[?←レオン&スコール]透明な檻
レオンとスコールが不特定多数の人間との関係を強要されている描写があります。
二人とも病み気味。救いなし。
始まりは、何処だったのか。
大事なものを守る為だった────ように思うのだが、選んだ事によって、守りたかったものが守れたのかと問われると、レオンに答えられなかった。
初めは、多分、守れていたのだと思う。
希望の混じった、根拠のない結論であるけれど、そう思わなければレオンは足元が崩れて行きそうだった。
その結論が覆されるようになったのは、向かった先に弟の姿を見付けた時だ。
彼の為にこの身を汚す事を受け入れたと言うのに、どうして、と目を見開くレオンに、弟は「あんたを助けたい」と言った。
弟のその心は嬉しかったけれど、同時に、何てことを、と思った。
お前をこんな場所に近付けさせない為に、この選択をしたのに、と頽れて泣くレオンを、弟はどんな気持ちで慰めていたのだろうか。
その日から、何度、代わる代わる汚されただろうか。
慣れない痛みと行為に、彼が歯を食いしばって呻いているのを何度も聞いた。
気を失った彼にそれ以上の負担を強いたくなくて、其処から先の全てを引き受け、目覚めた彼を横目に、汚い行為に耽っていた事もある。
そんな兄を、見ていられないと彼が噛み付くと、それを面白がる者もいた。
弟の前で兄を、兄の前で弟を暴く事を愉しみにすると言う、実に趣味の悪い人間に気に入られた時は、噛み千切ってやろうかと本気で考えたものだ。
そうして、二人で重く苦しい夜を何度数えたか。
癒えない疲労が蓄積されてているのだろう、弟────スコールは、昼になってもベッドから起きて来なかった。
食事を持って様子を見に行くと、ぼんやりとした瞳を向けて来て、レオンの姿を見るとぼろぼろと泣きだした。
とてもではないが食事など採れる状態ではない。
レオンは食事を脇に置いて、涙を流すスコールを抱き締め、彼のベッドで共に蹲った。
(……スコールはもう限界だ)
腕の中で、滔々と涙を流しながら縋る弟を抱き締めながら、レオンは思った。
此処しばらく、スコールは学校に行っていない。
夜の時間を長く感じるようになってから、疲労も重なり、早朝に起きる事が出来なくなった。
目覚めてからもぼんやりと過ごしており、勉強など手に着かず、家を出て学校に向かう気力もない。
スコールは、レオンが傍を離れると、不安になってその姿を探す事も増えた。
レオンの為に夜毎の恐怖を堪えているのに、その最中に意識を飛ばせば、目覚めた時にレオンが責め苦を引き受けている。
それを何度も見ている内に、スコールは、自分の知らない内にレオンが酷い目に遭っているのではないか、と思うようになっていた。
だからレオンの姿が見えないと、慌てふためき、兄の無事な姿を見るまで安心する事が出来ないのだ。
そんなスコールの姿を見て、レオンの心も限界が来ていた。
(……お前だけは、こんな目に遭わせたくなかったのに)
知らぬ間に忍び足で背後まで近付いていた、全てを失う危険性。
それを回避する為に、レオンは己を差し出した。
自分一人が耐えていれば、後は全て解決するのだと信じて。
しかし、レオンがこの選択をしてしまったが故に、スコールもこの世界へ踏み込んでしまった。
それは血を分けた兄を大切に思うが故の行動であったが、今となっては、それによって兄弟は互いに足枷を嵌め合った形になっている。
スコールの選択を、レオンは責めるつもりはない。
だが、どうして、と問い詰めたい気持ちは、いつまでも消えなかった。
スコールが何も知らない世界で、以前と変わらず笑っていてくれたら、レオンはそれで救われたのだ。
それだけ辛い思いをしても、痛みを強いられても、弟が光の世界で前を向いて歩いていてくれたら、全てを堪えて行く事が出来ると。
