はどれだけ巡らせても一向にまとまらなかった。
────と、ポーン、と玄関のチャイムの音が鳴る。
レオンは、スコールが少しずつ落ち着きを取り戻しているのを見て、ゆっくりと体を起こした。
甘えるように伸ばされた手を緩く握って、ぼんやりと見詰めるスコールの眦にキスをする。
ほ、と微かに安堵の吐息が漏れたのを見てから、レオンは握っていた手を離した。
ふらつく足を叱咤しながら、玄関に向かい、ロックを開ける。
ドアの向こうに立っていたのは、レオンと恋人関係にある、一人の男だった。
「来るのが久しぶりなってしまってすまないな。大丈夫か?」
「……ああ……いや、うん。俺は大丈夫だ」
上がってくれ、とレオンが促すと、男は頷いて敷居を跨いだ。
この男は、レオンが何をしているのか、どうして疲労しているのか知っている。
突然降りかかった不幸と、大切なものを守る為のレオンの選択を、いの一番に気付いたのが彼だった。
恋人がいるにも拘わらず、体を差し出したレオンの事を、彼は詰る事はせず、止むを得ない選択であった事を受け止めてくれた。
それからは、他人である自分に出来る事は少ないけれど、と言って、時折レオンの様子を見に来ては、恋人の心のケアに勤めていた。
男は、玄関先の下駄箱に、若者向けのスニーカーが入っている事に気付いて、レオンに声をかける。
「レオン。スコールはどうしたんだ?」
「あ……ああ。今日は気分が悪いから休みたいって言ったんだ」
「風邪か?」
「…まあ…そう、だな」
「病院には?行っていないなら、俺が連れて行こうか」
「…いや、其処までのものじゃない。熱も下がっているから、寝ていれば落ち着くと思う」
恋人が弟の事を気遣ってくれるのは有難かったが、レオンは彼の申し出を断った。
彼はスコールの事も大切に想ってくれるが、だからこそ、スコールの現状については言えない。
スコールも知られたくないだろうと、大事はないのだと言葉で誤魔化して、レオンはリビングへ向かう。
男もその後ろについて行こうとしたが、
「レオン、少しスコールの様子を見て良いか?」
「…寝てるかも知れないぞ」
「それなら、直ぐに出るさ。少しだけ邪魔をするぞ」
出来ればそっとして置いてやって欲しい、とレオンは思ったが、言えなかった。
余り強く拒否すると、不自然に見えて、スコールの現状に気付かれるかも知れない。
気付いてくれるなら、助けてくれるかも知れない、と言う淡い期待もあったが、スコール自身がきっと他人には知られたくないだろうと思ったのだ。
レオンが穏便に断る言葉を探している内に、男は弟の部屋へと入ってしまった。
それを見送ってから、そう言えばスコールの飯がまだだった、と彼の部屋に置いたままにしていた料理の事を思い出す。
レオンがスコールの部屋のドアを開けると、男はベッドの横に座っていた。
スコールは男に背を向けて横になっており、男の頭を撫でる手を甘受したまま、ぴくりとも動かない。
眠ったのかも知れない、と思って、レオンは声を出すのを止めた。
冷めきってしまった料理を乗せたトレイを持って、恋人は気が済むまで好きにさせる事にして、リビング兼キッチンへと移動する。
(スコール……眠ってしまったかな)
泣き疲れて眠ってしまったのなら、それも良い。
怖い夢を見ないで、深く眠ってくれたのならば、休息も取れるだろう。
手付かずの料理はラップで閉じて、冷蔵庫へ入れた。
時計を見ると午後を迎えており、レオンは自分が昼飯を食べ損ねている事に気付いた。
けれど、腹が減っているとも思えず、まあ良いか、と自暴自棄に投げる。
携帯電話のメール音が鳴ったのは、その時だった。
ピリリリリ、と無情な音が響いた瞬間、レオンの肩がビクッと跳ねる。
「………」
リビングの食卓テーブルに置いたままの携帯電話を見るレオンの目は、胡乱なものだった。
チカチカと光るパイロットランプに、気付かなかった事にしてしまいたい、と思う。
しかし、そんな事をしたら、きっと今度は部屋で寝ているスコールの携帯電話が鳴るに違いない。
震える手で携帯電話を手に取り、メール機能を開いた。
受信フォルダに入っているメールのアドレスは、電話帳に登録されていない、英数字をランダムに並べただけのものだ。
それが一日に一回、必ず兄弟どちらかの携帯電話に届く。
このタイトルが空白のメールが、単なる悪戯メールや、迷惑メールである事を、何度願ったか判らない。
そう願いながらメールを開けば、いつも通り、吐き気のする内容が綴られている。
『午後十一時、Dホテル509号室』
書いてある文章は、たったこれだけ。
これだけの物が、レオンにとっては酷く悍ましいものだった。
簡素なメールが告げているのは命令で、指示した場所に時間通りに向かえと言う事。
時にはこれにレオンのみ、スコールのみと言う指示も入るが、それがないと言う事は二人で行けと言う事だろう。
出来れば今日は───本音を言えば、今日でなくとも、これからもずっと───スコールを休ませてやりたいかったのに、これでは叶いそうにない。
メールに返事が出来れば良いのに、使い捨てなのか、プログラムを弄って成り済まし技術を使っているのか、記載されているアドレスに送っても、いつも『宛先なし』のエラーメッセージが出るだけだった。
溜息を吐くと、今までの疲労が一気に肩に伸し掛かった。
椅子を引いて、崩れ落ちるように其処に座って、レオンはテーブルに突っ伏す。
と、そんなレオンの肩が、ぽんと叩かれた。
「あ……」
「やっぱり随分疲れてるみたいだな」
「……すまない」
「お前が謝る事じゃない。頑張ってるんだろう?」
「…頑張っている、と言っていい事かは判らないが…なんとか、な」
胸を誇って言えるような事をしている訳ではないと、レオンは判っている。
それでもやらなければいけないから、苦い気持ちを押し殺しているに過ぎない。
男はそんなレオンの隣に座ると、この数ヵ月で心なしか痩せた肩を抱いた。
「大丈夫だ。直に終わるよ」
「……だと、助かる」
「大丈夫。大丈夫だ」
言い聞かせるようにそう言って、男はレオンの顎を指先で捉えた。
レオンが顔を上げると、男の僅かに罅割れた唇が、レオンのそれと重なる。
滑り込んだ舌が歯の裏側をなぞった瞬間、ぞくぞくとしたものがレオンの背中を奔った。
毎夜のように繰り返され、否応なく押し付け与えられる内に、レオンの躯はそれらに敏感に反応するようになった。
以前はそんな自分に嫌悪もあった筈なのに、段々と麻痺して来たのか、今ではぼんやりと愉悦のようなものも感じてしまう。
恋人の口付けにそんな意図はないだろうに、酷く浅ましくなってしまった躯を知られはしないかと怯えながらも、求めてくれる彼に縋らずにはいられなかった。
以前は触れ合う事を楽しむような口付けばかりだったのか、いつの間にか貪り合うように深くなっている事にレオンは気付いていなかった。
意識が溶けて、海に溺れ沈んでいくように、形を失くしていく気がする。
だから、レオンは気付かなかった。
口付ける男が、夜毎に見る男達と、同じ顔で笑っている事に。
ベッドで眠る弟が、同じ愉悦を同じ男に強いられ、同じように溺れていた事に。
あと少しだよ、と言った男の言葉は、慰めか、それとも。
『彼氏に援交を強要されてお互いに病み始めているレオスコ』のリクエストを頂きました。
二人はまだ気付いていないけど、どちらも同じ彼氏(二股)で裏で手を引いている感じと言う事で。
可哀想なレオスコ兄弟のネタは大好きです。
アナザースコール(指揮官衣装)×ノーマルスコールです。
ドッペルゲンガーを見ているようで、酷く気分が悪かった。
単純にそれに等しいものであれば、他のイミテーションと同じように屠れば終わる話だったのだが、そうも行かなかった。
それが想像していた以上に強かったと言う誤算もあるが、それが自分と同じように喋り動くのだから、此方のペースが崩される。
饒舌とまでは言わずとも、自分よりも口が回りそうなのも腹が立つ。
そして、何よりスコールの苛立ちを煽るのは、その井出達だ。
姿形が自分とそっくり、鉱石じみたイミテーションと違って肌から髪から顔パーツまで色を再現している事は勿論だが、その癖、違う衣服を身にまとっているのが癪に触った。
この世界に召喚されてから随分と経つが、スコールはあまり衣服の種類を持っていない。
平時から来ているファー付きのジャケットの他は、何処で着用していたのだったか───自分のものである事に間違いはない筈だが───黒のノースリーブのシャツ位のもの。