(……スコールだけでも、なんとか……)
今のスコールを、レオンは見ていられなかった。
どうにか彼だけでも元の生活に戻してやりたいと思う。
なんとか方法を探そうとするレオンだが、彼も昨夜、それ以前から続く疲労を抱えており、思考はどれだけ巡らせても一向にまとまらなかった。
────と、ポーン、と玄関のチャイムの音が鳴る。
レオンは、スコールが少しずつ落ち着きを取り戻しているのを見て、ゆっくりと体を起こした。
甘えるように伸ばされた手を緩く握って、ぼんやりと見詰めるスコールの眦にキスをする。
ほ、と微かに安堵の吐息が漏れたのを見てから、レオンは握っていた手を離した。
ふらつく足を叱咤しながら、玄関に向かい、ロックを開ける。
ドアの向こうに立っていたのは、レオンと恋人関係にある、一人の男だった。
「来るのが久しぶりなってしまってすまないな。大丈夫か?」
「……ああ……いや、うん。俺は大丈夫だ」
上がってくれ、とレオンが促すと、男は頷いて敷居を跨いだ。
この男は、レオンが何をしているのか、どうして疲労しているのか知っている。
突然降りかかった不幸と、大切なものを守る為のレオンの選択を、いの一番に気付いたのが彼だった。
恋人がいるにも拘わらず、体を差し出したレオンの事を、彼は詰る事はせず、止むを得ない選択であった事を受け止めてくれた。
それからは、他人である自分に出来る事は少ないけれど、と言って、時折レオンの様子を見に来ては、恋人の心のケアに勤めていた。
男は、玄関先の下駄箱に、若者向けのスニーカーが入っている事に気付いて、レオンに声をかける。
「レオン。スコールはどうしたんだ?」
「あ……ああ。今日は気分が悪いから休みたいって言ったんだ」
「風邪か?」
「…まあ…そう、だな」
「病院には?行っていないなら、俺が連れて行こうか」
「…いや、其処までのものじゃない。熱も下がっているから、寝ていれば落ち着くと思う」
恋人が弟の事を気遣ってくれるのは有難かったが、レオンは彼の申し出を断った。
彼はスコールの事も大切に想ってくれるが、だからこそ、スコールの現状については言えない。
スコールも知られたくないだろうと、大事はないのだと言葉で誤魔化して、レオンはリビングへ向かう。
男もその後ろについて行こうとしたが、
「レオン、少しスコールの様子を見て良いか?」
「…寝てるかも知れないぞ」
「それなら、直ぐに出るさ。少しだけ邪魔をするぞ」
出来ればそっとして置いてやって欲しい、とレオンは思ったが、言えなかった。
余り強く拒否すると、不自然に見えて、スコールの現状に気付かれるかも知れない。
気付いてくれるなら、助けてくれるかも知れない、と言う淡い期待もあったが、スコール自身がきっと他人には知られたくないだろうと思ったのだ。
レオンが穏便に断る言葉を探している内に、男は弟の部屋へと入ってしまった。
それを見送ってから、そう言えばスコールの飯がまだだった、と彼の部屋に置いたままにしていた料理の事を思い出す。
レオンがスコールの部屋のドアを開けると、男はベッドの横に座っていた。
スコールは男に背を向けて横になっており、男の頭を撫でる手を甘受したまま、ぴくりとも動かない。
眠ったのかも知れない、と思って、レオンは声を出すのを止めた。
冷めきってしまった料理を乗せたトレイを持って、恋人は気が済むまで好きにさせる事にして、リビング兼キッチンへと移動する。
(スコール……眠ってしまったかな)
泣き疲れて眠ってしまったのなら、それも良い。
怖い夢を見ないで、深く眠ってくれたのならば、休息も取れるだろう。
手付かずの料理はラップで閉じて、冷蔵庫へ入れた。
時計を見ると午後を迎えており、レオンは自分が昼飯を食べ損ねている事に気付いた。
けれど、腹が減っているとも思えず、まあ良いか、と自暴自棄に投げる。