休息時に着るラフな服も幾つかあるので、それらをローテーションさせれば、生活に置いて特に困る事はなかった。
だから、元の世界で着れる事を目指していた服がない事も、特に気にしてはいなかった。
バラムガーデンに所属するものだけが獲得できる称号、SeeD。
正式にその名を持つ事を許された者だけが着る事が許される、制服────通称SeeD服。
それを、まさか自分そっくりのイミテーションが着ているだなんて、業腹だ。
スコールにとって不幸中の幸いと言えるのは、このイミテーションが混沌の駒だと言う事だ。
他の戦士に使われているのか、混沌の神に“戦士”として召喚されたのかは知らないが、スコールはそれについては深く気にしていない。
彼の出生等と言うものは、屠ってしまえば意味のないものなのだから。
ジタンとバッツと共に斥候に出たスコールを、混沌の大陸への道筋で迎えたのが、SeeD服を着たイミテーションのスコールだった。
彼との遭遇は非常に厄介であったが、スコールは構わず剣を構える。
傍らに魔女か皇帝でもいれば違うが、彼は単独で現れた時、スコール以外には露とも興味を示さない。
今日も単独現れたイミテーションは、通例の如く構えた剣をスコールへと向けた。
この相手に限っては、スコールも売られた喧嘩を買わない理由はなく、寧ろ一刻でも早く自分のドッペルゲンガーもどきを消したいのが本音であった。
だからこれも通例の如く、スコールはジタンとバッツに斥候任務を続けるように指示して、自身はその場に残って剣を握った。
イミテーションは、実力までそっくりスコールを鏡にしていた。
冷静に打ち合えばいつまでも鍔迫り合いが続き、思考も同じなのか、攻めるタイミングも退くタイミングも重なる。
となれば先手を打ちながら相手の行動の先の先の先を読むのが勝利の鍵となるが、それもお互いに同じ事を考えているのだろう。
裏を掻き、その裏を掻き、そのまた裏を────と繰り返される読み合いは、何度重ねられても、決着まで辿り着かない。
こうなってくると、勝負の差は精神面から縺れて来る。
余裕を見せているのは、癪な事に、イミテーションの方だった。
元々スコールは、このイミテーションと対峙する度に、苛立ちを募らせていた。
自分とそっくりの形、SeeD服を着ている事、加えて常に何処か余裕を滲ませた表情を浮かべている事。
一つ一つの気に入らない事が積み重なり、今では自分と同じガンブレードを持っている事すらも腹立たしくて仕方がない。
武器の形なんてものは、他の鉱石じみたイミテーションも同じ事なのだが、こと目の前のイミテーションに対する苛立ちは、有象無象の比ではなかった。
そうしたスコールの苛立ちは、心の何処かで、焦燥にもなっていたのだろう。
先んじたつもりの一手が、勇み足であった事に気付いた時には、既に遅かった。
「貰った!」
「!!」
喜々すら滲ませたような表情で、イミテーションはスコールの剣を打ち上げた。
強い力で弾かれたガンブレードに響いた振動が、スコールの手を痺れさせる。
緩んだ力から逃げるようにガンブレードが宙に舞い、弧を描き、イミテーションの後方数メートルの場所へと突き刺さった。
しまった、と自分の状況を把握したと同時に、肩からの当て身を食らって後ろに吹き飛ぶ。
受け身も取れずに地面を転がったと思ったら、その体を捕まえられて、地面に背中を押し付けられた。
重石が腹の上に乗った直後、目の前に閃いた銀色に、死ぬ、と確信する。
────しかし、銀色はスコールを貫く事はなく、ガキンッ、と固い岩盤にぶつかった音を立てて、イミテーションのガンブレードは、スコールの顔のすぐ横に突き立てられていた。
「……っ!」
間一髪の所で生き延びた事は理解する。
同時に混乱も襲った。
マウントを取ったこの状態で、この距離で、最後の一撃を外すなど、絶対に有り得ない。
意図的でなければ起きない事だと、スコールは眉根を寄せて、腹に乗る男────SeeD服のドッペルゲンガーを睨んだ。
腹に乗る重石は勿論の事、その体重はスコールの両腕も捉えていた。
片足の裏でスコールの右腕を踏み、左腕は逆の足の膝で押さえ付けている。
しっかりと部位を捕えて押さえ付けている為、スコールは体を起こす事も出来ない。