携帯電話のメール音が鳴ったのは、その時だった。
ピリリリリ、と無情な音が響いた瞬間、レオンの肩がビクッと跳ねる。
「………」
リビングの食卓テーブルに置いたままの携帯電話を見るレオンの目は、胡乱なものだった。
チカチカと光るパイロットランプに、気付かなかった事にしてしまいたい、と思う。
しかし、そんな事をしたら、きっと今度は部屋で寝ているスコールの携帯電話が鳴るに違いない。
震える手で携帯電話を手に取り、メール機能を開いた。
受信フォルダに入っているメールのアドレスは、電話帳に登録されていない、英数字をランダムに並べただけのものだ。
それが一日に一回、必ず兄弟どちらかの携帯電話に届く。
このタイトルが空白のメールが、単なる悪戯メールや、迷惑メールである事を、何度願ったか判らない。
そう願いながらメールを開けば、いつも通り、吐き気のする内容が綴られている。
『午後十一時、Dホテル509号室』
書いてある文章は、たったこれだけ。
これだけの物が、レオンにとっては酷く悍ましいものだった。
簡素なメールが告げているのは命令で、指示した場所に時間通りに向かえと言う事。
時にはこれにレオンのみ、スコールのみと言う指示も入るが、それがないと言う事は二人で行けと言う事だろう。
出来れば今日は───本音を言えば、今日でなくとも、これからもずっと───スコールを休ませてやりたいかったのに、これでは叶いそうにない。
メールに返事が出来れば良いのに、使い捨てなのか、プログラムを弄って成り済まし技術を使っているのか、記載されているアドレスに送っても、いつも『宛先なし』のエラーメッセージが出るだけだった。
溜息を吐くと、今までの疲労が一気に肩に伸し掛かった。
椅子を引いて、崩れ落ちるように其処に座って、レオンはテーブルに突っ伏す。
と、そんなレオンの肩が、ぽんと叩かれた。
「あ……」
「やっぱり随分疲れてるみたいだな」
「……すまない」
「お前が謝る事じゃない。頑張ってるんだろう?」
「…頑張っている、と言っていい事かは判らないが…なんとか、な」
胸を誇って言えるような事をしている訳ではないと、レオンは判っている。
それでもやらなければいけないから、苦い気持ちを押し殺しているに過ぎない。
男はそんなレオンの隣に座ると、この数ヵ月で心なしか痩せた肩を抱いた。
「大丈夫だ。直に終わるよ」
「……だと、助かる」
「大丈夫。大丈夫だ」
言い聞かせるようにそう言って、男はレオンの顎を指先で捉えた。
レオンが顔を上げると、男の僅かに罅割れた唇が、レオンのそれと重なる。
滑り込んだ舌が歯の裏側をなぞった瞬間、ぞくぞくとしたものがレオンの背中を奔った。
毎夜のように繰り返され、否応なく押し付け与えられる内に、レオンの躯はそれらに敏感に反応するようになった。
以前はそんな自分に嫌悪もあった筈なのに、段々と麻痺して来たのか、今ではぼんやりと愉悦のようなものも感じてしまう。
恋人の口付けにそんな意図はないだろうに、酷く浅ましくなってしまった躯を知られはしないかと怯えながらも、求めてくれる彼に縋らずにはいられなかった。
以前は触れ合う事を楽しむような口付けばかりだったのか、いつの間にか貪り合うように深くなっている事にレオンは気付いていなかった。
意識が溶けて、海に溺れ沈んでいくように、形を失くしていく気がする。
だから、レオンは気付かなかった。
口付ける男が、夜毎に見る男達と、同じ顔で笑っている事に。
ベッドで眠る弟が、同じ愉悦を同じ男に強いられ、同じように溺れていた事に。
あと少しだよ、と言った男の言葉は、慰めか、それとも。
『彼氏に援交を強要されてお互いに病み始めているレオスコ』のリクエストを頂きました。
二人はまだ気付いていないけど、どちらも同じ彼氏(二股)で裏で手を引いている感じと言う事で。