「…何のつもりだ…!」
闘志と敵意を失わない瞳で、スコールはイミテーションを睨みつける。
イミテーションは、蒼灰色の瞳にうっそりと昏い笑みを浮かべていた。
「気分はどうだ?“スコール”」
「……っ!」
自分と同じ顔に、自分の名前を呼ばれる。
酷く奇妙で、気分の悪い話だ。
スコールは体を捩って、伸し掛かる男を払い除けようとするが、ぐり、と腕を踏む足に力が入るだけだった。
SeeD服は式典等でも着用する事もあってか、地味であるか厳めしいかの軍服とは違い、やや加飾がある。
とは言え、そのままの格好で戦闘に突入する事も計算に入れられている為、案外と動きやすい作りで出来ている。
服に合わせて配給されるブーツも同様で、靴底には厚みもあり、甲の部分には鉄も仕込まれていた。
この為、ただの靴に比べれば重みがあり、履く者が意識して力を込めて踏みしめれば、靴裏の溝が歯のように踏むものに食い込んでくる。
長袖のジャケット越しに、スコールは靴裏の感触に顔を顰めていた。
一瞬の油断と、判断ミスが招いた結果に、悔しさと、それ以上にこの状況への屈辱感が募る。
イミテーションはそんなスコールを見つめ、くつくつと嗤った。
「良い格好だな、“スコール”」
「……黙れ」
「一度でいいから、お前をこうしてやりたかった」
「なら満足したな。退け。殺してやる」
吐き捨てるように言うスコールに、そうは行かない、とイミテーションは言う。
スコールの真横に突き立てられていたガンブレードが引き抜かれた。
持ち上げられれば、今度こそ終わりだろうと思ったスコールだったが、イミテーションは剣を握る腕は横に垂れたまま、殺意を見せる事はない。
見下ろす蒼には愉悦が灯り、獲物を前にした猛獣のように、赤い舌が薄い唇を舐る。
チャリ、と小さな音を立てて、ガンブレードが持ち上げられる。
グリップの尻に取り付けられた銀色を見付けて、スコールの眉間の皺が深くなった。
「そう睨むな」
「……」
「俺もお前も、同じなんだから」
「……一緒にするな」
嫌悪を隠さないスコールの表情に、イミテーションのスコールがくつくつと笑う。
「お前は、自分が“本物”だと思っているのか?」
「……?」
イミテーションの言葉に、スコールはその意味を汲み取れずに眉を潜める。
だが、相手がイミテーションであり、混沌の駒である事を思い出し、思考を引き締める。
意識して眼力を失うまいとするスコールに、イミテーションはゆっくりと顔を近付けた。
体を屈める事で、腕を踏む足に重みが加わっている。
スコールは腕の骨が抗議を上げるのを聞きながら、痛みを顔に出すまいと唇を噛む。
スコールの喉元に詰めたい刃が当てられた。
少しでも動けばどうなるのか、それを匂わせながら、スコールの顔を間近で見詰めながら言う。
「この世界にあるものが、本物だと思うか?己が本物でるとするならば、何を持って偽物になると思う?」
「……」
「お前が本物だと思うものは、偽物でもある。違いは、それを本物であると思うか、偽物であると思っているか、それだけだ」
「……意味不明。黙れ」
「お前が本物と言えば、お前にとっては本物だろう。お前が自分を“本物”だと思い、俺を“偽物”だと考えるように。だが、それは逆でも成り立つ話だ。俺が俺を“本物”で、お前を“偽物”だと思えば、そう言う事になる」
「……」
「つまり、この世界にあるのは、そんなものだけだと言う事だ」
それを締め括りのようにして、イミテーションは満足そうに薄昏い笑みを浮かべる。
戯言だ、とスコールは思っていた。
妙に自分にそっくりなものだから、顔を近付けられると鏡を見ているようで酷く気持ちが悪いが、結局目の前の男はイミテーションだ。
それを除いても、この“SeeD服を着たスコール”は、混沌の駒────敵以上の何物でもない。
魔女や皇帝の入れ知恵や、仲間すら利用し合う関係にある混沌の戦士が喋る事など、姦計を含むものでしかない。
敵の下らないお喋りに付き合う暇があったら、この状況を打破する手段を考えるべきだ。
スコールは早々にその結論に行き着いて、伸し掛かる男の隙を伺うが、喉元に突き付けられた銀剣が何よりも邪魔で仕方がない。
(魔法を打てば。だが、この状態では、当てる事も出来ない)
腕を左右に投げ出される形で押さえ付けられている為、自由に動くのは手首位のもの。
魔力を集約させ形にするまでの時間を考えると、剣が喉を貫く方が早いのは明らかだ。
どうすれば、と思考を巡らせていると、相手もそれを察したのだろう。
イミテーションの唇が弧をに歪み、触れそうな程に近付けていた顔が離れる。
すると今度は、空の左手がするりとスコールの鎖骨を擽った。
「……!?」
突然の意図の読めない触れ方に、スコールが目を瞠る。
イミテーションはスコールのその表情に、楽しそうに笑った。
「素直な反応は面白いな」
「……っ!」
馬鹿にされている。
スコールはそう感じて、ぎろりと同じ顔の男を睨んだ。
喉に突き付けられていた剣が引き、矛先を変える。
逆手で持ったガンブレードの切っ先が、スコールのシャツの襟を引っ掛けた。
そのまま手首の捻りだけでゆっくりと剣先が動いて良くと、繊維がぷちぷちと小さく音を立てながら千切れて行き、スコールの胸元が露わになる。
「な……」
何を、とスコールが再度目を瞠ると、イミテーションは自分のSeeD服の襟詰めボタンを外した。
その仕草を見て、ぞわりと悪寒染みたものがスコールの背中を奔る。
イミテーションの手が、ひたり、とスコールの胸に宛がわれた。
ゆるゆると動く手の動きが、まるで愛撫を思わせるものになって、スコールの背中に益々怖気が走る。
嫌なものが近付いて来るのを感じて、スコールは頭を振り、足を暴れさせて、抵抗を試みた────が、未だイミテーションが握る銀刃は、スコールの肌の上数ミリの場所で止まっている。
「あまり暴れると、黙らせるぞ」
「……っ!」
黙らせる、と言う言葉が、単純にその言葉通りのものではない事は直ぐに判った。
この状況から銀刃が少しでも力を籠めれば、胸でも腹でも、簡単に刺し貫く事が出来る。
心臓の位置にピンポイントで突き立てられれば、即死だろう。
「かと言って、全く反応がないと言うのも面白くない」
「…俺はお前の玩具じゃない」
「玩具だ。お前は俺の、俺はお前の、な」
「違う!俺は玩具じゃない!」
そんな物にはならない、と反論するスコールに、イミテーションは益々笑みを深めていく。
含みのある表情を浮かべる、自分とよく似た顔の異物に、スコールは嫌悪感ばかりが募っていた。
何処か人を馬鹿にしたような表情も、それを自分が向けられている事も、腹立たしくて仕方がない。
もう偽物の持ち物でも構わない、胸に宛がわれたガンブレードを奪って、その切っ先を目の前の男の顔面に突き刺してやりたかった。
ぎりぎりと射殺さんばかりの眼光で睨み続けるスコールに、イミテーションがまた顔を近付ける。
「俺にとってはどうでも良いが、お前にとって、俺はお前の偽物だ」
「……」
「その偽物に本物が食われたら、どうなると思う?」
何を示唆して問うているのか、その意味も、問う事の意味も、スコールには判らない。
ただ、目の前の“偽物”がこの状況を面白がっている事だけは確かだろう。
腹立たしい、忌々しい。
全く違う表情をしている筈なのに、まるで鏡を見ているようで。
まるでこの世界にあるもの全て、自分さえも、鏡の中にいるようで、粉々に砕いてしまいたい。
その時、砕けて散る中に、自分の破片があるのかどうか、“スコール”は知らない。
『スコスコで、アケディアのSっ気のあるSeeD服スコールと、いつものスコール』のリクエストを頂きました。
指揮官スコール×ノーマルスコール、見ていてとても美味しい組み合わせ。
アケディアのスコールは美人で生意気ですが、指揮官フォームともなるとまたSみが増しますね。
そんな訳で、ヒールブーツで部下を踏んづけてそうな指揮官様が降臨しました。
海は危ないものだから、穏やかに見えても、決して油断してはならない。
それは幼い頃から、親や学校の先生の口から、何度も繰り返し言い聞かされて来た事だった。
幼い頃のスコールには、それは一種の脅し文句にも似て、元々の気弱さも手伝い、“海は怖いもの”“海は危ないもの”と言う認識が成り立っていた。
だから幼い時分のスコールは、海に行こうと盛り上がる家族の横で、怖いから行きたくないと泣いたり、海に着いたら着いたで白波の傍にすら近付こうとはしなかった。