可哀想なレオスコ兄弟のネタは大好きです。
二人とも病み気味。救いなし。
始まりは、何処だったのか。
大事なものを守る為だった────ように思うのだが、選んだ事によって、守りたかったものが守れたのかと問われると、レオンに答えられなかった。
初めは、多分、守れていたのだと思う。
希望の混じった、根拠のない結論であるけれど、そう思わなければレオンは足元が崩れて行きそうだった。
その結論が覆されるようになったのは、向かった先に弟の姿を見付けた時だ。
彼の為にこの身を汚す事を受け入れたと言うのに、どうして、と目を見開くレオンに、弟は「あんたを助けたい」と言った。
弟のその心は嬉しかったけれど、同時に、何てことを、と思った。
お前をこんな場所に近付けさせない為に、この選択をしたのに、と頽れて泣くレオンを、弟はどんな気持ちで慰めていたのだろうか。
その日から、何度、代わる代わる汚されただろうか。
慣れない痛みと行為に、彼が歯を食いしばって呻いているのを何度も聞いた。
気を失った彼にそれ以上の負担を強いたくなくて、其処から先の全てを引き受け、目覚めた彼を横目に、汚い行為に耽っていた事もある。
そんな兄を、見ていられないと彼が噛み付くと、それを面白がる者もいた。
弟の前で兄を、兄の前で弟を暴く事を愉しみにすると言う、実に趣味の悪い人間に気に入られた時は、噛み千切ってやろうかと本気で考えたものだ。
そうして、二人で重く苦しい夜を何度数えたか。
癒えない疲労が蓄積されてているのだろう、弟────スコールは、昼になってもベッドから起きて来なかった。
食事を持って様子を見に行くと、ぼんやりとした瞳を向けて来て、レオンの姿を見るとぼろぼろと泣きだした。
とてもではないが食事など採れる状態ではない。
レオンは食事を脇に置いて、涙を流すスコールを抱き締め、彼のベッドで共に蹲った。
(……スコールはもう限界だ)
腕の中で、滔々と涙を流しながら縋る弟を抱き締めながら、レオンは思った。
此処しばらく、スコールは学校に行っていない。
夜の時間を長く感じるようになってから、疲労も重なり、早朝に起きる事が出来なくなった。
目覚めてからもぼんやりと過ごしており、勉強など手に着かず、家を出て学校に向かう気力もない。
スコールは、レオンが傍を離れると、不安になってその姿を探す事も増えた。
レオンの為に夜毎の恐怖を堪えているのに、その最中に意識を飛ばせば、目覚めた時にレオンが責め苦を引き受けている。
それを何度も見ている内に、スコールは、自分の知らない内にレオンが酷い目に遭っているのではないか、と思うようになっていた。
だからレオンの姿が見えないと、慌てふためき、兄の無事な姿を見るまで安心する事が出来ないのだ。
そんなスコールの姿を見て、レオンの心も限界が来ていた。
(……お前だけは、こんな目に遭わせたくなかったのに)
知らぬ間に忍び足で背後まで近付いていた、全てを失う危険性。
それを回避する為に、レオンは己を差し出した。
自分一人が耐えていれば、後は全て解決するのだと信じて。
しかし、レオンがこの選択をしてしまったが故に、スコールもこの世界へ踏み込んでしまった。
それは血を分けた兄を大切に思うが故の行動であったが、今となっては、それによって兄弟は互いに足枷を嵌め合った形になっている。
スコールの選択を、レオンは責めるつもりはない。
だが、どうして、と問い詰めたい気持ちは、いつまでも消えなかった。
スコールが何も知らない世界で、以前と変わらず笑っていてくれたら、レオンはそれで救われたのだ。
それだけ辛い思いをしても、痛みを強いられても、弟が光の世界で前を向いて歩いていてくれたら、全てを堪えて行く事が出来ると。
(……スコールだけでも、なんとか……)
今のスコールを、レオンは見ていられなかった。