スコールの海嫌いが克服されたのは、小学校のプールで泳げるようになってからだ。
海への恐怖心は、水への恐怖心にも共通するものがあったのだが、教師や兄、姉が根気良く練習に付き合ってくれたお陰で、十歳になる頃には浮輪がなくても泳げるようになった。
その頃から、夏になると市営プールへ通うようになり、海辺でも少しずつ遊ぶようになって、“海は怖いもの”と言う先入観は抜けて行った。
とは言え、海難事故と言うのは何年経っても無くならないもので、夏のニュースが騒がれる度、気を付けなければ、と慎重になる事は忘れない。
それでも、何処かで油断があったのだろう。
近所ぐるみの付き合いで、スコールの家とクラウドの家、他にも数家族と一緒に海に行くことになった。
親同士は勿論、子供達もよく知った仲であるから、気兼ねはいらない。
とは言え、それでも集団行動を苦手とし、出来れば一人静かに過ごしたいタイプであるスコールは、海でも少し皆の輪から外れた場所にいた。
初めこそティーダやヴァンに引っ張られるようにして海で泳いだりもしたのだが、テンションの高い友人達と同じペースで遊べる性格ではないのだ。
適当な所で切り上げたスコールは、皆の輪からこっそりと外れて、足のつく深さの場所で水の冷たさに親しんでいた。
(クラウドは……あそこか)
まだ爪先が海底に届く場所で、スコールは浮遊感に半分身を委ねつつ、浜辺を見遣る。
視線の先では、ティーダ、ヴァン、ザックスと共にビーチバレーをしている恋人の姿がある。
親友同士と呼び合うだけあって、チームを組むザックスとの息はぴったりと合っていた。
その様子に、案外と幼いスコールの意識は、じわじわとした嫉妬の感情を滲ませる。
自覚すると、自分のちっぽけさを感じさせる感覚に、スコールは息を吸って思い切り深く潜った。
冷たい水の中で、バカバカしい焼餅も解けて消えてくれるように。
────そうしてしばらく潜り続けて、息苦しさを感じて、そろそろ浮き上がろうかと思った時。
「……っ!!」
右足に急激な強い痛みを感じて、スコールの体全体が緊張に引き攣った。
ごぽっ、と口の中に残っていた微かな空気が逃げて行く。
本能が生存の方法を求めて、手足がもがく。
掻きわけてようやく頭が水上に出ても、スコールはその事に気付いていなかった。
未だ酸素のない暗闇の中で、縋るものを求めるスコールの手が、何も掴むもののない空中を何度も引っ掻く。
酸素を求めて開いた口に、取り込んだ酸素すらも圧し潰すように、求めていない水が出ては入ってを繰り返し、見えない目が暗闇に圧し潰されるかと言う瞬間、
「スコール!」
呼ぶ聲が誰のものなのか、スコールは本能だけで悟っていた。
声の下方へと手を伸ばして、捕まえる力に助けを求め、全身でしがみつく。
─────スコールが辛うじて覚えているのは、其処までだ。
クラウドがスコールが溺れているのを見付けた時は、心臓が止まりそうな程に驚いた。
しかし、驚愕に囚われるよりも先に、愛しい人を助ける為に体が動いたのは幸いであった。
浜と沖合の狭間で溺れていたスコールに気付いたのは、クラウド一人。
監視員すら見逃していた彼の有様に気付いて、クラウドは一目散に走り出した。
そして水と宙をもがいて暴れるスコールを捕まえ、助かりたい一心で全身でしがみついてくるスコールを宥めさせる事、しばし。
落ち着いたと思ったら気を失って、ぴくりとも動かなくなったスコールに一瞬肝が冷えたが、生きている事を確認して安堵した。
だが、クラウドの試練は其処からである。
溺れたスコールを捕まえ、自分自身も溺れまいと奮闘している間に、二人の躯は早い潮の流れで流されてしまった。
スコールが気を失ってから、視界に捕えた浜に向かって泳いだが、其処は元の海水浴場の浜辺ではなく、何処とも知れない無人島であった。
途方に暮れた気持ちで、クラウドは流れ着いた浜辺で、スコールが目覚めるのを待った。
そしてスコールが目覚めた後、元の浜辺に戻る道か、或いは手立てはないかと島を巡ってみたが、結果は芳しくなく。
「……参ったな」
そう呟いたクラウドの表情に、弱りはあっても、焦りがなかった事は、スコールにとって幸いだったと言える。
溺れた時のパニックから続き、見知らに場所で目覚めた時から、スコールは漠然とした不安を抱いていた。