どうにか彼だけでも元の生活に戻してやりたいと思う。
なんとか方法を探そうとするレオンだが、彼も昨夜、それ以前から続く疲労を抱えており、思考はどれだけ巡らせても一向にまとまらなかった。
────と、ポーン、と玄関のチャイムの音が鳴る。
レオンは、スコールが少しずつ落ち着きを取り戻しているのを見て、ゆっくりと体を起こした。
甘えるように伸ばされた手を緩く握って、ぼんやりと見詰めるスコールの眦にキスをする。
ほ、と微かに安堵の吐息が漏れたのを見てから、レオンは握っていた手を離した。
ふらつく足を叱咤しながら、玄関に向かい、ロックを開ける。
ドアの向こうに立っていたのは、レオンと恋人関係にある、一人の男だった。
「来るのが久しぶりなってしまってすまないな。大丈夫か?」
「……ああ……いや、うん。俺は大丈夫だ」
上がってくれ、とレオンが促すと、男は頷いて敷居を跨いだ。
この男は、レオンが何をしているのか、どうして疲労しているのか知っている。
突然降りかかった不幸と、大切なものを守る為のレオンの選択を、いの一番に気付いたのが彼だった。
恋人がいるにも拘わらず、体を差し出したレオンの事を、彼は詰る事はせず、止むを得ない選択であった事を受け止めてくれた。
それからは、他人である自分に出来る事は少ないけれど、と言って、時折レオンの様子を見に来ては、恋人の心のケアに勤めていた。
男は、玄関先の下駄箱に、若者向けのスニーカーが入っている事に気付いて、レオンに声をかける。
「レオン。スコールはどうしたんだ?」
「あ……ああ。今日は気分が悪いから休みたいって言ったんだ」
「風邪か?」
「…まあ…そう、だな」
「病院には?行っていないなら、俺が連れて行こうか」
「…いや、其処までのものじゃない。熱も下がっているから、寝ていれば落ち着くと思う」
恋人が弟の事を気遣ってくれるのは有難かったが、レオンは彼の申し出を断った。
彼はスコールの事も大切に想ってくれるが、だからこそ、スコールの現状については言えない。
スコールも知られたくないだろうと、大事はないのだと言葉で誤魔化して、レオンはリビングへ向かう。
男もその後ろについて行こうとしたが、
「レオン、少しスコールの様子を見て良いか?」
「…寝てるかも知れないぞ」
「それなら、直ぐに出るさ。少しだけ邪魔をするぞ」
出来ればそっとして置いてやって欲しい、とレオンは思ったが、言えなかった。
余り強く拒否すると、不自然に見えて、スコールの現状に気付かれるかも知れない。
気付いてくれるなら、助けてくれるかも知れない、と言う淡い期待もあったが、スコール自身がきっと他人には知られたくないだろうと思ったのだ。
レオンが穏便に断る言葉を探している内に、男は弟の部屋へと入ってしまった。
それを見送ってから、そう言えばスコールの飯がまだだった、と彼の部屋に置いたままにしていた料理の事を思い出す。
レオンがスコールの部屋のドアを開けると、男はベッドの横に座っていた。
スコールは男に背を向けて横になっており、男の頭を撫でる手を甘受したまま、ぴくりとも動かない。
眠ったのかも知れない、と思って、レオンは声を出すのを止めた。
冷めきってしまった料理を乗せたトレイを持って、恋人は気が済むまで好きにさせる事にして、リビング兼キッチンへと移動する。
(スコール……眠ってしまったかな)
泣き疲れて眠ってしまったのなら、それも良い。
怖い夢を見ないで、深く眠ってくれたのならば、休息も取れるだろう。
手付かずの料理はラップで閉じて、冷蔵庫へ入れた。
時計を見ると午後を迎えており、レオンは自分が昼飯を食べ損ねている事に気付いた。
けれど、腹が減っているとも思えず、まあ良いか、と自暴自棄に投げる。
携帯電話のメール音が鳴ったのは、その時だった。