此処でクラウドが焦っていたら、スコールは益々焦り、混乱していたに違いない。
生い茂った森を反対側に抜ければ、ひょっとしたら陸地があるか、端でも伸びているかも知れない───と期待したのだが、駄目だった。
島は半周に一時間もかからない程度の広さしかなく、所々に打ち捨てられた東屋がある以外は、何もない。
恐らく、昔は生活していた人がいたのだろうと言う痕跡があるだけの、今は無人島なのだろう。
その結論が出る頃には、空は夕暮れ色に染まっていた。
島全体の海抜、或いは標高が高ければ、高場に登って周囲を見回す手が使えたのだが、どうやら島全体は平地となっているようだ。
森の木は背は高いが、幹皮は滑り易く、都会育ちのクラウドやスコールでは木登りは難しい。
それでも諦め悪く、元の陸地に戻れる手がかりを求めて森をしばらく歩き回ったクラウドだったが、結果は空振り。
せめてこれ位はと、食べられそうな果実を手に、海岸へと戻って来た。
きょろきょろと辺りを見回すと、此処で待っているようにと指示した恋人は、朽ちたボートの傍で膝を抱えて蹲っている。
「少し冷えて来たな。スコール、大丈夫か?」
クラウドが声をかけると、スコールは動かなかった。
顔を上げないスコールに、何処か気分が悪いのかも知れない、と急ぎ足で近付く。
「スコール」
「……クラウド」
もう一度声をかけると、スコールはゆるゆると顔を上げた。
夕日のオレンジを映した蒼の瞳に、微かに雫が滲んでいるのを見付けて、クラウドは目を丸くする。
「どうした。気分が悪いか?」
「……違う」
そうじゃない、とスコールは小さく首を横に振った。
しかし、平静にも見えない恋人の様子に、クラウドの表情も曇る。
蒼の瞳が海へと向けられた。
じっと水平線を見詰めるスコールの眦に、浮かんだ雫が粒を大きくしていく。
その事に気付いて、ああ、不安なのか、とクラウドは悟った。
「…スコール」
「……」
慰め撫でようと手を伸ばすクラウドだったが、スコールの手がそれを払った。
意地を張っているのか、そうする事で自分の不安と戦っているのか。
払われた手は少し寂しかったが、クラウドはスコールの気持ちを汲み取ったつもりで、落ち着くのを待とうと隣に腰を下ろした。
「食えそうなものを採って来た。一応、毒見は済ませてある。食べて置け」
不安に空腹が重なると、思考は暗い方向へと転がっていくものだ。
クラウドが森の中で取って来た果実を差し出すと、スコールはちらとそれを見て、少しの間の後、受け取った。
スコールは果実の匂いを嗅いでから、薄皮を指で剥いて行く。
果実は小さなもので、直径三センチ程度の楕円形で、匂いは甘い。
口の中に入れると、金柑に似た味がした。
「もう一つ食べるか?」
「……ん」
この島に流れ着いてから、既に数時間が経過している。
携帯電話も腕時計もない為、正確な時間は判らないが、太陽の傾き具合からして、夕食時には届いている筈だ。
腹が減るのも無理はない。
同時に、この時間になっても帰っていないと言う事は、友人達にも知られているだろうとクラウドは考える。
スコールが溺れているのを見て、反射的に、彼らには何も言わずにクラウド達だが、気の良い友人達は、皆察しが良かった。
姿が見えないなら二人きりでいるのだろうと、そっとして置いてくれる彼等の事、逆に二人がいつまでも帰って来ないと言う違和感にも気付いてくれるだろう。
此処まで考えてやはり悔しいのは、二人とも携帯電話をホテルに置いて来たと言う事だ。
流石に電波が届かない程、元の陸地が離れているとは思えない───希望的な考えだが───ので、連絡をつける事が出来れば、無事である事、見知らぬ島にいる事位は伝えられただろうに。
夏とは言え、夕暮れはやはり落ちていくのが早い。
二人で身を分けって少しずつ食べている間に、太陽は水平線の向こうへと隠れてしまった。
打ち捨てられた無人島には、当然電気も通っておらず、その恩恵を受ける施設もない為、鬱蒼とした森の向こうは何も見えなくなっている。
幸い、天気は良く、月と満点の星が海岸を照らしており、以外と視界は明るかった。
とは言え、問題は海風である。
「……少し冷えて来たな。スコール、向こうに行こう」
「……」