ピリリリリ、と無情な音が響いた瞬間、レオンの肩がビクッと跳ねる。
「………」
リビングの食卓テーブルに置いたままの携帯電話を見るレオンの目は、胡乱なものだった。
チカチカと光るパイロットランプに、気付かなかった事にしてしまいたい、と思う。
しかし、そんな事をしたら、きっと今度は部屋で寝ているスコールの携帯電話が鳴るに違いない。
震える手で携帯電話を手に取り、メール機能を開いた。
受信フォルダに入っているメールのアドレスは、電話帳に登録されていない、英数字をランダムに並べただけのものだ。
それが一日に一回、必ず兄弟どちらかの携帯電話に届く。
このタイトルが空白のメールが、単なる悪戯メールや、迷惑メールである事を、何度願ったか判らない。
そう願いながらメールを開けば、いつも通り、吐き気のする内容が綴られている。
『午後十一時、Dホテル509号室』
書いてある文章は、たったこれだけ。
これだけの物が、レオンにとっては酷く悍ましいものだった。
簡素なメールが告げているのは命令で、指示した場所に時間通りに向かえと言う事。
時にはこれにレオンのみ、スコールのみと言う指示も入るが、それがないと言う事は二人で行けと言う事だろう。
出来れば今日は───本音を言えば、今日でなくとも、これからもずっと───スコールを休ませてやりたいかったのに、これでは叶いそうにない。
メールに返事が出来れば良いのに、使い捨てなのか、プログラムを弄って成り済まし技術を使っているのか、記載されているアドレスに送っても、いつも『宛先なし』のエラーメッセージが出るだけだった。
溜息を吐くと、今までの疲労が一気に肩に伸し掛かった。
椅子を引いて、崩れ落ちるように其処に座って、レオンはテーブルに突っ伏す。
と、そんなレオンの肩が、ぽんと叩かれた。
「あ……」
「やっぱり随分疲れてるみたいだな」
「……すまない」
「お前が謝る事じゃない。頑張ってるんだろう?」
「…頑張っている、と言っていい事かは判らないが…なんとか、な」
胸を誇って言えるような事をしている訳ではないと、レオンは判っている。
それでもやらなければいけないから、苦い気持ちを押し殺しているに過ぎない。
男はそんなレオンの隣に座ると、この数ヵ月で心なしか痩せた肩を抱いた。
「大丈夫だ。直に終わるよ」
「……だと、助かる」
「大丈夫。大丈夫だ」
言い聞かせるようにそう言って、男はレオンの顎を指先で捉えた。
レオンが顔を上げると、男の僅かに罅割れた唇が、レオンのそれと重なる。
滑り込んだ舌が歯の裏側をなぞった瞬間、ぞくぞくとしたものがレオンの背中を奔った。
毎夜のように繰り返され、否応なく押し付け与えられる内に、レオンの躯はそれらに敏感に反応するようになった。
以前はそんな自分に嫌悪もあった筈なのに、段々と麻痺して来たのか、今ではぼんやりと愉悦のようなものも感じてしまう。
恋人の口付けにそんな意図はないだろうに、酷く浅ましくなってしまった躯を知られはしないかと怯えながらも、求めてくれる彼に縋らずにはいられなかった。
以前は触れ合う事を楽しむような口付けばかりだったのか、いつの間にか貪り合うように深くなっている事にレオンは気付いていなかった。
意識が溶けて、海に溺れ沈んでいくように、形を失くしていく気がする。
だから、レオンは気付かなかった。
口付ける男が、夜毎に見る男達と、同じ顔で笑っている事に。
ベッドで眠る弟が、同じ愉悦を同じ男に強いられ、同じように溺れていた事に。
あと少しだよ、と言った男の言葉は、慰めか、それとも。
『彼氏に援交を強要されてお互いに病み始めているレオスコ』のリクエストを頂きました。
二人はまだ気付いていないけど、どちらも同じ彼氏(二股)で裏で手を引いている感じと言う事で。
可哀想なレオスコ兄弟のネタは大好きです。