海辺は見通しが良く、星空の景色も情緒としては悪くないが、潮風が直接当たる。
夜になって冷えた風に当たり続けるのは、体に負担をかけるものだ。
森の端で適当な木を風除けにしてやり過ごすのが良いだろう。
しかし、スコールはクラウドの言葉に反応せず、じっと其処に蹲っていた。
「スコール。こっちに来い。冷えると良くない」
「……ん…」
ようやく、と言った風に、スコールがのろのろと抱えていた膝を伸ばす。
俯き加減で砂浜の足元を見つめ、クラウドの方へと歩く出す少年は、細身のシルエットも相俟って、酷く頼りない。
森の入り口にある木の傍にクラウドが腰を下ろすと、スコールもその隣に座った。
浜辺にいた時と同じ、膝を抱える格好で蹲るスコールに、クラウドは寄り添うように身を寄せた。
と、腕が触れ合うと、緩くスコールの体が傾いて、ことんとクラウドの肩に頭を乗せる。
いつにないスコールの様子に、クラウドはその肩を引き寄せて、くしゃくしゃと濃茶色の髪を撫でる。
「不安か?」
「……別に」
「そうか」
「……ただ……」
「ん?」
ぽつりと零れる声に、クラウドは反応だけを返して、後はスコール自身の言葉を待つ。
ひゅう、と風が一つ吹いた後、スコールは消え入りそうなか細い声で呟く。
「……俺の所為で、あんたまで……」
「………」
「……悪い……」
溺れてしまった自分を助けたが故に、自分だけでなく、クラウドまで遭難させた事が、スコールには心苦しくてならない。
しかしクラウドは、スコールを責める気など毛頭なかった。
が、それを口にしてもスコールの滲む影は消えないから、クラウドはそれ以上は何も言わず、もう一度スコールの頭を撫でてやる。
ふとクラウドは、若しもこのまま、助けが来なかったら、と考える。
真面目に考えれば、食糧の問題や、水の確保、病気になった時の対策等、とても穏やかではいられないのだが、そうした現実的な考えを、敢えて排除した場合。
本人の性格に反して、妙に賑やかな友人達に囲まれているスコールは、中々クラウドと二人きりの時間を作るのが難しい。
クラウドも今年は夏季合宿の為にアルバイトを休みにして来たが、普段は平日から休日まで、びっしりとアルバイトで埋まっている。
けれど、この小さな世界にいれば、二人の間を引き裂くものは何もない。
(……なんてな)
そんな事を考えた所で、捨てきれないものはお互いに多いのだ。
スコールには過保護な父や兄、姉がいるし、クラウドも女手一つで育ててくれた母がいる。
それらを放り出すような形で、二人きりの世界に閉じこもっても、其処は楽園には成り得ないだろう。
────それでも、寄り掛かり、縋るように服の端を握る恋人の姿を見ると、それも悪くないような気がしてくるから、自分は大概現金だ。
クラウドは一つ息を吐いて、スコールの顎を指先で捉えた。
逆らわずに持ち上げられたスコールの顔を見詰めれば、蒼の眦が微かに濡れている事に気付く。
其処に触れるだけのキスをして、クラウドは努めて柔らかく微笑んだ。
「大丈夫だ、スコール」
「……ん」
少ないクラウドの言葉であったが、今のスコールにはそれが何より救いになる。
頬を撫でる手に甘えるように、スコールは目を閉じた。
柔らかな唇が重なり合い、スコールはクラウドの首に腕を回す。
ゆっくりと重なる影を見てるのは、星明りだけだった。
────引き潮によって、海の中に道が出来、元の陸地へ戻れると知った時、スコールが酷く顔を赤くしていた事には気付かないふりを決めた。
『クラスコで、海に来て二人きりで無人島に来てしまい、帰れないのではないかと不安になるスコールと慰めるクラウド』のリクエストを頂きました。
ツイッターにで萌えた話を書かせてくれてありがとう。
クラウドは、仲間達が気付いてくれるだろうと思って、取り敢えずは楽観。焦ってもスコールが不安になるので、気持ち余裕を持つように意識。
スコールも最初は平気だろうとかティーダ達が気付いてくれるだろうと思ってたけど、時間が経つにつれて段々不安になって来た。自分の所為でクラウドも巻き込んでしまったので、益々落ち込む。
結局は問題なく帰れる訳ですが、そうとは知らずに不安になって泣きそうになってたりして、クラウドに慰められたのが凄く恥ずかしいスコールでした。